翌日、乗合馬車に乗り、王都に向かう。

 空は晴天で雲もなく外の景色にも雪は見えないけど、先日の雪が解けたのか地面にじやつかんのぬかるみがあり、馬車の速度がイマイチ上がらない。

「だからさ、私は王都の方面は好きになれないんだよね」

「そうなんですね」

 馬車がトロトロと進む中、昨日もコット村行きの乗合馬車でいつしよになった小太り中年の商人の男性とまた同じ乗合馬車に乗ることになり、なんとなくあいさつをして、そのまま世間話を続けている。

 かれが言うには、コット村はルバンニの町と同じくサリオールはくしやくの領地なのだけど、この先の村からは王家の領地になり色々と勝手がちがうらしく、あまり好きになれないとかなんとか。

「商売だから仕方ないけどね、それがなければ王都なんて──っと、もうすぐオクタイ子爵領の村だね」

「あれっ? この先は王家の領地じゃないんですか?」

 さっきは『この先は王家の領地』と言っていた気がするけど、聞き間違いかな?

「王家の領地さ。王家がオクタイ子爵にくれてやったがね」

「えーっと、それはどういう……。サリオール伯爵領とは違う感じですか?」

「そりゃそうだ。サリオール伯爵領は昔からずっと伯爵様のモノだよ」

「う~ん……つまり、オクタイ子爵は王家から領地をもらい、サリオール伯爵は王家から領地を貰ってない?」

 話しているうちに馬車は村を通りけ、そのまま王都方面に向かってまた進んでいく。

 どうやらこの村では乗る人がいなかったようだ。

「あんた、私はいいけどね、それサリオール伯爵領の人に言わない方がいいよ。血の気が多い連中に聞かれたらぶんなぐられるかもよ」

「えぇ……。すみません、ちょっと今後のためにかくにんしておきたいのですけど、それってサリオール伯爵領の人々はサリオール伯爵家が王から領地を貰ってないことにほこりを持っている、ということでいいんですか?」

「当然じゃないか。いいかい? 今は色々あってソルマズ王家に従っちゃいるけどね、我々の先祖はサリオール家と共にこの地を切りひらいて守り続けてきたんだ。それをソルマズ王家に尻尾しつぽって領地を手に入れた貴族と一緒にするなら──戦争だよ?」

 ヒエッ……。こわすぎる……。

 でも、この話はここで聞けて良かったのかもしれない。人によって地域によってらいとなるワードは違ったりするのだろうけど、こういうのって実際にその地の人に聞いてみないと分からないのだけど。そもそも常識が違いすぎるとどこが問題なのかすり合わせが出来ず、実際に表面化してみないと地雷が分からないこともあるだろうしさ。

「気をつけます……」

 そう言って外を見た。

 馬車はゆるしやめんを上っているようで、馬車内にも少しけいしやがついている。

 それからしばらく進むと周囲の景色から木々が少なくなり、その代わりに岩が多くなってきた。

 さらに進むと岩場を切り拓いたような地形になってきて、景色が灰色のいわはだ一色になっていく。

 季節が秋冬とはいえ樹木どころか草花すらほとんど見えないし、そもそも土もあまりない。

さびしい景色だろう?」

「え? えぇ……まぁそうですね」

「王都周辺は岩場が多くて耕作には向かないんだ。だから食料は他の領地からの輸入にたよっているのにさ、その作物を作っている我々を田舎いなかものあつかいするんだから腹が立つんだよ」

「あぁ、そういう……」

 なんとなく、王都民と周辺領地の関係性が見えてきたので頭の中にしっかりメモしておく。

「ほら、あれが王都さ」

 その言葉に進行方向を見ると、岩肌がき出しの傾斜地の中、岩山のふもとの方に大きな都市があった。

 そしてそれに近づいていくと、都市のがいへき沿いにあばら家がいくつも立ち並んでいてスラムのようになっているのが見え、なんだか異様なふんただよっていた。

 王都の入り口につながる道沿いには流石さすがに家は建てられなかったみたいだけど、道から少しはなれたところからはビッチリとボロボロの小屋が続いている。

「ここには周辺の地域から食いめたやつらが集まってくるのさ。鉱山ならいつでもだれでも動けるなら仕事はあるからね」

「……なるほど」

「まぁ、あっちに落ちたらもうもどれないんだがね」

「……なるほど」

 馬車がスラムに近づいていくと、この寒い中、外でゴザをいてているボロボロの服の人がいたり、そこら中で地面にすわんでいる人が見え、もうどう考えてもヤバい雰囲気しか漂ってなくておどろく。

 今まで様々な町を見てきたけど、まず外壁の外に人が住んでいるじようきようが初めてだし、低所得者層が住むエリアなんかは町中にあったけど、ここまでひどい場所は初めて見た。

 ちょっとこのエリアには近づかないようにしないとね……。

「王都に着いたぜ」

 ぎよしやがそう言ってすぐ、馬車がまる。

 馬車から降りると、そこは町の正門前。ごうな馬車は門をノーチェックでどおりしていき、ぼくらのようないつぱんピープルは列に並ぶ。それはいつものことなのだけど、門から少し離れたところにスラムがあり、ちょっと落ち着かない。

「身分証明書を見せろ」

「はい」

 僕の番が来たので門番にギルドカードを見せ、問題なく門を通り抜け、一緒に馬車に乗ってきた商人と別れてから町に入った。

 外のスラムとはまったく違って石材やつちかべ、レンガなどで造られた家が多く、完全に別世界という感じがする。町は人通りもそれなりにあってにぎわっているけど、壁を一つえるだけでこうも変わってしまうのかと思った。

「とりあえず、どうするべきか……」

 空を見ると太陽がかたむいてきていて、あと少しで空が赤くなる時間。

 ぼうけんしやギルドを探すか、宿を決めて今日はゆっくりするか、みような時間帯だ。と、考えながら道を進み、周辺の店なんかを観察していく。

 野菜を売っている店を簡単に確認してみた感じ、ルバンニの町なんかで売られていたモノよりシナシナで質が悪いような気がする。やっぱり耕作に向かない土地なだけあって、から運んでいる間にせいせん食品の質は下がってしまうのだろうか。

まり、大部屋、、銀貨四枚だ! もうすぐまるよ!」

 大通りを一本入った道でそうさけんでいる女性がいる。

「素泊まりの雑魚寝で、銀貨四枚……?」

 かのじよの言葉を脳内ではんすうする。

 激安の宿で見知らぬ相手と雑魚寝するプランがあるという話はランクフルトにいたころに聞いたことがあるけど、寝ている間になにをされるか分からないから極力けるべきだと聞いていたし、今まではそこまで金欠になることはなかったから利用してこなかった。けど……。

「その激安プランで銀貨四枚ってことは……つうの宿はいくらになるんだ?」

 今まで個室の宿を様々な町で利用してきたけど、価格は銀貨で二枚から五枚ぐらいが普通だったと思う。あぁ、そういえば金貨一枚もする高級ホテルもあったっけ。とにかく、そこから考えると食事ナシの雑魚寝で銀貨四枚は異常と言っていい価格だ。

「これは早めに宿をさえないと、ヤバい?」

 この感じだとコスパが良い宿の競争率は他の町より高い気がするぞ。

 少しあせりながら大通り沿いを歩き、ボロボロすぎずキレイすぎない普通クラスの宿を探してそこに入った。

 とびらを開けると店のおくのカウンターで、イスの背もたれに体を預けながら寝ている男が見えた。

 そのしゆんかんに扉を閉めて帰ろうかと思ったけど、ギリギリみとどまって男の方に近づいていく。

「すみません」

「ンゴッ……」

「すみませーん!」

「……ん……あ……あぁ、客か」

 起きた男はこちらを見て「金貨一枚」と続けた。

 前にアルノルンでまった高級ホテルと同じ価格! これは……。

「……夕食はついてるんですか?」

「あるぜ」

「あの、この辺りの宿ってどこもこんなに高いモノなんですか?」

「あぁ? なんだ、この町は初めてか? どこも大体こんなもんだぜ。うそだと思うなら他も見てみな。まぁ今から探して他が見つかるか知らねぇけどな」

 そう言って男はとうびんからカップにビールっぽいモノをトクトクと注ぎ、それをガッと飲み干した。

 さて、どうするか……。現時点でこの宿に良い印象はまったくないけど、男の言うように今から他の宿を探しても見つからない可能性がある。そうなると最悪はスラム行きだ。

 もちろん、ホーリーディメンション内で寝ることは出来るけど、あんな目立つモノを町中で展開すると誰かに見られる可能性が高いし最悪の最悪の状況まで避けたい。となると……。

 金貨を取り出してカウンターの上にパチっと置く。

 まぁ、最初はとりあえずこの宿でいい。良い宿は明日から探していけばいいのだし。

「二階、手前の部屋」

 男はそう言いながら金貨をポケットにつっこみ、カウンターの下から木の板を取り出してカウンターの上に置いた。

 無言でそれを受け取り、男の横を抜けて階段を上がって部屋に入る。

「ふ~……この宿、だいじようなのか?」

 そう言いつつ荷物を下ろし、がいとういでベッドに放ってシオンをゆかに下ろす。

「どう思う?」

「キュ」

 そんなことは知らないとばかりにシオンはベッドに上がり丸くなった。

 こんな時は細かいことを考えなくてもいい動物のことを少しうらやましく思ってしまうところだ。

「さて、と」

 僕もベッドに座り、シオンをワシャワシャしながら今後について考えていく。

 王都ソルマールに来たものの、特に目的があって来たわけではない。状況的にこの町が冬を越すのに最適だと判断しただけだ。なのでこの町でやれることを探しつつ目標や目的を早い段階で設定しておいた方がいいと感じた。

「う~ん、やっぱり火力不足は問題だよね」

 あいしようが悪いとはいえDランクのロックトータスが完全に守りに入ってしまうと、それをくずす手立てがないというのは心もとない。今後もっと守備力の高い敵が出てきた時にどうしようもなくなってしまうと詰んでしまう可能性があるし、それがダンジョンの中とかだと人生が詰んでしまう可能性もあるからなんとかしたい。

「となると、武器かな?」

 ミスリル合金カジェルはかくてき軽めでたいきゆうせいも高くて使い勝手は良いけど、しよせんはただのげき武器でしかない。ここはもっと高いりよくが必要だ。だからやりとか新しい武器を買うか、それとも──

「武器の強化、か……」

 強化スクロールというなぞのアイテムを使って武具を強化する謎すぎるシステム。

 エレムの町で武器強化に失敗して高そうな武器を『燃やして』しまった冒険者の姿を思い出す。

 一体全体、強化されてなにがどうなるのかはよく分からないけど、あんな風に多くの人間をくるわせている以上、実際になんらかの効果があることは間違いない。

 最初に武具強化についてハンスさんに聞いた時、確か『一人前になってからにしろ』的なことを言われたはず。でも今の僕は冒険者としては一人前と考えても大丈夫なCランクになっているわけで、そろそろチャレンジしてみてもいい気がする。

「強化スクロールについて、本格的に検証し始めてもいいかもね」

 あごに手を当て考える。

 とりあえず強化スクロールの検証はやるとして、新しい武器探しも並行してやろう。

「とすると、冒険者ランクか」

 アルッポの町では高級武具店から立入禁止を告げられた。

 高級な店にはそれなりにかたがきがある人しか入れないらしい。僕らのようなしがない冒険者が得られる肩書なんてのは冒険者ランクぐらい。もしくは武功でも立てて貴族にでもなるかだけど、今は特定の国にしばられたくないからそっちはナシ。

「Bランクになるかどうか、だよね」

 王都のギルドならBランクへのしようかくを受け付けていると聞いた。

 いやまぁ、そもそもなれるのかどうかも分からないのだけどね。

 でも、流石にBランクになったら大体の店には入れる気がするし、冒険者が良いアイテムを探すならランクアップはひつだと感じる。

「でもなぁ……目立ちすぎる気がするんだよなぁ……」

 今の段階ではギリギリ『才能ある少年』というわくに入っているようで、要するに『めずらしいけど聞かない話ではない』ぐらいだからそこまで目立ってないけど、これが今の僕の見た目でBランクになってしまうと『異常さ』が出てしまうのではないか、という予感がある。

 冒険者ランクはCまではそこそこにやってればいつかはとうたつするらしいし、実際、冒険者の大多数はCとDランクという話は聞いた。でも、Bランクからは一気に数が少なくなる。その理由は簡単で、つまり町をかいしかねない──グレートボアのようなモンスターと戦える強さが必要だからだ。

 あのきよたいと質量を相手にするということは、やっぱり技術とか経験とかそんな次元をえて、ちょっと人外の領域に一歩足を踏み入れないと難しいわけで、僕がそういう存在として見られるということは、少しばかり異常さが出てしまい変に目立ってしまう気がするのだ。

 はっきり言って、悪目立ちして変なところからからまれてしまっても、それをね返せるだけのチート能力なんて持ち合わせてはいない。仮に暗殺者なんかに四六時中ねらわれる状況になってしまったら普通に死ぬ。間違いなく死ぬ。夜中、寝ている間に首っ切られてほたるの光が流れてしゆうりよう。またの転生にご期待くださいだ。当然ながらけいかいしてホーリーディメンション内で寝れば大丈夫だろうけど、そもそも狙われているかどうか知ってなきゃ警戒出来ないし、平時から四六時中警戒し続けることは難しい。

 それに一番めんどうそうなのがかんの目だろう。もしかすると壁をすり抜けてとう・遠視するような、健全な男子なら大喜びしそうなスキルやアーティファクトが存在している可能性だってあるし、僕が変に目立つことでそういったモノを向けられる対象になる可能性もある。

「……まぁ、とりあえずギルドで話だけでも聞いてみますか」

 そもそも今の僕がBランクの条件を満たしてるのかすら分かってないしね。

 行ってみたら全然まだまだだっていう可能性も普通にある。

「後は……住む場所とか仕事だけど、これは冒険者ギルドに行ってから考えるとして──」

 というところで階下から「メシだぞ!」という声が聞こえてきた。

「行こっか」

「キュ」

 広げた荷物をまた持って、部屋を出て階段を下りる。

 食堂にはすでに数人の冒険者っぽい人がいて、食事をしていた。が、その食事風景を見ていやな予感におそわれる。

 しかしどうにもならないので食堂のカウンターに向かい木の板を見せた。

「はい」

「飲み物は?」

「なにがあるんです?」

「ラガーだな。銀貨一枚だ」

 たっかすっぎ! とは思いつつ、銀貨を一枚カウンターの上にパチリと置く。

 そして出された食事とラガーを見て色々と察する。

 食事はスープとポタト、その二種類。スープは中に小さなにくへんと野菜くずっぽいモノがいていて、ポタトはゴルフボールサイズが五個で、見る感じでただけだ。

 カトラリー類がなにもついてないのでうつわからスープを直接、ミソスープスタイルでズズッと一口、飲んでみた。

「あっ……」

 色々と察するモノがあり、思わず声がれる。

 味は完全に塩。それ以外なく塩。肉や野菜のうまなんてモノはほとんど感じない。

 次にマイフォークをほうぶくろから取り出し、それでポタトを口にほうり込む。

「うん……」

 別にマズくはないけど普通に茹でジャガイモだ。塩も使われてないから味もジャガイモそのもの。それ以上でもそれ以下でもない。

 周囲を見てみると、冒険者らは文句も言わずにもくもくと食べて席を立っている。

 どうやらこれが普通であって、特に文句を付けるようなレベルでもないってことなんだろう。

「……これは、想像以上にヤバいかもしれない」

 ちょっとした危機感を持ちつつ、少ない食事をシオンと分けて食べ、他の人らと同じようにすぐ部屋に戻り、ベッドに荷物を投げ出した。

「ダメだね、量も質も物足りないや……。そうだ、口直しじゃないけどオランでも食べる?」

「キュ!」

「よしっ! 決まりだ! それは新たなる世界。開け次元の扉《ホーリーディメンション》」

 壁に現れた白い異空間に入り、オランが入った袋をつかむ。

「う~ん……二人だけで食べるのもアレだし、リゼも呼ぼうか」

「キュ!」

「うん、そうだね。わが呼び声にこたえ、道を示せ《サモンフェアリー》」

 聖石から生まれた魔法じんが割れ、リゼが飛び出してくる。

「こんにちは!」

「キュ!」

「やあ、実はオランを一緒に食べないかなと思ってさ」

 そう言ってホーリーディメンション内に広げた毛皮の外套の上にオランをガサガサっと出す。

 うん、やっぱりテーブルがしいな。いや、今の季節は毛皮の上に座りたいし、ちゃぶ台かな?

「おぉ!」

「シオン、リゼにしいヤツ、選んであげて」

「キュ」

 シオンがオランをいくつかいで、その中の一つを手でテシテシとたたいた。

「これか」

 そのオランを拾い上げ、皮をていねいに剝いてリゼにわたす。

「はい」

「ありがとう!」

 僕も適当に拾ったオランを剝いて食べつつ、近況報告的な雑談などをして、気付けば二個三個とオランを消費していた。

「ん~……」

 次のオランを食べようと手をばし、明らかに数が減ったオランに気付く。

「どうしたの?」

「いや、ね……。このペースで食べてたらすぐになくなるな、と思ってね」

 デザートとしてならともかく、夕食が物足りないからってこのオランで埋め合わせてたら数日中に食べ終わってしまうだろう。まだまだ冬は長いのにだ。今の時点でこれだと、今後もっと食料事情が厳しくなっていくであろう冬の後半には酷い状況になっているかもしれない。この町の食料のちく状況によってはお金があっても食料を買えないような事態になってしまう可能性だってある。

 はっきり言ってしまうと、僕はこういう科学技術がない世界の冬をめていたのかもしれない。

 今から対策をして間に合うのか分からないけど、なにかしら考えないと……。

「だったら、増やそうよ!」

「……増や、す?」

「ほら、これ!」

 リゼがガッとき出してきたのは、種。さっき食べていたオランの種だった。

「これをね! お水をあげたらブワッと芽が出てポンポンポンってたくさん増えるんだよ!」

「いや……まぁ確かに、種をいてくいけば、いつかは実がなるんだろうけどさ……」

 仮に植えるとして、どこに植えればいいんだ? そんな場所なんてなくない?

 町の外に植えても今は冬だからダメだろうし、仮に上手く生えても他の人に取られたら終わりだし、それ以前にこの町の周辺には植物の生育に適した土地が少ないらしいし。

 と、考えていた時、ふと気になってホーリーディメンションの外側にある宿の部屋に目をやった。

 外はもうすっかり夜になっていて、ホーリーディメンション内からの光が外に漏れ、暗い部屋を照らしていた。

 ホーリーディメンション内を見回してみる。

 こちらは光があふれ、まるで昼間のように明るい。

 このホーリーディメンションは謎の力によって壁や床が発光し、謎に二四時間年中無休で明るいままだ。

 そう考えた瞬間、なにかの点と点がシュパっと繫がった。

「あっ、時間だ! じゃあまたね!」

「キュ!」

「あ、うん。またね」

 リゼが消え、ホーリーディメンション内にせいじやくおとずれる。

 聞こえてくるのはシオンがオランをハムハムする音だけだ。

 床に落ちていたオランの種を指でつまみ、目の前に持ってきてよく見る。

 その種は小さく、やカボスなんかに入っている種と色や形、大きさは変わらない。どこにでもある普通の種だ。

「もしかして『ある』のか?」


◆    ◆    ◆


 翌日、朝から町にり出した。

 外はどんよりとしたくもり空で、もう少しでも悪い方に空が傾くと降ってきそうな感じがする。

 少し気分が暗くなりかけるも店の位置とかとくちよう的な建物なんかを簡単にメモしつつ、町の構造とか大体の雰囲気とかをあくしていく。

 そのちゆうでいくつか陶器の皿をこうにゆうし、足りなくなった物資なんかも補給しながら冒険者ギルドの情報を集めていく。これから比較的長くお世話になりそうだしランクアップもする予定の冒険者ギルドだからだ。

 そうして一つの店が気になって立ち止まる。

「ん~家具、か……」

 二階建ての店の一階部分は八百屋のように開口部が大きく、外からでも店の中が見通せる。

 店内では職人が木材を加工していたり組み立てたりしていた。

 はんばいてん、というよりは木材加工所という感じだろうか。

 店に入り、入り口に近い場所に置いてあるイスを観察する。

 素材は悪くはなさそうだけど、やっぱりこのサイズの家具を買って帰るのは無理があるよね。家具類を購入してホーリーディメンション内に設置するのはあきらめた方がよさそう。出来れば、みかん箱でもビールケースでもいいから小さくてもテーブルになるようなモノが欲しいのだけど……。

 でも、家具が無理でもクッションとかならギリギリ大丈夫な気がしないでもない。

「すみませ~ん」

「はいよ」

 奥で作業している店員を呼ぶ。

「このイスに使うようなクッションとかないですか?」

「クッションだ? お前さん、冒険者だろ? んなモンなにに使うんだよ?」

「いやぁ、ほら馬車で使ったりとか……。それにごこ良いまくらが欲しいなって……」

「あぁそう……」

 店員は若干、あきれたような目をした。

 いや勿論、一般的な冒険者がそんな理由のためにに荷物を増やさないことは知ってるよ! でも、こちらも快適なホーリーディメンションライフのために色々と欲しくてですね……ってな説明は出来ないのだけどさ。

「まぁここいらじゃそんな素材はほぼ採れねぇからな。他の町で探しな」

「素材がないと?」

「見たら分かるだろ。この周辺は木すらまともに生えない。この店だって家具の修理がメインで、作りはしないんだぜ」

 よく観察してみると作業している職人も折れた机のあしを直しているだけだし、置かれている商品も年季が入ったモノばかりだ。おそらく補修した中古品なんだろう。

 この町では木材──特に家具の製作にえうる強度のある木材が貴重だから他の地域で作った完成品を持ってきているのだろう。それは家具だけでなくクッションなんかも同じで、周辺地域で素材となる植物やらモンスターやらがいなければ作れないのだ。

 う~ん……日本全国どこでも大体同じモノが手に入る、あの感覚がまだ抜けてなかったのかも。

「まぁ、高い仕立て屋なら作ってるかもしれねぇがな」

「でもそれって入りにくい店ですよね?」

「お前さんが実はお貴族様のらくいんだっていうなら入りやすい店だぜ」

 そう言って店員は肩をすくめ、僕も『ナイナイ』と手を振って否定する。

 当然、僕はどこかの貴族の子供ではないので入りにくい。前に入店きよされた武具屋みたいになるのがオチだ。

 店員に礼を言い、店から出る。

 それからいくつもの店をめぐって、適当に入った店で微妙な昼食を食べ、昼過ぎ頃に冒険者ギルドに到着した。

 調べた感じでは、ここの冒険者ギルドの評判は良い方だと感じる。

 まぁ、いきなりものが第三者に話を聞いてみたところでギルドの内情なんかは出てこないだろうし、どこまで意味があるのかは分からないけど、少なくともうわさになるような悪評はないし、むしろ良い評判が聞こえるぐらいだった。

 まず入ってすぐにギルド内のけいばんを確認すると、雑用的ならいの中に『ホーンラビットの肉』という依頼が多く出ていることに気付いた。

「見たことないモンスターかな?」

 魔法袋からメモの束を取り出してペラペラめくり確認するけど、やっぱり初モンスターっぽい。

「これは資料室で確認だね」

 ホーンラビットは後回しということで、先に受付に向かい、ギルドカードを提出する。

「すみません。このギルドでBランクに昇格可能だと聞いたんですが」

 そう言うと受付じようが少し驚いた顔をして、僕のギルドカードをすみずみまで確認した後、こちらを向いた。

「確かにBランクへの昇格しんせいは受け付けています。しかし、ルークさんはこのギルドは初めてですよね?」

「昨日こちらに来たばかりですね」

「では、すいせんじようなどはお持ちですか?」

「推薦状ですか……」

 推薦状……当然ながらそんなモノは持っていない。いや、アルノルンに帰ってたのめば黄金りゆうつめのコネで誰かが用意してくれそうな気はするけど。

「推薦状などがないのでしたら、まずこのソルマールのギルドにこうけんしていただく必要がありますね」

「えぇっと、まず『推薦状など』って具体的にどんなモノがあるんですか?」

「そうですね……。他の地域のギルドマスターが能力のある冒険者を推挙したりですとか。それに貴族家が発行した感状なんかも対象になることがありますね」

「感状とは、なんです?」

「そこからですか……」

 ほんの一瞬、面倒そうな顔をしつつ彼女は言葉を続けた。

「貴族などの有力者が功績を上げた者に対し、その功績をたたえ証明するためにおくる公式文書ですね。冒険者ギルドでは戦争などで武功を立てた武人に贈られた感状を参考にする場合もあります」

 今まで色々なせんとうに参加してきた気がするけど、そんなの貰ってないんだけど……。って、アルノルンでは色々と戦後処理が始まる前にそそくさとだつしゆつしてきたし、アルッポでは功績をみずからなすりつけたわけで、そんなモノを貰う可能性なんて僕にはなかった……。

「では、ギルドに貢献とは具体的にどうすればいいのですか?」

「まず町周辺モンスターのとうばつで実績を積むのがよろしいかと」

「では、町周辺のBランクモンスターを討伐しろと?」

「とんでもない! 町の周辺にBランクモンスターなんてまず出ませんよ!」

 う~ん……いや、そうか、町の近くにグレートボアみたいなモンスターがポンポン出てたら町がしようめつしてるよね。

 でもそうなると……。

「じゃあどうやってBランク相当の実力を証明するんです?」

「すぐに実力を証明する必要はありませんよ。実績を積んでいけば、その内お声がけする機会もあるでしょうから」

 う~ん、これは想像以上にやつかいかもしれない。

 冒険者ギルドが町ごとに独立した組織であって、ギルドカードに過去の功績がさいされるような謎の便利機能なんて存在していない以上、町ごとに実績を積む必要があると。

 ……あぁ、だから推薦状とか感状なのか。別の地域の実績を証明する手段がそれぐらいしかないんだ。

 しかしそうなると、Bに上がるにはこの町でじっくり実績を積んで地道にギルドに貢献して、ギルドに認められ、ギルドのおえらがたの目に留まってようやくBに上がれる感じか……。それっていつまでかかるんだ?

 いや、でもそれが本来のやり方なんだろうね。普通はそうやって長い期間をかけて実績を積み上げてしんらいを勝ち取る必要があるのだ。

「あの、Bランクモンスターの魔石ならいくつか持ってるので提出出来ますけど……」

 そう言うと受付嬢の顔がピクリと動いた気がした。

「出していただけるなら買い取りますし、それも評価にプラスされますが、それだけではランクアップは出来ませんよ。魔石は他で買ってくることも出来ますからね」

「……BへのランクアップってCまでより厳しくないですか?」

 Cランクまではそれなりにとうなノルマをクリアすればいつかは上がれる感があったけど、Bはちょっと基準があいまいだし厳しすぎる気がする。

「当然です。Bランクからは求められることが違いますから。町の存亡にかかわるような強いモンスターと戦うこともありますし、本当に失敗出来ない依頼を受けてもらうこともあるでしょうし、貴族の方々と接する機会も増えます。強ければ良いという単純な話ではないのですよ」

「なるほど……」

 どうしようか? なんだかBランクって無理に狙って目指すようなモノでもないような気がしてきた。

 まぁでも、現時点では特に急いではないし、この町には冬の間はたいざいしなきゃならない状況だし、特にランクアップのことは考えずに普段通り生活していてもいいかもしれないね。

「……ちなみにですけど、他に評価を上げる方法ってないですか?」

「そうですね……。なにか特技などがお有りなら、それに合わせた依頼をごしようかい出来るかもしれませんし、人に出来ないそういった依頼を達成することで大きく評価を上げる冒険者もいると思いますよ。薬草の採取とか、とくしゆな素材の入手とか、物資のうんぱんとか、引く手数多あまたな特技はありますから」

 なるほどなるほど……。その冒険者にしか出来ない特殊な依頼を達成することで評価を上げる感じか。確かにそれならギルドから注目されるだろうしこうけんも高いだろう。

 そうかそうか……って──

「……いや、実は回復魔法が使えるんですけど、これって特技に入ります?」

 僕がそう言うと、受付嬢のまゆがピクピクッと動き、クワッとこちらを向き、はじけるように叫んだ。

「それはもう! めっちゃくっちゃ特技ですよ!」

「お、おぅ」

「光属性持ちはほぼ教会に持っていかれますし! 光属性を持っている人が来ても自分で魔法書を手に入れて回復魔法を覚えてる人はほとんどいません! つまり回復魔法が使える冒険者は最高に珍しい存在なんです! だから当然ながらめっちゃ特技ですよ!」

「あ、はい」

 僕が少々ドン引きしているのに気付いた受付嬢が軽くせきばらいしてテンションを戻していった。

「確認しますが、教会には所属されていない、ということでよろしいですか?」

「はい」

「では、どこまでの回復魔法を使えますか?」

「ラージヒールですね」

「良いですね」

 受付嬢は鼻息あらくフムフムうなずきながら書類を確認している。

 話が途切れたので、少し気になっていることを聞いていく。

「教会関係以外で回復魔法が使える人って、どれぐらいいるんです? そんなに貴重なんですか?」

「使える人はそこそこいるはずですよ。ヒーラーと名乗れるぐらい実用的に使える人となると少ないですが、この王都にも……具体的な数までは言えませんが、それなりにいると把握しています」

「……それって貴重なんですか?」

「それはもう貴重ですよ! 高ランク冒険者だとヒールぐらい覚えてしまう人もいますが、大体は小さな切り傷を治せるぐらいですし。ちゃんとしたヒーラーは王家や貴族にかかえられているか、大手クランや中級以上のパーティに所属していますから。ソロでヒーラーをやっている冒険者は貴重なんですよ!」

 なるほど。つまり、いるにはいるけど既にどこかに所属している人が多いと。

「それで……ランクアップをするには一定以上の貢献をこのソルマール冒険者ギルドにしていただき、そのランクに相応ふさわしい実力を証明していただく必要があります。そこでご提案なのですが、定期的にここで冒険者のりようをしてみませんか? 勿論、ルークさんの空いている時間で大丈夫ですので」

「治療、ですか?」

 職業がら、冒険者はをしやすいはず。でも、ポーションというちようじよう的な薬も存在しているし、それでも治療が必要なら教会に行けばヒーラーは必ずいるので──あぁ、そういえば南の村ではごこうれいすぎて使えなかったんだっけ? でも、あれは小さな村だからで、ここは王都なんだし教会に行けば確実に治療は受けられるはずだし、僕がわざわざ出張って冒険者の治療をする意味がいだせない。

「それなりにかせげている冒険者ならポーションも常備可能でしょうし、教会での治療も受けられます。しかし低ランク冒険者は治療を受けられないことも多く、最悪、くなることもあります。なのでこの冒険者ギルドではギルドマスターの意向でヒーラーの冒険者には冒険者ギルドでの治療をようせいしており、多くのみなさまにご協力いただいているのです」

「なるほど……つまり、お金的には?」

「はい……。少々お安くなってしまいます。ですがギルドへの貢献は大きいと認識しておりますので、普通に冒険者として活動されるよりは大きな評価が得られると考えていただいて構いません」

 顎に手を当て考える。

 つまりお金は稼げない代わりに評価が稼げる仕事か。現時点では特にお金には困ってないし、むしろ評価の方が重要。今の僕にとっては悪くはない提案だと思う。

 今まではダンジョンこうりやくとかモンスター討伐をメインに活動してた──というか、するしかなかった。護衛任務とか薬草採取みたいな、ギルドや依頼ぬしからの信用が必要な依頼は掲示板にはほぼり出されず指名依頼として特定の冒険者に直接しんされる形になってたから。

 そして今はこの、ダンジョンもなくて、しかもモンスターの数が減るから冒険者の仕事も減るという冬の時期に長期滞在が決定している状態。先のことを考えたらギルドからの信用は得ておいて損はないはず。それに、長期滞在確定ゆえに断ってギルドから悪い印象を持たれるかもしれないデメリットも大きい。

「このソルマール冒険者ギルドでは他の冒険者のヒーラーにも同じようにお願いをしておりますし、実際、多くの方々にはかいだくしていただいてますが、本業があったりクランやパーティに所属されている冒険者はそちらの活動がメインになりますから、常に人材は足りていない状態なんです」

「なるほど」

 これまでの冒険者ギルドでこういう話は聞いたことがなかったし、これはここのギルドならではのさくなのだろうか。でも、ヒーラー側にとってもランクアップを狙うなら悪くはない提案でもあるし、低ランク冒険者にとっては良いかんきようだと思う。ここのギルドマスターは色々とちゃんと考えている人なのかも。

 それからくわしい条件などを聞いた後、提案を受けると返答し、階段を上がって資料室に向かった。

 資料室に入り、いつものようにたなにある本をはしから調べていき、見たことのない本は軽く目を通し、次にモンスター情報のエリアを見る。

「えーっと……ホーンラビット、これか」

 ギルドの掲示板に多く貼り出されてた依頼のターゲットがこれだ。

「額に角が生えている小型のEランクモンスター。体毛は灰色。冬になると毛が生え変わって白色になる個体もある、か」

 説明を読んでみても大体想像通りのモンスターだった。

 エルラビットとの違いはやっぱり角の大きさで、もののように長いらしく。低ランク冒険者が角で脚なんかをされて怪我をすることがあり、当たりどころが悪ければ大怪我をする的なことが書かれてある。

 これは日本のいのししとかと同じだよね、とつしんで運悪く脚の太い血管をやられると想像以上の重い怪我になるみたいな。

 木の板を棚に戻し、ロックトータスとか気になっていた他のモンスターの情報を確認。そして次を見てみると……。

「ん? イエティ?」

 木の板を手に取る。

 イエティとは人型のCランクモンスターだけど、情報によると近年は目撃されなくなったらしい。らんかくされすぎてぜつめつでもしたのだろうか?

「そもそもモンスターに絶滅とかあるのかな?」

 よく分からないけど、そういうこともあるんだろう。

 木の板を棚に戻し、資料室を出て階段を下りる。

 ギルド一階には冒険者の姿が増えてきていて、そろそろ冒険者が依頼を終えて戻ってくる時間帯に入りつつあることを示していた。

 さて、今日の予定は大体終えたけど、もう一つ重要な用事が残っている。宿についての調査だ。

 とりあえずギルドにへいせつされている酒場に行き、カウンターでマスターにラガーを注文し、周囲を見渡し情報収集しやすそうな人をさぐる、と──

「ん? お前は──」

「えっ?」

 カウンターでとなりにいた男性がこちらを見ていた。

 はて? この人とはどこかで会っただろうか?

 パッと見た感じ、彼はくろかみで細身のねこ系のじゆうじん。初対面な気がするけど、見たことがあるような気がしないでもない。

「前にアルノルンで会ったよな?」

「アルノルン……」

 アルノルンでは様々な人と出会ったので候補は無数にある。クランのメンバーとか公爵家の中で会った人とか……。んんん! 分からないぞ、これ!

「アルノルンの冒険者ギルドでお前が冒険者登録してた時に話したニックだ」

 アルノルンの冒険者ギルドで冒険者登録……あぁ! そういえば!

「思い出しました! 受付のエリナンザさんを説得してくれた人ですね!」

「説得、というか、おれは俺が思うことを言っただけだがな」

 僕が二回目の冒険者登録のためにアルノルンの冒険者ギルドに行った時、受付で対応してくれたエリナンザさんに登録を止められそうになり、困っていたら助けてくれた人だ。

「そういえば、あれから見かけなくなったとは思ってたんですけど、この町に移動してたんですね」

「あぁ……いや、俺はこっちの生まれでな。ただ気まぐれで戻ってきただけさ」

 マスターがカウンターの向こうから「はいよ、ラガーだぜ」と、カップをコトリと置いた。

「まぁ、酒も来たんだ、とりあえずかんぱいといこうじゃないか」

「そうですね!」

「再会に、乾杯」

「乾杯」

 それから暫く彼と話し込んだ。

 彼がアルノルンから離れた後の町の話。グレスポ公爵との戦いの話。黄金竜が襲ってきた話などなど。勿論、言いにくい部分はボカしてだが。

 彼と会ったのはほんの一回だけの短い時間だったけど、たがいのことを覚えていて、同じ町にいたという共通点があっただけで話ははずみ、意外と盛り上がった。今まで一つの場所に定住せず移動を繰り返す日々だったから他の町で知り合いと会うなんてなかったけど、こうやって会ってみるとすごく楽しくうれしいモノだと凄く感じた。

 この先、冒険者を長く続けていれば、こういう機会はもっともっと増えていくのだろうか。

 新しい町で新しい仲間や友人と出会い、そして別れ。また別の町で新しい人々と出会い、また別れ。次の町でも出会いと別れがあり、いつかは再会もある。そうして人生が続いていく。

 そう考えていくと少し楽しい気分になり、僕もやっとこの世界の一員になれた──なんてちょっとカッコつけたことを考えたりもしたのだった。

「……!」

「なんだ?」

 ニックさんが冒険者ギルドの受付の方を見てそうつぶやいた。

 なんだか周囲がザワザワしてきたので僕もそちらを向く。

 そこには同じ服装。学校の制服のようなモノを着た若い男女が六人で言い争いをしていた。

「あれは、なんです?」

「さあな。服装からして学院の生徒なのは間違いないが……」

「学院……とは?」

「この町にある王立学院。この国の金持ちのボンボンらが行く場所さ」

「へー」

 そんなモノがあるのか……。流石は王都、という感じだろうか。

 などと考えつつ彼らを観察していると、一方の男性三人、女性一人の側の内、中央にいたえらそうな男がもう一方の女性二人に指をビシッと差し、えた。

「もうお前にはうんざりなんだよ!」

 そう言われた二人の女性の内、一人が「ひあっ」と小さく叫び声を上げ、ビクッとしながら一歩下がる。するともう一人の女性がそれを後ろからき止めた。

 男は言葉を続ける。

「いいか! 今日限りでお前を学院のチームから追放し! 冒険者パーティからも追放し! お前の家とのけいやくし! お前とのこんやくも破棄する!」

「そんな……」

「そして、俺はこのスミカと婚約することにした! 彼女はお前のような無能とは違い、らしい女性だ」

 男はそう言い、横に立っていた女性を抱き寄せた。

 女性の方もまんざらでもないようで、男の方を見上げながらキラキラうるんだひとみで「イラ様……」なんてささやいている。

 そしてここにいる冒険者らの大半が、いきなり始まった寸劇喜劇の意味が分からないのか、頭が付いてこないのか、ポカンとした顔をしている。かく言う僕も状況が意味不明で混乱しているのだけど。

「もうお前の顔は見たくない! 二度とその顔を見せるなよ! 分かったな!?

 そうき捨て、男は仲間と新婚約者らしい女性を連れて冒険者ギルドから出ていった。

 そして周囲に静寂が訪れる。

 誰もなにも言わないし、動きもしない。

 カウンターの中でなべがコトコト呟くだけ。

「行こう、エレナ」

「……」

 もう一人の女性に手を引かれ、エレナと呼ばれた女性がおぼつかない足取りのままギルドカウンターの中に入っていき、奥の扉の中に消えていく。

 バタンと扉が閉まる音が聞こえ、それでやっと誰かの息を吐き出す音が聞こえ、冒険者たちがひそひそ話を始めた。

 周囲で「あれはどこの──」とか「婚約だって──」などと聞こえてくる。

 カップに残っているラガーをグイッと飲み干す。

 もう、なにがなんだか意味不明でよく分からないけど──

「追放追放&破棄破棄……。欲張りセットかな?」


◆    ◆    ◆


 それから色々ありつつニックさんに良さげな宿を紹介してもらい、そこに移ることにした。

「ここか」

 そこは冒険者ギルド近くの大通りから一本入った裏道にあり、一見するとただの民家のようなたたずまいだけど扉の上の方に額から角を生やした馬がられた金属製のレリーフが取り付けられてあり、知る人ぞ知る……というか知らない人は絶対に気付かない感じになっていた。その名も『聖なる白馬てい』だ。

 扉を開けて中に入る。

「らっしゃい。お、初見だな。誰かの紹介か?」

「はい。ニックさんの紹介なんですが」

 と返すと、店主らしきひげづらきんこつりゆうりゆうな中年男性が「ニックの紹介か……」と少し考えるりを見せた後、僕の方を改めて確認してから「まぁいいだろう」と続けた。

 ニックさんからこの宿の話は聞いている。基本的にいちげんさんお断りで、紹介がないと入れない店らしいのだけど、紹介があっても店主が認めなければ追い返される、そんな店らしい。

 ニックさんが言うにはれいさえちゃんとしていれば大丈夫らしく、それに『子供にはあまいところがあるから問題ないだろう』なんていう微妙な気持ちになる言葉もいただいた。

「で、一ぱくか? 五泊か? 一泊なら金貨一枚、五泊で合わせて金貨二枚銀貨五枚だ」

 この宿の特徴は連泊だと安くなるところで、実質半額になる。

 ここが安い理由は、まず連泊中は内部のせいそうが行われず、ベッドメイキングなんかもないとか。

「五泊でお願いします」

「分かった」

 お金をはらうと、店主はカウンターの中をゴソゴソしながら店の奥に「おーい!」と呼びかけた。

 そして「はーい」という声と共に現れた若い女性に案内された二階の部屋に入り、扉を閉める。

「ふ~……」

 ベッドに座り、シオンを出してからたおれ込む。

 ベッドの寝心地も、土台の干し草がしっかりしていて悪くない。

 とりあえずは前の宿より雰囲気は凄く良いし、店主はこわもてだけど人柄は良さそうな感じ。値段的にも安くなっているし、現時点ではかなりポジティブな評価だ。

 本当は賃貸物件でも借りようかと思っていたけど、ニックさんと話した感じでは役所への登録とか税金とかややこしそうで断念した。家に住むとなると本格的な定住を視野に入れる状況にならないとメリットが大きくないのかもしれない。

「さてと──それは新たなる世界。開け次元の扉《ホーリーディメンション》」

 ホーリーディメンションを開いて中に入り、おい袋や魔法袋から買ってきたアイテムをどんどん出して床に置く。

「夕食の前に実験してみるか」

「キュ?」

「我々の今後の食生活を改善するための実験だよワトソン君」

「……キュ」

 なに言ってんだお前は的な顔をされた気がするが、気にせずホーリーディメンション内に買ってきた陶器のお皿を並べていく。

 そして一つの皿にすいてきの魔法を使って水を入れた。

「シオン、こっちの皿に聖水を入れてくれる?」

「キュ?」

 シオンは不思議そうな顔をしつつ、聖水を作って皿に入れた。

 僕が魔法で作った水を入れた皿。その隣にシオンが作った聖水が入った皿が並ぶ。

「う~ん……。実験をするならみずも使ってみるべきかな」

 これから行うのはホーリーディメンション内でのオラン発芽実験だ。

 目的としては、このホーリーディメンション内で植物を育てることが可能なのか調べる、というモノだけど、ついでだから水によってどんな違いが生まれるのかも調べてみたい。だって魔法で作った水とか聖水とかおもしろいアイテムがあるんだし、どうせならためしてみたいし。そうなると、一般代表として井戸水も用意しておかないと違いが分からない。

「後で井戸水をみに行こう」

 しかし地面で色々と作業をするのはやりにくい。やっぱりテーブルは欲しいよね。これもどこかで入手したいところだ。

「次は、と」

 背負袋の中から魔法書を取り出す。昼間にれんきんじゆつの店で見付けたライトアローの魔法書だ。

 ラージヒールが使えるようになっていたので、調べてみたら使えるようになっていたから買ってきた。

 いつものように魔法書を読んで魔法を覚える。

「よしっ! これでまた新しい魔法を覚えられたぞ!」

「キュ!」

 シオンと軽くハイタッチ? をしてささやかに祝う。

 今日はもう確かめられないし、明日にでも外に出てライトアローの威力を試してみよう。と、考えていると、宿の部屋の木窓がカタカタとれた。

 ホーリーディメンションから出て木窓を持ち上げてみる。

「うわ、寒っ!」

 窓の向こうのくらやみから冷気と共に粉雪がい込んだ。

 この感じだと明日は積もってしまうかも。

「……防寒具って、本当にこれで大丈夫なのかな?」

 ふと気になった。

 毛皮の外套はあるし、手袋とくつしたはぶ厚めのをアルッポで買ってある。でも、それで足りるのだろうか?

 地球でなら大体の気温は地域ごとに分かるから、それに合わせて服装を選べばいいけど、こっちだとそんなモノはないし、判断基準がない。同じ雪が降る環境でも〇度前後とお湯が一瞬でこおる環境では意味が違うはず。

「シオンの防寒具は……いらないか」

「キュ?」

 一瞬、どこかのお金持ちの犬が装備していそうな犬用のお洋服を想像してしまったけど、この世界にそんなモノが普通に売っているとは思えない。まぁシオンは基本僕が着ている闇のローブのフードの中だし、なくても大丈夫だろう。

 それはそうとして、防寒について考えていく。

 すると、重要なことに気付いた。

「……いや、そもそも部屋にだんぼうがないよね?」

 というか、今までの町の宿でもだんがある部屋なんかなかったはず。普通に考えると各部屋に暖炉を置くなんてコスト的に無理なんだろうけど、そうなると冬は厚着をしてしのぐか暖かいしんを用意するのが一般的な冬の凌ぎ方になるはず。けど普通の宿にはベッドと枕ぐらいは用意されていてもとんはないわけで、寝具なんて持ち歩くわけにもいかない冒険者的には厚着をするしかなくなるはずだ。

「まぁ雪山登山にも暖房なんてないし、大丈夫でしょ、厚着すれば!」

 近い内に冬用の衣服をもう少し増やさないとね。

 そう考えていると階下で鍋底を叩く音がした。

「夕飯だ、行こうか」

「キュ!」

 ホーリーディメンションを閉じ、階段を下りる。

 食堂に入ると漂ってきたムワッとしたかおり。その中に包まれながら数人の冒険者が食事をとっている。

 カウンター席に座り、カウンターの中にいたかつぷくの良い中年女性に部屋番号が書かれたプレートを見せた。

「飲み物はいるのかい?」

「じゃあラガーで」

「銅貨五枚ね」

 おっ、やっぱり昨日の宿はボッタクリだったのだろうか? いや、そもそも昨日の店基準で考えるからアレなんだけど、ここでも他の町の倍ぐらいなんだよね。やっぱりこの王都の物価は高すぎるんだ。

 などと考えている間に目の前に大きめのスープ皿がドンッと置かれた。

 皿の中にはブラウン色のスープ。そのスープには様々な具材が浮かんでいる。かなり具沢山だ。

「ラガーだよ」

「ありがとうございます」

 ラガーが届いたのでスープを一口、飲んでみる。

うまい」

 がしっかり利いているし、塩味もしっかりしている。昨日の店とはやっぱり違う。

 スプーンで中の具を持ち上げて確認してみると、野菜から肉やらキノコやら判別出来ないモノまで色々とゴロゴロ入っていた。

「聞いた通りだ……」

 ニックさんによると、この店の裏側には表通りに面した大きなレストランがあり、そこで出された食材の余り物なんかがこの店に流れてきて、それらをすべて鍋に入れてんだモノがここの料理だそうな。

 そういうはいぶつ処──もとい、フードロスを生まない素晴らしいシステムのおかげでこの宿屋は低価格で運営出来ているのだ。

「最近、商人が──」

「──鉱石が少し──」

「いや、あれは──」

 スープの具をほぐしてシオンにあたえながら周囲の人々の会話に耳を傾ける。

 こういう場所での誰かの世間話の中にも周辺情報を知るヒントがあったりするので面白い。

 そうしてスープの中の謎の食材も美味しくいただき。その後で井戸から水を汲み上げ部屋に持ち帰り、ホーリーディメンション内に設置した皿に注いで、井戸水、魔法の水、聖水の三種類の水が入った皿の中にオランの種を入れた。

 これがどういった結果になるのか、暫く様子を見ていこう。


◆    ◆    ◆


 翌日、起きると同時に顔に冷たさを感じた。

「うわ……」

 部屋の中が冷え込んでいる。この世界に来てから一番の寒さだ。

 自分の定位置かのように僕のわきはさまって寝ているシオンを抱きかかえながら起き上がり、布団代わりにしていた毛皮のマントを羽織る。

「よし」

 部屋を出て階段を下り、宿屋の扉を開けて外に出ると、外はひらひらと花びらのような雪が舞い落ちていた。

「降ってたのか」

 そりゃ寒いわけだ。

 地面にはまだ降り積もってないけど、道の端の方には小さな雪のかたまりが見える。

 この感じだと夜から降り続けていたのかもしれない。

「う~ん」

「キュ?」

「いや、今の内に町の外をたんさくした方がいいかと思ってさ」

 初冬でこの降り方だと真冬になると深く降り積もるだろう。今の内に周辺の地形なんかを把握しておいた方がいいかもしれない。

 雪が積もった後だと全てがおおかくされて分からなくなってしまう。

 それにライトアローの実験もしたいから町の外には行きたい。

「決まりだ」

 それから冒険者ギルドに行き、周辺地域についての情報収集をしようとするが、流石に朝のラッシュ時だけあってひまそうな冒険者が見付けられない。

 ので、酒場のマスターから周辺地域の情報を仕入れていく。

「この辺りははいこうが多いんだ。そこら中にある」

「へー、なるほど」

「廃坑にモンスターがみ着いて巣にしちまうことがあるから定期的にじゆんかい依頼があるが……。それはギルドが信用してる冒険者にしか回ってこない依頼だな」

 聞いた話を紙にしっかりメモしていく。

「町の西側には今でもり続けてる鉱山の入り口があるが、そっち側に行っても旨みは少ないぞ」

「どうしてです?」

「あっちは人通りが多いからモンスターが出てもすぐにられちまうし、そもそも国軍が管理してるからな。モンスターなんざそうとうされちまってるからまず出ねぇよ」

「なるほど。そうですよね」

 という感じにうすどうしゆ一杯でねばって色々と聞き出した。

 冒険者ギルドを出て町の外に向かいながら情報を整理していく。

 この町の周辺にはいくつも鉱山があり、廃坑になっている場所も多くある。現在どう中なのは西側にある鉱山。西側の山脈は険しく、普通に登るのは困難。町の周辺だけでなく、山に近い場所は岩場が多い岩石地帯で植物はあまり生えない──

「あぁ、そうか」

 植物があまり生えないとなると薬草系もほとんど採れないはず。つまりポーション類も他の町より作れてない可能性が高い気がする。ということは──

「回復魔法の依存度が他より高い?」

 その可能性は高い気がするぞ。

 ポーションの価格も想像以上に他の町より高いかもしれないな。

 そう考えると、ここの冒険者ギルドが回復魔法使いを重要視するのは当然な気もする。ポーションというだいたい手段が難しい以上、回復魔法使いので色々と変わってくるだろうし。

 あれこれ考えながら町を出て、スラムを横目に南側に向かって歩く。

 右手側には南北に続く大きな山脈。左手側にはれ地。さんがく地帯の殺風景な景色に大小様々な岩が転がっている。

 冒険者らしき姿もちらほら目にするし、冒険者なのか分からないボロボロの服を着た人も見える。彼らはなにをしているのだろうか。

 南側の門から続く道に沿って暫く歩いているといわかげに小さな反応を見付けた。

「ホーンラビットかな?」

 ミスリル合金カジェルをにぎり直し、しんちように歩を進める。

 高さが二メートルはある大岩を外から回り込むように近づくと──

「ギュ!」

 灰色の小さな塊が勢いよく飛び出しすねけて体当たりしてきたので、ミスリル合金カジェルでゴルフのスイングのように払うと、バチッという音と共に灰色の塊が大岩にぶつかり、動かなくなった。

「これは、低ランク冒険者ならちょっと厄介なんだろうね……」

 岩陰から足元への突進攻撃。僕はマギロケーションで位置が分かるけど、普通の冒険者なら気付かないかもしれない。それでめいしようにはならなくても低ランク冒険者だと脚の大きな血管が傷付けられれば大ダメージになってしまうこともあるだろう。

「そりゃあヒーラーが必要になることもあるか」

 ぶっつぶれて絶命したホーンラビットの角を叩き折って袋に入れ。本体を解体していく。が、慣れてないのであまり上手くいかない。

「最近はあんまりモンスターを解体するようなこともなかったもんね……」

 エレムのダンジョンではモンスターが消滅したから解体はなかったし、アルッポのダンジョンはアンデッドだらけで解体するモノがほぼなかった。これは完全に経験不足だ。

「丁度良い機会だし、ここのホーンラビットで練習するか」

 その内もっとランクの高いモンスターを相手にすることもあるだろうし、そうなった時に解体が下手で素材が台無しになってしまい、モンスターを狩った意味がありませんでした、なんてことになったら嫌だしね。

 そうこう考えながらホーンラビットを魔石とズタズタな肉とボロぞうきんみたいな毛皮に解体し、袋に入れた。

 ……まぁ、冬の間ホーンラビットを解体し続けたら少しは上手くなってるだろうさ。

 全体にじようをかけ、立ち上がる。

 マギロケーションで周囲を確認するが生物の反応はない。

「ついでに、ここでライトアローの試しちもしておくか」

 ホーンラビットを潰した大岩に右手を向け、じゆもんえいしようする。

「光よ、が敵を穿うがて!《ライトアロー》」

 右手から放たれた光の矢──というよりアイスピックのようなとがった光が大岩に向かって飛んでいき、ぶつかった瞬間にボンッと弾け飛ぶ。

 周囲にパラパラとすなけむりが舞った。

「……う~ん」

 大岩に近づいてばくはつした場所を観察すると、大岩の表面が少しえぐれてはいたけど、そこまで大きなダメージがあるようには見えない。

「光属性は攻撃力が一番ない属性……か」

 そういう話が魔法の本には書いてあったけど、それを改めて実感する。

 この魔法では『切り札』にはなりえない。単純に別種のえんきよ攻撃が一つ増えたという感じでしかない。

 それから魔力を多く込めて発動したり、いくつか試行さくしてみたけど、やっぱりこう、しっくりこない。

「もっとこう……エターナルフォースブリザード! はい、敵は死ぬ! ぐらいの強力な切り札が欲しいんだけどなぁ」

「キュ……」

 いつの間にかフードから顔を出していたシオンの呆れたような声を気にせず、考え込む。

 現状、僕が属性魔法で高威力を目指すのは困難な気がする。これだと神聖魔法のホーリーレイの方があつとう的に威力は高いし。高威力アップはもっと別の方向から考えるべきか……。

 それから周囲の地形を確認したり、そうぐうしたホーンラビットを倒したりした後、夕方になる前に町に戻った。


◆    ◆    ◆


「あっ、ルークさん、丁度良いところに。これからお時間、大丈夫ですか?」

「えっ? あぁ……はい、大丈夫ですよ」

 討伐報告をしようと冒険者ギルドに行くと、すぐに見知った顔から声をかけられた。

 彼女は僕が最初にこの冒険者ギルドに来た時に受付をしたサラさんだ。

「実は若い冒険者が怪我をしたのですが、教会で治すお金もないようで……」

「あぁ……なるほど」

「それで、ほうしゆうなのですが、銀貨五枚ならなんとか出せるらしいのですが、どうでしょうか? 冒険者ギルドは手数料などは取りませんので。とりあえずるだけでもお願い出来ませんか?」

「……分かりました」

 銀貨五枚という数字が安いのか高いのか分からないけど、話の流れ的にはかなり安いのだろう。

 さて、どんなモノか……。

 サラさんに連れられてギルドの二階の一室に移動すると、脚に包帯を巻いた男性──というより男の子が床に横たわっていて、その周囲に同年代の男女三人が彼をのぞき込むように座っていた。

「ルークさん、彼です」

 サラさんの言葉に全員の視線がこちらに集まる。

 その顔は幼くて、今の僕より年下に見えた。

「ヒーラー、なのか?」

「ジョン! 回復魔法使いが来てくれたよ! もう大丈夫だよ!」

「どうか、よろしくお願いします!」

 パーティメンバーの三人が叫ぶ。

「彼らはスラム出身のその日暮らしの冒険者です。命に別状はありませんが、脚を怪我した彼は暫く動けませんから、このままだと……」

「……このままだと?」

「暖かい時期ならともかく、今は彼ら三人では怪我をしたパーティメンバーの生活を支えきれないでしょう。つまり、その……」

「あっ……」

 色々と察してしまった。

 重い、重すぎるよ! 地球でも医療従事者の方々はこんな重いプレッシャーを背負っているのだろうか?

 ここで僕が断ったりすると、想像したくもないけど彼らは色々と詰むのだろう。

 色々と考えてしまうこと、考えたくないことが頭をよぎる。

「分かりました。治しましょう」

 そう言って彼の前にひざを突き、魔法を発動させた。

「光よ、やせ《ヒール》」

 やわらかい光が横たわっている冒険者を包む。

 僕がしたのは、たったそれだけ。

 包帯の下で見えないが、傷は完治しただろう。

「お? おお! 痛みがなくなった!」

「やった!」

「良かったな! 良かった……」

 なみだを流して喜び合う彼らを見ていると、色々と考えてしまうモノがあった。

 今の僕より若い子が、高々ヒール一発で治る傷で人生が終わってしまうのだ。そんな厳しさがここにはある。

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

「助かったぜ! ありがとな!」

「本当に、なんと言ったらいいのか……」

「良かった……」

 彼らの感謝の言葉を聞き、改めて考える。

 この世界は、怪我をしたり病気になったりした人がしようで治療を受けられる世界ではない。日本とは違うのだと。金がなければ普通に野垂れ死ぬ世界なのだと。


◆    ◆    ◆


 それから数日間、町中の店と町周辺の地形を把握したり毛糸製のアンダーウェアを買ったりと、とにかくぼうな日々を過ごした。

 冒険者ギルドからの回復依頼はまだない。定期的にギルドに顔を出すようにはしているけど、怪我人がいなければ仕事もないわけで、それは仕方がないというか、仕事がなければ怪我人が出ておらず平和だったということなので、それはそれで良いのだろうけど。

 いつもの宿屋の部屋に戻り、外套を脱いでシオンをワシャワシャしながら下ろす。

「それは新たなる世界。開け次元の扉《ホーリーディメンション》」

 宿の壁に生まれた光の扉の中に入り、お皿に入ったオランの種を確認。

「ん?」

 魔法袋の中からマイフォークを取り出して皿の中の種をつついて傾けてみたりすると、一部の種から白いひげのようなモノが生えていた。

「おぉ! これは根っこか?」

 よく観察すると、聖水を入れていた皿の種にはけ目があり、緑色のモノが若干見えているモノもある。

「これ、芽だよね!?

「キュ」

 シオンを抱き上げて一緒に観察していく。

 これはもう、オランの種の発芽実験は成功と考えてもいいだろう。

 井戸水、魔法の水、聖水の三種類の内、聖水に入れた種の生長が若干早い気もするけど、現時点では誤差レベルなので結論はまだ早いかもしれない。

 しかし、これでホーリーディメンション内でも植物のさいばいが可能っぽいことが分かった。

「よしっ! 実がなったらオラン食べ放題祭りかいさいだ!」

「キュ!」

 と、ちょっと気が早い話題で盛り上がったところで、なにかが頭をよぎる。

「……ちょっと待てよ」

「キュ?」

 不思議そうにこちらを見るシオンをモフモフしながら考える。

 そもそもこのオランが正常に生長したとして、いつしゆうかく出来るようになるんだ?

 春なのか、夏なのか、来年なのか? いつになったら食べられるように……いや、あれっ?

ももくり三年かき八年……っていうことわざ、あったよな?」

 確か物事を成すには時間がかかる的な意味の言葉だったようなうろ覚えなおくがあるけど、これってそういう的表現なのか、それとも実際に桃栗は三年で柿は八年もかかるのか、どっちだ? それにオレンジは何年なんだ? 間を取って五年くらい? いや、そもそもオランはオランであってオレンジではないよね? 似ているけどさ。

 グルグルと頭の中で様々な情報と考察がけ巡る。

「これ、オランも年単位でかかるのだとしたら、本当に気の長い実験になるぞ……」

「キュ……」

 ホーリーディメンション内の床にごろんところび、シオンを胸の上に置く。

 らぬたぬきの皮算用……という言葉が頭に浮かぶ。ちょっと変に期待してしまった後だけに、それがしぼんで変なテンションになってきた。

「とりあえず様子見かな……」

 実際、どうなるか分からないしね。

 もう少し観察して、時間がかかりそうなら色々と考えよう。


◆    ◆    ◆


 翌日、朝から冒険者ギルドに行き、掲示板で依頼を確認する。

 基本的に食料調達というか、モンスターの肉の調達依頼が多い。地域柄、そうなっちゃうんだろう。

 色々と見ていく中で珍しい依頼を見付けた。

「木材調達、か」

 とにかく木を持ってこい……ってな依頼。見る限り木材の調達手段なんかは書かれていないため、恐らく自力で木が生えているところまで行き、自分で木をり倒してここまで運んでくる必要があるのだろう。しかも依頼料も書かれていない。かなりワイルドでアバウトな依頼だけど、周辺に木が生えていないこの町ならではの依頼なんだろうね。

 通常、町の周辺の木は町の木こりっぽい職業の人が管理してるっぽいけど、この町にはないみたいだから冒険者にそういう仕事が回ってくるのかもしれない。

 次の依頼書を見ていく。

「鉱山労働、ね……」

 もう一つの『この町ならではの依頼』だ。

 こちらも書かれているマトモな情報は集合場所だけ。依頼料のところは『労働だい』としか書かれておらず、明確な情報は他にない。紙からですらブラック企業しゆうがプンプンしている。ダメな感じしかしない。

 でも、少し鉱山の中には興味があるし、一度ぐらいは経験してみるのも悪くはないかもしれない。

 と、考えていると、横から声をかけられた。

「兄貴も鉱山労働やるんすか?」

「ん?」

 振り向くと僕より少し小さい青年──というより、少年がいた。

 確か彼は──

「ジョン、だっけ?」

「うっす! 覚えててくれたんすね! 兄貴!」

 彼は数日前にギルドからの依頼で怪我を治した少年。見る限り怪我は完治しているようだ。

 それより、どうして僕が『兄貴』と呼ばれているのか意味不明すぎるけど、とりあえずそこは横に置いといて……。

「『も』ってことは、ジョンは鉱山労働やるの? 凄くヤバそうな感じだけど」

「ヤバいっすよ! 大変っすよ! 朝から夕方までずっと親方の指示通りツルハシであなりっすよ!」

「おぉ……。でもやるんだ?」

「うっす! 俺、気付いたんすよ。兄貴に脚を治してもらった時、俺達にはまだホーンラビットは早かったんだって。ホーンラビットにやられるなら他のモンスターに出会ってたら生きて帰れなかったって」

「まぁ、そうだよね……」

 ホーンラビットはEランクでそんなに強いモンスターではないけど、駆け出し冒険者にとっては弱いモンスターではないはず。僕だって最初に初心者ダンジョンでFランクのゴブリンと戦った時は大変だったし、その後にEランクのフォレストウルフと戦った時も簡単ではなかった。僕には回復魔法があったから仮に多少怪我をしていても大丈夫だったはずだけど、彼らは大きな怪我をしてしまうと詰んでしまう可能性があるのだし、もっと大変なはずだ。

「だから暫くは鉱山労働で下積みするって決めたっす! やっぱりこの町の冒険者は鉱山労働っすよ!」

「えっ? そういうモノなの?」

「そうっすよ! この町の冒険者は皆、鉱山できたえてムキムキになるんすよ!」

 そう言われて周囲を見渡すと、確かにこの町の冒険者は他の町より筋骨隆々ムキムキが多い気がする。

 でも、確かにツルハシを振り下ろす動作はけんを振り下ろす動作に通ずるモノがあるかもしれない。……ないかもしれない。

 まぁとにかく、それがこの町の伝統なのかも。

「それにですね! 伝説の聖女様もここの鉱山労働でムキムキになったんすよ!」

「いやいやいやいや……誰から聞いたんだよ、それ」

「ほらっ! あそこで酒飲んでるブルデンじいさんから」

 ジョンが指差す方を見ると、酒場で朝っぱらから酒をかっくらっている爺さんが見えた。

 どうやら既にいい感じに飲んでいるようだ。

「う~い、もう一杯くれ~」

「おい爺さん、朝からペース速すぎだぞ」

 酒場のマスターがたしなめつつも酒を用意している。

 ……いや、朝からあんなに出来上がってる爺さんなんてろくなもんじゃないよね?

「いやぁ、前にこの話を聞き出すために酒を二杯もおごらされたっすよ」

「それ、絶対にだまされてるぞ」

 おいおい、そんなぱらいの話を信じてお金出してたらすぐに一文無しになるぞ。

「あっ! 兄貴すみません! 外に仲間を待たせてるんすよ。今日はこの辺で失礼します!」

「あぁ、うん」

「また怪我したらよろしくっす!」

「いや、怪我しないように気を付けて」

 走り去るジョンを見送りながら思う。

「あの子、本当に大丈夫か?」

 ジョンと別れた後、受付に向かう。

「おはようございます。今日は回復依頼、ありますか?」

「いつもありがとうございます。現時点では入っておりませんね」

「分かりました」

 今日も怪我人はいなかったらしい。それはそれで結構なことなのだけど、仕事がないのは問題でもある。

 一瞬、色々と考えを巡らせ、確認しておきたいことを思い出す。

「ああそうだ。強化スクロールは売ってますか?」

「はい。金貨一〇枚でお売りしておりますよ」

 その言葉に少し安心する。

 確か他の町でも金貨一〇枚だったはず。これはここでも価格が同じなんだ。全てが高い町だと思っていたから少し意外かも。

 ギルドで売られているようなアイテムは価格変動が少ないのか、ここのギルドが良心的なのか、それは分からないけどありがたい。

 受付嬢に礼を言ってカウンターから離れ、酒場の方に向かうと数日ぶりにニックさんを見付けた。

 彼は酒場のカウンターで朝から葡萄酒をチビチビと舐めていた。

「おはようございます。今日は朝から……ですか?」

 ニックさんの手元のカップを見ながらそう聞くと、彼は「冬にあくせく働く冒険者なんざ三流だぜ」と言って葡萄酒をあおった。

 どう考えても酒飲みの言い訳っぽい話をしているニックさんの隣に座り、酒場のマスターに二番しぼりの薄い葡萄酒を注文する。

「もしくは超一流、だな」

「超一流ならあくせく働くんですか?」

「そりゃあ超一流はえがきかないからな。休みたくとも仕事の方から勝手にやってくる」

 それは確かにそうかもしれない。その人にしか出来ないスキルがあるのなら、その人に頼むしかないのだから。

「じゃあ普通の冒険者はどうなんです?」

「普通──というか一人前の冒険者なら秋の間にたくわえられるだけ蓄えて、冬の間に仕事がなくても困らないようにする。それだけだ」

「そういうものですか」

 秋の間にどれだけ蓄えられるか、ね。なんだかアリとキリギリスの話を思い出してしまった。来年からは僕ももう少し色々と蓄えておけるようにしないとね。

「だが一流の冒険者はそれだけじゃないぞ。次の春のことを考えて色々と動くんだ」

「動く、ですか?」

わざみがいたり、政財界とのコネを作ったり……。この町じゃ王立学院の臨時教師になる冒険者もいるぜ」

「教師……」

 以前、冒険者ギルドで見た婚約破棄セットの子らが確か学院の生徒だったはず。彼らの教師になる、か……。僕にはイメージ出来ない、というかねんれい的にもまずお声はかからないだろう。

「まぁ、一流になりたきゃ冬場にもやれることはあるって話だ」

「なるほど……」

 そう言いつつニックさんを見る。

 三流冒険者と超一流冒険者は冬でもいそがしく、一流冒険者は色々とやっている。そして一人前の普通の冒険者は冬でも普通にやっている。となると、朝から酒場で飲んでいるニックさんは二りゅ──

「おい、ちょっと失礼なこと考えてないか?」

「い、いやいやいや! そんなことないですよ! あっ! そろそろ行かないと!」

 ニックさんに別れを告げて冒険者ギルドから出る。

 危ない危ない……。さて、今日はどうしようか、と。

 外に出てもいいし、町中を探索してもいいけど……。

「あっ! 教会を探してみるか」

 確か装備の強化を教会で行う人が多い、という話を聞いたはず。

「なんだっけな……」

 魔法袋からメモの束を取り出してペラペラめくって確認していく。

「えっと『神に祝福されれば武具強化は成功する』といい、実際に武具強化を成功させまくった男がいた、か」

 記憶を辿たどって例の話を思い出していく。

 その男がそんな話をしたおかげで多くの人々が祝福を求めて教会に集まったが──色々とあって祝福を断られるようになり、それでも少しでも成功率を上げるために武具強化は教会のしきでチャレンジするようになったと。

「……僕も強化するなら教会でやるべきなんだろうか?」

 強化に失敗して武器を失い、ターンアンデッドをくらったスケルトンみたいに教会のかたすみたましいが抜けてしまった冒険者を思い出す。

「あの姿をさらすのはどうなのかと思うけど……」

 って、最初から失敗する前提の話になってるな……。

「まぁ、とりあえず探してみるか。すみません──」

 近くの商店の女性に話しかけて教会の場所を聞き、大通りを暫く進んだ先でも聞き、町を西の方角へ進んでいくと、それはあった。

 石の壁に囲まれた大きな敷地。大きな金属製のこうから見える建物はそうだいで、今までに見たどの教会より大きく見えた。

「ここが教会?」

 これまで見たどの教会とも雰囲気が違う。

 他の教会では敷地内においのりをしに来たのであろう一般人が多数いたし、昇天している冒険者もいた。けど、ここの教会には教会関係者っぽい人しか見えないし、格子戸はざされている。敷地内の庭はキレイに整えられていて、まるで貴族のしきみたいだ。

 これは完全に一般人お断りの雰囲気が出ている。

「ここで強化をするのは無理っぽいな……」

 ここに入れないとなると、一般人はどこでお祈りしているのだろうか? というか、ここは本当に教会なのだろうか?

 色々と疑問に感じながら町を探索し、その日は宿に戻った。


◆    ◆    ◆


「あぁ、それは大教会だな」

 宿に戻り、宿の店主──ブライドンさんに教会のことを聞くと、そんな言葉が返ってきた。

「大教会?」

「あぁ、大きいからそう呼んでる」

「そのまんまじゃないですか」

「うるせぇよ、他に呼びようがないんだから仕方がないだろうが」

 そう言いながらブライドンさんは僕の前にごったスープの皿を置いた。

 それを目の前に引き寄せ、味見してみる。

 うん、相変わらず謎の食材がゴロゴロ入ってるけど旨い。

「もしかしてですけど、大教会があるなら小教会もあるんですか」

「はっはっはっ、もう一つ小さな教会もあるが、そんなそのまんまな名前なわけねぇだろ。ステラ教会だ」

「……そうっすか」

 なんだかくやしい……。大きな教会は大教会のくせに……。

 ごった煮の中から肉を取り出し、少しほぐしてからシオンに与える。

「そっちはスラムに近いかべぎわにあんだよな」

「そうなんですか?」

「細い路地の奥にあるからよ、地元の人間しか知らないだろうぜ」

 しかし、どうして教会が二つもあるのだろうか? いや、もしかすると他の町にも複数の教会はあったけど僕が知らなかっただけなのかもしれないが。

「で、教会にどんな用事があるってんだ? 単純に信心深いだけか?」

「いや、ちょっと武具の強化をしたいなと思って」

「おいおい、お前もあの伝説を信じてるってぇのか?」

「別に信じてるって感じではないですけど、念のためというか……」

 ブライドンさんはカップを布できながらこちらを見る。

「俺は信じてねぇけどな。あんなのどこでどうやろうが変わりやしねぇって。俺も若い頃は何度も強化にちようせんしたが、教会でやっても失敗しまくったしな」

「なるほど」

 うん、まぁそうだろうとは思っているけど。でも、こういうのってイメージに引っ張られるからちゃんとデータ取って確認しないと実際のところは分からなかったりするんだけどね。

「まぁ、冒険者にはげんかつぎが必要な時もあるからよ、それも仕方がねぇが。……お前はもうちょっと鍛えた方がいいな」

「? えぇ、まぁこれからもたんれんは続けるつもりですけど」

 これまでの話と体を鍛えることにどんな繫がりがあるんだ?

 なんだか少し会話がズレているような気がしつつも、食事を終えて部屋に戻った。


◆    ◆    ◆



かん ブライドンは皿を磨く



「武具強化か」

 宿屋の店主ブライドンは布で皿をキュキュっと磨きながら呟いた。

 彼はさっきまでカウンターで食事をしていた少年を思い出す。

 まだ冒険者になり立てのように見える少年が武具強化をしようとする。マトモな大人なら忠告の一つもしてやるべきかもしれないが──

「ニックが紹介してきたヤツだしな」

 ニック・バット。目立つタイプではないが実力があって人を見る目もある。ヤツが認めて紹介してきた人間なら問題ない。

 それにあの少年の動き。それなりに武器を振るったことがある者の動きだ。見た目以上に場数を踏んできているのだろう。あれはただの少年だと考えてはならない気がする。

「まぁ、余計なお世話か」

 わざわざ自分が忠告するようなことでもない。

 そう、ブライドンは結論付けた。

 冒険者に余計なせんさくは本来はつなのだ。しかし冒険者のせんぱいとしてアドバイスを送るのも年長者の務め。言うべき時は言う必要がある。しかし──と考えたところで顔を上げて息を吐く。

「俺もとしをとったな」

 若い頃は考えもしなかったが、歳を重ねるとつい説教くさく考えてしまうのだ。それも、若い頃に自分がけむたがっていた飲んだくれ冒険者のように、若い者に一言かけたくなってくる。

 ブライドンは皿をカウンターに置き、たるからカップにラガーを注ぎ入れ、それを飲み干した。

「ップハーッ! それにしても武器強化、か……」

 気持ちを切り替えるように頭の中を別の話に切り替える。

 若い頃はブライドンも体を鍛え、何度も何度も武具強化に挑戦した。

 何度も成功した経験はあるが、同じように何度も失敗した経験もあり、当然ながらそのたびに武器を燃やして消滅させた。今でも思い出すだけで頭の奥から苦い痛みが戻ってくる。

 しかし冒険者をやっていて一定以上の強さを手にした者は、いつかは武具強化に辿り着いてしまうのだ。

 それは自身の成長の壁なのか、能力の限界なのか……『武具強化に手を出さなければ次のステージには進めない』と感じてしまう瞬間がどこかで来る。来てしまう。そうなると後は進むか、それとも冒険者としての栄光の未来を諦めてそこで満足するか、どちらかしかない。

 だから多くの冒険者が武具強化に手を出して、散っていった。

 それをむなしくバカバカしいことのようにも思ったが、歳を重ねた今から考えれば、それこそが冒険者というモノなのだとブライドンは思う。

「しかし、あんなヒョロっとした体であの伝説を気にするなんてな」

 そう言ってブライドンはククッと笑う。

「確か『鍛え抜かれしおのれを示し神にほうのうすれば強化は成功するだろう』だったか」

 ブライドンは「俺のこの鍛え抜かれたはがねの肉体をもってしても成功しなかったんだから無理に決まってるのによ」と、呟くように続け、また皿を磨き始めた。

 食堂にまたキュキュっという音がひびいた。