ドンッと勢いよくドアを開け放ち、男が冒ぼう険けん者しやギルドの中に飛び込こんできた。

 集まる冒険者らの目。

 冒険者の治ち療りようをしていた僕ぼくもそちらにチラッと顔を向けるが手は止められない。

 男は受付嬢じようにコソコソ話すとカウンターの中に入っていった。

「なんだぁ?」

「さぁ……」

 治療をしている冒険者と顔を見合わせ首を傾かしげる。

 酒場にいた数人の冒険者らがそれを見て小声で話し始めた。

 それから暫しばらく数人の治療をして、全すべての冒険者を「お大事に」と見送ってカウンターで終しゆう了りよう報告をしようとすると──

「ルークさん、お時間少し大だい丈じよう夫ぶですか?」

 と受付嬢に呼び止められ、流れるようにギルドマスターの部屋のソファーに座すわっていた。

 そしてギルドマスターの第一声がこれ。

「急だが今から依い頼らいを受けてもらいたい」

 その声は硬かたく、いつもの少しふざけたような軽い声ではない。

「今からって、もう夕方になりますよ?」

「あぁ、分かってる。それでも今すぐ行ってもらいたい。場所は──」

 それから冒険者ギルドは慌あわただしく動いた。

 すぐに複数の馬車が用意され、他の冒険者も集められ、物資なんかも荷馬車に積み込まれ、それに冒険者ギルドの職員も馬車に乗り込んで万ばん全ぜんの態勢が整ったところで出発。

 馬車の中は重苦しい雰ふん囲い気きに包まれていた。

 向かいに座るのは冒険者ギルドの職員である女性。その横には慌てて冒険者ギルドに来たニックさん。その他には顔見知りだが名前までは知らない冒険者らがいる。

 その中の一人の女性冒険者が口を開く。

「それで、どういう状じよう況きようなんだい? わたしゃまだ詳くわしい話は聞いてないよ」

 それに対してギルドの職員の女性が淡たん々たんと返していった。

「我々も現時点では詳しよう細さいな状況は摑つかめておりません。ただ確かなのは『遠えん征せいに出ていた国軍が大量の食料を持ち帰った』ということだけです」

「……国軍が、か?」

「はい」

「……一体どこから食料を持って帰ってきたって言うんだい?」

「それを調査し、場合によっては対処するのが今回の依頼です。ですが恐おそらくは……」

 女性職員は口ごもる。

 彼かの女じよに代わるようにニックさんが口を開いた。

「状況から考えて国軍……いや、ソルマズ王家が狙ねらうとしたら……考えたくはないが大体の想像はつく」

「……」

「最悪の状況でないことを祈いのりましょう」

「もしもの場合は、ルーク、頼たのむぞ」

「……分かりました」

 それからも馬車は順調に進んでいった。

 町から出て、山道を下り、雪が積もった道を進んでいく。

 冒険者ギルド秘蔵のバトルホースはやっぱり強いのか、雪道などものともせずにグイグイ馬車を引っ張っていった。

 そうして日が落ちてもランタンの光を頼たよりに馬車は夜道を進み続け、オクタイ子し爵しやく領の村に到とう着ちやく。

 閉とざされた門を先頭の馬車に乗った男が「開門!」と叫さけんで無理に開けさせ中に入り、馬車から降りたギルド職員が冒険者ギルドの中に駆かけ込んでいった。

 そしてすぐに馬車に戻もどってきて首を横に振ふる。

「確定だな」

「残念なことに」

 それだけ話すとギルド職員は元の席に座り、また馬車は動き出した。

 彼女は苦虫を嚙かみ潰つぶしたような顔を一いつ瞬しゆんだけ見せる。

「あの……確定、とは?」

 僕がそう聞くとニックさんが答えてくれた。

「国軍はこの村から食料を徴ちよう収しゆうしていない。この王家直ちよつ轄かつのオクタイ子爵領から食料を調達してないのなら、次の村だ」

「次の村、となると……」

「……この先にあるのはコット村しかない」

 コット村? コット村って、王都に行く時に一泊ぱくした村か? 確か祭りをやっていた記き憶おくがある。

「チッ……コット村かよ……」

 冒険者の一人がそう呟つぶやく。

 その表情は馬車の天てん井じようから吊つるされている一つのランタンだけでは窺うかがい知ることは出来なかった。

 馬車は村を出て雪道をコット村の方に向かって進んでいく。

「まだ時間がかかる。寝ねられるなら寝ておけ」

 ニックさんがそう言いながら毛皮のマントに包くるまり、座ったまま目を閉じた。

 冒険者はどこでもどんな体勢でも寝られるスキルが必ひつ須すのようだ。

 ニックさんを見習い、僕もシオンを抱だきしめながら毛皮のマントの前を閉じ、目を閉じた。

 それから何時間経たっただろうか。揺ゆれる馬車の中、安定しない座席の上で睡すい眠みんと覚かく醒せいを不規則に繰くり返しながら揺られ、腰こしが痛くなってきた頃ころ、御ぎよ者しやの叫びが響ひびいた。

「コット村だ!」

 その声に目が覚める。

 同時にニックさんが飛び起き、馬車の扉とびらを開けて前方を見た。

「派手にやってやがる!」

 ニックさんの声に続き、扉から顔を出していた他の冒険者の「チッ!」という舌打ちが聞こえてくる。

 そうして暫くして馬車が止まり、馬車から降りると目に飛び込んできたのは壊こわれた村の門だった。

「これは……」

 どう見ても強い力で打ち破られていて、もう他者の侵しん入にゆうを防げるようには見えない。

「やはり穏おん便びんな食料調達じゃなかったか!」

「皆みなさん! とにかく住民の救助を!」

「おう!」

 他の冒険者らが村の中に走っていく。

 それを見つめ、僕も壊れた門をくぐる。

 頭が追いつかない。国軍は食料のために自国の村を襲おそったのか? そんなこと、あるのか? あっていいのか?

 村の中は焼け焦こげた家があったり壊れた家があったり、とにかく前に来た時とは別の村になってしまっていた。

「おい! 村人は教会にいるぞ! ルーク! こっちだ!」

「はい!」

 ニックさんが呼ぶ方に走り教会の中に入ると、そこは怪け我が人にんで溢あふれていた。

「冒険者ギルドの依頼で来た! 回復魔ま法ほう使いも連れて来た! ルーク! 治療してやれ!」

「分かりました!」

 とにかく近場にいた人から治療していく。

 今は色々と考えている状況じゃない。

「光よ、癒いやせ《ヒール》」

 腕うでに包帯を巻いている人にヒールを使う。

「もう治ったはずです」

「すまない。あっちに重傷者がいるんだ!」

「分かりました」

 教会の奥おくに寝かされている男の方に行き傷口を見る。

 男は腹をやられたようで、腹に血の滲にじんだ包帯が巻かれている。その傷口に向かって魔法を使う。

「強き光よ、癒やせ《ラージヒール》」

 淡あわい光が降り注ぎ、苦く悶もんに歪ゆがんでいた怪我人の顔が穏おだやかに変わっていった。

「ニックさん! 治ってると思いますけど、包帯取って確かく認にんしてください! 治ってないなら別の魔法でなんとかしますから!」

「おうよ! 任せとけ!」

 ラージヒールで無理なら神聖魔法でもなんでも使うしかない!

 それからどれぐらいの時間が経たったのか。

 とにかくヒールとラージヒールを使いまくって全員を治療し終わり、治せているかの最終チェックや物資の配給なんかを終えた頃には外が明るくなってきていた。

「終わった、のか?」

 昇のぼりかけの太陽を眺ながめながらそう呟く。

 疲つかれた身体からだを引きずるように教会の外に出て、同じように引きずり出してきたイスに腰こし掛かけ、背もたれに体重を預けた。

「はぁ……」

 そもそも意味が分からない。

 どうして国軍が自国の村を襲っているのか。どうしてそれを冒険者ギルドが助けに行っているのか。どうして僕らが国のやらかしたことの後始末をしているのか。まったく分からなくなってきた。

「なんなんだよ、これは……」

 頭を抱かかえていると、ニックさんが別の家から葡ぶ萄どう酒しゆのガラス瓶びんを持って出てきた。

「よう! お疲れさん。お前も飲めよ」

 ニックさんはグイッとラッパ飲みした瓶をこちらに差し出した。

 そこに貼はられたラベルを見て思い出す。

「うわ、これ、サリオール家のお墨すみ付つき印じゃないですか。どうしたんです? 高いやつでしょ?」

 確か同じ瓶入り葡萄酒をルバンニの町で買ったけど、高かった記憶がある。

「あぁ、そこの壊れた宿屋にあったぜ。こんな日は飲まなきゃやってらんねぇからな」

「いや、駄だ目めでしょ……。バレたら宿屋の親おや父じに怒おこられますって……」

 ニックさんは僕が受け取らないのを見ると、また葡萄酒の瓶に口をつけ、昇りかけのオレンジ色の太陽を見た。

「死んだよ」

「えっ?」

「やられちまったんだってよ。誰だれにどうやられたかは知らんが、気が付いたら外に転がってたんだとよ」

「……」

 ニックさんはまた一口、葡萄酒を口にする。

「だからこれは弔とむらい酒ってヤツだ。それなら許してくれるだろ?」

「……」

 僕はなにも言えず、空を見上げた。

 その空はまだ暗く、薄うすい朝焼けの色で、どうしてか悲しい色に見えた。

 ニックさんはまた瓶を僕に差し出す。

 今度はそれを受け取り、一気に呷あおる。

 こんな時でも葡萄酒は、やっぱり変わらず旨うまかった。


◆    ◆    ◆


 それから仮か眠みんを取った後で門の修理を手伝ったり村の復興を手伝ったりし、ルバンニの町から来た救きゆう援えん隊たいにバトンタッチして王都に戻ることにした。

 正直、このまま王都には戻らずルバンニの町側に向かうという選せん択たく肢しが頭をよぎるが、冒険者ランクのこととかあるし、長くいたおかげで人との繫つながりも出来たわけで、いきなり消えるということは出来ず、とりあえず保留とした。

 そうして王都に戻った翌日、冒険者ギルドで報ほう酬しゆうを受け取る。

「それでは金貨三〇枚になります」

「……多くないですか? 確か金貨一〇枚という約束だったはずですが」

「問題が起こらなければその金額だったのですが、皆様には諸問題を解決していただきましたので、この金額になったようです」

「そうですか」

 お金を受け取ってカウンターを後にする。

 この金額が高いのか、安いのか……。普ふ通つうのCランク冒険者の報酬としては高い気もするけど、数日間拘こう束そくされたこととかを考えると割に合ってない気もするけど、どうなのだろうか。

 ギルドを出ようと歩き始めたところで酒場で飲んでるニックさんの姿を見付けた。

「今日も飲んでるんですか?」

「おぉ、ルークか。お前も付き合えよ」

「……いいですけど」

 マスターにラガーを注文し、出てきたカップをニックさんの方に向けて持ち上げる。

 するとニックさんは暫く考えた後、僕のカップに自分のカップをぶつけた。

「コット村に」

「……コット村に」

 グイッと呷り、コンッとカウンターに置く。

 ニックさんもカップを置き、少し下を向く。

 暫く静かな時間が過ぎた。

 それに耐たえられなくなり、僕の方から問いを投げかけた。

「結局、コット村はどうして襲われたんですか?」

「……さあな。お偉えらいさんの考えることは分からん。ただ、この国じゃ内部に対立がまだ残ってる、ということなのかもな」

「対立ですか……」

「この国は地域ごとに独自の色がある。ザンツ王国の国民というより、その地域の民たみという意識が強いんだ。俺おれも冒険者になって外に出て初めて気付いたんだがな」

 そう言ってニックさんはラガーを呷る。

「それを助長しているのが今の王家なんだろう。むしろ対立を煽あおってそれを国民の統制に利用している気さえするな」

「なるほど……」

 あえて敵を作ることで仲間の結束を固めるというのは、まぁありがちな手法だよね。

「どうしてこんな国になっちまったんだろうな……。俺やギルマスも、そんな状態を変えたいと思っちゃいるが、中々どうして難しいもんだぜ」

「……」

 ギルマスもそういう問題意識を持っているからコット村に救援隊を送ったのだろうか。

 まぁでも、国民性とか地域性とかは長年積み重なって出来たモノだし、そうそう一いつ朝ちよう一いつ夕せきで変わるもんじゃないよね。原因はどうあれ、それが当たり前だと多くの国民が思ってしまっているのだから。

 それでも、最近ちょっと思い出した言葉が頭に浮うかび、それが口から漏もれて出てしまう。

「桃もも栗くり三年柿かき八年」

「ん? なんだ? モモク……?」

「あぁ、いや……。オランとかアッポルとか、種を植えて木になっても何年間かは実がならなくて待たなきゃいけない期間がある、っていう話を思い出してですね」

 って、言っちゃったけど、本当にこっちの世界の果物も同じなんだろうか?

 ……まぁいいや。もう言っちゃった後だし。

「そう……なのか? 俺は農業には詳しくないからよ」

「つまり、果物を収しゆう穫かくするまでにはそれ相応の時間が必要なんです。それと同じように、どんな物事を成すにしてもそれ相応の時間がかかるんじゃないか、という感じの古いことわざが故郷にあるんです」

「……」

「だから今は駄目でも、種を蒔まき水をやり続けていけば、いつか変わる日が来るんじゃないかなって」

 地域間の対立があっても、交流を続けていけばいつかは変わる日が来る……かもしれない。

 でもまず動かなければ変わることはない。

 結果が出なくても継けい続ぞくしていくことで花開くこともあるはずだ。

「そうか……。そうなのかもな」

 そう言って黙だまってしまったニックさんを残して席を立つ。

 彼かれには少し整理する時間が必要なのかもしれない。

 冒険者ギルドを出ようと歩いていると、ギルド職員が掲けい示じ板ばんに新しく紙を貼っていった。

「……正体不明のモンスターの目もく撃げき情報アリ、ね」

 内容は謎なぞのモンスターに関するもので、しかしその詳細は調査中ということらしく、ほとんど情報は書かれておらず、注意を促うながすよう書かれているだけだった。

「ここまで情報がないと、どうすればいいのか分からないな」

 暫く町の外では気を付けようか。

 色々と考えながら宿に戻る。

 そして、心を落ち着かせるように精神統一した。

「よしっ!」

「キュ?」

「ちょっと槍やりでも振ってくるよ」

 魔法袋ぶくろからミスリルの槍を出し、一階にある裏庭で槍を振る。

 一心不乱に槍を振る。

 突ついて払はらって叩たたいて斬きる。

 さっきニックさんに言ったように、結果が出るまでには時間がかかるのだ。種を蒔いたら後は結果が出るまでじっくり育てる。この槍そう術じゆつだってじっくり育てていくしかないんだ。

 一振り一振りに想おもいを乗せていく。

 だんだん精神が研ぎ澄すまされてきて、動きのキレが増していく。

 空気を斬り裂さく穂ほ先さきが唸うなりをあげる。

 なにか、摑めそうな気がする。けど、まだまだ遠い気もする。

 そして一心不乱に練習し続けたが、まだ大きなモノは摑めなかった。

「……今日はこれぐらいにするか」

 それから夕食を食べ、部屋に戻って荷物の整理をするため、ホーリーディメンションを開く。

「それは新たなる世界。開け次元の扉《ホーリーディメンション》」

 ホーリーディメンション内に入って中に置いてあった干し肉を少し魔法袋内に移し、読み終わった本なんかもホーリーディメンション内に積んでおく。

「そろそろ本ほん棚だなも欲ほしいな」

 いや、それ以前に机とかイスも欲しいんだけどさ。

 現時点のホーリーディメンション内は三本のオランの木がスペースの大部分を占しめていて、その反対側にドラゴンゾンビの骨が置いてあり、部屋の奥に時止めの箱とかその他の荷物が積み上がっている状態。

 就しゆう寝しんスペースぐらいは確保出来るものの、そろそろ整理はしたいところだ。

 日課の水やりをした後、一段落ついてリゼを呼ぶことにした。

 なんとなく、相談したい気分だったのだ。

「わが呼び声に応こたえ、道を示せ《サモンフェアリー》」

 いつもの立体魔法陣じんからリゼが飛び出してくる。

「こんにちは!」

「キュ!」

「やあ!」

 リゼとシオンのいつものじゃれ合いを眺め、それが一段落ついたところで僕が今考えている漠ばく然ぜんとした質問をリゼにしてみた。

「実はこれからどうしようか考えてるんだけど、リゼはどう思う?」

「ルークはどうしたいの?」

「僕? 僕は……」

 思わぬ言葉に少し考えてみる。

 この世界に来た当初はとりあえず真っ当に生きていけるように頑がん張ばってたし、最近は様々な場所に行ってこの世界を見て回りたいと思っていて、それが出来るだけの最低限の力が欲しいと思っていた。様々な問題が起こっても、それを乗り越こえられなくても、解決出来なくても、最低限は生き残れるだけの力だ。

 そしてこの町のこと。

 最近はきな臭くさい話になってきて、本当にこの町にいてもいいのか不安になってきている。でも、この町で仲良くなった人達たちもいるわけで、無理に予定を切り上げて別の町に行くのも違ちがう気がする。

「お花さん、枯かれてきちゃったね……」

「うん? あぁ、そうだね……」

 少し前まで甘あまい匂においを放っていた三本のオランの木の花は、萎しおれて枯れかけで最近は落ちた花びらを掃そう除じするのが大変だったりする。

「でも、枯れないとオランが食べられないんだよね?」

「そうだね……」

「キュ……」

 終わりがあるから始まりがある。

 花が枯れるから美お味いしいオランが食べられる。

「シオン! 楽しみにしておこうね!」

「キュ!」

 やれやれ、現金なもんだ。

 悲しい顔をされるより、笑ってもらった方がいいけどね。

 まぁとにかく、リゼがなにも言わないなら、この先そんなに大きな問題はないのだろうさ。

 後は自分で考えて動くのみだ。


◆    ◆    ◆


 それから数日後。今日も朝から鍛たん錬れんを行い、それから冒険者ギルドで回復依頼を受けて怪我をした冒険者を回復させたり馴な染じみの冒険者と情報交こう換かんしたりして、夕方頃に教会にお祈りに行くことにした。

 物価が高くなってからは回復依頼があったら必ず成功報酬の一部を教会──というか孤こ児じ院いんに寄付するようにしているのだ。

 教会に入り、司祭様に寄付を渡わたして神に祈る。

 最近は少しずつ暖かくなってきているみたいで、ほんの少し冬の終わりを感じる。

 隙すき間ま風かぜの多いこの教会も以前よりは寒くなくなった。

 立ち上がって司祭様に礼をする。

「ありがとうございます」

「いえ、お祈りされる方を迎むかえるのが教会の役目ですからな」

 それじゃあ一いつ般ぱん人じん立入禁止みたいになっていた大教会はどうなるんだ? という疑問が湧わいたが言わないでおいた。

「また来ます」

「いつでもお待ちしておりますぞ」

 そうして教会を出ようと歩き始めた時──

「あっ、司祭様! ここにいたんですか!」

 ガタンと扉が開き、教会の中に三人が駆け込んできた。

 よく見るとジョンとパーティを組んでいるサム、ノエ、ブーセだ。

「教会の中では走らないように」

「すみません……。いや、そんな場合じゃないんですよ!」

 三人は慌てた様子で喋しやべり始める。

「実はジョンが、帰ってこないんです!」

「落ち着きなさい。帰ってこないとは、どこに行ったのですか?」

「昼頃からクラクラ茸だけを集めてくるって出ていって、まだ戻らないんです!」

「途と中ちゆうでモンスターに襲われたのかも……」

 クラクラ茸……って例の廃はい坑こうか? ここからだとそこまで遠くないだろうし、もう戻ってきてないとおかしい。

 いや、そもそもどうして一人で採取に行ってるんだ?

「ジョンはなんで一人でそんな場所に? 前は四人で行ってたよね?」

「俺達は雪かきの依頼があったんです……。でも、ジョンは皆の分もクラクラ茸を集めて来るって言って……」

「別に私達はいらないのに……」

 ……そういえばあいつクラクラ茸が異常に好きだったっけ。好きすぎて無理に採取に行っちゃったんだな。

「司祭様! どうしよう!?」

「さて……どうしたものか……」

 司祭様が顎あごに手をやり首を捻ひねる。

 冒険者がこういう状態になった場合、基本的には救助なんて出ない。自己責任が冒険者の基本だ。しかし当然ながら仲の良い冒険者が有志を募つのって救助に行く場合もあるし、冒険者ギルドが調査の名目で人を出す場合もある。その行ゆく方え不明の原因によってはもっと大きな問題を生むかもしれないからだ。

「最近、食べ物の値段が上がっちゃって、あまり食べられなくなったから無理しちゃったのかな……」

 ブーセがそう呟いた。

「……」

 そう言われると若じやつ干かん責任を感じるんだよなぁ……。

 直接的な関係はないとはいえ、自分がやったことの余波で様々なことが動いてしまったのだから。

「じゃあ僕が少し見てきますよ」

「おぉ、行ってもらえるのですかな」

 司祭様に頷うなずき、すぐに教会の外に出ようとすると三人が追ってきた。

「ルークさん、俺達も連れて行ってください!」

「私達も行きます!」

「……じゃあ道中は僕の指示に従うこと。いいね?」

「はい!」

 ソルマールの風の三人を連れて即そく席せきパーティで町の門を出て例の廃坑を目指す。

「このままだと陽ひが落ちる前に戻れないかもしれない。野営もあり得るから覚かく悟ごしておくように」

「はい!」

「町まで戻ってこられたらスラムにいい場所がありますよ!」

 サムがそう言うので「そうなったら頼む」と返す。

 しかしそうなったとして、本当にスラムで一泊するのが野営よりマシなのかは今は判断出来ない。それは後から考えよう。

 こっそりマギロケーションを発動し、周囲を窺うかがいながら歩を進め、途中、岩の陰かげから出てきたホーンラビットを三人に気付かれる前にダッシュで一瞬で近づき、ミスリルの槍で串くし刺ざしにする。

「フッ!」

「ギュア!」

 まだバタバタ動いているホーンラビットにとどめを刺し、サッと魔石だけ抜ぬいて残りをズダ袋の中に入れた。

 もうこのレベルのモンスターに手間取る理由はない。

 処理もそこそこに、時間もないのでさっさと先に進む。

「凄すごい……」

「ホーンラビットを一瞬で……」

「これがギルドから期待されている冒険者の力なのね……」

 後ろから色々と聞こえてくるけど、それを無視してどんどん進む。

 そうして四号坑こう道どうと呼ばれていた廃坑の入り口の近くの岩裏に到着した時、マギロケーションにおかしな反応を感じた。

 三人を手で制し、口に指を当てて黙らせる。そして人差し指を軽くクイッと動かして三人をゆっくり呼び、小声で三人に状況を伝える。

「廃坑の入り口に誰かが立ってる」

「ここからそんなことが分かるんですか?」

「うん。ちょっとだけここで静かに待機していてほしい」

 周囲は岩と雪に囲まれた大地。どんよりした空が茜あかね色いろに染まりかけている。

 音を立てないようゆっくりと岩に近づいて張り付き、岩から少しだけ顔を出して廃坑の方を確認した。

 二〇〇メートルぐらい先の廃坑の入り口には黒いローブを着た一人の人間が立っている。ローブによって性別などは分からない。

「これは、最悪かもな……」

 小さく呟く。

 その人ひと影かげの顔には見覚えのある仮面が張り付いていたのだ。

 そう。以前、この廃坑で見たけど、怪あやしそうだったから近づかなかった謎の人物と同じ仮面だ。

 ゆっくりと三人の元に戻って状況を話す。


「廃坑の前を怪しい人が見張ってる」

「それってどういう……」

「分からない、けどジョンが中にいるなら面めん倒どうな事態に巻き込まれた可能性はある」

「じゃあ助けにいかないと!」

「静かに!」

 三人をもう一度、黙らせる。

 状況はあまり良くないかもしれない。

 廃坑前の見張りは倒たおせる……かもしれない。しかしその後が問題だ。

 見張りがいるってことは他に仲間もいるはず。つまり集団ということになる。しかし集団は集団でも仮面舞ぶ踏とう会かいを楽しみに来た貴族には見えないし、ゲートボールをプレイしに来た王都老人会にも見えなければ、悪人に改造人間にされた仮面のヒーローにも見えない。どちらかと考えなくても悪人側だろう。あんな怪しい奴やつらがマトモな連中なわけがない。

 つまり、あそこに突とつ撃げきすれば得体の知れない謎の集団と敵対関係になる可能性がある。

 頭をガシガシ搔かいて考える。

 そもそもジョンがあの中にいると確定したわけじゃない。下手に強行突破して中にジョンがいなくてあの仮面らが完全に無関係だったら最悪中の最悪の状況になる。しかし彼らに話を聞いても正直に答えてくれるとは思えない。

 といった僕の考えをサム、ノエ、ブーセの三人にかいつまんで話した。

「──という状況なんだ」

「じゃあジョンはどうなるんですか?」

「暗くなったら僕が中に忍しのび込む。君らは日が出てる内に先に戻ってスラムで隠かくれ場所を用意してほしい」

「でも……」

「忍び込むって、どうやるんです? あんなにしっかり見張られたら無理ですよ……」

 三人の懸け念ねんは分かる。けど──

「大丈夫。闇やみ夜よは僕の時間だからね」


◆    ◆    ◆


 三人にはホーンラビットの入ったズダ袋を渡し、解体して食べておくように言って帰した。

 そうして岩場の陰で夜を待つ。

 途中、冒険者らしい一団が近くを通ったのをマギロケーションで探知したが、結局誰とも会わないまま時が過ぎ、辺りは夜の帳とばりに包まれた。

「……闇よ」

 頃合いを見計らって闇のローブの効果を発動する。

 闇夜より濃こい闇が闇のローブから溢れ出し全身を覆おおっていく。

 そしてゆっくりと岩いわ陰かげから出て廃坑に向かって進む。

 辺りには唸る風の音と遠くから聞こえてくるモンスターらしき生物の鳴き声だけ。

「……」

 闇のローブの効果があるとはいえ、やっぱり怪しい人物に自みずから近づいていくのは緊きん張ちようするな。

 周囲の状況をマギロケーションで確認しながら進む。

 廃坑前を見張っている男は夜になったにもかかわらず明かりなどを使わず、その場に立ったままだった。

 その時点でかなり怪しいよね。普通は光源の魔法なりを使って光を確保するはずだし、やましいことがあるからこそ、それが出来ないのだろう。

 足あし跡あとを残さないよう新雪の上を避さけ、石の上や踏ふみ固められた場所を選んで歩いて廃坑に近づきながら小さな石を拾う。そして廃坑が目の前まで来た時、男の視界の外にその石を勢いよく投げた。

「!」

 仮面の人物がピクリと反応し、廃坑の外を向く。

 やっぱり小さな物音も聞き漏らさないか……。こいつがどこの所属でどんな任務を与あたえられているのかまったく分からないけど、それなりに訓練を積んでいるように感じる。

 仮面の人物はゆっくりと廃坑から出てきて小石が落ちた方に慎しん重ちように進んでいった。

 それを見送り、入れ替かわるように廃坑の中に侵入。

「……」

 上う手まくやり過ごせた……。

 心の中でホッと胸を撫なで下ろし中に進む。

 頭の中で廃坑の地図を思い浮かべ、最短で探たん索さく出来るルートを考えていく。

 ある程度はマギロケーションで探索出来ることを考えると全ての道を調べる必要はないはずだ。

 出来るだけ静かに歩きながら真っ暗な廃坑の中を東へ西へと進む。

 途中、以前にジョンらと出会った場所も通ったけど、そこのクラクラ茸は全て消えていた。

 ジョンが取り尽つくしたのだろうか? いや、この冬は食料危機が起こっていたんだし、スラムの人々が多く来たんだろう。

 となると、ジョンはもっと奥まで進んだ可能性があるな。

 下へと傾けい斜しやしていく道を進みつつ複数の枝分かれした道をマギロケーションで確認。どんどん先に進んでいく、と──

「……」

 奥の方からかすかに人の話し声が聞こえてきて立ち止まる。

 立ち止まると、より鮮せん明めいに声が聞こえてくる。

「誰か、いる……」

 この先になにかがある。

 しかし、この廃坑の地図にはそんなおかしな場所は記き載さいされていなかったし、前回来た時も変わった様子はなかったはず。

「この先になにがあるんだ?」

 そう考えていると通路の先に光が見え始め、マギロケーションに人の影が映り込む。

 何者かが奥からこちらに歩いて来ている。

 慌てて側道に入って岩の陰に身を隠す。

 そこから少し顔を出して通路を窺っていると、足音や話し声がだんだん近づいてきた。

「──計画を──」

「──封ふう鎖さしろ」

 なにかを話しているけど全ては聞き取れない。

 どんどん足音が近づいてきて、声もはっきり聞こえるようになってくる。

 声からして男。人数は二人……いや三人か。

 声がどんどん近づいてくる。

 そうして僕がいる側道から見える場所を奴らが横切っていく。

 その瞬間、その姿を一瞬だけ覗のぞき見た。

「あの子供はどうなさいますか?」

「まずは情報を吐はかせろ」

「分かりました」

 男達は黒いローブに仮面の姿。廃坑の入り口にいたヤツと同じだ。

 やっぱりどう考えても厄やつ介かいな状況に置かれているのは間違いない。これはもう僕も色々と覚悟を決めないといけないかもしれないぞ……。

 男達が通り過ぎてから通路に戻り、男達が来た方向に急いで向かう。

 とりあえずこの先でなにが行われているのかと、ジョンの行方だけは調べておく必要がある。

 通路を進んで階段を下り、また通路を進んでいく。すると──

「これは……」

 マギロケーションに明らかに地図には書いてない空間が映し出されている。

 勿もち論ろん、僕が前に来た時も存在しなかった空間だ。

「新しく掘ほったのか?」

 いや、そんなことをする意味が分からない。

 慎重にその空間がある方に近づいていくと、そこには二〇畳じようや三〇畳はありそうな大きな空間があることが感じられた。

 そしてその空間の中には様々な『モノ』があることも感じられた。

「……」

 ゆっくりと先に進む。

 暫く歩くと、通路の先から淡く青白い光が漏れているのが見えた。

「……なんだ、これは」

 光に吸い寄せられる夏の虫のようにその光を目指して進む。

 そしてその場所にたどり着く。

「……通路の壁かべが崩くずれたのか?」

 地図上ではただの通路の壁だった場所が崩れ、その先に謎の空間が広がっていて、そこから青白い光が漏れている。

 その崩れた壁の穴から顔だけ入れて中の様子を窺う。

「……おいおい、なんだよこれ」

 そこにあったのは、祭さい壇だん。

 広い部屋の中央に祭壇があり、それを取り囲むように青白い魔法陣が地面で光っていて、その先には──

『聖馬の門』

 頭の中に浮かぶ言葉。

 祭壇の奥にはどこか見覚えがあるような白っぽい柱が立っており、それを見ると『聖馬の門 聖せい獣じゆう界への扉』という言葉が浮かんできたのだ。

「マジか……」

 あれってやっぱりカリム王国で見た妖よう精せいの門と似たようなモノだよね?

 頭の中が『?』で埋うまる。

 そもそもなんでこんな場所にそんなモノが存在しているんだ? あの仮面の男らはこれを見付けてどうするつもりなんだ?

 頭がこんがらがりながら部屋に入ると、部屋の隅すみに人が倒れているのが見えた。

「ジョン!」

 走り寄ってジョンの状態を確認していく。

 鼻の下に手をやって呼吸を確認。手首を摑んで脈を測る。

 手足を縄なわで縛しばられ気絶しているが、大きな怪我はないように見える。

「良かった……」

 胸を撫で下ろし、ナイフで縄を切ってから念のためにヒールをかけて立ち上がる。

 ジョンはまだ気絶したままだ。

 本当に意味が分からない。

 どうしてジョンはこんな場所に倒れているんだ? どうしてあいつらはジョンを捕つかまえた? ここを封鎖してどんなメリットがある?

「……とりあえず調べよう」

 それらのヒントがここにあるはずだ。

 祭壇の方に近づき、周囲を歩いて調べていく。

 祭壇は石で造られていて段になっている。そしてその祭壇の上にはなにかが置かれている。

「……」

 今すぐ確認したいが地面で光っている巨きよ大だいな魔法陣が気になって、その中に入っていいものか躊ちゆう躇ちよしてしまう。

 が、不思議とこの魔法陣には嫌いやな感じがしなかった。どちらかというとリゼを呼んだ時に出てくる立体魔法陣と似たような波動を感じる……気がする。

 完全に感覚なので確証はないけど。

「仕方ない。自分の感覚を信じよう」

 ここで長く迷っている時間はない。あの仮面の男らがいつ戻ってきてもおかしくないし。

 やるならやる、やらないなら帰る。すぐに決めて行動するしかない。

 意を決し、魔法陣の中の方へ手を伸のばしてみる。

 すると魔法陣のエリアに手が入った瞬間、そこからヌルッとした感覚──まるで黄金竜りゆうの巣のエリアに近づいた時と似たような感覚があり、しかし特に問題はなく、そのまま魔法陣のエリアに一歩踏み入れてもまったく問題はなかった。

「……? この魔法陣にどんな意味があるんだ?」

 なにかがある、けどそのなにかがまったく分からない。

 分からないけど、今は先に進むしかない。

 なので魔法陣の中に入ってまずは聖馬の門に触さわる。

「妖精の門と同じなら、これで……」

 触った瞬間、魔法書を読んだ時のように頭の中に情報が流れ込んできて、魔法に関する断だん片ぺん的な知識も入ってきた。

「サモンユニコーン……サモンユニコーンの魔法!?」

 この聖馬の門で覚えられたのは『サモンユニコーン』という魔法。

 リゼを呼び出すサモンフェアリーと同じ系統だと考えると、当然アレを呼び出せるのだろう。

「いや、待てよ……。ユニコーンってなんか最近どこかで聞いたような……」

 確か聖女がどうこうって言ってなかったか?

 ……となると、ここは聖女ゆかりの地なのか?

 ますます意味が分からなくなってきたぞ……。

 とにかく、今はここでサモンユニコーンを使うわけにはいかないから次に向かう。祭壇の上にあるモノの確認だ。

 祭壇の正面に回り、段の上に置かれているモノを手に取れるところまで近づく。

 そこにあったのは、袋。上等そうな生き地じで作られた袋で、中には四角いモノが入っていると分かる。

「これ、触っても大丈夫だよね?」

 ゲームだと、こういうのを大喜びで取ろうとするとバーンって感じにボスが登場して戦せん闘とうに入るんだよなぁ……。

 これを触る前にセーブでもしておきたいところだけど、生憎あいにくとこの世界にはセーブポイントなんて便利なモノは存在していない。

 諦あきらめて袋に手を伸ばし、中を確認する。

「本……ってこれ──」


『アナライズの魔法書 神聖魔法の魔法書』


 アナライズの魔法書だと?

 頭の中に浮かぶ文字を何度も嚙み締しめ考える。

 どうしてここに神聖魔法の魔法書があるんだ?

「……いや、それ以前に」

 どうしてここに『コレ』が残されているんだろう……。

 この場所があの仮面の男らになんらかの価値があるなら、そこにあったアイテムなんかはすぐに回収するんじゃないか?

 こんな祭壇に大事そうに安置されているモノなら尚なお更さらだ。

 僕なら見付けた宝箱はキッチリ全部開けて回収していくね。

 それなのにこの魔法書は祭壇の上に残されたままだった。

「……回収しなかったのではなく、回収出来なかった、とか?」

 祭壇から降りて魔法陣の外側の空間に手を出してみる。

「……」

 やっぱり通り抜ける瞬間にヌルッとした感覚があり、そこに透とう明めいな膜まくのようなモノがあるように感じた。

「……結界、とか?」

 だとすると、どうして僕は通り抜けられるんだ? 神聖魔法を使えるからか? 神聖魔法に関連する場所ではあるから、その可能性は否定出来ないけど……分からないし今はゆっくり考察している時間はない。

 とりあえず、このアナライズの魔法書はどんな状況であれ絶対に欲しいからいただくとして──

「……いや、待てよ」

 これを僕が持って帰ると後々厄介なことになるかもしれないのか……。

 仮にこの魔法陣の中にあの男らが入れなかったのだとしても、祭壇の上にある袋の存在には気付いているはずだ。

 それがなくなっていたら、あの男らがどう動いて、どういった問題を引き起こすのか想像もつかない。

「そうだ!」

 魔法袋の中からゴソゴソッと光源の魔法書を取り出す。

 以前、死の洞どう窟くつの中で手に入れた魔法書の中の一つだ。

 祭壇の上に置かれた袋の中からアナライズの魔法書を取り出して魔法袋に移し、代わりに光源の魔法書を袋に入れておく。

 袋の中になにが入ってたかなんて分からないはず。あの仮面の男らが袋の中を見ていないならこれで騙だませるはずだ。

「これでよしっと……んっ?」

 光源の魔法書を袋の中に入れようとして、袋の中に紙が一枚入っていることに気付く。

 それを取り出して読んでみる。

「この魔法書を後の世のために残す、か」

 ただそれだけ、そこには書かれてあった。

 これを書いたのが誰だか分からないし、これを僕がどうこうしても大丈夫なのかも分からないけど、コレを他の誰かに渡すなんてことは出来ない。僕にとっても重要そうなアイテムだしね。

 心の中で誰かに手を合わせる。

「この魔法書は僕が貰もらっていきます」

 そう言いつつ光源の魔法書が入った袋を戻そうとすると、袋が置かれてあった場所の下、祭壇の台座にユニコーンの姿が彫ほられているのを見付けた。

「ここはユニコーンの祭壇ってことなのかな?」

 それとも聖馬の祭壇だろうか?

 最初に置かれていた姿を思い出しながら袋を戻し、祭壇を降りる。

 そして部屋の隅で気絶しているジョンを抱き起こした。

「ジョンをどうするか、だけど……」

 抱き抱えたら闇のローブの効果で隠れるだろうか?

 手に持ってる武器ぐらいなら一いつ緒しよに隠せることはダンジョンのボス戦で体験済みだけど、人がいけるのかは分からない。もしかしたらいける可能性もあるけど、今ここでそれに懸かけるのが正しいのかどうか……。

「仕方がないか……それは新たなる世界。開け次元の扉《ホーリーディメンション》」

 ホーリーディメンションを開き、ジョンをその中に寝かせた。

 後はジョンが起きないことを祈るのみだ。

「よしっ! とりあえず戻ろう」

 そうして急いで廃坑を逆走して戻り、入り口の見張りも問題なく抜け、廃坑の外に出た。

 途中、あの男らには出会わなかったので、奴らは町に戻った可能性が高い。

 もしくはこの周辺の他の廃坑に根城がある可能性も考えられるけど、それは僕が仕事でチェックしていることだからないはず。

 真っ暗闇の中、マギロケーションで周囲を確認しながら町の方に向かって進み、そこそこ離はなれてから岩陰でホーリーディメンションを発動する。

「それは新たなる世界。開け次元の扉《ホーリーディメンション》」

 扉が開いて周囲に光が溢れる。

「やっぱ夜中に外で発動するとちょっと目立つな……」

 ホーリーディメンション内に入ってジョンを抱き上げる。

 幸いにもジョンはまだ気絶したままだった。

 ホーリーディメンションを消し、ジョンを担かついでまた道を進む。

「生物を中に入れたまま運べる……か。これ、中にモンスターを入れておいて町中で──おっと、誰か来たようだ」

 マギロケーションに反応を感じ慌てて岩陰に隠れると、遠くからユラユラと揺れる光が目視でも確認出来た。

「闇よ」

 念のために闇のローブの効果も発動しておく。

 肩かたに担ぎ上げているジョンまで認識阻そ害がいされるのかは分からないけど。やっておいて損はない。

 そうして奴らは僕らが隠れている岩陰を通り過ぎた。

 人数は四人。一人だけ増えている。暗闇の中、奴らの足だけが照らされて見えている。

 奴ら、町に戻って誰かを連れて来たのか?

 岩陰から覗き見た感じ、光源の魔法ではなくランタンを使っているようだ。

 よく考えると光源の魔法は全方向に強い光を放つが、それだと目立ちすぎてしまう。しかしランタンは光も弱く、傘かさでも付いていたのか足元しか照らしていなかった。こういった隠おん密みつ行動には適しているのかもしれないな。

 少し感心しながら町への道を急ぐ。

 奴らが廃坑に戻るならジョンが消えたことにもすぐに気付くだろう。

「その後が問題だな……」

 彼らがただの悪人なら問題はそこまでないけど、貴族とかそれなりに権力を持つモノなら色々と面倒になる。

 とりあえず、今は急いで町に戻る方が先決だ。

 そうして歩き続けて町に戻ってきた。が、当然ながら町の門は閉められていて入れない。

 先に帰した三人がスラムに良い場所があると言っていたのを思い出し、スラム側に向かうと、スラムの入り口付近に人影の反応があった。

 その人影に近づいていくと、どうやらサムのようだった。

 サムは入り口の前に立ち、片手でランタンを持ちながら廃坑の方を睨にらんでいる。

 そのサムに近づいていくが、サムがこちらに反応しない。

 あっ、闇のローブの効果を出しっぱなしだった。

 闇のローブの効果を切ってみる。

「おわわっ!」

 サムが驚おどろいたような顔をして後ろにこけそうになった。

「静かに」

「……」

「例の場所に案内頼む」

 僕の肩の上で気絶してるジョンを親指で差しながらそう言うと、サムは頷いてスラムの中に入っていった。

 僕もそれに続いてスラムに入る。

 辺りにはゴミが散乱していたり、日本で建てたら違い法ほう建築で一発アウト……というか小さな地じ震しん一発で倒とう壊かいしそうな家ばかりだ。

 それでも岩は周囲にいくらでもあるせいか、壁なんかは岩で作られている家が多い。

 こんな家で冬場が凌しのげるのか心配になるけど、この世界では女め神がみの祝福というレベルアップシステムがあるおかげか、一般庶しよ民みんの耐たい久きゆう力りよくもそこそこ高いように感じる。耐性があるのか地球だと凍とう死ししそうな環かん境きようでもそこそこ耐えられてる感がある。

「ここです」

 サムに案内された家に入ると、中にはノエとブーセが待っていた。

「ルークさん!」

「ジョンは!?」

「大丈夫、気絶してるだけだから」

 二人に「どこか寝かせられる場所はない?」と聞くと、壁側に敷しかれていた毛皮に誘ゆう導どうされたので、そこにジョンを下ろした。

「すぐに目を覚ますと思うけど、暫くは身を隠していた方がいいかも」

「それは、どういうことですか?」

「廃坑の中でなにがあったんです?」

 そう聞かれて返答に困る。

 どこまで話していいものか……。

「……とりあえず、ジョンに話を聞いてからにしよう」

 そうして隠れ家がの中でジョンが目覚めるまで待つことになった。

 部屋の中は簡素というかボロボロで、地面は剝むき出し。部屋の中央には囲い炉ろ裏りというか石を集めて簡易的に作られた焚たき火び台のようなモノがあって、そこでは石炭の欠片かけらが燃えていた。

 鉄てつ串ぐしに刺さったホーンラビットの肉から肉にく汁じゆうが垂れ、火の上に落ちる。

 パチパチと脂あぶらが弾はじける音がして、良い匂いが漂ただよってくる。

「それにしてもこの家、一体どうしたんだ?」

「前に見付けたんです。誰も使ってないんで俺達の隠れ家にしようってなって」

「いやいや、ここ使って本当に大丈夫なの?」

「大丈夫っすよ。何年か前からいきなり消えちまうスラムの住人が増えてて、ここもそんな人の家っすから」

「……いやいや、いきなり消えるって、それはそれで大丈夫なの?」

「スラムには色々あるんですよ」

「……」

 脂がパチッと弾けて落ちる。

「そろそろ食べ頃っすよ!」

 全員がホーンラビットの肉に手を伸ばし、さぁ食べようというタイミングで後ろのジョンがムクリと起き上がる。

「んぁっ……飯か?」

「飯か? じゃねぇよ! 心配させやがって!」

「そうよ、心配したんだからね!」

「だから一人で行くなって言ったじゃない!」

 三人に詰つめ寄られて揺さぶられるジョンはまだ状況がよく分かっていないみたいだ。

「まぁまぁ、それぐらいにして。ジョンもまだ寝ぼけてるみたいだし、とりあえず落ち着いて、まずは食べながら話そう」

 そうして、皆がジョンを捜さがしてたというこれまでの状況なんかを説明しつつ、ホーンラビットの串くし焼やきを食べた。

「で、あの洞窟でいったいなにがあった? 最初から全部話してほしい」

 僕がそう聞くと、ジョンは頰ほお張ばっていた肉を飲み込み喋り始めた。

「俺はただクラクラ茸を集めてただけっすよ。でもいつもの場所には生えてなくて、奥まで探してたら壁が崩れてて見たことない遺い跡せきがあって──って、そうだ! 遺跡っすよ! 遺跡を見付けたっす! まさかいつもの廃坑に遺跡が眠ねむってるなんて! くぅぅぅぅ! やっぱ冒険者は最高だぜ!」

「えっ! 遺跡!?」

「マジかよ!」

「今度、探検しましょ!」

 なんだか四人がワイワイ盛り上がってきてしまったので水を差しておく。

「分かった。とりあえず今はその話はいいから。それでどうしたんだ?」

「えっ? いや遺跡だし、調べてたんすよ。でも床ゆかが光ってたところには壁があるみたいにどうしても入れなくて、色々やってみたんすけど駄目で、そしたらいきなり仮面の男が来たんすよ」

 やっぱりあの魔法陣は結界的ななにかだったっぽいぞ。

 念のため、偽ぎ装そう工作しておいたかいがあった。

「それで?」

「いつものクラクラ茸仲間だと思って挨あい拶さつしたんすよ、うぃ~っすって」

「……で?」

「そしたらあいつ、いきなりぶん殴なぐってきやがって! そこまでしか覚えてないっす。いやぁ、挨拶したのにいきなりぶん殴るなんてクラクラ茸愛好者の風上にも置けないっすよ!」

「うんうん、本当にな。……なんて言うとでも思ったか!?」

「そんなやつ、どう考えても怪しいじゃない!」

「どうしてすぐに逃にげないのよ!」

 また三人に詰め寄られて揺さぶられているジョンを横目に見ながら考える。

 ジョンがあの祭壇を見ていて、それを仮面の男に見られた以上、もう『なにも見てない』ということにする『知らぬ存ぜぬ作戦』は通用しない。

 まいったな……。今後、どう動くべきか……。ここで対応を間違えたらジョンだけでなく僕も厄介な状況に巻き込まれるぞ。

「とりあえず、今日あったことは誰にも言わないように。ジョンも暫くはここを出ずに隠れていてほしい」

「えっ! 出ちゃ駄目なんすか?」

「もしかすると町の門を見張られてるかもしれないからね」

「……分かったっす」

「明日、司祭様に会って相談してみて、その後で冒険者ギルドにも相談してみるから。それまでは我が慢まんしてくれ」

 そうしてその日は隠れ家の中で毛皮のマントに包まって寝て、次の日の朝。ノエに同行を頼んでスラムを出て町に向かう。

「……」

「?」

 門の前でさりげなく周囲を窺うが怪しい人影はない。

 僕が慎重になりすぎてるだけなんだろうか?

 そのまま門を抜けて教会に向かう。

 現時点では尾び行こうされている気配もないし、大丈夫っぽい。

 何事もなく教会に入り、中にいた司祭様に事の成り行きを話した。

「──ということなんです」

「ふむ……」

 司祭様は顎に手をやり難しい顔をした。

「つまり、廃坑の中で遺跡を見付けたら仮面の男に襲われたと」

「そうです」

「そう言ってました」

「なるほど……それで、その遺跡とはどんな場所でしたかな?」

 そう聞かれて考える。

 どこまでどう話せばいいものか。

 下手をすると僕や闇のローブの能力について明かさないといけなくなる可能性もあるけど……ここは言える範はん囲いで正直に言った方がいいかな。

「紋もん様ようが描えがかれた白い円柱の石柱があって、その隣となりに祭壇のようなモノがありました。それに地面には魔法陣のようなモノが光ってましたね」

「祭壇? 祭壇……。もしかして、その祭壇にはユニコーンの絵が刻まれておりませんでしたかな?」

「えっ……」

 一瞬、頷きそうになって止まる。

 あのユニコーンのマークは魔法書が入った袋の下にあった。僕が見ていたら色々とおかしい。

「どうでしょう? 時間がなかったので詳しくは見てないのですが、あったかもしれないですね」

 はぐらかし、そう答えておく。

 引っ掛かけ問題かな? 危ない危ない……。ここで頷いてたら『あなたには祭壇に彫られたユニコーンを見ることは出来なかったはずなんですよ!』と名めい探たん偵ていに論破されて魔法書失しつ踪そう事件の犯人だとバレてたわ。

「なるほど……」

 司祭様はそう言って暫く考え込んだ後、こちらを見た。

「分かりました。……この話、私に預からせてもらえませんかな?」

「預かる……とは、司祭様が解決なさると? その、大丈夫なんですか? 相手は得体の知れない者達ですよ?」

「えぇ、私にも多少は伝つ手てがありますからな。それにジョンが巻き込まれております。老骨に鞭むち打うってでもなんとかしてやりますとも」

 そう言って司祭様はにこやかに笑った。

「……そらならお任せしますが、ジョンはどうします? 町に戻しても大丈夫ですか?」

「それはすぐになんとかしないといけませんな。ノエ、今から書く手紙を冒険者ギルドのギルドマスターに届けておくれ」

「分かりました!」

 司祭様は紙と羽根ペンを用意し、なにやら書き込んでいく。

 しかし、司祭様がユニコーンのマークを知っていたのはどういうことなんだろうか。

「司祭様はあの祭壇に心当たりがおありなのですか?」

「……心当たりのあるモノ、なのかもしれません。しかしまだ確証がないのです」

 司祭様はそれ以上は話そうとしなかった。

 言えないってことか……。気になることは気になるけど、僕はもうあの遺跡でやりたいことは全て終わらせたし、どうしても知らなきゃいけない話ってわけでもない。

 司祭様は書き終えた手紙を封ふう筒とうに入れ、蠟ろうでシーリングしてノエに渡した。

「それでは頼みましたよ」

「行ってきます!」

 ノエは手紙を受け取ると走って出ていった。

 ノエを見送り一段落つく。

 なんだか不完全燃焼感はあるけど、とりあえずこれで僕が出来ることは終わったのだろうか?

 さっきの手紙はギルマスに届けたみたいだし、偉い人がなんとかするのかもしれない。

「それじゃあ僕は帰ります」

「ルークさん。この度たびはウチの子らを救っていただき、本当にありがとうございました」

 司祭様のその言葉に軽く手を上げて応え、僕も教会を出た。


◆    ◆    ◆


 宿屋に入ってブライドンさんに挨拶する。

「おはようございます」

「おう。朝帰りか?」

「いやぁ、その……ちょっと昨日は飲みすぎたりして色々ありまして……」

「なるほどなるほど……。分かるぜ、分かる。お前も一人前の男だってことだな」

「はい?」

 なんだか訳知り顔でウンウン頷いてるブライドンさんを放っておいて、階段を上がって自室に入る。

「さて、と」

 毛皮のマントを脱ぬいでベッドに投げ、アナライズの魔法書を取り出した。

「まさかこんなタイミングで新しい神聖魔法の魔法書をゲット出来るなんてね」

 人生どこでなにが起こるか分からないね。これこそ『情けは人の為ためならず』ってヤツか。

 あの時、ジョンを助けに行ってなければこの魔法書は一生手に入らなかったかもしれない。

 人生ってこういう巡めぐり合わせの連続なのかもね。

 シオンが毛皮のマントの中に潜もぐり込むのを横目に見つつ魔法書を開く。そして読む。

 魔法書の中身が体の中に入ってきて、いつものように魔法書が燃え落ちる。

「これは!」

 頭の中に残る魔法のイメージに興奮を抑おさえきれなくなってくる。

 急いで魔法を発動させようとする。

「その力は全てを読み解く魔導。解き明かせ《アナライズ》」

 と、かっこよく言ってはみたものの、発動しない。

「……あれっ? 確かに覚えたんだけど……。そうか!」

 恐らくこれは鑑かん定てい系の魔法。鑑定するアイテムを指定しなきゃ発動しないのかも?

 壁に立てかけておいたミスリルの槍を手に持ち、もう一度発動してみる。

「その力は全てを読み解く魔導。解き明かせ《アナライズ》」

 しかしやっぱり発動しない。

「これも違うのか? となると……アレだな!」

 魔法袋から聖石を取り出し、それでまた呪じゆ文もんを詠えい唱しようしてみる。

 今までのパターン的にこれで間違いないはず。

「その力は全てを読み解く魔導。解き明かせ《アナライズ》」

 すると手の中の聖石が溶とけていき、それが虹にじ色いろのオーラとなってミスリルの槍を包む。

 そうして暫くすると、目の前に文字が浮かんだ。頭の中ではなく、目の前だ。


『ミスリルの槍 2(6)』


「って、分かるの名前だけかい!」

 思わずミスリルの槍を床に投げ捨ててしまう。

 なんかこう……もっとさ、色々な情報が分かるものなんじゃないの? 攻こう撃げき力がどうとか、特とく殊しゆ効果がどうとかさ~。鑑定魔法でしょ!? えっ? 違うの? もしかして名前を知る魔法とか?

「……って、待てよ」

 よく見ると『ミスリルの槍』の後ろに『2(6)』という表記がある。

「この数字は……なんだ?」

 2とカッコ付きの6……。まさかこれまでの持ち主の数とか倒したモンスターの数とかなわけないし。

 普通に考えると攻撃力とか? それとも品質とか?

「あっ! もしかして強化数! ……はないか。これは一回も強化してないし」

 そもそも、そうだとしてもカッコ付きの数字の方が分からない。

「……とりあえず、他のモノにも使ってみよう」

 そうしてアナライズを他の所持アイテムにかけてみる。


『ミスリル合金カジェル 2(5)』

『ダークネスロッド 4(9)』

『常とこ闇やみのローブ 7(9)』


「んん?」

 いくつかアナライズで見ていって、おかしなことに気が付いた。

「これ、名前が違う……」

 ダークネスロッドとはアルッポのダンジョンで出てきたリッチっぽい骸がい骨こつモンスターが持っていた錫しやく杖じよう。常闇のローブはそれと同じモンスターが着ていたローブで、今僕が着ているモノ。しかし僕はこの二つのアイテムのことを名前が分からないので適当に名付けた名で呼んでいた。しかしアナライズでは違う名で表示される。

 そしてミスリル合金カジェルとミスリルの槍に関しては僕が呼んでいた名前と同じモノが表示されている。

「どんな違いがあるんだ?」

 ……もしかして、製作者がつけた名前が表示されているのか?

 ミスリル合金カジェルとミスリルの槍は誰が最初にそう呼んだんだ?

「鍛か冶じ屋やの親方だっけ?」

 イマイチ記憶がはっきりしない。

「それより問題は数字か……」

 どのアイテムも最初の数字よりカッコ内の数字の方が大きい。

 つまり──

「この二つの数字は関連している可能性が高い」

 アナライズで出てきた情報を紙に書き写しながら考える。

 しかし分からない。

「やっぱり武具強化ぐらいしか考えつかないけど……」

 そうは言っても強化してないアイテムに数字が付いているのだから、これが強化値だったら色々とおかしくなる。勿論、鍛冶屋の親方が強化した可能性もあるけどさ。

「そうだ!」

 時止めの箱を開け、中から状態の良いクレ草を一つ取り出した。

「その力は全てを読み解く魔導。解き明かせ《アナライズ》」

『クレ草 1』

 目の前に浮かぶ文字。

「おぉっ!」

 クレ草に数字が付いてる!

 つまり、強化をしなくても数字が付いてるアイテムはあるってこと。

「じゃあどうなるんだ?」

 となると、この数字は強化値ではなく品質値的なモノなんだろうか?

「それじゃあカッコ内の数字は?」

 分からない。けど、この数値に変化を与えられるかもしれないモノがある!

「シオン! 出かけるよ!」

「キュ?」

 毛皮のマントの中で寝落ちしていたシオンを起こし、冒険者ギルドに向かう。

「あっ! サモンユニコーンの検証は……まぁ後でいいか」

 この宿屋の中にユニコーンを呼び出したらとんでもないことになるし、裏庭で呼び出しても大変なことになるし、町中ではどこでも試ためすのが難しいはず。サモンユニコーンについては次回、町の外に出た時にでも試すとしようか。

 そうして宿を出て冒険者ギルドで強化スクロールを一〇枚購こう入にゆう。すぐに宿に戻って部屋に入る。

 毛皮のマントを脱いでシオンを出して──なんだかシオンが不満そうな顔をしている。

 寝ているところを起こして連れ回したのに、すぐに宿に戻ってきたのが良くなかったのかも……。

 こういう場合はシオンをホーリーディメンション内に入れておくのもいいかもね。

「シオン、オランでも食べようか?」

「キュ!」

 うん。機き嫌げんが直って良かった。

 ホーリーディメンションを開いてオランを取り出しシオンに与える。

 もうほとんどオランは残っていない。

 ホーリーディメンション内のオランの木を眺めると、花びらが完全に散って小さな実が出来ていた。

 もう暫くしたら、こっちのオランが食べられるかもしれない。

「さて! 始めようか!」

 魔法袋から強化スクロールを取り出し、錫杖……もといダークネスロッドをホーリーディメンション内の奥から取り出す。

 さっきダークネスロッドをアナライズした時に見た数値は『4(9)』だった。もし、この数値が強化値や品質値のような数値だったなら変化がある可能性がある。

 強化スクロールをダークネスロッドに巻き付ける。

「武具強化!」

 強化スクロールがモロモロと崩れていき、ダークネスロッドに吸収される。

「よしっ! 成功だ! 次は……。その力は全てを読み解く魔導。解き明かせ《アナライズ》」

 ダークネスロッドを持ってアナライズを使う。

『ダークネスロッド 5(9)』

「よしっ! 変化した!」

 これはつまり……この最初の数字は品質値と強化値の合計、ということになるのか? いや、まだまだ他にも可能性はあるかもしれないから結論は出せない。

 それじゃあカッコ内の数字の方はどうなんだ? こっちは強化したのに変化しなかった。

「待てよ。もしかすると……」


◆    ◆    ◆


「ふぁ……」

 ギルド内の会議室のイスに深くもたれながら座っているとあくびが出た。

「先生、今日はお疲れなのですか?」

「あぁ、昨日はちょっと忙いそがしくてね……」

 エレナに少し心配されてしまう。

「授業の間ぐらいシャキッとしてもらわなければ困るんだがなぁ、先生?」

「おっしゃる通りで……」

 読んでいた本を机に置き、眠ねむ気け覚ざましに外の景色を見ながらお茶を飲む。

 昨日は徹てつ夜やで色々と調べていてあまり寝られなかった。おかげで色々なことが分かったが、そのせいでこうやって怒られているわけで……。

 まず解体用のナイフを強化スクロールで強化したところ『1(2)』だったモノが『2(2)』になり、もう一度、強化したら『3(2)』にならずに消しよう滅めつした。なのでカッコ内の数値は『強化限界値』なのでは、という予想を立てた。でも、試行回数が少ないのでまだ断定は出来ない。

 もう一度、他の武具を買ってきて消滅するまで強化してみて確かめたかったが、そろそろ資金が底をつきそうだったので諦め、多少のリスク覚悟で槍を強化し『6(6)』にした。

 それから他のアイテムもアナライズしてみたのだが──

「先生! どうですか!」

 エレナがそう言いながらヒールの光を見せてきた。

 彼女の使う回復魔法はもう普通のヒールと変わらないレベルの光を放っていた。

 最初はまったく駄目だったのに凄く成長したものだ。子供の成長とは本当に早いモノで、暫く見ぬ間にまったく別人に成長していて驚くみたいな──って、年寄りみたいなことを考えてしまうな……。

「凄いね。もう十分、一人前のヒーラーだね」

 もうそろそろ彼女との修しゆ行ぎようも終わりなんだろう。

 そう思わせるぐらい、彼女は成長していた。

「そんな……私なんてまだまだで……」

 なんとなく彼女もその時を感じたのだろうか、口ごもる。

 そんな空気を変えようとしたのか、エレナは言葉を続けた。

「そうだ、先生! 明日も炊たき出しがあるのですが、先生も来られますか?」

「明日? 明日は──」

 そういえば、ここに来る前に調査依頼を受けたんだっけな。

「ごめん、明日は他の依頼があって出られないと思う。また今度、参加するよ」

「そうですか……」

 エレナは少し残念そうな顔をした。

 その顔を見て調査依頼を一日延期しようかと思ったけど、やっぱり依頼を優先することにした。冒険者は信用が大事だし!

「じゃあ、次回は来てくださいね! 絶対ですよ!」

「勿論! また今度ね」


◆    ◆    ◆


 翌日。宿の部屋を出て一階に下りる。

「おう! 今日も朝から依頼か?」

「はい。ちょっと出てきます」

「気を付けろよ。最近あまり町の雰囲気が良くないからな」

「分かりました」

 ブライドンさんに見送られ宿を後にする。

 町は地面の雪が少し解けてきて春の暖かさが顔を出し始めた。

 そんな春の陽気とは裏腹に町の空気はどんよりしたままだ。開いてる店が減り、道行く人もどことなく覇は気きがないように見える。やっぱり、色々あってこの町は悪い方に向かっている気がする。

「そろそろ次にどうするか考えないとな」

 雪が解けたらもうこの町に留とどまる理由がなくなる。

 エレナも一人前になった。町の状況も悪い。次の行き先は考えておいた方がいいだろう。

 町を出て廃坑に向かい歩く。

 遠くでエレナが炊き出しをしているのが見えた。

 彼女は今日も頑張っているようだ。

「僕も頑張るか」

 気持ちを新たに歩を進める。

 エレナは自分のしたいことを見付けたのかもしれない。

 誰かのために頑張ること。それが彼女の見付け出した一つの答え。

 最初はオドオドしていて自分からなにかをするという姿を見せなかった彼女だけど、今は自分の意思で積極的に動いている。今日だって彼女は僕の知らないところで炊き出しの話を進めていて、気が付けばああやって形になっていた。最初は司祭様が始め、僕が教えて紹しよう介かいしたモノだったのに今じゃ彼女が中心になっている。

「エレナには人を惹ひき込むなにかがあるのかもな」

 彼女はいつか大きなことを成すのかもしれない。

 そんな彼女が変わるキッカケになれたことが嬉うれしくもあり、少し誇ほこらしかった。

「さて! ここまで離れたら大丈夫かな」

「キュ?」

「今から新しい仲間を召しよう喚かんするよ!」

 町からはもう十分離れた。マギロケーションで周囲を確認しても人ひと気けはない。

 そろそろ残っていたもう一つの魔法の実験をしてもいいだろう。

 それに今日の調査場所はかなり遠いところにある。ユニコーンという名前からして馬だろうし、乗せていってもらえるならお願いしたいところだ。

「キュキュ?」

「大丈夫さ。リゼみたいに友達になれたらいいね!」

 魔法袋から聖石を取り出し呪文を詠唱する。

「よしっ! いくぞ! わが呼び声に応え、共に駆けろ《サモンユニコーン》」

 リゼの時と同じだと考えて聖石を握にぎってたのは正解だったようだ。

 手の上の聖石がホロホロと崩れ、やがて立体魔法陣になっていく。やっぱりこれもリゼの時と同じだ!

 一つ違うのは魔法陣の大きさ。リゼの時とは比べ物にならない。これを宿の部屋で展開してたらエライことになっていたはず。きっとブライドンさんにぶっ飛ばされていたことだろう。

「来いっ! ユニコーン!」

「キュ!」

 魔法陣がパリンと崩ほう壊かいし、光が四足歩行の生き物を形作っていく。

 そうして地面に降り立ったソレは「ブルルッ!」といなないた。

「おおっ! かっこいい!」

「キュ!」

 白い体で額に一本の角を生やした馬、ユニコーン。

 ユニコーンは静かにその場に佇たたずみ、こちらを見つめている。

 その瞳ひとみからはどういった感情があるのか読み取ることは出来なかった。

「や、やあ」

「キュ!」

 ユニコーンが静かすぎて心配になって話しかけるも、ユニコーンは特に変わらず静かに佇んだままだ。

「……」

「……」

 静せい寂じやくが続く。

 その静寂に耐えられなくなって、ゆっくりとユニコーンに歩み寄り手を伸ばした。

 次の瞬間──

「ブルッ!」

「おぉっ!?」

 ユニコーンが勢いよくガッと嚙みついてきて、慌てて手を引っ込めた。

「ブルルッ!」

「へ?」

 どういうことなの!?

 頭の中がハテナに包まれる中、ユニコーンはクルリと回転し、後ろ脚あしでキレイなローリングソバットを放ってきた。

「ちょっ──」

 慌てて回かい避ひし後ろに下がる。

 そして体勢を立て直しユニコーンの方を見た時──ユニコーンはスタコラサッサと遠くに走り去っていた。

「は?」

 理解が追い付かず、頭の中がハテナに染まる。

 どうなってるの? 僕が見付け、僕が覚えて、僕が召喚し、僕の召喚獣になったはずなのに……どうして……。

 僕が想像してたのは、お馬さんが出てきて、仲良くキャッキャウフフと戯たわむれて、それからそれに跨またがって颯さつ爽そうと明日に向かってランナウェイする絵だったのに……。

 ユニコーンの姿はもう見えない。目視の範囲外に消え去ってしまった。

「は?」

 もう一度、同じ呟きが漏れた。

「キュ……」

 シオンの同情的な声と寂さびしい風音だけが周囲に響いていた。


◆    ◆    ◆


 なんだかんだありつつお仕事に向かう。

「色々あってもお仕事には行かなきゃならないんだよね……」

「キュ……」

 社しや畜ちくのような言葉を吐きつつ、慰なぐさめてくれているのか呆あきれているのか分からないシオンを撫でながら道を進む。

 今日のお仕事は町より少し遠めの場所にある廃坑の調査だ。

 貸し出された地図を見る。

「……この廃坑って前に来たことあったかな?」

 この冬の間、無数の廃坑を調査したけど見覚えのない場所だった。

 町に近い場所は頻ひん繁ぱんに調査が入るけど、遠くの廃坑はあまり調査されない。単純に町から遠ければ問題が起きても危険ではないからなんだろうけど。あまり調査の手が入らない場所に行かされる身としてはそれだけ危険度が増すので嬉しくはない。

「問題が起こらなければいいけど……」

 そうやって立派にフラグを建築しつつ数時間後、廃坑に到着。マギロケーションを使いつつ中を探索していく。

 こうやっていくつもの廃坑を調査していると、鉱山の内部構造の規則性にも気付いてきた。内部はどこも基本的に同じ掘られ方をしているのだ。

 やっぱり縦じゆう横おう無む尽じんに掘り進めてしまうと強度面とかで問題が生じ、崩ほう落らくの危険性が高まるのだろうか?

「でも、死の洞窟のところの廃坑はもっと複雑だったような……」

 ボロックさんがいたあの場所。あそこは迷めい路ろのようになっていて、ドワーフもそこらに目印を書いていたはず。人間とドワーフでは穴掘りの文化が違ったりするのか、それとも時代が違うから技術面で違いがあるのか。いや、そもそもあの洞窟は廃坑であると同時に地下の町と町を繫ぐ連れん絡らく通路的な側面もあったし、複数の意図があって複雑化してしまっただけなのかも──などと考えながら廃坑を探索し、ようやく最深部の部屋に到着。

 そこにあったのは──

「机だ」

 変に立てたフラグが雑に回収されることもなく、最後の部屋には机とイスが散乱しているだけだった。

「どうしてこんな場所に……」

 今までの廃坑にはこんなアイテムは残されていなかった。

 横よこ倒だおしになっているイスを持ち上げ強度を確認する。

「問題ないな」

 机やイスはまだ使えそうだ。

 恐らくこの廃坑が遠すぎたため、ここが廃坑になった時にも持ち帰られず放置されたのだろう。

 その後ここを探索した冒険者らも、こんな場所からわざわざ机やイスを担かついで持ち帰ろうとは思わなかった。大体そんなところだろうか。

「ということで、机とイス、ゲットだぜ!」

「キュ!」

 誰も使わなくなったモノだし、僕がいただいても問題ないよね?

「それは新たなる世界。開け次元の扉《ホーリーディメンション》」

 ホーリーディメンションを開き、浄じよう化かをかけた机とイス二脚きやくを運び入れた。

「レイアウトは、どうしようか?」

「キュ?」

「快適なお部屋ライフにはレイアウトが重要なんだよね」

「キュ……」

 アレでもないコレでもないと考えるも、結局は部屋の奥に設置することにした。

 机を運び入れ、イスを運び入れ、それに座ってみる。

「いいね!」

 長年放置されていたにもかかわらず、ガタツキもなく悪くない状態だった。

 雨風には晒さらされてなかったからなのだろうか。

 ただ、机もイスも年輪に沿って削けずれたのか少し凹おう凸とつがあり、滑なめらかではない。

「まぁいいか。ついでにここで地図の描き写しもしちゃおうかな」

 ギルドから貸し出された地図は返へん却きやくしなきゃいけないので、初めて行く場所の地図を渡された時は適当に描き写すようにしている。

 手に入れたばかりの机とイスを使い描き写す。

 ちゃんとした測量なんてやってないのか、それともそんな地図は僕らみたいな冒険者の目には入らないのか、縮尺なんかは合っていない気がするので正確に記入する必要はない。ただ大体の位置が分かるように描けばいいだけだ。

「よしっ、出来た! じゃあ、帰るか」

「キュ!」

 もう一脚のイスに座っていたシオンが机に飛び乗り、そこから僕の肩に飛び乗ってフードの中に入ってきた。

 シオンがいつものベストポジションに収まったのを確認し、ホーリーディメンションを出て廃坑を戻る。

「早く帰ってブライドンさんが作った夕食を食べたいね」

「キュ」

 そんな話をしながら廃坑を戻り、出口に近づいてきた時、外に違い和わ感を覚えた。

「……なにか、いる」

 廃坑の外になにかの反応があった。

 慌てて光源の魔法を消す。

 マギロケーションで把は握あくした感じ、形は人型、大きさは三メートル以上。手足も体も太く、ゴリラのように感じられる。明らかに人間ではない。

 そのナニカが廃坑の出口付近に陣取っていて、外に出ることが出来なくなっている。

「アレは、なんだ?」

 この周辺にあんなモンスターが生息しているという報告は冒険者ギルドにはなかったはずだ。

「……いや、確か最近、正体不明のモンスターの報告があったか」

 その正体不明の謎モンスターがアレだとすると、少々厄介かもしれないな。

 どんなモンスターか分からないし、わざわざここでそんな謎モンスターと戦うリスクを取りたくはない。

「暫く様子を見よう」

 岩の陰に隠れながらその場で様子を見ていたけど、謎のモンスターがその場から動く気配はない。

「……シオン?」

 フードの中のシオンの様子がおかしいので触ってみると、少し震ふるえていた。

 シオンが怯おびえている? あのアルッポのダンジョンでボスに対しても堂々と戦ったシオンが?

「それだけヤバい相手……なのか?」

 シオンを撫でながら考える。

 でも、このままでは埒らちが明かない。一戦、交えてみるか?

 いや駄目だ、勝てなければ全てが終わってしまうかもしれない。

 しかし、だからといってここでずっとヤツが消えるまで待ち続けるのか? ホーリーディメンションがあればそれなりの期間、留まることは可能だけど──

 と、考えていて意識が逸それていたその瞬間、謎のモンスターが消えていた。

「は?」

 そしてその気配が数メートル先に迫せまっていた。

「ちょっ──」

 慌てて岩陰から飛び出し、距きよ離りを取りながら魔法を発動する。

「光よ、我わが道を照らせ《光源》」

 廃坑の中に再び光が満ちる。

 そして僕が隠れていた岩がドカンと破は裂れつした。

「くっ!」

 そこにいたのは、黒い影。黒い人型のモンスター。廃坑にいた仮面の男とは違う完全なる人外。

 それは全身がどす黒っぽい嫌な色のオーラのようなモノに覆われていて不気味だった。

 腕が長くてゴリラのようにも見えるけど、大きさがそんなレベルではない。

 廃坑の高さが二メートルちょっとなので、そのモンスターは窮きゆう屈くつそうに体を丸めながらこちらを見ていた。

 その目は血のように赤く光っていて、普通のモンスターとは明らかに違う。異質で、ナニカが根本から違う気がした。

「グァァ!」

「なんだ、こいつは?」

 そう言っている間にもモンスターはドシンドシンと近づいてくる。

「やるしかないか」

 覚悟を決め、槍を強く握りしめる。

「光よ、我が敵を穿うがて!《ライトアロー》」

 まず小手調べにライトアローを放ち、後ろにバックステップする。

 手から放たれた光の矢はドカッと謎のモンスターに命中するも、一瞬で霧む散さんした。

「効いてないか……」

 やっぱりライトアローでは火力不足らしい。

 次の魔法を準備しようとすると、謎のモンスターが一気に距離を詰めてきて右腕を振り抜いた。

「グォォォォ!」

「くっ!」

 それを後ろに下がりながら躱かわし、続いて飛んでくる拳こぶしの連打も避よけながら槍を突き入れる。

 が、棒でゴム板でも突いているかのような感かん触しよくが腕に伝わってくるだけだった。

「噓うそだろ!?」

 なんだこのモンスター!? 今までの他のモンスターとはなにかが違う!

 よく分からないまま謎のモンスターに圧おされ、廃坑内を下がり続けながら攻撃を避け、隙すきを見て反撃を入れる。しかし攻撃が通らない。ただただ圧され続けるだけ。

 モンスターの攻撃を穂先で大きく弾き、バックステップで大きく距離を取って呪文を詠唱する時間を稼かせぐ。

「神聖なる光よ、解き放て、白はく刃じん《ホーリーレイ》」

 放たれた神聖魔法の光の閃せん光こうが謎のモンスターに突き刺さる。

「グオォォォ!」

「効いた!」

 ホーリーレイが右腕に命中。その傷きず痕あとから黒い血のようなモノがボタボタと垂れてきて地面に落ちた。

 が、その傷痕もすぐに治っていく。

「浅すぎるか!」

 それ以前に治ち癒ゆ能力が高すぎる!

「オォ!」

 謎のモンスターがまた接近してきて腕を振り回す。

 それを避けて槍で払い、避けて突く。

 しかしまったく効いた様子がない。

 何度も何度も繰り返し、隙を見てホーリーレイをぶちかます。

 しかしダメージが入っているのか分からない。

「グァ!」

「ぐっ!」

 躱しそこねた拳を左手の甲こうで弾くように逸らすが、その左手に激痛が走る。

 左手の甲がただれ、骨まで見えている。

「触っただけでこれかよ……ちょっと卑ひ怯きようすぎやしないですかね?」

 なぜかは分からないけど、このモンスターに触ふれるだけで肉が焼ける──というより、腐ふ食しよくしている?

 こんなモンスターが町に行ったら、それだけで小さな町や村なら壊かい滅めつしかねないぞ。どうしてこんなモノがそこらを歩いてるんだ? 凄いモンスターのバーゲンセール中か?

「光よ、癒やせ《ヒール》」

 簡単な回復魔法で応急処置し、戦闘に戻る。

「このままじゃ……」

 体に疲れが溜たまり、魔力も減ってきた。

 しかし突破口が見付からない。

 攻撃を避け、弾き、槍で突く。

 極限の緊張感の中でどんどん精神が研ぎ澄まされていく。

 謎のモンスターの右の拳をギリギリで見切り、逆の拳を屈かがんで避け、槍で薙なぎ払う。

 また次の拳を避け、槍で突く。

 それらを何度も何度も繰り返していく内、思考が加速し、どんどん謎のモンスターの動きが見えるようになってきた。

 どんどん無む駄だな動きもなくなってきて、最小限の動きで攻撃を躱すようになってくる。

 最小限の動きで避け、どうせ当たってもダメージがなさそうだし脱だつ力りよくし最小限の動きで槍を振るう。

 頭の中で思考が高速回転する。

「ふぅ……」

 大きく息を吐き出す。

 体は高速で動かしながら考える。

 これからどうしようか。

 逃げるにしても逃げるタイミングがないし、廃坑の出口側を塞ふさがれてるので逃げられない。

 戦って勝つしかないけど攻撃が通らない。

 これって詰んでるのでは? と考える。

 しかし、どうして触れただけで腐食したんだ? そんな二足歩行モンスターいたか?

 考えてみるけど思い付かない。

 そういえばシオンは大丈夫だろうか? フードの中に入ったままだけど。

 シオン、怯えてたな……。やっぱりこんな意味不明なモンスターはシオンも怖こわいのだろうか?

「あれっ?」

 なにかが思いつきそうだけど、出てこない。

 黒いモンスター。触れただけで腐食する。シオンが怯える……。

 頭の中がグルグルと回転する。そして閃ひらめいた。

「そうか! お前、アレと同じヤツなんだな!」

 そう気付いた瞬間、疲ひ労ろうが生んだ脱力状態から一気に覚醒して体に力が漲みなぎり、その勢いで気持ちを乗せて槍を振り上げた。

 ミスリルの穂先が青銀の軌き跡せきを描きながら走る。

「グオォォオォオ!?」

 宙を舞まう腕。

 飛び散る黒い液体。

 そのままの勢いでクルッと回転し、右手で謎のモンスターの体に触れる。

 そして──

「不浄なるものに、魂たましいの安あん寧ねいを《浄化》」

 右手から溢れ出した虹色のオーラが謎のモンスターを包む。

「オォォォォォ!」

「いけっ!」

 周囲全体が虹色のオーラに包まれ、全てを浄化していく。

 それからどれぐらいの時間が経っただろうか。

 一秒か、一〇秒か、一分か。分からないけど次に気付いた時、目の前には白い砂山だけがあった。

「やっぱり、か……」

 その場に崩れ落ちるように尻しりもちをつき、そのまま寝転がる。

 このモンスターは、死の洞窟で出会った黒いスライムと同種。……いや、同種かは分からないけど、根源的なモノは繫がっているモンスターなのだろう。

 物理的な攻撃はあまり効かないけど神聖魔法や、そして浄化は凄く効く。

 例の大きな黒いスライムも浄化で倒した。

「これ、浄化がなかったらどうすればいいんだろうな?」

 一般ピーポーにはもう絶望的な気がするけど、どうなんだ?

 町から距離があるとはいえ、誰かが被ひ害がいに遭あう可能性は普通にあったはず。

「キュ?」

 寝転がった瞬間にフードから転げ落ちたシオンが不思議そうな顔をしている。

 まぁシオンからしたら、例の大きな黒いスライムに卵ごと溶かされようとしていたのだから、似たような雰囲気を持つこのモンスターは怖かったんだろうね。

「さて、と」

 起き上がり、あぐらをかく。

「これ、どうするかな」

 目の前には浄化で出来上がった砂山があった。

 前回の黒いスライムの時はそのまま放置したけど、今回は放置するのはマズい気がする。

 ここは定期的に人が出入りする場所だし、こんなモノがあったら不自然すぎるし、これでなにかしらの調査でも入って探さぐられたら面倒だし。

「片付けるしかないか……それは新たなる世界。開け次元の扉《ホーリーディメンション》」

 ホーリーディメンションを開き、布袋とスコップを取り出し、かき集めた白い砂を中に詰めていく。

 シオンもザザッと前脚で白い砂をかき出して手伝ってくれている。

「はぁ、疲れてるのに……」

 最近は地下に潜ったり土や砂をいじったり、そんなことばっかりしている気がする。そろそろモグラにでも転職するべきなんだろうか?

 そうして砂を片付けていると、中から光の魔ま結けつ晶しようが出てきた。

「うわぁ……。嬉しいけど、これで余計に面倒になるな……」

 これは間違いなく闇の魔結晶が浄化の効果で変質したモノだ。つまり、僕がここでこの謎モンスターを倒したという証しよう拠こがなくなったということ。

 まぁそれ以前にモンスターの死体が全て消えているのだけど……。

「じゃあ冒険者ギルドには報告出来ないか……」

 疲れた体に鞭打ち、白い砂の袋ふくろ詰づめを終わらせホーリーディメンション内に収納した。

 そうしてようやく廃坑の外に出る。

「今日は厄やく日びなのか?」

「キュ……」

 なんだか今日は悪いことばかり起きてる気がするぞ。

 町へ戻る道を進みながら思う。

 今日は本当に様々なことが起こった。

 ユニコーンには振られるし、変なモンスターには襲われるし、絶望的にツイてない。

 とにかく、もう早く町に帰ってブライドンさんの夕食を美味しく食べて、ゆっくりベッドで眠りたい。今日は色々と大変だったし、奮発してガラス瓶の葡萄酒を開けようかな。そう、ルバンニの町で買ったヤツ。それでささやかな祝しゆく杯はいをあげよう。それに追加で串焼きでも追加注文するのも悪くない。

 最後ぐらい良いことがあってもいいじゃないか!

「そうだね! シオン! 帰ったら豪ごう遊ゆうしよう! 今日は串焼きも追加するよ!」

「キュ!」

「じゃあ町にBダッシュで帰ろう!」

 ──と思いながら急いで町に帰ってきたのだけど……。

「あれ、は……」

 町の方向に黒い煙けむりが見えた。

 急いで走り、目の前の小高い丘おかに登る。

「噓だろ……」

 町から立ち上る黒い煙。そして火の手。

 明らかになにかが起こっていた。

 しかし、もうなにがなんだかサッパリ分からない。

「今日は厄日なのか?」

 その呟きだけが風に流されていった。