毎度のごとくゴトゴトという音と共に流れる景色を薄うす暗ぐらい馬車の中からひたすら眺ながめ続ける。

 これが地球なら電子の板をいじって暇ひまでも潰つぶすのかもしれないけど、ここでいじれるのはこのモフモフしかない。

 こういう場面ではそれがこの世界のちょっと退たい屈くつなところかもしれないが、まぁそういう時間も悪くないだろう。

 そう思いながら膝ひざの上で眠ねむるシオンを撫なでる。

「もうすぐ関所だぜ」

 御ぎよ者しやがそう言いながら振ふり返る。

 幌ほろ馬ば車しやの前方の開口部からは石造りの建物と塔とうのようなモノが見えていた。

 アルッポのダンジョンを色々とありつつクリアし、アルッポの町から旅立って数日、ようやく国境線までたどり着くことが出来たのだ。

 アルッポのダンジョンがああなった以上、あの町に留とどまる理由はなくなったので他の場所に移動しようと思ったのだけど、どこに向かうべきなのかが問題だった。

 はっきり言ってこの国では色々とやらかしているので、ほとぼりが冷めるまでは別の国に行く必要があって。となるとアルノルンに戻もどるという選せん択たく肢しはないし、当然ながらグレスポ公こう爵しやく領りよう側に向かうのも避さけたい。なのでとにかく西に向かいながら情報収集を続け、最終的に西にある国へ抜ぬけようと決めた。

 その国とは、ザンツ王国。鉱業が盛さかんな山の国らしく、以前カナディーラ共和国に来た頃ころ、アルノルンまで歩く際に遠くに見えた山の辺りらしい。

 そう考えたら遠くに来たものだとしみじみ感じてしまうよね。

「着いたぞ」

 他の乗客が降りるのに合わせて僕ぼくも降りる。

 目の前に広がるのは枯かれた木々、石造りの建物と塔、木製の柵さく。それなりに堅けん牢ろうそうな関所だ。

 季節は秋を通り越こして冬に入る頃なのだろうか。それとも山に近づいたからだろうか。幌馬車から出ただけで冷たい風を頰ほおで感じる。

 乗客を降ろした幌馬車がUターンして戻っていくのを見つつ他の乗客と共に関所の前の列に並ぶ。

 よく考えてみると、こうやって正式な形で国境を越えるのはこれが初めてな気がするぞ。以前は色々とあってゴニョゴニョする感じになって裏道からスルッと密入……もとい、お邪じや魔ましたわけだけど、今回は堂々と出入国するわけで、なんだか嬉うれしいような緊きん張ちようするような不思議な気分になってくる。

 そんなことを考えている間にサクッと列が進み、僕の番が近づいてくる。

 良かった。列の前の人を見る限りではそんなに厳しい取り締しまりがあるわけでもなく、単純に通行人の顔と身分の確かく認にんと通行料の徴ちよう収しゆうをしているだけっぽい。

 これは事前に調べて知ってはいたけど、実際に見てみるまで安心出来ないからね。

 少し前に並んでいた馬車の御者が銀色のカードを提示すると、その馬車は特に荷物の確認もされず即そく通された。やっぱりここでも特定の身分やらがある人は優ゆう遇ぐうされているらしい。

「次!」

 そうこうしている間に僕の番になったので、前の人がやっていたように冒ぼう険けん者しやギルドカードを提示する。

 兵士は僕のギルドカードを義務的にサラッと確認すると「銀貨一枚」と言った。

「銀貨一枚です」

「よし、通れ!」

 大人しくお金を出して関所を通る。

 銀貨一枚というのが安いのか高いのかは分からないけど、一食か二食ぐらい食べられる金額と考えたら妥だ当とうな金額のような気もする。昔の日本とか中世ヨーロッパはもっとべらぼうに高かったという話を聞いたことがある気もするし、そう考えると安いのかも。

 そうして関所を抜けて少し歩くと、また関所があった。

「あぁ、そうだよね」

 ここは国と国との国境なので、国境を守る関所はそれぞれの国がそれぞれ作っているのだ。

 なのでこちらのザンツ王国側の関所でも同じようにギルドカードを提示して銀貨一枚を払はらう。

 そうしてやっと、僕はこの世界に来て三カ国目、ザンツ王国に入った。

「よしっ! 歩こうか」

「キュ!」

 シオンを地面に下ろし、遠くに見える町に向かって歩く。

 関所までの乗合馬車は国境を越えることを嫌いやがって国境手前で帰ってしまうし、彼かれらはいつ来るのか分からない客を待つために国境線で待機したりはしないらしく、ここからは運良く乗合馬車が訪おとずれたタイミング以外は歩きになってしまうらしい。

 国境地帯は冒険者であってもウロウロしにくい場所で、モンスターの数も増えやすい。

 町から町への移動もそれなりに危険はあるけど、国境を越える旅にはそれ以上に危険が伴ともなうということだ。

 気を引き締め周囲を警けい戒かいしつつ山の方へ向かって西に進む。

 見る限り西の山は高く広く、これを徒歩で越えるのは不可能に感じる。ここから別の国などに移動する場合は北か南に向かう必要があるはずだ。これから将来的にどちらに向かうのかは決めきれていないけど、この国の次の目的地の情報収集もしていかないとね。

「ん?」

 と考えていると、道の左側の森の奥おくからガサガサと音が聞こえてきて、やがてマギロケーションでも大きめの反応をとらえた。

「なんだ、この反応」

 ミスリル合金カジェルを握にぎり直しながら考える。

 広こう範はん囲いのマギロケーションでは詳しよう細さいな形まではとらえきれないが、全長が二メートルぐらいあるっぽい。だけど僕が知るモンスターの情報の中にこんな存在はなかったはず。

 それから数秒後、枯れて茶色に変わっている森の中から姿を現したのは大きな亀かめだった。

 甲こう羅らからは棘とげのような岩がいくつも突つき出ていて、手て脚あしや頭も装そう甲こうのようなモノに覆おおわれている、大きなリクガメ。

 ここでようやく僕の少し前を歩いていた商人っぽい男性が異変に気付き、謎なぞのリクガメの姿を確認した瞬しゆん間かん、顔色を変えて町の方へ全速力で駆かけていった。

 ちょっと! こんないたいけな少年を残して逃にげるなんて酷ひどい! ……とはちょっと思うけど、全すべて自己責任の世界だから仕方がない。

「シオンは下がってて。ギリギリまでブレスとか魔法は使わないようにね」

「キュ」

 ここは人の目がまだ多い。シオンのブレス魔法? はバレたくない。

「ウガッ!」

「おっと」

 謎のリクガメの突とつ進しん。それをシオンと一いつ緒しよに避よける。標的を失った謎のリクガメはそのまま道の反対側にある木にドスンとぶつかり、ノソノソと方ほう向こう転てん換かんしている。

 岩とかを背せ負おっている分、体が重いからなのか多少スピードは出せても小回りは利きかないらしい。

 当然そのスキを見み逃のがさず、ガラ空きの後ろ脚にミスリル合金カジェルを振り抜く。

「はっ!」

「グァッ!」

 脚の装甲がべキッと割れるような手て触ざわりがあり、その脚がガクンと落ちる。

 これはいけそうかも! と思った瞬間、謎のリクガメは四し肢しと頭を引っ込こめて完全防ぼう御ぎよ態勢に入った。

「だったら!」

 ミスリル合金カジェルを大きく振りかぶり、頭があった部分の甲羅におもいっきり叩たたきつける。

 こうなりゃ力まかせだ!

 ガンッ! という音と共に甲羅の上の岩の一部が弾はじけ飛んで舞まう。が、それだけ。

「ならもう一回ッ!」

 鈍にぶい音と共に岩が弾け飛ぶ。

 ガンガンガンッと何度も何度も何度も上から横から場所を変えて殴なぐる。

 甲羅の上の岩が弾け飛び、側面の装甲がひしゃげる。

「オラッ! 出てこい!」

 まるでどこぞのミナミの借金取りのように頭の入り口を殴り続けるが、甲羅に凹くぼみやヒビが入ってはいっても破は壊かいするには至らない。

 そうこうしている内にどんどんこちらの体力も消しよう耗もうしていく。

「硬かたすぎる! キリがない!」

 こうなりゃこいつの職場に乗り込んで──じゃなくて、ライトボールでも使ってみようか?

「おいっ! なにやってんだ! 早くひっくり返せ!」

「えっ?」

 どうやら僕がガンガンやっている内に後ろを歩いていた冒険者パーティが追いついてきたらしい。

「ロックトータスに正面から殴りかかるヤツがあるか! 炎ほのお魔法がないなら俺おれ達たちがやる!」

 う~ん……。仕方がない。

 このままこのロックトータスとやらの相手をしていてもキリがなさそうだし、彼らに譲ゆずることにしてシオンを摑つかんで後ろに下がった。

 それを了りよう承しようととらえたのか、彼らの中で鎧よろいを着た男二人が一気にロックトータスとの距きよ離りを詰つめ、その体の下に指を入れる。

「せーの!」

「おいさ!」

 そして二人はタイミングを合わせて一気に持ち上げ、ロックトータスをゴロンとひっくり返した。

「やれっ!」

「いくよ! 離はなれて! 炎よ、燃え上がれ《フレイム》」

 女性の冒険者が手を掲かかげ、魔法を発動した瞬間、彼かの女じよの手から放たれた小さな炎の玉がロックトータスの甲羅に直ちよく撃げき。そこから火柱が上がる。

「グォォォォ!」

 それはまるで火にかけられた土ど鍋なべ。ひっくり返されて身動きが取れないままグツグツ煮にられていく。

 ロックトータスは手脚をバタバタさせ、起き上がろうともがいていたけど、すぐに動かなくなってしまった。

「あっけない……」

「キュ……」

 あんなに硬くて手こずったのに火属性魔法なら一発か……。

 今の僕には火属性魔法は使えないし、あの巨きよ体たいをひっくり返すことも難しい。ライトボールを使ってもあまり意味はなかったと思う。ホーリーレイなら効いたかもしれないけど、それはこの場では使えないから意味がない。

 これは相あい性しよう的なモノなんだろうけど、単純に火力不足とも考えられる。仮にこれがボロックさんとかゴルドさんなら単純にパワーで叩き潰していた気もするしね。

「おっ?」

 そうこう考えていると光が渦うず巻まき、女め神がみの祝福を得た。

 これで三九回目だったろうか。レベルで言えば四〇レベルだろう。

 そこそこ上がってきた気もするけど、こうやって勝てないモンスターを見てしまうとまだまだな気がするね。

 そうこうしていると、冒険者パーティの内の一人の男が話しかけてきた。

「こいつの素材は俺達がもらうぜ。問題ないよな?」

「えぇ、勿もち論ろんです」

 実際、彼らが倒たおしたのだから文句は言えない。

 でもせめて情報ぐらいは得ておきたいよね。

「あの、このロックトータスってどんなモンスターなんです?」

「ん?」

 先さき程ほどの男性冒険者がロックトータスの首をナイフでギコギコしながら振り向いた。

 野や蛮ばんすぎてちょっと怖こわいよ!

「ザンツ王国は初めてか? こいつはDランクモンスターのロックトータスだ」

「Dですか……」

 予想より低い。

 てっきりCぐらいあるかと思ったんだけど……。やっぱり相性が悪いと格下モンスター相手でもこんなに面めん倒どうなことになるのか。

「本来はこんな場所にはめったに出ないんだがよ。今日はツイてやがるぜ!」

「そうなんですね」

 暫しばらく彼らから情報収集した後、解体を続けている彼らと別れて町に向かう道を急いだ。

 彼らの話によると、ロックトータスは本来もっと山側に生息しているモンスターで、甲羅に背負っている岩の中に鉱石や宝石が含ふくまれていることがあり、当たりを引くと儲もうかるとかなんとか。

 相性的に僕には縁えんのないモンスターになりそうだけど、上う手まく狩かれる方法があればまたチャレンジしてみたいかもしれない。

 そうして歩き続けていると、あるところで周囲の木々が全てなくなり、そこから町まで見み渡わたす限り畑一色の世界に変わっていた。

 今まで見てきたどの町にも外に畑はあったけど、ここまで大きいのは初めてかもしれない。

「おぉ、凄すごいね」

「キュ!」

 ここは農業の町なんだろうか?

 季節的に作物はほとんど刈り取られた後で、どんなモノを作っていたのかは分からないけど、これだけ面積が大きいならかなりの収しゆう穫かく量りようだろう。

 もし春や夏に訪れたなら凄く良い風景が広がっていたに違ちがいない。

「いいねぇ」

 青い空と土の匂におい。たまにすれ違う荷馬車。少し遠くに広がる灰色の山脈。肌はだ寒ざむい風。

 のどかな雰ふん囲い気きを楽しみながら歩く。

 シオンがピョンピョンとそこらを飛び跳はねたりしながら僕の周囲を走り回っている。

 最近はずっとゾンビやらスケルトンやらと戯たわむれつつ、逆に生あるモノの権力や領土争いに絡からむアレコレを見る生活を続けていたし、たまにはこんなのんびりした雰囲気も良いかもしれない……というか、人生にはそういう休息も必要だと思うんだよ、うん。

 しみじみ感じながらのんびり進み、日が傾かたむく前には町の門までたどり着くことが出来た。

「ギルドカードを」

「お疲つかれ様です」

 冒険者ギルドのカードを提示して中に入る。

 町の中を見た感じの印象は『中規模の町』という感じで、アルッポやアルノルンのような大都市ではないけど農村という感じでもなく、表通りにはそこそこ人や馬車が行き交かっていて。店には多くの農産物が並び、豊かな町であることが見て取れた。

 冒険者ギルドを探しながら大通り沿いの店を見て回る。

「ん? ちょっと見たことない野菜もあるな」

「キュゥン」

 シオンが食料品店の店先にある台の上を見ようと何度もジャンプしているので、彼を抱かかえて肩かたに乗せた。

 なにか気になるモノでもあったのだろうか。

「美お味いしそうなモノあった?」

「キュ!」

 シオンが器用に前脚を伸のばした先にあったのは、ピンポン玉より大きいぐらいのサイズでオレンジ色をした丸い果実。

 ん~、形はオレンジに似ているけど違う気もする。

「すみません、これはなんです?」

「これはオランだよ。この辺りじゃ肉なんかの香かおりつけに使う人が多いね」

「へ~」

 なるほど。見た目と総合して考えるならレモンとか柚ゆ子ずとかそういう感じの使い方なんだろうか。

「シオンはこれが欲ほしいんだよね?」

「キュ」

「よしっ! じゃあ、これいくらです?」

「ザル山盛りで銀貨二枚のところ、おまけで銀貨一枚銅貨五枚でどうかい?」

 単位がザルなのか……。ちょっと多い気もするけど、まぁいいかな。もし食べ切れなくても冷蔵庫──じゃなくて、アンデッドダンジョンで手に入れた時間停止の箱、名付けて『時止めの箱』があるし、日持ちはするだろう。……というか、本当に時間が停止するなら半永久的に日持ちするはずなんだよね。

「じゃあそれで」

「ありがとね!」

 布ぬの袋ぶくろを渡して食料品店のおばさんにオランを入れてもらう。

 ついでにオススメの宿屋の場所も聞き、そちらの方向に歩きつつ、オランを要求するシオンの攻こう撃げきをあしらいながら背せ負おい袋の中に入れる。

 新しい町に着いたら冒険者ギルドに行って情報収集をしておきたいけど、今日はもう太陽が沈しずみそうなのでそれは明日にしようと思う。

 そうして町中のお店の位置をチェックしたり町の雰囲気を確かめたりしながら中央部を目指して歩き、空が少し赤くなってきた頃、宿屋に辿たどり着いた。

 宿の扉とびらをガチャリと開けた瞬間、他の町の宿とは違う匂いが鼻び腔こうをくすぐる。

「らっしゃい! 一泊ぱく夕食付きで銀貨三枚だ」

「とりあえず一泊で」

 思ったより安い。

 建物もしっかりしてそうなのに安いのは国境沿いの田舎いなかだからだろうか?

「こっちです!」

「よろしく」

 お手伝いをしている男の子に二階の部屋に案内される。

 部屋の中はよく手入れされてあり、ベッドに机もあって並以上の部屋に感じた。

「夕食はもう出来ているので、この番号札を持って下に来てください!」

「ありがと」

 男の子が出ていった後、ベッドに腰こし掛かけて背負袋からオランを出す。

 食事の前にデザートだ!

「早さつ速そく試ためしてみますか!」

「キュ!」

 シオンが『待ちきれないぜ!』ってな感じで叫さけんだ。

 実は僕も、これまでの経験上シオンが欲しがる食べ物は大体ハズレナシなので、今回もちょっと期待してたりする。

 ベッドの上に袋を置き、中からガサガサといくつかかき出してきて、その中の一つを手に取る。

 シオンは皮ごとかぶりついているけど、やはり文明人としては皮を剝むいて食べるべきかと考え、剝こうとするけど難しい。やっぱり小さい柑かん橘きつ類るいは異世界でも剝きにくい。こういうところは謎のご都合主義異世界ウルトラパワーメークアップ! でなんとかしてくれたらいいのに……。上手くはいかないものだ。

 なんとか気合いで皮を剝いてみると、中から出てきたのは完全に柑橘類のソレ。

 それを恐おそる恐る口に含んでみる。

「……酸すっぱ渋しぶい」

「キュ?」

 柑橘系は柑橘系でもオレンジとかではなく柚子とかカボスとかの系統か。

 マズいってわけでもないけど、そのまま食べるモノじゃないかもね……。

 ……いや、待てよ。じゃあなんでシオンが欲しがったんだ?

「シオン、ちょっと待った!」

「キュ?」

 シオンが布袋の中から新しいオランを取り出したところで止める。

 そう。今、シオンは布袋の中から取り出したのだ。既すでにベッドの上に転がっているモノではなく、わざわざ袋の中から取り出した。

「そのオラン、ちょっとだけ食べさせて」

「……キュ」

 どう見ても『しょうがないなぁ』ってな感じのシオンからオランをもらい、半分に割って中から実を一つだけ取り出し口に放ほうり込む。

「……うん。まぁ食べられる」

「キュ」

 シオンが催さい促そくするので残りの実を渡し、考える。

 シオンが選んだオランは酸味はあるけど甘あまみも若じやつ干かんあって、渋みも少なく食べられるレベルな感じ。

 まぁ日本のみかん基準で考えるならハズレの酸っぱいみかんだけど、この甘かん味みの少ない世界では十分デザートとして許せるレベルだ。

 他の実も少し放置すれば熟して美味しく食べられるように変わるかもしれないし、少し様子を見てみるのもいいかもね。

 さて、オランの味も確認したし、夕食に行こう。

「じゃあご飯にするよ」

 オランを背負袋に戻し、部屋を出て一階に下りた。

 酒場の扉を開けるとムワッと良い香りが広がってくる。

 中には数人の男女の客がいて、カウンターの中には中年男性が一人。

 若干、客が少ない気もするけど、まぁそんな日もあるんだろう。

「らっしゃい!」

「お願いします」

 隅すみの方の席に座すわりながら部屋番号が書かれた板を見せる。

「飲み物は?」

「オススメはなんです?」

「そりゃあこの町で造った葡ぶ萄どう酒しゆだな。この国じゃ有名なんだぜ、ルバンニの町の葡萄酒は国一番だってな」

「へー、じゃあそれで」

「銀貨一枚な」

 ちょっとお高い! 他の町の良い葡萄酒の倍ぐらいする……けど、まぁお金はそこそこ持ってるし、生活も安定してきたから食事には多少はお金を使ってもいいと思う。というか、贅ぜい沢たくをするわけじゃなくて、食事の質を上げるために色々とお金をかけてみるのも良いかもしれないよね。例えば日本の料理とかを再現してみるとかさ。

 そう考えていると、地球で食べたいくつかの料理を思い出す。

 カレー、寿す司し、ラーメン、うどん。もう長い間そういう料理は食べてない。

「思い出すと食べたくなってくるなぁ……」

 そろそろ『とにかく生きること』以外の楽しみを多少は追い求めても大だい丈じよう夫ぶなぐらいの余よ裕ゆうはあるよね? もう少し、色々と生活の改善のために動いてみようかな。

 などと考えている間に厨ちゆう房ぼうの方でガサゴソ作業をしていたマスターが料理と酒を僕のテーブルの上に置いた。

「出来たぜ」

「おぉ!」

 料理は三つ。スープ、肉、黒パン。だけど黄こ金がね色のスープには見たことがない白い野菜と緑の葉野菜が入っているし、皿に並んだ肉も色が薄く今まで見たことがない肉に感じる。それに肉の皿には緑色のペーストが盛られていた。

 今までに見たことがない料理だ。

 銀貨一枚を払って料理に手を付ける。まずは肉から、二ふた股またのフォークで口に運んだ。

「うん、悪くない」

 淡たん白ぱくな鶏とり肉にくのような味。だが淡白なだけに、少し物足りなさがある。

 次に緑色ペーストを肉に付けて食べてみる。

「これは!」

 ガツンと来る塩気に舌に残る若干の辛から味み。それから青いハーブのような濃こい香りが鼻に来て、それが淡白な肉の味に深みを出している。

 今までに食べたことがない味だ。

「マスター、これってなんです?」

「あぁ、それはユランの肉だ。ソースは俺のオリジナルだから言えねぇな」

「ユラン?」

「この辺りによく出るモンスターさ」

 へー、明日にでもギルドで調べてみようかな。

「キュ!」

「あぁ、ごめんごめん」

 シオンにもユランの肉を食べさせ、僕はスープに手を伸ばす。

 大きめのスプーンで器うつわを軽くかき混ぜてみると、白い根菜と青い葉野菜に玉ねぎに似たオニールなんかが確認出来た。どうやら肉は入っていないようだけど、果たして味は……。

 スープを口に含む。

「これは、いける」

 肉の旨うま味みに野菜の甘み。丁度良い塩味。

 流石さすがは農業の町。素材を活いかしたシンプルな料理が旨うまい。

「この町、いいな……」

 これだけ安い宿屋でこの味なら他にももっと美味しい料理を出す店はあるはず。

 本当はこの町で情報収集しつつ次の町を目指すつもりだったけど、もう少しここに滞たい在ざいしてもいいかもしれない。特に急ぐ用事はないのだしね。

 それから葡萄酒の美味しさにまた驚おどろきつつ料理を楽しみ、この日は一人と一匹ぴき、共に満足な顔でベッドに横になれた。


◆    ◆    ◆


「……う、あ……寒っ……」

 あまりの寒さに目が覚めた。

 部屋はまだ暗く、寝ねてからまだ数時間も経たっていないだろう。

 昔、ランクフルトの町で買った外がい套とうに包くるまって寝ていたけど、これではもう寒さに耐たえられそうにない。

 シオンも僕の腋わきの間にしっかり潜もぐり込んできている。

「こ、これはダメだ……。それは新たなる世界。開け次元の扉《ホーリーディメンション》」

 暗い部屋にホーリーディメンション内からの光が放たれる。

 寝ぼけた頭でふらつきながらホーリーディメンション内に入り、その床ゆかに敷しいていた毛皮のマントを摑んで外に出そうとする、と。

「寒く、ない?」

 ホーリーディメンション内は外部から切り離された空間だからなのか、快適な温度に保たれていた。

 中々、居い心ごこ地ちが良さそう。

「……こっちで寝たいかも」

 と、考えたけど、首を振って却きやつ下かする。

 不要なことで使いすぎてコレがバレてしまうのは怖い。

 しょうがないのでベッドに毛皮のマントを敷き、その上に外套を敷き、そこに寝転んでからオムレツのように包まって寝る。

「暖かい……」

 やはり冬用のマント。レベル違いに暖かい。スライムとメタルなスライムぐらい違う。

 シオンが当たり前のようにマントの中に入ってきて、僕の腕うでの中に収まる。ので、ギュッと抱だきしめた。

「暖かい……」

 そうして、また幸せに包まれながら眠りに落ちたのだった。


◆    ◆    ◆


「……ふぁ」

 階下からのカチャカチャという音で目覚めた。

 いつも、どこの宿でも朝は大体この目覚ましで起きられる。目覚まし時計なんて必要なかった。

「やっぱ寒いや。そろそろ毛皮のマント使うか」

 夜中に目が覚めた時も寒かったけど朝になってもやっぱり寒い。

 ホーリーディメンション内の敷しき毛もう布ふ状態になっていた毛皮のマントだけど、ようやく活かつ躍やくする時が来たみたいだ。

 ローブの上から敷いていたマントを羽織り、胸辺りを紐ひもで結ぶ。

 若干、どこぞの蛮族っぽくなるけどしょうがない。

「じゃあ行こうか」

「キュ」

 一通りの準備を完了させて部屋から出て、階段を下りたところで手伝いをしていた男の子と会う。

「おはようございます! 今日は雪が降ってますよ」

「雪?」

 雪、か。そりゃ昨日から寒かったし、雪ぐらい降ってても不思議じゃない。

「去年より早いらしいです。今年は寒くなるかもってお父さんが言ってました! お客さんも気を付けてくださいね」

「そうなんだ。ありがとね」

 そう言いながら男の子に鍵かぎを渡してチェックアウト。宿を出る。

 外に出ると一面の銀景色が広がっていて……なんてことは当然なく、灰色の空から白い雪がパラパラと舞い落ちているだけで積もるような感じでは全然なかった。

 でもやっぱり雪はかぶりたくないので、シオンをローブのフードの中に入れ、その上のマントの方のフードを深くかぶる。

 今日は情報収集をしつつ冒険者ギルドに行く予定だ。

 とりあえずこの先の予定を考えないといけないし、それにはこの国の、この町の周辺の情報が必要だ。

 そう考えながら町の中央部から少し歩くと冒険者ギルドに辿り着いた。

 丈夫そうな扉を開けて中に入る。と、少し違い和わ感を覚えた。

 時刻は朝の早い頃。他の冒険者ギルドならば冒険者が多く集まっている時間帯だけど、ここにはあまり人がいない。ギルドの職員も少ないようで、カウンターには一人しか座っておらず、その一人のところに数人が並んでいた。

「先に資料室に行こうかな」

 別に急いでるわけでもないし、先に情報収集することにする。

 階段を上がり、いつもの似たような形状の廊ろう下かの先にある資料室に入って本や資料を探していく。

「えっと、モンスターは、と」

 棚たなにある木の板を端はしから確認していき、知っているモンスターを読み飛ばし、例のモンスターに辿り着く。

「ユラン、こいつか!」

 棚から木の板を取り出す。

 えっと、ユランは主に森の中に生息しているEランクモンスターで、長い体を使った締め付け攻撃と嚙かみつき攻撃をしてくるが毒はない──って、これ。

「蛇へびだわ……」

 蛇か……。そうか、蛇か。

 描かいてある絵を見てもやっぱり蛇以外のナニモノでもない。これが蛇でないならスライムでもドラゴンだと言い張れるだろう。

 う~ん、でも美味しかったし……。まぁ仕方がないよね。

 この世界に来てそれなりに時間が経ったけど、やっぱりまだ地球で食べ慣れてない系統のモノには違和感がある。美味しいと分かっていても一瞬ちょっと考えてしまう。

「こっちの世界の食生活に慣れていかないとね……」

 ゆっくりと頑がん張ばろう。慣れておかないと、いつか本当に食べる物がなくなって困った時に本当に本当に困ったことになるかもしれないし。

 それからロックトータスの情報を調べたり、他の本なんかも一応確認したりした後、部屋から出て階段を下りた。

「なんだと! それは本当か!?」

 というところでカウンターの方から大きな声がした。

 見ると冒険者風の男がカウンターの中の受付嬢じように詰め寄っていた。

「落ち着いてください。これは事実です。先日、確かにアルッポのダンジョンは消しよう滅めつしました。このギルドでも確認済みです」

「そんな……」

 受付嬢が男をなだめる。

 なんだか聞き覚えのある単語が聞こえてきた気がするぞ。

「どうするんだよ、おい! 今から他探すって無理だぞ!」

「だから言っただろ! 遊んでないでもっと早く動こうって!」

 男のパーティのメンバーらしき人々が口々に文句を言う。

「クソッ! 誰だれだよアルッポのダンジョンをクリアしちまったヤツはよ!」

 はっはっは! それはゴラントンの剣けんというパーティですぞ! 文句があるなら彼らにどうぞ!

 それでは、僕は関係ないのでちょいっと失礼!

 というところでギルドの受付はまだ忙いそがしそうだし隣となりの酒場にあるカウンターに行く。

「アレ、どうしたんですか? あっ、葡萄酒で」

「銀貨一枚だ」

 騒さわいでいるパーティを親指で指し銀貨を出すと、マスターは葡萄酒をトクトク注ぎながら言った。

「あいつら近くの村の冒険者なんだがよ。冬の間は隣りん国ごくのアルッポのダンジョンで食いつなぐ予定だったらしいが、そのアルッポのダンジョンが誰かにクリアされちまったのを知らなかったらしくてよ。今から他の場所に行こうったって間に合わねぇだろ? つまり詰んだってやつだ」

 そう言ってマスターはククッと笑った。

「そうなんですね。ハハッ……」

 ……ん?

「すみません。その『詰んだ』って部分、もう少し詳くわしく教えてもらえますか?」

「あん? そりゃおめぇ、冬の間は仕事なんざ激減すんだからよ。アテがないならダンジョンにでも行かねぇと食ってけねぇだろうが」

「いや、いや……。ちょっと待ってくださいよ」

 なんだか少し嫌な予感がするぞ。落ち着いて考えよう。

 腕を組んで頭をひねる。

 冬場は仕事が激減する? ダンジョンにでも行かないと食えない? ちょっと待てよ……。

「あの、もしかして、この辺りってかなり寒くなるんですか?」

「当然だろ。冬なんだからよ」

「……もしかして、冬にはモンスターが冬とう眠みん──数が減ったりします?」

「当然だろ。冬なんだからよ」

 頭の中がグルグルと回転し、いくつかの情報や事象が思い浮うかんでくる。

 いや、確かに冬の間は人の動きも減って全ぜん般ぱん的に仕事は減るだろうとは頭の隅にあったけど、それでも冒険者という職業が成り立っている以上、まぁそれなりに冬でもなんとかなっているんだろう、ぐらいの軽い気持ちでしか考えてなかったぞ。

「……だったら冬場の冒険者ってどうやって生活してるんです?」

 思わずそう聞くと、マスターは『なに言ってんだこいつ』という顔をした。

「だからダンジョンに潜るんだろうが。つーかお前だって冒険者だろ。今までどうしてたんだよ」

「あー……まぁあまり寒くならない地域に住んでたもので」

 そう言うとマスターは「あぁ……外にはそういう地域もあるか」と呟つぶやいた。

 僕が冒険者になったのは今年からだし、こんな冒険者という職業がある地域に来たのも当然ながら今年からだから分からないモノは分からない。

「まぁ、冬になっても関係なく出てくるモンスターもいるからよ、それを狩ってもいい。それに冬には冬の仕事もある。少ねぇ仕事を地元の冒険者と奪うばい合いたいならそうすりゃいいさ。良い顔はされねぇだろうがよ」

 マスターはそう言って店の奥をチラリと見ながら顎あごをしゃくる。

 その先には数人の冒険者がいて、朝から酒を飲んでいた。恐らくこの町に昔から定住している冒険者なんだろう。

 整理しよう。まず、この地域では冬になると動物のように活動が鈍くなるモンスターがいる──もしくは冬眠してしまうモンスターがいる。だから冬場はモンスターが減って冒険者の実入りが減る。冬ならではの仕事もあるが、それは数が少ない。なのでこの地域では冬になる前にダンジョンがある別の町とかに移動する冒険者が多い。

 だからこの町に冒険者が少なかったのか……。

「冒険者が冬の間に避ひ難なんする場所でこれまで人気だったのはどこなんです?」

「そりゃアルッポだ。あそこはここから近いし冬でもダンジョン内はそこまで寒くならなかったらしくてよ。稼かせげたらしいぜ」

 もう、ないじゃん……。どうすんのコレ──って思いかけたけど、よく考えなくても今の僕はそこそこお金はあるんだし、この冬の間くらいなら別に働かなくてもいいわけで、特に焦あせる必要はないんだよね。他のランクの低い冒険者からしたら死活問題になる可能性はあるんだろうけどさ。

「それでもこの町で冬を越すってのも悪くはないと俺は思うぜ。なんせこの町は農業の町だからな、冬でも他の町より食料は豊富だぜ」

「なる、ほど……」

 あっ、そうだ。地球でも冷蔵庫とかビニールハウス栽さい培ばいとかが普ふ及きゆうするまで冬場は保存食が中心になっていたはず。となると、今から冬が進むにつれてどんどん保存が利かない食材が消えていき、最終的には保存食オンリーの食事に変わってしまうはず。それはこの町ならマシではあっても結局は同じだろう。

 いや、待てよ……。そうなるならアレを使って色々──

「まぁ移動するなら早めに決めた方がいいぜ。雪が積もったら乗合馬車もなくなるしな」

「えっ! なくなるんですか?」

「当然だろ。冬なんだからよ」

 ちょっと待てよ。一気に色々と考えなきゃいけないことが増えたぞ。

 顎に手を当て考える。

 まず、雪が積もるとこの町から出られなくなる。そうなると、この町で春の雪解けまで過ごすことになる。しかしこの町なら他の町よりは食料事情は良いと。

 もし、下手にこの町から移動して小さな村で立ち往生してしまったら大変なことになるかもしれない。小さな村だとよそ者の食料を一冬分まかなう余裕がない可能性もある。

 いや、それでもこの娯ご楽らくもなさそうな農業の町で冬を越すのは辛つらい気がする。いくらお金に余裕があるからって何十日も宿の中で食べて飲んで寝てだけの食っちゃ寝だけ生活だとオーク体型になりそうだし、暇すぎて流石におかしくなるぞ。

「この近くにもっと大きな町とか、冬の間にやることがありそうな町ってありませんか? あっ! 今から行ける範囲で」

 マスターは「今から行ける範囲ねぇ……」と少し考える素そ振ぶりを見せた後、言葉を続けた。

「それなら王都しかないだろうな。勧すすめはしねぇがよ」

「……と言いますと?」

「あそこは物がたけぇんだよ。どんなモノでもこっちの倍はする。普通にはやってけねぇぜ」

 都会の物価が高いのはどこも一緒なんだろうか。

 う~ん……よく考えると、こちらの世界に来てから『王都』と呼ばれる町には行ったことがないな。だからその辺りの事情も完全には理解しきれないところもあるけど……。

 よしっ! とにかく、今はここでゆっくり考えている時間はなさそうだし、とりあえず王都に向かうと決めて準備を進めよう!

 それからマスターから王都に関する情報をいくつか聞き出し、そのままギルドから飛び出した。

「まずは……」

 さっき出たばかりの宿屋に小走りで向かうと、宿の前の道を掃そう除じしていた少年を見付ける。

「ちょっといい?」

「あっ、お客さん、忘れ物?」

「いや、そうじゃないんだけど。この宿で出してる葡萄酒だけどさ、どこで買えるのか教えてもらえないかな?」

「そんなの教えたらウチが商売にならないじゃん!」

 ふむふむ、ごもっともな意見。

 懐ふところの中から銀貨をサッと取り出し、男の子の手にスッと握らせる。

「銀……。あ~、町の西の市場にある表通りから一本入った道の三番目の店に葡萄酒を買いに行ったお父さん、早く帰ってこないかなぁ~」

「ありがとう!」

 わざとらしい演技をする少年に軽く手を振り礼を言い、町の西側に急ぐ。

 昨日飲んだ葡萄酒が渋みも強いけどスッキリ飲めて肉に合いそうだったので、いくつかまとめて購こう入にゆうしておくつもりだ。

 未み舗ほ装そうの大通りを進んで町の西側に来ると、パラパラと舞い落ちる雪の中なのにポツポツと人通りが増えてきて食料品店が多くなってきた。

「今年最後の葉物だよ~、次は春まで出ないよ~、買っとくれ!」

 いくつかの店を通り過ぎたところでそんな声が耳に入ってきて立ち止まる。

「最後? あの、これで最後なんですか?」

「今年はもう雪が降ってきちまったからね。残ってる葉物も凍こおっちまうだろうから今日ので終わりだろうさ」

 僕の質問に食料品店の猫ねこ耳みみのおばちゃんはそう答えた。

 う~ん……。これは買っておくべきか?

 アルッポのダンジョンで得たアーティファクト『時止めの箱』があれば生モノでも半永久的に保存出来るはず。なので冬の間に生せい鮮せん食品が食べられなくなるなら今の内に時止めの箱で保存しておけば後々捗はかどるんじゃないかとさっき考えていたのだけど、問題は具体的にどの食材を保存しておくかだ。

 食料品店の中を見回してみると、これまでこの世界で見たことがある作物がいくつか並んでいた。

 玉ねぎっぽいオニール、ジャガイモっぽいポタト、人にん参じんっぽいキャロ。それにカブっぽい野菜に昨日買ったオラン。後は葉物がいくつか。

「この葉物ってどうやって使うんです?」

「クレ草かい? スープに入れてもいいし肉と合わせてもいいよ。それに臭くさみ消しにもなって解げ毒どく効果も少しあるから、ちょっとばかし日が経って臭においが気になる肉を食べる時は一緒に煮ればいいさ」

「いやいや、そんな腐くさった肉はちょっと……」

「なーに、それで腹を壊こわしたらこのクレ草をしゃぶればいいだけだよ」

「おぉう……」

 おばちゃんの勢いに押おされてクレ草を一袋購入。ついでにポタトとオランも一袋買っておく。それを背負袋につっこみながら裏道に入り、人目がない場所で魔法袋に移し替かえる。

 それから教えてもらった店を目指して進むと、宿の少年に聞いた通り三軒げん目めにそれらしき店を見付けた。

 外見は普通の民家っぽいけど入り口の上部に丸みのある瓶びんの絵が描かれたプレートがぶら下がっていて、それで辛かろうじてここが店だと分かる。醸じよう造ぞう所しよという感じでもなく、販はん売ばい所しよという感じでもない、問屋的な印象がある店だ。僕も紹しよう介かいされてなければ気付かなかったと思う。

 店の扉を開けて中に入る。

「すみません」

 土間の床。壁かべ際ぎわに積み上がっている樽たる。棚に並べられた黒っぽい色のガラス瓶と丸みのある形状の陶とう器き瓶。店の奥でなにやら作業をしている人々。

 やっぱり中を見てもお店という感じはまったくない。

 店の奥で作業していた男が一人、こちらに気付いて顔を上げる。

「ウチは量り売りやってないぜ」

 男は作業を続けながらそう言った。

「やってないんですか?」

「あぁ、この町じゃ馴な染じみの店に卸おろす分以外は全て輸出用だからな。人気なんだぜ、ここの葡萄酒はよ」

 エレムとかアルノルンなど大きな町では酒類を陶器の瓶で量り売りをする卸おろし問どん屋やみたいな店があったけど、この町では存在しないようだ。そして葡萄酒が有名すぎるせいか、町の中で消費するのではなく他の町とかに売られていくんだろう。

「じゃあ葡萄酒を買うにはどうすれば?」

「樽単位か、こっちの瓶入りでもいいぞ。高いがな」

 店の奥に進んで男の手元を見ると、ガラス瓶に紙で作られたラベルを貼はり付けていた。

 店の奥に目をやると、ガラス瓶のコルク栓せんの上から黄色いロウソクを垂らし、その上からスタンプのようなモノを押し当てている。

 見た感じ、少し形が不ふ揃ぞろいだったり歪ゆがみがあったりもするけど、地球で見たワインボトルと大きさや形状とかほとんど同じな気がするぞ。

「こっちのガラス瓶とあっちの陶器瓶の違いはなんです?」

「中身に違いはねぇよ。ただガラス瓶の方が金持ちにウケが良い」

 そう言った後に男は「で、買うのか? 買わねぇのか? どっちだい」と続けた。

「じゃあいくらなんです?」

「陶器瓶なら金貨一枚。ガラス瓶なら金貨で二枚だな」

「ちょっと高くないですか?」

 以前、エレムとかで似たような量の葡萄酒を買った時は瓶の代金抜きで銀貨三枚もしなかったはず。それに金額自体が高すぎるのもあるけど、ガラス瓶にしただけでそこから二倍になるのはちょっと高すぎるぞ。

「別に買わなくてもいいんだぜ。どうせここにあるモノはすぐに王都の商会が持っていくしな」

 男の声を聞きながら考える。

 やっぱり一いち見げん客だしふっかけられているのだろうか?

 ……いや、宿屋で飲んだ葡萄酒も他の町の倍はしてたし、人気があることは間違いないはず。実際、味も他とは違う感じがしたし。

 ……まぁ、お金はあるんだし、美味しいお酒に金貨の一枚ぐらい出してもいいよね? それぐらいの贅沢は問題ないっしょ!

 と、陶器瓶の葡萄酒を買おうとして、ふと、ガラス瓶の蓋ふたにかかった蠟ろうにスタンプされた紋もん様ようが気になった。意外と複雑な形状で、中央に犬……ではなく狼おおかみっぽい生物があしらわれている。

 いや、待てよ……。

「すみません。この瓶に付けてる狼の紋様ってなんです?」

「それはここの領主様の──サリオール家のお墨すみ付つきの印だ。おっと、真ま似ねしようなんて思うなよ? 勝手にこの紋様を使ったらコレだからな」

 そう言いながら男は自分の首にトントンと手刀を振り下ろすジェスチャーをする。

 なる、ほど……。なんとなく摑めてきたモノがある。

 考えてみたら当然だけど、ここの葡萄酒が人気だといっても他の場所に持っていった時にそれが本当にここの葡萄酒かを証明することは難しいはずなのだ。日本でもあったと思うけど、プレミアの付いた高級酒の瓶だけ入手して、中に別の酒を入れて販売する。そんな悪いことも可能だしね。そんな悪事をさせないようにここの葡萄酒に信用を与あたえ、罰ばつ則そくを作ってこの葡萄酒で詐さ欺ぎをするリスクも作る。あの蠟による封ふうとスタンプにはそういう意味があるのだろう。

 となると、仮にあの安い封がしてない陶器瓶の方で葡萄酒を買ったとしても、それを自分で飲んで楽しむ分にはなにも問題はないのだけど、誰かへの贈おくり物には使えないし価値も低いのだろう。信用がないからね。

 倍の値段にはその信用料分が乗っているんだ。

「ここの領主様は有能なんだろうな……」

「そりゃそうだぜ」

 男はそう言いながらニヤッと笑い、グッと親指を立てた。

 なんとなく、彼と心が通じ合った気がした。

 と、男が立ち上がって腕を組む。

「ところでだ……買うのか買わねぇのか、どっちなんだっての! こっちも暇じゃねぇんだぞ」

「すみません! 買います!」

 ということでガラス瓶の葡萄酒を買うことにした。

 現時点ではこの葡萄酒を誰かにプレゼントするような予定はないし、全て自分で飲むつもりなんだけど……なんとなく乾かん燥そうファンガスのことを思い出してしまった。そう、アルッポのダンジョンの中で乾燥ファンガスが高ランク冒険者への情報提供料になったことを。

 この世界には地球のような流通網もうはないし、遠くの珍めずらしい食品の希少度は想像出来ないぐらい高いのだ。この葡萄酒だって他の地域に持っていけばお金には換かえられないモノに化ける可能性は十分にある。


◆    ◆    ◆


 それから、いくつか小物を買い入れた後、乗合馬車の予定を聞くため西側の門に向かった。

 すると門の前にいつもの乗合馬車が停とまっていて、その横で男が声を張り上げていた。

「王都方面、コット村行き出るよ! 今年最後かもしれないよ!」

 は? そんな急に最後なんてある?

 慌あわてて男に駆け寄り質問する。

「本当にこれが今年最後なんですか?」

「それは分からんよ。今日の夜の積もり方と明日の天候次し第だいだね」

 それを聞いて少し考え、また質問する。

「そのコット村に着いても王都に向かう馬車がない可能性もあります?」

「そりゃあるだろうさ。あちらの天候次第だからね」

 う~ん……。最悪、コット村とやらで足止めされて立ち往生か……。

 まぁ、本当に乗合馬車がなくなってたらホーリーディメンション泊も覚かく悟ごで王都まで歩いてみてもいいかな。

「じゃあ、乗ります!」

「はいよ!」

 男に銀貨を渡し、乗合馬車に乗り込んだ。

 なんだかいきなり王都行きが決まってしまったけど、そんな日もあるよね。このままルバンニの町で冬を越すのはちょっと選択肢としてなさそうだし、チャンスがある時に即断即決で動かないといけない時もあるはずだ。特にこの世界では。

 そんなこんなで数時間、乗合馬車に揺ゆられた。

 馬車の中は商人風の男が二人と村人っぽい男だけ。いつものような冒険者っぽい人はいない。やっぱり冒険者は既にもっと前に移動し終わっているのだろう。

「着いたよ。コット村だ」

 馬車から外に出る。

 昨日の夜から降り続いていた雪は止やみ、雲の間からは太陽の光が漏もれていた。が、標高が上がったからなのか、少し寒くなった気がした。

 周囲を見渡すと、ルバンニの町と同じように畑が広がっていて、ここが農業の村だと分かる。

 反対に町の方を見ると、町の中心の方に人が集まっているのが見えた。

「なんだろ?」

「おや、なにも知らずに来たのかい?」

 振り返ると商人風の男がいた。

 僕が軽く頷うなずくと、男は両手を大きく広げながら言葉を続ける。

「今日は年に一度の収穫祭さ」

「あぁ、そうなんですね」

 よく見ると広場の中心には高く積み上げられた材木があり、その周囲にはテーブルなんかが並んでいて、キャンプファイヤーを囲みながら宴えん会かいをするような雰囲気が漂ただよっていた。

「これに合わせてルバンニで色々と仕入れてくると儲かって儲かって──ゲフンゲフンッ……まぁ、あんたも楽しんでいきなよ」

「これってよそ者でも参加して大丈夫なモノなんですか?」

「大丈夫大丈夫、今日は年に一度の祝いの日だからね」

 商人風の男はそれだけ言うと大きな荷物を背負って広場の方に消えていった。

「収穫祭だってさ」

「キュ?」

「食べ物がいっぱい穫とれたことを神様とかに感謝する日、かな」

 それは地球での話だけど、まぁこちらでも大きな違いはないんじゃないかな。

 そう考えつつ、あえて広場には向かわず、村の中を見物しながら宿屋を探し歩く。

 木製の家と家の間を抜け、石段を下りて曲がりくねった道を進み、村をぐるりと回っていく。

 見た感じ、この村は数百人程度の規模で、主要産業は農業という印象。ほとんどが民家で、店なんかは見えない。

 一通り村を探検した後、中央の広場に向かう。

 そこでは大勢の人々がお祭りの準備をしていて、テーブルを用意したり飾かざり付けをしたり忙しそうにしていた。

 そんな彼らがいる広場を囲むように店がいくつかあり、その中に宿屋の看板を見付けたので人々の間を通り抜けて宿屋に入り中のカウンターに進むと、後ろから「お客さんかい?」と声がした。

 どうやら店主も店の外で祭りの準備をしていたようだ。

「今日もやってます?」

「あぁ、だが今日はメシを作らねぇから祭りで適当につまんでくれ」

「わかりました」

 宿代は銀貨一枚でいいと言うのですぐに払い、木製のプレートを受け取る。

「しかしこの時期に王都に向かう冒険者とは珍しいな。やっぱりアレか? ギリギリまでフラフラしちまって王都に行くしかなくなったクチか?」

「フラフラ……。う~ん、まぁそんな感じですかね」

 別に遊んじゃってこうなったんじゃないけど、結果だけ見れば無計画にフラフラしちゃってギリギリになって焦っているのと同じ。なので曖あい昧まいに肯こう定ていしておいた。

「良くないぜ、良くない。確かに王都なら冬の間も仕事はあるが、冬の鉱山労働なんてロクなもんじゃねぇぞ。まぁ、今いま更さらどうしようもねぇが」

「鉱山、労働?」

「なんだ? 鉱山の採さい掘くつで食いつなぐために王都に行くんじゃねぇのか?」

「いえ、冬を越すなら栄えてる町の方がやることが多いかと思っただけなんですよ」

 僕がそう言うと宿屋の店主は少し驚いた顔で「そりゃあ変わってんな」と言った。

 そんなに変わってるかな? と思ったけど、大体の人は生きることに精せい一いつ杯ぱいなのかもしれない。

 店主との世間話を切り上げて部屋に向かう。そして二階の部屋に入るとしっかりとプレートで閂かんぬきをかけて呪じゆ文もんを詠えい唱しようする。

「それは新たなる世界。開け次元の扉《ホーリーディメンション》」

 部屋の壁に光の扉が現れ、その先に異空間が出現した。

「さて、と。荷物整理しないとな~っと《浄じよう化か》」

 全身に浄化をかけて毛皮の外套を脱ぬぎ、フードの中からシオンを取り出す。

「今日は豪ごう華か料理らしいよ!」

「キュ!」

 どうやらシオンも楽しみらしい。

 モフモフしながらシオンを地面に下ろし、次に魔法袋の中から買ってきたモノを取り出していく。そして壁際に置いてある時止めの箱を開け、中にオランなど生鮮食品を入れる──

「──っと、これも《浄化》っと」

 前に浄化をかけてキレイにしてから入れる。

 やっぱり浄化は生活必ひつ需じゆ魔法だ。これがない一般人がどんな生活をしているのかもう分からないぐらい頼たより切っている。

 次に葡萄酒のガラス瓶を取り出して部屋の奥に置いていく。

 数は六本。不自然でなく買えるギリギリの数がこれだった。出来ればもっと買っておきたかったけど、こればっかりは仕方がないよね。

「葡萄酒って保存する時は横にするんだっけ?」

「キュ?」

 シオンが『なんだそれ?』という顔でこちらを見る。

 どうやらシオンも知らないらしい。

 葡萄酒専用の棚か……いいねぇ雰囲気があって。いつか家具をこの中に設置したいと思ってたけど、家ナシの冒険者がそんなモノを買っていたら不自然で仕方ないので買えずにいる。流石にタンス背負って旅に出る冒険者なんているはずないし。

 いないよね?

 ……なんて考えながら魔法袋の中を探さぐっていく。

「えぇっと、他になにか……」

 と、思い出したので取り出してみる。

「って、使えるじゃん!」

 最近、まったく覚えられないので忘れかけてた魔法書を取り出してみるとしっかり手に反応が返ってきて、その魔法書を使えることが分かった。

 それはラージヒールの魔法書。確か前に洞どう窟くつ内の遺い跡せきで見付けたモノだ。

 なんだか若干、感動を覚えつつ魔法書を開いて読んでいく。すると本が燃え上がり頭の中にラージヒールの魔法が確かに残り、魔法が使えるようになった。

「ついに二番目の回復魔法か……」

 僕にとっては三個目の回復魔法だけど、光属性の回復魔法としては二番目のモノ。初級回復魔法と呼ばれているヒールから一つ上のこのラージヒールになったことでようやく一人前のヒーラーになれた気がする。ぶっちゃけヒールしか使えないのにヒーラーを名乗っていいのか迷うところはあったんだよね。これでようやく堂々とヒーラーを名乗れるかも。

「……ということは、もしかするとライトアローも使えるようになってたりして?」

 この村では確認出来ないので保留になるけど、王都に行ったら確認しよう。


◆    ◆    ◆


「皆みなの衆、今年も一年ご苦労じゃった。今年は例年より冬が早く、収穫量は少なめじゃったが……それでも大地の神アーシェス様のおかげで冬を越すのに十分な収穫を得た。そして無事、一年を過ごすことが出来たのは光の神テスレイティア様のおかげである。そのことを感謝しよう」

 ステージの上に立つ村長っぽい老人がそう話し、全員にジョッキを持つように促うながした。

「それでは、乾かん杯ぱい!」

「乾杯!」

「大地の神に」

「光の神に」

「豊ほう穣じように」

 村長の音おん頭どで皆が木製のジョッキを掲げ、それぞれがそれぞれに敬意を表し、ジョッキを傾ける。

 僕もなにかを言わなければいけない気がして、皆からワンテンポ遅おくれてボソリと「神に」と言いながら例の白い場所で見た神らしき存在を思い出した。

 でもよく考えると、あの神に感謝しなければいけないことはなにもない気がするわけで、ちょっと微び妙みようかもしれない。

 ぶっちゃけ、転生? 転移? する前の記き憶おくが曖昧で、もしかすると平和に暮らしていただけの僕をあの神が無理にこちらの世界に召しよう喚かんしたのかもしれない。その場合は感謝より罵ば倒とうを送りたいところだけど、実は地球での僕はテンプレ仕様のトラックに轢ひかれて既に死んでいて、あの神に第二の人生を生きるチャンスを与えてもらった可能性もあるわけで、簡単に判断出来ないところではある。

 と、本来の地球での僕が既に死んでいるかもしれない可能性を考えてしまい、体がブルっと震ふるえる。

 あまり考えないようにしていたことだけど、少しでも考えてしまうと頭に残ってしまう。そして地球にいる両親や兄や友人のこと、それに一緒にあの白い場所に来たけど別れてしまった彼らのことも考えてしまう。

「……」

 それを押し流すようにジョッキを傾け、一気に喉のどの奥に流し込んだ。

「くぅぅぅぅ!」

 キリッとした喉越しにスッキリした味わい。今まで飲んできたエールとは少し違う。

「よう兄ちゃん、いい飲みっぷりじゃねぇか! どうだい、この村のラガーは他とは違うだろ?」

「これがラガーなんですか?」

「あぁ、ラガーは造れる地域が限られてっからな! ここでしか飲めねぇぜ!」

 ラガーか、これは……僕もよく知っているビールに近い気がする。

 キンキンに冷えてないのはちょっと物足りない気もするけど、味の方向性は完全に地球のビールだ。

 って……言ってるそばから思い出すんだからしょうがないや。

「それでは火をつけるぞい」

 松たい明まつを持った村長が現れ、広場の中央にある材木にそれを投げ込んだ。

「火の神フレイドよ、聖なる炎で魔を祓はらいたまえ!」

 村長の言葉と同時に太たい鼓このような楽器がドンドコ打ち鳴らされ、それに合わせて数人の村人が踊おどる。

 リズムに合わせて手て拍びよう子しする人。ただただ飲み続ける人。歌い出す人。それぞれ思い思いに楽しんでいる。

 日が傾き、暗くなってきた空をキャンプファイヤーの炎が照らし、月明かりと混ざる。

「宴うたげの始まりじゃ!」

 村長の言葉で村の皆々がカップを天高く掲げた。

 僕も一緒にカップを天高く掲げ、ラガーを飲み干す。

「兄ちゃん、いい飲みっぷりだねぇ! もう一杯やってきな!」

「いただきます!」

 お姉さんに注いでもらったラガーをまた呷あおり、網あみで焼かれていた串くし焼やきに手を伸ばし、シオンも一緒に頰張る。

「いけるな!」

「キュ!」

 料理は全て素そ朴ぼくながらホッとする味で懐なつかしい気持ちになった。

 そうして収穫祭は夜よる遅おそくまで続いたのだった。