第六章 超古代文明の技術



 貴族たちとの話し合いを半ば無理やりに終えたシゲルたちは、オネイル山脈へと向かった。

 目的はもちろん、タケルの研究室へ行くためだ。

 アマテラス号の定期検査をしてもらうということもあるし、何よりもフィロメナがタケルの研究資料を見たがった。

 主に来たがったのはフィロメナだが、ほかの面々もタケルが残した物には興味がある。

 これまでの各国訪問の息抜きを兼ねて、満場一致で訪問が決まったのである。


 アマテラス号がドック(もどき?)に入ると、すぐに艦橋にエアリアルが姿を見せた。

「よく来たわね、シゲル」

「はい。お手数をお掛けしますが、船のチェックをお願いします」

「手間だなんてことは思っていないわよ。私が好きでやっているんだから」

 シゲルの言葉にそう答えたエアリアルは、その言葉を証明するかのように、操縦席へと座っていろいろといじり始めていた。

 その姿を見れば、言葉通りに好きでやっているのだということが分かる。

 これ以上は話ができる状態ではないと判断したシゲルは、皆を促してタケルの研究室に向かった。

 その途中、ラウラが神妙な顔つきになって言った。

「──話には聞いていましたが、実際に目の当たりにするととんでもないことだと実感しますね」

 そのラウラの言葉に、きっちりと付いてきていたビアンナとルーナが頷いていた。

 ラウラたちは、フィロメナから大精霊の威圧を話として聞いていたのだが、今回初めてその力を実感することができた。

 そのこと自体も驚きではあったが、それ以上にシゲルが何気なく大精霊と会話していたことが、あり得ないことだった。

 改めて、シゲルは精霊に関しては規格外なのだということを認識させられたのである。


 そんなことを考えていたラウラに、ミカエラがため息交じりに言った。

「もう、シゲルはそういう生き物だと思って対処するしかないわよ」

「いや、生き物って……。間違いじゃないけれど、もう少しこう、言い方ってものが……」

 間違っていないことだけに、シゲルとしても反論する言葉に勢いがなかった。

 ミカエラの「生き物」発言も、別にシゲルを排除するために言っているわけではないことは分かっているので、無理に訂正させるつもりもないのだ。

 フィロメナは、そんなシゲルを見て少しだけ笑う。

「まあまあ。シゲルに関しては、これから嫌でも慣れていくだろう。こんなことを言っているミカエラだって、ブツブツ言いながらも順応しているからな」

「……好きで慣れていったわけじゃないわよ」

 そう言いながら頰を赤くしてそっぽを向くミカエラを見たシゲルは、内心で「ツンデレ?」などと考えていた。

 勿論、そんなことを口にしようものなら、大反撃をらうことになるのが分かっているので、実際に言うことはなかった。

 ついでに、ツンデレという言葉が、この世界で通用するかどうかは不明である。


 そんな会話をしながら、シゲルたちはタケルの研究室へと入った。

 その部屋に入るなり、フィロメナが目を輝かせて資料を手に取り始めたのを見て、シゲルは微笑ほほえましく見守っていた。

 フィロメナの様子を見れば、本当に魔道具の研究が好きなのだということが分かる。

 ミカエラやマリーナも、以前来たときに目を付けていたのか、フィロメナと同じように資料に手を付け始めた。

 それらを見ていたラウラは、少し遅れて資料の一枚を手に取った。

「──日記を見た時に分かっていたのですが、本当に知らない文字で書かれていますね」

「まあ、自分たちの故郷の文字だからね。タケルはこっちの文字も書けたみたいだけれど、やっぱり慣れた文字で書いたほうが、思考がしやすかったんじゃないかな?」

「そうでしょうね」

 シゲルの説明に、ラウラは頷きながらそう答えた。

 そうして何枚かの資料をめくっていたラウラだったが、ふとしたところで手を止めた。

────あら? この資料はどこかで見たような気が……?」

 そう言って首を傾げているラウラに、フィロメナが反応した。

「何? どの資料だ?」

「これです」

 ラウラがそう言いながら差し出した資料を、フィロメナは受け取ってからすぐに目を通し始めた。

 資料を見ていたフィロメナは、何度か頷いてからそれをラウラへと返した。

「恐らくだが、それはアイテムボックスのことを書いてある資料だな。多分、作り方も書いてあるのではないか?」

「へー、どれどれ?」

 フィロメナの言葉に興味を覚えたシゲルが、ラウラの手に移っている資料をのぞき込んだ。

 その先に、シゲルが急接近してきたことにラウラが顔を赤くしていたが、残念なことに資料に目が行っていたシゲルが気付くことはなかった。

 そのラウラの様子に気付かないまま、シゲルは資料に目を通していた。

「たしかにそうみたいだね。ただ、完成品じゃなくて、研究途中のことが書かれているみたいだ」

 シゲルが見た限りでは、タケルは既存のアイテムボックスをより使いやすくするための研究をしていたようだった。

 具体的には、より小さな物に、より多くの物を詰め込めるようにできないかを検討している。

 残念ながらラウラが持っている資料では、上手くいったところまでは書かれている様子はない。

 シゲルの言葉に頷いたフィロメナは、

「なるほど。上手くは行っていないのか。……ところでシゲル。そろそろ離れてやったらどうだ? ラウラの息の根が止まりそうだぞ?」

「えっ?」

 フィロメナの言葉に驚いたシゲルは、慌ててラウラを見た。

 すると、いつからそうしていたのか、顔を赤くしながら息を止めているラウラと視線が合った。

 そこでようやく状況に気付いたシゲルは、パッとその場から一歩身を引いた。

「いや、ゴメン。まったく気付かなかった。近すぎたよね」

「い、いえ。その、別に嫌ではありませんでしたから……」

 小さな声ながらもそうはっきりと主張して来たラウラに、シゲルとしては「そう」と答えることしかできなかった。

 そのやり取りを見ていた外野の者たちは、生暖かい視線を二人に向けるのであった。


    ◇◇◇


 タケルの研究室──『作業部屋』には、日本語で書かれた資料しか置かれていなかったため、フィロメナは描かれている絵などをもとに調査を行っていた。

 ほかの者たちは、残されている道具などについて、いろいろと調べたりしている。

 そんな中、シゲルはラグとシロを伴って、アマテラス号が泊まっているドックへと来ていた。

 別にエアリアルに会いに来たわけではなく、こちらにも何かないかと考えて調査をしに来たのだ。

 そもそもアマテラス号が入っているだけあって、ドックの広さはかなりある。

 以前来たときはそこまで詳しく調べられなかったので、こちらの調査も大事だと考えたのである。

 そして、シゲルが一時間ほどドック内をウロウロしていると、マリーナがラウラ一行を連れてやって来た。

 ちなみに、ラウラ一行というのは、ビアンナとルーナを含めた三人のことだ。

 アマテラス号が入ってきたときに一度見ているはずだが、ラウラたちは興味深げに辺りを見回していた。

 そんな彼女たちを横目に見ながら、マリーナがシゲルに聞いて来た。

「どう? 何か見つけられたのかしら?」

「まあね」

 シゲルがそう答えると、ラウラたちもシゲルに注目して来た。

 それに気付いたシゲルは、とある方向を指しながらさらに続けて言った。

「当然といえば当然だけれど、あっちの方に、船を整備するための道具が置かれた部屋があったよ。それから、恐らく作業員が待機するための部屋とか」

「ああ、なるほどね」

 今はメンテナンスをエアリアルが行っているが、タケルが生存していた当時はきちんと人の手で行っていたはずである。

 その者たちが作業を行うための環境が、ドックに整っているのは当たり前のことだ。

 マリーナは、シゲルの説明を聞いて何度かうなずいてから聞いた。

「それで? その部屋にはなにがあったの?」

「いや、さすがにそこまでは調べ切れていないよ。部屋数だけでもかなりあるから」

「あら。そんなにあるのね」

 シゲルが指していた方角は、タケルの作業部屋とつながっている通路とは真逆の場所にある。

 以前のシゲルたちは、扉の存在には気付いていたが、その奥までは調査していなかったのである。


 シゲルは、マリーナの言葉に同意しながら続けて言った。

「うん。だから、みんなを呼びに行って調べてもらおうかと思ってね」

 一人で調べるには限界があるので、頭数で解決しようとしてここまで戻ってきたのだ。

「そういうことならミカエラも呼びに行きましょう。……フィーはくるかどうか分からないけれど」

 現在のフィロメナは、タケルが残した資料にくぎ付けになっている。

 下手をすれば、呼びかけても生返事しか返ってこないような状態なのだ。

 すでに何度かその状態のフィロメナを見たことがあるシゲルは、笑いながら答えた。

「まあ、それならそれで、ミカエラを呼びに行くだけで良いんじゃないかな?」

「それもそうね。じゃあ、私が呼んでくるから、シゲルたちはそのまま調査を続けていて」

「分かった。それじゃあ、お願いね」

 シゲルがそう言うと、マリーナは任せてと言って右手を上げながら再び作業部屋へと戻った。


 そして、アマテラス号を回り込むように反対側に移動をしたシゲルは、金属製の扉を示しながら言った。

「あの奥に部屋があるんだよ」

「そうですか。……かなり重そうな扉ですね」

「やっぱりそう思うよね? ところがどっこい──」

 シゲルがそう言いながらドアノブに手を掛けてひょいと押すと、ほとんど重みを感じさせない動きで扉が開いた。

「あまり重く感じないんだよね。これも特殊な素材でできているのだと思う」

 シゲルがそう言うと、ラウラは少しだけ驚いたような表情をしてから興味深そうに扉を見た。

 シゲルに場所を替わってもらい、自分でも簡単に動かすことができることを確認し始めた。

 何度か扉を押し引きしていたラウラは、非力な自分でも簡単に動かせると分かって、感心した顔になっていた。

「本当にあまり重さを感じませんね。扉の素材自体がそうなのか、そうなるように作られているのか……どちらでしょうか」

 中々鋭いことを言うラウラに、シゲルは一度だけ頷きながら返した。

「自分としてはどちらも……と言いたいところだけれど、特に変わった仕掛けがあるようには思えないんだよね」

 扉の上下を見ながらシゲルがそう言ったが、ラウラは少しだけ微妙な顔になった。

「あの……魔法がかけられている可能性は考慮されていますか?」

「あ……」

 ラウラの指摘に、シゲルはばつが悪そうな顔になった。

 これだけ魔法に囲まれた生活を送っているのに、シゲルは未だに根本的なところでは以前の世界での思考から抜けきれていないのだ。

 気まずそうな顔になっているシゲルに、ラウラは慌てて手を振った。

「いえ、わたくしも確信があって言っているわけではありませんから。もしかしたらそういうこともあるかも知れないと考えただけで……」

「あー、うん。フォローあり難う。でも、本当は真っ先に疑わなければならないことだからね。今回は自分が悪いよ」

 ラウラのフォローをあり難く思いつつ、シゲルは苦笑しながらそう答えた。

「まあ、いいや。とりあえず、この先に部屋がたくさんあるからそれを調べて行こうか」

「はい」

 シゲルの言葉に素直に頷いたラウラは、ビアンナとルーナを連れて一つの部屋へと入った。

 それを見ていたシゲルも、同じように別の部屋へと入ったのである。


 マリーナはすぐにミカエラを連れて戻ってきた。

 シゲルにとって意外だったのは、フィロメナが一緒に付いて来ていたことだ。

「あれ? フィロメナも来たんだ」

「うむ。タケルが残した資料は興味深いが、こちらには私が読める物があるかも知れないからな」

「ああ、なるほど」

 フィロメナの答えに納得したシゲルは、そう答えながら頷いた。

 シゲルもまだそういった資料は見つけていないが、たしかにタケルの作業部屋にこもっているよりは研究が進むかもと考えてもおかしくはない。

 廊下から見えるいくつかの扉を見ながらシゲルはフィロメナたちに言った。

「それじゃあ、それぞれの部屋を見てみればいいよ。とりあえず、今自分が見ている部屋には、そんな資料はなさそうだけれどね」

「うむ。そうだな」

 フィロメナがそう答えたのを皮切りにして、ミカエラとマリーナもそれぞれの扉に向かって動き始めた。

 そして、今度こそ全員でのドック内の調査が始まった。

 シゲルの見ていた部屋はほとんど生活感がない場所だったが、ほかの部屋はそうでもなかったようだ。

 ある程度自分が見ていた部屋の調査を終えたシゲルが、ラウラたちがいる部屋に入ると、そろってなにやら本を読んでいた。

 シゲルが声を掛けるまえに周囲を見回すと、部屋の持ち主が読書家だったのか、壁際に本棚があり多めの本が収まっているのが分かった。


「何か興味深い本でも見つけた?」

 ラウラたちはすぐに部屋から出られるように、扉を開けながら部屋を調査していたため、シゲルが入って来たことに気付いていなかった。

 そのためラウラは、シゲルがいきなり声を掛けてきたことに驚いた。

 ルーナだけは本に目を通しながら気配を感じていたのか、特に驚いた様子は見せていない。

 驚きでバクバクいっている心臓の辺りに手を当てながら、ラウラが本からシゲルへと視線を向けて答えた。

「ええ。こちらの本は、わたくしたちでも読める古語で書かれています。……本当に古い書き方のようですが」

「へー、そうなんだ」

 滅びた文明の文字が読めるなんてことがあるのかと、少しだけ不思議に思ったシゲルだったが、実際に読めているようなのでうそだと言っても仕方ない。

 どういうことなのかと思いつつも、シゲルは本棚に挿されていた別の本を取り出してみた。

────読めない」

 残念ながらシゲルには、その本を読むことはできなかった。

 古語で書かれているというのは本当のようで、言い回しが難しすぎて理解することができないのだ。

 日本で言えば、古語の知識もなしに源氏物語の写本に目を通している感じだ。

 早々に読むことをあきらめたシゲルは、ラウラを見ながら聞いた。

「ここにある本は、どんなことが書かれているの?」

「一部技術書のような物がありますが、ほとんどが物語などの創作物のようです。面白くて、つい読みふけってしまいました」

「いや、別に面白いんだったらそれで良いんじゃないかな? ……フィロメナだって、自分が楽しくてやっているんだし」

 興味の赴くままに目を輝かせているフィロメナを思い出しながら、シゲルはそう言った。

 同じようなことをラウラも想像したのか、クスリと笑っている。


 ちなみに、ラウラの部屋を出たシゲルが、フィロメナが調査していた部屋に向かうと、そこで想像通りの姿をしているのを見つけたが、彼女の名誉(?)のために誰かに言うことはなかった。

 シゲルに見つかったフィロメナが、真っ赤な顔をしながら口止めをしてきたのを見ることができただけで十分だったのである。


    ◇◇◇


 ドック内にある部屋を一通り見たシゲルは、自分ではあまり役に立てなそうだと判断して、メンテナンス中のアマテラス号へと入った。

 アマテラス号の船長室には、日記を始めとしてタケルが日本語で書いた物が多数あるのだ。

 読めない本を眺めているよりも、それらをチェックしていたほうが、まだ役に立てると考えたのである。

 タケルの日記には、アマテラス号を利用して世界中を移動している様子が書かれている。

 その中でもシゲルにとって興味深かったのが、タケルと精霊の関係である。

 残念ながら出会いの詳細については書かれていなかったが、エアリアルが成長していく姿がたびたび描かれている。

 それこそラグやリグのように、姿が大きく変わったと書かれている箇所があった。

 その成長スピードは、ラグたちのように速くはないようだが、それでも精霊が成長しているという点ではシゲルと変わらない。

 タケルの場合は、精霊使いとしてよりも、刀を使える冒険者として最初に名をせていたようで、魔道具職人には金を稼げるようになってから手を出している。

 それは単純に、生活していく上で、冒険者になったほうが稼ぎやすかったためだ。

 ついでに、魔道具職人になるにはどうしても素材購入などの初期資金が必要になるため、異世界に来たばかりの頃は目指せなかったらしい。

 もっとも、剣道をやっていたタケルは、苦労しながらも冒険者として稼ぎを出せるようになり、そこからアマテラス号を作れるほどの職人になったようだ。


 タケルの人生は置いておくとして、シゲルが注目しているのは、渡り人、特に地球出身者と精霊の関係だ。

 思えば、シゲルと同じ地球出身であるアビーの場合も水の精霊であるディーネ(現・水の大精霊)が成長していく姿を日記に書いていた。

「こちらの世界では、契約精霊が成長する認識はなかったのに、この差はなんだろう?」

 シゲルがそうつぶやくと、護衛をしていたリグが応えた。

「単に、精霊が成長すると知らなかっただけじゃない? 精霊は、生まれた時からずっと同じ格のままだと思っているとか」

「うーん。そうかも知れないけれどね」

 精霊が成長するところを目の当たりにしなければ、人は精霊が育つなんてことは考えないかもしれない。

 しかもアビーやタケルが存在していた文明は一度滅びていて技術や知識も失われているのだから、精霊の成長のことを知らなくても不思議ではないかもしれない。

 ただ、それはそれとして、シゲルが気になっているのは、精霊の成長に対する世界の認識についてだけではない。

「それに、なぜあの世界地球の人間に精霊がつくのかも不思議だよね」

 アマテラス号を使って世界中を旅していたタケルは、当人以外の数人の渡り人と会っていた。

 だが、元地球人のアビーを除けば、精霊使いになっていた渡り人は一人もいなかったらしい。

 これが偶然なのか必然なのかは確認できている人が少なすぎて分からないが、少なくとも今のところ地球人(?)に精霊が必ずついていることは確実である。

 地球では精霊はとぎばなしの存在なので、なぜそうなっているのかがシゲルにはさっぱり分からないのだ。


 さすがにシゲルのその疑問に対するリグの答えはなかった。

 その代わりに、シゲルの背後からこれまでいなかったはずの存在の声が聞こえてきた。

「あの人もそのことを疑問に思っていたけれど、そんなに不思議かしら?」

 その声にシゲルが後ろを振り向くと、そこにはエアリアルがいつの間にか立っていた。

 そして、それを見たリグがうれしそうな顔をしてエアリアルの下に近寄って行く。

 それを笑顔で迎えたエアリアルは、近寄ってきたリグの頭をでていた。

 その微笑ほほえましい光景にシゲルは少しだけ和んでいたが、折角の機会だからと会話を続けることにした。

「それはまあね。全ての人がそうだったとは言わないけれど、少なくとも自分の周りでは精霊なんていないと言われていた世界だったから。不思議に思わない人のほうが少ないんじゃないかな?」

「そんなものかしらね。それはともかく、あまり考えすぎても仕方ないと思うわよ?」

「そうなの?」

「ええ。だって、私たちにだって、理由なんて分からないのだから」

 あっさりと告げられたその言葉に、シゲルは内心で落胆のため息をついていた。

 もしかして大精霊であれば、答えを持っているのではないかと考えていたのだ。

 その気持ちを表には出していないつもりのシゲルだったが、エアリアルはしっかりと見抜いたのか、少しだけ笑いながらさらに続けた。

「私たちだって、全てを知っているわけではないわよ。たとえば、なぜ貴方あなたたちのような渡り人なんて存在がいるかなんてことも、ね」

 そのエアリアルの言葉に、シゲルはドキリとした。

 それはまさしく、シゲルが不思議に思っていたことの一つだったからだ。

「あー、やっぱり分からない?」

「分からないわよ。そんなもの、なぜ自分たちがこの世に存在しているのかと聞かれるのと同じような問いかけよ?」

 哲学的な問いに近いと返されたシゲルは、諦めのため息をついた。

 大精霊というこの世界では神に近いような存在が、その答えを知らないというのだ。

 少なくとも今すぐその答えを得ることができないというのは、残念なことだった。

 だが、そんなシゲルの顔を見て、エアリアルはクスリと笑った。

「それでもやっぱり貴方もその答えを求めるのね?」

「あー、うん。最終的に答えが得られなくても、何か目標があったほうが良いから」

 シゲルがそう答えると、エアリアルは一瞬驚いたような顔をして、満面の笑みを浮かべた。

「やっぱり貴方もそう答えるのね。タケルと同じ。それとも貴方たちの世界では、そう考えるのが普通なのかしら?」

「いや、どうだろう? そんなことはないと思うけれど……?」

 多少自信なげにそう答えたシゲルに、エアリアルは「まあ、いいわ」と返した。

 エアリアルがもう一度リグの頭を撫でると、リグは猫のように目を細めた。

「答えのない問いを追い求めることは止めない。でも、それを求めすぎないようにね。……まあ、貴方の場合は大丈夫そうだけれど」

 多少揶揄からかうような口調で言ってきたエアリアルを見て、シゲルは彼女が何を言いたいのかをきちんと理解していた。

「たしかに。約一名は、ぶん殴ってでも止めてくれそうだよ」

 シゲルの答えを聞いたエアリアルは、クスクスと笑い出した。

 ひとしきり笑ってからそれを収めたエアリアルは、改めてシゲルを見ながら言った。

「とにかく、貴方の持つ『精霊の宿屋』それを成長させたいのであれば、ほかの大精霊に会ってみることをお勧めするわ。……私たちのような対応をするかは分からないけれど、よほどのことをしない限りは、いきなり命を奪われるようなことはないはずよ」

 少しだけ悪ふざけするような表情で言ってきたエアリアルに、シゲルは苦笑してから応じた。

「いや、はずっていうのが怖いのだけれど?」

「あら。仕方ないじゃない。いくら同胞といっても、何を考えているかなんて、見抜けるわけじゃないもの」

 そんなことを言い残して、エアリアルは現れた時と同じように、唐突にその場から姿を消した。

 それを残念そうに見送ったリグを見て、シゲルはまたほっこりとした気分になるのであった。


    ◇◇◇


 エアリアルとの会話を終えたシゲルは、しばらくの間アマテラス号の艦橋の中でタケルの遺した資料を見ていた。

 すると、そこにマリーナが一人でやってきた。

「あれ? なにかあった?」

 声をかけてくるでもなく、黙っていたマリーナに気付いたシゲルがそう聞くと、マリーナは首を左右に振った。

「いいえ。あそこには、私が役に立てそうな資料はなかったから。折角だから、シゲルと一緒にいようと思ってね」

 そう言って微笑みを浮かべたマリーナを見て、シゲルは思わずドキリとしてしまった。

 聖職者に対して感じる感想ではないと分かっていても、マリーナがそういう仕草をした時に、ようえんという言葉を思い浮かべるのは、シゲルだけではないはずだ。

 その気持ちを誤魔化すように、シゲルは少しだけ慌てながら答えた。

「そ、そう。それなら良いんだけれど……こっちには、そもそも読めるものが無いんじゃない?」

 アマテラス号に残されている資料は、そのほとんどが日本語で書かれている。

 一応、読み書きの訓練をしているマリーナだが、未だ自在に扱えるようにはなっていない。

 そんなことを聞いたシゲルに、マリーナは少しだけ不満げな表情になった。

「あら。たまには二人だけで一緒にいたいと思ったのだけれど、駄目だった?」

「あ、いえ。そんなことはないです。ハイ」

 珍しく甘えるようなことを言ってきたマリーナに、シゲルとしてはそう返すことしかできないのであった。


    ◇◇◇


 しばらくの間、シゲルがタケルの資料を読みマリーナが写本を行っていると、探索に出していたノーラが戻ってきた。

 そのことに最初に気付いたのは、慣れない文字を書いて少し休憩を取ろうと顔を上げたマリーナだった。

「あら、シゲル。精霊が戻って来たわよ?」

「……うん? ああ、ほんとだ。ノーラ、ご苦労様」

 シゲルがノーラにそう声を掛けると、ノーラは嬉しそうにその場でくるりと回った。

 言葉を話せない精霊は、こうして身振りで感情を示すことが多い。

 シゲルがノーラをねぎらい『精霊の宿屋』に戻って休んでいてと言ったが、何故なぜかノーラはすぐには戻らなかった。

「あれ? どうしたの? なにかあった?」

 いつもなら喜んで『精霊の宿屋』に戻って行くのだが、ノーラは何か言いたげにその場にとどまっていた。

 シゲルが首を傾げながら聞いたが、何やら手をパタパタさせていて、残念ながら何を言いたいのか理解できなかった。

 今この場にいるのは言葉を話せないシロなので、ノーラが何を言いたいのかもさっぱり分からない。

 言葉の話せるラグとリグは、ノーラと同じように探索に出ているので、すぐに確認することも不可能だ。

 さてどうするかと悩むシゲルだったが、ここでシロが動いた。

 シゲルのそばで寝そべっていたが、むくりと起き上がってノーラを鼻先でつついたのだ。

 それだけでシロが何を言いたいのか分かったのか、ノーラは少し慌てた様子で服の中から何かを取り出して、シゲルに差し出すような仕草をした。

「うん? その石がどうかした?」

 ノーラが取り出した石を見て、シゲルは首を傾げながらそう聞いた。


 何かを取り出す仕草をしたノーラの腕の中には、ちょうどシゲルの握りこぶしくらいの大きさの石があった。

 ノーラの大きさだとシゲルの握りこぶしは、一抱え以上の大きさになる。

 頑張って抱えているようにしか見えないノーラの姿を見て、シゲルは慌ててその石を受け取った。

「何かしらね?」

 傍でそのやり取りを見ていたマリーナも、シゲルの手にある石をのぞき込んでそう聞いていた。

「うーん。良く分からないけれど、わざわざほかの採取物とは別に渡してくるってことは、何かあると思うんだけれどね?」

 普段、精霊たちが採取してきた物は、アイテムボックスのような精霊専用のアイテム入れに入っている。

 ただし、珍しい物を見付けてきた時はこうして別個で差し出してくることがある。

 この場合の珍しい物というのは、探し辛い場所にあったり量自体が少ないような物のことを指している。

 これまで見つけてきた珍しい物と言えば、滅多に入手できない植物がほとんどだった。

 今回のように鉱石を差し出されたのは、初めてのことだ。

 この辺りは、精霊たちそれぞれの属性が関係していそうだが、今のところはっきりしたことは分かっていない。


 ノーラが出した石を手の上でコロコロと転がしていたシゲルだったが、そんなことをやっていてもその石がなんであるかなんてことは分かるはずもない。

 そこでシゲルは、興味深げに見ているマリーナに差し出した。

「調べてみる?」

「……良いのかしら?」

「うん。『精霊の宿屋』で取り込んでも名前は分かると思うけれど、それが実際に何に使われる物なのかまでは分からないからね」

『精霊の宿屋』は、精霊たちが採取してきた物は、きちんと名前で表示される。

 ところがその名前は、時として一般で知られているものとは違う名前で表示されることがあるのだ。

 シゲルは、その違いを通称と学名の違いのようなものだと考えていた。

 ノーラがわざわざ差し出してくるということは、珍しい物であることには間違いないはずだ。

 それならば、最初からマリーナやフィロメナに調べてもらったほうが良い──というところまで考えたシゲルだったが、ふと思い出したようにノーラに聞いた。

「ところで、この石は、これしか見つからなかったの?」

 シゲルがそう聞くと、ノーラは首を左右に振った。

「あら。ということは、その場所にはある程度の量はあるけれど、ほかの場所には滅多にないってことかな?」

 シゲルがそう問いかけると、ノーラは何やら微妙な表情になった。

 その顔を見れば、間違っていないが、正しいというわけではないということが分かる。

 これまで言葉を話せなかったラグたちを見てきているので、それくらいのことは理解できるようになっているのだ。

 とにかく、この石がなんであるのか、一度きちんと調べてみないことには話が進まない。

 そう考えたシゲルは、未だに手の上で石をコロコロさせているマリーナに聞いた。

「何か分かった?」

「いいえ。残念ながら。ちゃんとフィーに調べてもらったほうが良いわ」

 こういった素材になり得る物に関しては、フィロメナが誰よりも詳しい。

 そのことはシゲルも分かっているので、うなずきながらフィロメナがいるところに行こうかと提案するのであった。


    ◇◇◇


 作業員の部屋(?)で資料を読んでいたフィロメナは、突然シゲルとマリーナが入ってきたことに気付いて、戸惑ったような表情を向けた。

「なんだ? 何かあったのか?」

 二人の真剣な表情に、フィロメナが少しだけ首を傾げてそう聞いてきた。

「何かあるのかどうかは、フィロメナの答え次第、かな?」

 シゲルがそう言ってきたことで、フィロメナはますます意味が分からないという顔になった。

 そこで今度はマリーナが、フィロメナに向かって例の石を差し出した。

「これがなんの鉱石か分かるかしら? ノーラが見つけてきたみたいなんだけれど──あら?」

 マリーナの言葉に、一緒について来ていたノーラがシゲルの前で何かを知らせるように、上下に移動している。

 シゲルは、ノーラが何かを知らせようとしていることは分かったが、その細かい意味までは分からなかった。

「うーん。何かを教えてくれようとしているのは分かるんだけれど……」

 シゲルがそう言うと、ノーラは困ったような顔でその場で止まった。

 ついでに、当然のように付いて来ているシロも、クーンと寂しがっているような鳴き声を上げていた。

 シゲルとノーラのやり取りを見ていたフィロメナは、どれと言いながらマリーナが差し出していた石を手に取った。

「とにかく、この石がなんであるかを調べれば、何か分かるのでは……って、ちょっと待て!」

 フィロメナは、石を受け取って手の上で転がしていたが、すぐに顔色を変えてノーラとシゲルを交互に見た。

「これはどこで見つけて来たんだ!?

「あ、やっぱり珍しい物なんだ」

「いや、珍しい物と言えば珍しいが、珍しくないと言えば珍しくないな」

「なんだそりゃ」

 フィロメナの微妙な言い回しに、シゲルは力の抜けたような返答をした。

 その言葉の意味が分からなかったのはマリーナも同じだったようで、少し首を傾げた。

「私は初めて見たと思うのだけれど、珍しい物じゃないの?」

 冒険者をやっていれば、鉱石についてもある程度の知識はある。

 露出している珍しい鉱床などを見つければ、それが収入につながるのだから当然のことなのだ。

「ああ、それは仕方ない。私も鉱石の段階で現物を見るのは初めてだからな」

 フィロメナは一度そこで言葉を区切ってから、何やら部屋の壁を指した。

「これは、この部屋の壁にも使われている建材だ。正確には、これを加工すれば、この壁のように使うことができる」

 フィロメナのその言葉に、シゲルとマリーナは、思わずほうけたように壁や天井を見た。

 これまで見てきた遺跡の建物には、特殊な建材が使われているということは聞いていた。

 まさかその建材の材料となる物をノーラが見つけてきたのかと、シゲルは思わずまじまじと見つめてしまった。

 だが、そのノーラは、相変わらず何かを言いたげにシゲルを見ている。


 そのノーラを見ていたフィロメナは、少しだけ考えるような表情になってから続けて言った。

「ふむ。これは予想なんだが、もしかしたら、これはノーラが見つけて来た物ではなく、自身で作った物なんじゃないか?」

「え」

 フィロメナの予想に、シゲルは目を丸くしてノーラを見た。

 そしてノーラは、フィロメナの言葉を聞いて、うれしそうに上下に動き始めた。

 その動きに驚くシゲルに対して、フィロメナは納得の顔で頷いた。

「やはりか。この石は自然界には存在せず、何かの加工を施していると言われているからな」

「……疑問が解けたのは良いけれど、フィーは少し落ち着きすぎじゃないかしら?」

 ジト目になってそう言ってきたマリーナに、フィロメナは肩をすくめてみせた。

「そうか? だが、シゲルの精霊がやったことだぞ?」

 あっさりとフィロメナがそう返すと、マリーナは少しだけ目を丸くしてから「ああ」と肩の力を抜いた。

 ポーションを作り出すことができる精霊がいるのだから、建材になり得る素材を作り出してもおかしくはない。

 マリーナは、フィロメナがそう言いたいことを理解して、納得したのだ。


 フィロメナの言葉に、ノーラは嬉しそうな顔で何度も頷いている。

 それを確認したシゲルは、慌てて『精霊の宿屋』を確認してみた。

 とはいえ、今の『精霊の宿屋』は、最初の頃に比べて膨大な量のアイテムが登録されているので、どれがそれにあたるのかが分からない。

 一応、鉱石や鉱物にあたる欄を見ているのだが、シゲルにはさっぱり分からなかった。

 そのシゲルが、フィロメナにどんな名前なのかを聞こうとしたその時、嬉しそうにふわふわ浮いていたノーラが、とある箇所を指した。

「これが、その石の名前?」

 シゲルがそう問いかけると、ノーラは何度かコクコクと頷いた。

 どうやら間違いないようだと理解したシゲルは、今度はフィロメナを見ながら聞いた。

「リート石って名前みたいだけれど、合っている?」

「ああ、間違いないな。きちんとそう呼ばれているぞ」

 そう言いながらフィロメナが頷くのを見て、シゲルはそうなんだとつぶやいた。

 精霊たちが採取してきた物──というよりも、『精霊の宿屋』に登録されている物の名前と現実世界(?)で呼ばれている名前は、違っていたりすることが良くある。

 そのため、時折話に行き違いがあるのだが、今回はそれに当てはまらなかったようだ。


 そのまま『精霊の宿屋』のチェックを続けているシゲルを見ながら、フィロメナがワクワクしたような顔になった。

「な、なあ、シゲル」

「んー?」

「もしかしなくても、これはたくさん用意できるのか?」

 その問いに、シゲルは『精霊の宿屋』から視線を上げてから、ようやくフィロメナの状態に気が付いた。

 その顔は、どうみても新しいおもちゃを手に入れて喜んでいる子供のようにしか見えなかった。

 フィロメナが何を期待しているのかを理解した上で、シゲルは苦笑しながらノーラを見た。

 手元にあるリート石(付与済み)を作ったのはノーラなので、聞いてみないと分からない。

 シゲルとフィロメナの会話をしっかりと聞いていたのか、ノーラは先ほどと同じように何度か上下に首を振った。

「あ、そうなんだ。それじゃあ、それはこっちで作れるのかな? それともこれの中だけ?」

 これと『精霊の宿屋』を指しながら聞いたシゲルに、ノーラは一度困ったような表情を浮かべてから、なにやら一生懸命に身振りを交えながら説明を始めた。

 だが、残念ながらシゲルにはノーラが何を言いたいのかがさっぱり分からなかった。

 分かったのは、何やら複雑な事情があるということだけだ。

 いつたんノーラからその事情を聴くのをあきらめたシゲルは、フィロメナを見て言った。

「ごめん。なんか事情があるみたいだけれど、今理解するのは無理そうだ」

「今? 後からなら分かるのか?」

「多分? ラグかリグが戻ってきたら通訳してもらえると思うよ」

「あ。そう言えばそうだったな」

 リート石のことで頭が一杯になっていて、すっかりそのことを忘れていたフィロメナは、力が抜けたような顔になった。

 どうしてもノーラから話を聞かないと、と思い込んでしまっていた。

 ほかの精霊から話を聞けるとさえ分かれば、そこまで慌てる必要はないと理解して落ち着くことができたのだ。


 フィロメナの様子を見て苦笑したシゲルは、念のためラグとリグの状況を教えておくことにした。

「何か特別なことでもない限りは、結構長時間戻ってこないと思うから、フィロメナも中断した作業をやり直したほうが良いんじゃないかな?」

「むう。仕方ない。しばらく待つか」

 一瞬不満そうな顔になったフィロメナだったが、無理を言っても仕方ないと判断したのか、素直に読みかけていた途中の資料を手に取った。

 元々この場所にはあと数日滞在する予定だったので、焦っても仕方ないと思い直したのだ。

 そんなフィロメナを見て少しでも早めてあげるかと考えたシゲルは、今度はノーラを見て言った。

「悪いんだけれど、ラグかリグを捜して来てくれるかな? もし範囲外にいるようだったら無理はしなくて良いからね」

 シゲルがそう言うと、ノーラはコクコクと頷いて今いる部屋から出て行った。

 精霊が探索できる範囲は、ランクによって変わってくるので、上位ランクのラグやリグはノーラでは捜せない範囲にいるかも知れない。

 それはそれで仕方ないので、フィロメナには諦めてもらうしかない。

 今も護衛についているシロであれば、同じランクなので捜してくることは可能だろうが、シロがそれを嫌がりそうなのでやめておいた。

 別にシロが探索を嫌がるという意味ではなく、ランクが高い初期精霊のうち最低でも一体をシゲルの護衛につけておかないと不満げな顔をするのだ。

 それはシロだけではなく、ラグやリグも同じだ。

 そんなことで不満がたまって見限られるのも嫌なので、シゲルはできる限り初期精霊のうち一体は必ず護衛として残すようにしているのである。


 そして、ノーラを送り出したシゲルは、再び『精霊の宿屋』のチェックをすることにした。

 新しいアイテムが増えたので、できることも同じように増えたのではないかと考えたのだ。

 すると、その予想通りに、新しい項目が増えているところがあった。

「おっと。そう来たか」

 シゲルが思わずそう声を上げると、部屋にある本棚を眺めていたマリーナが興味深げな視線を向けてきた。

「何かあったの?」

「うん、あった。新しい建材が増えたからか、作れる建物が増えているね」

 これまでも石を使った建造物はあったのだが、それ以上に作れる物が増えている。

 端的に言えば、高層ビルらしきものが作れるようになっているのだ。

 それらを確認したシゲルは、ふと疑問に思って首を傾げた。

「──前から思っていたけれど、なんのためにこの建物ってあるんだろうな。住む人がいるわけでもないだろうに」

 以前から不思議だったのだが、『精霊の宿屋』には各種建物が設置物として建てられるようになっている。

 小屋を建てているシゲルが言うことではないかもしれないが、なんのためにそれだけの数の建造物を用意しているのかが分からない。

「案外、精霊たちも建物の中で雨露をしのぐこともあるんじゃない?」

 マリーナが冗談めかしてそう言うと、シゲルは少しだけ笑い返した。

 それは、お互いに冗談だと分かっているからこその笑いだったが、ふとシゲルは真顔になって言った。

「……いや、案外冗談じゃないかも知れないよ?」

「え、いや、シゲル?」

 シゲルの言葉に、マリーナは戸惑ったような顔になってそう返した。

 こちらの世界でも、精霊は自然を好むもので人工物には中々近寄らないというのは、常識の範囲なのだ。

 そんなマリーナに、シゲルは首を振りながら続けた。

もちろん、精霊全体がそうだとは言わないよ。でも、一部の精霊だったら、そういう存在がいてもおかしくはないんじゃない? そうでないと建物の中にまで精霊がいることの説明がつかないし」

 人工物を嫌っていると言われている精霊だが、建物の中にまったくいないというわけではない。

 そうでなければ、建物の中で精霊術が使える説明ができなくなる。

 先ほどのことと矛盾するようだが、精霊術を使える者の中ではそのことも常識として言われているのだ。

 シゲルの説明を聞いたマリーナは、考え込むような顔になった。

「たしかにそうかも知れないけれど……だとすると、やっぱり精霊が好む建物とかもあるということかしらね?」

「ああ、なるほど。それも十分にあり得そうだね」

 たとえば、地の精霊が好む石などを使って建物を作った場合には、それらの精霊が好んで集まってくるとかが一番分かり易い。

 そもそも精霊ノーラが作った建材がある以上、そうした建物があってもおかしくはないのだ。

 そこまで考えたシゲルは、何度かうなずいた。

「それだったら積極的に建物を建てるってのもありだな」

 これまでの『精霊の宿屋』では、建物は小屋を一つしか建てていなかった。

 それは、精霊が人工物を嫌っているという常識を踏まえてのことだったが、大きめの石しか置いていない現状を考えると、積極的に建物を増やしても良いだろう。

「建てた結果どうなったかは、私にも教えてね」

 いろいろと今後のことを考えて算段をたてるシゲルに、マリーナがそう言ってきた。

 マリーナは精霊術を使えるわけではないのだが、精霊に対する知識欲はあるので興味があるらしい。

 それはマリーナだけではなくほかの面々も同じだろう。

 マリーナの言葉に、シゲルが分かったと返事をしたところで話は終わりとなった。

 そして、ノーラに頼んだラグとリグの探索が終わって戻ってきたのは、それから三十分ほど経ってからのことであった。


    ◇◇◇


 ノーラが戻ってくる前に、シゲルは再びアマテラス号に戻った。

 それにマリーナも付いて来ており、部屋を出る際にフィロメナがちらりと意味ありげな視線を向けてきていたが、シゲルは気付かなかったふりをした。

 別にやましいことをするわけではなし、何か言いたいことがあるのであれば、きちんと言ってくれるだろうと、半ば開き直っていたのだ。

 ついでにマリーナもその視線に気付いていて、さらに軽く手を振ったりもしていた。

 シゲルには、その動作になんの意味があるのか分からないが、それでも仲が悪くなる様子もないので、放置することにしていた。


 そして、アマテラス号でタケルの日本語資料に目を通していたシゲルは、マリーナの呼びかけで目の前にノーラがいることに気付くことになった。

「シゲル、戻って来たわよ?」

「え、ああ。ホントだ。ノーラ、やっぱり見つからなかっ……あ、ごめん。こっちにいたか」

 シゲルは、視線を上げてすぐ目の前にノーラがいたので気付かなかったが、少し視線をずらすとそこにラグがいることに気が付いた。

「いいえ。もう少し分かり易いところにいるべきでした」

 そう真面目な返しをして来たラグに、シゲルは苦笑を返すことしかできなかった。

 契約精霊全員に言えることなのだが、彼女たちはシゲルを第一に考えて行動している。

 その中でも、ラグは特にその傾向が強いのだ。

 それはともかく、シゲルは早速ノーラが作ったリート石について聞くことにした。

「──というわけで、ノーラには一生懸命説明してもらったんだけれど、どうしても分からなくて。通訳してもらえるかな?」

 シゲルが最後にそう付け加えると、ラグは頷いてから言った。

「こちらにくる途中で話は聞いておりました。それで、リート石なのですが──」

 そこから聞いたラグの説明によると、次のようになる。


 まず、リート石自体は、どちらの世界でも作ることができる。

 ただし、当然ながらポーション作りの薬草のように、基となる材料が必要になるので、ほいほい作れるわけではない。

 その材料を集めるようにするか、もしくは『精霊の宿屋』の環境に鉱脈にあたるようなものを用意しないといけないようだった。

 当然といえば当然の説明に、話を聞いていたシゲルとマリーナはそれもそうかと頷いていた。

 問題なのは、その次からの説明だった。

 ノーラが作ったリート石(付与済み)は、その名前が示しているように魔法の付与がしてある。

 それは、建物を作った際に防御結界などの魔法の付与をしやすくするための処置なのだが、それをするためには今のノーラの力では時間がかかってしまうそうだ。

 そのため、もし建物を作る分のリート石を用意するとなると、ほとんどその作業にかかりきりになってしまうのだ。


 そこまで説明したラグは、改めてしっかりとシゲルを見て聞いていた。

「もしたくさん必要なら今から用意しますが、ほかの作業はできなくなるそうです。──どうされますか?」

「ああ、なるほどね。そういうことか。まあ、今はとりあえず保留で。これからすぐにリート石を使った建物を建てるわけじゃないからね」

 シゲルがそう答えると、言葉にはできなくても話をしっかりと聞いていたノーラが、コクコクと頷いていた。

『精霊の宿屋』に建物を建てるつもりはあるが、手間暇のかかる物を使ってそこまで大がかりな実験をするつもりはない。

 リート石を使った建物を建てるとしても、それは事前の実験の結果が出てからになる。

 シゲルがそんなことを考えていると、ここで黙って話を聞いていたマリーナが口を挟んできた。

「ねえ、ラグ。ちょっとノーラに聞いて欲しいのだけれど、その石の作り方は教えてもらえるのかしら?」

 マリーナがそう問いかけると、ラグはちらりとシゲルを見た。

 こんなところでも、ラグがシゲルのことを優先しているということが分かる。

 すでに慣れ切っているマリーナは、そのラグの態度を見ても、特に気にすることはなかった。

 シゲルがコクリと頷くと、ラグはノーラから何やら話を聞くような態勢になった。


 はたから見れば無言のやりとりが続き、少ししてからラグからの回答があった。

「教えることは可能だそうです。ただ、やはり時間はかかるそうです。ですので、シゲル様の許可をもらってからと言っています」

「ああ、そういうことなら、教えてくれるかな? まずはそっちが優先で」

 ノーラからの説明が必要になるということは、当然通訳のラグかリグのどちらかがついていなければならない。

 それでも、リート石の作り方を知る方を優先したほうが良いと、シゲルはすぐに判断した。

 さらに、マリーナの顔を見ている限りでは、フィロメナだけではなく、ミカエラも興味を持ちそうだと考えていた。


    ◇◇◇


 今はまずリート石の作り方から教えてもらおうということになり、シゲルとマリーナは再び作業員の部屋がある場所へと向かった。

 そこで、一度全員に事情を説明したところ、やはりというべきか、シゲルの予想通りに全員が集まることとなった。

 その中にはラウラも交じっていたことから、遺跡に使われている謎(?)の建材は、需要が高いということが分かる。

 ちなみに、ラウラには少し前に『精霊の宿屋』についての説明はしてあるので、ノーラの説明している様子に驚くことはなかった。

 とにかく、一つの部屋に集まってノーラのリート石作製講座が始まった。

 そして、ラグを挟んで一通り説明を聞いたフィロメナが、ポツリと言った。

「──なるほど。ここまで複雑な工程なのであれば、今まで作り方が分からなかったというのは当然かもしれないな」

「ええ。ですが、今の技術でも作れないことはないのですよね?」

 ラウラがそう問いかけると、フィロメナはすぐに頷いた。

「ああ。手間暇さえかければできる物だからな。ただ、やはり一般化するのはしばらくかかるかもしれないが」

「どういうことでしょう? 使われている材料もすぐに集められる物なのですよね?」

 ノーラの説明によれば、そもそもの材料となる物は、さほど珍しい物ではなかった。

 問題なのは、そこからリート石になるように抽出と精製をする必要があり、その技術が完全に失われていたために、今に至っても再現ができていなかったのだ。

 材料も問題なく調達ができて、技術も今ある代替のもので再現ができる。

 それであれば問題があるようには見えないため、ラウラが疑問に思うのは当然だ。


「たしかに材料も技術もある。だが、それらの作業を行う者が限られているのが問題なんだ」

 フィロメナがそう答えると、ラウラが少しだけ納得した表情になってからさらに聞いた。

「ということは、加工を行う技術が特殊なのですか? まさか、精霊術を使っているとか?」

 そもそも精霊であるノーラが作っているのだからそれはあり得ることだった。

 ついでに、説明の際も精霊術で説明がされていた。

 そのラウラの問いに、ミカエラが首を振りながら答えた。

「そこは大丈夫よ。たしかにノーラは精霊術を使っているけれど、土の魔法でも代用できるものみたいだから」

「そうだな。術そのものが特殊というよりも、そもそもの人数が少ないのだ。何しろ戦いに使えない土の魔法だからな」

 フィロメナがミカエラに続けてそう言うと、ラウラとマリーナが納得の顔になっていた。

 シゲルも土属性は人気がないという話はきちんと聞いていたので、戸惑うことなく納得できた。

 土属性の魔法は、土木関係の仕事には非常に利用価値のある魔法が多いが、そもそもエリートに分類される魔法使いが、その道に自ら進むということは少ない。

 そのため、土の魔法が不人気系統になってしまっているのが現状なのである。

「まあ、えて価値を高めるために、トップが囲ってしまうということもできなくはないが……わざわざそんなことまで私たちが考える必要はないな」

 苦笑しながらフィロメナがそう付け加えると、ラウラもハッとした表情になってから頷いた。

「それもそうですね」

 ラウラは、つい為政者的なものの考え方をしてしまっていたが、今のシゲルにとっては特に必要のあることではない。

 ただ、ラウラはリート石の作り方以外にも利用方法があることに気付いていた。

「たしかにどうやって広めていくかは、私たちが考える必要はありません。ただ、上手く使えば、超古代文明の件を広めるのに利用できると思います」

 ラウラの言葉に、フィロメナたちは一瞬戸惑っていたが、すぐに理解できたような顔になった。

「それはたしかにそうだが……いや、そもそもリート石は前史文明でも使われていたから難しくないか?」

 シゲルたちが今広めようとしているのは、さらに前の超古代文明のことであり、前史文明でも使われていたリート石の製法を利用して証明するのは難しいはずだ。

 そう疑問を呈したフィロメナに、ラウラは一度頷いてから言った。

「たしかにその通りですが、その前史文明の遺跡からも製法は見つかっていないのですよね?」

「ああ、それはそうだが……」

 もし見つかっているのであれば、どこかの国でリート石が使われた建造物が作られているはずだ。

 だが、そんな話は、この場にいる誰も聞いたことがない。

「では、多少強引になりますが、前史文明はその前の文明の遺産を使って作られたということにはできないでしょうか?」

 ラウラがそう言うと、フィロメナたちは同時に顔を見合わせていた。

 たしかに一考の価値はあると思われたのだ。


 その後もラウラの提案をどうするのかと話し合われたが、結局超古代文明の遺産として扱うのは止めになった。

 やはり前史文明でも同じ物が使われていたということがネックになったのだ。

 変に策をろうして無理をした場合に、余計なことでつつかれて超古代文明の話自体がおじゃんになりかねない。

 それよりは、やはり決定的な証拠となり得るような物を見つけたほうが良いだろうということになったのである。

 そんな結論に至ったのは、やはり今いる場所からそれなりに成果が上がりそうだという手ごたえがあるからにほかならない。

 とにかく、まずはここでの調査を進めようということで、皆の意見が一致したのであった。


    ◇◇◇


 リート石の製法が判明した翌日の夕食時、シゲルは気になっていたことを聞くことにした。

「タケルの日記を見ていて思ったんだけれど、当時の遺跡って本当に大精霊が管理している分しかないのかな?」

「うん? どういうことだ?」

 シゲルの疑問に、フィロメナが首を傾げながら聞いて来た。

 すでにフィロメナの中では、シゲルが言った通りだと考えていたので、何を言いたいのかが分からなかったのだ。

 シゲルはその問いに、一度だけうなずいてから続けた。

「うん。前史文明の技術が今にまったく伝わっていないというのは分かるんだけれど、本当にそれだけなのかなと思ってね」

「……どういうこと?」

 シゲルの言葉に、今度はミカエラが反応した。

 ただ、声を上げたのはミカエラだったが、ほかの者たちも似たような顔になっている。

 それらの顔を見回しながら、シゲルは自分の考えを整理しながらゆっくりと話した。

「タケルの日記を見る限りでは、当時は上の遺跡もきちんと町として機能していたらしいんだ」

「ああ、それはそうだな」

「で、前史文明はその遺跡を自分たちが使っていたと」

 もともと利用していたのを継続して使っていたのか、放置されていた町を整備して再び使えるようにしたのかは分からない。

 だが、前史文明の者たちが、きちんと使える町として利用していたことは、残っている資料からも分かっていることだ。

 皆が頷くのを見ながら、シゲルは少しだけ間を空けてからさらに続けた。

「──だったら、ほかの遺跡も同じような状態だったとは考えられないかな?」

「同じ状態……」

 シゲルの言葉を繰り返したフィロメナだったが、すぐに何かに気付いたようにハッとした表情になった。

「……シゲルは、今残っている遺跡も前史文明ではなくその前の文明の名残ではないかと言いたいのか?」

 シゲルの考えを理解したフィロメナが、確認するようにそう聞いた。


 シゲルはそれに頷いて、

もちろん、全部が全部そうだとは言わないけれどね。それに、もしかしたらという判断材料も残っているんじゃない?」

「判断材料? そんなものあったかしら?」

「リート石の製法」

 首を傾げながらそう聞いて来たマリーナに、シゲルはもう一度頷いて短くそう答えた。

 シゲルの答えに少しの間考えるような仕草をしていたフィロメナだったが、やがて理解が及んだような顔になった。

「そうか。そういうことか」

 自分のつぶやきでほかの者たちの視線が集中したと分かったフィロメナは、そのまま言葉を続けた。

「リート石は、前史文明でも建材として一般的に使われていた物とされている。ただ、その製法は今の時代には伝わっていない。それは単に、それらの資料が見つかっていないからと考えられていたが、シゲルは実はそうではないと言いたいのだな?」

「そういうことだね」

 自分の言いたいことがフィロメナにきちんと伝わっていると理解したシゲルは、そう答えながら頷いた。


 もし本当に、前史文明が自らの技術力でリート石を作っていたのだとすれば、その製法が資料として残っていてもいいはずだ。

 それが、まったく見つかっていないということは、実は前史文明もリート石の作り方を知らなかったのではないかと推測できる。

 しかも、ノーラから話を聞いたフィロメナが、人手の問題はあるが今の技術でも作れると断言しているのだ。

 数多くの魔道具の製法を開発していたと言われている文明が、それほど簡単なリート石の作り方を残さなかったというのは、何か理由があるとしか思えない。

 それが、作り方を知らなかっただけで、その前の文明の遺跡の名残を再利用していただけだとしたら、そういうことも起こり得るかも知れない。


 あくまでも推測の域を出ないが、決してあり得ない考え方ではないはずだ。

 ただ、やはりただの想像でしかないということも、シゲルとフィロメナはきちんと分かっていた。

「まあ、ちょっと強引すぎると言われればそれまでだけれどね」

 シゲルが少しおどけた顔で肩をすくめると、フィロメナは首を左右に振った。

「いや、そう馬鹿にしたものではないぞ? 何しろ、実際にそうした主張をする学者もいたはずだからな」

「え!?

 シゲルは少し両目を見開きながら確認するようにフィロメナを見た。

 そのフィロメナの言葉を引き継ぐように、マリーナが頷きながら続けた。

「前史文明は、借り物の知識で成り立っていた文明だ、といった主張だったかしら? 勿論、そんなことがあるはずがないといつしゆうされているけれど。いえ、いた、かしらね?」

「たしかに、そんなことを言っている機関もありましたね」

 マリーナの言葉を聞いて、何かを思い出すかのような顔になっていたラウラが、そう言いながら頷いた。

「でもたしか、その者たちは、自分たちはそれらの知識を生み出した一族の生き残りだと主張していたはずではありませんか?」

 続けてラウラがそう問いかけると、フィロメナが渋い顔になった。

「そんなことを言っているから、本来の主張が見向きもされていなかったのだがな」

「あー、ということは、今の話は自分たちが出してきた妄想の類だと思われる可能性があるってことか」

 シゲルがため息交じりにそう言うと、ほかの者たちも渋い顔になった。

 その妄想の類が、事実になりそうだということが、今回のリート石のことで仮説が立てられたのだ。

 フィロメナたちがなんとも言えない気持ちになるのは、ある意味仕方のないことである。


 一度彼女たちの顔を見回したシゲルは、さらに続けて言った。

「まあ、どうせ証拠も何もないただの推論だから、あまり先走ったことを考えなくてもいいんじゃないかな?」

 今は推論の域を出ないので、きちんと証拠らしい証拠を集めてから考え直したほうが良いと主張したシゲルに、皆が同意するように一斉に頷いた。

 二つ前の文明が存在したという主張でさえ、まだ認められるかどうかが怪しいところなのだ。

 その上、それをもとにしたただの推論を出したところで認められるはずもなく、それどころか二つ前の文明という主張すら色物扱いされる可能性がある。

 それは避けたほうが良いというのが、皆の一致した意見だった。

 とにかく、シゲルの主張は、今後の要検討課題ということで保留されることとなった。

 もしその主張が裏付けられるような証拠が見つかれば、合わせて話をしていくことになるはずだ。

 まずは二つ前の文明があったということをきっちりと証明しなければならない。

 そのためにもまずは遺跡の調査をきちんと進めて行こうということで、この場の話はまとまったのである。


    ◇◇◇


 アマテラス号のメンテナンスは三日かかるということで、シゲルたちの滞在もその間だけを予定していた。

 そして最後の三日目には、わざわざシゲルのところにエアリアルがメンテ完了の報告に来た。

 しかも、ちょうど夕食を取り終えた直後で、狙っていたタイミングとしか思えない登場に、シゲルはつい笑ってしまっていた。

「えーと、わざわざ有り難う。メンテ、終わった?」

「ええ、終わったわよ。特に大きな問題もなかったわね」

「そう。それは良かった」

 エアリアルの報告に、シゲルはあんのため息をついた。

 未だにエアリアルから預かっているだけだという意識が残っているシゲルだけに、下手な扱いをして大きな損傷をさせてしまっては大変だ。

 そのため、初めての長期メンテナンスで問題が見つかったら、それこそ大問題になるだろうと考えていたのである。

 そんなシゲルに向かって、エアリアルはクスリと笑って見せた。

「そんなに慎重にならなくても、よほどの扱いをしなければ、大破するなんてことはないから大丈夫よ」

「そう? それならいいんだけれど」

「そうそう。あ、ついでに教えておくけれど、もしドラゴンとかち合ったとしても、向こうから避けるようにしてあるから、下手に手を出さないことね。さすがに自衛のためには攻撃してくることもあるから」

 エアリアルからの重要な情報に、シゲルは真剣な顔になって頷いた。

 この世界には、当然のように空を飛ぶ魔物がいて、その際にはどうするべきかと話していたことがあったのだ。


 教えてくれて有り難うと言って頭を下げるシゲルを見て、小さく頷いたエアリアルは、最後に付け足すように言った。

「そろそろメリヤージュのためにも、次の場所に向かってみてはどうかしら? 折角船を手に入れたんだから。私のお勧めは、ポンポト山ね。それ以上は、自分たちで探してみると良いわ」

 それだけを言って、エアリアルは手を振りながらその場から消えた。

 そして、残されたシゲルは、少しの間ぼうぜんとしてからフィロメナたちを見た。

「えーと、あの言葉って、そういうことだよね?」

 えて具体的に言わなかったシゲルに、フィロメナも同じような顔になりながら頷いた。

「まあ、そうだろうな。風の大精霊のお陰で次の目的地が決まった。……少し問題はあるが」

 フィロメナがそう言うと、シゲルを除いたほかの三人は、真顔で頷いていた。

 その表情の意味をシゲルが正確に知ることになるのは、もう少し後のことであった。