第五章 帝国での交渉
エルフの里からフィロメナの家に帰ったシゲルたちは、次の目的地について話し合っていた。
そんな中で、ラウラが控えめにこんなことを言い出してきた。
「あの、ゲルリオン帝国が候補に挙がっていないようなのですが?」
ラウラのその言葉に、フィロメナたちの口がピタリと止まった。
シゲルは、アマテラス号を手に入れる前の旅の間に、ゲルリオン帝国のことを聞いていた。
だからこそ、ラウラからその名前が出たことが意外だった。
「いや、そうなんだけれど、ゲルリオン帝国ってホルスタット王国と仲が悪いんだよね?」
これが、フィロメナたちがゲルリオン帝国を候補に挙げていなかった一番の理由だ。
シゲルの言葉で自分に視線が向いたことに気付いたラウラは、首を左右に振った。
「わたくしのことを気にされているのでしたら無用の心配です。というよりも、むしろ、だからこそ先にゲルリオン帝国に行くべきだと思います」
「……どういうこと?」
シゲルは、そう言いながら首を傾げた。
不思議そうな顔になっているのはそのシゲルだけではなく、フィロメナたちも同じだ。
ホルスタット王国とゲルリオン帝国の仲が悪いのは、今に始まったことではなく昔からのことだが、ここ最近は特に悪いムードが漂っていた。
その理由が、ゲルリオン帝国の第二皇子がラウラ姫に求婚をしたことから始まっている。
ラウラがシゲルの下にいる時点で分かるように、ホルスタット王国はその求婚を断っている。
それは、第二皇子であるグフタスの女癖が悪いということから始まっていた。
もともとホルスタットの王家もこの求婚話を断るつもりでいたのだが、決め手になったのは、グフタスの悪癖が一般の民衆にまで広まり、反発の声が上がったことだ。
これによりホルスタットの王家は大手を振ってお断りの連絡を入れたのだが、ゲルリオン帝国は当然というべきか納得しなかった。
両国の関係を良くするためにもこの話は受けるべき、などと様々な理由をつけてはホルスタット王国に打診をして来た。
その中心に第二皇子の姿があるのは、ホルスタットの王家も気付いていた。
だからこそホルスタット王国もその話を断り続けて、今に至っているのである。
関係が悪い国に敢えて行くというラウラの真意が分からずに、シゲルたちが首を傾げるのも無理はないだろう。
「シゲルさんたちは、
「それは、まあ」
そう言って頷くシゲルを見ながらラウラがさらに続けた。
「どの国にも平等に話をしに行かれるつもりなのでしたら、次にゲルリオン帝国に行っておくのは、今後のためになると思われます」
シゲルたちは、自分たちが見つけた古代文明のことを、大陸中に広めようとしている。
そのためには、国をえり好みせずに、できるだけ多くの国と話をする必要があった。
勿論、全ての国を回るつもりはないし、そんなことはできないだろう。
それでも、両手で数えられるくらいの数は行っておきたいというのが、当初からの予定だった。
ただし、そこにはゲルリオン帝国は候補として挙がっていなかった。
それは、ホルスタット王国との関係を考えてのことだけではなく、フィロメナたちが王族との
「──直接王族と話ができるかどうかが分からないことを気にされているようですが、今回の場合そこはあまり重要ではないのですよ」
ラウラがそう言うと、ここでようやくマリーナが息をつくように言った。
「そういうことね。要は、私たちが話を持って行ったという事実のほうが重要なのね?」
「そうです。フィロメナさんたちと関係が濃い国に話を持っていって広めても、それは単に身内で騒いでいるだけということになりかねません。それを避けるためにも、次はゲルリオン帝国が良いのです。勿論、結果いかんにかかわらず、です」
ラウラがそう言って一同を見回すと、全員が納得した顔になっていた。
フィロメナたちはこれまで、話が伝えやすいところから広めて行ったほうが世界中に広まり易いと考えていた。
それに対して、ラウラの意見は、むしろどんな国でも平等に(?)伝えて行ったほうが良いというほとんど真逆の考え方だった。
ラウラの言葉には一理も二理もある。
だが、その考え方に問題が無いわけではない。
そのことに気付いたフィロメナが、少しだけ首を傾げながら聞いた。
「言いたいことは理解できたが、それをやると古代文明の話が
「それはどこの国に持っていっても起こり得ることです。幸いホルスタット王国では前向きに検討されておりますが、全てがそうなると考えていたわけではないですよね?」
「それはまあ、そうだな」
ラウラの問いかけに、フィロメナはすぐに
いくらアマテラス号という証拠があるからといっても、超古代文明があったなんてことは、受け入れられないところは受け入れられないだろうとは予想ができていた。
むしろ、ホルスタット王国では上手くいったほうだと考えているくらいだ。
歯切れが悪くなったフィロメナに、ラウラがさらに続けて言った。
「それでしたら、どこへ話をしに行ってもあまり状況は変わらないかと思います。シゲルさんのお話を聞く限りでは、これから先アマテラス号で色々なところに行くことになるでしょうから、話さえ広めておけばいいのです」
超古代文明の証拠となり得るものは、今のところアマテラス号くらいなので、色々な場所でその姿を見せるのが一番いいというのがラウラの言いたいことだった。
勿論、ほかにも遺跡から持ち帰った物はあるが、それらは決定的な証拠とはなり得ないものばかりなのである。
それに、それらの物をこれから行くすべての国に渡せるわけでもない。
フィロメナが考え込むように黙り込んだのを見て、今度はミカエラがラウラに言った。
「ラウラがゲルリオン帝国を推すのは、遺跡の話だけが理由じゃないよね?」
ミカエラのその問いかけに、ラウラはあっさりと頷いた。
「はい。わたくしとのこともありますが、主にシゲルさんのことを知らせる目的もあります」
ラウラの言葉に、シゲルは少しだけ驚いた顔になっていた。
ここで自分が出てくるとは、考えてもいなかったのだ。
その顔を見てクスリと笑ったラウラは、視線をシゲルに向けながら続けた。
「シゲルさんは無自覚なところがありますが、精霊使いとしての実力は超一流です。上級精霊を従えているところをきちんと見せたほうがいいでしょう」
実際に上級精霊がいるところを見せてしまえば、その思い込みもなくすことができる。
そして、その事実をホルスタット王国とゲルリオン帝国の両方に見せることが重要なのだ。
仲の悪い国が揃って事実だと認めれば、それはほかの国でも事実だと認識される確率が高くなる。
そこまでの話を聞いたフィロメナが、納得した顔になって言った。
「古代文明のことだけならともかく、シゲルのことを考えれば、言われてみればそうだな。そう考えると、たしかに次がゲルリオン帝国というのはありか」
思いつかなかったなと続けたフィロメナに、マリーナが頷いた。
「そうね。そう考えると、ラウラがいなければ、行っていなかった可能性もあるわね」
ゲルリオン帝国に行くというのは、手ごろで広めやすいところから行こうとしていたフィロメナたちでは、まず思いつかなかった。
長年一緒に行動して来たフィロメナたちは、似たような考え方をするようになっているので、ラウラのような別の視点からの意見が出てくるのは重要なことである。
フィロメナたちが納得したところで、視線がシゲルへと集まった。
そして、代表してフィロメナがシゲルに言った。
「というわけで、あとはシゲルの決断次第だ。要は、シゲルが今後どうしたいかに関わってくる話だからな」
シゲルとしては、折角アマテラス号という足を手に入れたのだから世界中を見て回りたいという願望がある。
とはいえ、変な絡まれ方をする国には入りたくないというのも本音だ。
今のところシゲルに関する話はさほど広まっているわけではないが、それが逆に変に作用することもある。
それを放っておくのか、自ら乗り込んで行って最初から誤解を招かないようにするのか、それはシゲルの選択次第でしかない。
最後の決断を求められたシゲルは、少し考えてから答えた。
「──それじゃあ、次はゲルリオン帝国に行こうか。避けて通って悪化させるくらいなら、自ら乗り込むのもありだと思う」
シゲルのその答えに、ラウラはホッとした表情になり、そのほかの面々は笑みを浮かべた。
◇◇◇
ゲルリオン帝国に向かうことに決めたシゲルたちは、エルフの森から真っ直ぐに向かったわけではない。
ホルスタット王国でも出したように、遺跡に関して提出するための資料を作らないといけない。
基本的にシゲルはそれらの資料作成にはノータッチなので、フィロメナたちにお任せ状態だ。
その資料ができるまでの間、シゲルは『精霊の宿屋』を確認していた。
短いエルフの森の滞在中も、しっかりとシロに周辺探索をするように指示を出している。
初めて行った地域だったため、新しく手に入れたものも多くあり、確認することがたくさんあったのだ。
ベッドの上で寝そべりながら新しく増えた設置物を確認していたシゲルは、
(うーん。あの短時間で百種類近く新しい物が増えたのは良いんだけれど……さすがに全部を把握するのが難しくなってきたかな)
幸いにして、『精霊の宿屋』のシステムでは新しく手に入れた物は分かるようになっている。
手に入る地域も書かれているので、何を手に入れたのかは分かるようになっているのだが、それを使いこなせるかどうかはまた別の問題だ。
(まあ、だからこそ、地域ごとに一括で環境が作れるようになっているんだろうけれど)
『精霊の宿屋』には、○○地域とか○○周辺という形で環境が作れるようになっている。
それを利用すれば簡単に地域別の環境を用意できるので、便利な機能なのだ。
そんな感じで新しく登録されたアイテムを見ていたシゲルだったが、悩ましげな声を上げた。
「折角新しいものを手に入れたから使ってみたい気もするけれど……現状上手くいっているから変に手を入れたくないんだよな」
今の『精霊の宿屋』は、これまで細かく調整した
大きな変更はしていないのだが、生えている木を換えたり、環境のバランスが取れるようにしたりと、ちょっとした手を入れたりしているのだ。
この状態から大きな変更を加えると、今の収入が減ってしまう可能性が大きい。
そもそもシゲルは、今の環境が気に入っているので、無理に変える必要性も感じていなかった。
(……まあ、いいか。どうせ全部を使い切るなんて無理なんだし)
今までもすべてのアイテムを使っているわけではない。
というよりも、ほとんどのアイテムは使っていないのが現状だった。
『精霊の宿屋』の広さに対して、手に入れているアイテムの数が膨大なのだからそれも当然だ。
今回は新しく登録されたアイテムを眺めるだけで済ませたシゲルは、ベッドから起き上がって自室から出て行った。
そろそろ夕食の準備をするのにちょうどいい時間になっていたのだ。
資料を用意するといっても、論文のように堅苦しいものを用意する必要があるわけではない。
そもそもこの世界には、学会なんていうものは存在していない。
フィロメナたちが複数の国に古代遺跡の話をしに行こうとしているのは、あくまでも話を加速させるためであり、真偽の判断はそれぞれに任せるというスタンスなのだ。
遺跡を目の当たりにしているフィロメナたちは、超古代文明があったことを確信しているが、それをほかの者たちが信じるかどうかはまた別問題である。
もし、大精霊が管理していない文明の名残などが見つかれば、そこに研究者が入ってその存在が認められる、ということも加速させるだろう。
だが、そんな遺跡は見つかっていないので、現状は今の方法で行くしかない。
資料ができたシゲルたちは、アマテラス号に乗ってゲルリオン帝国の帝都へと入った。
アマテラス号は、当然のように城壁の外側に泊めてあり、ホルスタットの時と同じように当たり前のように周囲の者たちに驚かれていた。
シゲルたちにとっては、見慣れた反応である。
そして、帝都に入ったシゲルたちは、その足で町の中央にある城へと向かった。
そこで、関係者と会えるように手続きをするのだ。
ホルスタット王国のように、気軽に皇帝に会えるわけでもないので、関係する部門の者と会えればそれで十分だとフィロメナたちは考えている。
その関係者と会うのにもある程度の時間がかかることは分かっているので、今回はちょっとした旅行気分で帝都を見学するつもりでもいた。
──と、そんなことを考えていたシゲルたちだったが、認識が甘かったことを思い知らされた。
「さすが勇者一行。ホルスタットみたいに直接迎えがくることはなくても、普通は時間がかかりそうな手続きも一発だったね」
シゲルがそう冷やかすと、フィロメナは何とも言えない顔になりながら応じた。
「まあ、こういうときはその名が便利に働くと考えておこうか。……その分面倒も増えるのだが」
最後にぼそりと付け加えられた言葉に、一同は苦笑した。
それは、紛れもない事実であり、これからその面倒が待っていることが分かっている。
だからといって避けることもできないので、そうするしかできなかった。
とにかく、使者からの報告を聞いたシゲルたちは、その案内に従って城へと向かった。
ことが進んだ以上、あとは予定通りに話を進めて行くしかない。
そのため、予想よりも早く担当者と会えるようになったことは、素直に喜ぶべきだと考える一同であった。
◇◇◇
シゲルたちが担当者と城の中で会う少し前のこと。
城の主である皇帝に、国内に勇者一行が来たことが伝えられていた。
「──何? そんな話は初めて聞いたが?」
馬を使うにしろ歩きにしろ、勇者が領地内に入ればすぐに皇帝の耳には入るようになっている。
いきなり帝都に入ったという報告が来ることは、普通ではあり得ないのだ。
だが、一瞬驚いた様子を見せたダフィズ皇帝だったが、すぐにとある噂話を思い出していた。
「あの噂は本当のことだったか。
六十を超える年齢でありながら、この頭の回転の速さが、まだまだ現役で行けるだろうと思われている最大の要因だ。
そのダフィズに、報告者は頷きながらさらに報告を続ける。
「そのようです。現在、壁の外に船が一隻泊まっています。──どのように対処しますか?」
「ふん。すぐさまその船を手に入れろ……と言いたいところだが、御大層な精霊が張り付いているのだったな」
ダフィズ皇帝は、そう言って
ダフィズが思考を巡らせている間、報告者は余計な口を開くことはない。
それに、そもそもダフィズが悩んでいた時間は、さほど長いものではなかった。
「非常に惜しいが、無用な手出しは止めておけ。直接その船に手出しをするよりも、人から攻めたほうがいいだろう」
船に直接手出しするのは
それに、皇帝に限らず、ゲルリオン帝国の者たちには、ホルスタット王国にはできなくても自分たちにはできると考える傾向がある。
「
ダフィズの言葉に、報告者はそう答えながら丁寧に頭を下げた。
皇帝に直接話ができるだけあって、その辺りの教育はきっちりされた者が話をしに来ている。
下げた頭を元に戻した報告者は、ダフィズに重ねて聞いた。
「勇者たちは、例の古代文明の件で担当者との目通りを願っているようですが、陛下は
「そんなことのために、わざわざ私が会う必要もなかろう。担当者に任せておけ。国としての判断が必要なのであれば、その報告が上がってきてから答えればいい」
新しい遺跡らしきものが見つかったという報告は、国内でそれなりの数が報告されている。
そうした対応をする担当はしっかりと存在しているので、いくら相手が勇者とはいえ最初から皇帝が対応するようなことではない。
見つかった遺跡が現在知られているものよりも
それらのことから皇帝の返答はごく普通のものであり、報告者も当たり前のように
「──畏まりました」
この時点で、ダフィズも報告者も、ホルスタットの王女であるラウラが一行に加わっているとは知らなかった。
それもそのはずで、王国内にとどまっていた王女の顔を知る者は、帝国内では少数なのである。
もし、この時点でダフィズ皇帝や報告者がラウラのことを知っていれば、また別の対応をすることになっていた可能性はある。
また、フィロメナが勇者だからといって、遺跡のことに関しての話で皇帝自ら会う必要性はないと考えるのも、帝国内では当然の考えだった。
何が何でも勇者との
とにかく、ダフィズはシゲルたちに直接会うことを選択しなかった。
これが吉と出るのか凶と出るのかは、まだ誰にも分からないことなのであった。
◇◇◇
古代遺跡の話を持って行ったシゲルたちが案内されたのは、学術を統括する部門が使っている来客用の場所だった。
それも部屋として孤立しているわけではなく、パーテーション(のようなもの)で区切られているだけのところだ。
それだけで、遺跡の話がどういう扱いになっているのか分かりそうなものだが、シゲルたちは不満を顔に出すことはしなかった。
むしろ、そんなものだろうと考えていた程度だ。
これでいきなり一国のトップと会えるほうがおかしいのである。
いくらフィロメナが勇者とはいえ、国を揺るがすような強力な魔物が出たわけではないので、皇帝が対応する必要もない。
ついでにいえば、そもそも遺跡を扱っている部門は、学問などを主に仕切っている部門とは違って閑職に近い扱いなのでそこまで立派な部屋が無いという裏事情もある。
結果として、勇者パーティを迎えるにはあり得ない場所での対応となっていた。
もっとも、フィロメナたちにとっては、話をする部屋なんてどうでもいい。
むしろ、変な貴族たちがいないだけ楽だとさえ考えていた。
ちなみに皇帝は、学術部門の遺跡担当の部署がこんな扱いになっているとは知らず、フィロメナたちがそんな部屋(?)に通されたことも知らない。
というよりも、皇帝の側近たちもそこまで詳しくは事情を知らなかった。
古代遺跡で見つかる魔道具は、国にとっても重要な物ではあるのだが、研究よりも発掘の方に重点が置かれているので、冒険者育成のほうに力が入れられているのだ。
とにかく、そんな部屋に通されたシゲルたちは、淡々と話を進めていた。
担当者として紹介された者も、最初からいきなり国としての方針が決まるわけではないと言っていたし、フィロメナたちもそれを了承していた。
あのホルスタット王国でさえ、決定するのに何日もかかったのだから、帝国でのこの対応もおかしいことではない。
さらに、似たような話をいくつも受けているのか、その担当者も慣れた感じで話を進めていた。
ちなみにその担当者は、人当たりが非常にいい感じで、フィロメナたちも何の隔意もなく話ができていた。
「──というわけで、この世界の歴史は、一度大きな文明が滅んだだけではなく、少なくとも二つ以上の文明があったと私たちは考えている」
「なるほど。あの船という明確な証拠があれば、否定しづらいことはたしかですね」
フィロメナの説明に、担当者は何度か頷きながらそう答えた。
「ただ、私の心情としてはすぐにでも認めたいですが、やはり組織として認めるとなると、時間がかかるもので……」
「それはそうだろうな。私たちも何が何でも認めろと無茶を言うつもりはないさ」
フィロメナの答えを聞いた担当者は、ホッと安心したように息をついていた。
対面しているのが勇者だけに、そういった無理を言われると考えていたので、あっさりと引いてくれて
担当者の態度を見て内心で苦笑をしていたフィロメナだったが、それを顔に出すようなことはしなかった。
「私たちの主張は以上だが、ほかに何か聞きたいことはあるか?」
フィロメナがそう聞くと、その担当者はいくつか質問をして来た。
さすがに専門の部署の担当者だけあって、その質問は的確なものばかりだった。
そういう意味では、ホルスタットの謁見の間でのやり取りよりは遥かに充実していたといえる。
結果としてこの場での話し合いは、フィロメナたちにとっても実りのあるものとなっているのだ。
そして、担当者が最後に、これまでの話を締めくくるように言った。
「これで質問は以上です。……ああ、そうだ。結果を知らせるのはどのようにしますか? 面会を希望されるのであれば、その日を知らせた手紙を郵送しますが?」
今回シゲルたちが来たのは単に、超古代文明があったという推測を知らせるためだけではない。
ゲルリオン帝国としての判断を求めてのことだ。
とはいえ、いきなり回答がもらえるなんてことは考えておらず、フィロメナはその担当者の申し出も当たり前のように受け入れて頷いた。
「ああ、特に会って話をするようなことでもないだろう? 郵送で済ませられるのであれば、郵送だけで構わない」
「そうですか。まあ、あとは上がどう判断するかなので、私は何とも言えませんが……とにかく、何かあれば郵送するということにします」
「そうしてくれるとあり難いな」
これからあちこちを飛び回ることになるのは目に見えているので、郵送されてもすぐに見られない可能性もある。
ただ、だからこそ、郵送で知らせるのが一番確実な方法でもあるのだ。
最後に連絡方法を確認したところで、その担当者との話し合いは終わった。
──のだが、担当者と握手を交わして、パーテーションで区切られた部屋を出たところで、ちょっとした問題が起こった。
「な、なぜ
男性の驚いたような声が、遺跡担当の部署に響いたのだ。
その男性の反応に、その部屋にいた者たち全員が注目するほどだった。
シゲルが声のしたほうを見ると、部屋の奥の方で、一人の派手な衣装を着た男性がラウラを見て驚いていた。
勿論、シゲルは会ったことも見たこともないので、その男性がどういう人物かはまったく分からない。
それは、フィロメナ、ミカエラ、マリーナの三人も同じようで、視線をラウラへと向けていた。
そして、その当の
「たしかあなたは、以前に国にいた外交官でしたね」
仲が悪い国同士とはいっても、領事館のようなところはホルスタット王国の王都に置かれていた。
その領事館に勤める者として、以前に紹介されたことがあったのをラウラは覚えていたのだ。
勿論、ラウラは全ての外交官を覚えているわけではない。
ただ、敵国に近い国の外交官ということで、記憶の片隅に残っていたのだ。
そんなことをおくびにも出さずに
「まさか、貴方様がこちらにいらっしゃるとは思っておらずに失礼いたしました。して、何ゆえにフィロメナ殿と我が国へ?」
さすがに外交官だけあって、正式に紹介をされずともその男はフィロメナのことをきちんと認識していた。
直接対面した記憶はフィロメナにはなかったが、謁見の間などで姿を見たことがあるのだろうと考えていた。
ここでフィロメナたちが口を挟むつもりはない。
相手もラウラのことを「隣国の姫君」として対応しているのだから、そうなるのは当たり前といえるだろう。
「貴方も、フィロメナ様が発表した古代文明についての話は聞いていらっしゃるのではありませんか? その話をしに来たのです」
「はあ、姫自らですか?」
外交官のその発言に、遺跡担当の担当者は目を
自己紹介の時には、ラウラは自らホルスタットの姫だということは名乗らなかったのである。
それをしなかったために、シゲルと一緒に行動していると知らせる目的を達成できなくなるところだったが、外交官のお陰で何とかなりそうだと内心で喜んでいた。
外交官の男はそう言いながら首をひねっていた。
その外交官は、二つの意味で疑問を持っていたのだ。
一つは、なぜそんなことのために、姫自ら動いているのかということで、もう一つは、なぜラウラ姫がフィロメナたちと行動を共にしているのかということだ。
どちらも外交官が持っている情報では、あり得ないことなのである。
ラウラは、疑問の顔になっている外交官に、何気ない様子で話を切り出した。
「ええ。わたくしはシゲル様と行動を共にすることになりましたから」
さりげなく出されたラウラの爆弾に、さすが外交官と言うべきか、表情を変えることなくただ頷いていた。
先ほどの不思議そうな顔は、半分以上わざとでもあったのだ。
ちなみに外交官は、ラウラがわざとフィロメナの名前ではなく、シゲルの名前を出した意図に気付いている。
「……なるほど。行動を共に、ですか」
「はい。シゲル様は、今まで会ったことがないタイプのお方で、わたくしにとってはとても好ましいですね」
「そうですか」
笑顔になっているラウラに対して、外交官も笑顔を返してきた。
この短いやり取りの中でも、様々な情報が入っている。
たとえば、そもそもラウラ姫がシゲルの下にいるというだけでも大事になりかねない情報であるし、そのシゲルに対してラウラが好ましいと言ったことも重要な話だ。
何しろゲルリオン帝国は、ラウラ姫に対して婚約の打診をしているのだ。
その一つをとっても外交部にとっては、重要な情報になる。
その上で、さらにはシゲルに対しても同じような手を使えないかという考えも浮かんでいた。
そうした考えができるからこそ、彼は外交官としてホルスタットという重要な国に赴任することができていた。
笑顔の中に見えない刃を隠してやり取りをする両者を見て、シゲルは驚いていた。
普段はおっとりとしているラウラも、こういった場ではやはり姫としての格が表に出てくる。
そして同時に、自分ではとても対応しきれないだろうなと考えているのも事実なのである。
何気ない会話の中に様々な情報を仕込ませて会話をするというテクニックを披露していたラウラは、すぐに外交官との話を打ち切った。
「それでは、わたくしたちはこの後の予定もございますからこの辺で失礼いたします」
「いえ、折角姫にご来城いただいたのですから、もっとお話でも……」
「そんなわけにはまいりません。それに、今のわたくしは、ホルスタットの姫としてではなく、シゲル様の付き添いで来ておりますから、そちらを優先いたします」
話をするのなら自分ではなく、シゲルに言ってねと言外に告げるラウラに、今度こそ外交官は黙ってしまった。
シゲルのことは当然知っているが、大精霊が絡むため不用意に手を出していい相手ではないことも伝えられているのだ。
その隙を縫うように、ラウラは外交官に向かって頭を下げた。
「それでは、また」
「あっ……」
ラウラにも外交官のその小さな
そしてラウラは、シゲルたちに視線だけで外に出ましょうと促してきた。
シゲルたちはラウラのその判断に任せて、無言のまま歩き始めた。
余計なところに行かないようにと、案内が付いているのだが、その人物は本当にいいのかとチラチラと後ろを振り返ったりしていた。
勿論、シゲルたちはそのことに気付いていたが、
◇◇◇
城を出て近くに監視がいないことを確認したフィロメナは、ラウラを見て聞いた。
「あれで良かったのか?」
「ええ。十分です。あれ以上いても面倒な相手が増えるだけでしょうし、伝えたいことは伝えましたから」
この時点でゲルリオン帝国に伝えたかったことは、遺跡の話とラウラがシゲルと行動を共にしているということだけだ。
それ以外のことは聞かれても答えられないし、変に長居するとぼろが出る可能性もある。
今のラウラは、ホルスタット王国のことは知らぬ存ぜぬで返してもいい立場にあるので、相手に無駄に時間を使わせるだけで終わる可能性が高いのだが。
ラウラの説明を聞いたマリーナが、
「なるほど、面倒な相手、ね」
「ええ。面倒な相手です」
マリーナの言葉に、ラウラが小さなため息をついて答えた。
シゲルもさすがにそこまでされれば、自分に関係する相手がくることが予想されていることは分かる。
ただし、その面倒な相手というのが、どういう人物なのかが分からずに首を傾げた。
「面倒な相手って、誰?」
シゲルのゲルリオン帝国の入国は今回が初めてで、知り合いがいるわけでもない。
今のところ特に敵を作ったという覚えもないので、誰のことかが分からなかったのだ。
そんなシゲルに対して、フィロメナが少しだけ
「おいおい。シゲルは、本当にこの件に関しては、頭が働かないんだな。私でもすぐに分かったぞ?」
「それはもう仕方がないんじゃない? それに、フィーはともかく、マリーナとラウラ姫がいれば、フォローできるでしょう?」
ミカエラがそう答えると、フィロメナは顔をしかめた。
「いや、私はともかくって……」
「事実だから仕方ないじゃない」
フィロメナの抗議に、ミカエラは肩を
フィロメナとミカエラのやり取りを笑いながら見ていたマリーナは、置いてきぼりになっているシゲルを見た。
「前回、ホルスタットの城でされたことを思い出せばすぐに分かると思うわ。あの時と同じことをされる可能性だってあったのよ?」
「あ。あー、そういうことね」
意味ありげにラウラに視線を向けたマリーナに、シゲルはなるほどという顔になった。
利益を得るために、結婚もその道具にするという意識が低いシゲルは、どうしてもそちら方面に意識が向きにくい。
もっとも、元の世界でもハニートラップという言葉があるくらいだから似たような事例はいくらでもあるのだが、少なくとも身近ではそんな話は聞いたことが無かった。
シゲルの顔を見て、ラウラは不思議そうな顔になって言った。
「わたくしが言うのもなんですが、普段はそうでもないのに、こういう話は本当に察しが悪いのですね」
「ぐっ!」
「まあ、そう言ってあげないで。私たちの世界でも跡継ぎに関わらない人は、割と関係なく過ごしているせいで鈍かったりするわよ?」
「そうなのですか」
マリーナの説明に、ラウラは初めて知ったという顔になった。
この大陸では、貴族以外の者たちの長男以外になると、割と自由に恋愛を楽しんでいたりする。
それを考えれば、むしろ貴族の結婚観のほうが珍しい考えともいえなくはない。
ただし、シゲルとは違って、貴族という存在がより身近にあるために、気付きやすいということもある。
とはいえ、いつまでもこのままでいて良いわけではないと考えたシゲルは、一度だけため息をついた。
「意識の切り替えが大変だけれど、ちゃんとしておかないと、いつか大変なことになりそうだ」
「そうだな。ずっとマリーナとラウラがついていてくれるわけじゃないからな」
したり顔でフィロメナがそう応じると、ミカエラが
「あら。それでも何とかなってきたのが、フィーじゃないの?」
「ミ~カ~エ~ラ~!」
混ぜっ返してきたミカエラに、フィロメナがそう言いながら低い声を出すのを聞いて、ほかの面々は笑い声を上げるのであった。
◇◇◇
すでにラウラ姫が帝都を出たという報告を聞いたダフィズは、その場でため息をついた。
「完全にしてやられたか。大精霊が関わっているから変につつかないほうがいいと考えたのが、完全に裏目に出たな」
「はい。申し訳……」
頭を下げようとした報告者を、ダフィズは手を振って止めた。
「よい。会わなくてもよいと最後に決めたのは私だ。あの時点でラウラ姫がいると考えるほうが無理がある」
本来であればすべての可能性を考えなければならないのが政治だが、考えすぎて身動きが取れなくなるということもある。
手元にある情報で最善の選択をして行くのが、政治でもあるのだ。
「それにしても、よりによってラウラ姫が
「はっ。それは……」
「あの馬鹿どもに教育を任せた私にも責任はある。……あるのだが、あんな人物に育て上げて、本当に後継者に指名されると考えているのか、あ奴らは」
ため息交じりにそう言ったダフィズに、頼れる側近である報告者が一瞬答えるべきかと考えてから口を開いた。
「自らも似たような育ち方をしているので、気付きにくいのではないでしょうか?」
「…………それはそれで頭が痛いところだな」
そう言いながら実際に頭を押さえたダフィズに、側近は何とも言えない表情を向けた。
ダフィズにとっても皇子の問題は悩ましいのだ。
人々の噂に上がっているように女癖が悪いという問題はあるが、権力に任せて法を犯すような真似をしているわけではない。
乱雑で強引な性格も、為政者という立場からみれば、完全に悪いことでもない。
それを
皇子の問題は、それをできる者がほとんどいないということにある。
それゆえに、近年特に暴走しがちになっていることは、ダフィズも気にはなっていた。
いっそのこと法を犯してくれたほうが話が早いのだが、とさえ考えていたダフィズは、側近に向かって言った。
「まあ、いい。それよりも、ラウラ姫のことは、きちんとあ奴に伝わるようにしておけ」
「はい」
「問題は、この話を聞いた馬鹿どもがどう出てくるかだが……まあ、それはそれで利用できるか」
最後の方は独り言に近くなっていたダフィズの言葉に、側近は応じることはなかった。
ダフィズの独り言に近い呟きは良くあることなので、反応しないのが正解だと分かっているのだ。
この時すでに、ダフィズの頭の中からラウラ姫との婚約話のことは完全に消えていた。
その代わりに、これを利用して国内の問題をどうにか片付けられないかと、思考を巡らせ始めるのであった。
◇◇◇
次の国の訪問の前にフィロメナの家に戻ってきたシゲルは、ミカエラから質問をされた。
「不思議なんだけれど、シゲルはなんでラウラ姫は受け入れないの?」
フィロメナの時もマリーナの時も、シゲルは割とあっさりと受け入れていた。
それを考えれば、ラウラに関しては、
優柔不断だからと言えばそれまでだが、前例に従えばそこまで放置しているのは少し不思議に見えるのもたしかだったからこその問いかけだった。
ちなみに、今この場にはミカエラとシゲルしかいない。
そのミカエラの質問に、シゲルは苦笑しながら答えた。
「何故もなにも、ホルスタットの王城で言った通りだよ?」
「王城でって、あのお友達からとかってやつ?」
「いや、それもそうなんだけれど……ああ、もしかして、ほかの人たちも気付いていないのかな?」
シゲルがそう呟くと、ミカエラは首を傾げた。
それを見て、あの時自分が言いたかったことが通じていなかったと理解したシゲルは、これは言っておいたほうが良いだろうと考えて話し始めた。
「フィロメナもマリーナもそうだけれど、二人を受け入れたのは、自分のことを本当に好きだと思ってくれていると考えたからだよ。でも、ラウラは違うよね?」
あの場で言っていた「好ましい」というのと、好きであるというのでは、まったく違っているというのがシゲルの考えだった。
「フィロメナとマリーナを受け入れておいて何だと思うかも知れないけれど、さすがに自分のことを好きだと思っていない人を相手にアタックできるほど、無節操ではないつもりだから」
「無節操って……たしかに、言いたいことは理解できなくはないわね」
シゲルの説明に、ミカエラは少しだけ呆れた顔をしつつも、ある程度納得していた。
むしろ、フィロメナとマリーナの時との違いが分かって、スッキリとした顔になっている。
シゲルの言う通り、今のラウラは王から言われた婚約(仮)に従っているという態度が見え隠れしている。
勿論、大部分はシゲルのことを好ましいと思っていることはたしかだろうが、それが恋や愛になっているかと言えば、微妙なところだ。
鈍くはないシゲルだからこそ、ラウラのことを簡単に受け入れることはできないとしているのは、理解できる。
そんなことを考えて何度か
「そういうことみたいよ?」
「えっ!?」
そう言って後ろを振り返ったシゲルは、椅子の背に隠れるようにしてしゃがんでいたビアンナを見つけた。
「エ、エート……そこで何をしていらっしゃるのでしょうか?」
まさかそんなところにビアンナがいるとは考えていなかったシゲルは、思わず敬語になりながらそう問いかけた。
もう隠れていても無意味と考えたのか、ビアンナは立ち上がりながらそれに答えてきた。
「失礼いたしました。ラウラ様のためにも、私が一肌脱ごうと考えたのですが、自分自身が動いても警戒されると思い、ミカエラ様に頼んで聞き出してもらったのです」
それを聞いたシゲルは、パッとミカエラへと視線を向けた。
その視線を向けて、ミカエラは首を振った。
「別にビアンナから頼まれたからだけではないわよ? 前から不思議だったのもたしか。ちょうどタイミングが良かったから聞いてみただけよ」
「そう。まあ、そういうことなら別にいいか」
シゲルとしても隠しているつもりはなかったので、その程度の感想しか持たなかった。
むしろ、ビアンナから自分の考えがラウラに伝わるのであれば、それに越したことはない。
さすがに自分からは、恥ずかしさが先に立って言うことはできない。
ビアンナはシゲルに向かって頷きながら言った。
「シゲル様からそう仰っていただいて安心いたしました。怒られることも覚悟していたのですが」
自分はそこまで心は狭くないと答えようとしたシゲルよりも先に、ミカエラがビアンナに向かって言った。
「だから大丈夫だって言ったじゃない。とにかく、今の硬直した状態からは動けそうだから、十分よね?」
「はい。シゲル様の考えが分かって、安心いたしました」
ミカエラの問いに、ビアンナは頷きながらそう答えた。
ビアンナとしては、完全に拒否されていることも考えに入っていたのだが、そうではなくむしろラウラ側の問題だと分かって納得していた。
相手が好きになってくれなければ自分が受け入れることはないというのは、何様だと考える者もいるだろうが、少なくともビアンナはそうは思わなかった。
むしろ、これまで見てきたシゲルの性格や行動を見ていれば、そう考えるのは自然だと思われる。
ついでに言えば、ラウラがはっきりしていないというのも理解できることだったので、ビアンナはそちらに思考が向いていた。
「……たしかに、シゲル様の仰ることは、一理も二理もあります。となれば、どうラウラ様に伝えるかですが……」
ビアンナは、何やら考え込むような顔になってブツブツとそんなことを言い出していた。
それを見たシゲルは、どうしたものかとミカエラを見たのだが、そのミカエラは肩を
「放っておいて良いんじゃない? 自分の考えに没頭しているみたいだし」
「そう? ……まあ、いいか」
ミカエラが何かを言っても反応が無かったビアンナを見てそう言い、シゲルも応じるのであった。
ちなみにビアンナは、その様子のままで歩きだしていき、自分にあてがわれている部屋へと入ってしまった。
それを少し
◇◇◇
自室で寛いでいたラウラは、部屋に入ってきたビアンナの顔を見て、嫌な予感に襲われた。
長い間自分の侍女として働いてくれているので、ビアンナがこんな顔をしている時は、自分にとって耳が痛い忠告をしてくれるということを、本能レベルで理解しているのだ。
とはいえ、自分にとっては必要な忠告だということも理解しているので、ラウラには聞かないという選択肢は取れない。
「ビアンナ、随分と怖い顔をしていますが、何かあったのですか?」
被害が拡大しないようにと、ラウラはできるだけ優しげに聞いた。
そんなラウラに向かって、ビアンナは一度だけため息をついてから言った。
「この状況で私が姫様に言うことは一つしかないではありませんか」
そう言われたラウラは、すぐにシゲルとのことだと理解した。
「そうは言っても、シゲルさんがあのような態度では…………」
「そうですね。私も先ほどまではそう考えておりました」
「先ほどまで?」
間髪を
そのラウラに向かって頷いたビアンナは、ズバッと切り出した。
「そうです。私も今の今まで気付いていなかったのですが…………姫様、いつまでシゲル様に甘えていらっしゃるのですか?」
「甘え? ……わたくしが?」
ビアンナの言葉に、ラウラは驚いたような顔になった。
まさかビアンナの口からそんなことを言われるとは考えてもいなかったという顔だ。
そのラウラに向かって、ビアンナはさらに続ける。
「そうです。甘えです。先ほど姫様はシゲル様の態度がと仰っていましたが、姫様ご自身はどうなのですか?」
「ですから、わたくしは……」
受け入れているつもりですと答えようとしたラウラだったが、そこまで言ってからビアンナが何を言いたいのかに気付いた。
王族が自身の感情に
また、だからこそ、お互いにその関係が上手くいくように努力をしていくものだ。
当然、その中から生まれてくる感情というものもある。
結婚当時はお互いに何とも思っていなかった者同士が、時を経て
そうしたことを、ラウラは母親である王妃からきちんと教えられていた。
ビアンナの言った「甘え」というのがどういうことなのか、それを理解したラウラはため息をついた。
「そうですか。……わたくしはシゲルさんに甘えていたのですね」
シゲルの態度がはっきりしないからということを言い訳にして(勿論それも事実ではある)、ラウラは今の関係を壊さないようにと逃げている。
いつまでもそんな関係でいて良いはずもなく、ビアンナはそのことをラウラに指摘したのだ。
だが、そんなラウラの心情を敏感に察知したビアンナは、首を左右に振りながら言った。
「そういうことではなく……いえ、それもあるのですが、とにかく、姫様自身はシゲル様のことをどう思われているのでしょうか?」
そうはっきりと聞いて来たビアンナに、ラウラはハタと動きを止めて、キョトンとした表情を向けた。
「わたくしが……? わたくしは、それは──」
それだけを言ったラウラは、すぐに口を閉ざしてしまった。
そのラウラの様子を見ていたビアンナは、それ以上のことを自分から言う必要はないと判断して、部屋から出て行った。
耳まで赤くなったラウラを見れば、誰でもそう判断するはずだ。
自分の感情を殺すことに長けているラウラがそんな反応をしたのだから、あとは当人に任せれば良いとビアンナが考えるのは当たり前のことであった。
◇◇◇
クルリ、ボムッ、サッ、クルリ(ループ)
「なあ、ビアンナ。
「どうでしょう? 何しろ姫様にとっては、人生で初めての経験ですからね。しばらくすれば落ち着くとは思うのですが……」
先程から同じ行動を繰り返しているラウラを見ていたフィロメナとビアンナが、そんな会話をしていた。
両者ともに呆れが入っているのは、仕方のないことだろう。
何しろラウラは、昨日からずっと同じようなことを繰り返していて、まったく改善する様子を見せていないのだ。
最初のうちは
ビアンナとの会話で自分の気持ちに気付くことができたラウラだったが、それ以降、シゲルの顔を見ては顔を赤くして視線を
さすがにそこまであからさまだとフィロメナも気付かないはずがなく、今もって改善していないラウラを見て、ビアンナに確認したというわけだ。
そんなフィロメナに向かって、ミカエラが
「あら、何を言っているのよ? フィーだって、似たようなものだったじゃない」
「そそ、そんなことはないぞ!? ……はずだぞ? はず、だよな?」
最後の方は自信なげな顔になって、フィロメナはマリーナを見た。
フィロメナから視線を向けられたマリーナは、クスリと笑ってから答えた。
「残念ながら、今回はミカエラのほうが正しいわね」
「マリーナ!?」
それを見て、フィロメナは僅かに肩を落として続ける。
「……そうか。傍から見るとこう見えるわけか。…………なんといえばいいのか……」
「別に何か言う必要はないわよ。こういうときは、黙って見守っているのが一番。それは、フィーも良く分かっているでしょう?」
悩ましそうな顔になっているフィロメナに、マリーナがそう返してきた。
フィロメナもマリーナも長い短いの差はあるにしろ、同じような経験があるだけに、ラウラの状態はそれなりに理解することができるのだ。
そんな会話をしていたフィロメナたちのところに、シゲルが近寄って来てこそこそと話し始めた。
「
「あら。何を仰っているのですか。ある意味、望み通りになったのですから、ここから先はシゲル様が責任を取るべきです」
きっぱりとそう言い切ってきたビアンナに、シゲルは何ともいえない顔になった。
「望み通りって……これはさすがに……いや、それはちょっと
首を振りながらそう言ったシゲルに、ビアンナはニコリと笑い返した。
ラウラがここまであからさまな態度をとっているので、シゲルも彼女がどういう状態なのかは確認しなくてもいい。
厄介なことに(?)、それを
そもそも、一緒に暮らすようになってからしばらく経つが、性格も容姿もなにも文句がないということは十分に分かっている。
それどころか、
そんな非の打ち所がない女性に好意を向けられて、シゲルとしても悪い気がしないのは、当たり前のことだ。
以前にあんな話をした以上は、ビアンナが言う「責任を取る」必要があることも理解していた。
「うーん。といっても、あの状態をすぐに治す方法なんて、さすがに分からないよ?」
シゲルがそう言いながらラウラに視線を向けると、こちらの様子を
今のラウラの心境としては、話の内容は気になっているが、わざわざ近寄って来て聞くのが怖いといったところだろう。
シゲルの言葉に、ビアンナがキョトンとした顔になって聞いた。
「落ち着くまであのままでよろしいのではありませんか? 無理に治そうとするとこじらせると聞いたことがありますよ?」
「こじらせるって……いやまあ、間違ってはいないと思うけれど、もうちょっと別の表現が……」
シゲルはそう言いながらも声を小さくしていった。
ここでそんなことを言っても仕方ないと思い直したのだ。
「そんなことよりも、ラウラがあんな状態で、この先の話し合いはできるの?」
「その辺りは問題ないと思います。
ビアンナがきっぱりとそう言い切ったので、シゲルはどうにか納得して
実際のところは半信半疑だったのだが、結局この後に行われた今後についての話し合いでラウラの挙動不審がなりを潜めているのを見て、教育ってやっぱり恐ろしいなと思い直すシゲルなのであった。
◇◇◇
今後の古代遺跡について各国に広める旅については、十分に準備を行ってから一気に行くことになった。
ホルスタットと関係のよくない帝国にも行ったことで回る国はあと三つくらいで十分だろうということになったので、そのための資料を主にフィロメナが用意することになったのだ。
そのため、シゲルには空き時間ができていた。
折角なので、その時間を利用して、『精霊の宿屋』の確認をすることにした。
まず精霊たちだが、初期精霊の三体は順調に成長していて、上級Gランクまで上がっている。
周辺探索で採取してくる物も、魔物との戦闘も十分すぎるほどの活躍を見せていて、正直シゲルの出番はないほどになっている。
さらに、新たに加わった地の精霊のノーラは中級Bランクと、こちらもきちんと成長していた。
問題なのは、中級Aランクで止まったままのサクラとスイだ。
最近上がったばかりのスイはともかく、サクラはずっとそのランクで足踏みしたままである。
「うーん…………。上がらないのは良いとして、なぜ上がらないのか分からないのが問題なんだよなあ……」
画面を見ていて思わずそう
「シゲルは、私たちのランクが上がらないと気になる?」
「いや、そんなことはないよ。別に今のままでも困ったことがあるわけじゃないし」
「そうなの?」
シゲルが『精霊の宿屋』のシステム画面を見ながら悩ましい声を上げているところを見ているリグとしては、少し不思議な感じがしたのか、首を傾げている。
そのリグに、シゲルは一度頷いてから言った。
「そうなんだよ。『精霊の宿屋』の管理もちゃんとできているからね。ただ、折角成長することが分かっているのに、成長させてあげられないのが残念かな?」
サクラとスイのランクは、すでに上級精霊になることができると表示がされていた。
それでもランクアップしていないのは、何か問題があるからだと分かっている。
だとすれば、その方法を見つけてあげるのが自分の役目だと考えているので、シゲルは悩ましい顔をしているのだ。
不満そうな顔になっているシゲルを見て、リグが慌てて首を振った。
「スイもサクラも、ちゃんとシゲルには感謝しているよ! だから別に残念に思う必要はないと思う!」
「そうなの?」
「うん!」
初めて聞く話にシゲルが聞き返すと、リグは元気よく頷いていた。
どうやらリグに気を使わせてしまったらしいと察したシゲルは、笑いながら続けた。
「そういうことなら、焦らずにのんびりとやっていくか。ああ、そうだ。ついでだから、自分は不満を持っているわけじゃないと伝えておいて。特にサクラには」
サクラは、画面を通してしか交流することができない。
そのため、感情を察することもなかなか難しいのだ。
「分かった!」
シゲルの言葉に、リグが嬉しそうな顔になって頷いていた。
リグにとっては、シゲルがきちんとそれぞれの精霊を気にかけてくれているのが嬉しいのである。
その後のシゲルは、リグと軽く会話をしながら『精霊の宿屋』の調整を行った。
箱庭内は大きな変化は加えていないが、きちんとバランスが良くなるように細かい変更を加えたのだ。
特に植物に関しては、一つの種類に偏らないように、気を付けて植えている。
以前の狭かった世界であればそれでも良かったのだが、これだけ広くなれば、病気などのことも考えると一種類に偏らせるのは得策ではない。
それらの変更を行ったシゲルは、その日の夕食を作るために、自室を出ていくのであった。
◇◇◇
幸いラウラの病(?)は、数日のうちに治った。
フィロメナたちの準備が終わる前に収まったのは、ビアンナの保証があったとはいえ、安心できることではあった。
勿論、病(?)が治まったからといって、熱視線などが無くなったわけではない。
シゲルはその理由を十分に理解していたが、今のところ答えは出していない。
気持ちの整理はすでにできているのだが、もう少しだけ自分自身の気持ちをしっかりとたしかめようとしていた。
フィロメナとマリーナの二人をさっさと受け入れておいて、なぜラウラの時は違うのかと思わなくはないが、この先のことを考えれば、勢いだけではなくきちんと自分の中で整理をしておいたほうが良いとシゲルは考えているのである。
そんなシゲルやラウラの
その準備が整ったのを待ってから、アマテラス号を使って前もって決めた各国へと向かった。
ホルスタット王国、ゲルリオン帝国に続いて、三カ国目、四カ国目は、特に問題も起こらずにことは進んだ。
それぞれの国で対応は違っていたが、それでも「検討する」というお役所的答弁はもらうことができていた。
問題が起こったのは、五カ国目のバクラット王国に入ってからのことだった。
遺跡を担当している部門で前史文明についての話をしたところまでは、ほかの国々と同じだ。
だが、その後に折角だからと案内された部屋について行ったのがいけなかった。
部屋には複数の貴族たちが集まっており、事前に想定されたことを口々に言ってきたのである。
その貴族たちの言い分を要約すると、次のようなものになる。
「風の都はわが国の資産であり、当然そこから産出されたアマテラス号は、わが国で扱うべき物である」と。
貴族たちの言い分を一通り聞いたフィロメナは、盛大にため息をついた。
こういう輩が出てくるのは最初から分かっていたが、まさか風の都のおひざ下であるバクラット王国で大精霊に反するようなことを言われるとは思っていなかったのだ。
「
「そんなものは貴方方の虚言だ!」
きっぱりとそう言い切った貴族の一人を見て、逆にシゲルたちはなるほどと納得していた。
そもそも風の都があるオネイル山脈では、大精霊が発見されたという報告例はほとんどない。
大精霊の話は
アマテラス号はすでに何カ国か訪ねていて、そこでチンピラやら小者やらがちょっかいを掛けてきたりしているが、大精霊そのものが目撃されたことはない。
精霊がやったのではという事例はいくつか確認されているが、大精霊そのものが目撃されたという話は伝わっていないのだ。
それらのことからも、目の前にいるこの貴族たちは、フィロメナたちの虚言だと勝手に決めつけてしまったようだ。
貴族の立場で威圧をしてくる相手に、シゲルを除いたほかのメンバーは特に気にした様子もないような表情をしていた。
シゲルはシゲルで
それはともかく、貴族に指を差されたフィロメナは、ため息をついてから答えた。
「貴方方がそう思われるのは勝手だが、だからと言ってアマテラス号をはいそうですかと渡すわけには行かないな」
「やはりそうだ! あれが大精霊の持ち物だというのは、君たちの
はっきり言えば、付き合いきれないというのがシゲルたちの本音だが、この場で騒ぎを起こして逃げ出すわけにもいかない。
今のところ言葉で攻め立てられているだけなので、こちらから手を出せば、それが不利な状況を招くことになりかねないのだ。
とはいえ、今目の前にいる者たちは、口で言っても理解してくれるような相手ではないことは、皆が理解していた。
さてどうしたものかと少しだけ考えたフィロメナは、視線をラウラへと向けた。
下手に自分がつついて刺激をするよりも、こうした相手に慣れているラウラに任せたほうが良いと判断したのだ。
その意図をしっかりと
「ではお伺いしますが、大精霊の持ち物ではないとする貴方方の言葉の根拠はなんでしょうか?」
「ふん! そんなものは簡単だ。我々は、長い時を掛けてあの遺跡を調査して来た。だが、これまでそんなものは発見したことがない!」
「そうだ。どうせどこかで作ってもらったものを、大精霊の仕業だと言い訳をしているだけだろう?」
あれほどの船を作れる者がいれば、それだけで大騒ぎになってもおかしくはないはずなのだが、貴族たちの間ではすでにそれが確定事項となっているらしい。
その貴族の言葉に、ほぼ全員が頷いていた。
さすがにフィロメナが呆れた顔をしていたが、ラウラは特に顔色を変えずにいた。
「なるほど。では、それほどの技術者はどこにいらっしゃるのですか?」
「何を言っている! それは、あの船を手に入れた
ラウラは、あつかましくもそんなことを要求してきたその貴族に、あからさまに呆れたような視線を向けた。
「残念ながらそんな技術を持った者は、わたくしは寡聞にして知りません。それは、彼女たちも同じでしょう。紹介しろと言われてもできませんよ」
ラウラがそう答えると、貴族たちが
さすがにうるさすぎてラウラは少し顔をしかめてから続けた。
「できないことをやれといくら言われても、できません。ここで騒いでも、それしか答えようがありませんよ」
粘り強くそう答えるラウラに、それでも貴族たちは収まらなかった。
さすがにフィロメナたちが、呆れを通り越してそろそろ怒りに変わりそうだったので、それをシゲルが抑えておいた。
ラウラが、我が
しばらくの間、ラウラは貴族たちの騒ぎを黙って聞いていた。
十人近い貴族の暴言に近い言葉をじっと聞いているだけでもかなりの苦痛のはずだが、ラウラは特に気にした様子もなくそれを黙って見ていた。
ラウラは、こうした相手を前にしても自分を見失うことがないようにきっちりと教え込まれているのだ。
貴族たちの勢いが減じたところで、ラウラはふと思い出したというような顔を作ってから聞いた。
「ところで、
その問いを聞いて、シゲルは心の中でなるほどと納得していた。
横を見れば、フィロメナたちもシゲルと似たような顔になっている。
ラウラはその問いがしたくて、わざと貴族たちが騒ぐように仕向けていたのだと理解できたのだ。
その問いの意味をきちんと理解できたのか、騒いでいた貴族たちが一瞬黙り込んだ。
そして、その中の一人が、わざとらしい笑みを浮かべながらすぐに応じてきた。
「何を仰っているのか分かりませんな。なぜ、貴方たちがそのようなことを気にするのだ?」
「いえ、単に、大精霊の怒りに触れた場合に、被害がどれほどになるのか確認しておきたかったのです。さすがに一国が
今までと変わらずに、表情を変えずに淡々とそう答えたラウラに、目の前にいる貴族たちは今度こそ完全に黙り込んでしまった。
これまでの主張を完全に肯定するのであれば、ラウラの言ったことなど虚言だとして無視をすれば良い。
だが、頭のどこかで、もし大精霊が後ろにいるのであればという考えが、ラウラの表情を、言葉を聞いて浮かんでしまったのだ。
あの船に大精霊がついているのであれば、そして本当に大精霊の怒りに触れればどうなるのか、それは
三十秒ほど黙り込んでいた貴族たちだったが、その中の一人が口を開いた。
「我々は、独自に動いているだけだ。だからこそこの場所まで来てもらったのだ」
少しだけトーンダウンしたその声に、ラウラは表情を変えないまま
「そうですか。それでしたらこの先何が起こっても、貴方たちの責任でことを収めるということでよろしいですね」
貴族に向かってそう言ったラウラは、今度はフィロメナに視線を向けた。
「そういうことだそうです」
そこまで言われて視線の意味に気付かないフィロメナではない。
フッと笑みを浮かべたフィロメナは、「そうか」とだけ言って頷いた。
ラウラがここで確認というよりも言質を取っておきたかったのは、後ろに国がいるわけではないという言葉だ。
それならば、フィロメナたちがどれだけ暴れたとしても、貴族たちとシゲルたちだけの騒ぎで済む。
いくら厄介な話を持ち掛けられたとしても、フィロメナたちは国全体を滅ぼすような事態にはしたくなかったのである。
ついでに言えば、国ではなくただの貴族が相手であれば、勇者であるフィロメナに同調してくれる者はいくらでもいる。
あっさりと自分たちが簡単に勝負できる舞台に貴族たちを引きずり落としたラウラに、シゲルたちは内心でさすがだと感心していた。
フィロメナの返答を聞いたラウラは、再び貴族たちに向き直った。
「それでは、わたくしたちは、これ以上用はないので、これで失礼させていただきます」
「なっ!? どういうつもりだ! そんなことが許されると……」
貴族の一人が半ば叫ぶようにそう言ってきたが、途中でフィロメナが割り込んだ。
「お前たちが許す許さないは関係ない。私たちに用が無いのだから、もう下がらせてもらう。それとも力で私たちを押さえつけるつもりか?」
強めの口調でフィロメナがそう問いかけると、貴族たちは黙り込んだ。
シゲルたちからすればお花畑思考の彼らも、フィロメナを武力で押さえつけることの難しさは、しっかりと理解しているようだった。
その反応を見たシゲルは、余計な犠牲者が出なくてよさそうだと、内心で安心していた。
ラウラとフィロメナの言葉を聞いたミカエラが、この時点で立ち上がって言った。
「やれやれ。結局無駄な話し合いだったわね。もうちょっと実のある話が聞けると思ったんだけれど」
「仕方ないわ。彼らは、自分たちの利益しか考えていないのだもの」
サクッとそう返したマリーナを見て、シゲルは苦笑することしかできなかった。
話している内容はもっともなことなのだが、それを聞いている貴族たちからすれば、
現に、何人かは青筋を立てそうな顔になっている。
マリーナの言葉は、裏を返せば自分たちに利が得られれば、実りのある話ができたと言っているのだが、それに気付く者はいなかったようだ。
少なくとも、そのことについてこの場で言及してくる者は、一人もいなかった。
その様子を見て、最後まで座っていたフィロメナが立ち上がった。
「本当に話が無いようなので、これで失礼させてもらう。次があるかは分からないが、今度はこのようなことが無いようにして欲しいものだな」
二度と会うつもりはないが、フィロメナはそんなことを言って締めの言葉とした。
フィロメナの言葉を最後に、シゲルたちは呼ばれた部屋から出て行った。
そして、シゲルたちをその場に呼び出した貴族たちは、それをただ黙って見送ることしかできないのであった。