第四章 精霊使い



 味噌や醬油のことはできるだけ早くホルスタット王国へ報告すると決めたが、その日のうちにというわけにはいかなかった。

 理由は単純で、ラウラの準備ができなかったためである。

 どうせ話をするのであれば、王家に持っていくのが筋であるし、何よりも折角ラウラがいるのだからそれを利用しない手はない。

 ──ないのだが、ラウラもフィロメナの家に来たばかりで、生活を整えるために数日の時間を必要としたので、遅れたのである。

 王家の姫としては限られた荷物だけで来ていたラウラだが、それでも相応の物は持って来ている。

 それらを整理するのに、時間がかかったのだ。

 それに、シゲルはシゲルでラウラの準備を待っている間何もしていなかったわけではない。

 折角だからということで、味噌と醬油の作り方をまとめた書面を用意していた。

 ただ、書面といっても事細かく書いていたわけではない。

 そもそも王家の人間に細かい作製方法を伝えても仕方ないので、作り方の概要と今後の展開を見込んだ大豆の必要性を書いただけである。

 それでも事前にラウラに見せたところ、それで十分だと言ってくれていた。


 ラウラがフィロメナの家に来てから三日後、シゲルは再び王都へと向かった。

 今回はさほど大きな話になるわけではないので、行くメンバーは全員ではなく、シゲルとフィロメナ、それに肝心要のラウラである。

 ついでにラウラの護衛としてルーナも付いて来ている。

 さすがにラウラがいるだけあって、話が通じるのは早かった。

 といっても今回は王に話をしたのではなく、ラウラの弟であるカイン王子に話をしていた。

 いきなり王に話を通そうとするよりも、そちらのほうが話が早いというラウラの助言に従ってのことだ。

 そして、カイン王子と対面したシゲルたちは、早速とばかりに話をする──前に、こんなことを言われてしまった。

「どうしたのですか、姉様? たったの三日でもう縁切りをされましたか?」

「ち、違いますよ!? いきなりなにを言っているのですかっ!」

 ラウラは慌てた様子で、そう言いながらチラチラとシゲルを見てきた。

 シゲルはそれに気付きつつも、カインに苦笑を向けることしかできない。

 そんなラウラの様子に、一瞬だけ驚いたような表情を見せたカインだったが、それには触れずに首を傾げて聞いた。

「それでは、一体何があってこんな急な呼び出しを?」

 あまりにフットワークが軽い王のせいで忘れがちだが、普通は王族と対面するとなると面倒な手続きが待っている。

 それをせずに、姉弟きようだいとしての縁だけで呼び出したのだから、カインが不思議そうな顔をするのも当然だ。

「それなのですが……まずはこれを」

 ラウラはそう言いながらシゲルへと視線を向けた。

 ラウラからの視線に頷いたシゲルは、アイテムボックスからの現物とそれを使って作った料理を取り出した。

 ちなみに、作った料理はこの三日間で一番評判が良かった豚汁だ。

 豚汁は時間経過が起こらないアイテムボックスの中に入れていたので、温かいままである。

「これは……?」

 カインは、湯気を上げている豚汁を見て首を傾げていた。

「まずはなにも聞かずにそれを飲んでみてください。あ、熱いから気を付けてくださいね」

 毒味を受けている物ばかりを口にしている王族は、熱湯に近い温度の料理を口にすることは滅多にない。

 そのためラウラは、念のためそう注意をしておいた。


 その念押しがあって良かったのかどうかはともかく、カインはラウラに勧められるままに豚汁を口にした。

 そして、豚汁を口にしたカインは、一瞬驚いたように目を見開いて、さらに続けてもう一口飲んだ。

「これは…………

「どうですか? 中々興味深い味わいですよね?」

 少しだけ勝ち誇った様子でそう言ったラウラに、カインはコクリとうなずいた。

「たしかに、その通りですが、それより私も初めて口にする…………ああ、なるほど」

 不思議そうな顔で話をしていたカインは、その途中でシゲルを見ながら頷いた。

 今自分が口にした豚汁が、渡り人であるシゲルに出されたということの意味に気付いたのだ。

 カインの反応に満足げな表情になったラウラは、シゲルが用意した書類を渡しながら言った。

 その書類には味噌やしようの作り方が書かれている。

 下手に作れば食中毒なども出てしまうので、注意点もきちんと書いていた。

「一応、こちらで概要を用意しておきました。──言っておきますが、シゲルさんが作ったものですからね?」

「おや。もう、『さん』になっているのですか」

「カ、カイン!」

 何故なぜだか書類ではなく、シゲルの呼び方に反応したカインに、ラウラは顔を赤くした。


 それを見て笑っていたカインは、シゲルに視線を向けて言った。

「これは間違いなく王に渡しておきます。それから、姉上を大切にしてくださって有り難うございます」

 そう言って頭を下げてきたカインに、シゲルは戸惑った表情を見せた。

「いや、別にそんなに大層な扱いをしているわけではないのですが……」

「ハハ。そう言えることが、すでに良いことなのですよ。女性の王族にとっては、嫁入り先で『普通』の扱いをされることのほうがまれなのですから」

 そう言いながら寂しそうな表情になったカインに、シゲルは何とも言えない顔になった。

 王族なんて存在と身近に接したことが無かったシゲルには、それがどういう意味を持つのか、実感が湧かなかったのだ。

 何とも微妙な空気になったところで、フィロメナが音を立てて両手を合わせながら言った。

「シゲルがラウラ姫を大切に扱っている。今はそれが分かっただけでいいではないか。それよりも、味噌と醬油の扱いに関しては任せてもいいのか?」

「ああ、そうですね。それでしたら、今から私が父上に掛け合ってくるので、少々お待ちいただけますか?」

 そのほうが話が早いと続けたカインに、シゲルたちは顔を見合わせてから同意した。

 事前の話し合いで、直接王と話をしたほうが良いということを言っていたので、カインの申し出は願ってもないことだった。

 王太子だからといって、すぐに王と会えるというわけでもないが、王はフィロメナたちが王城に来ていることはすでに知っている。

 そのフィロメナたちと対面していたカインが会いたいと言えば、誰かと面会でもしていない限りは、すぐに会えるだろう。

 シゲルたちにそう言ってきたカインは、一度その部屋から出ていくのであった。


    ◇◇◇


 カインがアドルフ王を伴って来たのは、それから一時間ほどが経ってからのことだった。

 もちろんシゲルたちは、なにも言わずにただ待たされていたわけではなく事前に知らされていたので、その間はラウラの部屋に行ってプチお茶会を開いていた。

 まあ、お茶会といっても、侍女が用意した飲み物を飲みながら雑談をしていただけだ。

 部屋付きの侍女から王と王太子が来たと告げられたシゲルたちは、立ち上がってその二人を出迎える。

 そのシゲルたちを見て、アドルフ王は軽く会釈をしてから言った。

「楽にするといい。それよりも、書面の件だが、カインを中心に進めることになった。まずは、王族を中心に進めるようにしたほうが話が早い」

「王。けれど、それでは……」

 王族が独占することになりかねないのではないかと続けようとしたラウラを、アドルフ王は右手を上げて遮った。

「早まるな。あくまでもカインを中心に据えるだけだ。そのほうが貴族たちを抑え込めるしな。こういうものは、いきなり平民に広めようとしても、中々上手くいかないぞ? だからこそ、私に話を持ってきたのだろう?」

 まったくもってその通りなので、ラウラは黙り込んでしまった。

 その代わりに、今度はフィロメナが口を開いた。

「それならそれで構わないのですが、そもそも大豆の増産は間に合うのでしょうか?」

「そこが頭の痛いところだな。カインは絶対に受け入れられると話してはいるが、最初の段階でどの程度広がるかは、まったく読めん。なにしろ初めて口にする調味料だからな」

 いきなり大需要を目指して大豆を大量に生産しても余る可能性がある。

 だからといって、少なく見積もっても世間一般に広まるのが遅くなってしまう。

 初めて世に出る調味料なので、需要と供給のバランスを考えるのが非常に難しいところだ。

 難しい顔をしているアドルフ王とカインに、フィロメナが続けて言った。

「国内のことに関してはお任せします。ですが、ほかに広めることは許可いただけるのでしょうか?」

 そこがシゲルにとっては一番重要なところだ。

 そもそもそれの許可がもらえなければ、この話自体を無かったことにすることも一つの選択肢として考えているのだ。

 そのフィロメナの問いに、アドルフ王はアッサリと頷いた。

「ああ、それについては問題ない。どちらにせよ大陸中の需要を満たせるほどに、いきなり大豆の増産などできないからな」

「そもそも、西の方面でこの味が受け入れられるかは分かりませんからね」

 王に続いてカインがそう言うと、シゲルたちも納得した顔になった。

 当然ながら各国では好まれている料理や味も異なっている。

 そうした味覚の違いが、味噌や醬油を受け入れるかどうかを未知数にしているのだ。

 そんなところにいきなり打って出るほど、ホルスタット王国の王家は財政に困っているわけではないのだ。

 その後は、簡単に話をしただけで王との話し合いは終わった。

 シゲルたちとしては、書面に書いてある条件さえ守ってくれれば良かったので、話も簡単だったのである。

 あとはカインと今後の連絡をどうするかという話を詰めたくらいで、特に大きな衝突(?)もなく、シゲルたちは王都を後にするのであった。


    ◇◇◇


 ホルスタット王国の王都での話し合いを終えたシゲルたちは、フィロメナの家に戻って次の候補地の話し合いをしていた。

 味噌や醬油は、一国だけで広めても仕方ないと考えているので、次をどこにするかが重要だ。

 その話し合いの中で、ミカエラがふと思い出したように言った。

「そういえば、そろそろ行っておいたほうが良いわよね?」

 そう言いながら何故だか自分を見てきたミカエラに、シゲルは首を傾げた。

 ただし、フィロメナとマリーナは、それだけで何のことか分かったような顔をしていた。

「たしかに、ここがちょうどいいタイミングかも知れないな」

「移動にさほど時間が掛からなくなったのも大きいわね。折角だからついでに寄って行きましょう」

 そう言って三人で頷き合っているフィロメナたちに、首を傾げたままのシゲルが聞いた。

「あの~……? 何の話?」

 自分に関係することだとは分かっても、具体的に何のことだかはまったく見当がつかない。

 不思議そうな顔をしているシゲルに、ミカエラが少しだけあきれたような顔になって言った。

「前にね、あなたの精霊に関する常識のなさをどうするべきかと話し合ったことがあるのよ」

「そうだ。特に契約精霊に関してだな」

 フィロメナがミカエラに続いてそう言うと、ラウラが納得した顔で頷いていた。

 このたった数日で、ラウラ姫にもシゲルが精霊に関しては常識外の存在であると、すでに理解されているのである。

 当たり前のように上級精霊がうろついているのが見られるので、それも当然だろう。

 ちなみに、シゲルはビアンナやルーナがいるのにもかかわらず、契約精霊の存在を隠していない。

 それは、契約精霊が一体だけではなく複数いることを示して、抑止力にするという方針に変わったためだ。

 ただし、『精霊の宿屋』のことに関しては、まだラウラにも話していない。

 とはいえ、ラウラは何となく契約精霊以外の何かがあるのではと考えているようなそぶりを見せている。


 とにかく、フィロメナたちの話で、シゲルが契約精霊に関して常識知らずだということは、この場での共通の認識になっていた。

 これに関しては、シゲルも反論できないので、無駄な反発はしない。

「とはいっても、シゲルさんに常識が身に付かないのは、多分に皆様方のせいだとも思えるのですが?」

 多少控えめに、けれどもしっかりとそう主張したのは、ラウラだった。

「分かっている。だからこそ、どうにかしてシゲルに常識を身に付けさせようと、以前に話し合っていたのだ」

 ラウラの言葉に、フィロメナが渋い顔になりながらそう応じた。

 自分たちが世間一般から見て常識外な存在であることは十分に理解しているからこそ、フィロメナはラウラに反論することはしなかった。

 それは、ミカエラやマリーナも同じで、わずかに視線をらした。

 そんなフィロメナたちを見ながら、ラウラはクスリと笑って頷いた。

「そうでしたか。それで、どちらに向かうのでしょうか?」

 ラウラの言葉に、ミカエラが頷きながら答えた。

「それは勿論、私の故郷よ」

 ミカエラがそう答えると、ラウラは納得の顔で頷いた。

 ただし、そもそもミカエラの故郷のことをほとんど話にも聞いたことが無かったシゲルは、再び首を傾げた。

「ミカエラの故郷?」

「そうよ。一言で言えば、ほぼエルフだけで住んでいる里ね」

 この世界でのエルフは、森に完全に引きこもっているわけではないため、そこそこ大きな町では比較的見ることができる。

 ただ、昔から森の中で生活を続けている集団もあり、ミカエラはその森の中の出身なのである。

 ミカエラは、遺跡調査の旅に出る前はその故郷に身を寄せていたので、別に仲が悪いとかいうことはない。

 イメージ通りに森に住んでいるエルフがいると聞いていたシゲルは、納得した顔で頷いた。

「ミカエラがどこに住んでいたのかは聞いていなかったけれど、前は森にいたんだ」

「まあね。別に隠していたわけじゃないけれど、特に言う必要も感じなかったから」

 一度そこで言葉を区切ったミカエラは、シゲルを見ながらさらに続けた。

「とにかく、シゲルにはその里に行って、一般的な精霊との関係を見てもらうから!」

 そう言いながらビシッと人差し指を突きつけてきたミカエラに、シゲルは無作法だと指摘するかどうか迷った。

 この世界では、人に指を突きつけるのが、失礼に当たるかどうかが分からなかったのだ。

 それはともかく、シゲルに常識的な契約精霊との関係を見せることについては誰にも異存が無いようで、途中でミカエラの里に寄ることは決定事項となった。

 シゲルも、自分たち以外の契約精霊持ちを間近で見たことがないので、特に反対することはしない。

 さらに言えば、森に住んでいるというエルフも見るのは初めてなので、それを楽しみにしているということもある。


    ◇◇◇


 エルフの森に関する話し合いから数日後。

 シゲルたちは、アマテラス号に乗ってホルスタット王国の王都から目的地であるエルフの里へと向かっていた。

 その途中にある国にも寄って行こうかという話も出たのだが、まずはシゲルを優先しようということになったのだ。

 それは勿論、各国の王と会う前に、多少なりともシゲルに常識を身に付けさせたほうが良いという、全員の一致した意見に基づいてのことだ。

 シゲルとしては、若干納得のいかない部分もあったが、この件に関しては孤立無援なことを理解しているので、それを口にすることはしていない。

 王都から里へと向かう途中のアマテラス号の中で、ミカエラが感心した様子で外の景色を見て言った。

「それにしても、本当に便利よね。ホルスタットの王都から一日もかからずに里に戻ることができるなんて」

 すでに何度か同じ台詞せりふを言っているミカエラだったが、ほかの面々も飽きることなく同調している。

「本当にね。もし、この乗り物が量産できたら、世界が変わるわね」

「あー、それはたしかに」

 実際に飛行機の登場によって世界が変わっていることを知っているシゲルは、実感のこもった言葉でそう返した。

 そのシゲルの雰囲気を読み取ったのか、フィロメナが興味深げな顔になっていた。

「なんだ。シゲルはそういう世界を知っているのか?」

「知っているというかなんというか……自分がいた世界は、これよりも速くてもっとたくさんの人を運べる乗り物があったから。この飛空艇とは原理はまったく違っている物だけれどね」

 シゲルがそう答えると、ほかの面々は一斉に視線を向けてきた。

 その顔は、そんな話は聞いたことがないという表情をしている。

 シゲル以外の皆を代表して、フィロメナがずいと顔を近づけながら聞いて来た。

「そうなのか? そんな話は聞いたことがないぞ?」

「あれ? そうだっけ? アマテラス号を見た時に、似たような話をしたと思ったけれど?」

 最近加わったばかりのラウラはともかく、フィロメナたちには飛行機の話をした記憶がある。

 ただし、今のような具体的な話をしたかと聞かれれば、たしかにしていなかったかもとシゲルは思い直した。


 記憶を探ってもその辺りのことを思い出せなかったシゲルは、改めて飛行機のことを話すことにした。

「うーん。なんといったら良いのかな? とにかく、さっきも言った通り、アマテラス号とは違った原理で空を飛ぶ飛行機と呼ばれるものがたくさんあって、世界中の空を飛び交っていたんだ。それこそ何百何千と」

「──何というか……まったく想像ができないな」

 シゲルの話を聞いて少しだけ考えるような顔をしていたフィロメナだったが、最終的には首を左右に振りながらそう返してきた。

 ほかの面々もそのフィロメナと同じような顔をしている。

 それらの顔を見て、シゲルが真顔でうなずいた。

「まあ、そうだよね。自分だって魔法がまったくない世界から来て、こっちで見たものは、想像とは全然違っていたから」

「そんなものか?」

「そんなものだよ。まあ、とにかく、自分がいた世界は、空を飛ぶものに限らず、乗り物が非常に発達していた世界だと思って間違いないかな。少人数、大人数に限らずね」

 シゲルがいた地球という世界は、交通手段が非常に発達した場所だった。

 それらの交通手段を駆使して、文明が発達していたといっても過言ではない。

 そこまでのシゲルの話を聞いたラウラが、おずおずとした様子で切り出してきた。

「それらの乗り物をこちらで再現することはできないのでしょうか?」

「あー、理論がまったく違っているからねえ。一からその技術を作りだすんだったら、まだアマテラス号を再現できるように目指したほうが早いと思うよ?」

「そうですか」

 この世界では、アマテラス号でさえ再現できるかどうか分からないのだ。

 それ以上に難しいと言われてしまえば、期待はできない。

 シゲルの言葉を聞いてあっさりとあきらめたラウラを見てから、フィロメナが宣言した。

「どちらにせよ、遺跡のこともこれから明らかになっていくはずだから、魔道具研究も進むはずだ。とりあえずは、目指せアマテラス号だろう」

 目標として一番身近にあるアマテラス号を目指すのは、悪いことではない。

 それが分かった一同は、フィロメナの言葉に大いに納得した顔になるのであった。


    ◇◇◇


 エルフの里は、シゲルの思っていた通りに森の中にある。

 ただし、ある程度の森林を切りひらいて農業を行っているところは、微妙にイメージと違っていた。

 その代わりに、安定して作物が手に入るためか、数千人単位のエルフが生活を営んでいる。

 これだけの人数が集まれば、中には里を出て外の世界に旅立とうとする者が一定数出てくるのも当然といえるだろう。

 ついでに、この傾向は別にミカエラの故郷だけではなく、ほかのエルフの里でも似たような状況になっているそうだ。

 この大陸においてエルフは、森に隠れ住む種族ではなく、単に住んでいる場所を限定している種族とみられているのだ。

 想像していたよりも広い里を見て、シゲルは感心した顔で頷いていた。

「これがエルフの里か。思っていた以上に拓けているんだね」

「なによ。シゲルは、もっと田舎いなかだと思っていたの?」

「いやまあ……ぶっちゃけ?」

 少し呆れた顔でにらんできたミカエラに、シゲルは肩をすくめながらそう告白した。

 そのシゲルの答えにため息をついたミカエラは、里を見回しながら続けて言った。

「まあ、だいぶ昔はシゲルのイメージする里そのものだったみたいだけれどね。それじゃあほかの種族にみ込まれるということで、大陸中で意識改革が起こったみたいよ?」

 以前のエルフは、シゲルがイメージする通りの森の中で狩猟採取を行って細々と生活を営んでいる集団だった。

 だが、ヒューマンの数が増えてくるにしたがって、このままでは数に吞み込まれると農耕も行うようになったという。

 そのお陰で、なんとか吞み込まれないだけの人数を確保することができたというわけだ。

 エルフは、幼少期を除けば、ほぼすべての者たちが精霊術を使える。

 もしどこかの国が軍隊を伴って攻めてきたとしても、その全員で攻撃をすれば、大損害を与えることは確実である。

 そうなれば、攻めてきた国は弱ったところを他国から攻め込まれることもあり得るので、エルフの里を攻めるのをちゆうちよするというわけだ。

 まあ、そんな極端なことにはならないにしても、国を相手に十分に交渉することができる。

 そうして現在のエルフは、勝手にされないような立場を手に入れているのである。


    ◇◇◇


 里の中に入ったシゲルたちは、ミカエラに誘導されるまま長老がいるという家に向かった。

 さすがにこれだけの規模の里を導いているだけあって、長老の家はそれなりの広さがある。

 エルフらしく木組みが基本となっているその家は、シゲルの感覚ではどこかの武家屋敷のようにも見えた。

 長老の家に来たのはミカエラのあいさつがあるからで、そこまで込み入った話があったわけではない。

 ただし、シゲルにとっては少しだけ気になる会話がされていた。

 それは、久しぶりに里に戻ってきたミカエラに、長老がとある質問をした時のことだ。

「今回は何の用があって、里に戻ってきたのじゃ?」

 長老とはいっても見た目はほとんど老けていない長老にシゲルが内心で戸惑っている間に、ミカエラが何故なぜかシゲルを見ながらその問いに答えた。

「自分の立場をよく理解できていない者がいるので、少しばかり常識というものを教えようかと思いまして」

「ほほう。なるほどじゃ」

 ミカエラの答えを聞いた長老は、シゲルのそばに控えていたラグを見ながら納得した顔で頷いた。

 シゲルは里に入る前に、ミカエラから上級精霊の誰かを最初から表に出しておくようにと言われていたのだ。

 エルフの里では、契約精霊がいる者は、一定の敬意が払われる。

 しかもその精霊が上級となれば、あこがれ以上のものを抱く者もいるだろう。

 そのため、余計なトラブルに巻き込まれないように、上級精霊を見せておいたほうがいいというのがミカエラの弁だった。

 残念ながらこれだけの人数がいれば、エルフにも危ない考え方をする者は出てくる。

 そこまでの会話であれば、シゲルもごく普通の内容として聞き流していただろう。


 だが、聞き捨てならない会話がされたのは、その後のことだった。

 頷いていた長老が、少しだけ首を傾げてミカエラにこう聞いてきたのだ。

「じゃが、常識を教えるだけなら其方そなたがいれば十分ではないか?」

「知識として教えるのであればそうなのですが、どうにも実感が湧いてくれないようでして。ここは一つ現物を見せたほうが良いだろうという話になったのです」

「現物……なるほどな。じゃが、現物か……」

 ミカエラの言葉に一応の納得の色を見せた長老だったが、途中から何やら考え込むような顔になった。

 そして、なぜかそれに合わせるように、ミカエラも渋い顔になっている。

 ミカエラは、長老に向かってため息をついた。

「仕方ありません。今のところこの里で上級精霊と契約しているのは、あの人しかいませんから」

「まあ、そうじゃろうな。あんなのしかいないのは歯がゆいところだが……仕方あるまい」

 何やらこれから誰かと会うことになるのだと察したが、どうにもその人物がミカエラと長老にそろってこんな評価をされるような者らしい。

 さらに言えば、言葉を発していないフィロメナやマリーナも笑いをみ殺すような顔をしていた。

 どうにも嫌な予感がぬぐえないシゲルだったが、ここまで来た以上は、その人物と会うことは確定事項だ。

 逃げようとしても、フィロメナたちが許さないだろう。

 フィロメナたちを揃ってこんな顔にさせる人物とは一体どんなものなのか。

 いろんな意味でシゲルの興味をそそられる出来事になっていた。


    ◇◇◇


 そして長老の家を辞して目的の人物と会ったシゲルは、内心でなるほどと大いに納得していた。

 シゲルに嫌な予感をさせたその人物は、右手の人差し指を顔の横に立てながら、何やら腰をくねらせている。

「あらん。上級精霊を連れているなんて、珍しいこと。私とお仲間ねん」

 シゲルを興味深そうに見ながらそう言ってきたのは、よろいのような筋肉を身にまとった長身の男性だった。

 シゲルは、テレビを通してこういった人物にはある程度の慣れがある。

 そのため変な偏見は持たずに、いつも通りに挨拶をすることができた。

「初めまして、シゲルと申します。ということは、貴方あなたも上級精霊と契約しているのですね?」

 そう言って右手を差し出してきたシゲルに、その男性は少しだけ目を丸くしてからニッコリと笑った。

「あらあら。こちらこそ初めまして~。エバエルよ。何だったら親しみを込めてエバと呼んでねん」

 エバエルは、そう応じながらシゲルの右手を握り返してきた。

 ギュッと握ってきたり、にぎにぎされたりすることもあるのかと構えていたシゲルだったが、ごく普通に握り返してきたので、少しだけ拍子抜けをしていた。

 ちなみに、この世界には、握手の習慣は普通にある。

 初対面の自分にごく普通の対応を見せたシゲルを見て、エバエルはうれしそうな顔をしながらミカエラを見た。

「随分とい男を連れてきたじゃない? もしかして、私に譲ってくれるの?」

 そのエバエルに、ミカエラは渋面を作りながら答えた。

「そんなわけないじゃない。単に上級精霊を連れている精霊使いを見せたかっただけよ」

「あら残念ねん」

 渋い顔をしたままそう言ってきたミカエラに、エバエルは心底残念そうな顔になりながらそう答えた。

 そして、ミカエラとエバエルがそんな会話をしている一方で、フィロメナが驚きながらシゲルに聞いて来た。

「ちょっと待てシゲル。なぜそんなに普通でいられるんだ?」

「いや、普通って──」

 少しだけ苦笑しながらどういうことだと続けようとしたシゲルだったが、フィロメナが固まっているラウラを示したのを見て思いとどまった。

「あー、蝶よ花よと育てられたお姫様には刺激が強すぎたかな?」

「いや、そういう問題じゃないだろう?」

 あきれたような顔でそう言ってきたフィロメナに、シゲルは苦笑を返すことしかできなかった。


 ラウラへのフォローはマリーナに任せて、シゲルはミカエラとエバエルを見比べながら聞いた。

「それで? 自分とエバエルさんを会わせて、何をさせるつもりだったの?」

「あらん、もっと親しみを込めてエバと呼んで──」

「言ったじゃない。エバエルには上級精霊がいるって」

 エバエルの言葉を無理やりに遮ったミカエラは、さらに続けて言った。

「シゲルには、自分以外の上級精霊を見てもらって、どれくらい違うかを感じて欲しいのよ」

「あ~、なるほど」

 ミカエラの言葉に、シゲルは納得のいった顔で頷いた。

 だが、逆にエバエルは不思議そうな顔になって聞いて来た。

「違いを見比べるの? そんなに違っているとは思えないけれど?」

「それは良いから貴方はシゲルに契約精霊を見せてあげて」

「あらん。随分と冷たいのね」

 そんなことを言いつつも、エバエルは素直に自身の契約精霊を呼び出した。

 エバエルが呼んだ契約精霊は、男性型で何故だか執事のような服を身にまとっていた。

「いい男でしょう? これが私の精霊で、セバスというのよ」

 エバエルがそう紹介すると、セバスは丁寧に頭を下げてきた。

「エバエルが言うように、特に変わったところはないと思うけれど?」

 セバスを見ていたシゲルは、首を傾げながらミカエラを見た。

 そのシゲルに、ミカエラは呆れたような顔になっていた。

「何を言っているのよ。決定的な違いがあるでしょう?」

 ミカエラからはっきりとそう断言されたシゲルは、改めてセバスを見直した。

 だが、どこをどう見てもただの上級精霊にしか見えない。

 ちなみにシゲルは、ずっと精霊たちを目の当たりにして来たお陰か、精霊の区別は見ただけでできるようになっている。

「うーん。まったく分からないんだけれど?」

 しばらくセバスを見ていたシゲルだったが、最後にはそう言いながら両手を上げて降参を示した。

 ついでに、エバエルも同じなのか、分からないという顔をしている。

 その二人を見て、ミカエラはため息をついた。

「あのねえ。セバスは、ラグやリグのように、話をしたりしていないよね?」

 ミカエラがそう言うと、シゲルとエバエルはほぼ同時に驚いた顔になった。

 どちらもそのことに気付いていなかったために驚いたのだが、その種類は正反対のものだった。

「大精霊とかならともかく、契約精霊が話をするなんて聞いたことが無いわよっ!?

「あ、セバスって話せないんだ」

 エバエルの言葉に、シゲルが思わずといった様子でそう返した。


 そのシゲルの素の表情に、エバエルは思いっきり納得した顔でミカエラを見た。

「なるほどねん。これはミカエラがシゲルを私のところに連れてくるわけね」

「納得してもらえて良かったわ。それからシゲル、あの時、私はきちんと驚いていたわよね?」

 ラグたちが上級精霊になって話ができるようになった時、ミカエラはたしかに驚いていた。

 さらに言えば、大精霊から言葉を教えてもらったということまでラグたちが話をしていた。

 その上でその反応はどうなんだという顔をしているミカエラはなにも間違っていない。

 間違っているのは、シゲルの反応だ。

 ついと視線をらしたシゲルを見て、ミカエラは一度ため息をついてから続けた。

「正確に言えば、契約精霊は話ができない、よ」

「そうよ。少なくとも今まではそう思われていたのだけれど……ね」

 エバエルは補足するようにそう言いながらラグを見て、小さくため息をついた。

「まさか、こんな可愛い彼女が、そんな高度な技術を持っているなんてね」

 数多くいる精霊の中でも話ができる存在は、それだけ力が強いとされている。

 そのため、そこまで力のある精霊とは契約ができないというのが、これまでの通説だった。

 エバエルの言葉を聞いて、納得しかけたシゲルだったが、ミカエラを見て首を傾げた。

「ミカエラは、ラグたちが話をできる理由をきちんと聞いていたよね?」

もちろん、でもあれは特殊すぎる例だって、ラグたちが話していたでしょう?」

 どうしてそっちに気付かないんだという顔をしているミカエラに、シゲルはそういえばそんな話もしたかと思い出していた。

 シゲルとしては、たしかに大精霊から直接教わったラグたちは特殊な存在だと理解していたが、言葉自体はほかの精霊から教われば話ができると聞いていたので、あまり重視していなかった。

 勿論、中級精霊以下の精霊が話ができないということは、きちんと覚えている。

 話ができる精霊が非常に珍しい存在だということは頭の中では理解していたが、それが実感として湧いていなかったのである。


 ここで、エバエルは恐ろしいものを見たという顔をして、恐る恐る聞いて来た。

「ねえ……。もしかして、ここにくる途中で、ラグと話をしたなんてことは……」

「あー、どうかしらね? ラグは落ち着いている性格をしているから、そうそう頻繁に話をしたりはしていなかったと思うわよ」

 シゲルは勿論、フィロメナたちもラグやリグが話をすることが当然になってきているので、どこでどのくらい話をしたなんてことは一々覚えていない。

 ただし、里に入ってから一度も話をしなかったことはないと、断言することができる。

 頻繁ではなかったが話をしていたということを聞いたエバエルは、盛大にため息をついた。

「……今頃、ほかでは大騒ぎになっているんじゃない?」

「……そうかもしれないわね」

 エバエルの言葉に、ミカエラも少し間を空けてからそう答えた。

 ちなみに、言葉を話す精霊を連れていることでそれほど騒がれるのは、エルフの里だからということもある。

 やはりというべきか、精霊使いはエルフの中に多く存在していて、一般的に伝わっている情報も多くなっている。

 エルフ以外では、話ができようができまいが、上級精霊はすごい精霊としてひとくくりで見られているのである。

 里の中で騒ぎが広がっていることを予想したエバエルは、そんなことを予想もしていないという顔をして立っているシゲルを見て言った。

「貴方がシゲルをここに連れてきた理由は良く分かったけれど、私程度じゃ役に立てる気がしないわね」

「そんなことないわよ。少なくとも、私が知る限りの最高の精霊使いを見せられたんだから」

「……私にも多少のうぬぼれはあったけれど、シゲルを前にしたらそんなこと恥ずかしすぎて、とても言えないわね」

 エバエルはそう言いながら、本日何度目かになる深いため息をついた。

 そんな二人の様子を見ていたシゲルは、フィロメナを見た。

「なんか随分と驚いているみたいだけれど、こんなもん?」

「こんなものだな。私たちはいい意味でも悪い意味でも、規格外の存在の前に立つのは慣れてしまっているからな。ここまで素直な反応を示されるのは新鮮だろう?」

「それはまあ、ね」

 フィロメナの言葉に、シゲルは苦笑しながらうなずいた。

 シゲルがこれまできちんと契約精霊を見せてきた相手は、王族くらいしかいない。

 その王族たちは、他者の前ではあまりおおな感情を見せたりしないようにしているので、エバエルのような反応を示したりはしていなかった。

 そのことが、シゲルをいつまでも実感が伴わない状況にさせていたのだ。

 その一点をとっただけでも、今回ミカエラがエバエルの前に連れてきた意味があったと言えるだろう。

 苦笑しているシゲルの顔を見て、フィロメナはそんなことを考えているのであった。


    ◇◇◇


「リグ、やりすぎないようにね」

「はーい!」

 シゲルの指示に従って、リグが嬉しそうに飛び出していった。

 向かって行った目標は、シゲルたちの前方にいる五体のイノシシである。

 勿論ただのイノシシではなく魔物の一種で、ほとんど群れることが無いイノシシの中では珍しく群れるタイプの種だ。

 そんなイノシシたちに、リグはちゆうちよなく突っ込んで行った。

 リグは、戦闘中は姿を見えるようにしてあるので、イノシシたちもすでにそれには気付いている。

 ブヒーッと声を上げながらリグに向かって突進してきたが、目的を果たすことはできなかった。

 五体いるうちの一体が、向かって来る途中で見えない壁にぶつかって、引っ繰り返ってしまったのだ。

 さすがにそれを見ていたほかのイノシシたちは、慌てて突進を止めていた。

 それでもあきらめずにリグをにらみ付けているところは、さすが魔物といったところだろう。

 そんなイノシシたちを見ながら、リグは小首を傾げた。

「──来ないの? だったらこっちから行くよ!」

 そう宣言したリグは、見えない壁を消してから風の刃でイノシシたちを攻撃し始めた。

 一番前に出ていたイノシシからスパスパと刃を使って切りつけていく。

 すると、その刃が非常に鋭いことを証明するかのように、残っていた四体のイノシシたちが次々と倒れて行った。

「……あら? 随分と柔らかいね?」

 リグがそう言って辺りを見回したときには、すでに五体のイノシシは、この世に帰らぬ存在となっていた。


 リグの戦闘の一部始終を見ていたエバエルが、わなわなと体を震わせていた。

「な、なによ、あれは!?

「何って言われても……あれが、シゲルのいつも通りの戦闘?」

 エバエルの様子に苦笑しつつ、ミカエラが肩をすくめながら答えた。

 エバエルの気持ちが良く分かるだけに、笑うような雰囲気ではない。

 その二人のやり取りを見ていたラウラが、首を傾げながら横にいたフィロメナに聞いた。

「そこまで驚くようなことなのですか? あまり先ほどの戦闘と変わらない気がするのですが?」

 実は、シゲル(がお願いしたリグ)が戦闘をする前に、エバエルが、これが普通の精霊使いの戦い方ということで、デモンストレーションを行っていた。

 戦闘には詳しくないラウラには、その時と今のシゲルの戦い方の差があるようには見えなかったのだ。

「そうだな。まず、シゲルの場合は、最初に指示を出してからそれ以降はまったく何も言っていなかっただろう?」

「そう言えばそうでしたね」

「加えて、その指示もどんな魔法を使ってとかではなく、あんな言葉だったからな。戦闘中に細かく指示を出す契約精霊持ちとしては、あり得ないと言うのは当然だな」

 フィロメナがそう言うと、ラウラが納得した顔で「そうなのですか」と頷いていた。

 そもそも今リグが対応していたイノシシたちは、精霊使いが一人で対処できるような魔物ではない。

 それをあっさり片付けたのだから、シゲルがほかの精霊使いと比べて数歩も抜きんでていることは間違いない。

 精霊使いとしては最高峰の位置にいるエバエルであっても、前衛の助けが無ければ苦労していたはずだ。

 もっとも、シゲルにそれを言っても、自分の力ではなくリグがすごいんだと答えるだろうが。

 その凄い精霊を従えている精霊使いが評価されるのが一般的なのだが、シゲルはそんなことにはとんちやくしないだろう。

 だからこそ、シゲルも着実に自分自身の力を磨いているのだ。

 そんな脇道にれたことを考えていたフィロメナは、続けて言った。

「できることならエバエルの様子を見て、シゲルがその差を実感してくれれば良いが……」

 フィロメナたちがわざわざこの場所に来ているのは、シゲルに精霊使いとしての自身の立ち位置をしっかりと認識してもらうためだ。

 別にエバエルの戦闘を見て、シゲルのそれを変えて欲しいと考えているわけではない。

「シゲルさんが、周囲からどういう目で見られることになるのか、自分自身で認識できるようになるのは大切ですね」

 フィロメナの言葉を聞いたラウラは、納得した顔で何度か頷いていた。


 ラウラは、戦闘そのもののことは分からなくても、シゲルの価値は良く理解しているのだ。

 最初は『空飛ぶ船を大精霊から譲り受けた者』という認識だったのが、今では『あり得ないくらいに精霊から好かれている存在』に変わっているのだからその差は大きい。

 そんなラウラの認識はともかく、戦闘を終えたシゲルに、エバエルが詰め寄って懇々と諭していた。

 その内容は、シゲル(がお願いしたリグ)がやっていることが、どれほどほかの精霊使いと違っているかということだ。

 シゲルが、精霊使いとして素晴らしい能力を持っているということも伝えている。

 同じようなことは、ミカエラが口を酸っぱくするほどにシゲルに言っているのだが、やはり同じ契約精霊持ちから直接言われると、シゲルも何やら思うところがあるようだった。

 長々と、息が切れるほどにシゲルに説教(?)をしていたエバエルは、最後にこう付け加えた。

「勘違いしないでね? 別にシゲルの精霊の使い方が駄目だと言っているわけじゃないの。自分がやっていることがどれほど凄いことなのか、もう少し自覚を持ったほうが良いってことよ」

「あー、はい。分かりました。少し真剣に考えてみます」

 エバエルの勢いに押されてしまったシゲルは、思わずそう敬語を使って返してしまった。

 そして、そのシゲルとエバエルの様子をニヤニヤしながら見守っていたミカエラが、最後にこう付け加えた。

「少しでもシゲルが自覚を持ってくれるのであれば、ここに来たがあったわね」


    ◇◇◇


 イノシシたちの処理を終えたシゲルたちは、再びエルフの里へと戻った。

 狩ったイノシシの肉は、エルフたちにとっては貴重な食料になるので、きちんと対価をもらった上で、そっくりそのまま渡している。

 シゲルたちには、イノシシの肉も皮も手に入れようと思えばいくらでも手に入れられるので、今は特に必要ないものなのだ。

 魔物の解体所で、ほかのエルフが持ち込んだ魔物が解体されていく様子を見ながら、シゲルがふと思い出したように言った。

「そういえば、エルフってとかしようとか受け入れてくれるのかな?」

「あっ!」

 シゲルの言葉に、ミカエラがようやくそのことを思い出したという顔になった。

 隣を歩いていたエバエルは、不思議そうな顔になっている。

 すぐにまじめな表情に戻ったミカエラは、シゲルに詰め寄りながら言った。

「絶対に受け入れられるわ! すぐに長老のところに行きましょう!」

 シゲルに精霊使いの常識を教えるという目的をある程度達成して安心したのか、ミカエラの顔はすでに味噌と醬油のことしか頭にないといった感じだ。

 そこまで慌てるようなことなのかと首を傾げているシゲルに、ミカエラはさらに続けて言った。

「この里でも大豆は作られているし、何よりもこうじさえ用意できれば、誰でも作れるというのが良いのよ」

 安定した味を作り続けるには専用の工房を用意しなければならないだろうが、最初のうちは麴を専用で作って、あとは各家庭に任せてしまってもいい。

 とにかく、絶対に受け入れられると主張するミカエラに、シゲルは苦笑しながら頷いた。

「いや、別にエルフに広めるのが嫌ってわけじゃないから、少しは落ち着いて」

 両手を上げながらドウドウという仕草をしたシゲルを見て、ミカエラは一瞬だけハッとした表情になってから詰め寄っていた体を少しだけ引いた。

「──ゴメン。もう落ち着いたわ」

「そう。それは良かった。とにかく、長老の家に行こうか」

 シゲルがそう言うと、ミカエラは「ええ」と頷いた。


 シゲルとミカエラのやり取りを見ていたエバエルが、一同を見回しながら言った。

「なんのことだか良く分からないけれど、長老のところに行くんだったら、私はここで失礼するわね。顔を合わせると、色々言われて面倒だもの」

「そうね。そうしたほうが良いわ。今日はわざわざどうも有り難う」

 ミカエラがそう礼を言うと、シゲルも慌てて頭を下げた。

「良いのよん。私にとっても刺激になったしね。できれば、また顔を見せて欲しいわ」

「あー、はい。機会があれば」

 エバエルの誘いに、シゲルはそう返した。

 シゲルの答えを聞いたエバエルは、右手を振りながらシゲルたちから離れて行った。

 それを見送ったシゲルたちは、先ほど話していた通りに、長老の家に向かった。

 そして、ミカエラが熱心に味噌と醬油を勧めた結果、エルフの里でも作ってみようかということになるのであった。