第二章 ホルスタット王国との交渉



 フィロメナの家で諸々の作業を終えたシゲルたちは、予定通りまずはホルスタット王国の王都へ向かった。

 以前は通り道でしかなかったが、今回はきちんと目的があって来ているため、フィロメナたちも気合が入っている。

 最悪、超古代文明のことは認められなくてもいいのだが、できればそれを認めさせる方向に持っていきたい。

 もっとも、アマテラス号というどう見てもオーバーテクノロジーの塊が存在している以上、基本的には認められるだろうとフィロメナは言っている。

 そのため、問題はそれから先の要求についてになる。

 超古代文明については、これまでの歴史があるとはいえあまり否定されることはないだろう。

 直接考古学に関わっているのならともかく、そうした貴族は限られているので、実害を受ける者は多くない。

 ただし、そこから先の、特にフィロメナが要求しようとしている魔道具に関する研究成果は、それの利権に目をつける者が少なくないはずだ。

 今後のことを考えると、この場で決めるべきことは決めておきたいというのが、フィロメナの希望だった。

 そして、今回の王への対面は、シゲルにとっても他人ひとごとではない。

 渡り人であることと、アマテラス号の所有者であること、このどちらも世間に対する影響は大きいものになる。

 それを公にするのだから、さすがに当人不在で話を進めるわけにはいかない。

 シゲルとしては勝手にやってくれと言いたいところであったが、そういうわけにもいかず、しっかりと一緒に行くことが決められているのであった。


    ◇◇◇


 フィロメナの家から出発して午前中のうちに王都に着いたフィロメナたちは、アマテラス号を城壁の外側に置いてから町の中へ入る。

 今回はアマテラス号のことを公表するつもりでいるので、最初から機体の姿を消さずに王都まで移動していた。

 わざと人の注目を集めるようにしているので、アマテラス号は門のそばに泊めておいた。

 勿論、外に出る際には、最大限のセキュリティ状態にしておくのも忘れない。

 それをしなくてもエアリアルの監視の目(?)が光っているだろうから、盗難などの心配はないだろうが、それはまた別問題である。

 当然ながら世間には空飛ぶ船など無いため、シゲルたちがアマテラス号から姿を見せた時は、何事かと集まっていた人々の騒めきが一段と大きくなった。

 その集団に向かって、フィロメナが一言言葉を発した。

「この船に下手に手を出せば、大精霊の怒りが降り注ぐだろう。大精霊に対して、そんな馬鹿な真似をする者が出ないことを期待する」

 フィロメナがそう宣言すると、直前までの騒めきが一瞬にして収まった。

 それを見て満足げに頷いたフィロメナは、そのままシゲルたちを連れて壁門へと歩き始めるのであった。


 いつものようにギルドカードを見せて城門を通過したシゲルたちは、以前泊まったところと同じ宿へ入った。

 マリーナは以前と同じように、一人で神殿へ向かっている。

 幸いにして以前と同じ部屋が空いていたので、そのまま借りることができた。

 そんなことをしている間に、宿の部屋にお客が訪ねて来た。

 これまた以前にも来たことがある王の侍従であるミンだった。

 そのミンの姿を見て、フィロメナがニヤリとした笑みを浮かべながら言った。

「おや。今回は随分と早い登場だな」

「あれだけの騒ぎを起こしておきながら、何を仰っているのでしょうか」

 フィロメナのちょっとした嫌みにも表情を変えず、ミンは淡々とそう返してきた。

 実際には、噂を聞いた王が頭を抱えながら慌ててミンを送り出したのだが、そんな余計な情報をこの場で渡すほどミンは愚かではない。

 フィロメナとしても、今の言葉が聞けただけで十分だった。

 すぐにでも一緒に来てくださいと言い出しそうになったミンに向かって、フィロメナは前もって用意をしていた封書を差し出した。

…………これは?」

「今回は、いきなり対面することはやめておいたほうが良いだろう。私からも話したい内容があるので、それに書いておいた。まずはそれを王に渡してもらえればいい」

「しかし王は、すぐに会うことを希望されております」

 フィロメナの言い分に、ミンは懸念を示した。

 王からの要請は、あくまでもフィロメナを連れてくるようにということだった。

 そのため、ミンにとっては、フィロメナの言葉は受け入れがたいものなのだ。

 そんな頭が固いミンに向かって、フィロメナが言い聞かせるように言葉を続けた。

「そなたがそう言うのなら私は構わないが、本当に良いんだな? それによって、王の立場が不利になることもあり得ると考えてのことなのだが。いかに王といえど他国との交渉は事前に話を詰めておくのではないか?」

…………

 フィロメナの正論に、ミンは黙り込んでしまった。

 その顔を見れば、王の立場が不利になるという言葉と、王からの命令をてんびんにかけていることはすぐに分かる。

「そなたも噂のことは耳にしているのだろう? わざわざあれほどの物を見せて来ているのだ。ただの世間話だけで終わるわけではないと、そなたも分かるだろう?」

 そのフィロメナの言葉がとどめになったようで、ミンは少ししてからコクリと頷いた。

「──かしこまりました。それでは、まずはこの手紙を王に渡してまいります」

「ああ、頼む」

 フィロメナがそう答えたところで、最初のミンとの話し合いは終わりとなった。


 ミンが部屋から出ていくのを見送ったシゲルが、フィロメナとミカエラを見ながら言った。

「とりあえずぜんしようせんは終わりといったところかな?」

「ああ、そうだな。まあ、これは勝負にもなっていないが」

 ミンは、あそこまで言われても強引に王の命令を優先するほど頭が固くはない。

 だからこそ、フィロメナはミンのことを信用して手紙を預けたのだ。

 あの手紙には、王との交渉内容も書かれているが、どちらかといえば国内の貴族たちとどう話をするかが書かれている。

 いかに力のある王といえども貴族たちを無視することはできないので、王にとっては必要な情報であるはずだ。

 そして、手紙の内容をもとにした調整に、時間が必要であることも容易に想像ができる。

 そのため、空いた時間を使って王都観光を──と行きたいところだったが、残念ながらそういうわけにはいかなかった。

 何故なら、アマテラス号の噂を知った商人やら貴族やらが押しかけてくることが目に見えているためだ。

 王との交渉が終わるまでは、宿の中でじっとしていたほうが良い。

 高級宿だけあって、その辺の対策はきちんとしているので、そういう意味では安心して過ごすことができるのだ。

 ちなみに、ミンが簡単に入ってくることができたのは、最初からフィロメナがそうするように手配をしていたためである。


 宿の中に缶詰めになることは最初から分かっていた──というよりも織り込み済みだったので、シゲルたちは適当に雑談をしながら過ごしていた。

 そんな状況に変化があったのは、ミンとの交渉が終わって一時間も経たないうちのことだった。

 周辺の探索に出していたはずのリグが、いきなり姿を見せてこう言ってきたのだ。

「シゲル。エアリアル様からの伝言だよ。──船に手を出そうとしたらち者を捕まえたがどうする、だってさ」

 どうする、と首を傾げながら聞いて来たリグを見て、シゲルはため息をついてからフィロメナとミカエラを見た。

「早速湧いて来たみたいだけれど、どうする?」

「どうもこうもあるまい。適当に縛り付けて、門のそばに放り投げておいてもらえばいい」

「そうね。大精霊には手間をかけさせてしまうけれど、それしかないわね」

 未だ王との交渉は終わっていないため、アマテラス号に手を出してきた者に対してどういう対処をするかも決まっていないのだ。

 ただ、交渉の結果を無視して処理する方法もないわけではない。

「もしそれが面倒であれば、エアリアルが勝手に処分してもいいよ、とも付け加えておいて」

 要するに、大精霊が判断をして処分をする分には、国も口を出すことができないのだ。

 そんなことをすれば、下手をすると国ごと消えてしまう可能性もある。

 さすがに、いきなりそこまで極端なことにはならないだろうが、大精霊と敵対するということがどういうことかは、この世界に生きる者は骨身にしみているのだ。

 シゲルたちの答えに分かったと答えたリグは、その場で姿を消した。

 エアリアルに話を伝えに行ったのと、シゲルから頼まれている探索の再開をしに行ったのだ。

 結局、その後は連絡が無かったので、直接エアリアルが手を下したかは分からなかった。

 その不埒者たちの結末がどうなったのかは、シゲルたちは後程王から聞くことになるのであった。


    ◇◇◇


 シゲルたちが宿で暇を持て余していたその頃、マリーナは一応のホームである教会に入り、リゼムトゲルトとの対面を希望した。

 マリーナが教会に戻るなりすぐに部屋に通されたので、最初からそういう対応をすることになっていたのは、間違いがない。

 大司教であるリゼムトゲルトは、非常に忙しいはずなのだが、なぜこんなに簡単に時間が取れるのだろうとマリーナは少し不思議に思っていた。

 答えは、たまたま時間が空いていただけなのだが。


 それはともかく、別室に通されたマリーナは、少しの間待たされることになった。

 とはいっても、リゼムトゲルトは十分もせずに部屋に入って来たのだから、さほど待ったとは言えないだろう。

 本来、リゼムトゲルトはそれが当たり前なくらいに忙しいのだ。

 マリーナもそれが分かっているので、そんなことでいちいち怒ったりはしない。

 そんなことよりも、これから行われる会話のことについて、思考が向いていた。

 向かい合わせに座ったリゼムトゲルトは、真っ直ぐにマリーナを見ながら言ってきた。

「それでは、話を聞かせてもらおうかな?」

「話と言われましても、何をお話しすればよろしいでしょうか?」

 すでに話すべきことを決めてあるマリーナだが、まずはけんせいの意味も含めてそう聞いた。

 さらにいえば、今この場でリゼムトゲルトが聞いてきているのが何のことかは、見当がついていたりする。

 それでもえてそう切り出したのは、今後のことを考えてということもある。

 マリーナの言い回しで自分が聞きたかったこと以外にも何かがあると察したリゼムトゲルトは、ため息をつきながら答えた。

「……まずは、空飛ぶ船について話をしてくれるかい?」

 敢えて目立つようにして現れたのが功を奏したのか、すでにリゼムトゲルトはアマテラス号についての情報を持っていた。

 町についてからほとんど真っ直ぐに神殿に来たマリーナだったが、噂が流れる速度はそれよりも速かったということだ。

 リゼムトゲルトが少しだけ遅れて来たのは、それについての詳しい情報を待っていたからということもあるのだ。

「あれについては、私からあまり話せることもないのですが……ああ、そうですね。先に言っておきますが、あの船には直接手を出さないほうがよろしいですよ?」

 わざわざマリーナが最初にそうくぎを刺したのは、そういう人物が教会の中にも出る可能性があると考えたためだ。

「どういうことかな?」

「どうもこうもありません。無造作に置かれているように見えるでしょうが、あれには大精霊の守護がかかっています」

 さらりと告げられた事実に、リゼムトゲルトは少しだけ顔を青くした。

 普通は大精霊が直接人間社会に関わってくることなどほとんどないので、そうなるのも当然だ。

 リゼムトゲルトがどういうことだと問いかけるよりも先に、マリーナがさらに続けて言った。

「あれは、風の都で手に入れた物ですが、置いてあった場所は風の大精霊が守護をしていました。新しい物を見つけようと思ってもそう簡単にはいかないと思われます」

 風の都と聞いてリゼムトゲルトが何かを考えるような表情になっていたが、それはすぐに曇ってしまった。

 魔の森と同じように、大精霊が直接守護している場所は、下手に手を出さないほうが良いというのが、フツ教内での共通した認識なのだ。

 ちなみに、魔の森の遺跡に関しては、様々なところが手を出そうとしているが、リゼムトゲルトは、今のところそれらが上手くいったという報告は聞いていない。

 マリーナは、そんなことを考えていたリゼムトゲルトに、さらに追加の情報を話した。

「さらにいえば、いま城壁のそばにある船も、譲り受けようなどとは考えないほうがよろしいかと思います。所有者が許可を出さないと思いますし、出したとしても動かせるとは思えませんから」

「……どういうことかな?」

 まゆをひそめてそう聞いて来たリゼムトゲルトに、マリーナは表情を変えることなく事実を教えた。

「あれは、今の所有者が、風の大精霊から借り受けているだけです。そういう認識でいたほうがよろしいかと思います」

 事実は厳密にいえば少し違うのだが、一般にはそう思わせておいたほうが良いと判断した。

 それに、シゲル自身が、アマテラス号は自分が生きている間だけエアリアルから借り受けていると考えているので、完全な間違いでもない。


 マリーナの微妙な言い回しに、リゼムトゲルトはさらに突っ込んで聞こうとしたが、途中で思いとどまった。

 目の前にいるマリーナの態度を見ていれば、それ以上を聞いても答えてくれないということは分かるし、下手につつくとさらに大精霊が絡んできそうだったためだ。

 リゼムトゲルトは、フツ教内で大司教でありすうきようでもあるが、そんな立場は大精霊には何の関係もないのだ。

 マリーナに向かって大きくため息をついたリゼムトゲルトは、少しだけ厳しい顔になって聞いた。

「その所有者のことについては、教えてもらえるのかい?」

「それは、そのうちに噂が広まると思います。すぐにでも王との話し合いが始まるでしょうから」

 マリーナは何気ない調子でそう言ったつもりだったが、リゼムトゲルトはそれだけではないことをすぐに見抜いていた。

「そうかい? 私としては、マリーナの個人的な感想を聞きたかったんだけれどね?」

 そう言ってきたリゼムトゲルトの言葉に、マリーナは不覚にもすぐに答えることができなかった。

 今の言葉は、リゼムトゲルトのカマかけでもあったが、マリーナのその態度が答えを言っているようなものだった。

 あっという間にそのことを察したマリーナは、すぐに開き直った。

「私の想いを語ろうとすると、いくら時間があっても足りないのですが、本当にお聞きになりたいのでしょうか?」

「おやおや、これはこれは……」

 マリーナからの反撃に、リゼムトゲルトはそう言って苦笑を返すことしかできなかった。

 もちろん、そんなのろを長々と聞いている時間は、リゼムトゲルトにはない。

 開き直ったマリーナの勝ちである。


 苦笑をしていたリゼムトゲルトは、マリーナに向かって一度だけ首を左右に振った。

「それは遠慮しておくよ。それにしても、あのマリーナがね……。何とも言えない気分だが、本当に大丈夫なのかね?」

 大いに含みを持たせて聞いて来たリゼムトゲルトに、マリーナは涼しい顔のまま応じた。

「大丈夫かどうかは私が決めることではないですよね? それに、教会がどういう答えを出そうが、私の気持ちはもう定まっていますから」

 きっぱりとそう言い切ったマリーナに、リゼムトゲルトはもう一度苦笑をすることしかできなかった。

 小さいときから面倒を見て来たマリーナに幸せになって欲しいという思いは、当然のようにリゼムトゲルトにもある。

 だが、自身の立場が、それを許さないときがあるということも重々に承知しているのだ。

 目の前にいるマリーナを見て、すでに気持ちを固めているのを理解しているリゼムトゲルトは、余計なことをしでかす者が出ないことを祈ることしかできない。

 普段は穏やかに見えるマリーナだが、いざという時は反撃することもいとわないことを、リゼムトゲルトはよく知っている。

 またそうでなければ、勇者と一緒に魔王を倒す旅になど出られるはずがない。

 時に思い切った決断をする(できる)のが、マリーナの本質なのだ。


 いつまでもあるかどうか分からないことを考えていても仕方ないと、リゼムトゲルトは頭を切り替えてマリーナを見た。

「それにしても、私にはいつ紹介してくれるのかな?」

 大司教ではなく、育ての親の顔になって言ったリゼムトゲルトに、マリーナはさっと頰を赤く染めた。

「そ、それは……まだ先のことで……先ほど言ったように、王との対面が終わってからのほうが良いかと思います」

 くちごもりながらも最後にそう言ったマリーナに、リゼムトゲルトは満足げにうなずいた。

「そうかい? まあ、マリーナに紹介してくれる気があるなら良かったよ」

 場合によっては、何もせずにそのまま消えてしまうこともあり得るので、リゼムトゲルトは半ば本気でそう答えていた。

 マリーナがこう答えた以上は、時間がかかってもいつかは目の前に思い人を連れて来てくれるという確信が、リゼムトゲルトにはある。

 視線をらしながら顔を赤くしているマリーナという、滅多に見ることができないなものを見ることができて、リゼムトゲルトは内心で感心をしていた。

 まさか、マリーナにそんな表情をさせる者が出てくるとは思っていなかったということもあるし、その気持ちが浮ついた物だけではなく、本気のものだと理解できたのだ。

 そんなマリーナを射止めた相手は、立場を抜きにしても是非会ってみたいと考えるリゼムトゲルトなのであった。


 リゼムトゲルトとの話し合いを終えたマリーナは、神殿に用意されている自室ではなく、フィロメナたちの泊まっている宿へと向かった。

 忙しいリゼムトゲルトと話をするために、数日掛かることも覚悟していたのだが、いい意味で裏切られた。

 そのためマリーナは、これから行われるはずである王との話し合いにも参加するつもりでいた。

 マリーナが参加することで、フツ教の立場が~などと突っ込んでくる者もいるだろうが、誤魔化しようはいくらでもある。

 その時はその時で、個人的な立場として表明することもあるので、マリーナとしてはどちらでも構わないのだ。

 アマテラス号から出て来た直後であるだけに、多少警戒しつつも宿に向かったマリーナだったが、結局何も起こらずに着くことができた。

 そして、宿に入ったマリーナは、暇そうにしているシゲルたちを見て苦笑した。

「やることが無くて暇なのは分かるけれど、もう少しシャキッとしたらどうかしら? この後、王との話し合いもあるのでしょう?」

「さて、どうだろうな。あの感触だと明日あした以降ということもあり得るぞ?」

 マリーナとしては、あの即断即決の王を思えば、今日中の対面があると考えていた。

 だが、実際にミンとやり取りをしたフィロメナやミカエラの印象では、その可能性は低いと考えるようになっていた。

 現に、そろそろ夕方という時間に差し掛かろうとしているのに、なんの反応もない。

 これは、さまざまなところで調整を図っている影響だと読んでいるのだ。

 もっとも、その読みが正しいかどうかは、フィロメナたちにとってはあまり関係ない。

 その分暇な時間が増えるのが問題と言えば問題だが、その程度のことでしかないとも言える。

 とにかく、シゲルたちは王からの返答があるまで待つことしかできないのであった。


    ◇◇◇


 フィロメナとミカエラの予想通り、王からの使者が来たのは、シゲルたちが王都に到着した次の日の午後だった。

 しかも、午前中に確認の打診があり、午後に出迎えの使者がくるという正式な手続きに則った方法である。

 これは、以前のように略式の対面ではなく、ホルスタット王国が国として、正式な場として認めていることを意味している。

 その分煩わしいことも増えるのだが、これから超古代文明のことを大陸中に広めようとしているシゲルたちにとっては、望ましい展開だ。

 公式な場であるということは、他国の目もあるということになり、それだけほかの国にも話が広まり易くなる。

 もっとも、公的な場でなかったとしても、必要な情報は広まるものなのだが。


 正式な招待ということで、控室に通されたフィロメナたちは、貴婦人たちが着るようなドレスに身を包んでいる。

 ちなみにシゲルは、やたらと豪華な飾りが付けられた服を着ている。

 その服は、旅の途中でいずれは必要になるとフィロメナたちから言われて用意していたものだ。

 それはともかく、ドレスを着たフィロメナたちを見たシゲルは、思わず一瞬ほうけてしまっていた。

 これだけ一緒に行動しておきながら、彼女たちがドレスを着るのをシゲルが見るのは、初めてのことだった。

 驚いた顔で自分を見てくるシゲルに、フィロメナは少しだけ頰を赤くしながら聞いて来た。

「ど、どうだ? 一応、それなりに評判は高いのだが……」

「一番のお気に入りを引っ張り出してきておいて、何がそれなりよ」

 フィロメナの横でミカエラがそう突っ込んでいたが、シゲルの耳には入って来なかった。

 スカート姿のフィロメナを見たことが無いわけではないが、やはりドレスとはまったく印象が異なっている。

 まあ、はっきり言えば、シゲルはれていたのだ。

 とはいえ、黙ったままでいるのは失礼すぎるということも分かっているので、シゲルは感じたままの感想を答えることにした。

「うん。フィロメナ、すごく似合っているよ。できれば、普段もたまには見たいくらいだ」

 さすがに毎日は手入れのことなどもあり、面倒だと分かっているので要求はしない。

 そのシゲルの直球の感想に、フィロメナとマリーナは顔を見合わせてからクスリと笑った。

「いや、その感想はどうなのだ?」

「そうね。その言い方だと普段着が駄目だと言っているように聞こえるわよ?」

「えっ!? あー、いや、そんなことを言いたかったわけではなくて……」

 二人からの突っ込みに、シゲルは慌てた様子でなんとか言い訳をしようとした。

 そんなシゲルに、マリーナが手を振りながら言った。

「いいのよ。別にシゲルを責めようと思ったわけじゃないわ。それに、その様子を見る限りだと、少しは普段から着て見慣れさせる必要もあるかも知れないわね」

「それはたしかにそうだな」

 今のシゲルの様子を見る限りでは、フィロメナたちのことが気になって、普段通りの対応ができるようには見えない。

 これから先、同じような場面が増えてくることも予想できるので、シゲルに見慣れさせるという意味では必要なことだとフィロメナとマリーナは考え直していた。

 勿論、シゲルを見惚れさせるという目的は達成できているので、そういう意味ではどちらも満足していた。

 そんな三人のやり取りを少し離れた場所に移って見ていたミカエラは、ため息をついていた。

「何だろう、この疎外感。私もお気に入りを着ているんだけれど……」

 そう言いながらほかの二人と違ってつつましい場所に手を置いたミカエラは、明らかにそちらに視線を向けているシゲルを見ながら「男って奴は」と内心であきれていた。


    ◇◇◇


 謁見の間に行くまでに、どうにかいつもの調子を取り戻したシゲルだったが、残念ながらそのまま王との対面とはいかなかった。

 何故なら、正式な謁見であるせいか、謁見の間に集まっていた人の数が、以前の比ではなかったからだ。

 これは、王都にいる貴族の当主だけではなく、城内で普段から働いている文官や武官たちも集めているためだ。

 さすがに全員ではないだろうが、それでも扉を開けて視界に入って来た人数の多さに、シゲルは頭が真っ白になっていた。

 そのことに気付いていたフィロメナが、周囲に悟られないように背中をポンとたたいていた。

 大雑把な性格のように見えるフィロメナだが、実はこうした細かいことにも気がつく性格なのだ。

 フィロメナのお陰で何とか気を持ち直したシゲルは、ほかの三人と一緒に王の前まで歩き始めた。

 そして、事前に言われていた場所まで到着したころには、シゲルはすでに疲れ切っていた。

 これでは交渉も何もないので、話をするのはフィロメナたちに任せるつもりでいた。

 まあ、それが無くても最初から任せるつもりでいたので問題はない。

 ただし、シゲルがまったく無言のままでいることはできないということも分かっている。

 そのためシゲルは、フィロメナたちが話を進めている間に、少しでも落ち着こうとこっそりと深呼吸を繰り返していた。

 そんなシゲルをしり目にしながら、フィロメナたちと王の話が始まっていた。

「ふむ。よく来たな、勇者一行よ」

「このたびはお招きにあずかり光栄に存じます」

 正式な招待ということで、フィロメナもそう答えながら丁寧に頭を下げた。

 普段はアレなフィロメナだが、必要なときはこういう態度をとることもできるのだ。

 もっとも、それは招待に感謝を示す最初のうちだけで、あとは多少崩れるのだが。

 建前上、王と勇者の間には身分の差はないことになっているので、問題視されることはない。

 フィロメナが下げた頭を上げるのを待ってから、アドルフ王が本題に入った。

「さて、まずは人々の注目を集めたあの不可思議な船について話を聞こうと思うのだが?」

 アドルフ王がそう問いかけると、フィロメナは周囲の人々の注目が集まったことを感じた。

 昨日渡した手紙にはある程度のことを書いていたので、アドルフ王は事前に知っていながらその問いかけをしていた。

 それはもちろん、この場に集まった者たちへと聞かせるためである。

 勿論、フィロメナもそのことは十分に理解しているので、頷きながら平然とした表情で答えた。

「はい。あれは、風の都にて、風の大精霊より預かった古代文明の遺産でございます」

 フィロメナのその答えに、その場が一瞬騒めいた。

 古代文明が現在よりも魔道具が発達していることは一般に浸透しているのだが、空飛ぶ船があるなんてことは、これまでまったく知られていなかった。

 そのため、王から話を聞いていた一部の者はともかく、それ以外の者たちが騒がしくなるのは当然のことだと言えるだろう。

 今のたった一言だけでも十分に驚きが含まれる内容なのだが、ここからさらに常識外の話が出てくることになるのである。

 その時の反応を考えて、フィロメナは内心で大きく気合を入れ直すのであった。


    ◇◇◇


 フィロメナの言葉を聞いた謁見の間にいた者たちの反応は、様々に分かれていた。

 それでも、あの船が大精霊の管理下にあるからといって、簡単にあきらめるような者は少ない。

 別に船そのものを手に入れなくても、それを扱っている者を自由にできれば、それは自分が手に入れたのと同じことになる。

 そもそも貴族という存在は、自らが動くことはせずに、その権利だけを手にして物事を動かしていくものだ。

 船の操縦ができるものを部下などにして、好きにする権利さえ手に入れられるのであればそれに越したことはない。

 未だフィロメナの口からは所有者の話は出ていない。

 だからこそ、この場に集まっている者たちは、フィロメナとアドルフ王の会話に注目していた。

 その頭の中では、自らの利益のためにどのように動くべきか、当然のようにすさまじく思考が渦巻いているのである。

 貴族が、自分ひいては「家」のために利益を得ようとする生き物だということは、フィロメナも良く分かっている。

 過去にそうした者たちから様々な迷惑を被って来たのだから、それも当然だった。


 そうした貴族の習性を理解しているフィロメナは、えて彼らの思考を外すように話を続けた。

「ところでアドルフ王。貴方あなたは過去にあった文明について、どれほどのことをご存じですか?」

「ふむ。それは、はるか昔に今よりも優れた文明があって、今の魔道具はそのときの技術が生かされているということくらいか」

「そうですね。それが、今のところのごく一般的な認識でしょう」

 ごくごく簡単に話をしたアドルフ王に、フィロメナはそう言ってうなずいた。

 そのフィロメナに、アドルフ王は先を話すように視線だけで促した。

 それに応えるように、フィロメナは少しだけ言葉を区切ってからまた話し始めた。

「私たちは、あの船を手に入れるまでの間に、三つの新しい遺跡を見つけることができました。それらの結果から、過去に発達していた文明は一つだけではなく、さらにもう一つの高度な文明があったと結論付けています」

 フィロメナがそう言うと、その場に集まった者たちの騒めきが大きくなった。

 特に、そうした過去の遺跡に関係する部署の者たちの声が大きい。

 今フィロメナが言ったことは、これまでの常識を覆すことになるのだからそれも当然だ。

 そんな周囲の反応を、アドルフ王は右手を上げるだけで収めてみせた。

 フィロメナからの手紙を受け取っていたアドルフ王だが、そこまでのことは書かれていなかった。

 そのため同じように驚いてはいたのだが、それ以上にフィロメナが話す内容に興味が湧いていたのだ。

其方そなたは、世の常識を引っ繰り返すつもりか?」

「さて。引っ繰り返るかどうかは、私には分かりませんね」

 フィロメナは、表情を変えることなく、涼しい顔のままそう答えた。

 勿論、自分が今言ったことが、世の中の常識を覆すことになることをきちんと理解した上でのことだ。


 フィロメナの言葉に、アドルフ王は少しだけ顔をしかめた。

「どう考えてもそうなると思うのだが……まあ、いいだろう。いくら其方がそう主張したところで、それを証明するような事実が無ければ、無意味だぞ?」

「おや。私たちが乗って来たあの船が、その証拠だと言っても足りませんか?」

 フィロメナの主張に、アドルフ王は黙り込んだ。

 心情的には思いっきり肯定したいのだが、これまでの研究結果とてんびんにかけて、思い切った結論を出すのが難しいといったところなのだ。

 もっとも、アマテラス号は、誰がどう見ても今まで遺跡から見つかって来た魔道具とは一線を画しているだけに、ほとんどの者は肯定をすることになることは分かっている。

 問題は、それらの証拠となる遺跡や遺物が、フィロメナたち以外には、自由に研究できないことにある。

 アマテラス号というこれ以上ない証拠を前にして、自説を曲げることができない学者など気にしなければいいと言外に告げるフィロメナに、アドルフ王の顔のしわはさらに濃くなった。

「さて。それを判断するのは、私ではないからな。今この場で結論を出すのは止めておこうか」

「そうですか」

 アドルフ王の答えにフィロメナは頷き、そのやり取りを見た一部の場所からはかんするような空気が流れて来た。

 勿論これでこの話は終わりというわけではなく、これから先、かんかんがくがくの議論が行われることになるだろうが、それはフィロメナたちには関係が無い。

 ホルスタット王国の学者たちがどういう結論を出そうが、フィロメナは自分たちの主張を繰り返すだけである。

 フィロメナは、ここで無理に自分たちの主張を押し付けるつもりもない。

 頭の固くなっている学者は、いくら証拠を積み重ねてもその主張を変えることが無いので、議論をするだけ無駄だと考えているのだ。


 あまり自分の主張を押し付けようとしてこないフィロメナに、一度いぶかしげな視線を向けたアドルフ王は、学術的な議論よりも今知りたいことを聞くことにした。

「ところで、あの船は今は誰が持ち主になっているのだ?」

 王がそう問いかけると、一瞬にして周囲の空気が緊張したのがシゲルにも分かった。

 中には、はっきりとシゲルに視線を向けてくる者もいる。

 勇者一行の中に、見慣れない男が一人だけいるので、そうなるのも当たり前だろう。

 勿論、フィロメナもそれらの視線に気付いている。

「皆様も想像されているかと思いますが、こちらのシゲルが、大精霊より譲り受けています」

 その言葉に、シゲルは自分に向かってくる視線がさらに多くなったのを感じた。

 内心ではパニック寸前といったところまでいっていたが、何とかそれを表に出さずに済んでいた。

「ほう。そこの者が。私が会うのは初めてのことだと思うが?」

 アドルフ王のその問いには、これまでまったく無名だった者が、なぜそんなものを手に入れられたのかという意味が含まれている。

 これは別にアドルフ王だけの疑問ではなく、というよりもほかの者たちを代表した問いといってもいいだろう。

 アドルフ王のその問いかけに、フィロメナは涼しい顔のまま答えた。

「シゲルは、渡り人です」

 その短い言葉に、少しだけ騒めいていたその場が、一瞬にして静まり返った。

 当人がどんな人物であるにせよ、渡り人であるという事実はそれほどの価値があるのだ。

 その隙にフィロメナはさらに続けて言った。

「しかも、あの船を譲り受けるほどに大精霊と親交があるだけではなく、彼自身も上級精霊を従えています。下手に手を出すのは止めておいたほうが良いでしょう」

「なんと……!?

 フィロメナの言葉に、さすがのアドルフ王も驚きの顔になった。

 空飛ぶ船を大精霊から譲り受けている以上、親交があることは想像できるが、まさか彼自身が上級精霊を従えているとは考えていなかったのだ。

 この世界で、上級精霊と契約をするということは、それほどのことなのだ。

 ちなみに、フィロメナはえて上級精霊が複数いることを言っていない。

 抑止力という意味では上級の契約精霊がいるというだけで十分であり、複数いることはむしろ過剰に警戒されてしまうと考えてのことだ。

 渡り人であり、上級の精霊を従えているというだけで、シゲルの価値は跳ね上がっている。

 身を守るための情報はある程度開示する必要があるが、余計なことまで伝える必要はない。


 驚くアドルフ王が何かを聞いてくるよりも先に、フィロメナはシゲルへと視線を向けた。

 これは最初から打ち合わせをしていた流れで、シゲルも慌てずに対応することができた。

────ラグ」

 シゲルがその名前を呼ぶと、ラグがその場にその姿を見せた。

 勿論、省エネモードの小さな姿ではなく、きちんと成長したときの姿でだ。

 わざわざこの場でラグの姿を見せたのは、フィロメナの話がうそだと勝手に判断して馬鹿な真似をしてくる者をけんせいするためだ。

 それでも突っかかってくる者は突っかかってくるだろうが、それは上級精霊の話が本当だと分かった上での行動になるので、分かり易くなる。

 現に、自分の呼びかけでラグが姿を見せたことに、その場にいた者たちが息をんでいるのがシゲルにも分かった。

 一般的には、人と変わらない姿になれるのは力のある精霊とされているので、このやり取りで力だけでシゲルを従えるのは無理だと理解したはずだ。

 謁見の間でシゲルに対する驚きが広まっていく中、フィロメナはニコリと笑顔を見せながらさらに続けて言った。

「ちなみに、シゲルは私とマリーナにとっての大切な人です。もし手を出されるなら、それ相応の覚悟が必要だということだけは付け加えておきます」

 フィロメナがそう言った瞬間、会場の騒めきが、今までで一番大きくなったと感じたのは、決して気のせいではないと、多少余裕が出て来たシゲルはそんなことを考えるのであった。


    ◇◇◇


 フィロメナとアドルフ王が会話を行っている間、その場に集まった者たちは、ジッと黙ったままでいたわけではない。

 時折驚きの声を上げるのもそうだが、近しい者と会話を行うこともあった。

 だからこそ、時折騒めきも起きたりするのだが、フィロメナが大切な人宣言を行ったときが、一番大きかったようにシゲルは感じていた。

 中には悲鳴のような声を上げる者もいたことから、本人なり息子なりの血縁者がフィロメナの隣に居座ることを画策していたことは容易に想像ができる。

 フィロメナやマリーナにしてみれば何を勝手なことをと言いたいところだが、貴族とはそういう生き物だということは良く分かっているので、今更声に出してそれをどうこう言うつもりはない。

 そんなことよりも、シゲルとの関係をこの場で明らかにできたことのほうが大きいのだ。


 フィロメナとマリーナが結果に満足している一方で、貴族たちと同じかそれ以上に血縁関係を重視している王は、特に強い反応を示していなかった。

「……ふむ。其方とマリーナの大切な人、か。其方はともかく、マリーナは教会の許可は得ているのか?」

 ここで初めてフィロメナ以外に水を向けてきた王に、マリーナは微笑みながら答えた。

「あら。そのようなご心配はなさらずとも、大丈夫ですよ」

 シゲルとのことは、大司教に話はしているが、教会からの許可を得たわけではない。

 マリーナとしては、ここではっきりと許可を得ているとは答えられないのだ。

 この場に集まっている者たちの中には、マリーナの微妙なニュアンスがきちんと伝わっている者もいる。

 それゆえに、どちらにも付け入る隙があるという考えが浮かんでくるのは当然だろう。

 だが、そんな考えは、次のマリーナの一言で吹き飛ぶことになる。

「別に教会に属していなくとも、私自身は神への信仰を止めるわけではありません。それで何か問題がございますか?」

 あっさりとそう言い放ったマリーナに、さすがの王も一瞬言葉を失っていた。

 今のマリーナの言葉は、教会よりもシゲルを優先すると宣言したに等しい。

 それをこの公の場で言ったことに意味があるのだ。

 そのことに気付いた王は、自分の質問を利用されたことを悟る。

 教会との関係が悪化すれば、そこに付け入る隙を見つけようとした質問だったが、逆にそれがマリーナの意思を強くする結果になってしまった。

 このやり取りで、教会がマリーナに対して強気な態度に出ることが難しくなったことは、簡単に想像できる。

 教会というしがらみがあるマリーナでさえあまり強いことが言えなくなった以上、元から自由な立場であるフィロメナにはなにも言えることはない。

 むしろ下手につつけば、それこそ自ら蛇を出す行為に等しい。


 これ以上この話題に触れても良いことはないと判断した王は、話題の中心になっているシゲルへと視線を移した。

「──シゲルといったか。其方が渡り人というのは本当のことか?」

 王から直接問われた以上、本人が答えないわけにはいかない。

 シゲルは、ごくりと一度だけつばを飲みこんでからうなずいた。

「はい。……ですが、それを証明しろと言われても、私はその手段を持っておりません」

 シゲルが先回りしてそう答えたのは、どうせ突っ込まれることになるからと、フィロメナたちから先に自分から言っておいたほうが良いと助言をもらっていたからだ。

 もちろん、それでシゲルが渡り人だと信じない者がいなくなるわけではない。

 現に、シゲルの言葉を聞いて、ここぞとばかりに噓つきだの虚言だのと言っている者たちがいた。

「──このように主張する者たちがいるのだが、其方はそれに対してどう説明するのか?」

 右手で騒めきを抑えつつそう聞いて来たアドルフ王に、シゲルは首を左右に振った。

「別に、どうとも説明するつもりはありませんが?」

「何……?」

 シゲルの答えに、アドルフ王は予想外のことを聞いたという顔になっていた。

 この世界において渡り人という存在は、そう呼ばれるだけの価値があるために、それを簡単に手放すようなことを言うとは考えていなかったのだ。

 シゲルは、訝しげな表情を向けてくるアドルフ王を真っ直ぐに見ながらさらに返した。

「私もこの世界での渡り人の価値を存じておりますが、それは過去にいた渡り人たちの功績であって、私自身のものではありません。それに、渡り人がその場にいるだけでなにか特別なことが起こるわけではございません。渡り人が何らかの行動を起こした上で、その結果が世界にとって良いことになってきたはずです。そういう意味では、渡り人だろうとこの世界の住人だろうと同じことだと考えております」

 シゲルはそう言いながらフィロメナたちへと視線を向けた。

「それは、この場にいる三人が起こした行動の結果を考えれば、皆さんもよく理解いただけるかと存じます」

 シゲルのその言葉に、アドルフ王は「ふむ」とだけ短く答えた。

 まったく反論の余地が無いシゲルの説明に、少しだけ騒めいていた会場は、完全に静まり返っていた。

 渡り人というだけではなんの価値もないと言い切ったシゲルが、今までとは違った意味で注目を集めたのは、間違いなかった。

 フィロメナたちは、事前にシゲルが今言ったことを聞いていたわけではない。

 そのため、多少驚きはしていたが、それ以上にシゲルらしいとも考えていた。

 普段のシゲルは、自分が渡り人であることは、一切口にすることはない。

 そんなシゲルに、渡り人は価値があると言っても、ピンとくるはずがないのだ。

 その上で、今のやり取りで、シゲルの価値の一端は示せたとフィロメナは考えていた。

 それが逆に、別の意味での騒ぎを引き起こすことにつながることにもなるのだが、これくらいのことは最初から予想していた。

 何やら王がそばにいた王妃へと視線を向けて頷き合っていたが、それは見なかったことにした。

 それだけでどんなやり取りをしていたのか想像ができたが、余計な隙を自分とマリーナで与えないようにすればいいと開き直ったのだ。


 そんなフィロメナの心のかつとう余所よそに、王がさらにシゲルへと話しかけた。

「なるほど。たしかに其方そなたの言う通りだ。だが、人はえてして得た力におぼれてしまうもの。其方はどうかな?」

「さて、それには、未来のことは私にも分かりませんとだけ答えておきます」

 この答えは、将来自分に対して何かを仕掛けてくれば、その力を使うこともいとわないという宣言でもある。

 これは、黙って国の言うことを受け入れるつもりなどないというシゲルの宣言でもあるのだ。

 勿論その言葉の意味を正確に理解した王は、たしかに一筋縄ではいかないと考えていた。

 それでもどうにか国のために役立てるようにするのが、王としての役目だ。

「それもそうだな。それにしても、其方の考え方は中々に面白い。そちらのフィロメナたちと同様に、いつでも好きなときに来るがいい」

 このアドルフ王の宣言は、国王である自分とのゆうを結ぼうという意味でもある。

 きちんとその意味が理解できたシゲルは、横にいるフィロメナへと視線を向けた。

 そのフィロメナが頷くのを確認してから、シゲルはもう一度王へと向き直った。

「格別のご厚意を賜り、感謝いたします」

「うむ」

 シゲルの返答に王が頷いたところで、ホルスタット王国内におけるシゲルの扱いが定まったといえる。

 王との友誼を結んだということは、たとえ貴族であっても、シゲルに対してな扱いをすることができなくなった、ということだ。

 逆にシゲルは、王との関係を強いられることになるが、その程度の不自由は受けたほうが利益になる、ということにもなる。

 王としてもシゲルとの関係を結べたことで、ある程度国王としての役目を果たせたと言えるだろう。

 シゲルとアドルフ王のどちらにとってもいい結果になったところで、この場での話し合いは終わりとなるのであった。


    ◇◇◇


 謁見の間から控室に戻ったシゲルは、緊張から解き放たれて、疲れた様子で椅子にどっと座り込んだ。

 王城内にいる以上、監視の目が無いとは言えないのだが、この位はばれても大したことではない。

「さすがに疲れたか」

 シゲルの様子に、フィロメナが笑いながらそう言ってきた。

「そりゃあね。正直、どう受け答えしたのか、半分くらいは覚えていないかな? 一応、ちゃんと返せていたとは思うけれど」

「そうだな。シゲルのことに関しては、十分すぎる結果を得ることができたな」

 実際フィロメナとしては、アドルフ王があのような宣言をしてくるとまでは考えていなかった。

 この場で狙っていたのは、シゲルの立場強化であって、ラグの姿をあの場で出せた時点でその目的は果たせていた。

 そう答えたフィロメナに、マリーナが意味ありげな視線を向けた。

「私としては、王と王妃のやり取りが気になったわよ?」

「ああ、あれか。──そうだな。マリーナは、どのあたりの娘を押し込んでくると思う?」

 少しだけ楽しそうな顔になって、フィロメナがそう言った。

 その言葉の意味を理解したシゲルは、げんなりとした表情になった。

「それって、もしかしなくても、そういうこと?」

「そういうことよ。せいぜいフィーとマリーナの機嫌を損ねないように気を付けることね」

 心底楽しそうな顔になってそう言ってきたミカエラに、シゲルはますますうんざりとした様子になって大きくため息をつくのであった。


    ◇◇◇


 王族が去り、シゲルたちも退出した謁見の間では、その場に残った者たちが様々な議論を交わしていた。

 えて周囲に聞こえるように声高に自らの主張をする者、小声で話しながらほかの者たちの反応を探る者、やり方は様々だが、共通しているのは一つだった。

 それは、いかにして自分(あるいは領地)の利益にするかということだけだ。

 強硬的な手段を取ろうと主張する者も少なくない。

 あの場で勇者フイロメナがあんな主張をしていたが、シゲル自身は今のところただの無名の平民でしかないのだから、やりようはいくらでもあるということだ。

 勿論、下手な手を打てばフィロメナが出て来ることになるが、それをさせないように立ち回ることができるというのが、そうした者たちの考えだった。

 実際に実行に移すかどうかは未知数だが、それでもそうした主張をする者が、少なくない数いるのはたしかだ。

 もしこの場に国王がいれば、大きくため息をついていたのは間違いないだろう。


 そんな中、とある領主二人が、周囲の様子をうかがいながら話をしていた。

「──どう思う?」

「どう思うもなにも、あの国王の言葉をどうとらえているのか、小一時間ほど詳しく話を聞いてみたいものだな」

「俺は遠慮したい」

 領地持ちの貴族同士でありながら、その会話を聞けば両者がかなり仲が良いことが分かる。

 一応誰にも聞かれていないことを確認はしているが、遠慮もなしに言い合っていることを考えれば、誰にでもそれは分かるだろう。

 実際この二人は、話の内容はともかく、その言いようは聞かれてもまったく構わないと言えるほどに、仲がいい領主同士だと知られているのだ。

 げんなりとした顔で遠慮すると言った領主に、もう片方の領主が笑いながら言った。

「そう毛嫌いするな。どういった考えであんなことを言い出せるのか、それを知れば余計な波風にもまれなくても済むようになるぞ?」

 むやみやたらと強気な主張をする者は、自爆してくれればそれに越したことはないが、大抵は周囲を派手に巻き込んで爆発することが多い。

 それを考えると、できるだけ巻き込まれないように対処する必要があるというのが、その領主の主張だった。

「それは俺も認めるが…………

 げんなりとした顔になっていた領主は、真顔に戻って頷いた。

 それから話がれたことに気付いて、元の話題に戻した。

「話が逸れたな。それにしても、馬鹿な奴らはともかくとして、お前はこれからどうする?」

「どうするもこうするもないだろうよ。お前と同じだ。まずは王がどう対処するかで、動きが変わってくるからな」

「それもそうか。王の方針が定まらないうちは、下手に動いても仕方ないな」

「ああ。ただ、王妃とのあの様子を見れば、打ってくる手は見えるが」

 二人の領主は、きちんと王と王妃が視線を交わし合っているところを見ていた。

 それゆえに、シゲルに対する王の手がどういうものかは、口に出さなくとも理解している。

 それは、この二人だけではなく、他のほとんどの者たちも同じはずだ。

 ただし、王が何を考えているのか分かっているからといって、ほかの貴族たちが同じ手に出るとは限らない。

 王に先んじて、同じような手段に出ることを考える者が出てくるのも当然のことだ。

 それは貴族としての習性といっても過言ではない。

 同じ貴族であるがゆえに、この二人の領主もその考えは理解している。

 たまたま今回は、そこまで強引な手段に出る必要はないと考えているだけだった。

 周囲を見回せば、幾人かの者たちが、すでにその方法でどうにか手に入れられないかと話していたりもする。

 良くも悪くも、これが貴族というものの在り方なのだ。


 王と王妃の話題が出たところで、片方の領主がふと思い出したように言ってきた。

「お二方は、誰を出すことを考えるのだろうな?」

「さて、年頃の王女は幾人かいるが……あのシゲルとやらも見た目が悪いわけではない。ただ、当人たちの好みと合わせて考えれば、中々難しいとは思うが……」

 難しかろうが何だろうが、王家というのは、基本的に血縁によってその力を強化していくものだ。

 いかに当人が渋ったところで、最後に決断するのは王ということになる。

 一瞬会話が途切れたところで、一人の領主がまさかという感じで切り出してきた。

────まさかとは思うが、ここで『姫』を出してくるなんてことは…………

「はっはっは。いかに迅速果断な王といえど、それは…………

 ないと続けようとした貴族だったが、そこで黙り込んでしまった。

 言葉に出して、あるいは聞いてしまえば、そのまさかが可能性の一つとしてあり得るということが理解できたのだ。

 その後その二人の領主は、お互いにまさかと言いつつも、心のどこかでその可能性を捨てきれずに会話を続けるのであった。


    ◇◇◇


 謁見の間から立ち去った王は、そのまま執務に戻ることはせずに私室で王妃と会話を行っていた。

 話題はもちろん、先ほど行われたフィロメナたちとのことだ。

「さて、王妃。先の話をどう思った?」

 婚姻を結んでからもほとんど変わらないぼうをしている王妃ラダに、優しげな表情を向けながらアドルフはそう問いかけた。

「どうもこうも、どうしてあの方々は、ああまで人々の話題をさらうようなことができるのでしょうね?」

 ラダは、少しばかり楽しそうな表情を浮かべながらそう答えた。

 その表情は多少揶揄からかっているようなところはあるものの、馬鹿にしたり拒絶するような色はない。

 それは、ラダがフィロメナたちの話を頭から疑っているわけではないことを示していた。

 立場上、フィロメナに対してあれしか答えられなかったアドルフ王だが、気持ち的にはラダと同じだ。

「うむ。それは私もそう思う」

 そう言って少しだけ笑ったアドルフは、さらに続けて言った。

「それはともかく、あのシゲルという青年をどう思った? いや、青年といっていいのかは分からぬが」

 頭の中でシゲルの姿を思い浮かべたアドルフは、そう付け加えた。

 シゲルの姿はこの世界の住人からすればかなり若く見えている。

 この辺りの感覚は、西欧の人間が東洋の人間を見たときと変わらない。

 勿論それには個人差があったりはするのだが。


 単純に見た目だけであれば、青年といっても良い姿をしていたが、あの受け答えを見る限りではそれなりの歳をしているように感じたのだ。

 それは、これまで様々な者と会ってきた王としての勘だった。

 アドルフの言葉に、ラダはうなずき返した。

「そうですわね。お歳のことはともかく、あの勇者とフツ教の聖女が思いを寄せているのです。悪い人ではないのでしょう。わたくし自身は……そうですわね、渡り人ということもあるのでしょうが、不思議な印象を受けましたわ」

「ほう。不思議……か」

 自分もまったく同じ感想を抱いていたアドルフは、ラダの言葉に考え込むような顔になった。

 王である自分と会話を行っているときには、市井の者らしく激しく緊張をしているように見えたが、上級精霊を前にしたときは自然な対応をしていた。

 貴族であれば逆の態度であってもおかしくはないだけに、アドルフやラダと同じような印象を持った者は多くいただろう。

 腕を組んで考え込むような顔になったアドルフは、すぐにラダを見てから言った。

「では、其方そなたは誰がいいと思う?」

「あら。貴方あなたはとっくに決めていらっしゃるのでしょう? その娘で良いと思いますわよ?」

 そう答えてきたラダに、アドルフは渋い顔になりながら返した。

「いや、其方の意見を聞きたかったから聞いたのだが……」

「おや。これは失礼しました。今の答えは少しばかりきようでしたわね」

 先ほどの返しは、自分は言葉に出さずに、王にだけ責任を負わせることになる。

 そう考えたラダはクスリと笑ってからさらに続けた。

「わたくしも貴方と同じく、あの娘が適任だと思いますよ。それに、ほかの子たちは嫌がるかも知れませんし」

「それは、あの娘が嫌がらないと言っているのと同じだと思うのだがな」

 苦笑しながらそう言ってきたアドルフに、ラダは笑みを浮かべたまま答えた。

「貴方もそう思っていらっしゃるからこそ、あの時すぐにわたくしに確認をしたのでしょう?」

 謁見の間で王が王妃を見てきたときに、すでにラダはその意図をきちんと読んでいた。

 だからこそ、シゲルのことを注意深く見るようにしていたのだ。

 普通は、勇者たちとゆうを結んでいるとはいえ、市井の者に王族が嫁ぐことなどあり得ない。

 だが、シゲルにはそれだけの価値があると考えてこその二人の会話だった。

 王族の姫としては、あり得ないような人生を歩むことになる一人の娘に対して、アドルフとしては思うところが無いわけではない。

 ただし、あの姫ならたしかにそんな人生も楽しんでしまいそうだと思うのもたしかだった。

 そんなことを考えていたアドルフは、小さくため息をついてから言った。

「まさか、このようなときがくるとは、私も思わなかったがな」

「あら。ですが、そういうこともあり得るかと思って、今まで出してこなかったのでしょう?」

「いや、さすがにそれは考えすぎだ」

 アドルフ王は、苦笑をしながら首を左右に振ってそう答えるのであった。


    ◇◇◇


 ホルスタット王国の貴族や王族が、自らの利益のために策を巡らせている間、相変わらず人に囲まれたままだったアマテラス号へと戻ったシゲルは、ぐったりと椅子に腰かけた。

「ああ~、疲れた」

 王城の控室でも同じようなことを言っていたシゲルだったが、今はその時以上にだらけた態度になっている。

 その姿を見れば、自らのホームに帰ってきて張り詰めていた気持ちが完全に緩んでいることが分かる。

 あからさまなシゲルの態度の変化に、フィロメナたちは苦笑をするだけで注意をすることはなかった。

 シゲルよりはああいう場にはるかに慣れているとはいえ、気持ちは良く分かる。

「とりあえず、お疲れ様と言うべきかな?」

「そうね。結果も上々といえるからね」

 フィロメナに続いてミカエラがそう応じると、マリーナも頷きながら続けた。

「遺跡に関する反応も上々、さっき城でフィーが言っていたように、この船やシゲルのことについてもきちんと伝えるべきことは伝えられた。これ以上の結果は欲張りといえるでしょうね」

「そう? それなら良かった」

 マリーナだけではなく、フィロメナやミカエラも満足げな表情をしていることに気付いたシゲルは、ホッと安心した様子でため息をついた。

 会談が終わった控室でも似たような話をしてはいたが、隠しごとをする必要がないアマテラス号の中でお墨付きを得たことで、ようやくシゲルの中でも今回の話し合いが成功だったと実感として湧いてきたのだ。

「あとは、この国がどういう対応を取るかによってこちらの態度も変わってくるからな。これ以上は私たちができることはなにもない。……まあ、強引に言うことを聞かせるという方法もなくはないが」

「いや、それってフィロメナが勇者として強引にことを進めるってことだよね。さすがにそんなことまでする意味はないんじゃない?」

 シゲルがそう問いかけると、フィロメナは真面目腐った表情で頷きを返してきた。

 最初からそんなことをするつもりは毛頭なかったのだが、えてあり得ない道をシゲルに示したのは、今回の話し合いがもく通りに行けたと、きちんと実感させるためである。

 ちなみに、フィロメナが今言った無理やり言うことを聞かせるという方法は、王都にくる前の話し合いで一応提案はされたものの速攻で却下されていた案の一つである。


 その後はフィロメナたちとどうでもいい会話をしていたシゲルだったが、気持ちが完全に普段通りに戻ったところで、ふと思い出したようにフィロメナに向けて言った。

「──そういえば、随分と冷静に大切な人だと言えていたね?」

 フィロメナは、何のことだか分からなかったのか少しだけキョトンとした表情をしていたが、次の瞬間には顔を赤くしていた。

「な、何を言っているか。いつも通りだっただろう?」

「あれは外面が良かっただけで、内心はドキドキだったのよ。後ろから見ていたけれど、私には丸分かりだったわよ」

 何とか誤魔化そうとしたフィロメナだったが、ミカエラの暴露のせいでその目論見があっという間につぶされることとなった。

「あ、そうなんだ。納得」

 思いっきり納得した表情で頷くシゲルに、マリーナが安心させることを言ってきた。

「私たち以外にそのことに気付いていた人はいないと思うわよ」

「ふ~ん。そうなんだ。まあ、気付かれたら気付かれたで面倒になりそうだったから良かった」

「本当にね」

 シゲルの言葉に、マリーナが同意するように頷いた。

 シゲルたちの会話に、当の本人であるフィロメナは顔を赤くしたままそっぽを向いていた。

 今この場で反論をしても、墓穴を掘ることになるのは十分に理解しているのである。

 フィロメナもきちんと学習しているのだ。


 そんな他愛たわいもない会話を間に挟みつつ、シゲルたちは今後をどうするかも話し合っていた。

 ホルスタット王国に関しては今回の話し合いで『待ち』の状態になっているのだが、ほかに関してはさほど具体的に話し合っていたわけではない。

 今回のホルスタット王国での話し合いで、シゲルもある程度の経験をすることができた。

 そうしたことも踏まえて、今後の方針を少しずつ固めていくのであった。