第一章 『精霊の宿屋』でいろいろ



 フィロメナたちとの話し合いで味噌と醬油の扱いをどうするかは決めたが、まだアマテラス号の公表というわけにはいかなかった。

 何しろ、フィロメナたちの作業がまだ終わっていない。

 そのため、シゲルはその時間を使って、これまで放置気味だった『精霊の宿屋』について手を入れることにした。

「ラグは、ほかに何か欲しい物はある?」

 具体的にどこにとは言わなかったシゲルだが、傍で護衛をしていたラグにはすぐに分かったようだった。

 ただ、シゲルの言葉に、ラグは首を左右に振っていた。

「私は、今のところ特にはありません。強いて言うなら森を増やして欲しいとは思いますが、広げるのはまだ先なのですよね?」

「あー、そうだねえ」

 ラグの問いかけに、シゲルが頷いた。

 森を広げるとなるとそれなりの広さが必要になる。

 勿論、少しだけ広げても森は森なのだが、そうしたとしても精霊の来訪数の増加という観点から見ればあまり意味はないのだ。

 そして、現在の『精霊の宿屋』は東〇ドーム四個分くらいの広さがある。

 そこからさらに広げる条件はすでに出ているが、その条件を満たす方法が分からないのだ。

「契約精霊の数を六体にしろって言われてもねえ……」

 シゲルは、メニュー内にある拡張条件の文章を見ながら、ため息をついた。

 そんなシゲルに、ラグがキョトンとした顔で聞いて来た。

「契約をすればいいのではありませんか?」

「いやだから、その契約をどうやってすれば…………あれ? もしかしてラグは知っているの?」

 そんなまさかと思いつつ、シゲルはラグに恐る恐る問いかけた。

 するとラグは、あっさりと頷きつつ、申し訳なさそうな顔になった。

「申し訳ありません。まさか、そこで悩んでいるとは思っていませんでした」

「あ~、いや、自分もちゃんと確認していなかったのが悪いから、仕方ないよ」

 ラグとリグは、Aランクになって会話をすることができるようになったが、こうした認識のすれ違いはよく起こっている。

 お互いに、知っていることと知らないことの境界が分かっていないので、ある意味仕方ないことではある。

 それは、時間をかけて埋めていくしかない。


 とにかく、ラグのお陰で、精霊との契約はしようと思えばできることが分かった。

 そもそもシゲルは、これまで『精霊の宿屋』のシステムでほとんど自動的に契約精霊を得て来た。

 だが、ほかの精霊使いたちは、別にそんなものを通さなくても契約を行っているらしい。

 その方法を使って契約すればいいだけなのだ。

 ラグから教えてもらった方法に、シゲルは目から鱗うろこという顔になっていた。

「たしかに、言われてみればそうだね」

 ラグにそう答えたシゲルは、すぐにガクリと肩を落とした。

 ほかに精霊と契約している人がいることは知っていたのに、そこから自分のことに結び付けられなかったのは、シゲルの失態である。

 なぜ思い付かなかったんだと反省しているシゲルを、ラグがおろおろしながら見ていた。

 丁度その時、外から戻って来たミカエラが、首を傾げながらラグを見て聞いた。

 ちなみに、シゲルは昼食の準備中だったので、リビングで『精霊の宿屋』をいじっていたのだ。

「あら? シゲルが落ち込んでいるみたいだけれど、なにかあった?」

「は、はい。その……」

 シゲルの汚点(?)を口にしていいのか分からなかったのか、ラグが途中でくちごもっていた。

 そんなラグを見て、シゲルが苦笑しながらミカエラに言った。

「いや、ちょっと自分が間抜けだったことを思い知らされただけ」

「間抜け? なによ、それは」

 そう重ねて聞いて来たミカエラに、シゲルは『精霊の宿屋』と契約精霊についての話をした。

 そして、シゲルからその話を聞き終えたミカエラは、

「ああ、それはたしかに間抜けと言われても仕方ないわね」

 と、宣った。

 さらにミカエラは、畳みかけるように言う。

「契約精霊については、あれだけ私が教えて来たのに、何故思い付かなかったのかしらね?」

 別にミカエラは、シゲルのことを責めているわけではない。

 単に、珍しく(?)シゲルを揶揄からかうためのネタができたので、遊んでいるだけだ。

 ミカエラのその顔を見れば、そのことはシゲルにも分かる。

 そもそも、自分の失態だということはよく理解しているので、強く出ることもできない。


 しばらくこのことで揶揄われることを覚悟したシゲルは、今はとりあえずの難を逃れるために、話題を変えることにした。

「申し訳ない。どうも無意識のうちに、『精霊の宿屋』の契約精霊と普通の契約精霊は違うものだと考えていたみたいだ。それよりも、精霊との契約ってどうやるのかな?」

 シゲルは自然にいる精霊との契約をしたことがないので、どうやって契約するかは知らなかった。

 ミカエラもそのことは話していない。

 そもそも五体も契約精霊がいる時点で普通ではないのだから、ミカエラはシゲルがそれ以上を望むなんてことは考えていなかったのだ。

 シゲルのあからさまな話題転換だったが、ミカエラは素直に答えを教えてくれた。

 さすがに、質問を放置してまで揶揄い続けるほど意地が悪くはないのだ。

「そうね。契約といっても色々あるけれど……シゲルの場合は、『精霊の宿屋』に来ている精霊に聞いてみればいいんじゃない?」

「『精霊の宿屋』に……? いや、どうやって?」

 シゲルにとっては、『精霊の宿屋』に来ている精霊は、あくまでもシステムの中に来ているだけであって、直接触れ合ったりしているわけではない。

 それらの精霊と契約をするといっても、どうすればいいのかなんてことは分からない。

 そう言ったシゲルに、ミカエラは不思議そうな顔になった。

「何を言っているのよ。そこに張り切って声を掛けられるのを待っている精霊がいるじゃない」

「え……?」

 シゲルは意味が分からずに首をかしげたが、それを見たミカエラがついと視線をずらしたのを見て理解した。

 ミカエラと同じ方向を見た視線の先では、ラグが期待するようにシゲルを見ていたのだ。

 シゲルの契約精霊たちは、なんの問題もなく『精霊の宿屋』の世界に入ることができる。

 そこでシゲルと契約を望むかどうかを聞いてきてもらえばいいだけなのだ。

「あー、ラグ。すまないけれど、自分と契約してもいいって言う精霊がいたら連れて来てもらえるかな?」

「勿論です。ですが、少しだけお時間を頂いてもいいでしょうか?」

 ラグの問いかけに、シゲルは首を傾げた。

「うん? それは構わないけれど……やっぱりそんなに簡単に契約したい精霊っていないか」

 ラグの言葉にすぐに同意したシゲルは、そう納得をした。

 だが、そんなシゲルに、ラグは慌てて首を左右に振った。

「いいえ、そういうわけではありません。ですが、シゲル様のおそばに仕えることになるのです。皆としっかり吟味した上で、連れて来ます」

「……あー、そういうこと」

 何やら張り切っている様子のラグに、シゲルはそこまで頑張んなくてもと言うことができない。

 それを言ってしまうと、ラグが落ち込んでしまうことは、これまでの経験で良く分かっている。

 そんなシゲルとラグの様子を、ミカエラは笑って見ていた。

「契約したいという精霊がいるなら、あとは簡単よ。当人を前に、きちんと契約の意思があることを確認して、シゲルがそれを了承すればいいだけね」

「へー、そんなことをする必要があるんだ」

 今までそんなことをやったことが無いシゲルは、なるほどとうなずいた。

「むしろ、本人の意思を無視して勝手に契約しているということのほうがあり得ないのだけれど?」

 シゲルの言葉に、ミカエラが少しあきれながらそう答えた。

 それに対するシゲルの返答は、視線をずらして誤魔化すだけだった。


 とにかく、契約精霊のめどがついたので、ほぼ『精霊の宿屋』を広げられることが確定した。

「それにしても、次に広げることができたら、小さめの町内会が取りまとめているくらいの広さになるんじゃないか?」

「町内会?」

 シゲルのつぶやきに、そのまま残っていたミカエラが聞き返してきた。

「うーん、こっちではなんていうんだろう? 町を細かく分けて、小さなグループで助け合っている自治組織みたいなもの、かな?」

 要するに、地域自治を行う小さめの任意団体のことなのだが、それをこの世界でどう言えばいいのかは、シゲルには分からない。

 この世界では、周りに何もないフィロメナの家と近くの街の宿で数日生活しただけなので、そうした細かい生活に必要な知識はあまり知らないのだ。

 とはいえ、エルフであるミカエラもあまり人の世界の生活に詳しいというわけではない。

 首を傾げて「寄合みたいなものかしらね」などと呟いていたが、すぐに頭を切り替えたのか首を振っていた。

「まあ、いいわ。とにかく、ラグたちがどんな精霊を連れてくるのか、楽しみね」

 多分に揶揄うような表情を含めて言ってきたミカエラに、シゲルはジト目を返した。

「なにか不穏な空気を感じるんだけれどね?」

「さあ? 気のせいじゃない?」

 その後、お互いにフフフ、ホホホと笑い合うシゲルとミカエラの姿は、誰がどう見ても仲が良いようにしか見えないのであった。


    ◇◇◇


 シゲルは、新しい精霊との契約は一日待ってくださいとラグから言われていた。

 拡張条件が分かってからのこれまでの日数を考えれば、一日くらいは大した時間ではないので、すぐに了承した。

 契約精霊たちが新しい仲間を迎えるのにあたって、時間を掛けて選択したいのであれば、それは必要なことだと考えているのだ。

 何しろ、これから先どれくらいの長さになるかは分からないが、一緒に過ごしていく相手になる。

 いわば同僚を選ぶことになるのだから、それくらいは時間を掛けるのが当然だろう。

 そんなわけで、新しい契約精霊に関してはラグたちに一任したシゲルは、アマテラス号の中で見つけた航海日誌を読んでいた。

 名目は航海日誌ではあるが、実質タケル個人の日記になっている。

 タケルは、初めからアマテラス号を同郷の人間以外に譲るつもりはなかったのか、かなり個人的なことをそれに書いている。

 しかも、内容が世界ではなく日本的なことに寄っていたりする。

 どういう意図でそうしていたのかは分からないが、もしかしたら日本での記憶を失くさないように、えてそうしている節も感じられた。

 タケルが書いていた日記は、一日一行で終わっていたようなアビーのそれとは違って、それなりの量が書かれていた。

 そのお陰か、日記自体もかなりの量があり読むのに時間が掛かるとシゲルは考えている。

 そのため、最初から詳細を読むのではなく、飛ばし飛ばしに読むつもりだった。

 ところが、そのもくが破たんしたのは、全体の三分の一を過ぎたころだ。

 ある重要な話が、その日記に書かれていたのだ。

 それを見つけたシゲルは、思わず目を疑って何度もその部分を見ていた。

 さらに、後追いで日記を読み飛ばしつつその件に関しての話を見つけて、ついに確信に至ることになった。

 そして、その日の夕食後、シゲルはフィロメナたちに重要な話をすることになった。


    ◇◇◇


 満足気な様子でシゲルの作った夕食を終えたフィロメナは、シゲルを見ながら問いかけた。

「それで? 重要なものを見つけたというのは、なんのことだ?」

 夕食前に、シゲルはタケルの日記から重要な記述を見つけたと話していた。

 ただし、それに気を取られて夕食がおろそかになっては駄目だと考えて、終わってから話をすると付け加えていたのである。

 そこまでする必要があったのか多少疑問はあるが、シゲルはそうしたほうが良いと判断したのだ。

 フィロメナから話を振られたシゲルは、頷きながら日記で見つけたある事実について話した。

「実は、以前は恐らくという考えで話していたことが、事実であるということが分かったんだ」

 少し遠回しな言い方をしてきたシゲルに、フィロメナは首を傾げてさらに聞いて来た。

「以前に話したこと?」

「だいぶ前のことだけれど、ギルドカードについて話をしたよね?」

 ギルドカードについては、もしかしたら超古代文明が残した遺産ではないかという推測は、以前に話していた。

 フィロメナたちは、すぐにシゲルが何を言いたいのか気付いた様子で、それぞれに少し驚いた顔になっていた。

「ま、まさか、ギルドカードに関する記述があったのか?」

「あったというかなんというか……。タケルは、ギルドカードの開発そのものに直接関わっていたみたいだね」

 そのシゲルの言葉に、フィロメナたちはさらに驚きを深くした顔になった。

 それはそうだろう。

 一部では神からの贈り物とさえ言われている技術が、実は人が造ったものであり、さらにはその開発者の日記が見つかったというのだ。

 もし公表すれば、天地が引っ繰り返るような、とまでは行かないまでもかなりの衝撃を世間に与えることになる。

 そして、やはりというべきか、三人の中で一番驚きを示していたのはフィロメナだった。

「……ちょ、ちょっと待て。それは本当のことなのか?」

「タケルが日記でうそを書いている可能性もないわけではないけれど……まあ、まず間違いないだろうね。どちらにしても、今ではまったく知られていない技術の詳細を、タケルが知っていたのは間違いないよ」

 シゲルは、魔道具の詳細についてはまだまだ勉強中ではあるが、日記に書かれていることが、かなり高度な内容であることは理解できる。


 絶対に日記が正しいとは言えないのだが、そもそもシゲル自身は間違いないと考えている。

 もし自分自身でも魔道具に関する知識と技術があって、周囲の協力と技術力が自分の構想に追いつくのであれば、シゲルも同じような物を作ることは考えただろう。

 タケルは実際に、それを実践してみせたのだ。

 シゲルがさらりと日記を見た限りでは、実際にシステムを完成させたのは、タケルが晩年の頃になっていたようだった。

 ただし、途中の段階でも当時の世界でギルドカードが受け入れられて、急速に広まっていったことが書かれている。

「作った本人は、当初はまさかそこまで一気に受け入れられるとは思っていなかったみたいだけれどね」

 当時は当時で、別に身分を証明する道具はあった。

 そのため、広まるとしても限定的だろうと考えられていたのだ。

 ところが、個人の魔力パターンを使うことと、どこででも共通して使えるというシステムが、大陸中に広まる要因となっていた。

 当時あった身分証を作るシステムは、限定した範囲内でしか使えず、タケルが作ったシステムと比べてかなり不便だったのである。

 試作の段階で一般に受け入れられて行ったこのシステムは、幾度もバージョンアップを繰り返して大陸中に広まることになった。

 その勢いは、タケルが止めようと思っても止められなかったとさえ書かれていた。

 その結果、タケルとしては不満がある状態で、次々とリリースしていくことになったようだ。

 完成形が頭にある開発者としては、その状態に不満があるのは、ある意味で当然といえるだろう。


────まあ、そんなタケルの心情はともかくとして、あそこまで細かく書かれている以上、創作であるという可能性は低いと思うよ」

 一通り語り終わったシゲルに、ミカエラが大きくため息をついてみせた。

「なんというか、とんでもない話ね」

 そこまで具体的に書かれているとなると、たしかに創作の可能性は低いと考えるシゲルの言い分も納得できる。

 それゆえに、信じがたいという思いが湧いてくるのもたしかだった。

 特に、魔道具開発をしているフィロメナと神具に関わることもあるマリーナは、ぼうぜんとした様子を見せていた。

 その二人の内、先に復活したのはマリーナだった。

「とんでもないで済ませていい話ではないわよ、これは」

もちろん分かっているわよ。でも、そうとしか言いようがないじゃない?」

 そう返してきたミカエラに、マリーナは沈黙を返した。

 その顔を見れば、これから先この話を公表するのか、するのであればどうするのが良いのか、目まぐるしく考えているということが分かった。

 下手をすれば、神の行いを否定することにつながりかねないのだから、マリーナが必死になるのも当然だった。

 そして、ミカエラとマリーナが会話をしている間に復活したフィロメナが、一度大きく深呼吸をしてからシゲルを見た。

「別に日記そのものを疑うつもりはないが、やはり信じがたいという思いもあるな」

 以前、シゲルと会話をした時は、半々で人の手で造られた可能性があると考えていた。

 だが、それでもやはり、事実として突きつけられると、信じられないという思いが湧いているようだった。

「その気持ちは推測するしかないけれど……ああ、そうか。もしかしたらこれを言ったら、フィロメナとマリーナも信じられるかもしれない、かな?」

 悪戯いたずらを仕掛けている直前のような笑みを浮かべたシゲルに、フィロメナとマリーナが不思議そうな顔を向けた。

 そんな二人に、シゲルは引っ張ることなくすぐに答えを言った。

「もしかしたらだけれど、ギルドカードのシステム開発には、大精霊以上の精霊が関わっていた可能性があるんだよね。そういう意味では、神が関わっているというのも間違いではないのかもね」

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

 敢えて軽い調子で言ったシゲルに、一番反応をしたのは、フィロメナとマリーナではなく、ミカエラだった。

 勿論、その二人も驚いてはいたが、ミカエラほどではない。


 大精霊を超える精霊となれば、後はもう一つしかいない。

 五種類に分類されているそれぞれの精霊の頂点に立つ存在である。

 そんな精霊が、直接人の世に関わっていることが信じられないというのと同時に、それであればあれほどのシステムを作り上げたということに納得できるという面もある。

 それが本当のことであれば、神からの贈り物という説も、完全には間違いではないということになるからだ。

 こうして、シゲルからもたらされた情報に、フィロメナたちは三者三様の反応を示すことになったが、話はこれで終わったわけではない。

 これらの話を今後どう扱っていくのか、それを話し合っていかなければならない。

 そう考えていたシゲルは、フィロメナたちを見て、内心で大きくため息をつくのであった。


    ◇◇◇


 シゲルが転移した世界では、精霊は木、地、水、火、風の五種類に分類されている。

 その五種類は、精霊たちの性質によって分けられているが、なぜ五つなのかといえば、もとになっている精霊がいるためだ。

 その五体の精霊を『五神』と呼び、それぞれの属性の頂点に立つと言われている。

 その力は神にも到達すると言われており、人知の及ばない膨大な力を持っているとされる。

 宗教によっては、五神の存在は神そのものだと言われている。

 自然そのものを神としているオーラ教やマリーナが属しているフツ教は、その考え方に立っている宗教である。

 それだけ大きな力を持つ精霊であるがゆえに、存在そのものは語られていても、人の前に姿を現すことは大精霊以上にありえないことだ。

 それゆえに、五神が人の世に直接関わっていると言われたフィロメナたちの衝撃は、相当なものだった。

「シゲル……たしかに五神であれば、あれを作り上げることも可能だろうが、本当に関わっているのか?」

 疑念半分、納得半分といった顔をして聞いて来たフィロメナに、シゲルは肩をすくめた。

「自分だって信じられないけれど、少なくとも日記にはそう書かれているからね。もしそこを疑うんだったら、日記そのものを創作だと思わなければならなくなるよ?」

 シゲルがそう答えると、フィロメナたちはそろってうめき声を上げた。

 ミカエラやマリーナも、フィロメナと同じように未だに半信半疑といったところなのだ。

 シゲルは、そんな三人に言葉での説得(?)をしようとはしなかった。

 ただ黙って、彼女たちの中で気持ちの整理がつくのを待っていた。

 そして、やはりというべきか、一番先に復活したのはフィロメナだった。

「……よし。とりあえず、その話に関しては、保留としておこう。あまりにも世間に与える影響が大きすぎる。それに、たしかめる手段などないからな」

 フィロメナの言葉に、ミカエラとマリーナは同意するようにうなずいた。

 フィロメナの見事な棚上げ論に、シゲルはたしかにそれが良いだろうなと考えていた。

 別の世界から来たシゲルであっても、日記の内容を未だに百パーセント信じ切れているわけではない。

 故国が同じだけに、信じたいとは思っているが、どこかに疑念を持っていることはたしかだった。

 それは違和感といっても良いかも知れない。

 ただ、その違和感は、シゲル自身も自覚していないためこの場で言葉にすることはなかった。


 それよりも、今のシゲルは先に解決しておきたいことがあった。

「ということは、王に会いに行くときは、この話は伏せておくんだね?」

「当然だろう。こんな話、できるわけがない。話をしたとしても信じてもらえず、良くて病院送りになるだけだ」

 苦笑しながらそう答えたフィロメナに、シゲルは他人ひとごとのようにそんなものかと考えていた。

「今知られている古代文明よりも、さらに発達した文明がそれ以前にあったというだけでも場合によっては正気が疑われ兼ねないから。さらに五神となると……私も黙っておくことに賛成だわ」

「私も同じく」

 マリーナに続いてミカエラが賛成を示したので、五神の情報の扱いに関しての方針が決まった。

 いずれは話をすることもあるかも知れないが、それは超古代文明の話が世間に浸透してからが良いというのがフィロメナたちの意見だった。

 気の長い話にシゲルはため息をついたが、フィロメナたちが慎重になる気持ちも理解できる。

 特にシゲル自身は、日記の内容をすべて公開するべきだと考えているわけではないので、三人が決めた方針に反対することもなかった。

 今のシゲルは、タケルがハマり生活の糧にしていた魔道具作りに興味が向いている。


「日記にも書いてあったけれど、当時はそれだけの物を作り上げることができる技術力があったみたいだね。遺跡からもそれは想像できたけれど、当時いた人の言葉は貴重だよね」

「それはたしかに。一体どれほどの技術や生産力があったのかと考えると、ため息しか出てこないな」

 フィロメナが、半ば感嘆するようにそう答えた。

 決して大げさではなく、当時と今では、少なくとも魔道具作りに関しては、天と地ほどの差があったことがうかがえる。

 フィロメナがそんなことを言いたくなるのも、仕方ないと言えるだろう。

 フィロメナが嘆いている間に、今度はマリーナが興味を引かれたような顔になってシゲルを見た。

「それにしても、タケルは随分と腕のいい職人みたいだけれど、やっぱり当時のトップだったのかしら?」

「さあ? さすがに本人の日記にはそこまでは触れていないみたいだね。まだ全部は読めていないけれど」

 さらりと流し読みしかしていないので断言はできないが、シゲルはそう答えておいた。

 もっとも、何冊かの日記を読んだシゲルの感想としては、タケルはそんなことを日記にわざわざ書くような性格ではないと考えている。

 ただし、乗せられやすそうでもあるためか、周囲に流されたということは何度も書かれていたりするのだが。

 とにかく、タケルが次々に新しい魔道具を開発していたことは間違いない。

 その事実に、フィロメナが今度こそはっきりとため息をついた。

「やはりあそこで何かしらの資料を持ってこなかったのは、失敗だったな」

 風の都の地下にあった資料や道具は、そのまま置いて来ていた。

 短い日数で行き来ができるだろうという考えもあったし、何よりも風の大精霊であるエアリアルの許可をもらっていなかったためだ。

 あの時は、アマテラス号の衝撃が大きすぎて、そこまで気が回らなかったのだ。

 嘆くフィロメナに、ミカエラが苦笑しながら言った。

「まあまあ、あの時は仕方なかったじゃない。それに、多分だけれど、風の大精霊の許可はもらえなかったと思うわよ?」

 エアリアルがタケルに対して、特別な感情を持っていることは、あの場にいた誰もが分かっていることだ。

 それを考えれば、地下にあった資料や道具を持ち出せた可能性は低い。

 むしろ、アマテラス号を持ち出せたこと自体を喜ぶべきだった。

 勿論、フィロメナもそのことは十分によく理解している。

「それは分かっているさ。だからこそ惜しいのだが……そういえば、日記以外には何もなかったのか?」

「残念ながら。その日記も技術的なことはほとんど書いていないしね。その辺はきっちりとわけて書いていたみたいだね」

「そうか。……残念だな」

 シゲルの言葉に、フィロメナは非常に残念そうにため息をついた。


 とはいえ、これ以上嘆いていても仕方ない。

 それに、エアリアルは、あの場所に戻って来ては駄目だということは言っていなかった。

 それどころか、アマテラス号のメンテナンスのためにも、たまには戻ってくることを推奨している向きさえあった。

 その時に資料を見に行けばいいと、フィロメナは気持ちを切り替えていた。

「まあ、今はそれはいいか。それよりも、これから先のことを考えると、余計なことをしている暇はないな」

 シゲルたちは、これから超古代文明について幾つかの国と話をする予定でいる。

 それを考えると、残念ながらフィロメナに新しい魔道具作りにまで手を出している余裕がないのはたしかだった。

「本当ならそんなことを放っておいて、好きに魔道具を作っていたいのだがな……」

 そう言いながらため息をついたフィロメナに、残りの三人がお互いに苦笑をした。

 フィロメナたちが超古代文明について、世間一般に知らしめようとしているのは、結局それが自分たちの利益に繫がると考えているためだ。

 特に魔道具に関しては、その時代のことが分かれば、今の研究も進むだろうと期待している。

 まさしく「急がば回れ」という状態なのだが、目の前に最高の資料という餌をぶら下げられたフィロメナとしては、もどかしく思っていることもたしかだった。

 そんなフィロメナをなだめるように、マリーナが言った。

「まあまあ。今はとりあえず、交渉を優先に考えましょう? 焦る気持ちも分かるけれど、そこで失敗したら、なんの意味もないわよ」

「たしかに、その通りだな」

 マリーナの言葉に、フィロメナはもう一度ため息をついた。

 それを見ていたシゲルは、だいぶフィロメナの中にイライラがまって来ているのかなあと思っていた。

 旅の間も含めて、フィロメナは満足に魔道具開発ができていなかった。

 それを考えると、一度はフィロメナが好きにできる時間を作ったほうが良いのかもしれない。

 そんなことを考えていたシゲルは、ふとミカエラとマリーナに視線を向けた。

 すると、二人ともほぼ同時に、シゲルを見ていた。

 そのやり取りで、意見の一致が見られたと理解したシゲルは、森の作業が終わった後で、一日だけ好きにできる時間を作るかと提案して、フィロメナに喜ばれることになるのであった。


    ◇◇◇


 ギルドカードのシステムについての話をした翌日の朝。

 約束通りに、ラグが五体の精霊を伴って、シゲルの前に姿を見せた。

「──『精霊の宿屋』の世界を作っている方なら、ぜひともお仕えしたいという者たちを連れてきました。この中から一体を選んで頂ければと思います」

 シゲルは、ラグの「お仕えしたい」という仰々しい言葉に一瞬気を取られたが、それ以上に後半の台詞せりふが気になって聞き返した。

「一体? それ以上は駄目なんだ」

 別にたくさんの精霊と契約したいと思っているわけではないが、なぜ一体だけと限定したのかが引っかかったのだ。

 何かシステム的な問題でもあるのかとも考えていたシゲルに、ラグが首を左右に振って答えた。

「いいえ。特に理由はありませんが……一度に数体増やしても大丈夫なのでしょうか?」

「うっ……」

 本当ならいくらでも増やせると言いたいところだが、今回のタイミングはたしかに遠慮したかった。

 理由としては、初めてのシステム外での契約になるので、どういう感じかまったく分からないということがある。

 もちろん、それ以外にも細かい理由はあるが、今はそれが一番大きい。

 少しだけ視線をウロウロとさせていたシゲルだったが、やがて少しだけ肩を落として言った。

「たしかに、今は一体で止めておいたほうが良いかな……」

 そんなシゲルに、ラグは特に表情を変えることなく頷いた。

「そうですか。それに、今契約できなかったからといって、また後から考えればいいのですから、そこまで落ち込む必要はないかと」

「え?」

 てっきり今回選ばれなかった精霊はそれっきりだと考えていたシゲルは、不思議そうな顔になって首をかしげた。

「この者たちは、『精霊の宿屋』が気に入って何度も来ております。ですので、機会があるのであれば、もう一度声を掛ければいいだけです。勿論、その時に契約を望むかは分かりませんが」

「ああ、なるほど」

 ラグの説明に、シゲルは納得顔で頷いた。

 ここでようやく納得したシゲルは、改めてラグが連れて来た五体の精霊を見た。

 その説明によると、五体の内二体が木で、残りの三体がそれぞれ風、水、土に属する精霊ということだった。

「火はいないんだ」

 もし火がいれば今まで契約していないので、迷わずそちらにしたのだが、いないのであれば仕方がない。

 今のところ火属性がいなくて困ったことはないので、シゲルは特にそれにこだわることなく精霊たちを見始めた。

 気楽なつもりで言ったシゲルだったが、ラグはそう取らなかったようで、少し顔を曇らせながら頭を下げて来た。

「申し訳ありません。今の環境だとどうしても火の仲間は集まりづらいようでして……。来ていないわけではないのですが」

 どうやら火の精霊は、まったく来ていないわけではないが、ラグたちのお眼鏡にかなわなかったようだった。

 申し訳なさそうな顔になっているラグに、シゲルは慌てて手を振った。

「いやいや。別に不満があるわけじゃないから。それに、火が集まりにくくなっているのは、自分が作っている環境のせいだからね」

 シゲルもそのことは十分に理解している。

 ただ、火属性の精霊が集まり易い環境にするといっても、どういうものを設置すればいいのかが、今のところ良く分かっていないのだ。

 そのため、今回火属性の精霊が来なかったのは、『精霊の宿屋』の調整を行っているシゲル自身のせいだろう。

 ラグから謝られるようなことではないのである。

 あんの表情を浮かべるラグを見て、悪いことを言ったかなと内心で反省しつつ、シゲルは精霊たちを見ていた。

 木の精霊が二体いるのは、先ほどのラグの言葉からも理由を察することができる。

 たしかに今の環境は、木が中心になっているところがあるので、そちらに偏ってしまっているのだろう。

 今後の環境整備の参考にしようと頭の片隅に入れつつ、シゲルは誰を選ぶか真剣に悩み始めた。


 まず、すでにラグとサクラの二体いる木の精霊は除外する。

 そうすると残るのは風、水、土になるが、正直どれを選べばいいのか、シゲルには判断がつかなかった。

『精霊の宿屋』で働いてもらう場合は、どの属性を選んでも役に立ってくれることは分かっている。それは、すでにいる精霊たちの活躍で分かっていることだ。

 となれば、『精霊の宿屋』の外でどれくらい活躍してくれるかが問題なのだが、そこまで考えたシゲルはふとあることを思い出してラグを見た。

「そういえば、この子たちは、外での活動はできるのかな?」

 シゲルが思い出したのは、サクラのことだった。

 もしサクラのように『精霊の宿屋』内に固定されてしまうと、活躍の場が減ってしまう。

 それはできれば避けたいことであった。

「それは問題ありません。むしろ、サクラが特殊なだけですから」

 そのラグの答えに、シゲルはなるほどとうなずいた。

 サクラのように固定されていないのであれば、いよいよ選ぶ基準が無くなってくる。

 正直、残りの誰を選んでもいいかと思い始めたシゲルの脳裏に、ふと戦闘が終わってミカエラから言われたことがよぎった。

 それは「シゲル自身は攻撃力がほとんどないんだから、守りを固めたほうがいいわよ」というものだった。

 そこからさらに、地属性は守りが固いということを続けて言っていた。

 それらの話を思い出していたシゲルは、地属性の精霊を見て決断した。

「よし。それじゃあ、今回はそっちの子にするよ」

 シゲルはそう言うと、指定された精霊はその顔に喜びの表情を浮かべて、残りの精霊は残念そうな顔になっていた。

 そんな光景を見てしまうと、全員を選びたくなってくるシゲルだったが、ここはグッと我慢した。

「選ばれなかった子たちは、別に君たちが悪いというわけじゃないから。多分これで終わりってことはないと思うから、できれば次の機会に来て欲しいかな」

 シゲルがそう言うと、四体の精霊は慌ててコクコクと頷き始めた。

 それをニコニコと見ていたラグは、シゲルを見ながら言ってきた。

「それでは、この子にも名前を付けてあげてください。この子がその名前を了承すれば、契約は終わりになります」

「え? 名前を付けるだけ?」

「そうですよ。もうすでに、この子は契約すること自体は許可していますので、それ以外のことは必要ありません」

 そう言ってきたラグに、シゲルはそんなものかと納得した。

 契約をするとなると大仰なことのように感じるのだが、契約自体は簡単に終わってしまうのである。

 もっともシゲルがあっさり感じているのは、一番面倒な精霊を見つけるという過程が短縮されているからで、本来はそこが一番時間を掛ける部分なのだ。

 もしそんな感想をミカエラ辺りに言えば、シゲルは白い目で見られることになるだろう。


 幸いにして、今この場にはミカエラはいないので、シゲルが非難(?)されたりせずに済んでいた。

 そんなシゲルに、ラグが地の精霊を両手の上に乗せながら差し出してきた。

 初期の頃のラグたちに似たような大きさのその精霊は、茶色のひとみと緑の髪を持っている。

 まだ出会ったばかりで断言はできないが、ラグの手の上でじっとしているその姿からは何となくおとなしそうな印象を受けた。

「それじゃあ、その子の名前はノーラで」

 自分に向けられているラグの視線に気づいたシゲルは、何を要求されているのか分かって地の精霊を見ながらそう言った。

 今回は、すぐに名前を与えることができたのは、時間を掛けなかったわけではなく、昨日のうちから新しい精霊がくることが分かっていたのでいくつかの名前を考えていたからだ。

 その中から、土の属性に合いそうな名前を選んだだけだった。


 シゲルが名前を言うと、ラグの手の上に乗っていた精霊は、うれしそうにパッと顔を輝かせてコクコクと頷いた。

「どうやらこの子もノーラという名が気に入ったようですね。──これで契約は終わりになります」

 ラグはそう言いながら、ノーラ以外の精霊たちに視線を向けた。

 するとその精霊たちは、名残惜しそうな顔をしながらもその場から姿を消してしまった。

 どうやら、それぞれにまた好きなところへと帰ってしまったようだった。

 それを申し訳ない気分になりながら見送ったシゲルは、ノーラの姿を見て首を傾げた。

「それにしても、また女性みたいだけれど、なにか意味があるのかな?」

 大きさは、成長する前のラグたちのように手のひらに乗れるくらいだが、やはりその姿は女性だった。

 ミカエラから聞く限りは、人の姿をしている精霊には男性もいるということなので、なぜまた女性なのかが気になったのだ。

何故なぜと言われましても──そのほうがシゲル様がいいのではありませんか?」

 それが当然だろうという顔をして言ってきたラグに、シゲルは一瞬だけキョトンとした顔になってから、そのまま黙り込んでしまった。

 別にそんなことはないと言いたいところだったが、そう言い切れないのも事実だった。


    ◇◇◇


 ラグに自分の隠された欲望(?)を指摘されて微妙にへこまされたシゲルは、ベッドの上に座りながら誤魔化すように『精霊の宿屋』を開いていた。

「シゲル、少し落ち込んでる~?」

 そんなことを言ってくるリグの言葉に聞こえなかったふりをしながら。

「あ、あの、シゲル様……?」

 それを見て、自分が失言をしてしまったのかと慌てているラグに、シゲルは苦笑を返した。

「いや、別に落ち込んでいるわけじゃないから。うん。ラグは気にしなくてもいいよ」

 実際に、シゲルは落ち込んでいるわけではない。

 ただ、精霊に指摘されて今更ながらに気付いてしまったことに、少し反省していただけだ。

 シゲルが『精霊の宿屋』を開いたのは、別にそれらの気持ちを誤魔化すためだけではなかった。

『精霊の宿屋』のシステムにらない、通常の方法で契約した精霊──この場合はノーラが、きちんと登録されるのかを確認したかったのだ。

「どれどれ……おっ、ちゃんと登録されているね」

 契約精霊の欄にノーラの名前があるのを見つけたシゲルは、そう言いながら詳細を確認してみた。

 ノーラのランクは中級精霊のDランクで、スキル構成は探索系に寄っている。

 その代表的なのが採掘だ。

 採取などもそうなのだが、こうしたスキルを持っているとスキルを持っていない場合よりも多くを持ち帰ってくるらしい。

 これはまだ確認できていないが、新しいものを発見するボーナスにも関わっているようだった。

 とにかく、ノーラが採掘のスキルを持っているということであれば、これから先、鉱石系の採取物が今まで以上に増えることが予想される。

「なるほどね。さすがに良い子を見つけてくれたな」

 シゲルがそう言うと、ラグとリグが嬉しそうな顔になっていた。

 こうなってくると、ラグが連れてきたノーラ以外の精霊たちのステータスも気になってくるところだが、今さら気にしても仕方ない。

 残念に思うシゲルだったが、いつまでも引きずっていてもどうしようもないので、さっさと切り替えることにした。


 シゲルは、ノーラのステータスを見たついでに、ほかの契約精霊たちのも確認することにした。

 まず、ラグ、リグ、シロの初期精霊三体は、風の都の探索直前に上級精霊に上がったばかりだったが、この短い間にランクを一つ上げてIランクになっている。

 上級精霊になっても下級ランクだと上がり易いというのは、変わりが無いようだった。

 ちなみに、上級精霊はJランクからのスタートだ。

 それぞれのスキル構成は、ラグが生産系、リグが採取系、シロが戦闘(探知含む)系に寄ってきている。

 この三体は、バランス良く仕事をさせて来たのだが、それでもスキル構成は偏りが出てきていた。

 この辺は、やはりそれぞれの資質や性格によるものだとシゲルは考えていた。

 続いてスイのランクは、中級精霊のBランクまで上がっている。

 スキル構成は探索と採取がバランス良くといったところだ。

 特に、水系の採取物が多くなっているのは、属性のお陰だろう。

 水の町でも、そのスキルを持っているお陰か、大活躍をしていた。

『精霊の宿屋』にある池は、今後大きくする予定があるので、その時の環境を作る際にはスイが取って来たものが役立ってくれるはずだ。

 最後にサクラだが、彼女は完全に足踏み状態になっている。

 ランクは中級精霊のAランクまで上がっているが、そこから先に行く気配がないのだ。

 ラグたちの大きな変化を見れば、何かきっかけがいるのかもしれないとは考えているが、それがなにかは今のところまったく分かっていない。

 単純に経験が足りていないのかもしれないし、何か条件があるのかもしれない。

 そして、サクラのスキル構成は完全に『精霊の宿屋』の管理用に偏っている。

 これは、まだ一度も外に出たことがないからということもあるだろうが、サクラの性質がそうなっているからだとシゲルは考えていた。

『精霊の宿屋』の画面を通してサクラを見ていると、非常に楽しそうにしている。

 それを見ていると、変に外に連れ出さないほうが良いのではと思えるほどなのだ。


 精霊たちの状態を確認したシゲルは、続けて『精霊の宿屋』の拡張機能があるところを開いた。

「おっ。ちゃんと拡張できるようになっているな」

 ノーラを迎え入れた時点で条件を満たすようになっていたので当たり前だが、きちんと拡張できるように項目が増えていた。

 シゲルは迷わずそのボタンを押して、拡張を行った。

「──これで拡張は終わった……んだけれど、随分と広がったなぁ」

 拡張と同時に広がった『精霊の宿屋』を見て、シゲルは感嘆のため息をついていた。

 世界が広がったことは喜ばしいことだが、それを管理するための経費精霊力がまた大きくなってしまう。

 もちろん、それをするだけの収入はあるので、問題はないのだが。

 シゲルが『精霊の宿屋』の操作するのを横で見ていたリグが、パッと立ち上がって言った。

「ちょっと見てくる!」

「こら、リグ!」

 シゲルが返事をするよりも先に姿を消したリグに、ラグが注意を飛ばしたが、まったくの無意味だった。

 それを見ていたシゲルも笑いながらラグに言った。

「ラグも見てくるといいよ。今日はもう外に出る予定はないし、護衛はシロがいればいいよね? シロが見ることができるのは後になっちゃうけれど」

 シゲルがそう言うと、そばに控えていたシロが「ワフ!」と返答して来た。

 シゲルの言葉に、ラグは少しだけ躊躇ためらってから頷いていた。

「では、私も見てきます。シロ、ある程度見て来たら戻ってきますから、それまで待っていてください」

「ワフ!」

 シロが元気に返事をするのを確認したラグは、先ほどのリグと同じように姿を消した。

『精霊の宿屋』の画面を見れば、きちんと移動していることが分かった。

「──何度見ても、不思議だよなあ」

 思わずそうつぶやいてしまったシゲルに、シロが「ワフ?」と小さく首を傾げるのであった。


    ◇◇◇


 拡張した『精霊の宿屋』だが、シゲルはすぐに環境調整を行うことはしなかった。

 その理由は単純明快で、様子を見に行ったラグやリグからの意見を聞いてからにしようと考えたためである。

 もっとも、拡張する前からある程度の構想は練っていたので、それをもとに微調整をするつもりなのだ。

 そのためシゲルは、二人が戻ってくる間に、昼食の準備を行うことにした。

 そして、その間に森での作業を行っていたフィロメナたちが戻って来た。

「あれ? 思っていたよりも早く終わった?」

「うむ。作業が順調に行ってな」

 シゲルの問いかけに、フィロメナが満足げな顔でうなずいた。

 今日の作業は、今までの総仕上げで、開拓した場所をきれいに整地するという作業をしていたはずだ。

 朝の段階では昼過ぎまでかかると言っていたのだが、それよりも早く戻って来た。

 三人がそろって戻って来たのを見たシゲルは、慌てて昼食の準備を早めようとした。

 それを見たマリーナが、手を振って止めた。

「作業をしてほこりっぽいから、私たちは水で清めてくるわ。だから、そんなに急ぐ必要はないわよ」

「ああ、なるほど」

 これで作業が終わったのであれば、一度水を浴びたいという気持ちは良く分かる。

 本来ならにでもと言いたいだろうが、それは夜のお楽しみとして取っておく。

 いくら魔法で用意ができるといっても、一日に二度も入れるほどお湯を無駄にしたくはないのだ。


 フィロメナたちが水浴びから戻ってくる頃には、昼食も出来上がっていた。

 それを口にしながら、シゲルは今後の予定について話をした。

「──それじゃあ、王都に向かうのは、二、三日後ってところかな?」

「うむ。それがいいだろうな」

 フィロメナは頷きつつミカエラとマリーナを見た。

 その視線を受けて、二人とも揃って頷いていた。

「そうね。別に急ぐ必要はないしね」

「王も私たちがすでに国に入っているとは思っていないでしょうから、それでいいと思うわ」

 フィロメナたちがオネイル山脈にいることは、すでに各国の王には伝わっていると考えている。

 それは別にうぬぼれではなく、勇者と呼ばれている自分たちの動向は、逐一報告されているのが当たり前なのだ。

 フィロメナたちとしてはうつとうしいことこの上ないが、それを止めろとは言えない。

 常識的に考えて、たった数日でホルスタット王国に戻ってきているとは誰も考えていないはずで、それを考えれば日にち的な余裕はまだまだある。

 アマテラス号の速さを証明するためには、早ければ早いほど良いかも知れないが、二、三日程度では大した違いではない。

 それほどまでに、現在の移動手段(主に馬車)との差は歴然としているのだ。

 昼食を終えたシゲルは、『精霊の宿屋』の調整を後にして、アマテラス号を移動するために外出することになった。

 折角フィロメナたちが場所を作ってくれたのだから、早めに移動したほうが良いと考えたためだ。

『精霊の宿屋』の調整は戻って来てからでもできるので、アマテラス号を目につきやすいところに持ってくるのを優先したのだ。


    ◇◇◇


 フィロメナ、マリーナと共にアマテラス号に向かったシゲルは、その途中でリグの突進を受けた。

 一言でいえば、いきなり出現してシゲルの右腕を取って抱き着いて来たのだ。

 以前の小さかった時と違って、それをされると幸せな感触が腕から伝わってくる。

 成長したリグとラグは、非常に発育が良い体つきをしているのだ。

 思わずそこに神経が集中してしまうのは、男としていたし方のないことだろう。

 だがそれを表に出してしまうと、今のところ仕方ないなあと笑ってくれているフィロメナとマリーナから責められることは分かっているので、シゲルはできるだけ顔に出さないようにしながらそっとリグを引き離した。

「リグ、どうしたんだ?」

「むー。やっとお話が終わったみたいだから、報告しに来たのに」

 迷惑を顧みないほどに自由奔放な性格をしていると思われがちなリグだが、実際はそれとは違っている。

 正確に言えば、シゲルに迷惑を掛けないように、必要なところではきちんと行動をしているのだ。

 もっとも、ラグ辺りに止められているという可能性もわずかにあるのだが。

 その真偽はともかく、今回もシゲルがフィロメナたちと真面目な話し合いをしていたので、リグはそれが終わるまで出てくるのを控えていたのである。

「あー、そっか。それで? 『精霊の宿屋』はどうだった?」

「うん! とっても広がっていたよ!」

 満面の笑みを浮かべながらそう言ったリグだったが、背後に現れたラグからポカリと頭をたたかれていた。

「痛い!」

「シゲル様に報告をするなら、もっと正確に話しなさい」

「むー」

 リグが頭を押さえながらにらみ付けていたが、ラグはどこ吹く風でそれを受け流した。

 そしてラグは、視線をシゲルへと向けてから言った。

「広さは以前の四倍近く広がっています。新しくできたところはいつものように芝でした。広くなっている分、自由にけられる場所が増えて、風の者たちはうれしそうでしたね」

「なるほど」

 ラグからの報告に、シゲルは納得顔で頷いた。

『精霊の宿屋』の画面で見て前者は分かっていたが、最後の情報はそれだけでは分からなかった部分だ。

 まあ、リグの様子を見れば、何となく理解できることではあったが。

 シゲルは、歩みを進めながらラグを見て聞いた。

「それだけ広がったってことは、かなり自由なことができそうだけれど、何かして欲しいことはある?」

「そうですね。……やはり属性にあった物を増やしていただけると、その分訪れる仲間も増えると思います。勿論、私たちにとっても嬉しいことですし」

 ラグがそう説明したことは、以前から言われていたことと変わらない。

 要するに、水の精霊のためには水場を増やして欲しいというのが、ラグの言いたいことだった。

 もとからシゲルもそのつもりでいたので、大きな変更はなく済みそうだった。

「ただなあ……これだとやっぱり火の精霊が増えないんだよな」

 分かり易く言えば、溶岩がしになっているような場所が増えれば、火の精霊も増えてくれるかもしれない。

 だが、木が多くある現状では、それをすると大火事になってしまいかねないのだ。

 家のそばにかがり火のような物を置いてはいるが、その効果は微々たるものでしかない。

 単純に、火の精霊が喜びそうなものと言われて思い浮かぶのは、火山くらいしかない。

 それを置くには、まだ十分な広さがあるわけではないので、どうしようもできないというのが現状だった。


 悩むシゲルに、少し前を歩いていたフィロメナが話しかけて来た。

「火の精霊が喜ぶ物か。どうせアマテラス号の紹介をするついでに各国を回るんだから、大精霊がいそうな場所にでも行ってみるか?」

「いや、それはあり難いけれど、それって大精霊に会ったら必ず何かもらえることが前提になっていない?」

 シゲルがそうフィロメナに聞くと、なぜかマリーナが少しあきれた顔になって言ってきた。

「何を言っているのよ。結局、風の大精霊からも役に立つ物をもらえたのでしょう?」

 マリーナからの突っ込みに、シゲルはそっぽを向いた。

 以前、タケルの作業部屋でエアリアルからもらえた目に見えない物は、『風の源』というものだった。

『精霊の宿屋』に登録されているのを見て、初めてそれが分かったのだが、実際に設置してみてもシゲルの目には見えないのは変わらなかった。

 ただし、リグが非常に喜んでいるのを見れば、風の精霊にとってあると非常に嬉しいものであることは間違いない。

 これまで立て続けに三人の大精霊からそういったものをもらっている以上、ほかの大精霊からももらえると考えるのは自然なことだろう。

 もっとも、シゲルにも言い分はある。

「いや、それはそうなんだけれど、別に火の大精霊も同じだとは限らないんじゃ……?

「それはないな」

「あり得ないわね」

 シゲルが恐る恐る言った言葉に対して、フィロメナとマリーナがきっぱりとそう断言して来た。

 ミカエラもそうだが、何を根拠にしているかは分からないが、彼女たちの中ではシゲルが大精霊に気に入られるというのは、すでに決まっていることなのだ。

 釈然としない思いを抱きつつ、二人が相手では勝てないことが分かっているので、シゲルは不満そうな表情を浮かべて別のことを言うことにした。

「何か納得いかないんだけれど……まあそれはともかく、火の大精霊がいそうな場所って分かっているんだ」

「それはな。昔から有名なところがある」

「そうね。でも普通に行くには厳しすぎて、候補から外れていたのよ」

 フィロメナとマリーナの返しを聞いて、シゲルはなるほどと頷いた。

 二人は、歩きや馬車で行くのが厳しい場所でもアマテラス号を使えば楽に行けると言いたいのだ。

 実際その場所は、何度も山を越えていかなければならないところであり、あまり旅人が行くような観光地でもないため、道が整備されているわけではない。

 一応いくつかの村はあるが、旅人が泊まれる場所もあまり多くはないので、避けていたのである。

 ちなみにシゲルは、話題にも上がっていなかったので、そんな場所があるとは知りもしていなかった。


 フィロメナとマリーナからそれらの話を聞いて、シゲルは空を見ながら言った。

「たしかに空を行けば楽かもしれないけれど、行けない場所だってあるからね? 泊める場所だって探さなければいけないし」

「それはそうだろう。だが、曲がりくねった道を真っ直ぐに行けるというだけでも、意味があるからな」

 火の大精霊がいるとされているところは、険しい山にあるだけあって、山道を進まなければならない。

 当然のようにそんな道が真っ直ぐ続いているはずもなく、曲がりくねった道を歩かなければならないのだ。

 ただ、シゲルの言う通りに、山中にアマテラス号が泊められる場所があるかもきちんと考慮しなければならない。

 それは現地に行ってみないと分からないので、必ず楽に行けるとは限らないのだ。

 そんなことを話しているうちに、仮でアマテラス号を置いていた場所に到着していた。

 今まで置いていた場所は、フィロメナの家よりも更に森の奥にあるので、人が来たような気配はなかった。

 もし何かあったとしたらエアリアルから報告があるはずなので、何もないことは分かっていたのだが。

 とにかく、アマテラス号に乗り込んだシゲルたちは、そのままフィロメナたちが作った場所へと向かった。

 歩いて行くことができる場所に置いてあったので、アマテラス号では数分もかからない。

 むしろ距離が無いためにあまり速度が出せないくらいだった。

 それはともかく、フィロメナたちが数日かけて作った場所に、アマテラス号はピタリと収まったのである。

 ちなみに、アマテラス号が泊まっているときは、地面から数十センチほど浮いている。

 それを外から見たシゲルは、首をひねっていた。

「どうしたのだ?」

「いや、やっぱり何度見ても不思議だなあって思ってね」

「そうか?」

 船が浮いたまま地面の上に泊まっている光景は、シゲルにとっては違和感がある。

 だが、そんなシゲルにフィロメナは首を傾げてみせた。

 魔法があるこの世界では、人が空を浮くこともできるのだ。

 それがあるため、慣れてしまえば船が浮いているのもあまり不思議には見えないようだった。

 もちろん、それを成すための技術には驚いているが、船が浮いていること自体には、あまり驚きはない。

 それはフィロメナだけではなく、ミカエラやマリーナも同じだ。

 ファンタジー世界ならでは(?)の皆の感覚に、シゲルは苦笑をすることしかできなかった。


    ◇◇◇


 アマテラス号の移動を終えた翌日、シゲルは『精霊の宿屋』を開きながらノーラの確認を行っていた。

 正確に言えば、これまでノーラが採取してきたものを、ログを見ながら確認しているのだ。

 といっても、まだ正式に契約を行ってから数日しか経っていないので、あくまでも参考程度にしかならないということは分かっている。

 ただし、ノーラは地の属性であり、シロという同じ属性の先輩がいるために比較がしやすいということがある。

 似たようなことはラグとサクラにも言えるのだが、サクラの場合は『精霊の宿屋』から出られないという特殊な事情があるため、ラグとの単純比較はできない。

 対してシロとノーラは姿の違いがあるが行動範囲が似ているので、比較しやすいという点がある。

 勿論、現在のシロとノーラはランクが違うので比較する意味がないのだが、以前のシロと比較することはできる。

 過去のデータがキャプチャしてあるわけではないのだが、シゲルに残っている記憶と残しておいたメモを頼りに比較をしているのだ。


「──うーん。採掘とかがあるのはシロと同じだけれど……ノーラの場合は管理系が強そう、かな?」

 管理系は『精霊の宿屋』で行える作業のことで、特に分かりやすいのは生産系の部類になる。

 たとえば、木の精霊であるサクラは『精霊の宿屋』から外に出られない分そちら方面のスキルが充実していて、作ってある畑の管理やポーションなどのアイテム作製に長けている。

 ノーラのスキル構成を見る限りでは、アイテム作製などのスキルが最初からあって、管理系が強いということが分かる。

 ただし、サクラとは違ってほかの精霊と同じように『精霊の宿屋』の外には出られるので、きちんと採取などの最低限のスキルは持っている。

 ちなみに、ラグたちが厳選しただけあって、ランクは勿論持っているスキルも最初からそれなりに育っている。

 方向性に偏りが見られるのはスイやサクラも同じなので、大きな問題にはならないはずである。


 シゲルがそんなことを考えながらステータスチェックを行っていると、ノーラがシロと一緒に採取から戻ってきた。

「──グフゥ」

 ベッドの上に寝転がっているシゲルの上にシロが乗ってきてその重さでつぶされそうになることが、今回のようにたまにある。

 ちなみに、精霊であるシロは自身の重さも管理できるようで、体重を乗せて乗っかってくるのはわざとだということはシゲルも理解している。

 それでもそのままにさせているのは、じゃれ合いの一種だということと、シロがきちんと加減をしていることが分かっているためだ。

 だからこそ、護衛についているラグも、多少呆れたような視線は向けているものの止めようとしたり注意したりしようとはしていない。

 自分の胸の位置をしっかりと確保して思いっきり尻尾しつぽを左右に振っているシロを一でしたシゲルは、少し驚いた様子でこちらを見ているノーラに言った。

「採取はどうだった? シロに色々教えてもらえた?」

 今回の採取は、えてシロと一緒に行動するようにノーラに指示をしていたのだ。

 姿は違っても同じ属性であるシロと組ませれば、『精霊の宿屋』にとって必要な物がなにかも分かるだろうと考えてのことである。

 シゲルの問いかけに、ノーラが何度かコクコクとうなずいていた。

 ノーラもリグ、ラグを除いたほかの契約精霊たちと同じように言葉を話すことはまだできないが、シゲルの言っていることはきちんと理解できているのだ。


 そのノーラが、シゲルが「そう」と答えるのとほぼ同時に何やら差し出してきた。

「うん? 何か見つけてきたの?」

「そのようですね。是非、『精霊の宿屋』に取り込んでみてください」

 シゲルの疑問に、様子を見ていたラグがそう言ってきた。

 ラグ自身は会話ができるので、ノーラが何を言いたいのかをきちんと把握し、その上で取得したアイテムを『精霊の宿屋』に取り込むように言っているのだ。

 もっとも、精霊たちが採取してきたアイテムは、ほとんどすべてを直接『精霊の宿屋』に取り込んでいるので、敢えて自分を経由させた理由がシゲルには分からなかった。

 内心で首を傾げつつもノーラからアイテムを受け取ったシゲルは、開いたままだった『精霊の宿屋』にそのアイテムを登録────しようとしてふと何かに気付いて思わずつぶやいた。

「──うん? 粘土……かな?」

 ノーラにとっては抱えるくらいの大きなものでも、シゲルにとっては親指くらいの大きさしかない。

 それほどの大きさのものでも、触った感触が粘土のように感じたのだ。

 ちなみに、戻ってきた時にはノーラは何も持っていないように見えたが、精霊たちが使えるアイテムボックスのような魔法でしまっていたのだ。


 シゲルは、ノーラから受け取った粘土らしきものを改めて『精霊の宿屋』に取り込んだ。

 ちなみに、シゲルは一度ラグへと視線を向けていたが、彼女はにこりと笑うだけではっきりとした答えはなかった。

「えーと、何々……? 粘土は粘土でも特殊なものっぽい?」

『精霊の宿屋』に新たに登録された粘土の説明を見て、首を傾げながらそう呟いた。

 これまでも精霊たちは粘土を拾っていたが、固定の名前で登録されたのは初めてだったのだ。

 そういう意味ではレアと言えるのだろうが、残念ながらその説明文を見ただけでは、どう珍しい物なのかがいまいち分からない。

 そんなシゲルの考えを読み取ったのか、ラグが答えるように言った。

「ノーラが言うにはいろんなものの加工材料として使えるようですよ。単品だけではなく、混ぜたりして使うこともできるようです」

「へー。そうなんだ。というか、やっぱりノーラは生産がメインなのかな?」

「メインかどうかは分からないようですが、何かを作るという作業が好きなようです」

「なるほどね」

 ラグの答えを聞いたシゲルは、納得した表情で頷いた。

 先ほどまで確認していたノーラのステータスから考えても、大きく外れた答えではなかった。

 シゲルが感心した様子でノーラを見ると、その当人は少しだけ恥ずかしそうにはにかんでいた。

 そして、それに気付いたシゲルは契約したのは当たりだったかなと、改めてそんなことを思い浮かべるのであった。