プロローグ これまでと今後のこと



 気付いた時には渡り人として異世界へと転移していたシゲルは、フィロメナ、マリーナ、ミカエラ、順調に成長をしているラグ、リグ、シロなどの精霊たちと共に、その世界における古代遺跡を発見することになった。

 フィロメナの家がある魔の森にあったその古代遺跡は大精霊と呼ばれる超常の存在が管理していて、さらにはこれまでの世界の常識を覆すような遺跡であることが分かった。

 この世界では今の文明が起こるよりも昔に古代文明と呼ばれる文明があったことが以前から知られていた。

 ところが、シゲルたちが発見したその遺跡は、その古代文明よりもさらに前に発展していた文明であることが分かったのだ。

 さらに、大陸を縦断して新たに二つの遺跡を調査したシゲルたちは、その文明が一つ前の文明よりも発達した文明であったことを突き止めた。

 一つ目の遺跡を見つけた時からそうだろうという感触は得ていたのだが、残りの二つの遺跡を調査することによって、それが確信に至ったのである。

 今よりもはるかに発達していた二つ前の文明──便宜上、超古代文明と呼ぶことにした──が、なぜ滅びるようなことになったのかは分かっていない。

 それでも、現在と一つ前の文明に超古代文明の技術や思想がある程度は受け継がれているというのが、フィロメナたちの一致した見立てだ。さらに、二つの遺跡からは、アビーとタケルという、渡り人として同じ世界から来た者が記したと思われる日記も見つかっている。


 三つの超古代文明の遺跡の調査を通して、シゲル個人にとっても重要な発見があった。

 それが何かといえば、自分と同じように地球から転移してきたと思われる者たちがいることが分かったことである。

 特に三つ目の遺跡に関係していたと思われるタケルは、明らかに日本人であることが分かるような日記まで残していた。

 残念ながらその日記には元の世界に戻るための記述はなかったが、それが分かったシゲルの落胆は自身で考えていた以上に小さかった。

 シゲルは、それがフィロメナたちの存在であることは、きちんと自覚していた。


 シゲルが超古代文明の遺跡から得た重要なものは、同類の存在の確認だけではない。

 それぞれの遺跡を管理している大精霊に名づけをするという栄誉を得ることができたのも『精霊の宿屋』という箱庭世界を持っているシゲルが新しい世界で生きていくために、とても重要なことであった。

 三体の大精霊の名づけを行うという過去に例のない(ミカエラ談)経験をしたシゲルは、『精霊の宿屋』にとっては重要なアイテムをそれぞれの大精霊から得ている。

 それらのアイテムによって『精霊の宿屋』の世界はさらに発展して、シゲルの契約精霊たちの成長に大いに役立つことになっている。

 さらに、三つ目の超古代文明では、シゲルにとっての同輩であるタケルが残した飛空艇──アマテラス号まで譲り受けることとなった。

 これにより大陸内の移動は、今までと比べてはるかに自由に行うことができるようになったのであった。


    ◇◇◇


 三つ目の超古代文明の遺跡から魔の森の家に戻って来た翌日。

 シゲルは、フィロメナたちがアマテラス号の停泊位置を作るための作業に出るのを見送ったあとで、に続いて作っていたある物をチェックしていた。

 それは、シゲルにとっては味噌と合わせて、どうしても外せない調味料の一つだった。

 そう。しようである。

 味噌と同時に作り始めた醬油だが、何度か失敗をしていたため完成するのが遅れていた。

 これから確認しようとしている醬油は、試行錯誤を繰り返した上での結果だった。


 できた醬油を小皿に垂らしたシゲルは、そこに指をつけてぺろりとめて味を確認してみた。

「……うーん。やっぱり、熟成期間が足りなかったかな?」

 素晴らしく美味おいしいとは言えない状態の醬油に、シゲルは首を傾げながらつぶやいていた。

 味はシゲルの望んでいたものよりも落ちるとはいえ、醬油は醬油である。

 職人ではなく素人しろうとが初めて作ったものとしては、十分な及第点といえるだろう。

 今後も改良の余地があるということは最初から予想していたので、むしろ原因が分かっているだけましだ。

 あとは、細かい調整を行いながら味を調えていくしかない。

「正直、味に不満はあるけれど……まあ、仕方ないか。これはこれで完成!」

 とりあえずは一区切りということで、シゲルはそう結論づけた。

 あとは、味噌もそうだが、どう味を調えながら量産体制を取っていくかということになる。何しろ、この世界では初めての調味料なので、人々に受け入れられればもうけはばくだいなものになる。

 本当なら良い職人になりそうな人材を見つけて、その人を中心に作ってもらうのが良いのだが、問題はその人材だ。

 しかし正直なところ、シゲル自身は、味噌や醬油で儲けを出そうとは考えていない。

 だが、利権といえるほどに儲けが出ることも予想できるので、下手な人物に作り方を教えるつもりもなかった。


 悩めるシゲルを、大きな姿になって先ほどからその様子を見ていたラグが、提案するように言ってきた。

「あの……シゲル様たちが食べる分でしたら、私たちが作ってもいいですが?」

 そのあり難い申し出に、シゲルは少しだけ驚いたような顔になった。

「こんな物まで作れるんだ」

「それは……はい。シゲル様が作っていらっしゃるところは、きちんと見ていましたから」

 それだけでもう作れるようになっているのはすごいと考えたシゲルだったが、精霊ならあり得るかとも思ってしまった。

 精霊たちが味噌や醬油を作れることに驚いたシゲルだったが、ラグの申し出には首を横に振った。

「自分たちだけで楽しむんだったらそれでもいいんだけれど、折角だったらこの世界にも味噌や醬油が広まって欲しいからね。それを君たちに任せてしまうのは、ちょっと止めたほうが良いかな」

「そうですか。たしかにそれなら止めたほうがいいですね。……余計なことを申しました」

 そう言って頭を下げて来たラグに、シゲルは慌てて手を振った。

「いやいや。実際、自分たちの分は作ってもらうのもありかなとも思っているよ? 言ってくれなかったら気付かなかったから、助かったよ」

 シゲルがそう言うと、ラグはうれしそうに笑顔を見せた。

 その笑顔に一度だけうなずいてみせたシゲルは、思考を元に戻した。

「──いっそのこと、国に任せてしまうってのもありといえばありなんだけれどなあ」

 それをすると、本当の意味で独占してしまいそうで、世界中に広めるという目的を達成するのが遅くなってしまう。

 いずれは広まって行くだろうが、王権の世界で国が本気になれば、技術を広めないようにすることも可能になってしまう。

 別にシゲルは王権が悪いことだとは考えていないが、こういうときは融通が利かないとも思える。

 まあ、国家の利益を一番に考えるのが王なのだから、それも当然といえば当然なのだが。

 さてどうするかとしばらく悩んだシゲルだったが、結局この場で結論を出すのは止めた。

 折角完成した醬油も手元にあるのだから、それを使った料理を作った上で、頼りになる仲間たちに相談しようと決めたのだ。

 そう考えたシゲルは、できた醬油を使って何を作ろうかと別のことで頭を悩ませ始めた。


    ◇◇◇


「な、なんだこれは!?

「本当に、美味おいしいわねえ」

「どうやって作ったのよ?」

 シゲルが作った唐揚げを口にしながら、フィロメナ、マリーナ、ミカエラの順に、感想を口にしていった。

 どう見ても高評価を得ているようなので、シゲルとしてはあんしていた。

 もう少し醬油のできが良ければ、唐揚げの味ももっと良くなるという不満があっただけに、多少不安があったのだ。

 山盛りになるほどに作っておいた唐揚げだったが、フィロメナたちが次々に手を伸ばすので、あっという間になくなってしまった。

 まあ、シゲルとしては、それだけの勢いで食べてくれただけで充分である。

 もちろん、自分の分はしっかりと確保していたので、食べ損ねるということはなかった。


 ごそうさまでしたと皆で手を合わせてから、シゲルは先ほどの悩みを相談することにした。

「──なるほど。たしかに信頼できる生産者の確保は、重要なことだな」

「そうね。でも国に任せると広まるのが遅くなるというのも、理解できるわ」

 フィロメナに続いて、マリーナもシゲルの考えにそう同意した。

 ミカエラもマリーナの隣で頷いている。

 シゲルと同じように、フィロメナたちも味噌や醬油を独占しては駄目だという考えだった。

 美味しい物は皆で共有すべきだという考えも勿論あるが、単純にこれほど儲けが出そうなものを独占すると、シゲルに恨みつらみが集まりそうだということもある。

 フィロメナたちにとっては、そちらのほうが重要だった。

 シゲル自身は、レシピにこだわっている様子がないので、尚更である。

 まずは、シゲルの身の安全が最優先というのが、この場での共通の認識となっていた。

 勿論シゲルたちは、味噌や醬油を何が何でも世間に広めようとは考えていない。

 その味を気に入ってくれる者がいれば広めるにやぶさかでないという思いなのだ。


 しばらくどうするかを話し合っていたが、ふとフィロメナが何かを思いついたような顔になった。

「いっそのこと、王都の交渉の場で、シゲルの紹介ついでに話をしてみるか?」

 それはただの思い付きだったが、言葉に出してみると良い案のように思えた。

 現に、フィロメナの言葉を聞いたほかの三人は、真面目な顔になって考え込んでいた。

「──たしかに、それはありかもね」

 少ししてからミカエラがそう言いながら頷くと、マリーナも同じように続いて言った。

「シゲルを表に出す理由としては、十分すぎるわね」

 単純に大精霊たちに好まれているだけだと、これまた変に恨みが集中することになるが、世界になかった調味料を開発したとなれば、その名も上がって、ただの渡り人という評価も薄まる。

 調味料を開発できる能力があるから大精霊も気にかけているのだと、勝手に理解するのだ。

 たとえそれが事実とは違っていても、それを訂正する義務はシゲルたちにはない。

 納得顔で頷いているシゲルに、フィロメナが確認するような視線を向けて来た。

「ついでに、シゲルが渡り人だということも公表するつもりだが、問題ないか?」

「どうせアマテラス号のことで注目を集めているんだから、いいんじゃないかな? それに、色々重なるとけんせいにもなるよね?」

 アマテラス号に味噌や醬油、それに渡り人とここまで色々なところから注目される要素が集まれば、それらがそれぞれの方面からの牽制にもなる。

 引きこもっていない限りは、ずっと隠しておくことは不可能だということは分かっているので、シゲルとしてもこのタイミングで公表することは、なんの問題もなかった。

 むしろシゲルは、この段階で積極的に言ったほうが良いと考えていた。

 シゲルがそう決断してしまえば、あとは話が早かった。

 シゲルが渡り人であることを公表することを含めて、今後の国との交渉の予定が組み込まれていった。

 勿論、交渉をする上で予定が変わったりすることはあるだろうが、それはその場になってみないとどう動くかは分からない。

 交渉するうえで、全ての条件を満たして終えることなど、ほとんどの場合であり得ないのだ。

 そのため、必要最低限のラインだけは決めておく。

 それが、国や組織と交渉する上での一番重要なことなのである。

 それはともかく、国との交渉に行く前に、まだアマテラス号のための作業が残っている。

 まだまだ交渉するために考える時間はあるので、とりあえずはこの場はそれでお開きとなった。

 シゲルはシゲルでやることが山積みになっているので、それ以外にも考えることはたくさんあるのであった。