「俺も、永遠にメグを愛している」

けれど、ギルさんはまだ満足していなかったようだ。そう告げるや否や、グイッと私の頭を引き寄せた。さっきよりも深いキスに呼吸を忘れそうになる。

次に唇が離れた時、思わず大きく息を吐いてしまった。私は今、過去最高に顔が赤いかもしれない。そ、外でかなり大胆なことをしてしまった気がする……!

でも、私たちは新婚だ。なんなら今日は新婚初日である。周囲には誰もいないし、こういうことがあってもいいじゃないか! 涼やかな風が吹く森の中、開き直った私は再びギュウッと最愛の人を抱き締めた。


その後、森を抜けきった場所に出たところで私は思わず「わぁ」と小さな声を上げてしまった。この場所が小高い丘の上で、見晴らしがいいとは聞いていたけど……。

「まさかここまでとはー!」

「思っていた以上に町がよく見えるな」

森の中は緩やかな坂だったけど、こんなに登ってきているとは思わなかった。さすがに町全体が見渡せるわけではないけれど、とても良い眺めだ。オルトゥスも見えるし!

「私、ここがお気に入りの場所になっちゃったかも」

「では、定期的に来なければな」

並んで見下ろしていると、この町が本当に私たちにとって特別な場所なんだなって改めて実感出来る気がする。

小さいけれど、私にとってはとても存在が大きな町。生まれはハイエルフの郷だし、両親は二人ともここで育ったことはない。でも、間違いなくここが私の故郷と言えるだろう。

「ね、ギルさんにとってこの町はどんな場所になるのかな。故郷とは違うよね?」

「どんな場所、か」

ふむ、と顎に手を当ててギルさんは暫く黙り込んだ。どうやら真剣に考えてくれているみたい。しまった、何の気なしに聞いた質問でこんなに悩ませてしまうとは。

「……始まった場所、だな」

「始まり?」

「ああ。オルトゥスに所属するまでの俺は、どうしようもない男だったからな」

最初は生き延びるために敵を倒し、誰よりも強くなることだけを考えていたのだそうだ。親に捨てられたことで人を信じられず、いつでも殺気を飛ばして敵を増やし、親切にしてくれる相手であってもそれを突っぱねていたという。それを語るギルさんはどこか後悔しているように見えた。

「あの頃のことを、今更どうにか出来るわけではないとわかっている。大切なのは、これからどう生きるかだということも」

「それって、オルトゥスで学んだこと?」

「少し違うな」

あれ? 違うの? 私自身がオルトゥスで学んだことだったから、ギルさんも同じだと思っていたのに。

そう思って首を傾げていると、ギルさんはクスッと笑って私の頰を撫でた。

「メグに教わったことだ」

「えっ!? 私にはそんな大層なこと教えられないよ!?

「真っ直ぐ前だけを見て突き進むメグの姿を見ていたから、気付いたことだ」

予想外の答えに目を白黒させてしまう私。いや、だって。なんだか照れちゃうけど!? でも私がオルトゥスで学んだことを、その姿でギルさんに伝えることが出来たというのなら、これ以上に嬉しいことはないよ。えへへ、素直に喜んじゃおう。

「だからこの町は、俺の二度目の人生が始まった場所と言えるだろう」

ギルさんは、視線を町に向けて目を細めながらそう言った。二度目の人生が始まった場所、かぁ。まさしく私と同じだ。意味合いは少し違うかもしれないけど。

「じゃあ、故郷だね? 私と一緒!」

「ああ、そうだな」

私はこれからもずっと、ギルさんとこの町で生きていけるんだ。リヒトが魔王になってくれたから、オルトゥスの、この町の住人でいられる。

もし私が魔王になっていたとしても、この家から通うのだからあまり変わらなかったかもしれない。でも、圧倒的に魔王城で過ごす時間が多くなっていただろうから、リヒトには本当に感謝だ。

それを言うと、リヒトは自分が魔王になりたかったんだって言い張るけど。それも、リヒトの本音であることは魂の片割れとしてわかってはいるけど。それでも、感謝したい。私のためであったことも間違いではないのだから。

ただ、リヒトにとっての故郷は魔王城なのだろう。二度目の人生での故郷。リヒトが、この世界でそう思える場所を見付けられて良かったって心から思えるよ。

「そういえば、ウルバノも似たようなことを言っていたかも」

「ウルバノ? 巨人族の子か」

リヒトのことを考えていたから思い出した。私に仕えると誓ってくれたウルバノのことを。魔王にはならないとウルバノに伝えるのが一番心苦しかったなー。だって、彼は当然のように魔王城で魔王になった私に仕えると思っていただろうから。ウルバノは魔族だし。

でも、反応は思っていたのとまったく違った。私が思い切って告げた時、ウルバノは当たり前のように受け入れたのだ。

『メグ様のいらっしゃる場所が僕のいる場所になるので。僕もオルトゥスのメンバーになれるよう、頑張らないといけませんね』

あまりにも受け入れが早くて私の方が大慌てだったよ! そんなに簡単に故郷を離れられるの? って。ウルバノが魔王城にいたいなら、それでいいんだよって。でも、そう言った時の方がものすごく悲しそうな顔をしたんだよね。メグ様には僕なんかいなくても良いのですか? って。そんなわけ! ないでしょーっ!!

『二番目の故郷が出来るってことじゃないですか。嬉しいとしか思いませんよ?』

その時、二番目の故郷だって言ってくれたんだよね。まだ成人前だというのに、私以上に大人で驚いちゃった。申し訳ないだなんて、思う方が烏滸がましいんだって気付かされたもん。

「なるほど。ウルバノの忠誠心は本物だな」

「うん。私の方がダメダメだったって実感した。ウルバノに誇ってもらえるような主人にならなきゃって改めて思ったよ!」

もう何度も改めて思っていることだけどね。何度だって改めて思おうじゃないか。

二柱の神様が私の中からいなくなったので、弱体化している私。だけど、戦闘力だけが強さじゃないよね。私は誰よりも長生きするから、いつかオルトゥスを背負っていけるような強さを身に付けたい。それが今の私の目標なんだ!

ウルバノには、そんな私の力になってもらいたいって思ってる。いつまでも変わらず、ついて行きたいって思ってもらえるように頑張るんだから!

「この場所、初心に戻りたい時に来ようっと。やる気が出てくるもん!」

「いいアイデアだな」

特別な場所がまた一つ増えた。初デートで行った場所とか、魔王城とか、ハイエルフの郷とか……特別な場所は他にもたくさんあるけれど、なんとなくこの場所が今後の私にとって最も尊い場所になる。そんな気がした。

「そろそろ戻るか」

「うん! 戻ったら何しよう?」

家の周囲の散策も、ほんの数時間で終わっちゃったしね! 仕事をしている時よりもゆっくりと時間が流れている気がするよ。

「明日からは庭を整えるのに時間を使うんだろう?」

「? うん、そのつもりだけど」

ギルさんが横目で私を見下ろし、ニッと口角を上げた。なんだろう? と首を傾げると、ギルさんはおもむろに私を抱き上げた。わわっ! び、ビックリしたぁ! そしてそのままギュウッと私を抱き締めた。

「やはり今日は、ずっと家でこうしていよう」

な、なんて誘惑だっ! つまり、後は家でイチャイチャしようってことですね!? ギルさんって、意外と甘えん坊だったり?

「……悪くないですねぇ?」

「そうだろう?」

クスクス笑い合いながら、私もギルさんをギュッと抱き締め返す。そのまま、ギルさんは私を抱き上げて家まで戻った。なんだか、初めて出会った子どもの頃を思い出すなぁ。初心に返れる場所、だもんね。

「あ、そうだ。せっかくだから、夕飯を一緒に作るっていうのはどうかな?」

ちょうど今日の朝、旦那様に手料理を振舞いたいと思っていたところだ。でもそれだけじゃなくて、一緒に作るってこともしてみたい! それが出来るのはこうして二人で一緒にいる時かつ、余裕のある時じゃなきゃ無理だもん。まさしく今じゃないか!

「一緒に?」

「うん! ギルさん、料理も出来るでしょ?」

「そうは言っても、野営で適当に作るスープくらいしか作ったことはないんだが」

「十分だよ! 一緒にスープ作ろう!」

すでにやる気になっている私はギルさんに抱っこされたままウキウキで両拳を握りしめている。そんな私を見て小さく笑ったギルさんは、眉尻を下げながらおおせのままに、と告げた。


家の前でようやく下ろしてもらった私は意気揚々ようようと扉を開けた。

「ただいまーっ! そしておかえりーっ!」

一人二役である。ギルさんも穏やかにそれに乗ってくれたので大満足だ。

「まずはしっかり手を洗おうね」

腕まくりをしながら私がそう言うと、ギルさんも律儀に私の後からついてきて同じように手を洗ってくれた。付き合わせている感が満載だが愛を感じるので問題はない。ええ、惚気ですとも!

そのままキッチンへ移動し、調理器具や材料を手分けして用意していく。献立こんだてはさっきも言っていたようにスープだ。たっぷりの野菜とベーコンとミルクを使ったクリームスープにする予定である。それとお肉をシンプルにハーブソルトで焼こうと思います!

「ギルさんもエプロン着けてね!」

「む。だが、俺はエプロンを持っていないんだが」

「ふ、ふ、ふ」

困ったように戸惑うギルさんを前に、不敵な笑みを浮かべる私。じゃじゃーん! と自分で言いながら収納魔道具から紺色のエプロンを取り出した。

「こんなこともあろうかと、用意してましたーっ!」

「……用意が良すぎるな」

実際は、こんなことがあったらいいなという思いだけでこっそり用意していたんだけどね! 早々に使う機会があってとても嬉しい。うふふ。

「私はピンクにしたんだ。シンプルなデザインだけど、お揃いなんだよ!」

形は後ろでひもを結ぶタイプの本当にシンプルなものだ。でもポケットの位置やステッチが色鮮やかだったりと、ちょっとした工夫がされている。布も汚れがすぐに落ちる素材で出来ていて、機能的にもバッチリ! お馴染み、ランちゃんのお店で購入しましたー!

「プレゼントってことで、使ってくれる?」

「そう言われては、断るわけにはいかないだろう」

少し照れたようにそう言ったギルさんを見て、思わずクスクス笑ってしまう。素直にエプロンに腕を通してくれたので、後ろに回って紐を結んであげた。自分で出来るだろうけど、隙あらばイチャつきたい新妻心です!

「大事にする。ありがとう」

「えへへ、どういたしまして!」

私の紐を結びながらギルさんがお礼を言ってくれる。私が振り返ったその隙に、チュッとおでこにキスされたのは予想外過ぎて動きが停止しちゃったけど。え、ずるい。ずるくないっ!? むむむ、と顔を真っ赤にしてうなっていたら、ギルさんはフッと笑ってさあ始めようと言い出した。ああ、もう。敵わない。

よ、よーし! 料理開始だーっ!

「実は私、包丁を使うのが下手っぴなの。あんまり同じ大きさに切れないんだ……」

「食べられればいいんじゃないか?」

「火の通りとかがバラバラになっちゃうでしょ? まぁ、気を付けていても出来ないんだけどっ」

ものすごく集中して時間をかければたぶん出来るとは思うんだけど……なんにせよ、刃物の使い方が下手くそなのだ。くすん。

今さら気取っても仕方ないので正直に暴露すると、ギルさんはふむ、と小さく頷いたあと包丁を手に取った。

「気になるのなら、具材を切るのは俺がやろう」

そう言った後、ギルさんは慣れた手つきで野菜からみじん切りにしていった。は、速いし綺麗……! 嫁としての敗北感。いや、ギルさんはなんでも出来ちゃうスパダリなので悔しがるのも馬鹿馬鹿しくなるってものですよ。こんなに素敵な旦那様がいて私は幸せ! それでいいではないか!

というわけで、私は大人しく他の作業をこなします。この世界ではチーク肉と呼ばれている鶏肉はかたまりのまま焼くので、フォークで穴を開けてからハーブソルトをしっかりすり込む。皮も焼いてパリパリにする予定だ。これがまた美味しいんだよねーっ! それから火が均等に入るように真ん中に切り込みを入れて、厚みを揃えておく。このくらいなら包丁もちゃんと使えますとも。

オーブン用のお皿に大きめにカットしてもらった野菜を敷き詰め、その上に鶏肉を乗せて。弱火でじっくり焼いたら出来上がり! 魔道具のついた高性能なオーブンにお任せである。いやはや、便利。

ちなみにこのオーブンは一般家庭には普及していない高級品である。結婚のお祝いに調理担当の皆さんから贈られたんだよね。高級すぎて受け取る時に震えたよ。オルトゥスメンバーは他の皆さんもすごい物を贈ってくれるものだから、あの時の私は震えっ放しだったからね! 金銭感覚どうなってるの? って改めて思う出来事だった。

「まだ野菜は入れないのか?」

「うん! 先にベーコンを焼いておきたいから。あっ、つまみ食いはダメだよ?」

「残念だ」

お鍋やオーブンから漂う良い匂いと、他愛のない会話。少し前まで本当に慌ただしかったから、こういう平和な日常にとにかく癒される。大好きな人と二人、というところが大きなポイントでもあるけど。

「出来たーっ!」

「俺が運ぼう」

「じゃあ、私はチオ姉の焼き立てパンを並べるね!」

さすがにパンまでは焼く時間がなかったので、大人しく頂いたものを並べます。収納魔道具に入っていたから、まだホカホカのフワフワだ。バターの香り、最高! 何もつけずにこれだけで何個も食べたくなっちゃう。

ダイニングテーブルの中央にハーブソルトのチーク肉、それからパンの入ったかごと出来たての野菜クリームスープが並ぶ。お祝いの料理や、オルトゥスで出される食事には遠く及ばないけれど、私たちの新婚初日のディナーとしては百点満点じゃなかろうか。

「ではっ、いただきまーす!」

「いただきます」

もはや恒例となった食前の挨拶を口にし、私たちは揃って最初にスープを口にした。野菜とベーコンの旨味が溶け込んだ、まろやかな味わい。素朴で優しいスープが心もほっこりと癒してくれた。

「うまいな」

「うん。大成功だね! それもこれも、ギルさんが均等に野菜を切ってくれたおかげかも」

「味付けがうまいんだろう」

互いに褒め合ってさらにもう一口。じゃ、この美味しく出来たスープは二人の功績ということで!

塊のまま焼いたチーク肉はギルさんが綺麗に切り分けてくれた。それどころか、焼き野菜とともに綺麗にお皿に盛りつけてくれるギルさん、本当にスパダリ。しかも美味しそうな焦げ目がついたところを私に差し出してくれたよ。お、おぉ……至れり尽くせり。

なんだか与えられてばかりもいられないので、お皿にのったチーク肉の美味しい部分を一口サイズにした私は、サッとギルさんの口の前に差し出した。

「ね、先に食べて!」

「だ、だが」

「食べてほしいの! ほら、あーんして!」

ついでに念願の「あーん」をするという作戦である! 子どもの頃も何度かした覚えはあるんだけど、気持ちを自覚してからは初めてだから。

ギルさんはわずかに顔を赤くしながらも、大人しく口を開けてくれた。

「お味はいかが?」

「ん、うまい」

「よかった!」

新婚っぽーいっ! 思わず脳内で一人はしゃいでしまう。こんなベタベタな新婚ムーブをまさか自分がすることになるとは思ってもいなかったよ。でも結婚したからにはやってみたいじゃない? 小さな夢がまた一つ叶って私はとても幸せである。

「メグ」

「えっ」

私がニコニコしていると、今度はギルさんがフォークを私の口の前に差し出してきた。おかげで「あーん」をする時は口を開ける側の方が恥ずかしいということを学んだ。ギルさんが「わかっただろ?」と言わんばかりにニヤリと笑うその顔を、私はずっと忘れない……。

夕食の後は魔術であっという間にお片付け。こういう時、魔術があって良かったなって思っちゃう。社畜時代、仕事から帰ってシンクに洗い物が残っているとドッと疲れを感じていたんだよね。魔術でホイホイ家事をこなすのに慣れ過ぎて、あの時の大変さを今はほとんど覚えてはいないんだけど。

「悪いな、全部片付けてもらって」

「ううん、いいの。こういうのは得意な人がやるものだよ」

でもギルさんは基本的に生活魔術が少しだけ苦手だ。苦手意識があるだけで当然のようにこなせるんだけど、たぶん好きじゃないのだろう。荷物を最小限に抑えていることといい、影の中で生活出来ることといい、出来ればやりたくないのだろうということは薄々察してはいた。

私も昔は家事が好きではなかったけどね。今は結構好き。精霊たちと遊びを交えながら魔術が使えるからね! 洗い物や洗濯なんかはシズクちゃんとフウちゃんがルンルンでやってくれるし。それがまたかわいいんだーっ!

「それでも、手伝える時は必ず協力する」

というわけで、家事の分担に関してはほぼ私がやる方向になっているんだけど、ご覧のようにギルさんは少し気にしているみたいだ。苦手なことでも、私のためにやろうとしてくれるのが本当に嬉しい。その気持ちだけでいくらでも頑張れちゃうもんね!


さて。片付けも終わった後は何をするかと言えばお風呂である。昨日は疲れ切って洗浄魔術で済ませたけど、基本的に私はお風呂に入りたい派である。ギルさんは効率重視なのと水があまり得意じゃないからお風呂もあまり入らない派だ。意外と、正反対の部分も多い私たちである。

だから我が家の浴室はほぼ私専用みたいなものだ。だというのに広さがおかしなことになっている。浴槽なんか、五人くらいは一緒に入れる大きさだし。ジャグジー機能が付いてるし。以前、ルーンと一緒に泊まったあの高級ホテルより設備が整っている。これを見たら、ルーンにまたあれこれ言われそうだなぁ。

「本当にギルさんは入らなくていいの? 広くて快適そうだよ?」

こんな素敵な浴室を独り占めするのはもったいない! そんな考えで聞いたんだけど。

「それは、一緒に入りたいと言っているのか? そこまで言われたら俺も断るわけには……」

「い、いいいいいいですぅぅぅっ!!

すごいことを言われてしまった私は大慌てで浴室に駆け込みました! 意地悪そうに笑っていたし、からかわれたぁっ!

結婚したんだから別に一緒にお風呂に入っても構わないのはわかっている。けど、私はやっぱりこういったことに慣れていないので、当分の間は無理だ。ギルさんだって、苦手なお風呂に無理に入らなくていいし?

「なんか……ギルさんって、積極的になってない?」

お湯に肩まで浸かりながら、小さな声で呟く。番になってからというもの、ギルさんは気持ちを隠さなくなった。本人曰く、これまで我慢してきたからその反動もあるかもしれないとのこと。

そりゃあ、ギルさんが私に対して遠慮なく思いを伝えてくれるのはとても嬉しい。もう二度と我慢なんてしてほしくない。けど、どうにも刺激が強すぎる。色気やばい。甘い眼差し、やばい。

「でも、ギルさんはきっと……私に合わせてくれてるんだろうな」

そういった意味で、我慢はしてくれているのだと思う。私が怖がらないように。いっぱいいっぱいになりすぎないように。昔から真綿に包むかのように過保護にしてもらっていたけど、それは今も同じなのだ。

とはいえ、昨晩は大きな一歩を踏み出したわけだけど。……ああっ、夜になってまた思い出すなんて! これ、慣れる日なんてくるのかなぁ?

そんな考えを払いけるようにブンブンと顔を横に振った私は、のぼせてしまわないうちにサッとお風呂から出ることにした。鏡を見たらビックリするほど顔が赤かったので英断である。フウちゃん! 涼しい風をお願ぁい!

「ゆっくり入れたか?」

「う、うん!」

リビングに戻ると、ギルさんが部屋着で寛いでいた。そう! 部屋着を! 着ています!! まぁ昨日も着ていたんだけど。

これも私がお願いしたことの一つなんだよねー。だって、ギルさんってば基本的にいつも同じ戦闘服のままなんだもん。平和になったこの時代、常に戦闘服で気を張る必要はもうないというのに。

そもそも、いざという時は一瞬で着替えられるのだから他の服も着ようよ! と説得したのだ。ランちゃん、ケイさんと密かに始めたギルさんに色んな服を着せよう大作戦は着々と進んでいます。デート服、結婚式の服、そして部屋着。今後は私服のバリエーションも増やしていきたいところです!

「部屋着はやはり楽だな。服などどれも同じだと思っていたが」

「そりゃあそうだよ! 用途によってデザインも生地も違うんだから! 戦闘服が万能なのはわかっているけど、やっぱりリラックス用に特化した服は違うでしょ?」

「ああ」

よしよし。これで服を着替える良さがわかってくれたことだろう。ではさらに作戦を進めようではないか!

「じゃあ、明日はこの服を着てくれる!?

「いつの間に用意をしたんだ?」

目を輝かせながら収納ブレスレットから取り出したのは、ケイさんとランちゃんによるギルさんのお出かけ着その一! 以前のデート服に比べて明るい色合いの小物が増えた感じ。黒を基調としているのは変わらないんだけどね。徐々に慣らしていこうという心遣いが垣間かいま見える一着となっております。

「庭づくりのために買い物に行くでしょ? それってデートだよね? また着てくれるって言っていたよね? ね?」

「う……」

ギルさんは私のお願いにも弱いけど、約束まで出されては断れまい。少しだけ戸惑った後、ギルさんはすぐにわかったと了承してくれた。やったーっ!

「ならメグは今夜、俺の頼みを聞いてくれるな?」

「え、頼み?」

しかし喜んだのも束の間、今度は私がギルさんに押される番のようだ。グイッと腰を引き寄せられた私は、あっという間にギルさんとともにベッドの上に倒れ込んだ。

あ、れ? この状況はちょっと、その、あれでは……? 自然と顔に熱が集まっていくのを感じる。そんな私を見てギルさんはとても優しげに目を細めた。

「今夜も、俺の一番近くにいてくれ」

そんなギルさんから聞かされた頼みは、切実で、真剣で、懇願するような響きを持って私の耳に届く。

一番近くに? 今日だって、一日中隣にいたというのに。でもきっと、ギルさんの小さな不安はそう簡単に消えるものではないんだよね。それほど、私はこれまで何度も危機的状況に身を置いていたんだから。それがギルさんの頼みだというのなら、何度だって安心させてあげるのが私の務めだ。誰にも譲らない、私だけの役目。

「今夜だけじゃないよ。ずーっとギルさんの一番近くにいる」

スッと両手を伸ばしてギルさんの両頰を包み込む。ギルさんは目を見開いた後、安心したように破顔はがんした。そのまま、私に覆いかぶさるようにギュッと抱き締めてくる。力強いけど、とても優しい。

「幸せというのは、怖いものなんだな」

耳元で呟かれたその声はわずかに震えていた。わかる。わかるよ。その幸せがいつかなくなってしまうんじゃないかって思うと、同じだけ怖いんだよね。でも。

「今手にしている物を失うことを考えるのはおろかだよ、ギルさん」

「は、その通りだな」

ギルさんはもう一度だけ小さな声で「その通りだ」と呟くと、私の瞼にキスを落とした。

「なら、今はその幸せを堪能することだけに集中しよう」

見上げた先にあるその熱っぽい端正な顔は、私だけが見られる表情だ。他の誰も、この顔を見たことはないだろう。いや、見られたくない。そんな独占欲を抱いてしまう。

「……そんな顔をするな。誰にも見せたくなくなって、困る」

奇しくも、全く同じことを考えていたようである。ただ、今の自分がどんな顔をしていたのかは謎だ。一体、私は今どんな表情でギルさんを見つめているのだろうか。

「私も。独り占めしたいから、ギルさんも独り占めしてね」

「当然だ」

それから後のことは、二人だけの秘密。だって恥ずかしいもん。

ただ、窓から射し込む月明かりを頼りに見たギルさんは、史上最高に色っぽかったと叫びたい。


こうして、私たちの新婚初日はまったりと過ぎていったのである。