「ではここに、新たな番同士が誕生したことを祝福して。皆さん、盛大な拍手を」

シュリエさんが最後にそう締めくくると、会場内からわぁっという歓声が上がった。

勢いのまま教会の出入り口や窓も開け放たれ、外で待っていた人たちからも大きな拍手とお祝いの言葉が飛び交う。

「お父さんや父様に、見せてあげたかったなぁ」

その光景を涙で滲んだ目で眺めながら、本音をポツリと漏らしてしまう。すると、ギルさんがハンカチで私の目元をそっと拭いながら微笑みかけてくれた。

「……あの二人のことだから、どこかで見ているかもな」

「ふふっ、あり得る」

「そうしたらたぶん俺は今、殺気を向けられているはずだ」

「っふ、あははっ!!

過保護な父親二人のその光景がありありと脳内に浮かんできて、堪え切れずに笑う。その軽い冗談が、私を元気づけるためだってことも伝わってるよ、ギルさん。

「ありがとう、ギルさん。私、今すっごく幸せ」

私の涙を拭ってくれていた手にそっと触れ、ギルさんに向けてそう告げる。ギルさんは少しだけ目を見開いたあと、俺もだと微笑んだ。

「メグ……綺麗だ」

それからとろけるような眼差しと甘い声でそんなことを言う。それだけで、頭がフワフワとしてしまいそうだ。

「ちょっとちょっとー。二人の世界に浸るのはもう少しお預けだよ、二人とも!」

見つめ合いながらうっとりとしていると、アスカの元気な声により現実に引き戻される。

そ、そうだった! 今はまだ結婚式が終わったばかり! これから主役の私たちはみんなにお礼を言って回らなきゃいけないんだった。っていうか、人前で見つめ合っちゃったな。は、恥ずかしい……!

「続きは夜に、だな」

「はわ……!」

ほらほら早く、と急かしながら前を歩くアスカの後ろで、ギルさんが耳打ちしてくる。そのせいで私は宴会の間、ずっとぽわぽわした状態だったのは言うまでもない。

もうーっ! ギルさんっ!! つ、続きって、どういうこと……? あーっ! 考えちゃダメったら、私っ!


結婚のお祝いは、夜遅くまで続いた。たぶん、まだ飲んだり食べたりしている人もたくさんいると思う。でも、私たちは適当なところで切り上げることにした。私たちのための祝いの席ではあるけど、早く休みたかったし、その。早く、二人きりになりたかったから……。

どこへ向かったかと言うと、私たちの新居だ。そう! 二人の! 家である! 色々と解決したら、一緒に住もうって約束がついに果たされるのです。ひぃ、幸せ過ぎるぅ……。

あ、さすがにギルさんが勝手に家を建てたってわけじゃないよ? 事前に場所の候補をいくつかあげてくれて、どんな間取りがいいかとか二人でたくさん相談して決めた。家具や必要なものも少しずつ揃えて……結婚式の日から一緒に住もうって。そう約束していたんだ。

「た、ただいまぁ……。えへへ、なんだか変な感じ」

オルトゥスのある町の外れ、少し小高い丘の上に建てられた家は、あまり大きな家ではない。でも、温かみのある優しい雰囲気が私はとても気に入っている。オルトゥスに比べたら不便なところもまだあるけどね。でもギルさんのことだ。その辺りは追々、付け足されていくのだと思う。

何度も二人で足を運んだ家だけど、こうして帰宅という形で入るのは初めてだからなんだかくすぐったい。

「ただいま、か」

「うん。これからは毎日言うんだから。いってらっしゃい、いってきます、おかえり、ただいまって」

「……いいな」

サラリと髪を撫でられ、ドキリと胸が高鳴る。さっきまで騒がしい場所にいたから余計に静かに感じて、なんだか緊張しちゃう。

今日はもう遅いからと、お風呂に入るのは明日にして洗浄魔術で身を清める。楽な服装に着替えて、あとは寝るだけ。

でもその前に、大切な話をしなきゃいけない。私はベッドにぽすんと腰かけて、ギルさんに切り出した。

「あのね、あの時……レイが言っていた呪いのことなんだけど」

それだけで、ギルさんは私がなんの話をしようとしているのか気付いたようだった。すぐに真剣な眼差しになって隣に腰かけてくれる。

「その呪いは、もう二度と人が神に戻ろうとすることがないようにっていう予防策なの。どうしてもハイエルフの身体は神に近いから……そう考える者がいつか再び現れないとも限らないって。だからね」

うまく伝えられるかな? 私は意外と前向きに捉えているけど、ギルさんはどう思うだろうか。それが少しだけ不安だった。

「わ、私が、最後のハイエルフになるって。種族の滅亡、ってやつかな。つまり、その」

「……ハイエルフは今後、子を生せないということだな?」

「う、うん」

もっとわかりやすく言うなら、私は子どもが産めないということだ。

私が最後のハイエルフ。一番若い私がこの世を去る時、もうハイエルフはこの世界からいなくなる。そういうことだ。エルフはたくさん残るけどね。

「元々、出生率がものすごく低い種族だし、心配しなくてもいずれハイエルフはいなくなる運命だったと思うんだ。それでも、万が一にもハイエルフが生まれないように、呪いをかけるんだって言っていたの。私はそれでいいって思った。どのみち、可能性はほぼないようなものだったし」

言い訳がましくなっていないかな? ギルさんは、子どもが欲しいと思っていたかな……? 種族柄、ギルさんも希少種だから可能性はかなり低かったけど。可能性が、ゼロになるわけだから。どう思うだろうかと不安が膨らんでいく。

「私は、ギルさんがいればそれだけで幸せだから。でも、その。ギルさんが残念だって思うなら、申し訳ないなって思っ、わっ」

しどろもどろになりながら伝えていたら、思い切り身体を引き寄せられた。気付けばギルさんの腕の中に閉じ込められていて、温もりと鼓動が伝わってくる。

「俺も。メグがいればそれでいい。今だって、自分にはもったいないくらい幸せを感じているからな」

そして、感情も伝わってくる。……ああ。やっぱりギルさんも、私と同じ気持ちを抱いてくれたみたいだ。

私たちの間に子どもが生まれるなら、それはとても幸せなことだろう。でも、子どもが出来なくても幸せは変わらない。

「まだまだ。これからだよ。もっともっと幸せになるんだからね」

「そうか。なら、覚悟をしておこう」

幸せの形は人それぞれ。子どもが全てではないし、幸せの種は一つじゃない。

私たちは、これから二人で幸せになるんだ。まだまだたくさんの幸せを摑む気満々なんだから。

「そろそろ寝るか」

ようやく打ち明けることが出来たおかげで、なんだかすごく安心した。だからかな。いざ一緒に寝るとなると、こう……お、落ち着かない。いつまでたってもベッドの端に座っていると、ギルさんがクスッと笑う気配がした。

「な、なんだか照れちゃう……」

「何度も一緒に寝たことがあるだろう」

「それは! 子どもの頃のことでしょっ」

モジモジしていたら、ギルさんがからかってきた。ひ、一人で恥ずかしがってるよね、私? ギルさんのこの大人の余裕が悔しいっ!

「そうだが、子どもの時は平気で今はなぜ照れるんだ?」

「~~~っ! 子どもじゃないから、だよ……!」

すぐからかうんだから。ぷくっと頰を膨らませて怒ると、ギルさんがそっと頰に手を伸ばしてきた。

思わず見上げると、ギルさんの目が何かを求めているように見えた。ドクンと大きく心臓が鳴る。

「……そうだな。大人になってからは、初めてだからな」

そのままギルさんは私を引き寄せると、額にキスを落としてくる。

どうしよう。期待で鼓動がどんどん速くなってしまう。

「あの頃はもっと小さかった。手も、身体も」

ギルさんの手が頰から手に、手から腰に移動する。私はこの大きくて温かな手が大好きで仕方がない。

「今も、下手をすると折れてしまいそうだが……見かけよりずっと強いことを俺は知っている」

「……うん。ギルさんにちょっとくらいギュッてされても、へっちゃらだよ」

私の言葉にクスッと笑ったギルさんは、私の首筋に顔を埋めるとキスを落とした。そのせいで、自然と顔が上を向く。

ギルさんの大きな手が頰を包み、長い指で耳に触れられた。

「っ!」

「メグ……」

くすぐったいような、なんとも言えない感覚に身体が硬直してしまう。気付けば私はベッドの上に倒されていて、ギルさんがそんな私を見下ろしていた。

「子が生せなくても、愛せないわけじゃない」

その目が酷く切なげに細められているから、私もなんだか切なくなる。

「うん……そうだね」

暫く見つめ合った後、ギルさんはいつものように私の唇を親指で撫でた。ドクン、と心臓がさらに音を立てる。

「もう……いいな?」

「……うん。私は貴方の番だもん」

それに今更、何を我慢する必要があるというのか。今日、私たちは結婚したのだから。

見つめ合っていると、愛しい人の顔が近付いてくる。ドクンドクンと心臓の音がうるさい。ギルさんの唇から少しも目を離せなかった。

「おかしなことを言うかもしれないが」

唇と唇が触れるその直前で、ギルさんが囁く。吐息が唇に当たって、すでにのぼせそうだった。

「奪うのが、もったいないな」

フッと笑いながら言った言葉がなんだかおかしくて、私もつられて笑ってしまう。

「ちょっとその気持ち、わかるかも」

だって。初めてのキスは、一度だけだもんね?

そう思ったらなかなか踏み出せなくて、お互いに触れるか触れないかのギリギリのところで止まってしまった。だけど、それが妙に胸の奥をくすぐる。

愛が、深まっていく。

「……好きだ」

ギルさんの言葉は、唇が触れ合う前のものだったか、それとも触れた後だったか。

軽く触れ合った後、薄く目を開けて見つめ合い、それから何度もついばむようなキスをした。角度を変えて、何度も。何度も。

次第に深くなっていく口付けに、どうしようもなく気持ちが溢れていく。いつの間にか私はギルさんの首に腕を回していたし、ギルさんは私の頭に手を回していた。

逃げられないし、逃げたくない。離れたくない。誰かに、そんな思いを抱くなんて。

どれほどそうしていただろうか。ゆっくりと唇を離し、額をくっつけ合う。

「……こんなに緊張したのは、生まれて初めてだ」

「ギルさんが? 緊張なんて、するの?」

「する。今もしている」

そう言いながらギルさんは、私の手を取って自分の心臓の上に置いた。トクトクと鳴る鼓動がものすごく速い。

「私だけじゃなかったんだね、緊張していたの」

静かな部屋に、二人分のクスクス笑う声が心地好く響く。

その夜、私たちは一生忘れることのない時間を過ごした。眠る時も、隣に大好きな人の存在を感じる。

それが、この上なく幸せだった。


幸せな日々。平和な毎日。

あれから百年が経過して、いろんな問題や事件が起きた。

すでにたくさんの出会いと別れを経験し、その度に喜んだり悲しんだり、大人だというのに大きな声を上げて泣くこともあった。

「魔王がすっかり板についたね、リヒト」

「そうかぁ? まぁ百年も経てば仕事には慣れたけどさ。でも、ザハリアーシュ様を思い出すとさ、まだまだだなーって思うんだよ。いつまでたっても、追い付ける気がしないや」

今、私はオルトゥスにやってきたリヒトと近況報告をし合っている。時々こうしてお互いのことを話すようにしているのだ。ここにロニーやアスカ、それからウルバノが加わったりもする。

この五人はもはや固い絆で結ばれた仲間だ。リヒトだけはオルトゥスメンバーじゃなくて魔王なんだけどね!

もちろん、オルトゥスに加入した新しい仲間たちとの結束もある。信頼し合える素晴らしい関係を築けているよ! でもそれとはまた別で、この五人は少しだけ特別な関係っていうのかな。私がずっと憧れていた、オルトゥス初期メンバーの結束みたいなものが出来ている気がするんだ。

「この間さ、宰相さいしょうが交代したよ。まだ若くて自信がないのか、毎日半泣きだけどな」

「そっか。先代が亡くなってまだ日が浅いもんね。ゆっくり心も回復するといいなぁ」

こうした別れの知らせはよくあることだった。私たちの寿命は他の人たちより長いからね。仕方ない。けど、悲しいものは悲しいよね。

いつかは、最愛のギルさんを見送る日だって来てしまう。それはやっぱり怖いし嫌すぎるけど。

「俺は生まれ変わっても、メグの魂を見つけるつもりだが」

ギルさんがあまりにも当たり前のようにそんなことを言うから、肩の力も抜けるというものだ。しかも本当に見つけてくれそうなのが、もう。

そんな話を流れでリヒトにも告げると、ニヤッと笑いながら張り合ってくる。

「ま! 俺も生まれ変わったってクロンを絶対に見つけるけどな!」

「私だって! 記憶がなくても、魂が覚えてるもん。絶対に見つけるっ」

環の母親である珠希の生まれ変わり、マキちゃんとだって出会えたのだ。きっとそういう、引き寄せ合う何かがあるんだって信じてる。実際はわからないよ? でもそう信じていた方が素敵だから、私は信じるのだ。

本当は、未来視すればわかることなんだけどね。魔力は全盛期に比べて大幅に減ったけど、そのくらいは今でも出来るから。でも、それはしない。するつもりがなかった。

私の特殊体質、夢渡りはもうずっと使っていない。今ではコントロールも出来るようになって、未来も過去も自由に視ることが出来る。でも、しないようにしているのだ。

だって、未来はわからないから怖くて、楽しくて、立ち向かえるんだもん。何があったって、絶対にみんなで乗り切る自信もあるからね! 知らない方が、きっと人生を楽しめるんじゃないかって。そう思って。

「あ、あの! オルトゥスには初めて来たんです、けど、その……」

しんみりとそんなことを考えていると、どうやら新規のお客さんらしき声が聞こえてきた。受付では頼もしい仲間たちが即座に対応してくれている。

「おっと、長居しすぎたな。じゃ、そろそろ行くよ。またな、メグ。今度はお前が魔王城に来いよ」

「うん! クロンさんにもよろしくね!」

いつものように歯を見せて笑ったリヒトが転移で姿を消すのを見届け、私はすぐに受付へと戻る。もう成人してからかなり経っているけれど、相変わらず私はオルトゥスの看板娘らしいので。新規のお客さんには顔を覚えてもらわないとね!

……看板「娘」って、いつまで有効なのだろうか? まぁ、気にしたら負けである。

「初めてのお客さんですね? ようこそ! オルトゥスのメグといいます」

「ふぁっ!? あ、あのメグ様、ですか? ほ、本物だぁ……あのっ、あく、握手してもらえますかっ」

お客さんは顔を真っ赤にして興奮気味にそう言った。こういった反応は初めてではないので対応も慣れたものである。

ただ、好意的な感情って無下には出来ないから、うまく対応が出来ているかと言われると未だに自信はない。今回のように、いつまでたっても手を握ったまま見つめられると相変わらず少しだけ困ってしまうのだ。えーっと、どうしようかな。

「そろそろ離してくれないか。俺の番なんだが」

「ギルさん!」

そんな時、影からフッとギルさんが現れた。これもたまにあることだけど、今日は仕事で遠征に行ってなかったっけ? ああ、ちょっと! お客様に殺気を向けないで!

「わ、ぁ……! ギル様! うっ、あの伝説的なカップルをこんなに間近で見られるなんてぇ……!」

しかし、このお客さんはなかなか強靭きょうじんなハートをお持ちのようだった。どうやらギルさんのファンでもあるらしい。その気持ちはとてもよくわかる。仕方ないよね、カッコいいもん。

……いや、スルーしかけたけど伝説的なカップルって何? これまでも色んな噂をされたけど、今回はどんな話が出回っているのか。知りたいような、知りたくないような。

「お客様。お話でしたらオレが引き受けます」

「ウルバノ! た、助かるぅ」

ギルさんまでもが微妙な顔で黙り込んでいると、今度は受付内部の方から救世主がやって来た。私の同期で、とても頼りになる私の右腕。巨人族のウルバノである。

身体の大きなウルバノを見て、お客さんはようやくハッとなって姿勢を正しながら口を閉じた。大丈夫ですよー。ウルバノは見た目こそ迫力があるけど、とっても優しいので!

「お安い御用ですよ、メグ様。さ、お客様はこちらへ」

ほら、物腰も柔らかいでしょ? 隠しきれぬ強者のオーラはあるけど。そんなウルバノに逆らうような人はほとんどいない。お客様はようやく私たちから離れて仕事の話をしに行ってくれた。ホッ。

ウルバノは、リヒトが魔王になったあと暫くしてから単身でオルトゥスにやってきた。リヒトともたくさん相談して、自分はメグ様に生涯お仕えしたいからって言ってくれたんだとか。

真面目なウルバノが私の右腕的存在としてたくさん働いてくれるので、すっごく頼もしい。ウルバノが仕えるに相応しい自分でいられているかは、まだ自信がないけど……今後も精進あるのみだ。

「ところでギルさん! 仕事は大丈夫なの? 抜け出してきてないでしょうね?」

「……問題ない」

「抜け出したんだ。まったくもう。私は大丈夫だから、仕事に戻って? ね?」

ギルさんの過保護はずっと変わらない。私がちょっと困っているだけですぐにこうして駆け付けてきてしまう。困ったものだけど……嬉しい気持ちの方が大きいのがもっと困りものだ。

「行ってくる」

「ふふっ、行ってらっしゃい!」

このやり取りも、今日は二回目。でも、気にしない。当たり前の挨拶は、何度だってしたいから。

さぁ、仕切り直してお仕事、お仕事! 今日はどんな一日になるかなーっ!

ふと、数メートルほど先に幼いエルフの女の子が見えた。きょとんとした様子でこちらを見ているあの子は……ああ、そうか。

大丈夫。貴女の未来は幸せがたくさん待っているよ。

そう思いながら微笑むと、エルフの幼女は、かつての私は、目を丸くしてその姿を消した。これでようやく、私の役目は終わったんだという気がした。


たくさんの大切な人たちとの思い出が詰まったこの場所は、今も思い出を積み重ねている真っ最中。

日々、新しい歴史が刻まれる特級ギルドオルトゥス。

みんなのホーム。

そんなオルトゥス受付で、私は毎日飽きるほど告げるこの言葉を今日も元気に繰り返すのだ。

特級ギルドオルトゥスへようこそ!」