5 葬送そうそうと誕生

全てが終わったあの日から、十日ほどが経過した。

魔大陸全土の被害は、実のところそこまで酷くはなかった。部分的に酷い地域はあるけど。その酷い地域っていうのは私がいた付近なんですけど。……ごめんなさぁい!!

で、でもね? 他は町に被害が出る前にギルドの人たちが防いでくれたみたいなんだ! それもこれも、私が戻って来た時にショックを受けないようにみんなが頑張ってくれたからだと聞いた時は、またワンワン声を上げて泣いちゃったよね。もう大人になったというのにこれですよ。でも、これは泣くって! 仕方ないって!

それでも、あちこちで壁が崩れたり町の門が破壊されていたり、森の木がぎ倒されていたりという被害はあった。各地で問題が解決したという報告が次から次へと届くようになって、ようやく落ち着いてきたってところかな。やることは山積みだけどね……! 特に私は、毎日のように被害の酷かった地域に通って修繕しゅうぜん作業のお手伝いで大忙しである。だって、私のせいだもん。このくらいはやらなきゃ!

精霊たちをたくさん働かせることになっちゃったのは申し訳ない。本人たちは役に立てて嬉しいって言ってくれているけど、週に一度はめいっぱい甘やかしてあげようと心に決めている。

「メグちゃん、準備は出来たかしら?」

「はい、サウラさん」

だけど、今日は大事な日。全ての作業をお休みにして、やらなければならないことがあるから。

「思っていたよりも落ち着いていて安心したわ」

「それは、サウラさんもですよ。でも……やっぱり泣いちゃうかも」

「ふふっ、そうね。今日は私も一緒に泣こうかしら」

それは、お父さんと父様の……葬儀だ。やっと落ち着いて二人を見送ることが出来る。

亡くなってから何日も過ぎているけど、この世界には魔術があるからね。葬儀が行われる今日まで、二人は眠りについた時のままの姿で守られていた。

この世界の葬儀の方法は特に決まっていない。服装は自由だし、決まった作法があるわけでもなければ、香典が必要なわけでもない。故人に別れを告げたい者が自由に参加出来るし、その場に来られなくとも今いる場所から祈りを捧げるだけでもいいのだ。わざわざ自分のために都合をつけさせるなんて、お父さんは嫌がりそうだから丁度いいよね。

だけど、参列する人たちはなんとなく暗めの色の服を着ているし、お供え物を持ってきてくれていたりする人がほとんど。それほど、お父さんは色んな人から好かれていたんだなって感じて……なんだか嬉しくもしんみりしてしまう。

とむらいの方法は火葬が一般的だ。前の世界と違うところは、燃えていく様子をみんなで見守るってところかな。あ、もちろんひつぎに入れられた姿は最後まで見えないような仕組みになってるよ! 棺だけが燃えていくのをみんなで見守るって形だ。それでも、本当にいなくなってしまうんだなって感じてとても切ない。火を眺めながら故人をしのぶのは、きっとすごく心に沁みるだろうな。

今日は魔王城でも父様の葬儀が行われる。時間帯はずらしているから、私はそのどちらにも参列する予定だ。私の他にも、どちらにも参加したいという人はたくさんいるけど、移動の都合上、全員は向かえない。

リヒトがいれば割といくらでも移動は出来るけど、ただでさえ慌ただしい葬儀という場に大人数が移動するのはよくないからね。だから最終的に、私とギルさん、リヒト、クロンさんだけが両方に参加することになったのだ。

ちなみに同じ場所で一度に行わないのは、二人の最期の意思を尊重するため。お互い、慣れ親しんだ場所で見送られたいって言っていたもん。それから別日にしなかったのは、やっぱり同じ日に見送ってあげたいなっていう思いから。

だって二人は魂を分け合った一蓮托生いちれんたくしょうの身。仲良し、だなんて言ったら「気持ち悪い」って言われそうだけど……絆が深いことは知っているもん。旅立つなら同じ日に、ね。最後まで二人には仲良くしてもらいたい。

「二人とも、そろそろだ」

「ええ、わかったわ。じゃあ、私は先に行くわね。途中で泣いても最後まで言うわ!」

「一緒に泣くので大丈夫ですよ、サウラさん。よろしくお願いします」

葬儀の進行はサウラさんがしてくれることになっている。ちなみに、父様の葬儀ではクロンさんが進めてくれる予定だ。

私にどうかって話も出てはいたんだけど……なんとなく相応ふさわしいのはこの二人な気がして辞退させてもらった。だってサウラさんもクロンさんも、一番近くで二人を支えてくれたパートナーだと思うから。クロンさんは父様の右腕だって自称していたくらいだもん。これ以上の適任はいないよ。

それに、私が進行したらグダグダになってしまう未来しか見えない。まだ成人したばかりのヒヨッコに、こんな大事な舞台を任せちゃダメです。それでも許してもらえるのはわかっているけど! 私自身がそんな中途半端な葬儀にしたくないのだ。頼めるなら頼んじゃいます。二人も、快く引き受けてくれたしね。

「メグ」

「あ、はい」

ギルさんに呼ばれて、ようやく一歩踏み出す。久しぶりにみんなが勢揃いするから、テンションが変なことになっていたんだけど……こうしてギルさんと並んで葬儀場まで向かうと、現実に戻ってしまうな。

今日はとても悲しい日。そのはずだけど、妙に気分は晴れやかというかなんというか。無理に明るく振舞っているってわけじゃないんだよ? この気持ち、わかるかなぁ?

「頭領が、明るい雰囲気を好むことを知っているからだろう」

そんな複雑な心境をギルさんに伝えたら、百点満点な答えが返って来た。うん、そうだ。たぶんそれが正解。最期の瞬間まで、明るく笑って見送ってもらいたいってお父さんなら思う。それを私は無意識のうちに実行していたのかもしれないな。

別れは悲しい。でも、共に過ごした日々は幸せな思い出の方が遥かに多いんだもん。

「じゃあ今日は、たくさん別れを惜しんで、たくさん思い出話をしながら過ごそうかな」

「ああ、それがいい」

ギルさんを見上げながら笑顔で告げると、ギルさんもまたフワリと微笑んで答えてくれた。差し出された手を取って歩き始めたら、力強く握り返してくれるのがとても心強い。

さぁ、棺に花束を供えよう。

『オルトゥスの頭領、ユージンは偉大な人でした。彼のしてきたことをここで全て紹介することは不可能なので、みんなそれぞれが彼との思い出をたくさん語ってください。もちろん、文句もたくさん語っていいですからね!』

祭壇に置かれた棺を囲むようにたくさんの人が集まっていて、それぞれが思い思いに供え物を祭壇に置いていく。

その間、サウラさんが拡声の魔道具でお父さんのことを語ってくれていた。時々、冗談を交えるものだから、集まった人たちの顔にもたまに笑みが浮かぶ。悲しい顔だけじゃ、嫌だもんね。さすがはサウラさんだ。

だけど、やっぱり。お父さんの棺に火が付けられ、燃え上がる様子を見た時は勝手に涙が溢れてしまった。私だけじゃない。見守る誰もが静かに別れを悲しみ、沢山の人が同じように涙を流していた。

お父さん。……ねぇ、お父さん。

思っていたよりもずっと長かった人生はどうでしたか?

辛くて苦しい思いもしたよね。この世界に来てからは、大変な思いの方が多かったかもしれない。でも、幸せな人生だったでしょう? 貴方のために、こんなにもたくさんの人が涙を流してくれているんだもん。

目を閉じると、涙とともにお父さんとの思い出が溢れてきた。環だった時、よくお父さんとは口喧嘩をしたっけ。メグになってからは一方的に私がからかわれてばっかりだったけど、あの頃は私がお父さんにちゃんと休まなきゃダメでしょ! って小言ばっかり言っていたんだよね。

この世界で再会した時、私が環だってことをなかなか言い出せなくてたくさん悩んだなぁ……。姿が変わってしまったから、信じてもらえないんじゃないかって。環の最期が過労死だったから、親不孝してしまったって。でもお父さんは全てを受け入れてくれた。また私のことを娘だと言って大事にしてくれた。

今思えば、お父さんならちゃんと受け止めてくれるってことが当たり前のようにわかるのに、当時は視野が狭かったな。

お父さんも、この世界に来てから少し性格が変わったよね。頭領としてのお父さんの方が大雑把おおざっぱで、思い切りが良くて、ちょっとだけ攻撃的な部分があって。環境が変わったんだから無理もないとは思うし、もしかしたら昔からそういう部分があったけど環の前では見せてなかったのかもしれない。どちらも、私の大好きなお父さんであることは変わらないけどね。

……ああ、どんどん思い出せてしまうなぁ。前世のことなんかもうすっかり忘れていると思ったのに。

どうか、ゆっくり休んでね。いつかは生まれ変わるかもしれないけれど、今はのんびり休んでほしいな。でも、仕事人間なところがあるから、案外早く生まれ変わったりして?

私はまだまだ人生が長いから、どこかで会えるかもしれないよね。お互いに、気付けないかもしれないけど。

それでも、また会えるのを楽しみにしたい。

『さようなら、頭領。……ユージン! 貴方は、とても偉大な人だったわ……っ!!

どこまでも高く上っていく煙を見上げながら、涙声でサウラさんが魔道具越しに叫ぶ。その声を聞いて、さらに涙が溢れた。

だけど、不思議と笑顔になっている。みんな涙を流しながら、笑顔でお父さんを見送っている。それがまた嬉しくて、涙が止まる気配がなかった。


夜は、弔いと称してオルトゥスの敷地内で盛大な食事会が開かれる予定だ。お酒を飲んで、たくさんの料理を食べて、お父さんとの思い出を語り、笑い合う。

私とギルさんは魔王城で父様を見送って、そのままそちらで食事会に参加する予定だ。だからオルトゥスの方にはあまり顔を出せないのが少しだけ残念。

「メグちゃん!」

「あ、チオ姉。どうしたの?」

早速、ギルさんと一緒に影移動で魔王城に向かおうとした時、意外な人物に呼び止められて振り返る。オルトゥスの料理長であるチオ姉だ。

「えっと。もし良かったらこれを持っていってもらえないかな?」

「これって?」

何のことかわからなくて思わず首を傾げる。すると、チオ姉はパッと収納魔道具から料理を出して見せてくれた。

「あ……こ、これ」

「オルトゥスで締め料理として出す予定なんだ。今日メグちゃんはもう戻ってこないだろう? でもこれは、たぶん……メグちゃんも食べなきゃいけないかなーって思ってさ」

チオ姉が見せてくれたのは、ちらし寿司とプリンだった。私とお父さんの、思い出の料理。

じわじわと目の奥が熱くなっていく。

「も、もう……さっきあんなに泣いたのにぃ! これ以上泣かせないでよぉ、チオ姉っ」

「あはは! 今日は身体中の水分がなくなるまで泣いてもらうよっ! で、どう? 持っていくだろう?」

水分がなくなるまでって。なかなか厳しいことを言うなぁ、まったくもうっ。もちろん、答えは決まっている。

「持っていく! お腹がいっぱいでもこれは絶対に食べるっ!」

「そうこなくっちゃね!」

涙をグイッと腕で拭って笑顔で答えると、チオ姉も少しだけ目尻に涙を光らせながら笑った。

さぁ、次は父様のことを見送らないと。ギルさんと顔を見合わせてから手をギュッと握り、一緒に影に潜った。


魔王城で行われる葬儀はやはりと言うべきかオルトゥスでのものよりもずっと厳かな雰囲気だった。城下町に住む全員が黒い服に身を包んでいて、町全体が白い花で飾られている。

父様も、みんなにどれほど愛されていた魔王だったかがよくわかるね。あとは、お父さんを見送りに来てくれた人よりも、悲しい顔をしている人が多い印象を受ける。

だからって、ずっと暗く沈んでいるわけではない。父様もまた、みんなが笑顔でいることを望む人だったから。町の人たちも父様のことを語る時は嬉しそうに笑みを浮かべている。

お忍びのつもりで町に遊びに来た時のこととか、まったく変装になっていない鼻眼鏡のこととか、父様の残念エピソードは町の人たちの間でも面白話として語られているのである。

偉大な逸話いつわよりそっちの方が話されている気もするけど、父様らしいなって思っちゃう。もちろん尊敬しているからこそ、愛されているからこそ、面白おかしく語られていることはわかっているんだ。

「メグ、ギル。こっちだ」

リヒトの案内で城内に足を踏み入れる。父様を目の前で見送るのは、魔王城の中庭だから。お城で働いていた人と私たちだけがここで見守るんだって。これも、お父さんの葬儀とは少し違うところだ。

城下町の人たちはお城から上がる火の煙を見ながら、黙祷もくとうを捧げるのだそう。そして夜は町の人たちも広場で豪勢な食事を楽しむらしい。まぁ、一国の王様だからね。さすがにオルトゥスみたいにお城にみんなを呼んで盛大に、ってわけにはいかない。

『偉大なる魔王ザハリアーシュ様に、祈りを』

クロンさんが述べる言葉はとてもシンプルなものだった。それ以上の言葉はいらない、って感じかな。誰もが静かに目を閉じ、祈りを捧げる。

今この瞬間は、魔王城も城下町も静寂に満ちていた。静まり返った魔王城ではあったけど、時折すすり泣きが聞こえてきて、私もまた静かに涙を流した。……チオ姉の言ったように、今日は身体中の水分がなくなるかもしれないな。

空へと上っていく煙を見て、ほろほろと涙が流れていく。

とてつもなく整った容姿の、お茶目でかわいかった父様。メグの父親。偉大なる魔王。

誰よりも優しい王様だった。

父親としても、私をたくさん愛してくれてありがとう。母様の魂に、会えるかなぁ? 会えたら、最初にどんな話をするだろう。私のこと、話してくれるかな?

いつかきっと生まれ変わるとして、父様と母様は運命の番だからまた結ばれるよね。もしかしたら、母様は父様がそちらに行くまで転生するのを待っていたかも。そうだったら素敵だな。

そして今度はもっと長い時間を、二人で過ごしてもらいたい。私が生まれたことで、思いの外早くに別れがきてしまったから。ううん、きっと過ごせるはず。私はそれを祈り続けようと思う。

この世界の父様と母様がいたから、私はここにいる。色々と大変なことも多かったけど、やっぱり感謝しかない。

ありがとう、父様。もう魔王の悲しい運命は、魔力暴走の連鎖は終わったよ。異世界からわけもわからず転移してくる人もいなくなるし、魔王と魂を分け合わなきゃいけないなんてこともない。

だからどうか安心して、ゆっくり休んでください。私はこれからも、みんなと一緒に楽しく生きていくから。絶対に幸せでいるから。

ギュッと肩を抱き締められ、ふと隣を見上げる。そこには心配そうにこちらを見るギルさんがいて、反対の手でハンカチを差し出してくれていた。ふふ、私って本当にいつもこの手からハンカチを渡されてばっかりだね。ありがたく使わせてもらうよ。

私が思わず笑ってしまったのを見て安心したのか、ギルさんもホッとしたのがわかった。大丈夫だよ、ギルさん。悲しいけれど、これは旅路を見送っているだけなのだから。


厳かな葬儀が終わり、城下町にも賑やかさが戻ってきた。早速、各家庭で持ち寄った料理が広場に並び始めている。いい匂いがここまでする……!

魔王城の人たちは中庭に集まって、同じように豪華な食事を楽しむことになっている。そこには私たちもお呼ばれしているんだ! とっても楽しみ。

だけどその前に。

『聞いてくれ、魔族たち!』

魔族の人たちがみんな集まるこの機会に、やっておかなくてはならないことがある。

城下町の中央広場で、宙に浮かびながらリヒトが拡声の魔術を使ってみんなに声をかけた。隣には私が浮かんでいる。何度か人前に立つことはあったけど……いつまでたっても慣れないよーっ! き、緊張する! リヒトは緊張しないのかな? 慣れているのかな。さすが、って感じ。

『ザハリアーシュ様の後を継ぐため、今日から新しい魔王が必要となる。みんな知っているよな? 魔王様の娘、メグだ』

リヒトが紹介すると、わぁっと大きな歓声が上がった。ひぃ、ダメだ、緊張がピークにぃっ!

それに比べてリヒトの堂々たる姿よ。やっぱり私にはこういうの、向いてないんだ。そりゃあ、やらなきゃいけない状況なら頑張るけどさ。でも、私よりもずーっとこういう場が似合うのが、リヒトなのだ。

思えば、リヒトは出会った時からずっと頼もしい存在だった。頼もしさで言えばロニーもそうだったけどね。自分だって大変だっただろうに、それを自分より年下の私に見せないように気を張ってさ。出会ったばかりの私を必死で守ろうとしてくれてさ。

正義感が強いんだよね。面倒見が良くて、思い切りもいい。自分の信じた道を真っ直ぐ突き進む力を持ってる、まさしく勇者なのだ。

『話はまだ終わりじゃない。次期魔王はメグだった。けど、俺はそのメグと勝負をして……勝利した!』

そんな勇者が、魔王になる。この魔大陸の王になるのだ。正確には、魔王城周辺の国の王なんだけどね。魔術を扱う者の中の頂点に立つ存在が魔王だから。

話の方向性が変わってきたことを察した城下町の人たちが、ザワザワと戸惑う様子を見せ始めた。

大丈夫、リヒトなら絶対に受け入れてもらえる。魔王として相応しいって、そう思ってもらえるはず。魔王至上主義な魔族のみんなが、娘である私ではなくリヒトを魔王として受け入れてくれるかどうか。それが不安だってリヒトは言っていたけれど。

『よって! 今日からは俺が、魔王に就任する!』

でもさ、見てよ。この貫禄かんろく。自信。みんなを引っ張っていける明るさやリーダーシップを。

そりゃあ血筋も大事かもしれないけど、それだけじゃないんだよ。素質ってさ! 魔王城で働く人たちも、クロンさんも、なんなら一足先に知らされていたオルトゥスのみんなも、リヒトなら問題ないって口を揃えて言っていたからね。もちろん、私もリヒトなら立派な魔王になれるって疑っていないもん!

『異論がある者は勝負しに来てくれ。いつでも受けて立つからな!』

リヒトが最後に大きな声で宣言すると、辺りがしん、と静まり返った。まるでさっきまでの葬儀中のように。

だけど、それは本当に一瞬のこと。すぐに割れんばかりの歓声が響き渡った。

「リヒト様! 魔王リヒト様!!

「魔王リヒト様、万歳!!

わぁっ! さっき、私が紹介された時よりもずっと盛大な拍手と歓声だよ! ほらね? 心配なんかいらないじゃん! そんな意味も込めてひじで隣のリヒトを小突く。

「……なんか、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど」

「ふふっ、ほらほら手を振って。魔王リヒト様」

「てめ……くっそ、覚えてろよ、メグっ!」

それでも恥ずかしがるリヒトの腕をとって、私がえいやっと上に持ち上げながら手を振らせてやった。そのおかげでさらに歓声が大きくなる。

リヒトを称える声の他に、メグ様と呼ぶ声も聞こえてきた。あ、確かにこれはちょっと照れちゃうね。その声にはへらっと笑って手を振ることで応えた。

みんな、私のこともよくわかっているのだ。なんせ、子どもの頃から私のことを知っているんだから。もはや親目線。

私が本当はオルトゥスで働いていたいこと、魔王としてトップに立つのが向いていない性格だということも知っていたはず。それを、みんなはずっと心配してくれていたんだよね。ちゃんと私も気付いているんだ!

だからこうして温かな視線と声を送ってくれる。私に対しても理解がある、それがまたすごく嬉しい。ああ、また泣いちゃうっ!

こうしてその日、魔王城と城下町では明け方近くになるまで先代魔王を偲びつつ、新魔王の誕生も祝うこととなった。まるでお祭りだね! 結局はオルトゥスとあんまり変わらないかもしれないや。

「メグ、疲れたら言ってくれ」

「うん。でも大丈夫。出来れば最後まで見ていたいし。あ、ギルさんも食べる?」

賑やかな中庭から少しだけ離れたところで、ギルさんと二人並んで座りながらリヒトが囲まれているのを眺める。

チオ姉からもらったちらし寿司を膝の上で開けてギルさんに差し出すと、微笑みながら頷いてくれた。デザートにはプリンもあるからね!

幸せな顔が溢れている。二人の偉大な人物がこの世を去り、見送るというとても悲しい日でもあったけど……再スタートの日でもあったから、悲しい顔だけで終わらせずにすんで本当に良かったって思う。お父さんや父様も見ているかな? 届いていたらいいなぁ、この光景が。

「んーっ、チオ姉のちらし寿司は最高っ! おいしいね、ギルさん!」

「そうだな」

せっかくだから、私も泣いてばかりいないで思い切り笑おうと思う。美味しい食べ物があったら自然と笑顔になるのがいいよね! それにしてもこのちらし寿司、彩り豊かな飾りつけもセンスが光ってるし、味に関しては文句なしだ。

ギルさんも小さく微笑んで同意してくれたし。いつの間にかお皿にあった分がなくなっているから、本当に口に合ったのだろう。うんうん、何よりです!

満足げに私が頷いていると、ギルさんの手がスッとこちらに伸びてきた。その手は私の頰をそっと撫でてくる。

「だが、俺はメグが作ってくれたものの方が、印象に残っている」

ふわりと微笑むその顔、めちゃくちゃ甘いんですけどーっ!! え、っていうかそれ、いつの話!? まさか私が幼女だった頃のこと!?

よ、よく覚えてるなぁ……。まぁ、お父さんと再会した時のことだし、連動して思い出したのかな? と、いうかちょっと待って! そこは訂正したい!

「あの時は、ちょろっと飾り付けを手伝っただけだもん。作った、と言われると……!」

特に味付けに関しては使った調味料を伝えただけで、私は全く手を付けなかったはず。あの味が再現出来たのは当時の料理長であるレオじいの腕があったからこそなのだ。だから私が作ったもの、と言われるとむず痒くなってしまう。

そもそもちらし寿司はあの時、この世界で初めて出した料理だったから、綺麗な飾りつけに驚いただけだよきっと。それが強く印象に残っているだけなのだ、うん。

「そうか……?」

でも、きょとんとした顔で首を傾げるギルさんを見ていたら、なんだか悔しい気持ちが込み上げてくる。……これはチオ姉に頼み込んで作り方をしっかり聞いておこう。私も一応の作り方は知っているけど、プロの技を教えてもらいたいし!

それで今度は、私が一から手作りしたちらし寿司とプリンを食べてもらいたいな。たとえ失敗したとしてもギルさんなら美味しく食べてくれるってことはわかっているんだけど、これは意地なのだ。ギルさんの唯一の番として、美味しい料理を手作りで食べさせてあげたい、という私のちっぽけで壮大な夢でもある。

でもこれはまだ秘密。こっそり練習して驚いてもらうんだもんね! ふふふ、待っててよギルさん。料理の腕を上げてみせるんだから!