3 それぞれの使命
【サウラディーテ】
ギルからメグちゃんの動きを止めたという連絡が来てしばらく経った頃、魔大陸全土が嫌な魔力で覆われる気配を感じた。メグちゃんの、というのとは少し違うわよね。確か、暴走する魔力だったかしら。どのみち、これがメグちゃんの意思ではないことは確か。それさえわかっていれば問題ないわ!
私はすぐさまギルド内にいる全員に聞こえるよう、魔道具のマイクを起動した。オルトゥスのメンバーだけじゃなく、外から仕事を受けに来た人たちもいるけど構うもんですか。これはもはや、オルトゥスだけの問題じゃないもの。全員に自覚を持ってもらわないと。
「全員、聞きなさい。ついに恐れていた時が来たわ。でもまだ食い止められる。そのために準備をしてきたでしょう? わからない者は職員に聞いて、自分に出来ることをするの! ……頭領の葬儀をしっかり行うためにも、この危機を魔大陸に住む者、全員で乗り越えるわよ!!」
近いうちに魔王の魔力暴走が始まるかもしれない、という話は、もう随分前から魔大陸全土に知らせてきた。それが魔王本人の意思ではないことは、魔王ザハリアーシュの時の経験から魔大陸に住む者、全員の知るところとなっているから、そこまで大きな混乱は起きなかったわ。
だからこそ、この呼びかけに反応する者は多い。あの戦争を経験した者はもちろん、次世代もずっと言い聞かされてきたから。それに、何の前触れもなかったあの時とは違って、心構えが出来ているはずよ。
ただ……いくら理解は出来ても、魔王に対する憎しみがすべて消えることはなかったけれどね。でも、それは仕方のないこと。憎むなとは言わないし、許せとも言わない。
大事なのは、同じことを繰り返さないこと。これだけは、全員が共通している思いだと信じてる。
今はただ、あんな悲しい思いをメグちゃんがすることのないよう……いえ、起こさせないように全力を尽くす。それはきっと、亡き魔王ザハリアーシュの意思でもあるはずだわ! そのために、各特級ギルドや上級ギルド、中級や初級ギルドにいたるまでいざという時の対応を周知徹底してきた。
連絡用魔道具を起動させると、どこのギルドもざわついているのがわかった。でもさすがね。混乱している様子はなさそう。そのことにホッと胸を撫でおろす。
……この十年間。私は頭領からこっそり聞かされていたわ。十年前後で、メグちゃんがこうなるかもしれないということを。
託されたこの想いを、絶対に無駄にはしないっ!
「オルトゥスのトップ、その代理として私サウラディーテが命じます。全員、予定通りの配置につき、魔物の暴走を止めなさい! その際、誰一人死ぬことは許さないわ!!」
何よりも守らなければならないのは、メグちゃんの心。魔物には誰も殺させてはならない。それは、守る側の私たちだって同じこと。出来ればケガもしてほしくないけれど、贅沢は言ってられないわ。
命さえあればいい。とにかく分担して、担当した町や村を守り切らなくちゃ!
小さな村々には、頭領の最期が近いと悟った時すでに避難勧告をしてあった。村の被害は出てしまうかもしれないけれど、人命が何より優先だから。全てが終わった後に、村の復興を手伝うと告げてようやく納得してもらえたのよね。
そうして人を大きな町に集め、実力者たちには町を守る部隊、町の内部で混乱を防ぐ部隊、町の外に出て襲い来る魔物を少しでも食い止める部隊に分かれてもらう。
いつ終わりがくるかわからない戦い。あの頃の恐怖が
あの時、子どもだった私たちの力で食い止めてみせるわ!
「アスカ、貴方は私たちとともに町の人たちの避難誘導をしますよ。私は南側の地区へ向かいますが、アスカは東側へ」
「えっ、シュリエは一緒じゃないの?」
受付の近くで、シュリエとアスカが早歩きしながら会話をしているのが聞こえてくる。少しだけ不安そうなアスカの声に、思わず目を向けてしまったわ。
「貴方の
「シュリエ……うん。わかった! ぼく、やるよ!」
だけど、そこはさすが師匠ね。アスカの性格を熟知した
「何かあればいつでも連絡してください」
「ふーんだ。そんなことにはならないんだからねっ! 行ってくるー!」
「ふふ、頼もしいですね。ではサウラ。私も向かいます」
「ええ! よろしくね!」
こんな時だというのに、ついクスクス笑っちゃった。本当に頼もしいったら。シュリエも誇らしげに微笑んでいたし、あの二人はきっとうまくやれるわね。
「ワイアットぉ! どっちが多く狩れるか勝負な!」
「うえぇ、マジでやんの? オレはジュマと違ってひ弱だからそんなに倒せないしー! 勝てない勝負はしない主義なのー」
「は? お前がひ弱だぁ? 本当にひ弱なヤツに謝れよ! メグとか!」
片眉を下げて告げたジュマの言葉に、ワイアットが思わずと言った様子でブハッと噴き出した。ちょっと……メグちゃんはひ弱なんじゃなくてか弱いの! まったく、ジュマは相変わらずね。目的を忘れないでもらいたいわ。
「ジュマ? 遊び感覚でやられちゃ困るわ。貴方たちの任務は、町に魔物を一匹たりとも向かわせないことよ?」
「わぁってるよ。もー、サウラは相変わらずうっせーなぁ。つまり、全部ぶっ飛ばせばオッケーってことじゃん」
「そうだけどそうじゃなーいっ! ワイアット、貴方もよ!」
「オレも怒られるんすか!? 勝負するなんて言ってないのに、理不尽っ!」
ええい、お黙りなさいっ! 軽口を叩いてジュマの言うことに噴き出して笑ったワイアットも同罪よっ。ちょっとだけかわいそうだけど、ジュマと一緒にいたのが運の尽き。
私は立ち上がってビシッと指を出口に向け、二人にサッサと行くよう声をかけた。ジュマは生意気な様子で、ワイアットは敬礼をしてようやく向かった。
まったくもう。でも、二人ともとっても頼りにしているわ。うちの高火力部隊だもの。きっとちゃんとやってくれるって信じてるからね。
「サウラディーテ。最後の確認だけれど、本当にこの町の防衛は君とルドヴィークの二人だけに任せていいのかい?」
バタバタとみんなが移動を始めてギルド内の人数が減ってきた頃、ケイが心配そうに声をかけてくる。もう、それは事前に何度も話し合ったでしょうに。
「しつこいわね、ケイも。大丈夫だって言っているじゃない」
「でも万が一、町に魔物が押し寄せるようなことがあったら……」
まったく、それも何度も話したでしょ! 私はむっとしながらちょいちょいと指を動かし、ケイに近付くよう指示を出す。ケイは相変わらず心配そうな顔のまま私の前に屈んだ。よし、今がチャンス!
「んむぐ、ちょ、ひゃうらでぃーて?」
「いいほっぺしてるわねぇ、ケイ? もちもちお肌の
私が両手でケイの頰を思い切り挟んでやると、変な顔になったケイの顔が出来上がった。ふふっ、面白い顔っ! いつもスマートなケイが、なんだか可愛く見えるわね!
「平気なのよ。だってこの町に魔物は来ないんだもの。そうでしょう? ケイたちが外で魔物を追い払ってくれるんだから」
「ひょれは、ひょうだけろ……」
ぶふっ!! その顔と喋り方で真面目な顔しないでよーっ! 笑っちゃうーっ! 私のせいだけどーっ!
私はケイのほっぺから手を離し、今度はその手で頭を撫でてあげた。ケイが驚いたように目を丸くしてる。その顔も、珍しいわね。
「仲間を信じなさい、ケイ。それはとても難しいことよ。信じていたって、失敗はつきものだから。でもね、もし失敗したとしても私たちはそういう時のために動く訓練だってしているでしょう?」
「それもわかってるし、信じているよ!」
「いい子ね。なら、ちゃんと信じなさい。みんながしぶとく生き残るってことをね」
ケイの目を真正面から見つめてそう言うと、ケイは目を丸くした。そんなにおかしなことは言っていないのだけれど。むしろ、当たり前のことを……そう思って私が首を傾げた時だった。
急にケイの顔が迫って来て、頰に柔らかな感触。……へ? は? んんっ!?
「あは、真っ赤になっちゃってかわいい」
「……っ!?」
「オッケー。ちゃんと信じるよ、サウラディーテ。続きは全部が終わってから、ね」
私が何も言えずはくはくと口を動かしている間に、ケイはさらにスッと立ち上がってそのまま振り返りもせずに立ち去ってしまった。
い、意味がわかんないんだけどっ!? 続きって、続きってなによっ!! も、もうっ、これだからイケメンは嫌なのよ! 人を勘違いさせて楽しんでるんだわっ! キーッ!!
どうにか心を落ち着かせるために
照れたりしている場合じゃないのよ! これからが正念場なんだから。
まずはルドと防衛態勢の確認ね。それから逃走経路。ま、これは使う予定なんかないけどっ!
熱くなった顔をどうにか冷ますため、私は滅多にしない全力疾走でルドの元に向かった。あああああ、思い出すんじゃないわよ、私っ!!
【ルーン】
「い、今の、何……?」
いつも通り、アニュラスで仕事をしていた時、それは突然訪れた。訪れた、というか感じたんだけど。
慌てて近くにいたグートに顔を向けると、グートもまた驚いた顔でこっちを見ていた。
「ルーン、今のって」
「うん、私も感じた。っていうか、みんな気付いたんじゃないかな。なんだろう……この、不安になる感じ」
私たちはお父さんを捜すため、慌ててアニュラスのホールに走った。駆け込んだ先のホールには、私たちと同じように困惑した人たちが集まっていて、みんなが不安げな顔を浮かべている。
それが伝染して、なんだか怖くなっていく。不安が胸いっぱいに広がって、私も泣きそうな顔になっているかもしれない。
「ルーン、大丈夫だ。しっかりしろ」
「グート……でも」
「俺たちは、いつかアニュラスを背負って立つんだろ。ここで不安に負けたらダメじゃん。俺たちがみんなを励まさないと」
グートだって顔が引きつっているくせに、無理やり笑ってそんなこと言われたら……私だって弱音なんか吐いていられない。グッと息を呑み込んで、軽いグーパンチをグートに向けた。
「~~~っ、グートのくせにっ!」
「ははっ、その調子、その調子!」
グートはそんな私のパンチを手のひらで受け止めながら明るく笑う。グートもまた、こうしたことで緊張が少しだけ解れたみたいだった。さすが私っ。
気を取り直して、現状の把握に努めなきゃ。最初ほどの衝撃はないけど、今もじわじわと嫌な感覚が襲ってきている。冷静になってみれば簡単なことだった。だって、こうなることは予想済みだったんだから。
「これってさ、あれだよね。あの日が来たってことでしょ」
「だな。そうとしか考えられない」
魔王の魔力暴走。
今の魔王が亡くなった後、新しい魔王が誕生する。その時、膨大な魔力に耐え切れず、暴走してしまうんだったよね。
昔もその暴走が起きて、大暴れする魔物たちと人の大戦争があった。私たちはそれを人からの話でしか知らないけど、その戦争を生き抜いた人たちは今もたくさん残ってる。お父さんたちの世代だから当然だよね。
「メグ……大丈夫、かな」
グートが心配そうにポツリと言った。そう、メグこそが次期魔王。つまり、この魔力暴走はメグが引き起こしているってことなんだよね。
話を聞いた時はよくわからなかったけど……こんなにも大きな宿命を背負っているなんて知って、すごくショックを受けたよ。だから、私は何があってもメグの友達でい続けようって思ったんだよね。最初から友達をやめるつもりなんてこれっぽっちもなかったけどっ!
「大丈夫。メグならきっと」
「……そうだな。なら、俺たちには俺たちに出来ることをしないと」
信じることしか出来ない。メグの暴走を止めるのは、私たちには出来ないことだってわかってるから。自分たちに出来ることなんてほんのわずかだ。それがすっごく悔しいけど、やるべきことも出来ないなんてもっとダメダメだからね!
私はグートと顔を見合わせてから、未だ混乱の中にいるギルドのみんなに向けて声を張り上げた。
「みんなー、落ち着いて! きっともうすぐ
お行儀が悪いけど、ギルド内のテーブルの上にぴょんと飛び乗って目立つように両腕を上げて伝える。おかげでみんな、ちゃんとこっちに注目してくれた。テーブルは後で