7 訪れた「三日後」

魔王城は妙に静まり返っていた。空がどんよりとした雲におおわれているからってだけじゃないと思う。きっと、悲しい別れが迫ってきていることをみんなが察しているからだろう。

リヒトを先頭に魔王城内へ足を踏み入れると、執事や侍女じじょの皆さんが一斉に頭を下げて出迎えてくれた。再び顔を上げた彼らの表情はやはり暗い。そのことが心苦しかったけど、私はそれに笑顔で応えることにした。

「こんにちは。少しの間、お世話になりますね」

なんてことのない当たりさわりない挨拶あいさつだったのに、私の言葉を聞いて何人かが言葉を詰まらせ、目に涙を浮かべた。だけど私は、特にそれらに触れることなくリヒトを追い越して先に進む。真っ直ぐ、父様の自室へ。

「リヒト。こんな時にアレだけど……今しか出来ない話だから」

二階へと進み、少し歩を進めたところで私は一度足を止める。真っ直ぐ前を向いたままリヒトに話しかけ、そして振り返った。

「頼みたいことがあるんだ」

「……魔王が眠りについた、その後のことか」

「さすが。察しが良いね」

眠りについた後、だなんてうまい言い回しをしてくれたものだ。意味は同じなのに「死」という単語を使わない配慮は今の私にはありがたい。

「……そういうことなら、任せとけ。ギルも一緒でいいんだよな?」

「ああ。頼む」

特に説明がなくとも、リヒトはあっさり察してくれた。魂の繋がりはこういう時に便利だ。これで、安心して父様を看取れる。

「もしも、私の身体が乗っ取られたら。その時は……」

最悪のことを、今から決めておかなきゃいけない。たくさんの人たちの安全のためにも。作戦は簡単な言葉だけで十分。だってリヒトもギルさんも、それだけでわかってくれるから。ほんと、頼もしいよね。

いざという時のことを告げた後、けわしい表情を浮かべる二人に向かって曖昧に微笑んだ私は、それ以上は何も言わずに再び前を向いて父様の自室に向けて歩を進める。二人も言いたいことは山ほどあるだろうに、何も聞かないでくれたのがありがたかった。

父様の部屋のドアをノックすると、すぐにクロンさんが出てくれた。さすがというべきか、クロンさんの表情はいつもと変わらない。ただほんの少し、いつもの無表情に緊張感が滲んでいる気がする。

「お待ちしておりました、メグ様。ザハリアーシュ様も心待ちにしておいでです」

「ありがとうございます、クロンさん」

こころよく私たちを招き入れたクロンさんは、その後すぐにお茶の準備をしてまいりますと入れ替わるように退室していく。その姿を少し見送ってから、私はすぐに父様が横になっているベッドに近付いた。

「おお、メグ! やはり来てくれたのだな!」

「もちろんだよ。言ったでしょ? 疑っていたっていうなら、またあの時みたいに怒るからね!」

父様はビックリするくらい元気だった。いつも通りにテンションが高いし、顔色も良い。嬉しそうに出迎えてくれて、私の軽口かるくちにも笑って答えてくれている。……ただ、横になった状態からまともに動けないみたいだった。

「不思議なものでな、体調が悪いわけでもないのに身体が動かせぬのだ。ユージンは苦しんでおるのだろうな……ヤツが動けぬから、我も動けぬのだろう」

「そう、だね。でも、お父さんはずっとニコニコしてたよ。苦しいだなんて素振り、誰にも見せてない」

「カッコつけておるな。ユージンらしい」

私もそう思う。父様と顔を見合わせてクスクス笑い合った。

あれだけ言葉も途切れ途切れで、弱々しかったんだもん。普段、そんな弱い姿を見せないお父さんがだよ? きっと、本当はものすごく苦しい状態なんだろうなってことくらい想像がつく。それでも、お父さんがそう見せないようにしているのなら、その意思を酌みたかった。だからルド医師だって、たくさんのお見舞いを許可してくれたんだろうしね。

「終わりというものは、意外と呆気あっけなく来るものなのだな。そんな気はしていたのだが、ここまで実感がないといつ終えたのかも気付かぬ可能性が高そうだ」

「父様がそんな調子だと私、泣けないかもしれないな」

「そんなっ!? 娘には泣いて縋られたいぞ!」

まったくもって緊張感のない現場である。オルトゥスとはまるで雰囲気が違って、本気で涙が引っ込んじゃうよ。ほんと、父様は最期まで父様だ。なんだかフッと肩の力が抜けた。

「メグ、もう心構えは出来ておるのか」

ベッド脇に置かれていた椅子に座ると、父様が天井を見上げたまま静かな声で聞いてきた。心構え、かぁ。思わず苦笑してしまう。

「んー……あんまり。一気に頭に詰め込んだからかなぁ? 父様には色々と教えてもらったし、あとはやるだけって感じではあるんだけど、覚悟だけが足りてないや」

「仕方あるまい。我もそうであった」

やっぱり? 私たちは目を合わせてまたクスッと笑い合う。たぶん実際に魔王として仕事を始めたとしても、暫くはそんな実感もないまま仕事に追われる日々になるんだろうな。目に浮かぶよ。

それに、オルトゥスでの仕事も区切りを付けなきゃいけないしね。みんなに挨拶もしないといけない。オルトゥスにはもう行けない、なんてことはないけど、拠点は魔王城になるだろうから。

……住む場所は、未定だけどね。その、そこはギルさんと相談する予定だから。その話があるからこそ、私は頑張ろうと思えるんだ。現金なヤツだけど。

「我の時は、魔王となる少し前から力の声が聞こえてきたものだが……メグにも聞こえているか?」

父様に言われてギクリとする。父様が言っているのは意思を持った魔力の声、つまりテレストクリフの声のことだよね。これって、答えても大丈夫かな。またこの前みたいに意識が飛んだりしないだろうか。

「……う、うん。時々、だけど」

どうやら、この返答に関しては首の魔術陣にも影響はなさそう。ホッ。なんとなく、大丈夫な気はしていたけど緊張したよ。……ついにその時が来たから、隠す必要もないってことなのかな。もしくは、相手が他ならぬ現魔王だからかも。

「そうか。魔力の方は? 暴走しそうか?」

「そう、だね。今は平気だけど……たぶん、引き継いだらすぐにでも暴走すると、思う」

父様がいなくなってしまった後の懸念けねん事項を伝えるっていうのも気が引けるけど、嘘を吐くわけにはいかないからね。案の定、父様は悔しそうに顔を歪めてしまった。

「でも、大丈夫。なんとかなるから。ううん、なんとかしてみせるよ」

そっと父様の手を取って軽く握りしめる。父様からも少し握られたけれど、力が入らないみたいで弱々しい。そのことがどうしても切なくなってしまうなぁ。

でも、今は安心を与えたい。これまでたくさん父様のことを頼りにしてきたんだもの。今度は私が、父様に。

「……私で、全てを終わらせてみせるから」

「メグで、全てを……?」

今回、私の中にいるレイと会話をしたことでわかったことがある。

「うん。もうこの世界に転移してきてしまう勇者がいなくなるように。魔王になる者が、魔力暴走を起こしてしまわないように」

魔王が代々魔力暴走を起こしてしまう、その原因。それさえ解消されれば、魔王を引き継いだ時に膨大な魔力を引き継ぐこともなくなるし、それをなんとかするために勇者となる存在と魂を分け合う必要もなくなる。要は、テレストクリフが次の魔王候補の身体を乗っ取ろうとしなければ魔力は増えないということだ。

確か、私の身体はこれまでのどの魔王よりも神と為るのに適したものなんだよね? だからこそ、それに失敗すれば諦めもつくんじゃないかって思うのだ。もうこれ以上ないほどの器なんでしょう? これで失敗したら、もはや何をやっても無駄だって思ってくれるかもしれない。

出来れば説得したいんだけどね……。でも私のような、余所よその世界からヒョイッとやって来て、この身体に入り込んだ一般人でしかない魂の声なんか聞く気はなさそう。だからそれは、レイの役目。正直、結局は私が頑張るというより他人任せになっちゃうんだけど。

「出来るのか……? ああ、いや。そうではないな」

さすがに詳しい話は何も出来ないから意味深な言い方になってしまったけれど、父様はそれらの疑問を全て呑み込んで微笑む。

「メグなら、やってくれるのであろうな。我は疑ってはおらぬぞ」

「……うん。ありがとう、父様」

私だって不安だし、うまくいくかなんてわからない。もしかしたら意識が奪われ、身体を乗っ取られてこの魔大陸が大変なことになってしまうかもしれない。

でも、これから旅立つ父様にそんな不安なんて持って行ってもらいたくないもん。私を無条件で信じてくれる父様のためにも、私が私を信じなきゃ!

弱々しく握ってくる父様の手を、両手で包み込んでギュッと握る。指が綺麗で、それでいて大きくて、優しい手。この手に何度も抱き上げられたし、何度も頭を撫でてもらったよね。

「暗くなってきたね」

ふと、窓の外を見ると陽が暮れてきていた。このまま夜になって、日付が変わったらついに例の「三日後」になってしまう。

「せめて……あと一度だけ朝日を見られれば良いのだが。最愛の、娘と共に」

一緒になって窓の外に視線を向けていた父様がポツリと呟く。誰に言われずとも、自分の寿命がいつ尽きるのかがなんとなくわかっているようだった。残念ながら、その願いが叶わないということも。

「……私、ずーっとここにいるからね。父様」

父様の言葉には、何も返せなかった。だから、こんな当たり障りないことしか言えなくて。

「我は、幸せ者だな」

それでも本当に幸せそうに微笑みながらそう言うので、込み上げてくる涙が溢れてしまわないようにするので精一杯だった。

口元に笑みを浮かべたまま目を閉じた父様は、その表情のまま眠りについた。スゥスゥと立てる寝息にこれほど安堵あんどしたことはない。今夜はとても眠れそうにないな。私はただひたすら、眠る父様の顔を見つめながら手を握り続けた。

彫刻のように整った顔は、眠っているからこそより美しく見える。こんなにも長時間じっと見つめ続けたのは初めてだけれど、いくら眺めていても飽きない美しさだ。

陽が完全に落ち、クロンさんが軽食やお茶を運んで来てくれたけど……とても喉を通りそうになかった。ちょっとでも食べた方がいいことはわかっているんだけどね。でも今は、少しの時間も父様から目を離したくなかったのだ。

クロンさんはもちろん、ギルさんやリヒトもそんな私をとがめることはなかった。気持ちを酌んでくれたんだと思う。あとはたぶん、みんなも同じ気持ちなのかな。

いつもなら眠る時間になった頃、魔王城にいる医師が様子を見に来てくれた。父様から、今夜来てくれと頼まれていたという。なにそれ。父様ったら準備万端じゃないか。

立つ龍は跡をにごさないのだ、とお父さんから聞いた慣用句を自分流に言い換えて語る父様が脳裏に浮かぶ。得意げに笑って、胸を張る父様が容易に想像出来た。


だんだんと、寝息が聞こえなくなっていく。

結局、父様が再び目を開くことはなかった。

深夜、日付が変わってから数時間後。父様は、そしてお父さんは、この世を去った。


私は、握っていた父様の手をそっと離すと、手のひらに自分の頭をり寄せる。この手が、私の頭を撫でてくれることはもうない。もう、二度とないんだね。

「……メグ」

「ん、大丈夫」

自然と頰に流れた一筋の涙を、ギルさんが指で拭ってくれる。それをキッカケに、私はようやく立ち上がって父様から離れた。

急に手が寒くなったけど、それを深く考えないようにギュッと拳を握りしめて立ち上がる。ごめん、父様。泣いて縋る時間はないみたい。

「クロンさん、父様のことをお願いします」

「……畏まりました」

クロンさんは深々と頭を下げてくれた。今の魔王城で最も長く、そして一番近くで父様を支えてくれたクロンさんも、思うことはたくさんあるはずだ。それなのに、いつも通りの冷静さを見せてくれる。ただ、少しだけ顔を上げるのが遅かったかもしれない。

さぁ、こうしちゃいられない。私の中で何かがフツフツと音を立てているのを感じるから。私はクロンさんから目を離し、今度はリヒトを真っ直ぐ見つめた。

「リヒト、急いで闘技場まで転移で連れて行って。もう時間がないの」

リヒトはすぐに理解し、力強く頷いた。

「上級ギルドシュトル近くの闘技大会を開いたとこだよな? 許可は取ってあるぞ」

「うん、ありがとう。あそこはあの父様が全力で力を放出しても揺るがない防御システムがあるから、被害は最小限に抑えられると思う」

場所については、実は以前から考えてもらっていた。人里離れた場所に行ってもいいんだけど、その場所にいる動物や魔物、周辺の町にどんな影響が出るかわからないからね。その点、闘技場はすでに安全であることが保証された施設だ。きっと私の暴走から外の世界を守ってくれる。テレストクリフの力がそれを上回ることも考えられるけど、何もないよりずっといい。

それに……いつか、こういう時が来た時のために、お父さんと父様が用意してくれた場所だもん。その思いを無駄にはしない。

「ちゃんと知っていたんだな」

「当たり前でしょ……っ、お願い、早く」

私の中で感じていたフツフツとしたものが、次第に熱を帯びていくのを感じた。何かが込み上げてくるような、押されているような。たぶん、身体を乗っ取ろうとしているんだよね。私を追い出そうとしているんだ。テレストクリフが。それを強く感じる。

秒単位で余裕を失っていく私を見て、リヒトはその表情を引き締めた。

「わかった。ギルも一緒でいいな?」

リヒトの問いかけに、ギルさんは力強く頷いた。すぐに転移するべく私はリヒトの腕を摑み、ギルさんは私の肩を抱き寄せてくれる。

心臓がバクバクと音を立てていた。今にも溢れてしまいそうな何かを感じて、恐ろしさに足が震えてしまう。呼吸も少しずつ荒くなっていく。まるで発熱した時みたいに。

それを感じ取ってくれたのだろう、ギルさんがさらに力を込めてくれた。絶対に守ると言われているみたいで、とても心強い。

それとほぼ同時にリヒトによる転移の魔術が発動し、私たち三人は瞬きの間に闘技場の中央へと移動した。

到着するや否や、ビュウと風が吹き付ける。天井が吹き抜けだからね。少し寒く感じるのは真夜中だからだろうか。こんなに遅い時間まで起きているなんて、家出をした時以来だよ。すぐにリヒトが駆け出して、闘技場の防御システムを起動しに行ってくれた。

「メグ、大丈夫か」

ギルさんの問いかけに、ゆるりと頷いて答える。でも正直、あんまり余裕はなかった。

ああ、身体が熱い。こんな感覚は初めてだ。熱を出した時は、身体が重くて頭もぼんやりするけど、今はそれらの症状もなく、ただ体の内部がひたすら熱くて苦しいのだ。前に魔力が溢れそうになった時とは比にならない辛さだよ。

父様も、歴代の魔王たちもこんな苦しみに耐えていたのかな。それでも抗って、意識を取られまいと頑張っていたんだ。私だってそうしたいけど……歴代魔王たちとは違ってこの身体の肉体的耐久力はそこまで高くないんだよね。あんまり長くは持たなそう。情けないけど、仕方ない。筋肉が付きにくい体質なのが悪い。ああ、筋肉。もっと付けたかった……!

『渡せ……』

「っ!?

脳内に、これまでで一番大きな声が響く。まるで耳元でささやかれたかのようにリアルで、恐ろしい感覚だった。でも、負けない。私は脳内で声の主に語り掛ける。

貴方は、テレストクリフ……? ダメだよ。身体を乗っ取っても、神には戻れないよ。戻らせない。私が望んでいないんだから。

『この身体なら、戻れる……ようやく願いが叶うのだ。寄越よこせ……!!

その声はとても悲痛で、思わず感情に引っ張られそうになる。私なんかじゃ想像も出来ないほど長い年月を、たった一つの望みを叶えるためだけに手を尽くしていたんだもんね。並々ならぬ思いがあって当然だった。

だけど、同情してはダメ。揺れてはダメ。私は、私の望みを叶えたいんだから。ワガママなのはお互い様だ。絶対に、譲れない……!

『寄越せ……! 寄越せぇぇぇぇっ!!

テレストクリフの叫び声が脳内で響くと共に、ビリビリとした電撃のような感覚が全身を巡った。今までに感じたことのない衝撃に私は叫び声を上げてしまう。

それと同時に、身体から膨大な魔力が発せられた。衝撃により、近くにいたギルさんと、こちらに駆け寄って来ていたリヒトが数メートルほど引き離されていくのを視界の端で捉える。あの二人が、だ。それほどの衝撃だったの……?

「っ、メグ!!

ギルさんの声が聞こえてくる。あの程度でどうにかなるとは思ってなかったけど、無事みたいで安心した。ごめんなさい、心配させているよね。

でも、思い出してほしい。今やらなければならないことを。忘れないでほしい。もしもの時の約束を。

『メグ。クリフはこれまでで最大の力を出している。このままでは君の魂が傷ついてしまう……!』

脳内で、今度はレイの焦ったような声が聞こえてきた。た、魂が傷つく!? それは由々ゆゆしき事態だ。

『こうなったら、一度彼に身体を渡そう』

「い、一度、身体を、渡す……?」

「なっ!?

無意識に声に出していたみたいだ。それを聞き取ったギルさんとリヒトが驚いたようにこちらを見た。私だって驚いていますとも、もちろん。

で、でも、そんなことして大丈夫なの? 本当にこのまま身体を乗っ取られてもいいのかな。取り返すのが難しくないかな? 本当に取り戻せる? いや、実際もう奪われるのも時間の問題かもしれないけど……。

乗っ取られている間、ギルさんやリヒトは、魔大陸は無事でいられるかな。これまで以上に暴走してしまわないかな。そうなったら、魔物たちが暴走を始めて……。

そこまで考えてイヤイヤと頭をブンブン横に振った。嫌だ、嫌だよ。大人たちに大きな心の傷痕を残した戦争が、また始まってしまうのだけは! でも、耐えられる気がしない。最悪の事態がこんなにもあっさり訪れてしまうなんて。どうして私はもっと耐えられないのだろう。弱い。無力だ。自分が情けなくて悔しい……!

『信じて。メグ、僕を……そして君の番と、魂を分け合った勇者を。君の仲間たちを。ちゃんと、いざという時のための対策はしてきたんだろう?』

そう、だ。こうなることはわかっていた。遅かれ早かれ私は徐々に意識を乗っ取られただろうし、全てを救う道を探そうって決めたじゃないか。テレストクリフを説得しようって。

それをこんな状態で出来るとは思えない。それなら、レイの言う通り一度身体を渡してしまえば。内側から、レイと一緒に説得出来れば。

ギルさんやリヒト、父様やお父さんたちだけじゃなく、色んな人が対策をたくさん考えてくれていたじゃないか。私の頼みを、快く聞いてくれた。任せろって言ってくれた。そんな人たちの心強い笑顔が次々と頭に浮かび、私は深く深呼吸をした。

そうだよ、落ち着いて。大丈夫、きっと大丈夫。もしこのまま戻れなかったらっていう不安はあるよ。たくさんある。でも信じよう。

ギルさんを、リヒトを、レイを。それから協力してくれたたくさんの人たちを。そして、幼い頃に視た未来の私を。

幸せそうに笑っていたでしょう? 未来の私は。あれは絶対に「私」だった。身体を乗っ取ったテレストクリフなんかじゃない。そう信じて。自分を、信じて!

「ギル、さん……! 封印を! 今から、この身体は、乗っ取られる、から!」

「な、にを……」

決意を固めた私は、すぐにギルさんに声をかけた。ピピィさんが託してくれた封印の魔石を使うのは今だ。闘技場の防御システムと封印。二重の守りでさえどれほど持つかはわからないけど、各地であらゆる被害を抑えるための準備を整える時間くらいは稼げるはずだ。

「これが最善だって、思う。大丈夫……色んな可能性を考えて、作戦を練った、でしょ? 必ず、戻ってくるから……それまで、守ってくれるって、信じてるよ」

数メートル離れていても、ギルさんの目が不安に揺れているのがわかった。怖いよね。不安だよね。私もだよ! でも、大丈夫。私たちならきっと! どうか伝わって……!

「信じて!」

「っ、わかった……!」

大きな声で叫ぶと、ギルさんもようやく決意を固めてくれたのがわかった。

だというのに、私から放たれている膨大な魔力の風の中をギルさんがジリジリと私に近付いて来た。え、なんで? 今は離れないと危ないのに!

いくらギルさんといえど、かなりキツイはずだ。実際、中心にいる私に近付くにつれてギルさんの身体や頰に切り傷が付いていく。それでも迷わず、真っ直ぐに進んで来てくれている。

早く離れてって言いたかったけど、そんなギルさんを見ていたら何も言えなかった。傷になんか気付いてもいないかのように、ただひたすら真っ直ぐに私の方だけを見て向かって来てくれている。愛しい人が、私の下へと。

そうして目の前まで到着したギルさんは、私に手を伸ばした。力に抗うように震えながら伸ばされた手が、私の頰に触れる。