6 最後の言葉

お父さんは自分の執務室にいた。執務室の隣に仮眠スペースがあって、自室はあるもののそこがお父さんの寝室にもなっている。そのベッドに、静かに横たわっていた。仮眠スペースの入り口からではハッキリとわからないけど……お父さんは静かに眠っているように見える。ただ、この距離でも顔色が悪いのがわかった。それだけでより三日後という情報の信憑しんぴょう性が増して、ギュッと眉が寄ってしまう。

ベッド脇にはすでにギルさんとシュリエさんが来ていた。あとはケイさんとサウラさん、かな。ニカさんはまだ人間の大陸にいるんだっけ……。

室内に足を踏み入れながらそんなことを考える。近くで見たお父さんの顔は、やっぱり青白かった。

「メグ」

ギルさんは私が一緒に来たことをとても驚いていたけれど、私の顔を見てすぐに納得したように肩の力を抜いた。たぶん、色々と私が知っていることを察したのだろう。多くを語らずに済むのはとてもありがたい。

「お待たせ! 頭領は……!?

「みんな、集まってる!?

それから数秒後にケイさんが執務室のドアを開けて入ってくる気配がした。その後ろからサウラさんの声も。すぐに二人とも仮眠スペースにやってきて、サウラさんはみんなが集まっているのを確認した。私の顔を見て少しだけ驚いた様子だったけれど、特に何も聞かずに受け入れてくれている。感謝の気持ちしかないです。

「頭領を運んでくれたのは誰?」

サウラさんの質問に、シュリエさんがすぐに小さく手を挙げる。

「私です。一緒に執務室で打ち合わせをしていたんですが、急に身体が傾いて……意識もなかったのでこれは只事ただごとではない、と」

「それを察知した私が、みんなに知らせたんだ。ちょうどメグも一緒にいてね」

シュリエさんに続き、ルド医師が簡単に私のことも説明してくれる。みんながそれぞれ頷き、一瞬で状況を把握はあくしたようだ。さすがである。

「一度、私が診てみよう。みんなは執務室の方で待っているように」

「わ、わかったわ」

ルド医師がそう告げると、全員が渋々ながら執務室の方へと移動した。まぁ、大勢でベッドを囲んでいても邪魔にしかならないもんね。出来れば側にいたいという気持ちはみんな同じなのだ。

執務室では私とサウラさんがソファーに座り、他の人達はそれぞれ思い思いの場所に立っている。みんな共通しているのは、沈んだ顔で黙り込んでいるということ。何も言えない、よね。事情も聞かないのは、みんながちゃんと理解しているからだ。

「……本当に、その時が近いんだね」

最初に口を開いたのはケイさんだった。それだけで何が言いたいのかを、誰もが察する。

「いよいよ、というところでしょうか」

「頭領に言われて、色んな準備はしていたけれど……さすがにクるものがあるわね」

シュリエさんとサウラさんが沈んだ声で立て続けに告げた。そっか。やっぱり色々と準備は進めていたんだね。なんの、って言ったらそれは……いわゆる終活ってやつだろう。

特にお父さんはオルトゥスの頭領だし、お父さんがいなくなった後のオルトゥスを誰が引き継ぐかって辺りに手続きが必要になってくる。それ以外にも、お父さんが担当していた仕事とか、かなり多いんじゃないかな。ここ最近のお父さんがずっとオルトゥスで仕事をしていたのは、そういう身辺整理が主だったんじゃないかって思ってる。きっとみんなもそれを知ってはいたのだろう。それでも、こうしての当たりにすると……やっぱり心が追い付かないよね。私だってそうだもん。

再び沈黙が流れる。けど、どうしても言わなきゃいけないことがあるので今度は私が口を開いた。

「あ、あの。ニカさんを。ニカさんをすぐに呼び戻せませんか?」

「ニカを? でも、今は人間の大陸で……え、まさか」

私の言葉を聞いて暫くは不思議そうにこちらを見ていたサウラさんだったけど、すぐに何かを察したようにハッと息を呑んだ。そのまま絶句してこちらを見つめてくるので、私はゆっくりと頷くことで答えた。

お父さんの命は、本当にあと少ししか持たないのだという意味を込めて。

正確な日を伝えることは出来ないけれど、このくらいは許されるよね。現に、特に身体に異変はないから大丈夫だったんだと思う。

「……鉱山のドワーフに精霊で連絡をします。二日もあれば鉱山までは戻って来られると思いますが」

「あ、じゃあ私、リヒトに頼んでみます。事情はきっと、わかるはずだから」

リヒトなら、ニカさんを一瞬で鉱山からオルトゥスに連れて来てくれる。でも今頃はきっと父様も倒れているだろうから……こんな時にお願いをするのはちょっと心苦しい。でも、どのみちリヒトには来てもらわないといけない。だって私は、最期の瞬間は父様のもとにいるって決めているのだから。

「ああ、そうか。頭領がこうなっているってことは、魔王様も今は……」

「はい。間違いなく同じ状態だと、思います……だからこそ、急がないと」

ケイさんの質問に頷き、言葉を返す。そう、急がないといけない。ニカさんはオルトゥスの初期メンバーの一人だ。絶対に後悔するもん。そんな思いはさせたくない。

私はすぐに心の中でリヒトに呼び掛けた。テレパシーだとか念話みたいに、正確な内容を伝えることは出来ないけれど、すぐこちらに来てほしいということは伝わるはず。父様が倒れているのなら、こちらの意図もリヒトはわかってくれると思う。

私の読み通り、リヒトはすぐに転移で来てくれた。ただ、気を遣ってかオルトゥスの入り口にいるみたいだ。今は受付に向かっているから、迎えに行かないといけないね。

「あの、リヒトが来たみたいなので……ここに連れて来てもいいですか?」

「ええ、お願いするわ。魔王様の様子も教えてもらいたいし」

サウラさんはすぐに許可を出してくれる。私は一つ頷いてすぐに執務室を出た。

パタンと後ろ手にドアを閉めてから、自分の手を見つめた。あはは、小刻みに震えてる。一人になるとやばいね。でも、心を乱されちゃダメだ。ギュッと拳を握りしめて、受付の方に足を向ける。……リヒトは大丈夫かな。

「リヒト!」

「! メグ」

受付で私の居場所を聞いていたのだろう、リヒトは私の呼ぶ声にすぐ反応して顔を上げた。そのまま受付担当のお姉さんに軽く頭を下げると、リヒトはすぐにこちらに駆け寄ってくれる。

「もしかして、ユージンさんも……?」

「うん。じゃあやっぱり父様も、なんだね?」

「……ああ。執務室で倒れているのをクロンが見つけた」

きっと、同じタイミングで倒れたのだろうな。二人は魂を分け合っているから。父様を見付けた時のクロンさんの心情を思うと胸が痛む。

「今、オルトゥスの重鎮メンバーが集まっているの。リヒトも来てくれる? 頼みたいこともあって……」

「ああ、ニカさんか? 迎えに行きたいんだろ」

「話が早くて助かるよ」

「そりゃあな。いずれこの日が来るってわかってたから、その時のために脳内シミュレーションしてたし。とは言っても……」

リヒトはそこで言葉を切って、黙り込む。全部言わなくてもわかるよ。実際にその時が来たらやっぱり戸惑うよね。誰もが今、同じ感情を抱いているよ。私はギュッとリヒトの手を握る。リヒトはハッとなって顔を上げた。

「行こう?」

「……おう」

そのままリヒトの手を引いて、お父さんの執務室へと向かう。お互いの手が冷たくて震えていることには気付いていたけれど、どちらも何も言わなかった。

執務室へ戻ると、すでにルド医師が診察を終えてみんなと一緒に待っていた。リヒトは確認を取って仮眠スペースのドアの前からお父さんを見ると、すぐに戻ってくる。魔王様と同じだ、と呟いたそのひと言はみんなの耳に届いたようだった。

「……とりあえず、診察の結果を伝えようか」

そんなどんよりとした空気の中、ルド医師が穏やかな声で切り出した。こういう時のルド医師の声はみんなを落ち着かせてくれるよね。

「とはいっても、大体は察しているだろうけど。おおむね予想通りだよ。頭領の魔力は今ほとんど残っていない。そのため、一気に身体に負担がかかって倒れたんだろう」

思っていた通りのことを告げられ、全員がわかってはいたもののさらに表情を暗くする。

魔族や亜人は、魔力がかなり健康に影響を与える。元々の魔力が多い個体はその分長生きすると言われているけれど、少ないからといって寿命が短いかと言われるとそれは違ったりするんだけどね。ある一定以上の魔力量を超えると寿命が長くなるっていうくらい。だから、私たちエルフやハイエルフ、希少種の亜人は長寿だって言われているのだ。

で、元々あった魔力総量が減るというのが、この大陸での老いだ。使い過ぎでの魔力枯渇こかつは回復すれば体調不良もよくなるけど、総量が減っていくと回復も出来ない。つまり、健康に直結している魔力が無くなれば、それが寿命。この世を去ることになる、というわけ。

「寿命だよ。頭領も魔王も、天寿を全うするんだ」

ルド医師は、誰よりも優しい眼差しで微笑んだ。

そ、っか。そうだよね。天寿を全うするんだ。事故や病気、いくさで亡くなるんじゃなくて、しっかり生きて、その人生を終えるってことなんだ。それってすごいことだよね? 私だって自分の最期は寿命で終えたいって思うもん。

送り出す、という姿勢がいいのかもしれない。会えなくなるのはとても悲しいけれど、ちゃんと送り出さなきゃいけないと思える。それでも震えたままになってしまう手を、誤魔化すようにギュッと握り込んだ。

「ルド、それはいつなの? いつまで……」

サウラさんが聞きたいのは、いつ亡くなるのかってことだよね。ルド医師はそうだな、と言いながら顎に手を当てる。

「三日か、四日というところかな」

「そんなに、すぐなの……?」

「そうだね。頭領の場合、身体は人間だ。とっくに限界を超えているはずの肉体を全て魔力で支えていた、ということなんだよ。つまり、魔力が枯渇した瞬間に……もう身体が耐えられなくなる」

ルド医師の冷静な言葉だけが響き、他のみんなが絶句する。でも私だけが知っていた情報をルド医師の見立てで共有してもらえて、少しだけ肩の荷が下りた気がした。

「だから、魔王様も急に倒れたんすね……」

「ああ、そうだろうね。頭領と魔王は運命共同体だから」

「理由がわかって安心しました。いや、安心は出来ないんすけど……」

リヒトの質問に、ルド医師が頷きながら答えてくれた。龍の亜人である父様は本当なら魔力がなくなってもしばらくは生きていられる。というか、本来なら寿命の近付いた亜人や魔族は少しずつ弱っていくのだそうだ。こうして急に体調を崩したのは、お父さんの身体が人間だから。

それがわかっていなかったから、クロンさんは急に父様が倒れたことでかなり気が動転したらしい。だからリヒトも焦っていたんだね。

「話はわかりました。まず、一度魔王城に戻ってこのことを伝えてきます。その後、ニカさんを迎えに行ってここに戻って来るんで。たぶん二日後くらいになります」

「ああ、助かるよ。魔王城も慌ただしくなっているだろうに、こんな時に来てもらって悪かったね」

「いえ。こんな時だからこそ、動くんですよ」

リヒトはルド医師と軽く話をすると、今度はその場から転移をして姿を消した。

その後、サウラさんがパンと一つ手を打って、ようやくいつもの調子でみんなに指示を出し始めた。とはいっても、やっぱりどこか元気はないけれど。

「ギルはオルトゥスメンバーにこのことを伝えてきてちょうだい。仲間内だけにしてね。最後に一目会いたい人はたくさんいるだろうけど、大勢は無理だもの」

「わかった」

「ルドはこのまま頭領のところにいてもらえる? 貴方の判断で他の医療メンバーと交代しても構わないから」

「引き受けるよ」

それから、この三日の間は出来るだけ重鎮メンバーには頭領の下にいてほしい、とサウラさんは告げた。色々とやらなければならないことは……全て後回しにするとのこと。今は、お父さんとの時間を大切にしてほしいもんね。その気遣いに涙が出そうだった。

「メグちゃんは……」

一通りの指示を終え、室内に人が少なくなってきた頃にようやくサウラさんが私に目を向けた。

「……はい。私は、リヒトがここに来たら一緒に魔王城へ行こうと思います」

私は出来る限り笑顔を心掛けて答えた。でも、きっとあんまり上手には笑えていないかもしれないな。サウラさんが今浮かべている笑顔みたいに、どうしても悲しい気持ちが外に出てしまっている気がする。

「……そう。決めていたのね? 頭領はそのこと……」

「知ってます。だから、それまではお父さんの近くにいてもいいですか?」

でも、私もサウラさんもそれについては触れない。出来るだけ明るくいよう。強がりだろうがなんだろうが笑わなきゃ。

笑え。笑え、メグ。泣くにはまだ、早いんだから。

「ええ……もちろんよ! いてちょうだい!」

サウラさんも私の気持ちに応えてくれるかのように飛び切りの笑顔を見せてくれた。少しだけ目元が赤いけど、きっと気のせいだ。

それからサウラさんは自分も少し席を外すわね、と言い残して足早に部屋を出て行った。それを見届けて、私はゆっくりとお父さんが眠っている仮眠スペースに足を踏み入れる。ルド医師が私に気付いて口を開きかけたけど、声を発さずに口を閉じた。優しい気遣いに感謝しながら、私の方から声をかけさせてもらう。

「ルド医師、私……リヒトが来るまでずっとここにいていいですか?」

「ああ、そうか。……メグはもう、決めているんだね?」

頭領の最期を見届けないということを。続けられなかった言葉をみ取って、私はゆっくり頷く。

「私の診断は当たっていたってことかな。ああ、答えなくていいよ。大体わかる」

それはお父さんの命が三日ほどだってこと、だよね。ルド医師は悲しそうに目を伏せて静かに告げた。本当に全てを察してくれるな、この人は。おかげで私は泣き出してしまわないように、口を引き結んで微笑むだけですむ。

「……おや、また誰かが来たようだ」

「え?」

黙ったままでいると、ルド医師が顔を上げて入り口の方に目を向けた。私もつられてそちらに顔を向けると、入り口のドアから控えめにそっと顔を覗かせている人物と目が合う。

「メグちゃん……」

「マキちゃん。来てくれたんだね」

ルド医師に目を向けると軽く頷いてくれたので、マキちゃんを手招きする。マキちゃんは恐る恐ると言った様子で部屋に入って来た。それからベッドで眠る弱ったお父さんを見て切なそうに眉を寄せる。

「ギルさんが、私もオルトゥスのメンバーだからって教えてくれたんです」

「よかった。もし伝わってなかったら、私が呼びに行こうと思ってたんだ」

さすがはギルさん。わかってくれているなぁ。心の中でギルさんにありがとうと告げると、ほのかに胸が温かくなるのを感じた。たぶん、伝わったんだと思う。

マキちゃんは私の隣にやってくると、おずおずと口を開く。

「実は私……頭領と約束をしていることがあって。頭領は、忘れているかもしれないんですけど」

「約束?」

ルド医師の質問にギュッと拳を握りながら頷いたマキちゃんは再び話し始めた。

「実は、かなり前に頭領に頼みごとをされたことがあって。えっと、私の前世の記憶をメグちゃんが探ってくれたことがあったでしょ?」

そう言われてふと思い出す。あったね、そんなこと。それで、マキちゃんがたまきのお母さん、つまりお父さんの奥さんである珠希たまきの生まれ変わりだってことがわかったんだよね。その時、確かにお父さんはマキちゃんに一つ頼みがあるって言っていた。なんだか歯切れの悪い感じで。マキちゃんてば、頼みごとを聞く前に二つ返事で了承しちゃって。せめて話を聞いてからオッケーしてって笑い合ったっけ。

でも結局、どんな頼みごとをされたのかはわからないままだ。きっと後日、改めて話をされたのだろう。

「あの後、頭領と二人で話すことがあって。その時に言われたんです」

マキちゃんの目はウルウルと涙でうるんでいて、それでも泣かないようにグッとこらえているのがわかった。

『マキに頼むのは間違っているし、今こんな話をするのはどうかとも思うんだが……今世では、マキよりも俺の方が先に死ぬことになる。その時は、俺を看取みとってくれないか?』

そんなこと、頼んでいたんだ……。込み上げてくるものがあって、鼻の奥がツンとする。

マキちゃんはズビッと鼻をすすってから、さらに言葉を続けた。

「自分は前世で、奥さんであるタマキさんを見送ったから……今度は彼女に見送られてきたい、って。ただの自己満足だから、嫌なら断っていいって。そう言ってました。あと、誰にも内緒だからなって言われてましたが、この約束は忘れちゃいました!」

マキちゃんの優しい嘘にクスッと笑いがこぼれた。そっか。忘れちゃったんなら今ここで喋っちゃったのも仕方ないよね。もしかしたら今もお父さんは聞いているかもしれないけれど、笑って許してくれるだろう。

泣きながら笑っていたマキちゃんは、ゴシゴシと腕で涙をぬぐってからパッと顔を上げて晴れやかに笑った。

「私がその頼みを、断るわけがないんですよ。絶対に守ろうって思いました。だから、こんな時だけど約束が守れそうでホッとしてもいるんです。あっ、もちろん、頭領がいなくなることを安心しているわけじゃ……!」

「わかってる、わかってるよマキちゃん。大丈夫」

いつになく早口になったマキちゃんを落ち着かせるために、両手を小さく横に振る。そんなこと考えてないってことくらい、ちゃんとわかってるもん。

「頭領は、もう忘れちゃったかな」

人差し指で頰を掻きながらはにかむマキちゃんを見ていたら、自然と笑みが浮かんでくる。いやいや、それはない。

「絶対に覚えてると思うよ。それで、きっとすごく喜ぶと思う」

お父さんは、そういう人なのだ。そんなこと、言った本人でさえ忘れていたのに、ってことをずーっと覚えているような人なのである。

私はマキちゃんの手を両手でギュッと握った。驚いたように丸くした目と私の目が合う。

「マキちゃん。私からもお礼を言わせてね。本当にありがとう。お父さんの最期の望みを叶えようとしてくれて」

最期、という言葉を口に出したら急に涙が出て来そうになってしまう。もう、笑っていようって決めたばかりなのに。ほら、マキちゃんもつられて目が潤んでしまっているじゃないか。せっかく今、涙を拭ったばっかりなのにね?

「お礼だなんて……こちらが言いたいくらいだよ、メグちゃん。こんな大事な役割を託してくれて、頭領には感謝しかないんだから。だからね、メグちゃん」

ツゥ、とマキちゃんの涙が頰を伝っている。いや、違う。私もだ。お互いに、手を握り合う力が強まった。

「頭領のことは、私がちゃんと見送ります。だから、こっちのことは心配しないでいいよ。メグちゃんはお父様のところに行ってあげてね」

「マキちゃん……!」

涙を堪え切れなくなった私は、勢いのままマキちゃんに抱きついた。首元に手を回した私を、マキちゃんはそっと受け止めて抱き締め返してくれる。ものすごい安心感だ。

ああ……お母さんだ。今のマキちゃんに、私はお母さんを感じてしまった。だからかな、涙がとめどなく溢れてきて、大人になったばかりだというのに子どもみたいに縋りついてしまう。

「悲しいよ、寂しいよ……! でも、笑顔で見送りたいって思うから……っ」

「うん、うん、そうだよね。大丈夫。後で一緒に思いっきり泣こう? 私も我慢するから。ね、メグちゃん」

「うん……うん……っ!」

優しく温かな手が私の背中を撫でてくれている。いつの間にか私よりもずっと大きくなっていたマキちゃんの身体は、フワフワとしていて、優しくて、お母さんの記憶はないのに懐かしさを感じる。

ああ、早く泣き止まなきゃ。お父さんがいつ目覚めてもいいように。笑顔でおはようって言うんだから。

「さ、二人とも。これが必要なんじゃないかな?」

「ルド医師ぇ……」

二人で抱き締め合いながら泣いていた私とマキちゃんを黙って見守ってくれていたルド医師が、そっと冷たいタオルを差し出してくれる。泣いた後の冷たいタオルだなんて、すごく懐かしいな。幼い時はよく使わせてもらっていたっけ。それを思い出して、私はようやく笑顔を取り戻すことが出来たのだった。


しっかりれた目を冷やして落ち着いた頃、寝ているお父さんが起きる気配がした。慌ててルド医師と一緒にお父さんのベッド脇に近寄って顔を覗き込む。

「……おわ、なんで、お前らが……いんだ?」

「ふふっ、おはようお父さん。よく眠れた?」

ゆっくりと目を開けたお父さんが、どこか寝ぼけた様子でそんな第一声を溢したので思わず笑っちゃった。あまりにもいつも通りの寝起きのお父さんだったから。

だけど、やっぱりいつもとは違う。お父さんは上半身を起こそうとしてじろぎし、上手く力が入らなかったようで諦めたように力を抜いた。

「ああ……なるほど、な。その時が、来たか」

そんな自分の様子を瞬時に理解したお父さんは、焦るでもなく目を閉じてフッと笑う。全てを受け入れている顔だ。それがとても切なくて、思わず唇をんで堪えた。

「ルド、俺はあとどのくらい……持つかわかってる、のか? 俺の予想だと……まぁ、明日くらいが、限界なんだが」

「随分と弱気だな、頭領。残念ながらあと三日は生きるよ」

「マジか。しぶといな……俺」

ククッと笑うお父さんの声はやっぱり弱々しい。だけどさすがはお父さんといったやり取りだった。ルド医師も困ったように笑っている。

そうして会話が途切れた時、お父さんはようやくマキちゃんの存在に気付いたようだった。

「マキ……」

「あの、その……」

そういえば、マキちゃんはお父さんがあの約束を覚えているか不安がっていたっけ。どう声をかけていいものか迷っているみたいだ。まぁ、貴方の死期を悟って慌てて来ましたって言うのもどこか不謹慎ふきんしんに感じるよね。気持ちはわかる。でも大丈夫。お父さんは絶対に覚えていると思うから。

私の予想通り、先に口を開いたのはお父さんの方だった。

「ありがとうな、マキ。頼みごと、覚えていて……くれたんだな」

「っ! は、はい、あのっ」

「何も、言わなくていい。はは、まさか、覚えていてくれてるなんてな……俺は人に、恵まれてる……」

目を閉じたまま嬉しそうに言うお父さんを見ていたら、もう何も言えないや。マキちゃんも油断すると泣きそうなのか、グッと唇を噛んでいた。私たち、たぶん今は同じ顔をしているんだろうな。でもマキちゃんは、涙を堪えてニコリと笑ってみせた。

「当然です。頭領からの頼みを忘れるわけないじゃないですか!」

「……頼もしいな。嬉しいよ……ありがとう」

「どういたしまして、です!」

二人は顔を見合わせて微笑み合う。そんな二人を見ていたら、胸の奥から懐かしさのようなものが込み上げてきた。私に母親の記憶はないから、不思議な感覚なんだけど……。覚えていないだけで、こういう二人の姿を赤ん坊の時に見ていたのかな?

良かった。最初に浮かんだのはそんな感情だった。これで、お父さんは安心して逝けるって、そう思ったから。

お父さんが目覚めて小一時間ほどが経った頃、仮眠スペースが賑やかになり始めた。情報を聞きつけた人たちがオルトゥスに戻って来たのだろう。バタバタという足音と、次から次へと入室してくる人の気配がする。

「おい、頭領! なん、なんでっ……!」

「ジュマ。騒ぐなら問答無用で追い出すよ」

「ぐっ、だ、だってルド……!」

ジュマ兄の、こんなに焦った顔は初めて見たかもしれない。いつもはピンチになってもニヤッと笑っている人だからかな。お父さんの弱々しい姿を見て一気に眉尻が下がり、ジュマ兄までもが弱ってしまったように見えた。

「ルド、別に構わない……オルトゥスは、基本的にいつも、うるせぇ、だろ……」

最期の瞬間まで、自分はオルトゥスの頭領でいたいから。お父さんはそう言いながら楽しそうに笑う。つまり、みんながここに押し寄せてきても構わないと言っているんだ。

医者としてはあまり良いとは言えない様子のルド医師だったけど、すでにお父さんの寿命は決まっていて変えることは出来ない。結果、本人の意思を尊重しようと決断を下し、それでもぐちゃぐちゃになってしまわないように、一人当たりの時間を決めて順番にお父さんのお見舞いに来ることを許してくれた。

お父さんの下には本当にたくさんの人がやってきた。

「うぅ、ど、頭領……!」

「湿っぽいのは、やめろよ、ラーシュ……」

「わ、わかっ、うぅ、む、無理だよ……」

ルド医師の指示の下、お父さんに一言ずつ声をかけては退室をしていく皆さん。最後のひと言はそれぞれ違っていて、ラーシュさんみたいに泣いてしまう人もいれば、チオ姉みたいにあえて冗談を言う人がいたり、カーターさんやマイユさんのように真面目にお礼を告げる人もいた。その全てをお父さんは嬉しそうに聞いていて、とても幸せなんだってことが見ているだけでわかる。

それからも、この日は夜までにたくさんの人が訪れた。各特級ギルドのトップも駆け付けてくれたのには驚いたよ。さすがと言うべきか、皆さんとても冷静にお父さんと最後の別れの言葉を交わしてくれた。

他にもお父さんにお世話になったという人がたくさんいたけれど、全ての人と言葉を交わすことは出来なかった。途中でお父さんが疲れて眠っちゃったからね。それでも、ひっきりなしに人がやってきてはお父さんの顔を見て帰って行く。本当に、大勢の人が別れをしんでくれていた。

お父さんは、本当にたくさんの人に感謝されるすごい人なんだって改めて実感出来たよ。誇らしいよ、お父さん。


翌日の夕方、ついにニカさんがオルトゥスに帰って来た。顔色は悪かったけど、取り乱したり慌てる様子は見せないところがさすがだ。だけどその表情は硬くて、色んな感情をグッと堪えているんだなってことがわかる。

「ニカ、か。悪ぃな、わざわざ……任務中だってのに」

「当たり前だろぉ、頭領よ。こんな時に帰らねぇなんて、俺が一生後悔してもいいってぇのかぁ?」

「はは、それは、酷だよな……じゃあ、ありがとう、だな。お前に会えて……良かったよ」

すでに時間はあと一日もない。お父さんの声は少しずつ小さくなっていて、今にも命のともしびが消えてしまいそうだった。

「昨日も今日も、まだまだたくさんの人が来ると思うわ。でもね、最期は……この初期メンバーとマキちゃんで見送りたいって思うの。いいかしら、頭領?」

サウラさんの言葉に、お父さんはゆっくりと頷いた。とても嬉しそうに微笑んでいる。そっか。皆で見送ってくれるんだね。そのことにとても安心出来た。

「メグ」

「……リヒト」

ニカさんが来たってことは、リヒトもいるってことだ。ここまで転移で連れて来てくれたんだもんね。それはつまり、私もそろそろ父様のところに行かなきゃいけないってことでもある。だからその前に、私ももう一度お父さんと言葉を交わさなきゃ。

最後の、言葉を。

私はお父さんのベッドの横に立つと、その場で膝をついて目線を合わせた。お父さんはゆっくりと顔をこちらに向けてくれる。

「……お父さん。本当はね、あの教会で結婚式を挙げてるとこ、見てほしかったな」

出来れば心残りになるようなことは言いたくなかったんだけど、これだけ人生を謳歌おうかしたんだもん。少しくらい、残される側の気持ちを聞いてくれてもいいよね? 酷い娘かな? でもね、どうしてもワガママを言いたくなったのだ。最後の言葉だからこそ。

お父さんは小さく笑って、俺はホッとしてると答えた。なんとなくそう答えるような気がした私は、一緒になってクスッと笑う。

「渡したくなくなるだろ……ギルなんかに、よぉ」

「随分な言い草だな、頭領」

私のすぐ後ろに立っていたギルさんが、恨みがまし気にそう言った。そのことがおかしくてさらに声を上げて笑ってしまう。

「成人まで、見守れたから……十分だ」

その言葉は、本音と嘘が半々くらい込められている気がした。少しだけでも結婚式を見たかったって思ってもらえたのかな? それがすごく悔しくて、嬉しかった。矛盾してるけど、本当にそう思うんだ。

「メグなら、大丈夫、だ……何が、あっても」

「うん。私なら大丈夫。何があっても」

だって、お父さんが言うんだもん。きっと乗り越えられる。自信しかないよ。私が即答すると、お父さんはちょっと驚いたみたいだった。ふふん、弱音でも吐くと思った? 私だって成長しているんだから。

「メグ。……。俺の娘だ。どちらのお前も……愛してるぜ。ずっとな」

ちょ、ちょっと。ズルいよ。なんで最後の最後で素直になるの。

愛してるだなんて、そんな言葉は前世も含めて言ったことなかったじゃない。……お母さんには、言ったことがあるのかもしれないけど。オルトゥスの頭領からそんな言葉が出て来るとは誰も思ってなかったみたいで、その場にいる誰もが目を見開いていた。

当の本人はしてやったり、とでも思ったのかニヤッと笑っている。もう、そういうところがお父さんだよね。

「……っ! 私も、だよ、お父さん。生まれてきて良かった。ここで生まれ変われて、またお父さんに出会えてよかった。私は幸せだよ、お父さん。ずっとずーっと、愛してるよ、お父さん」

涙は流れたけど、笑顔は崩さなかった。絶対に。

お父さんがゆっくりと手を伸ばしてきたので、その手を取ってギュッと握りしめる。

「ふ、ギル、うらやましいか……?」

「……それはこっちのセリフだ」

そんな中でも、お父さんはギルさんにマウントを取ろうとする。ギルさんもギルさんで譲る気がないのが笑っちゃう。けど、ギルさんの声には切なさと、悔しさと、覚悟が込められていて……その意味は簡単に理解出来た。

これから先は、自分が私の側にいるからって。そう言ってくれたんだよね?

「メグを、頼んだぞ。ギル」

その意味を察せないお父さんではない。私から視線をギルさんに移し、そう言った。その目は弱々しさなんて微塵も感じない、いつもの強い光を放った目だ。

「ああ。必ず、守る。共に生きると決めたからな」

「なら、いい」

それが、お父さんとギルさんが交わした最後の言葉。

「メグ、楽しくやれよ……!」

「うん。思い切り楽しむよ!」

これが、お父さんと私が交わした最後の言葉。お互い、笑顔でいられたよね。

これから先、辛い別れがたくさんある。私はたくさんの人を見送ることになる。それでも、長い人生を最後の瞬間まで楽しむつもりだ。

尊敬する、お父さんのように。


お父さんの仮眠スペースを出て、執務室を出た。そのすぐ後ろからギルさんと、少し離れてリヒトがついて来てくれている。三人揃って誰も何も言わない。リヒトなら、部屋を出なくてもそのまま転移出来るはずなのに、黙って先頭を歩く私について来てくれている。

そのまま真っ直ぐオルトゥスの外に出るまでの間に、何人もの人とすれ違った。きっとお父さんに会いに行ってくれる人たちだろう。心の中で感謝しつつ、ひたすら無言で出口まで歩いて……オルトゥスの外に出た時だった。

「サウラ、さん?」

人の通らない茂みに、隠れるように後ろ向きでたたずんでいたけれど……あの小柄な身体とエメラルドグリーンの綺麗なポニーテールは間違いない。そういえば、いつの間にかお父さんの部屋からいなくなっていたっけ。

明日、みんなで見送るって言っていたから、今あの場を離れていることは不思議ではないけど……サウラさんが特に用もなくオルトゥスの外にいるのがなんだかすごく珍しくて、違和感があった。だからつい、声をかけてしまったのだ。

「っ、メグ、ちゃん……!」

だけど、見ないフリをしておけばよかったとすぐに後悔した。だって、きっとサウラさんは誰にも見られたくなかっただろうから。隠れるようにしていたんだもん、考えればすぐにわかることだったのに。

「あ、はは。ごめんね、情けない姿を見せちゃったわ! 大丈夫よ!」

振り向いたサウラさんの目は、真っ赤に腫れていた。それなのににっこり笑顔で慌てたようにグイッと目元を腕で拭っている。

そんな、こんな時まで気丈に振舞わなくていいのに。いつも通りの笑顔を見せてくれてはいるけれど、赤くなった目や鼻を見たら余計に胸が締め付けられるよ。

「っ、無理、しないでくださいっ。私、サウラさんがすごい人だってこと、よく知ってます。だから……」

どうしても、放っておくことなんて出来なかった。だって、一人で泣くことでしか悲しみを吐き出せないなんて辛いもん。この人はとても強い人だ。だからこそ、誰かが支えにならなきゃいけないと思う。それが私である必要はないけれど、それでもこんな姿を見ちゃったら黙ってなんかいられない。

だから私は、ギルさんと一緒にサウラさんに近付いた。言いたいことを今、伝えなきゃ。

「ちょっとくらい、ほんのちょっとだけでも弱音を吐いたって、サウラさんがすごいって思う気持ちは何も変わりませんから! だから、あの、サウラさん。我慢なんてしないで……?」

「っ、ぅ……メグ、ちゃぁん……」

話している途中からサウラさんのエメラルドグリーンの瞳が潤み、私が最後まで言う前に涙腺が決壊してしまったようだった。サウラさんは手で何度も涙を拭いながら、抱えていた思いを吐露とろしていく。

「私がっ、しっかりしなきゃいけないのに……! これからのオルトゥスを支えていかなきゃいけないのに! 頭領に任せたって言われたのに……っ、なのに」

ああ、この小さな肩にはとても重いものが乗っかっていたんだな。だけど、私たちは何も疑問に思うことなく、この人なら大丈夫だって思ってた。ううん、思わせてくれていたんだ。ほかでもない、サウラさんによって。

「わた、私……っ、頭領のいないオルトゥスを、この先どう支えていけばいいのか、わからないわ……っ!」

突然オルトゥスのトップに立たされてしまうのだから、その重圧に押しつぶされそうになることくらい、魔王という運命を背負う私なら誰よりも理解出来たはずなのに。それなのに私ったら、自分のことで精一杯で……。

悔しい。いくらすごい人だからって、悩まないわけがないじゃないか。なんで私はそんな簡単なことにもっと早く気付けなかったのだろう。

「サウラ」

私が悔しさで何も言えなくなっていると、ギルさんがサウラさんの正面に片膝をついて目線の高さを合わせた。サウラさんは涙を拭う手の間から、目だけでギルさんを見上げている。

「……その。みんなで、支えればいい。全てをお前一人で背負おうとするな。俺も……他の頼りになる仲間も、いるだろう」

「ぎ、ギルぅ……!」

どこか照れくさそうなギルさんはフイッと目線を逸らし、サウラさんはますます目に涙を溜めた。そのままサウラさんは、感極まった様子でガバッとギルさんに飛びつく。

「ごめぇん、メグちゃん! 少しだけギル貸してぇ!」

「こ、こんな時にそんな気遣いまでしないでくださいよ! もう、サウラさんってば」

律儀りちぎなことである。しんみりとしていたのについ笑っちゃったよ。ギルさんも苦笑しつつ、ちゃんとサウラさんを抱き留めてあげていた。

「だ、だって、あのギルがそんなこと言うなんて反則よぉ! あんなに『俺は一人で生きていく』みたいに孤独感を漂わせていたギルがよっ!? 誰よりも仲間って単語が似合わなかった男がぁ!」

「……」

サウラさんの言いたいことはとてもよくわかるけど、あまりの言われようにギルさんが真顔になっている。あ、あはは……!

「ギル……貴方がそう言えるまでになってくれて、とても嬉しいわ。そう、そうよね。こんなにも頼もしい仲間が他にもたくさんいるんだもの……! でも、でも寂しいわ! 頭領に死んでほしくないわ……っ!!

「……ああ、そうだな」

「うわぁぁぁん!! 怖いわ! 怖いわ、ギルぅ!!

それからしばらくの間、サウラさんはギルさんの胸の中で泣き続けた。しばらく、といってもそれはほんの数分ほどの時間だったけれど。本当はもっと気の済むまで泣いてもらいたかったけど、サウラさんが思いの外すぐに泣き止んだのだ。

ギルさんから身体を離したサウラさんは魔術で顔を洗った後、恥ずかしそうに告げた。う、上目遣いのサウラさんが可愛い……!

「あの、ありがとう、二人とも。そのぉ、今のことは……」

人差し指同士を突きながらそんなことを言われてしまっては、全力で察するしかありませんね! ギルさんと目を合わせて互いに頷く。

「サウラさんは見送りに来てくれただけです、よね!」

「過保護だからな、サウラは」

そう。いつものように、いってらっしゃいと言いに来てくれただけなのだ。

弱音も、涙も、私たちの胸の中にしまっておくよ。サウラさんが、オルトゥスのみんなが不安にならないようにと必死に隠そうとしてくれたことだもん。絶対に誰にも言ったりしない。

「あー……俺は少し離れたところにいたんで。暗いし。何かあったんすか?」

タイミングよく私たちに近付いて来たリヒトもまた、抜群の対応力を見せつけてくれた。さすがだね!

「もーっ、三人ともカッコよすぎるわ! ふふ、元気出た!」

私たちの言葉を聞いて一瞬だけきょとんとした顔を見せたサウラさんは、それからすぐにクスクスと笑ってくれた。ああ、いつものサウラさんだ。

「こっちのことは任せてちょうだい。今の私は無敵よ!」

ドンと胸を叩いて朗らかに笑うサウラさんに、先ほどまでの弱々しさは一切なかった。きっと、これからも心が弱ってしまうこともあるだろう。その時は、今回みたいにギルさんや他の重鎮メンバーがすぐに支えになってくれるよね。私も、ほんの少しでも支えになれるようになりたい。自分の問題を乗り越えたら、絶対に。

「……はい! じゃあ、行ってきますね!」

「ええ、行ってらっしゃい。気を付けてね!」

そうして今度こそ、私たちは三人で魔王城へと転移した。恐らくベッドで横になっているであろう、父様のもとへと。