なんだか照れくさいな。と同時に、ついに私はちゃんとみんなに認められる形で大人になったんだなって思った。
そうは言っても、何かが変わったような気はしないけどね。相変わらずダメなところも多いし、こんなんで大人といってもいいのか、って不安にもなるよ。思えば、前世で成人式をした時もこれといって実感はなかったような気がする。まぁ、そういうものなんだろうな。
大切なのは自覚を持つこと。そこからどう行動するのか、だよね。自分の言動に責任を持つように意識しなきゃ。出来るかはさておき、心掛けはします。
なーんて、真面目に考えるのはおしまい! だって、目の前ではすでにどんちゃん騒ぎが始まっているから。お祝いに来てくれた人たちが、用意していた食事を食べ、お酒も飲み始めている。せっかく私のお祝いなんだもん。私が楽しまなくてどうする! 私は小走りで
「メグーっ! おめでとー!」
「わ、アスカ! ありがとう」
広場の方に向かうと、アスカが駆け寄ってくれる。両手にグラスを持っていて、
「はい、これ。すこーしだけアルコールが入ってるんだって。メグ、大人になったら飲みたいって言ってたでしょ? 貰って来たんだー!」
「お、お酒だぁ! ありがとう、アスカ」
「あ、もちろんぼくはまだ飲めないのでジュースでーす」
「ふふっ、アスカもすぐ成人になるよ。その時は、一緒に飲もうね」
私とアスカは数年ほどしか差がないからね。気付いた頃にはアスカも成人しているだろう。でも、その時に私はちゃんと私でいるだろうか。それが少し不安だけど……いやいや、そんな弱気じゃダメだよね。絶対にこの約束は守ってやるんだから。
「……メグ」
「えっ、あ、ギルさん」
早速、アスカと乾杯しようとしたところで、背後からストップの声がかかる。振り返ると、ギルさんが腕を組んで不機嫌そうな顔を浮かべていた。あれ?
「酒を飲むなら、俺が見ているところで飲め」
ああ、まぁ、確かに私ってすごくお酒に弱そうだもんね。前に、うっかりアルコール入りの甘酒を飲んじゃった時はハグ魔になったっけ。その程度なら可愛らしいものだと思うんだけど……ぶっ倒れでもしたら心配かけちゃうか。ないとも言い切れないのが情けないところである。
「うわー、過保護ぉ。いーじゃん、これはぼくがメグと約束してたことなんだからーっ」
「飲ませるなとは言っていないだろう。俺が見ている場所でなら構わない」
「二人の時間を邪魔しないでよねっ!」
「それは邪魔するに決まっている」
「あーもー! 面倒くさーい!」
あれ、ちょっと他のことを考えている
「まぁまぁ。早く乾杯しよ? ね?」
私が口を挟んでも、アスカは不満げに口を
「……ま! せっかくのお祝いだもんね。ごめん、メグ。よし! 気を取り直してかんぱーい!」
「うん! 乾杯!」
さっきまでピリピリしていたのに、一瞬でご機嫌になるアスカの切り替えの早さにはいつも驚かされるね。
さて、私もお酒を飲んでみよう。グラスに口を近付けると、ふわりと甘い香りが漂う。加えて懐かしいアルコールの香り。そのままゆっくりと琥珀の液体を口の中に流し込んだ。
「ん、おいしい!」
たぶん、アルコール度数はすごく低いものだろうけど、この身体にはちょうどいいかもしれない。ただ、飲みやすいからグビグビいっちゃいそうなのが要注意だね。このグラス一杯分くらいなら大丈夫かなぁ?
「メグ、飲むだけではなく何か食べろ。酒だけでは酔いやすい」
「あ、そっか。わかった!」
美味しいご
「じゃあメグ、一緒に取りに行こ! ……ギルは来なくていーからね!」
「……ここで待っている」
「えっ。自分で言っておいてなんだけど、いいの?」
「目が届く範囲にいるなら、問題ない」
どうやら、ギルさんが
「珍しー。それとも、番の余裕ってヤツ?」
「……気が変わるかもしれないな」
「あっ、ウソウソ! メグ、行こっ!」
なんか、アスカってギルさんの手の上で転がされているよね。おかしくなってつい笑っちゃった。
それから、アスカはいつものように何枚ものお皿に山盛りにおかずをのせ、幸せそうにしていた。ほんと、よく食べる……!
私もその日はいつもより少しだけ多めに食べた。お酒は最初の一杯だけ。それでも酔いが回ってぽわん、としちゃったよ。最後の方はギルさんにずっと支えられていた気がする。いくらなんでもお酒に弱すぎない? この身体。
でも、今日くらいは羽目を外したっていいのだ。これから、本当の戦いが始まってしまうんだから。
その前に、とても心を削られる別れが。だからこそ、今はただ幸せの中に浸っていよう。
私はその日、夜遅くまで教会の周りで楽しく過ごすみんなを、お酒でぼんやりとしたまま眺めていた。
翌日は、誰一人として二日酔いで体調を崩すことなく通常業務をこなしていた。いつも思うけど、本当に切り替えがすごいよね。アスカや私はまだちょっと眠い目を擦っているというのに。
っていうか、アスカはともかく私はもう大人なのに。そうはいっても、一日で急に身体が成長するわけもない。初めての飲酒に加えて夜更かしをして眠くなるのは仕方ないのである。
「大丈夫? メグちゃん。少し仮眠を取ってきたら?」
「でも、仕事がぁ……」
「いくら成人したからって、昨日の今日だもの。ちょっとくらい大目に見るわよ。といっても、メグちゃんのことだから気にするわよね。だから今のうちに休んで、午後の業務はしっかり頑張るの。どう?」
優しい上司に涙が出そうだ。なんてホワイトな職場なの、オルトゥス。寝不足の状態で仕事をする方がみんなに迷惑をかけるだろうし、せっかくなのでそのお言葉に甘えることにした。午後は時間を延長して頑張りますからぁっ! ああ、眠い。
よたよたとした足取りで医務室へと向かう。自室で寝ても良かったんだけど、精霊たちに起こされただけじゃ起き上がれる気がしなかったので。……それに、何かあったらルド医師が対処してくれるだろうから。
眠っている間は気が緩む。いつまた私の中のテレストクリフが表に出てくるかわからないもん。それをルド医師に伝えることは出来ないけど、気を付けていてほしいと言えば何かを察してくれると思って。他人任せだけど、ルド医師だからこそ頼りにしようと思える。
「というわけで、もしかしたら眠っている間、私に異常が起きるかもしれないんです。だから、その……」
魔力の暴走が始まりかけている、という説明だけでルド医師はすぐに察してくれた。有能! おかげで多くを語ることなく安心して眠っていいとのお言葉をいただきました。ありがたやー!
「万が一、手に負えないってなったらギルさんを呼んでください」
「わかったよ。ギルなら対処出来るってことだね?」
話も早い。私が全部を説明する必要は最初からないんじゃないかってくらいだ。それでも心配なものは心配なので、他に何か伝え忘れはないかと考えてしまう。すると、ルド医師がクスクスと笑い始めてしまった。
「これでも色んな修羅場を潜り抜けているんだ。大丈夫。何があっても周囲に被害がいかないようにするし、ちゃんと対応するよ。だから今は自分のことを考えなさい。そんな眠そうな顔して……考えるのは後回しだ」
「うっ、わ、わかりましたぁ」
ついに私はルド医師によって、半ば強制的にベッドに押し込まれてしまった。笑顔のままヒョイッと抱き上げられてしまってはもう何も言えない。その笑顔が怖いんですよね……!
布団をかけられ、明かりを暗くされる。そのおかげで急激に睡魔が押し寄せて来た。なんだか、懐かしいな。確か、オルトゥスに来たばかりの時はずっと医務室に寝泊まりしていたっけ。もう随分昔だよね。それなのに、大人になった今もまたこうして医務室のベッドに横になっているのがなんだか変な気分。あの頃から、私はちゃんと成長出来ているのかな?
本当はもっと思い出に浸っていたかったけれど、もう限界だ。重たい瞼を閉じて、自分の身体の重みを感じながら意識を手放した。
「来たね、メグ。成人おめでとう」
気付いた時にはいつもの白い世界にいた。夢の中だ。予想はしていたけれど、なんだかちゃんと休めているのか不安になっちゃうな。こうも寝る度に会話していると。
たぶんだけど、この夢渡りはレイの力だ。そして私も少なからず力を使っていると思う。膨大な魔力があるおかげでそう簡単には疲れないだろうけど……睡眠不足で
「レイ。ありがとう、ございます」
まぁ、些細なことだ。そんなことより、まずは色んなことを知らなければ。レイやテレストクリフ、そして自分のことがよくわかっていない今、情報収集をすることが最優先なんだから。
「もっと気安く話していいよ。僕は君の身体を借りている分際だからね」
「そ、そうはいっても、神様なんですよね……?」
いくらなんでも神様を相手に気軽な口調では話せないよ……! お父さんとかアスカとかジュマ兄だったら平気で話すのかもしれないけど、私は小心者ですので!
私が少し縮こまりながらそう言うと、レイは肩を軽くすくめて困ったように笑う。
「人々がそう呼称しているだけだよ。神だからって偉いわけじゃない。君たちの願いを叶えられるわけでもないんだし」
こちらも、神様に何かをしてもらおうなんて思ってはいなくて、ただ
「むしろ、邪魔をしちゃっているよね。今日はその辺りのことを話そうか」
レイもまた、無理に話し方を変えてもらおうとまでは思ってないようで、それ以上は何も言わなかった。それよりも、説明の続きを話してくれるみたい。
油断しているとテレストクリフに身体を乗っ取られてしまうかもしれないから、正直すぐに話を進めてくれるのは助かります。
「あと三日だ。君たちの父親の寿命は」
ただ、話の切り出し方が直球すぎた。私は言葉に詰まり……呼吸も止めてしまう。
もう、三日しかないんだ。もうすぐだってわかってはいたけど、改めて突きつけられると心臓がギュッと苦しくなってしまう。
「どう? メグは、神になる?」
レイは、
でも、もう迷わない。あの二人の
「……なりません。二人とも、運命をちゃんと受け入れるつもりですから」
私の本音を言えば、生きていてほしい。まだこの世界に必要な人たちだって思う。でもそれは私のエゴにすぎなくて、あの二人の覚悟や生き様を台無しにしてしまうんだよね。冷静になった今なら、それがよくわかる。
「それに、私も人として生きて、いつかちゃんと終わりたいんです」
そしてこれは私のワガママ。私は神になんてなりたくない。オルトゥスのメグとして生きて、いつか死にたい。いや、もうすぐ魔王のメグになっちゃうんだっけ。とにかく、エルフのメグとして生涯を終えたいというのが私の願いなのだ。
真顔でジッと私を見てくるレイの目を、真っ直ぐ見つめ返す。無表情のレイは神様感が増しているからちょっと怖い。でも、もう決めたことだから。覚悟だって出来ている。
お父さんと父様を見送る覚悟が。
しばらくして、レイがフッと笑みを浮かべた。そのおかげでようやく肩の力が抜ける。
「やっぱり、メグは僕と同じだ」
レイはどこか嬉しそうにそう言った。同じ? 私と、レイが? 疑問に思っているとレイがさらに言葉を続けていく。
「終わりがないって恐ろしいよ。神なんて、なるもんじゃない。いつまでたってもそこに存在し続けるんだ。大好きな人たちが次々にその生を終えていくのに」
淡々と告げられたその内容は、冷静に伝えられたからこそ底知れぬ恐怖を感じた。私も身体はハイエルフだから、この先もっとたくさんの人を見送る立場にある。……いつかは、ギルさんのことも見送らなきゃいけないんだ。
それはとても辛いことだけれど、レイと違って私はいつか終わりが来る。そりゃあ果てしなく人生は長いけど、寿命はあるから。
永遠に生きることが、どれほど恐ろしいことか。身近な問題だからこそ、気持ちが少しだけわかるような気がした。
「いくら人は生まれ変わるからって、やっぱり辛いよ。生まれ変わったその人は、確かに魂は同じだけれど何も覚えていないんだから。最初は耐えられたけど、もう無理だ。僕は人への愛を知ったから、いつかは耐えられなくなるってわかってた。でも、どれだけ辛くても……もう知る前には戻れない」
愛を知ることはとても素敵なことだ。知って良かったと思ってもらいたいし、私も思うけど……永遠に生きるレイのことを思うと素直に喜べない。祝福出来ない。なんと声をかけても薄っぺらい言葉になる気がして、何も言うことが出来なかった。
そんな私の心情を察したのか、レイは悲しそうに小さく微笑んで再び語る。
「テレストクリフは勘違いしているんだよ。彼は今も神に戻りたがっているけど、彼もまた僕と同じで、もうどう
人は神にはなれない、レイはハッキリとそう言った。あれ? でも、それなら。
「……その理屈でいくと、私も神になんてなれないんじゃないですか?」
それなのに、私には神にならないかと聞いてきた。それは
「なれるよ。ただ、自我を失う。そう、君は自我も記憶も失うことが出来るんだ。人の身だからね。空っぽな状態になれるということだよ。でも僕やテレストクリフは神の身だから、それが出来ない。僕らは愛を知ってしまったから、堕とされた。知る前には戻れないし、自我も記憶も失えない。だから、二度と神には戻れないんだよ」
自我を失う……。えっ。それじゃあ、もしも私が神になるって言っていたら、私という存在が消えていたってこと? 今になって危険な選択を迫られていたのだと知って、背筋が寒くなる。
「嫌でしょ? 自我を失うなんて」
「嫌です。そんなの……」
「だよね。永遠に死ぬのと同じになる」
「……はい」
なんだか、後出しじゃない? そんな大切なこと、もっと早く教えてくれたら良かったのに。まぁ、今更そんなこと言ったって無意味だけど。
私が恨みがましく見ていたからか、レイはごめんごめんと笑顔で謝罪してきた。
「君は断ると思っていたからさ。万が一、神になるって決めていたら、ちゃんとリスクを説明する気だったよ?」
本当かなぁ? 思わずジト目で見てしまう。レイが困ったな、と言いながらも反省しているようには見えないから余計に。まぁいい。結果的に私は断ったんだから。いや、あんまり良くはないけど。今後は前もってきちんと説明してもらいたい。それよりも、今は話を進めよう。
愛を知ったことで、神から人の世に堕とされたって言ったよね。レイも、テレストクリフも。
「テレストクリフさんも、愛を知ったってことですよね? 失礼かもしれないんですけど、人を愛したようには思えないのですが……」
だって、歴代魔王の身体を乗っ取って、いつも大暴れしているんだもん。人を愛しているのなら出来ないよね。
「そうだね。むしろ憎んでいるよ。この世界の人がいなくなれば、僕も神に戻るんじゃないかって思ってる」
おっと、むしろ過激派だった。どうしてそんな考えに……。そこまで考えてハッと思い出す。テレストクリフが、レイと一緒に神に戻りたがっているってことを。
「……彼が愛してしまったのは、もしかして」
「そう。僕だ。彼は僕を愛しているんだよ」
ずっと、テレストクリフは自分だけが神に戻ろうとしているんだと思ってた。でも違ったんだ。彼は、愛するレイと一緒に神の世界に戻りたかったんだ。
ギュッと胸が締め付けられる。だって自分のことしか考えていない、はた迷惑な神様だと思っていたらそうじゃなくて……ただ、大好きな人と故郷に戻りたいだけだったってわかったから。
もちろん、同情なんて出来ない。彼が歴代魔王を苦しめ続けたことはやっぱり許せないし、今も私は絶対に乗っ取られてなるものかって思ってる。でもほんの少しだけ、同情の気持ちが芽生えてしまったのだ。
「メグは優しいね。それは美点だけれど、とても危ういよ」
そんな私の心情の変化を感じ取ったのだろう、レイがまた困ったように笑った。ああ、その、うん。ちょっとだけ自覚はあります。みんなにも
「けど、君はそのままでいるといいよ」
だけど、レイは否定することなくそんなふうに言ってくれた。助けてくれる人がたくさんいるでしょって笑って。さすが、私の中で一緒に過ごしていただけあって良く知っているよね。私も自然と笑顔になる。
「はい。だから、全力で甘えようと思ってます」
「あはは。それこそがメグの強さだ」
なんだろう、神にはならないって決めたことでレイとの距離がグッと縮まった気がする。気持ちをほんの少しだけ分かり合えたからかもしれないな。でも、それはレイだけ。根本的な原因であるテレストクリフには通用しないよね。
真っ白い世界にゴゴゴという低い地響きのような音が聞こえてくる。またテレストクリフが目覚めたのだろう。
レイ
「次に会うのは、クリフが完全に目覚めた時にするよ。だからほんの三日ほどだけど、夢も見ずに眠れると思うよ」
「それは、助かります」
良かった。少しも眠れずに決戦の時を迎えるのかと思ったから。レイなりの配慮だったのかもしれない。
「けど、クリフが目覚めたらそれこそ眠っている暇はないよ。その隙に身体が乗っ取られてしまうから」
「……か、覚悟しておきます」
「もし乗っ取られても、例の結界の中なら少しの間は持つだろう。ハイエルフの一族はやっぱり有能だね。神の直系なだけあるよ」
どうやら、ピピィさんの結界のこともお見通しのようだ。よかった、ちゃんと効果があることがわかって。口ぶりから察するに、長い間は抑えられないみたいだけど……。
「僕も、戦うよ。僕がクリフを説得する。直接話せれば、きっと聞いてもらえる」
ああ、そうか。そういうことだったんだ。テレストクリフも、愛する人の言葉ならきっと聞いてくれるよね。……聞いて、くれるかなぁ? ちょっと、いやかなり不安だ。こればかりは、レイを信じるしかない。
ふわふわと意識が覚醒していくのを感じる。まだ身体を乗っ取られるわけにはいかないから、早く目覚めなきゃ。ゆるりと微笑むレイの姿に、今回は少し勇気を貰えた気がした。
目を覚ますと、どこか心がスッキリとしているのを感じた。たぶん、やっと私のやるべきことが明確になったからだと思う。
乗っ取られるのを阻止するのに、ひたすら耐えるしかないって思ってた。でも、それがいつまで続くのか、本当に終わりが来るのかって……すごく不安だったんだよね。今回はレイがその不安に明確な答えを出してくれたのだ。自分がテレストクリフと話をするまでの間、耐えてほしいって。
レイは私が彼らの存在に気付いたことをとても喜んでいた。希望だって。その理由がちょっとわかった気がする。
つまり、レイが直接テレストクリフと会話をするためには、次期魔王に存在を認知してもらう必要があったんじゃないかな。どんな理屈かはわからないけど。そして今回、私が気付いた。だから希望を
全部が推測でしかないんだけどね。でもこういう時の勘は当たるから、そういうことなんだと思う。
「ちゃんと話を聞いてくれるといいけど……」
問題はそこだ。愛する人の言葉なら耳を貸すとは思うけど……同意してもらえるのかなって。ほら、私の祖父でもあるシェルさんを思い出せばわかるでしょ。彼はなんとなくシェルさんとタイプが似ている気がするんだよね。本人に聞かれたら睨まれるかもしれない。
で、シェルさんはとっても頑固だから、素直に話を聞き入れない。耳は貸しても、結局は自分の目的を諦めないタイプだ。
テレストクリフにも同じようなにおいを感じるというか。そんな気がするのだ。その予想は外れていてほしいところではある。
「……愛した人と一緒にいたくて、長い間ずーっともがき続けているのかな」
そう思うとやっぱり胸が痛む。同情もしてしまう。わかってるよ、だからって身体を渡す気なんてない。私だって、大好きな人とずっと一緒にいたいもん。その気持ちがわかるからこそ、こっちだって譲れない。でもそうなると、一つだけ疑問が残る。
レイの望みは何なのだろう? 人を愛しているから、この世界の平和を望んでくれているとは思うんだけど、そうじゃなくて。レイ自身に望みはないのかな、って。
今度会えた時には聞いてみたいけれど、なんとなくはぐらかされる気もする。でも、レイが望んだ結末が、彼自身にとっても幸せであることを願わずにはいられなかった。
「ああ、メグ。もう起きたんだね」
ベッドから下りてルド医師の下へ向かうと、少し驚いたように言われてしまった。あれ? 結構たくさん寝たような気がしたんだけど。そう思って聞いてみると、ほんの三十分ほどしか経ってないことを知った。わ、本当にちょっとだった!
「もういいのかい?」
「はい! ちょっとの時間だったけど、なんだかすごくスッキリしたので大丈夫です!」
「ふむ。……うん、確かに随分と顔色が良くなってるね。良い睡眠が取れたみたいだ」
ルド医師が私の顔をジッと見た後、フワリと笑ってそう言った。そして、せっかくだから一緒にコーヒーでもどうだい? とお誘いしてくれる。おぉ、それは嬉しい。
「でも、お仕事の邪魔に……」
「ならないよ。言うと思ったけれどね。正直、私はこういう機会でもない限り休憩を取り忘れるからちょうどいいんだ」
「それはダメですね! なら、一緒に休憩しましょう!」
「はは、そうしよう」
ルド医師は朗らかに笑いつつ席を立ち、コーヒーを淹れに行ってくれた。ただ座って待っているのもなんなので、カップを用意するのをちょこっとお手伝い。それと、前に街で買った美味しいチョコを出しちゃう。ルド医師にはいつもお世話になっているからおすそ分けである。
「いいのかな? ここのお菓子はなかなか手に入らないとメアリーラが言っていたけれど」
「良く知ってますね! でもいいんです。お菓子は大事にとっておくものじゃなくて、食べるものなので。それにルド医師にはいつもお世話になってますから」
「そうかい? なら、みんなに睨まれるのも嫌だから内緒でいただくことにしようかな」
ルド医師との会話はすごく心地好い。穏やかで、すごく安心出来るから。内容もいつだって平和で、まるでぽかぽかとした陽だまりの中にいるみたい。
カップを両手で持ち、淹れてもらったコーヒーをジッと眺める。真っ黒な水面には、眉間にシワを寄せた私の顔が映っていた。
……実は、ブラックコーヒーを飲むのは初めてだったりして。前世では美味しく飲んでいたと思うんだけど、今はなんだかあの苦さに耐えられるかちょっと自信がないんだよね。
そんな私の葛藤を察知したのか、ルド医師がクスクス笑いながら砂糖とミルクのポットを差し出してくれる。
「無理してブラックを飲むことはないんだよ?」
「そ、それはわかっているんですけど、一口くらいは試してみようかなって。お、大人になりましたし!」
「ふふっ、ではいいことを教えてあげよう。すでに大人のメアリーラは、今のメグと同じようなことを毎回言っているよ。そしていつも、一口飲んだ後にすぐ砂糖とミルクをドバドバ入れるんだ。今回は大丈夫な気がするって言ってね。いつものことなのに、全く
「あははっ、でも今回は大丈夫かもって気持ち、ちょっとわかります」
メアリーラさんへの仲間意識がグッと強まった。でも毎回試すだなんて、メアリーラさんかわいい。気持ちはわかるから私も同じことをする気がしないでもないけど。
とにかく、味覚が変わっている自覚はあるもののせっかくなのでブラックで一口飲んでみよう。コーヒーの香りは大好きだから、いけるかもしれないし……。
「い、いただきます……!」
意を決して黒い液体をそっと口に含む。その瞬間、コーヒーの香ばしい香りが鼻に抜けていき、苦みとちょっとの酸味が口内に広がった。
「~~~っ! お、お砂糖とミルク入れますぅ!!」
「あははは! 期待を裏切らない反応だ」
私が涙目になっているのを見て、ルド医師が声を上げて笑った。なんか、珍しい姿を見た。状況が状況だけに微妙な気持ち……。いいの、私は大人になってもみんなに笑いを提供するエルフ……。
和やかなコーヒーブレーク。束の間の癒しのひと時。
でも、悪い知らせというものはいつだって突然訪れるものだ。
本当に突然、ルド医師の顔色がサッと変わったのだ。それと同時に、ピリッとした空気が流れる。
ルド医師はオルトゥス中に透明な魔力の糸を張り
「何かありましたか?」
「あ、ああ。ちょっと急用が出来たみたいだ」
だけど、ここまで動揺したのは見たことがないかも。普段はどれほどの急患がいても、冷静にテキパキ準備をして医務室を出て行くから。私もそういう時はルド医師を引き留めたりはせず、そのまま見送るんだけど……その余裕のなさでピンときた。ピンときてしまったのだ。
「……お父さんに、何かあったんですね」
「っ! ……わかるのかい?」
やっぱり。驚いた顔でこちらを振り向くルド医師に、私は曖昧に苦笑を浮かべることしか出来ない。だって、神様からの口止めをされていなかったとしても、こんなこと言えないよ。お父さんの寿命があと三日しかない、だなんて。
「私もついて行っていいですか? あ、邪魔になるなら……」
「いや、来てくれると嬉しい。きっと頭領だって私みたいな地味な男だけより、かわいい娘がいた方が喜ぶ」
ルド医師が、冗談めかしてフッと笑った。それだけで、やっぱり色々と察しているんだなってわかる。きっと、
「じゃあ行こうか」
「はい」
私があまりにも冷静だからかな、ルド医師からは戸惑ったような雰囲気が伝わってくる。だけど、それもあってルド医師にもいつも通りの冷静さが戻っている気がした。
別に、私も冷静ってわけじゃない。油断すると泣きそうだし、心臓は痛いほどズキズキしている。レイに言われて知ってはいたけど、実感があったわけじゃないから。
でもきっと、お父さんの顔を見たら嫌でも実感するんだと思う。数日前の元気な姿ではないんだろうなって。
笑顔でいたい。悲しい顔を、きっとお父さんは望まないもん。
コーヒーの苦みのように、なかなか消えそうにないモヤモヤを胸に、私はルド医師の後に続いて医務室を出た。