4 準備期間

どうやら夢の中でのやり取りは、ほんのまばたき程度の出来事だったらしい。

痛みを僅かに感じる肩は、ギルさんの手によるもののようだ。倒れかけた私を咄嗟に支えてくれたみたい。何度もごめんなさい。

「どうやら、時間がないようだな」

「……はい」

ギルさんやピピィさんは、この一瞬に何が起きたのかわかっていない。心配そうに私のことを見ているから。それも当たり前だよね。本当に一瞬だったんだもん。でも、私は今もハッキリ覚えている。レイとの会話や、テレストクリフの声を。

「迷うな。迷えば、奪われる」

「わかって、ます」

「ふん、どうだか」

シェルさんにも見えていたのだろう。あの場でのやり取りが。見えていた、というよりは聞こえていた、が正しいかな? 突き放したような態度は相変わらずだけど、今はこれを理解してくれる存在がいるってだけで心強い。

確かにね? 言いたいことはわかりますとも。いくら頭でわかっていても、お前は迷うんだろって言いたいんでしょ?

その通り過ぎて辛い! ええ、迷いますよ! グラッグラですよ! 自分でもどうしようもないなって、ため息吐きたくなるよ!

だって、お父さんと父様のことを持ち出すなんて、ずるい……。デリケートな問題に口を出さないでほしい。ほんの少しだけ、助かる道を望んでいるからこそ揺れてしまう。それを責められたくはないよ。仕方ないじゃないか、大好きな二人なんだもん。

ええい、ともかく! レイも最後に言っていたように、身体を受け渡すのだけは阻止しないと。それで全てが丸く収まるんじゃないかって少しは思っちゃうけど、今はレイの言葉を信じる他ない!

「メグ、大丈夫なのか。いや、この聞き方は無神経かもしれないが……」

シェルさんが奥の部屋へと去っていくのを見届けてから、ようやくギルさんが口を開いた。

大丈夫かどうか、ね。まぁ、あんまり大丈夫ではない。その答えをわかっているから、こんなに申し訳なさそうなのだろう。助けたいのに何も出来ないのって歯痒はがゆいよね。その気持ち、痛いほどわかるよ。だから私は、ギルさんにお願いをすることにした。

「ね、ギルさん。これはギルさんが持っていて。だって暴走をした時に私がこれを持っていたんじゃ、使えないでしょ?」

さっきピピィさんから受け取った魔石を差し出しながら、私は小さく笑う。ギルさんはそんな私と魔石を交互に見た。

「ギルさんなら、いつも私の側にいてくれるからすぐに使ってもらえる。一番安心だよ」

「メグ……」

「側に、いてくれるでしょ……?」

「当然だ……!」

ギルさんが再びギュッと私を抱き締めた。その腕の中で目を閉じ、温もりを堪能しながら思う。この魔石が必要になった時は、私の自我が失われている時だと。

最初から誰かにたくすつもりではあった。そう考えた時、最初に思いついたのはギルさんだから。いつも側にいてくれるし、実力的にも適任だ。というか、他にはいない。

身体を少し離してから魔石をギルさんの手に渡し、そのままギュッと手を包み込むように握る。私の手の方がずっと小さいから、ちっとも包めはしないんだけど。

「ピピィさんには感謝だよね。もちろんシェルさんにもだけど……この魔石のおかげで、あの約束を果たさなくて良くなるかもしれないもん」

私が魔石を見つめたままそう言うと、ギルさんが僅かに息を呑むのがわかった。そう、ギルさんにしか頼めないあのお願いごとのことだ。

あの時、私はギルさんに残酷なお願いをした。もしもの時、私を止めるのはギルさんであってほしいっていう……そんな意味のお願いごと。

いくら私がポンコツでも、これだけの魔力を保有した存在が自我を失って暴れたら、被害は甚大じんだいなものになる。絶対に止めなきゃいけないけれど、オルトゥスの人たちはきっと私に攻撃するのを躊躇うはず。だって、あんなに大切に見守ってくれていた優しい家族だもん。他の人だってそうだ。むしろ、私が攻撃されるのを阻止しようとする人もいるかもしれない。それほど愛されているって自覚はあるから。自惚うぬぼれではないと思うんだ。

だから、ギルさんに頼んだのだ。ギルさんが私を攻撃することは、誰にも止められないと思って。実力もあるし、何より私の番だから。彼が私を攻撃するという意味を、誰もが察してくれるはずだ。とても残酷なお願いだったけど、ギルさんにしか頼めないことなのである。

でも、今日ピピィさんにこの魔石をもらったことで、私を倒すことなく無力化出来るかもしれないんだ。みんなの心を傷つけなくてすむ。本当にありがたいって思ってるんだよ。

「これでも抑えきれない場合とか、そもそもこれを使う時にどうしようもなくなったら……やっぱりお願いすることになると思う。一番大切なことを頼んでるんだよ。だから、今何も出来ないってなげかないで。悲しまないで。ギルさんがいるから、私も安心して頑張れるの」

そのまま、私はポスンとギルさんの胸に頭を預けた。

酷いヤツだよね、私。一番辛いことを押し付けてさ。もし逆の立場だったら、私はギルさんを攻撃出来ない気がするのに。罪悪感でいっぱいだけど、謝っちゃダメだって思う。それをギルさんは望んでいないもんね?

「ああ、わかっている。覚悟も、出来ている」

ギルさんはハッキリとした口調でそう答えると、私の頭を抱きしめた。ほんの数秒間だけ身を任せた後、私は顔を上げてギルさんと目を合わせてふにゃりと笑う。

その時、タイミングを見計らったかのようにピピィさんから声をかけられて、私たちは二人同時に振り向いた。み、見られていたんだなと思うとちょっと恥ずかしいけど、ピピィさんならまぁいいかと思い直す。

「メグちゃん。改めて成人おめでとう。その魔石は私とシェルからの祝いの品だと思ってね」

「ピピィさん……はいっ! ありがとうございます!」

そっか、成人のお祝い……。最高の贈り物をもらっちゃったな。それなら、私は立派な大人になった姿を見せることでお返ししたい。

「他にも、色々とありがとうございました。シェルさんにも伝えてもらえますか? ……聞いているとは思いますけど」

「ふふっ、そうね。任せてちょうだい!」

ピピィさんと笑い合って、小屋で別れを告げる。郷を出るまでの間は、自然とギルさんと手を繋いでいた。

伝わる温もりは、他のどんなものよりも私を勇気付けてくれた。


オルトゥスに帰ると、みんなが一斉に心配顔を向けてきた。いやはや、本当にすみません。ただ、私自身が詳しい事情を話せないってことを知っているから、誰も何も聞いてこなかったのは救いだ。察してくれる皆さん、有能だし優しい。

もちろん、サウラさんには全部伝えたよ。ギルさんが。私も所々で相槌あいづちを打ったりしたけどね。どこまで話せるのかがわからない分、ギルさんに説明を頼んだ方が安心なのである。べ、別に私が説明下手だからってだけではないのだ。うん。

「なるほどね……。色々と衝撃的な事実を知った気がするわ。つまり、メグちゃんの魔王としての魔力暴走はもう間近に迫っているってことよね?」

サウラさんの確認に、私は神妙に頷く。このくらいは大丈夫みたいなので。

「それは、今の魔王と……頭領の寿命が尽きようとしている、ってことでしょう?」

「そう、なるな……」

さすがはサウラさんだ。鋭い。そして、オルトゥスの統括とうかつとしてかなりショックを受けているだろうに、それを微塵も表に出さないのがすごい。これから忙しくなることを瞬時に察してくれたのだ。本当に頼りになる統括さんである。

「ピピィさんは、まずは成人の儀を済ませなさいって言ってくれました。……出来るうちに、と」

「……そう、ね。頭領や魔王様がメグちゃんの晴れ姿を見られないなんてことがあったら、たたられそうだもの!」

「ふふっ、そうですね」

強い人だなぁ。私があまり思い詰めないように、冗談まで交えるなんて。内容自体は冗談とも思えないものだったけど。本当に祟られかねない……!

「メグちゃん。成人の儀はいつまでにやれば間に合うかしら」

サウラさんが少しだけ心配そうに私に聞いてくる。そうだなぁ、正直に答えるとお父さんたちの死期を伝えることになってしまうよね。答え方には気をつけなきゃ。はっきりとした日数さえ教えなければ大丈夫、かな? そうなると結局、ほとんど何も言えないんだけど。

「……出来るだけ、早い方がいいです」

苦肉の策として曖昧にそう答えた私に、サウラさんは文句を言うことなくニッコリと笑った。

「わかったわ。三日後! 三日後にメグちゃんの成人の儀を行うわよ! ギル、主要メンバーに伝達をお願い」

「わかった」

そして、いつものテキパキとした仕事ぶりを発揮するサウラさん。もう、もう、大好きっ! その気持ちが溢れてしまって、私はついサウラさんに抱きついてしまった。

「わっ、もう、何? メグちゃんったら。成人しても甘えん坊は変わらないのね?」

「ううっ、サウラさんにハグ出来なくなるなら、一生甘えん坊でいいです、私ぃ」

「うふふっ、役得ねー! 私も同感! 一生甘えん坊でいてー、メグちゃーん!」

すでに私はサウラさんよりもずっと大きくなってしまったけれど、いつまでたってもサウラさんは私のお姉さんだ。

ギュッと抱き締め合う私たちを、ギルさんはもちろんオルトゥスの皆さんが揃って温かな目で見守ってくれていた。


それからドタバタと時間が過ぎ、私は夜遅くになってようやく自室に戻って来た。成人を迎えた今日という日は、なんだかとても長い。色んなことがありすぎたからね……。ハイエルフの郷にも行ったし、今こうして自室にいるのが不思議なくらいだ。

今すぐベッドにもぐり込んで眠りたいところではあったんだけど……私の今日はまだ終わらない。と、いうのも。

『ご主人様ーっ! 成人おめでとうなのよーっ!』

『主様っ、おめでとーっ!』

『ご主人、めでたいんだぞーっ!』

ショーちゃん、フウちゃん、ホムラくんがクルクルと私の周りを飛び回りながらずーっとお祝いの言葉をかけてくれており、

『ふむ、ついに成人か。とてもめでたいのだ』

『おめでとぉ、メグ様ぁ』

『ふふふーっ、今日はお祝いやなーっ、メグ様っ!』

私の膝枕でくつろぐシズクちゃん、肩に乗って眠そうなリョクくん、グイグイと腕を引っ張るライちゃんにキラキラな目で見つめられているからです。これは休めない……っ!

「みんな、ありがとう! すっごく嬉しいよー!」

可愛すぎて、眠気も吹き飛んじゃうよねーっ! 思えば、ひっきりなしに精霊たちが祝福に来てくれていたし、ハイエルフの郷では話している間ずっと我慢してくれていて、今ようやく契約精霊たちとの時間が取れたのだ。

最初にお祝いの言葉をたくさんかけてくれていたけど、向き合ってあげられなかったもんね。お利口さんでずーっと待っていてくれていたみんなに、しっかりお祝いされようと思います!

『今日は色んなことがあって大変やったなぁ。きっと、これからもーっと大変なんやろ? わかるでぇ』

『そ、それでも、ボクたちはメグ様の力になるからねっ』

ライちゃんとリョクくんの言葉がみるぅ! 他のみんなもそうだよー、と頼もしい相槌を打ってくれていて、本当に心強いよ。

でも、大切なことはきちんと伝えないといけない。私は一度みんなに集まるように言うと、神妙な顔で口を開く。

「あのね。私が魔力に呑み込まれて、暴走してしまった時のことをちゃんと伝えておこうと思うの」

ベッドの上に並んで座り、私の顔を見上げてくる精霊たち。シズクちゃんだけは大きいので伏せの姿勢なんだけど、そのお腹周りにみんなが集まって座っている形だ。か、可愛い。いやいや、今は真剣な話をしているところである。キリッ。

「どうしても、その時は来ると思うんだ。そこで一つ確認しておきたいんだけど……みんなは、私が力に呑み込まれたかどうかって気付けるかな?」

私が訊ねると、みんなはそれぞれ顔を見合わせながら首を傾げている。その様子を見るに、その時になってみないとわからないのかも。もしくは、ハッキリと言えるほどの自信がないのかな? それも仕方のないことだよね、と思い始めた時、ショーちゃんがハイッと手を挙げた。

『ショーちゃんは気付けるのよ。最初の契約精霊だもの! それにね……あの、全部、聞いているのよ?』

「あ、そうか……」

全てを言わない配慮をみせてくれたショーちゃんはやっぱり有能だ。つまり、私の中にいるレイの言葉も、テレストクリフの言葉も聞こえているって言いたいんだよね。

「じゃあ安心だね。ショーちゃんはそれをみんなに伝えてね」

『任せてなのよーっ!!

とても頼もしい最初の契約精霊だね。指先でそっと撫でると、ショーちゃんはくすぐったそうに目を閉じてり寄って来た。

思えば初めてショーちゃんと出会った時、すぐにこの子と仲良くなりたいって思ったっけ。シュリエさんのアドバイス通り、心に従ったんだよね。あの時は声の精霊の能力をよく知らなかったから、心配もされたけど。でも、ショーちゃんは私にピッタリの契約精霊だなって改めて思う。このとても難しい状況に対応出来る精霊なんて他にいないよ。

ショーちゃんがみんなに伝えてくれて、みんなが協力して私を助けてくれる。幸せだな、大切にしたいなって思うじゃない。私は一度きつく目を閉じてからゆっくりと開いた。

「それで、その時はどうしてほしいかって話なんだけどね。……出来るだけ、私から離れていてほしいの。もちろん、私が我に返ったら戻って来てもらいたいけど」

これを伝えるのはとても心苦しい。案の定、精霊たちは立ち上がったり体を起こしながらすぐに反論をし始めた。

『そんなの、嫌だよっ! アタシたちも主様の力になりたいもんっ』

『そうなんだぞ! ご主人を置いて逃げるなんて出来ないんだぞっ!』

フウちゃんとホムラくんの言葉に賛同するように、みんなが口々に嫌だと告げる。その気持ちが嬉しくて涙が出そうなくらいだったけど、ここは私も譲れないのだ。

「ありがとう。でも聞いて? 魔力に呑み込まれたら、一番に影響を受けるのはみんななの。だって、みんなは私の魔力をもらっているでしょ? もし利用されでもしたら……私は後悔してもしきれないよ」

私の身体を使うということは、私の魔力を使うのと同じこと。正確には私やレイ、テレストクリフはそれぞれ違う魔力を持っているけど、混ざり合っているからね。

そして、その魔力にこの子たちは抗えないのだ。私の命令に逆らえないのと同じで。私の身体で、魔力で出された命令には従うほかない。

乗っ取られても、自然魔術を使わないかもしれない。彼らは独自の魔術を使うだろうから。それでも、万が一があるって思うと……怖いんだよ。

「お願い。もし私を大好きって思ってくれているのなら、私のために離れていてほしいの。私ではない誰かに、みんなが好きなように操られるのは嫌なんだよ」

みんなに向かって頭を下げてお願いする。こればかりは譲れない。大切なみんなのことを守れる主人でありたいのだ。

しばらくの間、沈黙が流れた。最初に声を上げてくれたのはやっぱりショーちゃんだった。

『わかったのよ……それが、ご主人様のためになるのよね?』

「うん。大切なみんなが無事であることが、一番の願いなの」

とても悔しそうに、それでいて決意に満ちたピンクの目が私を真っ直ぐ見ている。私も、そんなショーちゃんの眼差しを正面から受け止めてから明るく笑ってみせる。

「大丈夫。私は絶対に戻ってくるから! 魔力になんて、負けないんだから!」

レイのことやテレストクリフの名前は出せないから魔力、と言っているけど、ショーちゃんには伝わっていると思う。そう、負けない。どんなに甘い言葉を投げかけられても、絶対に揺れるもんか。そのためにも、もう一度お父さんや父様と話す必要がある。

この迷いを、一切なくすために。確認することもあるし、準備だってこれからだ。そのためにまずブレない心を持たないといけないもん。

『ご主人様の言う通りにするの。ショーちゃんに任せて! だからね、今はー』

『そうねっ! 今はー!』

『今は! オイラたちを甘やかすんだぞっ!』

みんなどこか納得はいっていない様子だったけれど、明るい声で了承してくれた。本当に優しくていい子たち。命令で言うことを聞かせたくはなかったから、みんなが渋々ながらも了承してくれて良かったよ。

そのお返しなのか、なんなのか。みんなが揃っていたずらっ子のような雰囲気をかもし出して私に飛びついてくる。あまりの勢いにベッドの上でころんと転がってしまう私。

「あははっ、お安い御用だよ!」

どうやら今夜は、まだまだ眠れそうにないみたい。

私の成人の日は、精霊たちのことを順番にギュウギュウ抱き締めるという幸せなひと時を過ごしながら終えたのでした!


翌朝、私はまだ眠い目をこすりながら起き上がって食堂に向かった。

昨日は色々とあったからか、ギルさんが部屋の外で待っており、眠そうな私を見て心配そうな顔を浮かべている。あ、いや。この寝不足は別の理由があるのです。ギルさんの心配を解消するため、精霊たちとのことを話すとようやくクスッと笑ってくれた。ね? これじゃあ寝られなくなっちゃうでしょ? わかってもらえますぅ?

「今日は忙しくなる。途中で辛くなったらすぐに言え。休む時間をつくるから」

「忙しく……? 何か急ぎの予定があったっけ」

言われてもいまいちピンとこない。そりゃあ確認しなきゃいけないこともあるし、覚悟も決めなきゃいけないし、忙しくはあるけど……具体的に何をするかの予定はまさに今日、確認するつもりだったから。それとも私がまだ寝ぼけているだけで、決めたことがあったっけ?

「成人の儀は二日後だ。衣装を注文しないといけないだろう」

「あっ、そっか! またランちゃんには無理をお願いすることになっちゃうなぁ……」

なんだかんだで、ランちゃんにはお世話になりっぱなしだ。しかも、いっつもギリギリになって頼むことになっちゃって申し訳ない。

「アイツは急ぎじゃなくても、お前の服は半日で仕上げるだろ」

「……そういえば、そうかも」

項垂うなだれていると、ギルさんにごもっともなことを言われた。よくよく思い出してみれば本当にその通りで、ランちゃんったら仕上がりはいつでもいいと言っているにもかかわらずその日の夕方、遅くとも次の日には仕上げてくるんだよね。なんでも、メグちゃんの服はインスピレーションがすぐに下りて来るから楽しい、だったかな。

いや、そうは言っても期日がギリギリの注文っていうのはあんまり良くないだろうし、何かお礼を考えないといけないな。全てが終わって、解決したらになってしまうかもしれないけれど。

「それに、成人の儀の衣装なら形は決まっている。いつも以上に早く仕上がるんじゃないか」

「あ、そうだったね。でも、それならどうして急ぎで注文しないといけないの?」

「服はともかく、宝飾がな。記念に残るものだから、デザインから何から本人が決めて注文することになっている」

そうなの!? それは初耳なんですが! すごく驚いていると、すでに誰かから聞かされていると思っていた、とギルさんに言われてしまった。アドルさんに成人の儀について聞いた時も、なんか似たような会話をしたなぁ……。亜人あるあるだ。

と、いうか。前に聞いた時は皆さん「これといって準備するものはない」って口を揃えて言ってませんでした? たぶん、今は大丈夫って意味だったんだろうなぁ。これまた亜人あるある。感覚の違いというやつである。あはは……。ぐぬぬ、仕方あるまい。それなら確かに、急いで注文しにいかないとだよね。

ギルさんが一緒にお店に来てくれると言うので、朝食を済ませた私たちはすぐに宝飾店へと向かった。

宝飾……宝飾かぁ。成人の儀で身に着けるアクセサリーではあるんだけど、決まった形は特にないらしい。儀式の当日だけ身に着けていれば、あとは常に持っている必要もないのだとか。成人した証しに記念品として生涯大切にするものなんだって。

ちなみにギルさんは小柄こづかにしたと言いながら、刀のさやの裏側を見せてくれた。そこには小さな小刀が納められていて、ちょっとした細工をするのに使えるけれど使ったことはないと教えてくれた。

刀をまじまじと見るのも初めてだけど、裏側なんてもっと見る機会がないから知らなかったな。よく見ると、小さな魔石や宝石が埋め込まれていてとても綺麗。石はどれも黒とか透明とか、目立たない色なのがギルさんらしい。

本当に何でもいいんだな、と思うと同時に、さて自分はどうしようかと考える。正直、アクセサリーは色々持っているので悩むなぁ。ブレスレットも、ネックレスも、イヤーカフだっていつも身に着けているから、これ以上ずっと身に着けるとなると考えてしまうのだ。あ、身に着けなくてもいいんだっけ? 贅沢ぜいたくな悩みである。

「指輪はどうだ? 邪魔になるか?」

「指輪はー……あー、えっと」

「? どうした」

悩む私にギルさんが提案してくれた。してくれたんだけど……そのぉ、指輪は特別というか。この世界ではそういう習慣がないから、ギルさんにはピンとこないのはわかってる。でも、やっぱりあこがれるので思い切って白状した。

「……前世の世界ではね? 指輪は、恋人からの贈り物、みたいなイメージがあって。その、結婚した人は、左手の薬指にお揃いの指輪をするの。も、もちろん、他の指にすればいいだけの話ではあるんだけどっ! は、初めての指輪は、そのぉ……」

「わかった」

私が全てを言わずとも理解したらしい、ギルさんは言葉を遮ってニヤッと笑う。

「それなら俺が贈るまで、指輪は禁止だな?」

ボッと音が出そうな勢いで顔が熱くなってしまう。まるで催促さいそくしたみたいですっごく恥ずかしいんですがっ! いや、催促したようなものだけどっ!

「ご、ごめんなさい! なんかワガママを言ったみたいになっちゃって」

「メグはあまりワガママも言わないし、欲しいものも言わないだろう。貴重なことを聞けたんだ。お礼を言うのはむしろ俺の方だな」

「絶対、お礼を言うのは私の方だと思いマス……」

そんなやり取りを挟みつつ、あれこれと悩んだ結果、私が選んだのは根付ねつけだった。ギルさんの小柄を見て、私も小型ナイフを常に持ち歩いているから鞘に付けられたらいいかなって思って。なんだか、お揃いを意識したみたいで恥ずかしくはあるんだけども。

お店でそういったむねを相談したら、それなら鞘に埋め込みましょうか? という提案をしてくれた。普段は鞘に綺麗にまるようにしておいて、外せばペンダントトップに出来るようにするのはどうか、って。おぉ、そんなことも出来るんだ! 素敵な提案にすぐさまそれでお願いしますって頼んじゃった。埋め込みタイプっていうのがますますギルさんの真似をしたみたいになっちゃったけど、いっか。嬉しいし。

「石の種類はどうしましょう?」

「うっ、私、宝石には詳しくなくて……」

「それでしたら、好きなお色をお聞かせください。その中からいくつか見本をお持ちしますので!」

店員さん、とっても丁寧! でも、一生残る物だと思うと好きな色と言われてもなかなか選べない優柔不断な私。どれも良さそうだなって思っちゃうんだもん!

そんな私に店員さんは、悩む人は自分の髪や瞳の色を選びますよ、と言ってくれた。なるほど! そうしよう! 私は素直なのである。

そんなわけで、淡いピンクとあい色の透き通った宝石を選び、小型ナイフを預けて本日は終了。ふー、なんとか決まって良かったぁ!


その後、慌ただしくあれやこれやと準備を進め、儀式の時に言うらしい文言を覚え、衣装を合わせ……あっという間に時が過ぎて、ついに成人の儀の当日を迎えた。

朝早くから例の教会に向かい、そこで衣装を身に着ける。衣装といっても、普段着の上から深い青紫色のローブを羽織るだけって感じなんだけどね。そのローブがお洒落しゃれで、なんだかカッコいいのだ。

フード周りやそで、襟、すそには金糸で複雑な文様が刺繍ししゅうされている他は特に装飾のないシンプルな作りになっていて、それがまた大人っぽい。まぁ、大人になる儀式なんだから当然のデザインなのだろうけど。

ちなみにこの刺繍は一着ずつ手作業なのだとか。この時の衣装だけは魔術に頼らないんだって。……短時間で仕上げたの、すごすぎない!? もうランちゃんに足を向けて寝られませんね、これは。

「お、いいじゃねぇか。メグ、似合ってんぞ」

「お父さん! わわ、神父さんみたい!」

「言うな、気にしないようにしてんだから」

いつもはスーツに身を包んでいるから、違う服装ってところがもうすでに新鮮なんだけど、それがまた神父さんのような服だったから違和感がすごい。思わず噴き出して笑っちゃった。似合わないわけじゃないよ? ただ違和感がありすぎるだけで。

「まさかまたこれを着ることになるとはなぁ……」

「前にも着たことがあるの?」

「おう、レキの時だな」

あ、そっか。レキはオルトゥスに来てから成人したんだっけ。仲間になった時はギリギリ子どもだったんだよね、確か。じゃあ私とレキはお父さん立ち会いで成人した仲間ってことか。ふふっ。

「だが、娘の成人に立ち会えるのは嬉しい限りだ」

「うむ、その通りであるぞ! ユージン!」

「父様!」

お父さんと二人で話していると、背後から父様が現れた。お父さんと同じ衣装を身に着けているんだけど、こちらは普段から似たような服装だからかあまり違和感はない。

そう、本当は成人の儀で保護者として立つのは一人だけなんだけど……今回ばかりは私のワガママを通してもらった。……出来ることなら、結婚式に来てもらいたかった二人だから。

ギャーギャーといつも通り言い合う二人の前に一歩出る。まだ控室にいる今しか聞けないことを聞かないといけない。今、この場には私たち三人だけしかいないからね。

「お父さん、父様。聞きたいことがあるんだ」

ちょっとだけ声が震えたかもしれない。それに気付かない二人ではないだろうから、取りつくろわずにこのまま続ける。

「二人は……自分の寿命があと何日か、感じているんだよね?」

数秒だけ二人が黙り込んだ。もはや、それが答えだ。

「……メグは知っているのか」

お父さんに静かにそう問われ、小さく頷いた。それを見て、そうかとだけ答えるとお父さんは再び黙り込む。その間に、私がさらに話を続けた。

「オルトゥスのみんながね、私が成人した後は結婚式を挙げてくれるって言っていたでしょ? でも、それには……間に合わない。そうだよね?」

「……ああ。そうであるな」

今度は父様が、あまり間を置かずに重苦しく答えてくれた。こういうところで嘘を吐いたり誤魔化ごまかしたりしないでくれるのが、二人の優しさだ。

「あのね、答えはわかってるんだ。わかってるんだけど、二人の口からハッキリと答えが聞きたいの」

まずは、ちゃんと前置きをする。この質問は、ただ私が迷わないでいられるようにっていう自分勝手な質問で……本当は、二人に聞くようなことじゃないのもわかっているんだ。ワガママな娘でごめんね。酷いことを聞いてごめんね。でも、どうか背中を押してください。

「二人は……もしまだ生きられるのなら、何が何でも生きたいって思う?」

私が神になれば、あるいは身体を譲れば、二人を延命させることが出来る。その誘いは正直、とても魅力的だった。

二人には死んでほしくない。これは私だけの願いではないはず。オルトゥスにとっても魔王城にとっても、二人の存在はとても大きいから。今や魔大陸全土で、必要な存在なのだ。私よりも、ずっと。

二人を知るほとんどの人が、死なないでほしいと願っているよね。延命出来るのなら何を犠牲にしても、って思う人はたくさんいると思うのだ。その手段があるのに、私はそれをせず自分のために生きようとしている。生きたいと思ってしまっている。

罪深く感じるけれど、二人の寿命をいじることの方が罪深いとも思う。どちらを選んでも、このままでは後悔してしまいそうなのだ。

だから迷う。私の中のみにくい感情が、人に答えを求めている。自分で決められないからって。

二人が生きたいと願ったら、神になってもいいかもしれないって思う自分もいるから。それが魔大陸にとって良くない未来を招くとわかっていても、二人に生きていてほしいと願ってしまうんだよ。

でも、今の私はギルさんとともに生きたいという気持ちが強い。それに二人が延命を望んでいないのもわかっていた。

背中を押してほしい。許してほしい。後からこの身体を乗っ取ることになった私に、この先も生きることを。

お父さんと父様は一度互いに顔を見合わせた。それから小さくため息を吐き、肩をすくめている。

先に口を開いたのは、お父さんだった。

「その質問をするってことは、だ。手段があるんだな?」

「そしてその手段を選べば、メグの不幸に繋がるのであろうな」

驚いてバッと顔を上げる。二人は困ったように微笑みながら私を見ていた。

ああ、そうか。つつ抜けなんだな。察しの良すぎる二人の相手が、すぐに顔に出る私なんだから当然ではある。それでも、何も伝えられない今の状況でそこまで気付けるなんてさすが父親たちって感じだよ。

「なら、答えは決まりきってる」

「当然であるな!」

二人はいつの間にか笑っていた。悪友同士でニヤッと。

「「答えは、ノー!」」

息もピッタリである。あまりにも楽しそうにするから、ぽかんとしてしまった。

「俺たちは十分生きたからな。可愛い娘にも会えたし、思い残すことは……まぁ、あるが。ギルのヤツをとっちめてやりたかった」

「完全な同意であるぞ……あの男、メグを泣かせたら霊魂だけになってでも呪ってやろうぞ……」

怖い怖い! そんなところまで息を合わせなくていいよっ! けど、おかげでどんよりとした気持ちが晴れていくのがわかる。二人の気遣いが、痛いほど伝わって来た。

「そうか、メグ。だから今日は我とユージンの二人にやってほしいと言ったのだな」

「泣かせるじゃねぇか。……ありがとうな」

鼻の奥がツンとしてきたところへ、二人がしんみりとそんなことを言うものだからもう我慢出来ずにポロポロ涙を流してしまった。

ああ、もう。これから成人の儀が始まるっていうのに。案の定、父様が慌ててタオルを出してくれた。私だって持っているのに過保護だなぁ、もう。

「お前とギルの結婚式になんか出たら、ムカつきすぎて絶対邪魔することになるから、いいんだよ」

「我も間違いなく雷を落とす……ああ、メグ。今日、ここで晴れ姿を見られるのだから、我らはもう何も思い残すことはないのだ。だから」

ああ、目の前にいる二人はこんなにも元気なのに。あと数日でこの世を去ってしまうだなんて、とても思えない。

「この先もずっと、幸せな日々を送れ。それが一番の望みであるぞ」

「だな。俺らみたいに、寿命でその人生を閉じるまで楽しく生きろ」

やだなぁ、まったく。私の寿命がどれほど長いと思っているの。でも、それが二人の意思だというのなら。

送ってやろうと思う。幸せな人生を。

私は拳をギュッと握りしめながら、二人に笑顔を向けた。