「絶対防御を魔石に込めたわ。発動にいくつかの条件が必要になってしまうけれど……その分、防御の効果は同等になるように調整したから。実はね、オルトゥスの力も借りたのよ? 貴女のお父さんに」

頭領ドンに……?」

ピピィさんがふわりと笑って言った言葉にギルさんが反応した。そうだよね、私もビックリ。だって、今のお父さんは遠出をすることがほとんどないんだもん。ほぼオルトゥス内で仕事をしているのだ。その……寿命が近付いているから。無理はさせないように、ってサウラさんを筆頭に見張っているような感じで。お父さんは苦笑しながらも大人しくそれを受け入れている状態。だから、いつの間にそんな協力をしていたのかって。

「ふふ、力を借りたと言っても通信魔道具で助言をもらったり、人を紹介してもらったりしただけよ。ユージンに無茶なことはさせていないわ」

「そ、そっか。お父さんは顔が広いもんね」

そんな私たちの心配を察したのだろう、ピピィさんはすぐに説明を付け足してくれた。それなら納得。魔石に魔法を込めるだけならハイエルフの人たちにも出来るけど、発動条件を整えたり、力の調整なんかは専門的な知識が必要なんだもんね。私もよくは知らないんだけど。

「私の力を十分に発揮するには、どうしてもこの大きさと透明度が必要だったのよ。両手で持たなきゃいけないくらいだけど、収納魔道具があれば平気かなって思って」

「それはもちろん平気ですけど……こんなに無色透明な魔石、一体どこで……」

オルトゥスでさえ見たことないってすごいと思うんだよね。ギルさんも初めて見たような反応だし。アニュラスの人なら何か知っているかな? だけど、ピピィさんは人差し指を唇の前に立ててふふっ、と微笑んだ。あーなるほど、内緒ですね! まぁ、あれほどの魔石の出所なんて知られたら色んな人が狙うだろうし、当たり前ではある。

小さく頷くことで返事をすると、ピピィさんが魔石を私に手渡しながら目を伏せた。

「だから安心して。まずは成人の儀をしてきなさい、メグちゃん。こんな時だけれど、ううん。こんな時だからこそ、お祝いごとはしっかりするべきだわ。ね?」

こんな時だからこそ……。そっか。もしかしたら、今を逃せば私の成人のお祝いはもう二度と出来なくなるかもしれない。そういうことなのだろう。それどころか、私自身がもう二度とこの世に出てくることが出来ない可能性がある。そんな未来は嫌だ。絶対に。嫌だ、けど。

この身体をハイエルフ始祖に受け渡せば、それでこの悲しい魔王の運命を断ち切ることが出来るって考えがどうしても浮かんでくる。お父さんやリヒトのように、急に異世界に飛ばされる人もいなくなるし、魔王が魔力暴走で苦しむこともなくなる。魔物の暴走によって戦争が起こることもない。全てが丸く収まって、平和になるんだ。

そもそも、後から来てこの身体を奪ったのは私の方。本来、私の魂はこの世界に来る予定なんかじゃなかったのだから。とっくに私は死んでいて、どこかで生まれ変わっていたのかもしれない。マキちゃんみたいに、全てを忘れてこの世界に転生していた可能性だってある。せっかく全てが終わるところだったのに、私という存在がいるせいで負の連鎖が続いてしまうんだ。

それがわかっているのに、私はこのままのうのうと幸せに生きていくことが許されるのだろうか。

『神になれば、地上の生き物の寿命を延ばすことも容易たやすい』

私の葛藤かっとうを聞いていたのだろう、脳に直接響くあの声が私を誘惑した。神になれば、お父さんや父様が死ななくて、済む……?

「っ、聞くんじゃない! バカ娘!!

焦ったようなシェルさんの声が聞こえてきた。えっ、シェルさん? そんな声も出せるんだ……? シェルさんがあんなにも慌てているのに、私はそんな呑気のんきなことを考えていた。

次の瞬間、私の目の前にいたのは別の人物で……あまりにも自然に移り変わった光景に思わずきょとんとしてしまう。

「君に術をかけているのは、別の者だよ。メグにもわかるよね?」

目の前にいる人物、レイは唐突にそんなことを言う。前振りも何もなく、まるでついさっきまで普通に会話をしていたみたいに。だけど、なぜか私もそれを不思議には思わなくて、当たり前のように頷きながら返事をした。

「わかります。……でも私、あの声は意思を持った魔力のことだってずっと思ってました」

私が答えると、レイはあははと明るく笑う。

「逆だよ。彼が意思を持っているから、魔力が反応して暴走するんだ。君が魔王の威圧を放った、あの幼い頃からずっと、僕らは君の中にい続けたんだよ」

そんな気はしていたけど、改めて言われると微妙な心境になるなぁ。それってつまり、私のことをずっと見てたってことでしょ? 成功も失敗も、楽しかったことも辛かったことも、恥ずかしかったことまで全部。でもまぁ、神様が相手じゃ知られていても仕方ないかな、なんて諦めにも近い感情を抱く。

「今の僕らは無力だ。でも、彼はその強い意思の力でもって今も野望を果たそうとしている。僕はね、それを止めるために呪いを利用しているんだよ」

呪い……? あ、さっきシェルさんが言っていたことだ。他種族との間の子には魂が宿らないっていう。呪いなんて酷いと思ったけど、そのおかげでこれまでのハイエルフたちは神となる器を作らずに済んでいたってことだもんね。

私が顔を上げると、レイはただ黙って曖昧あいまいに笑った。自分から教える気はないのかな。それならば。私はずっと思っていたことを、確信を持って口にした。

「その彼というのは……ハイエルフ始祖のこと、ですよね?」

「……うん、そう。彼の名前はテレストクリフ。名を知るのは大事だよ。元神を相手に、ほんの一瞬だけでも動きを止めることが出来るから。さて、いいかい? 君が今後、意識を手放した時はいつも彼がその身体を自由に操るようになるだろう」

テレストクリフ。それが始まりのハイエルフの名前。そして、私とこの身体の争奪戦をする相手の名前か。しっかり覚えておかなきゃ。きっと切り札になる。

「魔王の身体もね、元々はみんな一般的な魔力量しかなかった。でも僕らが次代魔王の身体に移り、徐々に目覚めていくことで最終的に三人分の魔力を抱えることになる。これが、魔王の魔力が増加してしまう仕組み」

「さ、三人分……!?

そりゃあ抱えきれなくなるはずだよ! パンクするはずだよ! それも、神様の魔力でしょ? 膨大×膨大じゃん! 他の人はともかく、よく耐えていたよね、私の貧弱な身体がっ。

「だけど不思議なことに、メグの身体に来た時はなぜか僕だけが先に目覚めたんだよ。君が前に魔力暴走しかけたのは、単純に未熟な身体で制御しきれなかったから。もちろん、彼も目覚め始めていたからその影響もあったけどね」

まさかそこで勇者と魂を分け合うなんて思わなかったよ、とレイは困ったように肩をすくめている。

そうだったんだ……確かに、前回と今では魔力暴走の感じ方が少しだけ違う。っていうか、三人分なんて絶対におさえ切れないよ。

「彼はそれを全て制御出来る。メグには出来ないことだよね? わかってる。でもね、メグ。必ず勝って。身体を彼に渡したらダメだ。メグが神になりたいと言うなら止めないけど、彼にゆずることだけはしちゃダメ」

「そ、それは、なぜ……? 全てが丸く収まるんじゃ……」

急に、レイはギュッと私の両肩を摑む。さっきまで明るく笑っていたのが嘘のように真剣な眼差しで。ちょっとだけ肩が痛い。

「それは──」

『この身体は、私の物だ……!!

レイの言葉と重なるように聞こえたのは、あの声。テレストクリフの声だ。レイの声がき消えてしまうほど、脳内に直接響いてくる。

「クリフ! どうしてわからないの!?

激しい頭痛に目を閉じたのとほぼ同時に、レイの悲痛な叫びがかすかに聞こえてきた。