3 意図的だった奇跡の出生

書庫から外に出ると、すぐにギルさんに抱きすくめられる。あまりにも勢いがあったから、驚いて目を丸くしてしまったよ。っていうか、私ってば今すごく汗だくなんですけどっ! ちょ、離れてギルさんーっ! 汗臭いとか思われたら生きていけないーっ!

「だ、大丈夫だからっ! ね? ほら、落ち着いてギルさん!」

「……そのよう、だが。何もなかったのか?」

「あー……」

「あったんだな!?

ガシッと両肩を摑まれて顔を覗き込んでくるギルさんにもどかしい気持ちになる。ぐぬぬぬぅっ!

「あ、ったけど、言えないんだよぉっ!」

半泣きになりながらそう伝えると、ギルさんもようやく察してくれたらしい。悪かった、と言いながらそっと背中をさすってくれた。ぐすん、ごめんね。私、成人したっていうのにまだまだ子どもみたいだ。情けない……。

「言わなくていい。大体わかる」

「! シェル、さん!?

その時、背後から聞き覚えのある冷たい声が聞こえて慌てて振り返った。ギルさんが舌打ちしたのが聞こえる。この距離ならシェルさんもそれを拾っただろう。ヒヤヒヤする……!

っていうか、今もなおギルさんに抱き締められているので、それを見られるのはなんとも言えない気持ちだ。ギルさんはもちろん、シェルさんだって微塵みじんも気にしていなさそうだけど。元日本人の感覚ぅ……。

「こいつが戻って来たちょうどその時、メグのいる方向から魔力漏れが」

「そ、そうだったんだ……」

ギルさんが嫌そうに状況を説明してくれた。つまり、書庫から出た時にはすでにいたってことか。き、気付かなかった……! それも含めて孫的にはすごく恥ずかしいけど気にしたら負けだ。くっ、顔が熱くなっちゃう。

そ、それよりも。さっきシェルさんが言っていたことの方が気になる。話題を変えなきゃ。

「シェルさん、大体わかるってどういうことですか?」

「……ふん。忘れたのか。私の能力を」

シェルさんの能力、というと、人の考えていることが聞こえてしまうっていう力だよね。昔は勝手に流れ込んできて大変だったってシェルさんのお姉さんであるマーラさんから聞いたっけ。でも、そのマーラさんのおかげでシェルさんも力を自由にコントロール出来るようになったのだとか。

でも、結構いつも私の考えを読んでいるよね……? いまだに警戒されているのかな、と思うと複雑だけど、それも仕方ないのかな。現に、今はそうして読んでくれることが助けになっているわけだし。

「やっぱり、私の中の声も聞こえるんですね? あの時も、声を拾ったんでしょう? 私でさえ気付いていなかった声を」

やっぱり、と内心で納得する。悪い子メグになってストレス解消しに来た時、シェルさんはすでに夢の中の青年レイの存在を感知してその声を拾っていたのだろう。私がこの人に頼ろうと思ったのも、その可能性が高いと思ったからだもんね。レイが頼れ、って言ったのもシェルさんのことだったんだと思う。

シェルさんはその時からレイの存在に気付いていた。……言ってくれれば良かったのに、と思わなくもないけど、当時言われていたとしてもいっぱいいっぱいだったし、なんのことか理解も及ばなかったよね。結果として黙っていたのは英断だ。複雑だけど。

「全てではない。だが、察しはつく」

シェルさんは腕を組んで一度目を伏せた後、目を開いて私を真っ直ぐ見つめた。

目が、合った。えっ、シェルさんと目が合った!? 珍しい。いつもそっぽを向かれるか、こちらを見ても微妙に目が合わないのに。綺麗な淡い水色の瞳はやっぱり冷たく見えたけれど……どこまでも真剣だった。

「来い。私が新たに知り得た情報とともに対策を教えてやる」

その内容がすごく重要なのだということは簡単に察しがついた。ハイエルフの族長が知る情報。それは恐らくハイエルフ始祖やエルフ始祖についての話、だよね。

き、緊張する。こんな状況だというのに、ちょっとワクワクする気持ちもあるのだ。だって、神話の真実を聞かされるかもしれないのってロマンじゃない? あ、睨まれた。すみません。真面目なんです、これでも。それにしても……。

「し、親切です、ね……?」

「ふん、世界が壊されては迷惑なだけだ」

つい口に出してしまった。シェルさんの眉間のシワが深い。でもちゃんと答えてくれた。

っていうか、そのたった一言が実に重い。世界が壊されるって。思わずギルさんを見上げちゃったよ。ギルさんも難しい顔になっている。

「もう。素直じゃないんだから、シェルったら。さ、二人とも私たちの小屋にいらっしゃい。お茶もれるわね」

重苦しい空気が漂い始めた頃、ピピィさんが明るい声でそう言ってくれた。ふぅ、さすがはピピィさんだ。彼女がいなかったら重苦しい空気だけが続いて息が詰まっていたかもしれない。

すでにスタスタと先に行ってしまったシェルさんを追うように、ピピィさんが小走りで向かう。その後を追うように、私はギルさんと一緒に歩いた。

シェルさんとピピィさんの小屋は、程よい広さだ。物があまり置いてないので、パッと見た感じ殺風景に見えるけど、基本的に木造なので温かみを感じる心地い空間となっている。

そんな中、小さなダイニングテーブルにハーブティーの湯気が立ち上る。元々二人で使うためのテーブルなので、座っているのはシェルさんと私の二人。ピピィさんとギルさんは少し離れた位置に椅子を出して座っていた。

「魔王の暴走理由を知っているな? 魔力が増えすぎて、と言われているが。そもそもなぜ、急に魔力が増えるのか、考えたことは?」

シェルさんは前置きなど一切なく、最初から本題を切り出した。

なぜ魔力が増えるのか、か。そう言われると、考えたことはなかったかも。魔王になったら自然と魔力が増える仕組みなのかと勝手に思い込んでいたから。たぶん父様も、これまでの魔王もそういうものだと思っていたんじゃないかな。

そう考えていると、シェルさんはわかりやすくため息を吐いた。や、やめて! 深く考えなかったことを馬鹿にするのはっ! 反省はしてるからっ!

「そこからか、と思っただけだ」

「そ、それでもため息は傷つくのでやめてくださいよぅ……」

私の考えを読んで、シェルさんが眉根を寄せながらそう言う。私がめげずに反論すると、再びため息を吐きそうなムーブをした。けど、堪えてくれたらしい。お、おぉ……一応、こちらの意思を尊重してくれている。シェルさんってやっぱり優しい人だなぁ。あ、ちょっとめただけで嫌そうな顔しないで!

シェルさんはため息の代わりに一度小さく深呼吸をすると、順に話をしていくので疑問に思ったとしてもとりあえず最後まで話を聞けと前置きをした。

は、はい。大人しく聞きます! 両膝に手を置き、姿勢を正して聞く体勢を整えると、シェルさんは静かに語り始めた。

「魔王の魔力暴走は元神と魔王による器の争奪戦にすぎない。どちらが身体の主導権を握るか、その奪い合いだ」

え、器の争奪戦……? 確か、レイもそんなことを言っていなかったっけ? あの時も何がなんだかわからないって思ったから覚えてる。

シェルさんの言った言葉から察するに、器というのは魔王の身体。つまり、今は私の身体のことだよね。つ、つまり、今は私が主導権を握っているけど、他の誰かがこの身体を乗っ取ろうとしているってこと? そしてそれが……元神? レイのこと、かな。でもそんな感じしなかったんだけどな。

『君は監視されているから。また、夢の中で。今はこれ以上を教えられない』

ふとレイの言葉を思い出す。そうだ、そう言ってた。ということは、身体の主導権を狙っているのはあの声の主だ……! た、たぶん!

「魂を分け、力を分散させられれば魔王の勝ち。そうでなければ元神の勝ちだ。過去、元神は何度か勝利している。だが、いくら身体を乗っ取っても神には戻れなかったようだが」

えっ、負けた魔王もいたの!? 驚いて目を丸くしていると、シェルさんは少しだけ眉根を寄せた。魔王の記録を見れば、戦争後に性格が変わった者が数名いたのがわかるはずだと言う。

そ、そうだったっけ? そうだったかも……? うっ、しっかり読み込んでないのがバレる! 魔王の知識については後回しにしちゃっていたからなぁ。まさかここで繋がってくるとは。はい、言い訳です。勉強不足でごめんなさい。

「だが、器の争奪戦は終わらない。元神が神に戻るのをあきらめないからだ。なぜ、同じ失敗を繰り返すのかは謎のままだが……推測は出来る」

シェルさんはそこで言葉を切ると、鋭い眼差しで私を見た。私、というよりも私の中を見ている感じだ。ギルさんが僅かに身構えてしまうほど、その目には僅かな敵意が込められているのがわかる。敵意というか、警戒かな?

「お前の中の存在が、元神の思惑を邪魔しているのだろう。これまでの魔王の時も、その者が邪魔をし続けていた」

心の中で、レイがふんわり微笑みながら頷いた気がした。そう、なんだ? じゃあレイはやっぱり魔王を、そして私を助けてくれる存在なんだね。初代魔王で、その辛さを知っているからかもしれないな。

そうか、つまりレイが言っていた「彼」というのが身体を乗っ取ろうとしている元神で、声の主で、監視している者なんだ。

さすがに、声の主の正体がわかった気がする。きっと「彼」というのは……。

「まさか、お前の中にエルフ始祖までいるとはな。つまり、魔王の暴走というのは人になりたかったエルフ始祖と、神に戻りたいハイエルフ始祖の戦争。遥か遠い昔、この世界に生物が生まれたその時から続く、気の遠くなるほどの長い年月をかけた戦争が今もなお続いているのだ」

共に地上に堕ちた二柱の神のうちの一柱ひとはしら。神に戻りたいと願い続けているハイエルフ始祖、それが膨大に増える魔王の魔力のもとであり、声の主だったんだ。私は無意識にギュッと自分の腕を抱き締めた。

その時、ふわりと温かな湯気が上がる。と同時にハーブの良い香りが鼻腔びくうをくすぐった。どうやらピピィさんがお茶を淹れ直してくれたようだ。おかげでホッと出来たよ。

「シェルはね、なぜ元神のハイエルフ始祖がことごとく失敗しているのかずっと調べていたのよ。メグちゃんの中にいる存在が邪魔しているというだけで、こうも長い年月失敗し続けるのはなぜか。そして、シェルはなぜ器としてダメだったのかって」

「え?」

思わず疑問の声を漏らしてしまったけれど、そういえばシェルさんは以前、神に戻るという目的を持っていたんだっけ。つい記憶の彼方に追いやってしまっていたよ。

ハイエルフ始祖がなぜ神に戻りたがったのかを知るため、そしてその長年の野望を叶えてやりたいがための暴走だったというのは後から聞いた話だけれど……そうだとしても、色んな人から許されないことをしたのは事実として残っている。そっか。あれからその野望は諦めたけど、原因は調べていたんだね。

で。今ピピィさんはたぶん、シェルさんがいくら努力を続けても自分が神の器となることは叶わなかった、ってことを言ったんだよね。

っていうか、だからこそ魔王の血も引くハイエルフとして、素質のありそうな幼い私を使おうとしたんだったっけ。

「何かが足りていなかった、シェルはそう結論付けたわ。条件が足りないからこそ、ハイエルフ始祖は身体を乗っ取ることが出来ても神には戻れなかったのだと。そこで、メグちゃんの存在について不可解な点を調べさせてもらったわ」

「え、えっ!? 私について、ですか?」

「ごめんなさいね、勝手にコソコソと調べるようなことをして。でも、やっぱり不思議だと私でも思うのよ。なぜこうも都合よく、ハイエルフと魔王との間に子が生せたのかしら? エルフならまだしも、純血のハイエルフと他種族との間に子を生すなんて、長い歴史上記録にすらないのに」

奇跡という言葉で片付けてしまえば、そこまでなんだよね。私はずっと、その奇跡という言葉を鵜呑うのみにして考えることをしてこなかったけれど、思えば疑問しかない。可能性としてはあり得なくもないから、余計に深く考えてなかった。

ピピィさんは、ギルさんにもお茶の入ったカップを渡しながら説明を続ける。

「他種族との間に生まれた子は、魂を宿さない。それは恐らく事実で、それが恐ろしいから誰もおきてを破ろうとはしてこなかったの。つまり前例がなかったわ。元々出生率の少なすぎる種族で、他種族とだなんて本当に奇跡でも起きない限り無理よ。でも、メグちゃんは伝承通りに魂を持たない状態で生まれてきた。その時の貴女あなたを、私たちは見てはいないのだけれど」

そうだ。確か私の母様であるイェンナさんはハイエルフの郷で私をこっそり産んだって聞いた。マーラさんが協力してくれて、誰にも存在を気付かれないように三十年近く私を育ててくれたんだっけ。

当時、ピピィさんをはじめとする郷の人たちはシェルさんによって意識を操作されていたから知らないんだよね。ピピィさんがちょっと非難のこもった目でシェルさんを睨んでいるのはそのためである。シェルさんはチラッともピピィさんを見ないけど。

「話を少し戻すわね? 元神が神に戻るための条件はなんだったのか。そこで目を付けたのが魔王の暴走だったの。シェルはその能力によって、代々魔王の身体の中に別の声があることに気付いていたのよ。神に戻りたいと渇望する声と、それはダメだと阻止するか細い声。それを思い出して、ハイエルフ始祖はもう随分前からハイエルフではなく魔王の身体を使おうとしているのだとシェルは考えた」

ハイエルフが元神にまで見捨てられた種族なのだと認めたくなかったと思うわ、とピピィさんは言う。当のシェルさんは、ピピィさんが説明をし始めてから変わらず難しい顔で黙り込んだままだ。ただ、否定をしないということはその通りなのだろう。

だからこそ、ムキになってあの事件を起こしたのかな。ハイエルフこそが神に戻るんだって。でも自分では無理だから、たとえ混血でもハイエルフである私の身体を使おうと……?

なんだか、ちょっと切なくなっちゃうな。もちろん、あの行為を肯定なんて出来ないけど。

「でも、結局は代々魔王でさえ神に戻ることは叶っていないわよね? 身体を乗っ取ることは出来ても神には戻れていない。ハイエルフの身体はダメ、魔王の身体でもダメだった。もちろん、人間は身体が弱いからそもそもダメでしょうね。ハイエルフ始祖が、試したことがあるのかは……わからないけれど」

それはそうだよね。魔力も持たない、寿命も短い人間の身体が耐えられるとは思えない。試していないといいんだけど……。知らないところで悲劇があったなんて思いたくないもん。

「八方ふさがりだったと思うわ。そんな中、全ての条件を満たした身体が現れた。奇跡としか思えない状況で、ね」

……そこまで言われて、やっとピピィさんが何を言いたいのかがわかった。

ああ、どこかで聞いたな。奇跡は起きないから奇跡、だったっけ……? ドクン、と心臓が音を鳴らして、嫌な汗が流れる。

「お前は、意図的に作りだされた神の器だったのだ」

久しぶりにシェルさんが口を開いた。その言葉がグルグルと脳内で繰り返される。

「ハイエルフとは違う種族との間に生まれた子には、魂が宿らない。それは恐らくハイエルフ始祖が作った呪いだ。そして、それをハイエルフたちに伝えて決して破らぬようにと掟を作ったのが、邪魔をしている存在だったのだろう」

つまり、レイはその頃から必死で魔王となる者を、私たちを守ろうとしてくれていた……?

「ハイエルフが掟を遵守じゅんしゅし続けたからこそ、神の器が作られることはなかった。しかし、ついに掟を破る者が現れた。しかも相手は現魔王。願ってもないことだっただろう。……つまり、アレがお前を宿したのは奇跡などではない。ハイエルフ始祖がそのチャンスを逃さず、自らがいつかその身に宿るために生み出された身体だったのだ」

アレ、というのはイェンナさんのことだ。そして、生み出された器はこの、私の身体……。全てが繋がっていって、納得してしまう。

私の中にいるレイも、ただ黙ってこの話を聞いている気配がするのが余計にリアルだった。否定、しないんだね。

「本来、お前の中にはハイエルフ始祖の魂だけが入る予定だったのだろう。強大な力に耐え得るよう、身体が成長するまで待つつもりでな」

「だけど、私の魂が入ってしまった……?」

声がかすれている。だって、とても恐ろしくなってしまったんだもん。

それじゃあ、私は。私は……! やっぱり、邪魔な存在でしかなかった、ってことになる。完全なイレギュラーだ。この世界に来てはいけない魂だったんだ。

異世界の人間の魂が、な。だがしくもこれでお前という器は、あらゆる種族を網羅したことになる。神の土台となるハイエルフの身体、魔物をべることの出来る魔王の血、そして初代勇者と同郷である人間の魂」

初代勇者……。やっぱり、異世界の人間が召喚されていたんだね。あ、そっか。つまり、私のこの魂がなかったら結局のところまだ足りていない状態で、神に戻るという野望は失敗していた?

そのことに、うっかりホッとしてしまったけど……いやいや、安心なんて全然出来ない。だって私の存在こそが、野望が叶ってしまう最後のキーとなってしまった、ってことだもん。

「お前はもはや、いつでも神になれる状態にある。そしてそれは、長い戦いの末にハイエルフ始祖もついに神へと戻れる機会が訪れたということだ」

この世界に訪れた転機だ、これは。

意図したものではなかったとはいえ、私がこの世界に来てしまったことが、今になってこの世界に大きな影響を与えようとしているんだ。

「元神が……えと、ハイエルフ始祖が神に戻ったら、世界は丸く収まるの……?」

「……そうね。でもそうなったらメグちゃんは」

震える声で確認すると、ピピィさんが少しだけ迷うような素振りで答えた。

「器から、お前の魂が追い出されることはない。神であるために必要な物だからだ。永遠にその器の中でただ存在する。ハイエルフ始祖が許さない限りな。つまり、死ぬこともなければ生まれ変わることもない。……器の争奪戦に敗れれば、お前は未来永劫えいごう、その身体の中に捕らわれるだけの魂となるだろう」

え。それって……。つまり、二度と大好きな人たちに会えないということ……?

で、でも、私は幼い頃に幸せそうに笑う大人になった私を見た。だからきっと、きっと……? そこまで考えて、ヒヤリとした考えが過る。

あの時の私は、本当にだったのだろうか。

全てが上手くいき、この身体を支配したハイエルフ始祖だったら……? 私を安心させてくれたあの微笑みが、彼の勝ち誇った笑みだったとしたら?

ぐらりと視界が歪む。たぶん、身体も傾いたのだろう、ギルさんがしっかりと抱きとめてくれた。その手の力がいつもよりも強くて、ギルさんもまた不安に感じているのが伝わってくる。でも今はそんなギルさんのフォローをする余裕もない。私はただ、震える身体がくずれ落ちてしまわないよう、足に力を込めることしか出来なかった。

メグちゃん、とこちらをいたわるような優しい声でハッと意識を呼び戻された。ピピィさんがそっと私の頰に手を当てて、口元だけで微笑んでくれている。

「あのね。私たち、ずっと準備をしてきたのよ。貴女がいつか、我を忘れてしまった時のために」

私がハイエルフ始祖に意識を乗っ取られた時のため、か……。父様も、魂を分け合う前は何度も意識を乗っ取られていたんだよね。あれが、私の身にも訪れるということだ。それ自体はわかっていたことだけど、この話を聞いたあとだと余計に怖い。

だって、二度とが戻って来られなかったらどうしよう。私の意識は保たれたまま、この身体の奥に封印されてしまうのかな。これまで私の中で、ううん、歴代魔王の中で過ごしていたレイのように?

そうだ、レイ。彼はずっとそんなに寂しい思いをしてきたの? それはハイエルフ始祖も、だよね……。ずっとずっと、気の遠くなるような時間を、色んな人たちの身体の中で、誰にも認識されることなく。たった一つの願いだけを抱え続けながら。

ギュッと拳を握りしめる。弱気になっちゃダメだ。同情も命取りになる。それこそ、身体を明け渡す助けになってしまうだろうから。

私は顔を上げてピピィさんに質問をした。相変わらず声が掠れていたけれど、ちゃんと声は出る。よし。

「ピピィさん、その準備というのは?」

ピピィさんはそんな私を見て少しだけホッとしたように息を吐いた。心配させているんだな。申し訳ない気持ちはもちろんあるけど、やっぱりありがたい気持ちが大きい。

「ええ。私の特殊体質は絶対防御。だからね、メグちゃんが意識を手放している間は、私の結界が貴女を包み込むわ。閉じ込めてしまう形になるけれど……」

この身体をハイエルフ始祖が乗っ取っている間は、私を閉じ込めてくれるってこと? それって。

「貴方が知らない間に、周囲に被害を出してしまわないように。魔物たちを使役してしまわないように、ね」

「っ!」

わかってくれている。私が何に一番傷つくのかを。それを阻止しようとしてくれているんだ……! じわりと涙で視界がにじむ。

「ごめんなさいね。本当は、貴女の魂がハイエルフ始祖の魂に打ち勝つ、そのお手伝いを近くでしたかったわ。でも、私もシェルも全盛期ほどの力がない。だから足手纏あしでまといになってしまうと思ったの。しかも、元神様を相手に私の絶対防御がどこまで通用するのかもわからないわ。だから私たちに出来るお手伝いはこれだけなの。無力よね……」

私は滲み出した涙を飛ばすように顔をブンブンと横に振る。きっとたくさん考えてくれたんだ。その上で、自分に出来る精一杯をしてくれている。そうだ、そうだよ。私だって自分に出来る精一杯をしていくしかない。ピピィさんに応えるためにも、私が諦めるわけにはいかないよね。

ピピィさんは一度奥の部屋へと向かうと、大きな石を持って再び戻ってきた。あれは、魔石ませき? すごく大きい。バスケットボールくらいかな? それに、向こう側がハッキリと見えてしまうくらいに無色透明だ。あんな魔石は見たことがない。隣を見ると、ギルさんも驚いたように目を丸くしている。