2 夢の中の青年

そうなるとまず、サウラさんのところに戻って休暇申請を取らなきゃだね! 休暇、でいいのかな。まぁそこは要相談かな。何日かかるかはわからないし。

あれこれ考えながら医務室を出て再びギルド内を歩いていると、ギルさんが不意に告げた。

「俺も行く」

その言葉にピタリと足を止め、ギルさんを見上げる。その目は、断られてもついて行くと言っているように見えた。目は口ほどにものを言うとはこのことである。

「うん。来てほしい。やっぱり一人は心細いもん」

もちろん、私も来てもらいたいって思ってたよ。けど、ギルさんにも仕事があるからどうかなって遠慮しちゃってた。

ま、その遠慮がギルさんにとっては不機嫌になる要素なのだろうけど。素直に甘えて、頼られた方がギルさんは嬉しいもんね? 私だってそうだ。

私の答えにギルさんが安心したように微笑むので、私も一緒になって微笑む。番が大変な時に置いて行かれるのはむしろ不安になるって知ってるんだ。大丈夫。一人にはしないからね、ギルさん。


サウラさんからの許可はあっという間に下りた。というか、今朝の問題が解決するならいくらでも時間とお金を使っていいとまで言われてしまったよ。さ、さすがにそれは。

「帰ってきたらすぐに成人の儀を行えるように準備しておくから! だから安心して行ってきてちょうだい?」

「ふふっ。ありがとうございます、サウラさん。でも、帰ってくるのが明日だったらどうするんです?」

「明日だったとしても間に合わせるわよ、当然でしょ?」

あっ、これは本気のヤツだ。この人はやる。やると言ったらやる人だ。思わず笑顔が引きつった。

さすがにハードワークをさせるわけにはいかないので、長引くようなら連絡すると約束しました。明日だったとしても急がなくていいです、とも。ふぅ、本当にうかうかと冗談も言えないよ……! 出来ちゃうスペックがあるからいけないんだよね。有能すぎるのも困りものだ。

「気を付けて行ってきてね、メグちゃん。あ、そうだ、ギル」

「なんだ」

最後に、サウラさんはハッと思い出したようにギルさんを呼び止める。なんだろう?

「メグちゃんが成人したからって、好き勝手に手を出しちゃダメよ?」

「さっ、サウラさんっ!?

出かける直前に言う言葉がそれぇっ!? 私の方が過剰かじょうに反応しちゃったよ! たぶん、今の私は顔が真っ赤になっていると思う。もうっ、サウラさんは本当にっ! もうっ!

「さぁ? 約束は出来ないな」

「ギルさんっ!!

一方でギルさんも面白そうにニヤリと笑ってそんなふうに答えるものだから、さらに耳まで熱くなる。二人して私をからかってません? なんか、大人になろうがなるまいが、結局からかわれる運命にあるんじゃないか、私?

「もうっ、いってきますっ!!

「はぁい、いってらっしゃい。気を付けてねっ!」

サウラさんは、たぶん私の緊張や不安をほぐすために冗談を言ったのだろうけど、いくらなんでも恥ずかしすぎる……! 冗談は選んでほしかったよ! この後、どんな顔でギルさんを見ればいいの? ぐぬぬ。

結局、場の雰囲気に居た堪れなくなった私はギルさんを振り返ることなく足早にオルトゥスを出た。

「メグ」

自然と足音も大きくなり、ズンズンと真っ直ぐ突き進んでしまう。顔も上げられなくて視線はやや斜め下。後ろからギルさんに呼ばれたけど、今の私はちょっとねてるんだからね。知らんふりである。

「そんなに恥ずかしがるとは思わなかったんだ。からかって悪かった」

だけど、ここまで素直に謝罪されたら聞かないわけにはいかない。私はピタリと足を止めてにらむようにギルさんを見上げた。

「……意地悪」

「すまない」

頰をふくらませてポツリと言うと、ギルさんは困ったように微笑みながらまた謝罪の言葉を口にした。続けて許してもらえないか? と少しだけ寂しそうに言われたら、もう許すしかなくなってしまう。ずるい。ちょっと悔しい気持ちもあるので、私も少しだけ意地悪を言うことにした。

「……好き勝手に、手を出すんですか?」

まだ熱い顔に気付かないフリをしてそう言うと、ギルさんは軽く目を見開いた後、やっぱり困ったように眉尻を下げて答える。

「メグから許しをもらうまで、何もしない。だから安心しろ」

それはそれで、許したくなった時になんて切り出せばいいのかわからなくなりそうだ。私っていうのはそういうヤツなのだから。面倒な女ですみません。

「……ああ、わかった。俺も時々、確認することにしよう」

そんな私の心情を察したのか、私の顔に出ていたのか。ギルさんはあごに手を当ててそんな提案をしてきた。

「か、確認」

「ああ」

結局、私はこの人に敵わないのだ。

今は、ダメなんだろう?」

私の髪を耳に掛けながら、ギルさんが問う。熱っぽくも感じるその黒い瞳から目が逸らせなかったけど、雰囲気に流されてしまわないように必死で答えた。

「だ、ダメ、です……!」

「残念。わかった」

ギルさんと思いが通じ合って数年が経つというのに、いつまでたっても心臓が飛び出そうだよ……! 大人になって、関係が変わるかもしれないっていうのもあると思うけど。あと、ギルさんがカッコよすぎるのがいけないんだと思います。

さりげなく差し伸べてくれた手を取ると、フワリと微笑んでギルさんは歩き始めた。はぁ、カッコいい。私も大概たいがい、ちょろいヤツである。

「それで、どこへ向かうんだ」

「ハイエルフの郷だよ。たぶん、シェルさんは気付いているから」

シェルさんの名前を出すと、ギルさんは露骨に嫌そうに顔を歪めた。わかりやすい……。今のギルさんなら、シェルさんにも負けないと思うんだけどな。なんていったって、お父さんおすみ付きのオルトゥス最強なんだもん。まぁ、戦いに行くわけじゃないんだけども。

「なぜ、アイツが気付いていると思うんだ」

「前にハイエルフの郷でストレス発散したって言ったでしょ? あの時にね……」

もっともな疑問に、私は昔のことを思い出しながら伝えた。魔力をぶっ放すストレス発散に付き合ってもらったあの日。去り際に残した意味深な言葉。

私の中の意思を持った存在にあの頃から気付いていたのだ。ただ、それを伝えることは出来ない。夢の中の青年について話すことになっちゃうからね。

「なぜ気付けるんだ……?」

「それは、たぶんシェルさんの特殊体質があるからだと思う」

「確か、考えていることがわかるんだったな。だが、それがどうして……?」

それはまず間違いなく、私の中にいる存在の言葉を拾ったからだろう。ただそれについてもギルさんに伝えることが出来ないので、私は口の前に指でバツを作って言えないことを伝えた。ああ、もどかしい。

でもそれだけで、察しの良いギルさんはハッとなって思案顔になった。もたらされたヒントを基に、色々と推測しているのだろう。さすがだね!

「シェルさんが言った言葉。たぶんあれは、今日みたいなことが起きたら相談に乗るって意味だったと思うの。違うかもしれないけど、ダメ元で聞いてみようかなって」

まだ考え込んでいる様子のギルさんを横目で見つつ、私は考えていることを話した。言える範囲で伝えられることは伝えておかないとね。何がヒントになるかわからないし。ギルさんのことは、とても頼りにしているのだ。

「それに、あの場所にある書物を調べてみたいと思っていたから」

また今度でいいや、って先延ばしにしてきたもんねぇ。いい加減に調べないと。あの場所には始まりのハイエルフについての書物もあったはずだから。前にも見たけれど、もう一度しっかり調べ直してみたいのだ。たぶんそこに、あの青年の正体に繋がる何かがある気がするから。

「俺に出来ることがあったら言ってくれ」

きっとギルさんはそう言ってくれるって思ってたよ。逆の立場でも同じことを言うからね。ただ、ちょっとだけどうしようか迷う気持ちもある。これは、ギルさんにとって辛いことだろうから。

ううん、言うべきだよね。いつ、何が起きてもおかしくないのだ。私の意思を伝えられる時に、しっかり伝えないと。

「……これはね、ギルさんにしか頼めないことなんだけど」

一度目を伏せてから、ギルさんを見つめた。ただならぬ雰囲気を感じてくれたのだろう、ギルさんも真剣な様子で私の言葉を待ってくれている。

ギルさんにしか頼めないこと。私は端的にそれを伝えた。

「それ、は」

「誰かに頼まなきゃいけないことで、辛い思いをさせてしまうのはわかってるの。自分でも酷いことを言ってるなって思うよ? でも」

残酷な頼みだよね。ギルさんも思っていた通り辛そうに眉根を寄せている。でも、わかってくれている部分もあるのだろう。頭ごなしに否定してこなかったことからもそれがわかった。

「これはやっぱり……ギルさんじゃないと、嫌だから」

おそらく、人生で最大のワガママだ。ギルさん以外に、これを頼むことは出来ない。他の誰にも頼みたくはないんだ。

「わかった。わかった、が……」

ギルさんは私の手を優しく引いて、抱き寄せてくれた。不安な気持ちがすごく伝わってくる。そうだよね、ごめんね。不安にさせて。

「その未来が、来ないことを願う」

「うん、そうだね。それは私も願ってる」

私もギルさんの背に腕を回して抱き締め返す。ギルさんの体温や鼓動を感じていると、気持ちが落ち着くんだよね。これは幼い頃から変わらない。

いつまでもこうしていたいけど、そういうわけにもいかないね。しばしその温かさを堪能した後、パッと顔だけを上に向けてギルさんを見つめる。

「だけど、いつだって最悪の事態を想定するのが、オルトゥスのルールでしょ?」

ニッと笑って見せると、ギルさんもすぐにフッと力を抜いてくれた。

そう。私はオルトゥスのメグ。まだ魔王じゃないのだから、ただのメグなのだ。所属ギルドのルールに従うのは当然のことなのである。

「なら、これからは他の手を考える時間、か」

「そういうことっ! というわけで、ギルさん! 私をハイエルフの郷まで運んでください!」

「頼もしいな。わかった」

最悪の事態は回避してこそだ。まだその手を考えるのは早い。大きな影鷲かげわし姿に変化したギルさんに見惚みとれながら、私は改めて決意を固めた。


ギルさんの背に乗って飛ぶのにもずいぶん慣れた。初めて乗ったのは初デートの時だったよね。すっごくドキドキしたのを覚えてる。なんなら今もドキドキはしている。

フワフワでツヤツヤな羽毛はいつ触れても良いものだ。癒し効果抜群。レキの毛皮と同じ効果があるんじゃないかって思うよ。私限定で!

そうしてあっという間にハイエルフの郷付近の上空に辿たどり着いた時、入り口のゲートに人影があることに気付いた。え、誰? あんな場所に立っている人なんて滅多にいないのに。

だけど、その人物が誰なのかはすぐにわかった。見目うるわしいのと、魔力の質を探れば答えは簡単だ。

『このまま下りていいのか』

「うん、平気!」

少し戸惑ったようなギルさんの念話ねんわに返事をすると、ギルさんはゆっくりと下降し始める。いつもは勢いもそのままに着地するんだけど、そこに人がいればさすがに気を遣うのである。

着地後、すぐに人型に戻ったギルさんは私を抱えてそっと地面に下ろしてくれた。じ、自分でも着地は出来るんだけどな。相変わらずの過保護だ。と、とにかく今はそれは置いておいて!

「メグちゃん、いらっしゃい」

「ピピィさん! 珍しいですね? 外に出ているなんて!」

そう、人影は私の祖母にあたるフィルジュピピィさんでした! けど、郷に住んでいるハイエルフの人たちは基本的に郷から出てくることはないのでびっくりだ。本当に、一歩も出てくることがないんだよ? 上級ギルドシュトルのリーダーをしているマーラさんや、一緒に手伝いをしているハイエルフさんたちとは違って、あまり外に出たがらないのだ。

「ふふっ、なんとなく来る気がしたの。ただの勘なんだけれど、結構当たるのよ?」

いやいやっ! そういうこともあるだろうけど、それにしたってどんぴしゃなタイミング過ぎませんか? 驚きを隠せずぽかん、としていた私を見て、ピピィさんはクスクスと笑った。

「冗談よ。そろそろ来るんじゃないかって予想はしていたから、ここ最近は毎日メグちゃんの気配を探っていたの」

「そうだったんですね……それにしたって、なんでそんな予想を?」

さすがに今日ピタリと当てたってわけではなかったみたいだけど、来るかもしれないって予想すること自体が不思議だ。首を傾げてたずねてはみたけれど、ピピィさんはその質問には答えずニコリと笑った。

「番と来たのね?」

「は、はい」

話題と視線がギルさんの方に向いて、反射的に頰が熱くなる。いまだに慣れない私って。

「あらあら、照れなくてもいいのに。さぁ、一緒に郷の中にお入りなさい」

「え、でもいいんですか? 空気が乱れてしまうんじゃ」

「あら、長期滞在さえしなければ大丈夫よ。前もそうだったでしょ? 彼なら信用もしているもの」

てっきり、ギルさんは郷の外で待機することになると思っていたから嬉しい誤算である。正直、側にいてくれないのは不安だったから。甘ったれになっている自覚はある。

ピピィさんがギルさんに向かって微笑むと、ギルさんもわずかに頭を下げた。そのまま、ギルさんは私の近くへと歩み寄ってそっと背中に手を添えてくれる。温かな手のぬくもりにホッとした。

「ああ、それから。成人おめでとう、メグちゃん。今日から大人の仲間入りね」

「! あ、ありがとうございます、ピピィさん」

そうだ。忘れそうになるけれど、今日は私が成人した日。精霊たちが相変わらず交代でやってくるから、ピピィさんにもその様子は丸見えなんだったね。最初から嬉しそうにニコニコしているのはこれが原因の一つと言えるかもしれないな。緊張気味だったから、少し肩の力が抜けたかも。ありがたいな。

ピピィさんの後に続いて私はギルさんとともにハイエルフの郷に足を踏み入れた。その瞬間、私の周りに集まる精霊たちが一気に増えたのでちょっとまぶしさに目がやられたけど、ありがたく祝福は受け取るよ! ありがとう、ありがとうね、みんな。でもすこーしだけ落ち着いてもらえると助かるよっ!

やや困っている私を見て、私の契約精霊たちが寄ってきた精霊たちに必死で説明をし始めてくれた。ああ、ほっこりする。ショーちゃんたちもなかなかの過保護だよね。ご主人様! と呼びながら、いつまでたってもどこか私の保護者目線な気がするのは解せないけれども。

「シェルは今、散歩に出かけているみたいなの。夕方には戻ると思うけれど……」

郷の中を案内しながら、ピピィさんが教えてくれる。私がシェルさんに用があるというのをすでにわかっている口ぶりだ。敵いません。

「それなら先に書庫を見させてもらってもいいですか? その、調べたいことがあって」

「構わないわ。そうねぇ。じゃあギル、といったかしら。貴方にはその間、ここへ来た事情を詳しく聞かせてもらいたいわ」

「わかった」

ハイエルフの郷の書庫には一人ずつしか入れないからね。特殊な空間で、必要な書物しか調べられないようになっているのだ。逆に、調べたいことはすぐに書物を見付けられるので便利といえば便利である。

二人も書庫の近くの小屋で話をするというので、途中までは一緒に向かった。ギルさんが少しでも私の近くに居たいと言ってくれたから……。ピピィさんはそれはそうよね、と穏やかに微笑んでくれていたけど、身内に知られる恥ずかしさはやばいっ! 穴があれば入りたい気持ちです……!

さて、気を取り直して! 書庫に辿り着いた私は入り口で二人に手を振り、早速中へと一歩踏み出す。ここの精霊たちと会うのも久しぶりだな。成人のお祝いで一気に集まってきてくれたのがなんだかくすぐったい。

お祝いしてくれたことにまずお礼を言ってから調べたいことをイメージすると、すぐに精霊たちが書物を集めてきてくれた。始まりのハイエルフのこと、暴走する魔力について何かわかることがあれば、っていうちょっとあやふやなイメージだったのに見つかるのはすごい。

でも、さすがに数は少ないみたい。全部で四冊だ。それでもずっしりとした本もあるから読むのには時間がかかりそう。

「ありがとう。しばらく調べるのに集中させてもらうね」

精霊たちに声をかけると、空気を察してくれたのかすぐに私からスイッと離れてくれた。良い子たち! それでもこちらの様子をうかがっているのがまたかわいい。

よし、せっかく見守ってくれているんだもん。私も頑張らなきゃね! ドキドキする胸を押さえながら、私は本を手に取った。

「……! あっ、た」

パラパラと眺めていると、欲しかった情報が書かれている箇所を割とすぐに発見した。思っていた以上にすぐ見つかってよかったな。始まりのハイエルフについて、か。私は早速、その部分を集中して読み始めた。

それからどれほどの時間が経っただろう。かなり色んなことがわかった。

前に読んだ時はまるで神話みたいだって、そんなふうにしか思わなかった。でも今読んでみるとなんというか、色々と勘繰かんぐってしまう。

元々、神だった二柱ふたばしらは地上にち、始まりのハイエルフとなった。一人は再び神に戻ろうと必死で、もう一人は人の世で生きたいと望んだ。神に戻ろうとした方がハイエルフ始祖で、人の世で生きることを決めたのがエルフ始祖だ。そしてエルフ始祖こそが、初代魔王となったのである。

ここで調べられるのはここまでみたい。一応、四冊の本の全てにザッと目を通してみたけど、どれも同じようなことしか書いてないようだし。

でも、初代魔王かぁ。魔王と言えば、魔力暴走のことが思い浮かぶ。ちょうど今、それで悩んでいるところだからどうしても考えちゃうよね。

精霊さんたちに魔力暴走についてのイメージを伝えてみても、これ以上の本はないとのこと。うーむ。この場所で見つからないならどこの書庫を調べてもないよねぇ。

……初代魔王も、同じことで悩まされていたのかなぁ。気になるのはそこだ。魂を分ける勇者もその頃から存在したってことだよね。つまり、初代勇者? それはこの世界の人だったのかな、それとも。

そこまで考えた時、急にグラッと眩暈めまいがした。世界が回る、というか……気分が悪くなったわけじゃなくて、これは。

「……眠くなってき、た」

そうだ、急激に睡魔が襲ってきた時のような。頭がうまく回らない。目を閉じたら一瞬で眠ってしまいそう。すごく集中してたからかな、とも思ったけど、この眠気はさすがにおかしい。いくらなんでも偶然では片付けられないよ。いい加減、私にだってそのくらいはわかる。

誘われている、のかな? もしかして、あの夢の中の青年だろうか。

「伝えたいことがある、とか? ちょっと、都合が良すぎ、かなぁ……?」

ちょうどいい。私も聞きたいことがあるんだ。それに、この睡魔にはとてもあらがえそうにない。

魔力でごり押しの抵抗も出来ない感じがする。おそらく魔術なんだろうけど、私の実力では到底敵わないってわかるんだ。首元の魔術陣と同じで、誰にも解除することは出来ない。そう感じる。

それなら、私に出来るのは誘いに乗ることだけ。

「夢の中で、話してくれるの、でしょう……?」

身体が傾いていく。このままでは床に倒れ伏してしまうけれど、仕方ない。精霊さんたち、心配しないでね。私は少しの間、眠るだけだから。

椅子の上からも滑り落ちた私は床に倒れ、睡魔に身を任せるようにまぶたを閉じた。


すぐに夢の中だと気付いた私は、その場に立ち上がる。寝入った時と同じように、夢の中でも倒れていたみたいだったから。

辺りを見回すと、すぐに目的の人物が目に入った。最近よく夢で会う青年に、私の方から声をかける。

「……また、会いましたね」

青年はすでに私の方を見ていて、穏やかな微笑みを浮かべていた。ゆっくりとこちらに歩み寄ってくるので、警戒はしてしまう。

「そんなに身構えないで。自己紹介をしよう。僕の名前はレイフェルターヴ。レイって呼んでよ、メグ」

何もしない、とでも言うように青年レイは軽く両手を上げた。見た感じからいっても、悪意のようなものは感じられないので大丈夫だとは思う。というか、最初から彼が危険な人とは感じなかったのだけど……魔術陣のこともあるから、一応ね。

「わかりました。……単刀直入に聞きます。レイ、あなたは一番最初の……エルフ始祖なのでしょう?」

いきなり本題に入った私に、レイはクスクスと笑う。せっかちだなぁ、なんて言われてしまった。だ、だって。夢の中とはいえ、時間は経過していると思うから。あんまり遅くなるとギルさんが見に来ちゃう。そこで私が倒れていたら、また心配させちゃうもん。それは避けたい。

「君ならすぐにわかってくれると思っていたんだ。嬉しいなぁ。その通り、僕はエルフの始祖。君たちに元神と言われている存在で、初代魔王だ」

レイは、思っていた以上にあっさりと正体を告げてくれた。もっとこう、隠したりらしたりするのかな、って思っていたんだけど。

というか、聞かれたことならなんでも答えるって感じかも。逆に聞かれなきゃ答えなかったりして? それはそれで厄介やっかいだ。私はあまり察しの良い方ではないから。

「あの、何か目的があるんですか? 私に話せない術をかけたり、急に眠らせたり……」

「それは誤解だよ、メグ。僕は君に干渉しないよ。絶対に。だって、君を愛しているからね」

サラッと言われた愛の言葉につい話すのを止めてしまったけれど……なんというか、彼の言う愛はもっと大きなくくりのように聞こえた。実際、その通りだったのだろう。レイはニコニコと微笑みながら続きを口にする。

「僕は世界を愛しているんだ。この世界にすむもの全てを愛している。人も、動物も、魔物も、自然もね」

胸の前で手を組み、目を閉じてそう言う彼はとても美しかった。神々しいっていうのかな。本当に神様なんだ、って信じさせられるっていうか。あ、元神様なんだから当たり前か。とにかく、オーラが違う。私たち人とは格が違うんだってわかる。

父様の本気モードや、シェルさんもかなり人離れしているけど、それよりももっと確実に違うという感覚。何があっても敵わない、屈服するしかないって思わされてしまう圧倒的な存在感があるのだ。この人に悪意があったら為す術はないんじゃないかって思うと少しだけ怖い。

「だからこそ、僕は干渉のし過ぎで人の世に堕ちたんだ。彼を巻き込んでね。地上にすまう生命への深すぎる愛は、君たちのいう神としてふさわしくないらしい」

彼? 少しだけ悲しそうに伏せられたその瞳が気になったけれど、レイはそのことには触れずさらに言葉を続けた。

「愛しているのに、僕に力がないせいで争いが始まってしまった。世界を超えて人を不幸にしてしまった。辛かったよ。そしてそれは、今も」

「争い……?」

「そう、戦争だよ。人と魔物の。もう数えきれないくらい何度も起きている」

それって、もしかしなくても魔王の暴走による戦争のこと、だよね? レイが本当に悲しそうに眉尻を下げるから、こちらまで悲しくなる。そんな私に気付いたのか、レイはすぐに先ほどまでのように柔らかく微笑んだ。おかげで私もホッと肩の力を抜くことが出来た。

なんだか彼の感情に振り回されているかも。夢渡りの力を使っているのだから、私より力のある彼の方に引っ張られるのは当然といえば当然だけれど。

「魔王はね、代々に呑み込まれて魔物を使役しえきし、世界を襲おうとする。襲う、というよりは破壊衝動のまま暴れている、というのが正しいかな。それは魔王の意思じゃない。僕だって、今の魔王だって、これまで魔王になってきた者たちはみんな……そんなこと、したくなかった」

メグもそれは知っているよね、と同意を求められて戸惑い気味に頷く。彼、と言っているのが気になるけど……やっぱり父様だけじゃなくて、これまでたくさん苦しむ人がいたんだ。魔王の手記にも書いてあったけど、改めてそう聞くと余計に胸が痛むな。事実だって突きつけられているみたいで。

レイは、自分もだって言った。レイほどの力を持つ元神様でさえ抗えなかったんだ。それじゃあ……。

「うん、そうだね。メグもそうなる。あまり時間はないよ。だって、世代交代がすぐそこまで迫っているから」

私の考えを読んだように、レイはサラッと残酷な事実を告げた。私だってそうなることはある程度覚悟はしていたけど……それよりも今、もっと重要なことを言わなかった?

「せ、世代交代って」

「うん。今の魔王はもうすぐ死ぬ。メグと血の繋がった父親だよね。魂の片割れであるもう一人の、魂の繋がりがある父親も死ぬ。そうだなぁ……十日後くらいに一度、彼らは倒れるよ。その三日後に死ぬだろう」

そこに感情は込められておらず、淡々と告げられて戸惑う。そん、な。だって、あんなに元気なのに……!

夢の中だというのにガタガタと身体が震えて止まらない。だ、だって、レイの言う通りなのだとしたら、父様とお父さんが死んでしまうまで十日と少ししかないじゃない。そんなの、そんなの、早すぎるよ!

「彼らの亡き後、悲しむ時間はほとんどないよ、メグ。だって、次は君の番だから」

どうにもならない思いを口にしかけた時、再び感情のこもらない声で告げられた言葉にグッと息を詰まらせた。ここで八つ当たりしたって意味がない、それが嫌というほどわかったのだ。レイの態度で、それを理解させられた。

考えている暇も、悲しむ暇も、全ては後回しにしなさいって言われた気がする。それよりも、自分に待ち受けている運命を見ろ、って。

急展開過ぎない? 私、今日成人したばかりなんだけど? そんなにも時間がないなんて思ってなかった。……ううん、考えないようにしていただけだ。だって残り十年の寿命だってわかっていたじゃない。

今はあれからちょうど十年くらい経つ。いつその時が来てもおかしくなかったはずだ。そのために、私はあの日から魔王城に通って、魔王としての引き継ぎも進めてきていたのだから。

だというのにどうして私は、自分が成人するまで、自分が結婚式を挙げるまで、二人が生きていると信じ切っていたの?

……信じたかった。信じたかったよ。だけど、それは許されないん、だね……? どうしても、お父さんたちの寿命を延ばすことは出来ないのかな。

『出来、る……』

「え」

ぐっと拳を握りしめた時、この空間に響き渡るような声が聞こえてきた。あの声だ。レイとは違う、意思を持った魔力の……!

「っ、まずい、メグ!」

「きゃっ……」

レイが咄嗟とっさに私の両肩に手を置いた。その力が予想以上に強くて、痛みに顔が歪む。前の時と同じだ。夢の中でも、痛みを感じるなんて。

「あの声に、耳を貸してはいけない。君が本当に幸せをつかむためには」

どういうこと? でもあの声は、お父さんや父様の寿命を延ばせるって、それが出来るって!

「君に、希望が残されているというのは本当だよ。なぜなら、君は初めて僕を認知した魔王候補。だから僕は直接、君に助言が出来ている」

「……レイにも、二人の死期を遅らせることが出来るの?」

すがるように告げると、レイはギュッと眉根を寄せた。それだけで、彼には出来ないんだってことがわかる。

「時間切れだ。これ以上は危険だよ、メグ。彼が身体を乗っ取ってしまう。今すぐ起きるんだ、メグ」

「で、でも、まだわからないことだらけで」

真っ白だった世界に、モヤがかかっていく。これがなんなのかはわからないけど、なんとなくここにいてはダメだっていう予感はした。こういう時は直感が正しいのだ。レイも危険だって言っているし。

「焦らないで。まだ間に合う。それに、また時間は取れるよ。メグ、僕らは二人とも夢渡りが出来るだろう?」

レイはソッと私の両肩を押した。強い力じゃないのに、ふわりと後ろに倒れていくのがわかる。

ああ、夢の世界から戻そうとしてくれているんだ。身を任せて、ゆっくりと瞼を閉じる。

「彼は、メグにとって魅力的なことを言うだろう。でも忘れないで。君の意思や、大切なものを決して見失わないで」

薄れていく夢の世界の中、最後まで聞こえてくるレイの声。

──乗り越えるんだよ、メグ。

「っ!?

ハッとなって勢いよく目を開けた時には、すでに元の世界に戻っていた。ハイエルフの郷の書庫の中だ。

ゆっくりと上半身を起こすと、汗ビッショリになっていることに気付く。そして、わずかに魔力がれていることにも。

「黒い魔力だ。レイの言う……意思を持った魔力に呑まれかけていた、のかな」

手のひらを見つめてグーパーと繰り返す。二、三回繰り返すことで、ようやく自分に感覚が戻った気がした。もしかすると、私が眠っている状態がまずいのかも。無防備な状態になると、意識を乗っ取られやすそうだし。

「メグっ! メグ、大丈夫か!?

「! ギルさん?」

ふいに、扉が思い切り叩かれる音と焦ったようなギルさんの声が耳に飛び込んできた。たぶん、この魔力漏れに気付いたんだ。微々びびたるものだったのに気付くなんてさすがすぎる。

大きく息を吸って呼吸を整えて、と。色々と混乱したままだけど、今はとにかく無事な姿を見せないとね。書庫にいる本の精霊たちに本を片付けてもらうと、私はすぐに扉へと向かった。