リゼルがこういう時に参考にするのは、ジルやイレヴンだったり、後は元の世界で公爵家の警備を務めてくれた白い軍服の人々だったりと、ある意味でプロフェッショナルと呼ばれるような面々だった。

前者は護衛依頼で、後者は日常の警備で、誰か何かを守るような振る舞いを目にする。つまりはもっとも身近な手本なのだが、実力が秀ですぎていてリゼルが実行するには難がある。

というのを、リゼルは今思い知っていた。

「(とはいえ、言ったからには頑張らないと)」

真似をしようとするから駄目なのだ。

自分らしく通行証を守ればいい。その通行証がジルの頭の下にある今、失敗を気にせず試したいことを試せるのだから、この機会に護衛依頼の経験を積んでおくべきだ。

「(一階から順番に確認してるのかも)」

玄関をこじ開けた時よりも小さな音が、断続的にリゼルの耳に届く。

もはや、こちらにバレても問題ないと考えているのだろう。一階を押さえてしまえば逃げられない、襲撃者たちがそう考えても不思議ではなかった。

「(銃は……近所迷惑だな。誰かが確認に来て、巻き込んだら申し訳ないし)」

ならば、と魔法を発動しようとした時だ。

「う~んむにゃむにゃ窓の外」

再びの棒読み寝言に、外かとリゼルはひとまずそちらを優先した。

下から登ってくるとは考えにくいので、屋根からロープでも使うのだろう。確かに玄関をこじ開け、客室の扉を破るよりは、窓を開けるほうがよっぽど簡単だ。

窓枠から外れるように窓の傍に立ち、カーテンの僅かな隙間からそっと外を窺う。

どうやら、カーテンを開けたらいきなり襲撃犯が、ということにはならなそうだ。

「(先手を取りたいな)」

リゼルはそっとカーテンを開き、窓を大きく開けて身を乗り出した。

その背後ではジルが、落ちないように手だけを伸ばしてリゼルの服の裾を摑んでいる。

「あ」

「!」

今まさに隣の窓から侵入しようとしている男と目が合った。

咄嗟とっさに魔法を発動。いつか劇団の壇上に登った時の、光を遮った暗闇の箱を作り出す。

位置は襲撃犯の頭。視界を奪われた襲撃犯が、何が起こったのか分からず手を振り回す。

ちなみに魔物相手には滅多に使わない。動くのが早すぎて発動位置が摑めないからだ。

「(うん、ひとまず大丈夫)」

ロープを支えているだろう相手が、パニックを起こす男を叱責しっせきする声が聞こえる。

リゼルからは屋根が邪魔で見えなかったが、それは相手からも見えていないということだ。何が起こったか分からないのは、突然視界を奪われて暴れる男も、ロープを支える相手も変わらない。

これで少し時間が稼げると、リゼルはいそいそと部屋の扉に戻る。

「(もう来るかも)」

鍵を壊しながら近づいてくる音は近い。

リゼルは部屋を出て、シーツを被って階段の陰に隠れる。迎え撃つにはいい位置だろう。

部屋の明かりは廊下に漏れず、真っ暗で、階下の明かりだけが階段の途中まで滲んでいた。

「いたか」

「いない、上だ」

潜められた声が、階段のすぐ下から聞こえてくる。

ところでリゼルとしては、可能なかぎり襲撃犯を無力化して老紳士に引き渡したい。

情報屋というからには、情報を引き出すのもお手の物だろう。ならば生かしたまま引き渡せば、十二分に活用し、宿の壊れた箇所の修理代ぐらいは軽く回収できるはずだ。

だが、その無力化というのが難しい。

この手の相手に戦意喪失を狙うのは望み薄で、縄で全身を縛りでもしなければ抵抗を続けるだろう。理想は気絶状態に持っていくことだが、何をどうすれば確実に襲撃犯が気絶してくれるのかが分からない。

よってリゼルは今回、事前にイレヴンから麻痺まひ毒を受け取っている。

「行くぞ」

その囁きを最後に、襲撃犯たちの声が止んだ。

リゼルの前を襲撃犯の三人が通りすぎていく。ダン、と屋根の上で物音がした。

屋根の上に配置した仲間がミスをしたかと思ったのか、三人のうちの一人が舌打ちを零す。

同時に、リゼルは廊下の奥に小さな光を灯してみせた。

「なんだ……?」

淡い光は揺れて、襲撃犯たちから離れるように廊下の暗闇を泳ぐ。

襲撃犯たちはそちらに気を取られ、追いかけるようにゆっくりと足を踏み出した。

リゼルの目の前に、三人分の無防備な背中が現れる。傍に置いておいた瓶をそっと引き寄せ、そこに刺さる非常に攻撃力の高そうな針を数本引き抜き、ダーツのように狙いを定めた。

イレヴン曰く、かすればいいとのこと。リゼルでも簡単に扱える。

「い、ぐ」

「ぁ」

「なん……、ッ」

ぺいぺいと十本ほど立て続けに投げれば、なんとか三人を昏倒させることに成功した。

よし、と笑みを浮かべて立ち上がる。それにしても抵抗なく綺麗に倒れてくれたものだ。

リゼルは少しばかり自画自賛しながら、廊下に折り重なるように倒れてピクリとも動かない襲撃犯へと歩み寄る。麻痺毒というぐらいだし、体が動かないだけで意識は残っているのだろうかと、一人の顔を覗きこんでみた。

「?」

白目を剝いていた。

麻痺毒だったはずと、リゼルは握っていた瓶をまじまじと確認する。残念ながらラベルはなかったが、イレヴンが匂いを嗅いで確認するのを見ていたので間違いないはずだ。

だが現実に、倒れ伏している襲撃犯たちはうめき声も上げない。

「(ひとまず、屋根のほうを先に対処しないと)」

リゼルは襲撃犯たちの容態を後回しにして、部屋に戻った。

先程の音は、恐らくロープでぶら下がっていた男が屋根に引き上げられた音だろう。

ならばもう、視界を奪っていた魔法は消えているはずだ。大きく移動すると普通に外れる。

「(この部屋に来るから)」

相手は既に襲撃がバレていることを知っている。

ならば奇襲はなく、早期制圧に移るだろう。今にも窓を蹴破って飛び込んでくるはずだ。

それは困る。ジルとイレヴンが起きてしまう。もう起きているのは置いておく。

静かに速足で窓へと近づいた。カーテンを開き、窓も開けようと手をかける。

「(壁を)」

目にしたのは、もはや隠密行動を捨てて窓を破ろうとする二つの靴底だった。

リゼルは魔力防壁を展開する。防壁だけは最初から、いつでも使えるように幾つか用意していた。よってタイムラグなしに発動することができる。

窓の外側に張ったそれに、窓を突き破ろうとした勢いのまま襲撃犯が激突する。

ほっとするリゼルの後ろでは、飛び出しかけたジルとイレヴンが密かに毛布の中に戻っていた。

「あ」

リゼルは小さく声を零した。

防壁に跳ね返った男が、大きく体勢を崩す。その勢いが凄まじかったのだろう。

屋根から伸びるロープがたわんだかと思えば、屋根の上にいただろう相手ごと落下していった。

「……」

そろ、と窓の外を覗いてみる。

呻き声は聞こえるので、生きてはいるのだろう。結果オーライだった。


リゼルは廊下に戻ると、まずは落ちている針を丁寧に拾った。

目で見て分かる範囲で麻痺毒が散っていないか確認して、零れているようなら隠れるのに使ったシーツでふき取る。それでも少し心配なので、老紳士には入念な清掃をお願いしたほうが良さそうだ。

十本間違いなく回収した針は、瓶に戻してシーツと一緒に廊下の端に置いておく。

倒れ伏している襲撃犯は、いまだに回復の兆しを見せない。呼吸はしているようだが。

「(あ、外の人たちも中に入れておかないと)」

朝になって、通りがかったサルス国民が見つけてしまったら可哀想だ。

リゼルは魔法で明かりを灯しながら、いたって穏やかな歩調で階段を下りていく。

夜の宿が闇に閉ざされるのはどこも同じなので、慣れたものだった。

「(やっぱり壊されてる)」

辿り着いた玄関の扉は、鍵の部分がいびつに割れてしまっていた。

振り返れば、他の部屋も全て戸が開きっぱなしになっている。夜に見ると少し怖い。

「あれ」

僅かにきしむ扉を開けば、そこには手際よく襲撃犯二人を縛り上げる精鋭がいた。

長い前髪で両目を隠した彼は、どうもと軽い挨拶を口にしながらロープを巻きつけていく。

ロープは襲撃犯が使っていたものだ。その場にあったものを生かすのは、ただ用意するのが面倒だったのか、それとも他人のものを使うことで己の痕跡を極力残さないようにしているのか。

「精鋭さん、この二人必要でした?」

「いえ、逃げようとしてたんで一応」

「あ、助かります」

リゼルは微笑み、精鋭から襲撃犯を受け取ろうとした。

だが、なんとか引きろうとした段階で止められる。襲撃犯は精鋭の手で宿に入れられた。

丁寧に口も塞いでくれているので、これなら朝までは静かにしてくれるだろう。素晴らしいと称賛を送れば、精鋭はなんとも言えない顔をして去っていった。

「よし」

これで後片付けも済んだと、リゼルは部屋に戻る。

明日の朝、貰った瓶は麻痺毒で間違いなかったのかとイレヴンに聞かなければ。少し眠くなってきた頭でそんなことを思いながら、そろそろだろうと眠るジルに見張り交代の声をかけるのだった。


翌日、リゼルたちから通行証を受け取った老紳士は言った。

「これは実は偽物でね。内容自体に違いはないんだが、通行証としては使えない」

「希少なものを読ませてもらいました」

「君ならそう言うと思ったよ」

満足そうに、穏やかに微笑みあう二人に、ジルとイレヴンは胡乱な眼差しを送る。

二人とも、そうかもしれないとは思っていた。これほど貴重なものを冒険者に預けるのかと。

思ってはいたが、こうもあっさりと暴露されるとは思わなかったのだ。

「本物は、昨日紹介いただいた女性の方が持ってるんですね」

「そう、結局いつもどおりだ。──ああ、交易ルートは少し変えたけれど」

「内通者もあぶり出せましたか?」

「やはり君にはバレてしまうね」

老紳士が肩を揺らして笑みを零す。

なんてことはない。囮は隊商ではなく、リゼルたちだっただけのことだ。運び屋兼、囮だ。

リゼルたちと老紳士が指名依頼という形で協力関係を結んだ、それを知るのは極々限られた幹部のみ。その限られた者たちに、通行証は冒険者パーティに預けたこと、冒険者たちには念のために宿を用意したことを伝えていた。

それすら嘘であると、それを知るのは老紳士と先日の女性のみ。

内通者は老紳士の嘘を信じ、リゼルたちの下へと襲撃者たちを送り込んだのだろう。

「つうか襲撃者と接触している時点でそいつ捕まえろよ」

イレヴンが不機嫌そうに告げる。

それもそうだろう。悪行の証拠としては、襲撃者との取引だけでも十分だった。

だが、老紳士は襲撃者たちを見逃した。いや、リゼルたちを囮にして対処させたのだ。

「残すと面倒なんだろ」

ジルが面倒そうにそう零した。

「通行証奪えば甘い蜜吸えるって知ったからな」

「過去二年の交易ルートも割れてますし、放っておくにはリスクが高いですよね」

「そんなん俺ら関係ねぇじゃん」

「そう、関係ないんです」

不貞腐れたようなイレヴンに、リゼルは思い出させるように告げる。

それは老夫婦の宿で、依頼を受けるかどうかを決めた時に口にした内容だ。

「おさらいです。今回の依頼は?」

「……ロマネの通行証守る」

「注意が必要なのは?」

「……通行証を狙う奴いるかも」

つまり老紳士は、依頼内容に反することをリゼルたち冒険者にさせていない。

よっぽど悪質であれば冒険者ギルドも動くが、今回はただ伝えられていないことがあるというだけだ。商人であれば守秘義務もあるだろうと、誰も問題視はしないだろう。

更に機嫌を損ねてしまったイレヴンを、リゼルはよしよしと撫でてやりながら老紳士を見る。

やり方に納得はできるが、なんとなく彼らしくないと思ったからだ。

「報酬は冒険者ギルドに預けるから、そちらで受け取ってくれるかな。ただ、約束の品については隊商が戻るまで待ってもらう必要があるね」

「分かりました」

「ああ、けれど、そうだな」

ふいに老紳士と、芝居がかった仕草で首を振った。

「君たちには、随分と負担をかけてしまった。私の説明不足が原因だろう」

それについては問題ないという結論になったのでは、とリゼルたちは顔を見合わせる。

それを見た老紳士は目尻の皺を深め、ハットの下でゆっくりと片眼をつむってみせた。

「もし、何か困りごとができたら言いなさい。借りはきちんと返すのが商人だからね」

そういうことかと、リゼルは可笑しそうに破顔はがんした。

最初から老紳士は言っていたのだ。アスタルニア王家への紹介の礼がしたいと。自分の感謝の気持ちだからとそれを断ったリゼルに、それにしても恩を受けすぎではないかと確かに言っていた。

つまりこれは、改めて恩を返す機会を設けようというパフォーマンスでもあったのだ。

「コネ作り慣れてる商人だな」

「ジャッジもいつかこうなんのかな」

「あいつは恩コレクションして満足するタイプだろ」

「あー……リーダーにこうしてあげられたぞ嬉しいなァ的な?」

好き勝手話している二人を尻目に、リゼルは観念したように苦笑した。

「機会があれば、ぜひ」

「ああ、待っているよ」

いつもどおり人好きのする表情を浮かべた老紳士が、落ち着いた声色で優しく告げる。

流石は歴戦の古豪、自分のような若輩はまだまだ敵わないなと、リゼルはもう一度苦笑を零した。


その日、老夫婦の宿に戻った後のこと。

部屋に入ると、呆然と窓から空を眺めているクァトがいた。

「クァト、どうしたんですか?」

「なんか……凄い、凄かった……」

「え?」

「襲撃、あった……でも、俺、何もしてない」

「それは」

「じいさまと、ばあさまが……凄かった……」

リゼルたちはいろいろ悟り、ひとまず感謝を伝えておこうと部屋を出たのだった。