リゼルは、周囲への警戒を緩めないままにドン引きしているジルを見た。

視線を交わし、頷きあい、そして歩み寄ったジルがその手を振り上げ、振り下ろす。

「痛ッッッて!」

勢いよく後頭部を引っぱたかれたイレヴンが叫んだ。

「は、何、はァ!?

「てめぇ今凄かったぞ」

「リーダー俺今ぶっ叩かれたんだけど見てた!?

「凄かったです」

いわれのない暴力(本人にしてみれば)に、味方を求めたイレヴンの頭を、リゼルは痛みを紛らわすようにでてやる。そして、怪訝そうな二つの瞳をまじまじと覗きこんだ。

唯人ただびとよりも、やや縦に長い瞳孔はしっかりとリゼルをとらえていた。頷き、手を離す。

「ちょっと錯乱さくらんもらっちゃいましたね」

「は、マジで?」

「意味わかんねぇこと喋ってた」

「えー、俺フツーに喋ってた記憶あんだけど」

不貞腐れたような顔をして、イレヴンは改めて満開の花々を眺めた。

イレヴンを引き込もうとしていた魔物たちは、それが破られたのを理解しているのだろうか。花びらの一枚一枚を魚のヒレのようにうごめかし、えさに群がるかのように三人へと迫ってくる。

まぁこんなのを見ていれば頭もおかしくなるか、と納得したのは誰だったか。

「なんか動いてんだけど……アレ千切んの?」

「あれ、花びらじゃないんでしょうか。依頼品だと思ったんですけど」

「それっぽいモン全部採ってきゃいいだろ」

「それが確実ですね」

「げぇ」

花もどき、と言われて納得できる姿はしているのだ。

この後も出会うであろう、似た系統の〝花もどき〟の頭をすべからく千切ることが決定してしまい、イレヴンがうんざりとした声を零す。だが拒否の声は上げないので、手段には賛成なのだろう。

「倒してから千切るでいい?」

「はい」

「俺らが錯乱食らったら後ろから撃て」

「分かりました」

無茶苦茶な提案にも、リゼルはあっさりと頷く。

どうせ装備性能のお陰で、全力で撃とうが致命傷にはならないのだ。それに言語にだけ影響が出るならもちろん、そうでなくともジルとイレヴンならば、錯乱していようが余裕で避けてみせるだろう。

要は、気付けは頼むという指示だった。

ならばと、リゼルはその場に留まる。距離を詰めて、三人まとめて錯乱するのは避けたい。

「(ああいう、精神汚染に対抗できる手段があるといいんだけど)」

ううん、と悩みながら、満開の花が二人を捉えないよう牽制けんせいする。

つい先日、湖の墓地で出会ったボスの精神攻撃にも、魔力防壁の効果はなかった。支配者の従属魔法も防げた試しがないし、それに成功したという魔法使いの話もいまだに聞いたことがない。

既にその魔法が存在して、誰かが隠している可能性もあるが、どうにも望み薄だ。

リゼルの元の世界でも、こういった魔法から国の重鎮を守るための対策は常に練られていた。だが魔法発動からの防御、という手段をとれる魔法が完成したという話は、ついぞ聞いたことがない。

ちなみに従属魔法については、元の世界では使用者の排除というのがもっとも有効な手段とされている。敢えて尋ねたことはないが、恐らくこちらでも似たようなものだろう。

「(対抗策、支配者さんに相談してみようかな……流石に、迷宮とか魔物からの精神汚染には歯が立たないだろうけど、軽減さえできればジルとイレヴンには十分だし)」

それにしてもと、リゼルは改めて実感した。

こういった魔力的妨害を、すべて無視して進める戦奴隷のすさまじさたるや。

リゼルは戦闘にも思考を割きつつ、しみじみと戦奴隷の力の在り方に思いをせる。もし敵対すれば、巡らせた策に意味などなく、あらゆる小細工が無にし、洗練された刃に斬り裂かれるのを待つのみだ。

彼らは、そういう存在なのだろう。戦時でなくとも、彼らは変わらず刃であり続ける。

「(エルフの対抗勢力としては正しいんだろうけど)」

とはいえ正しい、正しくないなど、戦奴隷たちは考えたこともないだろう。

そうあるべきだと自己を定めているだけなのだ。エルフもそうだが、往々にして絶対的な強者というのは揺るがない。周囲の影響を受けずにいられる、というのが強者の証明なのだろう。

例えば、ジルしかり。

「ん?」

そのジルの正面、やや離れた距離から覗き込もうとした花の中央を撃ち抜いた時だ。

リゼルが真っ先に気づけたのは、立ち止まっていたからだろう。

微かな振動を感じる。それは、迷宮に入った直後に感じたものと似ていた。

「ジル、イレヴン、巨獣です」

こちらに近づいているのかもしれない。

警戒を促すように声をかければ、二人は一瞬で魔物から距離をとった。立ち止まる。

数秒もないそれで、巨獣の接近を確認したのだろう。彼らは即座に撤退を決めたらしい。

「やっばいかも」

「離れるぞ」

素早い動きで駆け寄ってきた二人が、そのままリゼルの腕を摑んで走りだす。

少し距離を置いて様子見を、という動きではなかった。斬り捨てた分の魔物素材をあきらめ、とにかく可能な限り距離をとろうとしている。切羽詰まっているようにも見えた。

リゼルは素直に従いながらも、振り返る。

「あ」

数の減った満開の花が、ゆらゆらと揺れながらこちらを見ていた。

その後方に、巨獣がいる。淡い白光を集めたような巨獣が、何頭も群れて歩いている。

見上げれば、彼らの眼窩から生える枝葉が揺れて、まるで森が移動しているようだった。

それに呑み込まれ、花の魔物が一匹、巨大な蹄に踏みつぶされてひしゃげたのが見える。

「(人知を超えた存在っていうのは、平等なんだな)」

駆けながら、リゼルはなんとなしに思った。

とにかく今は、自分たちがそうならないよう逃げなければ。幸い、巨獣たちはただ群れで移動しているだけのようで、敢えてリゼルたちを追いかけている訳でもなさそうだ。

「森に逃げられればいいんですけど」

「遠すぎんだろ」

「距離感バグりそう」

草原に点在する森は、五分も走れば踏み込めるような距離に見える。

だがそれは、リゼルたちのサイズ感が普段と変わらなければの話だ。考えるまでもなく、視界に映る森は巨獣にならう規模であり、ならば幾ら走ろうが辿たどり着ける距離になどないのだろう。

遠くの山にどれほど歩けば辿りつけるのか、想像もつかないのと同じことだった。

「なんかもうでっかすぎて怖ァ」

「彼らが気まぐれに進路を変えるだけで死んじゃいますからね」

「食いに来ねぇだけマシだろ」

群れの進路から外れるように走る三人だが、幸いなことに巨獣たちはほどなく足を止めた。

佇む偉容を、更に距離をとりながらリゼルは見上げる。何故か、自らが仕える国王のことを思い出した。

「あいつら草食?」

「だったら共食いしてんだろ」

「花もどきも食べなかったですしね」

何か違うという二人の視線を受けながら、リゼルは少しばかり機嫌よく微笑んだ。


草原には、幾本もの石柱が存在する。

地面から空の向こうまで、真っすぐにそびえ立つ石柱だ。頂上は雲に隠れていて見えない。

遠くから見れば、自立しているのが不思議なほどに細い。だが近づけば、塔かと見紛うほどに立派であった。

どこからでもこの石柱が見えるお陰で、道を外れようとも方向を見失うことはない。

「どうする、帰る?」

「依頼品は集まりましたよね」

「ボスちけぇなら進みてぇな」

「つっても分かんねぇし」

「今、どのあたりなんでしょうね」

その石柱に刻まれた魔法陣の前で、三人は話し合う。

鉱石と花弁、必要なものは既に十分な数を集めていた。鉱石はやはり魔力に満ちた瞬間に壊すことで、花弁はまだ生きている花もどきからもぎ取ることで入手が可能になる。

ちなみに後者の時には一波乱あった。

魔物が息絶えてからでは花が枯れてしまい、ならばと戦いながら剣で斬り落としても枯れてしまう。じゃあどうすればいいのかと、何度目かの挑戦でジルがやけくそで千切ったのだ。

成功はした。思ったより肉厚で、謎にブヨブヨした花弁の採取には成功したが。

「依頼品も、質に不足があった時のために余分に集めたいんですけど……」

リゼルは一応提案しつつ、苦笑する。

盛大に嫌そうな顔をしたイレヴンと、やや眉をひそめたジルに気がついたからだ。

「無理ィ」

「そうですね、止めておきましょうか」

「まだ手に感触残ってる……」

「頑張ってくれて有難ありがとうございます」

ジルにならって花弁をむしり取ったイレヴンは、盛大に叫んで花弁を投げ捨てた。

なにせ手の中で、生きているかのように跳ねまわったのだ。花弁が。まるで生きた魚のように、うねり、捻じれ、蠢き、指に絡みつかんとしたという。

ジルも投げ捨てはしなかったが、潰さんばかりに握りしめ、イレヴンへの同情の視線を向けていたので、こちらも同じく気持ち悪かったのだろう。リゼルでは生きた魔物に限界まで近づき、更に花弁をむしりとるような真似などできないので、今回ばかりは諦めるしかない。

「質の指定もねぇんだから数だけ揃えやいいだろ」

「そうですよね」

依頼達成にはまったく問題ないのだからと、リゼルも素直に頷いた。

余談だが、リゼルもイレヴンが投げ捨てたものを拾ってみている。

残念ながら千切りたてのような活きの良さはすでになく、花弁の端が持ち上がり、落ちるのを何度か眺めるだけに終わってしまった。鮮やかな色彩に反し、感触は生肉に似ていた。

「宝石職人があんなもん何に使うんだか」

「染色とかでしょうか」

「いらねぇー」

喋りながら、リゼルは平原を見渡す。

生い茂る野草に視界を阻まれるも、天まで伸びる石柱を見失うことはない。

今ここにあるもの、振り返って一つ前に立ち寄ったもの。あまり遠くの石柱は霧がかかって見えないし、距離感も酷く摑みにくいが、あるのとないのとでは雲泥うんでいの差だった。

「今何時?」

「知らねぇ、昼過ぎ」

「そう言われると腹減る」

空は雲に覆われ、ずっと明るいので時間が分かりにくい。

どうにも真上から光が差しているようで、影の動きで時間の流れを知ることもできない。

石柱にもたれ、おのおの手持ちの食糧を取り出し始めた二人を尻目に、リゼルは石柱の周りをぐるりと回ってみる。今まで見てきた石柱と同様、細かな溝が幾何学きかがく的にられているが、行先を示すようなものはなかった。

「(俺が読み解けてないだけかもしれないけど)」

微笑み、指先で優しく溝をなぞる。

なにせ石柱を辿っているとはいえ、正しい方向に進んでいるという保証もない。迷宮とは大抵そういうものであり、その時にどちらに進むか決断するのもリーダーの役割だった。

とはいえ他の冒険者の大半は「考える時間が勿体もったいないし考えても間違いなく分からない」という己への強い信頼のもと、勘で迷宮内を突き進むことが多い。

リゼルも可能なかぎり正解の道を進ませたいという思いはあるものの、百パーセント正解を引ける冒険者など存在しないのだ。分からない時は分からない。

「(巨獣の高さに傷もないし、彼らはここに近づかないのかも)」

つまり調べているのも、リゼル個人の好奇心によるところが大きい。

手袋越しに石柱をなぞりながら一周し、ジルとイレヴンのもとに戻ってくる。

「リーダーもなんか食べる?」

「そうですね、ちょっと休憩しましょうか。お婆さまに軽食も用意してもらいましたし」

「そういや渡されてたな」

「何作ってもらった?」

「開けてのお楽しみ、らしいですよ」

リゼルはポーチから大きめのバスケットを取り出した。

つるを編んで作ったそれは、いかにもサンドイッチが入っていそうな雰囲気がある。

中身はお昼のお楽しみよと、茶目っ気を込めて渡されたので、リゼルもメニューを知らない。

「ニィサンどんなんだと思う? 冒険者仕様かリーダー仕様か」

「読めねぇな、作ってんの元冒険者だろ」

そこに違いはないのでは、とリゼルが不思議に思っていた時だ。

ふと、足元にある石柱の影が揺らいだ気がした。いや違う、石柱に影はないはずだ。

リゼルが上を見上げるのと、ジルが剣を構えるの、そしてイレヴンが開きかけたバスケットを閉じて己のポーチに仕舞ったのは同時であった。

「ジル、君の希望どおりですよ」

「そりゃどうも」

見上げた先で、あまりにも巨大なへびが石柱に巻きついていた。

真っ白な蛇は、頭を下にしてこちらを見ている。人ひとり分よりも太い体は、幾本もの蒼の蔓に覆われていた。まるで、うろこのところどころが種に変わってしまっているかのようだった。

一抱えもありそうな瞳は、淡い金色をしている。薄っすらと開いた口は、そのあまりの巨体ゆえに、視界の右から左へと一本線を引いたように見えた。

天から無音で下りてきた蛇は、気づかれたことをしむように、シリリリ……と舌を鳴らしている。その響きが、何故か酷く心地良く聞こえた。

「ボスじゃん」

「いえ、流石にまだ最深部じゃなさそうなので……鎧王鮫オリハルコンシャークとか、そういう魔物なのかも」

「あー、イレギュラーってやつ」

迷宮の道中に、明らかに規格外な魔物が現れることがある。

ボスよりも強靭きょうじんな魔物であることも珍しくないので、ほとんどの冒険者は必死で逃げる羽目になる。そう、大抵は逃げ切れるので、物好き(主にジル)ぐらいしか手を出さない魔物だ。

もしかしたら、この巨大な蛇も石柱から離れれば襲ってこないのかもしれないが。

「やるぞ」

「はい」

クラーケより大きい魔物、というのがジルのリクエストだった。

恐らく適当に言ったのだろうが、パッと浮かぶくらいには戦いたい欲があったのだろう。

無事に我儘を聴いてあげられて何より、とリゼルも頰を緩めながら銃を構える。

「つってもでかすぎてさァ」

「大きい相手だとそれに尽きるんですよね」

巨蛇は鎌首をもたげながら、ゆっくりと体を石柱から下ろしていく。

巻きつく鱗が流れていくにつれ、ようやく尾の先端を視界に捉えられた。

巨蛇の喉の下、やわらかな鱗がふくらみ、へこむ。真っ白な鱗が時折、地面を覆いつくす草本の燐光を映し、蒼く煌めいているのが見えた。

蛇の体に巻きつく蔓、そこから伸びる無数の葉が震えるようにざわめく。そして羽のように広がった。薄い葉が光を透かし、まるで本物の羽のように錯覚させる。

直後、限界まで開かれた口が凄まじい呼気を放った。

「毒の匂いする」

「植物には?」

「ない、多分だけど」

「鱗はまず斬れねぇな」

「蔓から対処しましょう。あれ、多分魔力の源泉です」

「了解」

「りょうかーい」

手早く方針を固め、三人は見上げるほどの相手に武器を構えた。


ただ大きい、というのは究極の強みではないだろうか。

リゼルたちは迷宮の外、扉の前に置かれたベンチで、馬車を待ちながら遅い昼食をとっていた。宿の老婦人特製のそれは簡単に言うと、穀物とドライフルーツなどを交ぜて固めたものだった。

三人は見たことがなかったが、ザクザクしていてとても美味しい。ジルにはやや甘かったらしいが、黙々と食べているのを見るに許容の範囲内だったのだろう。

栄養価も高そうだし、片手で食べられるというのもあって、非常に冒険者向けの食事だ。

「お婆さまのオリジナルでしょうか」

「かなァ」

贅沢ぜいたくな味がしますね」

「ああ」

力の抜けた会話は、三人の疲労が限界を迎えている証拠だ。

一緒に入っていた果物をしゃむしゃむとかじるイレヴンが、空いた手でナイフを操ってリンゴをいている。当のイレヴンは丸かじりしているので、きっと自分用だろうなとリゼルは有難くそれを眺めた。

「疲れましたね」

「ああ」

ジルが果物を求め、リゼルの後ろから手を伸ばす。

バスケットはリゼルとイレヴンの間に置いてあるので、反対隣に座っている彼からはやや遠かった。バスケットごと渡してやろうとすれば、阻むように柔く腕を摑まれたので、少しばかり体を前に倒すのみにとどめる。

「ボス、行けませんでしたね」

「また来る」

ジルもしゃくしゃくとリンゴを齧り始める。

やや目が据わっているので、本気で疲れているのだろう。もちろんリゼルも疲れている。

魔力不足で、喋っていないと寝てしまいそうだから喋っているだけに過ぎなかった。

「はい、リーダー」

「有難うございます」

均等に切り揃えられたリンゴが差し出され、リゼルはそれを受け取る。

イレヴンもリゼルの魔力不足に気づいて、食え食えと食べ物を寄越しているようだった。

「俺がもっと、こう、ドカンと吹き飛ばせれば、楽に勝てるのに」

疲れのせいか、非常にふわふわした反省を始めたリゼルに、ジルが呆れて溜息をつく。

高出力魔法使いのトップオブザトップが身近にいた反動か、リゼルの理想とする魔法戦術はいろいろと飛び抜けていた。誰もそんなところまで求めていないと、ジルもイレヴンも常々思っているほどだ。

「それなら俺が一発で首飛ばせりゃ解決すんだろうが」

ジルも大概疲れきっている。

雑な突っ込みに、リンゴの芯まで齧っていたイレヴンも半笑いだ。

「俺の毒が効きゃ秒だし」

こちらも疲労で既に頭が回っていない。

できる訳ねぇだろと誰も突っ込まないあたりに、三人の限界具合が垣間見える。

ここが森のど真ん中でなければ、今日はもう宿に帰るのを諦めて就寝していただろう。

何故だか、異様なほどに疲れていた。

「蛇、凄いですね。全身筋肉っていうのに納得です」

「見直した?」

「見直しました」

背凭れのない、色せたベンチは少し湿ってひんやりとしている。

リゼルはゆっくりとリンゴを咀嚼そしゃくしながら、先程まで対峙たいじしていた巨蛇を思い出した。

顔ほどの大きさの鱗には、ジルの宣言どおり全く刃が通らなかった。幸いにも、基本の動きはゆったりとしていたが、それでも巨人の一歩に追いつくには人間の何歩が必要なのかという話だ。

巨蛇がう度、体に巻きついた蔓も地面を滑り、三人の足元をさらっていった。

更には蔓から伸びる葉が立て続けに体を叩き、まるで高速で枝に突っ込んだかのような衝撃を体中に受けるのだ。特に攻撃のために距離を詰めるジルとイレヴンなど、全身切り傷だらけになっていた。

「葉っぱで切んの、なんであんないてぇんだろ」

「てめぇ森育ちだろ」

「安全ルート知ってりゃそっち使うし」

二人にしてみれば剣で斬られるよりも、葉っぱで傷つくほうが余程痛いらしい。

蒼い葉の猛襲を受けるたび、悲鳴や舌打ちが聞こえてきた。リゼルも最初こそ二人に魔力防壁を張っていたが、視界の確保ぐらいにしかならず、最終的には魔法で土壁を作り出して防いでいた。

だが土壁を置いてしまうと、蔓の後に追従してくる尾の攻撃が見えなくなる。

土壁ごとぶち抜かれること三回、上から叩き潰されること二回、圧倒的な質量を持つ相手の攻撃は止めようと思って止められるものではないのだ。

尻尾の先端の先端ならば、ジルが何度か止めていたが。

叩きつけられる度に地面を揺らすほどの尾を、だ。純粋なパワーとパワーの戦いは迫力満点で、リゼルは感心しながらそれを見ていたが、イレヴンは若干引いてすらいた。

「でも、倒せて良かったですね」

最終的に蔓をすべて切り離し、相手の魔力的ガードを崩した後、通りがかりの巨獣に踏ませたりなどして弱らせて、なんとか倒すことができた。

リゼルは、体中に剣ややりを突き立てて横たわる巨蛇の最期を思い出す。

死して尚、その偉容は少しも陰らず、むしろ神秘性を増していた。魅入られるほどに。

「すっげぇ走った……」

「武器消費しすぎた」

「あんだけ走って見返りねぇとかムリすぎたから頑張った……」

「早く手入れしてぇ」

そんな感傷を微塵も抱かない二人が、グチグチと感想を吐き出している。

対巨蛇の戦法は、必然的にヒットアンドアウェイになる。だが相手が巨大すぎる故に、必要となる距離は非常に長い。更に相手も動いているので、常に移動を余儀よぎなくされた。

強者との戦いを存分に楽しんではいたようだが、それはそれ。

戦闘中にハイになればなるほど、それが終わった後に顔を出す疲労は凄まじいものだ。

「寝そう……」

「もうすぐ馬車が来ますよ、頑張って」

「んー……あ、狼煙のろし消えた?」

「少し前に」

三人は、ぼうっと西側の空を眺める。

先程まで見えていた、夕焼け空に伸びていた白い狼煙が消えていた。

近場で残るは、リゼルたちの傍から上る一本のみ。馬車はこの狼煙を目印に迎えに来る。

サルス冒険者ギルドが担当する迷宮では、扉の傍に必ずかがり火台が置かれている。その受け皿には魔物避けの材料となる薬草などが積み上げられ、冒険者はそこに火をつけて馬車を待つ仕組みだ。

リゼルたちが迷宮を出た時には既に、少し離れた場所から狼煙が立ち上っていた。

そちらに向かっていた馬車が、リゼルたちも拾っていってくれるだろう。

「あ、来ましたね」

「ああ」

そう話している内に、馬車が近づいてくる音がする。

その時には既に、リゼルはぼんやりとした様子を消していた。朝に身支度を整えたばかりのような、ある意味で隙のない空気を取り戻して、慣れない手つきでバスケットを片付けている。

リゼルは気の抜けすぎた姿を、あまり周囲に見せたがらないところがあった。

常に他人の目にさらされる地位であったからだろう。職業病、と内心でつぶやいたイレヴンは、しかしにんまりと笑みを浮かべて頰杖をつく。

「ギルド寄んのか」

「納品だけしましょうか。君たちは先に宿に戻りますか?」

「いい、すぐ終わんだろ」

「俺どうしよっかな」

ジルも既に、先程までの気だるげな様子など微塵も見せていない。

見栄というよりは、切り替えが早いだけだ。見えてきた馬車に、イレヴンも立ち上がる。

「巨蛇の素材も後で分けましょうね」

「牙」

「毒ぅ」

「鱗でしょうか、綺麗でしたし」

それぞれ欲しい部位を口にしながら、三人は馬車に乗り込んでいった。


余談だが、巨蛇の討伐はだいぶ間が空いてから、冒険者ギルドの姉妹たちを騒然とさせた。

リゼルたちも特に報告しなかったので、姉妹の一人(ギルドカード記録フェチ)がこっそりと三人の討伐記録を堪能していた時に、その事実を知ってひっくり返ることとなる。