186.
リゼルは今、ヒスイとティータイムを過ごしていた。
やや広めの道の途中に、水路を眺めるように置かれた木製ベンチがある。喫茶店を背にする形なので、その店の店主が置いたのかと思えば、どうやら店の常連が勝手に作って置いていったのだという。
利用するのは、その常連をはじめとした喫茶店の客が多い。だが散歩中にひと休みしたい老人であったり、船を
二人もまた、そこに座ってぬくぬくと日差しを浴びていた。
「そういうことがあって、ジルが少し不機嫌で」
「ふぅん……」
リゼルは背後の喫茶店の紅茶を飲みながら、ヒスイは通りがかりの物売り船から買ったクッキーを食べながら、横並びに座って会話を交わす。
「リゼル君さ」
「はい」
「話の、何、重点? 優先度っていうか」
「ああ、はい」
「なんか変だよね」
「え?」
心外だと言わんばかりのリゼルに、ヒスイはクッキーを食べつつ
まずもって、ヒスイが今日リゼルと顔を合わせているのは、サルスの重鎮に突撃したことについての詳細を聞くためだった。
何故ならヒスイは、例の突撃前夜にリゼルの宿を訪れている。その日の昼間に、何やら前髪のやけに長い不審者と出会い、リゼルがサルス上層部に
その時は既に、翌日分の依頼を受けてしまっていたので。
ただ夜は空くものだから、事情を聞きに宿を訪ねたところ、宿の老夫婦と作戦会議(やや迷走気味)をしているところに居合わせた。そこで説明を受け、まぁ
「まずサルスの
「平和的に解決しました」
「へぇ、おめでとう。そもそもなんで突撃したの?」
「支配者さんがジルを操ろうとしたので、責任者に言いつけようかなと」
「なんで本人に突撃しなかったの?」
「しようとしたんですけど、先手を取られたので」
「リゼル君が? 珍しい」
至って当然のように、心から意外そうに告げた。
ヒスイは支配者との直接の面識はない。だが、魔法に対する才がずば抜けていることぐらいは知っている。
冒険者として大侵攻の脅威は身をもって理解しており、それを裏から操っていたという事実だけで舌を巻くほどだ。あまりの偉業(もしくは
だがそれでも、リゼルにしては珍しいと思ってしまったのだから仕方ない。
「ん?」
ヒスイは、ふとクッキーを頰張りながら眉を寄せる。
「一刀はそれの何が気に入らないの?」
「何が、というと」
「リゼル君、別に悪いことしてないし。むしろ逆じゃない?」
「逆ですか?」
本気で心当たりがないのだろう。
不思議そうな顔をするリゼルに、何の冗談かと思いながらクッキーの包み紙を丸める。
「普通さ、お礼言わない? 操られそうなの守ってもらったんだし」
「実際は不発だったので、守ったかというと違うんですけど」
「それは結果論でしょ。可能性はあった訳だし」
何故なら、当たり前のことだからだ。ジルを操ろうという人間がいて、リゼルがそれに気づいて阻止に動いた。それでどうして、ジルがリゼルに対して機嫌を損ねるのかが全く分からなかった。
それなのに、リゼルは少しばかり眉尻を下げてみせる。
「それについては、俺が我を通したから……としか」
「どういうこと?」
「嫌がると知りながら動いたので、怒られるだろうなとは思ってたんですけど」
「嫌がるって?」
「ジル、俺に守られるの嫌いなので」
「は?」
だから内緒にしていたと、ほのほの微笑むリゼルの言葉が
ヒスイとて、ジルと似たようなことを思うことはある。なんだったら、パーティの仲間を相手に「こいつに守られたくない」という考えも常にある。
それは腕一本で生きる人間にありがちな自負心からであったり、のちの報酬分配の時に異様にそれを主張されるのが
だが、リゼルの言葉はそれとは全く別のニュアンスを含んでいた。
「……もうちょっと具体的に言える?」
「冒険者っていう枠の外で、俺が彼のために動くことが嫌みたいで」
「借りは作りたくないってこと?」
「どうなんでしょうね」
リゼルが
だがヒスイは投げやりに天を
通行人が来たので、その脚もすぐに折り
「それにしてもさ」
「はい」
ヒスイは折り曲げた両
「リゼル君、悪くなくない?」
「え?」
「ていうか一刀が
「我儘……」
考えたこともなかった、とリゼルは思案を始めてしまう。