「とにかく落ち着いて話をできる場所に行きたいが……残念ながらそういう都合の良い場所は知らないんだよなぁ」
「私も今の王都の案内はできそうにないですね。外に出ます?」
目深に被ったフードの奥から金色の瞳が向けられる。うーん? メルティってこんな目立つ瞳の色してたっけか……? というか、なんだか雰囲気が色々と違っている気がする。
まぁ、今は良いか。あとで色々と聞けばいい。
「出るなら別々に出たほうが良いな。俺、滞在期間をオーバーしてるから門番に絡まれるかもしれん」
「私が先に出ましょうか。でも、その前に……」
急にメルティが正面から俺に抱きついてきた。彼女の豊満なおっぱいが俺の胸板に当たるが、残念ながら革鎧のせいでほとんど感触が感じられない。実に残念。
「良かった……コースケさんが無事で。どのような形にせよ、コースケさんが無事で本当に良かったです」
「ああ……うん。俺も正直メルティに会えてホッとしてる。まさか誰かがここまで来るようなリスクを冒すとは思ってなかったから」
俺からもメルティを軽く抱きしめ、その背中をポンポンと叩く。そうすると彼女は満足したのか、俺から身を離した。少し顔を赤くして見上げてくるその瞳の色は灰色に……え? ナンデ?
「メルティ、瞳の色が……?」
「え? ああ、金色になってました? ちょっと興奮……いえ、感情が
「……不思議な体質だな?」
攻撃色かな? メルティはやはり怒らせないようにしたほうが良さそうだ。
「ええ、ミステリアスでしょう?」
メルティがにっこりと穏やかに微笑む。そこに先程までの威圧感というか緊迫感はない。先程までは俺に疑念を抱いていたようなのだが、何故かそれも随分と和らいだようだ。
「というか、メルティ。角は……?」
メルティの頭には立派な巻き角が生えていたはずなのだが、フードを被った頭にはその形跡が見られない。まさか取り外し可能とか? それとも格納可能とか?
「ああ、切ってきました」
「切っ……!?」
「コースケさんを探すためならこれくらいやりますよ。シルフィが来ると言い張っていたんですが、あの子の特徴は隠しようが無いですし。アイラやハーピィ達も騒いでいましたけど、シルフィ以上に論外ですしね。私は角さえ落としてしまえば人間とほとんど見た目が変わりませんし、耳の毛も剃っちゃえば角の痕と一緒に髪の毛の中に隠れますしね」
「いや、でもお前……角は大事なものなんじゃ」
「勿論です。私が生まれたときからずっと付き合ってきたものですから」
「もしかしてまた生えてきたりするのか……?」
「いいえ? 鹿系獣人は毎年生え替わりますけど、それ以外は基本的に生え替わりませんね」
ケロッとした表情でそんなことを言う。
「つまり、それは一生モノの傷なのでは……?」
「そうですね。角を持つ種族にとって角を落とすというのは最上級の刑罰にあたります。血も神経も通っていますから切断時には激痛と出血を伴いますし、場合によってはそれだけで死に至ることもあります。生き残ったとしてもその傷から感染症に
「んなっ!?」
メルティがなんでもないことのように話した内容に思わず目を見開く。完全に一生モノの傷である。俺を探すためだけにそんなことをしてきたっていうのか。
「な、なんでそんな……」
「色々な条件を考えると私が適任でしたから。それに、コースケさんは解放軍になくてはならない存在ですし、コースケさんの帰りを待つ人が沢山います。あと……」
「あと?」
「コースケさんに恩を着せようかなって」
メルティがにっこりと笑みを浮かべる。あ、これアカンやつや。
「私が勝手にやったことですけど……コースケさんは自分のためにここまでした私を捨てたりしませんよね?」
「まぁ……そうですね。責任は感じますね、痛烈に」
「でしょう? だからそういう打算も込みです」
「メルティはヤンデレ属性かぁ……」
「ヤンデレ?」
聞き慣れない俺の言葉にメルティが首を傾げた。
「愛情や恋慕が行き過ぎて自傷を伴う過激な行動を取ったり、積極的に自身以外のライバルを攻撃したりする性質……ちょっと違うな?」
「私、別に他の子を攻撃したりしませんよ? 自傷を伴うって言っても、必要だからやっただけですし」
「そうだな。違うな。どちらかと言うと犠牲を
「計算高いって……別にそれだけでこういうことをしてコースケさんを探しに来たわけじゃないんですけど」
「勿論わかってるとも。危険も犠牲も顧みずに単身で俺を助けに来てくれたことには感謝を通り越して尊敬とか畏敬の念すら感じるし、正直もう今にでも抱いてって感じだぞ。俺が女で、メルティが男だったらキュン死してると思う」
「男の子でもキュン死してもいいんですよ?」
「残念ながら俺がキュン死する相手はシルフィだけだから」
「ごちそうさまです」
「どういたしまして」
「ついでに私も召し上がってくれてもいいんですよ?」
「限り無く前向きに検討させていただきます」
「やりました」
メルティがにっこりと笑みを浮かべながら両手をぐっと握りしめてガッツポーズをする。うーん、なんか軽いなぁ。
「シルフィ達とは?」
「話はつけておきましたよ」
「流石にそのへんの手回しは完璧だな」
「勿論ですとも。それで、そろそろ移動しません?」
「そうだな」
メルティが先行し、俺はその後ろを付かず離れずの距離で追っていく。やがてすぐに城門へと辿り着き、先に歩いていたメルティは簡単なチェックだけ受けて先に外に出たようだった。
俺の方は少し揉めるかと思ったのだが、エレンが俺を大聖堂に留まらせる際に門番に手を回してくれていたらしく、特にお咎めも受けることなくスムーズにメリネスブルグの城門を潜ることに成功した。
先に門を出て待っていたメルティと合流し、街道を外れて地下道の入り口へと向かう。
「どこに向かっているんです?」
「城の地下に脱出用の地下道があるのは?」
「存在は耳にしたことがありますが、詳しくは知りませんね。噂程度です」
「なるほど。向かってるのはその地下道なんだ。地下道というか、下水に棲んでるスライムの情報は知ってるか?」
「ライムさん達ですか? 生きてるんで……まぁ、あの方達は死にそうにないですね、考えてみれば」
「無敵だよな、ライム達は」
「そうですね。一対一ならともかく、三体一だとちょっと勝ち目がないと思います」
「えっ……一対一なら勝てるの?」
「ええ、勝てますよ?」
「そ、そうか……」
うっそだろ? あのどうやっても倒せそうにないライム達に勝てるの? メルティ? 絶対に怒らせないようにしよう。
というか、マジ? およそ通常の生命体が太刀打ちできる相手じゃないと思うんだけど……あれだってもうほとんどスライムっていうよりテケリ・リとか鳴くやべーやつみたいなものじゃん。知能から考えるとそれのロード級のやつじゃん。
内心戦慄しながら森の中を突っ切り、目的の地点へと移動する。迷うのではないかと思ったのだが、幸いなことに入り口を隠している岩が特徴的だったためなんとか入り口を見つけ出すことができた。
「ここですか?」
「うん、ここだぞ」
インベントリからたいまつを取り出し、薄暗い洞窟を奥に進む。
「そろそろライム達のテリトリーに入っ」
た、と言葉が出なかった。頭上から降ってきた柔らかい何かに押し潰され、包み込まれて丸呑みにされたからだ。こんなことをするようなやつは三人くらいしか知らない。
「コースケ! しんぱいしてた!」
「お、おう……それはわかったから離してくれないか?」
「やだ!!」
「そっすか……」
全力で拒否られた。その間もライムは俺の身体に纏わりつき、鎧の下どころか服の下まで入り込んで全身をくまなく撫で擦っていらっしゃる。というか、まるで洗濯機に入れられた衣服の如く、頭だけライムの身体から出た状態でぐるぐる回されている。
「随分懐かれているんですね……」
「とーぜん。コースケはわたしたちの……わたしたちの?」
「何なんですか?」
「なんだろう?」
俺を包み込んでいる本体(?)から上半身を生やしたライムが首を傾げてみせる。俺を見られても俺にもよくわからん。
「とにかくだいじなそんざい」
「なるほど……美味しかったですか?」
「コースケはおいしいよ?」
「私もご相伴に与りたいんですけど」
「いいよー。ライムたちのおうちにかえろう!」
「あの、自分で歩けるから離してくれませんかね?」
「やだ!!」
「はい……」
ライムに取り込まれたまま連行されること数分。懐かしのライム達のおうちに到着した。
「これは確かにコースケさんの拠点ですね」
設置されたままの改良型作業台や鍛冶施設を見ながらメルティが頷く。そして、俺はと言うと。
「溺れるから! 窒息しちゃうから顔はやめて!」
「連絡もしないで! 本当に心配したんだからね!」
ベスに抱きしめられていた。それはいいんだけど、程よい弾力のスライムを俺の顔に押し付けるのはやめて欲しい。ピッチリと隙間なく顔を覆うからマジで窒息しかける。
「次は私なのです」
「ライムもー」
「ライムは先に堪能したんだから私の後なのです」
「私も交ぜて欲しいんですけど」
「じゃあアレのあとなのです」
「むー……」
そんな感じでライム達……何故かメルティも込みでもみくちゃにされ、解放される頃にはクタクタになってしまった。
「あー……どこから話すか」
「最初から話して欲しいですね。ライム達とどうやって接触したのかも気になりますし」
「りょーかい」
もみくちゃにされた俺はソファ状に変形したライムに腰掛けながら事情の説明を始めた。
キュービに不意打ちされて誘拐されたこと、城の地下にある独房に入れられたこと、独房にあったものを利用して石斧を作り、石床を破って地下道に逃れたこと、そしてライム達と出会い、ゴーレム通信機を作るためにメリネスブルグに潜入する準備を進めたこと。
「それでどうしてアドル教の連中とよろしくすることになったんです?」
「それには複雑怪奇な運命があってですね……」
偽造した帝国通貨を換金しに行った両替商でミスリル製品を手に入れるのは難しいと聞いたこと、ならリスクはあっても確実に手に入るであろうアドル教の大聖堂で寄付をしてミスリルのロザリオを手に入れようと思ったことを話す。
「たった一人の両替商の言葉でリスクを取るのはどうなんですか……?」
「俺が姿を消してもう一ヶ月近く経ってたんだぞ。一刻も早く連絡をつけないと解放軍、というかシルフィ達が無茶な行動を起こしかねないと考えたんだよ。つまり、リスクよりも時間を取ったわけだな。実際、無茶をやらかしてここまでメルティが来ているんだから俺の判断は間違ってなかったと思う」
「うっ……それは確かに」
「だがまぁ、そこで不測の事態が起きたわけだ」
ミスリルのロザリオを得るために大聖堂に行ったら、その日が丁度聖女が説法をする日で教会騎士がわんさかと居た。
それを見て踵を返したら怪しいやつだと目をつけられそうだったから仕方なくそのまま礼拝に参加し、最後に聖女様から祝福を賜るというところで自分の後ろにいた奴が突如聖女様に毒の短剣で襲いかかり、
「何で庇うんですか……そこは見逃して刺させておけば良いじゃないですか」
「せいじょ、びじんー?」
「コースケは女に甘そうだものね」
「なのです」
「なるほど……」
「違うから。そういう理由じゃないから。後ろのやつが奇声を上げて俺を押し退けたからつい咄嗟に肘を打ち込んじゃっただけだから」
「そういうことにしておくのです。それで、何の毒だったのです? 私の渡した解毒剤なら大抵の毒は……」
「バジリスクの毒だって言ってたぞ。しかも都合の悪いことに肝臓を刺されてな」
メルティが噴き出した。ライム達は思考停止でもしたのかポカーンとした顔をしている。何だよ?
「何で生きてるのです? 即死しないとおかしいのですよ?」
「コースケつよい」
「私達ならともかく、およそ人間の生命力じゃないわね」
「ほ、本当によく生きてましたね……?」
「君達、その珍獣でも見るような目はやめてくれないかね? まぁ、聖女様にもそう言われたけども。油虫並みの生命力ですねとかなんとか」
「油虫でもバジリスクの毒には勝てないのですよ」
「それ以上とでも言いたいのか? ん?」
「そ、それはともかく。それからどうなったんです?」
「ぬぅ……まぁ続きを話すか」
暫く大聖堂で寝込んでいたこと。アドル教の聖女とシスターに手厚い看護をしてもらったこと。そして聖女に稀人であることを見抜かれたことを話す。
「バレたんですか!?」
「ひと目でバレました。なんか光輝?とかいうのが聖女様の目には見えるそうでな。神の祝福めいたものが光として見えるんだと。もう大聖堂で説法をしてた時からあいつ普通じゃねーってのはバレてた感じだったな」
「それは厄介な……それで、どうなったんです?」
「それがな」
俺はエレンがこの地に来る前に受けていたという神託の内容と、彼女とのやり取りを覚えている限り詳細に話した。そうすると、最初は緊迫した様子だったメルティやスライム娘達の顔がどんどんと冷めていき、最後にはライム以外の三人の目が女の敵でも見るかのような目つきになっていた。
「コースケさん……またですか?」
「俺は悪くねぇ! あんな神託を出した神とやらが悪いんだ! 俺は悪くねぇ!」
「コースケ、もてもてー?」
「見境というものが無さすぎじゃない?」
「大変なスケコマシなのです」
「コマしてない。コマしてないから」
「本当ですかぁ?」
メルティがジト目で俺を睨んでくる。彼女としては面白くないだろう。わかる。
「と、とにかくですね? 聖王国というかアドル教も一枚岩じゃないってことがわかったのと、その中でも親亜人派とも言えるかも知れない人達とのパイプが作れたというのが要点でな?」
「……まぁ、それは確かに有用そうな人脈ではありますね」
「どうやって連絡を取るつもり? まさかコースケがいちいち会いに行くわけじゃないわよね?」
「うん、それなんだがな。ライム達に協力してもらいたい」
「協力なのです?」
「うん。これから作る予定の大出力ゴーレム通信機をここに置いていくから、そいつを経由してエレン……聖女エレオノーラと連絡の仲立ちをして欲しいんだ」
「エレン、ねぇ……まぁそれは良いけど、具体的にはどうやって?」
「王族のいる区画があるだろう? あそこにエレンがどうにか単身で乗り込むから、そこで落ち合って欲しいんだ」
俺の提案にスライム娘達は顔を見合わせた。
「できればあの場所には近づいて欲しくないのです」
「勿論だ。最初の一回だけでいい。その後の接触場所や方法についてはその時にエレンと話し合って決めてくれ」
「それならー?」
「一回だけなら良いわ」
「助かる」
スライム娘達が了承してくれてよかった。絶対にダメ、となったらもう一度エレンと会うためにメリネスブルグに行かなきゃいけないところだったからな。
「コースケさん、一体どうするつもりなんです?」
「具体的にはまだ考えてないけど、どちらにせよメリナード王国内のアドル教徒を皆殺しにするまで戦うわけにはいかないだろう? どこかしらの時点で講和は結ばなきゃならないわけだし、その窓口としてエレンとエレンの所属する教派は最適のはずだ」
「それは確かにそうですね」
「あと、エレンの所属している教派はアドル教の主流派である反亜人派――亜人弾圧派と言っても良いな。奴らとは仲の悪い教派であるらしい。エレン達の教派が力を持つことは解放軍にとって有利に働くはずだ」
「そうかもしれませんね」
「それと、どうも現在の反亜人的なアドル教は、何百年か前にエルフに滅ぼされたオミット王国の生き残りが元々のアドル教の教えを歪めた疑いがあってな……」
「本来のアドル教ですか」
「その辺りの調査をするためにオミット王国の跡地であるオミット大荒野を調査したいという思惑があっちにはありそうな感じだな。場合によってはアドル教を、ひいては聖王国をひっくり返せるかもしれん」
「なるほど……」
俺の説明にメルティは頷き、考え込んだ。こういう
「俺から説明できることはこれくらいかな……さて、早速ゴーレム通信機を作るぞ」
「そうですね。コースケさんの無事をシルフィエルに早く伝えてあげたいですから、頑張ってください」
「任せてくれ」
まずはミスリルのロザリオと銅を合金化するところからだな。俺も早くシルフィの声が聞きたい。急ぐとしよう。
◆ ◆ ◆
Side:シルフィ
コースケが居なくなって、もう一週間。
コースケの現在地そのものは早い段階で把握することができた。アイラが触媒を使った探索用の儀式魔法を使って早々に見つけ出したのだ。幸い、コースケを探すための触媒は『新鮮』なものがあったので、精度にも信用が置けた。
問題は、その場所であった。
『メリネスブルグ……』
『やはりか……』
悪い方向に予感が当たったと言うべきだろう。一体どうやってこの短時間でメリネスブルグまでの距離を移動したのかは定かではなかったが、やはり転移のアーティファクトの類を使ったのであろう。そうでなければたかが半日程度でアーリヒブルグからメリネスブルグまで移動することなどできるはずもない。
『どうやって助け出すか……』
問題はまさにそれであった。メリネスブルグはメリナード王国領における政治の中心地だ。それはつまり、敵の中枢であるとも言い直すことができる。距離的には馬車で五日ほど、徒歩ならその二倍から三倍。メリネスブルグまでの道程には聖王国軍の駐屯地や砦なども存在し、とてもではないが軍を送り込んで作戦行動を行うなどということはできそうにもない。
アーリヒブルグを占領した私達に対して聖王国軍は神経を尖らせている筈であり、監視の目はかなりきつくなっている。アーリヒブルグ周辺に斥候を放ってきているからな、奴らは。
とはいえ、コースケを助け出さないという手はない。解放軍としても兵站の要であるコースケを失う訳にはいかないし、私個人としてもコースケを見捨てることなどできるわけがない。
部隊を送り込めないとなると少数精鋭を送り込むしか方法が無いわけだが……。
「私が行く」
「ダメです」
「無理」
「ダメですね」
「論外でありますな」
メルティ、アイラ、ダナン、レオナールに寄って集って否定された。
「何故だ!?」
「シルフィが単独で潜入なんて許せるはずがないでしょう? 貴方の立場を考えなさい」
「耳が目立つ。隠しようがない」
「メルティと同じ意見です」
「吾輩もでありますな。指導者が危険な単独潜入を行うなどありえないのである」
「ぐぬぬ……」
ぐうの音も出ない正論だった。
「私が行く」
「それこそ無理だろう。私の耳より隠せないだろう、その目は」
私の耳は最悪切り詰めればなんとかなるかもしれないが、アイラの目は隠しようがないだろう。
「そもそもアイラは身体が小さすぎて子供に見られるでしょう? 子供の単独行は目立ちますよ」
「私が言うべきことは言われたな」
「右に同じである」
「子供じゃない……」
メルティの言葉が効いたのか、アイラがしょぼくれる。確かに子供ではないのだが、体格の小ささばかりはなぁ。
「吾輩もまぁ、無理であるな」
「その
「では、私が」
「ダナンは顔を覚えられているだろう。未だに手配書が貼られているというぞ」
「そもそも角がありますから、難しいでしょう。だから、私が行きます」
メルティが変なことを言い始める。角があるのはメルティも同じだろうに。
「メルティにも角がある」
「ええ、切り落としてしまえばいいでしょう」
ケロリととんでもないことを言う。角持ちの亜人が角を落とすということの意味をメルティが知らないはずがない。
「コースケさんの作った薬があれば危険はないでしょう。感染症の恐れもないでしょうし」
「いや、だからといって――」
「角を落としてしまえば人間に紛れることは難しくありません。私一人ならいざとなればどうとでも逃げられますし」
確かに、メルティならば単独でもなんとかなるかもしれないが……角を切り落とすというのは……。
「それくらいの覚悟を持って臨むということです。それに、最悪私が死んだとしても解放軍に与える影響は少ないでしょう、この面子の中では」
「それはそうであるな」
「レオナール!」
「姫殿下、事実は事実なのである。こう言ってはなんであるが、メルティの立場はいち内政官なのであるな。我々の指導者である姫殿下は勿論のこと、魔道士部隊のまとめ役で研究開発部の長でもあるアイラや三年前の反乱で指導者的立場であったダナンや我輩とはもしもの時の影響力が違うのであるな」
「そういうこと。私の実力については知っているでしょう?」
「それは……」
勿論知っているが、だからといって角を切り落とすというのは……。
「人間の解放軍兵士に潜入してもらうのが一番ではあるんでしょうけどね。実力的にも信用的にも任せられる人、居ないでしょう?」
「であるな。実際、キュービが連れてきた人間が裏切っているのである」
会議室に沈黙が訪れる。実際、これは大きな問題なのだ。コースケが攫われたという事態が発覚し、これを大体的に調査して真相が判明した――のはいいのだが、それによって亜人と人間の避難民との間に相互不信というか、溝のようなものができてしまったのだ。
今はなんとか表立った対立は沈静化しているのだが、いつまた騒ぎが起こるかわかったものではない。この問題の解決にも頭を悩ませているのだ。
「キュービめ……次に会ったら全身の毛を剃って晒し物にしてやる」
「尻尾の毛も」
「当然だ」
奴が解放軍に与えた損害は計り知れない。正直、聖王国軍から受けた損害よりも奴一人が解放軍に
「斬るのはレオナール卿にお任せしますね。痛くないようにしてください」
「最大限努力するのである」
この後、レオナール卿の手によってメルティの両角が切り落とされ、たった一日の療養の後に彼女は旅立っていった。
それから約三週間が経ち、私の苛立ちが頂点に達した頃、その時は訪れた。
◆ ◆ ◆
「これがゴーレム通信機?」
「ああ、据え置き型の強力なタイプのやつだな」
出来上がったゴーレム通信機を前に俺は胸を張ってみせる。この据え置き型ゴーレム通信機の通信可能範囲は従来型の五倍以上になっている。一応、仕様上はそうなっているはずである。アイテムクリエイションで作ったものだから細かいスペックまでは正直わからんけど。
見た目は机サイズの四角い箱に、周波数を変更するためのダイヤルや通話をするためのマイクやスピーカーのついたもので、デザイン性の欠片もない無骨な一品だ。すまんな、俺にデザイン性なんて求めないでくれ。そういうのは鍛冶師のラミアさんあたりの領分なんだ。
「コースケさん」
「うん?」
「これ、送話はできても受話できないんじゃないですか?」
「え? いや、そんなこと無いはずだろ。通信範囲は従来の五倍だぞ? 距離的には十分……」
「いえ、ですからこの通信機から発信する魔力波が向こうに届いても、あちらからの魔力波はこちらに届かないのでは?」
「……しまった!?」
そう言えばそうだ。受信感度を上げたとしてもそもそも向こうの発信する魔力波の出力が足りなくて、こちらに届く前に減衰しきってしまってはどうしようもない。これは失敗しただろうか?
「こちらからの一方的な送信だとしても、無事を報せることはできるでしょうから、無駄にはならないと思いますけどね」
「はい……」
送受信の機能を強化する外部アンテナの作製も視野に入れるとしよう……増幅器付きの中継局とかがあればベストなんだろうけど、アイテムクリエイションで作れるかな……? 難しそうな気がするな。
俺がクラフトできるゴーレムコアはゴーレム通信機用のものだけだから、中継局を作るなら中継局用のゴーレムコアを研究開発部に作って貰う必要がありそうな気がする。
いや、でもアイテムクリエイションならワンチャンあるか……? 後で試してみよう。
「とりあえず、メッセージを送信してみるか」
「そうですね。できるだけ多くの周波数で試しましょう」
「オーライ。魔力の供給を頼む」
「はーい」
「わかったわ」
「了解なのです」
スライム娘達が大型ゴーレム通信機の魔力供給スロットに触れて魔力を供給し始める。俺には魔力なんてものは感じられないのだが、備蓄魔力を示すインジケーターがぐんぐん上昇しているので、問題なく魔力が供給されているのだろうということは見ればわかる。文明の利器ってすげー。
「魔力の充填は終わったみたいですね」
「よし、始めるぞ……こちらコースケ、こちらコースケ。現在メリネスブルグ地下の下水道に潜伏中。俺もメルティも無事、またメリナード王国の王族も大半が王城で存命。連れ去られた者は無し」
同時に、今は試作型の大型ゴーレム通信機で通信していること、おそらくそちらからの通信は届かないと思われること、これから連絡に使う周波数なども含めて同じ内容の通信を解放軍で使われている複数の周波数で送信する。
「喉が枯れそう」
「えい」
「がぼぉ!?」
ライムが突然身体の一部を触手状にして俺の口に突っ込んできた。の、喉まできてる! おえってなるから! というか息が!? と慌てていたら解放された。
「げほっ! げほっ! げふっ! おぇっ……」
「なおったー?」
「な、何を……おお、喉がガラガラしない」
かれかけていた喉の状態が回復していた。いや、それは素晴らしいんだけど絵面が良くない。絵面が。誰得なんだよ。
「急にやられるとびっくりするから。今後いきなりやらないように」
「んー?」
こてん、とライムが首を傾げる。そんなあざといリアクションをしてもダメです。主に絵面が。
ライムの味? 無味無臭……いや、僅かに爽やかな香りだけは漂っていたかな。美味しくはないです。
「これで向こうには届いたんでしょうか?」
「多分、おそらく、きっと。確認する術が無いけど」
もし向こうに通信が届いたなら、アイラ辺りが遠からずこちらに通信が届く魔力波強度をなんとか実現して通信を飛ばしてきそうだ。出力だけの問題なら多分なんとかするだろう。こちらも送受信を確実に行うために外部アンテナの設置を検討……いや、とっとと一旦帰ったほうが良いかな?
ちょっとその辺りはメルティやライム達と相談することにしよう。うん。
◆ ◆ ◆
「まずは通信を確立するのが一番だと思いますね」
「私もそう思うわ」
「なのです」
「そうか? 早く帰ったほうが……」
「どっちにしても、つうしんができないとこんごのことをかんがえるとめんどうー?」
「なるほど、それもそうか」
エレン――つまりアドル教懐古派との交渉は『ゴーレム通信機による通信が十全に行える』ということを前提とした方針だ。そもそもの段階でゴーレム通信機が使えないのでは話にならない。
「しかし、向こうの機能改善をただ待つってのもな? そもそもの話、俺がアーリヒブルグまで走って、向こうでこの据え置き型のゴーレム通信機を作れば良いわけだし」
「これ、壊れたりはしないの?」
「え? いや、そりゃ可能性はゼロじゃないけど」
「もし壊れたら通信ができなくなって計画が頓挫するのですよ」
「それは確かに……」
予備に一台と、一台分の部品を作っておくべきだろうか? いや、問題は資材だな……ゴーレムコアは摩耗もしないだろうし、予備は要らないだろう。ゴーレムコアを除いた筐体だけ作って、もし通信機が不調になったらゴーレムコアを予備の筐体に移し替えてもらえば良いか。
後は消耗しやすい部品を交換できるように作っておけばベストなんだろうけど……正直、運用実績が少ないからどの部品が壊れやすいかとかわからんのだよな。そもそも、俺はアイテムクリエイションで作ったアイテムの細かい構造や仕様までは理解していないから作るのが難しいんだよ。
これは俺の能力の欠点と言えるだろうな。それを補って余りある利点があるけど。別に俺の作ったものを分解・解析してリバースエンジニアリングできないわけでもないしな。実際、テコの原理で簡単に弦を引けるゴーツフットクロスボウはそうやってこの世界の職人が考え出したものだし。
「予備の筐体作りと通信範囲の拡張をしつつ向こうからの通信待ち、だな」
「それが良いわね。私達は材料を集めてくるわ」
「金属屑で良いのですよね?」
「ああ、俺も行――」
「コースケはここでゆっくりしててー?」
そう言ってスライム娘達はそそくさと地下道の奥へと姿を消していってしまった。後に残されたのは光を放つ魔法の玉と、俺とメルティだけである。
「あー……まぁ、そういうことみたいだし休んでるか」
「そうしましょうか」
インベントリからソファを出して座る。メルティも俺の隣に腰掛けた。
「なんか距離近くありません?」
「そんなことありませんよ」
そんなことあると思います。ソファは三人は並んで座れる広さがあるのに、めっちゃ俺にくっついてるじゃないですかメルティさん。
「ええと……角、切ったところは大丈夫なのか?」
「あんまり大丈夫じゃないです。妙に頭が軽くて調子が狂いますし、感覚が鈍くなった気がします。それに、切った時は物凄く痛くて……夜に夢を見るんですよ。それに、たまにズキズキ痛みます」
「大変じゃないか……俺のために、本当に」
「謝らないでください。私が勝手にやったことですから……でも、診てもらえるなら嬉しいです」
「専門的な知識なんて無いぞ」
「ただ手を当てて擦ってくれるだけでも違いますよ」
メルティはそう言ってコロンと転がり、俺の膝を枕にした。魔法の光に照らされた灰色の潤んだ瞳がジッと俺を見上げてくる。
「それじゃあ……」
「んっ……」
少しくせっ毛気味の豊かなストロベリーブロンドに手を入れて角が生えていたであろう部分に手を這わせると、明らかにそれとわかるものが俺の指先に当たった。中心部分は多孔質になっているようだ。
「大丈夫? 触ったら痛くないか?」
「んっ、だ、大丈夫……んんっ!」
「本当に大丈夫なのか……?」
どう見ても涙目で身体を震わせている。とても大丈夫には見えない。
「い、痛くはないんです。ちょっと敏感なだけで……」
「それはそれでどうなんだろうか」
どうも角の中心部だったところを指先で触るのは刺激が強すぎるようなので、その周りや角の付け根あたりの頭皮をできるだけ優しく触ることにする。そうすると今度はとろんとした目になって半開きの口から声にならないような声を漏らし始めた。
「はあぁぁぁ……あぁー……」
「なんというか、目に毒なんですけど」
いつもニコニコ笑顔で表情の読みにくかったメルティの蕩けるような表情というのは破壊力がヤバい。語彙が死ぬほどヤバい。理性が破壊されそう。

「なんとか角を元に戻す方法を考えないとな」
「んっ……別に良いんですよ? こうしてたまに手当てをしてくれるならそれで」
「んー、これくらいならいつでもするけど。でも、やっぱり治してあげたいな。俺の責任として」
「ふふ……んっ、それじゃ、あっ、まってま……んんっ」
「悩ましげな声を上げるのをよしてくれないか」
「ふふ、何か困ることがあるんですか?」
やめなされ。頭をぐりぐり動かすのはやめなされ。何をとは言わないがそれを刺激するのは危険だからやめなされ。
「折角彼女達が気を遣ってくれたんですから、ね?」
「いやいや、俺にはシルフィやアイラ達がね?」
「今更一人や二人や三人や四人や五人くらい増えても誰も気にしませんよ。シルフィ達には話をつけてありますし。それに、前向きに検討するって言ってくれましたよね?」
「いやいやいやいや、確かに言ったけどももう少しゆっくりだね?」
「もう、十分に待ちましたよ、私は」
俺を見上げるメルティの瞳が金色の輝きを帯び始める。アカン。
「ふふ、何も知らないコースケさんはずっと私に気を遣ってくれていましたよね。非力な内政官として、決して戦いに巻き込まれないように」
「ち、違ったんです……?」
「いいえ? 私は非力な内政官ですよ。これまでも、これからもね」
ガシッ、と物凄い強い力で腕を掴まれる。
「嘘だ! 非力な内政官なんて絶対ウソだ! それきっと世を忍ぶ仮の姿――あっあっあっ、だめだめだめいけません! うわぁ!? 革鎧が紙屑のように!? ちょ、落ち着いて! 落ちつ――」
興奮した羊は危険。こーすけおぼえた。
◆ ◆ ◆
「すみません、興奮しすぎました……」
「うん、いいんだよ……たまにはこういうこともあるさ」
メルティが散々破り散らかした俺の革鎧やら服の残骸やらを見ながらしょんぼりとしている。
俺はと言うと、インベントリに入れてあった真新しい服に着替えました。文字通り全部破られたからね。色々と溜め込んだ分とか角を切ったストレスとか単独潜入のストレスとかそういうのが爆発したのだろう。
色々と済ませて落ち着いたメルティは激しい自己嫌悪に陥ったのか、グズグズと泣きべそをかいてしょんぼりしている。こういうメルティは新鮮だ。いつもニコニコとして余裕を崩さない女性、ってイメージだったし。
「俺の前では完璧でなくてもいいから」
「はぃ……」
ぐずるメルティの頭をそっと抱き、背中をポンポンと叩いてあやしてやる。まるで小さな女の子でも相手にしているような感じだ。もしかしたら角を失って心の均衡が崩れてしまっているのかもしれない。切るのも相当痛かったようだし、角持ちの亜人にとっては心の拠り所と言うか、自信の在り処みたいなもののようだからな。角のない俺には想像しかできないけど。
そうやってあやしているうちにメルティは俺に抱きついたままスヤスヤと穏やかな寝息を立てて眠ってしまった。もしかしたら聖王国軍の占領地域に入ってからロクに睡眠も取れていなかったのかもしれない。
「……激しかったわねー」
「まさに野獣だったのです」
「コースケだいじょうぶー?」
「どこから湧いてきた、君達」
部屋のあちこちから声がしたかと思うと、部屋の隅やら天井やら床の隙間やらからスライム娘達が湧き出してきた。正に字の如く。
「勢い余ってコースケを傷つけちゃうかもしれなかったから」
「必要な措置だったのです」
「ちからかげんまちがうと、みんちー?」
「やだこわい」
確かに革鎧を紙屑のように引きちぎる握力と
「それで、材料は持ってきてくれたのか?」
「抜かり無いのですよ」
部屋の入り口からスライム娘達の複体が沼鉄鉱を次々に運び込んでくる。俺を監視しながらしっかりと採鉱作業はしていてくれたらしい。この沼鉄鉱は少々臭うのが玉に瑕だよな。さっさとインベントリに収納してしまうことにする。
「ベス、魔力燃料をくれないか?」
「いいわよ」
この部屋はさして広くはないので、ソファからでもギリギリ鍛冶施設の操作ができる。俺はメルティを起こさないように気をつけながら沼鉄鉱の精錬作業を開始した。銅がある程度抽出できたら少量のミスリルと混ぜてミスリル銅合金に精製し、それを材料として据え置き型ゴーレム通信機の筐体を作っていく。
・据え置き型ゴーレム通信機(筐体)――素材:ミスリル銅合金×2 鉄×20 銅×15 銀×5 金×2 機械部品×18
筐体じゃないものにはこれに加えて通信用ゴーレムコア(中)が必要になる。まぁ、かなりコストは重めだと思う。軽減スキルもついてこれだし。端数は切り捨てなのかね? 今となっては元の数値がわからないから検証もできないんだよな。
機械部品がネックなんだよなぁ。改良型作業台になっていくらか改善したけど、それでもやっぱり作るのに結構な時間がかかるし。鍛冶職人のみなさんも機械部品、というかネジ作りには苦労していらした。
俺の作った改良型作業台についている旋盤を見て雷に打たれたような顔をしていたなぁ。足踏み動力の旋盤があるかどうかで細かい部品の製作にかかる時間が段違いだものな。俺のクラフト能力には関係ないけどね!
そんな感じでメルティを起こさないように静かに作業を進め、外では日が暮れる頃になって予備の筐体が完成した。丁度その頃にメルティも目を覚まし、眠る前の自分の行動を思い出して悶絶していた。具体的には頭を抱えてソファの上で暫く丸くなっていた。
「……色々とご迷惑をおかけいたしまして」
「全然迷惑じゃないから大丈夫。寧ろ、メルティはもっともっと俺に甘えていいと思う。疲れるだろう、完璧を演じ続けるのは」
「……そういうのはズルいと思います」
「メルティとシルフィが俺に甘えて、俺はアイラやハーピィさん達に甘えさせてもらう」
「あら? 私達にも甘えていいのよ?」
「ですよ?」
「だよー?」
「君達に甘えると堕落しそうだからなぁ……」
スライム娘達は俺を甘やかすのがどれだけ嬉しいのかわからないが、彼女達に身を任せていると俺は何もする必要もなくこの上ない安楽を得られてしまうんだよな。なんというか、本当に何もしなくていい。自分で歩く必要すらないどころか呼吸すら任せられそうな勢いなんだよ。あれはヤバいで。
「何事も程々に、ですね」
「そうだな。でもメルティはもっと甘えよう。さしあたっては今日の夕食は俺の作れるものならなんでも好きなだけ出そうじゃないか」
「本当ですか? じゃあ、甘いものを」
「晩御飯だよ?」
「甘いものを」
「はい」
なんでも好きなだけと言った手前、約束を破る訳にはいかない。俺は持てる限りの甘いものを全種類放出していくことにした。スライム娘達も大興奮だ。
一方、俺はそれを眺めながらハンバーガーを食べた。甘いもので腹を満たすのは無理な人なんだ、俺。
◆ ◆ ◆
『こちらアーリヒブルグのシルフィだ。コースケ、聞こえていたら応答してくれ』
予備の筐体や増設用の外部アンテナなんかを作りながら待つこと二日。ついに据え置き型ゴーレム通信機がアーリヒブルグからの通信を受信した。外部アンテナは昨日の時点で設置を終えていたので、恐らく向こうの魔力波の強度が上がったのだろう。
ちなみに、この魔力波というのは電波と違って地面や石の壁を通してもほとんど減衰しない。魔力的な障壁には弱いので、魔力を遮断する性質のある魔法障壁や一部の魔法金属、鉛などの壁はダメみたいだが。放射線じみた特性でも持っているのだろうか。
「こちらメリネスブルグのコースケ。シルフィ、やっと話せたな」
『ああ……ふぐっ……やっと話せたぁ……こーすけぇ……』
スピーカー越しにシルフィの泣き声が聞こえてくる。ああ、物凄く胸が締め付けられる。今すぐに抱き締めてやりたいが、シルフィとの間に広がる物理的な距離の壁は如何ともし難い。
「前にも話したと思うが、メルティとは無事に合流している。今はメリネスブルグの下水道に潜伏中だ。ライム、ベス、ポイゾに助けられてな」
そして俺はメルティに話したのと同じように、キュービに拉致されてから何があったのかを事細かに話して聞かせた。途中、シルフィやアイラ、ダナンやレオナール卿から質問されたので、それにも答えていく。
『やはりキュービか……奴は聖王国の手の者だったと』
『次にあったらころす』
「アイラ?」
『ぜったいにころす』
『殺すのでは生ぬるい。全身の毛を剃り上げて晒し者にしてやる』
『コースケ……二人が怖いので早く帰ってくるのである。全身の毛を剃るとか、耳と尻尾を切り落とすとか怖いことばかり言うのである。あとコースケの料理が食いたいのであるな』
「あんたは本当に欲望に素直なおっさんだよな」
ちなみにザミル女史は俺が攫われてからというものの、何かに取り憑かれたかのように南部に残っている聖王国軍の残党を駆逐し続けているらしい。聞いたところによると俺の護衛の任を果たせなかったことの責任を取って腹を切ろうとしたとか。責任を取って切腹とかサムライかよ……。
一応それに関してはシルフィが止めたそうなのだが、それからというもののロクに休みも取らずに戦闘に明け暮れているそうだ。早く戻ってやらないとザミル女史がヤバいことになりそうだな。
「それで、今後の俺の行動方針についてなんだが」
『かえってきて』
『かえってきて』
『戻ってきてくれ。できるだけ早く』
『戻ってくるのである。可及的速やかに』
「あっハイ」
満場一致で戻ってこいと言われた。ですよね。ここにいても俺がやることないものね。
「こーすけ、かえっちゃうの?」
「行っちゃうのね……」
「しかたないのです」
スライム娘達は残念そうだ。うん、ライム達にはとても助けられたし、彼女達は実に俺に良くしてくれた。この地下での生活は太陽を浴びられないところ以外は実に快適だったし、正直言って結構寂しい。
「でもやっぱり、俺がいるべき場所はシルフィの居るところだからな」
『コースケ……』
スピーカーの向こうからシルフィの感極まったような声が聞こえてくる。
『コースケ、待ってる』
「ああ、待っててくれ。準備を整えたら明日にでも出発するよ。それじゃあ、通信終わり」
アイラにそう答え、通信を終える。
さて、準備だが……革鎧をメルティに破壊されちゃったからなぁ。
その他にも十分に旅の準備をしてから出発しないといけない。食料は十分にあるな。水も大丈夫。粘土からレンガブロックは作ってあるので、シェルターの設置も大丈夫。
あれ? 革鎧だけ作れば出発できちゃうな?
「防具だけ作ればいいか。他になにか必要なものはあるかな?」
「ああ、それなら作ってもらいたい物があるんです」
「いいぞ、なんだ?」
俺の返事にメルティがにっこりと笑みを浮かべた。あ、これアカンやつ。
「首輪を作ってください」
「ほわい?」
「奴隷の首輪と同じデザインのものを」
「……なんで?」
「聖王国の支配地域を二人で歩くなら、私はコースケさんの奴隷ってことにしておくのが一番安全ですから。角を切り落とされた亜人の女奴隷と、人間男性の傭兵という組み合わせなら不審に思われる可能性は限りなくゼロに近いです。傭兵なら『戦利品』として亜人の女奴隷を連れていても不自然ではないですし」
「ぬぬ……」
反論の余地が見当たらない。確かに、傭兵なら戦場で捕らえた亜人を奴隷として侍らせていても不自然ではなさそうだ。戦奴ということであれば、武装させても問題ないだろう。
「じゃあ、戦奴ってことにして武器と防具も作るか。それなら簡単に武装もできるし」
「いえ、それはいいです。私はコースケさんの性奴隷ということにしましょう」
「せっ……!?」
「武装なんかしていたら余計に調べられますよ。そうした方が良いですよ」
「そ、そう……か?」
なんだか丸め込まれているような……いや、メルティの言うことは的を射ている。確かにフードを被って顔や頭を隠している人物をコソコソと連れ歩くよりも、奴隷の首輪(のように見えるただの首輪)を首に嵌めて堂々と連れ回したほうが注目を浴びないかも知れない。
「そうだな、わかったよ」
インベントリに入っている革素材とメルティに引き切られた革鎧の残骸、それに多少の鉄などを利用して俺の革鎧とメルティ用の奴隷の首輪(見た目だけ)を作ることにする。
なんかベスとポイゾから生暖かい視線を送られているような気がするが、きっと気のせいだろう。そうだと思いたい。
作業量自体は大したものではないので、革鎧と首輪はすぐに出来上がった。改良型作業台で作り上げた革鎧と首輪をインベントリに入れ、それから首輪だけを取り出す。
「出来たよ」
「早いですね。じゃあ、私につけてください」
「え? 俺がつけるの?」
「勿論です。その方が雰囲気が出るじゃないですか」
「何の雰囲気だよ……」
メルティが首輪を受け取ろうとせず「んっ」と言って顎を上げ、首を露わにするので、仕方なく俺の手でメルティの首に形だけの奴隷の首輪を嵌めてやる。
丈夫な革の首輪を苦しくないように、でもぴっちりと隙間のないように首に装着してやるとメルティはぶるりと身体を震わせ、ほう……と妙に色っぽい溜息を吐いた。
「うふふ……私、コースケさんの性奴隷にされちゃいました」
「いや、形だけだから」
頬を赤くして熱っぽい表情を浮かべるメルティに内心少し動揺しながらもしっかりと首を振って否定しておく。
「形だけでも、そうと信じさせるためにそれらしい振る舞いは必要ですよね」
「そう……か?」
メルティの言葉に首を傾げる。そう言われると、そうかもしれない。それらしい振る舞いをしていなければ聖王国の兵に怪しまれて職務質問とかされてしまうか? いや、その時は全力で逃げて……大騒ぎになるか。
「練習、しましょうか」
「はい?」
メルティの突拍子もない提案に思わず素で問い返す。
「ライムさん達も手伝ってくれますか? 明日には出ることになりますし、最後にパーっとやりましょう」
「やるー」
「そうね、パーっとやりましょうか」
「やりすぎないように注意なのですよ。動けなくしてしまったら大変なのです」
「いやいやいや、待たれよ。明日から長旅ぞ? 英気を養わなければ死ぞ? 体力を消耗するのはよろしくな――た、食べないでくださーい!」
俺は声を上げて逃げ出そうとした。踵を返した俺の背にメルティの声が投げかけられる。
「知っていますか? コースケさん」
メルティ達に背を向けて走り出したはずなのに、何故か目の前にメルティの姿があった。何を言っているかわからないと思うが、俺自身も何が起こったのかわからない。突風などの物理現象はなかったし、超スピードで動いたとかそういうチャチなものじゃ断じて無いと思う。
「魔神種からは逃げられません」
「アイエッ!? 魔神!? 魔神ナンデ!? 羊じゃないのナンデ!?」
「うふふ……さぁ、大人しくしましょうねー。怖くないですよー」
「イヤアァァァ!? やめて!? 私に酷いことするつもりでしょう!?」
「てんじょうのしみをかぞえているあいだにおわるー?」
「大丈夫よ、痛いことはしないから」
「何かあっても私達なら何度でも癒せるのです。安心すると良いのですよ」
「安心できる要素がどこにもねぇ!? ウワーッ!」
何事も程々が肝心だと思います。心の底から。行き過ぎはよくない。何事も。
◆ ◆ ◆
「ううーん……はっ!?」
俺は一体……昨日、シルフィとの通信を終えてからの記憶が……うっ、思い出そうとすると頭が。
「こーすけ、おきたー?」
全身を程よい弾力で包んでいる物体から可愛らしい声が聞こえてくる。ライムの声だ。どうやら俺はライム特製のスライムベッドで寝ているらしい。隣に俺以外の温もりを感じたのでそちらに目を向けてみると、何故か奴隷の首輪を首に嵌めたメルティが満足そうな顔でスヤスヤと寝息を立てていた。
ライムはベッドになる際に服を着たままというのを嫌がる。なので、俺もメルティも全裸だ。それはいい。まぁ、うん、許容すると言うか、今更だし。
問題は、昨日の昼以降の記憶が俺にないことだ。何故メルティは奴隷の首輪を首に嵌めているのか、これがわからない。思い出そうとすると頭が痛む。
「ちょっとポイゾ、大丈夫なんでしょうね?」
「施術は完璧なのです。無理に思い出そうとすると頭が痛むかもしれないのです」
「おい、なんだその物騒な会話は」
「なんでもないわよ?」
「ぴゅ〜、ひゅひゅ〜」
ベスがしらばっくれて、ポイゾは下手くそな口笛を吹いて誤魔化そうとする。
「こーすけー」
「なんだ?」
「思い出さないほうが良いこともあるよ?」
「お、おう……」
いつもぽやーんとした口調のライムが淀みなく言葉を発した。それだけでももう驚きなのだが、その口調にはどこか真剣な響きがあった。うん、忠告には従っておこう。なんか怖いし。
とりあえず、ライムのベッドから抜け出して身体の調子を確かめる。なんか身体の奥にズンと重い疲労を感じるような気がするが、きっと気のせいだろう。あとなんか妙に腰回りが軽いような気がする。ついでに言えば頬が微妙にこけているような……気のせい、気のせいだろう。
気のせいだと思うけど朝ごはんはしっかり食べようと思う。
なお、俺に遅れること数分でメルティも起き出してきた。俺とは打って変わってメルティの肌が妙にツヤツヤしているように見えるが……きっと気のせいだ。そういうことにしておこう。
よく見ればライム達もいつもと比べると体積が少し大きいような、ツヤが違うような気がするが、きっと気のせいだ。光の加減か何かでそう見えるだけだろう。ハハハ。
もしかしたら違うかもしれないけど、思い出せないしな。思い出そうとしたら頭が痛むし、気にしないようにしよう。これは決して現実逃避ではない。決して。そう、未来に目を向けているだけだ。
自分にそう言い聞かせ、俺は朝食の準備をするのであった。
◆ ◆ ◆
何故か毒を食らっていた時のように体力とスタミナの上限が下がっていた気がするけど、しっかりと朝ご飯を食べたら回復したのできっと何かの見間違いだろう。どんなに疲労困憊していてもしっかりと飯を食えば回復してしまう疑惑が浮上したが、きっと気のせいだ。そういうことにしておこう。絶対にバレてはいけない気がするし。
「もう体調が良くなったのです?」
「気合と根性でな」
「あれだけ吸われたのに凄いわね」
「ぜつりんー?」
「コースケさんは色々と規格外ですよね」
規格外だというのは認めるけど、吸われたってのは何を? いややっぱ怖いから言わなくていい。触らぬ神になんとやら……今朝起きてから見なかったことにしようとか思い出さないようにしようとかそういうのが多い気がするな。
スライム娘達とメルティは混ぜるな危険。コースケおぼえた。
「それじゃあ行くとするか……一応作業台とかは回収して行くよ。使うかもしれないし」
「仕方ないのです」
「少し寂しいわね」
「つうしんきあるからー、だいじょうぶー?」
「おう、大丈夫だ。通常サイズのものは持っていくから、夜にでも通信するよ」
いくら全力で移動したとしても今日中に通常のゴーレム通信機の通信圏外までは移動できないだろう。多分。送受信の感度を上げる外部アンテナも目立たないように設置したしな。
「よし、大丈夫かな?」
「準備は良さそうです」
メルティとお互いに装備を確認し合って頷き合う。
俺の装いは革鎧、腰に剣、背中に背嚢と円盾、手に短槍という一般的な傭兵スタイル。
メルティの装いは少し肌の露出が高めの服と背嚢、その上に身体を隠すフードつきのローブ。あと割としっかりとした作りの短剣。露出高めの服以外は一般的な旅装の女性って感じだな。
「服はもう少ししっかりとしたのが良いんじゃないかな?」
「亜人の性奴隷がしっかりとした服を着込んでいる方が不自然ですよ」
「そういうものか?」
俺の問いかけにメルティが頷く。うーん、現地人がそう言うのならそうなんだろう。しかし大丈夫かね? 変なやつに絡まれなきゃいいけど……ローブをしっかりと身に着けている限りは大丈夫か。
「それじゃあ……行くか」
「はい、お供します。ご主人様」
にっこりと笑い、メルティが身を寄せてくる。んんっ、ご主人様……なんて良い響きなんだ。これがご主人様と呼ばれる感覚か。なんだかこそばゆいぞ。いけない遊びでもしている気分だ。
「ライム、ベス、ポイゾ、本当に世話になった。この恩は忘れない。また会おう」
「うん、またねー?」
「コースケとの生活、楽しかったわよ」
「またなのです。身体には気をつけるのですよ?」
スライム娘達とそれぞれ抱擁を交わして別れを惜しむ。ライムはふわふわぷにぷに、ベスは程よい弾力のスベスベ、ポイゾは……ぷにぷにってことにしておこう。うん。ちょっと緩いからね、ポイゾの身体は。
「私も短い間ですけどお世話になりました。この借りはいずれ」
「うん、かしひとつー」
「容赦なく取り立てるからそのつもりでね」
「当然返してもらうのです」
さも当然という雰囲気で三人が言い放つ。抱擁もない。
「私とコースケさんで反応が違いすぎませんか?」
「きのせいー?」
「気のせいよ」
「気のせいなのです」
なんという温度差か。あの心優しいライムまでも塩対応とはどういうことだ。メルティとスライム娘達は仲が悪いのか……? いや、そういう感じじゃなさそうだけど。どちらかというと遠慮のない関係なんだろうな。
ともあれ、今回メルティがライム達の世話になったのは俺の責任が大きい。そのツケをメルティに払わせるのは筋が通らないだろう。
「メルティは俺のために来てくれたわけだからさ、その借りは俺にツケといてくれ」
「よろこんでー?」
「コースケがそう言うのなら否やはないわね」
「それは楽しみなのです」
俺の申し出にスライム娘達が満面の笑みを浮かべた。メルティも喜んで――微妙な表情をしてるな。なるほど、俺に押し付けたようであまり素直に喜べないとかかな。
「メルティが気になるなら、その分俺に何かしてくれたら良いから」
「……なるほど。それは良い考えです」
「あ、うん。お手柔らかにお願いします」
ニコォ……とメルティが深い笑みを浮かべる。あれ? 何か間違えた気がするぞ。五秒前に戻りたい。セーブ&ロードの実装はまだですかね?
サバイバル系のゲームにそんなものはない? ですよねー!
「それじゃあ行きましょうか。シルフィが耳を長くして待ってますよ」
「ああ。それじゃあ、またな!」
今度こそスライム娘達に別れを告げ、下水道を後にする。
それにしても、エルフを待たせると首じゃなくて耳を長くするのか……異世界の言い回しは面白いな。