「うおっ、眩しっ……」

 久々の太陽……ああ、この世界ではなんか神様の名前なんだっけ? まぁいいや、太陽で。とにかく、陽の光は二週間以上地下暮らしを続けていた俺の目を焼いた。目の奥に鈍痛を感じる。慣れるまで少しここで休んだほうが良さそうだ。

「空気が美味い気がするな」

 ライム達の部屋はポイゾが芳香を漂わせていたのであまり気にならなかったが、やはり下水の臭いというものは多少感じるものがあった。しかし、ここにはそれがない。

 目が慣れてきたので、辺りを見回してみる。うん、洞穴だな。岩の陰になっていて、知らないとなかなか見つけられそうにない。ここを去った後にまたここを見つけられるか不安だな……まぁ、最悪メリネスブルグの下水に入るという手もあるか。

 勿論臭いだろうし、危険だろう。実際、スライム娘が狩ってきた下水に出るという大鼠とやらを何度も見たが、どの鼠も大型犬並みの大きさで、牙も鋭く危なそうなやつらだった。

 それに、下水にはスライムも出るという。流石にスライム娘達ほど凶悪な手合いではないようだが、それでも物理攻撃はほとんど効かないらしいので、対策が必要だ。念の為対策武器も作ってはあるが、これは例のアサルトライフルと同様に奥の手である。

「そろそろ行くか」

 いい加減目も慣れてきたので行動を開始する。幸いなことに目標はすぐに見つかった。さほどメリネスブルグから離れていないらしいこの森の中からでも、都の中央に建つ王城の尖塔は木々の間からよく見える。

 都の近くとはいえ、森の中とあっては何があるかわかったものではない。この世界には魔物というものが生息しているのだ。用心するに越したことはなかった。

「でも、慎重に進みすぎて森を抜けるのに時間をかけるのも悪手だよな」

 考えた結果、俺は走ってとっととこの森を抜けることにした。

 俺の走行速度は普通の人間よりかなり速い。走るのとコマンドアクションを併用するだけでも下手すると二倍近い。それにストレイフジャンプを加えると馬並みの速度になる。この速度についてこられる魔物はそう居ないはずだった。

 そういうわけで、森を走り抜ける。この森はそんなに深くもない。つまり、黒き森に比べればなんてことはない。走り抜けるのに苦労はしそうにもなかった。

「おっ」

 十分ほども走っただろうか、ついに森を抜けた。

 途中、ゴブリンやら見たこともない動物だか魔物だかを見つけたが、華麗にスルーしてきた。追いかけてきたやつも居たが、余裕のぶっちぎりである。

 うーん、これならゴーレム通信機の作製なんかに拘らないで走って帰ったほうが良いかしらん? とか考えつつ、そびえ立つメリネスブルグの城壁をグルッと回り始める。程なくして街道を見つけることができたので、街道に入って城門へと向かうことにした。

 都のすぐ近くであるためか、街道の人通りはそれなりにある。街道から外れた場所から突如現れた俺に警戒を露わにする人も居たが、俺が周りの視線を気にせずに槍を担いでテクテクと城門に向かって歩き出すのを見て取ると警戒を緩めて同じように歩き始めた。

 すわ盗賊か野盗の類か!? と警戒したのに、全く彼らを気にする様子もなく歩き始めたのを見て冒険者か何かかと納得したのだろう。目論見通りである。

「ふむ……」

 街道を行き交う者達の姿に目を向けると、大荷物を載せた護衛付きの馬車の姿が目立つ。そう数が多いわけではないが、都から東方へと逃れるように急ぐその姿は妙に俺の目を惹いた。

 貴族か聖職者、或いは金持ちの商人、その家族といったところだろうか。余裕のある人間は危険を感じて既に逃げ始めているようである。

 ただ、都に入る者の数はそれに倍して多いようだ。もしかしたら聖王国はメリネスブルグに兵力と物資の集積を開始しているのかもしれない。まずは冒険者と傭兵を集めている、といったところだろうか。

 アーリヒブルグに至るまで、基本的に聖王国が繰り出してきた兵は正規の聖王国軍だったように思う。勿論、街の防壁に立て籠もっての籠城戦に於いてはそうとも限らず、戦える者は全て駆り出していたようだが、少なくとも冒険者や傭兵、農民などからの徴募兵を大々的に寄せ集めたような部隊はいなかったはずだ。

 もしかしたら、そういった者たちの徴募を始めているのかもしれない。

「よぉ、あんたも傭兵かい?」

 なんとなしに人の流れを観察しながら歩いていると、声をかけられた。俺と同い年くらいの、がっしりとした体格の武装した男だ。手には俺のものよりも年季の入っていそうな槍を持っている。

「そんなところだ。あんたも?」

「そうだ。単独か? 珍しいな」

「東方の戦場で部隊が壊滅してね。生き残りも僅かで解散って流れになったからこっちに流れてきたのさ。仕官先か、仕事を探しにな。あんたは?」

「俺は黒羽団って傭兵団に所属している。これでも幹部なんだぜ?」

 そう言って彼はニヤリと笑いながら黒い羽の紋章が入ったドッグタグのようなものを見せてきた。残念ながら全く知らない。

「すまんが、知らないな。自分のことに精一杯で世事に疎くてね」

「なんだよ、うちはこれでも結構有名だと思ってたんだけどな」

 自信満々に見せた団の証に俺が全く驚かないのを見て彼は少しがっかりしたようだった。だが、気を悪くしたような感じではないようだ。

「悪いな。それで、その幹部のあんたがどうして俺に声を? というかこんなところで一人で何を?」

「一人じゃないさ、あそこにもあそこにも武器を持った奴らがいるだろ? ありゃ全部うちの団員だ。城門近くの警備をしてんのさ。ついでに、俺はあんたみたいなのをスカウトする役目を団長から任されてる」

「へぇ……」

 確かにそれっぽい奴らがある程度の間隔を置いて街道の近くに立っており、目を光らせているようだ。同時に、俺は男に対する警戒度を上げる。

 男の話は理に適っているようにも聞こえるが、俺みたいな単独の旅人に的を絞っているということを明言もしている。単独の旅人というのはこの世界に於いてはとにかく立場が弱い。何せ、寄る辺がない存在だからだ。

 突如消えたとしても、死体さえ出なければ誰も気に留めない。そういうことだ。

「おいおいそんなに警戒するなよ。別に取って食おうってつもりはねぇよ」

「警戒するなって方が無理な話だろ」

「それもそうだわな」

 男はそう言ってクツクツと笑った。新しい仲間に、かんぱーいとやって気持ちよく酔っ払って、気がついたらぐるみ剥がされていたなんて展開はありそうな話だ。それで済めば良いが、もっと怖い目に遭う可能性だってある。

「ま、慎重なのは良いことだぜ。俺達はメラの岩棚亭ってとこに泊まってるんだ。気が向いたら来てくれや。ラマンの紹介って言えば通じるからよ」

「覚えておく。俺はコウだ」

 俺の名乗った偽名を聞き、ラマンと名乗った傭兵は満足そうな顔をして離れていった。またスカウト兼警備の仕事に戻ったんだろう。暫く歩き、思わず呟く。

「色んな奴がいるもんだな」

 恐らく、ラマンはこの先に起こる解放軍と聖王国軍の戦いに参加するのだろう。十中八九、聖王国軍側の戦力として。そうなれば、あの気の良い男はシルフィの、俺の敵となる。敵となれば容赦はしない。よほど運が良くない限り、彼は死ぬだろう。

 剣や槍を交える機会も無いまま、ハーピィの爆撃で吹き飛ばされるか、クロスボウの射撃で倒れるか……運が良ければ解放軍の精鋭と斬り結ぶ機会があるかもしれない。だが、彼ではレオナール卿やザミル女史には勝てまい。

「嫌だね、まったく」

 敵方の勢力下で、敵に紛れて活動する。良いやつもいるだろう。愛するべき人も見つかるかもしれない。だが、いずれ彼らは全て敵に回る。自分の所属する勢力が彼らを、彼女らを蹂躙する。

「嫌だね、まったく」

 心の底から、もう一度そう言って俺は溜息を吐いた。城門はもうすぐそこだ。


          ◆ ◆ ◆


「次」

 俺の前に居た大八車に野菜を満載していた農夫が都に入るための検査を終え、遂に俺が呼ばれた。

 俺は無言で前に進み、槍と剣を門番に差し出す。城門で検査を受ける間は武器を一時預けるものなのだ、ということを俺は検査を受ける人々を見て学んでいた。

「初めて見る顔だな。兜も外せ」

「はいよ」

「……黒髪か」

 赤い房飾りのついた兜を外して見せると、門番はまじまじと俺の顔を見つめてきた。特に細工はしてこなかったんだが、人相書きでも回っているんだろうか? いや、スライム娘達はそういう話はしていなかった。人相書きを作れるほど俺の顔をじっと見たやつはこのメリネスブルグには居ないはずだし、そもそも俺は死んだと思われているはずなので手配はされていないはずだ。

「珍しいか?」

「まぁな。傭兵か? 名前は?」

「ああ、そうだ。名前はコウ」

「ふむ赤い房飾り、黒髪の傭兵コウだな……旅の目的は?」

 俺に質問を投げかけてくる門番の後ろで、文官らしき人間がサラサラと台帳のようなものにペンを走らせている。あの台帳で出入りを管理しているのだろうか。

「仕官先を探しているのと、まぁ仕事探しだな。きな臭いんだろ? この辺りは」

「ふっ、仕事には困らんだろうさ。長期滞在か?」

「とりあえず一週間くらいはこの辺りで仕事を探すつもりだ」

「そうか、なら入都税は銀貨一枚だ」

「おいおい、随分高いな……」

 俺はぼやきながら雑嚢から銀貨を一枚取り出し、門番の差し出した手の上に載せる。銀貨一枚で、確か標準的な宿の二日分の宿泊費になるはずだ。門番は俺の文句には耳を貸さず、銀貨の代わりに文字の刻まれた鉄片を差し出してきた。

「今日を含めて七日間、この通行証を提示すれば出入りに金はかからなくなる。一週間分の通行税をまとめて払ったと考えろ」

「なるほど」

「通行証があったからと言って出入りの検査が無くなるわけじゃないがな。その鉄証は商売を伴わない一時滞在者用だ。そいつを利用して大荷物を運び込んだり、運び出したりしたら追加で税がかかるからな」

「覚えておく」

 なかなかよく出来たシステムらしい。でも、入都後に移動用の馬車を買って、長距離移動のために食料品を買い込んで大荷物になったりしたらどうするんだろうか? そこらへんはケースバイケースで対応すんのかね。

「都の中で無闇矢鱈に刃物を振り回すなよ。その時はふん縛って牢に叩き込むからな」

「わかった、わかった。通っていいか?」

「通ってよし。次」

 剣と槍を返してもらい、メリネスブルグの中に足を踏み入れる。ザルな警備だな、とも思うが彼らの敵である解放軍の主な構成人員は亜人ということになっている。人間の構成員も居ないわけではないが、数は少ない。俺はどこからどう見ても人間なわけだから、あまり警戒の対象にならないのだろう。

 黒髪の人間は比較的珍しいと聞くし、そんな髪色をした人間がスパイなどに向くわけもない。あまり警戒されないのもさもありなんといったところだろうか。単に運が良いだけかもしれないが。

 この世界で街に辿り着いた旅人が最初にすることは大きく分けて二つ。宿を探すか、飯を食うかであるらしい。宿には食堂や酒場などが併設されていることも多いため、まずは宿を探すというのが良いだろう……とベスが言っていた。

「ええと……」

 門の近く、通行の邪魔にならなそうな場所で視線を彷徨さまよわせる。いた。

 俺が視線を彷徨わせた先で少々小汚い少年達が門の方に目を向けていた。俺が少年達のいる方向に足を向けると、そのうちの何人かが俺の存在に気付いたようだ。武器を持っている俺が少し怖いのか警戒気味だが、少年達のうちの一人が果敢に俺に向かって歩を進めてくる。

「兄貴、案内がいるのかい?」

「おう、宿だ。ベッドが綺麗な場所が良いな。シラミがいるようなとこはダメだ。飯が美味けりゃもっと良い」

 そう言って寄ってきた少年に銅貨を一枚放ってやる。

「良さそうな宿だったらもう二枚だ」

「へへ、任せてよ。こっちだよ、兄貴」

 追加報酬の話を聞くなり、少年はニカっと良い笑みを浮かべて歩き出した。その少年に残りの少年達が羨ましそうな顔をする。銅貨三枚あれば一食分くらいにはなるみたいだからな、この世界だと。

 この辺りで流通している一番価値の低い通貨が銅貨。それが十枚で大銅貨、さらに大銅貨十枚で銀貨、銀貨が十枚で小金貨、小金貨が十枚で金貨、金貨が十枚で大金貨、大金貨十枚で白金貨になるらしい。

 一般人が使うのは精々小金貨くらいまでで、金貨以上は貴族や商人でもないと滅多に手にすることはないらしい。この世界の物価は元の世界、つまり地球というか日本とは比べられないから日本円で表すのは難しいけど。

 ちなみに、偽造してきた帝国棒金貨や棒銀貨がどれくらいのレートで換金されるのかは俺にはわからない。ライム達もわからなかった。結構な大金になりそうな気はしている。場合によっては全てを換金せずに様子を見たほうが良いかもしれない。押し込み強盗とかされたら怖いし。

 などと益体もないことを考えているうちに少年は俺をとある宿屋の前に案内した。宿の看板には『ラフィンの宿』と書かれている。ふむ、外から見る限りは良さそうな宿だな。馬車を停めるスペースや馬房なども裏手にあるようで、どちらかというと冒険者や傭兵のような荒くれ者の宿というよりは商人向けの宿のように思える。

「ここか?」

「そうだよ。ベッドが綺麗で、ご飯も美味しいって話だよ。おいらは泊まったことないけどね」

「だろうな」

 ここでこうしていても仕方ないので、少年を伴って宿の中に入る。中に入るとすぐに受付用の小さなカウンターがあり、そこにはエプロンをつけたおばちゃんが詰めていた。

 俺の姿を認めたおばちゃんが笑顔で声をかけてくる。

「いらっしゃいませ、ラフィンの宿へようこそ。お泊まりですか?」

「ああ、部屋は空いてるか? この少年にベッドが清潔で、飯も美味い店だと案内されてきたんだ」

「勿論ですとも。シーツは毎日洗いたて、食事の方にも力を入れております」

 おばちゃんが自信たっぷりに頷く。

「宿代は?」

「一泊大銅貨七枚となっております。朝食と夕食付きなら大銅貨八枚。どちらでも清めのお湯代は込みですよ」

 食事付きで大銅貨八枚は少し高い。でもサービスは良さそうだし、ここに決めるか。

「とりあえず三日分で頼む」

 そう言って俺は銀貨二枚と大銅貨四枚をおばちゃんに渡した。ついでに、少年にも銅貨を二枚渡しておく。銅貨を受け取った少年が嬉しそうに笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。宿帳にお名前を頂けますか?」

「ああ」

 職業と名前を書くようになっているようなので、傭兵、コウと書いておく。うーん、明らかに日本語と違うんだけど読めるし書けるんだよな。今までこういう風に書いたりする機会はあまりなかったんだけど、改めて不思議だ。

「はい、確かに。ラザエラ!」

「はーい」

 おばちゃんが奥の方に声を掛けると、ラザエラと呼ばれた少女がパタパタと奥から駆けてきた。素朴な印象の可愛らしい子だ。おばちゃんと同じデザインの色違いのエプロンをつけている。いかにも町娘って感じだな。

「こちらのお客様を部屋にご案内してさしあげて。二〇二号室よ」

「は、はい……!」

 少女は鎧兜に身を包み、槍を持っている俺が少し怖いらしい。まぁ、仕方ないよな。明らかに傭兵か冒険者って出で立ちだし、そういう輩は気が荒いというのが相場だ。

 少女はおばちゃんから鍵を受け取ると、少しぎくしゃくとした動きで俺を先導し始めた。

「こ、こちらです……」

 消え入りそうな小さな声である。振り返っておばちゃんに視線を向けると、少年にパンを渡していたおばちゃんが視線に気付いて苦笑いを浮かべながら頭を下げてきた。どうやら俺は彼女の練習台であるらしい。

 それにしてもなるほど、こうやって宿を案内することで俺から駄賃をもらいつつ、案内先の宿で何か食い物を分けてもらえるわけか。よく出来た案内システムだな。

 そんなことを考えながら膝下まで丈のあるワンピースのような服を着ている少女の後を追い、食堂が望める廊下を通って階段を上がる。当然ながら緊張している少女のスカートの中などは見えない。見えても見ないぞ、俺は紳士だからね。

「こ、こちらのお部屋になります」

「ああ、中を確認させてもらっても良いか?」

「は、はひ!」

 ピキーン、と気をつけをする彼女に思わず苦笑しつつ、部屋の中に入る。

 さして広い部屋ではない。八畳は無いだろうな。ベッドと、少し物を置けるスペース、小さな椅子と机といった感じの部屋だ。ベッドをチェックしてみるが、一見して清潔そうに見える。良さそうだな。兜を脱いで机の上に置き、槍を壁に立てかける。

「あ……黒髪」

 少女が後ろでポツリと呟いたのが聞こえた。

「珍しいよな?」

「え、あの、その、すみません!」

「別に怒ってないよ。良い部屋だな。清潔で、気持ちよく眠れそうだ」

「は、はいっ、ありがとうございます」

「鍵を貰えるか?」

「はいっ」

 ズビッ、と機敏な動作で少女が両手で鍵を差し出してくる。俺はそんな少女の様子がおかしくて思わず笑みを浮かべながら鍵を受け取る。

「そんなに緊張しなくていい。急に暴れたりしないから」

「は、はい、すみません……」

「食事はいつ頃なんだ?」

「あ、えっと日没頃から夜の鐘が鳴るまでの間と、日の出から朝の鐘が鳴るまでの間です」

「んー、とりあえず日が落ちたら戻ってくれば良いか。朝は起こしてくれたりするのか?」

「食事を摂られていないお客様のお部屋にはお声がけをさせていただいてます」

「そっか、わかったよ。清めの湯は食後に頼めば良いのかな?」

「はい。お部屋までお持ちします。部屋の中に置いておいていただければ、翌日の朝に回収しますね」

「わかった。ありがとう」

「はい、失礼します」

 ぺこりと頭を下げて少女が退室していく。最初はガチガチだったけど、最後には慣れたみたいだな。俺の相手で慣れるのは良いけど、俺を基準にするのは危ない気もするなぁ。まぁ、あのおばちゃん……女将さんはその辺りの見極めがしっかりしてそうだから大丈夫か。

「さーて、どうするか」

 できることなら一刻も早く目的のブツを手に入れたいが、街の様子も探っておきたいな。事をいてバッタモン掴まされても困るし。まぁインベントリに入れれば一発でわかるけどさ。

 まずは両替と、昼飯か……女将さんに聞いてみるかな。兜と槍と盾はここに置いていこう。予備はインベントリに入れてあるし。あと、雑嚢も置いていくか。雑嚢の中には最低限の着替えとか、細々とした旅の道具が怪しまれない程度に入っている。そもそも鍵をかけていくから誰も見ることは無いだろうけど。念の為にね?

 相変わらずの鎧姿に剣だけ腰に下げて部屋に鍵をかけ、階下へと降りる。

「お出かけですか?」

 階下へと降りてロビーに行くと、先程と同じく女将さんがカウンターに詰めていた。帳面に何かを書き付けていたようだ。

「昼飯を食うのと、あと両替がしたくてね。帝国通貨を両替するならどこがオススメだい?」

「帝国通貨を?」

「ああ、ここに来る前には東方の戦場に居たんだ。戦利品さ」

 なるほどね、と女将さんは感心したようにそう言って俺の姿を頭の天辺から足の爪先まで舐めるように視線を這わせてきた。それは厭らしい類のものではなく、ただ単に驚きと感心からのもののようだった。

「そんなに腕っぷしが強そうには見えない?」

「あはは、申し訳ありません」

「女将さんの見る目は確かだよ。俺はそんなに腕っぷしは強くない。ただ、足には自信があってね」

 そう言って俺はぽんぽん、と自分の太腿を叩いてみせた。

「斥候というやつですか?」

「他にも色々さ。とにかくそういうことでね、信頼できる両替商を知っていたら教えてほしいな」

「それなら……」

 と、女将さんはそう言ってここから少し離れた場所にあるとある両替商を紹介してくれた。ご丁寧に住所と、簡単な地図まで描いて寄越してくれた。あの子に自信をつけさせてくれたお礼だよ、と彼女は笑ってそう言った。ありがたいね。

 女将さんに鍵を預けて外に出ると、先程の少年が大きめの木製のコップを片手に固そうなパンをガジガジとやっていた。俺の姿に気付いた彼は固そうなパンを口の中に無理矢理詰めて、コップの中身を一気にあおってモグモグとやりだす。

 俺はそんな彼が目を白黒させながらパンを飲み込むのを待ち、女将さんに描いてもらった地図をヒラヒラと振って見せた。

「ここに書いてある場所まで。銅貨二枚だ」

「任せてよ、兄貴!」

 コップを自分の腰から下げている雑嚢に入れた彼は俺の手から紙を受け取り、その内容をじっと見る。

「読めるのか?」

「ちょっとだけね。住所が書いてあることと、地図はわかるよ」

「なら任せた」

「うん、こっちだよ!」

 元気良くそう言って少年が歩き始める。俺もその後ろについて歩き出した。

 さて、昼飯が先か、換金が先か、それが問題だ。


          ◆ ◆ ◆


「んーと、多分この辺り……あれじゃないかな?」

「あれか」

 少年に案内されてラフィンの宿がある路地を抜け、大通りを横断して反対側の路地に入り、少し歩いた場所に目的の両替商はあった。さほど派手な店構えではないが、天秤の意匠をあしらった看板は綺麗に磨かれており、店の周りも綺麗に掃除されている。なかなか雰囲気の良さそうな店だった。

「間違いなさそうな感じだな。ほら、報酬だ」

「へへ、毎度」

 少年はホクホク顔で二枚の銅貨を受け取り、笑みを浮かべる。そのまま去ろうとしたので、その前に声を掛けることにした。

「両替が終わるまで待っててくれるなら、もう一件案内を頼みたいんだが」

「え? 本当かい? 待つ待つ、待ってるよ! どこに案内すればいいんだ?」

「美味い飯屋だ。報酬は一食奢ってやる」

「本当に!? 待ってるよ、兄貴!」

「ああ、頼むぞ。店の邪魔にならないとこでな」

「わかってるって」

 ニカッと快活な笑みを浮かべ、少年が店から少し離れた場所に歩いていく。ま、これくらい構わんだろ。なけなしの勇気を振り絞って俺に声をかけてきたあの少年はツイてたな。飯を奢りがてら、あの少年から情報収集するのも良いだろう。奢った分くらいは喋ってくれるだろうし。

 両替商に入ると、中は意外と物々しい感じだった。用心棒らしき体格の良い男が二人。それと複数あるカウンターの一つに目つきの鋭い中年の男――恐らく店員――が一人、それとその奥に若い女が一人。他にも奥に人がいるようだが、目に見える範囲ではそれくらいだ。

 店内の雰囲気は……うーん、なんか店というより事務所って感じだな。

「いらっしゃいませ。借り入れですか? 換金ですか? それとも両替ですか?」

 目つきの鋭い男が微笑を浮かべながら声をかけてくる。どうやらこの両替商は金融業も兼ねているらしい。俺は頷き、彼が詰めているカウンターに移動した。

「帝国の通貨を両替したいんだが、可能か?」

「勿論です。どうぞ、こちらの席に」

「ああ」

 促されるままに席に着き、鎧の下から偽造通貨の入っている革袋を取り出す。少し迷ったが、全て両替することにした。帝国通貨のまま持っていても使えないし、何より手に入れようとしているブツの情報をこの両替商から得るなら、金を持っていることを示したほうが良さそうだ。

 ジャラジャラと革袋から出てきた棒状金貨の多さに両替商の男が目を見張る。

「これはこれは、なかなかの大商いになりそうですね」

 両替商の男が若い女に目配せをすると、若い女がパタパタと足音を立てて奥に引っ込んでいった。なんだ? 俺の訝しげな視線に気付いたのか、両替商が苦笑いを浮かべる。

「すみません、警戒させてしまいましたね。茶を用意させただけです」

「飲むのが怖いな」

 率直な感想を口にしておく。大金を見せた後に出される飲み物に手をつける気にはならないよな。この世界だと一服盛るとか普通にありそうだし。

「ははは、ご安心ください。うちは信用第一でやっておりますから……それで、これを全て聖王国通貨に両替なさるということで?」

「そのつもりだ。ああ、ここにはラフィンの宿の女将さんの紹介で来たんだ。一応言っておく」

「そうですか、ラフィンの宿の……早速ですが、通貨を検めさせていただいても?」

「ああ」

 俺が頷くと、彼は手に白い手袋を嵌めて帝国の棒状通貨を一本一本検め、重さを量り、小さな鎚を使って贋金でないか確かめ始めた。

 もし贋金でも掴まされようものなら、向こうは大損だ。正規発行のものかどうかは別として、金や銀の含有量や重さなどに関しては完璧に模倣しているから贋金扱いされることはまずない。魔法的な偽造防止機能でもあればお手上げだったが、サンプルには幸いそういうものは見当たらなかった。

 そういうわけで、贋金だという鑑定結果が出るわけがないと知っている俺は落ち着いたものである。両替商は鋭い目を更に鋭くして通貨を検めてるけどな。若い女性がお茶を持ってきてくれたので軽く頭は下げておくが、口はつけない。大丈夫だとは思うが、危険な橋を渡るつもりはないのだ。

 暫くして鑑定は済んだのか、両替商の男は息を吐いて目を瞑った。

「いえ、失礼。これだけの帝国通貨が持ち込まれるのは珍しいのですよ。何せ、ここは戦場からは遠く離れておりますので」

「そうだな、結構かかったよ」

「東の戦場から?」

「ああ、向こうでの略奪品さ。それ自体は珍しくもなんともないだろう?」

「ええ、そうですね。今、明細をお作りいたしますので」

 そう言って彼は書類に何かを書き付け始めた。種類ごとにより分けた帝国通貨を慎重に数え、その数を書き込んでいるようだ。俺が持ち込んだのは棒状金貨が主で、あとは少数の棒状銀貨という感じである。総額がいくらになるかは俺にもわからない。

「こちらが明細になります」

「ああ」

 明細を見て少し驚いた。全部で大金貨一枚くらいにはなるかなと思っていたのだが、予想を上回って大金貨二枚と金貨三枚、小金貨五枚と銀貨七枚、大銅貨五枚となっていた。大金だ。

「大金だろうとは思ってたけど、思ったより多かったな。手数料引いてこれか?」

「ええ、七分ほど手数料を頂いておりますが」

 七分、七%か。手数料としてはかなり高いと思うが、ここは帝国からかなり離れた土地だ。帝国通貨の使い途は恐らくほとんど無いだろう。それで七%なら割と良心的なのかもしれない。

 まぁ、相場がわからないのだからケチのつけようもない。これで納得しよう。

「相場なんてわからないしな。この内容で頼む」

「わかりました。では、こちらにサインを」

「ああ」

 明細書にサインをして取引を完了する。なに、どうせ地下の沼鉄鉱からでっちあげた偽造通貨だ。もしぼったくられていたとしてもさしたるつうようもない。

 俺のサインを確認すると、両替商は書類を女性店員に渡して金庫から金を持ってくるように指示をした。そして一息吐いてとっくに冷めているであろうお茶に口をつける。

 切り出すならこのタイミングだろう。

「聞いてもいいか?」

「はい、私に答えられることであれば」

「実はその、あー……個人的な話なんだ。ミスリルの指輪か宝飾品が欲しいんだよ」

「ミスリルの」

 そうオウム返しに言って両替商はこちらに向けていた鋭い視線を少し丸くした。それはそうだろう。それを言い出したのが貴族のお嬢様なら納得もできようが、革鎧を着込んで剣を腰に下げた俺はどう見ても傭兵か冒険者の類であることは明らかだ。そんな男がミスリルの宝飾品を欲しがるなんて、どう考えても奇妙だ。ぼくもそう思います。

 しかし、俺にはスライム娘達と一緒になって考えた完璧なカバーストーリーがあるのだ。

「いやぁ、その、な。そういう条件というかなんというか……察してくれ」

「なるほど、なるほど」

 両替商は目元を緩ませて頷いた。つまり、彼はこう勘違いしたわけだ。

『故郷の女性への婚約の申し込みに使うのだろう』と。

 実際、こういうのは珍しくもない話であるらしい。故郷の村や街を飛び出した若者が、成功の末に高価な宝飾品を持ち帰って想い人に婚約を申し込む。その際に用意する宝飾品で最上級のものとされているのがミスリルの宝飾品、つまり指輪やネックレス、髪飾りなどであるのだそうだ。

「しかし、ミスリルですか……なかなか難しいですね」

 納得顔をしていた両替商が表情を曇らせ、考え込んだ。

「難しいのか……」

「ええ、品薄なのですよ。かつては黒き森のエルフからミスリルの宝飾品を仕入れていたそうなのですが、二十年も前から交わりは途絶えて久しいですし、メリナード王国内にはミスリルを産出する鉱山が無いのです」

「マジか……どうにか手に入らないか?」

「相場的に言えば大金貨一枚から手に入るものですから、お客様の資金的には問題ないと思いますが、いかんせんモノが無いとなるとなかなか……あ」

「ん?」

 両替商が何か思いついたかのように声を上げる。

「時にお客様は熱心なアドル教の信者――」

「に、見えるか?」

「いいえ」

「だよな」

「ですが、信仰を示すことはできますでしょう?」

 そう言って彼は人差し指と親指で円を作ってみせた。どの世界でも金を示すハンドサインは変わらんな!

「大金貨二枚も包めば信仰の証としてミスリルのロザリオを賜る事ができますよ。ここの教会はメリナード王国における信仰の本拠地ですから。ミスリルのロザリオの用意もあるはずです」

「そりゃそうだろうが……どう言えば良いんだ? 大金貨二枚でミスリルのロザリオを売ってくださいってわけにはいかないだろ?」

「そこはそれ、言いようですよ。故郷に信仰の光を広め、愛しき人を妻に迎えるために主神アドルの御光を授かりたいのです、と言えば良いのです」

「さすがは商人だな。口が上手い」

「お褒めにあずかり光栄です」

 目付きの鋭い両替商が笑みを浮かべ、いんぎんに頭を下げる。

 そんな話をしている間に奥から緊張した面持ちで若い女性店員が現れた。彼女の持っている木製のトレイに代金が載せてあるらしい。

「では、こちらが両替した通貨となります。ご確認ください」

「ああ」

 大金貨二枚と金貨三枚、小金貨五枚と銀貨七枚、大銅貨五枚、確かに先程の明細書に書いてあった通りの硬貨がトレイの上に置いてあった。一枚一枚確かめ、財布に入れた後に一度インベントリに入れて贋金が混じっていないか確認する。どうやら問題ないようだ。

「世話になったな」

「いいえ、こちらこそ良い商いをさせていただきました。帝国通貨だけでなく、金銀財宝などを手に入れた時にも是非当店にお任せください」

「覚えておくよ」

 財布を鎧の下に入れてから席を立ち、両替商を後にする。俺が両替商から無事出てきたのを見つけたのか、道案内の少年がパッと顔を明るくしてこちらに駆け寄ってきた。彼が獣人ならしっぽがブンブン振られていそうだな。


          ◆ ◆ ◆


 少年の案内してくれた食堂で食事を済ませ、宿へと帰ってきた。

 え? 食事の感想とか少年から得た情報? ああ、うん。食事はね、まぁ肉とパン、スープって感じだったね。不味くはなかったし、ボリュームもあったけど特筆するような点は正直なかったよ、うん。

 この世界的には塩と胡椒をたっぷり使っていれば割と美食の類らしいです。塩と胡椒以外に蜜とか色々な調味料があった黒き森のエルフの里が世界標準で言えば進んでいる感じだったらしい。そして俺がクラフトで生み出す料理はその上を行く。まぁ、うん。宿の食事にも期待はしないでおこう。

 で、少年から得た情報に関しては……まぁ世間話レベルだったからね。彼は情報屋ってわけでも事情通ってわけでもないから、仕方ないだろうけど。ただ、俺みたいな傭兵か冒険者かって感じの奴らが徐々に集まってきているってのは確かであるらしい。

 それに、少し前には綺麗な揃いの鎧を着た教会騎士団も到着したと言っていた。恐らく例の聖女の護衛だろう。

 強いのか? と少年に聞いてみたのだが、わかんないと言っていた。教会騎士は無敵だっていう話は聞くけど、それだったら帝国との戦争にはとっくに勝ってるはずだよな、とも言っていた。一般的には精鋭揃いとされているのは確かであるようだが、少年は眉唾だと思っているらしい。

 うーん、俺には判断がつかないな。地下に戻ったらベスかポイゾに聞いてみよう。

 で、飯も食ったから宿に帰ってきたわけなのだが。

「やることがねぇ……」

 チラリと部屋の窓から陽の高さを推し量る。うーん、昼過ぎ、午後二時前後ってところだろうか。日没までまだ時間はあるが、今から教会に行って早速ミスリルのロザリオを入手しに行くか……?

 時間的には十分行けそうな気がするけど、あまり急ぐと事を仕損じるような気がする。今日はそれなりに緊張もして精神的にも疲労しているはずだし、部屋で大人しくしているべきだろうか。

 とは言っても、この狭い部屋の中じゃクラフトもできないし暇も潰せないよなぁ。世間一般の傭兵や冒険者ってのはどうやって暇を潰しているんだろうか?

 女将さんか宿の娘さんに聞こうかとも思ったが、不自然だろうか? 歴戦かどうかはわからないが、この宿に泊まれる程度に稼ぐ傭兵か冒険者が一般的な暇の潰し方を聞いてくる……うん、奇妙だな。

 いや、待てよ? 暇だからどこかに遊びに行こうかと思うんだけど、良い場所知らない? って聞いてみるのは十分アリだな。俺がこのメリネスブルグに初めて来たから遊び場がわからないというのは不自然ではないはず。

 というわけで、部屋を出たら丁度通りがかった宿の娘さん――確かラザエラちゃんだったか――に聞いてみた。

「遊び場、ですか?」

「そう、遊び場というか暇潰しをできるところだね。この街に来るのは初めてだからさ」

 どうもこの子は傭兵とか冒険者の類を怖がっているようなので、できるだけ優しくフレンドリーに話しかけてみる。みた。のだが。

「え、ええっと」

 何故か困ったような顔で目を逸らされた。なんでや。

「ええと、心当たりないかな?」

「いえその、ないわけでは、ないですけれど。そういうの、私に聞きます?」

「えっ」

「えっ」

 何か話が致命的に噛み合っていない気がする。

「ええと、観光名所とか、何か面白いものを売っている店とか、本屋とかで良いんだけど」

 俺の言葉に娘さんがキョトンとした顔をしてから一気に顔を赤くした。この話の流れでどうして……? あっ、あー……そういう? もしかして勘違いしちゃった?

「誤解させたのはこっちのミスかも知れないけど、流石にそういうのを年頃の娘さんに聞くようなことはしないぞ……」

「す、すみません……!」

 娘さんが顔を真赤にして謝る。うん、この世界で傭兵や冒険者の男の娯楽といえばそういうことなのね。よくわかった。

 だとしてもね、流石に娼館がどこにあるのかとか年頃の娘さんに聞くような真似はしませんよ、俺は。しませんとも。セクハラ大好きなエロオヤジじゃないんだから。

「ええと、それはなかったことにしよう。うん、お互いに。それで、何かオススメなスポットは無いかな?」

「え、ええ、そうですね。ええと、大通りを街の中心方向に歩いていけば中央広場に出ます。そこには吟遊詩人や曲芸師なんかがいますよ」

「ほうほう、本屋とかはあるのかな?」

「本ですか……私はちょっと場所までは。ただ、街の北西にある貴族や豪商が住んでいる地域にはそういうものや宝飾品を売っているお店があるはずですね」

「なるほど。後はそうだなぁ……武器屋とかは?」

「そう言ったものを扱う職人街は街の南門の周辺ですね」

「なるほど、ありがとう」

 そう言って俺は彼女に銅貨を数枚押し付けた。チップってやつだな。彼女は少し困ったような顔をしたが、結局ちゃんと受け取ってくれた。チップの文化は無いのだろうか? でも、受け取ってくれたしそういうこともないのかね。

「中央広場に行った後に職人街を覗いてみるよ。遅くとも夕食頃には戻るから」

「あ、はい。お気をつけて」

 見送ってくれる娘さんにヒラヒラと手を振りながら受付で女将さんに部屋の鍵を預け、宿を出て中央広場へと向かう。

 で、楽しめたかと言うと……うーん、微妙。全くもって微妙。吟遊詩人は所謂弾き語りってやつだ。ギターというかリュートっぽいものを奏でながら地方の英雄譚とかを歌っていたようだが……元ネタを知らないせいか笑いのツボとか興奮のしどころが今ひとつわからなかった。

 正直芸人のほうが楽しめたね。ジャグラーとか手品師とかいたよ。

 武器屋はね……ガラガラだった。何がって商品棚が。どうやら聖王国軍が武器を徴収しているらしく、所謂色物武器的なものしか残っていなかったのだ。欲しい武器があれば特注で作ってもらうしか無いらしい。

 職人街の近くに市場もあったので寄ってみたのだが、主婦らしきおばちゃん達が最近食料品が値上がりして大変だとぼやいていた。商店主も高いと文句をつけられては聖王国軍が物資を集めてて品薄なんだよ、と言い返していたな。やはり、再度の侵攻……というよりアーリヒブルグの奪還に向けて聖王国軍は動き続けているようだ。

 なんとか軍が動き出す前に戻りたいところだな。これはもう真面目に走って帰ることを検討したほうが良いかもしれない。俺の走破能力を勘案するに、余程のことがない限り成功しそうな気がする。

 でも、余程のことがあった場合完全にアウトなのが良くないんだよなぁ、うん。

 まずは目の前のことを一つずつ、だな。ミスリルのロザリオを手に入れて地下に戻って、大型のゴーレム通信機を作って解放軍と連絡を取る。それに集中しよう。

 そういやキュービの野郎は解放軍の武器や戦術、ゴーレム通信機についての情報も持ってるんだよな……今更どうにもできないか。相手に知られているということを認識しつつ、運用に気をつけていくしかないな。

 真似は無理だろうけどな。クロスボウは模倣される可能性が無くもないが、投射武器の類は聖王国ではあまり歓迎されないようだから大規模な運用は暫くはないだろう。爆弾や銃器の類は技術的な問題でそうそう真似はできないはずだし、ゴーレム通信機に至ってはゴーレムコアを量産できないとどうにもならないはずだ。そもそも書き込む術式とやらが複雑でそうそう模倣はできないはず。

 俺はクラフト能力でなんとでもできるけどね。こういうところは正にインチキだよな。


          ◆ ◆ ◆


 翌日である。

 久々の独り寝はなんとなく寂しい。こっちに来てからというものの、独り寝することがほとんど無かったからな……それだけでこの世界に来た価値が十二分にある気がする。色々と痛い思いとか怖い思いとかしてるけど、それを補って余りあるな。うん。

 身支度を整え、ちゃんと革鎧も着込んで階下の食堂に降りる。昨日の夕食もこのラフィンの宿の食堂で頂いたのだが、昨日の昼食を食べた食堂よりも美味しかった。昨日の食堂が微妙だっただけなのかもしれない。質よりも量重視の食堂だったのかな。

「さーて、と」

 笑顔の女将さんに見送られて早朝の宿を後にする。この世界に来てからというもの、早寝早起きが身体に染み付いてしまった。

 アドル教の教会の位置は既にリサーチ済みである。昨日のうちに案内人の少年に聞き出しておいたのだ。流石に国の根幹を支える宗教の施設というだけあって、大変目立つわかりやすい場所に建設されていた。王城の真横である。

「おー……」

 その威容を思わず見上げる。宗教建築というものは兎角荘厳というか、見る者を圧倒する雰囲気を発するものだが、この教会……いや、大聖堂と言うべきか。この大聖堂もご多分に漏れず大変立派な佇まいであった。

「しかしこりゃどういうことかね」

 その荘厳で立派な大聖堂は何やら物々しい雰囲気で満ち満ちていた。揃いの鎧を着込んだ騎士達が入り口の両脇を固め、大聖堂へと続く道の両脇に控えているのだ。どう見ても厳戒態勢である。

 ちょっと怖いが、警備に就いている騎士の一人に声をかけてみた。

「すみません、何かあったのですか?」

「聖女様による聖日の礼拝と説法が行われる。そのための警備だが……」

 兜の面頬の奥から鋭い視線が突き刺さってきているのを感じる。

「傭兵か冒険者の類か」

「はい。そうなると武器を帯びたままというのは不味いですよね……大聖堂に入る前にお預けしたいと思うのですが」

「うむ。大聖堂の入り口で預けるが良い」

「はい」

「聖光の加護があらんことを」

 教会騎士が印を結んだので、頭を下げて大聖堂へと向かう。うーん、良くないタイミングで来てしまったようだ。よりによって例の真実の聖女とやらが来ている時に鉢合わせてしまうとは……いや、今回は礼拝の儀式と説法だけみたいだし、ピンポイントで尋問でもされない限り問題ないだろう。

 聖女とやらがどんな人なのか興味が無いと言えば嘘になるし、ここできびすを返してどこかに行くというのも教会騎士達に怪しまれそうだ。できるだけ目立たないようにしていれば問題ないだろう。

 大丈夫大丈夫、何も起きやしないって。起きたとしてもこれだけ教会騎士が居れば俺は隅っこで小さくなっているだけで大丈夫なはずだ。問題ない問題ない。

 なんとなくフラグをおっ立てている気がしなくもないが、大丈夫だろう。

 教会の入り口を固めている教会騎士に剣帯だけでなく武器を隠せそうな雑嚢や革鎧も預け、財布だけを持って大聖堂に足を踏み入れる。

「おお……」

 高い天井に宗教画、そして煌やかなステンドグラス、光り輝く黄金の光芒十字。信心なんて欠片もない俺でも驚嘆せざるを得ないような圧倒的な荘厳さ。これは凄いわ。

 アドル教の教義なんてロクに知らない俺でも感動に近い感情を抱くのだから、根っからの信者である聖王国の民にとってはそれ以上に素晴らしい大聖堂なんだろうな。まぁ、この豪華で荘厳な大聖堂を建設するために何人の亜人が売り飛ばされ、虐げられ、財産を奪われたのかということを考えてしまうとちょっと嫌な気分にもなるけど。

 それはそれとして、この大聖堂に芸術的な価値があることは間違いないだろう。解放軍がメリネスブルグを奪還した後にこの大聖堂が破壊されたりしないことを切に祈るばかりである。

 で、適当な席に座ったんですが。

「神よ、私の罪をお赦しください。神よ、私をお守りください。神よ……」

 なんか隣の人が物凄い血走った目でブツブツと神様にお祈りをしている。他の人もそうなのかと不安になって周りを見てみるが、そんなことはないようだ。どうやら隣に座っているこの人だけが普通じゃないらしい。ぶっちゃけコワイ。

 どうしようかなぁ、席替えようかなぁと迷っているうちに高らかに鐘が鳴り始め、大聖堂の扉が閉ざされた。大聖堂内がシンと静まり返り、せいひつな雰囲気が辺りに漂い始める。ぶっちゃけて言うと席を立って別の場所に座るということが許されなそうな雰囲気である。

 隣の人も目こそ血走ったままだけど静かになったので、我慢することにしよう。

 鐘が鳴り終わると、大聖堂の奥から数名の神官らしき人々が現れた。何か祝詞のようなものを口にしているが、言葉遣いが古いのか、それとも何か別の要因があるのか意味の内容がよくわからない。もしかしたら言葉ではないのかもしれない。

 そして、祝詞のようなものが終わると大聖堂の奥から純白の衣に身を包んだ娘が現れた。しゃなりしゃなりと典雅な足取りで講壇へと歩を進めた彼女は閉じていた眼を見開き、その真紅の瞳で俺を含めた大聖堂の信者達を見回す。

 美しい娘だ。腰まで伸びた輝く金髪に、紅玉のような真紅の瞳、金糸で刺繍が施された分厚い聖衣の下からでもその存在を主張する豊かな胸に、白磁のように白い肌。なるほど、聖女と呼ばれるのも納得できる、神々しい雰囲気を纏っている娘だ。



 その真紅の視線が俺を捉え、何故か困惑の色を浮かべたように思えた。だが、それも一瞬のこと。いや、もしかしたら俺の勘違いだったのかもしれない。

 何にせよ、いきなり教会騎士に囲まれて連行されるといったようなトラブルもなく、無事に礼拝の儀式が始まるようだ。さて、どんな話が聞けるのか少し楽しみだな。


          ◆ ◆ ◆


「神は母が子を愛すように創り、子が母に抱かれれば安心を得られるように創られました……」

 聖女の落ち着いた声が大聖堂に凛と響き渡る。この大聖堂は大変に大きく、広い。さして大声を出しているようには思えないのにこうしてよく声が通るのは何故だろうか? 何かしらの魔法の道具でも使っているのか、それとも大聖堂の構造的な機能なのか、単に彼女の声の通りがとても良いだけなのか。

 え? 説法の内容? 正直あまり興味はないかなぁって。教典からの引用が多いみたいなんだよね。元ネタがわからない俺としてはなんとも頭に入ってきにくい。ただ、話の内容からするとやっぱりアドルという存在は高度な遺伝子工学技術を持つ存在なんじゃないかと思うね。

 特に亜人や魔物の創造、あるいは発生を説明しているプロセスがそのままにしか思えない。

 例えば、亜人は元を正すと罪人なのだという。主神アドルは罪を犯した者に獣の烙印を施し、ヒトに奉仕し、一生懸命に労働をすることを命じたらしい。そして、充分に罪をあがなった暁には獣の烙印は消え失せ、またヒトに戻ることが許されるんだとか。

 逆説的に言うと、未だ獣の特徴を残す亜人はアドルに許されていない罪人であり、ヒトに奉仕し、一生懸命に労働しなければならない存在なのだ、ということらしい。また、亜人の中でもヒトから容姿がかけ離れている者ほど重い罪を背負っているのだという。

 どうにも犯罪者、実験体、変異といった言葉が脳裏にちらつく。実際にアドルがその罪人達に罪を償ったら戻してやると言ったのかどうか、そして『獣の烙印』を実際に消す技術があったのかどうかはわからない。だが、現状を見る限りとんだペテン野郎だったんじゃないかと思う。

 俺には亜人の皆が生まれついての罪人だとは到底思えない。姿形が少し違うだけで、それ以外は人間と何ら変わらないと思う。そりゃ姿形に由来して生まれ持った能力の差はあるかもしれないが、そんなの人間だって同じだろう。

 人間だって体格に恵まれて力の強いやつ、足の速いやつ、鼻や目の良いやつ、頭の良いやつ……数え上げればキリがないくらいに生まれ持った能力の差があるはずだ。容姿だって人それぞれだし。

「とはいえ、彼ら亜人もまた同じ生命を持つ隣人です。主神アドルはこうも言っています、隣人を愛せよと。どのような人でも、それが罪人であっても、亜人であっても、動物であっても、愛には愛を、憎しみには憎しみをもって返してくるものです。共に歩み、手を取り合うことによって開ける道もあるでしょう。私はそう思っています。これで私の説法を終わります」

 説法の内容というか、アドルに関しての考察に没頭している間に説法が終わってしまったらしい。

 ふむ、最後に聖女様は亜人に歩み寄るような発言をしたな。アドル教にもそう言う考えを持つ人が居るのか。興味深いな。

 聖女様の説法も終わったようなのでこれで解散なのかと思ったのだが、大聖堂で説法を聞いていた人々が席順に列を作り始めた。どうやら聖女様に何か祝福のようなものをしてもらえるらしい。

 正直、聖女様には近づきたくないんだが……どうも全員が行くようなので、俺だけ抜け出したら目立つだろうなぁ、これは。大聖堂内でも教会騎士の皆様が目を光らせているようだし、目立つ行動は控えたほうが良さそうだ。

「お許しください……お許しを……」

 相変わらず隣のやつ……というか列に並ぶと後ろのやつか。後ろのやつがブツブツと呟いていてコワイ。一体どんな罪を犯したというのだね、君は。まぁ、今から聖女様がじきじきに有り難い祝福を授けてくれるようだから、存分に懺悔でもなんでもすると良いと思うよ。うん。

 少しずつ列が進み、やがて先頭の様子が見えてくる。どうやら聖女様が信者に何か声をかけ、信者は頭を下げてそれを受け、退場する時に箱に銅貨を何枚か入れていくようになっているらしい。

 ここでも金か! 街で暮らすということには金がかかるものなのだなぁ……と益体もない事を考えながら胸元の財布の重さを確かめる。まぁ、銅貨の数枚くらいなら良いか。聖女様直々にありがたい話を聞いて、祝福を賜る。その対価として銅貨数枚、というのはささやかなものであると言えるかもしれない。

 聖女様って言ったらアドル教のトップアイドルみたいなものだろう、多分。その聖女様の独演ライブと握手会めいたものに参加する費用が大体食事一回分と考えると安いのでは?

「次の方……」

 そんなことを考えているうちに俺の番が来てしまったようだ。え? どうでも良いことばかり考えてないでいざというときのことを考えておけって? そうは言うがな、大佐。何が起こるか全く予測ができん以上、考えて悩むだけ脳内リソースの無駄遣いだとは思わんかね?

 高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応するしかないだろう。つまり行き当たりばったり。大丈夫だ、アドリブには自信がある方だぞ。

「貴方……」

「……ええと」

 聖女様が美しい顔と真紅の瞳をじっと俺に向けたまま動かない。

 いや、アドリブには自信があるとは言ったけども、これはどうリアクションすれば良いんだ?

 どうしたものかとお側付きの神官さんに視線を向けてみるが、彼女も困惑した表情を浮かべている。これは頼れそうにありませんね。

「あの、聖女様?」

「貴方は――」

 聖女様が何か言葉を紡ごうとしたその時だった。

「キィエエエェェェェェッ!」

 怪鳥のような奇声が俺の背後から上がった。何事かと背後を振り返ろうとした刹那、後ろにいた例のブツブツ野郎に押し退けられそうになる。

 だから、なんと言うか……特に何かを考えて行動したわけではなかった。反射的なものに近い。何だこの野郎、とちょっとイラッとはしたことは認める。

「ぐげっ!?

 押しのけようとしてきたブツブツ野郎を押し返そうとしたのだ。それが、最近ライム達と戦闘訓練をしていたせいか、少々荒っぽい肘打ちを繰り出すことになってしまったのはもうなんというか反射に近い行動だった。

 それが丁度良く奴の顔のど真ん中、鼻の下辺り――つまりじんちゅうにめり込んだのはただの偶然だ。俺にとっては会心の一撃、ヤツにとっては痛恨の一撃。

 だが、それは奴の意識を一撃で刈り取るほどのものではなく、奴は激痛と混乱の中で手の中にあるものを無闇矢鱈に振り回した。

 それは奇しくも俺が繰り出した肘打ちによる会心の一撃と同じく、奴にとっての会心の一撃を生み出した。

「ぐおっ!?

 脇腹に物凄い衝撃を感じる。見れば、男が手に握りしめていたナイフのようなものが俺の脇腹に突き立っていた。

「うっそだろお前……」

 誰かに引き倒され、押さえつけられる。

 違う違う俺じゃない、俺被害者だから。痛い痛い、痛いって。

 脇腹の傷よりも押さえつけられる感覚のほうが痛みを感じる。なんだ大した傷じゃないのか? いや、それはないだろう。一瞬見た時は深々と刺さってたし、あの場所は下手すると肝臓に刺さってるかもしれない。だとすると致命傷だ。

 というか、刺し傷の痛みを感じないってこれヤバいのでは? 毒か何か塗られてません? あの細そうなナイフじゃ余程上手く刺さらないと致命傷は狙えそうにないし、毒塗ってありますよね?

 毒のナイフで暗殺って、これ絶対狙われたの聖女様だろ。ということは、このブツブツ野郎はライムの言ってた白豚野郎の……ああだめだ、眠くなってきた。

 うっそだろお前、まさかこんなところで……? 聖王国の連中に正体がバレて追い詰められたとかでもなんでもなく、ただの事故みたいな形で?

 だめだ、意識を保てそうにない。頑張れ、頑張れよ俺。俺というか俺の能力! 頑張れ俺のスキル! というか鉄の皮膚さん仕事しろよ! しっかり刺さってんよ! ああだめだ、生存者を取っておけばよかった……ここで俺の冒険は終わりなのか。

 それが最後の俺の思考だった。