「コースケはまれびとなんだー」

「本当に存在するのね。おとぎばなしかと思ってたわ」

「嘘では無さそうなのです。確かに常識では考えられない不思議な力なのです」

 それなりに長い俺の話を聞き終えた三人は三者三様の反応をした。話の途中で俺の能力も見せられる部分については全て見せたので、信じてもらえたようである。クラフト能力に関しては作業台も材料もないからまともに見せられなかったんだけどね。

「信じてもらえたようで何よりだ」

「なにもないところからものがでてくるのはふしぎー」

「微妙に気持ち悪いあの動きも普通ではないわよね」

「消えない松明という実物もあるのです」

 ライム、ベス、ポイゾの三人が俺のインベントリから出したギズマ肉を味わいながら口々にそんなことを言う。ちなみに、味わうと言っても普通に口からもぐもぐするわけではない。俺から受け取ったギズマ肉を身体の中心……ちょうど胃の辺りに押し込んでジワジワと消化しているようである。

「うーん、おいしいねー」

「新鮮なギズマの肉は初めて食べるわね」

「あまり出回るものじゃないのです」

「えーと、君ら生でいいのか?」

 彼女達は生のままのギズマ肉を体内に取り込んでいた。お腹痛くならないのかね? スライムだから大丈夫なのか。

「やかないほうがおいしいよー」

「焼いても食べられるのですが、生のほうが私達は好きなのです」

「というか、君らは地下でどうやって生活をしているんだ? 食うものとかは?」

「私達は地下に潜伏しながら下水を管理しているのよ。栄養素は下水から得ているわ」

「マジで」

 何となくそうなのかなと思っていたけど、本人達の口から直接聞くのは衝撃的だな。そっかー、下水処理で栄養を得られるのかー……。

「何か失礼なことを考えていない? 言っておくけど、私達は清潔よ」

「ライムたちは、きれいずきー」

「下水も私達にかかれば綺麗な水になるのですよ。汚れも、毒も、病気の元もまとめてお任せなのです」

「なるほど。そういうものか」

 そう言われれば三人とも濁りのない綺麗な水色、赤色、緑色の身体だし、嫌な臭いなんて全然しない。それどころか、三人のいるこの部屋はなんだか爽やかな芳香すら感じられる気がする。

「……そういうものかって、それで納得するのね」

「普通はそれを聞いても引くのですよ?」

「えんがちょされるー?」

「そうなのか、酷いな。でもほら、俺のクラフト能力とかインベントリに比べれば可愛いものじゃないか、浄化体質なんて」

 それに俺の持っているスライムのイメージともあまりかけ離れてないし、下水と言えば有機物その他を大量に含んでいるだろうなぁとも容易に考えつく。スライムならそういうものを取り込んで更に成長したり、下水に含まれるあれこれを綺麗に吸収分解して無毒化とか普通にやれそうな感じするし。

 なんてことを考えていたらライムがすすすっと俺に近づいてきて俺の左手を自分の手でにぎにぎしてきた。ライムの手は少しひんやりとしたぷにぷにもっちりな感じで、やはり不思議な感触である。

「なんだ?」

「さわられてもいやじゃないー?」

「嫌じゃないぞ。ぷにぷにだなー」

「うん、ライムはぷにぷにだよー」

 不安げな表情だったのが、俺の嫌じゃないという言葉を聞くなりにこにこ笑顔になる。

「ほ、本当に触られても嫌じゃないか試すだけだから」

 いつの間にか近寄ってきていたベスが空いていた俺の右手を取ってにぎにぎし始めた。ライムとは感触がかなり違う。弾力性が高くて、ツルッとした感じの感触だ。ライムがぷにぷにだとすれば、こっちはつるつるすべすべだろうか。程よい弾力があってなかなかに良い手触りだ。

「二人ともチョロすぎるのです」

 少し離れた場所でポイゾがそんなことを言っているが、ソワソワしているのが丸わかりである。

「へいへーい、ポイゾびびってるー」

「びび、ビビってなんてないのです!」

「じゃあカモン。ほらほらばっちこいやー」

「ぐぬぬ……後悔させてやるのです!」

「ウボァー!」

 ポイゾが凄い勢いで突っ込んできて俺は吹っ飛ばされ……吹っ飛ばされてない。凄い勢いで俺の身体にぶち当たったポイゾはベチャッと俺の身体を包み込んでいた。両腕を除く首から下がポイゾに包まれたような感じだ。

「ふふふ、これでどうなのですか?」

 じゅるり、と俺にまとわりついていたポイゾがその形を変え、後ろから俺に抱きついているような感じになる。いつの間に後ろに!? とかそういうレベルの動きじゃない。スライムすげぇな。

「ベスはつるつるすべすべ、ポイゾはねっとりもっちりな感じなんだな。同じスライムでも感触には個人差があるわけだ」

「あるていどはかえられるけどー、そんなかんじー?」

「私もライムと同じくらいの感触までは変えられるわね」

「私もなのです」

「ライムはー、ベスみたいにもポイゾみたいにもなれるよー」

「そうなのか、ライムはすごいなぁ」

「えへへー」

 にこにこしながらライムが腕に抱きついてくる。いつの間にかベスも同じように左腕に抱きついてきているし、ポイゾは後ろから俺を抱きしめたままだ。頭以外のほぼ全身がスライムに包まれているんですが、これ大丈夫? 俺消化されたりしない?

「身動きがとれないんですが」

「コースケ、ちょっとよごれてるー?」

「もののついでよ、綺麗にしてあげるわ」

「全身の力を抜いて、身を任せるのです」

 じゅわり、と全身にスライムが浸透してくるような感触を覚えた。今まではぷにぷにつるすべもっちりが肌に触れている、という感触だったのだが、その境界が途端になくなって全身に濡れたような感触が感じられる。

「うーん、なかなかのおあじ」

「少し埃っぽいわね。それに、土でも汚れてるわ」

「ちゃんと綺麗にしないと病気になっちゃうのですよ?」

「あっ、あっ、あっ、ちょっ! うおわぁ!?

「あばれちゃだめー?」

 なんと言えば良いのだろうか。未知の体験過ぎて言葉で表すのが難しすぎる。全身をやわやわと揉まれながら舐められてでもいるような奇妙な感覚だ。スライムは薄っぺらい粗末な服の中にまで浸透してきて、それこそ文字通り全身をしゃぶられているような感じだ。

「ふーん? へー? ほー?」

「おやおや……これはこれは……なるほどなのです」

「何を感じてのその発言!? ちょ、おい! そこはらめぇ!」

 魔法の光で満たされた地下室に俺の悲鳴が響いた。


          ◆ ◆ ◆


Side:アーリヒブルグ


 コースケの現在地から遠く離れたアーリヒブルグにて。

「むっ!?

「……!?

 作戦室で難しい顔をしていたシルフィとアイラが突然何かを感じ取ったかのようにハッとした顔をする。

「どうしたのですか?」

「コースケの悲鳴が聞こえたような……」

「コースケ……心配」

「私には何も聞こえませんでしたが」

「あら? 花瓶に活けてあった花が……」

 メルティの視線の先では作戦室の片隅に置かれていた一輪挿しの花瓶に活けてあった花がその花を散らしていた。

「……一刻も早くコースケを見つけなければ」

「急務」

 シルフィとアイラはより一層の気迫をもってコースケの捜索と奪還を決意するのであった。


          ◆ ◆ ◆


「うぅ、もうお婿にいけない……」

 全身をくまなく『洗浄』されてしまった俺は魔法の光に満ち溢れる地下室の真ん中で膝を抱えていた。

「たんのうした」

「ふふ、情けないわね」

「少しやりすぎてしまったのです」

 ライムは非常に満足げな表情でぷるんぷるんしているし、ベスは膝を抱えている俺を見ながら危ない笑みを浮かべてるし、ポイゾは反省しているような言葉を吐きながらも満面の笑顔だ。油断ならねぇ。

「それで、俺が話したんだから次はそっちが話す番じゃないか?」

 あれだけスライム塗れになったはずなのに服も肌も全く濡れていないというのはものすごく不思議だな。一体どうなっているのだろうか。

「そうだねー」

「ライムには向かないわね。私が話す?」

「おまかせするのです」

「じゃ、私が話すわね」

「じゃーライムはコースケのいすになるねー」

 ライムが俺の傍に寄ってきて身体の一部を変形させ、人をダメにするアレみたいな形になる。ヘッドレストはライムの豊かな胸に当たる部分だ。人をダメにするアレ+おっぱい枕とか……いいのか? これは。

「どこから話そうかしら。二十年前のメリネスブルグ失陥の時から話したほうが良いわね」

 そう言ってベスは語り始めた。二十年前、メリナード王国が聖王国に敗北したその日のことを。

「まず、私達三人の立場を言っておくわ。私達はメリネスブルグに住む王族を護る者達よ。近衛に近い存在ね」

「光の差す場所で表立って護るのが近衛、光の差さない陰から護るのが私達なのです」

「わたしたちはこのあたりからはうごけないけど、むてきー」

「そういうこと。私達三人はメリネスブルグから遠くに離れることはできないけど、メリネスブルグの中では実質的には無敵よ。どこにでも侵入できるし、どこからでも現れることができるし、死なないわ」

「なるほど」

 水が通れる場所ならどこでも通れるんだろうな、きっと。本体をここに置いて、複体を繰り出して活動する分には滅ぼされることなどありえないというわけだ。そもそも、目の前にいるこのライム達が本体であるとも限らない。もしかしたら目の前のこのライム達だって複体かもしれないんだ。

「私達の出自に関しては……どうでもいいでしょう?」

「興味はあるけどな」

「そのうちお話しするのですよ。今はそれよりも先に話すべきことを話すのです」

「そうしよう」

 俺が先を促すと、ベスは頷いて再び口を開いた。

「二十年前、聖王国は領土と亜人奴隷、それにエルフの身柄を求めてメリナード王国に攻め入ってきたわ。恐らく、帝国と同じような多種族国家であるという点も気に入らなかったんでしょうけどね。メリナード王国の軍はよく戦ったけれど、兵数の差は歴然としていた。程なくしてメリナード王国は敗北し、王都も聖王国の手に落ちた」

「うん、それで?」

「知ってのとおり、メリナード王家はエルフの血筋よ。人間がエルフの奴隷を求める理由は?」

「知ってる。シルフィから聞いたよ。胸糞の悪くなる話だよな」

 エルフと人間との間には魔力の高い子供が生まれる。聖王国の貴族はそうやってエルフの血を密かに自分達の血脈に取り込み、魔力を保っているらしい。

「そう、ならその辺りは省くわ。とにかく、メリナード王国の王族の方達はそれを知っていたから自分達の身を差し出して国民の安堵を願った」

「……なるほど」

 自分達の身柄を差し出して国民の安堵をか。戦争に負けて国民を守れなかったという点は上に立つ者として失点なんだろうけど、いざ負けたとなれば潔く自分の身を差し出す……俺としてはどう評価したらいいのかわからんな。

「それでどうなったんだ?」

「交渉にすらならなかったわ。人以下の亜人風情が我々に歯向かって負けた上に条件をつけるなど何様のつもりだ、ってね」

「いっそ清々しいな。でも、それならどうして王族はこの城に?」

 俺はそう言って話の続きを促した。

「そこから先は私がお話ししますのです」

 今度はポイゾが話し始めた。

「聖王国の連中は陛下の話に聞く耳を持ちませんでしたが、それでも陛下は粘り強く交渉を行ったのですよ。でも、聖王国の連中はその間にもメリナード王国の国民を奴隷にして国外に連れ去ったのです」

「そんな話は俺も聞いたな」

 メリナード王国が聖王国の属国になった後、不自然な滅び方をした農村がいくつもあったって話だったな。王都メリネスブルグでも似たようなことはきっと行われていただろう。

「陛下はその実情を見て、交渉を諦めざるをえなかったのです。そして、自分達王族の血を聖王国に渡すことをよしとしなかったのです」

「王族の血?」

「そうなのです。王族の方々はエルフの中でも特に強い魔力をその身に宿しているのです。その血筋を聖王国に奪われると、聖王国の魔力持ちの質が格段に上がる可能性が高かったのです」

「生臭い話だなぁ……」

 つまり、王族の種や胎を使って強い魔力を持った『魔力持ち』を計画的に『増産』される可能性を危惧したわけだ。シルフィの話だと、実際に聖王国はそういうことをやっているフシがあるって話だったもんなぁ。

「それで、どうしたんだ」

「聖王国は陛下の交渉に応じませんでしたが、逆に聖王国の要求に応じない場合は国民を奴隷にし、残虐に処刑すると陛下達を脅したのです」

「反吐が出るな」

「全くなのです。そして、陛下はご決断なされたのです。陛下は自らの命と魔力を対価として、生き残りの王族ごと城の一角を氷で閉ざしたのですよ」

「氷で閉ざした?」

「はいなのです。陛下達が生きて交渉できる状態だと、国民達が更に傷つけられる可能性が高かったのです。なので、陛下は全ての王族を凍りつかせて封印することによってそれ以上の暴挙を止めることにしたのですよ」

「……なるほど」

 聖王国の要求に応じても、応じなくても犠牲が増えることは火を見るよりも明らかだ。なら、自分達の身を守りながら交渉自体をできなくしてしまえば良い。そうすれば、自分達と交渉するために誰かが殺されることもなくなると。

 問題の先送りにしかならないだろうが、聖王国としては一番イヤな手だろうな。聖王国は何よりも王族の血を欲していたんだろうし。肝心の相手が交渉できないなら無為にメリナード王国民を殺す意味もない。奴隷として扱き使ったほうがまだマシだろう。

 奴隷にされる国民にしても死ぬよりはマシだし、生きてさえいれば逆転の目はある。ある意味で合理的な判断だろうな。残される国民達は大変だろうけど、そうすることで守られる命は多いはずだ。

「でも、魔法なんだろう? 時間経過で効果が薄れたり、強制的に解除されてしまったりはしないのか?」

「勿論その可能性は皆無ではないのです。とは言っても、強大な魔力を持つ陛下がその生命まで捧げて行使した大魔法なのです。そう簡単にはいかないのです。それに、私達もお守りしているのですよ」

「せいおうこくのまりょくもちがきたらー、おいはらってるのよー?」

 ライムがそう言いながら触手状にした体の一部で俺の胸のあたりをペシペシしてくる。それは追い払い方を表現しているのか……?

「なるほど……じゃあ対外的にメリナード王国の王族が聖王国に連れ去られていることになっているのは?」

「メリナード王国民の反抗の意思を削ぐためのプロパガンダなのです」

「でも、三年前には反乱が起こってるよな?」

「それは王族の方達の存在は関係なしに起きた反乱なのですよ。聖王国の苛烈な統治に対して旧メリナード王国民が決起した結果なのです」

「って、せいおうこくのしさいがいってたー」

「なるほど」

 反乱を起こされるほど奴隷に厳しく接するのって非効率的だと思うんだけどなぁ……生かさず殺さず、ほどほどの待遇で反乱を起こさせないように統治するという選択肢はないんだろうか?

 ないんだろうなぁ、聖王国だもんなぁ。異種族は人間に奉仕して当然、みたいな差別主義モリモリのアドル教が国教なんだもんなぁ。

「しかし、そこまで王族の存在が漏れないものなのか……?」

 ポイゾ達が外部に伝えれば良いのではないか? と思うのだが。

「……私達は契約によってこの城の敷地の外には出られないのです」

「聖王国に占領されてからというものの、亜人はこの城に近づけないしね」

「こぐんふんとうー」

 契約とか気になるワードが出てきたな。

「その契約っていうのは?」

「私達は普通のスライムではないのです」

「そうなの?」

「そうだよー?」

 俺が聞くと、ライムが俺の顔を覗き込んでにこーっと笑う。普通と違うって言われても、他にスライムなんて見たこと無いからなぁ。

「普通のスライムは私達みたいに喋ったり、人の姿を真似たり、複数の複体を作って制御したりできないのよ。私達は先代の王と契約してスライムと融合した水の精霊なの」

「ライム達は水の精霊とスライムの悪魔合体の産物だったのか……」

「あくまじゃないーせいれいー」

「痛い痛い、ごめんて」

 ライムにお腹をベチベチ叩かれた。結構痛い。

「じゃあ、ウォーターエレメント・スライムって感じの存在なわけだな」

「そういう感じなのです。元々は城内の警備や王族の身辺警護をする存在だったのですよ、私達は」

「それがなんでこんなところに?」

「スライムの特性を生かして元々下水の処理はしてたのよ、副業的な感じでね」

「今はこちらに本体を置いておいた方が安全なので、こちらをメインに活動しているのですよ。王族の方々の警護に関しては魔力持ちだけを妨害すれば良いのです」

「おしろにいるとー、あぶらをかけてひをつけられたりー、どくをぶつけられたりー、まほうをぶつけられたりするからー」

「それはひどい」

 つまり、三人は王族を守りながら城の地下に潜伏して機を窺っているというわけか。で、王族の皆さん――つまりシルフィの家族は、シルフィの父親がその身を犠牲にして、二十年前からずっとこの城で身も心も凍りつかせて解放を待っていると。

「シルフィなら生き残りの王族を助けられるのか?」

「恐らくは。陛下はいつの日にかシルフィエル様が黒き森のエルフを率いてメリナード王国を奪還するかもしれない、と仰っていたのです」

「そうか」

 それは現実になりつつあるわけだし、シルフィのお父さんには先見の明があったのかもしれないな。

「だいたい事情は理解できた。さて、そうなると俺はどう動くかな……?」

 装備を整えればシルフィ達のもとに戻ることは不可能ではないと思う。できるだけ街道を使わないように移動して、休む時は小型の地下シェルターでも作って休めばいい。王都から抜け出すのだって馬鹿正直に門を通らなくても、地下でも掘り進んでいけば良いだろうしな。

 というか、この下水はまず間違いなく王都の外まで続いているだろう。ライム達に案内してもらえれば王都の外には簡単に出られるはずだ。

 しかし、折角敵陣深くまで入り込んでいるのだから何かしらの破壊工作をしていきたい気もするな。聖王国軍の活動資金や軍事物資を奪う事ができればシルフィ達にとって大きな手助けとなるのではないだろうか? 要人の暗殺なんかも良いかもしれない……俺にできるかどうかは別として。

 俺は別に優秀なアサシンでもなんでもないというか、なんならまともに人間相手に武器を向けたこともないからね。仕方ないね。

 しかし、あまりやりすぎると聖王国の本国から援軍が送られる可能性もあるか? でも、それも時間の問題だろうしな。被害を拡大させたほうが良いか……? うーん、悩ましい。

 それにしてもライム椅子は快適だな。これは完全に人をダメにするアレですわ。あと、後頭部の感触が素晴らしい。スライムだからおっぱいも何もないんだろうけど。

「きもちいい?」

「実に良い感じだな。素晴らしい」

「えへへー」

 ライムがニヤニヤしながら俺の腹をぴたぴたと叩いてくる。その様子をベスとポイゾは何故か微妙な表情で眺めていた。なんだろう、嫉妬オーラ的なものを感じる。最近そういうのに鋭いんですよ、ぼく。

「そういえば、ライムもそうだしベスもポイゾも随分と簡単に俺に気を許したよな。聖王国の回し者じゃないかとか思わなかったのか?」

「そういえばなんでかしらね。そう言われると不思議だわ」

「なんだかコースケからは心地よい気配がするのです」

「なんだそれ……ああ、そう言えばシルフィに妙に精霊に好かれるとか言われたことがある気がするな」

 確かあれはシルフィと出会った夜のこと。ボコボコにされた傷をシルフィが精霊魔法で治してくれた時のことだったな。何か体質的なものなんだろうか? それとも俺が稀人だからだろうか? シルフィも理由はわからなかったみたいだし、半分精霊のベス達もわからないならわからなそうだな。

「いずれにせよ、シルフィ達と連絡を取って無事を報せなきゃならないな。となると、ゴーレム通信機が要るか……」

 クラフト登録は済ませてあるから、材料と改良型作業台さえ揃えば作れるだろう。出力が足りないだろうから、それを補う方法も考えなきゃならないな。アイテムクリエイションを使って持ち運びできない代わりに高出力のゴーレム通信機を作れないだろうか? 試してみるしか無いな。

 となると、まずは作業台を作るために簡易炉を作って、鉄作って、採掘ポイントを探して……うーん、やることがいっぱいだぞ。地下道と下水道の地理もわからないし、ライム達にも協力を要請するべきだろう。対価はギズマ肉が山ほどあるし、これで払えないだろうか?

 もしダメだったら、交渉するしか無いな。俺が行方不明となるとシルフィやアイラ、ハーピィさん達が何かしでかすかもしれないし。いや、そこは大丈夫かな? 皆俺よりも歳上だものな。無茶はしないだろう。多分。

「よし、方針を決めた。まずは力を取り戻すのが先決だ」

「ちからをとりもどすー?」

「具体的には?」

「地下でいろいろな素材を集めて、各種作業台やアイテムを作れるようにしないとな。協力してくれないか?」

「ふむ、そうね……?」

 ベスが考えるような素振りを見せて、体の一部をポイゾやライムに触れさせる。それ情報交換してるよね? 何? 何をやり取りしてるの?

「そうね、協力してあげてもいいわ。勿論、タダでとは言わないわよね?」

「それは勿論、俺に出せる範囲の報酬なら出すぞ。ギズマ肉でよければまだあるし」

「おいしーの、ほしいのよー」

 ライムが俺の顔を覗き込んでにこにこと笑う。何故か背筋がゾクリとした。気のせいか?

「今はギズマのお肉で満足なのです。そのうちまた美味しいものを出してもらうのです」

「あと、外の話も色々聞かせてもらうわよ。私達、娯楽に飢えているのよ」

「確かに、こんな地下じゃ色々と退屈だろうな」

 娯楽に飢えている、かぁ。定番のリバーシとかチェスとか将棋とかトランプとか遊具を作ってみるのも良いかもしれないな。ああ、双六なんかもいいか。

「じゃあ、協力してくれるってことでいいんだな?」

「いいよー」

「良い暇潰しになりそうだしね」

「ギブ・アンド・テイクなのです」

 三人とも快諾してくれた。よしよし、これで先が見えてきたな。なんとかなりそうだ。まずは今日一日ゆっくりと休んで、心と身体を落ち着けるとしよう。キュービの野郎に拉致られてからこっち、考えることやら何やらが多すぎて疲れ気味だからな。こういう時に無理に動いても効率が悪いし、思わぬ失敗をするかもしれない。


 よーし、明日から頑張るぞ!


          ◆ ◆ ◆


「どう?」

「とてもいい」

 インベントリから取り出したハンバーガーと水で食事を済ませ、再びギズマ肉をスライム娘達に振る舞った俺は今日の寝床に寝転がっていた。

 つるつるすべすべで、ほどほどに身体を押し返してくるこの赤い寝床は、俺がクラフトしたベッドにも勝るとも劣らない……いや、正直に言えば確実に二段階は上の寝心地を俺に提供してくれている。

「まくらはー?」

「すばらしい」

 俺の後頭部を支える水色の枕はベッドに比べると少し柔らかめのぷにぷにな感触だ。しかし程よい弾力性と、頭の形にピッタリとフィットする感触は低反発枕よりも上質の眠りを俺に提供することだろう。

「こんな感じでどうなのです?」

「ふしぎなかんしょくだ……」

 俺の身体を余すこと無く覆うのは緑色の粘液だ。肌に触れる感触に不思議と不快感は無く、まるで温かい風呂にでも入っているかのような感覚である。これを掛け布団と言うのにはかなり違和感があるが、温かい風呂で寝落ちする時のような心地よさがある。

 あれは溺死する可能性が高い危険なものだが、この状況にあって溺死することなどありえない。つまりあの危険な心地よさを今この瞬間は存分に味わって良いのである。

 それぞれ感触の違う三種のスライムによって構成されたベッドは、抗い難い快楽を俺に与え続けていた。しかも、今の俺は全裸である。そんな状態でスライム娘達に接するのは流石に気が咎めたのだが。

『きててもおなじー?』

『どうせ服から浸透して素肌に触れるんだから、最初から脱いでたほうが面倒がないわよ』

『服は服で預かって洗浄しておくのです』

 そもそもスライム娘達をベッド代わりにするのはどうなんだ? とは言ったのだが、じゃあ石床の上でその薄っぺらい毛布だけで寝る? と言われると確かにそれは嫌だ。

 ベッドを再構築しようにも手持ちの木材では既に足りず、そもそも布団を作れるだけの繊維も持ち合わせがない。スライム娘達で構成されたベッドに全裸でお世話になるか、薄っぺらい毛布に包まって石床で寝るか。どちらを選ぶか? 俺は迷った。三秒くらい。

 石床で寝るのは嫌だよね。俺は嫌だ。というわけで申し訳なく、そして恥ずかしく思いながらも薄っぺらい粗末な服と元から穿いていた下着を脱いで彼女達に身を任せたわけだ。

「ねてるあいだにまっさーじもしとくー?」

「身体も綺麗にしておいてあげるわよ」

「心地よい香りで快適な眠りを提供するのですよ」

 ふわり、と掛け布団になっているポイゾの身体から芳しい香りが漂い、意識が急速に遠くなる。

 これに慣れたら普通のベッドで寝られなくなりそうだなぁ、と思いながら俺は意識を手放した。


          ◆ ◆ ◆


「うーん……?」

 なんだかとても変な夢を見た気がするが、夢なだけあって何も思い出せない。大量の子犬か子猫か何かに全身を舐められるような夢だった気がするが……。

「こーすけ、おきたー?」

 頭上から声をかけられて少しびっくりした。気がつけば、ライムが俺の顔を覗き込んでにこにこと笑っていた。スライムに膝も何も無いんだろうけど、まるで膝枕でもしているかのような光景だ。

「起きたのね。おはよう」

「おはようなのです」

 ベスとポイゾも同じように俺の顔を覗き込んでくる。俺の身体は相変わらず彼女達の身体に包まれていて、非常に心地よい状態だ。このまま二度寝したいという誘惑に駆られるが、それは彼女達に悪いだろう。彼女達にもすることがあるだろうし。

「おはよう、三人とも。実に快適な眠りだった」

「よかったー」

「当然ね」

「なのです」

 ベスとポイゾの介助を受けながら二人の身体から抜け出し、石床の上に立つ。全裸で。

「服ください」

「はいなのです」

 ポイゾが自らの身体の中を漂っていた服と下着を渡してくれる。受け取った服や下着は不思議と濡れているということもなく、穿き心地着心地には何の問題もなかった。

「身体が軽いな……それに、なんか全身サッパリしている気がする」

「まっさーじとでとっくすー?」

「結構疲れが溜まってたみたいね」

「全部吸い出しておいたのです」

「吸い……? あ、ありがとう?」

 何をどうやって吸われたんだろうか……滅茶苦茶眠りが深かったように思うんだが、俺、寝てる間に何をされたんだろう? 全身の調子が良いのは間違いないんだけども……深く考えないようにしよう、うん。

「今日はどうするのです?」

 服を着終わると、ポイゾが今日の予定を聞いてきた。俺は少し考えてからそれに答える。

「まずは色々と素材を集めなきゃならない。ガラクタの類も素材に変換できると思うから、まずは粗大ごみとかそういったものが溜まっているところとかないかな?」

「あるわね。たまに下水にそういうのを棄てるやつが居るのよ」

「詰まったら大変だろうに」

「まったくよ。結構苦労して私達が運ぶのよ?」

「あるていどたまったら、いっきにしょうかするのー」

「消化できちゃうのね」

「私達三人ならだいたいのものは消化できるのですよ」

 ガラクタがどういうものなのかはわからないが、きっと木製、鉄製、陶製とかのものだろう。そういったものを消化できてしまうというのは素直に凄いよな。でも、この世界だと壊れた鉄製品なんかはリサイクルしそうなものだけどな? いや、何度も鋳直して品質の下がった鉄とかはどうしようもないのか? 見てみないとわからないな。

「今日は私が案内するわね」

「えー、わたしもいきたいー」

「王族の方々の警護と見回りの手を抜くわけにはいかないのです」

「むー、わかったー」

 今日はベスが俺に随伴してくれるらしい。昨日のライムの複体のようなものを随伴させるのかと思いきや、普通に本体がそのままついてきてくれるようだ。

「行きましょう。あ、その前に朝ごはんかしら?」

「いや、歩きながら食うよ。みんなは?」

「だいじょうぶー」

「もう十分なのです」

「私もよ」

「そうなのか」

 彼女達が何故朝ごはんいらずなのかは深く考えない。考えないったら考えない。考えても意味のないことを考えても仕方がないからな。石の床の上で寝るのは嫌だし。

 ベスに道案内をされて下水を歩き始める。下水と言っても、嫌な臭いはほとんどしない。聞いてみると、もっと上流でスライム娘達の複体が下水を処理しているからであるらしい。

「下流はまた臭うんじゃ?」

「そっちはそっちで臭いが逆流してこない作りになっているのよ」

 要は、城の下水を一度プールしてもう一度処理するための汚水槽があり、城下町の下水はその先にあるので城下町の下水の臭いはこの下水には逆流してこないのだそうだ。

「つまり、城の下水道はベス達が管理しているから常にクリーンなわけか」

「そういうこと。良い仕事でしょ?」

「ちなみに、城下町の下水処理はどうなってるんだ?」

「あっちは普通のスライムが担当しているわね。割となんでも取り込んで消化するし、ネズミ型とか虫型の小型の魔物とかも湧いてるから結構危ないわよ」

「そりゃ怖いな。こっちにはそういうのはいないのか?」

「たまにいるけど、私達が駆除してるわね。なんで?」

「皮が欲しいんだ。炉やら何やらの材料になるから」

「ふぅん。見つけて狩ったら取っておいてあげるわ」

「ありがとう」

 ベスは少し高飛車っぽい感じだが、基本的に親切で良い子だな。いや、スライム娘達はどの子も優しくて親切で良い子だけど。ポイゾだけはなんか裏がありそうというか、思わせぶりというか、企んでいそうな雰囲気があるけど。でも、ポイゾも俺に対する敵意は全く感じられない。好きにさせておくのが一番な気がする。

「そういえば三人って色とか感触とか結構違うけど、何か特徴的なものがあったりするのか?」

「特徴ねぇ。そうね、私は三人の中で一番魔法が得意よ。水属性だけでなく、光属性や火属性の魔法も使えるわ。魔法特化ね。魔法攻撃にも強いわよ」

 ベスが得意げな表情を作って胸を反らす。程よい大きさにしてある胸部がぷるんと揺れた。うううむ、別におっぱいというわけじゃないんだけど目が引き寄せられる……これが男のサガというやつか。

「そうなのか。そういえば器用に光の魔法を使うよな。それで、他の二人は?」

「ライムはスライムとしての能力に特化しているわね。粘度、硬度は変幻自在、物理的に一番強い力を出せるのはライムよ。あと、水魔法だけなら私と同じくらい得意ね」

「ほほう……じゃあポイゾは?」

「ポイゾは回復魔法と薬毒の扱いに長けているわ。あと、消化能力も一番高いわね。今までに消化したものから取り込んだ色々な成分を合成して薬や毒を作り出せるのよ。毒ガスとかもね」

「ほぉ……それも凄いな。魔法に物理に薬毒特化か。スライムだから物理的な攻撃の効きも悪いんだろうし、聖王国の連中にとっては厄介極まりないだろうな」

「この二十年、私達の守りは突破されていないからね。それなりに自信はあるわ。最初の三年くらいはそれはもうバチバチとやりあったわね。向こうの被害が大きすぎて十年も経つ頃には諦めたみたいだけど」

「そりゃ凄い」

 聖王国だって折角のエルフの王族の血をみすみす逃したくはないだろうから、それなりに力を入れて攻略を試みただろう。それを一蹴する三人の戦闘能力はとんでもなく高いんだろうな。

 そんな話をしながら歩くこと数十分。恐らく一時間は歩いていないと思う。

「ここよ」

「これはなかなか凄いな!」

 案内された部屋に積み上げられたものを見上げて思わず感嘆の声を出す。

 砕けた木箱や樽、錆び果てた金属製の何か、汚い布のようなもの、元は硬貨であったと思われる固まった金属塊、変色した革袋えとせとらえとせとら。とにかく雑多なガラクタが積み上げられていた。

「これ、全部もらっていいのか?」

「いいけど、ガラクタばっかりよ?」

「俺にとっては宝の山みたいなもんだ」

 許可が出たので、ガラクタをどんどんインベントリに取り込んで次々と素材へと解体していく。砕けた木箱や樽は木材と屑鉄に、錆び果てた金属製の何かも屑鉄に、汚い布のようなものは繊維に、元は硬貨であったと思われる固まった金属塊は未精製の銅や銀に、変色した革袋は皮に。

 インベントリに取り込んだガラクタ達が有用な素材にその姿を変えていく。

「凄いわね。あれだけあったガラクタが跡形もなく消えちゃった」

「なかなかのお宝揃いだぞ。革製品が結構あったから、あとは粘土があれば鉄製品が作れ……ああ、燃料がないな」

 問題は粘土と燃料だな。粘土はどこかの壁に穴を開けて土を掘れば採れるかもしれないが、どこを掘ればよいものやら……燃料不足は更に深刻だな。地下には豊富な燃料などまず望めない。燃料が無いと製鉄なんてできっこないぞ。

「燃料ね。私の身体は油分が多いから燃料になるわよ?」

「えっ……? いいのか、それは」

「勿論限度があるけどね。でも、先代の頃からだから……もう軽く三百年分の下水処理で得たものよ? コースケが一人で使う分には全く問題ないと思うわよ」

「そうなのか……いや、でもただ燃えるんじゃだめなんだよ。最低でも木炭くらいの温度は出ないといけないから」

「なんとでもなるわよ、そんなの。火の魔力を込めてやれば」

「そ、そうなのか……?」

 魔法ってすげー! というかそれでもベスの身体を燃やすっていうのがちょっと倫理的な意味で引っかかるんだが、本人が気にしてないならいいのか……? 良いということにしておこう。うん。

「あとは粘土なんだが……心当たりはないか?」

「うーん、私はないわね。そういうのは下水道だけでなく地下道も巡回しているライムの方が詳しいと思うわ。あの子の行動範囲は私やポイゾより広いから」

「そうなのか。じゃあ一度戻るとするか」

「そうね。そうだ、今度からああいうガラクタを見つけたらコースケのところに持ってくるのが良いわよね?」

「そうしてくれると助かるな」

 どんなものにせよ、何かしらの素材にはなるだろうからな。一度戻って、ライムに採掘に良さそうな場所を聞くとしよう。こんな地下で素材が集まるかどうか不安だったが、なんとかなりそうだな!

 問題はこんな地下で簡易炉や鍛冶施設を動かしても大丈夫かどうかなんだが……一酸化炭素中毒とかで死ぬのは怖いよな。とりあえずそのへんも実際に試してみないとわからんか。

 ポイゾは薬毒の扱いに精通しているという話だし、何とかならないかな? 発生した一酸化炭素を中和するとか、取り込むとか……うん、その時になったら相談してみるとしよう。

 まずは粘土だな、粘土。何かこの世界に来てからずっと粘土を探し求めて掘っている気がするぜ……粘土は文明の友なんだな。うん。


          ◆ ◆ ◆


「おっさんぽー、おっさんぽー、コースケとおさんぽうれしいなー」

 スライム娘達の待機部屋に戻り、今度はライムが俺に同行して採掘ポイントに良さそうな場所を案内するということになった。俺の案内役に抜擢されたライムは実にごきげんな様子で俺の前をぽいんぽいんと跳ねている。

 ベスは上半身だけ人型を保ったまま俺の歩行速度に合わせて這って移動していたが、ライムはでかい饅頭みたいな形になってぽんぽん跳ねて移動するのがお気に入りであるらしい。こういうところにも個性が出るんだな。

「さっき言ったようにまずは粘土が欲しいんだが、大丈夫そうか?」

「たぶんー? ちかどうのいちぶがくずれててー、ねんどがろしゅつ? してるところがあるよー」

「それは良いな。遠いのか?」

「んー、これくらいのはやさでおさんぽしてさんじゅっぷんくらい?」

「結構遠いんだな」

 徒歩三十分となると移動距離は三km弱といったところだろうか? 黒き森の時もその後の拠点設置の時もそうだったが、粘土は何故こう微妙に遠いところにあるのか……まぁ三十分くらいなら許容範囲内だけども。ルートを覚えれば時間の短縮もできることだろう。場合によっては直通路を作っても良い。

「鉱石を採取できそうな場所はあるか?」

「うーん? どんなところー?」

「剥き出しの岩があるところとか」

「ないー? かなー?」

「マジか……まぁ当然か?」

 地下道を建設するなら明らかに邪魔になるものだし、そもそもそういうものが無い場所に城を建てたのかもしれない。いや、あったとしてもこの世界には魔法があるからな……良い感じに土魔法とかでくり抜いたりしたのかもしれないし、なんとも言えないな。

「ぽいぞがー、すこしだけつちまほう? をつかえるからー、たのめばさがしてくれるかもー?」

「そうするか。ライムが心当たりがないって言うなら、闇雲にあちこち掘っても意味が無さそうだものな」

 ひたすら地下に向かって掘っていけばもしかしたら岩盤に突き当たる可能性はあるが、地下を掘り下げていくのは怖いんだよな……呼吸の問題とか照明の問題とかあるし。

 照明に関しては設置した松明が何故か酸素を消耗しないらしいということがわかった今はなんとかなりそうだけど、やっぱり危険には違いない。採掘坑を補強する資材も豊富じゃないし。生き埋めは怖いからなぁ。

「ねーねーこーすけー、こーすけはなんでライムたちをこわがらないの?」

「んん? 怖がる理由が無いからかな?」

 唐突な質問に困惑しながら答える。何故と言われても結構困るな。怖くないから怖くないとしか言えないような気がする。

「せいおうこくのひとたちはライムたちをこわがるのにー」

「それは聖王国の連中がライム達を魔物のスライムと同一視してるからじゃないのか。というか、俺も魔物のスライムを先に見ていたらライムのことを怖がったかもしれんよ」

「そうかなー?」

「そうかもー」

 緩い会話をしながらテクテクと薄暗い地下道を歩いていく。ちなみに、光源として手頃な大きさの木片に照明の魔法をかけてもらったものを持ってきている。ベスに言ったらすぐにかけてくれました。六時間くらい光るから便利なんだよね、これ。

 前に防壁の強化工事をする時にもアイラに同じようなことをしてもらったんだ。経験が活きたな。

 暗い下水を進み、ライムに引っ張り上げてもらって壁を登り、またまた鉄格子の横の石床を破壊し、地下道に這い上がって更に進む。

 そうそう、鉄格子の横の石床を破壊した件については別に構わないだろうというスライム娘達の共通見解を得られた。この城の地下道にライム達が潜伏しているであろうということは聖王国の連中にもバレており、わざわざそんな危険なところに降りてくる人はいないということだ。

 しかも、その上明らかに下水に続いているとわかっている穴に足を踏み入れる人もまずいないだろうから問題ないと。というか、万が一入ってきたとしても地の利は完全にスライム娘達側にあるので、怖くもなんともないからいいのだそうだ。

「そういう油断は身を滅ぼすんじゃないか?」

「これはゆだんではなく、きょうしゃのよゆうなのー」

「さいですか……」

 にゅるん、と巨大スライム饅頭からライムの上半身が伸びてきてドヤ顔をする。組まれた腕の上に乗っかる質量が強調されてすごい。

 いや、騙されるな俺。あれはただのスライム。おっぱいではない。彼女達の乳は好きなように形も大きさも変えられる偽乳だ。

 そもそも彼女達には乳も、尻も、ふとももも何もないのだ。どのような形をしていようともそれはただの身体の一部。視線を誘導されることなどあってはならない。

 あっては……いや誘導されるわ。男の本能には逆らえないわ。きっと無邪気なライムにはそういう意図はないんだろう。そう思えるだけに自己嫌悪感が凄い。

「どうしたの? あ、さわる?」

「さわらない」

 にこーっと笑いながらぷるんぷるんさせるんじゃない。この反応、無邪気だが俺を誘惑するような意図を含んでいないわけではない……? わ、わからん。ライムの思考が読めん。助けてシルフィ。



          ◆ ◆ ◆


「……!?

「どうしたの?」

「今、コースケに助けを求められたような……?」

「ん……急ぐ」

「場所さえ特定できれば打つ手はある……頼むぞ、アイラ」

「任せて」


          ◆ ◆ ◆


 ライムの無邪気な誘惑を振り切り、ついに粘土の採掘場所に辿り着いた俺は早速採掘を始めることにした。残念ながらまだ鉄製のツールはないので、石で作ったシャベルが俺の相棒である。

「よーし、やるぞ」

「おー」

 ザクザクザクと地下道の石壁に空いた穴から露出している粘土に石シャベルを突き立てていく。その横でライムも身体の一部を粘土の壁に突き立ててザクザクザクと掘っている。掘って……え?

「ライム?」

「ん? なーに?」

「なにそれ?」

「?」

「いや、ザクザクザクって土掘ってるの」

「ライムだってつちくらいほれるよー? せいおうこくのせいきしのよろいだって、ざくざくできるんだから」

「そ、そうか……その調子で頼む」

「わかったー」

 ライムが身体の一部を複数のシャベルのような形に変化させ、鉄製のシャベルを使っている俺を彷彿とさせるようなスピードで粘土の壁を削り取っていく。流石は物理特化スライム……これは強いわ。

 暫く並んで掘り進んだが、ライムのほうが採掘スピードが速い。くっ、ミスリル……いや、せめて鉄製のシャベルさえあれば!

「らいむのかちー」

「勝ったと思うなよ……」

「もうしょうぶついてるー?」

 はい、勝負ついてますね。

 一時間くらい掘ったと思うが、ライムは軽く俺の倍くらいは掘っていると思う。いや、俺はライムの掘り出した粘土も回収してたし? そもそも石シャベルだし? 負けても仕方ないっていうか、まだ本気モードじゃないから?

「ふふ、次は俺が勝つぞ」

「じゃあらいむもつぎはもっとほんきだすねー」

「お、おう」

 驚異的なスピードで粘土を掘り出していたライムだが、まだ本気じゃなかったらしい。ふ、ふふ、俺だってまだ二回の変身を残しているからな。まだまだ本気じゃない。大丈夫だ、次は勝てる。

「もういいのー?」

「当面使う分は足りると思う。デカイ防壁作るわけでもないし」

「そっかー。じゃあ、かえるー?」

「そうだな。少しお散歩して帰るか」

「うん! おさんぽしてかえろう! こーすけはつかれたとおもうから、ライムがはこんであげるね!」

 にゅるん、と素早い動きでライムが俺の身体にまとわりつき、あれよあれよという間にまるで玉座に座る王様のような姿勢にさせられる。俺の後頭部に当たるクッション性抜群のこれは……いや、気にしてはいけない。ただのライムの身体の一部だ。そうだ。

「しゅっぱーつ」

 俺を抱えたライムがすいーっと滑るように動き始める。これは中々の新感覚な乗り心地だ……なんだろう? 揺れの一切無い車椅子みたいな?

「どうー?」

「なかなか快適だな。もっとスピードはあがらないのか?」

「あがるー。それー」

「おおおおお」

 早歩きくらいのスピードだったのが駆け足くらいのスピード……いや、もう少し速いか? 普通に漕いでいる自転車くらいのスピードになる。地下道はそんなに広くないので、かなり速く感じる。

「凄い凄い、大迫力だな」

「むふー、まだまだあがるー」

「え? いや、これくらいで」

「それー」

「あああぁぁぁぁぁーーー!」

 気合を入れて漕いだ自転車くらいのスピードにアップした。照明の魔法がかけられた木片を所持しているとはいえ、照らされる範囲はさほど広くはない。先の見えない暗闇に高速で突っ込んでいるような状態なのだ。これは。

 つまりめっちゃこわい。なんならいきなり暗闇の中から壁が迫ってきて、ほぼ直角に曲がったりもする。慣性とかはライムのぷにぷにやわらかボディがいい感じに吸収してくれているが、怖いものは怖い。

「速い速い速い! 流石にこれは怖い!」

「えー? いいところだったのにー」

 意外とライムはスピード狂なのかもしれない。スピード狂のスライムとか聞いたことも……いや、某有名RPGのメタルな奴らとかはそれっぽいかもしれない。

 ところであの世界のメタルな奴らってなんであんなに弱……くはないけど微妙な感じの戦闘能力なんだろうな? あの無駄な速さと硬さで体当たりすればゆうしゃとか一撃で死にそうな気がするんだけど。

 ライム達はゲームに出てきたらアレだな。裏ボスとか隠しボス系のやべーやつらだよな。もしくは戦うこと自体がダメなやつで、ギミックとかで戦闘を回避しなきゃダメなやつ。無理すれば倒せたり、追い払えたりはできるけど無限湧きみたいな。

 友好的な分には心強いことこの上ないな。保護下に居れば身の安全は保証されているようなものだし。

「そろそろ戻るかー」

「うん、わかったー」

 ライムが俺を乗せたまま鉄格子をすり抜けようとして俺が取り残されるというトラブルを経つつ、ライムと二人でスライム娘達の部屋に戻った。

「おかえり」

「おかえりなさいなのです」

「ただいまー。おさんぽたのしかったー」

「なかなかスリリングだったぞ……」

「こーすけをのせてびゅーんてしてきたのー」

 俺の様子とライムの言葉から何が起こったのか察したのか、二人に憐れみの視線を向けられた。予め注意しておいてくれませんかねぇ……本気で怖かったよ。

「目的のものは手に入った?」

「ああ、大丈夫だ。粘土は充分に手に入った。早速簡易炉を作っていこうと思う」

「そう。じゃあ私も燃料を用意するわね」

「助かる」

 クラフトメニューを開き、簡易炉を選択してクラフトを開始する。


・簡易炉――:動物の皮革×3 石×20 粘土×5 木材×5


 よしよし、素材は十分だ。早速簡易炉を作り上げ、部屋の片隅に設置する。スライム娘達から『おー』と驚きの声が上がった。そういえば食べ物くらいしか出して見せてなかったか。ベスとライムにはアイテムの収納も見せたけど。

「これが簡易炉だ。基本的な鉄具の製造ができるぞ」

「なるほどー?」

「凄さがよくわからないのです」

「ですよね」

 これだけだとただの粗末な小型炉だものな。

「これを使ってみて」

「お、ありがとう……これが身体の一部なのか?」

「そうよ」

 ベスが燃料として渡してくれたのは光沢のある赤い豆炭のようなものだった。意外とずっしりとしており、これが石炭とかコークスみたいに燃えるのであれば確かに良い熱源になりそうである。

「ありがたく使わせてもらう」

「ええ、どうぞ。燃やしても有毒なガスは出ないと思うけど、一応注意してね」

「わかったのです」

 ベスの言葉にポイゾが頷く。俺はそれを確認してから簡易炉のメニューを開き、燃料欄にベスの魔力燃料を投入した。うん、インベントリに入れてみたら『ベスの魔力燃料』って表示されたんだ、これ。普通の燃料ではないんだな、やっぱり。

「どうかしら?」

「おお、いい感じだ。たった一個で三時間は燃えるみたいだ。今まで色々燃料にしてみたけど、ベスの魔力燃料が一番効率良いな」

「ふふ、当然ね」

 自分の作り出したものが高評価だったことが嬉しいのか、ベスは大変機嫌が良さそうである。

 俺は続いてガラクタから回収した屑鉄を材料欄に投入し、鉄リソースとして鋳溶かしていく。熱源が良いおかげか、心なしか鉄リソースへの還元速度が速い気がするな。

 充分にリソースが溜まったところで鉄床とハンマーをクラフトし、今度は鉄製のツールの制作にかかる。時間と共に突如現れる鉄床やハンマー、鋼鉄製のツルハシやシャベル、斧などの金属製ツールにスライム三人娘達も興味深げな様子だ。

「こんなに簡単につくれるのですか。凄いのです」

「ぴかぴかできれいー」

「コースケ一人で解放軍の兵站を支えていたって話はちょっと眉唾だと思っていたんだけど、これなら納得ね」

 基本的なツールが揃ったら、今度は初歩的な作業台を作るべく細々とした工具を作って各種部品を揃える。


・初歩的な工具箱――素材:頑丈な木箱×1 金属製工具×8 機械部品×2

・万力――素材:鉄×20 機械部品×10

・初歩的な作業台――素材:木材×10 釘×40 万力×1 初歩的な工具箱×1


 出来上がったものを組み合わせ、初歩的な作業台を作製する。次は一足飛びにアップグレードをしていきたいところなのだが……。


・作業台アップグレード――:機械部品×10 鋼の板バネ×5 革紐×2

・簡易炉アップグレード――:動物の皮革×5 レンガ×50 砥石×3 機械部品×10


「うーん、材料が足りん」

「そうなのー?」

「うん。もっと高度な作業台を作りたいんだけど、そのためには簡易炉をアップグレードさせなきゃいけなくて、そのためには砥石が要るんだよ。それに、根本的に鉄と皮が足りない」

 レンガを作るための粘土はともかく、動物の皮革や革紐に関してはガラクタ置き場にあった革製品から得たものだけじゃ足りない。屑鉄類は結構あったけど、基本ツールや簡易作業台なんかを作るためにほぼ使い切ってしまった。

「鉄は心当たりがあるのです。砥石は流石に……」

「私に心当たりがあるわ。明日にでも調達してくるわね」

「かわはー、げすいどうからたまにくるおっきいねずみからとるしかないかなー?」

「なんか三人に頼りきりで悪いな……今日も何か食い物を出すよ」

 三人が顔を見合わせ、同時ににっこりと笑う。

「じゃあ、えんりょなくー」

「そうね、味わうとするわ」

「世の中ギブ・アンド・テイクなのです。今夜もたっぷりいただくのですよ」

「おう、任せてくれ」

 インベントリに入っている生鮮食料品はまだまだある。ふふ、食料の貯蔵だけは充分だ。

 ところで、なんだか妙に俺の身体に視線が絡みついてくるような気がするんですけど、気のせいですよね? 俺の身体は食べられないぞ? いや、食べられるだろうけど勘弁してくれ。シャレにならん。


          ◆ ◆ ◆


「あー……」

「こーすけおはよー」

「おはよう」

「おはようなのです」

 目を覚ますとすぐにスライム三人娘に声をかけられる。また昨晩も変な夢を見た気がする……巨大化したスライム娘達につまみ上げられ、あーんもぐもぐされる夢だ。それも代わる代わるに。

 こんな夢を見たのも昨日スライム三人娘にねっとりとした視線で見つめられたせいだろう。睡眠は寝ている間に脳が行う情報整理だ、なんて説もあるしな。きっとあの視線と食べられそうなんて思ったのが夢に出てきたんだろう。

「しかし、やっぱり全裸でお世話になるのは恥ずかしいんだが……」

「そんなこと言ったら私達なんて常に全裸なんだけど」

「私達は服を着られないのです」

「おあいこー?」

「おあいことかそういう問題じゃない気がするんだけどなぁ」

 今日はベスが俺の服を洗ってくれていたらしい。受け取ると、ほんのり温かくて着心地が良い。ポイゾの時みたいに爽やかな匂いがするわけじゃないみたいだが、これはこれで……こういうところにも地味に個性が出るんだな。

「今日はー?」

「朝飯を食べたらポイゾの言ってた鉄の心当たりってのを当たってみたいな」

「わかったのです。案内するのですよ」

「私は砥石を調達してくるわ。ついでに何か使えそうなものがあったら持ってくるわね」

「ライムはおしごとがんばるー」

 ベスは調達、ライムはお仕事を頑張るらしい。お仕事ってなんだ? と思って聞いてみたら、地下道の巡回と王族達が眠っているエリアの警備、それに下水処理なのだという。この部屋に留まって複体の操作に精神を集中するらしい。

「想像がつかんが、大変なんだな」

「おしごといっぱいー?」

「ライムは働き者よね」

「私達三人の中で一番の働き者なのですよ」

「そうなのか」

 なんとなく一番遊び回っていそうなイメージなのだが、そうでもないらしい。

 朝食を済ませてポイゾと一緒に下水道を歩き始める。スライム娘達は今日も朝食はいらないと言っていた。理由を聞くと。

「いっぱいもらったからだいじょうぶー」

「そうね、十分ね」

「摂り過ぎは良くないのです」

 などということを言っていた。下水道の処理でも栄養を得ているらしいし、一日一回ギズマ肉を食べるだけで大丈夫ということなんだろうか?

 しかしそれにしてはベスが挙動不審な気がするし、ポイゾはなんかニヤニヤしてるっぽい気配を感じるんだよな。ライム? ライムはいつも心から楽しそうにニコニコしてて、ある意味一番感情が読みにくいんだよ。

「どうしたのです? 何か考え事なのですか?」

「いや、大したことじゃない。それより、目的地までは遠いのか?」

「そうでもないのです。歩いて三十分もかからないのですよ」

「そうか。それじゃ食後の運動がてら歩きますかね」

「はいなのです。外のお話を聞かせてほしいのです」

「いいぞ。じゃあ何から話すかな?」

 シルフィ達と一緒に行動して見聞きしたことやものについて話をしていく。ポイゾは落ち着いているような印象を受けるが、好奇心がかなり強いようだ。特に、元の世界――地球の話に強い興味を示した。

「コースケの話は興味深いのです。そういえば、コースケは最初に私達を見た時に全然驚いた様子を見せなかったのです。元の世界には精霊や魔物はいなかったのですよね? 何故なのですか?」

「ああ、それは架空の存在としてのスライムは存在していたのと、そんなスライムを擬人化したキャラクターが出てくる色んな作品があったからだな」

「きゃらくたー? さくひん? なのです?」

「うーん! なんと言ったら伝わるのかな!」

 この世界にも言い伝えや童話、寓話の類はあるだろう。物語という概念もあるのだろうか? と思って聞いてみるとあるらしい。なら話が早い。頑張って説明してみた。

「つまり、実際には存在しない物語上の架空の存在として私達みたいなものを見聞きしていたから、そういうものだと納得できたということなのですね」

「はい」

 五分以上にも及ぶ俺の的を射ない説明をポイゾは正確に読み取り、まとめてくれた。くっ、俺が元営業職だったらもっと適切に伝えられたのだろうか? どうやら俺は話術スキルが低いようである。

「でも、似たようなものはあくまで似たようなものなのですよ。実際には全然違うものだと思うのです」

「それはそうだな。スライム娘と一口に言っても色々なタイプがいたし。逆に、同じスライム娘っていうカテゴリの中にも複数のタイプがいたから、ポイゾ達を見ても『ああ、そういうタイプなのね』くらいにしか思わなかったのかもしれない」

「それはありえる話なのです」

 一口にスライム娘って言っても本当に色々なタイプがいるからね。コアのある無しとか、分裂できるタイプかどうかとか、喋るタイプとかそうじゃないタイプとか、擬態も形だけのパターンもあれば服装から何から完璧に擬態するようなタイプもいるし。

 そもそもスライム娘というか、スライム系みたいな壮大なカテゴリを形成している気がするな。うん。基本なんでもアリの強キャラだったりするし。そういう意味ではライム達をすんなりと受け容れられる土台はあったってことだよな。

「それにしても、普通の人間は自分とは違うものを恐れるものなのですよ?」

「そりゃ最初にライムを見た時は怖かったぞ。スライムって一口に言っても弱いタイプと強いタイプがいるし、好戦的なタイプだったらこの暗い地下道を逃げ回らなきゃならんところだったわけだしな。でも、第一声が『おーいしー♪』だったからなぁ」

「……それはライムのファインプレーなのです」

 あれがベスやポイゾだったら無警戒にギズマ肉に食らいついて、おいしー! とはならなかっただろうからな。第一印象って本当に大事だよな。

 例えば、最初にライム達を見たのが聖王国の連中を挽肉に変えた姿とかだったら、俺もこんなに気を許せなかったと思うし。ライムの『おいしー』は俺の中でスライム娘達に対する警戒度を大きく下げる要因になっていると思う。

「つきましたのですよ」

「ここか?」

 ポイゾに案内された先にあったのは、広い空間だった。水が流れる音がする。なんだろう、この空間は。少し下水のような臭いがする。

「ここはお城の地下の下水道、その汚水槽のひとつなのです」

「汚水槽って割には水は綺麗に見えるが。少しだけ臭いはするけど」

「それは私達が頑張って汚水を浄化しているからなのですよ」

「なるほど」

 そんな会話をしていると、ポイゾが身体の一部を汚水槽の中に入れ始めた。光が届かないので、ポイゾの身体が汚水槽の中でどうなっているのかはわからないが、ポイゾは何かを探すような表情で首を傾げたりしている。

「何をやっているんだ?」

「さっきも言ったように、ここは汚水槽なのです。お城からは色々なものがこの下水に落ちてくるのですが、中には金属製のものとかも結構あるのです」

「なるほど?」

「私達はやろうとすれば金属も溶かせるのですが、少し面倒なのです。だから、汚水の流れに影響が出ない範囲で汚水槽にそういうものを溜めてあるのです。ある程度溜まったら、一気に消化するわけなのです」

「例のジャンク置き場と同じだな」

「なのです。特に、聖王国の連中がお城を占拠してからというものの、ゴミ捨てのマナーが悪いのです。なんでこんなものを? ってものが捨てられることがあるのですよ」

「例えば?」

「税金関係の書類とか、物品の納入書とかそういう怪しい書類から始まり、人間や亜人の死体とか色々なのです」

「うわぁ」

 色々な意味でヤバそうなものが捨てられていた。というかそんなもん下水に捨てるなよ……と戦慄していたらポイゾが何かを水中から引き上げてきた。

「なんだこれ」

「汚水槽の底に堆積した元々金属だったものなのです」

「えぇ……」

 それは茶褐色の石のような、そうでないような、名状し難い物体であった。ブロック状に成型されているのは、恐らくポイゾが水中でそうなるようにしたからなのだろう。

「これが素材になるのか……?」

「やってみるのです」

「そうだな、とにかくやってみるか」

 インベントリに入れると沼鉄鉱と表示された。沼……? いや、これは沼では無いだろう? 汚水槽だぞ? とはいえ鉄鉱と表示されるからには鉄鉱石の一種なんだろう。俺は寡聞にして知らないが……いや、そういえば沼とか池、泉なんかの底に鉄が沈んでることがあるとか聞いたことはあるな。

 絶対にこれとは違うプロセスで形成されるものだろうけど。そのようなものと思えば良いか……? まぁ、スライム娘が関わってる案件だし? 元の世界の常識とか条理を持ち出して考えるのはナンセンスだし?

「どうしたのです?」

「あ、ああ、すまん。使えそうな感じだから、どんどん採取してくれるか?」

「わかったのです。私にお任せなのですよ」

 ポイゾが鼻歌を歌いながら茶褐色の物体を次々と水揚げしてくる。海産物か何かかな?

 俺は黙々とその名状し難い沼鉄鉱のような何かをインベントリに収納していく。これ、鋳溶かす時に変な臭いとかしないだろうな……? 心配だ。

 作業自体は三十分ほどで終了した。なかなかの量が手に入ったが、この沼鉄鉱からどれくらいの鉄リソースが得られるかは未知数だ。

「これで全部か」

「必要とあらばあと三つ、同じような汚水槽があるのですよ。でもここよりも遠いのです」

「そうか。足りなそうならそっちに足を伸ばすことも検討しよう」

「わかったのです。帰るのです?」

「そうだな。早速試してみたいしな」

「今度は何を作るのですか?」

「そうだなぁ、作業台とか鍛冶施設にアップグレードするための部品づくりかな。後は、武器も作りたいんだよなぁ……クロスボウは弦を手に入れるのが難しそうだし、俺一人分なら銃のほうが良いかな?」

「じゅう? なのです?」

「ああ、俺の世界の武器でな」

 寝床への帰り道もまたポイゾに元の世界の話をしながら帰る。武器については解放軍の話をした時に軽くは話したが、あまり詳しくは話さなかったからな。興味もあるようだし話すとするか。

 ポイゾは聞き上手なのか、話してて気持ち良いんだよな。


          ◆ ◆ ◆


 結果的に言えば、沼鉄鉱は材料として結構優秀なものであった。形成経緯からして、汚水槽から採取された沼鉄鉱は基本的に全て金属だからであろう。ただ、金属の質は良くないというか、簡易炉で溶かしてみると鉄リソースだけでなく銅や銀、金、鉛や亜鉛などのリソースも少量ながら得られるところを見る限り、普通に使うには色々と問題の有りそうな資源ではある。

 俺の場合は簡易炉が内部で各種リソースに変換してくれるから、個別に利用することができるんだけどね。俺にとっては多数の金属リソースを同時に得ることのできる都合の良い素材であった。

「鉄はこれで良さそうだ」

「それは良かったのです」

 沼鉄鉱の処理を開始し、リソースの溜まり具合を確認した俺の言葉にポイゾはニコリと微笑んだ。本人としてはちゃんと使えるかどうか少し不安であったらしい。

「色々な金属が混ざりあっているというのはわかっていたのです」

「なるほど。確かに普通にこれを鉄として使おうとすると大問題だろうな」

 不純物が多すぎてとてもではないが使い物にならないだろう。こういう低品質の鉱石も問題無く使えるのは俺の能力の強みのひとつなんだろうな。

 そうしていると、何かがパンパンに詰まった麻袋を持ったベスが帰ってきた。何やら重そうだな。

「ただいまー。持ってきたわよ、砥石」

 そう言ってベスは麻袋を石床の上に降ろし、その中から砥石らしきものや、どこから持ってきたのか革でできた馬の鞍、束になった革紐、清潔そうな布などを取り出し始める。

「凄いな。どこから調達してきたんだ?」

「聖王国軍の宿舎とか馬房、鍛冶工房からよ」

「盗んできたのか」

「取り返してきたと言って欲しいわね。先にこの城にあった全てを奪ったのはあいつらなんだから」

 二十年も経っているんだから砥石も鞍も聖王国軍が用意した品だと思うんだが……ま、まぁ必要なものだし細かいことは気にしないでおこう。うん。

「これでより上位の作業台が作れそうだ。ありがとうな、ベス」

「あまり頻繁には使えない手だから、それだけは覚えておいて」

「わかった」

 度々こんなことをしていれば警戒されるだろうしな。撹乱はできると思うけど。

 あー、でもこんな盗難事件があったらキュービは警戒しそうだな。俺の脱走はとっくにバレてるだろうし。

「誰にも見つからなかったのか?」

「見つかってないと思うわ。私達が見つかると大騒ぎになるし」

「なるほど」

 キュービがこの事件を把握しなければいいんだが……あいつは油断がならないからなぁ。把握されていると考えて行動したほうが良さそうだ。

 しかし、ベスは良い仕事をしてくれたな。砥石だけでなく皮革素材も調達してきてくれるとは……鞍はこのままじゃ使い途がないが、分解すれば素材になるからな。

 使い途と言えばアレだ。

「金とか今の所使い途がないんだよなぁ」

「ぴかぴかー」

 沼鉄鉱を溶かして抽出した金のリソースをインゴット化して取り出し、手のひらの上で弄ぶ。

 残念ながら、今の状況下では金は本当に何の役にも立たないなぁ。重いし柔らかいから、意外と銃の弾頭材料としては良い仕事をするのかもしれないが……まぁ趣味の領域だな。貴金属の弾丸とか。

「帝国の方では棒状に加工した金や銀を通貨として使っていると聞いたことがあるのです」

「そうね、帝国との国境付近では聖王国でもそこそこ出回ってるらしいわよ」

「へー。まぁそういうふうに加工するのはわけないけど、そうしたところで使い途がないよなぁ」

「ちかどうからー、まちにでて、こーすけがおかいものしてくればいいー?」

「そんなことできるわけ……いや、悪くないわね?」

「えっ」

 ライムの発言にベスがそんなことを言い始める。いやいや、危ないでしょ?

「私は反対なのです。コースケがそれなりの格好をしていけば確かにそうそう見つかって拘束されることはないと思うのです。でも、もし見つかって拘束されでもしたら終わりなのですよ」

「それはそうね。でも、ほとぼりが冷めてからなら大丈夫だと思うわよ。一週間……いえ、十日もすれば普通は死んだと思うでしょうし」

「ちょっと話が見えないんだが」

「せいおうこくのひとたちはー、わたしたちのことをこわがってるー?」

「あいつら、私達三人のことを知性も理性もないスライムだと思ってるからね。コースケは独房から地下道に逃げたでしょう?」

「城の地下道には私達が居るということを彼らはよく知っているのですよ。そんな場所にそんなことを知らない囚人が逃れた。どう思うと思いますのです?」

「……あいつ死んだわって思うかな」

「なのです」

 ポイゾがコクリと頷く。ベスはその上で十日ほど置いてほとぼりを冷まし、確実に死んだと思われるであろう時間を置き、その上でしっかりと怪しまれないように変装をした上で街に出るのはアリかもしれないと言っているわけだ。

「でも、リスクはゼロではないのですよ」

「それはそうね。よほど欲しいものでもない限りは取るべき手段ではないと思うわ」

「そうだな。わざわざリスクを負うことはないな。でも、手段の一つとしては検討に値するし、準備だけは進めておくか」

「それがいいー?」

 そういうわけで、俺はメリネスブルグの街に進出するための準備も並行して行うことになった。

 相談の結果、俺が装うのは東方の帝国と聖王国との紛争地帯からこちらにやってきた人間の傭兵か冒険者、という感じにすることにした。

「見た目は人間の男だから。一人旅をしても怪しまれないようにするとなると、それが一番でしょうね」

「カバーストーリーをちゃんと考えておいたほうが良いのです」

「そこそこ稼げたから士官先を探して諸国を回ってるとか?」

「そんな感じで良いんじゃない? 路銀が尽きかけて、記念にとっておいた帝国貨幣を換金するとかそういう感じで」

「そうするか」

 なお、カバーストーリーを考えている間ライムは一切発言をしなかった。俺の椅子になりながら……というか、俺を抱っこしたままスヤスヤとお昼寝をしていらっしゃったので。大きさとか形が変幻自在って凄いよな……なんだろう、この圧倒的母性に包まれてる感は。

 ライムが全体的に大きくなっていて、俺との対比がまるで子供と大人みたいになっているのもあるけど、間違って潰さないように配慮している点とか、守るという意思がなんとなく伝わってくる感があるというか。

「……」

 ベスとポイゾの二人がなんか怪しい視線をこちらに向けてきている気がする。気のせいだろうか。

「……今日はこれからどうするのです?」

「これからかぁ。うーん……」


・作業台アップグレード――:機械部品×10 鋼の板バネ×5 革紐×2

・簡易炉アップグレード――:動物の皮革×5 レンガ×50 砥石×3 機械部品×10


 粘土はあるし、レンガは作れる。ベスが皮革と砥石を調達してきてくれたから、簡易炉のアップグレードは問題なくできそうだな。簡易炉が鍛冶施設になれば鋼の板バネも作れるから、作業台も改良できるだろう。ただ、部品とか作るのに時間はかかるんだよな。

「今日はここに留まって作業を進めることにする。材料は揃ってるから、じっくりと作業台と簡易炉を改良するよ」

「そう。なら私達もここで複体の管理に力を入れましょうか」

「なのです。情報収集もするのですよ」

 二人はそう言うと、ライムと同じように目を閉じてじっとしはじめた。まるで寝ているみたいだが、これが複体の管理に力を注いでいる状態なのだろうか?

 邪魔することもないな。俺はライムの腕の中から抜け出し、簡易炉と作業台のクラフトメニューを開いた。まずはレンガと機械部品を量産しなきゃならないからな。

「とはいえ、暇だな」

 基本的にクラフト作業というのは手間がかからないものだ。必要数をクラフト予約して、あとは待つだけである。それを終えてしまったらやることがない。

 ステータス画面を眺めてみるが、最近は俺自身が直接戦闘をすることも無かったのでレベルも上がっていないし、アチーブメントも特に増えていなかった。またぞろ女性関係のアチーブメントが増えているかと思ったのだが、そういうことも無かったようだ。建築系のアチーブメントも増えてないし、新しく作った作業台も無いからな……くっ、付与作業台が作れず放置状態になっているのがもどかしい。

 そうしているうちに部品ができてきたので、早速簡易炉をアップグレードする。

 閃光が俺の目を焼いた。

「忘れてたァ!」

「ちょっ、な、何事!?

「まぶしかったー」

「なんなのです?」

 油断していた俺はまともに閃光を浴びて目が眩んでしまった。声を聞く限り、三人もびっくりしたらしい。本当にすみません。

「簡易炉や作業台をアップグレードする時、すんごい光るんだよ。忘れてた」

「人騒がせな……目は大丈夫なの?」

「ほっとけば治るから大丈夫」

 前にも直視して目がぁー! ってなったけど治ったしな。実際に少しずつ眩んだ目が回復してきているし、大丈夫だろう。

「本格的な施設になったのです」

 ポイゾが鍛冶施設を見て興味深げな顔をしている。ポイゾはアイラと気が合いそうだな。

「んー……」

 ライムはまだ眠いらしく、俺の傍にもそもそと寄ってくると俺を再び抱っこしてスヤスヤしはじめた。

「抜け出せないんだが」

「危ないことするから心配になったんでしょ。おとなしく抱っこされてなさい」

「別に危なくないんだけど……」

 ちょっと光るだけなのに……まぁいいや。ギリギリ鍛冶施設も作業台も操作できる距離だし。このまま鋼の板バネと変装用の武具でも作っておこう。刃渡りのあまり長くない丈夫そうな剣と、木と鉄でできた円盾で良いだろう。鎧はどうするかな……鎖帷子と軽装鎧一式にしておくか。

 本当は俺だってみんな大好きバスタードソードとかツーハンデッドソードとか使ってみたいが、圧倒的に筋力が足りない。ショートソード……つまり歩兵用の普通の剣を使うのが精一杯だ。というか、変装用だからね。実際に振るって戦うわけじゃないから、軽いに越したことはない。

 本気で戦うなら銃でも作るよ。弾丸の量産がキモだけど。弾丸と言えば、火薬も作らないといけないな……ということは調合台が必要で、それには大量のガラスが必要である。

 で、ガラスを作るには砂が要るんだよな……まぁ砂は土を分解すればいくらか採れるからなんとかなるな。インベントリにそこそこ入っているし、ガラスの材料になる砂にしておこう。

 ガラスはこれでいいとして、問題はきゅうだが……これは下水道がすぐそこにあるわけだし、採取できるんじゃないかな? あとでポイゾかベスに聞いてみるとしよう。

 なんとか設備が揃ってきたし、次は連絡を取る方法なり脱出プランなり撹乱計画なりを考えていくとするか。何にせよまずは連絡を取るところからだな。ゴーレム通信機か……問題はミスリルなんだよなぁ。純金とか銀でミスリル銅合金の代用にできないものかね? これも相談してみるか。魔法はさっぱりだからな。


          ◆ ◆ ◆


Side:スライム娘


「くそっ! どいつもこいつも……!」

 豪華絢爛……いや、成金の悪趣味に一歩踏み込んだ執務室で悪態を吐く男がいた。男の名はバリントン=セイル=オルトリンデ。金糸で煌やかな刺繍の施された白絹の法衣を身に纏う聖職者だ。聖王国で権威を振るう枢機卿達、その地位を望み、狙っている者達の一人でもある。

 もっとも、聖職者だからといって高潔で清廉潔白なのかというとそんなことはなく、実は平民上がりだという彼が信じるものは何よりも金だ。本人は建前上アドル教の敬虔な信者であるということになっているが、何より金が大事な男だということは公然の秘密である。

 バリントン=セイル=オルトリンデはこのところ非常に機嫌が悪い。理由など考えるまでもない。遥かオミット大荒野の向こう、黒き森から突如現れた『解放軍』にここ数ヶ月ほどの間、ずっと苦しめられ続けているからだ。


          ◆ ◆ ◆


 きっかけは辺境のいくつかの村と岩塩鉱山で起こった襲撃と脱走事件だった。何者かが夜陰に乗じて聖王国の聖兵を襲撃し、皆殺しにした。村は略奪され、そこで働かせていた亜人達は一人残らず連れ去られた。

 最初はどこかから大規模な傭兵団か盗賊団でも流れてきたのかと考えられた。傭兵団と盗賊団を同列に扱うのか? と私は疑問に思ったが、彼ら聖王国の聖職者にとってはどちらも似たようなものであるらしい。

 少しして被害の実態がわかってくると、彼は醜いその豚のような顔を更に醜く歪ませた。いや、豚のようにというのは豚に失礼だろう。だが、彼の名はあまりに長いので、今後は白豚大司教と呼ぶことにしよう。それがいい。

 被害の実態というものは、白豚大司教を激昂させるに余りあるものであった。なんと、亜人達は連れ去られたのではなく、自ら去ったらしいということ。村は略奪されたのではなく、そこに住んでいた亜人達が一切合切を持ち去ったのだということがわかったのだ。

 つまり、これは亜人達の反乱である。白豚大司教はそう結論づけた。彼の周囲もそう結論づけた。

 三年ほど前にも反乱が起こり、その時はなんとか鎮圧に成功した。被害は少なくはなかったが。


『またか! あの亜人どもめ! 二度と反乱など起こす気が起きないようにしつけてやる!』

 白豚大司教はすぐさま追討部隊を差し向けた。兵を数十ばかり殺したようだが、所詮はまともな武器も持たない奴隷どもだ。しっかりと武装した兵を差し向ければ、たちどころに討滅できるだろう。そう考えたようだった。

 しかし、白豚大司教の部下である兵の長だけは難しい顔をしていた。それもその筈だ。現場からの報告には兵を殺した手口からして、訓練を受けた何者かが脱走に関わっている可能性が高いという情報があったからだ。

『ただの奴隷の反乱と考えるのは危険だと思いますが』

 そんな彼の意見は一笑に付された。何を馬鹿なことを、と。

 兵から奪った武具がいくらかはあるかもしれないが、奴らは所詮過酷な労働を強いられていた奴隷どもだ。疲れ切っているだろうし、士気も長持ちはすまい。兵の長と仲が悪い聖騎士の長はそう言った。白豚大司教も聖騎士の長の言葉に賛同し、兵の長は口をつぐまざるをえなかった。

 それが全ての始まりだった。

 誰もが脱走奴隷達の討滅を疑っていなかったが、オミット大荒野とメリナード王国領の境界を守る砦からは信じがたい報告が戻ってきた。

 追討部隊全滅、被害甚大、生き残りは少数、指示を請う。簡単にまとめると、そういう内容だった。

 白豚大司教達は困惑した。いくら脱走奴隷どもの数が一〇〇〇人ほどに膨れ上がっていたとはいえ、ほぼ同数の完全武装の兵を差し向けてそれが全滅することなどあり得るのか? と。

 確かに亜人は身体能力や魔力において人間を上回るものもいる。だが、魔力持ちの人間であれば充分に対抗、場合によっては圧倒できる程度の差であるし、そもそも奴らは脱走奴隷でまともな装備も、食料も持ち合わせていなかった筈だ。

 それなのに負ける? しかも全滅? 何の冗談だ? と。私もそう思った。

 しかし、正式な書面で送られてきた報告なのだから、信じないわけにもいかない。自らの目で確かめないと信じがたいが、見に行くわけにもいかないからだ。白豚大司教は兵の長と聖騎士の長に軍の編成と、脱走奴隷の討滅を指示した。

 時間をかけて軍を編成し、物資を集め、五〇〇〇もの大軍を移動させる。これだけで物凄くお金を使うことになったらしい。白豚大司教は機嫌が悪かった。しかし五〇〇〇も送り込めば流石に為す術も無いだろう。彼はそう呟いた。私もそう思った。

 結果はさんたんたる有様だった。


 なんと、五〇〇〇余も送り込んだ兵はそのほとんどが帰ってこなかった。領域境の砦になんとか辿り着いた僅かな兵も、そのほとんどは心身ともに衰弱しきっており、まともに事情を説明できる者がいないという。

 事情聴取で僅かにわかったことは、オミット大荒野のど真ん中に立派な砦が築かれていたということ、解放軍を名乗る者達がその砦にいたらしいということ、そしてその砦が大爆発を起こして聖王国軍を消し飛ばしたということ。

 その後はどうなったのか? そのことを聞くと生き残った兵達は皆錯乱し、まともに話もできなくなってしまったという。

 その報告を聞いた白豚大司教は卒倒した。そのまま死んでくれれば私としては嬉しかったのだが、世の中そんなに甘くないらしい。

 そこから『解放軍』の快進撃が始まった。領域境の砦を電光石火の勢いで次々と落とし、南部では噂が広まって亜人奴隷の脱走が相次いだ。その動きは解放軍の勢力圏である南部だけでなく、今ではメリナード王国中に広まりつつある。

 対する駐留聖王国軍の被害は大きく、白豚大司教がこのメリナード王国の総督を罷免されるのも時間の問題だろう。白豚大司教はメリナード王国の現状が聖王国本国に伝わらないように必死に情報を握り潰しているようだが、人の口に戸は立てられない。

 そして、白豚大司教がストレスで胃を痛ませていたある日、南部から一台の馬車が現れてこの王都メリネスブルグの王城へと入ってきた。その馬車に乗っていたのは、聖王国の密偵達だ。白豚大司教の部下ではない。本国のとある枢機卿の部下達である。

 解放軍に潜り込んでいたという狐獣人の男が一人と、人間の男が一二人、そして拘束され、箱詰めされていた人間の男が一人。

 狐獣人の密偵が言うには、解放軍の重要人物であるという。詳細は明かされなかったが、じきにとある枢機卿の部下である聖女が彼を迎えに来るので、彼がまかり間違っても解放軍に奪還されたり、あるいは彼自身が脱走したりしないように取りはからって欲しいということだった。

 白豚大司教は脂汗を滴らせながらそれを了承した。じきにここを訪れるという聖女というのは虚偽看破の恩寵を神より授かった『真実の聖女』と呼ばれる人物であるらしい。また、彼女の上司である枢機卿というのは白豚大司教の政敵でもあるようだ。

 つまり、彼は詰んだというわけだ。

 私はと言うと、解放軍の重要人物であるという彼が気になったので、複体の一つを彼が連行された独房へと向かわせていた。

 狐獣人の密偵は彼を拘置するのであれば絶対に目隠しは外さず、両手両足を視界の外に置くように拘束し、常に見張りをつけるべきだと主張していた。それができないなら彼と彼の部下が見張るとまで言った。

 しかし、白豚大司教はそれを拒否した。抗議しようとする狐獣人の密偵とその部下を自分の地位を使って黙らせ、重要人物だという彼を普通の囚人と同じように独房に入れた。狐獣人の密偵の忠告など全く意に介さなかったのだ。

 彼はそれよりも来る聖女をどうやり過ごすかで頭の中がいっぱいだったのであろう。

 独房に入れられた彼は少しの間部屋の中を観察し、周囲の気配を探るような仕草をするとすぐに行動に移った。

 どういう手段でかはわからないが、彼の手足を拘束していた枷が一瞬で消え失せた。魔力の流れは無かったように思う。一体どうやったのだろうか?

 次に彼は粗末なベッドから木材を剥ぎ取り、藁の枕から藁を抜き取り、独房の石壁から石ころを採取した。そしていつの間にか粗末な石斧を手に持っていた。意味がわからなかった。どうやって? いつの間に作った? 疑問が私の中を埋め尽くしそうになる。

『へーい、誰か他に居るかい? 新入りのコースケでーす』

 どうやら彼はコースケという名前であるらしい。牢仲間がいないかと声をかけたようだが、あいにくこの区画には私と彼以外には誰もいない。彼を独房に放り込んだ獄吏も、頻繁にはここには来ないだろう。

 返事がないことを確認して納得したのか、彼はおもむろに粗末な石斧で石の床を叩き始めた。コンコンと結構騒々しい音が鳴る。しかし、獄吏はこの区画を離れて別の区画に移動してしまっている。彼を咎める者はここには誰もいなかった。

 それにしても、一体何をしているのだろうか?

『ま、俺には効かないシナリオだけどね』

 彼がそんなことを呟く。一体何を言っているのだろうか。わからない。

 私が内心疑問に思っている間にも彼は石斧で床を叩き続け、ついに石床を破壊し始めた。わけがわからない。あんな粗末な石斧で石床が砕けるわけがない。

 彼はそのまま床を掘り進み、ベッドを完全に解体して独房の中のものを全て消し、何故か焚火を焚くとまた穴の中に入っていった。いつの間にか立派な松明まで手にしている。いつの間に……?

 ある程度掘り進むと、彼はどうやってかはわからないが石床で穴を塞いでしまった。しまった、取り残された。恐らく彼は地下道に到達するはずだ。追跡しないと……なんとか地下道で彼に追いつき、接触に成功した。

 そしてそれから一週間ほど。

 彼と私達は上手くやっていけている。彼は不思議な力で様々なものを作り出し、脱出の準備を整えている。


          ◆ ◆ ◆


「ぐぬぬ……不味い、不味い! どうすれば……」

 白豚が脂汗を滴らせている。正直、あまり見ていたくはないのだが、一応ここのトップなので監視を怠る訳にはいかない。もっとも、ここのトップでいられるのもそう長くなさそうだけれど。

 解放軍の勢力拡大によってメリナード王国南部は完全に聖王国の支配を脱した。亜人達の脱走は相次ぎ、続々と南部に向かっている。そして、南部からは時折聖王国民が難民となって逃れてくる。その数は決して多くはないが。

 狐獣人の密偵とその部下達はコースケの脱走が発覚すると同時に北へと去っていった。件の聖女と合流するためか、それとも枢機卿に報告に行ったのか、あるいはコースケや姫殿下の復讐を恐れて逃げたのかはわからない。

 コースケの逃亡先は城の地下道であると断定されていた。それはそうだ、独房の床の一部が真新しい石床になっていればそこが怪しいというのは誰にだってわかる。

 一体どういう方法で、という点については誰もわからなかったようだが、新しい石床を破壊してみると地下道に続いていたのでそう断定されたというわけだ。そしてとっくに私達によって殺されただろうと考えている。

 ちなみに、その穴は既に土魔法を扱う魔道士によって厳重に封鎖された。

「このままでは……このままでは……」

 属国としていたメリナード王国南部の支配権を解放軍に奪われ、聖王から預かった兵の半数を磨り潰され、枢機卿の密偵が拉致してきた解放軍の重要人物を失った。彼はどうにかしてこの失敗をやり過ごそうと考えているようだが、無理な話だろう。

 これから訪れる聖女はあらゆる虚偽を見破るという真実の聖女なのだ。しかも、彼女の上司である枢機卿の報告によって現状を把握した聖王は事態を重く見たのか、真実の聖女に対して白豚大司教に対する審問を命じたらしい。

 聖女による審問が行われれば、間違いなく白豚大司教はただの白豚となり、豚は豚らしく処断されることだろう。叩けばいくらでも埃は出るだろうし、その悪事を証明するような怪しげな書類を私達は持っている。そっと目につくところに置いてやるのも面白いかもしれない。

 その後、聖王国がどういった対応を取るのかはわからない。だが、このままというわけにはいかないだろう。きっと、彼らは動くはずだ。

 それまでに、私達は彼を元の場所に戻してあげなければならない。それも、できるだけ早く。

 とても、とても惜しい。理由はわからないが、私達は彼に強く強く惹きつけられてしまう。きっと、彼が稀人であるということと何か関係があるのだろう。

 実は寝ている間に少しだけ、ほんの少しだけ悪戯をしている。

 彼は違和感を感じているというか、薄々気付いているようだが何も言わない。きっと、姫殿下や宮廷魔道士、それにハーピィ達とも関係を持っているのだから私達三人くらい増えても今更だと思っているのだろう。私達もそれに甘えている。

 ノックの音がして、白豚大司教がビクリと震えた。どうやら白豚大司教がただの白豚になる時が来たようだった。

 事の次第をしっかりと見届けて、コースケに報告しよう。そして今日は寝具役を私一人で果たすのだ。コースケは私の枕がお気に入りだから、きっと満足してくれることだろう。


          ◆ ◆ ◆


「と、そういうわけでここのトップは大司教の地位を追われ、メリナード王国の総督という役職も罷免されたみたいね」

「そして、後釜に聖女が就いているというわけなのです」

「ざんていてきー?」

「なるほどなー」

 ライムが複体で収集した情報をベスやポイゾに伝え、伝えられた二人がかいつまんで俺にその情報を渡してくれる。ライムが報告役を二人に任せるのは、自分自身言葉がつたないという自覚があるからなのだそうだ。

「本当はライムが一番頭が良いのよ?」

「ライムは私達とは比べ物にならない数の複体を常に同時に操っているのです」

「マルチタスクしすぎて処理落ちしてるのか……」

「しょりおちー?」

 聞き慣れない言葉にライムがこてん、と首を傾げる。かわいい。

「ともあれ、今日のMVPはライムだな」

「ごほうびー」

「ご褒美? ご褒美か。俺にできることならしてやるが」

「きょうのべっどはわたしがどくせんー?」

「ええ? 俺は良いけど」

「仕方ないわね」

「仕方ないのです」

「やったー」

 ライムが嬉しそうにぽよんぽよんとその場で跳ねる。胸部の水袋も跳ねる。くっ、負けない、負けないぞ。いや無理負ける。視線が吸い寄せられる……俺、弱い。

 その夜は希望通り、体積を増やしたライムに全身を包まれて寝た。

「あの、ライムさん? そこはデリケートな部分で……ちょ、まって、だめ、だめだから」

「まいばんしてるー?」

「毎晩!?

「いつもはコースケ、すぐに眠るものね」

「こんなことされて眠るわけ……ポイゾさん?」

「ぴゅー、ひゅひゅー……なのです」

 下手な口笛を吹くポイゾの方向から寝る前にいつも嗅ぐ清涼な匂いがする。あれを嗅ぐと心地良くていつもすぐ寝ちゃうんだよな! そういうことかい!

「コースケ」

 ベスが仕方がないわね、という表情で近づいてくる。あれはなんだかんだいって助けてくれる時の表情だ!

「ベ、ベス!」

「時には諦めも肝心よ」

「イヤーッ!?

 周りには俺が逆立ちしても勝てそうにないスライム娘が三人。しかも俺は全裸で取り込まれ済み。

 為す術などありはしなかった。


          ◆ ◆ ◆


 衝撃の夜からはや一週間。あの一件で開き直ったのか、スライム娘達が小細工を弄さなくなってから一週間。俺は彼女達に保護されているわけだし……ギブアンドテイクは大事だよな、と心に棚を作って一週間である。

 この一週間、俺とて遊んでいたわけではない。色々と必要になるであろうものを作り、時に彼女達に相談し、協力して準備を整えてきた。そう、脱出のための準備をだ。

「装備は整ってきたのです?」

「そうだな。概ね整ってきたな」

 汚水槽の沼鉄鉱が良い仕事をしてくれた。量もさることながら、様々な金属が混ざりに混ざっている低品質な鉱石であったということが逆に俺にとっては幸いだった。

 普通の鍛冶仕事には使えたものじゃないのだろうけど、俺の能力であれば混ざりに混ざった複数種類の金属を個別に取り出す事ができる。

 鉄、銅、銀、金、鉛に亜鉛、その他諸々。今の俺には使い途のないものもあるが。あと、残念ながらミスリルは混ざっていなかった。少しでもミスリルが混ざっていれば銅と合金にして通信用のゴーレムコアが作れたんだが。

「ミスリルってどっかにないかね。ほんの少しでいいんだが」

「難しいのです。ミスリルは物凄い貴重品なのですよ」

「ここの宝物庫とかにない?」

「そんなのとっくに略奪されて本国に持っていかれたわよ」

「聖王国許すまじ」

「ゆるすまじー」

 ここに来て祟ってくれるものだ。他の金属で代用できないものかと相談もしてみたが、こと高性能な魔道具作りにおいてミスリルというのは必須とも言える存在であるらしい。俺の話したような性能を持つ魔道具を作るとなると、他の金属では代用できないだろうと魔法に詳しいベスが言っていた。

 というわけで、シルフィ達と連絡を取るためにも街に出て何かしらのミスリル製品を手に入れてこなくてはならない。そんなに大量のミスリルは必要ないので、ミスリル製の指輪、それも魔法のかかっていないただの指輪――例えば婚約指輪や結婚指輪のようなものが良いだろうという話になった。

 べらぼうに高いミスリル製品だが、指輪くらいであれば加工難度がそう高くないのも相まってそこそこに出回っているらしい。貴族の婚約指輪などによく使われるそうだ。

 あと、もう一つ考えられるのはアドル教の護符、というかシンボルである光芒十字である。十字架ではなくX字架とでも言えば良いのだろうか? それがアドル教のシンボルなのだ。名前の通り主神アドルのもたらす光を象徴するものらしい。

 このシンボルも最も安価な鉄製、一般的な銀製、高級な金製、最上級のミスリル製のものが出回っているらしい。これはアドル教の教会施設などで扱っているそうだ。

「あんまり近寄りたくないけどな」

「でも、確実なのですよ」

「高額なお布施を求められるでしょうけどね」

「ひつようけいひー?」

「まぁ、偽造帝国通貨は沢山あるから」

 数日前にベスが本物の帝国通貨を調達してきてくれたので、手持ちの金と銀を使って寸分違わぬものを偽造したのだ。

 帝国通貨は非常に簡素な棒状の金属貨幣で、見た目の印象としてはちょっと大きい麻雀の点棒のようなものである。もっとも、素材が金や銀なので重量感はたっぷりだが。

 金貨、銀貨ごとに重さによって何種類かあり、貨幣に穿たれた穴によってその貨幣の重さを視覚的に表現している。

 穴一つの棒状金貨五本と、穴五つの棒状金貨一本の重さは等しくなっているというわけだな。削ったりすると秤が釣り合わなくなって一目瞭然というわけだ。そして、そういう貨幣は価値が下がる、と。

 こういうのを秤量貨幣というのだったか? いや、これは一応一定の品質の元、穿った穴の数で量を表しているわけだから計数貨幣……? でも結局店頭では重さを量っているわけだから秤量貨幣か。よくわからん! まぁどっちでも良いか。うん。使えるなら構わないだろう。

「あとは、そうびー?」

「装備な」

 俺は東方の聖王国と帝国の戦場から渡ってきた元傭兵という設定になっている。士官先か、稼ぎ場を探してはるばるメリナード王国まで来たというわけだ。幸い、メリナード王国では実際に反乱が起こっているわけだし、耳の速い傭兵なら戦場を求めて流れてきていたとしてもおかしくはないはずである。

 で、だ。傭兵を名乗るなら傭兵らしい装備(かっこう)をする必要があるわけだな。

「まずは、剣だな」

「順当ね」

 少し幅広のショートソードだ。両手剣? グレートソード? かっこいいな。だが、俺は手堅く行く主義なんだ。

 柄を合わせた全長は俺の腕よりも少し短いくらい。あまり長い剣は取り回しが良くないからな。俺が鍛冶施設で作ったものなので、品質は良いと思う。



「次に盾だ」

「普通なのです」

「普通でシンプル。最高だな」

 どこにでもありそうな、縁を金属で強化した木と革の円盾である。盾の裏に投げナイフを二本収納できるようにしてあるくらいで、他に特段に言うべきことはないな。ああ、背中に背負って歩けるようにベルトは付けてある。

「後は槍か」

「めいんうぇぽんー?」

「そうだな」

 なんだかんだ言って、槍は使い勝手の良い武器である。遠い間合いから敵を攻撃できるし、投擲することもできる。実に素晴らしい。人類最古の狩猟道具にして武器の一つだ。実際の戦場なんてものは見たことはないわけだが、戦場では剣や刀よりも槍がよく使われたなんて話は聞くよな。

 実際に使ってみるとなかなかに具合が良いものだ。剣よりもこちらのほうが俺に向いているんじゃないかと思う。

「まだまだへっぴり腰なのです」

「君たちが強すぎるんだ……」

「ライム、つよいー」

 傭兵を名乗っている人間が剣も槍も実際には扱えないというのでは話にならない。というわけで、ここ数日スライム娘達による武術の稽古が俺に対して行われている。

 真剣を彼女達に向けるのは抵抗があったが、そもそも彼女達はスライム。斬ろうが突こうが全く堪えない。ある意味で理想的な訓練相手と言える。

 そして彼女達は強い。思わぬ角度から鋭い攻撃が飛んでくる。ぶっ飛ばされる、転がされる、またぶっ飛ばされる。とても痛い……。

「かいふくまほうはー」

「私達は全員使えるから」

「私ならお薬だってお手の物なのですよ?」

「手加減、手加減を要求する」

「もうしてるー?」

「救いはないんですか!?

 そんなものはありはしなかった。

 少なくとも、傭兵と名乗っても疑われない程度には鍛えるべきだろうとのお達しである。そうでないと自分の身も守れないだろうし、危なっかしくて外には出せないということらしい。

 厳しくも優しいスライム娘達の思いやりが身に沁みる。物理的に。

「面妖な動きをするわね……」

「わはははっ! 俺だっていつまでもやられはしない!」

「でも、タネが判ればなんてことないわ」

「うぼぁー!」

 コマンドアクションを用い、前に出ると見せかけてスライド後退、突きながら滑るようにスライド移動、二段ジャンプを使った奇襲、自前の走る力にコマンドアクションのダッシュを加えた突撃……効いたのは最初だけで、すぐに対応されてしまった。

「あのチャージは初見殺しとしては悪くないと思うのです」

「細かく使えば回避にも攻撃にも悪くないと思うわ。間合いが微妙にずれるもの」

「でも、わたしたちにはきかないー?」

「ムキになって面制圧するのはズルいと思う」

 俺のスライド移動で間合いをずらされるなら、もっと広い間合いをまとめて攻撃すれば良い。

 そう言わんばかりに繰り出される粘液触手の槍衾。俺は為す術も無く全身を打ち据えられてぶっ飛ばされる。とても痛い。


 そういう感じで更に一週間ほどみっちりと転がされ、ぶっ飛ばされた結果、俺の白兵戦スキルは急上昇した。いや、ステータス画面にもスキル画面にもそんな表示はないけどね……。

 アチーブメントにも変化はなし。戦闘訓練は積んだけど、何も殺してないからレベルの上昇もなし。地下生活何日以上でアチーブメントとかはありそうなんだけどなぁ。それで暗視でもできるようになればとても助かるのだが、世の中そう上手くは行かないらしい。

「あとは、俺の切り札だな」

「あのすごい音がするやつなのです」

「そうだ」

 俺がインベントリから取り出したのは長大なバナナ型の弾倉が装着された長銃である。鉄製薬莢の7・62×39mm弾を使う、恐らく世界で一番有名なアサルトライフル。その改良品だ。

 生産性が高く、頑丈で、高威力。場合によっては鎧を着込んだ敵と切った張ったをする可能性があるため、俺はこの銃を選んだ。拳銃だと鉄板で作られた鎧で防がれる可能性があるからな。

 え? 連発銃はコストの関係で運用が難しいんじゃないかって? それはそうだ。数十人、数百人、数千人単位で運用するなら俺の生産力をもってしても弾薬製造が追いつかないからな。

 でも、俺一人で使うなら話は別だ。自分一人分の弾薬くらいならなんとかなる。それならば性能、威力、堅牢性、使い勝手を重視するのは当たり前だ。

 多弾数であること、連発が可能であること、リロードが容易なマガジン式であること、鎧を貫通できる威力があること、この辺りの条件を考えるに最適なのがこの一丁だったのだ。

 兎にも角にも『世界で最も多く使われた軍用銃』というギネス記録は伊達ではない。多くの兵士に選ばれるだけの性能を持っているからこそのギネス記録、というわけである。

 ちなみに火薬は処理前の下水からは作れなかったが、ポイゾと試行錯誤した結果、下水を中途半端に処理した物質から大量に生成することができた。

 当然ながら、手榴弾などの類もそれなりの数を作ってある。手札はいくらあっても困らない。

「とんでもない威力よね、それ」

「俺の切り札だからな」

「ライムたちにはきかないー?」

「君達はほとんど何も効かないだろう……」

 ぽよぽよと揺れるライムに苦笑を返す。

 魔法とか炎くらいしか効かないんだよ、この子達。爆薬で跡形もなく吹き飛ばせばワンチャンあるかもしれないが、基本的に物理的な攻撃手段しか持たない俺にとっては逆立ちしても敵わない相手である。

「こっちに連れてこられてから二週間と少し……やっとこさ準備が整った」

「じゃあ、明日行くの?」

「ああ、街に出てみる」

 ベスの言葉に頷いて答える。

「気をつけるのですよ。コースケが捕まってしまったら元も子もないのです」

「勿論だ」

「おみやげはいらないー」

「そうか? 何か買ってくるぞ?」

「それよりも、ぶじにもどってきてー?」

「そうね」

「それが一番なのです」

 ライムが小首を傾げながらいじらしいことを言い、ベスとポイゾがそれに同意して頷く。

「任せろ」

 三人にこう言われてはドジを踏むわけにはいかないな。

 何にせよ、明日だ。明日、メリネスブルグの街に出る。そしてミスリル製の製品をなんでもいいから手に入れて、無事に戻ってくる。できれば最近の情勢も探ってくる。無理はしない。こんなところだな。

 全ては明日だ。


          ◆ ◆ ◆


「そうびてんけーん」

 ライムが満面の笑みを浮かべて手を挙げ、装備の点検を宣言する。

「鎧よし、兜よし、雑嚢よし、剣、槍、盾よし」

 鎧は要所を鉄板で補強した革製。兜は一見してどこにでもありそうな品だが、赤い房飾りが人の目を惹きつけそうな逸品だ。え? 目立って良いのかって? いや、傭兵設定だからね。少しは目立つ点が無いと逆に不自然だろうということで、兜に赤い房飾りを着けたんだよ。

「財布は?」

「メインは鎧の下、サブは雑嚢の中」

 メイン財布は金貨多め、サブ財布は小銭と銀貨多めって感じだ。小銭と銀貨は下水に落ちてきたもので、錆びたりする前のものをポイゾとベスが保管していたものである。財布の中身が帝国棒状貨幣だけだと、ここまでどうやって生活してきたのかと疑われそうなので分けてもらった。

 支払いは……ご想像におまかせする。

「設定を復唱なのです」

「東から来た傭兵。仕官先か戦場を探してこっちに来た」

 これは当初の通りである。もっと詳しいことを聞かれた場合の設定も考えてある。

「くろかみ、めずらしいー?」

「確かに珍しいけど、いないわけじゃないだろ?」

 この世界にいて、黒髪の人間はあまり数がいない。でも、いないわけでもない。何千人とか一万人に一人くらいとかなんとか。大きめの街なら何人かくらいはいるかな? レベルだそうだ。

「あんまり強そうに見えないわね」

「どちらかというと走るほうが得意なんだ」

 ライム達と特訓してそこそこには戦えるようになったが、あくまでもそこそこだ。俺の根本的な筋力はこの世界基準で言えば人並みかそれ以下みたいだからな。

 ただ、能力のおかげで足は速いし長く走れる。これは強みだ。

 コマンドアクションを併用した走法は若干不自然に見えるかもしれないが、特別な走法なんだ、秘密だと言えばそんなものかと納得してくれる可能性が高いらしい。ベス曰くこの世界には魔法や魔道具が多数存在し、その効果の全てを把握している人間などどこにもいないのだから、ということだ。

「だいたい良さそうなのです。あとは、しっかり王都の外から入ることなのです」

「そうね。通行証を持っていなかったら面倒なことになりかねないわ」

「ちかどうからー、そとにでるー」

「わかった」

 城の地下から延びる地下道の中には東へ延びてメリネスブルグの外まで延びているものもあるそうだ。俺はそれを通ってメリネスブルグの外に出て、都の東側から中に入るわけだな。

「場合によっては数日を上で過ごしてくる。もし捕まっても、即座に殺されなければまた城の地下にぶちこまれるはずだ。そうしたら騒ぎを起こすから、俺を助けに来てくれ」

「他力本願なのね?」

「自分一人で何もかも上手くやれるとは思っていないだけだ」

 それにベス達は俺よりも遥かに強いしな。頼れるなら頼る。生きてシルフィに会うためにはなんでも利用するさ。

「じゃ、そろそろ行くのです?」

「行こうか」

「じゃあ、こっちー」

 四人で移動を開始する。どうやら三人とも俺を見送ってくれるつもりらしい。

「そういえば、皆で一緒に歩くのは初めてだよな」

「そういえばそうね」

「基本的にあまり動く必要がないのです」

「ちっちゃいのでじゅうぶんー」

「そうだろうね」


 模擬戦というか特訓では最初に出会ったライムの複体とも戦った。勿論ボコボコにされた。小さくてもライム達はとても強い……対複数戦の特訓だと言うことでライム、ベス、ポイゾがそれぞれ二体ずつの複体を繰り出してきたこともあったな。勿論為す術もなく転がされた。

 他愛ない話をしながら暫く歩き、地下道もそろそろ終わりか、というところで三人が足を止めた。

「ここまでなのです」

「地下道は王族が通るから直下でなくても『城内』扱いなんだけど、ここまでが限界みたいね」

「これからさきは、すすめないー?」

「そっか」

 僅かに空気の流れを感じる。地上は近いようだ。

「定期的に入り口は掃除をしているから何も居ないと思うのですが、念の為気をつけるのですよ」

「掃除?」

「ちっちゃいのをとつげきー、させてあばれさせるー?」

「何それ怖い」

「時間が経てば自壊するようになってるから、危険はないはずよ。そうしないとゴブリンとかが住み着いたりするのよね」

「厄介だなぁ……よし、それじゃあ行くよ」

 もう一度全身の装備を確認し、三人に向き直る。

 寂しそうな表情を隠さないライム。

 心配そうな表情のベス。

 そして、穏やかな表情のポイゾ。

「さようなら、じゃなくていってきます、だ。また戻ってくる」

「もどってきてー」

「ええ、行ってきなさい。無理はするんじゃないわよ」

「お気をつけて、なのです」

「ああ、いってきます」

 三人に一時の別れを告げ、俺は久しぶりの地上に向かって歩き始めた。