「じゃあ、アーリヒブルグはもう目と鼻の先なんだな」

『ああ、そうなる。今回の戦闘では負傷者がそれなりに出たが、死者は少ない。コースケとアイラの作ってくれたポーションで負傷はほぼ癒えたから、数日かけて休養とメイズウッドの掌握をしたらアーリヒブルグを攻める』

 ゴーレム通信機からシルフィの声が返ってくる。

 一週間ほど前にガンマ砦から進発した解放軍は道中の村や町を制圧しながら旧メリナード王国領を北上し、交通の要衝であるアーリヒブルグの手前の街までの侵攻を今日完了したらしい。

「そっか……大丈夫か? 俺、行かなくて良いのか? 補給拠点も作り終わってるし、どうしてもこっちでしなきゃならんということは無いぞ」

 実際、後方で俺がすることはほぼなくなっており、この数日はゴーツフット式強化クロスボウやハーピィ用の航空爆弾、ボルトアクションライフル用の弾薬やパーツ類など、俺でないと量産できないものの量産や、その材料集めに奔走していたくらいだ。

 暫くお便所の土集めはしたくないかな!

『そうだな……アーリヒブルグを攻め落としたら、アーリヒブルグの防衛能力を強化したいな。こちらに向かって貰っても良いか?』

「わかった! できれば明日、遅くとも明後日には出発する!」

『ふふ……では張り切ったコースケがこちらに着くまでにアーリヒブルグを攻め落としておくとしよう。アーリヒブルグ以南に存在している聖王国軍もまだそれなりに居るからな。道中気をつけるように』

「シルフィこそ気をつけてくれよ。怪我なんてしないようにな」

『わかった。では、な』

「ああ、おやすみ」

 通信を終えてゴーレム通信機を待機状態にする。

「明日は移動?」

「その予定だ。アイラはここに……」

「行く」

「いや、怪我人とか病人が出た時のためにな?」

「ポーションで大丈夫だし、元錬金術師や薬師がいる。問題ない」

「うーん……そうか。大丈夫かな?」

「コースケが一人で移動するほうが大問題。護衛は必須」

 アイラは俺についてくるという方針を変えることはなかった。一緒に行きたくないわけじゃないぞ? 寧ろ、とても心強い。独りぼっちは寂しいしな。いや、独りで行くことにはならないか。絶対ハーピィの三人はついてくるだろうし。

「移動手段はどうするかな……アイラを抱っこして走るか?」

「あのぴょんぴょん移動は無理。吐く」

 アイラは嫌そうな顔をしながら自分の口の前で小さくバッテンを作った。そうか、吐くか。まぁ酔ってもおかしくはないな。凄い速度で飛び跳ねながら移動するわけだし。

「じゃあ馬車だな。余分なのあったっけ?」

「一台くらいどうとでもなる。前線に補給物資を届けるという名目がある」

「確かに」

 馬車一台で運べる物資の量なんてたかが知れているが、俺が乗っているなら話は違ってくる。俺のインベントリならとんでもない量の物資を運べるからな。というか、未だにインベントリに入る物資量の底が見えない。まさかこれ、いくらでも収納できるんだろうか?

「明日のことは明日やる。今日は私と二人きりの夜」

「それはそうだな。もう日も落ちてるし」

 この世界の人々は基本的に日が落ちたら仕事はしない。暗い中で仕事をするのは効率が悪いし、危険だ。その上、明かりをつけなければならないのでコストも掛かる。なので、日が落ちたら家に帰って家族や恋人と時間を過ごして絆を育むのである。

 ちなみに、今日はアイラの言う通り二人きりで過ごすことになっている。今日はレイ、ペッサー、カプリの三人は別の寝床だ。俺の知らないところで話し合って決めたらしい。

「今日の私はお姉さん」

「お姉さん」

 見上げてくるアイラにオウム返しする。これはまた小さいお姉さんがいたものだ。アイラと俺の身長差は頭一つ半……いや、二つは違う。

「実際私はお姉さん。歳上」

「それは確かに」

 こう見えてアイラの歳は三十二歳であるらしい。単眼族であるアイラもまた、エルフほどではないにせよ長命種だということだな。俺は二十四……いや、こっちで過ごした時間も合わせればもう二十五歳か。二十五歳なので、アイラのほうが七歳歳上ということになる。

 ちなみに、確認してみたところこの世界の暦は地球と大差なかった。一日何時間とか、閏年があるかどうかとか細かいところまでは聞いていないが、一ヶ月は約三十日で一年は十二の月に分かれている。ほぼ同じと言っても問題はあるまい。

「それで、お姉さんのアイラはどういう感じで何をするつもりで?」

「アイラお姉ちゃん」

「なに?」

「コースケは年下。私のことをアイラお姉ちゃんと呼ぶべき」

「いや、それはちょっと……」

 この歳でお姉ちゃん呼びは……そ、そんなじっと見られても嫌だぞ。俺は屈しないぞ! あっあっ、泣くのはダメです。あーっ! いけません! お客様泣くのはいけません! ズルいぞ!

「あ……」

「あ?」

「アイラお姉ちゃん……」

「……ふふ」

 あーっ! 笑ったなお前! 言わせておいて笑ったな!?

「可愛い。おいで、お姉ちゃんが甘やかしてあげる」

 アイラが上気した顔で微笑み、優しげな視線で俺を見ながら両腕を広げて俺を受け入れる態勢を整える。

「いや、それはさすがに」

「お姉ちゃんに甘えてくれないの?」

 アイラが悲しそうな顔をする。それはズルくない?

「そういうわけじゃ」

「おいで」

「……はい」

 俺に抵抗する余地はなかった。


          ◆ ◆ ◆


「あーーーーーーーーーっ!」

 朝、目を覚ました俺は叫びながらベッドの上を転げ回る。昨晩はアイラのペースに終始乗せられてしまった。何か途轍もない失態を晒した気がしてならない。

「おはよう、コースケ。朝ごはんできてる」

「おはよう、アイラ」

「アイラお姉ちゃん」

「ゆるして」

「ふふ……」

 アイラは何も言わずにただ微笑んでベッドの上の俺に近づき、魔法を使って俺とベッドを綺麗にする。こういうのを見ると魔法ってすごい便利だと思う。俺も使えるものなら是非使ってみたいものだ。

「朝ごはん食べて早く動く。ここからアーリヒブルグには馬車でも三日、いや四日はかかる」

「……わかった」

 アイラの作ってくれた朝ごはんは麦粥のようなものだった。こっちに来てから食べる機会が多いんだよな、麦粥。俺は嫌いではないな。思ったより腹持ちも悪くはないし。

 食事を済ませたら臨時宿泊施設を解体して出発準備である。

「おっはよう! って、あれ? 家をお片付けしてるってことは、どこかに行くの?」

 丁度臨時宿泊施設の解体を終えたところで茶色羽ハーピィのペッサーが空から舞い降りてきた。

「コースケを連れて前線に行く。シルフィからのお墨付き」

「そうなんだ! じゃあ皆に伝えてくるね!」

 ペッサーは慌ただしく飛んでいってしまった。まだおはようも言ってないんだが。

「倉庫に行く」

「そうだな」

 前線で食料が足りていないという話は聞いていないが、保存の利く穀物やイモの類はあって困るものでもないだろう。何なら売って軍資金にもできるはずだ。

 倉庫の管理をしていた元内政官に事情を説明し、当面必要な分を除く保存の利く収穫物をどんどんインベントリに放り込んでいく。既にこの食料生産拠点では二度の収穫を終えており、空っぽだった倉庫には穀物が溢れかえらんばかりに蓄積されていた。というか溢れることが確定的に明らかなので、食糧倉庫を何棟も増設してある。

「俺は前線に行くから。あと、俺が関わってない場合は特殊畑でも次の収穫以降は収穫の間隔が二週間になるから気をつけてくれ」

「ええ、承知しています。それでも異常な収穫速度ですよ」

 特殊畑というのは農地ブロックを俺が耕した畑のことである。働く人々に細かく説明するのは色々と問題があるので、特殊な魔法で収穫効率を大幅に引き上げた特殊畑という説明をしているのだ。

「だよな」

 そして、実験的にやってみた森の土をただ耕した畑だが、こちらは俺が種を植えてから収穫まで一週間かかった。俺以外が植えた場合はおよそ一ヶ月ほどになるのではないかと予想されている。まだ生育中だから確かな内容ではないけど。一ヶ月で作物が収穫できるようになるというのもなかなか凄まじい生育速度だよな。

 黙って俺の作業を見ているアイラと一緒に倉庫内を歩き、管理官の指示通りに物資を回収して倉庫の外に出ると、二台の馬車が倉庫の前に停まっていた。御者台に座っているのはキュービである。

「よ、前線に行くんだってな」

「キュービも行くのか? というか、前線に一緒に行ってなかったんだな」

「領域境の砦周辺で情報収集を任されてたんでな。あと、まだ聖王国軍の連中はアーリヒブルグのこっち側にゃウヨウヨしてやがるし、護衛は必要だろ?」

 手をひらひらと振ってキュービがそう言う。もう一台の馬車は亜人ではなく、人間の男性が御者をしているようで、馬車の中にはクロスボウや剣で武装した八人ほどの解放軍兵士が乗っていた。彼らもほとんど人間の男性で、亜人は二人だけである。

「人間が多いんだな?」

「前に言わなかったか? 俺は元々メリナード王国の王都で人間と絡んでることが多かったんだよ。その頃の伝手だな」

「ほーん」

 元々軍人ではなかったという話だが、キュービは一体どういう経歴の持ち主なんだろうな? 今更ながら謎の多い男ではあるよな。なんとなく元裏社会の人間って感じがするんだが、わざわざ過去をほじくり出すこともないか。

 この場にいなかったペッサー達もすぐに飛んできたので、急遽編成された補給物資輸送部隊は物資生産拠点を出発し、一路最前線へと向かって進み始めた。

「この新型馬車はいいよなー、御者をしててもケツが痛くならねぇし」

「乗ってる方もな。改良前の馬車は酷かった。ケツが割れるかと思ったぜ」

「お前のケツは最初から割れてるだろ」

 キュービのような亜人のケツはどうなのだろうか? マジマジと男のケツなんて見たことがないからわからんな。俺が裸を見たことのあるシルフィやアイラ、ハーピィさん達はおしりの辺りは人間と変わらないし。

 今回の旅程としてはまず今日一日で生産拠点からガンマ砦までの間を走り抜け、その後は解放軍が通ったのと同じルートを北上していくという予定になっている。

 生産拠点から北上するという手もあったのだが、解放軍が制圧していない村や街をどうしてもいくつかは通る形になってしまうため、リスクが高い。それなら多少遠回りしてでも解放軍が通ったのと同じルートを使ったほうが安全であろうという判断だ。

「何事もなければ良いんだけどな」

「大丈夫、解放軍が通ったルートならトラブルなんて起こりようがない」

 アイラさん、知ってます? それってフラグって言うんですよ。

 アイラのセリフにそんな事を考えながら、俺はインベントリの中身をチェックしてもしものトラブルにも対応できるように準備を進めるのだった。


          ◆ ◆ ◆


「どうしたの? コースケ」

「フラグなんてのは所詮オカルトだなって思ってたとこだ」

 数日後、俺達は何のトラブルもなく順調にメイズウッドの街を発ってアーリヒブルグへと移動していた。

 道中? いや、本当に何のトラブルも無かったよ。解放軍が通過したルートは魔物も掃討されていたのか全くと言って良いほど魔物の襲撃がなかったし、聖王国軍のゲリラ部隊に遭遇するようなこともなかった。

「……虫の知らせ、嫌な予感、そういった直感的なものはあまり軽視しないほうが良い。その人自身が意識的には気づかないような僅かな兆候からそういったものを感じ取る人もいる」

「なるほど……そういうものか」

「ん、そう。ただ、気のせいということだってもちろんあるし、気にしすぎてミスをすることだって考えられる。何事も程々」

「そうだな」

 遠くから雷のようなドドドドド……という音が聞こえてくる。恐らく、シルフィ達が戦っている音――というか、ハーピィ達の航空爆撃だろうな。

「こいつぁ例の爆弾だろう? 派手にやってんなぁ、姫様は」

「だろうな。メイズウッドまでは温存してたみたいだし、今日は大盤振る舞いだろう。しかし、ここまで押し込まれているのにこれといった手を打たないのかね、聖王国軍は」

「打たないんじゃなくて打てないんだろうよ。俺達がぶつけられると困る騎兵はコースケがあらかた吹っ飛ばしたからな」

「ああ、機動戦力が壊滅してるのか」

「そうでなくても今の解放軍というか、ハーピィとクロスボウが強すぎる。最低でもハーピィ対策をしないと聖王国軍は私達に勝てない」

「わかる」

 クロスボウという強力な遠距離武器を多数配備している解放軍は防衛戦と攻城戦に滅法強い。なら野戦を仕掛ければ良いのだが、野戦を仕掛けようにも空にはハーピィが飛んでいるからすぐに察知されるし、平原で密集していたらハーピィの航空爆撃の良い的だ。

 ならば兵を伏せるという手もあるのだろうが、これもやはり上空から警戒しているハーピィに見つかってしまうし、見つかってしまえば即座に通信機で本隊に報告され、対策される。存在と位置のバレた伏兵など何の脅威にもならない。寧ろ各個撃破されるだけのカモである。

「それでも多数の騎兵に突撃を仕掛けられれば無事ではいられないと俺は思うけど」

「そりゃ被害は出るだろうが、そこまでかね? 俺はハーピィの爆撃と手投げ爆弾で騎兵の突撃が止められる未来しか見えないね」

「ん、爆発は騎馬に効く。あの爆音で馬が恐慌状態に陥ったら突撃どころじゃない」

「なるほど」

 そうなると解放軍ってめちゃくちゃ強いのでは? 俺は心配しすぎなんだろうか。いや、この世界は魔法のある異世界だ。クロスボウが効かず、爆撃も効かないような相手が出てこないとも限らない……出てくるのだろうか? 竜とか? 勇者とか魔王とかそういうのくらいじゃないか?

 俺はまぁ、来るとわかってればなんとか耐えられるかな? 防いで逃げるだけになるだろうけど。

 ん? そう考えると俺の耐久力というか防御力、いや生存能力って条件付きながら竜並みってことか……? 深く考えないようにしよう。うん。

「聖王国軍は虎の子とやらを切ってこないのかね」

「わからない。魔道士部隊が投入されている可能性はある」

「それ、大丈夫なのか?」

「私以外の魔道士がいるから多分大丈夫。反撃せずに聖王国軍の魔道士達の魔法を防ぐだけなら何とかなる」

「でも防ぐだけじゃ……ああ、銃士隊がいるもんな」

「ん。魔法は敵が見えないと狙えない」

「いくら魔法障壁で守っててもボルトアクションライフルの銃弾は防げない。魔法を使って棒立ちになっている魔道士は良い的か」

 聖王国軍の魔道士部隊に苦しめられたことのあるダナンやレオナール卿が彼らに対抗する策を講じていないわけがない。恐らく、投入されていたとしても銃士隊にボコボコにされているだろう。

 こうして話している間にも遠雷のような音は鳴り続けている。本当に大盤振る舞いしてるな……俺が到着するから、在庫は全部吐き出すつもりなのかもしれんね。いくら防壁を破壊しても俺ならすぐに直せるし。

「気をつけて進もう。シルフィ達の側面や後背を突こうとしている別働隊に遭遇でもしたら目も当てられない」

「そいつは確かにな。ま、ハーピィ達が見ているから大丈夫だろうが精々気をつけよう」

 戦いの音を遠くに聞きながら馬車は進んでいく。


          ◆ ◆ ◆


Side:シルフィ


「流石に粘り強く守るものだな」

「ここを落とされたら南部を切り取られる形になりますから。奴らも必死でしょう」

「それでアレか」

 私達の背後から吹き続ける強風が敵の射手の矢をほとんど無効化するが、こちらが放ったクロスボウのボルトは防壁上の敵兵に到達する前に何か見えない壁のようなものにぶつかって弾かれていた。

「銃撃で全員を仕留められなかったのは残念だったな」

「奴ら、存外に反応が早かったですね」

 あの見えない壁の正体は聖王国軍の虎の子、魔道士部隊の仕業である。どうやら魔法で障壁を張ってこちらの攻撃を防いでいるらしい。

「あれなら防壁上に身を曝さなくても魔法が使えますね」

「小癪な」

 聖王国の魔道士部隊は最初は防壁の上に身を晒してこちらの軍に攻撃魔法を放っていたのだが、それをこちらの魔道士部隊が防いでいるうちにジャギラ達銃士隊が奴らを狙撃した。

 かつてメリナード王国軍を苦しめたという敵の魔道士部隊がバタバタと倒れていくのに胸がすくような思いを抱いたものだが、奴らは銃士隊の攻撃が魔法で防げないと悟るとさっさと防壁に身を隠してしまったのだ。

 それからはご覧の有様だ。互いの矢はお互いにほとんど効果を上げることなく戦場の土を耕している。

『こちらピルナ、目標確認です』

「やれ、二連投下だ」

 上空を旋回しているピルナ達ハーピィ部隊にゴーレム通信機を介して攻撃命令を行う。

『了解。爆撃、開始します』

 私の合図で防壁上の敵を一掃するかのような爆発が巻き起こる。一応は敵に損害を与えられたようだが、ほとんどは魔法障壁を砕いて消し飛ばすだけに終わったようだ。

 防いだ、と敵は安堵したかもしれない。だが、僅かな時間差で二度目の爆発が巻き起こった。

「二発目は防げなかったようである……ククク、爆撃の前には魔道士部隊も虫けら同然であるな」

 レオナールが楽しそうに口許を歪める。

 この二連投下は一発目の爆弾で魔法障壁を破壊し、二発目の爆弾で魔道士ごと敵兵を一掃するための爆撃戦術だ。アイラ達魔道士との話し合いによって考案された対魔道士用の技である。

『効果確認。魔道士を含め、攻撃命中地点の敵兵の損害は甚大』

「よろしい。再爆装して引き続き敵兵を攻撃せよ。最優先目標は魔道士だ」

『了解』

 さて、これで敵は魔道士部隊という頼みの綱を失った。士気はガタ落ちだろうな。

「この後はどうするので? 門を破りますか?」

「なに、コースケに託された航空爆弾はまだ数がある。コースケも今日中には合流できるという話だったし、武器や爆弾、弾薬もあちらにいる間に量産したそうだ。わざわざ兵を失うリスクを冒す必要はない。真綿で首を絞めるようにジワジワと爆撃で削ってやろう」

「……真綿というには少々過激かと」

「真綿というよりは棘付きの鉄線か何かであるな。吾輩としては門を破って突入したいのであるが」

「ダメだ。レオナールはそうそう死なんだろうが、兵はそうはいかんのだぞ」

「残念であるな」

 レオナールが残念そうにそう言って腰の双剣の柄を撫でる。レオナールもザミルもコースケにミスリルの武器を作ってもらってから前に出て戦いたがる。気持ちはわからないでもないが、それで兵を無駄に死なせるのは忍びない。

 しかし、こうなるとずっとハーピィ達の独壇場だ。我々はおろか、ハーピィ達以外の兵達すらやることがなくなってしまう。何せハーピィ達の航空爆弾で滅多打ちにするだけだからな。

 爆撃中に防壁に近づくと爆撃に巻き込まれる恐れもあるので、爆撃が終了するまでは下手に敵に手出しをできないのだ。なので、破城槌の作製を指示しておく。敵が降伏したら無駄になるが、そうでないなら城門を破るのに必要になるからな。

 執拗な爆撃がしばらく続いたが、それも永遠に続くものではない。コースケが居ればアーリヒブルグを瓦礫の山に変えることも可能かもしれないが。

「残存する敵兵は?」

『防壁から退いて民間人の建物に避難した者がそれなりにいるようです。兵舎などは破壊しましたが、補給物資の入っていそうな倉庫は避けたのでそこにも隠れているかと。それでも大半は爆撃で潰せたと思います』

「わかった。本陣に戻って羽を休めろ」

『いえ、このまま上空を旋回して偵察任務を続行します』

「無理はするな」

『了解』

 通信を終え、顔を上げるとレオナールが牙を剥き出しにした獰猛な笑みを浮かべていた。これの戦好きと食道楽は病気だな。

「そういうわけだ。市街戦になる、奇襲に注意しろ。私も出る」

「姫殿下」

「私が囮になったほうが良かろう? なに、兵を引き連れて投降を呼びかけながら領主館まで行くだけだ」

「それが危険だと思うのですが」

「必要なことだ」

 後ろから指示だけを出して安穏としているのは私の性に合わないからな。メリナード王家は一度この国を失うという失態を犯している。戦いの時くらいは私が前に出なければ兵も民も納得しないだろう。私にはそれくらいしかできないしな。

 程なくして破城槌が出来上がり、門が破られる。レオナールやザミルは嬉々として突撃していったが、私とダナンは彼らが露払いを終えたメインストリートを駆ける。重装歩兵と軽装歩兵の精兵を従えて。

 メインストリートに私達の侵攻を遮るような人影はない。住人達は家の中に引き篭もっているか、そうでなければとっくにこの街から逃げ出しているのだろう。私達が北に向けて進撃しているという情報はとうの昔にアーリヒブルグまで伝わっていた筈だからな。

「領主の館には流石に防衛戦力がいるようです」

 どうしますか? とダナンが視線で問いかけてくる。答えは決まっている。

「押し通る!」

「姫殿下!」

 風の精霊の力を借りて目に見えぬ風の衣を纏い、私は駆け出した。領主館の前に展開していた敵兵が突出した私に矢を射かけてくる。



「矢が!?

「魔法だ! 来るぞ! 槍構え! 踏ん張れ!」

 私の身体の周りに渦巻く風が飛んできた矢の全てを逸らしていく。敵の指揮官はなかなか優秀なようで、矢での攻撃に拘泥することなく突進してくる私に対して即座にやりぶすまを形成することを選んだ。

 私は走りながら風の精霊に命じ、槍衾と接触する前に身に纏う風の衣を暴風に変えて敵集団にぶつける。その一撃で数人が吹き飛び、槍衾が乱れた。

「らあぁぁぁぁッ!」

 乱れ、穴が空いた槍衾に飛び込み、鞘から引き抜いたペイルムーンを縦横無尽に振るう。

 青白い刃が鎧ごと聖王国軍の兵士達の胴を、腕を、足を切り裂いた。斬り飛ばされた手足や上半身が宙を舞う。ほんの数瞬の間に辺りは一面血の海だ。

「その耳、黒い肌……魔女め!」

 兵のうちの誰かがそう言った。次の瞬間にはペイルムーンで首を刎ね飛ばしてやったが。

「槍を捨てろ! 剣で応戦……っ!?

 立ちはだかる敵兵を斬り捨て、腰の鞘からククリナイフを左手で引き抜いて後方の指揮官らしき男に投擲した。回転しながら飛んだククリナイフが指揮官の男の顔面に突き刺さり、男はまるで殴りつけられたかのように激しく転倒した。

「ミゼル様!? 貴様ァ!」

 男の傍に控えていた騎士らしき男が顔を真赤にして突撃してくる。その男に向けて私は腰のホルスターから引き抜いたリボルバーの銃口を向けた。

 ガンガンガンッ! と雷鳴のような音が響き、突撃してきていた男が後ろに吹き飛んでいく。鎧に穴が空いていたから生きてはいまい。

 今しがた殺した指揮官らしき男とその護衛らしき男が殺されたためか、敵兵達の士気が急速に落ちていくのが感じられた。

「武器を捨てて投降しろ。そうすれば命までは取らん」

 私を取り囲んでいる兵達は互いに顔を見合わせ、更に鬼気迫る様子でこちらに突撃してくるダナン達を見て武器を捨てた。


 程なくして、アーリヒブルグは落ち、その城門にメリナード王国の旗が掲げられた。コースケがアーリヒブルグに到着したのはその後のことだった。


          ◆ ◆ ◆


 アーリヒブルグに着くと、既に城門の上にはメリナード王国の旗が掲げられていた。俺達の馬車が城門に到着すると、警備をしていた解放軍の兵士達に止められる。

「お疲れさん」

「お話は聞いております。このままメインストリートを真っ直ぐ行ってください。敵は既に降伏していますが、まだ市内は完全には制圧できておりませんのでご注意を」

「了解」

 キュービと兵がそんなやり取りをしてから再び馬車が動き始める。

「この街、結構大きそうだな?」

「アーリヒブルグは交通の要衝で、かつてはメリナード王国南部を統治する辺境伯の本拠地でもあった。聖王国の属国となってからもその役割は変わっていなかったから、街も発展を続けていた。つまり、メリナード王国内でも有数の都市」

「なるほどなぁ……ここを制圧して統治するとなるとなかなか大変そうだよな」

 この都市の人口がどれくらいのものかはわからないが、二〇〇〇や三〇〇〇ということはあるまい。恐らくは万単位の住人が居るのであろう。

「うん、大変だと思う。暫くメルティは寝る暇も無くなりそう」

「本来なら心配するべきところなんだろうけど、メルティは笑いながら難なくこなしそうなんだよなぁ……」

「ん、確かに」

 アイラとそんな話をしているうちに馬車は再び動き出し、未だ血と臓物の臭いが漂う城門を後にする。外から見てもあからさまに防壁の上部がガタガタになっていたので、恐らく執拗に防壁上を爆撃したのだろう。頭の上に爆弾が落ちてきたら人間がどうなるかなんてのは考えるまでもないことで……つまり、先ほどの臭いはそう言うことなのだろう。

 怖いことはできるだけ意識の外に置き、馬車の中から街並みを眺める。

「人通りねぇなぁ」

「さっきまで戦場になっていたんだから仕方ない」

「それもそうか」

 俺がこの街の住民なら事態が落ち着くまで引きこもるわな。戦いで興奮している兵士に何をされるかわからないものな。シルフィは軍規に関してはかなり厳しく取り締まってるって話してたけど、それだって完璧ってわけでもないだろうし。そもそもこの街の住人はそんなことは知らないだろうしな。

 暫く馬車は進み、大きな館の前で止まった。ここでも戦闘があったのか、うっすらと血の臭いが漂っている。

 歩哨に案内されて馬車は館の門を抜け、敷地内に入った。随分と敷地の大きな屋敷だな。なんか豪華な馬車とかも置いてあるし。

 馬車が駐車場?のようなスペースに停まったようなので、馬車から降りる。背の低いアイラが降りるのを手伝ってやる。アイラの身長からすると荷台から地面に降りるのも結構な高さだからな。

「コースケ!」

「シルフィ!」

 窓からでも見ていたのか、シルフィが手を振りながらこちらへと歩いてくる。どうやら怪我も無いようだ。駆け寄り、抱きつく。

「……何故避ける?」

「いや、私は今ちょっと血の臭いがな……ザッと流しはしたが、まだ臭いがこびりついているんだ」

「血? 怪我をしたのか!?

「いや、全て返り血だ」

「ですよね」

 シルフィが手傷を負うイメージ自体が全く湧かないんだよな。俺の中でシルフィは絶対強者というイメージが強い……戦いに関してはだけど。それ以外? 可愛い人ですよ、うん。

「コースケも変わりなかったか?」

「うん、見ての通りだ。怪我も病気もしてない」

「私がお世話してた」

 いつの間にか直ぐ側にいたアイラが薄い胸を反らしてドヤ顔をしている。

「私はコースケのお姉ちゃん」

「ぶふっ!」

「お姉ちゃん?」

 俺はアイラの発言に思わず噴き出し、シルフィが俺達の様子を見て怪訝な表情をする。そんなシルフィにアイラがコソコソと耳打ちを始める。

 やめて、その話はここではやめて! 小さな声でコソコソ言ってても絶対キュービには聞こえてるから! ほら! あいつニヤニヤしてる! ニヤニヤしてるって!

「ほう……コースケはそういうのが趣味なのか」

 シルフィがとても楽しそうな笑みを浮かべる。

「いやいやいや、シルフィは戦いで疲れているだろう? 今日は俺が甘やかすからな」

「ばっ!? 何を大きな声で言っているのだ!?

「俺は主導権を握るためなら手段を選ばんっ」

「数と力の利はこちらにあることを忘れているのか? コースケ」

「そうだったァ!」

 この街にはシルフィにアイラ、それにハーピィさん達も勢揃いなのだ。しかも、ハーピィさん達は生粋の甘えさせ上手……これはまずいですよ! このままでは俺の尊厳が……! お姉さんに甘える弟プレイどころかそれを飛び越えて赤ちゃんプレイというヤバい扉を開くことになりかねん。

「ま、まぁ落ち着こうじゃないか。そういう話は夜になって落ち着いてからじっくりしよう。今は他に優先すべきことがあるだろ?」

「それもそうだな」

 キュービと護衛兵達は今晩の宿などの手配をするためにダナンと会いに行くらしく、そこらの兵に居場所を聞いてどこかに歩いていってしまった。

「今はどういう状況なんだ?」

「制圧はほぼ終わった。街中に潜伏している兵が居る可能性があるから、今は自主的な投降を呼びかけているところだな」

 明日の昼までに投降してくれば武装解除の上で解放、それまでに投降しなかった場合は戦闘の意思ありと見て見つけ次第敵兵としての扱いをすると市内全域に通達を回しているらしい。これは聖王国軍の兵士を匿っている民間人にも同じ対応をするとも伝えている。

「兵士に脅されている可能性もあるからな。その辺りは個別に対応だ」

「なんというか大変だな」

「ああ、大変だ。しかし、ここを乗り越えれば暫くは大規模な戦いはなくなるだろう。南部の平定に力を注ぐことになるだろうな」

 シルフィはその辺りの仕事は部下に任せ、領主館を拠点としてどっしりと構えている……簡単に言うとやることがないらしい。

「ダナンにもメルティにもトップはこういう小事には関わらずどっしりと構えていろと言われてな」

「そういうものか」

「だいたいそういうもの」

 俺の言葉にアイラが頷く。本当はここを支配していた聖王国の人間の処遇を決めるとか、捕虜の扱いをどうするとか色々ありそうなものなんだがな? まずはそれをシルフィに判断してもらうためのならしをしているというところだろうか。

「俺はどうするかね。早速防壁の修理に行くか?」

「いや、完全にアーリヒブルグを掌握してからの方が良いな。修復中に不意を突かれてコースケに何かあっては目も当てられん。城壁の損害も致命的なものではないしな」

「それもそうか。じゃあ先に物資を倉庫に吐き出すかね」

「それが良いだろうな」

 そういうわけで、俺はシルフィと共にアーリヒブルグの倉庫街へと向かうことになった。アイラはこちらに来ていた魔道士部隊の様子を見てくるということで別行動になったが。

「結構な量の物資があるな」

「籠城することも視野に入れていたのだろうな」

 倉庫街の倉庫には保存の利く食料や弓矢、武具、医薬品などがかなりの数備蓄されていた。シルフィの言う通り籠城をするつもりだったのかもしれない。

「籠城をするってことは、増援のあてがあるってことだよな?」

 普通、籠城というのは増援のあてがあるからこそ行われるものだ。拠点に籠もって耐え忍び、味方の増援を待って敵に逆襲するというのが籠城という戦術である。そうでなければ出入り口を封鎖されて餓えて死ぬしかないのだから。ああ、これから冬が来るなら敵軍が寒さに負けて撤退するとかそういうのも考えられるのかな? それに敵の物資切れを待つという考えもあるか。

「どうかな。ダナンとメルティの見解ではすぐに増援を出すのは難しいのではないかと考えているようだったが」

 今までに解放軍が聖王国軍に与えた損害や、接収した聖王国軍の資料などを元にメリナード王国内の敵兵力を算定したところ、聖王国軍は既に半数かそれ以上の戦力を失っているはずであるという。

 もしこの上で解放軍に反撃するとなると本国からの大幅な増援を受けるか、メリナード王国領内の民を大規模に動員して徴募兵を集める必要があるだろうとのことだ。どちらも短期間でできるようなことではなく、徴兵にいたっては領内の経済に大きな打撃を与えることになる。そう簡単に実行に移すとは思えないという話だ。

「これまでの戦いで聖王国軍の死傷率はとんでもないことになってるよな」

 特にハーピィ達による爆撃のせいで解放軍と聖王国軍のキルレシオの差は目を覆うばかりになっている。今回の戦いで解放軍にも多少の死者は出たようだが、聖王国軍の死者に比べれば何百分の一くらいのものだろう。

「そうだな……敵の士気もかなり低下しているようだ」

 前に解放した砦の生き残りなどから解放軍との戦いの様子が伝わっているらしく、聖王国軍の一般兵達の間では俺達に対する恐怖がかなり広まっているらしい。ハーピィ達の降らせる死の雨で死体がバラバラに砕け散るのだと。

「……爆撃は怖いよな」

「……怖いだろうな」

 俺もハーピィさん達の爆撃対象になるなんて絶対に御免だ。シルフィも流石にハーピィさん達に爆撃で面制圧をされたら死ぬだろう……死ぬかな? なんか物凄い速度で動いて爆弾が落ちてくる前に殺傷範囲から外れるとかやりそうだな?

「空いている倉庫はここだな」

 案内されたのは倉庫街の一角にある大きな倉庫で、ここはほとんど中身がすっからかんだった。

「ここに置くのは食料だけで良いんだよな? 爆弾とかクロスボウとかはどうする?」

「どこかに敷地を設けてコースケに倉庫を作ってもらったほうが良いな。警備もしっかりしなければならないし」

「だよな。軍施設は今回も爆撃で滅茶苦茶だろ? 潰して作るか?」

「そういう感じにした方が良いかもしれんな。万が一にも持ち出されたり、破壊工作を仕掛けられたりするわけにはいかん」

 俺が航空爆弾をインベントリに仕舞っておくというのが一番安全だが、それでは俺が居ないと爆撃を開始できなくなってしまう。やはり軍事拠点の決まった場所に弾薬の類を保管しておく方が利便性が高い。

「明日からは俺も忙しくなりそうだなぁ」

「防壁の修復に破損した施設の建て替え、場合によっては市内の区画整理などもしてもらうことになるかもしれんな」

「まぁじでぇ」

 アーリヒブルグは歴史の古い街のようだし、何度も拡張しているらしいからきっと非効率的な道路とか、道を塞いでしまっている建物とかがあったりするんだろうな。だが、そんなのも俺にかかればなんてことはない。インベントリに荷物の類を全て収納して建物を破壊し、同じ構造で別の場所に建て直すなんてのは朝飯前だ。下手すると一軒あたり三十分かからないかもしれない。

 家の形にこだわらなくていいならもっと早く終わるだろう。

「メルティに無茶を言わないように釘刺しておいてくれよ……扱き使われて過労死とか俺は嫌だぞ」

「善処する」

 任せろ、とは言わない辺りにシルフィとメルティの力関係が現れている気がするな。メルティは解放軍の裏ボスみたいなもんだよな……本人の実力はどうかしらないが、物理的にも絶対強い気がするぞ、あの人。

 それにしてもシルフィは一応解放軍の最高権力者だろう? いいのかそれで……?

「メルティが必要と言ったら必要なものだから……負担をかけるが、頼む」

 俺の視線に気がついたのか、シルフィが苦笑いをする。

「それじゃあその分の埋め合わせをしてもらおうかな、今晩あたり」

「ふふ、果たしてそううまくいくかな? だが、その前に風呂に入りたいな」

「領主館にないの? 風呂」

「なかったな」

「じゃあまずはあのだだっ広い庭にいつもの宿泊施設をおっ立てるか」

「それは良い考えだな」

 放出した物資の目録を倉庫を警備していた解放軍兵士に渡し、俺とシルフィはゆったりと過ごすべく領主館へと足を向けた。