「ジゼル~。たーちゃんもあがる」

 ん、と両手を空に向けて伸ばすたーちゃん。桶から引き上げ、タオルでよくく。湯冷めしないよう、腹巻きを巻くのも忘れない。


○ ○ ○


 今日は朝からたーちゃんと共に何度も市場と宿屋とを往復し、色んな人に石けんと入浴剤を配り歩いている。遠方のヴァネッサには手紙と一緒に配達してもらった。付き合いは短いが、お世話になった人としては外せない。

 本当はステファニーにもわたしできればよかったのだが、数日前から留守にしているようだ。かのじよとブルーノを筆頭に、今日会えなかった人の分は近しい人にたくした。

 ジゼルとしては日を改めるつもりだったのだが、何度もおとずれては相手の負担になってしまう。渡しておいてくれるという言葉にあまえることにした。その代わり、簡単な感謝の言葉と使い方のメモを添えさせてもらった。

 ありがとうと言われる度にうれしくなる反面、もっと早く配ればよかったとこうかいした。というのも、ジゼルはかなり心配されていたらしい。宿屋『オリーブの』の手伝いをしていることや新しい商売を始めたことは知っていても、心は傷ついているのではないかと。

 特に塩屋のおじいさんはなみだを流したほど。

「元気そうでよかった。大事に使わせてもらうな……ううっ」

 店先にきよだいな岩塩が置かれていたからなおのこと胸が痛んだ。ジゼルがれんきんギルドに通っていたころはなかったものだ。毎日塩屋の前を通っていたのだ。見落とすはずがない。

『心配かけてごめんなさい』

 心の中で何度も何度も繰り返した。けれどきっと謝ったらかれらはもっと気にしてしまうから。ジゼルは代わりにお礼の言葉を口にする。

「心配してくれてありがとうございます。私、村を出てから来た場所がこの場所で本当によかったって思ってるんです。みなさん優しくて、第二のふるさとみたいで」

わしらにとってもジゼルちゃんは子や孫みたいなもんだから、心配するのは当然だ。たまにでいいから、また元気な顔を見せに来てくれると嬉しい」

「また来ますね」

 仕事のじやにならないよう、長居はせずおいとまする。去り際、いつもよりも少し長めにおをした。改めて色んな人にお世話になっていることを実感した一日だった。

 その足で夕方から出勤してくる人に配り終え、最後はドランとドラゴンさんだ。朝から渡す機会はあったのだが、最後にしたのは一緒にオレンジピールが食べたかったから。最後ならゆっくりと話せる。りゆうしやで待っていてくれた彼にさつそく話を切り出す。

「待たせてごめんね。実はたーちゃんと一緒に入浴剤を作ったんだ。小さい方がドランの手湯用で、大きい方がドラゴンさんの足湯用。ドラゴンさんは使えるかどうか分からなかったんだけど、よかったら使って?」

「ありがとう。もしかしてこれ、みんなに配ったのか?」

「うん。石けんの人もいるけど」

「どうりで今日はみんな早く帰りたがるわけだ」

「もしかしてお仕事の邪魔しちゃった?」

「その逆。いつもよりも早くて的確だった」

「そっか。ならよかった」

 ホッと胸を撫で下ろす。喜んでくれたドランとは正反対に、ドラゴンさんは中身が食べ物ではないと分かると一気に興味を失っていく。

「なんだ、食べ物だろうと楽しみにしていたというのに」

「もらい物にケチつけるなよ」

「おれんじぴぃるもあるよ? おやじさんがつくってくれたんだぁ~」

 ポケットの中から瓶を取り出し、たーちゃんに渡す。たーちゃんは瓶をかかえたまま、トトトとドラゴンさんのもとまで歩いていく。

「我はこっちでいい。それは坊にくれてやる。たーちゃんよ、早く瓶の中身をすのだ」

 けれど瓶のふたを開けたり、開けてほしいとジゼルやドランのもとにやってきたりする様子がない。それどころか瓶を持ったまま、ぷいっと顔をそむけてしまう。

「これはあとでみんなでたべるやつ。ドランがてゆやるのがさき」

「なぬ!?

「それにねぇ、ジゼルのにゅーよくざい、とってもきもちいいんだよぉ。たーちゃんもぼすもおきにいり。ふぁぁぁぁってちからがぬけてとけちゃいそうになるのにぃ。もったいないなぁ~。おじちゃんがいらないなら、たーちゃんがもらってあげるぅ」

 どうやら入浴剤はいらないと言われ、おもしろくなかったようだ。「もったいないなぁ~。せっかくジゼルがつくってくれたのになぁ~」と繰り返している。

 ここまで言われると、食べられないものに興味はなかったドラゴンさんも気になるようで、チラチラとドランの手の中にある包みに視線を向ける。

「あれはそんなに気持ちいいのか?」

「うん。おすすめ。でもおじちゃんがいらないっていうならぁ~」

「坊よ、さっさと足湯とやらを用意するのだ。オレンジピールはその後だ」

「お前なぁ……」

 ドランはあきれながら手に持っていた入浴剤を置く。ブツブツと文句を言いながらも流れるように桶の準備を始める。慣れた様子が微笑ほほえましくて、思わず笑いがこぼれた。

「ジゼル、どうかしたか?」

「ううん、なんでもない。私も手伝うよ。何をすればいい?」

 彼の背中を追いかけ、お風呂の準備を手伝う。ドラゴンさん用の桶は大きくて、その分、必要となるお湯の量も多い。けれど大変だとは思わない。お湯を用意している間もドランと話すのが楽しいから。

 なにより、おやさんと女将さんと同じくらいお世話になっているドランとドラゴンさんの力になれている気がして嬉しいのだ。

 明日からまた錬金飴作りに戻る。だが数日前までとはちがう、今度こそ前だけを向いて進めるような、そんな予感がした。