四章



「おそう終わりました~」

「おわりましたぁ」

 宿前のき掃除を済ませ、ほうきを片付ける。部屋の掃除はすでに女将さんが済ませてくれたので、残るはの掃除だ。れんきんあめのストックがあるうちにタイルのみぞまで念入りに掃除しておきたい。

 掃除用具入れからせんざいも一緒に取り出し、バケツに入れる。すると女将さんから「ちょっとちょっと」と手招きをされた。

「どうかしました?」

「ちょっと手を見せておくれ」

「? はい。どうぞ」

 手がどうかしたのだろうか。とつぜんのことで驚きつつも、ジゼルは手に持っていたバケツを床に置き、手の甲を見せる。

「ひっくり返して」

 指示に合わせ、手のひらをてんじように向ける。女将さんはジゼルの指先をじっと見て、大きなため息を吐いた。

「あの、私の手にどこか悪いところが?」

「ああ、ジゼルは何も悪くないんだ。ただ同じ石けんを使っているのにここまで差が出るとはねぇ。ハンドクリームなんかは使ってなかったよね?」

「はい、何も」

れんきんじゆつでケアしていたりは?」

「していません」

「じゃあ若さかはだしつか……。こればっかりはどうしようもないのか」

「石けんがどうかしたんですか?」

「最近使っている石けんがあたしのはだにはどうも合わないみたいで、すっかりれちゃってさ」

「みせてぇ?」

 女将さんは「ほら」と両手を見せてくれた。全体的にがさついており、指はあかぎれになる寸前だ。これでは水にれるだけで痛いはずだ。全く気づかなかった。

「おてていたそう……」

「ちょっとピリッとするね」

「かわいそう」

 たーちゃんは女将さんの痛みを想像し、しょんぼりとする。そしてジゼルの足下にぺったりとくっつき、顔を見上げた。たーちゃんの言いたいことはきっとジゼルと同じはずだ。力強く頷いてから女将さんに宣言する。

「私とたーちゃんが今から買ってきます!」

 ジゼルはあまり気にならなかったが、水に触れる機会が多い親父さんの手も似たような状態かもしれない。肌に合わないのなら、一日でも早く元の石けんにもどした方がいい。

 それに今回の石けんを買ったのは、行きつけの雑貨屋に在庫がなかったから。にゆうしたらまた元に戻すつもりだった。余った分は、肌トラブルが起きていないジゼルが使わせてもらうことにしよう。

「それが暖かくなるまで入荷できないらしいんだよ」

「え、そんなに? 何かトラブルでもあったんですか?」

「なんでもどこかの貴族が大量に買ったらしくて、生産が追いついていないんだって。あたしもいろいろとためしてみたけど、あの石けんが一番かんそうしにくいんだよ。そこに目を付けたんだろうね」

 一口に石けんと言っても作り方は様々。数日でできるものから、ひと月以上かかるものも。イレギュラーな大量注文があれば材料の確保だけでも大変になることだろう。

 もろもろ考えた結果が暖かくなるまで。乾燥がひどくなる今の時期こそ急いで手に入れたいところだが、相手の貴族も同じ気持ちだったのだろう。

「あかぎれ用のクリームをってもなかなか治らなくて困っちまうよ」

かんそうはだの方は石けん選びから大変らしいですからね。……あ!」

「いいハンドクリームでも思い出したのかい!?

「石けん、私が作ってもいいですか? 実はギルドにいたころ、依頼を受けたことがありまして」

れんきんギルドってのはどんな依頼でもくるんだね……」

「たーちゃんもしらなかった……」

 女将さんはげんそうな表情をする。ジゼルも初めてこの依頼が来た時は思わずらいしよを二度見した。だが依頼が来たのは一度や二度のことではない。年に数回のペースで来る。ひんは決して多くはないが、人数でかんさんすると少なくもない。

 使用対象者はびんかんはだだったり、赤ちゃんだったり。雑貨屋で売っているものから合う石けんを見つけるのが大変な人の中でも、特にお金にゆうのある人がやってくる。

 いくつも試すくらいだったら、何でも作れるれんきんじゆつに投げてしまえというわけだ。気持ちは分からなくもない。

 ただ、日用品作りはどの錬金術師もやりたがらない。一つでも多く仕事を受けたい新人達ですら嫌な顔をする。場所によってはその仕事自体をきよする錬金ギルドもあるのだとか。その中でも石けんは最悪。なにせ本体に刻んだサインがすぐ消えてしまうのだ。それでは他の指名には繋がりにくい。

 加えて依頼内容的にも仕事が薬師ギルドに流れてしまう可能性もある。実際、乾燥が酷い時期にだけ依頼に来る人や石けんだけしか頼まない人も多い。しようもうひんとはいえ、ひんぱんに買いえるアイテムではないので仕方ないことでもある。

 だがジゼルは石けんの生産依頼を楽しみにしていた。アイテムに刻んだサインが消えたとしても、依頼書の指名らんに『ジゼル』の名前を書いてくれる人がいるから。石けん一つとはいえ、誰かの記憶に残れるアイテムを作れたことがほこらしかった。

「でも錬金飴の生産で忙しいだろう?」

「そんなに時間はかからないので大丈夫ですよ。たーちゃんもお手伝いしてくれる?」

「がんばる! おかみさんがいたいのは、たーちゃんもいやだもん」

 たーちゃんも両手をグッと固め、やる気十分だ。タイルみがきはまた後日にして、お洗いの後すぐに作ってしまおう。

「そうかい? ならお願いしちゃおうかね」

「任せてください。今使っている石けんを材料に使いたいんですが、半分ほどけずっちゃって大丈夫ですか?」

「半分と言わず、あたしが使っているのは全部使っちゃっていいよ」

「ありがとうございます」

 錬金ギルドにいた頃はベースとなるなどの材料から生産していた。大量に作るのであればそちらの方法を採るのだが、今回はいつもの石けんが手に入るまでの繋ぎ。売り物にするわけでもないので、生産者の権利問題を気にする必要もない。

 なによりかして使えば楽に作れる。少し小さくはなってしまうが、それはどうしようもない。掃除を済ませ、キッチンに寄る。

「親父さん。少し手を見せてもらってもいいですか?」

「俺の手はそんなに荒れてないぞ? 元々そんなに乾燥しないしな」

 どうやら女将さんから話を聞いていたらしい。包丁を置き、ほれと見せてくれた。ゴツゴツとした頼りがいのある手だ。確かにいつもとあまり変わらない。

 女将さんと同じような石けんを作れば、逆に油分が増えすぎてしまう。今回は女将さんの分だけ作らせてもらおう。頭の中で使う素材の候補を挙げていく。

「石けん作りで使いそうなものがあるなら持っていくか?」

「牛乳をコップに半分と、油を少し分けてもらいたくて……」

「牛乳と油な。油は何種類かあるから見てくれ」

「ぎゅーにゅー、ジゼルがのむぶんだけ?」

「ううん。石けんに入れるの」

「たーちゃんの分は別のコップに入れてやるからな。今飲んでくか?」

「うん!」

 元気なお返事をして、牛乳を受け取るたーちゃん。お掃除でのどかわいていたらしい。いい飲みっぷりだ。その間にジゼルは親父さんから油を見せてもらったのだが、まさか十数種類の油がストックしてあるとは思わなかった。親父さんのご飯の美味おいしさの秘密をまた一つ知ってしまった気分だ。

 その中から、石けん作りにも使ったことがある油を三種類分けてもらうことにした。油は種類こそ違うものの、投入のタイミングは一緒なので同じコップに入れてもらう。

 部屋に戻り、さつそく石けん作りを開始する。まず女将さんからもらった石けんを小さくカット。そのまま入れてもいいのだが、小さい方が溶けやすいのだ。

 次に錬金飴の材料としても使っている薬草と、その他に二種類の薬草をすりばちでペースト状にする。この二種類はハンドクリームの材料としても使われているものだ。そこに粉状になるまでくだいた訳あり無せき――つうしよう『クズ魔石』を少々。

 これで下準備はかんりようだ。

 ふつとうさせたりよくすいの中に石けんを投入し、完全に溶けるまでかき混ぜる。そこにすり鉢の中身を投入。しばらく混ぜると、クズ魔石に反応した不純物がいてくることがある。

 今回は元々の石けんに使用されていた素材の質がよいものではなかったのか、かなりの量が浮いてきた。それに油脂もかなり溶け出している。こちらも全てすくう。

 じやつかんにごっているくらいなら問題なし。軽く混ぜてもせんのようなものが見つからなければオッケーだ。

「じゃあここから少し忙しくなるから、たーちゃん、応援よろしくね」

「わかった~」

 ジゼルはそう告げると、親父さんのお古のなべづかみを左手にはめる。錬金術を使う際にはなかなか使う機会のない道具だが、石けん作りにはひつのアイテムである。

 れんきんがまに牛乳を入れ、かまふちをなぞるように三周半かき混ぜる。そこに三種類の油を入れたら、左手でガッと錬金釜をつかむ。

「へ?」

 目を丸くするたーちゃんを横目に、ジゼルはひたすら木べらでかき混ぜる。石けん作りの要とも言える作業であり、遅いと上手くまとまらないのだ。大きい錬金釜だとやりにくく、そこもきらわれる理由の一つであった。

「がんばれジゼル~」

 たーちゃんに応援してもらい、キッチリ五十回かき混ぜる。そうしたらすぐに逆回転でまた五十回。合計百回かき混ぜると、まん丸い固まりがぷか~っと浮いてきた。

 女将さんから預かった時と比べると、半分ほどの大きさになってしまった。予想よりも小さい。それだけ不純物が多かったということだ。今度は一から材料を買って、なくなる前に追加で作ろう。

「ジゼル、すごい。まんまるだ~」

 たーちゃんは大喜びで手をたたく。ちなみに一定の速度でかき混ぜるとこのような形になるが、途中でつかえたり減速したりすると不思議な形になってしまうので注意が必要だ。

 商品にするならえんまでが合格ライン。それ以外だと削って形を整えるか、作り直さなければならない。今日の分は満点をもらえる出来だ。

「食べちゃダメだよ?」

「たべたらおかみさんのぶんなくなっちゃうもんね! たーちゃんがまんする!」

「女将さんの分を取っちゃダメなのはそうだけど、これは食べ物じゃないからね。食べても美味しくないし、身体に悪いから」

「あめのざいりょうとぎゅーにゅーはいってるのに?」

「これは手とか身体を洗ったりするためのアイテムなんだ」

「たーちゃんもつかえる?」

「使えるよ。今度一緒に使おうか」

「うん!」

 いつもはらしたタオルで手をく程度。ドラゴンさんいわく、せいれいであるたーちゃんにはそれすら必要ないらしい。だがせっかく興味を持っているのだ。たまには一緒に並んで手を洗うのも楽しそうだ。

「じゃあさつそく女将おかみさんにわたしにいこう」

「うん!」

 石けんを大事に抱えるたーちゃんを胸の前で抱え、女将さんの待つカウンターに向かう。

「できたよぉ~」