それからしばらくたーちゃんと一緒に染料コレクションを
一人と一
「すみません……」
「大丈夫。二人の分はちゃんと取ってあるぞ」
「ほんとぉ?!」
「ああ。一応声はかけたんだが、二人とも集中していたから
「ありがとうございます」
たーちゃんと顔を見合わせ、
夕食を受け取り、キッチンを出る。その直前、親父さんから声をかけられた。
「なぁジゼル、今の仕事、楽しいか?」
「? はい。楽しいですよ」
いきなりどうしたのだろうか。あまりに
「親父さん?」
「変な質問して悪かったな。まだ作業するなら後でお茶持っていくが……」
「残りは柄付けだけなので大丈夫です。ありがとうございます」
「根を
親父さんに見送られ、部屋に戻る。宣言通り、食後の皿洗いが終わってからすぐに柄付けに入る。色選びの最中に何度もたーちゃんと話し合ったのだ。イメージは固まっている。
『この瓶を手にした人がゆっくりとした時間を過ごせますように』
そんなことを願いながら
「完成! 我ながら
引き上げたキャンディボトルを
「えといっしょだ~」
「高さがちょっと高くなっちゃったから要調整ってところかな。明日の朝、飴を入れて持っていこう」
「うん。ぜったいきにいるよ」
「この色味で決まったらりんごを大量に買ってこないと」
染料に使ったりんごは、以前ドランと
「あっぷるぱいたべたい」
「マフィンも美味しいよね」
「まふぃん!」
「乾燥りんごにするっていうのもいいかも」
「りんごはいろんなおいしいのになるね。どらんにおすそわけ?」
「うん、お
完成品を見たらドッと
「うん。たーちゃんもつかれちゃったぁ」
「いっぱい頑張ってくれたもんね」
コクリと
翌朝。朝食後、宿の掃除を一通り終える。女将さんも親父さんも『満月の湖』の
試作品がすでに完成していることと、ちょうどいい時間まで
昨晩作ったキャンディボトルに錬金飴を
「いってきます」
「いってきまぁす」
「気をつけていくんだよ」
女将さんに
何らかの理由で馬車が
ただし
「ジゼル、あっちのみちいこう? びんわれちゃう」
瓶が割れる心配はないが、
「そうだね。たーちゃん、お顔、私側にしてもいい?」
「いいよぉ」
進行方向を見ていたたーちゃんの顔を、ジゼルの胸の方に向ける。そしてたーちゃんが指した路地に向かう。少し遠回りにはなってしまうが、馬車乗り場から
「たまにはこっちのみちもいいね」
「私もこっちに来るのは久しぶりかも」
ジゼルが王都に来てからかなり
ドランと出かける時や、今回みたいに人通りが多い時は違う道を通ることもある。だが基本は同じ道。変な道に入ってしまうと治安が悪くなるというのもあるが、大通り沿いを歩けば大抵完結するのでわざわざ違う道を行く理由がないのだ。
人が減ったのを確認してからたーちゃんの顔の向きを元に戻す。いつもと違う風景にたーちゃんは大喜びだ。足がぷらぷらと
少しだけ歩くペースを落とし、ジゼルも周りの風景を楽しむ。同じ王都とはいえ、少し歩く道を変えるだけでまるで違う表情を見せてくれる。
今歩いている道は
夜になると
昨日の倍近くの時間をかけ、ようやく『満月の湖』の前に
「おさんぽたのしかったね~」
「ね~」
試作品を見せに行くだけのつもりが、
「マスター。ジゼル様とたーちゃん様をお連れいたしました」
「入ってちょうだい。あなたはブルーノを呼んできて」
「かしこまりました」
「失礼します」
「きたよ~」
たーちゃんはカジュアルな挨拶をして、ソファに
ジゼルにとっても自信作で、だからこそ今から評価されると思うと
「依頼した私が言うのもなんだけど、無理に今日持ってきてくれなくてもよかったのよ?」
「ご
「いえ、全く。私としては一日でも早く見られて
真顔で否定された。そして「大々的な告知をしていたし、王都に住んでいれば耳に入らないはずないもの。あえて聞くことではなかったわね……」と小さく付け加えた。
行きがけに見かけた人達といい、今日は何かイベントがあったのだろうか。新しい情報にはとんと
宿屋『オリーブの樹』に関係ない話であれば急ぐ必要はなく、ジゼルの中での最優先
何があったのか気にならないと言ったら
ジゼルの興味がその『何か』に向いていないことを察してか、ステファニーは話題を変えた。
「それにしてもブルーノはまだ来ないの? 遅くなるなら先に見ちゃおうかしら」
「いじわる?」
「意地悪じゃないわよ。ただジゼルの新作が待ち切れないだけ。あなた達の顔を見ていればすごいものが出てくるって分かるもの」
そう言いながらジゼルとたーちゃんの真ん中に置かれた袋をじいっと見つめる。明らかに瓶の形をしているため、気になって仕方がないのだろう。ステファニーからの期待の言葉に、たーちゃんの
「そうなの! すっごいよぉ~」
「私とたーちゃんの自信作です」
「それは楽しみだわ。このまま待っていても暇でしょうから、お茶でもして待っていましょうか。いい茶葉が手に入ったのよ。もちろんお菓子もあるわよ」
「おかしたべる!」
前のめりになるたーちゃんがソファから落ちないように押さえつつ、ジゼルも
「ぜんぶたべていいのぉ!?」
「ええ、もちろん。あなた達のために用意したんだもの」
まさかお菓子がスタンドに
ましてや使う側になる日が来るなんて想像もしていなかった。たーちゃんは我慢できず、机の上に飛び乗った。そしてスタンドの周りをクルクルと回っている。いろいろな方向からお菓子を見て、一番上にあった小さなケーキをむんずと
「おいひい」
「たーちゃん、こっちに
「ひせるのおあるふぉ」
口いっぱいにケーキを詰め込んだ状態では何を言っているのかが分からない。その状態でもたーちゃんは両手にそれぞれ違うお菓子を確保する。
錬金ランプやキャンディボトルの話をしていると忘れそうになるが、彼女は有名商業ギルドのギルドマスター。お茶を飲む仕草も
とはいえマナーを気にした様子もないので、ジゼルは宿屋にいる時と同じようにお菓子を
「美味しい」
「ね~」
味はもちろんのこと、たーちゃんが食べやすいように小さなお菓子のみを集めてくれたことが嬉しい。手もほとんど
「皆さん、お待たせいたしました」
「遅かったわね」
ブルーノが来た頃にはスタンドのほとんどのお菓子が三人の腹に消えていた。ジゼルとたーちゃんがあまりにも美味しそうに食べるもので、
紅茶のおかわりも進み、たーちゃん同様、ジゼルもすっかり
「すみません……。お二人に会った後から創作意欲が
そう話すブルーノの毛先ははねている。
「いい絵があったら見せてちょうだい。けれど今はジゼルの
「ええ、ええ! 私もそのために急いできたんですから! まさかこんなに早く『ジゼル』の新作が見られるとは思いませんでした。ああ、早く見せてください」
「たーちゃんもがんばったんだよ?」
今回、ジゼルの名前の横にたーちゃんのサインもある。色も
「たーちゃんも! ますます楽しみですね」
キラキラとした目で見つめられる。ブルーノを案内してきた男性から
空けてもらったスペースに、袋の中で出番を待っていたキャンディボトルを置く。するとジゼルが説明を始める間もなく、二人の
「想像通り、いやそれ以上です。私の描いた色をここまで美しく再現してくれるとは……」
「またこの目でジゼルの色を見られるなんて……。あの日、宿屋『オリーブの樹』に行って本当によかった」
「きれーだよねぇ」
「ええ。他じゃ絶対に見られないわ。この色は特別なの」
「蓋の形状も美しい。それでいてキャンディボトルという役割を忘れていない」
「
はしゃぐステファニーとブルーノ。昨日見本として用意してくれた蝋燭がまだ置いたままだったようだ。錬金飴を全て取り出し、代わりに火をつけた蝋燭を瓶に入れる。するとハイテンションから一転、彼らの頬がゆるりと
「ゆらゆらと揺れる
「火を入れる前と後の微妙な色の変化が、オンとオフを切り替えてくれるようだわ」
「このまま空気と共に溶けていきたい……」
「同感ね」
うっとりとした目で瓶を眺めている。想像と違う反応だが、感情表現が豊かな彼らも瓶を気に入ってくれたことはストレートに伝わってくる。ひとまず胸を撫で下ろす。
けれどお客さんに配るアイテムとして
「デザインはこちらでよろしいでしょうか」
「もちろん。文句なんて出るはずない。私が求めた『ジゼル』のガラスそのもの。いいえ、それ以上だわ。大きさもこれでいいから、
「分かりました」
ステファニーは瓶に視線を固定したまま。けれど的確な返答をくれる。そのまま納品予定日も決め、ジゼルとたーちゃんはギルドを後にしようと席を立つ。けれど二人は試作品をじいっと見つめるばかり。
「はぁ……いい」
「デザイナー仲間に
「ダメに決まってるでしょ。これは私の分。あなたは納品後まで待ちなさいよ」
「このボトルを見ていれば新しいデザインのアイディアも湧きそうな気がするんですが……」
「くっ……。新作を
「
「言うようになったわね」
仲良く言い争いをするステファニーとブルーノを前に、ジゼルはどうするべきか。少し考えてから、何もしなくてもいいかと結論づける。
この場でジゼルがすべきことはない。納品分をキッチリ仕上げることこそが二人のためになる。
「えっと、帰りますね~」
「はーい」
「お
一応返事はしてくれたものの、やはり視線すら上げることはない。それほどまでに気に入ってもらえるなんて、生産職
「あ、そうだ。帰りにお店寄ってもいい? 追加の錬金釜が欲しくて」
「どういうのにするの?」
「今使っているのと同じの。錬金飴作る時の釜は増やしたけど、瓶を作る時の釜は一つしかないからもう一つあったら便利かなって」
「にこあればいっぱいつくれるね」
たーちゃんとお話ししながら大通り沿いを歩く。大きな荷物を抱えた人達はいるが、行きよりも随分と少なくなっている。これなら
○ ○ ○
錬金釜を増やしたことで、『満月の湖』限定デザイン瓶は予定よりも早く納品できた。
配る相手のリストはすでに作成済みだったようで、ジゼルが納品した日から配り始めたようだ。ステファニーからの手紙には、感謝の言葉と共にお客さん達の反応が事細かに記されていた。次に会う時にはランプとして使用した感想も聞いておいてくれるそう。
それを
お金はしっかりと
「ジゼルが楽しかったのならよかった」
「でもりんごのお菓子はしばらくいいかな」
手紙の配達手続きをしにきたついでに、ドランに最近の出来事を報告する。ちなみにたーちゃんは宿屋でお
「俺のところにも持ってきてくれたもんな。りんごのマフィンはまた食べたい」
「……そう」
ジゼルは今まで何度もドランにお裾分けをしてきた。野菜だったり果物だったり、手作りのお菓子だったり。どれも喜んでくれたし、手作りのお菓子には必ず感想をくれた。美味しいだとか幸せだったとか。大げさに思える言葉だってたくさん。
彼の
「
「ううん、また作ってくるから! 絶対!」
予想外の言葉に反応が
ドランの気が変わってしまわぬよう、彼の肩をがっしりと掴んで「また持ってくるから、食べてね!」と念を
「どうした、ジゼル。様子がおかしいぞ?」
「だってドラン、いつも自分の欲しいものとかしたいこと、あんまり言わないから」
「俺はわりと口に出やすいタイプだと思うんだが」
「そりゃあ親父さんのデザートが食べたいとかは言うけど。作ってくれるのは親父さんだし……」
「ジゼルにもいつも伝えているよな?」
「全然伝えてない」
「そうか?」
不思議そうに首を
「うん。私、ドランの欲しいものとか全然知らない」
「ジゼルの喜ぶ顔がみたい」
「そうやっていつもはぐらかす」
「はぐらかしているつもりはないんだが……。ジゼルが楽しければ俺も楽しい」
ドランはこの手の言葉を
ドランの好意を一度だって疑ったことはないし、この先だってきっと
「ねぇ、ドラン。今、何か欲しいものってないの? あ、親父さんが作ったデザートが食べたいって言うのはなしね。私が用意できそうなもので」
「いきなり言われてもなぁ……。あ、飴が欲しい」
ドランは少し迷ってからポツリと
「飴って錬金飴?」
「いや、普通の飴。前にジゼルからもらった錬金飴を食べてたら
「今度飴屋さんで見て、いいのあったらプレゼントするから」
「ジゼルのがいい」
「私のって」
「俺が王都に来たばかりの
「ああ、あれ! 懐かしいね」
ドランと初めて出会った時、お近づきの印として自作の飴を
錬金飴のように果物などの味がついているものではない。子供がお
「でも飴屋さんで買った方が美味しいよ?」
「あの時の飴がいい」
「そう? じゃあ今度持ってくるね」
久々に思い出したら、ジゼルも食べたくなってきた。たーちゃんも欲しがるはず。何個ほど作ろうかと考えながら指を折る。そしてふとある顔が頭に
「ドラゴンさんも食べるかな?」
「あー、俺が食べてたら欲しがると思う」
「じゃあドラゴンさん用に大きいの作ってくるね」
「大きいのもできるのか?」
「うん。私、ガラスを作る時に
このくらい、と両方の手を使って大きさを示す。錬金飴だとどうしても
だが今回はごくごく普通の飴だ。それに以前フルーツサンドを大量に食べていたところを見ている。普通の飴であればドラゴンさんも満足できるサイズが作れるはず。
「あいつの分まで悪いな」
「ううん。今度雪解け祭りに連れていってもらうから!」
「気にしなくていいのに」
「こういうのは気持ちの問題だから。じゃあそろそろ
「ああ、気をつけて」
入り口まで見送りをしてくれたドランにブンブンと手を振る。宿屋へと戻る足取りはいつもよりも軽い。まるで両足に羽が生えたかのようだ。
その日の夜、久々に作った普通の飴を試食してみた。あの頃と全く同じ味。特別なものなんて何も入れていない。けれど不思議と何を見てもキラキラして見えていた頃の気持ちを思い出す。
大きく何か変わったわけではない。相変わらずみんな
「ずっとこの先も相変わらずが続けばいいなあ」
そんなことを願いながら、包み紙も作ることにした。いつも錬金飴を包んでいる紙とは別のもの。ジゼルとドランを結んでくれた飴だから少し特別な、黒い
といっても本格的なドラゴンではなく、
後日。配達ギルドに依頼に行った際に飴を持っていくと、ドランもドラゴンさんもとても喜んでくれた。
ドランは包み紙も