分けることで普通のお客さんだけではなく、『満月の湖』に納品する際にも利用できるというわけだ。サインやお手紙への返事は今まで通り手書きとはいえ、これだけでグッと時間の短縮ができる。
ちなみに今作っているのは、二つ目のスタンプを押してサインしただけのもの。『オリーブの
出来上がったカードを箱に入れ、案内文も作ろうかと便せんに手を伸ばす。すると人の足音が聞こえてきた。
「ジゼル、いるか?」
ドランだ。手には見慣れた籠がある。錬金飴を買いに来てくれたようだ。
「いらっしゃい。錬金飴ならできてるよ。ちょっと待っててね」
「ああ」
立ち上がり、
ドランから受け取った籠に錬金飴をザラザラと入れていく。ジゼルもすっかり慣れたもので、わざわざ数えずとも大体いくつ入っているのかが分かる。
「
「助かる」
ドラゴンさんのお気に入りは腰痛用の飴。といっても
「あとこれはドランに」
籠をいっぱいにしてから、その上に載せたのは販売用とは少し違う形の瓶。ドラン用なので、間違えないように違う瓶に入れておいたのだ。
「俺なら籠から取るからいいのに……」
「この前、それで
「あれくらいいつものことだって」
「いいの。持ってって。ちゃんと
「ありがとう。あ、これ今回のお代」
「いつもご利用ありがとうございます」
ズッシリとした
「今度
「興味はあるけど、さすがに何日も空けるのは……」
「行きも帰りもドラゴンに乗っていくからその日のうちに帰ってこられるぞ」
「
ドランが休みの日にドラゴンさんと共に出かけているのは知っている。だがドラゴン便が高いことも知っているのだ。
パンケーキを食べに行くくらいで乗せてもらうのは少々気が引けてしまう。けれど付き合いの長いドランはジゼルの前向きな気持ちをしっかりと受け取ったようだ。
「
だから行こう、と
「そういうことなら! ちょっと女将さんに相談してくるね」
今は南方で大きなイベントをやっており、常連さん達は貴族の護衛や付近の
毎年のことなので、いつもよりも念入りに
のんびりと案内文を作れるのも
「ぱんけーき! たーちゃんもたべる」
「一緒に食べに行こうね~。ドランはいつがいい?」
「ドラゴンで行くって
「分かった。行ってくる」
たーちゃんを
「ドランと! いいねぇ。明後日にでも行ってきな」
「ありがとうございます。お
「ああ、美味しそうなものを市場で買ってきておくれ」
女将さんに背中を押される形でドランに返事をする。明後日出かけることに決まり、彼を見送る。
フルーツがたっぷりと載ったパンケーキが楽しみなのはもちろん、ドランにお礼をするチャンスだ。早めにお礼がしたいと思っているが、なかなか機会がなく、未だたーちゃんの時のお礼ができていない。
隣国まで連れていってもらうのだからパンケーキの代金くらいは払わせてもらおう。幸いにも錬金飴の売り上げはいい。
何かドランが気に入りそうなものがあったら
「そういえば私、ドランの好みを知らないんだよね……」
「ドランはねぇ、ジゼルがだいすきなんだよ。たーちゃんしってる!」
「嬉しいけど、そういうのじゃなくて。好きな食べ物とか知りたいな~と思って。ドランって何でも美味しそうに食べるし、何あげても嬉しそうだし、いつも楽しそうで。付き合い長いのに」
「いつもうれしそうでたのしそうなのはいいことだよ?」
「それもそっか」
たーちゃんの言葉ももっともだ。ジゼルと好みが似ているだけかもしれない。深く考えすぎるのは止めて、とりあえずパンケーキの代金を払わせてもらうことを第一に考えよう。
今までも何度か伝えているのだが、
今回のお出かけでドランの好みを知る機会があればいいのだが……。ドランが去って行った先を見つめながら考える。すると目の前に大きな
「ジゼル、たーちゃん。今度、ドランとお出かけするんだって?」
親父さんだ。女将さんから話を聞いて、キッチンから出てきてくれたのだ。しかも飲み物とクッキーまで持って。ありがたく受け取る。
たーちゃんは
「はい。明後日、隣国まで行くことになりました。お土産楽しみにしていてくださいね」
「明後日か……間に合うかな」
「何かあるんですか?」
「ドラゴンで飛ぶなら腹巻きだけじゃ足りないだろう? ローブと、それに初めての遠出だからバッグもあった方がいいよな」
「たーちゃんの? たーちゃんのあるの?」
「ああ、急いで作るから楽しみにしててくれ」
親父さんはグッと
ジゼルとしても可愛らしいたーちゃんが見られるのは嬉しい。なにより、たーちゃん本人がとても楽しみにしている。
「どんなのかな~。あめはいるかな~」
「入ったらどれ持っていこうか」
「ぜんぶいっこずつもってく。それでね、おじちゃんにおすそわけするの」
「乗せてもらう時に渡そうね」
「うん!」
いつも以上に力が発揮されているのか、元々たーちゃんの精霊としての能力ではなく感情に左右されているのか。理由は分からないが、このタイミングでせっせと作っていく。たーちゃんが寝てからまとめて包むことにしよう。
○ ○ ○
「すごい量だよね。ちょっと多めに入れておこうっと」
たーちゃんの上機嫌により、一日でかなりの量ができた。大体五日分。たーちゃんのおやつをいつもよりも多めに確保しつつ、ドラゴンさんとドランへの差し入れも用意した。
飲み物と一緒にバスケットに入れ、ジゼルの準備は
「これもらったらうれしくなっちゃうね」
「喜んでくれるといいね~」
「たーちゃん、こっちおいで」
「は~い」
今度はたーちゃんの準備だ。すでに腹巻きを巻いているところに、女将さんが作ってくれたローブを
親父さんのバッグはタヌキの
女将さんのローブはたーちゃんの好きな赤色。フリルも付いていて、たーちゃんの
「ありがとお」
二人が
「ここまで喜んでもらえて嬉しい。急いで作った
「二人とも、気をつけて行ってきなよ」
「はぁ~い」
「行ってきます」
二人に手を
彼らにぺこりと頭を下げてから、たーちゃんに錬金飴入りの小さな
「これ、おすそわけです」
「たーちゃん、今日が楽しみで。たくさん作ったから食べてください」
「おお、気が
「いま、いっこたべる?」
「うむ。どれでもいいぞ」
たーちゃんはジゼルに籠を預け、錬金飴を一個取り出す。選んだのはたーちゃんお気に入りの赤だった。包み紙を外し、大きく開かれたドラゴンさんの口の中にひょいっと
「おいしい?」
「今日も最高だな」
「よかったぁ」
たーちゃんはホッと息を吐く。そして自分のバッグからも錬金飴を取り出すと、パクリと
「悪いな。気を
「ううん。私も楽しみだったから!」
「そっか。だったらよかった」
「さぁ我の背中に乗るのだ」
「わぁ~い」
「失礼します」
「
ドランに案内され、ドラゴンさんの背中に乗る。実家から王都に来る時は飛鳥族の背中に乗せてもらったが、ドラゴンの背中は初めてだ。鞍を付けているからか、想像以上に安定している。
たーちゃんはジゼルの腕の中にすっぽりとハマり、ドランがそのジゼルの背中を包み
「たっか~い」
「すごいね」
「二人とも
「うん、大丈夫」
「たーちゃんもへいきだよ」
「じゃあ行くぞ」
ドランの合図で、ドラゴンさんはバッサバッサと大きく羽を動かし始める。上空に飛び上がる時とは
「あそこに湖が見えるだろう? あそこにはよく水を飲みに行くのだ」
「木の実がたくさんあって、休憩にちょうどいいんだよな」
「たーちゃんもいきたい」
「暖かくなってから来ような」
「いまは? ちょっとだけ、だめ?」
「今は森に住む動物達が寒期に備えて食べ物を
「ならがまんする」
「たーちゃん
「うん、たーちゃんいいこ」
フンッと胸を張るたーちゃん。それがなんだかおかしくて、ドランとジゼルはもちろん、姿が見えていないはずのドラゴンさんまで小さく笑った。
森に降りられない代わりに、ドラゴンさんはたーちゃんに様々なことを教えてくれた。
遠くに見える山は今の時期には寒くてたまらないのだとか、少し暖かくなった
「降りる時も足下気をつけてな」
「先にたーちゃんを」
「ん」
先にたーちゃんをドランに渡し、降ろしてもらう。そしてジゼルも彼の手に支えられる形でドラゴンさんから降りる。たーちゃんと一緒にドラゴンさんにお礼を告げるのも忘れない。お礼は大事だ。
「じゃあここで待ってて。
「
「美味しいの買ってきますね」
「うむ」
ドラゴンさんは満足げに頷き、ドランと共に龍舎へと入っていった。この国を
もっとも、必ず複数の支部を持つ配達ギルドと、本部のみで活動できる商会ギルドでは細かい部分がまるで異なるのだが。
「系列でも客層が全然違うね」
「おようふく、みんなとぜんぜんちがう」
「待機している
先ほどチラッと魔物舎を
待っている間にも
「おまたせ。どうかしたのか?」
「ここは大きな荷物の配達が多くて、服装も人によって全然違うねって話してたの」
「この辺りで大型の荷物を取り
「そうなんだ!」
「といっても今の時期は特に大型の荷物が多いんだ。学園入学が近づいていて、こちらに送られてくる荷物が多いのはもちろん、来たついでにいろいろと買っていく
「ドランって物知りなのね」
自国で
宿屋『オリーブの樹』は常連客の多くが
「仕事のことだけだ。
「たーちゃんはねぇ、おいしいものにはくわしいよ」
「今日も美味しい情報が新たに入るといいな」
「うん!」
たーちゃんは
ドアを開くと、カランカランと心地いい音が
店員さんに案内され、席に通される。
「この子も椅子に座らせても大丈夫でしょうか?
「精霊、ですか?」
席に案内される前に聞こうと思っていたのだが、ドアをくぐってすぐ、魔物を足下に座らせている人が見えた。テイマーと
「この子なんですけど」
「たーちゃんです」
抱っこしているたーちゃんを高めに持ち上げる。宿の接客で
「精霊……ちょっと聞いてきます。お先にこちらをどうぞ」
「ありがとうございます」
店員さんを見送り、渡されたメニューを開く。たーちゃんはジゼルの膝の上に立ち、ひょっこりと顔を見せる。
メニューは全て手書きで、横に
「パンケーキだけでもいくつかあるのね。このフルーツサンドっていうのも美味しそう……。食べたことないけど、季節のデザートページにも載ってるくらいだし、人気のデザートなのかも?」
サンド、というくらいだからサンドイッチの一種なのだろう。イラストでもパンらしきものでサンドされている。
「パンケーキとそれを
「うん。あ、パンケーキはドランが好きなのを決めて」
「この
「美味しそう~」
「飲み物は紅茶でいいか?」
「うん」
「たーちゃんはみるく」
さすがはドラン。ジゼルの好みをよく分かっている。紅茶は三種類あるようだが、いつも通りドランに決めてもらう。
すると先ほどの店員さんが
「その子が精霊、ですか」
「たーちゃんです。せいれいだよ」
「しゃべった……」
「タヌキにしか見えないと思うのですが、この子が精霊であることは俺の相棒のドラゴンが保証しますので」
「椅子の上にはこの布を
バッグの中に入れていた
ちなみに一緒にジゼルのハンカチも
「あ、はい。大丈夫です。よろしければこちらのクッションをお使いください」
「ありがとうございます」
「ありがと~」
店長さんが用意してくれた子供用の食事クッションをセットする。その上に布を敷き、たーちゃんをちょこんと座らせる。
たーちゃんは身体を左右に大きく動かして喜びを表現する。ジゼルとドランもぺこりと頭を下げる。
来てくれたついでに先ほど決めたばかりの注文を伝える。キッチンへと
どれも好意的な視線で、そこも
「季節のフルーツサンド、楽しみだね」
「俺もフルーツサンドって初めて聞いた。美味しそうだよな」
「いまなぁに? いちご?」
「ぶどうだって」
「おいしそう」
季節のデザートのページに
「おまたせいたしました。こちら季節のフルーツサンドと渋栗のパンケーキになります。よろしければこちらをご利用ください」
「ありがとうございます」
注文したフルーツサンドとパンケーキの他に、取り分けるための皿と子供用のフォークを用意してくれた。
その前に運ばれてきたミルクも、たーちゃんが一人で持てるくらいの小さなコップにストローが
ドランはドラゴンさんへのお土産はここで買おうと決めたようだ。早速持ち帰り用のフルーツサンドを十人前注文している。
ジゼルも親父さんと女将さんのお土産に、と思ったのだが、フルーツサンドを見て止めた。イラストでは分からなかったが、フルーツと一緒に挟まれているのが生クリームだと分かったからだ。
ドラゴンさんの背中に乗せてもらう分、通常よりかなり早い時間で帰れるとはいえ、ジゼルが持ち帰ってすぐに二人に食べてもらえるとも限らない。二人にも美味しい状態で食べてほしいと泣く泣く断念した。
女将さんの言っていた通り、市場でお土産を買うのが無難だろう。
「じゃあ早速取り分けちゃうね」
「ああ、頼む」
「たーちゃんこれがいい」
フルーツサンドをそれぞれの皿に盛ってから、ナイフとフォークを取ってもらう。
パンケーキはまずたーちゃんの分を少し小さめにカットする。さらにそこから一口大に切り、マロンのクリームと刻まれたマロングラッセをいくつか載せる。
ドランとジゼルは残った分をちょうど半分こ。二人で一緒に食べに行く時は二種類のものを分けることが多いので、すっかり慣れっこだ。