【閑話】ドランとドラゴン
「いきなり
ジゼルが宿屋の親父さんとたーちゃんと共に帰った後、ドランは急いでカウンターに
けれど共に早朝番を担当していた女性は気にした様子がない。ドランの代わりに入ってくれたのだろう、彼女の友人と
「んーん、ジゼルちゃんの用事なら仕方ないよぉ。ギルドマスターも、今日の分は明日残業してくれればいいって言ってたからさ」
「ありがとうございます」
「
「それくらいお安いご用です」
今回は事情がやや
パンや飲み物など、安くて手に入りやすいものをお礼として渡すことで今後も
たまにおすすめのものをくれる人もいて、
「朝食用というと、バゲットでいいですか?」
「うん。それにクルミパンも一個つけてくれると助かる。下の子の中でブームなんだ」
「
「さっき会ったばかりなのに、もうジゼルちゃんのもとにいくとは……」
「青春だねぇ」
きゃっきゃとはしゃぐ女性達に深く頭を下げ、
ちなみにドランの相棒には固有の名前がない。
わりと適当な名前をつけるのは別れの時に
錬金飴のように一度気に入ったものには
「ほら、鱗磨くぞ」
「うむ。ところで坊よ、さっきのはなんだ」
「錬金飴のことなら
低くなったところから背中に乗り、背中の鱗にブラシをかける。ドラゴン専用ブラシは特注品で、毎年ドワーフに依頼をしている。年の始まりに新しいブラシに切り替えるのだ。
力が弱いとまるでダメだが、どんなに力を込めても鱗に傷がつかないところが気に入っている。話しながら首の辺りを念入りにゴシゴシと磨く。
「そうじゃない。家とか子供とかの話だ」
「それがどうかしたか?」
「まさか本気で分かってないのか?」
「何が? あ、ちょっと首下げて。
「坊の感覚はいささかドラゴンに寄りすぎている。ドラゴンの我もさすがに番候補にもなっておらん相手にあそこまで言わんぞ」
「だから何のことだよ」
ドラゴンは
長年ドラゴンと暮らしてきたが、あくまでもドランは人間だ。今だって村以外の人間のコミュニティに上手く
ドラゴン使いであるドランには配達ギルドからだけではなく、国からも給料が出ている。実際の
そこにドラゴンの運動がてら行った
「
「……それはドラゴン的にアウトという話か?」
「人間的にアウトだという話だ」
「出会った時から言い続けているが、
「
「一緒になりたいけど、ジゼルが幸せになってくれるなら相手が
ドランはジゼルが好きだ。一目見て、運命の相手だと思った。笑っている顔は一生見ていたいし、悲しんでいる時は全力で原因を潰したくなる。
前向きな彼女はすぐに立ち直ってしまうからまだ実行に移したことはないけれど、いつでもそうできるよう、ナイフのメンテナンスは
だが他の人間と幸せになる姿を想像しても
もしジゼルが他の男との間に子をなしたとしても、生まれた子供のことはもちろん愛せるが、ジゼルに向ける愛とは完全に別ものになるはずだ。多分、配達ギルドの人達がドランに向ける感情と近しい何かになるのだろう。
「
「ジゼルを悲しませた時点で
ジゼルを悲しませるなど、この世で最も重い罪である。意識を残した状態で魔物の群れに
もしもの事態を想定しただけで、手に余計な力が入る。ガリッと変な音がした気がするが、気のせいだろう。ドワーフが作るブラシはよくできているのだから。この程度でドラゴンの鱗が傷つくはずがない。
「ドラゴンの制裁そのものではないか。執着がないのか重すぎるのか分からん……いや、待てよ? 数十年前にも似たような言葉を聞いた気がするな」
「やっぱり俺は普通なんだよ。足やるから下ろして」
「だが人間はアプローチをして恋人になり、そこから段階を
「そりゃあ巣には
背中と首周りが一通り終わったので、次は足を磨きたい。特に今日は時間があるから、爪の間までしっかりと
ペシペシと身体を叩き、もう一度「下ろしてくれ」と伝える。ドラゴンはそんなドランに呆れたようで、深くて長いため息を吐いた。
「我に釣られて家ではなく、巣と呼ぶ時点でなかなかだと思うぞ」
「たまたまだろ。それにドラゴンのお前に言われてもピンとこない」
「疑うならそこら辺の
結局、錬金飴に
以前たくさん作ったからとお裾分けしてくれたジャムも美味しかった。一緒に付けてくれたスコーンも絶品で、
そして「あめ~あめ~」と低音の飴くれコールで現実に引き戻される。
「ダメだ。残りは明日以降」
「ケチなことを言うな」
「人間なら一日一個って制限が付いているんだ。食いすぎると身体に悪いぞ」
「我はドラゴンだから問題ない」
「そう言って、この前行った先で大量の果物食って腹
「ぐっ……」
「
しょんぼりと頭を垂らすドラゴンの
辺りをぐるりと見回し、暇そうにしている人達に
「まぁそれがドランなりの愛情表現だから」
「今さらじゃないか」
「
「前にいたドラゴン使いも似たようなもんだったから、あんまり気にしたことなかったな」
「あんなのと比べるのも
「うんうん、
「ジゼルも
「ジゼルちゃんの場合、恋愛感情に限らず、他人から向けられる感情に
「でも
「分かる。孫を愛でる気持ちでいられる」
「お前、孫どころか娘すらいないだろ」
「うちは
まとめるとこうだ。ドランは人間の一般的な感覚とはズレているものの、ジゼルが嫌がっている
ドランにとって大切なのはジゼルがどう思うかである。ジゼルが嫌でないならその他はなんでもいい。
「ありがとうございます」
ドランはスッキリとした気持ちで彼らに頭を下げる。
ちなみに現状のドランのライバルを無理に挙げるとするならば、
ドランの気持ちを察してなにかとジゼルと出かけるチャンスを作ってくれる女将さんとは対照的に、親父さんにはデートチャンスを何度か潰されたことはある。
だがどれも食べ物関連で、親父さんにあるのは善意だった。
フルーツティーだってそうだ。ドランと約束しているものの、ずっと行けていないとジゼルから聞いていたのだろう。わざわざドランの分まで用意してくれた。
本当にいい人なのだ。もちろん女将さんも。ジゼルが下宿している場所が宿屋『オリーブの樹』でよかった。
「ちょっと出てきます」
「パン、忘れないで買ってきてね」
「はい!」
元気に返事をして
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