「いいのか?」

 コクリとうなずくと、タヌキはあからさまにホッとして錬金飴の上にこしを下ろした。ドラゴンさんもにいっと笑って、早く早くとかし始めた。

 美味しくなるように改良はしたが、香りまではあまり意識していない。ドラゴンの鼻は人間よりもウンといいのかもしれない。

 ジゼルもいくつか手に取って包み紙を外すのを手伝う。ドランはドラゴンさんの口に錬金飴を運びながらもなつとくはいっていないようだ。

「分かった。だがこいつに害はないんだろうな」

「見た目はどうあれ、本質は精霊だ。悪意ある者にはそれなりの対応をするが、こやつはすっかりむすめなついておる。ならば問題ないだろう」

「ジゼル、やさしいからだいすき。あめもおいしい」

「確かにこれは美味だな。おい、精霊。娘と契約し、飴作りを手伝うのだ」

「おてつだい?」

 こてんと首をかしげる。あめあめあめと繰り返すうちに味を思い出したのか、口元からよだれがつうっと伝った。

 精霊は魔素を食べる。それ以外の飲食は必要としない、というのが一般的な常識。だが必要としないことと食べたいという欲求は必ずしもがつしない。人間がこうひんと呼ばれるものを求めるのと同じだ。

「手伝えばたくさん食えるぞ」

「ほんとに!? する!」

「本人を置いて話を進めるなよ。なぁジゼル」

「そうだね。女将さんと親父さんの許可を取らないと……」

 精霊とはいえ、見た目はタヌキそのもの。悪さはしなくとも、宿屋に置いておけないとなれば勝手に世話をするわけにもいかない。可哀かわいそうだが、ジゼルもまた置いてもらっている身なのだ。独断で返事をすることはできない。

「ジゼル、いぬねこを飼うんじゃないんだから……」

「ジゼル、けーやく! けーやくしよ!」

「ちょっと待っててね」

 なるべく頑張ってこうしようしてみよう。そう決めた時だった。後ろから聞き慣れた声がした。

「なんだ、犬でも拾ったのか?」

「親父さん!? どうしてここに?」

「急ぎの手紙が見つかったから出しに来たんだ。そうしたらジゼルがドランと奥に入ったっきり出てこない。きっといまごろ、美味しい手料理でも食べてるんじゃないか、って聞いてな。おかしいと思って様子を見に来たんだ。犬なら裏で飼えばいいし、だいかんげいだぞ!」

 親父さんは犬好きらしい。犬種は? 大きさは? としきりに確認してくる。犬小屋も自作する気満々な親父さんに、少しだけ申し訳なさがつのっていく。

「犬じゃなくて、タヌキの精霊なんです」

 タヌキの入ったかごき出すと、親父さんの目は丸くなった。

「確かにこれは犬じゃないな。めずらしい。この国にもタヌキっているんだな」

「正確にはタヌキの姿をした精霊であって、タヌキではないぞ」

「それはどう違うんだ?」

「食事を必要とせず、はいせつ等のこうをしない。毛もれいなままだ」

 ドラゴンさんの返答に、親父さんはなるほどなと頷く。

「ぬいぐるみみたいだな」

「ぼく、いいこだよ」

「しゃべった!」

「まぁ話して動くぬいぐるみみたいなものだ。こやつを娘と契約させようと思ってる」

 親父さんはまだじようきようも理解できていないというのに、錬金飴をとても気に入ったドラゴンさんはごういんに話を進めようとする。

 ずいずいっと顔を寄せ「娘側にもメリットはある。錬金術をきわめるのであれば精霊のサポートは必要不可欠だ。より美味うまい飴の生産を求めるのなら、飴好き以外他にいない。まぁ我も力を貸してやらなくはないが、常に共にいられるわけではないからな。タヌキを通じてドラゴンの知識をあたえてやってもいい。見返りは飴だ、あめあめあめ」と言葉を並べる。

 ちゆうから錬金飴が食べたい欲が全面に出すぎて、親父さんも混乱してしまう。暴走気味のドラゴンさんを見かねて、ドランが助け船を出してくれた。

「この契約は『精霊が人間を手伝い、対価をもらう約束』のことで、タヌキとジゼルの場合は錬金飴作りを手伝う代わりに、錬金飴をもらう約束をするって感じです」

「おてつだいするよ~」

「なるほどな。ちゃんといい子にできるならいいと思うぞ」

「いいこ! いいこにするよ!」

 前向きな返事がもらえたことで、タヌキはぱああっと表情をかがやかせる。籠の中でぴょんぴょんと跳ねられ、ドランは少しめいわくそうだ。それでも両手で持ち直し、落っこちないようにしてくれている。やさしいのだ。そんな姿にほっこりしてしまう。

「でも契約ってどうするの?」

「ぼくもしらない」

 今まで精霊と契約する機会などなかった。出会うことすら難しい存在とされていたのだ。契約できることは知っていても、くわしい方法は知らない。それはタヌキも同じだったようで、こてんと首を傾げる。

 普通ならここで行きまるところだが、幸いにもこの場には博識なドラゴンがいる。ジゼルとタヌキが期待のまなしを向けると、任せておけとばかりに胸を張った。

「名前を付け、たがいに対価を用意するのが一般的だ。場合によってはほう用紙でけいやくしよを作ることもある。だが今回はすでに役割と対価が明確化されているからな。今のところは名前だけ付けておけば十分だろう。何かあれば我を頼るといい。もちろん、土産みやげは必要だがな。飴でなくとも構わんぞ。我は常に美味なるものをほつしている」

 気軽に来ていいとは、懐の広いドラゴンだ。ドラゴンとは気高き生き物である。彼らからすれば、人間なんて軽くき飛ばせるような存在だ。もろく、知識レベルもドラゴンには遠くおよばない。そんな相手が発する言葉に耳をかたむけてくれることはめつにない。だからこそドラゴン使いの数は非常に少ない。

 やはりドランとの仲が大きなプラスとなっているのだろう。ドランにも後で個人的にお礼をしなければ、と頭のメモに書きんでおく。

 だが今は名付けが先だ。タヌキはらんらんとした目でジゼルを見上げている。

「名前か……。うーん、たーちゃんってどうかな?」

「覚えやすくていいな」

「安直すぎないか?」

 ハハハと笑う親父さんと少しあきれたような目を向けるドラン。ジゼルもやや安直だとは思うが、ネーミングセンスのなさは自覚している。って変な名前を付けるよりは、単純で呼びやすい名前がいいだろうと思ったのだ。

「たーちゃん! ぼく、たーちゃん!」

 当のタヌキ、改め、たーちゃんは名前が気に入ったようだ。再び籠の中でジャンプを始める。

「本人が気に入っているのだからいいのではないか? おい、たーちゃんよ。我のおかげで契約できたことを忘れるでないぞ」

「おすそわけ?」

「そうだ」

 こてんと首を傾げるたーちゃんに、ドラゴンさんは満足そうに頷く。すでにドラゴンさんへのきようしんはなくなったようだ。ジゼルは親父さんといつしよにほのぼのしてしまう。だがドランだけはなごむことなく、真面目な表情のまま。

「そうだ、じゃない。ジゼル、ちゃんとお金はらうから、俺にも売ってくれないか?」

「え、でも元々は女将さんと親父さんにプレゼントしていたものだし……」

「女将さん達とこいつとじゃ消費量がまるでちがう」

「うむ。ドラゴンたる我に一日一個などという制限は不要だ」

「好意に甘えてたら確実にジゼルが破産する。お願いだから払わせてくれ」

「でもあんまり安くなくて……」

 言いづらいが、そこそこの値段がする。一日一個ならまだ高めの嗜好品として割り切れなくもないと思うが、何個も食べればその分お値段はかさんでいくわけで……。

 しがっているとはいえ、仲のいい相手に無理をさせるようなことはしたくない。だからといって初めから安い額を告げれば、ドランはひっそりと傷つく。付き合いが長いからこその難しさがある。

 まゆを下げ、どうしたものかとなやむ。するとドランが短くため息をいた。

「いつも言ってるけど、俺はジゼルが思っている以上にかせいでるからな! ぼうけんしやギルドにも登録してるからそっちでのらいたつせいほうしゆうもあるし、今からジゼルが子供を五人くらい連れてきて養えって言ってきてもゆうだから! 家だって買うし!」

 後半になるにつれて勢いと熱意が増し、グッとこぶしを固めるドラン。一緒に出かける度に似たようなことを言われてはいるものの、さすがに盛りすぎではないだろうか。ジゼルだって今回は頼ってしまったものの、そこまで迷惑をかけるつもりはない。

「でも……」

「それで、いくらなんだ?」

「……瓶に十個入って銀貨五枚」

「なんだ、そんなものか。坊よ、次のきゆうりに行くぞ。報酬の高いものをいくつかつくろっておけ。娘を安心させ、我に大量の飴をすのだ」

「ジゼルが困らないほどに、な。それから瓶はいいや。もらいに行く時、これより少し大きめの籠を持っていくから、それに入れてくれ」

 たーちゃんが入っている籠よりも大きいサイズの籠に入れるとなると、かなりの量になる。瓶なしにしてもらって、その分値引きするくらいがお互いにちょうどいい落としどころなのかもしれない。

「分かった。じゃあ瓶の分、安くしておくね」

「それは助かる」

「これでけいやくっていうのは終わったのか?」

「うむ。問題ないぞ」

「じゃあジゼル、たーちゃん。帰ろうか。それからドラン、フルーツティーってやつを作ったから仕事が終わったら飲みに来るといい」

「ごそうになります」

 たーちゃんを籠ごと受け取り、二人と一ぴきで宿屋に戻る。配達ギルドを出る際、ギルド内の大時計をチラリと見る。宿を出てからかなりの時間がっていた。

 急いで出てきたため、ろくな説明もしていなかった。親父さんが心配でおくのぞくのも納得である。帰ったら女将さんにあやまらなければ。その後でたーちゃんのことも話して……。

「ジゼル? どうしたのぉ?」

「ううん、なんでもないよ。帰ったら女将さんにあいさつしようね」

「おかみさん、しってる!」

「え、知ってるの?」

「ずっとみてた。おやじさんとなかよしで、ジゼルにやさしくしてくれるひと」

 見てた、か。きっと今日は姿を見せるようにしていただけで、今まではかくれていたのだろう。そういうセリフを聞くと、精霊なのだと改めて実感する。

 帰ってからすぐに女将さんのもとへ足を運び、たーちゃんをしようかいしたのだが――。

「この子なら前からうちにいるわよ」

「え」

「そうなのか!?

 女将さんの言葉に、ジゼルと親父さんは目を丸くする。顔は全く似ていないのに、表情はよく似ている。女将さんはそれがおかしかったのか、ふふっと小さく笑いをこぼした。そしてたーちゃんを見かけた時のことを教えてくれる。

「たまに外でお腹出しててるんだよ。前にボスと一緒にいるところを見かけたからそのままにしていたけれど、まさか精霊だったとはねぇ」

「初耳です……」

 ボスとはこの辺り一帯で暮らす動物のトップに立つねこである。人の言葉が分かるようで、ご飯とどこを用意してもらう代わりに、あやしい人間を見つけた際には教えてくれるのだ。

 そんな態度を取る相手にはようしやしないが、子供には優しく、面倒を見てくれることも。地元の人達からのボスへのしんらいは非常に高く、王都に店を構える人達は『ボスの目が光っているうちは動物も悪さはしない』と断言するほど。女将さんがたーちゃんを放置していたのにも納得だ。

 ちなみにボスはジゼルが王都に来るよりもずっと前からおり、もう五十年は生きているのでは? と話す人もいる。知らない間に似たような猫がボスに成り代わっているのだろうと思っていたが、もしかしたらボスもまた精霊なのかもしれない。

「中で寝るならベッドが必要だよね」

「俺が昼休憩の時に作っておく」

「いいんですか?」

「ああ。その籠にフィットするようにでいいか?」

「うん。たーちゃん、べっどはじめて。たのしみ~」

「そうかそうか」

 犬好きの親父さんはすっかりたーちゃんを気に入ったようだ。よしよしと頭をでてからキッチンへと入っていった。

「じゃあ、私も働かないと!」

「たーちゃんもがんばる!」

「そうだ。ジゼル、手紙が届いてるよ」

「ありがとうございます」

 手紙を受け取り、部屋に戻る。そして手紙の内容を確認してから、いつものように錬金飴の材料と道具の準備をする。錬金釜を釜置きにセットし、魔力水を沸騰させる。

「たーちゃん。今から火を使うから、あんまり錬金釜の近くに寄りすぎないでね?」

「わかったぁ」

 返事をしながらも、たーちゃんは錬金釜の方もジゼルの方も見ていない。視線はとあるものに固定されている。どうやら錬金飴の材料に興味があるようだ。じいっと見てから、右に左にと首をひねり始めた。

「ねぇねぇジゼル。おさとうちがうのふたついれるの?」

「ううん、こっちは塩。けんざいとして使うんだ」

 量は小指のつめほどでいい。毎回買うのも面倒だろうと、親父さんが料理用の塩を分けてくれる。つぶの大きさもちょうどよく、気に入っている。

「けんまざい……」

「研磨剤を使用してけずれた部分から魔力水を吸収させることで、素材の持つ効力を最大限に高められるんだけど……」

 ジゼルなりにかみくだいて説明しているつもりなのだが、たーちゃんの頭の上に大量のはてなマークが見える。難しかったようだ。

「えっと、たーちゃんは宿の裏の、せんたくものを干すところの下辺りに小さな穴ぼこがあるの知ってる?」

「しってる!」

「じゃあ雨が降るとそこに雨水が溜まるの、見たことある?」

「うん。あしいれるとねぇ、びじゃっとする」

「薬草にも似たような穴を作って、魔力の水が溜まるようにするんだ。そうすると薬草が元気をもらって、いつもよりがんるぞ~ってなるの」

「おお~。けんまざいすごいねぇ」

 たーちゃんは小さな手をパチパチとたたく。納得してもらえてよかった。薬草などのメインとなる材料をすりばちに入れながらたーちゃんをでる。ある程度すりつぶし終わったら塩を入れる。砂糖は最後に軽く混ぜる程度でいい。

「いまつくってるのはあかいの? たーちゃんあかいのすきぃ」

「これはみどりのだよ」

「すうっとするやつ?」

「そうそう。すうっとするのはミントの味が強く出てるからで、ミントの他にも四種類のハーブが入ってるんだよ」

「いっぱいだねぇ」

「他の二種類もそうだけど、ベース部分の味が独特だからそのままだと食べづらくて。薬の味が強く残らないように組み合わせにも気をつかってるんだ。たーちゃんの好きな赤いのにはベリーを数種類、青いのにはかんきつとハーブを入れてるんだよ」

 祖母も味にはかなり気を遣っていたが、ジゼルはさらにアレンジを加えた。親父さんと女将おかみさんの反応を見つつ、改良に改良を重ねたのである。効果も大事だが、どうせ食べるなら美味しいと思ってほしかった。

「そっかぁ。だからおいしいんだね」

 ウンウンと首を縦にる。美味しさのけつを知ったたーちゃんだが、錬金飴への興味はまだまだきないようだ。すり鉢をじいっと見つめている。

 なんだかくすぐったい。ジゼルも幼い頃、よく祖母の調合を見ていたものだ。あの時の祖母も似たような気持ちだったのだろうか。

「材料を全部混ぜたら、これらを錬金釜に投入します。材料を全部入れたらりよくを込めながら木べらでかき混ぜていくんだよ」

 当時、祖母が説明してくれたように、ジゼルもたーちゃんに錬金飴の作り方を説明していく。といっても後は様子を見ながらかき混ぜるだけなのだが。

「たーちゃんのでばんだ!」

「出番?」

 なぜかたーちゃんは目を輝かせる。出番とは一体何のことか。はて、と首を捻る。するとたーちゃんはジゼルの動きに合わせて、不思議な声かけとダンスを始めた。

「ぽんぽこぽんぽこ。あめちゃんげんきにそだってね~」

 初めの忠告もしっかり聞いていたらしく、錬金釜との距離はしっかりと保たれている。

「ぽんぽこぽんぽこ。あめちゃんおいしくなってね~」

 どうやら錬金飴をおうえんしているらしい。なるほど。これがたーちゃん流のお手伝いということか。られてジゼルも釜の中の錬金飴に声をかける。

「美味しくなってね~」

「ぽんぽこぽんぽこ。いっぱいいっぱいできますように~」

「いっぱいできますように~。ってあれ?」

 錬金釜をかき混ぜていると、昨日よりもたくさんの飴がいてくる。穴あきお玉ですくってもどんどんき出てくる。

 全て掬い上げてから数えてみると、昨日よりも二十個近く増えている。それに形は綺麗なものばかり。歪なものはザッと数えられる程度しかない。他の錬金釜で生産した分も同じだ。もしやたーちゃんの応援パワー?

「たーちゃんってすごいね!」

「うん。たーちゃんはすごい。すごい、おなかへったぁ……」

 ぽてっとおしりを付き、お腹をさすり始める。おどつかれてしまったようだ。すでに出来上がっている錬金飴をいくつかあげると一つを残して籠に隠してしまう。そして残りの一個は器用に包み紙をがしてからほおった。

 たーちゃんはすっかりこの籠が気に入ったようだ。瓶に入りきらなかったものやぞろい品を入れていただけとはいえ、なければないで不便だ。代わりの籠は次の買い出しの時にでもこうにゆうしておこう。

「おいひい」

「それはよかった」

 何度かお手伝いをしてもらって分かったのだが、たーちゃんは一回の調合が終わるごとに錬金飴を一個ずつ食べるようだ。いっぱい渡しても一気に食べるようなことはしない。

 出会った時こそ籠の中身を食べ尽くす勢いだったが、これからはいつでも食べられるからだろう。さすがに欲しがった分だけあげることはできない。だがそれはたーちゃんのお腹が大変なことにならないようにするため。もう急いで食べる必要はないのだ。

 今日は六個。それに加えて、おやさんがたーちゃんのベッドと一緒に持ってきてくれた果物と野菜の盛り合わせをペロリと完食。

 ふくれたお腹を軽く叩きながら早々にふかふかベッドでねむり始めた。可愛らしく、適応力の高い精霊だ。むにゃむにゃと幸せそうに眠るたーちゃんに和みながら、手紙への返事と案内をしたためるのだった。


○ ○ ○


 たーちゃんがお手伝いしてくれるようになってから早二週間。今日も今日とてジゼルのもとには大量のらいが届いていた。

 今まで、注文分の発送の度に明確な値段と個数、商品の種類を記した案内も一緒に入れてきたからだろう。新たに届いた手紙の多くには『紹介してもらった』との文字があった。そして欲しい錬金飴の種類、はらい方法に配達方法までさいされていた。

 品物の値段が高いからか、客層の問題か、はたまたよほど危機にひんしているからか。金額よりも大きい数字が記された小切手がどうふうされていることが多い。宿屋でのはんばいの場合は、小切手の代わりに金貨がたっぷりと入ったかわぶくろごと渡されることも。

 名の知れた相手ばかりなので、はらいのままげられることは想像していなかったが、まさかここまで気前がいいとは思わなかった。

「多めに作っておいてよかった……」

 対面での依頼も増えたため、二日に一度はジゼルが宿屋のカウンターに立つことにした。

 女将さんは気にしなくてもいいと言ってくれたが、たーちゃんが手伝ってくれるようになってから一回ごとの生産個数が増えていた。しかも日々増えている。たーちゃんが要求する錬金飴の量も増えたが。

 ドラゴンさんの分の錬金飴を引き取りにきたドランいわく「精霊としてのレベルが上がったからじゃないか?」とのこと。レベルと言われてもピンと来ない。たーちゃん自身もよく分かっていないようだ。

 そんなたーちゃんだが、ジゼルがカウンターにいる間は宿屋の看板タヌキとして働いている。日々やってくるお客さん達をやしているのである。とてもよく働いてくれるもので、錬金飴の二個や三個くらい可愛いものだ。

「ジゼル~、あめぇ」

「どれがいい?」

「あか」

「かっ、かわいい」

「もっふもふ」

「たーちゃん。はい、どうぞ」

「ありがとぉ~ジゼル」

うれしそう……」

おれたちにもそのあめ売ってくれ」

 たーちゃんは自分の可愛さをよく理解している。親父さんが作ってくれたクッションの上でポスンとねてみたり、お客さんが来たタイミングであまえてみたり。げんがいい時は常連さん限定でもふらせてあげることもある。

 たーちゃんのお気に入りはサンドイッチさん。大好きな常連さんである。この前なんて自分の錬金飴をおすそけしていたほど。そしてちゃっかりサンドイッチを少し分けてもらっていた。そんな一人と一匹に、他のお客さんたちうらやましそうな視線を向けていた。

「一個銅貨五枚で、赤が肩こりかん、青がようつうかん、緑がろう回復となります。薬飴になりますので、一日一個まででお願いします」

「薬飴なのね。とりあえず青い包み紙の飴を一個もらおうかしら」

「肩こり! 肩こりに効くのを三個」

「肩こりとようつうを二個ずつ!」

「俺はどうしようかな。味に違いってあるのか?」

 迷っているお客さんにアピールするのはたーちゃんの役目だ。すかさず錬金飴の入った籠の前に移動する。

「あかがね~、いちごみたいでぇ、たーちゃんのいちばんのおきにいりなのぉ。でね、あおはちょっとすっぱあってなる」

「緑は?」

「すううっとする。ねるまえとかあさにたべるといいんだよ~」

 すっぱあとすううっとのところは動き付き。たーちゃんなりに分かりやすく伝える努力をしているのだ。

「じゃあ緑を四個もらおうかな」

「ありがとお」

「え、私もそれ欲しい」

 たーちゃんが来てから『オリーブの』での錬金飴の売り上げも倍増。いや、それ以上だ。一度手に取ってもらえれば効果が伝わるので、リピーターにもなってもらえる。

 実際、常連客のほとんどである冒険者は宿しゆくはくの度にいくつか買っていってくれる。そこそこの値段はするのだが、王都をきよてんに活動しているだけあり眉をひそめることなく、ポンッとお支払いしてくれる。

 ちなみに宿屋はんばいぶんの一番人気は疲労回復効果のある錬金飴。冒険者からあつとうてきな人気をほこっている。また冒険者の間で錬金飴とたーちゃんのうわさがじわじわと広がっているらしく、宿しゆくはくきやくも増えた。

 夕方過ぎに女将さんとバトンタッチ。早めの夕食を食べたら、たーちゃんと一緒に錬金飴作りを始める。出来上がった分はとりあえず種類ごとに大きなびんに入れておき、翌朝、包んで瓶にめるのである。

 商業ギルド『満月の湖』からの依頼も正式に決まった。先日『満月の湖』の職員がステファニーからの手紙を預かってきてくれたのだ。

 かのじよが特に気に入ったのは疲労回復効果のある錬金飴。感想の熱量と分量は他の二種類へのコメントの倍以上あった。

 手紙には、以前話していたこきやくに配布する用の他に、職員に配るための錬金飴も売ってほしいと書かれていた。

 後者を優先して、初回は疲労回復効果のある飴が十瓶。他の二種類は二瓶ずつ。消費量に応じて増減はあるものの、宿屋ギルドと同様に定期的に依頼したい。また配布用は急ぎではなくぶんかつ納品で構わないが、可能であれば注文数を二百に増やしたい。通常はんばいと違うデザインの瓶についても検討してほしいと。

 ステファニーの見た目から得られる印象とは異なり、力強いひつせきで書かれていた。それだけ気に入ってくれたと思うと悪い気はしない。

 お金も持ってきてくれたので、初回分と手紙の返事をその場でわたすとすぐにお礼の手紙が届いた。

 後日、ステファニーがデザイナーを連れて瓶の相談に来るそう。といっても一ヶ月以上も先の話だが。ジゼルの都合をはいりよしてくれたのだ。その間にある程度ストックを作っておこうと思っている。

 錬金飴を包んでいると、カウンターの方から女将さんの声がした。

「ジゼル~。疲労回復の錬金飴ってまだ残ってるかい? 単個売りのがもうすぐなくなりそうだから、余裕があれば多めに回してほしいんだけど」

「ありますよ。今、持っていきますね!」

「ジゼルのあめ、みんなだいすきだねぇ」

「ありがたい話だよね」

 たーちゃんをかかえながら追加の錬金飴を入れた籠を持って、カウンターへと向かう。

 何年も勤めたギルドをクビになったばかりとは思えないほどにいそがしい。多めに買っていた材料もそろそろじゆうぶんを買いに行かなければならない。本当にありがたい話である。