「いいのか?」
コクリと
美味しくなるように改良はしたが、香りまではあまり意識していない。ドラゴンの鼻は人間よりもウンといいのかもしれない。
ジゼルもいくつか手に取って包み紙を外すのを手伝う。ドランはドラゴンさんの口に錬金飴を運びながらも
「分かった。だがこいつに害はないんだろうな」
「見た目はどうあれ、本質は精霊だ。悪意ある者にはそれなりの対応をするが、こやつはすっかり
「ジゼル、やさしいからだいすき。あめもおいしい」
「確かにこれは美味だな。おい、精霊。娘と契約し、飴作りを手伝うのだ」
「おてつだい?」
こてんと首を
精霊は魔素を食べる。それ以外の飲食は必要としない、というのが一般的な常識。だが必要としないことと食べたいという欲求は必ずしも
「手伝えばたくさん食えるぞ」
「ほんとに!? する!」
「本人を置いて話を進めるなよ。なぁジゼル」
「そうだね。女将さんと親父さんの許可を取らないと……」
精霊とはいえ、見た目はタヌキそのもの。悪さはしなくとも、宿屋に置いておけないとなれば勝手に世話をするわけにもいかない。
「ジゼル、
「ジゼル、けーやく! けーやくしよ!」
「ちょっと待っててね」
なるべく頑張って
「なんだ、犬でも拾ったのか?」
「親父さん!? どうしてここに?」
「急ぎの手紙が見つかったから出しに来たんだ。そうしたらジゼルがドランと奥に入ったっきり出てこない。きっと
親父さんは犬好きらしい。犬種は? 大きさは? としきりに確認してくる。犬小屋も自作する気満々な親父さんに、少しだけ申し訳なさが
「犬じゃなくて、タヌキの精霊なんです」
タヌキの入った
「確かにこれは犬じゃないな。
「正確にはタヌキの姿をした精霊であって、タヌキではないぞ」
「それはどう違うんだ?」
「食事を必要とせず、
ドラゴンさんの返答に、親父さんはなるほどなと頷く。
「ぬいぐるみみたいだな」
「ぼく、いいこだよ」
「しゃべった!」
「まぁ話して動くぬいぐるみみたいなものだ。こやつを娘と契約させようと思ってる」
親父さんはまだ
ずいずいっと顔を寄せ「娘側にもメリットはある。錬金術を
「この契約は『精霊が人間を手伝い、対価をもらう約束』のことで、タヌキとジゼルの場合は錬金飴作りを手伝う代わりに、錬金飴をもらう約束をするって感じです」
「おてつだいするよ~」
「なるほどな。ちゃんといい子にできるならいいと思うぞ」
「いいこ! いいこにするよ!」
前向きな返事がもらえたことで、タヌキはぱああっと表情を
「でも契約ってどうするの?」
「ぼくもしらない」
今まで精霊と契約する機会などなかった。出会うことすら難しい存在とされていたのだ。契約できることは知っていても、
普通ならここで行き
「名前を付け、
気軽に来ていいとは、懐の広いドラゴンだ。ドラゴンとは気高き生き物である。彼らからすれば、人間なんて軽く
やはりドランとの仲が大きなプラスとなっているのだろう。ドランにも後で個人的にお礼をしなければ、と頭のメモに書き
だが今は名付けが先だ。タヌキは
「名前か……。うーん、たーちゃんってどうかな?」
「覚えやすくていいな」
「安直すぎないか?」
ハハハと笑う親父さんと少し
「たーちゃん! ぼく、たーちゃん!」
当のタヌキ、改め、たーちゃんは名前が気に入ったようだ。再び籠の中でジャンプを始める。
「本人が気に入っているのだからいいのではないか? おい、たーちゃんよ。我のおかげで契約できたことを忘れるでないぞ」
「おすそわけ?」
「そうだ」
こてんと首を傾げるたーちゃんに、ドラゴンさんは満足そうに頷く。すでにドラゴンさんへの
「そうだ、じゃない。ジゼル、ちゃんとお金
「え、でも元々は女将さんと親父さんにプレゼントしていたものだし……」
「女将さん達とこいつとじゃ消費量がまるで
「うむ。ドラゴンたる我に一日一個などという制限は不要だ」
「好意に甘えてたら確実にジゼルが破産する。お願いだから払わせてくれ」
「でもあんまり安くなくて……」
言いづらいが、そこそこの値段がする。一日一個ならまだ高めの嗜好品として割り切れなくもないと思うが、何個も食べればその分お値段は
「いつも言ってるけど、俺はジゼルが思っている以上に
後半になるにつれて勢いと熱意が増し、グッと
「でも……」
「それで、いくらなんだ?」
「……瓶に十個入って銀貨五枚」
「なんだ、そんなものか。坊よ、次の
「ジゼルが困らないほどに、な。それから瓶はいいや。もらいに行く時、これより少し大きめの籠を持っていくから、それに入れてくれ」
たーちゃんが入っている籠よりも大きいサイズの籠に入れるとなると、かなりの量になる。瓶なしにしてもらって、その分値引きするくらいがお互いにちょうどいい落としどころなのかもしれない。
「分かった。じゃあ瓶の分、安くしておくね」
「それは助かる」
「これで
「うむ。問題ないぞ」
「じゃあジゼル、たーちゃん。帰ろうか。それからドラン、フルーツティーってやつを作ったから仕事が終わったら飲みに来るといい」
「ご
たーちゃんを籠ごと受け取り、二人と一
急いで出てきたため、ろくな説明もしていなかった。親父さんが心配で
「ジゼル? どうしたのぉ?」
「ううん、なんでもないよ。帰ったら女将さんに
「おかみさん、しってる!」
「え、知ってるの?」
「ずっとみてた。おやじさんとなかよしで、ジゼルにやさしくしてくれるひと」
見てた、か。きっと今日は姿を見せるようにしていただけで、今までは
帰ってからすぐに女将さんのもとへ足を運び、たーちゃんを
「この子なら前からうちにいるわよ」
「え」
「そうなのか!?」
女将さんの言葉に、ジゼルと親父さんは目を丸くする。顔は全く似ていないのに、表情はよく似ている。女将さんはそれがおかしかったのか、ふふっと小さく笑いを
「たまに外でお腹出して
「初耳です……」
ボスとはこの辺り一帯で暮らす動物のトップに立つ
ちなみにボスはジゼルが王都に来るよりもずっと前からおり、もう五十年は生きているのでは? と話す人もいる。知らない間に似たような猫がボスに成り代わっているのだろうと思っていたが、もしかしたらボスもまた精霊なのかもしれない。
「中で寝るならベッドが必要だよね」
「俺が昼休憩の時に作っておく」
「いいんですか?」
「ああ。その籠にフィットするようにでいいか?」
「うん。たーちゃん、べっどはじめて。たのしみ~」
「そうかそうか」
犬好きの親父さんはすっかりたーちゃんを気に入ったようだ。よしよしと頭を
「じゃあ、私も働かないと!」
「たーちゃんもがんばる!」
「そうだ。ジゼル、手紙が届いてるよ」
「ありがとうございます」
手紙を受け取り、部屋に戻る。そして手紙の内容を確認してから、いつものように錬金飴の材料と道具の準備をする。錬金釜を釜置きにセットし、魔力水を沸騰させる。
「たーちゃん。今から火を使うから、あんまり錬金釜の近くに寄りすぎないでね?」
「わかったぁ」
返事をしながらも、たーちゃんは錬金釜の方もジゼルの方も見ていない。視線はとあるものに固定されている。どうやら錬金飴の材料に興味があるようだ。じいっと見てから、右に左にと首を
「ねぇねぇジゼル。おさとうちがうのふたついれるの?」
「ううん、こっちは塩。
量は小指の
「けんまざい……」
「研磨剤を使用して
ジゼルなりにかみ
「えっと、たーちゃんは宿の裏の、
「しってる!」
「じゃあ雨が降るとそこに雨水が溜まるの、見たことある?」
「うん。あしいれるとねぇ、びじゃっとする」
「薬草にも似たような穴を作って、魔力の水が溜まるようにするんだ。そうすると薬草が元気をもらって、いつもより
「おお~。けんまざいすごいねぇ」
たーちゃんは小さな手をパチパチと
「いまつくってるのはあかいの? たーちゃんあかいのすきぃ」
「これはみどりのだよ」
「すうっとするやつ?」
「そうそう。すうっとするのはミントの味が強く出てるからで、ミントの他にも四種類のハーブが入ってるんだよ」
「いっぱいだねぇ」
「他の二種類もそうだけど、ベース部分の味が独特だからそのままだと食べづらくて。薬の味が強く残らないように組み合わせにも気を
祖母も味にはかなり気を遣っていたが、ジゼルはさらにアレンジを加えた。親父さんと
「そっかぁ。だからおいしいんだね」
ウンウンと首を縦に
なんだかくすぐったい。ジゼルも幼い頃、よく祖母の調合を見ていたものだ。あの時の祖母も似たような気持ちだったのだろうか。
「材料を全部混ぜたら、これらを錬金釜に投入します。材料を全部入れたら
当時、祖母が説明してくれたように、ジゼルもたーちゃんに錬金飴の作り方を説明していく。といっても後は様子を見ながらかき混ぜるだけなのだが。
「たーちゃんのでばんだ!」
「出番?」
なぜかたーちゃんは目を輝かせる。出番とは一体何のことか。はて、と首を捻る。するとたーちゃんはジゼルの動きに合わせて、不思議な声かけとダンスを始めた。
「ぽんぽこぽんぽこ。あめちゃんげんきにそだってね~」
初めの忠告もしっかり聞いていたらしく、錬金釜との距離はしっかりと保たれている。
「ぽんぽこぽんぽこ。あめちゃんおいしくなってね~」
どうやら錬金飴を
「美味しくなってね~」
「ぽんぽこぽんぽこ。いっぱいいっぱいできますように~」
「いっぱいできますように~。ってあれ?」
錬金釜をかき混ぜていると、昨日よりもたくさんの飴が
全て掬い上げてから数えてみると、昨日よりも二十個近く増えている。それに形は綺麗なものばかり。歪なものはザッと数えられる程度しかない。他の錬金釜で生産した分も同じだ。もしやたーちゃんの応援パワー?
「たーちゃんってすごいね!」
「うん。たーちゃんはすごい。すごい、おなかへったぁ……」
ぽてっとお
たーちゃんはすっかりこの籠が気に入ったようだ。瓶に入りきらなかったものや
「おいひい」
「それはよかった」
何度かお手伝いをしてもらって分かったのだが、たーちゃんは一回の調合が終わるごとに錬金飴を一個ずつ食べるようだ。いっぱい渡しても一気に食べるようなことはしない。
出会った時こそ籠の中身を食べ尽くす勢いだったが、これからはいつでも食べられるからだろう。さすがに欲しがった分だけあげることはできない。だがそれはたーちゃんのお腹が大変なことにならないようにするため。もう急いで食べる必要はないのだ。
今日は六個。それに加えて、
○ ○ ○
たーちゃんがお手伝いしてくれるようになってから早二週間。今日も今日とてジゼルのもとには大量の
今まで、注文分の発送の度に明確な値段と個数、商品の種類を記した案内も一緒に入れてきたからだろう。新たに届いた手紙の多くには『紹介してもらった』との文字があった。そして欲しい錬金飴の種類、
品物の値段が高いからか、客層の問題か、はたまたよほど危機に
名の知れた相手ばかりなので、
「多めに作っておいてよかった……」
対面での依頼も増えたため、二日に一度はジゼルが宿屋のカウンターに立つことにした。
女将さんは気にしなくてもいいと言ってくれたが、たーちゃんが手伝ってくれるようになってから一回ごとの生産個数が増えていた。しかも日々増えている。たーちゃんが要求する錬金飴の量も増えたが。
ドラゴンさんの分の錬金飴を引き取りにきたドラン
そんなたーちゃんだが、ジゼルがカウンターにいる間は宿屋の看板タヌキとして働いている。日々やってくるお客さん達を
「ジゼル~、あめぇ」
「どれがいい?」
「あか」
「かっ、かわいい」
「もっふもふ」
「たーちゃん。はい、どうぞ」
「ありがとぉ~ジゼル」
「
「
たーちゃんは自分の可愛さをよく理解している。親父さんが作ってくれたクッションの上でポスンと
たーちゃんのお気に入りはサンドイッチさん。大好きな常連さんである。この前なんて自分の錬金飴をお
「一個銅貨五枚で、赤が肩こり
「薬飴なのね。とりあえず青い包み紙の飴を一個もらおうかしら」
「肩こり! 肩こりに効くのを三個」
「肩こりと
「俺はどうしようかな。味に違いってあるのか?」
迷っているお客さんにアピールするのはたーちゃんの役目だ。すかさず錬金飴の入った籠の前に移動する。
「あかがね~、いちごみたいでぇ、たーちゃんのいちばんのおきにいりなのぉ。でね、あおはちょっとすっぱあってなる」
「緑は?」
「すううっとする。ねるまえとかあさにたべるといいんだよ~」
すっぱあとすううっとのところは動き付き。たーちゃんなりに分かりやすく伝える努力をしているのだ。
「じゃあ緑を四個もらおうかな」
「ありがとお」
「え、私もそれ欲しい」
たーちゃんが来てから『オリーブの
実際、常連客のほとんどである冒険者は
ちなみに宿屋
夕方過ぎに女将さんとバトンタッチ。早めの夕食を食べたら、たーちゃんと一緒に錬金飴作りを始める。出来上がった分はとりあえず種類ごとに大きな
商業ギルド『満月の湖』からの依頼も正式に決まった。先日『満月の湖』の職員がステファニーからの手紙を預かってきてくれたのだ。
手紙には、以前話していた
後者を優先して、初回は疲労回復効果のある飴が十瓶。他の二種類は二瓶ずつ。消費量に応じて増減はあるものの、宿屋ギルドと同様に定期的に依頼したい。また配布用は急ぎではなく
ステファニーの見た目から得られる印象とは異なり、力強い
お金も持ってきてくれたので、初回分と手紙の返事をその場で
後日、ステファニーがデザイナーを連れて瓶の相談に来るそう。といっても一ヶ月以上も先の話だが。ジゼルの都合を
錬金飴を包んでいると、カウンターの方から女将さんの声がした。
「ジゼル~。疲労回復の錬金飴ってまだ残ってるかい? 単個売りのがもうすぐなくなりそうだから、余裕があれば多めに回してほしいんだけど」
「ありますよ。今、持っていきますね!」
「ジゼルのあめ、みんなだいすきだねぇ」
「ありがたい話だよね」
たーちゃんを
何年も勤めたギルドをクビになったばかりとは思えないほどに