二章
「これ、今日の分です。足りなくなったら声をかけてもらえれば持ってきますので」
「あいよ~」
今日は二日ぶりに
まだお返事が来ていないお客さんの名前と希望数を書いたリストを
だが『満月の湖』のギルドマスターであるステファニーにも錬金飴を気に入ってもらえれば、大口依頼が入ることになる。それまでにある程度はストックを作っておきたい。やることがたくさんあって忙しいが、
宿裏の
カセットタイプの釜置きは、安価かつ場所を取らない。
新しいモデルが出たとかで、半額以下で売っていた。しかも二つまとめて買うと
火魔石は
火魔法が使える人がいる家庭や店でも、魔法ではなく魔石を使うことがほとんどだ。火魔法に限った話ではないが、魔石なら
ジゼルの実家のように古い
心が揺れるジゼルの背中を『売れたら終わり』の言葉が力強く押した。少し前に温かくなった
作業台は釜置きを三つ並べるだけでいっぱいいっぱい。見かねた女将さんが古くなった机を二つ
ちなみに作業場を別に用意する、という話は遠慮させてもらった。さすがにそこまでしてもらうのは申し訳ない。
それに作業場のような部屋になってきたが、ジゼルは気に入っていた。幼少期から薬の香りに包まれて育ったため、むしろ安心するのだ。
釜置きにそれぞれ錬金釜をセットし、その全てに魔力水を満たしていく。
魔力水とは魔法で出した水のことで、錬金術では必ずこの水を使用する。錬金術を使う上で魔力水との親和性が非常に重要になってくるため、自分の魔法で出すのが
ちなみにジゼルは自分の魔法で用意する派である。といっても
「こういうところもダメだったのかなぁ」
ギルドにいた
それに、前準備をしっかりと行わなければその後の作業効率に関わる。
錬金釜の八分目まで魔力水を注ぎ終わったら、火にかけて魔力水が
その間に錬金飴の材料を用意。沸騰した水の中にドボドボと入れて、ぐるぐるとかき混ぜる。浮いてきた飴は引き上げて種類ごとにバットの上で乾かす。
いくつか
せっせと錬金釜をかき混ぜ、たまに
「ごちそうさまでした。はぁ、
「全部食べきったか。昼間も結構食べてたからな、少し多めに用意してよかった」
「最近、私の好物ばかりなのでつい食べすぎちゃうんですよ。太ったらどうしよう……」
「ジゼルは多分、自分で思っている以上に動いているぞ。それに栄養不足でぶっ
「そうですね! 明日もモリモリ食べます!」
ジゼルを
「それがいい。この後もまだやるのか?」
「はい。残りの分を包んで瓶詰めしちゃおうと思って」
宿屋ギルドに納品する予定の
今日一日でかなりの量の錬金飴を作った。販売用の瓶はまだいくつか残っているが、足りなければ明日は瓶をメインに生産していくつもりだ。『オリーブの樹』での販売にもいくつか回して……。今回も形が
やることを
「どうかしました?」
「明日はフルーツティーってやつを作ってやろう」
「あのオシャレなカフェで出てくるって
以前、ドランから教えてもらったことがある。今度一緒に飲みに行こうと約束までしたのだが、約束していた日に急な依頼が入って流れてしまった。
その後はなかなか時間が合わず、ようやく時間の調整がついたと思ったらお店が休みだったり、
まさか飲める日が来るとは! お
「前、飲んでみたいって言ってただろ? 結構簡単に作れるんだと。入れてほしいフルーツはあるか?」
「オレンジ! オレンジがいいです」
フルーツと聞いて真っ先に頭に浮かんだのは、ジゼルの一番好きなフルーツだった。思わず高い声が出てしまった。
「分かった、オレンジな。楽しみにしてるといい。ドランにも声をかけてみるか」
ドランと約束していたことまで覚えていてくれたなんて……。嬉しすぎる。少し前のジゼルなら確実に
「親父さん大好き!」
「おう」
親父さんにブンブンと手を振ってから、乾かしていた錬金飴と共に自室に
包み終わったものを種類ごとに分けて瓶に入れる。入りきらなかった分と歪なものは布で仕切りを作った籠に入れ、眠りについたのだった。
窓から
「う~まぁ~」
その後は瓶の量産。『満月の湖』からの依頼が正式に決定すれば、別のデザインに取りかかるから、こちらは多めに作っておくべきか。ぼんやりとする頭で今日やることを整理していく。
「へへっ」
あ、でも錬金飴自体もまだまだ足りていない。瓶ばかりあまり作りすぎても置き場所に困ってしまう。どうしたものかとウンウンと考える。なかなかまとまらないのは、先ほどから何か変な声が聞こえてくるから。
「いちばんわぁ、あ~か~」
宿屋『オリーブの樹』に住まわせてもらうようになってから約十年。いびきや
だが声の主らしき人物はいない。そう、人はいなかった。代わりに籠の中に大きな固まりがあった。瓶に入りきらなかった分の錬金飴を入れた籠だ。固まりは籠に比べて大きく、かなりはみ出している。
寝る前にはこんなものなかった。おずおずと近寄れば、固まりもとい毛玉が小さく動き始める。
「あ~お~もおいしいよお~」
間違いない。この毛玉が
ドラゴンや上位
籠から
夢だと思ったのである。
「……まだいた」
謎の生物から目を
お客さんがチェックアウトする前に試食分だけでも女将さんに
そもそもこの生物をどこに退ければいいのか。今のところ害はなさそうに見えるが、外に逃がして他の店で
人と同じ言語を話すことと、意思
「あ、人がダメでもドラゴンなら……」
ふと頭に浮かんだのはドランの相棒である。実際に会ったことはないが、ドラゴンは人の言語に限らず、大陸に存在する生物が使う言語全てを理解していると言われている。豊富な知識を持つことから、謎生物の正体も知っているかもしれない。
行動するなら人の往来が少ない今の時間がチャンスだ。手近な布をかけ、籠を両手で
「配達ギルドに行ってきます」
「気をつけてね」
足早に宿屋を出て、配達ギルドへと向かう。急いでいるはずなのに、いつもよりも時間がかかっている気がする。
カウンターに
「そんなに重いのか? 言ってくれれば引き取りにいったのに」
「ううん。これは荷物じゃないの。なんか、よく分からない生き物で」
「よく分からない生き物?」
「起きたら部屋にいたの。今はまだ寝てるんだけど、何か分からないからむやみに追い出すわけにもいかなくて。それでドラゴンさんに見てほしくて!」
混乱でつい早口になってしまう。ドランはそんなジゼルの
「とりあえずそれは
「あ、いきなり来てごめん。仕事中なのに」
「一番に
「うん」
朝から大きな籠を抱えているからか、配達ギルドの人達からは
龍舎に着くと、ドランは自分の身体ほどの大きな
「仕事か?」
「いや、違う」
「ならなんだ……ってああ、ついに
「違う! この籠の中にいる生物の正体が知りたい」
「籠?」
ドランは籠にかかった布を取る。すると中で寝ていたはずの毛玉がフルフルと
「ぼく、おいしくないよぉ」
だがタヌキが人の言葉を話すなど聞いたこともない。ましてや美味しくないと言いながら、ランプに化けるタヌキなんて。
しかもジゼルが錬金ギルドに
改めて、この生物は何なのかと考えてしまう。
「我はグルメなのだ。精霊など食わん」
「こいつ、精霊なのか? 今はランプに化けてるけど、さっきの姿はどうみてもタヌキだった」
「人型の精霊もいるが、獣のような精霊もいる。後者は
「そういうものなのか」
「そういうものだ。だが……」
なんてことなく言い切ったドラゴンさんだが、分からないこともあるらしい。ずいっと顔を寄せ、タヌキの身体をスンスンと
「こんな美味そうな
「た、たべないでぇえええ」
「おぬし、一体何を食った」
「ジゼルのあめ」
「ジゼルのあめ?」
「いつもはとれないけど、きのうはねぇ~たくさんとれたの! おじちゃんにもおすそわけ。どうぞ~」
そう言いながら、タヌキが差し出したのは錬金飴だった。錬金飴を取る際に見えたのだが、昨晩よりも明らかに減っている。
いつもは取れない、ということは少なくともタヌキがジゼルの部屋にやってきたのは今日が初めてではない。一体いつから出入りしていたのだろうか。
「足りんわ」
「これぜんぶあげる。あげるからたべないでぇ~」
タヌキはあわあわとしながら両手にたくさん抱える。けれどすぐに落として、また拾ってを繰り返す。
本人としては必死なのだろうが、なんだか
「うむ。
「勝手に渡すな、もらおうとするな。これはジゼルのだ。タヌキの所有物じゃない」
「ええ!? じゃあぼく、たべられちゃう?」
「いいよ、ドラン。朝押しかけちゃったお