「でも数によっては商業ギルドのはんばいけんに引っかかるかもしれないので、確認してからお返事した方がいいかもしれません」

 まさか三十近い依頼が来ているとは思わなかったが、錬金飴も包み紙もキャンディボトルも生産自体は難しいものではない。一回でたくさん作れる。なにより今のジゼルはひまだった。

 それよりも気になるのは、ここまでの数となると『お裾分け』ではなく『販売』と見なされてしまうのではないかということ。

 この大陸で商品の売買を行う場合、一部の例外を除き、商業ギルドを通さなければならないという決まりがある。『例年よりもおおはばに野菜が採れてしまったため、となりむらに売りに行った』や『いんでのバザー』などが例外に当たる。

 生産時に予想ができなかったこと・売り上げが公共のものとなる場合・知り合い同士などの小規模で行われた取り引きであることがポイントになってくる。

 今回は三つ目のケースにふくまれるかどうか。規則があることは知っているが、詳しい数字まではあくしていない。一度、商業ギルドに行って登録案内書をもらってきた方が安心だ。商業ギルドに通すのであれば、どのプランへの入会が一番お得か確認しておきたい。

「それなら宿の商品として登録すればいい。うちの規模ならまだわくが余ってるからさ」

「いいんですか?」

 全ての宿は宿屋ギルドに所属する義務があり、ギルドに入会費と年会費を納めている。

 入会するランクに応じて受けられる特典やめられる人数、宿屋でのアイテムはんばいすうが決められている。また立地によってもランクが分かれる。『オリーブの樹』はちょうど真ん中のCランク。置けるアイテムの数は十個まで。

 大体の宿はタオルや石けん、けいたいしよくと飲み水は固定。ぼうけんしやが多く利用する宿だと、これに加えて回復ポーションや治し、キズグスリを置いている。

 その土地の名産品やお土産みやげものを売っている宿もある。また乗合馬車サービスを行っていればここにカウントされる。枠は通常のアイテムよりも多めにカウントされるそうだが、地方だとわりといい収入になるのだとか。

 ちなみに『オリーブの樹』で販売しているアイテムはタオルと石けんのみ。近くに市場があるため、携帯食や飲み水の販売もしていない。だがその枠は女将さんと親父さんが宿屋ギルドに会費をはらって得たものだ。利用させてもらうのは少しだけ気が引けてしまう。

「こっちがお願いしたんだからこのくらい当然さ。しんせいも宿屋ギルドならすぐに通るはず。というよりもヴァネッサ婆は一日でも早くしいだろうから、えんりよしないでおくれ」

「そういうことなら、お言葉にあまえさせてもらいます」

「それから値段のことなんだけど、一瓶を十個入りとして、銀貨五枚で売るのはどうだい?」

「ぎ、銀貨五枚!?

 銀貨五枚といったらかなりの大金だ。王都の少し割高な宿でも朝食付きで二はくは泊まれる。少しとくしゆなアイテムとはいえ、飴十個に払う額ではない。いくら何でも強気すぎる。フルフルと首を横に振る。すると女将さんは小さく息をらした。

「やっぱり安すぎるか……。本当は飴一個で銀貨一枚取ってもいいと思っているんだけど、実際に食べたのはまだヴァネッサ婆だけだろう? だから初めはおためし価格ってことでちょっと安くしておいた方がいいと思うんだよ」

「高いくらいだと思います……」

「高くなんてないさ。これを作れるのはジゼルだけなんだから! 胸を張りな! ああ、そうそう。価格を伝える時にはしっかりと『お試し価格』って書いておくんだよ。後で値上げした時に文句を言われちゃめんどうだからね」

 強めに背中をたたかれ、コクコクとうなずく。

「えっと、じゃあ先にお手紙への返事を送りますね」

「それがいい。便せんと封筒は後で持っていくから」

「あ、ありがとうございます」

 今回だけの予定が、いつの間にか販売を続けていく話になっている気がする。女将さんの目には大量の銀貨が浮かんでいる。完全に商売モードだ。勢いづいた女将さんを止められる人はいない。親父さんもとなりで苦笑いをしていた。

 当面はお金と職に困らなくて済むと前向きに考えることにした。

「ジゼル、悪いな」

「いえいえ。そういえば親父さんの分の錬金飴、そろそろなくなる頃ですよね。追加で作っておきます」

「ありがとう。お礼に今日の夕食は期待しててくれ。美味うまいもんいっぱい作ってやるからな」

「やった!」

 ジゼルはほおゆるませながら、自室へと戻る。ギルドから持ち帰った荷物を置き、さつそく手紙を確認する。どれもすごい熱量だ。腰痛・肩こりがよほどつらいのだろう。

 ヴァネッサに話を聞いてわらにもすがる思いで手紙を書いている、と便せん三枚にわたって書かれているものもあった。ジゼルはまだ肩がることがあっても軽いものだが、朝起きてもズッシリとのしかかるような重さには覚えがある。

 それぞれの手紙を読み、希望された錬金飴の種類と個数をメモに記していく。明確な個数を書いていない人には瓶一つ分としてカウントしていく。それぞれの種類を三十瓶ずつ作れば安心だろう。

 疲労回復の錬金飴について書かれている手紙はなかったが、女将さんがヴァネッサに話したのは腰痛と肩こりかんの分だけ。値段と個数について記すついでに、種類ごとの効果を説明したものを作っておいた方がいいかもしれない。

 値段を聞いてやはりいらないと言われる可能性もあるが、女将さんのやる気からして余っても宿屋の販売商品としてカウンターに置いてくれそうだ。

 量が分かれば次は材料の買い出しだ。少し多めに買っておこう。買い物用バッグにさいを入れ、肩からげる。宿を出る前にカウンターに寄り、女将さんに声をかける。

「今から買い出しに行ってきます。何か必要なものはありますか?」

「ならパン屋に寄って明日の分の注文をしてきてくれるかい?」

「分かりました」

 女将さんはそう言って手元のメモに必要なパンと個数を記した。もう何年もお使いをしているため、パン屋側もメモを渡すだけで分かってくれるのだ。ちなみに代金は納品時に支払うことになっている。受け取ったメモをバッグのポケットに入れる。

 親父さんにも確認し、市場にり出す。真っ先に向かうのはみのパン屋である。ドアを開くとパン屋のおばさんが笑顔で迎え入れてくれた。

「いらっしゃい。明日の分の注文かい?」

「はい。これ、女将さんから預かってきたメモです」

 宿屋『オリーブの樹』の売りの一つに親父さんの料理がある。食事時になると、受付おくにある食事スペースからは美味しそうな香りがただよってくる。宿しゆくはくのみの予定だったお客さんも、親父さんの料理にられて食事付きにへんこうするほどだ。親父さんの料理目当てで常連になってくれたお客さんも多い。

 親父さんが作る料理はどれも美味しいのだが、パンだけは本職にはかなわないのだとか。必ずこのパン屋のものを使うと決まっている。

 ジゼルも王都に来てからすっかりこの店のパンのとりこになった。外は固く、中はふんわり。めば噛むほど小麦本来の味が口いっぱいに広がる。親父さんの料理とのあいしようばつぐんなのだ。

「明日は多いのね」

「サンドイッチのお客さんが宿泊されているので」

「ああ、いつもの。本当によく食べるもんだよね」

「このお店のパンは美味しくて、いくらでも食べられますから」

 サンドイッチのお客さんとは、朝夕だけでなく昼食用のお弁当も頼む常連冒険者のことだ。宿しゆくはく日数はまちまちだが、宿泊中とチェックアウト日は宿を出る際にバスケットいっぱいのサンドイッチを持っていく。

 毎回五人分のパンを使うのだが、バスケットの中にはパンくず一つ残らない。その上、夕食も残さずペロッと食べてしまう。その食べっぷりはいつ見ても気持ちがいい。お昼代は多すぎるほどもらっているので、宿としても嬉しいお客さんである。

「嬉しいこと言ってくれるわね~。じゃあいつもと同じ時間に持っていくわ」

「よろしくお願いします」

「そうそう。錬金ギルドに頼みたいことがあるんだけど、確か今は錬金ランプの仕事があるんだったよね? いつごろ落ち着くのかしら」

「えっと、すみません。私、今日ギルドをクビになっちゃって。詳しいスケジュールは分からないんですが、例年通りだと二十日後には落ち着いていると思います」

「クビ? 他のギルドに引きかれたとかじゃなくて?」

「私レベルでは引き抜きなんてされませんよ。錬金ギルド所属はもう難しいと思うのですが、当面は『オリーブの樹』に置いてもらえることになりまして。錬金術で作ったアイテムを売りながら暮らそうかなと」

 パン屋のおばさんは、ジゼルが錬金ギルドに所属してからたびたびらいをしてくれた。なのにこんな報告になってしまったことが少しだけ申し訳ない。

 頬をポリポリときながら今後の予定を軽く話す。とつぜんの報告にかのじよは目を丸くする。

「それって今後はギルドを通さずに魔法道具の生産依頼を受けてくれるってことかしら?」

「あ、いえ。錬金術で作った薬飴みたいなものを売ろうと思っていて」

「そう……じようすいの調子が悪いから新しいものをと思ったのだけど。ジゼルちゃんがいないなら、他の錬金ギルドに頼もうかしら」

「すみません」

「ジゼルちゃんに担当してもらえないのは残念だけど、あなたの仕事がていねいなことはよく知っているもの。新しく作るものがどんなものであっても誰かを幸せにするって信じているわ」

「おばさん……」

 優しい言葉をかけてもらい、涙で視界がらぐ。たくさんのパンをせた番重を持って奥から出てきたおじさんは、ジゼルの顔を見てギョッとする。

「次の分焼けたぞ~。って、ジゼルちゃん、どうした? 悲しいことでもあったか?」

「ジゼルちゃん、ギルドから追い出されたんですって」

「そりゃあ酷いな……。なんでそんなことに」

「理由なんてどうでもいいわ。あの男、初めて見た時から気にくわない顔してるなと思ってたのよ。うちに来たら塩いてやるんだから! あんなやつろくなもんじゃないって、あんたの酒飲み仲間にも言っておきな」

「そうだな。塩屋のおやっさんに大陸一かたい岩塩を頼んでおく。確か子供の頭くらいのサイズだったはずだ。ジゼルちゃんをいじめておいて市場をまともに歩けると思うなよ……」

「あ、あのお二人とも。私は大丈夫ですから。ショックではありますけど、私が初級アイテムしか作ってこなかったのは事実ですし、当面は生活に困ることはないので……」

 新しいギルドマスターはとても運動が得意なようには見えなかった。毎日のパン作りできたえ抜かれたパン屋のおじさんのわんりよくに大きな岩塩まで加われば、ギルドマスターが死んでしまう。

 実のところ、ジゼルも彼が得意ではなかった。だがやっつけたいほどうらんではいない。それにおじさんが言うとじようだんに聞こえないのだ。

 塩屋のおじいさんも一緒になって実行しそうでこわい。彼には王都に来たばかりの頃から親切にしてもらっており、人一倍情に厚い人だというのも知っている。店先を掃除するおじいさんに「いってきます」とあいさつしてから出勤するのがジゼルの日課だった。

 あふれかけていた涙をぬぐい、二人を止める。

「そうか? ジゼルちゃんがそう言うなら……」

 ジゼルのあわてようになんとかおもとどまってくれたようだ。なつとくはいっていないと顔に書いてあるが、ひとまず胸をで下ろす。

「新たなかどを祝ってオレンジのパウンドケーキを焼くだけに留めておくか」

「本当ですか!? 私、おじさんのオレンジパウンド大好きなんです!」

「うちに初めて顔見せた時に買ってたやつだもんな。明日の配達と一緒に届けてやる。おじさんからのプレゼントだ」

「ありがとうございます! あ、じゃあ私からはお返しに錬金飴をお渡ししますね」

「錬金飴?」

「はい! 三種類あるんですけど、その中に腰痛に効くものもあって」

 宿屋の女将さんと親父さん同様、二人も腰痛になやんでいるという話だった。以前からプレゼントする機会をうかがっていたのだが、なかなかチャンスがなく渡せずじまいだったのだ。

 渡すチャンスができたことと大好物が食べられることが重なり、ジゼルの声は自然と明るくなる。

「腰痛に? そんなすごいものがあるのかい?」

「効果がどれくらい出るかは個人差があるんですが、少し身体が軽くなるはずですよ」

「そりゃあ楽しみだ」

 ジゼルが両手をグッと固めると、二人の表情も明るくなった。ギルドマスターに岩塩を投げつけよう計画はこれで完全に流れたはずだ。


 夕方に備える二人に別れを告げ、店を出る。その後、薬屋と市場で錬金飴の材料となる薬草と果実を、何でも屋で瓶と包み紙の材料をこうにゆうし、宿屋に戻る。

 早速パン屋のおじさんとおばさん、宿屋の親父さんに渡す予定の腰痛に効く錬金飴を作り始める。

 作り方は簡単。材料を全てすりおろしてから錬金釜に入れ、魔法をかけながらかき混ぜるだけ。四半刻ほどで固まり始める。浮き上がったものを穴あきお玉ですくい、しばらくかわかしたら完成だ。

 いつも作る時よりも少し多めに材料を入れたので、五十個ほどできるはず。これを四回繰り返す。

 三人に渡すのはもちろん、手紙の返事にサンプルとして入れようと思ったのだ。腰痛に効く錬金飴を選んだのは一番依頼が多かったから。三人の分と一緒に作ってしまえるというのも大きい。

 乾かしている間に包み紙も作ってしまう。実はデザインはもう考えてある。といっても王家からの依頼ほど凝ったデザインではない。単純にちがいを防ぐためのものだ。

 今までも包み紙の色を変えてはいたが、色だけでは分かりづらいかもしれない。肩こりと腰痛に効くものを一つずつ希望する人もいたので、より見分けが付きやすいよう、がらを入れてみることにした。

 肩こり緩和が赤のストライプ。

 腰痛緩和が青の水玉。

 疲労回復が緑の葉っぱ。

 これなら効果が異なる錬金飴を同じ瓶に入れても取り間違えずに済む。包み紙を分ける代わりに、瓶はシンプルなデザインのキャンディポットを採用する。こちらはすぐに使う分以外、明日以降に作るつもりだ。

 包み紙はもちろん、瓶にも忘れずに『ジゼル』の名を刻む。錬金術師はみな、自分の作ったものに名前を刻む。たとえ低級回復ポーション一本だろうと、錬金術を習い始めてひと月と経っていなくても。

 錬金術を学ぶにあたって真っ先に教わるのはサインの重要性である。自分の作品であると証明するという役割もあるが、生産者に責任感を持たせるためでもある。

 これにより品質ぞうが防げると同時に、錬金術師個人へのしんらいが築ける。こうにゆうきやくと生産者のどちらにも利益がある取り組みなのだ。

 今回は包み紙のデザインに合うよう、錬金ギルドに所属していた頃とは少しだけ字体を変えてみた。これからはこのサインがジゼルの証になるのだ。そう思うと少しだけ頬が緩んだ。

「ふ~んふ~んふ~ん」

 小さくカットした包み紙の真ん中に錬金飴を置き、包み込むように丸めてりようはししばる。その際、形が悪いものははじく。錬金術を使っているとはいえ、あくまでも手作り。どうしても形がいびつなものや大きさが異なるものも出てきてしまうのだ。

 女将さんと親父さんは気にしなくていいと言ってくれていたが、売り物にするからにはそうはいかない。弾いた分は後日、自分で食べよう。ひとまず手近な木製ボウルにポンポンと入れていく。

 それから三人分はそれぞれ違う瓶に入れ、残りはおおびんへ。きゅっきゅと包んでは瓶に入れてを繰り返す。するとドアから女将さんの顔がひょっこりと現れた。

「ジゼル、おつかさま。レターセットはこれで足りるかね?」

「ありがとうございます」

 立ち上がり、便せんと封筒を受け取る。宿屋で普段使っているものとは違い、小さな花がえがかれた可愛かわいらしいデザインだ。今回の返事を書くために買ってきてくれたようだ。そのづかいが嬉しい。

「対応できるかは分からないと先に伝えてあるから、急がなくても大丈夫だから。無理しないようにね。ところでそこの大瓶は?」

「遠方に住んでる方の分から少しずつ進めようと思います。こっちはお返事をする際にサンプルとしてどうふうしようかと」

「サンプル! いいねぇ。そっちのボウルの中のは使わないのかい?」

 女将さんが目をつけたのは、先ほど弾いたぞろいの錬金飴だった。

「こっちは形が不揃いなので自分で消費しようかなって思ってて」

「余っているならうちでの試食用にいくつか分けてもらってもいいかい? 高額支払いの組に一個プレゼント、って形で配りたくて。気に入った人には一個銅貨五枚で売るんだ」

「瓶売りではなく、単個売りにするんですね。今あるのは全部腰痛用なのですが、明日以降、残りの二種類も作るので、完成だい持っていきます。とりあえず今ある分をどうぞ」

「ありがとう。助かるよ。追加の器は後で持ってくるわ」

 女将さんは木製ボウルを大事そうに両手で包みみ、去って行った。おそうろうの掃除をした直後とは思えないほど軽やかな足取りである。

「私もがんろう」

 女将さんを見送り、あめだまづつみを再開する。最後の一個まで包んでから、便せんとペンを手に取る。宿の手伝いをする前に案内の紙だけ作ってしまおう。

 案内の一番上に書くのは錬金飴の値段と、一つの瓶に入っている個数。

 次は注意こう。薬と似た効果があるため、食べるのは一日一個までにしてほしい。また症状が続くようなら医師や薬師に相談してほしい。この二点は特に重要なので、文字の下に赤いペンで波線を引いておく。

 最後にお客さんへのお願いだ。現状、らいがたくさん来ているため、一度の購入でおわたしできるのは三瓶までとさせていただく。また送料はべつ負担していただきたい・転売は禁止するというところまで記した。

 ギルドに所属していたとはいえ、ある程度の知識はある。この辺りはキッチリしておかなければ後々める可能性が出てきてしまう。

 案内を人数分より少し多めに書き、ペンを置く。先ほど飴を入れた瓶を一つだけ手に持って部屋を出る。

 思ったよりも時間がかかってしまい、夕食の準備には間に合わなかった。だが後片付けには間に合う。皿洗いくらいはさせてもらわねば。親父さんにキャンディボトルを渡し、なんとか手伝いをゲットしたジゼルはせっせと働いた。

 る前には手紙の返事を書く。といっても一人一人は非常に短い文になってしまったのだが。仕事の予定がないからと、一晩中ペンを走らせた。そのあって、翌朝には全員分の手紙を完成させていた。お試し用の錬金飴を同封するのも忘れていない。

 手紙を抱えて部屋を出れば、女将さんとパン屋のおばさんにばったり出会った。もうパンの配達の時間だったらしい。明らかにてつした顔のジゼルに二人そろってギョッとする。

「ジゼルちゃん、頑張りすぎよ」

「つい気合いが入っちゃって。おばさん、これが昨日お伝えした飴です」

「ありがとう。オレンジのパウンドケーキはもう渡してあるから、おやつの時間に食べてちょうだい」

「おやつの前にしっかりと休むんだよ?」

「これを頼んだらひとねむりすることにします」

「それがいいわ」

「いってらっしゃい。気をつけてね」

「はい~」

 飛び出そうになる欠伸あくびをかみ殺しながら、馴染みの配達ギルドへと向かう。窓口にいたのはやはり馴染みの男の子、ドランだった。

 ジゼルが王都に来た数ヶ月後にやってきた青年だ。年はジゼルと同じなのだが、年のわりにはかなりのがらで、ジゼルと二人で『市場の孫』あつかいを受けている。

 市場に行けばおまけを付けてもらい、ホクホク顔なところがまた可愛いのだとか。可愛いかどうかはさておき、かれの笑った顔には不思議と安心感がある。

 ドランは早朝から昼にかけて窓口にいることが多い。ジゼルは通勤前に宿の荷物を頼みに来ることがほとんどなので、彼が担当してくれることが多いのだ。休みの日には一緒にスイーツを食べに行く仲でもある。

 そんな彼だが、国内に五人といないドラゴン使いの一人でもある。ギルド内には彼の相棒のドラゴンがいて、何度か飛んでいるところを見たことがある。だんの姿からは想像できないほど格好よかったのをよく覚えている。

「おはよう。ドラン。これ、馬車便でお願い」

「すごい量だな。しかも全部ジゼルが書いたのか」

「そうなの。夜通し書いたから眠くって。それで、全部でいくらになりそう?」

「ちょっと待ってろ。確認してくる」

 ドランが担当するドラゴン便は早いが、目が飛び出そうな値段がする。ちなみに価格は早さや安全面と比例して高くなる。上から順に、ドラゴン便・飛鳥便(大型~中型じゆう)・走鳥便・馬車便・飛鳥便(小型魔獣)となっている。

 ドラゴン便は大陸のどこにいても一日以内に届くことが一番の売りである。またドラゴンのうろこで包まれた特別製のバッグに入れて運ぶため、荷物には傷一つ付くことはない。

 平民の年収が数年分軽くっ飛ぶほどの値段がすることから、貴族でもなかなか利用する機会はない。王都に住んでいてもドラゴンの配達姿を見るのは一年に数回あるかないかくらいなものだ。

 最も利用されているのは一つ下のランクの飛鳥便。ものの飛鳥族とテイマーが荷物を運んでくれる。飛鳥族はドラゴンの半分くらいのサイズから手乗りサイズまで存在する。

 値段は魔獣の身体の大きさに比例しており、手乗りサイズなら魔獣単独でおくものを届けてくれる。

 大きな飛鳥族は、大きめの荷物のうんぱんや貴族が手紙を送る際によく利用される。小型の飛鳥族は、手紙サイズなら走鳥便よりも安価かつばやい配達をしてくれる一方で、ごうだつされる危険をともなう。そのため平民が近場に簡単な手紙を送る際に利用することが多い。

 残るは走鳥便と馬車便だが、この二つのちがいは日数のみ。どちらも荷車を引っ張って陸地を進む。頼める荷物のサイズも同じくらいで、値段の差もせいぜい銅貨三枚ほど。そこまで差はない。

 とはいえ手紙を返す量を考えると、銅貨一枚だろうと節約したい。だが安全性も大事にしたい。そこでジゼルは迷わず馬車便を選んだというわけだ。

「銀貨八枚と銅貨四枚だな」

「さすがに高いなぁ……」

「量が量だからな。これでもお得意様割引を適用したんだぞ? ところで貴族達に手紙なんか出してどうするんだよ。まさかれんきんギルドをめて、王都以外の場所で店を開くつもりじゃ……」

 わざとらしくぷるぷるとふるえるドラン。絶対外れる冗談のつもりで言っているのだろうが、残念ながら半分当たりである。

「ギルドを辞めた、というよりも辞めさせられたのは事実だけど、しばらくはこのまま『オリーブの』においてもらうつもり。これは全部届いた手紙の返事なの。れんきんじゆつで作った飴を売ってほしいって言われて」

 ジゼルの言葉に、ドランの顔色が一気に変わった。

「辞めさせられたってそんなっ、軽く言うことじゃないだろ! 何か変なことされてないだろうな!?

 カウンターから身を乗り出し、ジゼルのりようかたをガッとつかむ。普段からドラゴンの世話をしているドランの力は見た目以上に強い。正直痛い。だが痛いからはなしてくれと言えるふんではない。小さく揺られながら事情を説明する。

「急にクビって言われただけだよ。それに辞めさせられたのはショックだったけど、ありがたいことに心配してくれる人もこのまま置いてくれる人も、私の作ったアイテムを喜んでくれる人もいるし。先にこっちかなって」

 言い終わると、ゆっくりとドランの手ががれていった。同時に彼のかたはストンと落ちる。深いため息もセットで。

「そういえばジゼルってこうと決めたらき進むタイプだったな……。まぁこの先、働き口と住む場所に困ったらうちに来ればいい。うちのりようはギルドから少しきよがある分、錬金ギルドの建物の数倍は立派だからな。もある。でもジゼルが寮はいやっていうなら、家を買ってもいい。城門の近くに広めの土地が空いていて……」

「ふぁぁぁぁ」

 力が抜けた後で残るのはドランの手の温かさだけ。ねむマックスのジゼルにはとても心地よいものだった。思わず会話のちゆうで大きな欠伸をしてしまうほどには。これでもかと口を開いたジゼルに向けられるのは、ドランからの冷ややかな視線だった。

おれ、今大事なこと言ってたんだが」

「ごめんごめん。安心したら眠くなっちゃって。配達ギルドの寮とお風呂が立派って話だよね?」

 やさしくしてくれる人は多いが、一番落ち着くのは女将おかみさんとおやさん、ドランと共にいる時である。

 女将さんと親父さんは王都に来てからずっと一緒だから。ドランは多分、年と目線が近いからだと思う。ジゼル自身もよく分かっていない。

「やっぱり聞いてないな……。まぁ王都に残るならいいか」

「うん。しばらくはこのまま残るし、これからは今まで以上に配達ギルドのお世話になるかも」

「そっか。安くするから俺がいる時に来てくれ」

「早朝は空いてるもんね。じゃあ、私、帰るね」