「宿屋ねぇ。そういえばギルドに来たばかりの頃、オーレル様の知り合い夫婦が経営している宿屋に下宿してるって言ってたっけ。なんだ、上手うまくやってるのね」

「心配していたのか?」

「まさか! あの子に足りないのは技術力でも自信でもなく、自己主張と貪欲さよ。マイペースすぎるだけかもしれないけれど……。まぁ『精霊の釜』みたいな、我がを煮に詰つめたような連中しかいない場所以外ならどこでもやっていけるでしょ」

「同感だな」

「それで、この飴ってもうないの?」

「甘い物は苦手なんじゃなかったのか」

「甘い物は苦手だけど美味しいものは好きなのよ」

「今はもう持っていないが、屋や敷しきに帰れば母上のストックがある」

「わたしにも譲ってよ」

「自分で買え」

「上手くやってるのに、わたしが顔を出したら邪じや魔まになるでしょ。一年以上話してなかったし、辞めたって知ったのも数日後だったし……。正直気まずい。というかなんでリュカちゃん、ジゼルが辞めさせられたって教えてくれなかったのよ」

「指名依頼が入っていて忙しかったんだ。錬金ランプ作りの応おう援えんを頼たのまれてようやく知った。本当に、いつの間にあんな馬鹿が増えたんだか」

「前からいたわよ? それをオーレル様が上手く回していただけ。……新しいギルドマスターがやらかさなくても、遅おそかれ早はやかれあのギルドは終わってた」

「ふうん」

「ということで、今度これと同じの持ってきてね! 待ってるから」

「受かること前提なのか」

「当然でしょ? それにわたしとリュカちゃん以外にも見知った顔のメンバーが揃うだろうし、むしろ精せい鋭えいがまとまる分、前よりも過ごしやすくなるんじゃないかしら」

「濃こい連中ばっかりだがな」

「それに関してはリュカちゃんも人のこと言えないでしょ……」

 目の前の二人が王宮錬金術師の話をする中、ビビアンの頭の中には葉っぱのイラストが書かれた飴がたくさん浮かんでいた。

 どんな味がするのか。どのくらい買ってくれるか。初めから王宮錬金術師になれるとは思っていないビビアンにとって、次のお題よりも兄が買ってくれる飴の方が何十倍も大切だった。

 この場に家族がいれば真面目に取り組めと叱しつ責せきが飛んでくるのだろうが、ここには知り合いなど一人もいない。ほわほわと笑う彼かれを止める者はいなかった。

「お~、お前らも来てたのか」

「うるさいのが来た」

「あんたが残るなんて意外だわ」

「なんだと!?」

「だってあんた、回復ポーション作りが大の苦手だったでしょ? 仕事が来る度に『錬金術師の本職は魔ま法ほう道具の生産だ。薬なら薬師に依頼しろ!』って騒いでたじゃない」

「あー、嫁よめに扱しごかれた」

「あんたのところの奥おくさんって、確か冒ぼう険けん者しやギルドの受付じゃなかったっけ?」

「ああ。超ちようエリートの冒険者ギルド受付で、可愛いだけじゃなくとにかく数字に強い最高の嫁だ」

「いきなり何よ」

「最高に優ゆう秀しゆうな嫁は、家事と育児の時間・錬金アイテムの売り上げ・生産時間の全てを計算し、より利益率の高いものをたたき出した。結果、一番効率のいいアイテムが中級回復ポーションだった。生産予想個数とそれにかかる時間を掲げられ、俺おれは毎日息むす子こを背中におぶりながら回復ポーションを作っては出しゆつ荷かし、作っては出荷しを繰くり返かえし。まぁ嫌いやでも上手くなるよな」

「そういえば商業ギルドにアイテムを卸おろしている錬金術師の友達がそんなこと言ってたような? でもあんた、オーレル様にいくら頼まれても頑がんとして頷かなかったじゃない。おかげでわたしの負担が増えて大変だったんだから」

「オーレルさんには育ててもらった恩がある。だから他で補うことで貢こう献けんしてきた。今だって薬が欲しけりゃ薬師を頼たよれと思ってる。だがな、一人目を背中に、二人目を腹の中に抱かかえた嫁には提案する隙すきがない。……文句を言う暇ひまがあったら長男背負って回復ポーション作れと睨にらまれた」

「苦手が克こく服ふくできた上、ここまで残れたのだからよかったじゃないか」

「いい奥さんをもらったのね」

「まぁな。リュカ、お前もうちの嫁みたいなしっかりした子を捕つかまえるんだぞ」

「僕は錬金術師として以外にも投資とかいろいろしてるから。将来の家族に心配をかけるようなことはしない」

「うわっ、可愛くねぇ」

「あ、ちょっと呼ばれてるわよ。さっさと通過して奥さん安心させるんでしょ」

「おうよ! ってか坊ぼう主ず、お前も呼ばれてね?」

「え、僕?」

 前にいた大男からいきなり声をかけられ、ハッとする。飴のことで頭がいっぱいだったビビアンは、目の前の席に人が増えていたことに全く気づかなかった。そして自分の番号を呼ばれていることも。

「そう、七十二番」

 男に言われ、職員が掲げる大きなプレートを確かく認にんする。そこにはビビアンの番号札と同じ数字が書かれていた。

「本当だ! ありがとうございます」

「一いつ緒しよに頑がん張ばろうぜ」

 男はニッと笑い、次の会場まで一緒に移動してくれた。そこからは個室に別れ、三次試験の内容が発表された。

 今回のお題は錬金ランプである。二次試験同様、具体的な使用方法や明確な形は決まっていない。好きなものを作るようにとのことだった。

 中級回復ポーションに石けん、錬金ランプだなんておかしなお題ばかりだ。そうは思いつつも、ビビアンは真面目にお題に取り組んだ。

「かなり粗あらいな」

「経験の浅さがそのまま反映されてしまっている」

「筋はいいが、こればかりは練習の問題だな」

「ああ、真っ直ぐさが伝わるデザインだ」

「ありがとうございます」

 結果は不合格。けれど試験官はビビアンのいいところも見つけて伝えてくれる。はしゃぐビビアンに、彼らは「君はきっといい錬金術師になる」との声までかけてくれた。

 嬉うれしくて嬉しくて。その勢いで聞こうか悩なやんでいたことが口から出た。

「あの! 初めの会場の錬金アイテム! 帰る前に見ていっていいですか?」

「ああ、もちろん」

「好きなだけ見ていくといい」

「やった! あ、でも外で兄ちゃんが待ってるんだった……」

「ならお兄さんを呼んでくればいい」

「いいの? じゃなかった。いいんですか?」

「ああ。色んなものを見て、どんどん勉強するといい」

「はい!」

 試験官は騎き士しを呼び、ビビアンと兄を案内するように伝えてくれた。ビビアンは荷物を抱えて駆かけ出した。外で待っていた兄の手を引き、初めの会場に戻る。

 誰だれもいないと思っていた会場にはたった一人、男の人がいた。彼もビビアンと同じで、途と中ちゆうで脱だつ落らくした錬金術師なのだろうか。

 たくさんの錬金アイテムに囲まれながらあっちにふらふらこっちにふらふら。何かを求めて彷徨さまよっているようだ。ビビアンも同じように錬金アイテムを楽しもうと、好きなように歩き回る。

 特に気に入ったのは、三次試験のお題にもなっていた錬金ランプである。一次試験の前には気にならなかったが、かなりの数が並んでいる。それに自分も作ったばかりだからこそ、他の誰かが作った錬金ランプに見入ってしまうのだ。

 並ぶランプはかなり個性的なものからシンプルなものまで。形も吊つり下げタイプや街灯のようなもの、ベッドサイドに置くもの、間接照明タイプなどいろいろある。

「兄ちゃん見て、これすっげえ綺麗。中が何枚も層になってる」

「じいちゃんが持ってるジゼルの錬金ランプにそっくりだ」

「な! そういえばジゼルと会えた?」

 錬金ランプから視線を上げず、兄の方の成果を尋たずねる。けれど兄は「あー」と歯切れが悪そうだ。

「何かあった?」

「たまたま出かけているところだったらしくてさ、会えなかったんだ」

「そっか……。残念」

「まぁこっちも連れん絡らくして行ったわけじゃないから仕方ないんだが。宿屋の女将おかみさんと親おや父じさんには挨拶して、じいちゃんからの手紙とお土産みやげを渡してきた。そしたらお土産持たせてくれてさ。ジゼルが作ってる飴あめだって」

 飴というワードに反応したビビアンは勢いよく振ふり返る。兄が持っていたのはビビアンが欲ほつしていたものと一緒だった。違ちがう包装の飴も入っているけれど、葉っぱもいくつか見える。

「あ、それ! 僕が欲ほしかったやつ」

「そうなのか? 錬金飴って言って、少し変わった効果があるらしい。なんで知ってたんだ?」

「じいちゃんが食べてた。それに、三次試験で前に座すわった子が食べててさ」

「へぇ~。じいちゃん、持ってたんだ」

「でも分けてくれないよ。すぐ部屋に持って帰っちゃってさ、すっっっっっごく美味しいんだと思う」

「ランプだけじゃなくて飴まで錬金術で作っちゃうなんてな~。ジゼルって子、本当にすごいのな。女将さん達も褒ほめてたし」

 しみじみと呟きながら兄弟でキャンディボトルを眺ながめる。どこにでも売っていそうな形の瓶びんだが、目の前に置かれた錬金ランプと比べても透とう明めい度どがまるで違う。ジゼルの瓶は水に入れたら見えなくなってしまいそうなほど。

 ポーション用の瓶を作るビビアンには、これほどの純度の高いガラスを作る難しさがよく分かる。厚みもほどほどで、それでいて軽いのだ。

 祖父が目をかける理由が分かった気がする。同時に自分の実力を思い知る。ビビアンはまだまだ王宮錬金術師とジゼルの足あし下もとにも及およばない。

 錬金術師というものは思ったよりもずっとずっと奥が深い。そう思うと、世界が今までよりも輝かがやいて見える。

「兄ちゃん、帰ろう。帰って、錬金術をもっと学ばないと」

 色んなものが作りたい。沸わき上がる衝しよう動どうが抑おさえきれず、兄の手を引く。

 近くで見ていた騎士も微笑ほほえましいものを見るような目を向け、出口に案内しようと一歩大きく踏ふみ出した。その時だった。

「ちょっと待て」

 会場内で一人、錬金アイテムを見ていた男が立ち塞ふさがった。

「え?」

「君達が言ったジゼルとは、錬金術師・ジゼル=スターウィンのことか?!」

 目の下に真っ黒いクマを作った男からは威い圧あつ感が溢あふれている。先ほど会場の外で騒いでいた大人達とは比べものにならない。

 恐きよう喝かつするためのものではなく、身体から自然に溢れ出す王者の風格というべきか。ビビアンの手をギュッと握にぎってくれるフェリックスの身体も強こわばっている。それでも弟を守るため、前に立って男の問いかけに答える。

「えっと、家名があるかまではちょっと……。俺も彼女のことはよく知らないので」

「そうか。まぁいい。本人かどうかはこちらで確かめれば済むことだ。で、そのジゼルは今どこにいるんだ!」

「どこって、宿屋ですけど……」

「どこにある?」

「王都の市場の近くの、夫婦で経営している小さな宿屋です」

 なんなのだ、この男は。相手を訝いぶかしみつつも、無言でいることもできず、兄は彼女に繋つながる情報を口にしてしまう。

「あの、ジゼルがどうかしたんですか?」

「ジゼルは……彼女は……俺にとってなくてはならない存在だ」

「えっと……」

「早く会いたい。一晩でも早く、彼女を見つけなければ……」

 男の目は徐じよ々じよに虚うつろになっていく。ゆっくりと騎士の方に視線を向ければ、彼は困ったように頬ほおを掻かいていた。男の素す性じようを知っているようだ。

 騎士はビビアン達に「少し待っていてください」と小さく頭を下げ、会場近くを通った女性に声をかけた。意味が分からず、兄弟の頭には大量のはてなマークが浮かぶ。けれど少ししてから入ってきた人を見て、目を丸くした。

「遅くなってすまない!」

「王宮錬金術師長さん?」

「君、このお方をお連れするように」

「待て。俺はまだジゼルがいる場所の正確な位置を聞いていない!」

「私が聞いておきますので、あなたはお戻りになってください。彼女に王宮錬金術師になる意思がない今、こちらが急せいても仕方がないでしょう」

「……そうか。君達も、驚おどろかせて悪かったな」

 王宮錬金術師長とのやりとりを見る限り、男はかなり身分の高い人なのだろう。そんな相手が他国の平民相手にすんなりと謝あやまり、騎士と共に出て行った。

 いきなり詰め寄られたことにも驚いたが、男の素す直なおさにも驚かされた。何が起こったのか理解できぬまま、ビビアンは兄の手を握り続ける。

「すまなかった。寝ね不ぶ足そくのせいで冷静さを欠いていただけで、普段は立派な方なのだ。身分も私が保証する」

「は、はぁ……」

「それで、ジゼルという名の錬金術師は今、どこにいるのだろうか。正確な場所を教えてほしい」

「知って、どうするんですか」

「詳しくは私が決めることではないが、王宮錬金術師としてスカウトをするか、生産依頼を出す形になるだろうな」

「でも今日、大規模な採用試験を行ったばかりですよね?」

「ああ、国内外から優秀な錬金術師がたくさん集まった。けれど彼女は別格だ。彼女のガラスと同等のレベルのものを作れる錬金術師は、王宮錬金術師の中にも受験者の中にもいない。使用者への気持ちがどこまでも真まっ直すぐに伸のびていて、見ているだけで澄んだ気持ちにさせてくれる。……私は、彼女の作った錬金ランプをもう一度見たい」

 彼が語った気持ちは、ビビアンにも覚えがあった。ジゼルの錬金ランプは綺麗なだけではない。それを知っているからこそ、求める気持ちも痛いほどよく分かる。

「……彼女と宿屋の夫婦に迷めい惑わくをかけないと約束してくれるなら」

 王宮錬金術師長相手に不ふ遜そんにも思える言葉を前置きに、フェリックスは宿屋『オリーブの樹』の地図を書いた。何度も頭を下げられ、見送りまでしてもらった。

 本来の予定では試験が終わり次し第だい、馬車乗り場に行くつもりだった。だが予定を変へん更こうして、兄弟揃そろって『オリーブの樹』に向かう。今回のことを宿屋の夫婦に話しておかねばと思ったのだ。

「勝手に教えてしまい、すみませんでした」

「ごめんなさい」

 途中で買ったお詫わびの品を差し出しながら、何度もペコペコと頭を下げる。けれど宿屋の夫婦は元気に笑い飛ばした。

「宿屋の場所を教えて何が悪いってんだ」

「何にも気にすることはないさ。変な相手だったらあたしらがジゼルを守るだけだよ」

「親父さん、女将さん……」

「それより帰りの馬車の時間って大だい丈じよう夫ぶなのかい? てっきりもうとっくに乗ったものかと思ってたけど」

「こいつが思ったより長く残ってて。えっと、ギリギリ……大丈夫そうです!」

「そうか。ならよかった。気をつけて帰るんだぞ」

「ありがとうございます」

 最後に深々と頭を下げ、二人で宿を後にする。外に出てすぐ、ビビアンは葉っぱ柄の包みに入った飴を口に入れた。

 数種類のハーブが口いっぱいに広がる、少し大人な味だ。早く成長したいと願う今のビビアンの気持ちにピタリとハマって、思わず頬が緩んだ。

「兄ちゃん。僕、今日来てよかった」

「そうか。よかったな。詳しい話は後で聞いてやるから、とりあえず今はしっかり歩け。馬車に間に合わなくなる」

「はぁい」

 行き同様、ビビアンは兄に引っ張られながら歩く。けれどもう周りの建物に視線を奪うばわれることはない。

 記憶の中に刻まれた錬金アイテムと自分のアイディアを組み合わせながら、どんなものを作ろうか考えるので忙いそがしいのだ。