それからしばらくたーちゃんと一緒に染料コレクションを吟ぎん味みする。似たような色はたくさんあるが、一つ一つ微び妙みように違うからこそ難しい。

 一人と一匹ぴきでウンウンと唸うなり、色が決まった頃にはすっかり日が暮れていた。時計を見ると、夕飯時はとっくに過ぎていた。ハッとしたジゼルはたーちゃんを抱え、急いでキッチンに向かう。けれど視界に入ってきたのは綺き麗れいになった皿だった。

 親おや父じさんもすでに夕食を食べ終えている様子。手伝いができなかっただけではなく、ご飯の時間を忘れるだなんて……。さすがのジゼルも落ち込む。

「すみません……」

「大丈夫。二人の分はちゃんと取ってあるぞ」

「ほんとぉ?!」

「ああ。一応声はかけたんだが、二人とも集中していたから邪じや魔ましたら悪いと思ってな。今、温めるから待ってろ」

「ありがとうございます」

 たーちゃんと顔を見合わせ、漂ただよってくる美味しそうな香りを頼たよりに今日のご飯の予想をする。たーちゃんもジゼルも帰ってきてからりんごを食べたきり。集中していた時は全く気にならなかったが、お腹なかはペコペコだった。

 夕食を受け取り、キッチンを出る。その直前、親父さんから声をかけられた。

「なぁジゼル、今の仕事、楽しいか?」

「? はい。楽しいですよ」

 いきなりどうしたのだろうか。あまりに遅おそくまで作業をしているから心配されてしまったとか? だが親父さんは心配するどころか、優しげな笑みを浮かべている。

「親父さん?」

「変な質問して悪かったな。まだ作業するなら後でお茶持っていくが……」

「残りは柄付けだけなので大丈夫です。ありがとうございます」

「根を詰つめすぎないようにしろよ」

 親父さんに見送られ、部屋に戻る。宣言通り、食後の皿洗いが終わってからすぐに柄付けに入る。色選びの最中に何度もたーちゃんと話し合ったのだ。イメージは固まっている。選えらび抜いた染料と共に冷めた瓶を錬金釜に入れる。

『この瓶を手にした人がゆっくりとした時間を過ごせますように』

 そんなことを願いながら魔ま力りよくを注ぎ、軽くかき混ぜる。

「完成! 我ながら上手うまくできたんじゃない?」

 引き上げたキャンディボトルを眺ながめながら、自画自賛する。もちろんステファニーとブルーノにも認めてもらわなくては採用にはならないのだが、たーちゃんも気に入ってくれたようだ。もらってきたデザインと完成したばかりの瓶を見比べながら、ほおおおっと声をあげている。

「えといっしょだ~」

「高さがちょっと高くなっちゃったから要調整ってところかな。明日の朝、飴を入れて持っていこう」

「うん。ぜったいきにいるよ」

「この色味で決まったらりんごを大量に買ってこないと」

 染料に使ったりんごは、以前ドランと隣りん国ごくに行った時に買ってきたりんごだ。ほとんどはデザートやジャムにしてしまっており、すでに残りわずかとなっている。

「あっぷるぱいたべたい」

「マフィンも美味しいよね」

「まふぃん!」

「乾燥りんごにするっていうのもいいかも」

「りんごはいろんなおいしいのになるね。どらんにおすそわけ?」

「うん、お裾すそ分わけするつもり。でも今日はもうお休みしよっか」

 完成品を見たらドッと眠ねむ気けが押し寄せてきた。思えば朝からずっと働はたらき詰づめだった。たーちゃんもずっと付き合ってくれたので疲つかれていることだろう。柄付けをしている間、何度も目を擦こすっていた。

「うん。たーちゃんもつかれちゃったぁ」

「いっぱい頑張ってくれたもんね」

 コクリと頷うなずくたーちゃんをベッドに移し、ジゼルは寝ね巻まきに着き替がえる。布ふ団とんをかければすぐに眠りの世界に落ちていった。


 翌朝。朝食後、宿の掃除を一通り終える。女将さんも親父さんも『満月の湖』の依い頼らいを優先してくれて構わないと言ってくれたが、それではジゼルの気が済まない。

 試作品がすでに完成していることと、ちょうどいい時間まで暇ひまなことを理由に、仕事を獲かく得とくしたのである。お風ふ呂ろ場ばのタイルも綺麗に磨みがき、昨日手伝えなかった申し訳なさも少しは払ふつ拭しよくされた。これで胸を張って外出できる。

 昨晩作ったキャンディボトルに錬金飴を詰つめる。普段よりも少し多めの十三個。とりあえずたーちゃんお気に入りの赤いのを五個、残りの二種類はそれぞれ四個ずつ入れた。実際に入れる数と種類はステファニーと話し合って決めることにしよう。瓶を手て提さげ袋ぶくろに入れ、肩かたから提さげる。

「いってきます」

「いってきまぁす」

「気をつけていくんだよ」

 女将さんに挨あい拶さつをしてから『満月の湖』へ向かう。昨日と全く同じ道を歩いているのだが、今日の市場は妙みように人が多い。しかも大きな荷物を抱えた人ばかりだ。疲れているのか、少しふらついている人もいる。

 何らかの理由で馬車が迂う回かいしたのだろう。王都には各地から馬車がやってくるため、アクシデントに見み舞まわれた人をたまに目にする。

 ただし皆みなが皆、同じ方角を目指して歩いているのは気になる。何かあるのだろうか。気になって見ていると、たーちゃんがジゼルの腕うでをポンポンと叩たたいた。

「ジゼル、あっちのみちいこう? びんわれちゃう」

 瓶が割れる心配はないが、彼かれらの荷物がたーちゃんにぶつかったら大変だ。

「そうだね。たーちゃん、お顔、私側にしてもいい?」

「いいよぉ」

 進行方向を見ていたたーちゃんの顔を、ジゼルの胸の方に向ける。そしてたーちゃんが指した路地に向かう。少し遠回りにはなってしまうが、馬車乗り場から離はなれれば人通りも落ち着くことだろう。

「たまにはこっちのみちもいいね」

「私もこっちに来るのは久しぶりかも」

 ジゼルが王都に来てからかなり経たつが、外出する先はあまり変わらない。職場・宿屋『オリーブの樹き』・配達ギルド・お使い先・錬金術の材料を買う店の五ご択たく。買い物をする店はいつも同じ。

 ドランと出かける時や、今回みたいに人通りが多い時は違う道を通ることもある。だが基本は同じ道。変な道に入ってしまうと治安が悪くなるというのもあるが、大通り沿いを歩けば大抵完結するのでわざわざ違う道を行く理由がないのだ。

 人が減ったのを確認してからたーちゃんの顔の向きを元に戻す。いつもと違う風景にたーちゃんは大喜びだ。足がぷらぷらと揺ゆれている。たまには寄り道もいいかもしれない。

 少しだけ歩くペースを落とし、ジゼルも周りの風景を楽しむ。同じ王都とはいえ、少し歩く道を変えるだけでまるで違う表情を見せてくれる。

 今歩いている道は冒ぼう険けん者しや通りと呼ばれる道で、冒険者が利用する武器屋や酒場などが固まっている。冒険者通りと言いつつ、利用客には冒険者以外も多い。配達ギルドの人達もここの酒場をよく利用するのだとか。

 夜になると酔よっ払ぱらいが多くなるが、昼間ならキョロキョロしながら歩いていても絡からまれるようなこともない。

 昨日の倍近くの時間をかけ、ようやく『満月の湖』の前に到とう着ちやくした。

「おさんぽたのしかったね~」

「ね~」

 試作品を見せに行くだけのつもりが、随ずい分ぶんと楽しんでしまった。ギルドのドアをくぐると、スッと黒服の男性が現れた。昨日案内してくれた人と同じ人だ。ぺこりとお辞じ儀ぎをしてから彼に着いていく。

「マスター。ジゼル様とたーちゃん様をお連れいたしました」

「入ってちょうだい。あなたはブルーノを呼んできて」

「かしこまりました」

「失礼します」

「きたよ~」

 たーちゃんはカジュアルな挨拶をして、ソファに腰こし掛かける。昨日と違うのはふふんと胸を張っているところ。ずっとしていると疲れてしまいそうだが、それだけ瓶に自信があるのだ。

 ジゼルにとっても自信作で、だからこそ今から評価されると思うと緊きん張ちようしてしまう。自然と背筋が伸のびる。

「依頼した私が言うのもなんだけど、無理に今日持ってきてくれなくてもよかったのよ?」

「ご迷めい惑わくでしたか?」

「いえ、全く。私としては一日でも早く見られて嬉うれしいわ」

 真顔で否定された。そして「大々的な告知をしていたし、王都に住んでいれば耳に入らないはずないもの。あえて聞くことではなかったわね……」と小さく付け加えた。

 行きがけに見かけた人達といい、今日は何かイベントがあったのだろうか。新しい情報にはとんと疎うといジゼルだが、宿しゆく泊はく者しやが増えそうなイベントであれば女将おかみさんと親父さんが聞き逃のがすはずがない。

 宿屋『オリーブの樹』に関係ない話であれば急ぐ必要はなく、ジゼルの中での最優先事じ項こうは試作品の確認になる。

 何があったのか気にならないと言ったら嘘うそになるが、大々的に告知をするようなイベントなら、そのうちジゼルの耳にも入るはずだ。答え合わせはその時でいい。

 ジゼルの興味がその『何か』に向いていないことを察してか、ステファニーは話題を変えた。

「それにしてもブルーノはまだ来ないの? 遅くなるなら先に見ちゃおうかしら」

「いじわる?」

「意地悪じゃないわよ。ただジゼルの新作が待ち切れないだけ。あなた達の顔を見ていればすごいものが出てくるって分かるもの」

 そう言いながらジゼルとたーちゃんの真ん中に置かれた袋をじいっと見つめる。明らかに瓶の形をしているため、気になって仕方がないのだろう。ステファニーからの期待の言葉に、たーちゃんの機き嫌げんがよくなる。両手をブンブンと振ふり、鼻をフンフンと鳴らす。

「そうなの! すっごいよぉ~」

「私とたーちゃんの自信作です」

「それは楽しみだわ。このまま待っていても暇でしょうから、お茶でもして待っていましょうか。いい茶葉が手に入ったのよ。もちろんお菓子もあるわよ」

「おかしたべる!」

 前のめりになるたーちゃんがソファから落ちないように押さえつつ、ジゼルも遠えん慮りよなくお茶とお菓子をいただくことにした。ただ一つだけ予想外なことがあった。

「ぜんぶたべていいのぉ!?」

「ええ、もちろん。あなた達のために用意したんだもの」

 まさかお菓子がスタンドに載のってくるとは思わなかったのだ。三段とも異なる種類のお菓子が載っている。これは貴族が使うものではなかったのか。存在は知っていたが、こんなに近くで見るのは初めてだ。

 ましてや使う側になる日が来るなんて想像もしていなかった。たーちゃんは我慢できず、机の上に飛び乗った。そしてスタンドの周りをクルクルと回っている。いろいろな方向からお菓子を見て、一番上にあった小さなケーキをむんずと掴つかんだ。

「おいひい」

「たーちゃん、こっちに座すわって食べよう?」

「ひせるのおあるふぉ」

 口いっぱいにケーキを詰め込んだ状態では何を言っているのかが分からない。その状態でもたーちゃんは両手にそれぞれ違うお菓子を確保する。美味おいしかったようだ。ステファニーも「気に入ってもらえてよかったわ」と紅茶を啜すすっている。

 錬金ランプやキャンディボトルの話をしていると忘れそうになるが、彼女は有名商業ギルドのギルドマスター。お茶を飲む仕草も優ゆう雅がだ。ジゼルでは真ま似ねできそうもない。

 とはいえマナーを気にした様子もないので、ジゼルは宿屋にいる時と同じようにお菓子を摘つまんだ。

「美味しい」

「ね~」

 味はもちろんのこと、たーちゃんが食べやすいように小さなお菓子のみを集めてくれたことが嬉しい。手もほとんど汚よごれず、ついパクパク食べてしまう。


「皆さん、お待たせいたしました」

「遅かったわね」

 ブルーノが来た頃にはスタンドのほとんどのお菓子が三人の腹に消えていた。ジゼルとたーちゃんがあまりにも美味しそうに食べるもので、途と中ちゆうからステファニーもお菓子に手を伸ばし始めたのだ。

 紅茶のおかわりも進み、たーちゃん同様、ジゼルもすっかり寛くつろいでしまっている。おかげであまり待っている気はしなかった。ステファニーも「遅い」と言いつつも、ジゼル達と同じ気持ちなのだろう。声からも機嫌のよさが窺える。

「すみません……。お二人に会った後から創作意欲が沸わき上がって手が止まらず。明け方に寝ねたばかりだったんです」

 そう話すブルーノの毛先ははねている。寝ね起おきで急いできてくれたのだろう。少しだけ申し訳なさはあるものの、彼は新しい玩具おもちやを前にした子供のような目をしていた。

「いい絵があったら見せてちょうだい。けれど今はジゼルの瓶びんよ」

「ええ、ええ! 私もそのために急いできたんですから! まさかこんなに早く『ジゼル』の新作が見られるとは思いませんでした。ああ、早く見せてください」

「たーちゃんもがんばったんだよ?」

 今回、ジゼルの名前の横にたーちゃんのサインもある。色も一いつ緒しよに決めたため、共同作品という形にした。

「たーちゃんも! ますます楽しみですね」

 キラキラとした目で見つめられる。ブルーノを案内してきた男性から濡ぬれタオルを受け取り、ジゼルとたーちゃんは軽く手を拭ふく。その間に他の職員達が机を片付けてくれた。

 空けてもらったスペースに、袋の中で出番を待っていたキャンディボトルを置く。するとジゼルが説明を始める間もなく、二人の頬ほおには涙なみだが伝う。

「想像通り、いやそれ以上です。私の描いた色をここまで美しく再現してくれるとは……」

「またこの目でジゼルの色を見られるなんて……。あの日、宿屋『オリーブの樹』に行って本当によかった」

「きれーだよねぇ」

「ええ。他じゃ絶対に見られないわ。この色は特別なの」

「蓋の形状も美しい。それでいてキャンディボトルという役割を忘れていない」

「蝋ろう燭そく! 蝋燭を入れてみましょう」

 はしゃぐステファニーとブルーノ。昨日見本として用意してくれた蝋燭がまだ置いたままだったようだ。錬金飴を全て取り出し、代わりに火をつけた蝋燭を瓶に入れる。するとハイテンションから一転、彼らの頬がゆるりと和やわらいでいく。

「ゆらゆらと揺れる灯ひが最高ですね」

「火を入れる前と後の微妙な色の変化が、オンとオフを切り替えてくれるようだわ」

「このまま空気と共に溶けていきたい……」

「同感ね」

 うっとりとした目で瓶を眺めている。想像と違う反応だが、感情表現が豊かな彼らも瓶を気に入ってくれたことはストレートに伝わってくる。ひとまず胸を撫で下ろす。

 けれどお客さんに配るアイテムとして相応ふさわしいかどうか、きちんと判断してもらわなければいけない。和なごんでいるところ申し訳なくもあるが、請うけ負った以上、自分の仕事を全まつとうしたい。

「デザインはこちらでよろしいでしょうか」

「もちろん。文句なんて出るはずない。私が求めた『ジゼル』のガラスそのもの。いいえ、それ以上だわ。大きさもこれでいいから、飴あめの数だけ四個ずつに揃そろえてちょうだい」

「分かりました」

 ステファニーは瓶に視線を固定したまま。けれど的確な返答をくれる。そのまま納品予定日も決め、ジゼルとたーちゃんはギルドを後にしようと席を立つ。けれど二人は試作品をじいっと見つめるばかり。

「はぁ……いい」

「デザイナー仲間に自じ慢まんしよう。……これ、持って帰っていいですか?」

「ダメに決まってるでしょ。これは私の分。あなたは納品後まで待ちなさいよ」

「このボトルを見ていれば新しいデザインのアイディアも湧きそうな気がするんですが……」

「くっ……。新作を脅おどしに使うなんて卑ひ怯きようよ」

「欲ほしいものには貪どん欲よくに。時には卑怯であれ。そう教えてくれたのはステファニーさんでしょう?」

「言うようになったわね」

 仲良く言い争いをするステファニーとブルーノを前に、ジゼルはどうするべきか。少し考えてから、何もしなくてもいいかと結論づける。

 この場でジゼルがすべきことはない。納品分をキッチリ仕上げることこそが二人のためになる。

「えっと、帰りますね~」

「はーい」

「お疲つかれ様さまです」

 一応返事はしてくれたものの、やはり視線すら上げることはない。それほどまでに気に入ってもらえるなんて、生産職冥みよう利りに尽つきる話である。

「あ、そうだ。帰りにお店寄ってもいい? 追加の錬金釜が欲しくて」

「どういうのにするの?」

「今使っているのと同じの。錬金飴作る時の釜は増やしたけど、瓶を作る時の釜は一つしかないからもう一つあったら便利かなって」

「にこあればいっぱいつくれるね」

 たーちゃんとお話ししながら大通り沿いを歩く。大きな荷物を抱えた人達はいるが、行きよりも随分と少なくなっている。これなら普ふ通つうに歩いてもぶつかる心配はないだろう。


○ ○ ○


 錬金釜を増やしたことで、『満月の湖』限定デザイン瓶は予定よりも早く納品できた。

 配る相手のリストはすでに作成済みだったようで、ジゼルが納品した日から配り始めたようだ。ステファニーからの手紙には、感謝の言葉と共にお客さん達の反応が事細かに記されていた。次に会う時にはランプとして使用した感想も聞いておいてくれるそう。

 それを掲かかげて、次の限定デザイン瓶の生産依頼を持ってくるところまで簡単に想像できる。さすがに毎シーズンは難しいが、ステファニーが言った通り、次も受けたいという気持ちにはなっている。

 お金はしっかりと払はらってくれるし、時間はゆったりと取ってくれる。生産者に負担をかけないように注意してくれるだけではなく、ジゼルにもアイテムにも真しん摯しに向き合ってくれる。戸と惑まどうところはあるけれど、依い頼らい者しやとしては魅み力りよく的てきな相手だ。

「ジゼルが楽しかったのならよかった」

「でもりんごのお菓子はしばらくいいかな」

 手紙の配達手続きをしにきたついでに、ドランに最近の出来事を報告する。ちなみにたーちゃんは宿屋でお昼ひる寝ね中だ。『満月の湖』への納品分をたくさん作ったら疲れてしまったようだ。ここ数日は本当によく寝ている。

「俺のところにも持ってきてくれたもんな。りんごのマフィンはまた食べたい」

「……そう」

 ジゼルは今まで何度もドランにお裾分けをしてきた。野菜だったり果物だったり、手作りのお菓子だったり。どれも喜んでくれたし、手作りのお菓子には必ず感想をくれた。美味しいだとか幸せだったとか。大げさに思える言葉だってたくさん。

 彼の真まっ直すぐな瞳ひとみと和らいだ表情に、また作ろうと思えた。けれど明確に『次』を求めることはなかった。ドランの小さな変化に頭がついていかず、固まってしまう。すると彼は困ったように笑った。

「忙いそがしかったら無理にとは」

「ううん、また作ってくるから! 絶対!」

 予想外の言葉に反応が遅おくれてしまったが、ジゼルは嬉しいのだ。親父さんのように料理が上手いわけではないし、凝こったものも作れない。それでも求めてくれたことが嬉しくてたまらない。

 ドランの気が変わってしまわぬよう、彼の肩をがっしりと掴んで「また持ってくるから、食べてね!」と念を押おす。

「どうした、ジゼル。様子がおかしいぞ?」

「だってドラン、いつも自分の欲しいものとかしたいこと、あんまり言わないから」

「俺はわりと口に出やすいタイプだと思うんだが」

「そりゃあ親父さんのデザートが食べたいとかは言うけど。作ってくれるのは親父さんだし……」

「ジゼルにもいつも伝えているよな?」

「全然伝えてない」

「そうか?」

 不思議そうに首を傾かしげるドラン。無自覚なのだろう。そういうところが好ましくもある。だがジゼルとしてはドランの欲しいものやしたいことが、彼のことがもっともっと知りたい。せっかくの機会を逃してなるものかと、グイグイと押していく。

「うん。私、ドランの欲しいものとか全然知らない」

「ジゼルの喜ぶ顔がみたい」

「そうやっていつもはぐらかす」

「はぐらかしているつもりはないんだが……。ジゼルが楽しければ俺も楽しい」

 ドランはこの手の言葉を恥はずかしげもなく言い切ってみせる。出会った時はジゼルの方が恥ずかしいくらいだったが、今では慣れたものだ。

 ドランの好意を一度だって疑ったことはないし、この先だってきっと与あたえ続けてくれるのだろうとも思う。だがジゼルだって好意を言葉以外の何かで示したいのだ。

「ねぇ、ドラン。今、何か欲しいものってないの? あ、親父さんが作ったデザートが食べたいって言うのはなしね。私が用意できそうなもので」

「いきなり言われてもなぁ……。あ、飴が欲しい」

 ドランは少し迷ってからポツリと呟つぶやいた。いや、心の声が漏もれたと言った方が正しいかもしれない。とても小さな声だが、ジゼルは聞き逃さなかった。

「飴って錬金飴?」

「いや、普通の飴。前にジゼルからもらった錬金飴を食べてたら懐なつかしくなってきてさ」

「今度飴屋さんで見て、いいのあったらプレゼントするから」

「ジゼルのがいい」

「私のって」

「俺が王都に来たばかりの頃ころ、くれただろ」

「ああ、あれ! 懐かしいね」

 ドランと初めて出会った時、お近づきの印として自作の飴を渡わたしたのだ。あの頃はまだ長時間錬金釜の前にいることに慣れず、気を紛まぎらわすための飴を作って、常にポケットに入れていた。

 錬金飴のように果物などの味がついているものではない。子供がお駄だ賃ちんにもらうような、ざらめを使った普通の飴だ。

「でも飴屋さんで買った方が美味しいよ?」

「あの時の飴がいい」

「そう? じゃあ今度持ってくるね」

 久々に思い出したら、ジゼルも食べたくなってきた。たーちゃんも欲しがるはず。何個ほど作ろうかと考えながら指を折る。そしてふとある顔が頭に浮うかんだ。

「ドラゴンさんも食べるかな?」

「あー、俺が食べてたら欲しがると思う」

「じゃあドラゴンさん用に大きいの作ってくるね」

「大きいのもできるのか?」

「うん。私、ガラスを作る時に一いつ旦たん丸いのを作るんだけど、それと同じイメージで」

 このくらい、と両方の手を使って大きさを示す。錬金飴だとどうしても摂せつ取しゆ量りようを気にしなければならない。ドラゴンさんの分も量の調整がしやすいように人間用と同じサイズになってしまう。

 だが今回はごくごく普通の飴だ。それに以前フルーツサンドを大量に食べていたところを見ている。普通の飴であればドラゴンさんも満足できるサイズが作れるはず。

「あいつの分まで悪いな」

「ううん。今度雪解け祭りに連れていってもらうから!」

「気にしなくていいのに」

「こういうのは気持ちの問題だから。じゃあそろそろ戻もどるね」

「ああ、気をつけて」

 入り口まで見送りをしてくれたドランにブンブンと手を振る。宿屋へと戻る足取りはいつもよりも軽い。まるで両足に羽が生えたかのようだ。

 その日の夜、久々に作った普通の飴を試食してみた。あの頃と全く同じ味。特別なものなんて何も入れていない。けれど不思議と何を見てもキラキラして見えていた頃の気持ちを思い出す。

 大きく何か変わったわけではない。相変わらずみんな優やさしいし、ドランは今だって側そばにいてくれている。口の中で飴が溶けていく度に『相変わらず』の大切さが身に染しみて、素そ朴ぼくな優しさに包まれていく。

「ずっとこの先も相変わらずが続けばいいなあ」

 そんなことを願いながら、包み紙も作ることにした。いつも錬金飴を包んでいる紙とは別のもの。ジゼルとドランを結んでくれた飴だから少し特別な、黒い鱗うろこのドラゴンの柄がらにした。

 といっても本格的なドラゴンではなく、可愛かわいいマスコットみたいな感じになってしまったが。くりっとした目がどこか愛らしい。


 後日。配達ギルドに依頼に行った際に飴を持っていくと、ドランもドラゴンさんもとても喜んでくれた。

 ドランは包み紙も含ふくめて気に入ってくれたらしく、食べ終わった後の包み紙は部屋に飾かざるとまで言い出した。ドランの少しオーバーな反応も出会った頃から変わらない。変わらず、ジゼルを幸せな気持ちにさせてくれるのだ。