ジゼルも王都に来たばかりの頃よりカットするのが上手うまくなった。ドランは気にしないと言ってくれるけれど、綺き麗れいに切れた方がいいに決まっている。

「はい、どうぞ」

「ありがとう」

 二つの皿を見て、盛り付けが綺麗な方をドランに渡す。すでにたーちゃんは食べ始めていた。口がパンパンになるほど詰つめ込んで「おいひいねぇ」と幸せそうだ。

「ドラン、今日は誘ってくれてありがとう」

「ああ」

 軽く返事をしながらパンケーキをもぐもぐと食べ進めていくドラン。彼も気に入ったようだ。ジゼルはフルーツサンドを頬張る。

 甘あまさ控ひかえめの生クリームとぶどうの相性がちょうどいい。パンはふわっとしており、全体的に軽めだからこそ、時間をおかずに二個目にも手が伸のびてしまう。

 ドランが選んでくれたあっさりめの紅茶との相性も抜群だ。パンケーキもマロンクリームが絶品で気づいたら口の中で溶とけている。

「おいひいね」

 つい、たーちゃんのセリフと同じ言葉が口から出てしまう。ドランはクスッと笑うが、彼だって同じように幸せに満ちた顔をしている。

 二人と一匹で皿を綺麗にした後、机の横に避よけていたメニューにドランの手が伸びる。

「もう一個頼もう」

 彼もまだまだ食べ足りないようだ。

「賛成」

「たーちゃんもたべる~」

 満まん場じよう一いつ致ちで追加注文が決まり、頼んだのは通常のフルーツサンド。もう一度食べてしっかりと味を覚えてから、親おや父じさんに作ってもらおうという話になった。揃そろってここで終わりにするつもりはない。食い意地が張っているとは思うが、みんながそうなら楽しめる。

 運ばれてくるまでの間もどんなフルーツを挟んだら楽しいかという話で盛り上がったのだった。


「じゃあ帰るか」

 すっかりと満たされたお腹なかを撫でる。ここまで食べれば満足だ。追加のフルーツサンドと一緒にお土産用のフルーツサンドも届いている。お会計に行くのはいい。だがドランが伝票を持つことには賛成できない。当然のように攫さらっていったが、先に目を付けていたのはジゼルだ。今日ばかりは譲ゆずってもらわなければ。強い気持ちを胸に手を伸ばす。

「ドラン。それ、私にちょうだい」

「今日は俺が払はらう。お土産みやげも大量に買ったし、行きにたくさん錬金飴もらっただろう?」

「ダメ。あれは今日の連れてきてもらうからって用意した分。たーちゃんがやってきた日のお礼をさせて?」

「そんなの気にしなくていいのに……。俺はジゼルが頼たよってくれて嬉しかったし」

 しょんぼりと肩を落とし「また一緒に出かけてくれればいい」と言い出すが、その手には乗らない。ドランと一緒に出かけたいのはジゼルも同じなのだ。お礼がなくなる理由にはならない。

「だーめ。今日は私が払うの」

「分かった。でもせめてお土産代だけでも払わせてくれ」

「そう言って会計を済ませた過去があるので認められません」

 胸の前で大きなバツを作る。ドランが困っているうちに彼の手から伝票をひったくる。

「たーちゃん、ドランのこと見ててね」

 そう言い残して、ささっと会計を済ませてしまう。ドランはよく「ジゼルが思っているより稼かせいでいる」と言うが、今のジゼルも似たような状態になっている。腹巻きなんてなくても懐はぽかぽかなのだ。

 こういう時に奢らせてもらわないと、この先、流され続けてしまうから。店員さんに笑え顔がおを向けながら、財さい布ふから金貨を数枚取り出す。

 戻ってきたジゼルに向けられるのは、ドランの物言いたげな視線だった。ジゼルも似たような視線を向けたことがある。だから全く気にならない。たーちゃんを椅い子すから下ろし、敷布をバッグにしまう。

「ほら、お土産半分持って。帰ろう」

「……ああ」

 ドランはまだ納なつ得とくいかないようだが、ジゼルが手を引けば重い腰こしを上げた。

 もちろんジゼルだって、ずっと今のままの売り上げが続くなんて思っていない。今は物もの珍めずらしいから広まっているだけ。一年もすればお客さんは本当に必要としている人のみになる。お小こ遣づかい程度の売り上げになるかもしれない。だがそれでいいのだ。

 お金に困るようになったらまた違う仕事を探せばいいだけ。錬金飴を売り出したことで、錬金術を使って働くにしても職場を錬金ギルドに限定する必要がないと気づいた。

 だからお礼の意味もあるけれど、余裕があるうちにこうして美味しいものや楽しいことに使ってしまいたかった。

「配達ギルドに戻る前に市場を覗いていってもいい?」

 ギルドに戻る途と中ちゆう、大通りから少し離はなれた場所にある市場を指差す。実は行きから目を付けていたのだ。

「ああ。女将さんと親父さんへのお土産か?」

「うん。名産品とかあればいいんだけど」

「なら桃ももがいい」

「桃? でも少し前に旬しゆんは過ぎてるよ?」

 桃が市場に並ぶのは暑い時期だ。王都だと比ひ較かく的てき長めに並んではいるものの、すでに見かけなくなってしまった。

 隣国とはいえ、旬は変わらないはずだ。桃は好きだが、さすがに難しいはず。そう思ったのだが、ドランはふっふふ~と得意げに笑う。

「この国では色んな種類の桃を育てていて、年中買えるんだ。ほら、あそこ。店出してるだろ?」

「本当だ!」

 ドランが指差す先にあったのは『桃』ののぼり旗。さすがに並んでいるものが桃かどうかはこの距きよ離りからでは見えない。ドランの視力は人並み以上なのだ。旗を目指して歩き始め、近くまで来てようやく見慣れた形の果物が並んでいるところが見られた。

「あれってフルーツサンドにしたら美味しいかな」

 自国では見かけなくなった桃を目にして思うのは、先ほど食べたばかりのフルーツサンドのこと。桃が甘い品種でも酸すっぱさのある品種でも、クリームの調整次し第だいで楽しめるはずだ。ジゼルは桃のフルーツサンドに思いを馳はせる。一方で、ドランが思おもい描くのは別のスイーツだった。

「パフェもいいよな」

「ぱふぇ?」

「ああ。前にジゼルと食べに行ったことがあるが、桃のパフェは美味うまいぞ」

「あれは美味しかったよね」

 思い出すのは二年前。王家からの依い頼らいが来る時期よりも少し前のこと。クリームと桃のジュレ、バニラアイスが層になっており、一番上にはシロップ漬づけされた桃が大だい胆たんに丸々一個載のせられていた。

 小さめの桃とはいえ、かぶりついた時に一気に来るじゅわっと感は、カットされた桃では決して楽しめない。丸々一個だからこその贅ぜい沢たく感があった。

 思い出したら満腹まで食べたのを忘れて、今からでも食べたくなってきた。ジゼルとドランは二人してほおっと息を吐つく。するとたーちゃんが腕の中で暴れ出した。

「たーちゃんたべてないよ!」

「そりゃあたーちゃんが来る前のことだからな」

「たべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたい」

 すごい抗こう議ぎだ。危なく落としそうになる。両りよう腕うででしっかりとホールドしなおし、よしよしと落ち着かせる。

「今度は一いつ緒しよに食べようね」

「いっぱい買って帰って、親父さんに作ってもらおう。親父さんなら店で食べたものより美味いものを作ってくれるはずだ」

 ドランの後あと押おしでたーちゃんはピタリと動きを止める。そしてぱあああっと満面の笑えみを浮うかべた。ドランの案で納得してくれたようだ。親父さんには悪いが、ホッと息を吐く。

 そのうちにドランは早足で屋台に向かい、袋ふくろいっぱいの桃を購こう入にゆうする。

「お金は後でいい?」

「さっきはジゼルに払わせたからな。絶対受け取らない」

「でも」

「それに俺も親父さんの作ったパフェとフルーツサンドが食べたい。これは材料代みたいなものだ」

「そっか」

「ああ。ジゼルからも頼んでおいてほしい」

「分かった」

 そう言われてしまえば文句なんて言えやない。ジゼルだってすでに親父さんのパフェとフルーツサンドを楽しみにしている。いつの間にかお土産ではなくなっている。そう、理解はしている。だが生まれてしまった食欲という名の強い衝しよう動どうを抑おさえられないのだ。

 代わりに何種類か食材を買っていこうと決め、ドランとたーちゃんと一緒に市場をぐるぐると回るのだった。


 りんごと栗もいっぱい買って、上機嫌で配達ギルドに戻る。想像よりも長いお留守番に、待たされていたドラゴンさんはやや不服といった表情だった。

 だが大量のフルーツサンドを並べれば一転して上機嫌へと変わる。一人前はドラゴンさんの一口へと変わり、次々と大きな口に納められていく。

「たまにはこうして出かけるのもいいな。娘とたーちゃんよ、また我が出かけに連れていってやろう」

「お土産みやげが欲しいだけだろ」

「坊一人だと気の利いたものを買ってこんからな」

 あっという間に全て平らげ、フンッと大きな鼻息を鳴らす。ドラゴンさんも大満足の一品であったようだ。彼かれが乗せてくれるというのなら、今後も遠えん慮りよなく背中に乗せてもらうことにしよう。もちろん錬金飴の差し入れも忘れずに。


 宿屋『オリーブの樹き』に到とう着ちやくし、帰りの挨拶を済ませると、早々にお土産が入った袋を差し出した。その際、親父さんにフルーツサンドと桃パフェのおねだりをする。

「そのフルーツサンドが本当に美味おいしくて、この桃で作ってもらえたらな~と思って」

「パフェもお願いします!」

「たーちゃんもぱふぇたべたい」

 お願いしますと手を合わせるジゼル。

 勢いよく頭を下げるドラン。

 親父さんの足にしがみつきながらぴょんぴょんと跳ねるたーちゃん。

 二人と一匹の様子に女将おかみさんも親父さんも目を丸くする。

「そんなに美味しかったのかい?」

「それはもう!」

「あんた、作ってやりなよ」

「作るのは構わないんだが、俺からもドランに頼みたいことがある」

「俺にできることなら!」

 食い気味で返事をするドランの目には、親父さんが作った桃パフェが見えているのだろう。たーちゃんもすでに食べることが確定した気で小こ躍おどりを始めた。

 一方で、ジゼルは唾つばを飲のみ込んでいた。パフェとフルーツサンドが食べたいのはもちろんだが、どんな頼たのみ事ごとがされるのか。自分は手伝えるのかが心配になったのだ。

 親父さんのことだから難しいことは言わないのだろうが、魔ま物もの討とう伐ばつの頼みならジゼルは何の役にも立たない。ソワソワと親父さんの言葉を待つ。

 別の意味で力が入る二人だったが、親父さんから告げられた言葉は意外なものだった。

「少し先の話になるんだが、雪解け祭りに行って、ホットパウダーを買ってきてほしい」

「ホットパウダー?」

「確か親父さんがずっと使ってみたいって言ってた、雪解け祭り限定の調味料ですよね?」

 ホットパウダーとは、身体の芯しんから温まるように複数のスパイスが調合された調味料である。毎年専門の調合師が一から調合をするため、使用されるスパイスや味が変わるのだという。

 売りに出されるのは雪解け祭りが開催されるひと月のみ。ホットパウダー欲しさに各国から料理人と商人が集まる。ただし買えるのはその年に一つだけ。

 商人の大量買いを防ぐため、購入の際はその人の所属が分かるようなものを提示しなければならないという徹てつ底ていぶり。その取り組みが功を奏して、一いつ般ぱん市場にはまず出回らない。買い付けに来る商人も貴族の家の料理人に頼まれた人ばかりなのだとか。

 寒くなると毎年親父さんが話してくれるため、よく覚えていた。

「ああ。一度使ってみたいとは思っていたんだが、うちからじゃ遠いし、何日も宿を空けるわけにはいかない」

「おまけに夜は吹雪ふぶきになる可能性もあるから、余計に時間がかかりますね」

「馬車なら移動だけで一ヶ月以上かかるが、ドラゴンなら翌日には帰ってこられるだろう? 祭りの期間中なら行くのはドランの都合のいい日で構わないし、ドラゴン便のお金も出すから。お使いをしてきてくれると嬉うれしい」

 ドラゴン便は非常に高い。親父さんはいつかの日のためにコツコツと資金を貯めていたそうだ。そのへそくりを出す覚かく悟ごだと胸を張った。だがドランはフルフルと首を振った。

「これは個人的な頼み事、というかパフェとフルーツサンドを作ってもらう交こう換かん条件みたいなものなのでお金はいりません」

「だがドランは配達を商売にしているだろう? それをタダで、っていうのは道理が通らない」

「それは親父さんにも言えることですよね?」

「単価が違う。やはりお金は払うべきだ。払えるか心配なら今から配達ギルドに予約しにいって……」

「俺の食欲を安く見ないでください。栗を使ったデザートだって作ってくれないかな……って下心もあるくらいなんですから」

 ドランはジゼルに接する時よりも丁てい寧ねいな言葉を使いつつ、食欲という名の大きな欲望をストレートにぶつける。

 ジゼルが思っている以上に渋栗のパンケーキも気に入っていたようだ。なんとも可愛らしくも彼らしい下心に、親父さんは目を大きく開き、そしてフッと笑った。

「悪かった。ドランはジゼルと同じくらい食べ物が好きだもんな。栗の方もちゃんと考えておく。相棒のドラゴンもフルーツサンド、食べるんだよな?」

「あいつは美味いものならなんでも食べます。それに雪解け祭りは俺も一度行ってみたかったんで。ジゼルも行きたいって言ってたよな?」

「確かに行ってみたいとは思ってたけど……。もしかして連れていってくれるの!?」

 以前そんな話をチラッとしたことがある。だが親父さん同様、日数がかかることを理由に諦あきらめていた。旅費と宿代が高いというのもある。親父さんみたいにいつかの日のためにお金を貯めることもしておらず、本当に『行ってみたい』と思うだけに留とどまっていた。

 そんななんてことない会話を覚えていてくれたなんて……。恥はずかしいような嬉しいような。けれどやはり嬉しさが圧あつ倒とう的てきに勝った。

「せっかく行くのに調味料一つだけで帰ってくるのはつまらないだろ? あいつだってジゼルとたーちゃんなら喜んで背中に乗せるはずだ。といっても泊まりにはなるから、無理にとは言わないが」

「じゃあドランの分の宿代は私が出すね!」

「いや、俺は配達ギルドに泊まるから。ジゼルとたーちゃんの分だけ予約してくる。人気の宿だと半年前に埋うまっているらしいが、祭りが始まるのはまだ先だから宿と日さえ選ばなければまだ部屋は取れるはずだ。俺が適当に入れてきちゃっていいか?」

「うん。分かったら教えて」

「ああ。それで、親父さん」

「桃のパフェとフルーツサンド、それから栗のデザートだろ? できたら配達ギルドに持っていってやるから安心しろ」

 親父さんの言葉にドランは満足げに頷く。そして軽い足取りで配達ギルドへと戻っていった。

 日が分かったら、その日をめがけて二日分の錬金飴ストックを作っておかないと。

 それにしても泊まりがけのお出かけなんて初めてだ。ジゼルは今まで村か王都で過ごしてきた。王都なら大たい抵ていのものは揃う。美味しいものだっていっぱいある。

 王都の外の話を聞くことも多かったし、楽しそうだとも思ったことはある。けれど行動に起こすことはなかった。それより錬れん金きん釜がまの手入れをしたかったし、『オリーブの樹』の手伝いがしたかった。王都の中だけで完結する生活に不満を持ったこともない。

 多分この先もそれは変わらない。その気持ちは本物で、けれど胸を弾はずませるこの気持ちもまた本物なのだ。


○ ○ ○


「あなたがジゼルさんですか! お会いできて光栄です。私、ブルーノと申します」

「たーちゃんもいるよぉ」

「ああ、君が看板タヌキのたーちゃんか! 噂うわさ以上の可愛かわいさだ」

「えへへ~」

 今日はずっと前から約束していた『満月の湖』から依頼を受けていた瓶びんのデザインを決める日。といっても今日の今日でピタリと決まるとは思っていない。デザイナーのブルーノも含め、顔合わせの意味合いが強い。

 ブルーノの第一印象は感じのよさそうな人。髭ひげを剃そって髪かみは整え、ジャケットは羽織っているものの、握あく手しゆを求められた際にチラリと見えた襟えりには皺しわができている。

 どこか抜ぬけているようで、そこに親しみやすさを覚える。ジゼルも知っているお店の服と分かるところも接しやすいと感じる理由の一つだ。

 知らない人だと、どうしても一線を引いてしまいがちだ。なにより、相棒であるたーちゃんに好意的である点はジゼルからの印象に大きなプラスとなっている。

「今日はうちまで来てもらっちゃってごめんなさいね」

「近くですし、宿屋の客間はちょっと今使えなくて……」

 ステファニーは申し訳なさそうにするが、ジゼルとしても都合がよかった。なにせドランと出かけてきた翌日から錬金飴を大量生産し、今では客間に所ところ狭せましと飴あめと瓶が置かれているのだから。

 ジゼルとしては一日も休みをもらってしまったから、手が空いているうちに気合いを入れて掃そう除じをするつもりだった。

 けれど女将さんから『寒くなったら絶対注文増えるから! 少なくとも宿屋ギルドからの注文は倍に増えると思った方がいいよ。瓶は後回しでいい。とにかく飴をたくさん作っておいておくれ』と熱弁されてしまった。

 正直、まだまだたーちゃんハイテンション分のストックが残っているけれど……とは思った。けれどストックがあるに越こしたことはなく、通常業務に余よ裕ゆうがあるのも事実。

 さすがに倍の注文が来なくても、瓶を作らなければそんなに場所も取らない。『満月の湖』からの注文分を考えると、消費できない量でもない。

 余裕があるうちに作ることで、忙いそがしくなった時に宿の仕事を手伝える。その結論に達し、せっせと錬金釜をかき混ぜていたのだ。

 女将さんの助言通り、ここ数日で注文が一気に増えている。寒期に突とつ入にゆうすれば、大げさではなく二倍近くの注文が来るのではないか。今だってストックがなければゆっくりと時間を取ることも難しかったかもしれない。

 客間に大量の物を置くことも許してもらい、ジゼルが留守にしている間は錬金飴のお客さんの対応までしてもらっている。本当に女将さんには感謝しかない。

 そんなわけで、ステファニー達が気にすることなど一つもない。にこりと笑ってから、奥おくの机に視線を向ける。すでに今日使うと思われる物が置かれている。ジゼルの視線に気づいたステファニーは奥へと案内してくれる。

「今回来てもらったのはね、あなたにこれを見せたかったからなの」

「蝋ろう燭そく、ですか?」

「ええ。実はキャンディボトルを耐たい熱ねつ性せいにしてもらうことで、飴を食べ終わった後の瓶をランプとして再活用するのはどうかと思っているの」

「ランプ、ですか?」

「本格的なものではなく、キャンドルホルダーとしての側面が強くなってくると思うけど、あなたの瓶は透とう明めい度どが高くて発色もいいでしょう? だから空き瓶として終わらせてしまうのはもったいないと思って!」

「なるほど。ですが耐熱性ガラスを使用するとなるとややコストが……」

 冒険者が使用することを想定した錬金ランプには、耐たい久きゆう性せいと耐熱性のどちらにも優すぐれたガラスを使用していた。作ることは慣れているので問題ないのだが、どうしても通常の瓶よりも材料費がかかってしまう。

 特に今回は色味とデザインを重要視するということで、ガラスの配合バランスにも気を遣つかう必要が出てくる。

 ギルドに所属していた頃ころのように大量に仕入れれば一個あたりにかかる材料費も抑えられるが、ジゼルは個人。結構な額で取り引きしてくれるとはいえ、話し合いの序じよ盤ばんからマイナス方面に歩き出そうとすることは避けたい。

 まだ些さ細さいなこととはいえ、心には留めていてもらいたい。そんな思いでチラッと口にしたのだが、ステファニーはジゼルの心配を一いつ蹴しゆうした。

「高くなった分は追加で出すわ。大だい丈じよう夫ぶ。この仕事を受けて損したとは思わせない。あなたは最高のものを作ろうという熱意と時間の確保をしつつ、生産を頑がん張ばってくれればいいの。次も受けたいという気持ちになってくれればベストよ」

「は、はぁ……」

 ぐいぐいと来られ、ジゼルは上半身だけのけぞってしまう。評価の表れなのだろうが、今から次の話をするなんてさすがに気が早すぎる。

 手紙のやりとりは何度かしているものの、こうして会うのは二度目。ステファニーの勢いにはまだまだ慣れない。初めてのたーちゃんはぽかんと口を開けている。だがブルーノにとってはいつものことのようで、彼かの女じよの勢いを無視して進んでいく。

「私が提案させていただくデザインとリンクした香りや色味の蝋燭を集めていただきました」

 ブルーノが切り出すと、ステファニーの表情も真面目なものに切り替かわる。

「ここにある以外のものも後々用意させてもらうつもりだから、イメージと違ちがう場合は遠慮なく伝えてちょうだい」

「えっと、火を付けた時の明るさや火の大きさ、どのくらいの時間燃えるのかを教えていただきたいです」

「そう言われると思って、事前にそれぞれのデータは集めておいたわ」

「ジゼルさんのガラスを使えばまた色味が変わってくるとは思うのですが、こちらで用意させていただいたガラスを重ねたものがこちらになりまして。まずはテーマと瓶のベースカラーから決めて行ければと思っております」

「なるほど」

 前準備はほとんど整っているということか。前に進もうという勢いだけではないところはさすが『満月の湖』のギルドマスターだ。差し出された冊子を軽く捲めくっただけでも、ジゼルが求めている情報以上のものが詰まっていることが窺うかがえる。

「今回はステファニーさんからいただいたテーマを元に、『空』『植物』『住居』『動物』の全四つのテーマをご用意させていただきました」

「空と植物、動物はなんとなく分かるのですが、住居とは一体……」

 ジゼルが質問した途と端たんにブルーノの鼻息が荒あらくなる。彼の中にあるスイッチを押おしてしまったらしい。先ほどまでの落ち着きはどこへやら。ぐいぐいと来る。

「『住居』は私が追加させていただいたものでして! ジゼルさんの錬れん金きんランプを見せていただいた時、胸の温かくなるような優やさしさを感じました。これからやってくる本格的な寒さで身も心も寂さびしくなってきた時、あの優しい光に包まれたのならどんなに幸せか!」

 そう言いながら、封ふう筒とうから何枚かの用紙を取り出した。いずれも『住居』をイメージしたデザインだ。基き礎そとなるパターンだけでも十以上ある。ここからさらに色味や細かい柄がらが変化していくようだ。軽く見ただけでもブルーノの思い入れの深さが伝わってくる。

「あ、これ可愛い」

「たーちゃんもこれすき~」

 ジゼルとたーちゃんの目を引いたのは、シンプルなレンガのデザインだった。今作っている瓶より高さを少しだけ低くし、その分横よこ幅はばを広げる。蓋ふたの部分は広めに確保。飴を食べ終わったら横にして蓋を取る。そうすることで暖だん炉ろに見えるようにするのだ。

 入れるのは高さの低い蝋燭。芯を太くすることで、赤茶色のレンガの部分の明るさが優しく広がるのだ。

 使用想定として、ベッドサイドに置いて読書をする老人のイラストが描かれている。メガネをかけた老人は少しだけジゼルの祖母に似ていた。自分の作ったものがこんな風に使ってもらえたら……と思い描きやすい。

「実はそれ、私も一番気に入っているデザインなんです」

「本当ですか!?」

「シンプルですが……いえ、シンプルだからこそ、ジゼルさんの持ち味が伝わるデザインだなと」

 錬れん金きん術じゆつ師しであるジゼルがデザイナーという職業の人に接する機会は少ない。だが王家に納品する錬金ランプ作りの度に受け取っていた、姫ひめ様さまのお気に入りデザイナーからの指示書も目の前の彼も、ジゼルの作る錬金ランプに寄り添そってくれようとする。

「私もいいとは思う。けれどこのデザインにするなら、来月には配り始めないといけなくなる。……納期がかなり厳しくなるわ」

「それは、そう、なのですが……」

 ステファニーの言葉は商人としてもっともである。ブルーノもこのデザインを通すことはジゼルから作業日の余裕を奪うばうことだと理解しているからこそ、徐じよ々じよに元気がなくなっていく。

「一日でも早く配りたいとは思っているけれど、同時に中ちゆう途と半はん端ぱなものや時期外れのデザインは出したくない。お客様には自分の手元に置く品として認めてもらい、その上で長く使ってもらいたいの」

「来月までに作ればいいんですよね?」

「ええ。でもかなり難しいと」

「できると思います」

「え?」

「似たような色味なら作ったことがありますし、瓶の形自体も今作っているものと大きく変わるわけでもないので。一いつ旦たん宿に戻って、作ってみてもいいですか? 数日中に完成品をお持ちします。完成連れん絡らくはこちら宛あてにお手紙を……」

「直接持って来てちょうだい。しばらくは長時間留守にする予定はないから、時間はいつでもいいわ。でも無理しなくてもいいのよ?」

「私の中で完成品のイメージは固まっているので、生産日数的には問題ありません。ただ私が作ったものとお二人のイメージが違う場合もあると思うので、気に入らないようでしたら他のデザインも検討していければと思います。いかがでしょうか」

 幸いにも錬金飴はストックに余裕がある。デザインが今日決まってしまえば、あとはキャンディボトルを作るだけ。

 食べ物以外を錬金する際に使う釜かまもそろそろ追加で欲しいと思っていたところだ。錬金釜が増えればその分、生産効率は上がる。来月までに納品できる見み込こみはある。

 なにより、ジゼルが作った錬金ランプを褒ほめてくれたブルーノのお気に入りを、他の人にも見てもらいたい。そして気に入ってもらいたいと思うのだ。

「私はそれで構わないわ」

「ジゼルさんのお手間にならなければ是ぜ非ひ、このランプを見せてください!」

「本来の使用目的は飴を入れる瓶なんですけどね」

 ジゼルは少しだけ困ったように笑ってみせる。けれどすぐにデザイン画を受け取り、たーちゃんと共に宿屋に戻もどる。

 部屋に戻る前、キッチンに顔を出す。ブルーノが描いてくれたイラストの色味を再現するには、どうしても必要なものがあるのだ。

「すみません、親父さん。今日、タマネギとりんごを使う予定はありますか?」

「ん? ああ、予定はないが、今から夕食に使うことはできるぞ。一個ずつでいいか?」

 ジゼルの質問の意図に気づいたようだ。親父さんは調理台の上にりんごとタマネギを並べる。

「はい。お願いします」

 親父さんはりんごの皮をスルスルと剥むいてくれる。いつ見ても鮮あざやかな手つきだ。その間にジゼルもたーちゃんを抱かかえたまま、タマネギの皮を剥く。少し剥きづらいがこの程度ならわざわざたーちゃんに下りてもらう必要はない。

「ジゼル、おなかすいちゃった? たーちゃんのぶんのあめあげようか?」

「ううん。これは瓶の色を付けるのに使うんだ」

「かわからいろでるの?」

「うん。りんごの皮とタマネギの皮を使うと、さっきブルーノさんが見せてくれたみたいな色が取れるの」

 一いつ般ぱん的てきなガラスの生産にこれらが用いられることはない。金属化合物を使って色付けするらしい。またガラスに限らず、錬れん金きん術じゆつを用いて何かに色を付ける場合には特定の鉱物を使うことが多い。実際、ジゼルもそれらの鉱物を使うことがほとんどだ。

 だが鉱物を使った方法ではどうしても出せる色が限定されてしまう。特に柔やわらかな色味を出すことが難しい。そこで様々な方法を試ためした結果、辿たどり着いたのが食べ物や植物を使った着色方法だった。

 ヒントとなったのは草木染めである。布や糸を染められるのであれば、工く夫ふう次し第だいで他のものも染められるのではないかと。

 ちなみに余計な水分が混ざることによる耐久性の心配は、ガラス本体の強化と植物の乾かん燥そうによって解決済み。作業効率の悪さだけはどうにもならなかった。だから鉱物と植物を使い分けることにしたというわけだ。

「おいしいだけじゃないんだね」

「ちなみに私が好きなオレンジは着色に使えるし、お菓か子しにもなるし、お掃除にも使えるんだよ」

「おかし!」

 たーちゃんにとって、着色や掃除よりもお菓子が大事なのだ。お菓子というワードだけですでにうっとりしている。今にも涎よだれが垂れてきそうだ。

「今度作ってやるからな」

「いいの!?」

「ああ、美味いぞ~。でも今日はりんごで我が慢まんしてくれな」

「うん。たのしみにまってる!」

「催さい促そくしたみたいになっちゃってすみません……」

「気にするな。俺おれも聞いてたら久しぶりに食べたくなってきた。あ、りんごの皮はこれな。タマネギの皮と一緒に入れちゃっていいよな?」

「はい。お願いします」

 たーちゃんはりんごの皮とタマネギの皮が入った袋を、ジゼルはカットされたりんごを持って部屋に戻る。一緒にりんごを食べながら、ブルーノから預かってきたデザイン画を確かく認にんする。

「色味は調整していくとして、形と柄はどうやって作ろう?」

 デザインがしっかりと書き込こまれているとはいえ、初回は何段階かに分けて作っていく。ジゼル自身が完成イメージをよりはっきりと思い描えがけるようにするためだ。完成形さえ分かれば、現在販はん売ばいしている錬金飴の瓶と同じように一回でポンッと作れるようになる。

 またガラスの色味も確認しておきたい。似たような色は作ったことはあるものの、ガラスの種類が変われば出る色味も若じやつ干かん変わる。

 鉱物を使って調整はしていくつもりだが、今回はなるべく植物をベースとした色を作りたい。鉱物は発色がいい分、混ぜすぎないように注意が必要だ。

 まずはもらってきた二種類の皮を魔ま法ほうで乾かわかす。水分を完全に飛ばしたら、半分ほどを粉末状にする。その色を確認してから、数種類の鉱物を砕くだく。錬金飴の包装紙を作る際に使っているものだ。

 細かくなった鉱物をすり鉢ばちに入れ、慎しん重ちように混ぜ合わせていく。色が濃こくなりすぎたら追加でタマネギの皮とりんごの皮を入れ、調整していく。その都度重さを量り、メモを取っていく。といっても同じ植物を使ったところで毎回同じ色味が出るとは限らないので、あくまでも次回以降の目安くらいにしかならないのだが。

 チマチマと鉱物を追加しては混ぜてを繰くり返す。意外にも時間がかかる作業だが、ジゼルは地道な作業が嫌きらいではない。

 今回は日にちに余裕があることもあり、納得いく色味を追求していく。といっても色が決まれば終わりというわけではない。実際に完成したガラスが思っていた色と違うなんてこともザラだ。

「とりあえず一回作ってみてから考えよう」

 作ったばかりの染せん料りようとガラス瓶の材料を混ぜ、錬金釜に投入する。この際、釜の縁ふちをなぞるように手早く混ぜるのがポイントだ。

 少しすると釜の真ん中に、錬金飴よりも少し小さな球が発生する。これがガラスの核かくとなる。核を中心にガラスができてくるので、あとは放置するだけでいい。

 少し時間がかかるので、錬金飴を包みながら待つ。縁ギリギリまで育ったら一度引き上げ、冷めるまで待機。その間にもう一度ブルーノのデザインを確認する。特に蓋の部分の大きさを重点的に。

 手で触さわっても大丈夫になったらもう一度錬金釜に入れ、瓶の形を思い描きながら溶とかしていく。この辺りは普ふ段だんの瓶作りと同じだ。完成したら引き上げて、また冷ます。

「たーちゃん、この色どう思う?」

「ぽかぽか~ってなる。たーちゃんはすき」

「じゃあベースはこの色にしようか」

「うん!」

 ジゼルも好きな色合いだ。キャンディボトルを冷ましている間に、残っている材料で同じ色を作っていく。完成したら染料は小こ瓶びんに入れ、蓋に今日の日付を書く。そして引き出しから大きめの木箱を取り出した。

「そのはこ、なぁに?」

「私が気に入った色を入れる箱だよ」

 この箱には今までジゼルが作ってきた染料の中でも特にお気に入りの色を保管してある。ほとんどが錬金ランプを生産する際に作った染料である。

 調整に時間がかかるのはもちろん、材料がやや特とく殊しゆなこともあり、材料は全てジゼルが用意し、『オリーブの樹』の自室で作っていた。こうしてみるとたくさん作ってきたものだ。たくさん区切りがある箱を購入したつもりだったが、気づけば残りのスペースはわずかとなっていた。

「前にたーちゃんが変身していた錬金ランプに使った色もあったはず……」

 蓋の上に書いた日付を参考にいくつかの小瓶を持ち上げる。そして例の錬金ランプを作る際に使用した染料を見つけた。たーちゃんに見せると口元を綻ほころばせる。

「ジゼルのいろだぁ。たーちゃんがだいすきないろ」

 息を吐くように溢こぼし、小瓶をギュッと抱だきしめる。ジゼルが思っていた以上にあの錬金ランプと色を気に入ってくれていたようだ。

「私も気に入ってる色なんだ」

 たーちゃんの頭を撫なでてから、作ったばかりの染料入りの瓶を空いているスペースに入れる。先ほど書いたメモも一緒に入れておく。

「ほかもみていい?」

「いいよ~。この中に柄に使える色があるかもしれないし、一緒に見ていこうか」

「うん!」

 瓶全体の色に使うのとは違い、柄だけなら大した量は必要ない。ここにいい色があったらそこから使おう。本決まりになった際はメモを参考に作り直せばいい。