ここでその四天王であるシモンが苦々しい顔で、確かにと頷く。

「もし魔王軍にいれば我らの上に立てるほどの実力だ。あのような方の息子となると、心当たりは一人しか……」

 シモンもどうやら、ユークたちと同じ予想に至っているようだった。

「ま、目覚めてから聞くことにしようか。角ももらわないといけないし」

「そうじゃの」

 ベイルが目覚めるには、それから一時間ほどが必要だった。


*****


「いやぁ、負けた負けた。流石の実力だな、あなた方は」

 穏やかな様子でそう言ってくるベイルに、ユークたちは面食らう。

 特にユークとテリタスは微妙な表情だ。

 ベイルの態度が、というより、ベイルにどういう顔を向けて良いのかわからなかったからだ。

「どうされた? 何か気に障ることでも……」

 逆にベイルからそう尋ねられて、ユークは開き直って聞くことにした。

「気に障ることをしたのは、我々では。僕はご存じの通り〝勇者〟です。こっちは〝賢者〟で……魔王討伐を成したパーティーの一員だ。つまり……」

 その先を言う勇気はなかったが、ベイルが継いだ。

「我が息子を倒した方々ということだな」

!? やっぱり……」

「なんだ、気付いておられたのか。まぁ、気絶する前にそんなことを口にしたような記憶があるからな……」

「魔王は、貴方の息子なのですね」

「いかにも」

「では僕たちのことを恨んでいるのでは」

 いかに種族同士の繋がりの薄い魔族とはいえ、家族の情というものくらいあるだろう。

 特に、この辺獄の魔族は魔族にしてはかなり情があるように見える。

 であれば、血縁者を殺した相手など、憎いに決まっているのではないか。

 そう思っての質問だったが、ベイルは気にした様子もなく言う。

「いいや。特に憎くはない」

「なぜですか……?」

「あの息子は、掟を破ったからだ」

「掟?」

「この集落の魔族は、この森……お前たちの言う辺獄から出ることを禁じられていたのだ。それなのに、あの息子は……そしてその後どうなったかは、我々よりあなた方の方が詳しいだろう」

「はい。ということは、あの魔王の特異な力は……」

 魔族も魔物もすべて従える特殊なスキル。

 あれはここ出身の魔族だから持っていたのではないか。

 そう思っての言葉だったが、ベイルは言う。

「いや、あいつは元々、自分より弱い魔族や魔物に一方的に命令をできるスキルを持っていた。あれはここでも特殊な力だよ。ただ、歴史的に何度か生まれてはいる。そしてだからこそ、ここを出ることを掟によって禁じたのだ。かつて、魔王として君臨しようとした者が、何人か出てしまったからな」

「そうだったのですか……」

 これは驚くべき話だ。

 確かに歴史には、何百、何千年に一人、魔王が出現したという記録がある。

 そしてそれらはすべてここから出たのだろう。

「世界を荒廃させるのは、我々も本意ではない……あのようになってしまったあいつを、外の者が倒すのは必然。だから恨んではいないのだ……それに我が子が迷惑をかけてしまった。その謝罪となるかはわからないが、角は差し上げよう」

 ベイルはそして、自らの角を根元から手折り、ユークに手渡す。

「……ありがとうございます」

「いや、こちらが言うことだ。我が子が世界を滅ぼす前に、よく倒してくれた」

 それから、ユークたちはベイルたち、辺獄の魔族たちと色々と語り合った。

 その中には興味深い話がいくつもあったが、深く尋ねるには時間が足りず、またここに来訪することを約束してヴェーダフォンスまで戻ることにしたのだった。


*****


「……ここは……」

 世界樹の神霊に転移させられて、目の前が真っ白になった。

 足下がふわりとなくなったように感じた後、再度地面を踏みしめる感覚がして目を開く。

 するとそこには確かに大地があった。

 目の前には樹木があって、それに手を触れているらしいと認識する。

 しかしそれは世界樹ではない。

 これは……。

「〝聖樹〟様だ……本当に転移したようだ。世界樹様の神霊……物凄い力をお持ちなのだな」

 納得したようにそう言ったのは、ファルージャだった。

 上を見上げると、そこには黄色い葉をハラハラと落としている巨大な樹木がある。

 世界樹よりも迫力はないが、確かに神聖な力を感じる。

 これが聖樹なのか。

 ただ、聞いていた話よりも枯れかけている気がした。

 世界樹が危機を感じるだけある。

 だからこそ……。

「ファルージャ殿、早く治癒をした方がいいのでは?」

「あぁ、そうですな……ええと」

 ファルージャはそう言いながら、世界樹から託された葉や枝、それに雫を取り出していく。

 すると……。

『……もしゃもしゃ。美味いの』

 という声がファルージャの足下から聞こえた。

 俺たちは聖樹を観察するために上を見ていたから、すぐには気付けなかったが、声がしたので視線を下げる。

 するとそこには、五歳くらいの少女がいて、世界樹の葉を食べていた。

「こ、これっ……! それを食べてはならぬ! それは聖樹様を治癒するための……」

 ファルージャが慌ててそう言い、少女に手を伸ばすが、少女は首を傾げて言う。

『んー? だから食べてるの。私、聖樹。聖樹、私』

「え?」

 少女の手は止まらず、そのまま食べ続ける。

 ファルージャの手は空振りし続けるが、その時、驚くことが起きた。

 聖樹がポワッ、とした光に覆われ、その枝の一部に青い葉が生え出したのだ。

 その現象はどうも、少女が一定量、世界樹の素材を食べると生じているようだった。

 ということはつまり……。

「あの子が、聖樹の神霊ってこと?」

 フローラがそう呟く。

 これが聞こえたのか、少女は言う。

『うん、そうだよ。お母さんが皆を送ってくれたって聞いたの』

「お母さん……世界樹のことか?」

 俺が訪ねると、これにも少女は頷く。

『そう。〝根〟を通じて、教えてくれた……魔王もクレイが倒したの?』

 急に話が変わってそんなことを尋ねられて驚く。

 ただ、神霊は自然そのものの精霊、その最上位に位置する存在だ。

 それくらいのことは知っていておかしくはない。

 だから俺は答えた。

「あぁ、一応な。パーティーの皆と協力して、だけど」

『そうなの……ありがとうなの』

「何がだ?」

『魔王は、世界の淀みを受けて生まれる存在だから。それを倒してくれたから、私も元気になれる』

「それはどういう……」

『力が少し戻ったの。だからね……こういうこともできる』

 聖樹の神霊はそう言って、少し力を込めたように震えた。

 すると、聖樹から、いくつかの方角に向かって光の玉のようなものが飛んでいく。

「あれは……?」

『悪い奴をやっつけたの。ファルージャ、後で捕まえておいて』

 ファルージャはこれを聞いた後、光の玉が向かった方角を確認して、言う。

「まさか……聖樹様の力を奪っていたという者たちに向けてお力を放たれたのですか?」

『そうなの。動けないようにしておいたから」

「ありがとうございます。直ちに。イラ! 行くのだ!」

「はっ!」

 直後、イラがその場から消えた。

 彼は基本的にこういう時に荒事を担当する者なので、ようやく仕事ができると張り切っているようだった。

『それと……ここに〝ハイエルフの涙〟と〝獣王の息〟を入れてほしいの』

 神霊がそう言うと同時に、目の前に光り輝く杯が出現する。

「これは……?」

 俺の質問に神霊は言う。

『聖杯。ここに、三つの素材を入れると〝せいるい〟ができるの』

 これに驚いたのはフローラだった。

「聖杯って、教会がずっと追い求めている聖具よ。神霊が扱うものだったのね……道理でどこにもないわけだわ」

「聖涙ついては何か知ってるか?」

「飲めば永遠の命が得られるとか、神の座が与えられるとか言われてるけど……」

 これには神霊が答える。

『人が飲めば、不死になれるの。神様にはなれないけど神霊にはなれるかも?』

 これを聞いてフローラは微妙な顔をして言う。

「私は聞かなかったことにするわ」

 そんなことを公言すれば、相当まずいことになると予想がついたからだろう。

 俺も黙っておくことにする。

「ま、まぁ……あれだろ。神霊の君が飲めば、完全な状態に戻れるってことだよな?」

『そうなの。でも〝魔人の角〟がないの』

「それなら、俺の仲間たちがすぐに持ってくるさ」

『期待してるの』

 それからしばらくして、イラが戻ってきた。

 彼の後ろには縛られている十数人のエルフの姿があり、それを確認したファルージャは顔をしかめる。

「イラ……そやつらが?」

「はい。いずれも聖樹様から力を搾取していたと自白しました」

「どいつもこいつも、五公家の係累ではないか……」

 五公家は確か、エルフィラにおいて国の舵取りをする一族の家だ。

 その家の関係者がそんなことに手を染めていたとは……。以前、ファルージャたちが〝獣王の息〟を自分たちが持っておくのを忌避したことがあったが、こういう者たちから守るためだったのだろうと納得がいく。

「なぜそんなことをした」

 ファルージャが縛られている者たちの中でも最も年かさの者に尋ねた。

「ファルージャ……貴様は何も知らなかったのだろう。だが、我が家には伝わっておった。聖樹様の力の取り出し方、その扱い方、そして効果がな」

「キラール……お前、五公会議のメンバーの一人でありながら……」

「ふん。五公会議が何だというのだ。わしはもう三百年生きた。寿命はもう百年も残っておらんかった。だが、聖樹様の力を取り込めば……ほれ、見よ」

 キラールという老人がそういった瞬間、彼は姿を変えた。

 どうやら幻影魔術で老人に見せていたらしい。

 その姿は若々しく、同一人物には見えない。

「貴様……すでに……」

「他の者もな。ファルージャ、今はそうやってわしらのことを捕縛でもなんでもしていればいい。じゃが、お前の方が我らより先に死ぬ。その後は……な」

 罪を犯したのにずいぶんと堂々としているものと思ったが、どうもエルフィラには死刑がないらしい。

 そうなると牢獄に閉じ込めておくしかないようで、それではどれほど重い罪であろうとそのうち出てきてしまうという。

 特に、五公家の人間なら、ファルージャがもし死ねばその時点で出してしまうだろうと。

 そしてその時に彼らを止められる人間がいるのかは未知数だ。

 もちろん、今からその辺りについてよくよく伝えておけば大丈夫な可能性が高いだろうが、絶対とは言えない。

 そのことを考えてファルージャが歯ぎしりをしていると……。

『あ、ちょうどいいの。返して』

 神霊がそう呟いてキラールたちに手を掲げた。

 すると光がキラールたちから立ち上り、そして神霊のもとへと集まっていく。

 それらの光を神霊は吸収し、そして……。

『美味かったの。ごちそうさま」

 そう言った。

「……思ったよりえげつないことするな、この神霊」

 俺が思わず呟くと、フローラも同意する。

「ええ……というか取り過ぎなんじゃないの? これ……」

 俺とフローラの視線の先には、キラールたちの姿があった。

 先ほどまで、聖樹の力によって若返っていたらしい彼ら。

 しかし、今の彼らは……。

「な、なんじゃ……何が……は!? わ、わしの腕が……肌がぁぁ!!

 キラールが俺たちの視線に違和感を覚えたのか、自分の体を確認する。

 そして絶望した。

 その理由は簡単で、彼らは先ほどの若々しさなど見る影もなく、随分と老いてしまったからだ。

 元々、三百歳と言うことでエルフにしても高齢の方だが、人間換算で六十歳くらいの見た目になるはずだ。

 しかし、今のキラールの姿は六十どころではなく、骨と皮だけになって、肌もシワシワであり、百歳だと言われても納得できるほどだ。

『元来の生命力も私の力にくっついてたから、回収し過ぎちゃったの。でも返せないの』

 神霊が残酷にそんなことを言う。

 キラールは何が起こったのか察して、

「か、返せ! わしの命を返せぇぇ!!

 そう叫んだが、神霊はあかんべーをしてから言う。

『私から奪わなければそんなことにはならなかったの』

 まぁ、確かにその通りではある。

 それからファルージャは機嫌が良くなったようで、イラに命令した。

「そやつらを牢獄に。もう十年も生きられまいて」

 そのままイラたち、エルフの戦士たちがキラールたちを引っ立てて牢獄まで連れていってしまったのだった。

 十年も生きられまいというが、あの年齢から十年もというのは人族からすれば相当長い気がするが、エルフ的には絶望なのだろう。

 キラールたちの連れていかれる表情から察した俺とフローラだった。

 しかしそれにしても……。

「あんなことができるのなら最初から回収してしまえば良かったのでは?」

 俺が神霊に尋ねる。

 すると神霊は言う。

『あれは私の力をキラールたちが取り込んだからできたの。私とエルフィラのエルフは皆、繋がってるから』

「元々はそうじゃなかったのか」

『うん、何かの魔道具に私の力を溜めてたみたいで、働きかけることができなかったの。多分、ファルージャが戻ってきたのを察して、さっさと取り込んだのだと思うの』

「なるほど……取り込んでしまえば罪が露見しようともうどうにもできないと思っての行動だったんだろうが、かえってひどい目に遭うような事態を自分たちで招いてしまったってわけか……」

「エルフの恥部を晒したようで面目ない……」

 ファルージャががっくりとした様子でそう言った。

「いや……人間にも色々いるようにエルフにも色々いるってだけでしょう。少なくともファルージャ殿は聖樹のために奔走しているんですから恥じる必要なんてないでしょう」

「そう言っていただけると……」

『私もそう思うの』

 本人ならぬ本樹木がそう言っているのでこれについては気にする必要はないだろう。

 ただ、エルフにもああいう手合いがいるというのは記憶に留めておくべきだろうな。

 エルフというのは寿命が長く、精神的にも成熟しているために、種族的に寿命や若さに執着することはない、と言われてきたが、どうもそうとは限らないようだ。

 まぁ、そもそもこの種族はこうだから、と決めつけること自体がナンセンスなのかも知れない。

 辺獄で出会ったエルフと獣人を見てもそう思う。

 あの森のエルフはエルフィラのエルフのような気位の高さを持たないし、獣人も通常の獣人たちとは違って力だけを頼りにしているような感じではなかった。

 魔族についてはユークたちに任せてしまったのでどうだったのかは確認できていないが、もしかしたらイメージとは違う存在である可能性もある。

 そう、ユークたちが連れてきたかつての四天王であるシモンだって、今は人を見たら襲いかかる、みたいな性格などしていなかったのだしな。

「それで、これからどうする?」

 フローラがふとそう口にする。

 これに俺は、

「……まぁ、後はユークたちを待つだけだしな。〝魔人の角〟があればもう大丈夫なんだろう?」

 聖樹の神霊に尋ねると、

『そうなの』

 と頷いた。

「でしたら、皆さんはそれまで我が家に滞在していただければと。あ、シャーロット殿はエルフィラの者たちと接触する時は気をつけていただけると……」

「仕方ないですね……わかりました」

 シャーロットだけにそういう注意がつくのは、彼女がハイエルフで、たとえその魔力を隠していてもエルフから見ると高貴な存在に見えるからだという。

 具体的には非常に魅力的に見えてしまうらしい。

 ファルージャやイラはハイエルフだと知っているから理性で抑えられるが、他のエルフたちは難しいかも知れないということだった。

 それから、俺たちはファルージャの家に案内された。

 流石、五公家の筆頭の家と言うことだけあり、かなり広く、俺たちが泊まってもまだまだ余裕がありそうだった。

「広過ぎて使い道に困っていましたが、このような機会が得られて良かったです」

 ファルージャはそんなことを言って喜んでいた。

 どうやら本音らしい。

「……しかし、聖樹の神霊まで来ているのはどうなんでしょうね」

 俺はそう言う。

 リビングには俺、フローラ、シャーロット、それにファルージャの他に聖樹の神霊がちょこんと座っていた。

 しかも実体があるようで、ファルージャが一応、と言って出した果実のジュースを飲んでいる。

 植物がジュースなんて飲んでいいのか?

 と思うが、普段も根から水を吸っているだろうからおかしくはないのか?

 聖樹の神霊を見ていると、なんだか常識が崩れてくるな……。


*****


『あ、お母さんから連絡が来たの』

 急に聖樹がそう言ったのは、ファルージャの家で寝泊まりし始めた二日後のことだった。

「転移を使うってことか?」

 俺が尋ねると、神霊は答える。

『うん。魔力が欲しいって』

「俺とフローラとシャーロット、それにイラとファルージャのってことでいいか?」

『ううん。今回はクレイとフローラだけで大丈夫だって。ユークとテリタスがいるからって』

「あぁ、なるほど。あの二人なら他の三人の分もまかなえるのか……わかった」

 それから、俺たちは聖樹のもとまでいって、その幹に触れ、指示された通りに魔力を流し始めた。

「……ここは……?」

 魔力を聖樹に流し終えた直後、光と共に突然そこに出現してそう呟いたのは、ユークだった。

 彼の他にテリタスもいる。

 ただ彼らと一緒に行動していたはずのシモンは……どうやらいないようだが。

 向こうに残ったのだろうか。

 そんなことを考えていると、

「お、クレイたちじゃないか。ということは、やっぱりここはヴェーダフォンスではなくエルフィラでいいんだよね?」

 ついにユークが俺たちに気付いてそう尋ねてきた。

「あぁ、そうだ。どうだった? 転移してみた感想は」

 魔王討伐の旅をした俺たちにとっても、長距離転移は極めて珍しい経験である。

 だから聞いてみたくなった。

「なんだか不思議な感じだね……エルフィラはあそこからかなり離れているというのにこんなに一瞬で移動できてしまうとは。本当にここがエルフィラなのかと疑ってしまうよ」

「気持ちはわかる。俺たちも同じだったしな……でも、これを見れば疑う余地がないことははっきりわかるだろ」

 そう言って聖樹を示すと、ユークは頷く。

「あぁ、世界樹に気配は似ているけど、こちらの方が小ぶりだし、神聖力も弱めだから違う木だってわかるね。しかし、聞いていた話と違ってまだ元気そうだが……枯れかけてるって話だったはずだけど」

 首をかしげるユーク。

 続けて、

「かなり上の方じゃが、枝に青い葉もいくつか見えるのう……枯れる途中ということか?」

 そう言ったのはテリタスだ。

 そんな二人に、俺たちはここで先日あったことを詳しく説明した。

 全て説明し終えると二人は驚いた様子だったが、最終的には納得したように頷いた。

「そういうことなら、この聖樹の様子にも納得だよ。やっぱりそれなりの生命力が感じられるからね。今にも死にかけという感じはしない」

「うむ、そうじゃの。ということはあまり急いでくる必要もなかったようじゃが……ま、早い方がいいか。ほれ、ユーク。例のものを」

「あぁ、そうだね。ほら、しっかり持ってきたよ」

 そう言ってユークは石のような、もしくは鱗のような質感の物体を取り出し、俺に手渡してくる。

 それが何なのかは、すぐにわかった。

 魔王の首にもついていたものだからだ。

「これが〝魔人の角〟か……こうして見るとかなりの力を感じるな。魔王の首についていたものとは感じが違う」

 魔王の首は切り落とし、王都まで持っていって魔王討伐の証拠として保存してあるが、あれについている角からはこれほどの力は感じられなかった。

 なんというか、生きている力と言えばいいのだろうか。

 魔王の角にも確かにある程度の力は感じられたが、もう既に死んでいるという感じだった。

 それについて指摘すると、ユークは答える。

「それなんだけど、〝魔人の角〟は、持ち主が死亡すると基本的に急激に力が抜けてしまうものらしくてね。本人の同意を得て、しっかりとその持ち主の意思で正式に折られたものでなければ、本来の性能を発揮しないらしい」

「これを折る時に、持ち主の魔族の族長が魔力を角に送っていたのが見えた。あのやり方をしなければ、ダメなのじゃろうな」

 テリタスもそう言った。

「話を聞くに、辺獄の魔族は理性的な者たちのようだな」

 俺がそう口にすると、ユークとテリタスは向こうであったことを説明してくれた。

 それは様々な意味で驚くべき内容だったといえる。

 特に魔王に関する話は意外だった。

 何せ、族長の息子だったというのだから。

「そんな因縁が……」

 俺がふとそう言うと、ユークも苦笑して言う。

「驚きだよね。でも、今回辺獄に行ってよかった。そうじゃなかったら、僕たちは何も真実を知らないままだったからさ」

 倒すべき敵として旅の間ずっと相対してきた存在。

 しかし実際には細かいことなどほとんど誰も知らなかった。

 強いて言うなら、人族に敵対する謎の存在、というくらいで。

 だがその真実の姿は、辺獄から掟を破って出てきた若者だった、ということらしい。

 まぁ、魔王も若者と言っても人族とは寿命が違うし、活動期間もそれなりに長いから若いとは言えないかもしれないが。

 そういえば、今さらだけど、最後の最後に魔王が言っていたんだよな。気が向いたら辺獄を見てみたらどうかって。それはここに理由があったわけだ。

「だが、そうなるとこれからも魔王は辺獄から生まれ続けるのだろうか」

 聞いた話をまとめるとそういうことになってしまう。

 それを避けるためには辺獄の魔族を絶滅させよみたいな話になりかねないが……。

「それについては族長と話したけど、そうならないように、もしくはそうなっても迅速に対応できるように、これからは周囲と連絡を密にしてくれるってさ」

「というと?」

「たとえば、辺獄の他の種族、獣人やエルフとの交流を深める、それと人族とも……エメル村を通じて交流していくって」

「今まではなぜやらなかったんだ」

「魔族のイメージが悪過ぎたのと、掟の問題があったらしいよ。でも、今回、王族である僕と交流が持てたのと、掟に固執するのもやめるべき時が来てるのかもって話だった」

「思ったより柔軟だな」

「世界樹とか聖樹のこともあって、エルフや獣人族も変わっていく中、自分たちもこのままではいられないと悟ったってさ」

「そうか……まぁ、いいことだろうな。魔族絶滅、とか掲げてまた新たな戦いが始まるようなことにはならなそうだし」

「あぁ。もしそういう提案が出そうになったら僕が止めるけどね。ただ、どっちにしろ君は大変なんじゃない?」

 急な言葉に俺は首を傾げる。

「なぜだ?」

 俺の言葉にユークはあっけらかんとした様子で答えた。

「だって、これから辺獄周辺は注目の場所になるよ。そこをわずかながらとはいえ、開拓に成功しているのが君だ。ほとりのエメル村の住人ともいい関係を築いている。これほどに辺獄と関わりの深い人族はそうはいない」

 言われて確かに、となる。

 だが……。

「そんなにすぐに注目されたりはしないだろう?」

 ユークが黙ってくれていればいい話だ。

 ただ、そうはならない、というかできなそうなことも少し考えて俺は納得する。

 ユークもそこのところを理解した上で、可能な限りのことはしてくれるつもりのようだ。

「もちろん、いきなり大々的に発表するつもりはないけれど、辺獄の情報については少しずつ浸透させていく必要があるからね。そうでなければ未来にまた、種族間で大きな争いになる可能性がある。それに、辺獄の異種族たちはこれからあの森を出て活動することも増えるだろう。そのことを考えれば、彼らのことについても偏見がもたれないようにしておかないとならないし……そう考えると、少しずつ注目されていくのは間違いないよ」

「……安穏とした生活をするつもりで辺境にやって来たんだけどな」

 頭をかきながらそう言うと、ユークは俺の肩をポンと叩いて言った。

「君はどうもそういう星の下に生まれてきてしまったみたいだから、あきらめることだね。ま、幸い僕に敵対的な貴族関係はこの間のことでほとんど一掃できたから、変なちょっかいをかけさせないように統制はできる。だけどその程度だから、君も今後のことはよく考えてほしいな」

「わかったよ」

 軽く話しているが、これは責任重大である。

 辺境、辺獄の未来が、俺にかかっていると言っていい。

 ただそれでも、今までと大きく行動指針が変わるわけでもないが、外部との折衝とかはまじめに考えていく必要があるだろう。

 辺獄の異種族たちにしても、エメル村の村人たちにしても、外の人間とは常識が大きく異なるため、うまく架橋できるのは俺やフローラのような人間だけだろうから。

「ま、それはともかくとして、そろそろ本題の方に移ろうか」

 俺が〝魔人の角〟を見つめながらそう言うと、みんなが頷く。

 それから、俺は聖樹の神霊に視線を向けた。

「これを渡せばいいか?」

 そう尋ねると、神霊は少し集中して、目の前に〝聖杯〟を浮かべた。

『ここに』

 そう言ったので、俺は〝聖杯〟に〝魔人の角〟を置く。

 既に〝ハイエルフの涙〟と〝獣王の息〟はそこに入れてあったが、〝魔人の角〟を入れると同時に、その三つがゆっくりと溶けていく。

 そしてぐるぐると渦を作り、混じり合い……光を放った。

 すると、そこには、コップ一杯程度の、白色の液体が満ちていた。

「これが……〝聖涙〟?」

 フローラがそう口にする。

〝聖杯〟によって作り出される伝説の液体。

 それが〝聖涙〟であるとは聞いたが、こうして実際に目の前にあると確かに物凄い力を放っているのを感じる。

 聖樹の神霊は、聖杯に唇を当て、ごくり、と飲み込んだ。

 すべてではなく、半分ほどだったがそれでもその効果は一瞬で現れる。

 神霊の体全体からまぶしいほどの光が放たれ、さらには聖樹にもそれが波及した。

 そしてその光が収まると、そこには先ほどまでとは異なる様相の聖樹の姿があった。

「おぉ……聖樹様が、元の姿に戻られた……!!

 感嘆と共にそう言ったのは、ファルージャである。

 彼の言う通り、先ほどまで黄色い葉っぱばかりで今にも枯れそうに見えた聖樹は、すべての枝に青々とした葉を生い茂らせていた。

 その上、一回り大きくなったように見える。

〝聖涙〟はそれほどの効果を発揮したということなのだろう。

「頑張って色々集めた甲斐があったってもんだな」

 俺がふとそんなことを口にすると、

『あ、そうだったの。頑張ってくれたから、これあげるの。残り物で悪いけど』

 聖樹の声が響き、そして俺たちの前に小瓶が突然出現した。

 俺たち……俺とフローラ、それにユークとテリタスの前にひとつずつだ。

「え、これってまさか……」

 フローラがうめくようにそう尋ねると、聖樹の声が答える。

「〝聖涙〟の残りなの。必要な時に使ってくれるといいの』

 やはりか、と俺たちは顔を見合わせる。

 もちろん、うれしいことだ。

 努力に見合った報酬がもらえるというのは。

 けれど、これが本当に今回の努力に見合っているものなのかどうかは疑問であった。

 考えてもみてほしい。

〝聖涙〟は飲めば不老になることも、神霊になることすら可能だという代物だ。

 こんなものは人間の手に余る。

 かといって、他の誰かに託すというのも難しい。

 教会や王宮に保管してもらう、というのがまず考えられるが、そういった集団がどれほど信用できないかはもう既に理解している俺たちだ。

 となると……。

「これは手に入れたことは黙っておくしかなさそうだね」

 ユークがそう結論付けた。

 まぁ、いつか必要になる日も来るかもしれない。

 今回、特殊な素材をいくつも求めることになったのだ。

 似たような問題がこれから先起きて、その時に〝聖涙〟が必要に、なんてこともないとは限らない。

「〝聖涙〟か……これを研究すれば、不老不死への道が開けるのかもしれんな」

 持て余しそうな俺たちとは違って、テリタスが興味深そうにそんなことを言う。

 彼の本質は学者であり研究者だ。

 歴史上、伝説でしか伝わっていない貴重な存在である〝聖涙〟ともなれば、その好奇心が強く刺激されるのだろう。

「不老不死への道って、テリタスってもう既にそうなんじゃないの? その見た目だし、年だって幾つよ」

 フローラが呆れたようにそう言った。

 確かにテリタスは年齢不詳だ。

 そんじょそこらの若作りなどとは桁の違う、正真正銘の年齢不詳。

 普通の格好をしていれば、十代半ばほどの華奢な美少年にしか見えないのだから。

 しかし、実際には俺たちよりも遥かに年齢を重ねていて、ユークいわく、少なくともユークの父である国王陛下の教育係を昔勤めていたところまでは、はっきりしているという。

 それよりも遡るのは難しく、ただ、王宮にある王族しか入れない禁書庫にある歴史書の中の記述に、テリタスらしき少年のことについて記載してあったのは見たことがあるらしい。

 もしかしたらメルヴィルよりも長く生きている可能性があった。

 そんな彼であるから、もう不老不死と言ってもおかしくはないということである。

 けれどテリタスは首を横に振った。

「まさかまさか。わしとて、首を落とされれば死ぬからのう。不老不死などではない」

「じゃあ、不老?」

「それも微妙なところじゃの」

「だったらなんなのよ!!

 煙に巻くような返答にフローラが叫ぶも、テリタスは笑ったままだ。

「まぁそれはいいではないか。それより、今は祝おう」

 テリタスはそう言って聖樹の青々とした姿を見つめる。

「確かに、俺たちはまたひとつこの世界にとっていいことをしたっぽいからな。祝っても良さそうだ」

 俺がそう言うと、フローラはため息をついて言う。

「はぁ、こうやってテリタスには毎回誤魔化されてるわね……いずれ、その正体を暴いてやるわよ。教会もあんたの秘密知りたがっているくらいだし」

「奴らに教えたところでいいことなんたひとつもありゃせんじゃろ。そもそもフローラは教会の上層部がそれほど好きじゃないじゃろ?」

「それはねぇ……でも、私の味方もいるからね」

「そういうのはわしの秘密なんてつまらんもの知りたがらんよ」

「それもそうかしら……」

 こうやって少しずつ話をずらされていつも誤魔化されているフローラは単純なのかなんなのか。

 まぁ実際には特別テリタスの秘密などには執着しておらず、こうやって戯れ合いをするのが楽しいだけかもしれない。

「皆さん、今日はエルフィラを上げて祝宴を開くこととなりました! 参加してくださいますね!?

 いつの間にかどこかに行っていたファルージャが、戻ってきて俺たちにそう言った。

 聖樹はエルフィラのエルフの信仰対象であり、それが枯れかかっていたのが、今やこれ以上ないほどに力に満ちているのだ。

 祝宴を開きたくなる気持ちも理解できた。

 しかし俺たちが参加すると色々と問題があるのではないか、とも思った。

 ファルージャたちのような人族に好意的なエルフとばかり接しているから忘れがちだが、エルフィラのエルフは悪い意味で誇り高い者が少なくないのだ。

 そんな俺たちが、聖樹を救うのに一枚噛んだと知られれば、おかしなやっかみをされるのではないか。

 そういう懸念をファルージャに伝えた。

 けれど彼は慌てた様子でそれを否定した。

「いいえいいえ! そんなことにはなりません……というか、させませんとも。確かにそのようなエルフもいますが、聖樹様に関しては皆、結束しております。それでも助けることが叶わなかった聖樹様を救ってくださったのですから、それが人族であっても皆、心よりの感謝を捧げますぞ」

「それならばいいのですが……」

「それに、これがいい機会になるかもしれません」

 ファルージャは気になることを言う。

「何なのでしょうか?」

「エルフィラのエルフの、考え方を変えていくために、です」

「変わるのでしょうか」

「私はそう期待しています……皆さんが成したことは、それほどに偉大なのです。それに、最も人族を嫌悪していた集団は排除されましたし」

 そう言われて、あぁ、と思う。

 誰のことを指して言っているかは明白だ。

「キラールたちですか」

「ええ、あの者たちは、私と同じ五公家の一員……その考え方は他のエルフの見本ともなっていました。エルフは高貴な存在であり、人族よりも上にあるのだと……。ただ、そんな彼らの行動の結果は、もう既に発表しましたから。今まで彼らに心酔していた者たちも、それが間違いだったと気付くでしょう」

「聖樹を害したことは、それほどにエルフにとって重大なのですね」

「ええ。どれほどいがみあっていても、聖樹様についてだけは皆、考えが一致してきた。それがエルフィラの歴史でした。それを破った彼らは……もはや仲間とは扱われない」

「寿命さえあれば返り咲けるかのようなことを言っていましたけど」

 まぁ、今となっては無意味だが、キラールはいずれファルージャが亡くなった後、もう一度這い上がるかのような発言をしていた。

 けれどファルージャは言う。

「あれは私が大々的にキラールたちの行動を発表しないと高をくくってのことでしたからね。今まで、私は弱腰というか、彼らと可能な限り、対立しないよう、ぶつからないようにと気を使ってきたので」

「そうだったのですか……でも今回は」

「流石に隠し通せませんので。聖樹様の神霊まで出現していますし……」

 そう言って、ファルージャは神霊を見る。

 先ほど消えたかに見えた神霊だが、少しするとまた出てきて自由に振る舞い始めている。

 それだけ力が戻っているということだろう。

 世界樹の方は滅多に出てこないという話だったが、聖樹はまだなんだかんだ向こうより若いからだろうか?

 神霊の姿それ自体がそうだし、言動からもそう感じる。

 そんな神霊が、キラールたちのことをエルフたちに話せば、どうせすべて露見する。

 だから隠しようがないということだ。

 もちろん、そもそも隠すつもりはないんだろうが。

「ところで……」

「はい、なんでしょうか?」

 話を変えようとしたファルージャに俺は首を傾げて尋ねる。

 すると彼は神霊の方を見て言った。

「神霊様は……祝宴に参加してくださると思いますか?」

 それは予想外の質問だった。

「いや……どうでしょうね。聞いてみないと……」

 神霊の行動はここまでかなり突拍子がなく、人の論理とは別の考えで動いている感じだった。

 だから予想がつかない。

「クレイさんの方から、頼んでいただけませんか?」

「俺から? いや、エルフから頼んだ方がいいのでは」

「いえ、聖樹様を救ったのはクレイさんたちですから……なんとなく、クレイさんたちには対応がいいような気もしますし」

 事実、聖樹の神霊は俺たちに〝聖涙〟をくれているしな。

 エルフたちにはやるつもりがないようだった。

 俺たちが素材を集めたからなのか、俺たちに対する好意からなのかはわからないが……まぁ頼むくらいならいいか。

 そう思った俺はファルージャに言う。

「わかりました。一応、お願いしてみましょう」

 それから、俺が聖樹の神霊に聞いてみると、二つ返事で、

『わかったの。でもクレイたちも出ることが条件なの』

 と言われた。

 俺たちは祝宴に参加するからそれで問題ないのだが、理由が気になって尋ねると、聖樹は答えた。

『クレイたちの魔力があれば、実体化がしやすいから。いなくなったらひとつきに一度くらいが限界なの』

 それは意外な答えだった。

 言われてみると少しだるいというか、魔力をいつの間にか持っていかれている感覚がある。

 ユークやテリタス、フローラに聞いても同様だった。

 勝手に持っていくなという話だが、神霊ともなると、言っても無駄そうだった。

 そもそも、どうやってそれを可能にしているのかもわからない。

 通常、他人から魔力はそう簡単には奪えない。

 それが可能なら、戦闘中に常時使い続ければそれだけで勝利確定である。

 最強だ。

 だが、仕組みを聞いてみると制限があるようだった。

 聖樹の支配地域にいて、聖樹に対して好意的な存在からのみできることらしい。

 例外としてエルフィラのエルフは好意的であろうとなかろうと全員から可能らしいが。

 キラールから力を奪えたのも、その力に寄るようだった。

 エルフィラのエルフは文字通り、聖樹にその命を握られているのだろう。

 逆に生命力が尽きそうな個体に力を注ぐことも可能らしいから、デメリットだけというわけではないようだ。

 恐ろしいような、便利なような……いや、それでも聖樹の神霊の気分次第で命を奪われたくはないし、エルフィラのエルフでなくて良かったかも知れないと思った。


 それから聖樹の生えている広場で祝宴が開かれた。

 ファルージャが言うには、ここだけでなく、エルフィラ全域で同様に祝宴が開かれているらしい。

 連絡手段として聖樹と樹木との繋がりを利用した通信ができるらしく、それによって今回のことの顛末も含めてエルフィラの国民に伝えられたようだ。

 結果として、エルフィラのエルフたちは俺たちに感謝をしてくれた。

 外で出会ったエルフたちの悪い意味での誇りの高さのようなものはほとんど見られず、気分よく祝宴を楽しめたのだった。


*****


 その後のことは……。

 まぁ色々だ。

 世界樹や聖樹、エルフたちのことについてはこれである程度かたがついたものの、今回のことを通じて、俺たちは魔王討伐後も世界に問題が残っていることを実感した。

 加えて、あの旅の中では知ることのできなかった世界の秘密もたくさんあるようだとも。

 特に魔族のことについては驚いた。

 四天王のシモンですら知らなかったようなことなので、今までわからなかったのは仕方のない話ではあるが。

 ちなみにシモンはユークたちと魔族の集落に行った後、魔王の話を聞いて、集落に残ることにしたらしい。

 魔王のことについて、その父に色々と話しておきたいというのと、辺獄の魔族にその技術を学んで強くなりたいからだという。

 何のために強くなるのか、人族を害するためか、と疑いたくなるが、ユークいわく、いつかユークに再戦を申し込みたいかららしい。

 王都で出会った時、一瞬で決着がついてしまったため、勝てずともせめていい勝負がしたい、とのことだった。

 まぁそれくらいなら健全な目的だろうと思う。


 また、ユークとテリタスはエルフィラでこれからの国家間の付き合いなどについて相談した後、王都に戻っていった。

 あくまでも大雑把に話しただけで、正式な国交などについてはしっかりと相談してから、ということのようだ。

 それでも、これからはエルフを森の外で見る機会も増えるだろうということだった。

 俺はそれを楽しみにしている。


 フローラは相変わらずで、たまに教会から手紙をもらった時だけ王都に戻り、治癒や浄化の仕事を限定的に受けているようだった。

 それ以外の時間は、俺の家に居座り、辺獄開拓を手伝ってくれている。

「いい年なのにこんなところで時間を無駄にしていいのか」

 冗談まじりに俺がそんなことを尋ねるとフローラは少し憤慨したように返す。

「そんなこと言うくらいならあんたが私をもらってくれればいいのよ、全く。教会に戻るたび、変な貴族とか枢機卿の孫とか結婚相手に勧められる私の気持ちになってみなさい」

「お前、そんな目に遭っているのか……大変だな」

「そうよ! それを避けるためには、私に正式な婚約者がいればいいのよ! あんたがなってくれるの!?

「まぁいいぞ」

「ほら、そう言って逃げるんだからあんたに私のこと、どうこう言う資格は……えっ?」

 そこまで言いかけて、フローラはカクリ、と首を大きく傾げた。

 まるで人形の関節が抜けたかのような、おもしろい動きだった。

 そのままフローラは数十秒静止する。

 俺はその間、ずっと手元で魔道具を作っていた。

 今度、村に普及させようと思っている生活系の魔道具である。

 ここの配線はもう少し短くできるな……などと思っていると、

「あ、あんた! 今なんて言った!? なんて言ったぁ!?

 フローラが今まで見たこともないような剣幕で俺の胸ぐらを掴み、尋ねてくる。

「なんてって、婚約者になれってお前が言うから……じゃあなるよって、それだけだろ」

「……聞き間違い?」

「どんな?」

「冗談とか?」

「いや流石にこんなことで冗談は言わないぞ」

「じゃあどういう風の吹き回し……?」