第三章 様々な因縁
ヴェーダフォンスに戻ると、意外な人物たちと顔を合わせることになった。
「やぁ、クレイ。先日ぶりだね」
昔から変わらない貴公子然とした笑顔を向けてこちらに手を振っているその姿を見た時、俺は非常に驚いた。
「……ユーク。なぜお前が……それにテリタスまで」
「おぉ、おぉ、驚いておるわ。これは突然訪ねた甲斐があったのう。お主のそんな顔など、あの頃でも旅の初めの方でしか見られんかったから、懐かしいぞ」
楽しげに笑う、白髪の少年のイタズラが成功したかのような表情に、俺は呆れる。
「あんたに驚かされ過ぎたからだろう……いくら俺でも流石に慣れるよ」
「実際にはわしの方が驚かされることが多かった気がするが……まぁ、お互い様としておこうかの」
「……それより、どうしてここに」
この質問には様々な意味が込められている。
まずひとつは、王都をその主な活動拠点としている二人が、どうしてここに来ているのかということ。
そしてもうひとつは、辺獄の奥地にあるエルフの隠れ里であるヴェーダフォンスにどうやって来たのかということだ。
まぁ、後者の方は大体予想はできるのだが……。
これにはまず、ユークが答える。
「色々理由はあるんだけど、ほら。以前、そのうち訪ねるって約束しただろう? それを果たしに来たのさ」
「いや、確かに約束したが……」
あれは社交辞令というか、ほとんど実現の可能性がない話だと考えていた。
ユークは王族である。
今となっては王太子だ。
そう簡単に王都を離れられる立場ではない。
ましてやほとんど供もつけない状態で旅をするなど、許されるはずが……。
いや、その辺りはテリタスを連れてきていることで強弁するつもりなのだろうな。
それに、もう一人、なんだか強そうな奴も連れてきている。
顔に見覚えがある気がするが、誰だったか……。
「なんだ、本気にして無かったのかい? 僕は必ず実現させるつもりで言ったのに」
「無茶するな……」
「それほどでもないさ」
「お前、王太子なんだから来るまでに相当揉めたんじゃないのか」
「いや、伝言だけ残して、テリタスとシモンと一緒にさっさと出てきたから。揉めているとしたら、今、王宮内でということになるだろうね」
「王宮の人間の苦労が
「そう褒めないでくれ。大体、似たようなことをしてる人間がすでにここにいるじゃないか。ねぇフローラ」
ユークはそう言って、俺の後ろで静かにしていたフローラに視線を向ける。
そういえばここまで静かだったな。
久しぶりに会ったのだからもう少し積極的に話しかけてもおかしくないはずなのだが……フローラらしくない。
そんな俺の疑問の答えは、すぐに出る。
「わ、私は別に? 王太子殿下みたいに責任とかないし? 所詮、平民だし?」
「君ねぇ……手紙を送ったろう。王都じゃ、僕とそのうち結婚するみたいに見られてるから、教会からの苦情が直接僕に来るんだよ? 早く聖女さまを返してくれとかなんとか……いや、僕のところにはいませんって何度言ってもまともに聞いてくれやしないんだから」
そういえば、そんな状況になってるんだったな。
フローラも特に訂正はしていないという。
意味がないというか、婚約などしていないし、これからもするつもりもないのに、凱旋の時に二人の並んでいる姿があまりにも絵になっていたから民衆の間で半ば既成事実のように語られているだけに過ぎないからだ。
公式に発表したわけでもないことに、一々訂正したりはしないということである。
「そんなこと私に言われても、別に私だってユークのところに行ってきます、なんて教会にはひと言も言ってないんだけど」
「それを直接教会に言ってくれって言うんだよ……気分良さそうに、留守にしますって伝言を毎回残すから恋人のところに行ってるんだと思ってるみたいだよ、教会のお偉いさんたちは」
「それをあんただと勘違いしてるって? なるほどね、だから余計に細かいこと言ってこないのね……意外なところで役に立ってるわね、ユーク」
「君は……はぁ。まぁ、いいか。今回こうして僕が来てるのも、君と変わらないやり口だしね。
ユークは首をゆるゆると横に振った。
「そんな苦労をして来てくれたところ、申し訳ないがあんまりお前たちに構う暇はないぞ?」
俺がそう言うと、ユークは首を傾げる。
「あれ? そうなのかい。辺獄開拓をのんびりやってるんだと思ってたけど」
「それはそうなんだが、色々とやることができてしまってな。そのために今、結構奔走してるところなんだ」
それから、俺はユークたちに細かい事情を話した。
すべて聴き終えて、彼らはなるほど、という表情になる。
「そういうことなら僕らを構えなくても仕方がないね……というか、僕らにできることがあったら力になるよ」
「いいのか?」
ユークやテリタスの力が借りられるなら、これほど心強いことはない。
何せ、勇者と賢者だ。
この世界において、これ以上頼りがいのある人間など他には聖女しかいない。
そして聖女もすでにここにいるわけで……。
「構わないとも。しばらくは休暇気分でここに来てるんだしね。それに、話によると聖樹を枯死から救うために必要な品の最後のひとつは魔族が持っているんだろ。魔族相手となると、僕以上に向いている人材はいないだろう?」
勇者とは、魔王を倒すことを宿命づけられた存在だ。
より正確に言うなら、教会と国にそう決められた人間のことだが。
ただ、本当に神に選ばれたわけではなく、ユークは政治的事情によってそうさせられたというのが実際のところだ。
それでもユークは腕を磨き、聖剣に自らを認めさせ、俺たちを率いて魔王討伐の旅を完遂させたのだ。
だから、彼が勇者であるのは言うまでもない話だ。
それに、ユークは聖剣を持っている。
聖剣アロンズヴェールは王族の血筋に連なる者にしか握れず、その真の力を発揮させるにはさらに剣に力を認めさせる必要があるものだが、その力は絶大だ。
特に、魔物や魔族に対しては恐ろしいほどによく効く。
俺が魔王にとどめを刺せたのは、このアロンズヴェールが最後の最後に信条を曲げて俺に握らせてくれたのが大きい。
そんな武器の真の使い手であるユークである。
彼がいれば、仮に辺獄の魔族が敵対的な存在であっても、十分に対抗できるということである。
だから俺は頷いた。
「確かにな。できれば戦わずに済ませたいんだが……」
「魔族にその角を寄越せと言って戦いにならないわけがない」
俺の言葉にそう言ってきたのは、ユークでもテリタスでもなく、彼らと一緒に来たらしいもう一人の人物だった。
確か、シモンと言ったか……。
妙に確信ありげなその言葉に俺は首を傾げる。
「なぜそう思うんだ?」
いや、普通に考えて体の一部を寄越せと言われたら魔族でなくても戦いになるというのは当然ではあるのだが、シモンの言い方にはそれ以外の意味が込められている気がした。
シモンは言う。
「魔族にとって、角は誇りであり、また力の根源でもある。それをただで渡すなど……まずあり得ない」
「だからどうしてそんなことが言えるんだ?」
さらに尋ねた俺に、シモンはユークとテリタスの方を見た。
二人はシモンになぜか頷いてみせ、シモンはそれを確認すると、体に魔力を込め始めた。
いったい何が……と思って見ていると、驚くべきことが起きる。
ぱっと見ではわからなかったが、シモンの体を覆っていたらしい魔力の塊。
それがぺりぺりと剥がれていったのだ。
これは変装などで使われる魔術で、肌の色を変えたりする事ができるもの。
その性質上、注意して見ないと見破ることは難しい。
ただ、俺にも見破れないような練度となると、相当なものだ。
かなりの実力者のようだが、変装魔術が解けると納得せざるを得なかった。
「……お前、魔族だったのか」
そこに現れたのは、灰色の肌と爬虫類のような縦に瞳孔の入った瞳を持つ、魔族……魔人の姿だった。
「これで理由はわかったか?」
「あぁ、これ以上ないほどにな。でも、どうして魔人がユークやテリタスと一緒にここに? 復讐に……ってわけでもないよな」
やるなら二人にすでに攻撃しているだろう。
そう思っての質問だったが、これにシモンは苦笑して答えた。
「勇者と賢者にはすでに襲いかかった後だ。だが、簡単にあしらわれてしまってな」
「もうやったのか。でも生きてるってことは、再びそういうことをする気はない?」
「その通りだ。そもそも、一矢報いることができれば、程度の半ばヤケクソだったからな……」
「それでいいのか? 無理だとわかっても、恨みが消えるわけではないだろう」
ユークやテリタス、それに俺とフローラは魔族にとって
彼らの首魁たる魔王を倒したのだから。
それに、魔王のもとに辿り着くまでにも数え切れないほどの魔族、魔人を倒している。
俺が逆の立場だったら容易に許せるとも思えない。
けれどシモンは言った。
「恨みというほどの恨みも……今となってはないからな。そもそも、俺たち魔人は横のつながりが薄い。仲間意識もほとんどなかった。唯一、魔王に対する忠誠だけは共通していたが……その魔王も、どうやら満足して逝ったのだろう? 道中、勇者たちに聞いたよ」
魔王にとどめを刺した時、ユークたちは気絶していたが、魔王の最期の様子については話している。
そのことを聞いたのだろう。
少なくとも、俺に対して恨みつらみを述べてこの世を呪ってから死ぬ、というような死に方ではなかった。
むしろ、出会うタイミングや状況が違っていれば、話し合うことすらできそうな様子だった。
今さらな話ではあるが。
「それを信じるのか?」
俺が尋ねると、シモンは笑う。
「お前たちが俺に嘘を言う意味はあるまい。それに、気を遣ってくれたのか、勇者は《真偽水晶》まで使ってくれたよ」
《真偽水晶》とは、それに触れながら何かを言えば、それが真実なのか偽りなのかがわかる魔道具だ。
テリタスの発明である。
ただ、製作に貴重な素材が多く必要なため、数が少ない。
テリタスが発明者なので彼は当然持っているのだが。
俺も一応持っているが、あまり利用はしない。
これに頼りだすと色々と危険だからな。
他人を信用できなくなる。
けれど、シモンの言うような状況においては役に立つ。
「そうか……わかった。で、話を戻すが、魔人から角をもらうのは、やっぱり難しいか」
「かなりな。俺に角があればそれをやっても良かったのだが……見ての通りでな」
シモンはそう言って頭をこちらに示す。
するとそこには、根本から折られた角の跡があった。
「角を……折られたのか?」
魔人は人類と敵対している。
つまり戦いの中でその角を折られるということもあるだろう。
そう思っての言葉だったが、シモンは首を横に振って言う。
「いや、自分で折ったのだ」
「なぜ、そんな……誇りなのでは?」
「俺は人族の中に紛れ込んで、スパイするのが役割だったからな。角があれば、魔人だと露見しやすくなる。折れば、魔力の点から魔人らしさがかなり薄れるのでな……だから折った」
変装のため、というわけか。
それにしたって思い切ったものだ。
「力は落ちないのか?」
「折った直後から、一年程度はかなり弱体化したな。だが、慣れればなんとかなる。角は魔人の魔力の根源だと、我々の中では言われていたのだが……厳密に言うと、魔力を操作する補助器官のようなものなのだろう。だから、魔力それ自体が失われるわけではないようだ」
「なるほど、それで慣れればなんとかなると……」
「通常の状況なら、一年もの期間弱体化していれば、魔人は魔物や人族に殺されてしまうのでな。俺の変装はそうそう気付けるものではなかったのだろう」
「人族はわかるが、魔物にもか?」
「どうも、魔物にとって我々はかなり美味い獲物に見えるようでな。普段はまず勝てないと理解しているからか襲ってはこないが、弱っていると見れば普通に襲いかかってくるよ。それこそ、人族などに対するよりもよほど苛烈にな」
「意外な話だ……」
「まぁ、それはいい。そういうわけで、俺は角を提供できん。折った角は捨ててしまったしな」
「そうか……」
「ただ、辺獄に魔人がいるのであれば、俺も話してみたくてな。そのために勇者たちについてきた。他にもあんたに会うことも理由だったが」
「俺に?」
「あぁ。ただそれについてはもう納得したからいいさ。あんたの役に立つなら、力も貸そう」
「それはつまり……協力してくれるのか?」
「ここまで話していればわかるだろう?」
あっけらかんとした様子で言われた。
確かに、角があれば提供するというような話をしているし、そうなのだろう。
魔人なのに、珍しいというか……。
いや、これは先入観なのかもしれないな。
昔出会った魔人たちは皆、出会い頭から襲いかかってくるようなのばかりだったのでそのイメージで見てしまっているのかも。
改めなければならないな。
*****
「長老! 大変です!」
色々と話していると、突然、ヴェーダフォンスの若いエルフが慌てた様子で入ってくる。
「む、どうした。いったい何があった?」
メルヴィルがすぐに近づいて尋ねると、若者は言う。
「それが、世界樹様が……」
「すぐに行く!」
メルヴィルは若者にそう言って、さらに俺たちに、
「申し訳ないですが、席を外させてもらいます。皆様はどうぞご歓談を……」
そう言い残して出ていった。
しかし、流石に何か問題が起こったようなのでこのまま話し続けるというわけにもいかない。
だからとりあえず俺たちも外に出た。
世界樹……このヴェーダフォンスのエルフたちが大事にする樹木は巨大であり、外に出ればすぐに見えるため、何かあったならそれだけでもわかると思ったからだ。
するとそこには……。
「……なんだ、世界樹が輝いている……?」
「そう、みたいね。どうしてかしら?」
俺とフローラはそう呟く。
世界樹はここから少し離れているが、その威容は十分にわかるほど巨大だ。
少し前まで黒竜にその葉や枝を
しかし、その黒竜を俺とフローラが倒したことで徐々に青々とし始めているところだった。
つまり、枯れるような事態は避けられたはずで、そうであれば今輝いているあの状態は悪いものではないのではないか。
実際、シャーロットも言う。
「ずいぶん慌てた様子だったから驚きましたが、世界樹様から力が失われるような状況ではないようですね……」
「でも光ってるのは変じゃないのか? それともよくあるのか」
俺の質問にシャーロットは首を横に振った。
「いえ、私も見たことが……」
ない、と言いかけたところで、メルヴィルが戻ってくる。
その表情には多少の焦りが見られるが、どうしたのだろうか。
「お祖父様、いったい何が……」
シャーロットが尋ねると、メルヴィルは言った。
「それがのう……あぁ、皆様、ご心配をおかけした。どうやら世界樹様自体に問題が起こったわけではなかったようじゃ」
「その割には慌てておられるようですが」
これを言ったのはユークだ。
「それは……ええ。実は世界樹様が……」
と、メルヴィルが言いかけたところで、
『人の子らよ。こちらに』
そんな声が辺りに響いた。
俺だけでなく、他の皆にも聞こえたようで、きょろきょろと周囲を見回す。
けれど、どこにも今の声の主はいない。
「今のは……?」
俺の疑問に、メルヴィルが答える。
「いつかお話ししたと思いますが、世界樹様には神霊が宿っておるのです。今のは、その神霊様の声で……」
確かに以前、聞いた気がする。
精霊とか神霊とかが宿っていると。
精霊と神霊の違いはその存在の格にあり、精霊くらいであればエルフは気軽に使役している。
けれど神霊となるとそうはいかない。
神霊は世界の創世に関わっているといわれる、精霊の親玉のような存在なのだ。
それでも精霊の一種であり、本物の神とはまた別だというが……。
「世界樹の神霊ですか……ですけど、今まで何度も尋ねてきましたが、こういうことはなかったですよね」
俺はそう言う。
世界樹が俺たちに話しかけられるというのであれば、今までもあっても良かったのに、と思ってのことだ。
何せ、枯死しかねない危険な状態にあったわけだし、その時に話しかけてくれれば何かしらの行動ができたのではないか、とか思うのだ。
それに黒竜を倒した後も、もう心配はないとか直接言ってくれた方が安心できただろうし……。
そんな俺に、メルヴィルは言う。
「おそらく、それほどの力が戻っていなかったのでしょう。神霊様とはいえ、その本質は精霊。この世界に直接働きかけるためには力が要ります。しかし、ついこの間まで、ほぼ枯れかかっていたのですから……」
「なるほど、今力がある程度戻ってきたから声をかけたと……では、あの黒竜が目をつける前はこういうこともよくあったのですか?」
そういう話になる。
あの黒竜が現れたのはここ何年かの話であって、それより前であれば世界樹の力も充実していたはずだからだ。
けれどメルヴィルは首を横に振った。
「そこなのですが、実のところ、わしも数百年前に何度かお声をお聞きしたくらいで、そうそうあることではないのです。まぁ、それも当然でしょうな。世界樹様が直接、働きかけなければならないような問題など、滅多に起こらないのですから」
「ということは、今回は……」
「ええ、その問題が起こった、ということです」
*****
『よくいらっしゃいました』
世界樹のもとまで全員でやって来ると、そこには光り輝く存在があった。
形としては、エルフの女性が、ひらひらとしたワンピースを纏っているようだった。
ただし、その身は輝き、また強力な聖なる力を放っている。
ユークの持っている聖剣よりも強い力かも知れない。
力が戻った、というのは本当らしいとそれでわかる。
あれこそが、世界樹の神霊……。
ちなみに、神霊の足下にはヴェーダフォンスのエルフたちが平伏していた。
それも当然で、この集落のエルフたちは世界樹を信仰対象にしているのであり、その化身が目の前にいるのだからそうせざるを得ないだろう。
メルヴィルとシャーロットも、神霊に近づいて同じような姿勢を取る。
イラとファルージャも特に求められてはいなくても、皆に倣った。
俺たちはどうするか迷ったが、
けれど……。
『あぁ、皆様。そのようなことはせずとも良いのです。それよりも、皆様にお願いをしたく、この場にお呼びしました』
「お願いとは……?」
エルフたちは言葉を失っているようなので、俺が代表して尋ねる。
すると神霊は言った。
『エルフィラまで向かい、〝聖樹〟の治癒をしていただけないかと』
それは意外な頼みだった。
いや、自然な流れか?
聞くところによれば〝聖樹〟は〝世界樹〟から枝を分けてもらい、それをエルフィラの土地へ植えたものだという話だった。
つまり、子供のようなものなのだろう。
であれば、それを治してほしいというのはごく自然だ。
ただ……。
「我々はそれをするつもりで今、動いているところですが……」
そう、そのために〝ハイエルフの涙〟〝獣王の息〟そして〝魔人の角〟を集めているのだ。
だから言われずとも、と思っての言葉だった。
だが神霊は言う。
『存じております。ですが、それだと間に合わない可能性があるのです』
「そ、そんな!? どういうことでしょうか、世界樹様!」
慌ててそう尋ねたのは、ファルージャだった。
〝聖樹〟を信仰対象とし、それを救うために頑張っている彼にとって、聞き捨てならない言葉だからだろう。
これに神霊は言う。
『〝聖樹〟と私は〝根〟で繋がっています。ですから、わかるのです。あの子から徐々に力が失われていく様子が……』
〝根〟とは物理的なものというより、魔力的なものだろうな。
「それは……ですが、私がエルフィラを出発した時にはまだまだ、かなり時間は残されていそうな様子でしたが」
『そう見せたのでしょう。貴方に敵対する者が』
「敵対する者……?」
『なぜ〝聖樹〟から力が失われていっているか、おわかりですか?』
「それは……寿命に近いか、病などにかかったか……ではないかと」
ファルージャの言葉を聞く限り、どうやらその辺りについてははっきりとはわからないようだ。
けれど神霊は断定する。
『いいえ。〝聖樹〟から力を抜いている者がいるからです』
「そ、そんな!? 馬鹿な……いったい誰が……何のために……」
『〝聖樹〟から神聖力を奪うことで何かを成そうとしているのでしょう。ここからはその詳細についてまで見ることは叶いませんが……現地に行けば、貴方なら調べることができますね?』
「それは勿論です」
『その時に、私の葉と枝、それに雫を使って〝聖樹〟を癒やしてください。それである程度は持ち直すでしょう。完全な状態にするには、やはり〝ハイエルフの涙〟〝獣王の息〟〝魔人の角〟が必要になりますが……これらについての使い方は?』
「文献に残っておりましたのでそれに従おうかと……このようなやり方ですが……」
そこからファルージャは神霊に治癒のやり方を説明する。
全てを聞いた神霊は頷き、言った。
『それで問題ありません。どうやら、エルフィラのエルフは正しい知識を伝え続けてくれたようです。ここからエルフたちが分かたれた時にはどうなるかと心配していましたが……遠い地でも命脈を保っているようで、安心しました』
「そんな……とんでもないことです」
『ともあれ、〝聖樹〟が完全な状態に戻らなければ、安寧はないでしょう。ですから、皆様には今すぐ、エルフィラに行っていただきたいのです』
「しかし、〝魔人の角〟はまだ入手できておらず……」
そうなのだ。
一度行って戻ってきて取りにいく、でも構わないのだが、それこそそんな時間はあるのかという話になってくる。
どうも、一旦治癒すると言ってもあくまでも少し持ち直す程度に過ぎないようだし。
ただまぁ……どうすべきかははっきりしているような気がしたので、俺は言う。
「俺たちが残って、〝魔人の角〟を譲ってもらってくるっていうのはどうだ?」
俺が提案する。
するとファルージャは振り返って尋ねた。
「いいのだろうか? 我々の義務だ。我々がやらねば……」
「でも他に方法はないようだし……」
「では、お頼みできるだろうか。できるお礼はいくらでもするゆえ……」
わかった、と言いかけたところで、神霊が言う。
『それはお待ちください』
「え?」
『申し訳ないのですが、クレイ殿とフローラ殿のお二人には、ファルージャたちとエルフィラに向かってほしいのです』
「それはなぜですか?」
『私は先ほど申し上げた通り、〝聖樹〟と繋がっております。〝根〟を通して……そして、この〝根〟を経由すれば、ここからエルフィラまで、皆様を転移させることが可能です』
「転移魔術!? テリタスですら一部しか実用化できてない技術よ」
フローラが驚いて言った。
確かにそうで、テリタスは理論的にこれをほとんど可能としているが、実用化は極めて難しいと言っている。
その理由は、距離が遠くなればなるほど、必要な魔力量が指数関数的に増えていくからだ。
テリタスの持つ魔力量でも、せいぜい数十メートルが限界で、それ以上となるとテリタスが百人単位で必要になってしまうらしい。
そんなものは誰であっても実用化できない。
ただテリタスは諦めた様子ではなく、おそらく何か理論が足りないのだろうと言っていたが……。
そんな転移を、神霊は可能にしているようだった。
『あくまでもこことエルフィラの〝聖樹〟の間だけです。そして、転移をするために必要な魔力量も膨大です』
「とんでもない魔力量が必要だって聞いていますが……」
『それがどの程度なのかは存じ上げませんが、私が転移させる場合、クレイ殿とフローラ殿、それにファルージャとイラ、シャーロットの魔力すべてでなんとか可能という程度です』
……お?
意外に少ないな。
いや、膨大なのは間違いない。
テリタスが言うには、俺とフローラの魔力量だけで、宮廷魔術師百人分を優に超えるくらいらしいからだ。
そこに魔力に長けたエルフ三人分をプラスしなければならないのだから、普通だととても用意できないほどの魔力量だという話になる。
だが、テリタスの作り上げた転移魔術なら、おそらくその百倍あってもここからエルフィラなどには行けない。
それを考えるとかなり効率が良いと言える。
「それなら一日休めば向こうとこちらを行き来することもできそうですが……」
『申し訳ないですが、それは私の事情で難しいのです。皆様の魔力に加え、私の精霊力も乗せることで転移させることになります。私の精霊力は、まだほとんど回復しておらず、転移術を使用できるのはせいぜいが二度ほどだろうと……』
「一度目で俺たちを送り、二度目でこちらから〝魔人の角〟を送らなければならないってことですか……」
『はい。ですので、クレイ殿たちではない誰かに〝魔人の角〟を確保していただけないかと』
ここで一人の人物が挙手する。
「そういうことなら僕たちがってことになるよね」
それはユークだった。
「わしもおるぞ」
テリタスもそれに続く。
まぁ、順当に考えるとそうなるだろう。
他に可能性があるのはメルヴィルくらいだろうが、流石にそこまで酷使するわけにもいかないお方だ。
「俺もついていく」
ついでと言っては何だが、シモンもそう言って立候補した。
「いいのか? お前は関係ないといえば関係ないが」
俺がそう尋ねると、シモンは笑って言う。
「散り散りになってほとんど遭遇することもなくなった同胞がそこにいるのだぞ。会ってみたいというのが本音だ」
「言われてみればそうか……ま、ついででもいい。頼めるか」
「あぁ」
続けてユークとテリタスにも俺は言う。
「二人も頼むよ。ユークたちが行くなら安心だからな」
これは本音だ。
ユークの戦闘能力は疑いようがないし、テリタスの魔術の実力も同様である。
「任せておいて。でも、転移のための魔力って僕らので足りるのかな?」
「確かにのう。フローラはわしらと同じ程度じゃが、クレイの魔力量は正直桁が違うからのう……」
テリタスがそう言うが、神霊は言う。
『その時は向こう側からも魔力を送ってもらえば転移可能ですので、ご安心を』
「そんなことができるのですか」
『〝根〟伝いになら可能なのです』
聞きながら、テリタスの転移魔術に欠けている要素は、この〝根〟という概念に相当するものなのかもしれないな、と思った。
ともあれ……。
「じゃあ、すぐにでも転移した方がいいのかな。何か伝え忘れたことなどありますか?」
神霊に尋ねると、彼女は首を横に振った。
『準備ができましたら、言ってください。すぐに〝聖樹〟のもとにお送りします」
それから俺たちは急いで準備を終えて、神霊にそれを告げた。
転移自体は大げさなものではなく、世界樹の幹に触れながら魔力を注ぐとすぐに発動したのだった。
*****
「……本当に転移だ。一瞬でいなくなってしまったね」
クレイたちが消えたのを見て、ユークはそう呟いた。
このヴェーダフォンスに来てから、驚くようなことばかりだが、その中でも一番だったと言える。
ちなみに、本来人族が踏み入れることのできないこの集落にユークがテリタスとシモンとやって来られたのは、エメル村でエルフに出会い、事情を話して連れてきてもらったからだ。
ずいぶん簡単に案内してくれるものだと思ったが、エルフから見るとユークやテリタスにはクレイとフローラの持つ魔力の気配がこびりついており、仲間だと一目瞭然らしい。
なんだかマーキングされているかのようだったが、そのお陰で苦労しないでここまで来られたので良かったと思っていた。
「可能ならわしも転移したかったが……今回は仕方あるまい。すぐに〝魔人の角〟を確保するぞ」
テリタスがそう続ける。
そうすれば長距離転移を経験させてもらえるからと考えているのだろう。
ただし、実際にはどうなるかわからない。
もしかしたら〝魔人の角〟だけ転移させる、とかもあり得るだろうからだ。
どうも、世界樹の行う転移もそれなりに制約が多そうだからだ。
ただやる気を失わせては困るので、今はそれについて触れない。
「あぁ、すぐに魔族の集落に向かおう。メルヴィル様、場所を教えていただけますか?」
「構わないですが、本当に三人で向かわれるのですか?」
実のところ、メルヴィルも一緒に、そうでなくともエルフの若者を何人か連れていっては、という提案を受けていた。
しかし、ユークたちにとってそれは不要だった。
なぜなら……。
「この三人で向かうのが一番早そうなので。メルヴィル様はかなりの実力をお持ちなのはわかりますが、足の速さは……」
疑問、とまでは言わないまでも、おそらくこの三人にはついてこられない。
というか、厳密に言うとユークとテリタスだが。
本人にはまだ言っていないが、シモンはユークが担いでいくつもりだからだ。
その方が早い。
「そうですな。全盛期ならともかく、今は自信がありませぬ。では、お任せします」
ユークたちはそれからメルヴィルに魔族の集落の詳細な場所を聞いて出発した。
*****
「……まさかこんなことになるとは」
ユークが呟く。
「自信がないか? だがこの角、そう簡単に渡すわけにはいかん」
円形の闘技場の上で、ユークに向かってそう言ったのは、一人の魔族だった。
彼こそが、辺獄の魔族の長であるベイルだ。
その言葉通り、ユークたちはベイルとその角を賭けて決闘をすることになってしまったのだ。
魔族の集落に辿り着いた後、驚くべきことに非常に歓待されたのだが、その後、角を譲ってほしいと頼むと、少し考えた後に長であるベイルが、自分と戦って勝利したら譲る、と言い出したのである。
相手にはユークを指名して、だ。
辺獄の魔族たちはあまり好戦的には見えず、性格も外の魔族のように怒りなどに支配されて辺り構わず攻撃するような感じはなかった。
それなのに、その提案は少し不思議だった。
だが、ユークとしては受けないわけにはいかなかったのだ。
「仕方ありません……ですが、僕が勝利したら、確実にその頭に付いたものをいただきますよ」
ユークのこの言葉に、ベイルはにやりと笑って言う。
「もちろんだとも。さぁ、かかってくるといい!!」
そして、二人の戦いが始まった。
まず始めに動き出したのはユークだった。
その手には魔王討伐の旅の中で出会ったドワーフに作ってもらった名剣がある。
聖剣でないのは、それで魔族を攻撃してしまうと効果があり過ぎるからだ。
もしも辺獄の魔族が、外の魔族と同様に残虐で攻撃的な性質だった場合には聖剣を使うのもやぶさかではなかったが、どうやらそうではないらしいと知って、こちらを選ぶことにしたのだ。
「はぁぁぁ!!」
これにユークは少し驚いた。
今のは手加減のほとんどない一撃だったからだ。
ユークの実力は高い。
その気になれば、竜の一匹や二匹、容易に倒せるほどだ。
今の一撃だとて、まさにそれくらいの威力はあったはず。
それなのに、ベイルは見切って弾いてきたのだ。
「今度はこちらから行くぞ!」
ベイルがその巨体からは想像できないほどの速度で距離を詰めてくるのをユークは見た。
金棒もまるでその辺の枝かのように軽々と振り回し、ユークに攻撃してくる。
かなりの猛攻で、一振りごとに暴風が辺りの空気を乱し、また受けるユークの踏みしめている土はめり込む。
だが、それでやられるユークではなかった。
猛攻の隙間を見つけ、うまく抜け出して距離を取る。
それから剣に魔力を込め……。
「死なないでくださいね」
そう呟いて、ユークは風になった。
身体強化をかけられる最大値をかけ、剣にも乗せられるだけ強化を乗せ、そして敵までの最短距離を切る、ユークの繰り出せる最強の技だった。
特に名前はつけていない。
それでも名付けるとしたら、〝最後の斬撃〟と言ったところだろうか。
ユークが魔王と対峙した時、気絶する前、最後に放ったものだからだ。
それは確かに魔王に多少のダメージを与えたが……それだけで。
とどめはクレイが刺した。
その程度のもの。
しかし、これを食らったベイルは、崩れ落ちる。
金棒もその中ほどから切り落とされ、二つになって地に落とされた。
「……流石、〝勇者〟だ……これなら、息子がやられるわけだな……」
そう言ってそのまま気絶した。
「族長!」
すぐに周囲の魔族が彼のもとに駆け寄って、治癒をかけ出す。
ユークたちも手伝うか迷ったが、ユークもテリタスも治癒はそこまで得意ではない。
加えて、魔族に対する治癒の勝手がわからないこともあって、とりあえずやめておいた。
ベイルが治癒されている間、ユークたちは会話する。
「……最後にベイルが、息子がやられるわけだなって……」
ユークがそう言うと、テリタスは頷く。
「うむ、そんなことを言っておったな」
「息子か……誰のことだと思う? 数え切れないほど魔族は手にかけてきたけど」
「まぁ、わしもそうだが……しかし、なんとなく予想される相手は一人に絞られないか?」
「……そうだよね。そもそも、さっきのベイルの実力は、四天王よりも上だった」