第二章 獣王の息
「これを探知するための魔道具、ですか」
エメル村に戻り、リタのもとを訪ねて協力を求めると、〝獣王の息〟のネックレスを観察しながらそう呟いた。
「あぁ。触れてもらえばわかると思うんだが、独特の魔力を持ってる品で、不可能ではないと思ってるんだ。ただ、非常に微弱でな。通常の魔力感知には引っかからないから、どうしたものかと迷ってて……」
言いながら手渡すと、リタはなるほどといった様子で頷く。
「確かに変わった魔力をしていますね。これっていったいどういう品なんですか?」
尋ねられて、まだ細かな事情を話していなかったのを思い出す。
「そうだった、事情の方も説明しよう……」
それから、ファルージャたちについてと、辺獄の中であったことなどをかいつまんで話した。
リタは驚きと共に、けれど楽しそうに聞いてくれた。
「今さらですが、クレイさんはどこにいても事件を起こすというか、すごいことに巻き込まれてしまうんですね……」
若干呆れたような風にも聞こえる言い方だったが、なぜだ。
理由を聞きたいような気もしたが、あまり素敵な理由を聞けなそうな予感もあったのでそこは流すことにする。
「あくまで巻き込まれているだけで、積極的に飛び込んでいるわけではないからな? そこのところは勘違いしないでほしい」
「それは……確かにそうかも。でもクレイさんだからこそ、巻き込みたいと皆思ってしまうんでしょうね」
「ん? 俺だからとは」
首を傾げる俺に、リタは苦笑しながら言った。
「クレイさんがいれば、どんなことでも解決してくれるような、そんな感じがするんですよ。頼りがいがあるというか……うーん、ちょっと違うかな?」
「そこは素直に頼りがいがあるでいいだろう」
「あっ、すみません。いえ、別に頼りがいがないってわけじゃないんですよ。むしろすごくあるんですけど……それとは別で、なんて言うんでしょう。頼ってもいいんだなって思えるっていうか」
「うーん? よくわからないが……悪いことじゃないんだな?」
「それはもちろん。クレイさんみたいな人は、他に見たことないですから」
「そうか……ま、それならいいか。ともあれ、魔道具のことだ。どうだ、何か思いつきそうか?」
会話している最中も、リタは〝獣王の息〟のネックレスを様々な角度から観察したり、手で触れてみて感触を確かめたりしていた。
一通り調べ終わったのか、リタはネックレスを置いてから言った。
「色々アイデアはあります。たとえば、非常に微弱なので、反応の増幅装置をつけるとか……」
「なるほど、単純だが可能性はあるな。だが、これくらいの魔力だと他の魔力から干渉を受けてしまったら反応を拾えないんじゃないか?」
「そこなんですが……これ、なんだか変わった魔力じゃないですか?」
「ん? それはさっき言った通りだが……」
「いえ、そうじゃなくて……魔力自体の感触というか波長が違う、というのはわかってるんですが、性質も大幅に違うように思えます」
「具体的には?」
「どうも、〝獣王の息〟から発せられる魔力は、障害物を貫通しているような気がするんですが……」
「それは本当か?」
気付かなかった。
魔力というのは、何かしら障害物があった場合、それにぶつかって減衰する性質がある。
薄い紙くらいだったらほとんど減衰しないが、木の板くらいになると五割ぐらいは減衰する。
これが金属の板であれば九割方減衰するだろう。
しかし、〝獣王の息〟は……。
「確かに、ほとんど減衰していないな。全くのゼロというわけではなさそうだが……」
手頃な障害物がなかったので、部屋の中の木製テーブルに置いて、その下から観測することで簡易的な実験をしてみた結果の台詞だった。
通常の魔石であれば、この程度の遮断でもかなりその存在を感じにくくなる。
だが、〝獣王の息〟は、放たれている魔力こそ微弱だが、確かにそこから魔力が放たれていることがテーブル板越しにも感じられた。
まぁ、テーブルから五十センチも離れるともはや感じられなくなるくらいのものだが……。
ん?
おかしいな。
どうして減衰しないのに離れると感じられなくなるのか……。
そんな疑問を口にすると、リタは考えを言う。
「それは人間の感覚器の問題ではないでしょうか。以前、クレイさんが教えてくれた通り……」
「そうか……そう考えれば……」
その日、俺とリタの議論は夜中まで続いたのだった。
*****
「……できましたね」
「あぁ、できた。できてしまった……」
次の日、俺とリタの目の前には、二人で合作で作り出した魔道具があった。
昨日からの議論で、どういう風な構造にすれば〝獣王の息〟を探知できる魔道具が作れるかを詰め、実現できそうなところまで落とし込めたところで、ここまで来たらもうここで作ってしまおうか、という話になったのだ。
その結果である。
「では、起動してみましょう」
「あぁ……」
リタがそれを手に取った。
魔道具の形は、水晶玉のような透明な球体の中に小さな光が浮いている感じになっている。
使い方は簡単で、今、実践している。まず〝獣王の息〟をそれに触れさせる。
これによって〝獣王の息〟の持つ特殊な魔力を記憶させるのだ。
それから、〝獣王の息〟を俺がどこかに隠す。
リタにはその間、後ろを向いていてもらう。
それからリタに、
「いいぞ」
と言うと、彼女は向き直り魔道具の光を見た。
すると球体内部の光が、何かに引き寄せられるように動く。
光が球体から出てくることはないが、明らかに偏った位置にある。
リタはその光の示す方向に向かって歩き出す。
それから、しばらく進み、停止する。
見れば、球体内部の光の位置が真下に偏っていた。
「ここ、ですね」
そう言って下に置いてあった置物をどけると、そこには〝獣王の息〟のネックレスがあったのだった。
「実験成功だな」
俺がそう言うと、リタは頷く。
「はい!」
といっても、これが初成功ではなく、何度もやっていることだ。
ただその時は単純に〝獣王の息〟の方角を指し示しているかどうかを見ただけで、ここまで念入りに隠したりはしていなかった。
今のは実用に耐えうるか試したわけだな。
それから俺とリタは、さらに精度を確かめるため、〝獣王の息〟のネックレスを箱に入れて、土に埋めてみたり、高いところに隠してみたりして同じような実験を繰り返した。
結果、魔道具は確かに〝獣王の息〟の特殊な魔力を察知し、位置を示してくれることがわかったのだった。
「これで後は実際に使ってみるだけだな」
「はい……ですけど、私も一緒に行って大丈夫なんですか?」
少し不安そうにリタが尋ねた。
数日後、〝獣王の息〟を探しに行くわけだが、そこにリタも来てもらうよう頼んだのだ。
もちろん、それには理由がある。
「その魔道具、合作で作ったのは確かだが、何か不具合があった場合に俺じゃ対応できない可能性があるからな。リタにも来てもらう必要がある」
そういうことだ。
一緒には製作したが、今回の魔道具の中心部分はリタによって作られている。
魔道具というものは同じ種類のものを作れば大体構造も似通ってくるが、それでも魔道具師それぞれの個性が出る場合もある。
特に、それがオリジナルの魔道具だった場合には余計に。
今回のこれは、世界唯一の魔道具であるため、リタでないと直しがたい部分が結構あるのだ。
俺も解析しながらなら直せないことはないだろうが、作った本人がいるのだから彼女に担当してもらった方が早い。
辺獄は危険な場所ではあるが、俺とフローラがいればリタを確実に守りきれる自信があっての台詞なのは言うまでもない。
そんな話も告げると、リタは頷いて言った。
「わかりました……あっ、ついでと言ってはなんですけど、キエザも一緒に連れていってはまずいでしょうか?」
「キエザを? 別に構わないが……どうしてだ?」
もちろんアメリアに確認する必要はあるが、おそらくは許可が出るだろう。
だめならヴェーダフォンスに置いていく感じになってしまうだろうが……。
俺の疑問に、リタは答える。
「いえ、最近腕をそこそこ上げたみたいで……いずれ辺獄を一人で歩けるくらいの腕になりたいってよく言ってるんですよ。それで」
「キエザも辺獄の様々な場所に連れてってやってほしいってことか」
実のところ、キエザも何度かヴェーダフォンスくらいまでは連れていったことはある。
エメル村の住人の中でも、エルフと交流がある者何人かと既に同行させていて、そのうちの一人ということだ。
そういう意味ではキエザも辺獄を体験済みではあるのだが、今回はヴェーダフォンスではなく、獣人族の集落まで足を伸ばす予定だ。
獣人族の集落は、ヴェーダフォンスよりもさらに奥深くに所在しているという話だし、そうそう訪ねられる機会があるとも思えない。
弟子の……キエザの見識を広めるためにも、連れていくのは良いことだろう。
それに考えてみると、キエザには《魔導剣士》のスキルシードがあり、これは魔術にも武術にも長けた、非常に優秀なものであるといわれている。
その証拠に、彼は魔術の飲み込みが早く、魔道具作りまである程度こなす。
それに加えて、父であるアルザムに学び、闘気まで身につけ始めている。
闘気については、その身につける経緯から、修得者たちは独学の傾向が強く、習得の技術があまり体系化していない。
アルザムも強力な戦士ではあるものの、そういう部分があり、ずっと彼だけに学んでいるより、他の闘気術を身につけている者の戦い方を見るのはいい勉強になるだろう。
その点、辺獄の獣人族たちはいい教材になるかもしれないと思った。
そこまで考えて、俺はリタに言う。
「じゃあ、キエザも連れていくことにしようか……といっても、シャーロットから連絡が来ないといつ行くことになるかわからないからな。キエザに予定があったら難しいかもしれないが」
「まるで私が暇みたいに言わないでくださいよ」
「え、いやいや、そんなつもりはないって……」
俺は慌てて返答する。
ただ、リタは時間に融通が利きやすいだろうと思っただけだ。
リタは行商人の娘だが、今は彼女自身が行商に出ているわけではない。
それに加えて、最近はエメル村の村人たちに安価で魔道具を提供することを主な仕事としているのだが、村の中だけでの取引で、細かな納期が決まっているわけではなく、出来次第持っていく、くらいの約束しかしていないのが大半だった。
そういう意味での言葉だったのだが、もう少し気を遣って言うべきだったかもしれない……。
などと反省しかけた俺に、リタはふっと笑って言う。
「冗談ですよ」
「え?」
「そのくらいじゃ怒ったりしませんって。実際、私、暇なのは事実ですし」
「いや、村の皆から魔道具作ってくれって引っ張りだこだって聞いたぞ。あと、王都からも注文が来たって」
「王都で出会った魔道具屋のクスノさんが、魔道具を作って送ってくれれば仕入れるとお手紙をくれまして……ですけど、それも少量ですし、そこまで忙しくはないんです」
クスノは、この間みんなで王都へ行った時に知己になった魔道具屋の店主だ。
リタの作った魔道具の質を認めて、持ち込んでくれれば買うと言ってくれていた。
実際にはリタはそうそう王都に行くことはないため、その機会はまだ先かもしれないと思っていたが、クスノは見かけよりもマメだったらしい。
まぁ、リタの父のグランツは行商人だ、王都を経由する時に寄ってもらえば定期的な取引もできるだろう。
あの店は特殊な魔道具で店の認めない人物が近寄らないように人払いをかけていたが、リタの魔道具を持って訪ねればそれで入ることができるはずだ。
俺はリタに言う。
「ま、時間があるなら良かった。キエザへの連絡は任せても良いか?」
「はい。大丈夫です」
「よし。それじゃあ、また」
そして、俺はリタの家を出た。
*****
真夜中。
王都では深くフードを被ったローブ姿の人物が路地裏を足早に進んでいた。
きょろきょろと周囲を警戒するように進む。
それから彼は一軒の店の前で足を止めた。
看板には【欠けた月】の文字と、その名の通りわずかに欠けた月の絵が描かれている。
ローブ姿の人物が、その店の扉に手をかけると大した抵抗もなく、キィ、と音を立てて開いた。
それから素早く体を滑り込ませると、音もなく扉が閉まる。
「……いらっしゃい」
少しばかり無愛想な店主の声が響き、ローブ姿の人物は、そのフードを外す。
あらわになったその顔に店主は少し驚いたような表情をするが、すぐに無愛想なそれへと変えて、言う。
「ご注文は?」
「何でもいいよ……それより、大して驚かないんだね?」
ローブ姿の人物はそう言った。
それに店主は少し苦笑してから返答する。
「驚いてはいますぜ。ただ、この店は天下の〝賢者〟様や〝聖女〟様、それにただの〝荷物持ち〟だと言い張る魔王討伐者まで来るんでね。〝勇者〟様が来ても、まぁ……いつも通りってなもんでさ」
これにローブ姿の人物……ユークは大きく笑って言う。
「あははは。なるほどね……しかしそこまで知っているのか。テリタスが指定する店だけある」
「ま、これでもあの人の弟子の一人でもあるんで……」
その台詞に、今度はユークの方が驚かされる。
「え……店主殿はもしかして魔術師なのかい? その見た目で?」
何せ、店主は筋骨隆々の大男なのだ。
はちきれんばかりの体格に、顔には何か鋭いもので切り裂かれたと思しき傷まで見える。
どう見ても前線で体を張る戦士の風貌だった。
「よく言われますが、本当のことですぜ。まぁ魔術師は見た目でやるもんじゃないもんでね」
「それはそうだが……」
まだ驚き冷めやらぬままにいると、キィ、と扉が開く音がした。
ユークが振り返ると、そこには白髪の少年が立っている。
「お、ユーク。もう来ておったか」
「テリタス!」
そう、今日、ユークはテリタスと、ここで待ち合わせをしていたのだった。
二人とも街中の店で大っぴらに顔を合わせるには有名になり過ぎていたため、テリタスがそういうことならとここを指定したのである。
もちろん、やろうと思えば表通りの大きな店で会談ということもできなくはなかったが、それこそその時は〝会談〟になってしまう。
つまり、お互い大勢の護衛や魔術師、それに使用人などに囲まれながら、高度に政治的な口調や単語選びをしつつ、人に仮に聞かれても問題ないくらいに気を遣った話をする羽目になる。
流石にそんな会話を、長年気安く旅をしてきた関係で今さらしたくない。
時と場合によってはしなければならないこともこれから先、あるのはわかっているが、可能な限りしないで済むようにするのは当然だった。
それに、今日は人には聞かせられない相談もあった。
「まぁ、まずは座ろうではないか、ユーク。店主、わしはいつものでいい。ユークは……まだ頼んでおらんかったか?」
カウンターにまだ何もグラスがないのを見て、察したテリタスがそう言う。
ユークは頷いて答える。
「あぁ……僕は本当に何でも良いんだが」
「じゃあ、わしと同じものを。それで良いな?」
「そうだね」
そして二人は椅子に腰掛ける。
「さて、どこから話したものか」
テリタスが珍しく少し考えた様子で言う。
「なんだい、〝賢者〟様が随分と思わせぶりじゃないか」
「いや……そこまで大した話でもないんじゃが。ほれ、クレイのことじゃよ」
クレイ、それはユークとテリタス、それにフローラの元パーティーメンバーである男のことであるのは言うまでもない。
というか、もっと言えば魔王を討伐した本人だ。
世界的にはユークが討伐したことになっているとはいえ、実際にとどめを刺したのはクレイである。
クレイ自身は、皆で与えたダメージや、攻撃パターンを引き出してくれたおかげでやれたなどと言っているが、実際に魔王にダメージを与えられたのはクレイ一人だったと思う。
それほどにあの魔王は強かった。
何もできなかった、とまでは流石に言わないまでも、さほど役には立たなかった、と言えるとは思っているユークである。
「クレイは……今、どうしてるんだい? いや、元気に辺獄を開拓しているのは知ってるんだけど、それくらいでね」
「そうなのか?」
意外そうに言うテリタスに、ユークは説明する。
「この間会った時に本人から直接色々聞けたけど……クレイって僕への手紙にはあんまり詳しいことを書いてくれないからさ。あれからの近況っていうか、そういうのわからなくて」
テリタスはそれに納得したように頷いた。
「それはクレイの気遣いじゃろうて。王城に届けられる手紙は、たとえお主宛であってもどこで中身を盗み見られておるか、わかったものではないからのう」
「テリタスやフローラからの手紙は絶対に見られないじゃないか」
「それはわしらが手紙に魔封をかけておるからじゃろ」
魔封とは、魔力によって封をすることで、特定の相手方以外に手紙の内容を確認できなくする手法だ。
非常に高度な術であり、その辺の人間がおいそれとできるものではない。
しかしテリタスはこの国の魔術師の頂点であるし、フローラとて魔術の腕はトップクラスである。
この二人にそれができないはずがなかった。
けれどそれを言うならクレイにできないわけがないのだが……。
「クレイは馬鹿正直に普通の手紙で送ってくるけど、どうにかなんないのかな……」
クレイは、手紙に魔封をかけるようなことはしていなかった。
一般市民が出すような、封を誰でも開けられるような封筒に入れて送ってくる。
これにテリタスは呆れたように笑って言う。
「それも仕方あるまい。あくまでも一般市民ですというフリをしておるのじゃからな。変に強力な魔封などしたら、王宮の人間に目をつけられるやもしれぬ」
「僕はもう目をつけてるんだけど」
「わかっておるじゃろ。お主ではなく、ろくでもない貴族連中じゃよ」
「まぁねぇ……でも、それだってこないだ一掃したからなぁ。そろそろそういうの、気にしなくて良いよって伝えようと思ってるよ」
この間、クレイが王都にやって来た時、彼は魔王をも討伐したその能力を十二分に発揮して、闘技大会を引っかき回してくれた。
その甲斐もあって、ユークにとって最大の政敵であったコンラッド公爵が失脚し、それに伴い彼についていた敵対貴族の大半を芋蔓式に追い落とすこともできた。
今、王宮はいまだかつてないほどにクリーンな状況になっており、たとえクレイが魔封を施した手紙を送ってきたとしても、特におかしな勘ぐりなどされずにすんなりとユークの手元に届くだろう。
「それが良かろう。ともあれそういうことならば、クレイの近況はわしが話すとしようか」
「テリタスには詳しく話してるんだ?」
少しうらやましそうに言うユークにテリタスは笑う。
「王太子がそのようなことでふて腐れるでない」
「だって……」
「全く。政治的なことは冷静なのに、クレイのこととなるとそんな風になってしまうのじゃからおもしろい」
「からかわないでよ」
「ふっ……まぁ、それよりクレイのことじゃ。最近は辺獄の状況もかなりわかってきたようでな。エルフが住んでいたことは知っての通りじゃが……」
「この間、王都に来た時も辺獄のエルフだっていう者たちと一緒だったもんね」
遠目ではあったものの、シャーロットとメルヴィルがクレイと話しているのは見ている。
特にシャーロットは闘技大会に出場していたため、その戦いぶりまで知っている。
エルフィラのエルフと比べものにならないほどの魔力、精霊力を見せていた。
あれが魔王軍との戦いに参戦してくれていたら、どれほど楽だっただろうかと思わないでもなかった。
ただ今さらな話でもある。
当時は辺獄にエルフがいるなどとは思ってもいなかったからだ。
そもそも、エルフィラのエルフからして人族には非協力的な傾向が強く、魔王軍との戦いで協力と言えるようなことをしてくれたのは、いわゆるはぐれと言われるエルフたちが大半だった。
辺獄にエルフがいると当時言われたとしても、森にこもっている以上はエルフィラのそれらと変わらない性質だろうと声もかけなかったかもしれなかった。
そんなことを考えつつ、ユークはテリタスに尋ねる。
「彼らに何かあったのかい?」
「彼らにというか……辺獄に、彼ら以外の種族も確かにいることがわかったそうでな。その中でも、獣人族と接触したと聞いた」
「獣人族! いるらしいって言ってたけど……本当にいたんだ。後は……魔人族、だったかな?」
「そっちについてはまだ出会っていないらしいが、やはりいるらしい。必要があって今度魔人族に会いに行かなければならぬとのことじゃ」
「必要が……? 何か問題でも起きているのかい?」
もしもクレイが困っているのであれば、手を貸すことにいささかの
そんな気持ちでユークは尋ねるが、テリタスは首を横に振って言う。
「いや、それについてはクレイは特に何も言っておらぬでな。全く薄情な男よ」
「そうなのか……でも、きっと何かあるんだろうね」
「それは間違いないじゃろう。で、相談はここからじゃ」
「ん? なんだい」
「クレイが最初、王都から辺獄に向かった時、別れ際に少し話したじゃろ。その時に、わしは身軽じゃから気が向いたら辺獄に遊びに行く、というようなことを言ったじゃろ」
「あぁ……ふらっと辺境くらい行けるみたいなこと言ってたね」
あの時、ユークはこれから先、王宮での政治闘争がどうなるか不透明だったため、そんなことを気軽に言うわけにはいかず、テリタスの身軽さがうらやましいと心底思ったからよく覚えていた。
「じゃからな、わし、行ってこようと思うのじゃ」
「辺獄にかい? ……本当に?」
軽く言っているが、テリタスは〝賢者〟だ。
紛うことなく、この国を、いや、世界を代表する魔術師である。
口で言うほど簡単にふらふらできるような立場ではない……はずだ。
それなのに。
「本気じゃよ。クレイが何か困っていそうなのじゃ。師匠としては、いてもたってもおられんでのう」
「……そうか。でも、それじゃあ相談って? 僕に、君のいない間のアリバイ工作とか、そういうのでも頼むって?」
少し口をとがらせてしまったのはテリタスが純粋にうらやましいからだった。
周囲のことなど考えずに、好きに振る舞って……。
自分にそんなことは……。
けれど、テリタスはにやりと笑ってユークに言った。
「いや? そんなものなくともわしは困らん。そうではなくてな。わしは、ユーク、お主を誘いに来たのじゃ」
「僕を……もしかして辺獄に?」
「他にどこがある」
「いや……確かにそうだが……でも、うれしいけど僕は……」
ついこの間、兄王子を政争において蹴落として、晴れて王太子になったばかりだ。
責任ある立場についた以上、仕事は山ほどある。
それなのに、突然その責任を放り出してどこかに行くわけには……。
そんな風に悩むユークに、テリタスは言う。
「お主の仕事は確かに重要じゃ。いずれ、お主はこの国の王となり、国の未来を築いていくのじゃからな。だが、今のお主はまだ王太子。あくまでも国王見習いに過ぎぬ。加えて、お主の抱えておる仕事の大半はお主がやらなくても回るものばかり。わずかにあるお主にしか片付けられぬ仕事を一気に終わらせて、ある程度の申し送りをしておけば、なんとでもなるじゃろ」
「……どうしてテリタスが僕の仕事内容を知っているんだい……?」
まず、ユークはそこに突っ込む。
王太子の仕事内容の全容を把握している者など、本来は国王しかいないはずだ。
しかしテリタスは笑う。
「わしを誰じゃと思おておる? お主の父親が子供だった頃からこの国で〝賢者〟をしておるのじゃぞ。わしにわからんことなど、ほとんどない」
「……全部じゃないのか」
「すべてを知っている者など、神しかおらんゆえな。わしとて、知らんことはたくさんある。じゃから生きるのは楽しいのじゃ」
いったいどれほどの年月をこの姿で生きているのか、未だにわからない存在であるテリタスだが、それだけにその言葉には真理が込められている気がした。
だからだろう。
すんなり受け入れても良いかもしれない、という気になったのは。
ユークはテリタスに言う。
「……わかったよ。僕も、辺獄に行こう。クレイが何か困っているようだし、助けるのがパーティーメンバーってものだ」
「その調子じゃ。ま、お主が不在の間は国王に働いてもらえばいいしの」
「え、父上に仕事を押しつける気?」
「わしから言えば逆らえぬ」
「……この国の最高権力者なんだけどね、父上……」
そこから話がまとまるのは早かった。
具体的な日程は三日後に決まった。
そのまま店を出て、それぞれ帰宅しようとしたところで、二人はふと、妙な気配に気付く。
「……おや。これはまた懐かしい気配を感じるのう」
テリタスが暗い路地裏でそう呟く。
「確かにこれは……というか、闘技大会の時にも僅かに感じたけれど、あの時の気配はやはり……」
ユークがそう言った瞬間、物陰から物凄い勢いで何者かが飛び出してきた。
そして、ユークに向かって襲いかかってくる。
けれど、その白刃がユークに命中することはなかった。
ユークが恐ろしい速さで腰から剣を抜き、弾いたからだ。
襲撃者は大きく後退し、剣を構える。
そこでテリタスとユークは襲撃者の姿を確認する。
「む、見たことのある顔じゃの」
「そうだね……確か君は、S級冒険者のシモン・バジャックといったか」
そう、そこにいたのは、つい先日行われた、ユークの公開模擬戦で相手となったS級冒険者の一人、シモンであった。
〝頑健のシモン〟の二つ名で呼ばれる強力な冒険者の一人で、ユークを下すことを期待されてコンラッド公爵が選抜したわけだが、ユークの力の前に敗北した人物だった。
そのため、逆恨みで襲撃する理由は確かにあるのだが、それにしては少しおかしなところがあった。
「君、どうして僕を襲撃してきたんだい? いや、それよりもまず先に聞くことがあるか……その魔力、どうにも懐かしく感じるよ。君は……人族ではないね?」
そう、今のシモンから感じられる力は、模擬戦の時のそれとは大きく異なっていた。
あの時にもどこか違和感はあったが、それでもその魔力は人間のものだった。
しかし、今のシモンのそれは……。
「ふん……今さら隠すつもりはない。そうとも、俺は人族ではない。魔族だ」
事実、シモンの言う通り彼の体からは魔族の持つ濃密な魔力が吹き出していた。
魔族はその名の通り、魔力に長けた種族である。
見た目の体形などはほとんど人族と変わらない。
ただ、肌の色や目の色にバリエーションがあるというくらいか。
実際、今のシモンの肌の色は灰色に近かった。
けれどそれくらいである。
にもかかわらず、魔族が人族に非常に恐れられるのは、その強大な魔力に理由があった。
人族でもそうだが、魔力が豊富であればあるほど、強力な身体強化が使用できるし、もちろん魔術だって大規模なものを放つことが可能だからだ。
加えて、魔族は身体能力そのものも人族より遥かに優れているようで、それが強大な魔力で強化されれば単騎で小さな町ひとつくらいなら攻め落とすことができるといわれるほどの能力がある。
当然、魔族にも個人差があって、最も強力な魔族である魔王は小さな町どころかその気になれば一国を攻め落とすこともできるほどの力を持っていた。
ただ、模擬戦の時にシモンが見せた力はそこまでではなかった。
S級のそれだったとはいえ、あくまでも人族の冒険者の範疇に収まっていた。
だからこそ気付けなかったとも言えるが……。
「魔族がどうして冒険者などやっておるんじゃ? 変わり者かの?」
テリタスが興味深そうな声色でシモンにそう尋ねる。
言われてみると不思議だ。
S級冒険者になるためには、相当な努力と時間がかかる。
それを人類の敵と言われた魔族が積み重ねるのは不思議だった。
けれどこれにシモンはすぐに納得できる回答をしてくる。
「スパイのつもりだった。人族の間にすんなり交じるには、冒険者として実績を積むのが一番怪しまれないからな」
「なるほどのう……しかしいくらなんでもS級まで上り詰めるのはやり過ぎじゃろ。B級くらいで抑えておけば良いものを」
「抑えていたさ。だが、お前たち勇者パーティーが次から次へと魔族を倒していくものだからな。冒険者組合がそれに対抗して貴族たちから高位冒険者向けの依頼をかき集め、B級以上にひたすら指名依頼を受注させまくったのだ。それを受け続けていくうちに、気付いたら……」
「S級になっていた、と。また随分と間抜けな奴よ。その割に実力は確かなようじゃが……」
首を傾げるテリタス。
そこでユークはもうひとつ尋ねていたことを思い出す。
「そうだった。なんで僕らを襲うんだ?」
緊張感に欠ける感じだが、ユークとテリタスからすれば、シモンは特に脅威ではないからこその問いかけだった。
先ほどの一撃だとて、余裕を持っていなせた。
魔力も確かに強大ではあるものの、どれだけ高く見積もっても魔王軍四天王レベルに過ぎない。
ユークは魔王を倒せるほどの力はないものの、四天王レベルであればそれこそ一人でも倒せる自信はあった。
テリタスが横にいれば百パーセント負けないと言える。
だからこその余裕だった。
「貴様ら……はぁ。捨て鉢で挑んでみたが、やはり無駄か」
そんな余裕を、シモンは理解したらしい。
先ほどまでビリビリと放っていた殺気をすっと身のうちに納めると、構えていた剣を鞘にしまい、壁に背中を押しつけてから、そのままずるずると座り込んでしまった。
まるで、すべてのやる気を失ったかのようなその様子に、ユークとテリタスは駆け寄る。
「どうしたんじゃ? やらないのか?」
テリタスが尋ねると、シモンは言う。
「先ほどの一撃でもう理解した。俺にお前たちを倒すことなどできん。それくらいのことは最初からわかっていたというのにな……魔王様の敵を討とう、などとらしくないことをしようとしたのが間違いだった」
「なるほど、魔王の敵か……。じゃが、襲いかかるなら一人ずつにすれば良かったろうに」
テリタスがなんと襲撃者に対してアドバイスをおくり出すがシモンは皮肉げに笑った。
「お前たちが一人になることなど滅多にあるまい。ここしばらく跡をつけたりしていたが、〝賢者〟、お前の周りには常に何人もの魔術師が控えていたし、〝勇者〟の周囲など言わずもがなだ」
ユークは王太子であるため、常に護衛の近衛騎士が守っているし、そうでなくとも大体が王城にいるので、その中のどこにいようと騎士が即座に近づける距離にいる。
そこを襲撃するのは流石の魔族でも気が引けたらしかった。
「それで今日になったというわけか。でも、僕ら二人が一緒の時が一番タイミングとしてはよくないと思うけどね……」
「それも理解していたが、もう他に機会はなかった。それにそもそも本当に勝てるとは思っていなかった。せめて一矢くらい報いたかったというくらいだ。それすらもできなかったが……まぁ、もういい。理由もわかっただろうし、聞きたいことももうないだろう。殺せ」
本当に捨て鉢らしく、シモンは投げやりにそう言った。
その様子に、ユークとテリタスは顔を見合わせる。
確かに魔族は敵だったが、かといって
基本的には、魔族もまたこの世界に生きる種族のひとつで、ただ人族に敵対的だから倒さなければならない、とそのくらいの感覚だった。
もちろん、中には魔族を何が何でも絶滅させるべきという主張をする者たちもいなくはなかったが、魔王を倒した時点でそこまでする必要性もなくなっていた。
なぜなら、魔王軍として団結していた魔族は、魔王が滅びるとその支配のくびきから逃れて、ばらばらになってしまったからだ。
残っていた大抵の魔族は既に倒したが、野に散っていった者たちについてはもう探しようがないというのが本当のところだ。
このまま放置しておいて大丈夫なのか、という心配もあるが、魔王が出現する前の魔族はそこまで凶暴でなかったので、そもそも人前に出てくること自体、まれだった。
たまに辺境などで事件を起こし討伐されることが年に一度か二度ある程度のもの。
だから、ここでことさらにシモンを殺す理由もない。
法律的には王太子であるユークに襲いかかった時点で死罪ではあるが、その辺りについて正式な手続きを踏もうとするなら、まずどうしてユークがこんな路地裏にこんな時間にいたかという話まですることになるので、ユークにとってやぶ蛇になる。
よって穏便に済ませたいという気持ちも強かった。
だからユークは言う。
「殺せって言われても殺さないよ」
「何?」
「もう僕たちの戦いは終わったんだ……君たちの
ふと気になってそう口にすると、シモンは言った。
「それは、本当の意味で魔王様に従っている者は少数だったからだろうな」
「どういうことだい?」
「魔王様のスキルは知っているだろう」
「魔獣すらも使役することができたっていうスキルのことだね」
「そう、それだ。俺たち魔族もまた、そのスキルによってまとめられていたんだ」
「なるほど……でも、それなら君は?」
「スキルの効果は、知能が低い者にほど顕著だ。ただ魔族のようにある程度の思考能力を持つ者にとっては、魔王様に好感を覚え、言うことをある程度聞いてもいい、と感じるくらいなんだ」
この情報におもしろそうな表情になったのはテリタスだ。
スキルというものは無数に存在し、その詳細についてはわかっていないものも多く、特に魔王の持っていたそれについてはもはや解析しようがないためにこうして関係者から情報を直接聞けるのがうれしいのだろう。
「ほう、そういう仕組みになっておったのか……じゃが、そうであるならば魔王が死んだ今はもうそのスキルによる洗脳のようなものは解けておるのではないか? 実際、わしやユークに復讐をしようとしてくる魔族がお主以外現れていないのはだからなのじゃろ?」
「その通りだ。ただ、知能以外に、魔力が強ければ強いほど、魔王様のスキルが効きにくくなるというのもあってな……俺はこれでも魔族の中ではそれなりの実力を持っていた。したがって、魔王様のスキルを受けてなお、はっきりとした好意を覚えるほどではなかったのだ」
「そんな君がどうして復讐するまでの好意を魔王に……?」
「魔王様は自分のスキルをそこまで好まれていなかったようでな。スキルの効果に飲まれず、ある意味対等に話せる者とは良い付き合いをしてくださったのだ……特に、俺をはじめとする四天王とは」
ここでテリタスとユークが目を見開く。
「お主、四天王だったのか」
「確かに三人は倒したが、残り一人は行方不明というか、結局最後までどこにいるのかわからなかったな……それが君というわけか」
四天王とは、俗に魔王軍四天王と呼ばれていた、魔王軍でもトップクラスの実力者四人だ。
彼らは一人でも一軍分の力に匹敵し、遭遇すれば死は免れないと言われて恐れられていた。
しかし、そのうちの三人は、勇者パーティーが魔王を倒す前に倒されていた。
そのため、最後の一人は魔王のもとにいると思っていたわけだが、結局最後まで出現することなく戦いは終了してしまった。
その危険性を考えると何が何でも探し出すべきだったと言われるかもしれないが、魔王が滅びた後、魔族たちは三々五々散ってしまった。
その様子を見る限り、四天王最後のひとりも同様、どこかに消えてしまったのだろうと思っていたのだ。
いかに強大な魔力を持っているにしても、そうなってしまっては探しようがなく、それにたとえどこかに現れたとしても、その時に倒しに行けば十分と考えていた。
魔王はユークには手に負えないものの、四天王クラスであればユーク一人でも倒せるというのも大きい。
しかしそうだとしても、こうして実際に目の前に突然現れれば、驚きしかないのは言うまでもない。
シモンは頷いて言う。
「俺が四天王の中では最も弱かったがな」
「それでも人族から見れば恐ろしい実力者ではあるよ」
「簡単に俺の攻撃をいなしておいてよく言う。忠告しておくが、それほどの力を持っていればいずれお前たちは人族から疎まれるぞ」
「……意外に優しいことを言うんだね? そんなことは最初からわかっているさ」
「右に同じじゃ」
ユークとテリタスの言葉に、意外そうに目を見開くシモンだったが、すぐに笑って言う。
「器の大きさでも勝てんか……まぁ、いい。しかし俺を殺さないのであればどうする? このまま逃がしてくれるのか? もうお前たちへの復讐もできそうにないし……そうしてくれるのであれば、今後人族に迷惑はかけぬと約束しても良いが」
シモンとしては、ここまで話してもはやなんだかすっきりしてしまったところがあり、素直にそんな言葉が出てきた。
魔王様の敵だと襲いかかってはみたが、結局のところこいつらは正々堂々と魔王様と戦い、勝ったのだ。
魔王様はそういう相手に対して復讐しろとウジウジと言うような方ではなかった、とシモンは思っている。
それにもかかわらずこうして襲いかかったのは、魔王様を倒した相手と戦って、自分も果てたかったからなのかもしれない。
それが無理なのであれば……もうどこか深い森の奥で隠棲するくらいしかないだろう。
幸い、頑健な体と強力な魔力、そして人族より遥かに優れた生命力を魔族は持っている。
どこでだって生きていくだけなら問題はないのだ。
そんなシモンに、ユークとテリタスは少し相談する。
「……どうしよっか?」
「わしとしては実験動物として引き受けたいところじゃが」
「流石にそれはやめてあげてよ。人情に欠けるどころじゃないじゃないか」
いったいどんなことをするのか想像するだに恐ろしい。
「ではどうする? 王宮に連れ帰るのか?」
「それも流石に難しいかな。いったいどういうものを拾ってきたんだって言われてしまいそうだし……」
「ペットじゃないんじゃぞ。そんな軽く済ませられる存在ではないじゃろ」
「父上と母上はそういうところがあるから……」
「流石はユークの両親じゃな……ま、確かにわしから見てもそうじゃ。ふむ、そういうことなら……そうじゃな。良い考えがある」
「それって……?」
そんなひそひそ話を横でなんとなく聞いていたシモンだったが、しばらくして二人は結論を出したらしい。
シモンの方に向き直り、言った。
それは驚くべき話だった。
「シモンよ」
「なんだ?」
「お主、他の魔族に会いたいとは思わんか?」
「他の魔族に?」
言われて少し考える。
シモンにとって魔族とは仲間である。
ただ、魔王様の支配から解放された魔族には、仲間と言いにくいところがあった。
なぜなら、支配中にはあったはずの理性がほとんどなくなり、まるでそれこそ野生動物のような、本能に支配された行動が強くなってしまったのを見たからだ。
実のところ、魔王様が亡くなってから何度か他の魔族には遭遇している。
いずれもまともに仲間だ、と言えるような精神性の者はいなかった。
けれど四天王の連中だけは違っていた。
魔王様に支配される前と後で、元々の性格から大きく変わることはなかったのだ。
だから、元から付き合いがあったが、そういう魔族は非常に少数だ。
世界中を探せば他にもいるのかもしれないが、魔王軍に参加しなかったようなそれらを探すのは難しいだろう。
だが、可能性はゼロではない。
そこまで考えて、自分は対等に話せる同族の仲間が欲しいのかもしれない、と思った。
魔王様に心酔していたのも、そういうところに理由があったのだろうとも。
だからシモンは言う。
「会いたい気持ちはあるが、それはあくまでも俺と対等に話せるような魔族だけだな」
「対等に?」
ここでシモンはテリタスに、魔族の理性と本能の話を説明した。
テリタスはなるほど、と頷く。
「魔王のスキルはただ支配するだけではなく、本能に呑み込まれた魔族に理性を与えるようなものでもあったわけじゃな」
「そうなのか?」
シモンはそこまで深く考えたことがなかったので、テリタスに尋ねる。
「うむ。わしやユークはそうでもないが……強力な魔力を持っておる者は、精神が本能に塗りつぶされやすいゆえな。魔族は種族的に元々強力な魔力を持ちやすい者たちじゃ。彼らが攻撃的な性質を強く持っておるのは、それがゆえだと予想しておった。だが、魔王軍の魔族はそうでもなかったので不思議じゃったのだが……謎が解けた」
「そういうことだったのか。だが、俺や他の四天王たちはどうなんだ?」
「お前たちの場合、その魔力に見合った精神力があったのじゃろう。わしやユークもお主らに負けぬ魔力を持っておるが、本能に呑まれるようなことがないのと同じことじゃ」
「ほう、ならば人族でも精神力が弱ければ、その辺の魔族のようになるということか?」
「うむ……考えてみれば、魔族の起源はその辺りにあるのかもしれんの」
「どういうことだ?」
「魔族の姿は、わしら人族と変わらぬ。異なるのは強大な魔力と身体能力じゃが……元々、魔族と人族は同じ種族だったのではないか?」
「何?」
「他の生き物でもそうじゃが、完全に生命体として別種なのに、ここまで姿形が同じということは滅多にないからの。同じところから枝分かれしたと考えるのが自然じゃ。そして魔族が今のようになったのは、人族の中から強大な魔力を持った者が分かれて、そうなったと考えると納得がいく」
「ふむ……」
あり得ない話ではない。
そもそも、仲間たちに聞いた話によれば、魔族と人族の間には子供ができることもあるらしい。
シモンはそれを試したことはないが……。
そんな話をすると、テリタスはやはり、と頷く。
「子供まで作れるとなると、そこまで離れていないというか、やはりほとんど同種なのじゃろうな。エルフやドワーフと変わらん、亜人というわけじゃ」
「そうなのか……意外な話だ」
「ま、この話はそうそう大っぴらにはできなそうじゃがな。論文にまとめて、学院の奥の書庫か王宮の秘密書庫にでも押し込んでおくことにしよう。それで、どうじゃ。他の魔族に会いたいかという話じゃが」
「あぁ、そうだったな……さっきも言ったが、対等に話せる者、つまりお前の話で言うなら、魔力の影響で本能に呑まれていないような魔族なら、会いたいと思う」
「よし、それならばいいじゃろう」
テリタスはパン、と手を叩き、ユークの方を向く。
ユークはそんなテリタスの言いたいことを理解したようで、口を開く。
「つまり、シモンもあそこに連れていこうっていうことだね?」
「その通りじゃ。クレイの話によれば魔族がいるということじゃからな」
「でも、それこそ本能に呑まれた魔族って可能性があるんじゃないかな?」
「いや……あそこにいるエルフや獣人族、それに魔物たちについて聞くに、濃密な魔力に慣らされている者ばかりのようじゃ。となれば、そう簡単に魔力の影響を受けて本能に呑まれるようなこともあるまい」
「そういうものかな?」
「逆に完全に呑まれて外の魔族より手がつけられないということもあり得る」
「だめじゃないか!」
「はっはっは。まぁ、その時はその時じゃ。別にいいじゃろ。何か問題があるわけでもなかろうし」
「まぁ……そうなのかな? いや、その前に意思確認だ。シモン」
そこでユークがシモンに向き直り、尋ねる。
「なんだ?」
「僕たちは数日後、とある場所に旅立つつもりなんだ。そこには魔族がいる可能性が高くてね。一緒に行かないかい?」
「構わないが……なぜ、俺を連れていこうとする」
「三つの理由がある。まず君をいきなり野放しにするのは怖いからね。僕たちが王都にいない間に暴れられても困る。まぁ、王都は戦力豊富だし、僕らがいなくとも君一人なら壊滅させることは不可能だろうが、それなりに被害は出るだろう」
「それは……その気になればそうだろうな」
ただし、やる気はないが。ユークたちがそう憂慮するのは当然だろうとも思った。
つまり、シモンを監視したいから一緒にいろ、ということだ。
「ふたつ目の理由だけど、さっき言ったようにこれから行く場所には魔族がいるらしい。会って話す可能性もあるし、その時に同族である君もいればまぁ、良い感じに警戒を解いてくれるかもしれない」
「そこは期待されても困る。魔族は横のつながりが希薄なんだ」
「そうなのかい? ま、一応って感じだからそこまで心配しなくて良いよ。で、最後のひとつなんだけど……」
「あぁ」
「なんとなくおもしろそうだから」
「は?」
予想外の言葉につい、そんな声が出てしまう。
しかしユークは続ける。
「魔王を討伐した後に、君のような存在にこうして出会うことになるなんて、思ってもみなかったからね……これも何かの縁かもしれないと思ってさ。実際のところ、これが一番の理由でもある。テリタスだって、ほとんどそのつもりだろうしね」
ユークがテリタスの方に視線を向けると、まるでその通りと言いたげな様子で胸を張っている。
ここに来て、シモンは何かとんでもない奴らに絡んでしまったのかもしれない、と思い始めた。
しかし、時既に遅しとはこういうことだ。
シモンが何か反論する前にユークは言う。
「ま、そういうわけだから一緒に来てくれ。ちなみにこれから向かうのは、いわゆる〝辺獄〟って言われているところだよ。知っているかな?」
「……それは、あの〝辺獄〟か? 強力な魔物ですらも足を踏み入れるのを避ける、濃密な魔力と狂った生態系が支配するというあの……?」
「その通り」
「ば、馬鹿な。あそこは魔王様ですら手を出さなかったのだぞ! それをそんな気軽に……」
「でも、僕の元パーティーメンバーが今、あそこを開拓しているんだよ。それを手伝いに行きたくてさ」
「勇者パーティーのメンバーが……誰だ。ここにいるのは〝賢者〟と〝勇者〟だから……残っているのは〝聖女〟と……〝何でも屋〟か?」
ここで、テリタスとユークが、ほう? という表情になる。
「〝何でも屋〟って何?」
首を傾げるユークに、シモンは素直に答える。
「何って……お前たちのパーティーメンバーの一人だろう。一人で戦闘も回復も補助もこなす、ある意味で勇者パーティーの中でも最も恐れられていた存在だったが……」
「へぇ! それはおもしろいね。知らなかったよ……人族の間では大して話題にも上らないっていうのに」
ユークに続いてテリタスも言う。
「魔族から見たあやつは、そのように見えていたか……まぁ、実際に敵対する者からすれば、あやつほどいては困る者もおるまいな。しかし〝何でも屋〟か……確かに〝何でも屋〟じゃの、あやつは」
くつくつと笑うテリタスは、どこか嬉しそうに見え、シモンは首を傾げる。
「何か俺はおかしなことでも言ったか?」
「いや、そうでもない。というか、わしらからすると意外なところで意外な評価をされていたとうれしくてな。考えてみれば、魔王もあやつのことは評価していたか……」
「〝何でも屋〟のことなら、最も評価していたのは魔王様だぞ。どうにかしてこちら側に付かせることはできないか、と冗談交じりに言っていたりもしたからな」
「それは……そうなのか。魔王もこうして聞いてみるとなかなかおもしろい人物だったのかもしれんの。敵として出会ってしまったがゆえ、ほとんど話すことなく終わってしまったが……できればそういうことなど関係なく、一度話してみたかったのう」
冗談ではなく本気でそう言っている様子のテリタスに、シモンは驚く。
まさかすべての人族から憎まれている魔王様に対して、そのような感想を言う人族がいるとは想像もしていなかったからだ。
しかも続けてユークも似たようなことを言う。
「今さらだけど話し合いの余地はあったのかもしれないね……でも、あの頃は余裕なんてなかった。仕方のないことだったとはいえ、惜しい人物を亡くしたかもな……」
「お前たち……人族の代表が、魔王様に対してそのようなことを言って良いのか」
思わずそう呟いたシモンに、ユークが言う。
「別に構わないさ。そもそもあれは戦争だった。どっちが良いとか悪いとか、本当は決着がつけられるようなものじゃなかったんだろう」
「そういうことじゃな。だから恨むな、と言うのもあれじゃが……」
二人の本心からの気持ちだということはシモンにもわかった。
だからシモンは言った。
「いや……もう終わったことだ。魔王様も、お前たちのような者に討たれたなら、本望だっただろう」
「正確には君の言う〝何でも屋〟がとどめを刺したんだけどね」
「……〝何でも屋〟はそこまで強かったのか?」
「あれ、そこまでは知らない? ひとつひとつの技術だけならともかく、総合力なら僕たちの中でも最強だよ」
「……魔王様が評価するわけだ……ということは〝辺獄〟を開拓している者というのは……」
「お察しの通り、〝何でも屋〟だね。どうかな?」
「こうなっては、俺も実際に〝何でも屋〟に会ってみたい。魔族よりもそちらの方が気になる」
「よし、じゃあ話もついたってことで……流石にこのまま王城に連れてはいけないから、三日後に待ち合わせってことで良いかな? 今さら逃げないでしょ?」
「あぁ、当然だ」
それから、三人は当日の予定を決めて、そのまま別れたのだった。
*****
「……ここが獣人族の集落か」
数日が経ち、アメリアが獣人族の長……つまりは彼女の父親に許可が取れたということで、ヴェーダフォンスまで迎えに来た。
俺はそのことをシャーロットから伝えられ、リタとキエザを連れヴェーダフォンスへ向かった。
アメリアには〝獣王の息〟を捜索するための魔道具……一応《探査具》と名付けたそれが完成したことをその時に伝えた。
また、その際にリタとキエザも紹介し、獣人族の集落に二人も連れていって良いとの許可を得た。
その結果としての今だ。
俺とフローラ、それにシャーロットとリタとキエザ、それからイラとファルージャが今回、獣人族の集落にやって来ている。
「お
獣人族の集落の前には見張りと思しき屈強な獣人が二人立っていて、アメリアを見つけると同時に片方が駆け寄ってくる。
「あぁ、こいつらはこの間説明した客人だよ。長の許可は取ってある」
「エルフと人族ですか……。確かに」
話は通っているようで、もめることなくそのまま中に通してくれる。
その際に、見張りから、
「ようこそ〝獣の里〟へ!」
と歓迎された。
どうやら、それがこの集落の名前らしい。
シンプルだがわかりやすいな。
エルフとはネーミングセンスが異なるようだ。
「こっちだよ」
アメリアは集落の中をずんずんと進んでいく。
集落の中には結構な数の獣人族がいるのが見えた。
いずれも俺たちを物珍しそうな表情で見ていた。
ただ、嫌悪や忌避の感情は見えなかった。
単純に珍しいらしい。
エルフはともかく、辺獄に人族がこうして入ってくることなど滅多にないだろうから、その気持ちはわかる。
また、獣人族の人口だが、ヴェーダフォンスのエルフの数倍はいそうだ。
エルフは寿命が長いからか、あまり子供ができないが、獣人族はむしろその逆だ。
といっても極端に短命というわけではなく、大体通常の人族と同じくらいである。
繁殖力も人族と変わらない。
「悪いね、じろじろ見られて不快じゃないかい?」
歩きながらアメリアが聞いてくる。
「いや、悪い感じはしないから問題はないよ」
「そうかい? なら良かった。他の皆も同じかい?」
アメリアの言葉に皆が頷く。
そんな中、フローラが尋ねる。
「長に挨拶したら、すぐに獣人族の墓地に行く予定?」
するとアメリアは少し考えてから言う。
「うーん、どうだろうね。長次第だが……でも、今日明日に〝獣王の息〟を手に入れないとまずい、というわけではないんだろう?」
これにはファルージャが答える。
「ええ、まだ数年程度の時間はありますので」
これはもちろん、聖樹の寿命というか、枯死すると予想されるまでの時間だ。
俺は実際にまだ見たことがないが、昔は青々とした葉を茂らせていた聖樹は今、その葉を紅く染めているそうだ。
それらがすべて落葉してしまうと猶予もないということのようだが、まだそうはなっていないという。
「なら、実際に墓地に向かうのは明日になるだろうね。それほど遠くはないのだけど、夜向かうには少しばかり危険があるし」
「夜は魔物も活発になるからか?」
俺はそう尋ねる。
確かにここに辿り着いた時点で既に日は暮れかけていて、この後向かうとなれば完全な暗闇の中、辺獄の森の中を進む羽目になるだろう。
それでも大した問題はないと言えるメンバーであるが、流石にリタとキエザは厳しいかもしれないので明日の方がありがたくはある。
ちなみに二人は集落の様子というか、たくさんいる獣人たちの姿を物珍しそうに観察していた。
ある種、失礼というか、他の町で他種族に対してそんな態度ならば喧嘩になりかねないが、この集落の獣人族たちも俺たちを見ているのでこれに関してはお互い様だろう。
ついこの間行った王都でも獣人族は見かけたのだが、外の獣人族と比べるとどこか野性味を感じるのが興味を引かれる理由なのかもしれない。
戦闘の実力の方も、間違いなく外の獣人族よりも高いだろう。
それは彼らの放つ圧力からもわかる。
そもそも、体のサイズが外の獣人族より一回り大きいんだよな。
エルフ同様、辺獄の濃密な魔力が彼らをそのようにさせているのかもしれなかった。
「……長! 戻ったよ!」
しばらく集落の中を進むと、中でも一際豪華な天幕の入り口を開いて、アメリアはそう言った。
獣人族の集落の家屋は、いずれも布で作られた天幕だった。
樹木が豊富なのでてっきり木造の家屋が建ち並んでいるものかと思っていたから、少し意外ではある。
ただ、辺獄の環境の特殊さを考えると、こちらの方が便利なのかもしれない。
急に魔物の群れが出現しても、これならすぐに片付けて別の場所に移動することができるからだ。
エルフのような特殊な結界術があるのであれば、また話は別だろうが、獣人族は種族的に魔術が苦手な者が多く、結界術についても同様だろう。
「アメリアか。よく戻った……して、そちらの方たちが?」
アメリアに続いて、俺たちも天幕の中に入ったため、長の視界に入ったのだろう。
俺たちをゆっくりと眺めながら、そう尋ねてきた。
アメリアはこれに答える。
「あぁ、そうさ。この間説明したやつらだよ……で、中でもこいつが私の花婿候補だ」
アメリアは俺の肩をバン、と叩く。
彼女としては軽くやったつもりなのだろうが、とてもそうとは言えないほど強い力だった。
並の人族であればそのまま吹き飛ばされるか地面にめり込みそうなほどである。
「ほう、その方が……」
俺としては不本意な紹介だったが、とりあえず挨拶をすべきだろうと名乗る。
「初めまして。人族のクレイ・アーズです」
それに続いて、他の面々も名乗っていく。
最後にフローラが言う。
「聖女フローラです。クレイとは長年パーティーを組んでおりました」
それは、なぜか微妙に余分な情報が含まれた挨拶だった。
まぁでもわかりやすいか?
俺たちの挨拶を聞いた長は深く頷き、言う。
「ご挨拶、痛み入る。私はこの獣人族の集落、獣の里の長であり、アメリアの父である〝大剣のクラテ〟だ。よろしく頼む」
アメリアの二つ名に〝大斧の〟とつくのと同様、彼には〝大剣の〟という言葉がつくようだ。
つまり、彼は戦うのに大剣を使うということかな。
見れば、彼の後ろに年季の入った、しかししっかりと手入れのされている巨大な剣が立てかけてある。
あれを手に取って辺獄の魔物たちと対等に戦えるのだとすれば、そうとうな実力者だろうと思われた。
まぁ、実際に彼が戦っているところを見る機会はないだろうが……。
そう思っていると、クラテは意外なことを口にする。
「さて……本当ならこれから歓迎の宴を、というところなのだが、その前にやることがある」
「やることですか?」
俺が首を傾げると、クラテは言った。
「あぁ、まずは手合わせだ。クレイ殿。男ならまさか断るまいな?」
……なぜ、そんな話になる。
*****
「長! 俺はあんたに賭けたんだからな!」
「こっちは客人にだ! なにせお姫様に余裕で勝ってるんだぞ!」
「なに!? 俺たちは実際に見られてないからな……そこまでの差があったのか。これはミスったかな……?」
集落の中央、大きく開かれた広場を、獣人族が円形に囲んでいる。
その中には俺以外の訪問メンバーも入っていた。
そんな中、中心で向かい合うのは俺とクラテである。
つまり、ここは闘技場の一種なのだ。
王都のそれと比べればかなり簡素だが、辺獄の中だということを考えれば十分だろう。
先日の遺跡もかなりのイレギュラーである。
それにしても、どうしてこんなことになった。
もちろん、クラテが手合わせをなどと言うからだが、なぜそんなことをしたいのか。
不思議に思って俺は尋ねる。
「手合わせって、何のためにするのでしょうか?」
するとクラテは獰猛に笑って言う。
「それはクレイ殿、貴方の実力を確かめるためだ」
「それこそ何のために……?」
「いくつか理由はあるが、ひとつはこれからクレイ殿たちが向かう我々の墓地……獣の墓地を歩き回れる程度の力があるかどうかを見るためだな」
これについてはなるほど、と思う。
どんな場所なのかわからないが、集落の中にないことは確からしい。
加えて、夜歩くのはアメリアですら避けるような危険な場所であることも。
探し物をするためにそこに向かうとはいえ、実力も無い者を送り出すことはできないというのは納得できる話だった。
「それならわかりますが、他にも理由が?」
「あぁ。〝獣王の息〟は我ら辺獄の獣人族の死後の魔力が凝ってできるものであることは聞いているか?」
「ええ、アメリアと……エルフの長から聞きました」
「そうか。であれば話は早い。アメリアはかなり気軽に渡すと言ったかもしれないが、あれは我らの秘宝と呼ぶべき大事な品だ。それを他種族に渡すのだから、それに足りる資格があるかどうかを試したいというのがある」
言われてみると、そうかと思う。
アメリアは簡単に渡しても構わないと言っていたが、数世代にひとつしか取れないらしい宝玉である。
普通に考えてこの集落の秘宝として扱われていておかしくない。
それを手に入れる資格か……。
「……勝てば良いってことですか?」
つまりはそういう話だろう、と思って尋ねるとクラテは獰猛に笑って答える。
「できるのであればな。まぁ必ずしも勝つ必要はないのだが。私が認めたくなるような力を持つことを示してもらえばそれでいい」
「わかりました」
「最後のひとつだが……」
「まだあるんですか?」
「あぁ」
「それはいったい……」
「アメリアが、クレイ殿を花婿候補と言っていたな」
「……はい?」
急に話の方向性が変わってきて俺は首を傾げる。
「かわいい娘をやるのだ。一発くらい殴っておきたい」
「いや……それは……」
そもそも俺は同意していない。
そう言いかけたが、クラテは俺が答える前に審判役の獣人に視線で合図を送る。
そして……。
「では、両者構えて……始めッ!!」
試合開始が告げられた。
*****
クラテは今、天幕の中、後ろに立てかけてあった大剣を手に持っている。
その重量だけですべてを圧殺できそうな迫力を持った武器で、通常ならそもそも扱えるのか疑問だ。
けれど、クラテはあのアメリアの父である。
アメリアも大柄だが、それに輪をかけた巨体であり、贅肉の存在などひとかけらも許さないと主張しているかのように全身が鍛え上げられている。
これであの大剣を扱えない、などということはあり得ないとすぐに理解できる。
実際、開始の合図がなされると同時に俺の方へと距離を詰めるクラテの動きには少しの無駄もなく、大剣の重量に振り回されている様子もなかった。
むしろ、普通の剣と変わらない、いや、それ以上の速度で俺に向かって振るってくる。
俺もそれなりに腕力には自信があるものの、これを直接受ければ剣の方が耐えきれない。
今俺の使っている剣は大した品ではなく、耐久性もそれなりだ。
魔術によって強化はしているものの、それを過信するのも危険だ。
だから俺は回避に力を注ぐことにする。
「うおらぁぁぁ!!」
気合いと共に放たれる一撃は、地面に命中するとそのまま土を抉り、穴を開ける。
横薙ぎされれば、その斬撃は大剣のリーチを超えて飛び、向こう側に生える樹木を真っ二つにした。
クラテが切り上げれば風を引き起こし、こちらの動きを乱してくる。
これは……まぁまぁ化け物だな、と俺は理解する。
魔王討伐の旅でも滅多に出くわすことがなかったほどの実力者だ。
それこそ、四天王クラスに匹敵するだろう。
その中でも
本当に世界は広いものだと思う。
だが。
「俺は、それを乗り越えてきたんだ!」
俺はそこで反転、攻勢に出る。
いかに強力な攻撃を放っているとはいえ、何度も大剣を振るった後には僅かな疲労が見えた。
その隙に俺はクラテの懐にするりと入り込む。
アメリアと戦った時と、ほとんど同じだな。
流石は親子で、戦い方も似ている。
いや、アメリアはクラテにその技術を学んだのだろうから、当然とも言えた。
ただ……。
「!? ぬおぉぉぉ!!」
違ったのはこの先だ。
アメリアの時はこのまま俺が剣を首筋に突きつけて終了だったが、クラテは俺の狙いに気付くと即座に大剣を引き戻してきた。
俺は慌てて頭を下げ、大剣の軌道から体をずらす。
クラテはそれを確認すると、俺から大きく距離をとって体勢を戻した。
俺は俺で仕掛けが失敗してしまったので一度立ち止まる。
とはいっても、完全に静止するわけではなく、少しずつ動いてはいるが。
完全に止まると次の動き出しが遅くなるからな。
「今のは惜しかったな、クレイ殿」
クラテがそう言ってくる。
「そうですね……しかしうまくやられてしまいました。アメリアの時はそれで終わっていたのですけど」
「そういうことだったか……確かにアメリアにはあれは対応できないか。急に花婿などと言い始めたのにも納得がいった」
「そうですか?」
「あぁ……獣人族の女は、特に自分に腕っ節があるほど、相手にはそれ以上を求めるからな。鮮やかに負けたのがよほど嬉しかったのだろう」
そう言われても俺としては困ってしまうのだが。
花婿になるつもりなどない。
そんな表情を読み取ったのか、クラテは苦笑する。
「……どうやら、クレイ殿は乗り気ではなさそうだな」
「まぁ……というか、人生でそういうことを考えたことがなかったもので」
「ほう? 可能性はゼロではないのかもしれんな。ここは私が勝って、娘に献上すべきかもしれん」
「いやいや、そんな……」
「敗者は勝者の言うことを聞く。遥か昔からのならいだ」
野蛮にもほどがあるが、ただ考えてみるに俺たち勇者パーティーがしたことだってその延長線上にある。
魔王軍に勝って、その目的を
自分でやっておいて、人にそんなことはだめだとは言いにくい。
だから俺は言った。
「なら、俺は負けるわけにはいきませんね……では、少しばかり本気を出しましょう」
「今まで手加減していたということか? 獣人族最強の私が、随分となめられたものだ」
「最強なんて今、初めて聞きましたけど……まぁでも獣人族の長なら納得か」
強さに従うのを本能とする種族なのだから、長が最強というのは自然である。
「私が長の地位に就いたのは、父に決闘を申し出て勝った時だからな」
「そういうやり方で地位が受け継がれるんですね……あれ、俺が勝ったら長にはならないですよね」
「なりたいならそれでも構わんぞ?」
「それは流石に遠慮しておきます……さぁ、行きますよ!」
俺はそう言って、身体強化の密度を高める。
先ほどの倍ほどだ。
地面を蹴り、距離を詰める。
少し前までと全く異なる速度にクラテは驚いた表情を浮かべたがそれでもすぐに対応してくる。
大剣が俺の方に迫り……けれど、俺はその大剣を自分の剣で迎え撃った。
「なにっ!?」
まさか、大剣と比べて爪楊枝くらいに見えるサイズの俺の剣でとどめられるとは思わなかったのだろう。
ただし現実はつばぜり合いの格好になり、わかりやすく腕力勝負になる。
「はぁぁぁ!!!」
「ぐ、ぐぐっ!」
俺とクラテ、両方が剣に力を込め、相手を圧倒しようとするが……。
――ビシビシッ!!
その瞬間、俺の剣と、クラテの大剣に
「あー……」
「なっ……!」
そのまま、どちらの剣も崩れるように壊れてしまった。
そこで、俺とクラテは目を合わせるが……。
「……まだ続けますか? 一応拳でも戦えますけど」
「いや……流石にな。そうなると決着がつく頃にはかなり醜い状況になりそうだ。やめておこう」
「では、そういうことで」
俺がそう言うと、審判はそれを聞いていたのだろう。
「この勝負、引き分けとする!!」
そう叫んだのだった。
*****
その後はそのまま宴会へと突入した。
いつの間にか、俺たちが戦っていた広場の中に集落中から食事や酒が運ばれてきて、また中心には即席の舞台が作られ始めた。
そして、その周囲には簡易的な座席も設けられ、俺たちはそこに座るように勧められた。
そこからは、飲んだり食べたりと忙しくなった。
先ほどの戦いは集落の者たち皆が見ていたため、多くの獣人族が俺のところにやって来て俺の実力を褒めてくれた。
その上で、そのうち自分とも戦ってくれ、などと言うものだから断るのに苦労した。
どうも、獣人族というのは相手の力を認めると闘ってみたくなるもののようだ。
外の獣人族にもそういう気配はあったが、それでも急にそんなことを言い出さないような分別があったのだが……いや、あれはもしかして我慢していただけなのだろうか?
思い返してみれば、何度か名残惜しそうな目で俺やユークを見ていた獣人族の姿が浮かぶ。
テリタスやフローラに対してはそういう場面がなかったが、この二人は魔術や法術を主体にしているからだろうな。
獣人族というのは、シンプルな戦士同士の戦闘を好むようだ。
かといって魔術や法術を馬鹿にしているというわけではないのだが。
「いやはや、クレイ殿の実力には驚いた。まさかあれほどの力があるとは……流石に腕力で人族に負けることはないと高をくくっていたのだが、ああいう終わり方になるとは……」
俺の横で、酒を飲みながらクラテが機嫌良さそうにそう言った。
「俺の腕力は純粋な力じゃなくて、身体強化の結果ですからね。クラテ殿はその大半が自前のそれでしょう? すごいですよ」
「いや、最後は闘気で目一杯強化していたのだから同じことだ。それに……」
そこでクラテは俺の耳元に口を寄せ、ひそひそとした声で続ける。
「うまく引き分けにしてくれたのではないかな? これについては私が未熟で申し訳なかったくらいだ……結局、気を遣わせてしまった」
「いや、そんなことは……」
「ないこともない、だろう? あれほどの身体強化ができるほど魔力に長けた魔術の使い手なら、ちょうど私の大剣と自分の剣が自壊する程度の強化具合に調整することも容易いはずだ。そしてそうならば、むしろ私の大剣だけが壊れるくらいにまで強化することもできるはず」
「……お見通しでしたか」
ここで認めないこともできただろうが、そこまでバレているのならば、あえてそうする理由もない。
「やはりそうか……惜しいな」
「え?」
「いや、私が勝っていればアメリアの夫にできたというのに、そうはならなかったのだから。残念としか言えん」
「本気で狙っていたのですか」
「半分くらいはな」
「もう半分は?」
「こういうことは、本人の気持ちが一番大事だ。アメリアに言ってはみるつもりだったが、それ程度だな」
良かった、なんだかんだまともな常識のある人だった。
「俺に結婚はまだ早いですよ」
「そうか? あれだけの力があるのだ。いくらでも妻を養えるだろう」
獣人族は種族的価値観として一夫多妻制を取ることも少なくない。
だからこういう言い方になる。
だが……。
「俺にはやりたいことがありますから、まだそういうことは考えられなくて」
「やりたいこととは?」
「辺獄の開拓です。入り口周辺程度ですけど、ちょっとずつやっているんですよ。アメリアから聞いていませんか?」
「あぁ、そういえばそういう話だったな……許可をくれとか」
「念のためお聞きしますが、辺獄を開拓しても問題ないんですよね?」
「構わんぞ。もちろん、森すべてを破壊するとかそういう話だったら問題だが、そうではないんだろう?」
「ええ。ちょっとずつ開拓していって、人が住めるような空間を広げたいのと、エルフや、可能であれば獣人族とも交易可能な道を造ったりなどしたいなと……」
「おぉ、それはいいな。辺獄内に道を造ろうとしたことは我々もあるのだが、ここの樹木は伐採してもすぐにまた生えてくるゆえ、難しくてな……その辺りも解決できるということで良いか?」
「はい。色々と実験して、無理ではないと結論が出ています」
辺獄の入り口で試した、魔力を散らす方法だな。
濃密すぎる辺獄の魔力、それが樹木を異常生長させる原因なので、樹木を伐採してすぐに魔力を散らしてやれば、そこにはもう同じように樹木が生えることはない。
もちろん、普通に樹木を植えれば、普通に生長はするが、異常生長はしない。
「そうか……では、ここにつながるような道ができそうなら、その時は教えてくれ。可能な限り協力しよう」
「ありがとうございます」
そんな話をしていると、宴会場をふらふらと色々なところに行っていたフローラがいつの間にか戻ってきていて、言った。
「そういえば、この広場というか、集落のある場所はかなり開けていますけど、どうやったのですか? 道を自分たちで造れないっていうなら、無理なのでは?」
この質問にクラテは答える。
「ここについてはかつて魔族が開いたらしいと伝わっている」
「魔族が……? 交流があるのですか」
あるとすれば、〝魔人の角〟を手に入れるため、彼らに紹介してもらえるかも、と思っての質問だった。
これにクラテは答える。
「いや、今はないな。昔はあったらしいのだが、絶えて久しい。大雑把に彼らが住んでいる場所はわかっているが、それくらいでな」
「そうですか……じゃあ、この場所は昔譲ってもらったと?」
「というより、彼らは昔ここで生活していたようだが、場所を移ったようでな。土地が空いたから使わせてもらっているという感じだ」
「それで大丈夫なのですか?」
いずれ魔族が戻ってくる可能性もある。
その時に戦いになったりはしないのか。
そういう心配からの質問だった。
しかしこれにクラテは頷く。
「大丈夫だ」
「どうしてそう言い切れるのですか?」
「事後承諾を取っていると伝わっているからだ。まぁ確認しようはないのだが……ただ、もしも彼らがここを必要だというのなら、我々はここから去ると決めている。そういう意味でも問題がない」
「せっかくの集落を……良いのですか?」
「勝手に借りている土地、という認識に近いからな。仕方あるまい。それに我々は辺獄のどこででも生活できる。いざとなったら木の上を住処にしても構わない」
この辺り、獣人族はたくましいな。
確かに外の獣人族もあまり土地に執着する感じではない。
それだけに放浪の民になりやすく、獣人族を差別するような国もあったりするのだが、その場合もさっさとその国を後にしてしまうので悲惨なことにはなかなかならない。
「クレイ、飲んでるか?」
そんな中、アメリアが俺たちの方に近寄ってくる。
「アメリア……お前は、大分飲んでるみたいだな。それで明日大丈夫なのか?」
かなり大きい木製のジョッキを持っている彼女に尋ねると、アメリアは言う。
「大丈夫さ。これでかなり強い方だから……それより、あんたたちも覚悟しておきなよ。明るい時に行くとはいえ、危険ゼロとは言えないからね、あの墓地は」
「なんだか随分と警戒しているが……墓地なんだろう? どうしてそんな」
前から不思議だったが、アメリアにしろクラテにしろ、かなり墓地に対して警戒している。
これは少し奇妙な話だった。
なぜって、墓地というのは墓で、それ以外に何もないわけで……危なくもなんともないというのが普通だろうからだ。
もちろん、辺獄の中に存在する関係で魔物はいるのかもしれないが、それだって他の場所と大して変わらないはずだろう。
しかしアメリアは言う。
「ま、行ってみてのお楽しみってやつさ。それより、ほら、クレイももっと飲みな!」
そうやって酒を勧められ、どうしたものか、と思ったがまぁ、俺も別に弱いわけではない。
それに、最悪の場合……。
「どうしようもなかったら私が治してあげるから気にしないで飲んで良いわよ」
フローラがそう言ってくれた。
彼女は高度な治癒術の使い手で、つまり二日酔いだってその気になれば治せるのだ。
「お、本当か?」
「ええ。でもあんた自分でも治せるでしょ?」
「解毒系は得意なんだけど、二日酔いだけはどうにも不得意でさ……じゃあ頼むよ」
「わかったわ」
そのまま俺は朝まで飲み明かした。
ここまで羽目を外して良いのかという感じもするが、せっかく獣人族たちが歓迎してくれてるのに断るのも悪いからな。
そういう言い訳にしたがったわけだ。
*****
「……全員、大丈夫そうね」
次の日、墓地に向かうために集まった面々を見るに、昨日の酒が残っている者はいなそうだった。
まぁ、フローラが先ほど治癒をかけてくれたからなのだが。
「少し眠いですけどね……」
そう言ったのはリタだった。
彼女は昨日、酒は飲んでいないのだが結構な時間まで起きていたので仕方がない。
「俺もだ……」
キエザも同様らしかった。
それ以外のメンバーは割と極限状況に強いのかいつも通りの様子である。
俺とフローラは魔王討伐の旅の最中、二日も三日も寝られないなんてことは日常茶飯事だったし、ファルージャとイラ、それにシャーロットはエルフだ。
エルフの時間感覚は他の種族と比べて気長にもほどがあるくらいなのでいじられることが多いが、睡眠についても似たようなもので、何日も眠らなくても平気らしい。
これについて、ほとんど植物だからだみたいな言い方をされる時がある。
一種の揶揄だからよろしくない発言ではあるが、本人たちが言うにはそれほど間違っていないという。
精霊の因子があるため、他の種族より自然に近い体の構造をしている関係で睡眠を長く取らなくても問題ないからだ、という話だ。
アメリアは……流石に少し眠そうだが、耐えられないほどではない感じだな。
「さて、行くよ」
少し伸びをしてからそう言ったアメリア。
俺たちはそれについていく。
*****
そこは辺獄にしては珍しい光景の広がっている場所だった。
今まで俺たちが見てきた辺獄といえば、巨木が鬱蒼と生い茂る森林地帯、という感じだったがここは違っている。
「なんだ……砂漠か?」
俺がそう言うと、キエザが首を傾げる。
「砂漠って、砂はないぞ?」
確かにそうなのだが……。
「砂漠ってのは本来、雨がほとんど降らない土地って意味だからな。必ずしも砂ばかりって場所のことじゃない。ここみたいに、乾いた岩石の地面が広がっているようなところもそう言うんだ」
「そうなのか……!」
実際、俺たちの前にあるのはそういう場所だった。
「墓地はここから少し行ったところにある」
アメリアはそう言って先導する。
「墓地もここと同じようなところなの?」
フローラが尋ねると、アメリアは答える。
「いや、ここほど乾いちゃいないね。土を掘って埋められるくらいの水気はあるよ。ただ、草木はあまり生えていないけどね」
「辺獄も森ばかりじゃないのね」
「あぁ。ここより奥はむしろあまり森はないね。だから普通の魔物も少ないんだ。全くいないわけではないけれど……」
しばらく進んでいくと、彼女の言う通り魔物が出現した。
それは硬い岩石の地面を掘り進むことのできるワームと呼ばれるもので、なるほど、森にはいないタイプの魔物である。
大きさも相当なもので、耐久性も高いものだ。
だが、ここにいるメンバーの多くが強力な魔術を放てるため、遠距離からちまちま削ることで対応できた。
ちなみに、俺は戦っていない。
皆が昨日の疲れがあるだろうと気を遣ってくれたからだ。
俺が出た方が早かったと思うが、そこは素直に従っておくことにした。
それに……。
「あんたの出番は後であるからね。途中の露払いはあんた以外でやる方がいいよ」
アメリアがそんな風に言ったせいでもある。
俺は首を傾げたが、昨日、行ってのお楽しみ、などと言っていたので、深く追求するのはやめておいた。
そして、ついに俺たちはそこにたどり着く。
「ここが、私たちの墓地……〝獣の墓地〟だよ」
アメリアがそう言った。
一見すると、墓石と思しき巨石が不規則に並んでいる、雑多な墓地、という感じだ。
先ほどまで歩いてきた砂漠とは異なり、確かに地面の土は多少柔らかい。
けれどアメリアが言っていた通り、草木はほとんど生えておらず、どこか物寂しい感じがした。
「ここに〝獣王の息〟が……」
ファルージャがそう口にする。
それから、リタが思い出したように収納袋から《探査具》を取り出す。
「そうでした! これで〝獣王の息〟の場所がわかるはずです!」
そう言って、《探査具》を起動する。
ちなみに、アメリアから預かっていたネックレスはすでに返却しているが問題ない。
〝獣王の息〟の魔力の波長はすでに《探査具》に読み取らせているからだ。
「こんなもので〝獣王の息〟の場所がわかるなんてね。もし本当なら、すごいものだよ」
アメリアがそんなことを言う。
リタはそんな中、《探査具》の指し示す方向に向かって歩き出した。
「こっちです!」
いくつもの巨石の間を抜けていく。
「名前が書いてあるな。ユスティ、エランド……こっちはジーンか」
キエザが読み上げる。
「すべて、うちの先祖様の名前だね。ここに葬られるのは族長の一族だけだから当然なんだけど」
「そうなのか? それ以外は?」
「それ以外は、大体、集落の近くに葬るよ」
「それはまたどうして……?」
不思議な話だった。
まぁ、権力の問題で、一番良い場所、良い墓をその国の権力者が使う、というのはよくある話ではある。
そういう意味では族長一族だけがここを使っているというのはおかしくはないかもしれない。
けれど、獣人族にはそういう財力や権威の誇示をする性質がない。
誇るとしても力それ自体……戦闘力などを誇るのであって、金や権力ではない。
それなのにどうして、となる。
そして、その答えは、意外なところで明らかになる。
「あっ、この辺りですね。ちょっと精度上げますね」
リタがそう言って《探査具》を操作する。
《探査具》は最初、大雑把な方角を探知するモードで探し、それから周囲数メートルの範囲を細かく探知するモードで正確な場所を見つける、という手順を取る。
もっと簡易化できれば良かったのだが。
ただ、実際に使う場合には問題がなく、改良するにも時間がなかったのでそのままになった。
いずれさらに使いやすくしたいところだ。
ちなみに、今回《探査具》は〝獣王の息〟の探査のために使っているが、最初に魔力を記憶させたところからわかる通り、他の種類の魔石、というか魔力を発するものを探すこともできる。
今回一度だけのための魔道具を作る、というのはもったいないと思って
「ここです! ここに〝獣王の息〟が……」
リタがついに発見したのか、そう言った。
「リタ! 下がりな!」
しかし、アメリアが意外なほど鋭い声でそう叫ぶ。
リタはアメリアに手を引かれ、すぐに俺たちの後方へと下がった。
彼女の近くにはキエザが剣を構える。
どうやらキエザには言われなくてもわかるらしい。
そのスキルシードが、危険を感じ取らせたのだろう。
俺たちも既に構えていた。
「……アメリア、覚悟しておけってこういうことだったのか……」
俺が、目の前の土塊の下から起き上がった存在を前にそう呟くと、アメリアは笑って言う。
「あぁ。〝獣王の息〟は見つかりにくいんだが、見つけてしまうとこういうことになるんでね……しかも、あいつは獣人族の中でも強い力を持つ者の亡骸を素材に生まれてくる……つまりは、獣人族の長の一族のそれをね。ま、これだけ人数がいればなんとかなるだろう?」