加えて、圧勝してしまうと何か良くなさそうだ、という勘も働いていたのもある。

 だから負けはしないものの、一瞬の隙をうまくついての勝利、という演出だったのだが……。

「はっ、何がギリギリだ。あんた、かなり手加減していただろう? そういうのはわかるんだよ」

「……そうか? いや、気のせいじゃないか?」

「いいや。気のせいじゃないね。もしこの戦いを観戦していただけだったらわからなかったかもしれないが……実際に兵刃を交えたんだ。わからないわけがない。あんたはいつでも私にとどめを刺せたのに、ある程度花を持たせてくれた。そうだね?」

「……」

 どう答えたものか、俺は少し悩む。

 だが、そこまで見抜かれてしまっているのは俺の落ち度とも言える。

 だから俺は仕方なく肩をすくめて、答えた。

「……まぁ、頑張ればもう少しなんとかなったかもしれないのは、確かかもな」

 そんな俺の台詞にアメリアはぱっとうれしそうに目を光らせる。

「やっぱり! どうやら私の目に狂いはなかったようだね……」

 目に狂い?

 何の話だろうか。

 そう思った俺に、アメリアは驚くべきことを言った。

「よし、クレイ。あんたの力は見させてもらった。そして私はあんたに完膚なきまでに負けた。だから……あんたの嫁にしてくれ」

「……ん? 何だって?」

 あまりのことに俺がもう一度尋ねると、アメリアはあっけらかんとした様子で、再度はっきりと言った。

「だから、私と結婚してくれ」

「……えっ」


*****


「……という話になったんだが……」

 ヴェーダフォンスに戻ってきて、とりあえず俺はことの経緯をエルフの長老であるメルヴィルに話した。

 なんだかんだ、今の俺の知り合いの中で辺獄の事情について最も詳しいのはメルヴィルであろうからだ。

「はっはっは。それはまた、随分とおもしろいことになりましたな……アメリアが、クレイ殿に求婚するとは」

 これにフローラが少し憤慨した様子で言う。

「笑い事じゃないですよ。戦いに負けたから結婚してくれですって? そんな簡単なものじゃないでしょう」

 なんでこんなに怒っているんだ、と思いつつそれには触れずに俺はメルヴィルに言う。

「長老、あれは本気で言っているのでしょうか?」

 実際、あの場においてはなんにも言えなかった。

 アメリアはあの後、悪い、急すぎる話だったね、とか、まぁなんとなく頭の片隅にでも置いておいてくれればいいからさ、とかそんなことを言って、そのまま獣人族の集落に戻ってしまったからだ。

 あっさり帰っていったのは、流石に何日も集落の外で過ごす準備などしていないし、エルフとのいざこざに一旦決着がつきもう用事は済んだからということだった。

 ちなみに、俺たちが欲している〝獣王の息〟については、集落の長……アメリアの父に相談しなければならないこともあるため、それが終わり次第、連絡するということだった。

 メルヴィルは俺の質問に頷いて答える。

「おそらくは、本気でしょうな。外の獣人族にもそういうところがあるかと思いますが、基本的に彼らは強いものに従う、という本能を持っておりますゆえ」

「それは確かにそうですが、その従うというのはあくまでもこう、主従関係的なことであって……」

 結婚ではないのではないか?

 そう思っての言葉だった。

 しかしメルヴィルは顎をさすりながら答える。

「確かにそうなのですが、獣人族の女は強い男にこそ従う、という価値観というか、恋愛観を持っている傾向がありますから、同じことですな」

「やっぱり勝つのではなかったか……」

 俺は改めてそう思った。

 そもそも最初からなんとなく嫌な予感はあったのだ。

 何かきっと妙なことを押しつけられるだろうという予感が。

 それがまさか結婚とは思ってもみなかったが……。

「しかし負けていたら〝獣王の息〟について情報を得るのは難しかったのではありませんか? そう考えると勝つしかなかったでしょう」

 冷静にそう言われて俺はがっくりとくる。

「確かに……」

 そんな俺に、フローラが視線を向ける。

「それで?」

「え?」

「それで、求婚を受けるの?」

 声がとげとげしいが、いったいどうしたのか……いや。

 まぁなんとなく心当たりはあるのだが、そこのところはあえて無視して俺は言う。

「お前、流石にさっき会ったばかりの女から求婚されて、はい、します、もないだろう」

「本当に……? アメリアは獣人族だけど、結構な美人だったじゃない。性格も……まぁ気持ちの良い感じだったし」

「それは確かにそうだが、結婚ってそういうことだけで決めるもんじゃないだろ? こう、それなりに人柄を知っていって、しっかりと付き合って、その後にだな……」

 言いながら、我ながら随分と古風な恋愛観というか結婚観を持っているものだなと自覚する。

 今まで色々と忙しくてそんなことを考えてこなかったが、俺はそんな風に思っているのだなと。

 そもそも、田舎の村にいた頃は、その日を生きるので精一杯で、誰かと結婚して家庭を持つなんて少しも考えたことがなかったからな。

 今であればまぁ、誰かと結婚して家庭を持って……というのが現実的に不可能ではない。

 一人二人の家族を養うくらい、今の俺には容易いからだ。

 住む場所は辺獄のほとりに立派な自宅があるし、経済的な部分については辺獄の素材を王都などにそれなりの量持っていけば一財産になる。

 子供でもできて、お父さん、僕、貴族になりたいんだとか言われたら流石に困ってしまうが、最悪ユークにでも懇願すればそれすらも不可能ではないだろう。

 聖職者だって魔術師だって、俺にはコネがある。

 ……なんだか随分と知り合い頼みな感じもするが、自分のためならともかく、家族がいて、その家族のためにならば俺もそういうことをするだろう。

 まぁ可能な限りそんなことをしたくはないが。

 ともあれ、今の俺は結婚できるわけで……。

「じゃああんた、そういう相手ができたらすぐに結婚しても良いと思っているの?」

 フローラが首を傾げて俺に言う。

 どうなんだろうな。

 少し考えてみるが……。

「いや、流石にまだ考えられないな。できるかできないかって話なら、今の俺ならできるだろうが、まだ身軽な立場でやりたいことがある。辺獄開拓っていう大仕事をな。だから……」

 そこまで言ったら、フローラの機嫌が急に良くなって、明るい声で言う。

「……そうなの。じゃあ、アメリアにはさっさと断ることね。あっ、もしまた誰かから結婚とかそんなこと言われたら、まず私に報告するのよ」

「何でだよ」

「その人があんたに相応しいか、私が判断するからよ」

「お前なぁ……はぁ。ま、そんな日はかなり先だろうし、考えるだけ無駄か」

「ある日突然そんなこともあるかもしれないじゃない」

「それこそ考えてもしょうがないな」

「それは確かに」

 ここまで話したところで、メルヴィルが言う。

「そうそう、ファルージャとイラに今のお話をしてもよろしいですかな?」

 ここに二人はいない。

 どうやら、ヴェーダフォンスに初めて来た二人は、集落のエルフに案内されて色々と見て回っているらしい。

 さほど広くはないものの、何気ない場所にかけてある結界術や精霊術など、外のエルフからすると見るものが多いらしく、そういったものの解説を受けたいと希望したらしい。

 でも、そういうものは秘匿したいのではないかと思ったが、一度の説明ですぐに理解できるほど簡単なものではないから構わないのだという。

 それに、最終的には集落に外のエルフを滞在させる予定であるため、隠し通すのも難しいという判断もあるようだった。

「二人に今の話をですか? いや、俺の結婚事情なんてどうでもいいような……」

 俺がそう言うと、メルヴィルは笑って首を横に振る。

「あぁ、いえいえ、それではなく、アメリアたちとの交渉の結果、〝獣王の息〟の入手に一応の目処が立ちそうだという話の方を……」

「あっ、そっちですか。そうですよね……はい、もちろん」

 俺の早とちりだったようだ。

 それはそうだろう。

 ファルージャたちにとって、俺の結婚事情なんかよりも遥かにそっちの方が大事なのだから。

 それからしばらくして戻ってきたファルージャたちに、俺たちは先ほどあったことを説明したのだった。


*****


「お、やっと来たかい」

 エルフの集落の結界外から、俺たちの姿を確認してそう呟いたのは、獣人族のアメリアだった。

 彼女とはここで待ち合わせをしていたのだ。

 獣人族である彼女には、エルフの結界術を破ることはできないし、それを通過するための精霊の腕輪も持っていないために連絡を取るにはこういう方法しかなかった。

 俺たちの方から訪ねていっても良かったのだが、そもそも獣人族の集落の位置を知らない。

 アメリアはこの結界の位置を知っていたので、こういうことになったのだ。

「すまない。待たせたか」

 俺がそう言うと、アメリアは首を横に振る。

「いや、そうでもない……それより、どうする? ここで話すかい?」

「あぁ、それなんだが……」

 俺が後ろに視線を向けると、そこにはシャーロットがいた。

 彼女は言う。

「アメリア。貴女さえよければ、うちの集落に招待しますけどどうでしょうか?」

 これにアメリアは驚いた表情で言う。

「……いいのかい? エルフの集落と言えば、同種族以外立ち入り禁止……って、人族がすでに入ってるのか」

 俺の顔を見て、少し納得したような顔になるアメリア。

 シャーロットは少し苦笑して言う。

「確かにそうですけど、この人は特別なんですよ……でも、最近はエメル村……辺獄の外にある村との交易もあって、普通の人族も少数だけど入れているし、そこまでガチガチに立ち入り禁止って感じじゃないんです」

「そうなのか。だが、どうやって行けば良いんだい? 前になんとかして行こうとしたんだけど、どう頑張っても同じところをグルグル回る羽目になっちまってね……」

 少しばつの悪そうなこの告白に、シャーロットはあきれたような顔になる。

「そんなことをしていたんですか? お互いの縄張りには可能な限り不干渉という約束は……」

「ガキの頃だから許しておくれよ。それにその約束だって、はっきりと明文化しているわけじゃないんだからね」

「それはそうですが……」

 どうも、その辺りは一応の決まり事という程度で、何かしらの強制力があるわけではなく、なんとなく皆が守っているだけのマナーに近いようだ。

 まぁだからこそ、ぶつかり合った場合にはああいう試合などをしてガス抜きをする、みたいな中途半端なやり方で解決できるのだろうが。

 本当にしっかりとした決まり事だったら、罰則がうんぬんの話になってしまうだろうからな。

 外のやり方とは価値観が違うが、辺獄に住まう種族の間でならそれくらいで十分なのだろう。

「まぁ、今さらの話ですし大目に見ましょう。とりあえず、今の話です。アメリア、これを」

 シャーロットはそう言って、精霊の腕輪をアメリアに手渡す。

「こいつは……あぁ、聞いたことがあるね。エルフが友人と認めた相手に渡す品だと。うちの集落にもひとつあるよ。ただ、もう使えないという話だったが」

「確か、お祖父様が先々代の獣人族の長に渡したと聞いたことがあります。精霊の腕輪は基本的に持ち主だけしか使えないものなので……」

「あぁ、先々代……私のひい様は既に亡くなってるからね。その時から力を失ったようだと聞いてる。しかしそんな品を私に……いいのかい? これだって私しか使えないってことだろう? 材料は貴重な樹木だって話らしいし……」

「ええ、私たちが〝世界樹〟と呼ぶ樹木の枝から作ったものです」

 軽く答えたシャーロットだったが、アメリアは目を見開いた。

「〝世界樹〟だって!? あんたらが大事にしてるっていう……。だったら余計に私なんかに渡したらまずいんじゃ」

 本気で言っている様子のアメリアに、シャーロットは笑って言う。

「いいんですよ。そんな風に言ってくれる貴女なら悪用したりもしないでしょう?」

「私しか使えないんじゃ、悪用しようにもできないけどね」

「解析すれば結界を通り抜ける方法を編み出すことも不可能では……」

 ちらちらと俺に視線を向けながら言うシャーロット。

 なんだ、俺はそんなことはしないぞ。

 腕輪とか関係なく、普通に結界それ自体を解析したことはあるが。

 おそらく、腕輪の解析の方が簡単なのだろうな。

 精霊術を使って作られたものだという話だったため、俺ももらっておきながら解析する気にはならなかったが、やればできそうな感じはする。

「いやいや、私は魔術も精霊術も使えやしないからね。そんなことは無理さ……ま、くれるっていうのならありがたくもらっておくよ。腕にめれば良いんだね?」

「ええ。それを填めると周囲の魔素を吸収して傷などを治癒する効果がありますので、そういう意味でも役に立ちますよ。魔術を使えない獣人族には重宝するでしょう」

「それは本当かい? へぇ、随分と良いものをもらっちまったね……私も何か返せれば良いんだが……」

「それこそ〝獣王の息〟で十分です。ともあれ、私たちの集落、ヴェーダフォンスに向かいましょう」

「あぁ」


*****


「初めまして、私はエルフィラ聖樹国のファルージャと申します」

「同じく、イラです」

 ヴェーダフォンスのメルヴィルの家の中で二人がそう名乗って頭を下げた。

 部屋の中にはエルフたちの他、俺とフローラ、そしてファルージャたちの対面には獣人族のアメリアがいて、意外にも慌てた表情をしている。

「い、いや、頭を上げてくれ……私はアメリア。辺獄の獣人族の集落の長の一族だけど……それだけで」

 アメリアはこれで思ったより権力に弱いのか?

 いや、そんな感じじゃないと思うが……。

「……? いえ、アメリア殿は私たちに救いを提供していただける方なので。私たちに気を遣われることは」

「だが、あんたらはその、この集落の長の血族なんだろう?」

「何か勘違いがあるようですが、それはこちらのお二人です」

「えっ」

 そこでアメリアはメルヴィルとシャーロットを見た。

 それから、シャーロットに尋ねる。

「お前……シャーロット。この集落の長の一族なのかい?」

「ええ、そうですけど……あれ、言ってませんでしたか?」

「言ってないよ……そうか、だからあれほど強かったのか。やっと合点がいったね……それに貴重な素材を使った腕輪をぽんとくれたのも、そういうわけかい……」

 どうやら、アメリアはこの集落の長の血族に一定の敬意を払っているらしかった。

 その理由について、アメリアは口にする。

「いや、父と祖父から、この集落の長の血族には決して喧嘩を売るなと言われていてね……まず勝てないからと。だが、私はもうとっくの昔にそれをやらかしていたわけだ」

 どうもこの言い方からして、アメリアの父と祖父は、メルヴィルやシャーロットたちがハイエルフであることを知っている節があるな。

 そうでないにしても、何らかの特別な存在だと思っていたのだろう。

 そういえば、メルヴィルがアメリアの曾祖父に精霊の腕輪を渡したという話があったが、その人物にでも話したのかもしれない。

 そして、アメリアの一族の間で語り継がれてきたとか。

 アメリアに伝えられてなかったのは……まだ若くて喧嘩っ早いから、という理由だろうか。

 知っていたらむしろ挑戦していそうな雰囲気があるし。

 まぁ実際には言いつけに従っているようだが。

「そういうことでしたか……はっきりとは言っていませんが、どこかで気付きそうなものですけどね」

 シャーロットがそう言うと、アメリアは微妙な表情で返す。

「私にそういう勘の鋭さを期待されても困るんだよ。まぁ、それはいい……それより、私がそちらの方々に救いを提供するって、いったい何の話だい?」

「あぁ、それなのですが……」

 それからシャーロットがファルージャたちの事情を説明した。

 すべてを聞いたアメリアはなるほど、と頷いた。

「そういうことだったのかい。それで〝獣王の息〟が必要に……それなら、できるだけ早く取りにいった方が良さそうだね」

「取りにいく、とは?」

 ファルージャがそう尋ねた。

「あぁ、もしかして〝獣王の息〟っていうのが何なのか、ここにいる誰も知らないのかい?」

 これにメルヴィル以外のこの場にいる面々は頷く。

 アメリアはメルヴィルの反応を見て、言う。

「流石だね。貴方は……知っているんだね」

「うむ。ゼクト……貴女の曾祖父に教えられてな。ただ、そこまで細かくは聞いておらんが……獣人族の魔力が宝玉化したものだという話だったな」

「あぁ、その通りさ……ちょっと待ってな」

 言いながら、アメリアは自分の胸元をまさぐる。

 すると、そこから鎖のついた小さな宝石が出てきた。

 ネックレスになっているようだ。

「もしかしてそれが……?」

 ファルージャが尋ねると、アメリアは頷いた。

「あぁ、〝獣王の息〟だね。ただ、これは元の宝玉を砕いたもののうち、小さな破片を磨いたものだ。多分、あんたらが求めるものはこれでは足りないだろうね」

「そうなのですか……」

 あからさまにがっかりするファルージャだったが、アメリアは慰めるように言う。

「いや、だから取りにいこうって話なのさ」

「と言いますと……?」

「〝獣王の息〟は先ほどメルヴィル老がおっしゃったように、私たち辺獄に住まう獣人族の魔力が宝玉化したものなんだ。ただ、これは普通の魔力じゃない。獣人族が死んだ後、埋葬された墓場で、何人もの獣人族たちの魔力がゆっくりと混じり合って出来上がるものなんだ。だから滅多に手に入らなくてね」

 なるほど、そうなるとかなりの貴重品ということになる。

「すぐに手に入れることは難しいと……?」

「いつでもってわけにはいかないね。だが、あんたらは運が良い」

「え?」

「私の持ってるこれなんだが、曾祖父の時代に採取された〝獣王の息〟から作られたものなんだよ。祖母から受け継いだ時にそう聞いたから間違いない」

「それで……?」

「〝獣王の息〟ができるタイミングには、周期があるんだ。そこからすると、今ならもうあってもおかしくはない。というか、まず間違いなくある。もちろん、探さないと見つかりはしないけど……探しに行くだろう?」

 なるほど、それで運が良いということか。

 このタイミングを外せば新しい〝獣王の息〟を手に入れるまで何十年も待たなければならなかった可能性がある、と。

 まぁ、エルフにとってはそれくらいの期間など大したものではないのだろうが、それまでに聖樹が枯死しないとは限らない。

 数年程度は平気ということだったが、流石に数十年となるとな。

 保たないだろう。

 アメリアの言葉に、ファルージャはすぐに首を縦に振った。

「是非!」

「よしわかった。じゃあ、私は父に言って許可を取ってくる。流石に墓地だからね。許可無しに踏み入って良いところじゃないのはわかってくれるね」

「それはもちろんです。ただ、その許可を得るにはどのくらいの時間がかかるでしょうか?」

「数日もあれば大丈夫だと思うよ。さっき聞いた話をすればうちの父だって反対したりはしないさ。ただ、難しいこともある」

「それは……?」

「〝獣王の息〟がどこにあるか、探すことだね。これを見てもらえるとわかると思うんだけど……」

 そう言って、アメリアはネックレスをもう一度皆に見せる。

 皆が首を傾げる中、フローラがなるほど、といった様子で口を開いた。

「ほとんど魔力の気配が感じられないわね。獣人族の死後の魔力が凝って出来上がったものだって話だったから、もっとわかりやすい存在感があるかと思っていたけれど、むしろ固まっているからかしら。魔力感知にほとんどひっかからないわ」

 言われて、俺も納得する。

「確かにそうだな……うーん、これを探すのはなかなか大変な作業かもしれない。近くで見れば一発でわかるとは思うが……」

〝獣王の息〟の欠片は、独特な木目調が美しい特異な石で、他の石では見られない玄妙な見た目をしている。

 これの大きなものを手にしたら、流石にそれとわかるだろう。

 加えて、手に持てばわずかとはいえ魔力があるとわかる。

 ただ触れなければわからないので、魔力感知で探すとなるとそこが大きな問題になるのだ。

「ま、そういうわけさ。私も探し方を父と祖父に聞いてみるけど……最悪、頑張って目視で探すしかないってのは覚悟しておいてくれ」

「目視か……その獣人族の墓場って、どれくらいの広さがあるんだ?」

 俺が尋ねると、アメリアは少し考えてから答える。

「さっき見たヴェーダフォンスの土地の……そうだね。五倍から十倍くらいといったところかね」

 それはやはり、厳しいとしか言い様がない。

 だが、諦めるわけにもいかない……何か方法を考える必要がある。

 そのためには……。

「なぁ、アメリア」

「何だい?」

「そのネックレス、貸してもらうことはできるか?」

 アメリアの祖母から受け継がれたもの、ということで言い出すのには少し勇気がいった。

 だが、他に参考にできるものもなさそうだし、頼むしかないと思った。

 アメリアは俺に視線を向けて尋ねる。

「どうしてだい?」

「あぁ、俺はこう見えて魔道具職人なんだ。普通の方法で魔力を感知できないとしても……何かやりようがないか、試してみたくてな。もちろん、それを傷つけるようなことはしないと約束する」

「なるほどね……うーん……まぁ、確かに闇雲に探すのは避けたいしね。かといって何か方策が浮かぶわけでも無し。クレイ、あんたに何かできるって言うのなら、こいつを預けよう」

「一応言ってみたが、本当に良いのか? 大切なものなんじゃ」

「……実のところ、お祖母様から受け継いだものはこの他にも色々あるからね。というか、あんたらに言われるまで〝獣王の息〟なんてすっかり忘れていたくらいだ。だから気にしなくて良いよ。あっ、傷つけるようなことはしないって言ってたけど、調べるなら削ったりなんだりしたいんじゃないのかい?」

「いや、できるならしたいが、それは……」

 いくらなんでも嫌なんじゃないのか、と思ったがアメリアはあっけらかんとした様子で言った。

「まぁ、しないで済むならその方がいいかもしれないけどさ。そっちの人たちが大切にしてる聖樹の危機なんだろう? それを救うために必要だってんなら、ご先祖様も許してくれるだろうさ」

「アメリア……ありがとう」

 そう言った俺に続いて、ファルージャも言う。

「アメリア殿……私たちのために、そこまでおっしゃっていただけるなど、なんとお礼を言ったら……」

「いいって。困った時にはお互い様ってやつさ。じゃ、それは預けておくからね。私は集落に戻って父に交渉してくるが……クレイ」

「……なんだ?」

「いや、墓地に行く前に、私たちの集落に寄ってもらうことになるかもしれなくてね。その時に、うちの父に挨拶をしてもらわないとならないかもしれないんだけど……」

「それくらい構わないが」

「そうか! じゃあ、そういうことで」

 あからさまに機嫌が良くなったアメリアはそのままの勢いで、集落へ帰ってしまった。


*****


「ああいう話だったが……クレイ殿。本当に〝獣王の息〟を探せるような魔道具を作ることは可能だろうか?」

 アメリアが帰った後、ファルージャがおずおずといった様子で俺に尋ねてくる。

 彼も不安なのだろう。

 俺はこれに少し考えてから答える。

「やってみないとわからないとしか今は答えようがないですね」

「やはりそうですか……」

「ですが、手に持っていると確かに魔力は感じられるのです。そうである以上、十分可能性はあると思っています」

「おぉ……! わずかでも可能性があるのなら、おすがりしたい……!」

「それに……」

「それに?」

「俺一人だと難しいかもしれないですが、俺の弟子と一緒なら、可能性は上がるかも」

 弟子、というのはもちろん、リタのことだ。

 キエザも弟子だが、魔道具関係の弟子は当然リタだな。

 彼女はスキルシードとして《上位魔道具士》を持っている。

 これは明らかに俺より魔道具職人としての才能が優れていることを示しているから、何か俺にない発想などを出してくれるかもしれない。

 実際、最近はめきめきとその実力を伸ばしていて、一部の魔道具はすでに俺が作るものよりも高品質なものを製作できるようにすらなっているほどだ。

 もちろん、知識や経験の差があるため、俺の方が幅広く様々な種類の魔道具を作れるのだが、新しい魔道具を作り出すという試みとなると、彼女を参加させた方がいいような気がするのだ。

「お弟子さんですか……」

「ええ。ただ、やはりそうなると事情をある程度説明する必要が出てくると思うので、その点について許可をいただけると……」

「クレイ殿のお弟子さんなのです。今さら疑うような真似は致しませんよ」

「そうですか? そう言ってもらえるとありがたいのですが、俺はそんな大した人間ではないですよ」

 そう言ったのだが、ファルージャはこれにあっけにとられたような表情になってから、言った。

「貴方が大した人間でなかったら、この世に生きる大半の者が大したものではないことになってしまいます。私も例外ではない」

「一国の舵取りをされている方がそんなわけは……」

「貴方は世界を救われたのですよ。そして、今回は我が国の聖樹様を救ってくれようとしている……謙遜もし過ぎると厭みというものです」

「うーん……では、少しだけ、胸を張ることにします」

「そうされるのがよろしいでしょう」

 ファルージャはそう言って微笑んだのだった。