本来、どうやって獣人族が魔物などの気配を感じ取っているかといえば、それは魔力以外のもの……空気の動きや匂い、また音などによる。

 これが馬鹿にしたものではないというか、時と場合によっては魔力感知よりも遥かに高い精度を出す。

 そのため、獣人族は魔力の感知能力が低くともさほど問題にならない。

 だが、相手が魔術に長けたエルフとなると話が変わってくる。

 しかも、シャーロットはこの辺獄において、獣人族と何度も相対した経験があるのだ。

 獣人族の性質も熟知しているのだろう。

 匂いや音などを感知されないように、精霊術によってそれらを遮断しているのだ。

 ではなぜ今までそれをしてこなかったかといえば、魔術だと難しいからだろう。

 魔術は人為的に魔力を操り、外界に干渉する技術だ。

 そのため、制御をするのは術者であり、性質上細かいことをやろうとすればするほど、難しくなる。

 例えば、風がある中で、《風弾ウインドブリッツ》を放つ、ということは誰であっても普通にできるだろう。

 しかし、その風の自然な動きを一切乱さないままでそれをやる、ということはおよそ不可能と言える。

 なぜなら、《風弾》を放った時点でその風の流れは乱れてしまうからだ。

 至極当然の話である。

 だが、精霊術は違うのだ。

 精霊術は、自然などを司る精霊に話を通して、力を行使してもらう技術だ。

 精霊は自然そのものであるから、自然の動きを望むように操ることなど簡単なのだ。

 そのため、風の動きを乱さずに《風弾》と同じ威力の攻撃を放つこともできてしまう。

 シャーロットが今やっていることもまさにそれで、自分の存在をアメリアに伝えるあらゆる空間に関する干渉を精霊術によって消しているのだろうと思われた。

 そんな説明をフローラにすると、彼女は呆れたように言う。

「あんた、よくそんなこと見ただけでわかるわね……」

「それくらいできなきゃ魔王討伐の旅にただの村人の身分でついていくことなんかできなかったろ」

「私はできないけどねぇ」

「俺にできなくてフローラにしかできないこともたくさんあるんだからいいだろうが」

「まぁね……あっ、当てずっぽう戦略でいくのね」

 フローラがそう言ったのは、シャーロットの幻影に対してその場を動かず警戒し続けていたアメリアが、ついに動き出したからだ。

 この状態で彼女がやれることはさほど多くない。

 その中でも、最も獣人族らしい手法を取ることにしたようだ。

 それはつまり、どれが本物のシャーロットかはわからないが、とにかく当たるまで幻影を潰し続けるということだ。

 だが、それはあまりいい手ではない。

 シャーロットの幻影が一斉にアメリアに対して魔術を放ち始めたからだ。

 ひとつの属性に限らず、また四方八方から浴びせかけるそれは、規模自体は大きくないものの、いずれもかなりの威力があるものばかりだ。

「くそっ……!!

 アメリアも、いかに辺獄の獣人族とはいえ、その圧力の前には足を止めざるを得ないようだった。

 ただ、これに耐えているだけでもかなりのものである。

 普通ならこんなもの浴びせかけられた時点で完全に詰むからだ。

 それをアメリアは、避けたり、大斧を盾のように使って弾いたりしながら耐えている。

 いずれ、必ずチャンスが来る。

 そう狙っているようだった。

 確かに、シャーロットの魔力量はかなり多く、その気になれば一日中だって魔術を放ち続けられるほどだ。

 けれど、今のシャーロットは普段はそれほど多用しない精霊術を魔術と併用している。

 以前、精霊術の概要についてシャーロットやメルヴィルに聞いたところによれば、精霊術はかなり強力な術ではあるものの、自然そのものである精霊の力を借りるが故に、かなりの精神的負担があるとのことだった。

 つまり、アメリアの狙いはおそらく正しく……。

「あ、弾幕に間が空いたわ」

 フローラが言った通り、ほんの一瞬ではあるがシャーロットの魔術弾幕に隙間ができる。

 そしてその瞬間を見逃すアメリアではなかった。

 再度、地面を蹴り、シャーロットの幻影に迫って、一人一人攻撃を加えてかき消していく。

 もしもあの幻影が無限に生み出されるものであればそれでもアメリアに勝機は一切なかっただろう。

 だが、あれもまた、精霊術と魔術の複合によって形作られたもののようで、即座に生み出せるわけではないようだった。

 ほとんどの幻影がかき消え、残りは二体になる。

 それぞれがアメリアを挟むように対面に立っていて、もしもどちらかが本物なのだとしたら、二択ということになる。

「当たるかしら?」

 フローラがそう呟く。

「勘勝負のギャンブルをするしかアメリアにはないようだが……やるんだろうな」

 実際、アメリアは片方のシャーロットに焦点を合わせて、思い切りよく大斧を振りかぶる。

 もし外れていたとしたら、空振りした瞬間、背後から撃たれて終わる可能性の高い賭けだ。

 けれど彼女はそれをやった。

 そして……。

「全く、こういう時はいい勘してますね」

 アメリアの狙った方のシャーロットがそう口にした。

「うらぁぁぁ!!!」

 アメリアは叫びながら大斧を振り下ろす。

 だが……。

「でも、そうなるだろうと思ってましたので」

 シャーロットがそう言って口の端を僅かに上げた時、アメリアは、

「……えっ?」

 自分の足元に、地面を踏んだ感じがしないことに気付いた。

 落とし穴だ。

 アメリアはそのまま、大斧と一緒に穴の中に落ちていく。

 そして、落ちたアメリアに向かってシャーロットは容赦なく魔術を撃ち込んだ。

 といっても、殺傷力の高いものではなく、水を大量に流し込むというものだった。

 あくまでもこれは殺し合いではなく勝負なのであって、その気になれば殺せる状況にまで追い込んだ、ということを相手に伝えるためなのだろう。

 まぁ、落とし穴の中に落とされて水責めに遭ったらそれはそれでかなり危険ではあるが、それくらいのことで死ぬような相手ではないということだ。

 実際、アメリアはすぐプカリと浮かんできて、穴から這い出してきた。

 そして、戦いを続行しようとはしないで、ただ地面に突っ伏してひと言言った。

「くそっ。今回は私の負けだ」

 それを聞いて、観戦していたエルフ側の若者たちが歓声を上げた。

 対して獣人族側の若者たちはがっくりとした様子になる。

 それからシャーロットはアメリアのもとへ駆け寄って介抱し出した。

 アメリアはそれに対して、

「大した傷じゃねぇ。最後だってちょうどいい水浴びになったくらいだったしな」

 とうっとうしそうに言ったのだった。


*****


 その後、残りの試合もしたがアメリアとシャーロットの熱戦が飛び抜けていたため、消化試合のようになり、全ての戦いが終わってからは、意外なほど和やかな感じになった。

 エルフと獣人族たちはお互いの健闘を讃え合い、先ほどまで行われた試合の良かった点や悪かった点などを種族問わず話し合い始めたのだ。

「さっぱりしたものね」

 フローラが少し驚いた様子でそう呟く。

「そうだな。人族同士だったらあれほどの戦いをしたらそこそこ遺恨が残りそうなもんだが」

「王都の闘技大会じゃ、そんなことはなかったけど」

 この間行われた闘技大会、その本戦のことを言っているのだろう。

 確かにあの時の戦いで妙な遺恨とかは感じなかったな。

 ただそれは……。

「出場者が全員、自分の力に自信があるのと同時に、相手の力を素直に認められるようなタイプばかりだったからだろうな。そうじゃなきゃ、大変だったと思う」

「旅してる時にはそういうこともあったわよね」

 もちろん、魔王討伐の旅の話だ。

 あの頃も闘技大会などには何度か出場した。

 俺ではなく、ユークが、だが。

 そして彼が優勝すると、次の日から刺客が襲ってくるとか、妙なちょっかいをかけられるとか、そういうことがたまにあった。

 まぁ簡単に言ってやっかみでしかないのだが、それが権力者を巻き込んで行われると結構煩わしかった記憶がある。

 それらも最終的にはすべて跳ね除けたのだが、それでもな。

「みんながみんな、こんな感じならもっと気持ちよく旅ができただろうにな」

「ま、それもまた思い出じゃない? 比較してもいい思い出の方が多いし、そもそも昔のことよ」

「それもそうか……ん?」

 俺とフローラがそんなふうに話していると、ふと人が近づいてくるのに気付いた。

 見れば、それはシャーロットとアメリアだった。

「クレイさん、フローラさん」

 まず、シャーロットがそう話しかけてきたので、応じる。

「あぁ、シャーロット。どうしたんだ?」

「ええと……その、アメリアがお二人のことが気になるというものですから、ご紹介をと」

 シャーロットの横に立っているアメリアは、どこかげんそうな瞳で俺たちを見ていた。

 考えてみると、この場に人族である俺たちがいるのは普通のことではない。

 最近はエメル村の住人が辺獄のエルフに連れられて辺獄の中に入ったりすることも増えてきているので俺たちはかなり慣れてしまったところがあるが、少し前まではそんなことは決してあり得なかったのだから。

「そうか……貴女は、アメリアさん、だったな。俺はクレイだ。で、こっちが……」

「フローラよ」

 手短に名乗る。

 敬語を使わないのは、獣人族は全体的にそういう文化だからだ。

 別に使ったところで舐められるわけでもないのだが、仲良くなると敬語なんか要らないと言われるのが大半なため、最初からこう話した方が早い。

 アメリアもやはりそういうタイプのようで……。

「……アメリアだ。お前たち、本当に人族なんだな……辺獄で、初めて見たぞ」

 怪訝そうな中にも興味の感じられる声色でアメリアは言う。

「辺獄で、って言うと他では見たことがあるの?」

 フローラが気になったのか尋ねた。

 これにアメリアは素直に答える。

「あぁ。私たちは辺獄を住処としている獣人族だが、絶対に出ないと決めているわけでもないからね。たまに必要なものを買いに外に出ることはある。それでもさほど遠出はしないけどね」

「そういうものなの。そういえばエルフたちもそういう感じだったわね」

 納得したようにフローラは頷く。

 エルフにしろ獣人族にしろ、この辺獄においてほぼ自給自足できているとはいえ、何もかもをここで手に入れられるというわけではないようだ。

 なくても困らないが、あった方がいいものなどはやはり外で手に入れるらしい。

「それで? あんたらはどうして辺獄にいるんだい? 私たちがここの外にいるより、そっちの方がずっと珍しいだろう」

 アメリアの言葉に、俺は説明する。

「あぁ、それなんだが、俺はこの辺獄を開拓しようと思っていてな。それで最近、入るようになったんだよ。こっちのフローラは俺の元々の友人で、まぁ……手伝ってもらってる感じかな」

 考えてみると、フローラの立ち位置を適切に説明する言葉がない。

 元パーティーメンバーで、友人なのは間違いないし、辺獄開拓を手伝ってもらっているのも本当だが、確固たる約束があるわけでもないし、今さらながらなんて言ったらいいのだろうな?

 まぁ、なんでもいいが。

 今さら気兼ねする仲でもないし、こんなものだろうとも思う。

 アメリアはそんな俺の言葉に特に引っ掛からなかったようで、頷いて言う。

「辺獄を開拓ねぇ……それはまた随分と物好きなことだ」

 どこか感心したような響きすら感じられる彼女の言葉に、俺は尋ねる。

「言っておきながらなんだが、辺獄の獣人族は、俺が辺獄を開拓することに文句とか不快感とかはないか? もしあれば言ってもらえると助かる。別に俺は侵略者になるつもりはないんだ」

 彼らはいわゆる先住民族だ。

 エルフたちは大して気にするそぶりもなかったが、獣人族も同じとは限らない。

 しかしそんな俺の心配をよそに、アメリアは軽く言う。

「別にいいんじゃないのかい? あんたが一人で開拓するったって、辺獄に生える木々を今日明日ですべて切り倒すとかそういうつもりはないだろう?」

「それは……そうだけど。ただちょっとずつ切り拓くつもりはあるんだぞ?」

「それこそ構わないよ。私たちにしろ、エルフにしろ、森の中切り拓いて集落作ってるわけだしね。自分たちでやっといて人族にやるなとは言えないさ」

「そんなものか?」

「そんなものだとも。あぁ、でも縄張りの問題はあるけど……」

「そういえば、エルフと獣人族はそれでさっきまで揉めてたんだったな。もう随分和やかな様子だが」

 俺の指摘にアメリアは苦笑する。

「あれはねぇ……まぁ、ちょっとした儀式的な意味合いもあってね。私たちもエルフも、若いのはたまに発散しないと暴発するかもしれないからね」

 これには少し意外な感じがした。

 アメリアはもっと直情的な感じかと思っていたが、この様子だとシャーロットとの舌戦すらもまた、計算の上でしていたのかもしれない。

 シャーロットが言う。

「ま、かといって普段からずっと仲良しこよしというわけでもないのですが、戦った後はこんなふうなので本当に修復できないほど揉めることはないんですよね。ただ今回はちょっと強引な感じもしましたけど。その辺り、どうなんですか? アメリア」

 これにアメリアは少しばつの悪そうな表情をする。

「いや……その、聞いていいのかどうかわからなくてね」

「半分パフォーマンスとはいえ、あれだけ口喧嘩したんですから別に今さら気を遣わなくてもいいでしょう」

「そうかい? じゃあ遠慮なく……あんたら、ここ数年随分と元気がなかっただろう? いったいなんでだったのかと思ってね」

「あぁ……なるほど」

 シャーロットはそれで納得がいったようだ。

 俺もフローラもそのことか、と思う。

 つまりは、あれだ。

 シャーロットは少し考えてから、そのことをアメリアに話し出す。

「……獣人族の集落の方はどうだったのかわかりませんが、ここ何年もの間、うちの集落を、強力な黒竜が襲い続けていたんですよ」

「なんだって……!? 黒竜って……たまにこの辺りを飛んでいた……?」

 あの黒竜だって、ずっと世界樹の近くでその葉や雫をすすっていたわけではなく、たまに森の方で魔物を狩っていたのだ。

 獣人族も目撃していたようだ。

 俺とフローラが遭遇したのも、そういう最中の黒竜だったわけだしな。

 シャーロットは頷いて続ける。

「ええ、その黒竜です。あまりにも強力だったので、エルフの総力を挙げてかかっても倒せずに……もうこのまま集落ごと滅びるしかないと諦めていたんですよ」

「そんな……なら、さっさと倒さないと! 私たちも力を貸すよ!」

 慌てたようにそう言うアメリアの様子に、やはり悪いやつではなさそう、というかいいやつなのだろうということがわかる。

 シャーロットも同じ感覚のようで、ふっと笑う。

 それから、アメリアに首を横に振って言う。

「いいえ、ありがたい話ですけど、その必要はないのですよ」

「……私たちが信用できないのはわかるが、同じ辺獄に住むよしみだ。見返りなんて要求しないよ?」

「いえ、そういうことではなく……もう解決したので」

「えっ? 解決……ということは、倒したのかい、黒竜を。でも諦めていたって……」

「ええ、ほぼ諦めていましたとも。でも、ある日突然、その黒竜を倒したと言って、その首を持ってきてくれた方々がいたんですよ」

 これにはアメリアも度肝を抜かれたらしい。

 目を大きく見開く。

「そんな馬鹿な……あの黒竜は遠くから見ただけでも相当力があることがわかるほどだったよ。そう簡単にどうにかできるようなもんじゃ……いったい誰が」

「驚きですよね。でも、本当なんです。誰がかと言いますと……ほら、そこにいるお二人ですよ」

 シャーロットが俺とフローラに視線を向けた。

 アメリアもすぐにグリン、と首を回して俺たちのことを凝視する。

 人族が!? とでも言いたげな様子に、なんだか少し笑ってしまいそうになる。

「あんたらが……もしかして、他にたくさん仲間が? 人数を集めて倒したってことかい?」

 アメリアがそう尋ねてきたので、俺が答える。

「いや、俺とフローラの二人だけで倒した。とはいえ、そんな大したものでもなかったぞ。確かに竜の中では力を持っている方だったとは思うが……なぁ?」

 フローラに視線を向ける。

 魔王と比べれば大したことなかったよな、と言いかけたが、いきなりアメリアに言うことではないというか、言っても信じてもらえなそうだったので中途半端な言い方になった。

「そうね。もっと強力な魔物と戦ったことは何度もあったし……慣れもあったのよ」

「慣れって……もしかしてあんたら、よほど戦いに取り憑かれてるのかい……?」

 確かにそう聞こえなくもない言い方だ。

 だが、考えてみると別に間違ってもいないのかもしれない。

 俺たちは魔王を討伐するという目標のために、旅の間、ありとあらゆる戦闘能力をひたすらに磨き続けた。

 その取り組み方は他の人間から見れば常軌を逸していたと見られるほどだったのは言うまでもないし、それってまさに戦いに取り憑かれた人間のそれだったのかもしれない。

 なんとも言えずに黙っていると、アメリアは少し嬉しそうな表情になって、言った。

「まさか人族にそれほどの戦士がいるなんてね……これはおもしろい」

 そこでアメリアはシャーロットに頼むような視線を向ける。シャーロットはそれに呆れたようにため息をついて、首を横に振る。

「まさか、アメリア……」

「いいだろう? こんな機会なかなかないんだ」

「本人がいいと言うのならば私から言えることはないですが……」

「よし! なぁ、頼みがあるんだけど、いいかい?」

 そこでアメリアは俺に視線を向ける。

「なんだ?」

「私と、戦ってほしいんだ」

「アメリアと? それは……」

 どうなんだろうな。

 別に構わないんだが、せっかくエルフと獣人族が戦いを終えて和やかな感じなのに、俺たちとまた試合なんてしたら空気が悪くならないだろうか?

 その懸念を伝えると、アメリアは笑い飛ばす。

「問題ないさ。そこまで物分かりが悪いのは連れてきてないからね」

 いないとは言わない辺り、彼女たちの集落にはそういう者もいるのだろう。

 ただ、半人前扱いにされるのかもしれないな。

 それくらいの厳しさがなければ、辺獄で生きていくことは難しいだろう。

「まぁそういうことなら……」

 受けて立とう、と言いかけたところで、フローラが俺の耳を引っ張って口元を寄せる。

「なんだ?」

 ヒソヒソ声でそう尋ねると、フローラも同時に小さな声で言った。

「いえ、どうせならほら、お願いも一緒にしたらいいんじゃない?」

 そこで、あぁ、と思い出す。

 確かにその方が効率がいいかもしれない。

 俺はアメリアに向き直って言う。

「戦うのは構わないんだが、俺たちが勝った場合、頼みを聞いてもらえないだろうか」

「頼み? なんだい、言ってみな」

「あぁ。実は俺たち、とある事情で〝獣王の息〟というのが欲しいんだ。あんたたちが持っているらしいって話で……」

 とはいえ、そう簡単にくれるようなものではないかもしれない。

 そう思っての言葉だったが……。

「〝獣王の息〟? あぁ、あれか……ふーん、いいよ。じゃあ、戦ってくれ」

 あっさりとアメリアは受諾したのだった。


*****


「よし、かかってこい!」

 アメリアが遺跡の舞台中央で、大斧を構えながらそう威勢よく叫ぶ。

 その構えには隙がなく、なるほどかなりの実力があることがわかる。

 まぁ、先ほどシャーロットとの戦いで見せた力からしても明白なことではある。

 しかし……どうしたものだろうか。

 俺と戦いたいとアメリアが言ったからそれを叶えることにしたわけだが、その理由がわからない。

 教えてくれと尋ねても、それは戦った後だ、の一点張りだった。

 こういう場合、下手に勝ってしまうと妙なことになるのを俺は知っている。

 勇者パーティーで旅をしていた時も、ユークがそういう目によく遭っていたからだ。

 俺たちパーティーメンバーがそれに巻き込まれて面倒なことになることも少なくなかった。

 たとえば、自分に勝つほど強いのだから、自分がなんともできない魔物をどうにか倒してくれないか、と相手から依頼されるというのがよくあったな。

 他には、その腕っ節で特殊な素材などを採取してきてくれとか、少し意外なところで言うと腕を見込んで舞踏会での護衛を頼みたいとか。

 今振り返ってみるとどれも大した頼みではないのだが、当時の俺にとってはついていくだけでも大変な旅だったので毎回うんざりしているところもあった。

 だが、俺以外のメンバーは皆意外なほどに嬉々として頼みを聞いていたことも覚えている。

 いつだったかユークたちにどうしてそんな面倒くさい依頼なんか聞いてやるのか、と尋ねたことがあった。

 その時に彼らは言っていた。

 勇者パーティーというのは……今はまだ誰も信用していないが、いずれ魔王を討伐するパーティーだ。

 だから、世界の希望なんだ、と。

 世界の希望が、そういう小さな頼みをくだらないからと一々拒否していたら、なんだか格好悪いだろうと。

 それを聞いた時の俺は、そんなものだろうか、と思っていたが、今ならわからないでもない。

 あの時は格好悪いだろう、と言っていたが、本心としてはやはり、人を救うための旅であるので、この手で救える限りの人を救いたい、ということだったのだと思う。

 もちろん、魔王を討伐するというのが本来の目的であって、時間もそんなに潤沢にあったわけでもないので、どんな依頼でも、何でもかんでも応えられるというのではなかった。

 それでも可能な限り、やれることはやっていったのだ。

 俺自身は当時から、田舎者の村人らしく、他人のために一生懸命働こう、なんて利他精神はほとんど持ち合わせてなかったが、ユークたちは皆、程度の差はあれどそういった高潔な精神を持っていた。

 それは今でも変わらない。

 だからこそ、ユークは自分からは絶対にやりたいなんて言いたくないだろう王太子にまでなったし、テリタスも学院で将来ある若者たちに自分の知識を惜しげもなく授けている。

 フローラも教会に対しては好き勝手かつ傍若無人に振る舞ってはいるものの、彼女の力でなければ治癒できないような怪我人や病人がいる場合には、しっかりと出かけていって聖女としての仕事をしているのだ。

 ひるがえって俺はどうかと言えば……まぁ、彼らほどとは言わないけれど、彼らのそういうところが長い旅の中でうつってしまったような感覚はある。

 エメル村の住人や辺獄のエルフたちに何か頼まれればよほど問題があることでなければ断ろうという気にはならないし、目の前に困っている人間がいたら手を貸そうと思ってしまう。

 その程度には感化されてしまったというわけだ。

 これが良いことなのか悪いことなのかはなんとも言えないが、俺としては悪い気はしない。

 かつて、田舎の村にいたころは、そんなことを考えられるような余裕はひとつもなかった。

 その時と比べれば、心にも大分余裕がある。


 とはいえ、である。

 アメリアが俺と戦う理由はそれでも気になってしまう。

 なんだろうか、妙な勘のようなものが働くというか……気のせいだろうか?

「……ま、戦って勝てばわかることか」

 俺は諦めて、剣を抜いて地面を踏み切った。

 シャーロットとの戦いを見るに、アメリアは明確に接近戦を得意とする戦士である。

 俺が優位になるよう戦いを進めることを第一に考えるならば、遠距離からひたすらに魔術を放っていくのが合理的だ。

 しかし、なんとなくだが、アメリアはそれで俺が勝っても納得しないような気がした。

 別にアメリアの納得なんてどうでも良いと言えばどうでも良いのだが、その結果としてまた何度も手合わせを求められても困る。

 そういう奴がいることを、俺は魔王討伐の旅の中で知っていた。

 また、せっかく戦うのであればアメリアの要望を可能な限り叶えたいという気持ちもあった。

 そのためには、彼女が望むような戦いをするのが一番だろう。

〝獣王の息〟のこともあるしな。

 満足しなかったから渡さないと言われても困る。

 そんなわけで、俺はそこそこ本気で彼女に剣を振るった。

 魔術によって全身を強化し、振り下ろした一撃はそれだけでその辺の魔物なら一刀両断できるくらいの威力のあるものだ。

「ぐっ……ぐらぁぁっ!!

 しかしその一撃を、アメリアは大斧を力を込めて振るうことで弾き返す。

「様子見だったとはいえ、なかなかやるな」

 俺が思わずそう言うと、アメリアはにやりと笑って返してくる。

「へっ。今のが様子見だって? どうやら少しなめていたようだねぇ……まぁ、いい。こっちからも行くよ!」

 宣言通り彼女はその大斧を振りかぶり、俺との距離を詰める。

 驚くべきは、その大斧が振り上がると同時に燃え上がったことだろう。

 あれは……闘気によるものだな。

 アルザムなど、魔術が得意でない戦士が身につけていることがあるものだ。

 とはいえ、その習得はそう簡単ではない。

 魔術は一定程度の魔力があれば、簡単なものなら発動させることは比較的容易だ。

 けれど、闘気術はそうではないからだ。

 闘気を身につける方法は多岐にわたると言われるが、最もポピュラーなのが、何らかの武術を身につけ、それを研鑽していくうちに、自然に使えるようになる、というものだ。

 そして使えるようになった時点から、意図的に操れるように訓練していく。

 こう言えば簡単そうに思えるかもしれないが、実際には自然に使えるようになる段階までかなりの修練が必要になる。

 その辺のゴブリンなんかを倒せるようなレベルではまず、無理だ。

 ではどれほどの腕になれば、と言われると一概には答えられず、人による、としか言い様がない。

 これは何もからかっているわけではなく、実際にそうなのだ。

 才能がなければ、一生かかっても身につけられないこともあるのである。

 まぁ、その点は魔術も同じだが、闘気の恐ろしいところは、才能があるかどうかは身につけるまでわからないということだ。

 どういうことかと言えば、魔術は魔力がなければその時点で才能無しとはっきり言える。

 魔力量が足りない場合も、大した才能はないとすぐにわかる。

 だが、闘気は果たして身につけられるかどうか、ぱっと見で判別することができない。

 闘気というのは本来、生き物であれば誰にでも宿っている生命エネルギーであり、それを意識的に操る術であるからだ。

 ただ、誰もが持っていても、操れるようになれるかどうかは本当にわからない。

 たとえば俺は、六十を超えて身につけ、七十の頃に闘気の達人になった人もいるという話を聞いたことがあるくらいだ。

 これの何が怖いかというと、いつまでも諦められないということだ。

 はっきり才能がないとわかればそこで修行をやめて別の道に、となる。

 けれど闘気は六十でも七十でもおそらくは百歳でも、身につく可能性がないとは言えない。

 趣味で挑戦するのは自由だろうが、そうではなくそれ一本にかけてしまうと、人生を浪費してしまう技術なのだった。

 ただ、幸いと言うべきか、アメリアはそんな技術を高いレベルで修めているようだが。

 そもそも、獣人族というのは魔術適性が低いことが多い代わりに、身体能力に才能が偏っている種族だ。

 そして武術を鍛えることを尊ぶ。

 それが故に、闘気に目覚めやすいのだろう。

 辺獄を住処としている獣人族は、通常の獣人族よりも環境的に過酷なのもあって、余計にそうなのかもしれない。

 闘気をあんな風に火炎に変換して武具にまとわせるような真似ができるとは、それこそ外なら達人と言われるレベルだ。

「くらえぇぇっ!!

 アメリアの大斧が迫ってくる。

 けれど馬鹿正直にそれを受けてやる理由が俺にはない。

 腕力にはそこそこ自信があるが、あれを剣で受けても炎であぶられる羽目になることは目に見えているしな。

 だから俺はそれを後退することで避ける。

 ただアメリアもそれくらいは予想していたようで、すぐに大斧を引き戻し、今度は距離を詰めながら横薙ぎにしてくる。

 そんな風に次々と繰り出される大斧の連撃はまるで暴風のようで、火炎の熱もあってかなりの緊張感がある。

 だが、そんな攻撃も当たらなければ意味はない。

 何度も避けているうち、アメリアの息も荒くなっていく。

「はぁ、はぁ……いつまでちょろちょろしてるつもりだい?」

「この調子なら、アメリアが疲れて倒れるまでそうしようかな? 労せずに俺の勝利だ」

「それはどうかねぇ……これくらいじゃ、まだまだ私は疲れないよ!」

 言葉通り、アメリアの息は小休止を経て整う。

 さすがにずっと攻撃し続けることはできないようだが、軽く息を整える程度で体力が回復してしまうのだから、申告通り疲労困憊を狙っても難しいかもしれない。

 それに、そもそもアメリアにはシャーロットとの戦いでの疲れもある。

 そんな彼女に対して、疲労狙いの立ち回りというのも酷というか、卑怯ものに見えてしまうかも、と少し思った。

 実際にちょっとやってしまってから考えることではないかもしれないけど。

 今さらながらに、俺は立ち回りを変えて、アメリアとの距離を詰め始めた。

 それは簡単なことではない。大斧という巨大な武器を扱っている割に、アメリアはそれを普通の斧のように素早く振るって俺を牽制してくるからだ。

 近づかれるとよろしくない、と察しているということかな。

 こうなってくると遠距離攻撃しかなくなるが、それはしないことに決めたので初志貫徹する。

 だから、足にかけた身体強化の強度をひとつ上げる。

 すると急に速度の上がった俺にアメリアは一瞬対応が遅れる。

 それは大した隙ではなかったものの、俺にとっては十分だった。

 大斧をひらりと避け、彼女の懐まで大きく近づく。

 俺は剣を握る手に力を込め……彼女の首筋に向かって、精密に突きを決めた。

「……ッ!?

 もちろん、喉元ギリギリのところでしっかりと止める。

 同時に、アメリアの動きも止まった。

「これで決着ってことでどうかな?」

 俺が剣を突きつけたままアメリアの瞳に視線を合わせると、緊張した様子の彼女の表情がふっと緩む。

「……そうだね、こりゃ、文句なしに私の負けだ……降参するよ」

 アメリアはそう言って、大斧から手を離した。

 大斧はその質量に見合った大きな音を立てて地面に落ちる。

 かなり頑丈らしく、それだけ乱暴な扱いをされても刃こぼれひとつない。

 何か特殊な素材を使っているのだろう。

 おそらくは、この辺獄の素材か……。

 なんとなく気になってしまうが、今はそれよりも決着についてか。

 彼女の降参の台詞に、俺も剣を納める。

「良かった。なんとかギリギリ勝てたみたいだな」

 本心でそう思っているかと言われると、実はそうでもない。

 そもそも遠距離攻撃を封じて戦っていたし、まずアメリアの戦いぶりをある程度見てから戦法を決めようと思ってやっていたからだ。