第一章 エルフと縄張り
ガタゴトと馬車が揺れる。
王都での闘技大会、それに続くユークとの模擬戦を終えて、俺たちは帰路についていた。
馬車に乗っているメンバーは、俺とフローラ、エメル村の住人であるリタとキエザ、それに辺獄のエルフであるシャーロットとメルヴィルがまずいる。それに加えて、王都で出会ったエルフであり、エルフィラ聖樹国の国家元首のような地位にいるファルージャと、その護衛隊長のイラが加わっている。
人数が増えたので馬車が少し狭く感じなくもないが、気にするほどでもない。
「しかし、思い返すと王都では色々あったな」
軽い世間話にと俺、クレイ・アーズがそう
「その色々の大半は、あんたとユーク周りだけどね……何度も言うようだけど、クレイの実績がまともに評価されてたらこんなことにはなってないのよ」
「いやいや、そんなこともないだろ。闘技大会も、ユークの模擬戦も、王族や貴族たちの権力争いの面が強かったんだからさ」
俺たちが、辺境のエメル村からわざわざ王都まで行く羽目になったそもそもの理由は、そこにあった。
少し前に、俺とユーク、それにフローラと賢者であるテリタスの四人は、勇者パーティーとして共に魔王討伐の旅に出て、その目的を達成した。
ただし、魔王へとどめを刺したのは俺だったわけだが、それを公表したところで誰も幸せにはならないだろうと、俺はその手柄をすべてユークに譲った。
そして俺は自分のやりたいこと……辺獄と呼ばれる魔境開拓のために一人、旅立ったわけだが、その後、ユークはその功績を政敵であるコンラッド公爵より疑われ、実力を証明する必要に迫られた。
コンラッド公爵はユークに、民衆の前でS級冒険者三人と同時に戦うことを求め、ユークはそれを受けた。
また、その前座として闘技大会も同時に開かれることになったのだが、どんな経緯か俺はそれに参加することになってしまった。
結果として、ユークは模擬戦に勝利し、俺も闘技大会で優勝を
そこまで目立ちたがりというわけでもない俺にとっては困った話だった。
だが最終的にはユークの利益になったようなので、俺としてはそれで十分だ。
ちなみに、この闘技大会のために王都に滞在する中で、辺獄のエルフであるシャーロットとその祖父メルヴィルは、エルフの国であるエルフィラのエルフと親交を深めていた。
そのエルフというのが、今回、馬車に同乗しているイラとファルージャであり、聞くところによると特にファルージャは、エルフィラという国のかじ取りをする程度には偉いらしい。
エルフには人族のように王族はいないようだが、実際にはそのようなもののようだ。
そんな彼らがシャーロットたちと交流を持った理由もまた曲者なのだが……まぁ、今はいいか。
「全く、王族や貴族なんてものは、面倒くさくてしょうがないわ……ま、もう完全にユークが権力握ったみたいだし、これ以上
「コンラッド公爵はあれで完全に失脚したみたいだしな。爵位は息子が継いで、その息子はユークのこと尊敬しているって」
「ユークがそう言ってたわね。とはいえ、コンラッド公爵以外にも反抗的な貴族がゼロになったわけではないらしいけど」
「そうなのか?」
俺が首を傾げると、フローラは呆れたような表情で言う。
「そりゃそうでしょ。貴族なんてそんなものよ。でも、そんな奴らだって、あんたとユークの戦いを目にした結果、大人しくするしかなくなったわ。それも考えて、ユークはあんたと戦うことにしたんだから当然の流れだけど」
俺とユークは、ユークがS級冒険者と模擬戦をした後に、ユークのたっての希望で戦うことになった。
久々にお互いにそこそこ全力で戦えるとあって、ヒートアップしてしまった部分もあるが、魔王との戦いに比べれば大した規模でもなかった。
だが、王都や
「じゃあ、ユークが次期国王になるのはもう既定路線ってことでよさそうだな」
「そうでしょうよ。第一王子の最大の後援者だったコンラッド公爵が失脚して、ユークも力を示した。これ以上なにかしようがないはずよ」
「聖女様や賢者様もユークの味方だしな」
「ま、そういうことね」
もちろん、フローラとテリタスのことだ。
ここで、馬車に同乗しているメンバーの一人、辺境にあるエメル村の村娘であるリタが口を開く。
「……今さらですけど、フローラさんって本当に聖女様なんですね……?」
辺境にいる間、しばらくは村人たちに俺たちの正体……元勇者パーティーであるという話はしてこなかった。
軽く冗談混じりで言ったことはあるかもしれないが、たとえそんなことを言っても誰も信じはしなかった。
けれど、実際に王都に来て、しっかりとユークやテリタスといった、明らかに実力のある者たちと関わっているところを目の当たりにしてしまえば、もう否定することなどできないだろう。
そう思って、リタにもキエザにも、辺境に帰る前にすべてを説明してしまうことにした。
その結果としての質問というわけだ。
「まぁね。そんな大層なものじゃないけど。幻滅した? こんなのが聖女で」
フローラが苦笑しながらそう尋ねるが、リタは慌てて首を横に振る。
「いえいえ! フローラさんは……高位の聖職者の方なんだろうって、ずっと思ってましたし、それに見合った清らかな空気感もお持ちでしたから、そういう意味では特に驚きはないです」
「そう? じゃあ他になにか思うところが?」
「その、聖女様って勇者様たちと魔王を倒した有名人じゃないですか。だから、本当なんだぁって、その……」
「なるほどね。でもそれを言ったらクレイだってそうなんだから今さらな話じゃない。ねぇ?」
フローラは俺に視線を向けた。
「俺なんてそれこそ大したもんじゃないしな」
「あんたねぇ……って、もうこのやりとりもいいか。リタ。こんなこと言ってるけど、魔王を倒したのはほとんどこいつの手柄だからね」
「それも本当なんですか? いえ、疑ってるわけじゃないんですけど……」
リタが困惑するのは当然で、世界的に伝えられているのは、あくまでも勇者であるユークが中心になって魔王を倒した、という話だからだ。
その辺りについて、細かいことはリタたちには説明しないというやり方も考えたが、後で会話の中で
それにリタたちなら、黙っていてくれと言えば黙っていてくれるだろう。
それくらいの信頼は、すでに築いている。
キエザについては若干不安なところもなくはないが、まぁ、そもそも住んでいる場所がエメル村という、この国でもトップクラスの辺境であるし、そんな村に住む若者が、実はこの人が魔王を倒したんだ、と言って俺の名前を挙げたところで誰も信じないだろうと予測されるので、そこまで問題視する必要もない。
世界的には、ユークが魔王を倒した、で事実は固まっているのだから。
あくまでも親しい人たちに本当の話を伝えておきたかった、というだけだ。
「本当よ。クレイの強さはもうみんな理解してるでしょ?」
「闘技大会で兄貴の戦いをみんな見たからなぁ。すごかったよな」
キエザがそう言った。
俺とユークとの戦いは、ここにいる面々は皆見てくれていた。
仮面をして戦っていたが、流石にここにいる皆には誰なのか丸わかりなのは言うまでもない。
「あれでも、二人とも結構手加減して戦ってたからね。観客席に被害が及ばないよう、私とテリタスで結界張ってたけど、二人が本気だったら闘技場ごと吹き飛んでたわよ」
「そ、そんなにすごいのか……二人の本気は」
「それくらいじゃないと、魔王なんて倒せないのよ。そして、それほどであっても、ユークは結局魔王の力の前に気絶してしまったわ。まぁ私はそのずっと前に倒れてたから
思い返すに、初めにフローラが倒れて、回復・防御役がいなくなった結果、一番耐久力の低いテリタスが次にやられて、聖剣持ちのユークが狙われて、最後に俺が残った、という感じだったな。
まぁ、俺とユークはなんだかんだ魔王から満遍なく攻撃され続けたが、俺の方が器用貧乏なために魔王の攻撃を避ける手段が多かったのが明暗を分けた。
それでも、武器は破壊され、聖剣をユークから借りる羽目になってしまったけれど。
「フローラさんも相当強いはずなのに、ついていけないような戦いだったわけですか……」
これを言ったのは、辺獄のエルフのシャーロットだ。
彼女には早い段階から俺たちのことはバラしていたが、細かいことはやはり今までそれほど話していなかったから、新鮮らしい。
シャーロットの言葉には、俺が答える。
おそらく、フローラは自分のことについて弁解しないだろうと思うからだ。
「いや、フローラはパーティー全員の回復・防御役を務めていたからな。精神的な負担が大き過ぎたんだよ。だから早めに消耗してしまって、初めに倒れることになっただけだ」
「あぁ……フローラさんがパーティー全体を支えていたと?」
「そうだ。他の面々は……攻撃の方に行動が
テリタスは遠距離からひたすらに超火力の魔術を叩き込み続け、ユークはその聖剣でもって出せる限りの手数で致命傷を狙い続けた。
俺はそんな二人であっても、僅かに生まれてしまう隙を埋めるような動きをしていた。
一応、フローラの真似事というか、小さな回復や防御系統の術も使ったりしながら。
「それほどに……本当に今の時代に、勇者パーティーの四人がいらしてよかったと心から思います」
「別に俺たちがいないならいないで、他の誰かが同じことをやっていたと思うけどな」
「そんなわけは……」
*****
この話を、
彼らはエルフィラ聖樹国のエルフであり、自分たちの目的のためにこの一行に同道させてもらっているわけだが、その中でこんな話を聞くことになるとは思ってもみなかった。
馬車に乗る前に、クレイとフローラが何者かを聞いた時も、なにかの冗談だろうかと思っていたくらいだが、今の会話からしてすべて事実であると理解しなければならないと今では思っている。
「ファルージャ様……今さらながら、どうやらとんでもない方々にお願いをしてしまったようですな」
イラが、ふとそんなことを言った。
ファルージャはこれに深く頷きながら答える。
「あぁ……だが、我らの目的を考えるとありがたいことだ。これほどに信頼できる方々は他にいない。聖樹様も、これで救われるかもしれぬ」
「そうなるといいのですが……」
そう言って、少し不安げな表情になるイラの肩をファルージャは叩く。
「いずれ聖樹様が枯れると言っても、今日明日にそうなるというわけでもない。できることがある限り、やれることをやっていくしかないのだ。あまり気負い過ぎるな。極論を言うなら聖樹様が枯れようとも、世界が終わるわけではないのだからな」
これにイラはハッとした表情になる。
「ファルージャ様……しかしそれはあまりにも……」
不敬な言葉、とか問題発言だ、とか続けようとしたのだろうが、ファルージャに対してそこまで言うことこそ不敬になるためにそこで言葉を切ったイラ。
しかしそんなイラにファルージャは頷いて言う。
「聖樹様が私などの言葉をそれほど気にされるわけもない。とはいえ、世界にはすでに問題が起こっていることも事実だ」
真面目な表情になったファルージャは、世界の行く末を憂いているように見えた。
実際、この世界全体を見てみれば、おそらく聖樹が力を失いつつあるが故に起こったと思われる問題がいくつも見られている。
例えば、西のミトス公国に存在する巨大湖クラキエス湖の水位の大幅な低下、北のウェレンド精霊国の浮遊島の墜落、東の島国オロスと大陸との間に存在するテイム海域における、落ち着く様子の見えない極端な荒波など大きなものだけでもいくつもある。
これらは、存在するだけである程度世界の魔素を調整している聖樹の力の減少によって起こっているものだ、とエルフィラのエルフたちは突き止めていた。
もちろん、エルフィラ以外の国々においては、そのような事情など知る由もないが、これ以上災害が増えるようなことがあれば、エルフィラから各国に事情を説明する必要がある。
なぜなら、聖樹が将来、完全に枯死してしまうようなことがあれば、災害の数もだが、規模も今とは比べ物にならないほどになる可能性が高いからだ。
それでも、世界そのものが完全に滅びるということにもならないだろうと言われているが、世界人口は大幅に減少するだろうし、人類が住める地域もかなり限られることになるだろう。
聖樹というものが存在しなかった時代は、まさにそうだった、とエルフィラには伝えられているのだ。
ただ、メルヴィルから聞いたエルフィラ建国の事情などを考えると、そのまますべてが正しいとも言い切れないように思うが、一部だけ正しいと考えたとしても、かなり危険なのは間違いない。
「本当に……辺獄に聖樹様を救済する手段があることを、祈らずにはいられません」
イラがそう言った……。
聖樹を救うためには、ハイエルフの涙、獣王の息、そして魔人の角が必要であると言われている。