ルバドから同行依頼を受けた夜、俺は皆を集めてルバドの話をした。

「リーザさんのおちゃんの頼みなら、私もついていくよ!」

「私も行く! それにずっと動いてなくて、体動かしたいと思ってたところだったの!」

「俺も行くよ。ちょうど、そこのダンジョンに欲しい物があるみたいだし、ついでに取りに行きたい」

 と、皆も参加することになり次の日、俺はルバドにクロエたちを紹介した。


「初めまして、わしはリーザの祖父のルバドという者じゃ。今日は儂のために一緒についてきてくれて、感謝するぞ」

「リーザさんにはいつもお世話になってますので、少しでもそのお返しができればと」

 クロエ達とルバドが挨拶を交わしていると、リーザが俺の方へと寄ってきた。

「ごめんな、祖父ちゃんが世話になる」

「リーザには世話になってるからな。それにずっと休みってのも体に悪いし」

 見送りに来たリーザにそう言った後、俺は馬を走らせ王都から出発した。

 向かう途中、ルバドは馬車内で皆と楽しそうにしゃべっていた。

 リーザは少し人当たりが強い感じだけど、ルバドは全然そんなことなく、皆も話しやすそうだな。


 その後、特に問題もなくダンジョンに着いた俺達は、ここに来るまでにポジションの確認をしてたのでその陣形を作り中に入った。

 まず前衛は、レイとルバドの二人に任せ、後衛にクロエとレンを配置して、俺はいつもどおり全体を見つつ指示を出したり、攻撃に参加したりする。

「レイ、ルバドさんと初めて組むから最初はサポート重視でいく。ある程度慣れたら二人に任せるぞ」

「は~い、ルバドさんよろしくね」

「うむ、よろしくのレイ」

 ここから見ると、祖父と孫が一緒に歩いているような感じだな。

「さて、いくらそこまで難しくないダンジョンとはいえ、油断は禁物だ。皆、をしないように進むぞ」

「「はい!」」

 それから俺達はダンジョンの奥へと進み、早速魔物と遭遇をした。

 レイとルバドは同時に【身体強化】を使い、魔物へと接近して戦い始めた。

 そのレイ達に近づこうとしている魔物に対して、クロエに指示を出して倒させ、俺は周りの確認をしながら前に出て魔物へと攻撃を仕掛けた。

 今回の魔物は少し数が多かったが、ルバドの加入によりすんなりとせんめつできた。

流石さすが、銀級冒険者ですね」

「ふふんっ、儂は動けるじじいじゃからな、このくらいは朝飯前じゃよ」

 ルバドを褒めると、うれしそうに笑いながらそう言う。俺の横にレンがスッと寄ってきた。

「さっき、魔物が爆散したように見えたけど、あれって幻覚?」

「いいや、幻覚じゃない。ルバドさんの拳の威力はマジでヤバいからな」

「俺の妹以外にも居たんだな……」

 その後、魔物と何回か戦闘を行い、レイとルバドの連携がかなり仕上がってきたのを見計らい、目的の場所へと移動を始めた。

 今回の目的地は、このダンジョンの中層だから今の場所からだと大体一時間くらいだろう。

「まっ、焦る必要はないだろうからゆっくりと行くか」

 そう言って俺は皆に指示を出して、目的地へと向かった。

「ねえ、ジン君。ルバドさんって固定のパーティーに入ってたりするのかな?」

 攻略を始めて三十分ほどがち、後ろに休憩しにきたレイがそんなことを聞いてきた。

「聞いた話だと、特定のパーティーや仲間はいないらしいぞ。たまに知り合いとダンジョンに行くことはあっても、その時だけで組んでるみたいだ」

「そうなんだ。じゃあ、仲間に誘ったとしても来ない可能性の方が高いか~……」

 そう言ったレイに俺は「ルバドさんを仲間したいのか?」と聞いた。

「居たら楽しいかなって、ほら前にジン君も言ってたでしょ? メンテナンスするために王都に戻ってくるのがたまに面倒に感じるって。ルバドさんが居たら旅先でも装備の手入れはしてくれそうだしな~って」

「なるほどな、まあでもそれは無理だと思うよ。ルバドさん、リーザが心配で王都からはあまり出ないらしいんだよ」

 実の息子が金を盗んだような形で旅に出ていき、それ以来ルバドはリーザの近くにいて見守っていると聞いた。

「それにメンテナンスは面倒だなって感じるけど、それは姫様へのお話のついでにすればいいからな、今は同行する鍛冶師を探そうとも思ってないよ」

「そっか、まあルバドさんにはルバドさんの人生があるもんね」

 レイはそう言うと、休憩を終えて元の場所に戻った。


 その後も順調に進み、予定時間よりも早く中層へと俺達は到着した。

 ここからはいつもの陣形に戻り、ルバドは後衛へと入り、いつでも採取ができるようにした。

 そうして目的地である採取場所に到着した俺達は、ルバドの採取が終わるまで魔物の対処を行い、採取が終わるのを待った。

「ルバドさん、どうですか?」

「んっ、もう少しで採れそうじゃ!」

 今回、ルバドが欲しがっていた物はこのダンジョンで採れる水晶。

 採掘系の中では少し難しい、水晶の採取にルバドは苦戦しているようだ。

 俺が採ろうか? と聞いたが、自分で採るために俺達に頼んだと言って、かれこれ数十分作業を続けている。

「そういえば、レンはすぐに戻ってきたけど、何を取りに行ってたんだ?」

「んっ? ああ、この中層には湖があってそこの水は回復薬の素材としていいってうわさを聞いて、採ってみたいってずっと思ってたんだよ」

「えっ? そんなのがあったのか? なら、俺のスキルにもっと入れておこうか? すぐに来られる場所じゃないし」

「あ~……そうだな。試してみて、良かったら依頼して取ってきてもらおうと思ったけど、ジンの収納スキルはほぼ無限に入るからな」

 俺の持つ【異空間ボックス】は、その名のとおり異空間に収納できるスキル。

 このスキルはこの転生をしてから一番使っているスキルだが、いまだに限界を知らない。

 容量とかどのくらいあるんだろうと試したことがあって、その時は土砂を何千キロと楽々収納できてしまった。

 ゲームでは制限があったが、この世界ではその制限がないようだった。

 以前、収納した物が先の方に入れたのが消えてるんじゃないか? と考えたが、頭の中で【異空間ボックス】のことを考えると、入っている全ての物を確認できた。

 それ以来、ああこのスキルはほぼ無限に何でも入れられるんだなと考えるようにした。

「……それにしても、ルバドさん苦戦してるみたいだな」

「ああ、あの筋力を抑えながらしてるからだろうな……後はたぶん、そもそも採掘に慣れてないんだと思う」

 現にルバドは、少しピッケルの動作が不安定だった。

「とりあえず、俺達はルバドさんの採掘が終わるまで守り切るぞ。その後はレンが取りに行ったっていう水を採取だな」

「了解」

 その後、三十分ほどが経ち、ようやくルバドは目的の水晶を掘り出し、疲れた様子で戻ってきた。

「ふ~、初めて採掘したからなかなか苦戦したの~」

「……初めてって、今までしたことがなかったんですか?」

「うむ、鉱石は頼んだ方が良い物が手に入るからの、ただ今回のだけは自分で手に入れたかったんじゃ」

 そうルバドは言いながら、手に入れた水晶を大切にバッグに入れた。

「わざわざ自分で採りに来たいって、なにか特別な思いでもあるんですか?」

「うむ……もうすぐ、儂と妻の結婚四十周年記念日なんじゃよ。記念日には毎回特別な物を用意してるんじゃ、それで今回はこの水晶で作った物をプレゼントしようと計画していたんじゃよ」

 そう嬉しそうに話すルバドを見て、クロエ達は笑顔を浮かべ、今回の依頼を受けて良かったと言った。

 その後、採取中に予定していたとおり、ダンジョンの中の湖の水を大量に【異空間ボックス】に入れて、俺達はダンジョンを出ることにした。

 行きは時間が掛かったが、帰りは安全地帯の転移で十分も掛からずに戻れた。


 そして帰りも俺が馬車を動かし、が完全に沈む少し前に俺達は王都へと帰還した。

「ジン、クロエ、レイ、レン。今日は本当に助かった。それに楽しかったぞ」

「俺達も楽しかったですよ。またいつか、一緒にダンジョン探索や依頼を受けましょう」

「うむ、またの」

 ルバドはそう言って、馬車から降りて自宅へと歩いていった。

 それから俺達も宿に戻り、夕食を食べてシャワーを浴び、久しぶりに体を動かして疲れていた俺はすぐに眠りについた。



 翌日、俺は皆にはまた予定が決まるまでは休みと伝えて、それぞれの時間を過ごしていいと言った。

 とは言ったものの、そろそろフィーネさんの調査も終わる頃だし、一度ギルドに話を聞きに行ってもいいかな?

 そう思った俺は朝食後、冒険者ギルドへと話を聞きにやってきた。

「すみません、ジンさん。最近は魔王軍の動きもありまして、おススメできるダンジョンがなかなかないんですよ……」

「あ~、そうですよね。別に焦らせるために来たんじゃないので大丈夫ですよ」

 魔王軍、自称四天王が現れ活発に動くようになってきてるし、そろそろダンジョン目的での旅はしにくくなってきたな。

 ダンジョンに行く理由は、その場所で手に入れられる宝と素材、後は外よりも強い敵がいてレベル上げができるからだ。

 だがレベルに関してはすでにクロエ達も五十後半のため、よほどの敵でない限りは戦える。

 フィーネさんには報告を待ってますと言って、ギルドを出てリーザの店へと向かった。


「ジン、いらっしゃい」

「いらっしゃいませ」

 以前までリーザの店は彼女一人でやっていたが、新たに店員としてリブルが雇われることになった。

 といっても、給料はほぼなく、タダ働きと言ってもいいくらいだろう。

 まあ、この程度で済んだと思えば良いだろう。

「ジン、昨日はありがとね。祖父ちゃん、喜んで水晶で作ったプレゼントをちゃんに贈ってたよ」

「まあ、俺はリーザに世話になってるから、少しでも恩を返せたらと思って動いただけだからな……それでリブルさんの対応だけど、よくあの程度で許せたな」

「……母さんから、頼まれたんだよ。戻ってきたなら縛り付けておいてって、鍛冶の腕はあるからコキ使えば良いって許可もらったんだよ」

「なるほどな、それでリブルさんに雑用を押し付けてるのか」

 この会話中も、リブルは店先の掃除をずっとしている。

「まあ、ジン達以外にも最近は仕事を増やしたからね。人手が欲しいと思っていたところだったし、ちょうど良かったと思ってるよ。何せ、タダで使えるんだからね」

 リーザは笑いながらそう言うと、リブルに裏の掃除をするように指示をしていた。

「そういや、ジン達は次はいつ王都をつんだい?」

「それが今のところ、未定なんだよ。最近は魔王軍の動きも活発になってきて、行けるダンジョンが少なくなってきてるらしくて。大体のダンジョンは攻略してるから、見つけるのも苦労してるらしい」

「確かに最近、よく魔王軍のことを聞くね。母さん達も王都に魔王軍が押し寄せてこないか心配してたな……」

 リーザはそう言うと「王都は大丈夫と思うか?」と聞いてきた。

「まあ、この国で一番狙われてるのが王都だと思うが、一番安全とも言えるだろうな。何せ、ここには強者が大勢集まってるから、簡単に攻められないと思う」

「そうなのか? あまりその辺は詳しくないんだが、この間の話からして勇者はまだ頼りないんだろ?」

「ああ、だけどこの国には剣聖と守護神、さらにレーヴィン様とリオンさんがいるからな、勇者がまだ未熟でもその人達がいるお陰で王都は大丈夫だと思うぞ」

 普段、あまりこういった様子を見せないリーザの姿に王都の住民もだいぶ、不安を募らせてきてるんだなと察した。

 リカルド達も心配してたし、せめて知り合い達が不安にならない程度に王都の守りを固めないとな。

 まあ、一番は勇者様が強くなってくれるのが良いんだが……たぶん、勇者の成長の妨げになってるのが俺の動きだろう。

 勇者の成長の妨げにならない程度にこれまで動いてきたつもりだが、原作と違う動きをしてる俺がいるせいでゲームどおりに勇者が強くなっていないんだと俺は考えている。

 そもそも、一番最初のジンvs勇者の学園での戦いはジンが敗北して、勇者が戦女の一人フローラと親密になる大事なシーン。

 その戦いがなく、現状フローラと勇者は一緒に戦う味方というだけの関係にとどまっている。

 ゲームでの勇者の力の解放には、戦女とのきずなが深まることで解放されるものもあり、その力が一つも解放されていない状態が今の勇者だ。

 なるべく、親密になる様にヒントを姫様に与え、それを察した姫様が戦女達と勇者の絆を深めさせるために色々としてるみたいだが、うまくいっていないのだろう。

「まあ、いざとなればリーザ達くらいは俺達が守るから、安心して過ごしててくれ」

「ふっ、確かに何も知らない勇者様よりジン達の強さは十分知ってるからね。なにかあったら、頼むよ」

 その後、俺はリーザからメンテナンスが終わった装備を受け取り、宿へと戻った。


「おっ、ジン。いいところに来たな、お前さんに客だぞ」

「俺に?」

 宿に戻ると、リカルドからそう言われて食堂に向かうと、そこには見覚えのある人が居た。

 いや、何であの人がここに居るんだよ!?

 そう俺は内心、驚きつつもその人物へと近づいた。

「……姉さん、と呼んだ方がいいですかね」

「久しぶりね。貴方あなたがまだ私のことを姉と思ってくれてるなら、そう呼んでほしいわね。ジン」

 俺の客、その人物はラージニア家元長女ヘレナ・フォン・ラージニアだった。


 ジンとヘレナ、二人の関係は良く悪くもない、というより「何もない」が正しい表現だろう。

 父からは虐待され、義母からは嫌われ、義弟からはいじめられていたジン。

 そんな中、ラージニア家の長女であるヘレナはジンに対して特になにかしたことはない。

 それは家族とジンの間に仲裁に入るなどのことも含めて本当に何も関わりがなかった。

 ジンとヘレナは、そこには何も関係がない、ただの姉弟だった。

「それで、姉さんは何で今更俺の所に来たの?」

 あの後、そのまま食堂で話すのではなく、俺達は一旦自分の借りてる部屋に移動した。

「あら、姉と呼んでくれるのねうれしいわ」

 俺が口にした〝姉さん〟という言葉にヘレナは笑みを浮かべた。

 ……こんな、ヘレナの姿はゲームでも見たことがない。

 そもそも彼女は、基本無言無表情といった何もわからないキャラだった。

 そして設定資料にすら、彼女のことは特に明記されていなかった。

「それで会いに来た理由は、貴方あなたで最後だからよ。ラージニア家のせいで、人生を狂わされた人がね」

「……どういうことですか?」

「ふふっ、そうね。これだけじゃ、わからないわよね。それじゃあ、私が何をしてきたのか教えてあげるわ」

 それから俺は、ゲームでも明かされなかったヘレナ・フォン・ラージニアの話を聞くことになった。



 ヘレナ・フォン・ラージニアは名前のとおり、ラージニア家に生まれ長女として何不自由ない生活を送っていた。

 ある日、自分に弟ができたと聞いて喜んだ。

 しかし母であるヘレン・フォン・ラージニアは妊娠した様子もなく、怒りの形相で暴れている様子を見て、何かがおかしいと察した。

 その頃から感情を表に出すことがなかった私は、母の様子を察して弟について言及はしなかった。

「そういえば、私に弟ができたって聞いたけど、あれはどうなったの?」

 数ヶ月の月日が流れ、母が暴れる様子も見かけなくなり、メイドの一人に少し前に騒ぎの原因を尋ねた。

「あっ、それは……」

 その時聞いた内容はあまりにもひどいものだった。

 父の過ち、母の対応、そして家としての決定。

 どれもが私の考えてる貴族像とはかけ離れていて私は、その頃からラージニア家が本当は悪い貴族なのではないかと思い始めて、家との対立を始めることにした。

 対立といっても真っ向から勝負した所で、ただの貴族の娘である自分がかなうはずもないことを知っていた私は、徐々に味方を増やしていった。

「ヘレナ嬢、最近この家、危ない所と取引してるみたいですよ」

「ええ、知ってるわ。でも今公表したところで、もみ消されてしまうだけね。情報だけ確実に集めていて頂戴。きたるべき時に備えるのよ」

 ラージニア家は表では普通の貴族を装っていたが、中身は完全に腐りきった貴族だった。

 時にラージニア家の当主、アルベールは金銭感覚がおかしく、借金もありその返済のために領民には苦しい思いをさせていた。

 こんな家、さっさと潰れてしまえばいいのに、そう私はずっと思いながら生活をしていた。

「まさか、毒殺するなんてね。そこまで、母が愚かな人だとは思わなかったわ……」

 自分の母ヘレンがジンの母ノーラを嫌っていることは、随分前から知っていた。

 平民には珍しく美貌の持ち主で、自分の夫を誘惑した相手。

 自分が劣っているとアルベールの行動でわからされてしまったヘレンが、ノーラに対して強く当たっている場面は何度も見たことがあった。

「ごめんなさい、ジン。そしてノーラさん、貴女あなたの死は決して無駄にしません」

 自身の母の罪を知ったヘレンは、それからさらに家についての情報を細かく調べることにした。

 それから数年間、ジンの様子を仲間に見守らせながら情報を集めていった。

 そんなある日、ジンが家を出ると聞いた。

「それ、本当なの?」

「ええ、何でも弟のアルフォンスの遊び相手にならないなら、家を出ていけという当主命令だそうです。たぶん、遊び相手という内容も最近、アルフォンスが外で行きすぎた遊びをしたのがキッカケで家の中でストレス発散ができるようにジン様を使おうとしたのではないでしょうか」

「……心底、腐ってるわね。で、その要件をジンは拒否したの?」

 ジンは家の決め事で長い間、一人で生活をしていたからその決定に従順に従うとばかりその時まで思っていた。

 だけど私はその認識が間違っていたと、ジンが居なくなった後になって気付いた。

 ジンは、力を蓄えていたのだ。

すごいわね。まさか、ジンがこんなに強い子だったなんて」

「ええ、自分たちも知りませんでしたよ。たまに剣を振ったりする姿は目にしたことがありましたけど、こんな成果を出せる人だとは感じませんでした」

 家を出たジンの情報は、すぐに手に入れることができた。

 その輝かしい成果に、私は自分の弟は知らない所で成長していたんだと嬉しく感じた。

「皆に伝えて頂戴。このままいけば、ジンは姫様に気に入られるはずよ。そうなったら、ジンは家のことを話すと思うわ。国が動けば、流石さすがにラージニア家とはいえ隠すことは容易じゃないわ。今が動くべき時よ」

 数年間、家が悪だと気付いてから裏でコソコソと動いていた私はジンの活躍を聞き、すぐに動き出した。

 そして私の考えどおり、それからすぐに国が動き、私は国のちょうほういんと面会して家の情報を全て伝えた。

 最初は信じられないと言われたが、証拠はたくさんあった。

 すぐに誤解は解けて、私は捜査協力をすることになった。


 それから私は家に居ながらも、国に家の情報を流してこれまでの悪事を一つずつひもいていった。

 そうして一年の歳月がち、ようやくラージニア家の取り潰しが決まった。

「ようやく、この長い戦いが終わったわね」

「お疲れさまでした。ヘレナ様」

「ええ、ありがとね。ルル」

 ルル、彼女は私の最初の仲間で半分血のつながった姉。

 元は普通のメイドだったが、私が家のことを疑い始めた頃、自分の過去を話してくれて味方になってくれた。

「それで貴女はどうするの? 貴女の家をちゃちゃにした、私の母は死刑になったから貴女の目的は達成したでしょ?」

「そうですね。ラージニア家のせいで、私の家族はもうこの世にいないので戻る場所もないですから、このままヘレナ様についていこうと思いますよ。良いですか?」

「そう。なら、今度から私のことはヘレナ様じゃなくてヘレナで良いわよ。よろしくねルルお姉ちゃん」

「ッ! いつも無表情のくせに、こういう時だけ笑顔見せるのはズルいわよ! 全く、もう……」

 それから私は調査協力をしたことで得たお金を旅の資金として、ルルと一緒にラージニア家のせいで人生を狂わされた人達の所を回って謝罪を行った。

 謝罪を受け入れる者もいれば、もう関わりたくないと拒絶されたこともたくさんある。

 中には石を投げられたこともあって、精神的・肉体的に本当につらい旅だった。

 そんな旅を二年続け、ようやくラージニア家によって人生を狂わされた最後の人、ジンのもとを訪れたのだ。



 まさか、そんなことがあったのか……なるほどな、それでゲームの本編では全く出てこなかったのか。

 ゲームでもたぶん、独自に調べていたと思うけど、闇ちしたジンのせいで事件はもみ消された。

 それで彼女は家から消え、ゲーム本編でも語られることはなかったのだろう。

「まさか、姉さんがそんなことをしてたなんて知らなかったよ」

「これでも演劇とか好きだったから、普段は害のない子供を装っていたのよ」

「そうだったんですね。というか、今の話が本当なら姉さんは子供の頃から色々と抱えていたんですね」

 彼女の話が本当なら、俺と姉であるヘレナとのとしの差は三つしか変わらない。

 だとすれば、彼女は三歳の頃から一人で戦っていたことになる。

「ええ、そうね。色々と見てきたから辛い時もあったわ……でも、ジンとノーラさんの境遇に比べたら全然マシだった。自分にもっと力があればって何度も思ったわ」

 そうヘレナは言うと、一瞬だけ悲しげな表情を浮かべたがすぐにいつもの無表情に戻った。

「私ね。ジンが追い出されると聞いて、本当はあの時すごく驚いてたのよ?」

「いつもどおり、顔に全く出てなかったのでそんなこと気付きませんでした」

「ええ、何度も確認を取って本当に居なくなったのを確認して、ああ本当に出られたんだって安心したわ」

 まさか、姉がここまでジンのことを考えていたとは知らなかった。

 彼女は基本、何事にも関わらない、そういった性格の人だから、ジンなんて別に関係のない半分血が繋がった相手としか思ってないと考えていた。

「あれ? でも、姉さんにはもう一人本当の弟が居ましたけど、そっちには何も思わないんですか? あいつ死刑になったんでしょ?」

「えっ、アレを弟とは思ったことないわよ? ラージニア家の血を色濃く受け継いで、十歳でもうほとんどの犯罪に手を付けていたのよ? 姉の裸を見て、欲情までしていたのよ?」

 そういや、アルフォンスってそういう人間だったな。

 というか、実の姉の裸を見て欲情って……。

 そこまで設定資料に書かれてなかったけど、それが本当なら〝最低キャラ〟って異名はアルフォンスの方がお似合いだろう。

「だから、父達と一緒に処刑してもらったのよ。アレが生きてて、良いことはないもの、ジンもそう思うでしょ?」

「……まあ、確かにね。しかし、おかしな話ですね。半分血が繋がってるだけの俺のことは気にしてて、本当の弟のことは〝アレ〟呼ばわりって」

 そう俺が言うと、ヘレナは「ん~、これ今更言うのもあれなんだけど」と前置きをして、驚きの内容を口にした。

「私とジン、全く血が繋がってないわよ」

「……え? いやいや、姉さんはラージニア家の長女ですよね!?

「ええ、そうだけど、これね。私も調べてわかったことだけど、私の母親は確かにヘレン・フォン・ラージニアだったのよ。でも、父親は違う相手だったみたいなのよね。だから、アルフォンスとは半分だけ血が繋がってるけど、ジンとは全く血が繋がってないのよ。ちなみにさっき、ラージニア家の血を色濃く受け継いでるって言った意味はアルフォンスだけ両親がちゃんとラージニア家の人間という意味も含めてよ」

「へっ?」

 その驚きの内容に俺は理解ができず、フラッとくらみがしてベッドに座り頭を抱えた。

 それからしばらく、俺は頭の中を整理して深呼吸をした。

「えっと、それじゃあつまり俺と姉さんは本当は姉弟じゃないということですか?」

「母親も父親も違うから、そうなるわね。でも、私はジンのことは弟と思ってるわよ?」

「……あんまり、関わってなかったのにですか?」

 ジンとヘレナ、二人には本当に関わりがなかった。

 それなのに、弟と思ってるという言葉はどこから来るのだろう。

「確かにジンとは全く関わりがなかったわ。それでも、私はジンのことを弟と思ってこれまで生活してきた。助けることもできなかったくせに何様とジンは思うかもだけど、これは私の本心だし、ノーラさんとの約束でもあるから」

「えっ、母さんとですか?」

 ヘレナが言った言葉に俺はそう反応すると、ヘレナはバッグから少し傷んだ手紙を取り出した。

「これ、ノーラさんが残した手紙。もしも、自分が居なくなったらジンに渡してって頼まれていたものよ。本当はもう少し早く渡したかったけど、渡すタイミングがなくて時間が掛かってしまったわ」

「手紙、ですか?」

 えっ、そんな物があったのか? ゲームじゃ、何もなかったはずだけど……。

 俺はそう思いながら、ジンの母ノーラが残した手紙を開けて中身を読んだ。

 その中身はジンに対しての謝罪、そしてこれからの人生を自由に生きてほしいという母の願いだった。

 そしてその手紙の中にはもう一つ、重要なことが書かれていた。

「……今まで、なぜ俺にフローラという婚約者がいたのか謎でしたけど、母さんが俺を守るために婚約者を付けたのか」

 手紙の中には、フローラの母レリーナ・フォン・ルフィオスと母の関係が書かれていた。

 フローラの母とノーラは、幼少期からの友人で茶会にも招待し合うくらいの仲だったみたいだ。

 だから自分では守り切れないとわかっていた母さんは友を頼り、フローラという爵位が上の婚約者を俺に付けることで、ジンを守るように仕向けたと書かれていた。

 ルフィオス家という爵位が上の婚約者が居たら、ジンに手出しはできないだろうと母さん達は考えての行動だったらしい。

 それと、ラージニア家の問題をルフィオス家で解決しようかという提案もされたことがあるらしいのだが、それは母が断ったみたいだ。

 変に動いたら、今の生活さえも危うくなる可能性もあったためだろう。

 だから俺の母は問題の解決はせず、俺を守ってくれる相手だけを付けたみたいだ。

 このことを知ってるのは俺の母と、フローラの母の二人だけみたいで、ノヴェルさんやフローラ達は知らないと書かれていた。

「ノーラさんとは何回かだけ話したことがあるけど、彼女は本当にジンのことを大切におもっていたわ」

「……ええ、知ってますよ。母さんの愛はたくさんもらってますから」

 ジンの母、ノーラはあんな閉鎖的な空間の中でジンのことを大切に想いながら育てていた。

 しかし、まさか母親とフローラの母が知り合いとは知らなかった。

 そういえば、フローラの家に行った時にフローラの母親からなぜか抱きしめられたことがあった。

 フローラの母は、ヘレナと同じく感情をあまり表に出さないタイプの人。

 だから抱きしめられた時は困惑したがそれからは普通どおりだったから、気にしないことにしていた。

「今はルフィオス家には頻繁に勇者が通ってるから、勇者が前線に出たりしたタイミングで一度ルフィオス家に話を聞きに行った方が良さそうだな……」

「それがいいと思うわよ。彼女は私達以上に、ノーラさんのことを知ってると思うから」

 そうヘレナから言われた俺は、色々と驚く内容の連発で頭がパンクしてこれ以上はもう驚く内容は聞きたくないと口にした。

「ふふっ、大丈夫よ。さっきの手紙で私が話したかったことは全て話したわ、だからもうお別れね」

「お別れって、姉さんはどこか行くの?」

「ええ、この二年間でやるべきことは終えたわ。だから、後は私の人生を歩むことにしたの、そんな心配した顔しなくても大丈夫よ。私には心強い味方もいるし、これでも銅級冒険者だもの」

 そう言ったヘレナの顔は、すがすがしいものだった。

 彼女にしてみれぱ、三歳の頃からの戦いがようやく全て終わり、やっと自分の人生を歩むことができるのだろう。

「姉さんも冒険者だったんだ。意外だね」

「旅をするには冒険者が一番都合が良かったから登録したのよ。それとこう見えて、私の魔法の腕はなかなかのものなのよ?」

 無表情ながらもどこか自信のある様子でそう言ったヘレナは、椅子から立ち上がると「それじゃ、またどこかで会いましょう」と言って部屋から出ていった。

 ……。

「姉さん、ちょっと待って!」

 ヘレナの腕をつかみ、俺は部屋から出ていこうとしたヘレナを止めた。

「どうしたの?」

「俺が知らないところで姉さんには色々としてもらったみたいだから、そのお礼としてご飯をおごるよ。俺にとって唯一の家族の姉さんと、こんな別れ方は違うと思うから」

「ッ!」

 ヘレナは俺の口にした〝家族〟という言葉に驚き、目に涙を浮かべた。

 正直、俺はヘレナのことはよく知らないが、彼女の頑張りは本当に凄いと感じた。

 そんな彼女に〝弟と思われてる〟と、一方的な状態で別れるのは違うだろう。

 だからこれからは彼女を姉と思えるように頑張りたいと思い、手始めに食事に誘おうと考えた。

 その後、ヘレナがむまで俺は彼女を抱きしめ、頭をで続けた。


 姉さんは泣き止んだ後、この後は予定があるから食事は明日のお昼なら行けると言って部屋から出ていった。

「……色々と驚く内容だったな、ヘレナの過去は大体察していた内容だったけど、まさかあんな幼少期から家との対立を決めていたなんてな」

 その後、話の内容が濃すぎて頭を使いすぎた俺は頭痛がしたので横になることにした。

 それから数時間後、夕食の時間になり食堂に行くと、出掛けていたクロエ達が戻ってきていた。

「クロエ達、戻ってきてたんだな」

「うん、本当はジン君に帰ったよって言いに行ったんだけど、ちょうど寝てたみたいだったから」

「ああ、ちょっと色々あって疲れてたんだよ。それと、皆の装備受け取ってきたから、後で渡すよ」

 そう俺は言って皆と同じ席に座り、夕食を食べた。

 それから、皆と部屋に戻ってきて装備を渡して、そのまますぐに解散となり、俺はシャワーを浴びて明日は予定もあるので早くに寝ることにした。


「……ジン、朝からそんな気合入れた格好してどうしたんだ?」

 待ち合わせは宿の前だから、一階で姉さんを待っていると、リカルドから不思議そうな顔で見られながらそう声を掛けられた。

「ちょっとな、用事で人と会うかられいな格好してるだけだ」

「もしかして、昨日来た女性ってジンの彼女だったりするのか?」

「何で、そうなるんだよ。別にそういう関係じゃない」

 一日考えた結果、血は繋がってないけど姉と弟だと改めて思うことにした。

 まあ、昨日の時点でだいぶその気持ちは固まってはいた。

「でも、ジンがそんなおめかししてる姿なんて見たことがないぞ? やっぱり、彼女だろ?」

「違うっての、ったく……リカルド。ここだけの話だが、昨日来たのは俺の姉だ」

 色々と誤解してるリカルドに俺は、姉さんとの関係を話した。

「あっ、そうだったのか……すまん。ちょっと調子に乗った。ジンがそんな格好して、人と待ち合わせてるって聞いてちゃしたい気持ちが少し出てた」

「良いよ。そこまで気にしてないから」

 そうリカルドに言った後、宿に近づく人の気配がして入り口の方を見ると姉さんが居た。

 宿まで走ってきたのか、姉さんは少しだけ息が荒い様子だった。

 姉さんの服装は昨日のような姿を隠すためのローブではなく、俺と同じで少し着飾った感じの服装だった。

「遅くなってごめんね、ジン。ちょっと色々と準備に時間掛かっちゃったの」

「大丈夫だよ。行こうか、姉さん」

「うん」

 その後、俺は姉さんと一緒に宿を出て、王都の街中を歩いて目的の食堂へと向かった。

 その道中、姉さんは王都の街並みを見て「二年振りだから色々変わってる」と言った。

「二年振りって、そんなに長い間旅をしてたの?」

「うん、ラージニア家の被害者は色んな所に行ってたから、王都に戻ることなく転々と旅してたのよ」

「へ~、俺もかなり色んな所を旅してたから、姉さんの旅の話も聞かせてよ。俺の旅の話もするから」

「良いわよ。まあ、でも面白い話はあまりないわよ? 私の旅は謝罪のための旅だったから」

 そう姉さんは言うと、少しだけ気分が落ち込んだようだった。

 そんな姉さんの手を俺は握ると、姉さんは驚いた顔をした。

「姉さん、今日は暗い話はなしだよ。せっかくの初めての姉弟の時間なんだから、楽しもうよ」

「ッ! う、うん。今日は色んなことを忘れて、楽しむよ」

 姉さんは俺の言葉にハッとして、笑顔を浮かべてそう言った。

 それから俺は姉さんに王都を案内しながら、予約した食堂へと到着した。


「って、何でこっちにロブがいるんだ? いつもは屋台で客の呼び込みしてるだろ?」

「いや~、ジンが食べに来るって聞いたから、今日はこっちに出たいって頼んだんだよ。それにしても、ジン。お前、こんな美人な彼女が居たんだな、知らなかったぞ!」

 ウリウリと、肘でつついてくるロブに俺はため息をついた。

 なんでこうもオッサンは、すぐに色恋沙汰にしたがるんだ……。

「ジ、ジンと私は別に付き合ってはないです!」

 俺の彼女に間違われた姉さんは、顔を赤くしてそう否定した。

 それから俺はロブの頭をたたき、誤解されたままだと面倒なので姉さんとの関係を話して予約した個室に案内してもらった。

 個室に入った俺は、ロブに注文は後ですると言って部屋を出てもらった。

 姉さん、なんかソワソワしてないか?

「姉さん、大丈夫?」

「えっ? う、うん。大丈夫よ。ただちょっと、こんないいお店に連れてこられるなんて思ってなくて、ちょっと緊張してるだけ」

「……姉さん、元は貴族だよね? 俺と違って、普通に高い店とか行ってたんじゃないの?」

「全くなかったとは言わないけど、そんなに来たことはないわ」

 姉さんはそう言うと、水を一口飲むと家に居た時のことを話してくれた。

 昨日話したとおり、姉さんは家との対立を決めてからは普段は大人しい子を装っていた。

 そのため、家族もそんな姉さんを疑うことはなく、頻繁に貴族が集まるパーティーに参加させられていたらしい。

 だけど姉さんはパーティーには興味がなく、仮病で休むことが多かったと言った。

「だからあまり高価な物とかはそんなに口にしたこともないし、こういった場所にもほとんど来ることがなかったわ」

 そう姉さんは言うと、メニューが載ってる表を見て「どれもしそうね」とつぶやいた。

 それから俺は姉さんに、この店のオススメの料理を紹介して、その料理を注文することにした。

 この店のオススメは出店でも出されてる肉串はもちろんだが、もう一つは予約しないと注文できない〝キングオークのステーキ定食〟が格別にい。

 ロブとはこの三年間も戻ってきたタイミングで、色々と話をしたりしていて俺のためにいくつか取り置きしてくれてる。

「わ~、すごく美味しそう!」

 姉さんはいつもの無表情ではなく、目をキラキラとさせてそう言った。

「ッ! 口に入れたお肉、すぐに消えちゃうくらい美味しい!」

「キングオークだから、その辺のオークの肉とは比べ物にならないほど、肉質が良いんだ。さらにこの店は焼き方もこだわってるんだよ」

 そう俺が〝キングオークのステーキ定食〟について説明してる間も、姉さんは美味しそうに食事を続けていた。

 こんな姉さんの姿、ゲームでも見たことがない。

「お肉も美味しいけど、野菜もすごくシャキシャキしてて美味しいね。普段は野菜はあんまり食べようとは思わないけど、ここのならいくらでも食べられる気がするよ」

「野菜に関してもこの店は特に気にしてて、契約してる農家からじかで仕入れてるから鮮度もすごく良いんだよ」

「お肉から野菜まで丁寧に取り扱ってるんだ……ってことは、このお店それなりに高いお店なの?」

「まあ、それなりにするけど、気にしなくて良いよ。貯金してるから」

 値段のことを気にした姉さんに俺はそう言うと、姉さんは「でも……」と言って財布を取り出そうとした。

「姉さん、この食事は俺が誘ったんだから俺に払わせてよ」

「……わかった。それじゃ、次いつか食事をする時は私に払わせてよ。お姉ちゃんとして、弟に奢ってもらってばかりは嫌だもの」

「うん、わかった。〝次〟は姉さんにごそうしてもらうね」

〝次〟という単語を俺は意識しながら姉さんに言うと、姉さんは察して「うん、約束するわ」と言った。

 それから俺は、姉さんの冒険話を聞くことにした。

「姉さんの冒険って、謝罪のために色んな所を回ったって言ってたけど、国外にも行ったの?」

「ええ、ラージニア家の被害者の多くは国から離れてたから、一年くらい国外に行ってたわ。でも、調べてわかった人にしか謝罪はできてないから、もしかしたら調べきれてない人もいると思うの」

「まあ、そこまでしたんなら良いんじゃない? そもそも姉さんが謝る必要はないと思うし、なんなら血筋で言うと俺の方がその旅をするべきだからね」

 姉さんに流れてる血は、半分は確かにラージニア家正妻のヘレン。

 だがヘレンは、ラージニア家の当主であるアルベールのもとに嫁いできた相手なだけだ。

 だからヘレンとラージニア家とは関係ない男の間にできたヘレナが、その旅をする意味は本当はない。

「ジンはいいのよ。被害者の一人なんだから」

「だったら姉さんもそうだと思うよ。家のために二年も傷を負う旅をしたんだから、これからは自分のために生きてね」

 そう俺が言うと、姉さんは笑みを浮かべて「そのつもりよ」と言った。


 それから食事の時間は過ぎ、俺達は店を出た。

「ジン、ご馳走様。すごく美味しかったわ、ありがとね」

「このくらいはして当然だよ。姉さんのお陰で母さんの手紙も受け取れたし、もっとお礼がしたいくらいだよ」

 そう俺が言うと、姉さんは「十分もらったわ」と笑顔を浮かべた。

 それから俺と姉さんは少しだけ歩いて、王都にある広場へとやってきた。

「……本当は、ジンに手紙を渡して謝罪をしたらすぐにこの国を出るつもりだったの、私がジンの近くに居たらいけないと思ってたから、消えようって」

「……」

 姉さんの言葉、それはゲームと同じで本編にその後が書かれないように、もうこの国や俺自身と関わらないと考えていたのだろう。

「でも今日、食事を一緒にしてその気持ちがちょっと揺らいじゃったみたい……ジン、私も貴方の近くにいてもいいかしら?」

「……俺は居なくなってほしいとは一言も言ったことがないよ。それに昨日から言ってるでしょ、姉さんの自由に生きてって」

 ジンの気持ちを今の俺は知らない。俺はジンであってゲームをやりつくしたじんでもある。

 ゲームをやりつくした俺は、姉さんに居なくなってほしいとは思っていない。

 姉さんは、俺の言葉を聞くと昨日よりも多く涙を流し、俺はそんな姉さんを抱きしめた。


「……それで、ヘレナが泣き疲れて眠っちゃったから私を見つけて、呼んだのね。すごく遠くに居たのに、よく気付いたわね?」

「これでもパーティー内では二番目に察知能力が高いからな」

「貴方で二番目って……」

 姉さんが泣き疲れて眠った後、俺は少し離れた所からずっとこちらを見ていた人を呼び寄せた。

 たぶん、この人が姉さんが話してくれた姉さんと父親が一緒のお姉さんだろう。

 なんとなくだけど、姉さんと似てる。

 髪の色は姉さんが金で、この人は赤と全く違うが、の色は緑色で同じだ。

「姉さんは、貴女のことをルルお姉ちゃんと呼んでるみたいですけど、俺もルルお姉ちゃんと呼んだ方がいいですかね?」

「ヘレナの〝弟〟なら姉で良いわよ。でも、ちゃん付けは嫌ね。ルルお姉さまって呼んでいいわよ」

「間をとって、ルル姉で」

 そう俺が言うと、ルル姉は「良いわよ」とニコリと笑みを浮かべてそう言った。

 それから寝てる姉さんを外でこのままにするわけにもいかないから、とりあえず姉さん達の宿に運ぶことにした。

「それにしても、あんなに泣いてるヘレナは初めて見たわね。なんて言って泣かしたのかしら?」

「俺の近くにいても良いって、言っただけですよ。姉さんは家のことを考えないようにしてるみたいだけど、心のどこかでは考えていて俺から離れようってずっと思ってたみたいです。でも、今日の食事でその気持ちが薄れたみたいです」

「そう。それは良かったわ、それは私もずっと気にしてたのよ。ヘレナは抱え込む癖が昔からあるみたいだからね」

 ルル姉はそう言うと、眠ってる姉さんの頭を優しく撫でた。

「でも、この国から離れないってなると、また一から旅の計画の作りなおさないといけないわね」

「すみません、俺のせいで計画が無駄になっちゃって」

「良いわよ。いい方向に向かったみたいだし、これからヘレナにはたくさん色んなことを経験してもらいたいもの。もちろん、ジンにも協力してもらうわよ?」

「ええ、いつでも力になりますよ。姉の命令なら」

 茶化すようにそう言うと、ルル姉は笑い「頼もしい弟ができたわ」と言った。

 そんな俺とルルの会話が聞こえたのか、他の部屋に居た姉さんの仲間が部屋にやってきた。

 姉さんの仲間、結構色んな種族がいるんだな。

 ヒューマン族のルルさん、それに加えて犬っぽい見た目の獣人族やエルフ、ドワーフもいるみたいだ。

 少し安心したのが全員が女性という点だろう。

「ヘレナの弟のジンです」

「私は獣人族のコロン。よろしくね~」

「ジン君。私はエルフ族のシャーリーだ。よろしく」

「オラはドワーフ族のププル。よろしく」

 姉さんの仲間達と挨拶を交わし、少し話をしてから俺は宿を出た。

 姉さん、すごく良い人達を仲間にしたんだな、あの人達なら姉さんも一緒にいて楽しいだろうな。

 少し話しただけで姉さんの仲間達が良い人だと感じた俺は、そう思いながら宿に戻った。


「ジン君、聞きたいことがあります。今日、一緒に居た女性は誰?」

「へっ?」

 宿に戻ると、クロエ達に捕まり部屋に連行され、椅子に座らされてそう聞かれた。

 あっ、姉さんといるところを見られたのか?

「俺の姉さんだよ。前に話したことがあるだろ、俺には腹違いの姉と弟がいるって、弟の方は処刑されたけど、姉は色々あって生きててそれで少し食事をしてたんだよ」

「えっ、ジン君の姉ってことはラージニア家の人ってことだよね? 生き残ったってどういうこと!?

「あ~、話すと長いんだけど」

 それから俺は姉がどうして生きてるのか、なぜ俺が姉と食事をしてたのかを一から説明をした。

 すると、クロエ達は「うう、ジン君のお姉さん頑張ったんだねぇ」と言って全員涙を流した。


 姉さんと食事をしてから、俺はたまに姉さんたちの所に会いに行っては話をしたり食事をしたりと過ごしている。

 食事の席にはクロエ達も呼んで、お互いの仲間を紹介したりした。

「結局、ヘレナは貴方あなたに会ったのね」

「姫様はやっぱり知ってたんですか、俺の姉さんが国に協力してるって」

「ええ、だって最初にヘレナと接触したのは私の部下だもの、知っていたわよ。ジンには黙っていてほしいって頼まれていたから、何も言わなかったのよ」

 姉さん達との食事会から数日後、俺は姫様の所に一人で来て姉さんのことについて報告をした。

 やっぱり、姫様は知っていたのか。まあこの人なら知ってそうだとは思っていた。

「それにしても、ヘレナに加えてルルとも姉弟関係になったのね」

「ええ、姉さんの姉なら俺からしたら一番上の姉ですからね。姉さんとも血がつながってないですけど、姉は姉です」

「ふふっ、たった数日でそこまで言えるような関係になったのね。羨ましいわ、私も弟と仲良くしたいんだけど、離れてた期間が長すぎてイマイチ関わりづらいのよね。それに今は、聖女としての役目もあるしでなかなか会えなくて」

 姫様は聖女の力に少し前に目覚め、勇者とは別に訓練を続けている。

 その訓練にはこれまで俺がダンジョンでとってきた魔道具などが活用されていて、一番役立っているのはやはりミスリルの腕輪だった。

 まあ、姫様が聖女になることは知っていたから、俺も惜しみなく投資ができた。

 勇者の力も大事ではあるが、俺にとっては姫様の力の方が大事だからな。

「どうですか、訓練の方は順調ですか?」

「そっちは順調よ。ジンからもらった物がすごく役立っているわ。もしかして私が聖女になること知っていたの?」

「誰が聖女になるかなんて知れるわけないですよ。ただ俺は姫様の役に立ちそうな物を渡していただけです」

 聖女はゲームと同じで、この世界の神が選んだ相手に役目が渡される。

 だから教会などが「この子が聖女です!」みたいなラノベとかでよくあるタイプではなく、本物の神が選ぶため、偽物も出ることがない。

 もし偽物が出たとしても、本物の聖女には〝紋〟が手の甲にあるかないかで判別ができる。

 これは勇者も同じで、勇者にも勇者の紋が与えられる。

「まあ、訓練がつらい時はあるけど、お陰でずっとかなえたかった王都の外に出られるようになったから、今はすごく楽しいわ」

流石さすがに王様も聖女の役目を止めるのは無理ですからね」

「最初はたくさん兵士を付けられてたけどね……流石にそれじゃ、訓練にもならないから今は少人数で動けてるわ」

 姫様はため息交じりにそう言い、俺は笑った。

 その時、俺は部屋に近づく魔力に「やばっ」と口にして、姫様に「帰りますね」と言って転移で窓の外に出て、そのまま下に降りた。


「危なかった。話に夢中になって、勇者が近づいてくるのに気付かなかった……」

 あともう少しで勇者と接触するところだった。

 何とか逃げ切れたと安心した俺は、城門から入ったのでそこから出ないと怪しまれてしまうため、城門の方に向かった。

「あれ、ジンじゃないか? お前、城に来てたのか?」

「アンドルさん、お久しぶりです。ええ、ちょっと姫様と話したいことがありまして」

 城門近くで兵士の見送りをしていたアンドルと偶然出くわした俺は、彼に捕まってしまった。

 ちょっ、マジで今日はここで話すのは嫌なんだって!

「最近な~、魔王軍の動きが活発で本当に大変なんだよな」

「ア、アンドルさん、その話はまた今度聞きますから、今日は帰してくれませんか?」

「んっ、何か予定でもあるのか?」

「ええ、本当に大事な予定があるので」

 さっきまで姫様の部屋近くに居たはずの勇者の気配がこっちに近づいてくるのを感じていた俺は、アンドルにそう言ってなんとか城の外に出ることに成功した。

 その後は、普段は街中では使わない転移を何度も使い、宿まで最短距離で戻った。


「どうしたんだ。帰ってきたと思ったら、いきなり倒れて驚いたぞ?」

「魔力を使いすぎた……」

 ちょうど、一階でリカルドと話していたレンを見つけた俺は宿に入った瞬間、バタッと倒れるとレンに支えられながら部屋に連れてきてもらった。

「今日は確か、城に行ってたよな? 何かあったのか?」

「あと少しで勇者と出くわすところだったんだ。ギリギリの所で逃げたけど、その逃げるために転移を乱発してな……」

「勇者から逃げるため、まだ練習中の転移を使ったのか……ジンのその勇者嫌いはどこから来てるんだよ」

「別に嫌いじゃないけど、会いたくないんだよ……」

 俺はそう言ってレンが作ってくれた魔力回復薬を飲み、何とか少し気分が良くなった俺はそのままベッドに横になった。


 それから数時間後、魔力回復薬を飲んだお陰でだいぶ楽になった俺は隣の部屋に行きレンにお礼を言った。

「まあ、それが俺の仕事でもあるからな、というかこんなことが起こるなら今のうちに【空間魔法】の訓練をしたらいいんじゃないか? ダンジョンも見つからないみたいだし」

「……確かにな、時間もあるしもし次こんなことが起きた時の対処のために訓練しておいて損はないな。それに転移がちゃんと使えるようになれば、さらに遠くまで旅ができるからな」

 姫様は外に出られるようになったが、いまだに俺達との冒険話をするという約束は継続されている。

 そのため、定期的に王都に戻ってこないといけないから、そんなに遠くまで行くことができない。

 それにクロエの親との約束もあるし、これからは姉さん達との時間も取りたいからなおのこと、旅について考え直さないといけない。

「まあ、でも頼りのノルフェン家の親子は勇者育成で忙しいしな……」

「そうだな……あれ、でもノルフェン家って確か、子供が居なかったっけ?」

「……あ~、いるけどあの人は今は魔法騎士団で忙しいらしいからな」

 姫様の元同級生のティアナさん、今は魔法騎士団の団員として忙しいと姫様に聞いた。

 たぶん、姫様にお願いしたら時間を作ってもらえるかもしれないけど、迷惑だろうからな……。

「でも、頼れる相手がその人くらいなら、一度話だけでも聞いたらいいんじゃないか? 訓練を見る見ないは置いて、可能性があるなら話だけでもしに行った方がいいと思うぞ」

「……わかった。明日、ギルドから姫様に手紙送ってお願いしてみるよ」

 レンから言われ、確かにと思った俺は姫様に出す用の手紙を書くために部屋に戻った。

 その後、夕食の席でクロエ達にもしかしたらこれからしばらく、訓練のために王都か王都の近くに残るかもしれないと伝えた。

「なかなかいいダンジョン見つからないし、私はいいと思うよ」

「私も良いよ~、ちょうど新しい技とか考えたかったし」

「俺は提案した側だからな、ボチボチ研究をするよ」

 皆は俺の言葉にそう言ってくれて、俺は「ありがとう」とお礼を言った。


 そして翌日、俺は手紙を持ってギルドに行き、昨日の話し合いで決まったことをフィーネさんに伝えた。

 フィーネさんは俺の話を聞くと、ダンジョンを見つけられないことに対しての謝罪をした。

「いえ、謝罪はしなくて良いですよ。魔王軍の動きが活発になって、それが原因というのは理解してますから」

 頭を下げるフィーネさんに俺はそう言って、話を続けた。

「【空間魔法】の訓練ですか……確か、スキルレベルは3でしたよね」

「はい、なので短い距離の転移は可能な状態です。ですけど、何度も発動したり遠くに行くことは今のところまだ無理なので、それを可能にしたいなと思いまして」

「なるほど、わかりました。もしも、ノルフェン家の協力が得られなかった時のために【空間魔法】の使い手を探しておきますね」

 フィーネさんはそう言うと、今度こそ仕事を全うするというやる気に満ちた顔をしていた。

 それから俺はギルドを出て、久しぶりにシンシアの店へと向かった。


「あら、珍しい客が来たわね。久しぶり、ジン」

「久しぶり、シンシア。どうだ最近は?」

「昔より、収入は安定してるわ。レン君には本当に感謝だわ」

 シンシアの店には、レンの作った薬を卸している。

 レンの薬の効果は高く、王都に数人しかいない白金冒険者も買いに来るほど、人気があるらしい。

「それで、今日はどうしたの? あめもうなくなったの?」

「まあ、それの買い足しもあるけど、他に何かないかと思って探しに来た。新しく入荷したもの見てもいいか?」

「良いわよ。あっちにあるから、好きに見ていって」

 シンシアからそう言われ、俺は新しく入荷したアイテムを見に向かった。

 ああ、これはゲームで見たやつだな、こっちはゲームでよく使ってた物だ。

 やっぱり、ゲームの開始時点を過ぎたからなのか、ゲームで知ってるアイテムが新しくシンシアの店に並んでいる。

 中には見たことがないアイテムもあるが、たぶんそれは俺が色々と提案したりしてたからだろう。

「おっ、これは」

 いくつかアイテムを選んでいると、とあるアイテムが目に留まった。

 そのアイテムの名前は〝空間魔法の心得〟という【空間魔法】について学べる本だった。

 これ魔道具とかではない普通の本だな、珍しいなシンシアの店に普通の本が売ってるなんて……ゲームでもこんな本は見たことがない。

「シンシア、これって売り物なのか?」

「そうよ。お金に困ってる魔法使いの人が売りに来たのよ。中身見たけど、なかなかちゃんと書かれてたから買っておいてたのよ」

「そうか……なら、これも買うよ」

 そう言って俺は本も買うことにして、代金を払って店を出た。

 それから俺は宿に戻って、早速シンシアの店で購入した〝空間魔法の心得〟を読み始めた。


「……ジン、お前徹夜したのか?」

「へっ? ああ、うん。ちょっとやることがあってな……」

 昨日、購入した〝空間魔法の心得〟という本を俺は徹夜で読み続けていた。

 一旦、夕食の時にレンたちに呼ばれて読書は中断されたが、その後シャワーを浴びて戻ってきた俺は朝まで読書を続けていた。

 かなり、眠たいな……でも、それ以上に色々と収穫があった。

「そんなに昨日買った本が面白かったのか?」

「ああ、ちゃちゃためになる本だったよ。空間魔法の師匠がいらない可能性すら出てくるほど、色々と書かれてた」

「そんなにか? それそんなに高くなかったんだろ?」

「ああ、金に困った魔法使いが自分で書いたっていう本だからそこまで高く買い取らなくて売値もそんなに高く設定してなかったみたいだけど、これたぶん金貨数十枚でも俺だったら買ってたかもしれないな」

 そう、あの本の内容は、それだけの価値のある物だった。

 それと作者の欄に書いてあった名前、本を読んでる途中で気付いたが、あの名前はゲームに登場するクロエと同じお助けキャラの放浪の魔女マリアンナだった。

 放浪の魔女マリアンナは名前のとおり、特定の場所にいるキャラではなくゲーム中、一度も会わないということも起こるほどに珍しいキャラ。

 魔女という名に相応ふさわしく、魔法系のスキルを多く所有していてその中には【空間魔法】も確かにあった。

 制作陣は何でこんなキャラを作ったのか、ゲーマー達から質問されその答えが「そういったキャラが居た方が面白い」という単純な回答だった。

 まあ、確かに俺も実際にマリアンナの設定は最初こそ不満を感じたが、たまに出てきてはすごく助けてくれるので好きなキャラの一人でもあった。

 そんなキャラが書いた本がこの世界にあったなんて、ゲームでは知ることもできなかったから本当に気付いた時は久しぶりに興奮した。

「とりあえず、連絡が来るまではこの本で勉強することにするよ。良い教材が手に入ったよ」

「へ~、そんなに面白いなら、読み終わったら俺にも見せてくれよ」

 その後、朝食を食べた俺は再度、本を読むために部屋に戻った。

 それから一時間ほど読み続け、ようやく最終章とタイトルが書かれていた。

「なかなかのページ数だったな、だけど一日掛けて読み続けられるほど、中身がシッカリとしているのにはさらに驚いたな……」

 朝食の時もレン達に呼ばれなかったら、俺はずっと読んでいたほど、この本は読みごたえがあった。

 流石さすが、マリアンナが書いただけあるな……。

「って、なんだこのページ? 文字列がバラバラ?」

 最終章と書かれたページをめくると、そこには見開きのページいっぱいにバラバラに文字が書かれていた。

 んっ? いやでも、これは読めるぞ?

「空間、世界は、無の世界、無の世界の住人、になれば、地上を、歩まずとも、世界を、旅、することができる?」

 バラバラになった単語を一つ一つ口に出して読むと、ページが輝き出した。

 その輝きに俺は耐えられず、顔を背けて目をつぶった。

「あら、意外と早かったわね。もうあの本を読んじゃう子が現れるなんて」

 目を瞑っていると、女性の声が聞こえた。

 俺は徐々に目を開けると、部屋の中に一人の美しい女性が居た。

 ッ! 放浪の魔女マリアンナ!?

「はじめまして、私は放浪の魔女マリアンナよ。そして、これからよろしくね。私の可愛かわいい初めての弟子ちゃん」

 ニコリとマリアンナは笑みを浮かべながらそう言うと、俺のほおをサッとでた。

 彼女との距離は数mあったのに、その間を彼女は一瞬で移動してきた。

「……貴女あなたがあの本の作者ですか?」

「あら、意外と驚いてないのね? もうちょっと驚かれると思ったのに、残念だわ」

「……」

「ふふっ、そう怒らなくていいじゃない。まあ、その質問に対しての答えだけど、そうよ。私が貴方あなたが読んだ〝空間魔法の心得〟の作者よ!」

 ババンッと効果音でもしそうなポーズをとったマリアンナは、俺の反応にムスッとした表情を浮かべた。

 マリアンナってこんなキャラだったか? もっと知的というか、クールというか……。

「って待て、今俺のことを弟子って言ったか!?

「随分と時間を空けての質問ね……ええ、私の弟子になる資格をあなたは手に入れたわ。だから、私は貴方を弟子にすると決めたのよ」

「し、資格って俺は何もしてませんよ?」

「したじゃない。その本を読んだんでしょ? 最終章の暗号は、空間魔法を使える者、本の中身を理解した者、そして一番重要なのが私の弟子になれる存在かを突破した者だけが読み解けるようになってるのよ。すごいでしょ!」

 褒めなさいと言わんばかりに胸を張るマリアンナに、俺は理解が追い付かず目が点となった。

 ただ本を読んでいたと思ったら、放浪の魔女マリアンナの弟子になるための試験的なものに挑戦していたなんて思うはずがないだろ……。

 それからしばらく無言のまま時間が過ぎ、頭の中の整理がついた俺は椅子に座ってニコニコと笑みを浮かべてるマリアンナを見た。

「弟子って、俺以外にも見つけようとしてるんですか?」

「一人目だけ弟子にしようと思ってたから、他に弟子はとるつもりはないわよ」

「何で弟子を探していたんですか?」

「強いて言うなら、暇つぶしね。もう一つは私の力を受け継いでもらうためね」

「弟子になったら拘束されるんですか?」

「なったらってもうなってるわよ。まあ、拘束するつもりはないわよ? でも課題はクリアしてもらうわ。そうじゃなきゃ弟子にした意味がないもの」

 その後も俺はマリアンナに対して質問を繰り返し、本当にただ弟子を探していたということがわかった。

 ……で、あのマリアンナの弟子に俺がなるって、マジかよ。

「それで質問はもう終わりかしら? まだまだ答えてあげるわよ。弟子の悩みを解決するのも、師匠の役目でしょ」

「その悩み自体が師匠のせいなんですけどね……まあ、でもマリアンナさんは俺が遠ざけようとしてる方達とはつながっていないこともわかりましたし、これからよろしくお願いします」

「やっと弟子になる決心がついたのね!」

 俺の言葉にマリアンナは、うれしそうに笑いながらそう言った。

「そういえば、さっきの質問の中に〝勇者とその仲間と関係してるか〟とか聞いてたけど、もしかして弟子ちゃんは勇者が嫌いなのかしら?」

「好き嫌いの問題ではなくて、近づきたくないという思いがあるだけですよ。勇者に近づいたら、何となく悪い予感がするんです」

「ふ~ん……まあ、いいわ。弟子ちゃんが勇者と近づきたくないなら、私も近づかないようにしておくわ~」

 そうマリアンナが言った後、俺達は修業についての話し合いを始めた。

 修業場所へはマリアンナが転移で連れていってくれるらしく、時間さえ作れば誰にも邪魔されない場所を提供してくれると言われた。

「さっきの話しぶりから、弟子ちゃんは目立つのが嫌いなんでしょ?」

「ええ、特に勇者の近くにいる人達にこれ以上注目されるのは嫌なので、そういう人達が居ない場所での修業だと本当にありがたいです。ちなみに他のことも修業しても大丈夫ですか?」

「他って言うと、剣術とかかしら? 別に良いわよ。私は【空間魔法】を教えるだけの師匠じゃないもの、こう見えて全属性の魔法に加えて剣術とかも使えるのよ」

 エッヘンと胸を張るマリアンナだが、その実力は確かなものである。

 というか、いつまでこの年若い風にしゃべってるんだろうな、マリアンナの実年齢って確か数百は──。

「弟子ちゃん、今何か変なこと考えたかしら?」

「イエ、マッタク。シショウ、ツヨインダナー」

 あぶね~、女の勘は鋭いって聞いてたけど、まさかちょこっと設定資料のことを思い出しただけで、こんな殺気をぶつけられるなんて思わなかったぞ……。

「ふふっ、せっかくの弟子ちゃんを殺したりしないわよ? でも、機嫌が悪くなったらお仕置きくらいはしちゃうかもだから、これからは注意してね?」

「は、はい! マリアンナ師匠!」

 師匠のげきりんポイントは年齢と、ちゃんと心にメモしておこう。

「そうだわ、弟子ができたら渡そうと思ってた物があったのよ。えっと、どこだったかしら?」

 ポンッと手をたたき思い出した風の動作をしたマリアンナは、空間からポンポン物を取り出してはまた別の空間に投げ入れた。

 その動作を始めて数分後、ようやく目当ての品を見つけたマリアンナは「あった!」と叫び、俺にそのアイテムを見せてきた。

「……卵ですか?」

「ええ、卵よ。この卵の名前は【こんじゅう】って言って、魔力を与える主人によってその姿を変える生物が生まれるの。これを弟子ちゃんにあげるから毎日魔力を与えるのよ」

【無魂獣】? そんなアイテム、ゲームではなかったな……この世界だけのアイテムということだろう。

 んで説明を聞く限りだと、こいつは俺の魔力で生き物の形になって生まれるのか……。

「なかなか、面白いプレゼントですね」

「そうでしょ? ちなみに私の【無魂獣】はこの子よ。犬の見た目をしてて、可愛いでしょ? 名前はペスよ。ペス、この子は私の弟子ちゃんよ。仲良くするのよ」

「わふっ!」

「影から出てきた!?

 影から出てくる犬なんて魔物は、この〝聖剣勇者と七人の戦女〟の世界に登場しない。

 ということは俺の【無魂獣】も、この世界に存在しないような生き物が出てくる可能性もあるのか……すごく楽しみだ!

「師匠、何日ぐらいで卵はかえるんですか?」

「私の時は一週間、毎日ずっとあげてたら生まれたけど、感覚的に人それぞれで違うと思うわ。もしかしたら、私より早くに孵るかもしれないし、もっと遅くなるかもしれないわ」

「わかりました。とりあえず、毎日必ず魔力を与えます」

 俺はそう言って卵をなくさないために、とりあえず【異空間ボックス】の中に入れた。


 その後、俺は師匠に昨日自分に【空間魔法】を教えてくれる人を探すため、姫様に手紙を送ったこととギルドで人探しをしてもらってることを伝えた。

 なので、すでに師匠ができたことを説明に行ってもいいか尋ねた。

「そうね。私は弟子ちゃんを他の人と一緒に育てる意味はないと思ってるし、その方が良いわね。それじゃ、善は急げって昔知り合いが言ってたし、早速ギルドに行きましょうか」

 師匠はそう言うと、俺の肩に手を置き次に目を開けると、そこはギルド近くの路地裏だった。

「私は姿を消しておくから、もし何か困ったら呼んでね」

「わかりました。それでは、行ってきます」

 そう言って俺は路地裏から出て、ギルドへと向かった。

 受付でフィーネさんに大事な話があると言って、相談室に移動した俺は今日の出来事を話すことにした。

 師匠からは話してもいいという許可を取っていたので、俺が放浪の魔女マリアンナの弟子になったことも説明した。

「……放浪の魔女マリアンナ様の弟子にですか?」

「信じられないと思いますけど、これ一応師匠からギルドが信じない時のためにと一筆書いてもらいました」

 そう言って俺は、師匠から渡された紙をフィーネさんに見せた。

 フィーネさんはその紙を見ると、驚いた顔をして「マリアンナ様の字です」と言った。

「ということは、本当に弟子になったのですね……」

「偶然、師匠の弟子になるための試練に合格して、そのまま弟子になりました。なので昨日話した師匠探しの件なんですが」

「わかりました。そちらに関しては調査は終えておきますね。こちらから姫様の方へご連絡しておきましょうか? 今は城の方に勇者様が滞在してるみたいなので、ジンさんご自身が行くのは嫌ですよね?」

「そうして頂けると助かります。姫様から、詳しいことが聞きたいと言われましたら勇者が居なくなったら行くと伝えておいてください」

 そうお願いをしてから俺はギルドを出ると、タイミング良く師匠が現れ、来た時同様に路地裏で転移して宿に戻ってきた。

「それにしても……魔力の痕跡すら残さない、完璧な転移ですね。ノルフェン家の人達でも、ここまで完璧な転移はできないと思いますよ」

「ノルフェン家って、たしかレーヴィンって子供の家だったかしら? あそこの家は確かに【空間魔法】が得意だけど、私には劣るわよ~」

「……師匠。一応年齢について聞かないようにと約束しましたけど、レーヴィン様はもう立派なおじいちゃんで孫もいる状態ですよ」

 年齢については聞かない、それが師匠と弟子との間に決められた最初のルールだった。

 だが今、師匠が言った言葉でレーヴィンが子供の時には、すでに師匠は生きてたということが確定した。

「あ、あら? そんなにもうってたの?」

「俺も注意しますけど、師匠も注意してくださいよ」

「はい……」

 師匠は自分が悪かったことを自覚したのか、シュンッと落ち込んだ様子でそう返事をした。

 それから俺は師匠を仲間達に紹介するため、皆の部屋に呼びに行き俺の部屋に集まってもらった。

「え~、俺の師匠になった。放浪の魔女こと、マリアンナさんです。これから皆ともよく会うと思うから、よろしく」

「よろしくね~、弟子ちゃんの師匠になったマリアンナよ。弟子ちゃんの仲間なら、悩み事があったら聞いてあげるからいつでも来ていいわよ。こう見えて、私色々と知ってるから」

「「「……え?」」」

 俺と師匠の言葉を聞いた皆は、交互に俺と師匠の顔を見て驚いた顔をした。

 その後、皆から詰め寄られた俺は何がどうなって、師匠の弟子になったのか詳しく説明を求められた。

 なので俺はフィーネさんにも話したように、師匠との出会いから全部を皆に話をした。

「……ジンの近くに居たら驚くことがたくさん起こるけど、今回のは今までで一番の驚きだよ」

「うん、まさか魔女さんに会うなんて思わなかったよ……」

「ジン君、どんどんすごくなるね。悔しいな~」

 レン、レイ、クロエの順にそう言うと、師匠は皆に「これからよろしくね」と笑顔を浮かべてそう言った。

 それから俺達は、これからは師匠もこの宿で暮らすと言ったので親睦会を兼ねてロブの店に行き一緒に食事をすることにした。


 弟子になった翌日、俺は早速師匠に修業場所へと連れてきてもらった。

 その場所には師匠の転移でしか移動はできないらしく、クロエ達も行ってみたいと言ったので皆と一緒にその場所に向かった。

「ようこそ、ここは私とあなた達しかいない特別な場所よ。好きに使って良いわよ」

 ババンと手を広げる師匠、そんな師匠に反応せず俺達は周りの光景に言葉を失っていた。

 ここ、もしかしなくも空島だよな……えっ、マジで?

「し、師匠。ここってもしかして、空島ですか?」

「ええ、そうよ。人が全く居ないから、ジンも気兼ねなく修業に集中できるわよ」

「いや、まあ確かに空島は人類がいまだに探してる段階の所ですから人がいることはないと思いますけど……ええ、いやえっと……」

 頭の中が色々と混乱して、うまく言葉を発することができなかった。

 それから俺達は、この空島にある師匠の家へと連れていってもらった。

 道中、他に浮かぶ空島からドラゴンが飛び立つのが見え、俺達はさらに驚いた。

 ドラゴンが住んでる浮いてる島、完全にここは伝説の空島だ。

 ゲームではこの空島は登場せず、その実態は不明のままだった。

 ただ設定資料には空島に関することが少しだけ書かれていて、空島空域にはいくつもの島が浮かんでいて空の覇者ドラゴンが住んでいると書かれていた。

「師匠、どうやってここを見つけたのか聞いてもいいですか?」

「んっ? どうやってって、普通に旅してて見つけたのよ。眺めも良かったし、水とかもちゃんとあるから慣れたら住みやすいわよ? ただまあ、たまにお馬鹿ちゃんが来るのが迷惑だけど」

 そう師匠が言うのと同時に、家が揺れ、地震か!? と俺達は近くの家具につかまった。

「はぁ~、また来たのね。ちょっと、相手してくるから待ってて」

「えっ?」

 師匠はそう俺達に言い残すと、転移で目の前から消えた。

 そしてそれと同時に外から戦闘音が聞こえ、俺達は急いで外に出た。

「「「「ええ……」」」」

 そこにはボコボコにしたドラゴンの上で師匠がなにやらドラゴンに文句を言ってる姿があった。

 あんなことができるの、この世界では、成長した勇者か闇ち後のジンくらいだと思っていた。

 だけど俺の師匠は勇者や裏ボスとなるジンと同等以上、いやそれ以上の力の持ち主だということが目の前の光景から明らかになった。

 いやまあ、確かに師匠が仲間になった時とならなかった時とのゲームの進み具合が異常なほどに変わってたけど、目の前の光景を見たら納得する。

「ジン、あの人が師匠ってヤバいな……」

「うん、俺も思ってた。ユリウスさんとかレーヴィン様から教わってた時も、滅茶苦茶運がいいなって感じてたけど、師匠の弟子になれたことはこの人生の運をほとんど使い果たした可能性すらあるな……」

 そもそも、なんでこの人がメインキャラじゃないんだ? ゲーム時代とこの世界だと、人の強さも変わってる点はいくつもあるけど、師匠のは次元が違いすぎる。

 たぶん、あの強さはゲーム時代とそんな変わらないはずだろう。

 もしかして、俺が知らないだけで魔女を仲間にする条件とかあって、その条件が勇者の能力が低い時のお助けとしてマリアンナが用意されていたとかなのか?

 いやでも、何度かやり方を変えてこのゲームをプレイしてて、その中には最低レベルでのクリアに挑戦したことがある。

 しかし、その時は仲間にならなかったから、もしかしてかなり絞られた条件で仲間になるみたいな設定なのかもしれない。

 そんなことを考えていると、ドラゴンの上から師匠は飛び降りて俺達の前に降り立った。

「ごめんね~、お馬鹿ちゃんが予定を間違えて来たみたいだったから説教してたわ」

「……師匠。あのドラゴンと知り合いなんですか?」

「うん、ずっと前から相手してあげてるのよ。確か、竜王の子とか言ってたかしら? 強くなるために、私に修業相手になってくれって頼まれたのよ。なる代わりに珍しい物をくれるっていうから、相手してあげてるのよ」

 師匠はなんてことはないといった感じでそう説明すると、倒れたままのドラゴンを放置して、俺達を連れてこの空島の案内を始めた。


 空島の案内は何気に時間が掛かり、時間的に昼食を食べてから初めての修業を行うと師匠から言われた。

 そのため、一度王都に戻って、食事をして再び空島へとやってきた。

「それじゃ、弟子ちゃん。今日から早速、私の技の伝授と弟子ちゃんを強くするための修業を始めるわよ」

「はい、よろしくお願いします! ……ところで師匠。なぜ、俺の隣に先ほど、気絶させられたドラゴンさんがいるんですか?」

 なぜか先ほど、空島の案内をする前に師匠に倒されたドラゴンが俺の隣に座っている。

 この状況、普通に嫌な予感しかしないんだけど……まさか、ドラゴンと戦えとか言わないよな?

「ふふっ、さっき邪魔したおびにこの子には修業に付き合ってもらうことにしたのよ。ほらっ、ちゃんと挨拶しなさい」

「は、はじめましてだ。我は白竜族の王子スカイ。マリアンナとは古くからの友であるため、お主の修業を手伝わせてもらうことになった……こ、こんな感じでいいのかマリアンナ?」

「まあ、古くからって言葉は要らなかったけど、聞かなかったことにするわ」

 師匠の言葉にスカイと名乗ったドラゴンは、安心した様子で一息ついた。

 うん、完全に師匠のが上の立場みたいだな……いや、俺の師匠ヤバすぎだろ!?

「あの、無理に口調変えなくてもいいですよ?」

「……ほらっ、やっぱり気付かれた! だから無理に威厳ある風にしゃべらなくてもいいでしょって、言ったのに! おやのばかぁぁぁ」

 スカイは俺の言葉を聞くと、地面をドンドンと殴りそう叫んだ。

「あ、あの師匠。スカイさんはどうしたんですか?」

「スカイは、竜王の子って言ったでしょ? 父親から人間に会った時は、威厳を見せるために口調も変えろって言われてるのよ。でも、スカイはそんな器用じゃなくてね。私は別に指摘しなかったけど、ジンが指摘しちゃって恥ずかしい気持ちでああなってるのよ」

 師匠から説明された俺は、その説明で理解して「その、ごめん」とスカイに謝罪した。

 スカイは俺の謝罪に対し、「マリアンナの弟子が悪いわけじゃないから気にしないで」と目に涙を浮かべながらそう言った。

 ドラゴンはそんな簡単に泣かないとか聞いたことあるけど、普通に今目の前で竜王の子が恥ずかしすぎて涙を流してるな。採取した方がいいかな?

 そんなことを思いながら俺は、スカイが落ち着くまで待つことにした。

 ちなみにスカイは自分の涙が貴重な物だということを師匠から教えられてたのか、流した涙をとってくれて師匠と俺に半分ずつ渡してくれた。

 たぶんだけど、これだけでも金貨数百枚の価値はあると思う。

「ふぅ……二人共ごめんね、時間を取らせちゃって」

「良いわよ。貴重な物をもらえたし」

「俺も同じです。こんな貴重な物をこんな所でもらえるなんて、思ってもいませんでした」

 師匠に続いてそう言うと、スカイは「人間って不思議だね。涙なんかが貴重って」と不思議そうにそう言った。

「ドラゴンの素材は、何でも貴重よ。スカイのはいせつぶつなんかも売りに出されたら、かなりの価値がすると思うわよ」

「ええ、排泄物なんか売りたくないよ。汚いでしょ……」

 師匠の言葉にスカイはウェッとした表情をした。

 まあ本人からしたらそんな気持ちだろうな、俺も自分の排泄物が高価な値段で取引されるなんて聞かされたら同じ顔をするだろう。

「……師匠、例えが悪いですよ。スカイさんのうろこ一枚ですら、価値がある物と言った方がれいでしょ」

「まあ、そうだけどスカイがこんなにコロコロ表情を変えたことなかったら、つい楽しくなってね」

 フフフと笑いながらそう師匠が言うと、スカイは「こんな人の弟子に本当になったのか?」というで俺を見てきた。

「そういえば、マリアンナの弟子の名前を聞いてなかったね。名前は何て言うの?」

「あっ、忘れてました。ジンと言います。これから、よろしくお願いします」

「うん、よろしく」

 スカイは器用に尻尾を使って、俺が差し出した手と握手(?)を交わした。

 その後、スカイとの修業内容を師匠から伝えられた俺は驚き、聞きなおした。

「師匠、今なんて言いました?」

「だから、まずは追いかけるスカイから弟子ちゃんが十分間逃げ切る。それが最初の修業よ。もちろん、スカイに攻撃するのはなしよ。使っていいのは転移だけよ」

 ニコニコと笑顔を浮かべる師匠の言葉に、俺はドラゴンと追いかけっこをしろと言われたことを理解して、心の中で「無理だろ!」と叫んだ。

 だがしかし、それが修業ならやるしかないので、俺は準備運動と口の中にあめを入れて、早速始めることにした。

 修業開始と共に、俺は全力で転移でその場から離れた。

 三十秒間の猶予の間にできるだけ遠く、かつ魔力の痕跡を極力残さないように移動した。

「ジン、バレバレだよ!」

「ッ!」

 開始と共に俺の真上に現れたスカイ。

 巨大な前脚を振り下ろされた俺は瞬時に転移を使い、その場から離れた。

 だが転移した先にすでにスカイが居て、俺はアッサリと捕まった。

「弟子ちゃん、そんなわかりやすい魔力の痕跡の消し方じゃ、ドラゴンのスカイから逃げるのは一生無理よ~、もっとわかりにくく消さないと」

 捕まった後、すぐに俺は師匠からそう言われた。

「わかりにくくって、かなりわかりにくく消してるつもりなんですけど……」

「う~ん、そうね。確かに弟子ちゃんの魔力の消し方、人間相手とかだと確かにわかりにくいけど、ドラゴンや高位の存在相手だと逆に不自然な違和感が残ってる状態なのよ。わかりやすく説明すると、汚れたテーブルの上をさらに汚してしまい、その部分だけ綺麗にする感じって言ったらわかるかしら? 消すにしても、わかりにくく消さないといけないのよ」

 ふむ……師匠の言ってる言葉、何となくだけど理解できた。

 痕跡を消すにしても、空気中にある魔力も今は俺は消している。

 だけど本来そこに魔力はあるはずなのに、俺が消してしまってるから魔力の扱いがうまい人からすると逆に違和感を覚えられてしまうのだろう。

「師匠、説明うまいですね。今の言葉で自分のやってたことの間違いに気付きましたよ」

「えへへ、これでも師匠になるために色々と勉強したのよ」

 師匠は俺から褒められると、うれしそうな顔をしてそう言った。

 それからもう一度、スカイとの鬼ごっこをすることにした。

「今度は一分くらいは逃げられると良いね」

「ああ、頑張るよ」

 二戦目、俺は最初の転移から早速教えどおりに魔力を消しすぎないように転移を行った。

 だがその消し方に集中するあまり、距離が全然稼げなくてアッサリとスカイに捕まった。

 続けて三戦目、今度は少し無理をしつつ距離を稼いで魔力の消し方にも気を付けていたのだが、やはりスカイの速度が異常なため、一分逃げることすらできない。

「転移の技術が確かに劣ってるのは師匠も気付いてるはずだ。それでも、スカイさんとの追いかけっこを提案をしたということは俺が何か気付いていない点があるはずだ……」

 ちゃな提案をされてる可能性もあるが、こんな序盤でそんなことはないだろうし師匠も無理難題を押し付けてるわけではないと思う。

 だとすれば、俺自身が【空間魔法】で気付けてない点が何かあるはずだ。

 師匠はどんな風に使っていた? 本にはどんなことが書かれていた?

 俺はそんなことを考えながら、追いかけっこを続けた。

「ジン、大丈夫?」

「大丈夫です。ちょっと、休憩したらすぐにやりましょう」

 修業開始から約四時間が経過して、すでに百戦以上追いかけっこを行った。

 だが俺は一度たりとも一分以上、スカイから逃げ切ることはできていない。

 ただ全く成長してないわけでもない。考えながら転移を使っていたからか、距離は少し伸びて【空間魔法】のスキルレベルも4に上がっていた。

「成長はしてるはずだ。だけど、何が足りないんだ……」

「……ジン。マリアンナの転移の技術はこの世界で一番だと思うから、参考にしたらどうかな? ジンなら、少しくらいはマリアンナの転移技術を見て何か感じたこととかない?」

「師匠の転移を見て、感じたこと?」

 悩む俺を見かねたスカイからの言葉に、俺は頭の中で師匠の転移を思い出した。

 師匠の転移を見たのは、まだ数回だが、その中でも特に印象に残ってるのが初めて師匠と会った宿の部屋。

 あの時、数m離れていた師匠は一瞬にして俺の近くに現れていた。

 魔法を使った痕跡もほとんど感じられず、感覚的には一歩歩いただけのように見えた。

「……歩く?」

 その言葉に俺はピンッと来て立ち上がり、スカイに「もう一戦お願いします」と頭を下げ、すぐに実戦で使おうと考えた。

 開始の合図と共に、これまでは勢いよく遠くを見てその場に〝一瞬〟で向かおうと考えていた。

 だが今回は、焦らず精神を落ち着かせ、一歩軽く足を動かした。

 そして目的の場所に転移した俺は、これまで何度もやって上達した魔力の痕跡を不自然に残さないように消して、さらに一歩足を動かした。

「ジン、飲み込みが早いね! でもまだ逃がさないよ!」

 一分、二分と、着々と時間が進むとスカイはさらに速度を上げて追いかけてきた。

 だが俺は焦らず、一歩空間を歩くように落ち着いて転移を使い、五分が経過したタイミングで魔力が少し乱れ、先回りされたスカイに捕まってしまった。

「弟子ちゃん、すごいわね。たった百数回追いかけっこしただけで五分間も逃げ切るなんて、流石さすが私が選んだ弟子ちゃんだわ」

「スカイさんのお陰ですよ。師匠の転移の仕方を思い出して、感じたことはないかって……俺は今まで転移は指定した場所に瞬間移動するイメージで使ってました。ですけど、師匠の考える転移は今いる自分の空間とその場所の空間を一歩で移動する感じで考えてますよね?」

「ふふっ、たったそれだけの助言でそこにたどり着けたのは流石だわ。こんなに早く、正解にたどり着くなんて思ってなかったのよ? 弟子ちゃん、本当に凄いわ」

 師匠からそう褒められた後、俺は少しだけ休憩して魔力を完全回復させて再びスカイとの追いかけっこを行った。

 修業一日目は結局、十分間逃げ切ることはできなかった。

 二日目も同様で徐々に時間は延びたが、スカイも徐々に本気を出してきて十分間逃げることはまだ無理だった。

 そして三日、四日と過ぎ、修業を始めて五日目、俺はついに本気の速度のスカイから十分間逃げ切ることに成功した。

「よっしゃぁ、遂に逃げ切ったぞ!」

「おお、遂にやりきったぞあの坊主!」

「すっげぇ!」

 成功した瞬間、俺はたけびを上げると、俺の修業を観戦していたスカイと同族であるドラゴンたちからも祝福のほうこうを上げられた。

 この五日間ずっと付き合ってくれたスカイも、喜んでる俺の所に来て「ジン、おめでとう」と言ってくれた。

「本気の速度で逃げられたの、これで三回目だよ。一回目は親父、二回目はマリアンナ、そして三回目はジンだよ」

「その並びに入れたのは本当に奇跡に近いな……スカイさん、この五日間修業に付き合ってくれて、ありがとうございました。本当に良い経験ができました」

 俺はそうこの五日間、俺のために付き合ってくれたスカイにお礼を言うと、スカイは「楽しかったよ」と笑顔を浮かべてそう言った。

「……それにしても、ジンって本当に凄い成長速度だよね? いくら特殊な力があるとはいえ、たった五日でそこまで転移の技術が上がるって、マリアンナも凄い人を弟子にしたね」

 俺のことをジッと見つめたスカイは感心したような感じでそう言うと、近くに寄ってきた師匠にそう言った。

「ふふっ、私も弟子ちゃんがここまで凄いとは思わなかったわ。スカイから逃げるのも一月は掛かるかなって思ってたのよ? それが一週間以内で逃げ切るなんて……もう、本当に凄いわ弟子ちゃん!」

「ちょっ、師匠!?

 師匠は突然俺を後ろから抱きしめ、俺は身動きができなくなった。

 転移で逃げようにも、師匠はなぜかその魔法を止めて逃げないようにしてきた。

「ジン、マリアンナって結構感情豊かだからこれから大変だと思うよ。逃げるには、もっと転移の技術を上げないとね」

「スカイさんの次は師匠から逃げる訓練ですか……」

 スカイの言葉を聞いた俺は、師匠に抱きしめられた状態であきれながらそう言った。

 その後、スカイとの追いかけっこは終わったので次の修業に移ることになった。

「師匠、次の修業はどんなことをするんですか?」

「うん、その前に聞いておきたいんだけど、弟子ちゃんのステータスを見せてもらえるかしら? 必要なスキルがあるか、確認しておきたいの」

「良いですよ。師匠ですから、弟子のことは知っておく必要もありますからね。というか、いつ見るのか思ってたので言ってくれて良かったです」

 俺はそう言って、自分のステータスを出して師匠に見せた。


名 前:ジン

年 齢:15

種 族:ヒューマン

身 分:平民

性 別:男

属 性:火・水・風・土・光


レベル:73

筋 力:3197

魔 力:6387

 運 :76


スキル:【鑑定:5】【状態異常耐性:4】【剣術:5】

    【魔力強化:5】【火属性魔法:4】【水属性魔法:4】

    【風属性魔法:4】【土属性魔法:4】【光属性魔法:4】

    【魔力探知:5】【身体強化:5】【めいそう:5】

    【体術:4】【気配察知:5】【刀術:5】

    【魔力視:5】【剣気:5】【空間魔法:5】

    【空間把握:3】

固 有:【成長促進】【異空間ボックス】

能 力

称 号:神童 加護持ち 銀級冒険者

    魔女マリアンナの弟子

加 護:魔法神の加護 武神の加護 剣神の加護


 前見た時よりレベルが1上がってるのは、たぶんキングオークジュニアを倒した時の経験値だろう。

 それと新たに手に入れたスキル【空間把握】は、この修業期間中に手に入れたスキルで名前のとおり、空間把握能力が上がるスキルみたいだ。

「ふむふむ、スカイから逃げ切ったってことは【空間把握】も上達してると思ってたけど、スキルレベルが3まで上がってたのね。すごく速い成長ね」

「はい、固有能力の【成長促進】と神の加護のお陰だと思います。これまでも新しく覚えたスキルとか、かなりの速度で上達してたので」

「いい能力を持ってるのね。これなら、私が考えていた以上に弟子ちゃんは私の技をすぐに覚えてくれそうだわ」

 師匠はニコニコと笑みを浮かべると、次の修業内容について話し始めた。


 修業開始から一ヶ月、俺はほとんどの時間を師匠との修業に費やしていた。

 休みはほとんどなく、あったとしても姉さんたちとの時間に費やし、転移の強化及び剣術や戦闘技術の強化に集中していた。

 そのお陰で俺はこの期間の間に【空間魔法】と【空間把握】のスキルレベルはMAXになり、長距離の転移も可能となった。

 今では行ったことのある場所なら、歩く感覚でその場に行けるようになり、空島にも簡単に行けるようになっていた。

 流石さすがに一ヶ月でそこまで成長したのには師匠も驚いていて、俺の成長速度にものすごく興味を抱いて転移以外の技術も色々と教えてくれた。

「そういえば、ジン聞いた? 勇者が四天王の一人と戦って、倒したらしいんだよ?」

「三日前に王都に戻ってきて、大々的に発表してたね。久しぶりにいいニュースを聞いて、王都の人達もその日はものすごくはしゃいでたよ」

「……へ~、もう四天王の一人を倒すくらいには強くなってたんだ。それは知らなかったよ」

 久しぶりの休日、俺は王都に戻って二人の姉と食事に来ていて、そこで勇者の話を聞いた。

 ふた月前までレーヴィン達からは、成長速度が遅いと嘆かれていた勇者だが、強くなっていたようだ。

 まあ、強くなってもらわないと困るからな、そのためにこっちも色々と物資を国に渡してたわけだしな。

 俺はただ隠れていたわけではなく、勇者の成長に必要な素材などを姫様経由で国に渡していた。

「ジンもいたら、お祭りに一緒に行けたのにな~」

「ごめんね。その時はちょうど、修業で忙しかったんだ。また今度埋め合わせするよ」

 そう言った後、姉さん達は俺の修業話を聞きたいと言って、最近の修業のことを二人に話して楽しい食事をした。

 食事会が終わった後、姉さん達を宿に送った俺は再び外に出て、城に向かった。


「姫様、今いいですか?」

「あら、来てたのね。良いわよ」

 転移を完全に使えるようになった俺は、姫様にそのことを話すと姫様の部屋の近くに俺が転移していい部屋を作ってくれた。

 そこは完全に外から見えない場所で、いつ来ても誰にもバレない部屋。

 唯一つながってる姫様の部屋には、姫様側からの鍵を開けてもらわないと入れないような仕組みになっている。

「本当に何も感じないわね。これでも魔力感知には自信があるんだけど……」

「ドラゴンから逃げられるくらいには鍛えた転移ですからね。そう簡単にバレないですよ」

「……本当に貴方あなたが表に出てきてくれたら魔王との戦いに余裕ができるのに、頑固な人ね」

 姫様はジト目でそう言ってくるが、すでにそのことは何度も話している。

 ただし、いまだに言ってくるのは諦めきれないからだろう。

「それこそ、勇者がひんになって人間側がヤバいってなったら出るかもしれませんよ。まあ、国に〝森の神秘薬〟を何本か預けているのでそんなことにはならないと思いますけど」

「……アレを渡された時は本当に驚いたわよ。一つ手に入れるのも難しいって言われてる〝森の神秘薬〟をまさか十本も渡された時は、久しぶりに声を出して驚いたもの」

 一年ほど前、ゴブリン商人との取引でだいぶ集まった〝森の神秘薬〟の在庫の一部を俺は国に渡している。

 その時、対応した姫様は目の前に置かれた〝森の神秘薬〟を目にして、声を上げて驚いた。

 その声にいち早く気が付いたユリウスが部屋に来た時、姫様の顔とテーブルに置かれてる〝森の神秘薬〟を見て、何があったかを察してあきれた表情で俺を見てきたことを今でも覚えてる。

「それで手紙では用があるから、この日は勇者を城から遠ざけておいてほしいって言ってたけど、何の用事だったの?」

「ああ、そうでした。実は俺の訓練に付き合ってくれてるドラゴンが人間と魔王軍が戦ってることを知っていて、俺の知り合いが困ってるならこれを使ってくれって言って渡してくれたんです」

 スカイは魔王軍が人間と争ってる話を聞いて、自分のうろこを大量にくれた。

 なんでもドラゴンは成長するにつれて、鱗や角が生え変わるらしく、ちょうど生え変わりの時期とかでそれを俺は全部もらった。

 流石にスカイの体から出たそれらを全部、国にやれば大騒ぎになるだろうから勇者と仲間達の装備が作れるくらいの量を俺は姫様の前に置いた。

「……ジン。貴方の知り合いのドラゴンって一体どのレベルのドラゴンなの?」

「秘密です。ただまあ、相当強いドラゴンとだけは言っておきますよ」

「ドラゴンが人間に協力するなんて、とぎばなしでしか聞いたことがないわよ……でも、ありがとね。これでまた少し、戦いが楽になるわ」

 姫様は笑顔を浮かべてそうお礼を言うと、部屋に従者を呼びスカイの鱗をすぐに鍛冶師の所に届けるように言った。

 それから俺は姫様に、四天王との戦いについて話を聞いた。

 四天王には四つの属性〝火・水・風・土〟の特徴があり、今回倒した四天王はゲームでも一番最初に倒す土の四天王ドドラス。

 見た目はほぼゴーレムで水の魔法が弱点。水魔法が使える仲間を強くしていればほぼ楽に勝てる相手だ。

つらい戦いではなかったわよ。見た目がゴーレムってことで、水魔法を主に使った戦いをして最後は勇者の聖剣で倒したわ」

「そうなんですね。とかはなかったんですか?」

「ないわね。あったとしてもかすきず程度だったら、私の魔法で治せるしね。本当に一ヶ月前とは比べ物にならないほど、強くなってるわよ」

 姫様の能力は最初の時点でかなり高い聖魔法が使えたが、ここ最近の訓練でさらに強力になっていると話を聞いている。

 このまま姫様の力が強くなれば〝森の神秘薬〟を当てにしなくても、勇者が瀕死になることはないから姫様にはもっと強くなってもらわないとな。

「それを聞いて少し安心しましたよ。二ヶ月前はユリウスさんやリオンさん、レーヴィン様が全員俺に表に出てきてほしいって言ってたので、そうならないように勇者に強くなってくれってずっと願ってましたから」

「……ユリウス達の気持ち的には、今もジンには一緒に戦ってほしいとは思ってるわよ。ただジンの頑固さもある程度理解してるから、皆はもう言わなくなったみたいだけど」

「それなのに姫様だけは言ってくるんですね」

「ええ、私の諦めの悪さはジンも知ってるでしょ?」

 フフッと笑みを浮かべると姫様に、俺は「そうですね」と言葉を返した。

 それから少し今の勇者についての話をした後、俺は入ってきた部屋に戻り転移で城を出た。


「ジン、おかえり」

 宿の自室に戻ると、レンが俺の帰りを待っていた。

 基本的にレンは勝手に人の部屋でまったりしないので、こうして待ってるということは何かしら報告することがある時だ。

「ただいま。レンが俺の部屋で待ってるってことは、何か話したいことでもあるのか?」

「……勇者に接触された」

 真剣な表情でレンはそう言うと、詳しく話してくれた。

 今日、レンは商品を卸しにギルドに向かったところ、その先で勇者がレンのことを待ち伏せていたらしい。

 錬金術師としてレンは王都でも有名になりつつあり、その恩恵を受けてる勇者は一度レンと会いたかったと言い、食事に誘われたとレンは言った。

 レンはその誘いを仕事があるからと断り、勇者もしつこく誘うことはなかったようだ。

「まあ、いずれ接触されるとは思ってたからな……俺達のパーティー、全員が注目されてる冒険者だしな」

 俺はまあ色々とこれまでやらかしてるから有名で、クロエも同じく一緒に行動をずっと共にしてきたから魔法がうまい獣人として有名である。

 そして双子のレンとレイは二人共すごい才能を持っていて、俺達は冒険者の間ではかなり有名なパーティーの一組であった。

 できるだけ隠してはいるけど、ダンジョン内で力を完全に隠すことはできないため、そういった所から俺達の話が出て徐々に有名になっていった。

「それでレンから見て、勇者はどんな感じのやつだった?」

「う~ん……そうだな、ジンを見ていなかったら凄い人だなって感じていたんだと思う。だけど、俺はジンの凄さを近くで見てきてるから、勇者が放つオーラに特に思うところはなかったな」

 レンは真剣な顔をしてそう言って、話はそれだけだったみたいで部屋から出ていった。

 それにしても勇者がレンに接触を図ってきたのか。いずれそうなるとは思っていたけど、そろそろ王都で隠れ続けるには無理がありそうだな。

 前々から予定していたとおり、すみを空島か他の場所に移した方がいい気がしてきた。

「だけど姉さん達を王都から離れさすのは無理があるし、空島とかだとレンに負担がかかるからな……」


 どうにかしないといけないなと思いつつ、俺は解決策が見つからないまま数日が過ぎた。

 そして俺は、あの時ちゃんと考えておけば良かったと後悔した。

「はじめまして、僕は勇者セイン。君とはずっと前から話したいと思っていたんだよ。ジン君」

 ニコリと笑みを浮かべる勇者に、俺は顔を引きつらせ心の中で「やっちまった!」と叫んだ。



 時は遡り一時間ほど前、俺はいつものように空島で修業をしていた。

「そういえば、ジン。鱗は何かに使ったの?」

「一部を国に渡して、残ったので全員分の装備を知り合いの鍛冶師に頼んでるところです。ドラゴンの素材を扱ったことのある鍛冶師なんですけど、スカイさんの鱗は初めて触るレベルの物だと言って時間がかかると言ってました」

 リーザはスカイの素材を見て、目を輝かせ「こんな良い素材を使わせてくれるのか!」と興奮していた。

 ルバドもスカイの鱗を見て、リーザに一緒に作らせてほしいと頼み込んで、ガフカの工房は店の方は休みにしてスカイの鱗の装備づくりに集中している。

「人間が扱うドラゴンの素材は下に落ちた下くらいのドラゴンの素材だから、上に住んでるドラゴンの素材を人間が手に入れる機会はめっにないからね」

 スカイはそう言うと、装備ができたら見せる約束をした。

 そうして修業が一段落し王都に戻ってきた俺は、もうすぐ姉さんの誕生日だからプレゼント探しをすることにした。

 それが全ての間違いだった。

 姉さんのプレゼントだからといって、色々と悩んでいた俺は近くに寄ってきていた勇者の気配に気付けなかった。

 くっそ、これまで何のために逃げ続けてきたんだよ! こんな凡ミスするなんて、俺は馬鹿かよ!?

「えっと、俺のこと知ってるんですか?」

「うん、色んな人からジン君のことは聞いてるよ。あっ、ごめんね。初対面なのにジン君って呼んじゃって、同いどしって聞いてたから君付けしちゃった」

「別にそこは気にしてないですよ。同い歳ですから、君付けで構いません。それより、今日はどうしたんですか?」

 変にここで逃げたら、また絡まれそうだと思った俺は何とも思ってない風を装ってそう尋ねた。

 すると、勇者も仲間の一人にプレゼントを買うために店を見に来たと言った。

 なるほど、戦女の人達とはうまくいってるみたいだな、それは良いことが確認できた。

 戦女との関係性が良くなることで勇者の力も強くなるからな……。

「うん、話で聞いてたとおりジン君から強いオーラを感じるね」

 ジーッと勇者は俺のことを見つめると、ニコリと笑みを浮かべながらそう言った。

 この勇者、何を考えるのかイマイチわからないな……。

「そんなことはないですよ。それに強いオーラなら、勇者様からもビシビシ感じますよ。流石、四天王の一人を倒すほどの力を持ってるだけありますね」

「ジン君からそう言ってもらえるとうれしいよ。ユリウスさん達がよくジン君の話をしていて、少し嫉妬してたんだよ? 僕と同い歳なのに剣も魔法も僕の師匠達から認められるほどうまくて、さらに冒険者としても活躍してるなんてね。もちろん、師匠達は僕に聞かせないように陰で言ってたけど、勇者になって耳も良くなったみたいでね。色々と聞こえていたんだ」

 ユリウスさん達! 結局、勇者に聞かれてるんじゃんかよ! ちゃんと隠してるって言ってたじゃん!

「その、俺がユリウスさん達に教えてもらってたのは約三年前なので当時の年齢からしたら、って意味も含まれてたんだと思いますよ」

「ふふっ、ジン君。気を遣わなくても大丈夫だよ。今日、ジン君とこうして会って師匠達が言ってたことが本当だってわかったから」

 ニコリと笑みを浮かべる勇者は、ハッとした顔をすると「ごめん、あんまり時間がないんだった」と言って話しながら選んでいたプレゼントを購入して去った。

 向こうから居なくなってくれたお陰で変に誤解されることなく解放された俺は、俺もプレゼントを選び転移で宿に戻った。


「ああああ、俺の馬鹿!」

 部屋に戻った瞬間、ベッドに寝転んだ俺は枕に顔をうずめてそう叫んだ。

 あれだけ勇者から距離をとろうとしてたのに、結局会っちまったじゃないか!

「……いや、でもゲームみたいに敵対する流れではなかったな」

 正直、勇者と会いたくなかった理由の一つは、何かしらの出来事で敵対する流れになる可能性を捨て切れていなかったから。

 だけど今日会った感じは、俺と敵対する流れではなかった気がする。

 まあ、これまで国に尽くしてきてるし、やってないことといえば表に出て魔王軍と戦っていないことくらいだ。

「よしっ、変に勇者に絡まれる前に王都から住処を変える計画を急ピッチで進めよう。今は大丈夫でも、いずれそうなる可能性があるかもしれないしな、転移が使えるようになったからクロエの家にはいつでも帰れる状態だし、姫様の所にも部屋を作ってるから……うん、行けるだろう」

 王都にいる理由の主な二つ、クロエの両親と姫様の所に定期的に顔を見せるというのは転移で解決できる。

 姉さん達も俺の話を聞いてくれて、一緒に居られるならついていきたいと言ってくれている。

 そうなれば、師匠に話をして協力してもらうぞ!

 そう考えた俺は、それから転移で空島へと再び戻って修業の準備をしていた師匠に勇者に会ったことを告げて空島に住処を移したいという要望を伝えた。


 空島に移り住みたいと師匠に言うと、師匠はどうしてそんなことを思ったのか聞きたいと師匠の家に移動して、詳しい話をすることになった。

「……弟子ちゃんは前から勇者君と関わりたくないと言ってるけど、それはどうしてなのか私にだけでもちゃんと話してくれないかしら? クロエちゃんたちにも本当のことは言ってないでしょ?」

「そ、それは……」

 勇者に会いたくないから空島に移り住みたいと師匠に言うと、師匠はそう俺に言った。

 本当のこと、それはゲームでの勇者とジンの関係について話さないといけない。

 だけどそんなことを話しても、師匠は信じてくれないかもしれない。

「弟子ちゃん。もしその話が信じられないような話でも、私は信じるわよ。だって、貴方あなたの師匠なんだから」

「師匠……わかりました。今から話すことはうそではないことを誓います。ですので、師匠も真実だと思って聞いてください」

「ええ、わかったわ」

 師匠に目を合わせてそう言った後、俺はこの世界が自分がやり込んだゲームの世界に似ていること、違う世界で生きていたこと、勇者とジンの関係性を全て話した。

 流石さすがにこんなたらな話を信じてくれないだろうと俺は思ったが、師匠は俺の話を聞いて「だから色々と知っていたのね」と納得顔でそう言った。

「弟子ちゃん、たまに教えてないことも試そうとしていて、どこで知ったのか気になっていたのよね」

「ゲームにも師匠は出てきたので、その時のことを思い出しながら魔法を使ったりもしていました」

「そうだったのね。ちなみにその〝げーむ〟の中の私はどんな感じだった?」

「最強でしたね。バランスブレイカーで、仲間になった時の進み具合が異常に早かったです。お助けキャラなので魔王戦では使うことができないんですけど、敵相手には広範囲魔法で一掃したり、強いキャラの一人でした」

 ゲームでの師匠はものすごく強かったと言うと、師匠はわかりやすくうれしそうな顔をして満足した様子だった。

「それにしても、色々と納得したわ。どうして弟子ちゃんが、何であれだけ勇者君から離れたいって思っているのか。弟子ちゃんは、勇者君の近くにいると自分が変わってしまうかもって怖いんでしょ?」

「……はい。俺自身、ジンとは別人格なので闇ちはしないとは思おうとはしてるんですけど」

 勇者に関わることで、自分が闇に落ちてしまう可能性があるかもしれない。

 そのために俺はこれまで、なるべく勇者に関わらないように、その関係者とも親密にならないようにと色々と頑張ろうとしてきた。

 結局自分の性格や、その行動での利益を優先して姫様やユリウスら、城関係者の人達とは仲良くなってしまった。

 しかし、それ以外の勇者の関係者になりそうな人物には極力近づかないようにと、この約三年半動いてきた。

「弟子ちゃんの行動の理由は勇者君と関わりたくないというより、自分が変わってしまう可能性のあることを遠避けたいってことなのね」

「はい」

 話を一とおり聞いた師匠はそう言うと、一息つくと考え込み始めた。

 まあ、実際に別次元からの転生者で、この世界がゲームと似た世界と言われたら、誰だって考え込むだろう。

 師匠はそれから数分間、悩み続けた。

「……難しい問題ね。〝げーむ〟での弟子ちゃんが闇堕ちをした理由は色々あるみたいだけど、一番の理由の勇者が存在してる以上、その不安が消えないのも理解できたわ」

「そうなんですよね。物語修正力みたいなのが働く可能性を捨て切れてないんです」

「私にとってこの世界は普通の世界だけど、弟子ちゃんからしたらその物語と酷似してるからその気持ちが芽生えるのもわかるわ」

 師匠はそう言って深く息を吐くと「弟子ちゃんの闇堕ちした理由の原因を解決しましょう」と言った。

「解決って、勇者をどうにかするんですか?」

「いいえ、勇者じゃなくてもう一つの方、弟子ちゃんの最大の闇堕ちの理由である〝悪魔〟の方を解決しようと思うわ」

 師匠のその言葉に俺は「そんなことができるんですか!?」と驚き反応すると、師匠はニコリと笑みを浮かべた。


 ジンの闇堕ち理由には、勇者に敗北して全てを失った後に近づいた者が関係している。

 その存在はこの世界の裏に住む住人、人の憎しみや嫉妬・怒りなどの感情や人が持つ魔力を糧にする存在。

 そいつらのことを人々は〝悪魔〟と呼んでいる。

 ジンはその悪魔の中でも最上位の存在に、魔力の質を気に入られてしまい完全な悪へと堕ちてしまう。

 全てを失ったことで悪魔のことも受け入れたジンの強さは、普通の人間が悪魔を取り込んだ時よりもさらに強く、勇者をも圧倒した。

 その力でジンはゲーム世界で好き放題暴れ回った。

「悪魔をどうにかするって、師匠そんなことができるんですか?」

「ふふっ、できるわよ。だって、私は魔女よ? 悪魔についてももちろん知ってるわ」

 師匠はそう笑顔で言うと、本棚から一冊の本を持ってきた。

 その本は黒い表紙でタイトル等も書かれていない、何となく不気味な本だった。

「師匠、その本は何ですか?」

「悪魔を呼び出すための本よ」

「へ?」

 今、師匠なんて言った?

 そんな本、ゲーム世界では見たことがないぞ?

「えっと、弟子ちゃんが言う悪魔はこれのことかしら?」

 師匠はそう言いながら、本のあるページを俺に見せてきた。

 そこには、ジンに力を与えた〝悪魔〟の姿と名前が載っていた。

「そ、そいつで間違いないですけど……師匠。本当に呼び出すんですか?」

「ええ、勇者との関係性は今はほぼない状態だけど、悪魔から狙われてる可能性はあるでしょ? ならこっちから呼び出して、抑え込んだ方がいいでしょ。心配しなくても大丈夫よ」

 師匠はそう言うと、そのページを開いたまま何やら呪文を口にするとその本から、黒いモヤが出てきた。

 そのモヤは徐々に形へと変化していくと、俺も見覚えのある悪魔が現れた。

 悪魔界最上位種、銀色の悪魔フィオロ。

 この悪魔はジンの魔力を気に入り、闇堕ちしたジンに力を与え最悪の存在を作り出した者だ。

 見た目は長髪の銀髪に赤いをしていて、黒いドレスを着用している。

 若干、他のゲームやアニメ等の影響で吸血鬼っぽい見た目をしている美しい見た目の悪魔だ。

 最低キャラを生み出した悪魔なのに人気がある。

「マ、マリアンナ!?

「久しぶりね。フィオロ、ちょっと貴女あなたと話したいことがあって呼び出したのよ。理由は、弟子ちゃんを見たらわかるわよね?」

 師匠の言葉にフィオロはビクッと反応をすると、ギギギと首を横に動かして「し、知らないわよ」と言った。

「へ~、シラを切るのかしら? 貴女を呼び出してから、弟子ちゃんの方につながってる魔力の糸が見えるんだけど、それは見間違いかしら?」

「ッ!」

 師匠の言葉にフィオロはギクッとしたように、俺に繋げている魔力の糸をスーと薄くして隠そうとした。

 いや、今更遅いでしょ……。

「いま、ここで、正直に話しなさい、さもないと……」

「はい! そこの人間の魔力を気に入ってずっと見てました! マリアンナの弟子になったことも知ってましたけど、バレてないと思ってずっと見てました。ごめんなさい!」

 フィオロは師匠の言葉に、れいな土下座をしながらそう謝罪をした。

 ゲームでのフィオロを見てきた俺は、その光景に困惑していた。

 あ、あの傲慢で何者にも屈しないフィオロがこんな土下座をするなんて、師匠は一体何者なんだ?

「弟子ちゃん、この子どうする? 弟子ちゃんがずっと心配してた闇堕ちの理由って、この子なんでしょ?」

「えっ? 正直に話しましたよ!?

「弟子ちゃんがこれまで困ってたのに、なんのおとがめもないなんてそんなわけないでしょ? さあ弟子ちゃん、煮るなり焼くなり好きな提案をしていいわよ」

「マ、マリアンナ!? ちょ、ちょっと待ってよ! 私はただ見てただけよ!? 何もしてないじゃない!」

 師匠の言葉にここに来て、フィオロはそう反論した。

 だがその反論に対して師匠は「見てたなら、さっきの会話も聞いてるでしょ?」と言うと、フィオロはあからさまに首を横に向けた。

「わ、私のせいじゃないもん……その子が別次元からの転生者だとしても、私はまだ何もしてないもん!」

「でも微量だけど、弟子ちゃんから貴女の魔力を感じたことがあったのよ。それってつまり、弟子ちゃんに貴女がなにかしたってことでしょ? もちろん、魔力の糸で繋がってる分以外よ」

「ッ! な、何でそのことも知ってるのよ!」

「気付かない方がおかしいでしょ? 初めて弟子ちゃんと会った時には、もう貴女の魔力が付いてたってことに気付いてないとでも思ってたのかしら? 貴女が弟子ちゃんになにかしたことがあるって証拠でしょ?」

 えっ、そんなことされてたのか? 全く気が付かなかった。

 そう俺が思っていると、師匠に詰め寄られたフィオロはその圧にしぶしぶ話し始めた。

「そ、そのそんなに悪いことは何もしてないわよ。ただちょっと、誘惑に負けるように誘導したり、面白い方にちょっと誘導しただけよ?」

「……弟子ちゃん、どうする? 流石にこの子を殺すと、悪魔の序列が崩れちゃうからおススメしないけど、苦しませるくらいなら良いと思うわよ?」

「ちょっ、ちょっと待ってよ! ちゃんと話したじゃない!」

 師匠の言葉に対して、フィオロは慌てた様子でそう反論した。

 というか、思考の誘導ってそんなことをされていたのか? 全く気付かなかった。

 悪魔の力がどれだけ強いのか、ゲームではあまりわかりにくかったけどかなり厄介な存在なのかもしれないな。

 その後、俺は師匠にお仕置きをしてくださいと頼み、フィオロは師匠からキツイお仕置きをされた。

 悪魔相手に、お仕置きをする師匠のがすごいんじゃないのか?

 俺は、楽しそうにお仕置きをしている師匠の姿を見ながらそう思った。

 それからお仕置きが終わったフィオロは、ようやく解放されると思ったのか「それじゃ、もう戻るわね」と言って立ち上がった。

 フィオロは目を閉じるがその場にずっと居たままで、帰る様子が全くなかった。

「あ、あれ? な、何で帰れないの? マ、マリアンナ何かした?」

「お仕置きしてタダで帰れると思ってたの? 貴女、弟子ちゃんにび入れたかしら?」

「謝ったじゃない! あんな恥ずかしい格好して謝らせるなんて悪魔以上の悪魔よ!」

 先ほどのお仕置き中、師匠はフィオロに反省の意を込めて顔面に〝反省中〟と書いた紙を貼り付け淡々と謝罪をさせた。

 まあ、フィオロの言い分もわかるな。師匠のお仕置きが地味にひどいのもあってどっちが悪魔かわからなくなってた。

「謝って済むなら法なんていらないのよ? まあ、ここは法なんてない空島だけど、ここじゃ強者の言うことが絶対。それでフィオロ、貴女は私より上かしら?」

「い、いいえ……」

「じゃあ、貴女の処遇を決めるのは私よね?」

「はい……」

 人間の圧に屈する悪魔。

 俺の師匠、マジで人類で最強なんじゃないのか?

 ゲームでこんなキャラが居たら、そりゃ物語もつまんなくなるからレアキャラなうえに力も制限されてたんだろう。

 制限されてても、ゲームでの師匠は最強クラスのキャラだったからな……。

「そうだ。この子に力を与えられて闇堕ちするって言ってたし、逆にこの子を縛っていれば弟子ちゃんの心配事もなくなるんじゃない?」

「えっ、悪魔を縛るってそんなことできるんですか?」

「ちょっ、マリアンナ!? それはめてよ!」

「フィオロ、静かにしなさい」

 フィオロは師匠のやろうとしていたことを察したのか、反論しようとしたが師匠からそう言われて口を塞がれ、俺は師匠から説明を受けた。

 悪魔の縛る方法にはいくつか方法があるらしく、今回はその中でも特に悪魔にとって全く得のない方法で縛ると説明された。

 その方法とは悪魔の力を宝玉へと封印させ、その宝玉の持ち主の許可なしには力を出すことが不可能にするやり方。

「悪魔を縛り付けるなんて、なにか対価とかあるんじゃないですか?」

「私だったら魔力で済むから大丈夫。他の人なら、数万人の命を引き換えにしないとできない技だけどね」

 なんでもないといった風に師匠はそう言うと、魔法陣を描いてその中央にフィオロを魔力のひもで縛り付けた状態で連れていった。

「ね、ねぇマリアンナ? 嘘よね? 本当にやっちゃうの? 私、最強種の悪魔よ?」

「じゃあ、力ずくで逃げたら良いじゃない。まあ、逃げたらもっとキツイお仕置きをするから、その覚悟があるならだけど」

「……ねえ、マリアンナ。お願いだから、力を奪うのだけは止めて、本当にそれ以外なら何でも受け入れるから」

 フィオロは師匠が本気でやろうとしていることに観念したのか、そうお願いをした。

 その言葉に師匠は「イ・ヤ」と物凄い笑顔で答えると、魔法陣を発動させた。

 そうしてフィオロはその陣に力を奪われていき、徐々に見た目が小さくなり美しい女性の姿だったのが可愛かわいらしい少女の姿となった。

 そうしてフィオロの力を封印した宝玉を師匠は手に取ると、「はい、弟子ちゃん」と言ってその宝玉を俺へと投げ渡してきた。

「う、うえ~ん。やめてっていったのに~」

 フィオロは自身の姿を見ると、大粒の涙を流しながら師匠にしがみついて「返してよ~!」と叫んだ。

 しかし師匠は、小さくなったフィオロを見て「貴女、これからずっとその姿の方が良いわよ」と笑いながらそう言った。

「酷い! 悪魔に酷いって言われる人間、マリアンナくらいしかいないわよ! そのマリアンナの弟子も酷い人間よ!」

「えっ、俺? 俺は何もしてないというか、被害者なんだが……」

「被害者って、別にそんなに酷いことはしてないもん! ただ観察して、ちょっと誘導しただけだもん! 返して、私の力!」

 フィオロはそう叫ぶと、師匠の所から俺の方へとジャンプして襲い掛かろうとした。

 だがその瞬間、俺は心の中で「止まれ」と思うと宝玉が光った。

 そして、それと同時にフィオロはその場で地面に落ちた。

「あぐっ!」

「あら、説明する前にもう使い方がわかったのね。流石、弟子ちゃんね。その宝玉は力を封印するだけではなくて、悪魔の使役も可能になるのよ。弟子ちゃんの魔力も少し入れてるから、今のフィオロは私と弟子ちゃんのペットみたいな存在よ」

 そうニコニコと笑いながら師匠は、地面にうずくまってるフィオロに近づくと「これからはペットらしく、大人しく過ごすのよ?」と言いながら頭をでた。

 そんな師匠に対してフィオロは「悪魔!」と再び叫びながら涙を流した。


 それから俺たちは宝玉に力を奪われ、俺と師匠のペット扱いとなったフィオロを交え今後について話し合いを始めた。

「まず、私を解放した方が良いわね。ほらっ、やっぱり上の悪魔である私が力がなくなったって気付いたら、他の悪魔が襲いに来る可能性もあるわよ?」

「その時は、貴女あなたの力を一時的に解放させればいいだけでしょ? それと先に言っておくけど、その宝玉はただの媒介に過ぎないから、それを壊したところで貴女の力は封印されたままよ。まあ、今のその状態じゃ壊すこともできないか」

 テーブルの上に置いていた宝玉に触ろうとしていたフィオロは、師匠の言葉にグヌヌという反応をするとため息をついて俺の方を見た。

「はあ、全くそこの人間に興味を抱いたばっかりにこんなことになるなんて……まあ、でも暇だったし、ありっちゃありなのかしら? マリアンナの封印がある限り、どうせ私は魔界に帰れないんでしょ?」

「ええ、そうなるわね。まあ、帰そうと思えば帰せるけど、そうした場合向こうで他の悪魔から馬鹿にされるのは確実ね」

「……どうか、こっちの世界で暮らさせてください。お願いします」

 フィオロは師匠の言葉に、頭を下げてそうお願いをした。

 そんなフィオロの姿に師匠は満足気味に「ふふっ、それは話し合いで決めましょうね」と言って、フィオロをいじめるのを楽しんでいるようだった。

「まずは、弟子ちゃんの今後についてね」

「……そうですね。俺がこれまで目立ちたくない行動をとっていたのは、悪魔に自分の存在を認識されないようにというおもいが強く、色々と行動を制限してきました。ただその、隠れようとしていたのに、だいぶ前から気付かれていたんだなと少しショックは受けてます」

「……そういえば、フィオロはどうやって弟子ちゃんを見つけたの?」

「んっ? 転生者の魂がそこの人間に入る前から、見てたけど? そもそも、元のそこの人間の魔力が気に入って見てたら、もう一つの魂が入ってきてなんだかおもしろいことになったって思ってずっと見てたの」

 ……えっ、じゃあ俺の頑張りって全部無駄だったってことか?

 闇堕ちの最大の原因は悪魔からの闇の力の譲渡により、ジンの秘められた能力が解放され、その力を使うことでゲームでは問題を数多く起こしていた。

 だから俺はこの世界に転生した時から、この悪魔から隠れるためにと極力目立たないように行動しつつ、悪魔よけの魔道具なんかもあさっていた。

「弟子ちゃん、そんな落ち込むことはないわよ。弟子ちゃんの魔力がフィオロに気に入られたってことは、弟子ちゃんの魔力は悪魔にとって興味の対象であることに変わりないと思うわ。見た感じ、フィオロ以外の悪魔の魔力は感じないから、それを防げたってことだけでも良かったと思うわ」

「まあ、元々私が見てた人間だから多少隠してはいたけど、もしもさっきの話どおりだったらたぶん他の悪魔もちょっかいをかけていたと思うわよ。その〝げーむ〟の中だと、私だけが力を与えていたのかしら?」

「……いや、闇堕ちの原因は確かにフィオロだけど他の悪魔からも力をもらっていたって書いてたな」

 最初の原因はフィオロだったが、それに釣られた他の悪魔もジンに力を与えていた。

 悪魔にとって人間が苦しむのはいいことなので、力もあり、人間へのふくしゅうしんも強かったジンは悪魔にとって良い取引相手だった。

「なら、そこは守られたんだからいいんじゃないの? まあ、そのせいでこんな罰を私だけが受けることになったんだけど……こうなるなら、他の子にも話して巻き添えにすれば良かったわ」

「あら、珍しいわね。貴女が他の悪魔に話してないって、それだけ弟子ちゃんを独占したかったの?」

「……正直、ここまで悪魔にとって魅力的な魔力はないわね。マリアンナの場合、別の意味で興味があるけど、ジンの魔力はしさだけで悪魔を使役することも可能なレベルね」

 魔力に味なんてあるのか? 俺はそう思い「魔力に美味しいとかいとかあるのか?」とフィオロに聞いた。

「あるわよ。ジンの魔力、たまにおつまみ感覚で頂いてたけど本当に美味しくて、食べすぎないようにいつも注意してたわ」

「……俺の魔力食べてたのかよ」

「もちろん。まあ、それも今じゃ勝手に食べられないようにされてるけどね。話したついでに、ちょっとくれない?」

 お願いと、可愛かわいらしいポーズをして頼んできたフィオロに師匠は「フィオロ?」と名前を呼ぶと、フィオロはビクッと反応して出していた手を戻した。

 それから魔力の話についてはまた今度詳しく聞くことにして、今後についての話に話題を戻した。

 悪魔についての問題が解決したと思ったが、どうやらフィオロの話を聞いた感じだと俺の魔力は悪魔にとって絶品ということになる。

「だとしたら、変に目立つと他の悪魔に興味を抱かれる可能性があるってことですよね」

「まあ、そうなるわね。ただ〝げーむ〟の中で弟子ちゃんの闇堕ちの原因のフィオロはそんな風になってるし、他の悪魔が介入したところでそうなるとは限らないんじゃない?」

「……私が言うのもあれだけど、私以外の最上位種の悪魔もジンの魔力に興味を抱くと思うわよ。現に私がそうだったから、私と同じ最上位種の悪魔ってことは同じことが起こる可能性もあると思うわよ」

 師匠の言葉に対して、ムッとした表情のままフィオロはそう話をした。

 ふむ、原因の一端であるフィオロはもうそう簡単に勝手に動くことはないけど、他の悪魔、特にフィオロと同レベルの悪魔に、俺という存在がバレるのは面倒事が増えそうだから阻止したい。

 だとしてもどうやって阻止したら良いんだ? フィオロへの対策として色々としていたけど、それらは全て無駄だったわけだしな。

「師匠。どうしたらいいですかね……」

「そうね。一体ずつだったら、フィオロに任せたら良いけど、複数で来られると面倒よね……」

「私をぶつけるのは前提なのが気に食わないわね……」

 師匠はそう悩むと、文句を言ったフィオロを見るとニコリと笑みを浮かべた。

 そうして師匠は「良い案を思いついたわ」と言って、その内容を俺に伝えてくれた。

 その内容とは、悪魔以上の力を手に入れるというすごくシンプルな提案だった。

「悪魔以上の力って、人間がそんな簡単に悪魔を超えることはできないわよ?」

 師匠の提案に対して、すぐさま文句を言うフィオロ。

 正直、これに関しては俺もフィオロと同意見だな。悪魔を超える力ってそれこそ師匠くらいしか持ってないんじゃないのか?

「子供はちょっと黙ってて頂戴ね」

「うぐっ!」

 文句を言ったフィオロに対して師匠は、魔法で口を塞いでその提案についてさらに詳しく話をした。

「そもそも、弟子ちゃんが悪魔に魅入られて力を渡されそうになっても力でねじ伏せたらいいのよ。そうすれば、変な力に弟子ちゃんが目覚めることはないだろうし、悪魔も強すぎる弟子ちゃんに近づこうとはしないと思うの」

「……確かに、師匠を見ていたら力を付けるのは一つの提案としてありだと思いますけど、そんな力を付けられると思いますか?」

「大丈夫よ。だって、師匠は私なのよ? 不可能なことはないわ。それにフィオロもいるし、この子にも手伝わせたらすぐに力も身に付くと思うわ」

 師匠は、大人しく話を聞いていたフィオロを指差してそう言った。

 突然の指名に対してフィオロは「えっ?」と驚くと、なんで私がそんなことしないといけないのよ! と反論した。

「私と弟子ちゃんのペットのくせに反抗するのかしら? 私が許可しないと食事もできない状況なのに?」

「食事で脅すなんて、ひどい! 鬼! 悪魔!」

 師匠の言葉にフィオロはそう反抗して、食事の自由権を訴えた。

「それとは別だけど、弟子ちゃんの修業に付き合うなら、弟子ちゃんの魔力を少し食べても良いわよ。そのくらいはいいわよね弟子ちゃん?」

「まあ、そのくらいなら?」

 魔力を与えるのは別に俺にとってそんなに苦ではないため、俺は特に深く考えずにそう答えた。

「ッ! その言葉、うそじゃないわよね!? 手伝った後に、本当は嘘でした~とかはなしよ!?

 俺の魔力を食べてもいいと聞いたフィオロは、それまでの反抗的な様子はなくなり、師匠に詰め寄ってそう言った。

 あれだけ反抗的だったのが、一瞬でそう態度が変わるほど、俺の魔力って悪魔にとってすごい良い物なのだろうか? 自分ではよくわからないな。

「嘘は言わないわよ。ちゃんと、手伝ったらその報酬として確実にあげるわ」

「絶対だからね! そうじゃなかったら、一生マリアンナとジンを呪うから!」

 そう言うと、フィオロは協力すると師匠に伝えて、具体的にどんなことをすればいいのかを聞いた。

 修業の内容、それを聞く前に俺は師匠から改めてその修業を受ける覚悟があるか聞かれた。

「えっ、そんなにヤバい修業をするんですか?」

「ええ、そうじゃないと悪魔以上の力は手に入らないでしょ? それに弟子ちゃんがどこまで強くなれるのか、見てみたいのよ。もちろん、闇の力じゃなくて本来の弟子ちゃんの力を解放させる方向でね」

 師匠は楽しそうにそう言うと、俺は師匠の期待にも応えたいと思い「わかりました。修業を受けさせてください」と頭を下げた。

「それじゃあ、覚悟も聞いたし修業の内容を説明するわね。簡単に言うと、強者との戦いに慣れることね。悪魔も強いけど、最強ってわけではないのよ。現にフィオロは私に負けてるし」

「別に改めて言わなくてもいいじゃない……」

「事実確認をしただけよ。それで、こう見えてもフィオロは悪魔の中でも最上位の一人だからフィオロを簡単に倒せるくらいまで強くなったら、悪魔なんて怖くないわ」

「あの、それって強くなれる前提の話ですけど、俺ってそこまで強くなれるんですか?」

「なれるわよ。だって、私の弟子よ?」

 師匠はそう言うと、早速俺の修業相手を見繕ってくるわねと言って話し合いは終わり、師匠はすぐに転移でどこかに消えた。

 そうして部屋に残された俺は、同じく残されたフィオロと目が合いなんだか気まずい雰囲気となった。

「なあ、フィオロ。さっき魔界に帰れないからこの世界で暮らすって言ってたけど、これからどこで過ごすんだ?」

「もちろん、ジンの所よ。マリアンナと一緒に暮らすなんて絶対に嫌よ。あんな悪魔と同じ家で暮らすなんて、安心して眠れないもの」

「えっ、俺の所!?

 フィオロの見た目は封印される前は二十過ぎの女性だったが、今は十歳、よくて十二歳前後だ。

 そんな少女を俺が連れてきたら、クロエ達は驚くだろうし、そもそも何て言って連れていけばいいかわからん。

「……師匠の所で暮らしてほしいんだけど」

「嫌よ。あんな悪魔よりも悪魔みたいな相手と同じ家なんて嫌。力も奪ってるんだから、そのくらいしてくれてもいいじゃない」

「いや、でもな、その見た目の女の子を連れて戻るのは……」

 そう俺が言うと、フィオロは自分の手や足を見て何となく察してくれた。

 それでも師匠とは一緒に住みたくないから、どうにかしてよと言われた。

「う~ん……もう少し見た目が大人というか、俺と同いどしくらいにはできないのか?」

「無理ね。その分も力を封印されてるわ。別にいいじゃない、知り合いの子供を預かることになったとか言えば」

「それで納得してくれるなら良いけど、変に思われそうだな……」

「大丈夫よ。マリアンナの所に寝泊まりしなくていいなら、私もちゃんと協力するわよ」


 フィオロはそう真剣な顔をして言ったので、とりあえずフィオロを連れて宿に戻った。

 リカルドには師匠の知り合いの子供の面倒を見ることになったから、その分の部屋を契約すると言って俺達と同じ日までとりあえず代金を支払った。

「……普通に驚いたよ。あんな演技できるんだな」

「ちゃんと協力するって言ったでしょ? それに人間をだますのは得意よ」

 リカルドと話をする中、フィオロは完璧に〝子供〟を演じ切ってリカルドからも変に思われることはなかった。

 ゲームでのキャラクターや、先ほどまでのフィオロを知っている俺はその〝子供〟を演じている姿を近くで見て驚いていた。


 それから俺は自分の部屋に戻ると、タイミングよくクロエ達が宿に戻ってきたので皆にもリカルドに説明したのと同じように、師匠の知り合いの子供と紹介した。

 クロエとレイは、フィオロの外見に「可愛い」と言い、すぐに仲良くなりそうな感じだった。

 レイ達ほどではないがレンもフィオロのことを歓迎しており、その日は姉さん達も交え、フィオロの歓迎会を行った。


 翌日、フィオロが冒険者になると言い出した。

 まあ、このまま師匠の知り合いの子供として演じていけば、いつかは正体がバレそうな時がくる。

 悪さをしないように見張るためにも、フィオロの冒険者登録をするべく、ギルドに向かった。

 到着した俺達は受付でフィーネさんを呼んでもらい、別室へと移動した。

「ジンさん、そちらの子は? もしかして、ジンさんの彼女ですか?」

「違いますよ……師匠の知り合いの子で、しばらく面倒を見ることになったんです。それで王都で暮らすなら冒険者になりたいってこの子が言い出したので、登録に来たんです」

「そうなんですね」

 フィーネさんは、俺の隣で大人しく座っているフィオロの方へと視線を向けた。

「えっと、名前を聞いてもいいかな?」

「フィオロです! よろしくお願いします!」

「んッ!」

 フィオロの本性を知っている俺は、子供の演技をしている様子に少し笑いそうになってしまった。

「冒険者になって、たくさん魔物を倒したいの?」

「はい! 強くなるためにも、ジンに鍛えてもらうつもりなんです!」

 その言葉を聞いたフィーネさんは、登録用紙を持ってくると言って部屋を出ていった。

「……せっかく私が演技してやってるのに、なんで笑いそうになったのよ」

「仕方ないだろ、本当のお前の性格と違いすぎて笑いそうになったんだよ」

「マリアンナの所に行きたくないから協力してやってるのを忘れないでよね」

 ムッとした表情でフィオロはそう言った。

 それから数分後にフィーネさんが戻ってくると、フィオロはその用紙に必要事項を書いた。

「意外と簡単にできたわね、冒険者登録」

「まあ、冒険者は誰でもなれる職業だからな。そこで成功できるかはその人次第だけど」

「ふ~ん……まあ、いいわ。それよりジン、この後だけど用事はないわよね?」

「特に予定はないが……なんだ?」

「なら私の日用品を買いに行くわよ」

「まあ、確かに必要だな。だけど女性物がある店とか俺は詳しくないぞ? 服とかを買いたいなら、いったん宿に戻ってクロエ達に頼むか?」

「演技してるのも疲れるのよ? せっかくの人間の街での買い物なのに、疲れたくはないわ。ジンは金だけ出してくれたらいいわよ」

「俺は財布扱いかよ……」

 協力的なのだから仕方ないと思うことにして、今日の買い物代は全て俺が支払うことにした。


 それから俺達は商業区へと移動した。

「あんまり大量には買うなよ?」

「ケチね。ジンがたくさんお金を持ってるのは知ってるのよ?」

「俺が稼いだ金だ。無駄遣いはさせないからな」

「はいはい。わかったわよ。あっ、あの店が気になるわ!」

 フィオロは大はしゃぎで店の中へと入っていった。

 あいつ、あれでも悪魔だよな……あれじゃあただの子供だな。

 俺はそう思いながら、フィオロの後を追って店の中へと入った。

「ふふ~ん、いいお店だったわね!」

「少し買いすぎじゃないか? ってか、その量の服を置く場所はあるのか?」

「力は制限されてるけど、多少の荷物なら収納魔法が使えるのよ」

 フィオロはそう言うと、購入した服をポイッと異空間の中へと入れた。

「それが使えるなら役立ちそうだな。どうせ暇になるんだし、冒険者として活動は続けるんだろ?」

「その予定ね。まあ、これからの事は今日は考えないわ。だって、好きなだけ買い物ができる財布役がいるんだもの」

「おい、もう一度言うが無駄遣いはさせないぞ?」

 ルンルン気分のフィオロに、俺は改めてそう注意した。


 次は日用品を買いたいということで、俺達はシンシアの店へと向かった。

「あら、ジンじゃない。隣の子は初めて見るけど、新しい仲間?」

「いや、この子は知り合いに面倒を頼まれて預かってる子なんだよ。それで宿で暮らすことになって、日用品を買いに来たんだ」

「そうなのね。ねえ、お名前を聞いてもいいかな?」

「フィオロよ! よろしくね!」

 フィオロは元気な子供らしくはつらつと挨拶をした。

「いい子そうね」

 シンシアは笑みを浮かべてそう言ったが、フィオロの正体を知ってる俺は苦笑いをした。

「必要な物は日用品だけ? 装備とかは必要ないかしら?」

「う~ん……一応冒険者として登録はしたけど、装備はどうするかまだ考えてなかったな」

「そうなの? それだったら、似合いそうな装備があるわよ」

 シンシアは奥の部屋から装備の入った箱を持ってきて、その箱を開けた。

 中には黒いドレスのような服が入っていた。

「これはどう見てもドレスじゃないのか?」

「見た目はそうね。でも使われてる素材は上等よ。その辺の装備より防御力がかなり優れてるの」

「それはまあいいとして、どうしてこんなのがあるんだ?」

「私が懇意にしてる職人同士で、服のような防具を作ってみたいって話になったらしくてね。素材もこだわった方がいいだろうって調子に乗ったらしいんだけど、途中で採算が取れないって気付いて子供サイズにしちゃったそうなのよね」

 その後、懇意にしている手前、シンシアが買い取ったのだそうだ。

「それでどうかしら? この装備、フィオロちゃんならよく似合うと思うんだけど」

「まあ、似たような服が好きみたいだし、これも気に入っているみたいだしな」

 俺とシンシアが話している間、フィオロはこの装備から目が離せなくなっていた。

「この装備、欲しいのか?」

「もちろん欲しいけど……高いよね?」

「本来だと相当高価な物だけど、なかなか売れないのよ。だから私としては仕入れ値に少し上乗せした金額でいいわ。ふふっ、それに何も考えずに売ろうとしてるわけじゃないわよ? ジンの連れてきた子ならフィオロちゃんは大物になりそうだし、今のうちに投資しておこうと思ったのよ」

「そういうことなら、フィオロも気に入ってるみたいだし買わせてもらうよ」


 日用品と装備を購入した俺達は宿に戻った。

「ジン、装備までありがとね」

「別に良いよ。どうせ必要な物だしな。それにちゃんと人間の演技をしてくれている対価でもあるから、今後も頼むぞ」

「ええ、もちろんわかってるわ」

 フィオロは買ってきた装備を着て、うれしそうな顔をしてクロエ達に自慢をするのだった。