第七章 賢者



 それから一週間程、レグレスに手伝ってもらいながら階梯上げを続けたりと、代わり映えのしない日々が続いていた。そんなおり、ドゥードゥルバレーは新しい客を迎えていた。

 俺がヤーザックに呼ばれ部屋に入ると、ヤーザックとストローマン、それと見知らぬ人が二人いた。一人は六十歳くらいだろうか、ローブに身を包んだ年配の男性、もう一人は四十歳くらいだろうか、よろいを身にまとった中年のすこしふっくらした女性だ。

「ああ、先生。お待ちしておりました」

「はい。えっと。いかがしましたか?」

 聞きながらも、おそらくその二人が何か関係あるのだろうことは分かる。

「はい、このお二人は連邦軍から先生の……いや、皆様の戦い方の指導などをしてくれるということでいらして頂いた方々です」

「おお、連邦軍から」

「はい、こちらはスペルセスさんで。なんと! スペルト州の賢者なんですっ!」

「け、賢者ですか? なんかすごそうですね」

「それはすごいですよっ。ホジキン連邦にも四人しか居ない賢者の一人ですからっ」

「ほっほっほ。まあ、単に魔法が得意なだけの理屈っぽいおっさんだ」

 賢者というのはウィルブランド教国にある、ケイロン魔法学院での主席での卒業者に与えられる称号だという。各国が賢者の称号を得るために優秀な人材を魔法学院に送るため、なかなかその称号を国に持ち帰るというのは難しいらしい。

 同じ魔法使いとしてヤーザックもケイロン魔法学院の卒業らしいが、大先輩を前にして少々緊張気味であった。

「そして、こちらの騎士様は、マイヌイさんです」

「騎士様、ですか」

「はい、連邦のステルンベルク騎士団所属の騎士様です」

「よろしくお願いいたします。スペルセス師の守護騎士のマイヌイと申します」

「守護騎士、ですか?」

「はい」

 連邦では俺やパルドミホフの様な天位に守護騎士を付けるという話を聞いたが、同じ様に、賢者にも守護騎士が一人ついて常に一緒に居るルールがあるようだ。

 二人はヤーザックの言う様にきみじま、仁科、桜木の三人を鍛えることを主な目的に来てくれたらしい。特に守護精霊にせいだいという上位精霊を持つ桜木を鍛えればかなりの確率で天位にたどり着く。その大事な人材を育てることは国としてもかなり重要な任務だということで、賢者であるスペルセスが選ばれたのだという。

 ただ、なんとなく最近レグレスさんに生徒の三人はなついて、色々教わっていることを考えるとちょっと複雑な気持ちになる。


 そしてもう一つ、二人は俺達に情報を持ってきた。

「まあ、なんだ。ディザスターがリガーランド共和国の本拠から姿を消したらしい」

 あまり聞きたくなかった情報だった。

「まあ、情報としては新しいからな、そんなすぐにどうこうって話でもないだろう。共和国からここまでじゃ距離もあるしな」

「でも来るということですよね?」

「来るだろうな。先日も一人来たのだろ?」

「……はい」

 スペルセスが言うには、たとえ俺を狙ったとしても距離的に一ヶ月弱は見ていいという。すでに俺が連邦所属になった情報は世界には出しているらしいが、ゴードンはそれで止まる様な男ではないという。

「……あまり良い気はしないですよね」

「それはまあ。な。だが、乗り越えるべき壁の一つではある」

 賢者といわれる男は、まるで大したことでもないと言う様に語る。しかし俺にとってはそれどころじゃない。今までこんな田舎までわざわざ冒険者が俺を狙って来るのか? という気持ちもあったのだが、俺に恨みを持つ人間の居所が分からなくなったんだ。

 こっそりと深く呼吸をして平静を保つ。


 そして話としては、三人をある程度育てることがまず優先事項となる。この世界のレベル的な概念としてかいていという物があるのだが、それは十階梯まであるという。そして、階梯が上がるほど必要経験値も増え、上がりにくくなっていく。そして八階梯以降は相当大変になるようで、一般的に七階梯の者と聞けば相当のベテランという訳だ。

 まずは、今四階梯の三人だが、七までは上げたいようだ。聖戴の守護を持つ桜木なら上手うまくいけばそれで天位に到達するかもしれないということだ。

 すると、仁科がおずおずと発言をする。

「今まで僕達はレグレスさんにいろいろ教わっていたんですが……。その、レグさんも一緒にって出来るんですか?」

 ああ。やはり子供達はだいぶレグレスに懐いているからな。ここ最近の訓練で一緒にやっていたのがかなり楽しそうだっただけあり、仁科の気持ちは良く分かる。

 だが、二人はレグレスのことを知らない。

「その、レグレスとは誰ですか?」

 マイヌイさんが聞き返してくる。

 俺達は、一週間ほど前にこの街にやってきたレグレスという冒険者に、いろいろ戦い方など教わっていた話をする。

「レグレス……。はて、聞いたことがないな? マイヌイも聞いたことはないか?」

「すいません、私も冒険者のことはそこまで詳しくないもので」

 二人は当然聞いたこともない冒険者に警戒心をあらわにするが、ヤーザックもストローマンも彼は大丈夫だろうと話をすると、興味を持ったスペルセスが会いに行こうと言う。


 レグレスはすぐに見つかる。街の門の外でき火をしていた。おそらく手伝った農園でもらって来たのだろう。トウモロコシの様な物を火にくべて焼いていた。

「ほう、お主がレグレス殿か」

 モロコシの焼き具合を見ていたレグレスにスペルセスが近づき尋ねる。レグレスはチラッとスペルセスの方を向くとうれしそうに笑う。

「これはこれは賢者殿。そうか、連邦も随分と大盤振る舞いなことで」

「ふうむ。ワシが分かるか」

「なんとなくね。それにきょうそうか」

 響槍姫? その言葉にマイヌイの目尻がピクピクと動く。おそらくマイヌイの呼び名なのだろう。そんな姿をレグレスが面白そうにのぞき見る。

「しかし……やりひめなんて呼び名を付けられても二十年もつと厳しいものがあるねえ」

「周りが勝手に呼んでいるだけだ」

「まあ、そうだねえ」

「それで、お前は何者だ?」

 不機嫌そうにマイヌイが問いただす。レグレスはそれには答えずに、火にくべていたモロコシを取り上げ、ガブリとかぶりつく。

「うんうん。採りたてはやっぱりうまいね。悪いが俺の分しか無くてさ。分けてあげたいのは山々なんだけどねえ」

 緊迫した空気の中、ムシャムシャとレグレスのしゃく音だけが続く。耐えられなくなった俺が思わず口を挟む。

「えっと……。ほら、レグレスさんは冒険者っていうより、旅人? なんですよね。きっと……うん。世界の色々な所を旅して、楽しいことを探してって──」

「はっはっは。先生は優しいな〜」

「ちょっと、からかわないでくださいよ」

 なんとか必死にフォローしようとしたのだが、レグレスはそれを笑って流す。


 俺とレグレスのやり取りを見ていたスペルセスがおもむろにかばんの中をゴソゴソと探り、紙の包みを取り出す。

「ちょっと火。借りてもいいかな?」

「どうぞ……お。干物じゃない。え? 良いなあ」

 包みを広げると、中から数匹の魚の干物が出てくる。その一つを摘むと、ひょいと焚き火の上に設置してある金網の上に乗せる。

「ひっひっひ。これが好きでの」

 そう言いながら更に鞄から水筒を取り出し、ポンと封を開ける。途端に辺りに甘めのアルコールの匂いが漂う。

「いい匂いだ……米酒か?」

「うんうん。分かるか? 干物には米の酒が合う」

 そう言いながら竹のコップにそれを注ぐ。トクトクトクと小気味よい音が辺りに響く。火にあぶられた干物からは香ばしい匂いが漂い始める。見ている俺もたまらなくなるが、目の前で見せつけられるレグレスもそうなんだろう。モロコシを食べる手も止まり、チラチラとスペルセスの手元を見ている。

「どうだ? 飲むか?」

「……いのか?」

 ぐ……。さすが賢者だ。完璧な餌で、完璧なタイミングで、完璧な一言を掛ける。レグレスの食い気味な問いに「当然じゃろ」と、竹のコップをもう一つ鞄から取り出す。そこに酒を注ぐとレグレスに差し出した。

 レグレスはそれを受け取るとグビッと口にする。

「うん。良い酒だ!」

「当然だ。エンマー産だぞ?」

 レグレスの感嘆にスペルセスはさも当然の様に答え、あぶられた干物を手で摘むと半分に割く。そしてその半分をレグレスに差し出す。

「これも必要だな」

「間違いない!」

 レグレスは干物をかじると、うんうんとうなずきながら酒を口にする。スペルセスは満足そうにその姿を見ると、自らも干物を口にし、酒を飲む。


 ……な、なんだこりゃ?

 突然始まった謎の交流に俺達は口をあんぐりとあけ眺めていた。

「まあ、あとはスペルセス師に任せましょう」

 しばらくするとマイヌイがそう言い、俺達に声を掛ける。楽しそうに酒談義を始めた二人に入り込むスキはない。しょうが無しに生徒達に声を掛けとりあえず俺達は食堂に昼飯を食べに行くことにした。

 食事を取りながら、なんとも先程までの光景がやっぱり違う文化の世界なんだなあと感じる。日本であまり見かけないやり取りだった。二人のことをまったく気にしていないマイヌイに思わず話しかける。

「スペルセスさんって、なんていうか……変わってますね」

「ふふ。そうですねえ。でも頭の良い人って変わった人多いですから」

「なんとなく分かります。それ。レグレスさんもなんとなく似た様な匂いがするから……合うかもしれませんね」

「はい。なんとも不思議な人ですね。あの人も」

 それでも、マイヌイもスペルセスのことはかなり信用しているようだ。レグレスのことはこれで大丈夫と言う様に、美味おいしそうに山盛りの食事を食べている。そんな姿を眺めながら、昔はもっと瘦せていたんだろうか? と考える。

「……先生」

「ん?」

「失礼ですよ」

「お、そ、そうだな」

「私の前で他の女性をマジマジと見つめるなんて……」

「え? そっち?」

「当然です」

「ははは……」

 その後、食事も終わり、メラの食事用にと近場の魔物を探しに外に出る。二人はまだ酒を飲みながら何かを話していたが、俺達はそのままそっと森の中へ向かった。


 メラが産まれてかれこれ一ヶ月は経つだろう。まだまだ飛べる感じではないがここのところ少し形がシャープになってきている。

 そのメラはファイヤーバードと言う割に水浴びが好きで、食後に街のそばを流れている川で水浴びをさせていた。

「ヒャッ。冷たい〜」

 川に来ると、生徒達はすぐに靴を脱ぎ川の中に入っていく。この川は山の上から流れてくるからか、キンとした冷たさが心地よい。だが流石さすがに村のぐそばとはいえ、城壁の外だ。一人くらいは警戒していたほうが良いだろうと、俺はそのまま川岸の大きめな石の上に腰掛け、はしゃいでいる生徒達を見ていた。

 放っておくとどんどん水の中に入っていってしまうメラを追いかけて、きみじまも川の中に入っていく。れない様にと裾を膝の上までまくりあげ、ほっそりとした白い両足が水しぶきを上げている。

「私以外の女性をマジマジ見るな……。か」

 俺は知らぬ間に視線を君島に向けてしまうのに必死にあらがう。

 ……それにしても。こうやって無邪気に遊ぶ子供達の姿は久しぶりかもしれない。日本にいればまだまだ思春期真っ盛りの子供達だ。それが突然こんな異世界へ飛ばされ、成人儀礼を受けるがごとく、思春期を満喫する前に大人として扱われる様になる。

 ここの村は何もない田舎だが、意外といい場所なのかもしれないと感じた。

 帰ってきた時も、まだ二人は楽しそうに語り合いながら飲んでいた。雰囲気も良さそうだ。酒が入っていたと思われる水筒が何個か転がっているのを見ると、一杯どころの話じゃない。俺達はあまり近づかない様にして、村の中に入っていく。


 一夜明け、食堂で朝食を食べていると、スペルセスとマイヌイの二人がやってくる。

 昨日はだいぶ飲んでいたのだろうか、少し眠そうな目のスペルセスが、野菜だけが載った皿を手に俺達のテーブルに座る。

「昨日、レグレスと今後の予定を決めたんだがの」

「レグさん、と?」

「うむ。まあ、あやつは信用して良いだろう。それでだ。そこの三人はワシとマイヌイの二人で鍛えることになった」

 なるほど、連邦からの二人が生徒達を。……ん? じゃあ俺は? そう思った時。君島が質問をした。

「えっと、それでは先生は?」

 質問されたスペルセスはニヤリと笑うと答える。

「シゲトはレグレスに任せる」

「私も、先生と一緒じゃだめですか?」

「レグレスに頼んでシゲトには奥地に行ってもらう。そう、五回抜刀すれば魔力が切れるなら、上級の魔物とやらせるのが最も効率が良い」

「そうですね……。私も……」

「もう少しかいていが上がったらだな。申し訳ないが今はまだ足手まといになるだろう」

「……はい」

 反論もできないスペルセスの言葉に君島が黙り込む。

 その姿を見たスペルセスはこうこうの様に声を柔らかくして君島に語り掛ける。

「じゃが、すぐだ。すぐにお前達もそれなりに育て上げるつもりだ。ランキングも四桁になれば上級の魔物の居るゾーンに行ってもある程度は戦力になる。それまでの辛抱だ」

「はい」

「それに、シゲトがディザスターに命を狙われている恐れがあるのであれば、本人の階梯も上げられるだけ上げたほうが良い」

 そうか……また奥地に行くのか。確かに俺が弾切れになっても、レグレスなら。そう思える。スペルセス達がさくらを中心に育てに来た話を聞き、実際俺もあせりを感じていた。

 しなと桜木もこの予定に納得する。魔法に関しては賢者の称号を持つスペルセスなら任せられる。マイヌイもそれなりに有名な騎士と言うし。


 そしてストローマンが俺に手渡してきたのは、あの日々を食いつないだ思い出の携帯食だった。微妙にケースなど違うが、おそらく同じ様な物なのだろう。

 ……ということは。

「泊まり、ですか?」

「流石に奥地だと移動するだけで数日かかりますので」

「……ですよね」

 また野営と携帯食の日々か……。しかし俺が強くならないことには自分どころか周りの生徒まで危険に巻き込むことになるだろう。

「例のディザスターが来るとしてもまだまだ時間は在りますからね」

「本当に来るんでしょうか?」

「それは分からないが、それ以外にも野心を持つ者は多いです」

「……ですよね」

「こういった置き換わりが起こった時は、その最初が大事なんですよ。このてんはやはり強かったと、話も広がれば、無駄に命を賭ける様なやつが減るんです」

 最初か。心も鍛えてもらわないとな。


 今日も階梯上げに行くだろうということで、準備は出来ている。食事を終えると街の門まで行き、そのまま出発することになる。

 門に行くとレグレスと話をしているミレーがいた。ミレーは俺達に気がつくと小走りに近づいてきた。

「シゲトさん。話は聞きました」

「あ、ああ。レグレスさんとちょっと階梯を上げに──」

「レグレスさんから私も来る様に言われて……」

「え? いやしかし……」

 突然の話に困った様にレグレスの方を見れば、レグレスはいつもの様に笑っている。

「先生。ジェヌインちゃんなら三人くらい大丈夫だよ」

「い、いや。そういう問題じゃなくてっ」

「私は大丈夫です。これでも天空神殿に勤める神官ですよ」

 そう言われてしまえば何も言えない。レグレスが誘ったんだ。俺に拒絶は出来な──。

「や、やっぱり私も行きます!」

「え? 君島?」

 今度は君島が俺達についてくると言い出す。慌てて君島を見ると、チラチラとその視線をミレーに向けている。

 ……そういうことか。

 どうしたものかとしゅんじゅんしていると、ミレーが君島に近づいてきた。

「ユヅキさん。大丈夫ですよ。シゲトさんは無事にお返ししますから」

「ミレーさん……。返すって……」

「ふふふ。自信を持ってください。シゲトさんのお気持ちは貴女あなたに向いていますわ」

「え……」

 なんだか話が変な方向に向いている。お、俺はここに居て良いのだろうか。そんな俺を向いてミレーがいたずらっぽく笑う。

「ね?」

「えっと……」

「本当ですか?」

「あ、まあ……。その……。何ていうか。だ、大丈夫だぞ」

「……はい!」

 こんな返事で良かったのだろうか。君島はパッと顔を明るくする。

「あと、これ。渡すタイミングがこんな時になってしまったが」

 俺は君島に例の薙刀なぎなたを差し出す。君島もすぐにそれが二人で逃避をしているときに拾った穂先の物だと気が付いたようだ。

「いつの間に。……ありがとうございます」

 君島は受け取った薙刀をぐっと握りしめた。


 生徒達三人が荷獣車に乗り込み、俺はレグレスのジェヌインの背中に乗る。カバに乗る時には少し緊張したが乗ってみれば背も広く具合はい。俺とミレーも楽に座れる。

 途中までは一緒のため、獣車の前をゆっくり進んでいく。やがて道が未補修の部分まで来ると、道の補修をする作業員や、生徒達は荷獣車から降りる。

「……じゃあ、お前らちゃんとスペルセスさんやマイヌイさんの言うことを聞くんだぞ」

「わかってますよ」

「あまり無茶をするんじゃないぞ。何よりも命が大事なんだから」

「大丈夫ですって」

「そうか……君島。皆を頼むぞ」

「先生も気をつけて」

「ああ……」

 少し目をうるませて俺の方を見つめる君島を見れば心が揺れる。許されればこのまま近づき抱きしめたい欲望に駆られる。俺はグッと気持ちを抑え深く深呼吸をする。

 ……しかしここまで来たら皆を信じるしかない。

 俺の別れの挨拶の終わりを読み取り、レグレスがジェヌインを進める。

 こうして俺の階梯上げ合宿が始まった。


    ◇◇◇


「で、……せいだいは、光魔法だったな」

ですよ。光ですよー」

「おおう、すまん。最近人の名前を覚えるのが苦手でな。ミキ。ミキ。ミキ……うんうん」

「ミキミキでも良いですよ」

「ミ、ミキミキ?」

「ははははは」

 しげがレグレスと階梯上げのために奥地へ向かい、残された三人は、スペルセスとマイヌイの二人から指導を受けながらのトレーニングを始めていた。

 スペルセスは桜木の現在使える魔法での戦い方を見たいという。当然教える立場の人間としてはまずは生徒の実力を知ることから始めるのは当然だ。

 それから三人で一緒に行動すると、階梯上げについても効率が悪くなりそうだと、マイヌイが仁科を連れて少し離れた場所に向かった。


 桜木がスペルセスに言われるままに、新技の「虫眼鏡」を披露する。この世界にも拡大鏡という物は在るが、賢者といわれるスペルセスでもそれを光魔法のイメージとして使うのは見たことがなかった。

「なんと……」

「どうです? えへへへ」

「うーん……しかし、攻撃スピードに長じる光魔法の特性を考えると、拡大鏡を作り上げてからの攻撃は、……うーむ」

「えー。駄目ですか?」

「いや、攻撃力はありそうだからそれはそれで良いと思うが……」

 自信満々の桜木とは違い、その攻撃を見てスペルセスは悩む。通常最速の光魔法をめの多い使い方をするというのは魔法学上、悪手と見られる。だが、スピードに特化した分、威力が弱めになると言われている属性傾向の欠点を補う利用方法に駄目とも言えない。

 まずはその魔法を使い続け、展開スピードを上げていくことにする。


「ユヅキは、樹木だったね?」

「はい」

「攻撃に使うことはしているのか?」

「いいえ、特には……離れたところの樹木を遠隔で操作できないかと言われて、練習をしているんですが……」

「それは、レグレスにかね?」

「あ、はい」

「ふうむ……」

 スペルセスは腕を組み、しばし考え、やがて口を開く。

「樹木魔法の遠隔操作は理論的には不可能じゃない。だが段階としては少し早いな」

「早い?」

「うむ。もう少し魔法という物に慣れて、そのぞうけいの深みにてつかみ取る物だ。レグレスは、直感的にそういった物を行うことが出来るのであろうが、段階を踏んだほうがよいな」

「……わかりました」

 実際、きみじまはレグレスのアドバイスで樹木の遠隔操作の練習をしていたが、その感覚すらいまだに摑めないでいた。魔法学院で魔法の基礎から身についているスペルセスのやり方の方が間違いなく正しいのであろう。

 スペルセスは、森の中に生える木々を見繕いだす。

「やはり、使いやすいのはツタかの」

 そういうと、木に巻き付いていたツタを引っ張り剝がし、巻きヒゲの部分をちぎる。それを数本集めると君島の元に戻ってきた。

 そのままその巻きヒゲを器用に編み込んでいく。

「腕を出しなさい」

「こう、ですか?」

 言われるままに手を出すと、編んだ巻きヒゲを君島の腕にくくり付けた。

「ミサンガだ!」

 それを興味深そうに見ていたさくらが声を上げる。確かに細い巻きヒゲを編んだそれは、ミサンガに見えなくもない。「ミサンガ?」そう聞き返すスペルセスに、君島が日本でそういう装飾品があったという話をする。

「なるほどな。まあ、現実問題それに近い意味合いで着けてる者はこの世界にも多いぞ」

「そうなんですか? でも生モノだと枯れちゃいますよね?」

「樹木魔法の適性のある者がこれを身に着けていれば装着者の樹木魔法を吸うからな、いつまでも枯れることなく状態を保つことが出来る」

「おお、じゃあ私も出来ますか?」

「ん? ミキも樹木魔法の適性があるのか?」

「え? あ。ダメだったかも……」

「じゃあ、無理だろうな」

 着けられたツタを君島が不思議そうに見つめる。確かに装飾品として自分に触れていれば樹木の魔法を通してこの青々とした状態のままで居ることは出来そうだ。しかし、それが何を意味するのかが分からなかった。何かの訓練なのか。

「わからんか?」

「はい……」

「生きている植物がそこにある。そこに魔力を通せば──」

「あ!」

「分かったようだな。そう、そこからツルを伸ばし、望むことを行う。その植物の特性を生かし、用途用途で様々なこのプラントリングを身に着けることでその植物の狙った効果を生み出すことが出来る」

「なるほど……」

 スペルセスは魔法学院を首席で卒業した男だ。自分の得意とする属性以外の魔法への造詣も深い。君島が腕のプラントリングに意識を向けると、確かにつながる感覚を得られる。さらに魔力を流し込むとニョキニョキとツルが伸びていく。

「おお〜。先輩かっこいいですね」

 それを見て桜木も興味深そうにのぞき込む。

 感覚が分かったのだろう、君島が前方に腕を伸ばすとシュッと伸びたツルが先にあった木に巻き付く。しばらくその感覚を確認すると、桜木の方を見てニコッと笑う。

「ふふふ。良いでしょ?」

「なんかオシャレですー」

 普段、樹木の魔法を使う様に魔力を操作することで、すぐに伸びたツルも枯れる様にボロボロと崩れていく。そして、腕に結ばれたプラントリングは元の様に腕輪の状態になっている。それを確認するとうれしそうにスペルセスに向き直る。

「ありがとうございます、これ、とても便利ですね」

「ふむ、大丈夫そうだな。……かつてきゅうどくと呼ばれた樹木魔法の使い手がおってな」

「仇毒?」

「そう、まがまがしい呼び名をつけられたものだが、世の中のあらゆる毒草のプラントリングを体中にまとい、多くのランカー達をその毒で下した。しかしその当人も長年毒草を身に着け続けることで、いつしか体に溶け込んだ毒でその身を滅ぼしたという」

「そんな……」

「だからな、身にまとうプラントリングは良く選べ。そして樹木魔法がより己の身にめば、あるいはいつしか遠隔での操作も可能となるだろう」


    ◇◇◇


 一方のしなはひたすら森の中を走らされていた……。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 目の前の少しふっくらした女性は何者なんだろうと、仁科は何度目かの自問を行う。君島先輩らと別れるとすぐに、「戦うぞ。付いてこい」と一言告げると森の中を走り始めた。それから、ずっと走りっぱなしだ。

 この世界に来て神の光という物を受け、自分の身体能力が今までの状態とは全く違うというのは知っていた。それに増して三回のかいていの上昇によりさらに基礎体力も増えている。今の自分だったらマラソンだって走れそうだとも考えていた。

 が、マイヌイは全力疾走に近い状態で森の中をひたすら走っていく。マラソンなら四二・一九五キロを走破出来るとしても、全力疾走でそれは無理だ。仁科は限界を超え、魂を削られる様な思いで走りまくっていた。

 そして、マイヌイがその走りを止めると目の前には魔物がいる。

「行け。効率を考えろ。最小の動きで攻撃を避け、最小の動きでとどめを刺す」

「はぁはぁはぁ……はい!」

 ノーと言わせない圧力を持った言葉だった。仁科は呼吸を必死に整えながら剣を抜く。体育会系の厳しい剣道部で仕込まれた根性がなんとか仁科を支えていた。


 仁科は、この世界に来た頃は刀を使っていた。剣道をやっていたのだから、剣より刀だろう。漠然とそう思い選んでいた。それが今は、桜木の持っていた剣を使っている。

 居合を使うことでその能力値を大幅に上げるという重人の戦い方を見て、ふと、あの刀が盗まれたり折れたりしたら、先生はその技を使えなくなってしまうかもしれない。そう考えた仁科は、自分の刀は先生の予備にしようと、そのままかばんに封印することにした。そしてその話を桜木にすると「私は魔法しか使わないから」と言うので、桜木の使っていた剣を借り受け、それ以来それを使う様にしていた。

 実際、刀から剣に変えてもそこまで違和感なく移行できたため、本人もそれでいいと思っていた。初めは両刃という物に怖さも感じていたが、使い慣れれば問題はなかった。


 目の前で臨戦態勢をとっている魔物はバーボンキャットと呼ばれる、ヤマネコの様な魔物だ。体は大きくないが動きが素早いため仁科は苦手としていた。コイツが居ると大抵は桜木がレーザーの様なシャイニングアローでダメージを与え、スピードが遅くなったところを仁科や君島が止めを刺して戦っていた。

 フー!

 威嚇をしてくる魔物にジリッと間合いを詰める。

「階梯だって上がってるんだ。行ける!」

 仁科は、剣道の打突癖も最近ではだいぶ抜けて来ていた。天空神殿で俺達に教えてくれた神官のアドバイスや、ドゥードゥルバレーに来る前にヴァーヅル周辺で階梯を上げた際に、州兵に教わったコツなどを自分の中で整理して戦っていた。

 おそらく基本部分に関してはマイヌイにも何も言われないのでこのままでいのだろう。しかし、最小の動き。これが難しい。

 ──最小の動きか。

 簡単に言えば、威力を出すためには大きく振りかぶるほど良い。だが、大きく振りかぶれば振りかぶる程スキは出来る。そのバランスなのだろうが……。


「もう少し無駄を省けるな」

 魔物にとどめを刺し、肩で息をしている仁科にマイヌイが淡々と告げる。すぐにナイフを取り出し魔石を摘出する。他の部位に関しては無視しろと言われた仁科は急いで作業に取り掛かる。それが終わるとすぐに走り出す。

 ──くそったれ。

 マイヌイの目を盗んで休憩を取りながらゆっくりと作業を……なんて出来ない。それだけの圧を受け続けていた。

 はぁはぁはぁ……。

 しげと同じ様な気配を察知するスキルでも在るのだろうか。意味もなく走り続けているようだが、マイヌイはすぐに魔物を見つける。

 ──ど、どこだ?

 マイヌイが立ち止まり、「敵だ」と告げられるが、辺りには何も見えない。仁科は馬鹿にされているのかと、マイヌイの方を振り向くが、マイヌイは至って真面目な顔で仁科の方を見返す。

「ど、どこです?」

 その瞬間、嫌な感覚に襲われた。音は無く、しかし風が動く感じとでも言うのだろうか。そのかんに振り向くと、仁科の太ももくらいの太さがありそうな大蛇が、口を開きまさに喉笛にみつこうと飛びかかってきていた。

「うぁあああ!」

 反射的に、手にした剣で大蛇をはじく。グゥワアンという剣が弾かれる様な音と共に体勢を崩され膝をつく。急襲に失敗した蛇は、地に着くと同時に滑る様に再び仁科に向かう。

「ひっ!」

「すぐに立つ!」

 生理的なけん感にをそむけたくなるが、それは死を意味する。マイヌイの声に仁科はすぐに立ち上がり大蛇に向き直る。まだしびれる手で強引に柄を握りしめ、必死に剣に魔力を通す。その瞬間再び大蛇は飛び掛かる。

 飛び掛かる大蛇は仁科からみて完全な点になる。振りかぶる間もないまま斬り上げる様に強引に弾く。今度は大蛇の重量にも負けずに踏ん張る。鼻頭を斬られた大蛇が一瞬ひるんだスキを逃さず今度は仁科が追撃をかける。

 ……。

 やがて動かなくなった大蛇をさばいていると、後ろからマイヌイの声がかかる。

「もう少し魔力の通しをよどみなく出来る様にした方が良い。それが出来ていれば一番最初の返しの段階で魔物の顔を断つことが出来たはず」

「は、はい」

「相手の攻撃に対するとっさの防御は出来ていると思うが、もう少し防御で受けるより攻撃で受けるくらいのイメージをしてみなさい」

「攻撃で?」

「そうだ、相手の攻撃に対して防御に徹すれば、相手は自分の防御を考えずにより強い攻撃を続けることが出来る。押し切られるぞ」

「はい」

「丁度良いことに、魔物というのは攻撃一辺倒が多いからな。魔物を相手にもそういう意識を持て。特にタカトは治癒魔法にひいでているんだろ? 多少の傷など治しながら戦え」

「ま、マジっすか……」

「攻撃を恐れない相手程、怖いものはないからな」

「……やってみます」

 痛いのは嫌なんてとても言えない雰囲気に、仁科はうなずく。

 そしてマイヌイは満足した様に次の獲物を探して走り出した。


    ◇◇◇


 きみじま達と別れた重人は、ジェヌインの予想以上のスピードに必死に耐えていた。そのスピードはセベックを飛ばした時の比ではない。さすが上級の魔物なのだと改めて感じる。

 一方で、前に座っているミレーは涼しげにレグレスと会話をしていた。

「ヒポッドを騎獣にしているなんて初めて聞きましたが、揺れも少ないし快適ですね」

「そうでしょ? でもはじめは結構荒かったかなあ。少しずつ乗り心地の良い走り方を教えていったんだよ」

 ごうごうと風を切り裂く中、自然と二人の声は大きくなる。何やら風の魔法で声を通りやすくしている様なのだが、俺には全く理解不能だ。

「それで、どこまで行く予定なんですか?」

「うーん。一応行けるところまでって思ってるけどね。効率を考えるとギャッラルブルー鉱山が良いと思って」

「え……。ギャッラルブルーって……」

「大丈夫だよ。俺、前も行ったし。先生もいるからね」

「は、はあ」

 ミレーも奥地へ階梯上げに行くとは聞いていたが、まさかギャッラルブルーまで行くなどとは考えていなかったのだろう。当然、俺も漏れ聞こえる話に大丈夫かと不安になる。

 やがて、ジェヌインのスピードが落ち始める。何だと思い顔を上げると道の先をレグレスがじっと見つめている。

 ……あ。

「レグさん。この先、イノシシみたいな顔の人達がいっぱい住んでいる集落が……」

「うーん。ハイオークね。カートンがだいぶ減らしちゃったみたいだね、まあやつらは増えるのも早いけど」

「え? よく知ってますね」

「うん。まーね。どうしよっかな。やっぱりかいするか」

 そう言うと、レグレスは手綱を引きジェヌインを森の中に入れる。先程の様なスピードは出せないが、魔物の集落を迂回して進んでいった。

 そして集落を迂回すると再び街道へ出て道を進んでいく。なんとなく見覚えのある風景に、君島と必死で逃げてきた時のことが思い出される。

 必死に逃げてきたのに。また行くのか……。俺は不思議な感覚に陥っていた。


「うーん。先生。かな?」

 しばらく街道を進んでいくとレグレスはジェヌインを止め俺の方を見る。確かに周りからは覚えのある気配が漂っていた。この数頭で気配を隠す様に進んでくる感覚はあのおおかみの魔物に違いない。

「やっぱり俺ですか?」

「先生の階梯上げがメインだからね。ギャッラルブルーに居るのよりは少し下のランクだけど、いいかてにはなりそうかな?」

「え? シゲトさん一人でですか? 大丈夫なんですか?」

「ミレーちゃんも信じられないでしょ? これでもかいていも上げずに上級の魔物を倒しちゃった人なんだよね」

「だけど……。そう、ですね」

 ミレーは不安そうにしているがレグレスが言うと渋々受け入れる。俺はジェヌインから降り、腰に手をやりながら気配のする方へゆっくり歩いていく。

 気配はヒポッドにやや躊躇ためらいながらであったが、俺がレグレス達から離れていくとすぐに狙いを俺に絞った様な動きに変わる。

 ──三匹か。まずは……。

 狙いを変えたせいか、三匹の配置が崩れる。魔物はやぶの中に居るためにその姿は見えないが左に二匹、右に一匹という感じだ。俺は集中しながら左にいる二匹に向かい茂みの中に突っ込む。

 突然の動きに驚いた魔物が慌ただしく動き出す。コイツの動きはだいぶ把握している。前への突進力は強いが、後ろへ下がるのは苦手だ。機先を取られ相手に突っ込まれると少し動きがもたつく。

 抜刀の構えのまま茂みを抜ければ驚いて固まる狼の魔物がそこにいる。二匹がんくびをそろえる狼の頭を一瞬でねる。後ろの一匹は慌ててこちらに向かっているが、もう遅い。

 すでに納刀し次の抜刀の準備を終えた俺は、ゆっくりとスローモーションの様に飛びかかってくる狼をそのままほふる。

 ……。

 茂みから顔を出すと、ミレーがあっけにとられていた。

「終わりました」

「そんな……。もう?」

「あ、俺は抜刀しか出来ないんで、抜いたら終わる様にって」

「終わる様にって……」

 ミレーは先日ディザスターの一味とやりあった時に俺の抜刀は見ている。それでもこの近辺の上級の魔物をあっさりと退ける事実に戸惑っていた。

 ここから魔物を狩り続けることを考えて、魔石だけを取り出して進むことにする。残った死骸はジェヌインがうれしそうに平らげた。

 こうして俺は魔物を狩りつつ、ギャッラルブルーに向けて進んでいった。