第三章 てんとしての実力



 トントンと戸をたたく音で目を覚ます。窓からはすでに朝の光が差し込んでいた。

 ん……もう起きる時間か? 久しぶりの飲酒だったためか少し寝坊したらしい。慌てて枕もとの入り口のドアを開けると、見知った顔がのぞき込む。少しアラビアンな感じの浅黒い美男子だ。ここの責任者のヤーザックの副官を務めている男だった。

「ああ……ストローマンさん。おはようございます」

「起こしてしまって申し訳ない。先生に御客人がいらっしゃっておりまして……」

「客人?」

 最近少しずつ俺のことを「先生」と呼ぶ人が増えている気がする。

 とりあえずストローマンには待ってもらい急いで着替える。上の仁科はもうどこかへ出かけているようだ。どうやら州兵の詰所の方に俺の客が来ているようだ。

 詰所の前に行くと、ガヤガヤと妙に人が集まっている。その人だかりが俺に気が付くと「来た来た」とばかりにこっちを向く。すると一人の男が前に進み出てきた。

「おお、来たな。お前がシゲト・クスノキか!」

「え? えっと……」

「ちゃうんか? どうなんや? 答えい!」

「えっと……そうですが……どちら様で?」

「ワイの名はシドだ! 瞬光雷帝とはワイのことやで! ちょっとワイと闘ってもらうぜ」

「ちょっとシドさん!」

 突然目の前の男が訳のわからない事を言い出し、慌ててストローマンさんが止めようとするが、止まらない。だが……。こういうのは相手にしないのが正解なのだろう。

「えっと、いや……」

「なんや? ウジウジして。男だったら勝負せんか!」

「あの……」

「ああ!?

「お断りします」

「さすが天位に成っただけある。ワイは優しい男やからな。殺しはしな……え?」

「ですから、お断りします」

「な、なんでや!」

「いやだって……戦う意味ないじゃないですか」

「せ、せやけど。わざわざホラーサーン州から来たんやでっ」

「はあ、それはわざわざどうも……」

「せ、せやからそっちはそうでも、こっちには意味があるんや!」

「えっと、じゃあ、私の負けということで大丈夫ですので……なんでしたっけしんみんろくで負けを宣言できるんでしたっけ?」

「な……なんなんやワレ! そんなんで順位が変わるかいボケっ!」

「え? そう言われても戦うつもりはないですので……」

 青年は俺の答えにがくぜんとしているが、俺としては当然の答えだ。

 俺の闘わない宣言からの負け宣言に、これから起きるバトルに期待をしていた州兵達がつまらなそうにあおってくる。

「何言ってるんですか、こんな小僧やっちまいましょう天位!」

「そうだ、こんな生意気言って俺達の天位が負ける訳ねえや!」

「お前達めないか! シドさんも止めてください!」

 皆娯楽のない田舎の村で、こういったハプニングが盛り上がるのは理解するが……。それをストローマンさんが必死にいさめている。

 それにしても客とはこの人のことだろうか。言っていることも無茶苦茶だし、方言がないはずの神民語なのにめちゃくちゃ関西弁チックだし。意味不明だ。

「まあ、ええわ。ストローマンさん、めんでください。コイツも殺されるとなれば……本気になるやろ」

 シドと名乗る男の気配が変わる。ギラリとした殺気が漏れ始める。殺気にあてられ俺も思わず左手が腰に……ん……まずい。刀を持ってきてない。

「ええんか? そのままで。武器はどうした?」

「ちょっと、待てって!」

「兄さん甘いわなあ。据え膳食わぬは男の恥じゃ!」

「ちょっ。それ意味──」

 男はそのまま腰の剣を抜く。口元にニヤリと残忍な笑みが浮かぶ。話の通じない男に俺はどうしていいか分からずにジリっと後ずさりをする。

「じゃあ、行くぜっ!」

 シドの魔力が一気に膨らみかけた時、女性の鋭い声が飛ぶ。

「待ちなさい!」

 と同時に何か魔力の塊の様な物が俺の背後からシドに飛んだ。なんだ? 魔力を気配として察知したのだろうか? その魔力を受けたシドがあせった様にもだえる。

「ん! んぐっ……なんや。動けへん!」

 何かがシドの周りに取り巻き、拘束していた。

「こ、こんなものぉぉぉぉおおおお!」

 シドが必死にそれを剝がそうとするが、拘束はまるで外れる気配がない。

「大丈夫ですか? シゲト先生」

 後ろからヤーザックさんが初めて見る紳士風の男と一緒にやってきた。そしてもう一人、金髪の女性がつえをシドに向けたまま歩いてくる。

 あれは……。

「ミレーさん!」

「シゲトさん。大丈夫ですかっ!」

「あ、はい。いや。何もされてはいなかったので……。まだ」

「良かった……」

「え? いやでも。なんでミレーさんが?」

 それはそうだ。ミレーは天空神殿に勤める神官だ。なんでこんなところへ……。


 俺が状況の理解が出来ずにいると、近づいてきた紳士風の男はツカツカとそのままシドに近づいていく。と、ポケットからおもむろにナイフを取り出した。

「これをこのまま心の臓に刺そうか?」

「んっんぐっ」

「ん? 何を言ってるかわからんな……何? 刺されたい?」

「すんまへん! かんにんや!」

「いきなり戦いを挑むとか、オドレはアホなのか? あ?」

「な、なりゆき──」

何処どこほうが成り行きで戦い挑むんじゃ! あぁ!? ワイとやるんか?」

「す、すいません!」

 な、なんだ……この紳士も微妙に関西弁チックにシドを脅し始める。その勢いたるやシドの比ではない。見ていてもだいぶ怖い……。

 俺があっけにとられて見ていると、ようやくシドも観念したようだと判断したのか紳士はミレーを振り返り、声を掛ける。

「余計な仕事させて申し訳ないな。拘束は外してもらって大丈夫だ」

 すぐにミレーが杖を下ろし、魔法を解く。シドは糸が切れた様にその場に崩れ、肩で息をしている。相当な力で拘束から逃れようとしていたに違いない。紳士は俺の方を見ると頭にかぶっていた中折のハットを脱ぐと、俺に向かってお辞儀をする。

「申し訳ない。後でコイツは立てない程度にボコっておきますので」

「へ? あの……」

「連邦軍のパルドミホフと申します。この度は入団申請ありがとうございます」

「し、申請?」

 俺がなんのことだ? と聞き返すと慌てた様にヤーザックさんが割って入る。

「あ、カミラ将軍から連邦軍在籍で州軍預かりでという話の……」

「あ〜。はいはい。すいません色々とご迷惑をおかけしておりまして」

「いえ、現在の連邦軍では天位の補充は喫緊の課題なのです。この度のシゲト様の入団は願ってもない話でございます」

 するとおとなしく話を聞いていたシドが叫ぶ。

「せやから、ワイがコイツの順位を──」

「じゃかしい! 死にたいんか!」

「じょ、冗談であります」

 なんとなく、この二人上下関係がありそうだ。

 ……ん?

「え? 貴方あなたも天位で?」

「はい、六十五位というちゅうはんではございますが」

「い、いえいえそんな……」

 このまえに立つマフィアみたいな紳士は、俺なんかよりずっと上の天位だった。

「さ、細かい話は詰所の方で」

「そ、そうですね」

 それはそうだ。ふと周りを見ると野次馬の州兵達があっけにとられて俺達のことを見ていた。きっとこれから契約やらと難しい話があるのだろう。「ワイも」と、付いてこようとしたシドはパルドミホフにそこで正座をしていろと冷たく言い放たれる。


 ヤーザックの執務室に向かう中、ミレーも俺について隣を歩いている。

「それでミレーさんはなんでこちらに?」

 さっきは話が途中になってしまったが気になっていたことを聞く。しかしミレーは笑いながら話はパルドミホフとの話の後にしましょうと言う。

 執務室に入ると椅子に座る様に言われ、俺はパルドミホフと向かい合う様に座る。それにしてもあのシドは何者なんだろうか。

「先程の若者、知り合い、なんですよね?」

「シドですか? そうですね。勝手に弟子入りしてきて、後はまあやつとしては警護のつもりのようですが恥を連れて歩いている様な……そんな感じでしょうか」

「は、はあ……」

「さて。連邦政府としては、カミラ将軍からの提案は全て飲むつもりで居ます」

「え? あ、はい」

 カミラ将軍からの提案というのは、立場は連邦軍として在籍し、扱いは州軍としてこのデュラム州に居ていいという話でいのだろうか。知らないうちに知らない条件の契約を結ばれたら目も当てられない。

「シゲト様の希望としては、この地でデュラム州の解放のために働きたい、そういうことでよろしいでしょうか」

「えっと……」

 そう言われると悩む部分はある。いや、もちろんここに生徒が三人いる。他にもこの世界に生徒達が散らばっては居るが……残念ながら三年の四人は俺を教師として見てはいない。とりあえず俺のことを先生として頼ってくれている子が三人ここにいるというのは大事な話だ。州の解放は……どうしたいんだ? 俺は……。

「どうしました?」

「い、いや……州の解放と言っても、解放されたドゥードゥルバレーに戻ってきている住民がほとんど居ない現状じゃないですか。この先解放するといっても意味があるのかと……」

「なるほど。さすが教師であった方だ。すでに状況を把握しているようですな。ヤーザック君も同じことを考えているんだったね」

 パルドミホフが言うとヤーザックは気まずそうにうなずく。

「おっしゃるとおり、俺は前の世界で教師だったんです。そしてその時の生徒が州軍に入ってここに居る。自分としてはまだ若い彼らを支えられたらと考えていたんです」

「そうですね、ミキさんとタカトさんが州軍に入団することは聞いております」

「はい、何故なぜか自分はそれなりにこの世界だと戦う力が在るようなのです。ですからそれを彼らの仕事の手伝いに使えないかとは思っているんです」

 俺の話をパルドミホフはうんうんとうなずきながら聞いている。俺は話しながら、なんとなく頭の片隅に有ったことが形になってくるのを感じていた。

「しかし、今日のシドの暴走もありましたが。ああいうやからは割と多いですよ?」

「そ、そうなんですね。……困りますね」

「貴方が倒したカートンという人物も、ディザスターという血盟の構成員だったんです」

「はい。その話もカミラさんから聞いております」

「かなりの悪名高い血盟でしてね、一緒にいた魔法使いのフォーカルは第三席……」

「……聞いております」

「義兄弟が殺されて、残りの三人がどう動くか。という話も?」

「……はい」

 こう改めて言われるとことの重大さを感じる。当のパルドミホフは他人ひとごとの様な顔でヒゲをでている。

「その……連邦軍に所属すれば……?」

「まあ、州軍よりは効果はあると思いますがね。相手を考えると難しいところです。ただ、彼らの動向などの情報はお届け出来ると思うのですよ」

「はあ……」

「いざという時以外、普段は何をしていても構いません。私どもとしては、名前をお借り出来るだけでもメリットは在るのですよ。給料もお支払いいたします」

「いざという時……とは?」

「戦争……などですかね」

「戦争……」

「はっはっは。そうそう戦争なんて在る物でもないですよ。そのためのてんです。我々の存在が相手にとっての抑止力として生きるのです。そのためには所属する天位の数は多いほうが良い。そういうことです」

「な、なるほど……」

 抑止力、なのか。俺は知らぬ間に天位という立場になり、いまいちことの重要性が理解できていなかった。いや理解はしているが実感が出来ていないということなんだろう。

 考え込む俺に、パルドミホフが一言つぶやく。

「ただ、シゲト様の実力は……一度拝見したいと思いまして」

「実力……を?」

「そうです。私どもの感覚ですと、転移して間もないシゲト様が天ちを果たすなど少々理解できない所もございまして。政府としてもやはり確認させてもらったほうが良いという結論になりました」

「なるほど……」

「ただ、個人のスキルなど隠したい者もこの世界には多いので……。もし見せたくないとあれば断っていただいても構いません」

 確かにスキルなどは初見殺しであったりと秘密にしたい者は多いのかもしれない。俺の居合も放てる数は限定されている。それを知られることは自分にとってマイナスも大きい。

 俺が悩んでいるのを見て、パルドミホフは笑って続ける。

「ま、少し考えてみてください。連邦にとっては天位の存在こそが重要なのです。自国の天位に不利になることはしないと、信じていただければと」

 確かに、組織に所属するからにはその組織を信頼したい。

「わかりました。確認お願いいたします」

 俺が答えると、パルドミホフはうなずきながらミレーの方を向く。

「ミレーさんもシゲト様に話があったのですね。席を外したほうがよろしいですか?」

「いえ、問題ありません。私どもは今回シゲト様とユヅキ様をギャッラルブルーという危険な地域へ転移させてしまったことへの謝罪のために伺いましたので」

「そう言えば、天空神殿からギャッラルブルーとは普通考えられない転移ですな。何が起こったのですか?」

「それは……」

 ミレーは天空神殿の転移陣での出来事をパルドミホフに話す。その後の日向びなたの処遇などはしなから簡単に聞いていただけなので、俺も知りたかった話だ。

 やはり小日向は「要注意転移者」として新大陸の開拓地へ送られたということだった。かいていを上げていない小日向が開拓地の魔物と戦えるのかとも不安ではあったが、小日向は肉体労働として主に道路の整備の仕事をさせられているという。

 細かく情報が入る訳ではないが、ミレーがここへ来る際に俺が知りたがるだろうと確認した際には、他の受刑者などとはいまだに溶け込めず反抗的な態度が続いているという。

「このまま今の態度が続くようだと、観察期間は長くなる恐れはあります」

「そうですか……」

 たとえ俺に反抗的で、きみじまを危険な目に遭わせたとはいえ、俺の中では悪い守護精霊の影響がここまでの事態にさせたという認識がある。話を聞いてどうしても気が沈んでしまう。

「ミレーさん」

「はい。なんでしょう」

「出来れば小日向の話はあまり子供達にはしない様にしてもらっていいですか?」

「……そうですね。わかりました」

「助かります」

 謝罪ということなら君島も居たほうが良いのだが……。

「そう言えば君島も居たほうが良いですね」

「ユヅキさんはファイヤーバードの食事をさせてくると言って三人で出ていますよ」

「あ、なるほど」

 ヤーザックに言われて気づく。今朝はメラの餌をやりに行く話をしていたのだが、俺が寝坊をしてしまった為に三人で行っているようだ。


 説明が終わると、ミレーがバッグから箱を二つとりだす。

「謝罪の品ということで、大した物ではないのですが……シゲトさんとユヅキさんにお一つずつ、教会から進呈させていただきたく」

「え? いやそこまで……」

「どうか受け取ってください」

 箱が二つあるので一つは君島の物なのだろう。俺はそれを受け取るとミレーに促されて箱を開ける。中には一つの時計が入っていた。懐中時計というやつだ。

 横から見ていたヤーザックがそれを見て声を上げる。

「おお。時計じゃないですか。しかもそんな小さな物。すごいですね!」

「この世界では珍しいのですか?」

「シゲト先生の世界だとあまり珍しくないのですか? この世界ではなかなか個人で時計を持つなんて出来ませんよ。かなり貴重な物ですよ」

 確かに、時間のズレなどは分からないが時計を持っている者を見たことはないかもしれない。基本的にこの世界の時間は教会の鐘や、太陽の位置で推測していく感じだった。

「良いんですか? とても高価な物のようですが……」

「気にしないでください。と言っても私が用意した物ではなく教会の方で用意した物なのですが」

「そうですか……。ありがたく使わせていただきます」


 話が終わるとパルドミホフが早速実力を見せてもらおうと言う。

 実力というと……やはり強さ的な物を見たいということだろうか。もしかして連邦天位のパルドミホフと戦ってみせろとか言うんじゃないだろうな?

 あせった様にパルドミホフを見ると俺の心を見透かしたかの様にニヤリと笑う。

「大丈夫ですよ。ちょうどここらへんには魔物も多い」

「は、はい」

「これから狩りにでも行きましょうか」

「はあ……」

 な、なんだ狩りか……ホッと一安心する。が、よく考えれば魔物と戦えと言っても何処どこまで行くのだろう。天位ということで上級を倒せと言われても、そんな奥地に行くとなると泊まりがけになりそうだ……。

「私もご一緒してよろしいでしょうか?」

 俺達が話をしていると、ミレーが自分もついていって良いかと聞いてくる。どうやら俺の精霊に関する情報が教国にも無く興味もあるようだ。

「ふむ……。国としてはシゲト様の実力は内々にしたいところですが。教会との話だと断りにくいですな。先ほどシドを止めたのを見ても、実力的にも問題はないでしょう。シゲト様が良ければ」

「はい。ミレーさんには良くしてもらっておりますので。問題ないです」

「そうですか、わかりました。それでは一緒に行きましょうか」

 話がまとまるとパルドミホフが俺に質問をする。

「シゲト様は、セベックに乗れますか?」

「セベック?」

「はい、騎獣によく使われる魔獣です」

「ああ、あの角のある」

「ははは、まああれは角ではないんですけどね、そうです」

「えっと、乗ったことはないですね」

 俺が答えると隣にいたミレーが俺に提案してくる。

「それでしたら私のセベックに乗りますか?」

「え? あ、ああ。助かります」

 どうやら騎獣に乗ってさっと奥地のほうに行こうというつもりらしい。

 ……あれ? 気軽に答えてしまったが、よくよく考えるとミレーもついてくるならミレーのセベックはミレーが使うはずだ。それなら州軍のセベックを借りるべきだろうかと悩みながら外に出ると、何やら再びあのシドの大声が鳴り響いている。

「ま、まてや。ワイは今まで生きていて……こんな美しい人見たことないんやっ!」

「だ、だからと言って!」

 メラの餌やりから帰ってきたのだろう。君島達三人が何やらシドとめている。俺の姿を見たシドが少し興奮気味に俺に言う。

「お前はっ! こんな美人を二人も引き連れおって。恥ずかしいと思わんのか?」

「え? いや……恥ずかしいとは……」

「へへへ。美人だって〜」

ちゃん、知らない人の相手をしちゃっ──

「かぁああ。知らんのか? ホンマにここは田舎やなあ。しゃあない。教えてやろう。我こそは瞬光雷帝こと、シド・バーンズや!」

「……」

「おおー。雷帝! 強そうですねー」

「み、美希ちゃん行くよっ」

「ちょちょちょっ! 姉さんちょっと待ってくれーや」

「はっ放してください!」

 ……頭が痛い。

 今度は俺の生徒達に声をかけているようだ。しかも君島の手を取っている。それを見た俺はついイラッとしてシドに駆け寄り肩をつかむ。

「やめないかっ!」

「せっ先生!」

「な、なんや! ……邪魔しよるな!」

 ドン。とシドが俺の胸を押す。

 え?

 その押しの強さに俺の体が一瞬浮く。

 ……ドシン。

 ……。

「げほっ! げほっ!」

「先生!」

 押す様な感じだったが、そんなレベルじゃない。くっそ。胸を殴られた様な痛みと共に一瞬呼吸が止まる、尻もちをついてむせこみながら必死に呼吸をしていると君島が血相を変えて近くに来た。

「大丈夫ですか?」

「あ、ああ……なん、とか」

 それにしてもやはりコイツは、なんて乱暴なん……だ……?

 ん? 見ると、シドも、周りのやじ馬もあっけにとられて俺のことを見ている。

「おま……ホンマに、てんなんか?」

「え?」

「こんなちょっと押したくらいで……うそやろ?」

 ザワザワとした空気が流れる。ああ……そういえばそうだ。俺が天位のカートンを倒した実情について知っている者などいない。低位の精霊の守護を得て、神の光の力もあまり定着していない。そもそもの身体的な能力なんてたかが知れている。

 それに対して目の前のコイツは三桁の。そんな者がドンと押せば……当然耐えられるはずがない。周りを見れば、俺の体たらくに州兵達も戸惑っている。

 ──まずいっ。……いや。このままの方が?

 俺はそれを見て、少しこのままの方がいのではという気持ちが芽生える。過度な期待をされるより良いかもしれない。実際俺が抜刀できるのは良いところ五回。天位天位と持てはやされて過分なことを求められても困る。

 ……。

「人のこと押し倒しておいて、ちょっと押したくらいっておかしくないですか?」

 え?

 横で俺の胸に手を当て回復補助の魔法を流し込みながら、君島が怒気をはらんだ声で問い掛ける。俺は思わず君島の横顔を見る。

「いや、せやかて、天位が倒れる程の……」

「天位とかそういう問題じゃないんじゃないですか?」

「な、な。コイツが俺の肩を摑んだんやで!」

「それは貴方あなたが私の手を摑んだからです」

「は? それはワイとアンタとの話やろ。コイツは関係──なっ!」

 きみじまが黙ったまま右手で俺の左手を持ち上げ、腕輪を見せつける。それと同時に左手の薬指にはまった自分の指輪をシドに見せる。それを見たシドが見事に固まる。

 しなさくらも、じりっと俺達の後ろに来て一緒にどうだと言わんばかりにシドを見つめていた。

「くっ……せやかて……いや……」

「また揉め事か?」

 その声に、シドが壊れた機械式人形の様にカクカクと視線をずらす。その先には能面の様に表情をなくしたパルドミホフが立っていた。

「いえ……その……天位が……」

「テメエは俺の言うことが聞けんのか。このアホンダラ!」

「ち、ちがうんや! ちょっとドツイたらコイツが勝手に尻もちついたんや! こんなん天位やあらへんで!」

 必死に言い訳するシドにパルドミホフが歩み寄ると、耳をつまみグッと持ち上げる。

「い、イタッ!」

「ほんまアホやな。シゲトはんがこの世界に来たのはいつや?」

「す、数週間と……」

「じゃあかいていはどうなっとると思うん?」

「え? あ……」

「はぁ……。言わんと分からん馬鹿をどう面倒見ると言うんや。せやろ? シゲトはんは特殊条件での能力持ち……素の状態で見るアホなんておらんわ」

「すっすいまへん!」

「それでなくても天位をとせるんやで。これで階梯が上がったら……分かるか?」

「はい……」

「連邦の宝や。二度とくだらないことしてみろ。なます切りにするからな」

「だッ大丈夫であります!」

 これは……。そうか。周りの野次馬達の反応を見て気がつく。パルドミホフは周りに聞こえる様にあえて今の話を……。

 ようやくシドの耳から手を離すとパルドミホフは「申し訳ございません」と倒れている俺に近寄り手を差し伸べて起こしてくれる。

「ボンクラな弟子を持つと、苦労します」

「ははは……」

 やはり弟子……だったのか。


 その後君島達も、久しぶりにミレーに会えたことに喜びを見せる。この世界に転移してきて知り合いも少ない中、天空神殿でお世話になったミレーに会えたのは少なからずうれしいのだろう。

 俺の腕を見せてもらうということで、俺達はセベックといわれる騎獣で一気に奥地へ向かう。君島達も付いて来たがったが我慢する様に言う。

 話も落ち着き、俺達が出発をするために村の門の方へ歩こうとすると強い視線を感じる。思わず振り返ると君島がじっと俺のことを見つめていた。

「先生……。ミレーさんは良いのですか?」

「え? まあパルドミホフさんも良いと言ってるし、大丈夫だろう」

「私も大丈夫ですよ?」

「え? ……いや。ちょっと行ってくるだけだし。な?」

…………分かりました」

「あ、ああ……」

 なんとも言えない圧に俺は苦笑いでごまかしていると今度はシドが騒ぎ出す。

「な、なんや! お前ミレーさんにまで手を出そうというんか?」

「ちょっちょっと! 誰もそんなことしないって」

「せやかてっブヒュ!」

 せっかく落ち着きかけたところを余計なことを言いだしたシドだったが、後ろに立つパルドミホフのげんこつが脳天に落ちる。

「誰がしゃべっていいと言った?」

「しゅ、しゅいまへん……」

 と、その一撃でようやく話が終わる。


 セベックといわれる騎獣はたてがみの様に後ろに撫でつけた様な角が付いている。その角のせいで騎乗した時に刺さったりと危ない気がしていたのだが、実はこの角は鬣の一種らしく、柔らかく俺がイメージしていた角とは材質が違った。

 性格も至っておとなしく、初心者でもまたぐことは出来るのだが……いざ走らせてみると予想以上にゴツゴツと揺れるのだ。その揺れに体がおおに揺れてしまう。

「シゲトさん、もっとしっかりと摑まってください」

「え、いや。あ、はい……」

 確かに後ろで俺がフラフラとするとセベックも走りにくいようだ。ミレーが全く気にしていないのに俺が気にするのは逆に良くないのかもしれない。

 俺は心頭を滅却し無我の中でミレーの細腰に摑まる。

「うわぁ。兄さんエロい──」

「シド」

「なんでもないっす」

 だんだんと、シドの軽口には慣れてきた。どうやらこの男は思ったことをなんのフィルターも無しに口から出しているようだ。十年も教員をやっていれば色々な生徒を目にする。そういうタイプの生徒を見たことがない訳じゃない。

 要は気にしなければよいのだ。


 一時間もセベックに乗っていれば、それなりには慣れてくる。その様子を見ながらパルドミホフはセベックのスピードを少しずつ上げ始める。

何処どこまで行くんですか?」

「特に考えていないが……ある程度強めの魔物で見てみたいと思っています。報告ではギャッラルブルーからの移動で何匹かの上級を倒したとあったので」

「魔物の名前なども分からないので、本当に上級なのかは分からないのですが……」

「間違いなく上級でしょう。中級の魔物を倒すところを見させてもらうだけでも良いんです。そのシゲト様の種族特性の様な物が見られればと」

「なるほど……」

 そういえば、先程ドゥードゥルバレーでも種族特性のことを言っていたな。

「種族特性ってどういう物なんですか? 僕の場合は種族的な物でなく異世界から持ち込んだスキルだと思うのですが」

「ああ、そうですね……例えばカミラ将軍は知っておられますよね?」

「あ、はい」

「将軍はモリソンという世界からの転移者のまつえいなのですが、特に数の少ない純血でしてね、この世界で産まれた方なのですが、種族特性をお持ちなのですよ」

「ほ、ほう……」

「簡単に言えば鬼化と呼ばれるスキルをお持ちなのです」

「お、鬼化?」

 モリソン人は自らの命を削り鬼化と呼ばれる変身を行える種族なのだという。鬼化は身体能力を劇的に向上させることが出来るが、その力はランキングには反映されておらず、ランキング以上の力を持つ種族として知られていた。

 新大陸にあるヒューガー公国の建国者がモリソン人であり、そのことからこの世界のモリソン人の多くが公国に住んでいるという。

「すごい……ですね」

 色々な異世界から人が集まる。色々な人種がいるのにもうなずけた。


 やがて舗装も直されていない道になるが、セベックは気にもせず進んでいく。その中で少し嫌な気配がまじり始めていた。パルドミホフも気がついたのだろう、セベックを止める。

「……ここらへんで良いでしょうか」

「魔物……ですね?」

「ほう、わかりますか……」

 気配を潜ませてじっと忍び寄る感じ。いつかのおおかみの魔物もそうだったが、狩りをする肉食動物の性質なのかもしれない。あの時であった狼の魔物は集団で囲んで来た。俺は少し緊張しながら左手でさやつかみ集中度を高めていく。

 うん。今回の魔物は一頭だけのようだ。セベックもいよいよ何か気配を感じているのか少しソワソワしはじめる。

 ……やっぱりここは俺なんだろうな。

 セベックから降りてパルドミホフの方に目をやると、見せてみろとばかりにうなずく。俺はそのまま右手をつかに添えながら魔物の気配が在る方へ進んでいく。魔物は俺の動きに警戒をする様にグッと殺気を濃くしていく。

 ……。

 スー。ハー。

 居合は見世物ではないが……味方になる人にはわかっていて欲しいというのもある。

 魔物はススっと茂みの中を最低限の音で進んでくる。見事なものだ。だがギラギラとした殺気は隠しようもない。

 せんせんを取ることがないこともないが。くすの家に伝わる流派のこだわりはあくまでもせんこいぐちを切りつつ俺はスッと右足を浮かせ、そのまま力強く踏み込む。

 ダンッ!

 その音で張り詰めていた緊張の糸が切られる。ザッと茂みが揺れた瞬間。真っ黒な巨大な猫の様な魔物が弾丸の様に飛びかかって来た。すでに集中状態の俺の目にはゆっくりと、スローモーションの様に見えている。後は間合いを見極め、グッと引き寄せ……。

 斬るだけ。

 飛びかかる勢いのまま、二つに斬られた魔物はそのまま肉塊となり地面を転がっていく。ゆっくりと舞う血しぶきを避けながら残心をとる。

 うん。俺はふところから紙を取り出し刃についた脂を拭き取る。

「なっ……なっ……なに……が?」

 シドには抜刀が見えたのだろうか。居合の際の俺と周りには時間のズレが生じるようだ。速さを追求すれば同じ時間軸でも抜刀は見えにくい。そこに時間のズレが乗ればさらに。

「カートンがられる訳だ……速い……速すぎるな」

「正直私には全く動きが見えませんでした……」

 心なしか、パルドミホフも顔を曇らせミレーも驚いた様に俺を見つめていた。

「僕の特性というか異界スキルなのですが、居合の際に全ての要素。魔力、筋力、感覚、それが一気に凝縮されるのです」

「力の……凝縮?」

「はい。ただ……僕の能力だと魔力が足りないんです。刃にまとわせる魔力も自分の持ってる魔力を凝縮して乗せてしまうので」

「なるほど……。今の抜刀を何回程?」

「五回ですね。六回目は多分魔力切れで倒れてしまいます」

「ふむ……。なるほど、わかりました。もういでしょう」

「もう良いんですか?」

「はい。表裏一体といったところでしょうか。それにしても、だいぶとがったスキルですな。……だがそれ故に危険です」

「自覚しております。僕を殺そうと思えば簡単に殺せる。そういうてんなんです」

「……ここまで来て早々ですが、一度街に戻りましょう。今後のシゲト様への対応を考えないといけない」

「よろしくお願いいたします」

「任せてください……その前に……シド!」

「は、はいな!」

「魔石をてきしゅつしておけ」

「え……」


 一匹魔物を倒しただけだがパルドミホフは満足したようでそのまま街まで戻る。行きに散々喋りまくっていたシドも口数少なく付いてくる。重い空気に少し困っているとミレーが後ろを振り向く。

「カリマーさんに少し聞いていたのですが、あの技がシゲトさんの流派の、ですか?」

 そう言えばミレーは初めてしんみんろくを作った時に俺のスキルを見ていたのを思い出す。

「そうですね、それと集中というスキルが相乗効果で出ている様に思います」

「うーん。ということは守護精霊とは関係ないのでしょうか」

「それも良くわからないのです。ギャッラルブルーでは無我夢中でしたし」

「そうなんですね……。それにしてもすごいです!」

「あ、ありがとうございます」

 ミレーはうれしそうにしているが、この距離感に俺の心は少しドキドキしていた。ミレーの腰につかまり何とも言いようのない罪悪感の中で、きみじまの顔を思い浮かべていた。