電子書籍特典 異界への入り口


「ダニエル先生、夏と言えば、怖い話です! なので、今度みんなで怖い話を作って、怖い話大会をしましょう。その日は授業も夜までやって、夜にみんなで怖い話を話すのです。きっと楽しくなりますよ~」

 テルミス先生が、突然そう言った。

 俺が働き始めたドレイト領の学校に夏休みはない。三日ほど休みがあるだけだ。

 通っているのは平民の子なので、貴族のように社交パーティがあるわけでもないからな。

 それでもテルミス先生は、夏ならではの思い出を子供たちに作ってあげたいと思っているようだ。

「面白そうですが、怖い話は大丈夫でしょうか?」

「みんなも作り話だとわかっていたら、怖くないのではないかしら?」

 そういうテルミス先生に押し切られ、夏の怖い話大会の開催が決まった。

 みんながどんな話を作るか楽しみだと心躍らすテルミス先生を見て、首をかしげる。

 テルミス先生、怖い話苦手そうだが、本当に大丈夫だろうか。


 暗くなった教室で生徒たちと一緒に円になって座る。

 灯りは、円の中心にある少し大きな蠟燭の火と発表者だけが持つ小さな蠟燭の火だけだ。

 シンと静まった教室内で、最初の子が作った怖い話を発表し始めた。

「その日は風の強い日だった。ヒューヒューと隙間風が窓を鳴らした」

 彼女が話した物語は、突然あがった火の玉についていくと異界へ連れていかれたという物だった。

 次の子は、箒で追い払った鴉が夜になると、一羽、二羽と増えていき、最終的に主人公の家の周りをぐるりと囲み、出てこられなくなるという話をした。

 意地悪をしてきた女の子が夜な夜な夢に出てきて、許さないと呪詛を吐くという話を話す子もいた。

 皆で張り切って準備していたからなぁとちらりと生徒たちを見回すと、誰もかれもが顔をキラキラさせて一人を見つめている。

 そう、みんなが見ているのはテルミス先生だ。先生は……少し顔が引きつっている。

 そして、最後の話が始まる。

「これは、私の父から聞いた話です」

 その子の家は酒場だ。その酒場に来るお客の中には乱暴者と名高い集団もいたそうだ。

 その日も乱暴者たちは、酒を飲み、騒いでいた。そのうち一人が聞いた「今までやった中で一番悪かったことは何だ?」と。

 金を盗んだだの、納屋に火をつけただの、馬で人を轢いただのと皆が口々に悪さ自慢をした。

 その翌日から次々と奇妙なことが起こった。

 金を盗んだと言っていた奴の金がなくなり、納屋に火をつけたと言った奴の家が燃えた。

 馬で人を轢いたと言った乱暴者たちのリーダーは、その事実を知り、半狂乱になって酒場を出たところを馬に蹴られたという話だ。

「貴方は幽霊を信じますか? 信じないという人も覚えておいてほしい。幽霊はいる。幽霊はよくよく私たちの話を聞いているから、悪い話をしていたら同じように悪いことを、怖い話をしていたら、同じような怖いことを……するかもしれませんよ」

 最後の生徒が意味深にそう言って、怖い話の発表が終わった。

 怖い話大会が終わったので、テルミス先生が立ち上がり、円の中央へ向かう。

 生徒が作ってきた怖い話への感想を話すためだ。

 その時。ふっと風が吹き、蠟燭の火が消えた。

「ひっ!」

 テルミス先生が、声をあげる。

「その日は風の強い日だった。ヒューヒューと隙間風が窓を鳴らした」

 最初の話を発表した子が突然立ち上がり、最初の怖い話の出だしを話し始める。

 それを合図に、生徒たちが皆で最初の怖い話を暗唱し始めた。

「遠くの方で小さな炎がボッとついた。見間違いかと目をこする。それでも、遠くの炎は消えない」

「み、みんな? どうしたの?」

 テルミス先生が慌てて声をかけた時、部屋の入り口付近にボッと火の玉が浮かんだ。

「さぁ、行こう! 行こう! 行かねばならない!」

 生徒たち全員が、声を揃えて囃し立てる。

 突然皆で立ち上がり、部屋の外へ。声を揃えて怖い話を暗唱しながら、ぞろぞろ出ていく生徒は俺から見ても異様な光景だった。俺も生徒と一緒に出ていく。

 テルミス先生は一人「え? でも」と言いながらも、一人残るわけにはいかず私たちのあとに続いて学校の裏手へ続く扉をくぐった。

 テルミス先生が扉をくぐり外へ出た瞬間、用意されていたランタンに一斉に火が灯る。

「テルミス先生! 異界へようこそ!」

 生徒たちがどや顔でテルミス先生を迎える。

 そう。生徒たちの怖い話は、テルミス先生を外に連れ出すまで続いていたのだ。

 みんなで夜遅くまで、どうやったらテルミス先生をびっくりさせられるかと考えていた。

「え、そういうこと。みんなで怖い話を暗唱しだした時はもう本当に怖かったんだから。それに、最後がこんな美しい異界というのも素敵です。みんな花丸満点! 想像以上よ!」

 テルミス先生がそう言うと、生徒たちはハイタッチをしたり、ガッツポーズをしたりして喜んだ。

 テルミス先生も子供たちもみんな笑顔だ。

 それを横目に見ながら俺はそっと学校内に戻り、二階へ上る。

「マリウス殿、皆さん協力ありがとうございました。大成功ですね」

「あぁ、子供たちを楽しませるのは先生だけじゃない。大人みんなの仕事だ」

 みんなで喜んでいる子供たちを見下ろしながら、達成感に身が熱くなる。

 これから裏方の大人たちの長い打ち上げが始まる。