──3年後


「ここがドレイト領か」

 帝都よりもずいぶん小さな門を通り抜け、町を見渡すと自然と口からついて出た。

 村というほどではないがここは小さな町だ。

 けれど、驚いた。

 門を通る時は町に入る商人の数の多さに、門をくぐった後は人々の笑顔や笑い声に。町全体に活気がある。規模は小さいがこの活気は帝都にも劣らない。

 もっと町を見たいと思い、馬車から降りる。

「ダニエルさん、ドレイト領は初めてだろう? まずはオムライス食って、西通りの職人街で靴を仕立てるといいぜ」

 そう教えてくれたのは、ここまで護衛してくれた冒険者だ。

 おすすめを教えてくれた冒険者たちに感謝して別れ、歩いて町の中心へ向かっていく。

 冒険者ギルドのあるこの道をまっすぐ進んだところにあるオベリスクが町の中心だそうだ。

 この辺でひときわ大きな冒険者ギルドの前では、冒険者たちと町の住人と思われる女性が談笑していた。町によっては冒険者ギルドのあたりは暴れ者が多く、治安が悪かったりするのだが、この町はそうではないらしい。良い町だ。

 オベリスクのある中央広場では、今日は何か特別な日のようで町の人らが輪になって手をつないで、見たこともない踊りを踊っている。物珍しく見ていたら俺も輪に入れられた。

 同じ振付の繰り返しだからこそ俺も見様見真似で踊ることができた。1周、2周と踊り続け、音楽が鳴り終わると踊っていた人も、周りで見ていた人もみんながやんややんやの大歓声だ。

「はっはっはっ。ついて間もない町で何やってんだ俺」

 いつの間にか笑っている自分に気がついた。やっぱりここに来てよかった。

 きっとここならある。そう思ったんだ。俺が求めている何か。胸を熱くするような何かが。

 お腹が空いて近くの食事処へ入れば、冒険者がおすすめしていたオムライスという食べ物があった。なんでもオムレツの中にトマト味の炒めた米が入っているそうだ。

 米……というと、シャンギーラの? 俺も海街でチャーハンというのは食べたことがあるが、オムライスというのは初めてだ。

「お客さん、ドレイトは初めてかい?」と声をかけてきた店主によると、領主の娘がシャンギーラ好きで年に一度米を大量に仕入れているのだそうだ。最初は見慣れなかった米も今やドレイトの名物で、半年もすれば仕入れた米も底をつくのでオムライスは半年限定なのだとか。

「それに、この上にかかるトマトのソースもそのお嬢様が作ったものさ」

 店主は自慢げに話す。店主のうんちくを聞きながらスプーンを口に運べば、今まで味わったことのない濃厚な味付けに驚いた。これは、美味い。

 さらに驚いたのは、デザートにプリンが出てきたことだ。

 プリンは俺でも知っている。帝都で大人気の高級菓子だ。

 それがこんな平民も訪れる食事処で出てくるとは。

 話し好きの店主はドレイト名物の自分にぴったりの靴や、さっきオベリスクで踊っていた踊りも領主の娘発案なのだと楽しそうに教えてくれた。

 少し町を歩いただけで、こんなにも彼女を感じ胸が高鳴った。


 オベリスクから北に歩を進めれば領主の館だ。

 紹介状を見せ、門番に取り次いでもらい、中に入る。

 彼女はいるのだろうか。学生時代に憧れていた彼女の家ということもあって、少し緊張する。

 通された部屋で待っていたのは、次期領主のマリウス殿だった。ということは、彼女の兄にあたる人だ。

 早速、給料や職務内容が話される。

「子供相手になりますが、大丈夫ですか」

 俺はしがない男爵家。在学中の長期休みはいつも貴族の子供相手に家庭教師をしていた。孤児や平民を相手にしたことはないが、同じ子供だ。きっと大丈夫だろう。

 マリウス殿は俺が貴族相手の家庭教師をしていたと聞いて少し心配そうに俺を見た。

 どうも俺がこれから働く学校は俺の思うような授業をしていないそうで、その点を心配しているようだ。

「最後に聞きたいのですが、貴方はなぜうちに? クラティエ帝国第四皇子イライアス殿下の紹介状があれば他にも選び放題だったのではないですか」

「憧れ……だったのです。学生の時から」

 突然部屋に冷え冷えとする空気が充満する。

「テルミスを追いかけてということでしたか……」

 しまった。絶対に言葉選びを間違った。

「ち、違います。いえ、違わないのですが、あの、恋愛的な意味ではなくてですね……。いや彼女は十分素敵だと思いますが、そうではなくて……」

 焦って説明しようとすると、彼女に失礼な形になり、どんどんドツボにはまっていく。

 よほど俺が焦っていたのが面白かったのか、マリウス殿がふき出され、部屋の冷気も雲散する。

 良かった。

「私が出会った時、テルミス嬢は平民としてナリス学園に通っていました。初めて彼女を知ったのは魔物討伐訓練の時です」

 一息ついて話す。もう何年も前の記憶なのに、話し始めると鮮明に思い出される。

 初めての魔物学の実習。討伐対象はウィプトスだった。急に反撃しだしたウィプトスに腰を抜かした奴、怪我した奴、ただ茫然と目の前の出来ごとを眺めていた奴。

 誰もが動けないその時、一番小さな少女がいの一番に動き出した。怪我人の移動を指示し、一人一人真摯に処置をする姿に心打たれた。

 俺が「聖女様」と言ってしまったことで心無い噂が流れた時もいつも凜として、噂など気にも留めていないようだった。

 平民で初めてAクラスに上がり「不正だ」と糾弾された時だってそうだ。

 かっこよかった。

 それに俺は知っている。彼女は成績優秀になるために勉強していたんじゃない。

 きっと新しいことを知るのが好きなんだと思う。

 本を読んでいる姿を何度か見かけたが、周りの喧騒なんて聞こえないかのように、食い入るように本を読んでいた。

 バカみたいと思われるかもしれないが、俺はそのまま彼女が本の中に入ってしまうんじゃないかとハラハラしたくらいだ。

 そして、何より彼女の瞳が一段と輝いていて目が離せなかった。

 いつだって何かに一生懸命で、楽しんでいる彼女の姿を見ているといつしかこう思うようになった。

 彼女の世界はどんなに輝いているんだろうと。

 そんな彼女のキラキラと輝く世界を俺も見てみたくて、彼女と出会ってから必死に勉強した。入学時はそこそこでいいと思っていたのに、卒業する頃にはAクラスになっていた。イライアス皇子の側近にも誘われた。でもどうしても彼女を追って努力していた学生時代が忘れられず、側近の話を蹴って、ここまで来てしまった。

 だからやっぱり……彼女は俺の憧れなんだ。

 必死に話していたら、何もかもマリウス殿に話してしまっていた。

 けれど、マリウス殿は馬鹿にすることなく「わかりますよ」と言った。

「ダニエル殿は、妹の専属たちやこれから案内する学校の子たちと同じ顔をしていますから」

 マリウス殿の話によれば、彼女は卒業後時々ドレイト領に帰りながら、各地を旅していたんだそうだ。けれど、旅で何を見たのか、1年前彼女は突然幼い子供向けの学校を作り始めた。

 生きていくには、楽しい希望が必要だと言って。

「きっとダニエル殿がこの学校に馴染んだら、妹はまた旅に出ると思います。新しいことを知りたいというのはその通りなのでしょうが、それ以上に妹自身知りたいんだと思います。自分のスキルが一体なにものか」

 そう語るマリウス殿は憂いを帯びた表情で、家族であるマリウス殿にとっては彼女が旅に出るのは寂しいことなのだろうと想像できた。なにせ、今だけでなく彼女は9歳の頃にはすでにクラティエ帝国にいたのだから。

 彼女がここで暮らした日はあまりに短い。

 マリウス殿がこの学校づくりに尽力しているのは、彼女の居場所を作る、そういう意図もありそうだ。町では、彼女が作ったというプリンや彼女の好物だというオムライスが売っていた。

 もう一つの名物である靴やオベリスクで踊っていたあの踊りも彼女が関わっているという。

 そうやって彼女に関する物を増やしていく。いつでも彼女が帰って来られる家であるために。

 何度旅に出ても、帰ってくれば「懐かしい」と思えるように。帰るべき家だと思えるように。

 俺の考えすぎかもしれないけれど、あながち外れでもないはずだ。

 ちらりとマリウス殿の表情を見てそう確信した。


 マリウス殿との面談後、職場になる学校に案内された。

 案内された学校の校舎は、ナリス学園と比べるとかなりこぢんまりしたものだった。

 だが、敷地はとても広い。敷地の外れには本格的な畑まである。

 だだっ広い敷地の中央では、子供たちと先生と思われる女性が何やら話している。

「はいっ! 私、お姫様やりたい!」

「僕は姫君を守る騎士!」

 俺とマリウス殿は少し離れたところで見ている。

「あれは?」

「あれは、物語の役になり切って演じているんですよ」

 なんだ、それは。教育なのか?

「妹曰く、『他人の気持ちがわかるように、また逆に他人の気持ちはわからないと知るために』だそうですよ。まぁ、妹はそれ以上に楽しいからと言っていますけどね」

 姫や、騎士、農民や動物にだってなり切って、演じるうちにその立場、立場で考え方が違うことを知る。そして本気で演じるうちに子供たちは疑問に思う。

 この姫君なら本当はこんなこと言わないのではないか、本当にこの動物はこんなことを考えているのだろうか。違うなら本当の気持ちはどこだ、と。

 それで、わからないなら知ろうとする努力が大事だと学ぶんだそうだ。

 知ろうとする努力……か。彼女らしいな。

 そして演劇をしている子供たちの目は、キラキラ輝いていた。

 あぁ、この子たちもまた俺の憧れた世界を見ているのだろうか。

「驚きましたか? もちろん普通に算術や文字の勉強もありますが、授業は他にも畑で野菜を育てたり、その育てた野菜を使って料理を作ったり、自分で物語を作ってみたり……。およそ私たち貴族が受けたことのないような授業ばかりです。でも不思議なことに、子供たちは日に日に積極的に、いろんなことに取り組んでいるんですよ」

「そんな授業をするのは平民や孤児相手だからですか?」

 ゆっくり首を振るマリウス殿。

「妹は孤児だから、平民だからとは考えていません。でも一つは子供たちが幼いからでしょうね。妹はこの学校のことは小さな学校、小学校って呼んでいますよ」

 確かに。ナリス学園は大体みんな12歳から入学してくる。けれどここは……。7、8歳だろうか。スキル鑑定をしたばかりのような幼い子が多い。

「将来高官になるように知識をつけることは目的としていません。新しいことを知るのは、頑張ることは、楽しいことだって教えたいんだそうです。楽しいことがいっぱいあると知っていれば成長しても大人になっても、ずっとずっと楽しいはずだからというのが妹の言い分です」

 希望を抱かせるのが目的か……。

 ややあってマリウス殿が再び口を開く。

「おそらく妹は信じているんです。物語の力を。何年もの時や何人もの人の手を経て集まった知識の力を」

 目を輝かせ、吸い込まれるように本を読んでいた彼女を思い出す。

 俺にもわかるだろうか。ここで、あの子たちと共に過ごせば、彼女の信じる本の力が。

 彼女と同じ輝く目をしている生徒たちを見てそう思った。


 子供たちを眺めながら話していたら、いつの間にか演劇の授業は終わっていたようだ。

「テルミス先生ー! 新しい先生が来たら今度はどこに行くの?」

「次はね、メルヒカに行ってみようと思うの! 本で読んだんだけどね、町ゆく人は赤、オレンジや黄色、緑やピンクのカラフルな服を着ていてね。こーんなに大きな帽子をかぶった音楽家がいるそうよ!」

 俺が憧れた彼女は記憶よりずいぶん大人になっていたが、手ぶりでとても大きな帽子を示し、目をキラキラさせながら話しているその様は、変わらず俺が憧れたキラキラ輝く世界に住んでいるようだった。