なんだろう。胸が熱い。

 女性だからと料理人になれなかったサリー、ライブラリアンだからと学校も結婚も仕事もできないと思われていた私。

 たくさんの人に支えられて、このクラティエ帝国で学校に通うことができた。

 そして、やっとお店も出すことができた。

 サリーと店を出そうと約束したのはもう3年も前のこと。

 やっと、やっとここまで来られた。

「さぁ! 事前に告知していたからきっと注目度は高いはずよ。今日はきっとたくさんのお客様が訪れる。今日一日笑顔で頑張りましょう!」

「「「はい!」」」

 店の清掃よし、商品の準備良し、服の乱れもない。

「では、開店するわよ」

 ガラス窓の向こうには、開店待ちをしている人々が見える。

 私を先頭に、従業員みんなでドアを開け、外に出る。

「瑠璃のさえずり開店です。皆さまこれからよろしくお願いします!」

 声を張り上げ、みんなで礼をする。

 パチパチパチパチ。開店を待ってくれていた人たちが拍手をしてくれる。

 それだけで、良かったと思ってしまう。

 挨拶を終えると、中で接客だ。

 プリンは飛ぶように売れていった。

 お客様から話を聞くと、トリフォニア王国でプリンという菓子が流行っているという情報を知っている人がいたようだ。

 あのプリンがクラティエ帝国でも食べられるとあって、知っている人は注目していたらしい。

 その注目から、知らない人たちも「プリン? 何だそれ? そんなにすごい菓子なのか?」と興味を持ち、それでこの開店待ち現象になったという。

 トリフォニア王国では店舗のない販売だったのに、遠く離れたクラティエ帝国でも知っている人がいたことにびっくりした。

 プリンの情報を知っている人はすべての味を買っていく人が多く、「そんなすごいのか?」とつられてきた人は普通のプリンを購入していった。

 アルフレッド兄様の友人の騎士様も買いに来てくれた。

「アルフレッドからよく話に聞いていたので、気になって来てしまいました」

 今日は天気にも恵まれ、雲一つないいい天気だ。

 騎士様は急いでこられたのか、待っている間が暑かったのか、ハンカチで額をぬぐっている。

「ありがとうございます。良かったら新商品の苺の甘麴ミルクもどうぞ。開店記念の商品なので期間限定ですし、疲れも吹っ飛びますよ。何より冷たくて美味しいです」

 そう言うと、迷うことなく騎士様は苺の甘麴ミルクを買ってくれた。

 他のお客様の邪魔になってはいけないと購入後すぐに店舗の外にある椅子に座って飲んでくれた騎士様は、飲み終わると「美味しかったです。ごちそうさま!」とにこやかに言ってくれたので、まだ行列に並んでいる人は甘麴ミルクに興味津々。

 騎士様が来店した後は苺の甘麴ミルクも飛ぶように売れた。

 凄い宣伝効果だ。

 新商品のパイはそれほど売れていなかったが、一口大の試食を作ると徐々に売れ出した。

 パイが焼ける時の香り、さくっとした食感が受けたようである。

 そうして、午後。

 海街の入り口にあるトルトゥリーナにつくと、そこには驚きの光景が広がっていた。

 瑠璃のさえずりは開店待ちの行列ができていたが、ここは人だかりができていたからだ。

 何かはわからないが熱気さえ感じる。

 トルトゥリーナは、海街の入り口で、海街の人が働き、海街の食材を扱っている店。

 何かトラブルだろうかとドキドキしながら、何が起こっているのか中の様子をうかがおうとするも、人が多すぎてよく見えない。

 ぴょんぴょんとジャンプしても、背伸びしても……見えない。

「ぷっ。全然飛べてねぇし」

 横で私のことを笑うのは、今日も私の護衛としてずっと一緒にいるネイトだ。

 ネイトが私を抱いてぴょんと飛ぶ。身体強化のスキルがあるネイトは「すみません! 店の関係者ですー」と言って楽々と人だかりを飛び越え一番前に座った。

 そこでようやく集まっている人々の顔を見る。怒っている人はおらず、みんなわくわくしたように何かを待っている。

 トラブルではなさそうだとほっと胸をなでおろしつつ、いったいどういうことだろうと首をかしげていると、店を囲む人たちがどよめいた。

 店の中から誰か出てきたようだ。

「さぁ! お集まりの皆様、お待たせしました! 今から焼きますのは、何の変哲もないこの肉。普通に焼けば、歯ごたえ抜群の肉の出来上がりだ。だが、今日お見せするのは一味違う」

 軽快なリズムで話し始めるのは、チャドだ。

 なんとなく通販番組を見ているかのような語り口。こんな才能があったのか。

 チャドは店の前で、2枚の肉を焼いていく。

「今焼いているこのお肉、一つは塩と胡椒をかけただけのいつもの肉、もう一つはうちの店でしか取り扱ってない特別な調味料を使った肉だ。さて、この肉を食せる幸運の持ち主は誰かな?」

「俺だ!」「私も」と次々に手が上がる。

 10人ほどの人が選ばれ、二つの肉を食べ比べる。

「まぁ、なんて柔らかい」

 試食した人が驚きの声をあげている。

 なんだかますます通販のようになってきたところで、後ろから声がかかる。

「でも、どうせ時間をかけて処理をしたんだろう?」

「よくお気づきになりました! えぇ、このお肉、実は1時間かけています」

 周囲からは、「なんだ」「やっぱりな」「肉の下処理に1時間もかけてられねぇよ」といった声が上がる。

 そこですかさず、チャドが言葉を重ねる。

「ですが、私が手をかけたのはたった1分!」

 今度は「なに?」「どういうことだ?」と一瞬にしてどよめき始める。

 チャドはもうここに集まる聴衆の心をがっちりつかんだに違いない。

 凄い才能だ。

「私がしましたのはこの塩麴という商品に、切った肉を漬け込んだだけ! 私は料理人ではありませんし、料理人を目指したこともありません。そんな素人の私でもこれさえあればこんな美味しい肉を焼けるのです」

 今度はシーンと静まり、一言もチャドの言葉を漏らすまいと真剣に聞いている。

「忙しくて手の込んだ料理ができない? 丁寧に肉を処理するのが面倒? これがあれば大丈夫。忙しい貴方の代わりにこの塩麴が肉を柔らかくしてくれます。料理人の皆様、ここに漬け込んでいる間に浮いた時間でもう1品作れます。忙しい主婦の皆様、これに漬け込んでいればあとは焼くだけでもうメインはばっちり出来上がり!」

 これはいい方法を考えたわね。

 周りのお客さんの反応を見てみても、かなり好感触だ。

 最後にチャドは、期間限定のチーズパイの売り込みをして、ショーを終わらせた。

 ショーを見ていた人が、ぞろぞろと店へ入っていく。

 トルトゥリーナもいい出発が切れたみたいだ。

 その後ようやく店の中に入れた私は、視察しつつ、接客の手伝いをする。

 閉店後、ナオと話す時間ができた。

 ショーのことを話すと、午前中は人が来なかったらしく、何とかしようと屋台の時にした「匂いで釣る作戦」を実行したと言っていた。

 その後チャドの語り口がすごかったと大いに盛り上がり、そろそろ帰ろうという頃にアルフレッド兄様がやってきた。騎士として働いている兄様は今日仕事で来られなかったのだ。

 それでも何とか間に合わないかと息が切れるほど全力で走ってきてくれた。


 ユリウスさんの研究室では、今スキルと魔法陣の違いを調べている。

 それゆえ研究室での私の役割は、算術の苦手なジュードさんの代わりに経費を計算することと魔法陣のことをユリウスさんに教えることだ。

 ユリウスさんからはスキルで発動する魔法について教えてもらっている。そこで魔法陣とスキルの違いから「スキルとはなんだ」ということを考えているらしい。

 ちなみに研究室に行った初日、ユリウスさんに言われた「スキルは初級止まり」という意味について聞いた。

 私はスキルが初級と言われて、どういうことだろうかと悩んでいたというのに、彼は自分が言った言葉を全く覚えていなかった。

「先日、試験の時にスキルが初級止まりとおっしゃったじゃないですか」

「あぁ、そうだったな。君はライブラリアンだから前例がないのだが、火、水、風、地といったスキルの場合、ある程度スキルアップの道筋があるんだ」

 ユリウスさん曰く、スキル判定を受けた直後はただ火を出す、ただ水を出す程度なのだという。

 確かに私の鑑定の時、他の子供がちょっとだけ水を出していた。

 それから魔法を使っていくにつれ、先ず扱える火や水の量が多くなる。

 個人個人魔力の量が違うため限界があるそうだが、それでもその人なりに扱える量が増えていくそうだ。

 次に火球フアイアーボールのように比較的小さく、単純な形に魔法を変えることができるようになる。

 これが初級の域だ。

 さらに上達すると、もっと複雑な形を作ることができるという。

 これが中級。

 おそらく私が誘拐されかけた時に使った土の手などはこれに当たると思う。

 ユリウスさんの話では火を竜の形にした火竜フアイアードラゴンなんて技を使う人も過去にはいたらしい。

 そして複雑なだけでなく、かなり小さいものを大量に扱えるのも中級だ。

 水を雨のように降らすのもこれに当たるし、土の弾を何発も同時に撃てるのもこれに該当するらしい。

 そして、もっともっと上達すると状態を変化させ、別の効果を持たせることができる。

 風刃ウインドカツターなどがいい例で、風のスキルだとただ風を出すことしかできないのに、その風を刃状の形にし、さらに風に圧をかけ、物体を切断できるほどの効果を持たせている。

 このようにスキルは進化していくらしいのだが、その理論でいうと私は読める本が多くなっただけ。つまり、扱える火が増えたのと同じこと。

 本の形が変わったのも、もともと簡素とはいえ本の形をしていたわけだし、0から1を生み出すより簡単なはずで、だから初級と称したのだとか。なるほど。

 ちなみにそんなに頑張らなくてもできるのが初級までであり、学校に通って学ぶことができない平民でも初級までは大抵使えるのだとか。

 確かにユリウスさんの説明を聞くと、私のライブラリアンのスキルは初級なのだと思う。

 ライブラリアンは本が読めるだけ。

 ずっとそう思っていたし、それ以外の使い方なんて考えたこともなかったから。


 昼時になり、急いで研究室から食堂へ向かっていると、声をかけられた。

「て、テルーちゃん!」

 振り返って、声の主を探すけれど、知り合いはいない。

 私は平民で、10歳の他国出身者だ。さらに言えば、偽聖女疑惑があり、巨神兵という不名誉なあだ名まである。だから私に話しかけるなんて知り合いしかいないはずなのだけど……。

 聞き間違いだったかと思い、くるりと前へ向き直り、また食堂へと歩を進める。

「ちょっと、テルーちゃん。僕が呼んでいるのにひどいなぁ」

「え?」

 いきなり手を摑まれた。やっぱり私を呼んでいたのかと思ったけれど、手を摑んでいる人と全く面識がない。

「一緒にお昼でもと思って声をかけたのに、無視なんてひどいなぁ」

 誰かはわからないけれど、この学園のほとんどが貴族だ。

 下手な対応は面倒になる。

「申し訳ありません。まさか私などの名を呼ぶ方がいらっしゃるなんて思いもしなかったので。あ、あのどうして声を?」

「ん? だから一緒にお昼を食べようと思ったんだよ」

 話が通じなかった。何故全く接点のない私たちが一緒にお昼を? と聞いているのに!

「ありがとうございます。せっかくのお誘いですが、今日は約束がありますので、失礼します」

 ちょっと言い逃げした形になってしまったが、怖くなって足早にそこを離れた。

 だが、食堂へ行く間にも何人もの人に「あ、テルーちゃん。こんにちは」「今度一緒に昼食食べようね」などと声をかけられた。

 急にみんなどうしたの!? 私、巨神兵だよ! 掌返しが凄くて、声をかけてくれて嬉しいどころか困惑だ。

 やっとのことで食堂につく。何もしてないけれど、何だかどっと疲れてしまった。

「はぁ~。ナオ、デニスさん、遅れてごめん」

「いいよ。どうせいろんな人に声かけられていたんでしょ?」

「え? 何で知っているの?」

「テルー、君は自覚した方がいい。今や君はSクラス。Sクラスなんてみんながなれるものではないんだ。一人もいない年だって珍しくない。そんなクラスに入った君はすごく将来有望ってことだ」

 デニスさんも真面目な顔で話してくる。将来有望?

 ライブラリアンが? 役立たずのライブラリアンが……有望?

「そう。だからみんなお近づきになっておきたいってことなのさ。だけど、気をつけて。足を引っ張ってやろうとか、使い潰してやろうと思っているような悪い奴だって中にはいるはずだから」

 デニスさんは、やはり貴族に対して少し身を構えているようだ。

 入学当初ナオに聞いたいじめにあった聖魔法使いは、デニスさんと知り合いだったのだ。

 だから、人一倍心配してくれている。

 とりあえず、あの馴れ馴れしく手を摑んできた人とはあまり会わないようにしよう。

 大体名乗りもせず、なぜ一緒にお昼を食べられると思ったのか。

 私が平民だからか。あ、思いだしたら腹が立ってきた。

 でも、せっかくの美味しい料理がもったいないから忘れろ、忘れろ。

 昼食後は体術の授業だ。

 一人別メニューなので、授業中はさすがに声をかけられなかったが、チラチラと視線を感じた気もする。デニスさんがあんなことを言うから自意識過剰になっているだけかもしれないけれど。

 でもなんとなく声をかけてほしくなくて、授業が終わると足早に去った。

 授業後も周囲をきょろきょろと見回しながら、校門へ向かう。

 門から学園の外に出ると塀にもたれかかりながら、いつものようにネイトが待っていた。

 鮮やかなネイトの赤い髪はとても見つけやすい。

「ネイト! 行きましょ」

 とにかく学園から遠ざかりたい私は、ネイトの手を摑んでずんずん進む。

 家の前に着くかというところで、ネイトがこそっと言う。

「もう少し遠回りするぞ」

 私の了承も待たず、今度はネイトが足早に歩きだす。あっちの道、こっちの道。道を曲がるたびにスピードが上がり、私はほとんど足が地についていないような状態だ。

 そして、また道を曲がるとすぐ「声は出すなよ」と言って私を抱いて跳躍する。

 びっくりして声も出ない。

 気がついたら、いくつかの家の屋根を越え、塀を越え、我が家のバルコニーに到着していた。

 涼しい顔で「で、これどういう状況?」とネイトは聞いてくるが、私の方が聞きたい。

「待って。はぁっ、はぁっ。なんで、こんな、帰り方に?」

 ネイトが私の体力のなさにあきれながら説明してくれるには、学園からずっとついてきている馬車があったそうだ。

 全然気がつかなかった。

 昼は突然手を摑まれた。なんだか無能だと思われていた時の方が平和だったな。

 顔を青ざめさせる私に「で、心当たりは?」とネイトが聞くので、Sクラスになったことやそこから注目されていることを話す。

 ネイトはいつになく真剣に聞いている。それから、考え、考え、こちらが何を考えているのか心配になってきた頃口を開いた。

「なぁ、俺もマリウス様が持っていたアレが欲しいって言ったら困るか?」

「マリウス兄様のアレ?」

「ほら、手紙送れるやつ。俺も一緒に生徒として通えれば学園内でも護衛ができていいんだけど、試験があるから無理だろ? それでどうしたらいいか考えたんだけど……単純にお前の声が聞こえたらいいんじゃねぇかって思ったんだ。お前が『助けて』と言ったら助ける。たとえ学園にいようとどこにいようと」

 それには、私がいつでもどこでもネイトに「助けて」と言える環境が必要だ。そういう考えに至り、マリウス兄様の持っていた文箱メツセージボツクスを思い出したというわけらしい。

「危ない時に手紙書く余裕なんてなさそうだから本当は声がいいんだけどさ。毎日ずっと学園の門のところで耳を澄ませていたら、俺の魔力もなくなって、結局いざというとき助けられないからな」

 ネイトのスキルは身体強化だ。だからこそスキルを使えば、遠くの声も聞こえる。だけどネイトも言う通り、毎日私が学園にいる間耳を澄ませるというのは現実的じゃない。

 ピンチの時に手紙を書く余裕がないというのも納得だ。でも……もしかしたらできるんじゃないだろうか。文箱メツセージボツクスの魔法陣を改良したら声だって。

 今度は私が思考の海に沈んでいたところで、中からがちゃりとバルコニーの扉が開いた。

「お嬢様もネイトも俺の部屋の前で何してるんですか」

 ネイトが降り立ったバルコニーはルカの部屋の前だったらしい。ごめん、ルカ。


 その日から私は声の届け方を考えるようになった。

 声を届ける。つまりは前世の電話という物だ。

「多分、この文箱メツセージボツクスの応用だと思うのよね」

 文箱メツセージボツクスの魔法陣を見ながら呟く。

 やっぱり……この魔法陣は不思議。このマークなんてどの本でも見たことがないのに、なぜか感覚的にこれが転移に使う属性だってわかった。

「この部分は転移先を表しているから、転移する物はここに表現されているのかな?」

「転移? そんな魔法まで学園では習うのか。すげぇな」

 部屋の隅でネロと遊びながら、私の魔法研究に付き合ってくれているネイトが聞く。

「いや、学園では習わなかったんだけど……なんでかこの魔法とは相性がいいみたいで、すぐ理解できるし、すぐできるようになるんだよね」

 ネイトは何かに気がついたように眉をあげ、一呼吸おいて話し始める。

「それってお前もお前以外に使っている人を知らないってことか?」

「そうよ」

「なら、ライブラリアンの力か」

 なんてことないようにネイトは言うが、私は目が点になった。ライブラリアンの力?

「それ、どういうこと?」

「普通はスキルの呪文を唱えれば魔法が使えるだろ? お前があまり勉強しなくてもできるようになったんなら、それがスキルの力だからなんじゃねーの。お前のスキルが珍しすぎるからみんな知らねぇだけで」

 転移がライブラリアンの力……?

 そんなこと考えたこともなかった。本が読めるだけだって……そう思っていたから。

 でもネイトの言葉には、そうかもしれないと思わせる何かがあった。

 私のスキルだから、これを理解でき、楽に文箱メツセージボツクスを作れたのか。

 じゃあ、私の能力は本が読めることと何かを移動させること?

 手元にあった文箱メツセージボツクスをまじまじと見つめながら、ネイトの言葉を考える。

 だとしたら、この箱をどこかに飛ばすこともできるということ?

 それはただの思い付きだった。

 文箱メツセージボツクスを見て、部屋の入り口付近に立つネイトの手を見る。

転移テレポート

 そっと声に出して呟いてみた。

「わっ! おっとと」

 ネイトが突然手の上に出現した箱に驚き文箱メツセージボツクスを落としそうになる。

 すれすれのところでキャッチして、私をじろりと見つめる。

「お前……。やるなら先に言えよ」

「ごめん。でも、できた……よね? え! じゃあそういうことなの!?

「そういうことなんじゃねーの」

 驚く私に、驚かないネイト。

 ネイトの言い分によれば、ライブラリアンというスキル自体が普通ではないのだから、普通じゃできないことができても何も不思議ではないそうだ。

 勝手に人を変人扱いしないでほしい。

 じゃあ音も転移させることができるかと考えたけれど、音にどう転移魔法をかけるんだ? と頭を抱え、最終的に、録音した声を転移させるイメージならできるのではと考えた。

 部屋にあった羽ペンに小声で話しかけ、ネイトの横の棚にある花へ飛ばす。

転移テレポート開始。もしもしテルミスです。どうぞ」

 すると、「どうぞ」と言い終わると同時に、花から私の声が聞こえてきた。

「で、できたわ!」

「今のはさすがにすごいな! 俺の声も飛ばせるのかな」

 わくわくした様子でネイトは花に語り掛ける。だが、もちろんできない。

「ネイト、その花に付与しているわけじゃないからできないわよ」

 それから部屋の中の物をいろいろ転移させて実験してみた。全く新しい魔法に夢中になっている私の手首を突然ネイトがつかんだ。

「やりすぎだ。顔色が悪くなっている。初めての魔法を使いすぎて倒れて、アルフレッド様に怒られたんじゃなかった?」

 そうでした。


 翌朝、ナリス学園に行くと周りから聞こえる位のヒソヒソ声が聞こえてきた。

「全く、落ちこぼれのCクラスだから才能に嫉妬しているのでしょ」

「だからといってねぇ。他人を蹴落とそうとするなんて品がありませんわ」

 誰のことだろうかと思っていたら、いつの間にか近くに来ていたデニスさんが小声でジェイムス様のことだと教えてくれた。

 聞けば、私たちがAクラスに上がった時、ジェイムス様たちが声高に不正だと叫んだことはクラス発表の場だったこともあり、学園にいる者ならだれもが知っている。

 その後ジェイムス様といつも行動を共にしていたレスリー様が学園からいなくなった。

 事件のことは大々的に公表されたわけではなかったが、何かあったと考えている人たちは多いらしい。

 そこで、ジェイムス様から少しずつ人が離れていき、今ジェイムス様はいつも一人で過ごしているという。

 そんな中私がSクラスになり、やっぱり不正なんかしていなかったと認識するとともに、私の価値が上がり、私に取り入ろうと、私と過去色々あったジェイムス様をチクチク攻撃している人がいるんだとか。

 ヒソヒソ話している彼女らの視線を追うと、ジェイムス様が一人で歩いていた。

 そっか……。だから今回のクラス発表の時静かだったんだ。

 今まで心無いことを言われたりするのは嫌だった。

 それに確かにジェイムス様とはいろいろあった。

 だけど……だからといって、いじめられているのを見て、ざまぁみろなんて思わない。

 今ジェイムス様にヒソヒソと悪口を浴びせている人たちは、私に取り入ろうとしているということだ。

 もしかして、私がSクラスに上がってずっとジェイムス様はこの状態だったのだろうか。

 私のせいで? もちろん私がいじめろと指示したわけではないけれど、なんか……嫌だな。

 ジェイムス様と視線が合う。一瞬でそらされる視線で何かやらなければ、と思う。

 何か、何か……。

「ジェイムス様! おはようございます」

 笑顔で挨拶した私を見て、ヒソヒソ話をしていた女の子たちは驚き、口を閉ざした。

 ジェイムス様も驚いていた。


 あれからそれぞれ授業を受け、今は昼休み。ナオとデニスさんと昼食を食べる。

「朝ジェイムス様に挨拶していたけれど、いいの? いろいろあったじゃない」

「わからない。でもね……私あの時嬉しかったの。入学してすぐ先生から褒められて、Cクラスのみんなから反感を買っていたあの時にナオが声をかけてくれたのが」

 貴族から反感を買っている平民なんて、本当なら関わらない方がいいのに、ナオは一緒にお弁当を食べて、忠告までしてくれた。嬉しかった。

 それに……どんな状況でも変わらず声をかけてくれる人がいるというのは、すごく救われると思うのだ。

 ジェイムス様のことを好きなわけではない。けれど、自分のせいであんな状況になっているのは嫌だ。

 だから私くらいは今までと変わらず接したい。

 そんな話をすれば、ナオもデニスさんも今のジェイムス様の状況には思うところがあったようで、明日から挨拶すると言っていた。


 昼食後は研究室へ行く。

 最近私は『発明を支えた欲望たち』という本を読んでいる。

 この本は魔導具を発明した偉人たちが、どういう経緯でその魔導具を発明したかを記した本だ。

 結構面白い。私もよく使う空調の魔法陣を付与した魔導エアコンは、昔々飽食の限りを尽くして太ってしまった大魔法使いが夏の暑さに耐えかねて作ったとか、魔導具を作ったきっかけが個人の欲望で結構面白いのだ。

 そういえば……。我が家の魔導エアコンに魔法陣なんてなかった。

 それは魔法陣が廃れてしまったから仕方ないのだけど、今の魔導具ってどうやって作っているのだろうか。

「ユリウスさん、私が魔導具を作ろうと思うと魔法陣を描く必要性があるんですが、今の魔導具ってどうやって作っているんでしょう」

「どうって、付与魔法師が何人かで付与して作るんだろう」

 あぁ、そうか。付与魔法師ならスキルで付与ができるようになるから魔法陣がいらない。

 でも、え? 複数人で?

「例えばこの魔導コンロ。この魔導コンロなら火の付与魔法使い3人がかりで付与しているんじゃないか?」

「3人!?

 そりゃ、魔導具の値段が高いはずだ。税金が高いからだけじゃなかったんだ。

「Sクラスへの昇級試験で私が君に使った魔導武器なら10人以上の魔力がいるんじゃないか? 実はあれはトリフォニア王国の反乱で使われたものだったんだが、あれを作った付与魔法使いは、より多くの魔導具を作るためにスキル狩りをしていたくらいだ」

「え……」

 魔導具を作るために、スキル狩り?

 確かニールさんはレアとスキル狩りで誘拐された人たちがチャーミントン男爵領で見つかったと言っていた。でも、何のために誘拐されたかなんて……言ってなかった。

 父様も兄様たちも、誰も何も言ってなかった。

 私もみんなが無事だったことが嬉しくて、自分のことなのにみんなに助けてもらってばかりなのが不甲斐なくて、そんな気持ちばっかりで何のために誘拐されたかなんて気にもしていなかった。

 魔導具のためのスキル狩り……魔導武器なら10人以上の魔力が必要……。

 スキル狩りで誘拐された人たちは、魔力源?

 その答えにたどり着いて、目の前が真っ暗になった。人を人とも思わないその考えが怖かった。

 私もあと一歩でそうなっていたと思うと体が震えた……。

 だから誰も言わなかったんだ。

「……い、おい! 大丈夫か?」

 気づけば、ユリウスさんとジュードさんに顔を覗き込まれていた。

 二人とも心配そうな顔をしている。

「あ、はい……。大丈夫です」

 そう答えたけれど、二人とも納得していない顔だった。

「君は今、ひどい顔で震えているのに気がついていないのか」

 ジュードさんが紅茶を淹れてきてくれる。

 手に持った紅茶の水面が揺れているので、こぼさぬよう慎重に口に運ぶ。

 温かい紅茶が体に広がって少しほっとする。

「すまない」

 ユリウスさんがぽつりと言った。

「いえ、こちらこそ急にすみません。ご心配をおかけしました。もう大丈夫です」

 よく考えれば、ユリウスさんは私がスキル狩りから逃げてきたことも知らないのだ。

 そもそもトリフォニア王国出身だということも知らないかもしれない。

 だからユリウスさんが謝る必要はない。

 そう思ったけれど、ユリウスさんはこの私の反応で大方のことが分かったようだ。

「君は、スキル狩りから逃げてきた。そうだね?」

「はい」

 その後のことはあんまり覚えていない。

 ずっと頭の中はスキル狩りでいっぱいで、他のことなんて考えられなかった。

 気がついたら家のベッドで寝るところだった。

 パチン!

 両手で頰をたたく。

 スキル狩りについて考えるのはこれで終わりだ。もう父様や兄様たちが解決してくれた。

 今更怖がったって何も意味はない。

 恐怖は思考を停止させる。歩みを止めさせる。そして、考えれば考えるほど大きくなる。

 恐怖を作り出すのは、誰でもない。私自身だ。

 怖いなら、考えるな。歩みを止めるな。

 一歩一歩進めば、とにかく足を止めなければ、動き続ければ怖くなくなるのだから。

 スキル狩りはもう解決したんだ。


 翌朝、ネイトがナリス学園まで送ってくれる。心の機微に聡いネイトは何かあったのかと私の顔を覗き込む。

「お前、大丈夫か? 昨日何かあったのか?」

 こうやって私は、今までみんなに守られていたのだろう。

 体だけでなく、私の心も。

「大丈夫。ネイト……、私、もっともっと強くならなきゃダメよね」

 これからは守られているだけじゃない。

 みんなが私を守ってくれたように、私も守れる人になりたい。

 トリフォニア王国の反乱の時、みんなが守ってくれたおかげで私は安全な地でぬくぬくと不安もなく過ごせた。

 でも、あの時思ったのだ。

 みんなに何かがあったら。ここで知らせが来るまでヤキモキしながら待つなんて嫌だと。

 ネイトは何も言わず、しばらくじっと私の目を見つめていた。

 なんでこんなことを言い出したかと考えているのだろうか。ネイトは本当に鋭いから、内面を見透かされているようで少しドキドキする。

「いいんじゃねーの。今のままで。お前が弱くても俺が強いから問題ないだろ」

 そういうことではなかったのだが、これは私が説明していないから仕方ない。そう思っていたのに、その言葉に続くネイトの言葉にドキリとする。

「俺はお前の護衛だ。お前の身を守ることは当たり前だ。身だろうと心だろうと守ってやる。だから……俺の前でくらい弱音吐いたっていいだろ」

 ネイトのスキルは身体強化だ。目を強化すれば小さなものでもよく見えるし、耳を強化すれば遠くの声も聞こえる。そんなよく見える目とよく聞こえる耳があれば、本音もすべてわかってしまうのだろうか。


 翌日研究室に顔を出す。

「ユリウスさん、ジュードさん、おはようございます! 昨日はご心配おかけしました。もう大丈夫です」

「本当か?」と言うジュードさんも「そうか」と言うユリウスさんも昨日の今日だし心配してくれていたみたいだ。

 二人の顔はありありと「大丈夫か?」と言っている。

 でももう大丈夫。大丈夫と決めたから。それに、どうしてもダメなときはネイトがいる。私の護衛が。心まで守ってくれる私の護衛がいるから。

 午前中は研究室に引きこもり魔法陣とスキルの違いやそこから予想される仮定などをユリウスさんと議論し、午後はオルトヴェイン先生のレポートのため図書室に行く。

 図書室の一番奥、日も当たらず、あまり借り手もいないのか全く動かされた形跡のない本棚の前の机に向かう。ここは、生徒が使う本からも遠く、日当たりも良くないため人が少ない。いつでも空いているその場所を私はひそかに穴場だと重宝していた。だが今日は違うようだ。

 男子生徒が一人、突っ伏して眠っている。珍しいなと少し残念に思いながら、静かにしていたらいいだろうと眠っている男子学生の対角線に座る。

 早速オルトヴェイン先生のレポートとメモ用紙を取り出す。資料室から借りてきた資料と本を突き合わせて、ガリガリとメモを取るが、レポートはまだ真っ白だ。

 昨日も少し資料を探したりしたのだが、なかなか考えがまとまらない。真っ白のレポートとは対照的にメモ用紙は真っ黒だ。

 ガリガリガリガリ。

 レポートに役に立つのかどうかもわからないことをメモし、それをもとに仮説を立てていく。

 気がつけば、眠っていた男子生徒がぼーっとこっちを見ていた。

 ジェイムス様だった。少し、気まずいな……。

 そう思っていたら、突然ジェイムス様が声をかけてきた。

「お前はなんのためにそんなに勉強しているんだ?」

 え?

 唐突な質問に固まっているとジェイムス様も不思議な顔をして首をかしげる。

「お前は平民だ。しかも女だ。普通ならどこぞの平民と結婚するのだろうが、平民同士の結婚だ。そんなに勉強する必要ないじゃないか。それにこんな学校に通わなければ俺らになんだかんだ言われる必要もないし、頑張って勉強してSクラスにならなければ貴族から目を付けられることもない」

 た、確かに!

 言われてみればその通りだ。

「暴言吐かれたり、狙われたりしてもなんでお前は勉強するんだ?」

 なんで……?

 考えたこともなかった。学園に入ったのは、オスニエル殿下とアイリーンの勧めだったから。でも、断ることもできた。家族が喜んだから? 確かに後押しにはなったけれど最終的に決めたのは私だ。

「あれ? なんででしょう」

「なんだそれ」

 ジェイムス様は呆れた顔をしている。

 ジェイムス様の質問にモヤモヤとした気持ちを感じながら、気まずい空気を変えたくて話題を変える。

「ジェイムス様は勉強されないんですか?」

「ああ。俺には必要ないからな」

「必要ない?」

 それからジェイムス様の話を聞くところによると、ジェイムス様の上には優秀なお兄様が二人いるそうだ。

 もう跡取りもスペアもいる。充分だと。

「では、騎士になれと言われたのですか?」

 ジェイムス様は騎士科だ。家の意向でそっちに進むのかもしれない。

「いや、言われていない」

 ジェイムス様はそれ以上のことは語らなかった。何か思うところがあるのかもしれない。

 何があるかは知らないが、ジェイムス様は伯爵令息だが家の義務、干渉はないらしい。

 あれ? それって……。

「自由ですね」

「は?」

 私語が多いと言われて、図書室を出る。

 今日必要な資料は見たから、今日は家でこれを基に考えてみよう。

 私たちは門の方へ歩きながら話す。

「さっきの、自由ってどういうことだ?」

「えっと……。多くの平民は、私たちのように学園に通うことができません。通えても初等部くらいでしょう? そうなると大抵の平民の将来は決まります」

 スキルを活かした職につくか、家業を継ぐか、誰でもなれるが賃金、待遇の悪い職に就くかだ。

「多くの貴族だって将来は決まっています」

 女性なら親に言われた相手と結婚することだろうし、男性なら親の跡を継ぐことだ。でもジェイムス様は違う。

 クラティエ帝国一番の教育機関に在籍しているのだから、平民のようにこの仕事しかないという状況ではなく、努力次第で職を選べる可能性がある。しかも三男で、家からの干渉もない。

「だから、ジェイムス様の望むように生きられるじゃないですか。ジェイムス様は大人になったら何がしたいですか?」

 大人になったら何がしたい?

 前世ではありふれた問いかけだったけれど、今世では初めて使った言葉だ。

 スキルと身分があるこの世界では、その二つでもうほとんど将来が決まっているようなもの。

 自らの意志で何かになりたいと考える余地がある人なんてほとんどいなかった。

「大人になったら……」と考えられることって贅沢なことだったんだなぁ。

 そんなことを考えながら、ジェイムス様と門へ向かって歩いている。

 ジェイムス様は何も話さない。

 もしかしたら彼も何がしたいなんて考えたことがなかったのかもしれない。

 ジェイムス様が話さないのをいいことに、私もぼんやり考えごとをしながら歩く。

 考えているのは、さっきジェイムス様が言ったあの言葉だ。

「お前はなんのためにそんなに勉強しているんだ?」

 なんのためだろう? 何で勉強始めたんだっけ? 最初に勉強し始めたのは……多分6歳だ。

 スキル鑑定でライブラリアンだとわかって、仕事も結婚も難しいとわかって。

 私に何ができるかわからないけれど、知識は裏切らないからとりあえず勉強を始めたんだ。

 領民のために何かしら役に立たなければという思いから毎日びっちり勉強の予定を詰め込んだら、メリンダに「お嬢様の幸せも探そう」って言われたのよね。

 それから自由時間を設けつつ、算術したり、ゴラーの伝記を音読したりし始めたんだ。

 ゴラーの伝記は面白かったなぁ……。

 彼は興味を持ったものに一生懸命で、私が思い出した、前世で読んだ漫画の主人公たちみたいにキラキラ輝いていた。

 そうだった。私、ゴラーや前世で読んだ漫画の主人公たちみたいなキラキラした人生を歩みたかったんだった。

 それで……。

「ジェイムス様。わかりました」

 少し前を歩くジェイムス様が振り返る。

「私は最高に楽しい人生のために勉強しているんです」

 あの漫画の主人公たちみたいに、冒険家のゴラーのように何かに夢中になりたいのだ。

 頑張った先にある景色が見たいのだ。

「勉強が楽しいのか?」

 ジェイムス様が眉を寄せる。

「ちょっと違います。自分の楽しいこと、好きなことを知りたいから勉強しているんです。知らなきゃ好きも嫌いもありませんから」